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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、ミンナール、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;アリステア・マクリーン、エドモンド・ハミルトン、太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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”月”をモチーフにしたピアノ曲

”月”をモチーフにしたピアノ曲と言えば、一番最初に浮かんでくるのは、ドビュッシーの「月の光」か、ベートーヴェンの「月光ソナタ」。

ドビュッシー/ベルガマスク組曲~第3曲「月の光」
ドビュッシーの「月の光」で一番好きな演奏は最晩年のアラウのスタジオ録音。とてもゆったりとしたテンポで、静けさのなかに重なりあう残響の余韻の摩訶不思議さは、まるで異世界の漆黒の夜に天空から降り注ぐ月の光みたい。映画『コンタクト』でヒロインのエリー(ジュディ・フォスター)が辿りついたヴェガのシュールな夜の浜辺の情景が浮かんでくる。
Claude Debussy - Clair de Lune [HD]


ベートーヴェン/ピアノソナタ 第14番 「月光」(ポール・ルイス)
ここ数年の間に買ったベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集のなかで一番好きなのは、ポール・ルイス、次が小菅優。

Paul Lewis, piano: Beethoven’s “Moonlight” Sonata in C# minor, Op. 27, No. 2


ベートーヴェン/ピアノソナタ 第14番 「月光」(小菅優)



ドビュッシー/映像第2集~第2曲「荒れた寺にかかる月」
「荒れた寺にかかる月」は、生き物のような生命力を宿した月と寺のミステリアスな対話を聴いている気がしてくる。
Debussy: Images - Book 2, L. 111 - 2. Et la lune descend sur le temple qui fût



パルムグレン/3つの小品 Op. 54~第3番「月の光」
北欧の冷たく透きとおるような「月の光」。
Selim Palmgren ~ Moonlight Op. 54



アイアランド/Decorations: Moon-Glade
”Moon-Glade”の意味は、The track made by moonlight on waterなので、月光によって水面に照らし出された道。



フォーレで好きな曲は、ピアノではなく歌曲。「夢のあとに」と同じく、「月の光」のピアノ編曲版は旋律も和声も綺麗でロマンティック。
フォーレ/月の光 Op. 46 (ピアノ編曲版)
G. FAURE : CLAIR DE LUNE transcription de Mel Bonis, Claudine Simon (piano)



クレメンティとモンポウによるフランスの民謡「月の光」を主題にした幻想曲。子供の頃にこの主題を聞いたような気がする。

クレメンティ :ピアノフォルテのための「月の光」による幻想曲と変奏曲 Op.48)
Muzio Clementi : Fantasie avec variations sur l'air "Au clair de la lune" Op 48 染矢早裕子


モンポウ/「月の光」による幻想曲
不協和がかった和声がエキゾチックで現代的。



プロコフィエフ/子供のための音楽~第12番「月が牧場に昇る」
プロコフィエフは《ピーターと狼》も書いているし、子供向けのピアノ曲は可愛くて楽しい。
Music for Children, Op. 65: No. 12. The moon over the meadows



菅野由弘/月夜の虹~ピアノ、トイ・ピアノとコンピュータのための
小川典子がピアノ、トイ・ピアノを弾き、菅野がコンピューターを使って、演奏を(たぶん)合成。響きも旋律もミステリアスで異世界の音楽みたいでとっても面白い。
Lunar Rainbow



タカの雛を育てるハクトウワシ

最近ワシの巣の映像をカメラで撮影している”Eagle cam”の動画が面白くて、数か所の巣の様子をリアルタイムで毎日見ている。
今話題になっている”Eagle cam”は、ハクトウワシ(Bald eagel)のつがいがアカオノスリ(Red-tailed Hawk)の雛を育てている様子をリアルタイムで配信している”GROWLS Eagle Cam”(ブリティッシュコロンビア州ガブリオラ島)。CNNニュースでも報道されている。
ワシがタカの赤ちゃんを育てる、餌にしようと捕獲? カナダ[CNN.co.jp]

”GROWLS Eagle Cam”のライブ映像はGROWLSのホームページとリンク先のYoutubeで閲覧できる。

事の起こりは今月6月4日、ハクトウワシ(たぶん雌)がアカオノスリの雛(Hawklet/ホークレット)を巣に連れて来たこと。たぶんハクトウワシの雛(Eaglet/イーグレット)のランチになる予定だった。

ワシの巣に生きたホークレットが連れて来られた場合、親ワシが生きたまま引き裂いてイーグレットに食べさせるか、生きた獲物を自分で食べる方法を習得させるためにイーグレットが自分で食べるまで放置されるか、どちらか。イーグレットが自分で食べられなければ親ワシが結局食べさせる。すぐにワシに食べられなくても、飢え(と寒さ)でホークレットはやがて死んでしまう。[↓のリンク先映像。閲覧注意!]
❌🔞Bielik Online Bory Tucholskie 24.05.2022 15:11 😒※このオジロワシの巣では、1週間くらいの間に合計11羽のノスリの雛(うち3羽は生きた状態だった)が連れて来られ、全て雌と雄のオジロワシが引き裂いて2羽のイーグレットに食べさせていた。
Viewer Discretion Advised | Young hawk eaten alive by eaglets ~ 5-18-2021

↓はホークレットが巣に連れて来られた日から3日目までの映像。
餌として連れてきたタカの雛をワシが育てること自体が珍しい出来事で、今までの事例でもどうやってホークレットがワシの巣にいることになったのか、カメラが設置されていない巣だったのでわからなかった。おそらく餌として連れて来たのだろうと生物学者たちが推測していたが、この映像を見るとその推測が正しかった。

GROWLS - Is it dinner or is it family?


”GROWLS Eagle”では、親ワシはホークレットを放置したが、イーグレット(名前は”ジュニア”)は生きているホークレットを食べる方法がわからなかったらしく、巣に散らばっている餌の残りをばかり食べている。
この状態だと、結局親(雌)ワシがホークレットを殺してジュニアに与えるというパターンになるはずなのに、なぜか夜になって雌ワシがホークレットを抱えて眠ったり、翌日にはアヒルと思われる鳥をジュニアに食べさせてから、ホークレットに給餌し始めた。突然雌ワシが振り向いて近づきそうになったので、ホークレットは一瞬びっくりしてのけぞってから、餌をくれるつもりだとわかって慌てて近づいてパクパク食べ始めた。

いったい雌ワシが何を考えてホークレットに餌を与える気になったのか謎。翌日には雌だけでなく雄のハクトウワシもホークレットに給餌しているので、両親ワシの間でも”合意”があったらしい。
人間が考えるように、家畜みたいに太らせてから食べようとか、1か月くらい前に死んだイーグレット(ジュニアより数日遅れで生まれた雛が1羽いたが、体が小さく、やがて親が餌を与えなくなり、ジュニアに突かれたりして、結局死んだという)の代わりに育てたくなったとか、そういう発想はないと思う。でも、本当のところはハクトウワシに聞いてみないとわからない。
※学者の説明では、エサ不足の場合、後で孵化した雛には餌を与えず、最初に孵化した雛に優先的に餌を与えて確実に生き伸びさせることがあるという。


”Malala”(=Suvivor/生き残るもの)と名付けられたホークレットは推定生後約3週間。アカオノスリの雛はハクトウワシの雛よりも巣立ちが早く、通常42~46日齢で巣立つという。
マララは、毎日ジュニアと一緒に親ワシから給餌されているので、すっかり成長して白かった羽毛が茶色に代わり成鳥のアカオノスリに徐々に似てきた。
映像を見ているとジュニアの攻撃性の無さが面白い。複数羽のイーグレットがいる巣では、雛同士で餌の奪い合いがあり、生後数週間は大きい雛が小さい雛を嘴で突いて攻撃する習性があるが、成長するにつれてその習性は消滅する。
ジュニアくらいに成長したホークレットなら、餌をマントル(翼を広げて多い隠す)して独占したり、別のホークレットから奪ったりすることが少なくない。餌が不足していないこともあり、ジュニアはマララが給餌されていても大人しく(ピーピー鳴きながら)待っているし、マララを突ついて餌から遠ざけることもない。逆に親ワシが運んできた餌をマララの方が真っ先に嘴や足で掴んでからマントルして食べ始めることが多い。ジュニアは温和な性格なのか、食い意地が張っていないのか、種は違っても仲の良い兄と妹のペアのように見えてくる。
巣に連れて来られてしばらくの間は、親ワシの気が変わったり、エサが不足したりして、ホークレットが食べられてしまうかもしれないと思っていたけど、今では木の枝をあちこち飛び移っているから、もうすぐ巣立ちするだろう。

6-9日目のダイジェスト映像。
GROWLS - The continued story of the Hawklet living life as an eagle...getting fed by Eaglet too!


10-17日目のダイジェスト映像。
GROWLS-RedTailed Hawklet's days 10-17 in an Eagle's nest...gets a name!



※追記:現地時間6/25 06:17:32、雄ワシが大きなガチョウ?を巣に持ち帰ったとたん、びっくりしたのか、マララは突然巣から森の中へ飛び去って行った。巣立ちしたノスリが餌を食べに戻ってくることも多い。もしかしたら、実の親タカの巣へ戻って行ったのだろうか。その後、雄ワシはジュニアに給餌し、自分も食べ終わってから、あちこち見渡しながらじっと巣に留まっている。それから雌ワシが巣に到着。すると、マララのピーピーいう鳴き声と、巣の外をじっと見つめながら両親タカのキキ・ヒョヒョ?という鳴き声が聞こえてくるので、会話しているように見える。やがて雄ワシが(マララが消えた方向へ)飛び立っていき、残った雌ワシはマララを探しているのか、周囲を見渡しながら、時々ジュニアに給餌したり、自分で食べたりしている。雄ワシも雌ワシも巣にこんなに長く留まっているのは最近では珍しい。突然いなくなったマララが戻ってくるのを待っているように思える。
※追記2:現地時間6/25 。18:16:18  雌ワシがジュニアに給餌中、マララが巣の真下の茂みから現れて、巣の飛び上がって戻ってきた。17:16:49からマララの鳴き声が遠くから聴こえ、段々近づいていたので、茂みに飛び込んで出られなかったのかもしれない。ジュニアも親ワシもマララの声が聴こえるので、巣の周りを見渡したり、巣の下の方をのぞき込んでいた。巣に戻ったマララは凄く空腹のようで、大きな鳴き声で餌をねだり、巣に散らばっている餌の残りをもらって、ガツガツ食べていた。その後、19:00頃まで自己給餌で食べ続けた(鳥は代謝が高く、特に飛行はエネルギーをかなり消費する)。鳴き声が巣立ち前と全く変わり、声も大きくアカオノスリの成鳥みたいな鳴き声になっていた。マララがいなくなってから動きが少なくなり元気がなさそうに見えたジュニアも、今は羽ばたいたり巣を動き回ったりして、嬉しそう。

GROWLS Eagles ~ Hawklet Malala RETURNS SCREAMING To Eagle Nest❗❗ Welcome Home! 💕 6.25.22


18-22日目のダイジェスト映像。
GROWLS - eagle cam...hawklet spook fledge off tree and climbs their way back up! Days 18-22



この出来事をレポートした記事。ハクトウワシの専門家でハンコック野生生物財団(Hancock Wildlife Foundation)のデビッド・ハンコックが現地を訪れて解説した内容が載っている。
Blended bird family: Bald eagles raise red-tailed hawk chick on Gabriola[vancouversun.com]
ハンコック氏によると、ハクトウワシの足で掴まれたホークレットが怪我をしていなければ、「餌を求めて懇願する」ことで生き残ることができる。ホークレットはイーグレットよりもはるかに小さいが、数週間前に孵化したワシの雛に非常によく似ている。親ワシは餌を求める声に反応するため、ホークレットが自分の雛のように見える場合、両親は餌を与えるというのは、鳥に組み込まれた反応。捕食者の本能と育成の本能がある。
ということは、通常ならハクトウワシやオジロワシが生きたホークレットを摑まえて食べてしまうので、今回は育成の本能が勝ったのだろうか。

他の巣(Decorah North )では、見知らぬ生きたホークレットが巣にいるのを見つけた雄のハクトウワシが、(本能のせいか?)雛を温めていた。「餌を食べさせて~」とピヨピヨ鳴いているイーグレットたちが、父ワシの行動をじ~っと見ている様子が可笑しい。(ホークレットを連れてきた雌ワシにとっては餌でしかなく、この後に巣に戻ってきてイーグレットに食べさせた。)
Decorah North ~ Touching Moments Of Mr North Brooding The Hawklet! Closeups On The Nest! 5.14.21



ハクトウワシがホークレット(アカオノスリの雛)を育てている姿は、Sidney Nest(2017)とRedding Nest(Calif、2019)の2つの巣でも確認されている。
どちらの巣の映像でも、アカオノスリのヒナがなぜハクトウワシの巣にいることになったのかわからない。この2つの巣でも”GROWLS Eagle”と同じように、ハクトウワシが餌として巣に連れて来たと思われる。

Celebrating - Red tailed hawk in Eagle Nest 2017 and 2019


【動画】なぜかライバルのヒナを育てるワシ エサにするつもりが、食べ物をねだる姿に心変わり?[National Geographic]

最近Dublinで撮影されたハクトウワシの巣にいるホークレットとアカオノスリの雛の写真。
Nature: Visit to bald eagle nest reveals a different kind of 'family'[The Columbus Dispatch]
記事の筆者ジム・マコーマックはハクトウワシの巣を何年も見て来たという。
アカオノスリがなぜ空中を飛んでワシの巣にいることになったのか?という説明として、成鳥のワシがアカオノスリの雛を巣からつかみ取って餌として持ち帰ったという定番の理論ではなく、「アカオノスリのつがいがワシの巣を使って卵を産んだところに、元の所有者のワシが現れて巣を取り戻し、自分の卵と一緒にタカの卵も孵化させて育てた」。
でも、アカオノスリが作る巣よりもはるかに大きいハクトウワシの巣をノスリが使うというのはあまりありそうにない。それも上にあげた4つの巣で全てそうだというのは、なおさらありえない。さらに、ワシは巣と縄張りを守るので、タカが卵を産むまでワシが全然巣にやって来ないというのも不自然で、その場合はワシが巣を放棄したとも考えられる。また、タカの産んだ卵をワシが排除する可能性もある。やはり、ワシが獲物としてタカの雛を連れて来たと考えた方が、仮定条件が少なく合理的な説明だと思う。

Eagle Cam の設置場所が世界中で何カ所あるかわからないけど、2017年~2022年の約6シーズンで、ハクトウワシがタカの雛を育てているのが確認されたのは”Growls Eagle Cam”の1件のみ。ただし、(死んでいない)生きたタカの雛を獲物として巣に連れて来た回数は獲物の数のうちわずかだろうし、Eagle Camが設置されていない巣では映像か写真で3カ所が確認されているから、ワシがタカの雛を育てることは、意外とありそうなことなのかもしれない。

平飼い卵

東京に住んでいた時に時々買っていた平飼い卵。大阪に戻ると近所のお店で置いているところが見つからなかったので、普通の卵を2か月に1回くらい1パック(10個)買っていた。
もともと卵の消費量が少なく、卵を使うのは、ケーキ、ソイスコーン、伊達巻、お好み焼き、燻製卵を作るときくらい。ソイスコーンは卵なしでも作れるのがわかったし、お好み焼きと燻製卵は卵が余ったから作っていただけで、最近はケーキもあまり焼いていないので、卵を買う必要があるのは伊達巻を作る年末くらい。

普段は卵売り場に行かないので、昨年末になってイオンと産直市場で平飼い卵が陳列されているのに気が付いた。
平飼いといっても、生産者によって鶏舎や餌・飼育密度などの飼育方法がかなり違う。平飼い卵とは、平面の地面で飼うことだと思っていたけど、多段型(エイビアリー方式)ケージも平飼いに含まれていた。

平飼い卵が最近目につきだしたのは、EUが養鶏業の飼育ケージに関する規制を強化した影響らしい。
欧州委、畜産業のケージ使用禁止を法制化すると表明 (EU)2019年10月25日
「EUのケージ飼養 50%以下6か国、50%以上10か国 IECの2018年各国報告データ(下)」を見ると、国によって飼育ケージの使用率がかなり違う。
EU基準では、飼育密度は利用可能面積1㎡あたり9羽を超えてはならない。「利用可能面積」なので、地面に加えて多段ケージの床面積も含まれているようだが、詳しい算定方法がわからない。

生産者と飼育方法を調べてから、お正月の伊達巻用やお菓子作り用に産直市場でヤマギシの平飼い卵を購入。

「吉備の平飼い卵」
イオンで販売していたのは全農の「吉備の平飼い卵」。日によって生産者が違う卵が並んでいる。私が見たときは、新見ポートリーファームとMt.ベアーの卵だった。(最近はMt.ベアーが多い)
新見ポートリーファームの鶏舎は床は金網、密度も高そうで狭苦しく見える。
Mt.ベアーは情報がほとんどなく、ホームぺージも存在しない。でも、らでぃっしゅぼーやが扱っている卵の販売者で「自然光が入る開放鶏舎」で飼育している。同一住所に「アルム(アルムの里)」の鶏舎もあり、こちらも平面自然採光開放型だけど、飼育密度が高そう。
2社が同一住所になっているのは、「あかいわ地域商社」の参加企業だから。2社の関係は不明。関連会社なら鶏舎が同じ可能性もある。
6個320円くらいなので、ヤマギシの卵と価格はほぼ同じ。2つの卵を比較したいので、一度買ってみようと思っている。


「ヤマギシ 高級有精卵」(ヤマギシズム生活津木実顕地)
ヤマギシの有精卵は6個入り(327円)、10個入り(436円)、15個入り(620円くらい)の3種類。伊達巻を作るのに4個、茶わん蒸しに1個は使うし、余ればケーキ、お好み焼き、燻製卵を作るから、産直市場で10個入りを購入。(毎日コンスタントに売れているので、平飼い卵のニーズは充分あるらしい。)

津木の鶏舎の写真を見ると、私がイメージしていた平飼いに近い。飼育密度はそれほど高くはないように見える。エサはヤマギシズム循環農法で育った青草(牧草や野菜)。青草がない時期にはサイレージ(青刈りした牧草を発酵させたもの)がエサ。(青草以外の自家配合飼料も併用しているのかはわからない)

10個ともLかLLサイズくらいの大きな卵で、普段買っている卵よりも黄身がずっと鮮やかなオレンジ色。黄身がぷっくり盛り上がって弾力があるし、ケーキを焼くといつもよりよく膨らむ。
使い道は、伊達巻に4個、お豆腐ブラウニー(2回)に各1個、チーズオムレツに1個、燻製卵に1個。


「トップバリュ グリーンアイナチュラル/平飼い卵」
イオンのPB平飼い卵は、20年10月時点で60店で販売しており、全国展開の目標は22年度。近くのお店にはまだ置いていなかったから、今年度中に販売されるかもしれない。

「当社のケージフリー型の鶏舎は、ケージの中で飼育する従来型の養鶏・採卵場とは異なり、屋内型の施設で放し飼いにされていることが特長。加えて、外からの病気や感染症の源となる、害獣、カラス、ハトなどを侵入させない防御のため、壁は窓などの隙間がないウィンドレス構造。鶏に優しい上に衛生面にも配慮したハイブリッドな鶏舎です。」

生産者は宮崎県のフュージョン(株)。国内最大級のケージフリー型の採卵鶏舎で、壁は窓などの隙間がないウィンドレス構造。
従来のバタリーケージに比べれば、「鶏に優しい上に衛生面にも配慮したハイブリッドな鶏舎」とは言える。
写真を見る限りでは、バタリーケージの前面側面の柵を撤去したような鶏舎で、地面とケージを自由に昇降したり、地面を歩き回れるし、密度も高くはないように見える。底面から鳥の足が浮いているように見えるので、網を張っているのかもしれない。ウィンドレス構造・人工照明の密閉型鶏舎は従来と同じ。
平面型鶏舎よりも飼育羽数が多く、卵の大量出荷も可能。そのわりに平面開放鶏舎の平飼い卵と価格がほとんど同じ(税込320円程度)。近畿・中四国・九州で販売予定。

❑トップバリュの平飼いたまご 自社基準(抜粋)
 ◆鶏舎
  バーン方式(平屋):床を自由に動きまわれる
  エイビアリー方式(多段):多段式の床を、平面にも上下にも自由に動きまわれる
 ◆飼育密度  
  最大9羽/㎡

(エイビアリーケージの例)エイビアリー成鶏システム VOLIERA LIBERAアニマルウェルフェアに対応したエイビアリーケージフリー飼育システム⑩

複数の生産者の平飼い卵を取り扱っている「らでぃっしゅぼーや」の平飼い基準は、「1坪あたり18羽以下の緩やかな密度であること、鶏舎には自然光や風が入ること、止まり木を設置すること、など」。
㎡あたりにすると、飼育密度は5羽以下になるので、イオンの基準よりも密度が低い(=厳しい)。それにエイビアリー方式は基準外なのではないかと思う。
飼育密度の算定方法でわからない点は、多段式の場合、床部分に加えて、多段部の底も全て面積にカウントするのだろうか?敷地面積あたりの飼育羽数は平面式よりも多いため、多段部の床も飼育面積に参入しないと飼育密度の基準をクリアできないはず。


「かんのがわファーム 十津川村放牧鶏卵」
産直市場で販売している十津川村の放牧養鶏の卵は、10個で900円近い。これも完売するのに日数はかかっているけど、いつの間にか棚から無くなっているので、ちゃんと売れているらしい。
ニワトリ700羽と暮らす悠々自適ライフ 十津川の特産品でビジネスを生み出すお茶目な開拓者 澤渡 成文さん[十津川村役場産業課観光グループ]


<参考情報>
「平飼い」なら良い飼育とは限らない。卵を買うなら選ぶこと。[畜産動物たちに希望を Hope For Animals]

『Julius Katchen: Piano Recitals 1946-1965』

予定より数日早く発売されたジュリアス・カッチェンの新譜『Piano Recitals 1946-1965』。

ジュリアス・カッチェン - ピアノ・リサイタル 1946-1965年ジュリアス・カッチェン - ピアノ・リサイタル 1946-1965年
(2022年05月27日)
ジュリアス・カッチェン

試聴ファイルなし


このMelo盤はプラケースではなく紙ケース。ツィンマーマンの無伴奏(BIS盤)の薄い紙ケースと比べると、厚くてくしっかりしている。
CDのラベル面は黒色で溝も入っているのがLPレコード風でレトロ感あり。
ブックレットは読んでも見ても楽しい。2~7頁はカッチェンのプロフィール。今まで入手したブックレットやインターネットサイト等に載っていなかった情報が盛りだくさん。特にプロデビュー前の神童時代と家族に関する話が詳しい。他には、大学生時代のリサイタル、プラハ音楽祭への参加、根付蒐集、演奏会評(ショーンバーグなど)、インタビュー、最後は葬儀の時のエピソードなど。

さらに10~11頁には初めて見るカッチェンの家族写真が5点(①2歳のカッチェンと妹リタ/1928年、②カッチェンとリタと両親、③祖母ロザリエ・スヴェットにピアノレッスンを受けるカッチェン/1937年、④両親と一緒にマイクの前で。青年期?、⑤正装の両親と燕尾服姿のカッチェン。たぶんプロのピアニストになってからの演奏会にて)。裏表紙はピアノ前に座るカッチェンと10歳年上のヴァイオリニストPatricia Travers。たぶん1939年の演奏会。
紙ケースのブックレット挿入面には、ピアノの鍵盤に両手を置いている11-12歳くらいのカッチェンの写真。眉をくっきり書いたり、演奏会用の服を着ているので記念写真用だと思う。
今までほとんど未公開だった子供時代や家族との写真は、妹だったリタ・カッチェン=ヘルマン・ファミリーの提供。

収録曲は録音年と場所、録音方法がかなり違うので、音質もばらついている。録音年の古さを考えればほぼ満足できるレベルで、特にCD2の音質はどの曲もかなり良い。

1)ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第12番 変イ長調 Op.26 (1964年5月27日 西ドイツ・シュトゥットガルト 放送スタジオ録音)
スタジオ録音にしては、年代物のピアノを弾いているような滲みのある音色で古めかしい響きがする。1964年の放送用録音にしては音質がかなり悪い。
第1楽章はやや速めのテンポで起伏が大きく細やかに変化し、変奏の曲想の違いも明瞭で叙情豊か。全楽章中特に第1楽章の演奏が好き。第3楽章は左手のフォルテが力感・量感豊か。
第2楽章は(怒涛のように)速いテンポで力強くマニッシュ。無窮動の第4楽章も速いテンポでダイナミック。両楽章ともフォルテのタッチが力入れすぎで荒っぽくいところが好きではない。

2)シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960(1960年8月6日 フランス・プラド ライヴ録音)
この曲も音質があまり良くないし、カッチェンの演奏で聴いても、やっぱりこの曲は好きにはなれないのが良く分かった。

3)ガーシュイン:3つの前奏曲(1951年10月28日 西ドイツ・ハンブルク 放送スタジオ録音) 
1951年の古さのわりに、1960年初期のモノラル録音くらいに思えるほどにかなり音が良い。
ジャズっぽいところのあるクラシックみたいな曲。ジャズピアニストはあまり弾かないような気がする。

ガーシュウィンの自作自演。
Gershwin: Three Preludes, Gershwin (1928) ガーシュウィン(自演) 3つの前奏曲


4)バッハ(ヘス編):主よ、人の望みの喜びよ ト長調(1946年11月20日 フランス パリ 放送スタジオ録音、以下同)
5)モーツァルト:ピアノ・ソナタ第15番 ハ長調 K.545~アレグロ
6)ショパン:ポロネーズ 変イ長調 Op.53 「英雄ポロネーズ」
バッハは1946年の録音とは思えないほど結構音が良い。モーツァルトとショパンは音が悪く、「英雄ポロネーズ」は1954年の日本公演ライブ録音(TBS Vintage Classics/ユニバーサル盤)の音質がわりと良い。

7)バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV826(1965年9月25日 西ドイツ・ルートヴィヒブルク ライヴ録音)
Doremi盤と同一音源なのに、音質がかなり違う。使っている音源が違う(Doremi盤はマスターテープではない)のだろうか?
ステレオ&ヘッドフォンで聴くと、doremi盤の方が残響多めで、音が少し遠くて線が細い。音色は軽めで水気を帯びたような瑞々しさがある。
オリジナルのマスタテープを元にリマスタリングしたMelo盤は、残響少なめで音が近く、輪郭がくっきり明瞭。音圧が強めで少しソリッド感がある。瑞々しさはあまりないけど、リマスタリング独特の電気的な感じはせず、アコースティックな響き。こちらの音質の方が個人的には聴きやすい。特にテンポが滅法速いCapriccioは、meloo盤の方が細部が聴き取りやすいせいか、慌ただしくてせわしない感じが少しだけマシになった気がする。(それでも速すぎると思うけど)

8)ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109 (同上)
Youtubeのエアチェック音源(別の演奏会)よりも、はるかに音が良い。演奏内容に対する印象は↓と変わらないので、音の良いCDで聴けて良かった。
カッチェン、謎の録音 ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30番

9)シューマン:交響的練習曲集 Op.13 (同上)
こちらもDeccaスタジオ録音よりもはるかに音が良い。遺作の5つの変奏曲はDecca盤と同じく省略。
この曲を初めて最後まで聴いたけど、私が好きになれる曲ではなかった。

10)ショパン:バラード 変イ長調 Op.47 (同上)
既出録音:Decca盤スタジオ録音(1949年)、ユニバーサル盤日本公演ライブ録音(1954年)、Audite盤スタジオ録音(1962年)、ica盤放送用ライブ録音(1965年)
異なる年代のライブ録音と放送用録音で何度も弾いているから、ショパンの作品中特に好きな曲の一つだったらしい。
5つの録音なかでは、コンサートホールで録音したica盤が残響が一番多く、音がやや軽い感じがする。演奏時間はaudite盤が一番長く(約7分30秒)、Melo盤が一番速い(演奏時間約7分)けど、テンポの違いはそれほど気にならない。(カッチェンはライブの方がテンポが速くなることが多い)
この中で一番聴きやすいと思ったのは、audite盤。テンポが少し遅い分一音一音明瞭に聴こえるし、残響が少なくともアコースティック感のある音が私の好みに合っていた。
Melo盤は、audite盤と同じくらい残響は少なく、若干籠った感じで音の輪郭に丸みと固さがあり、お城(Schloss Ludwigsburg)で録音したせいか、狭い部屋のなかでかなり前面から聴こえてくる。こちらもアコースティックな響きで聴きやすい。
1960年代の3つの録音は、1940-50年代の2つの録音よりもフォルテの響きの尖りが少なくなり(それでもタッチは力強い)、起伏が滑らかになり強弱の推移が自然になっていると思う。

どの録音も線が太目で力感・量感豊かなフォルテに厚みがあり、フレージングが流麗というよりは粒立ち良く、リズミカルで生き生きとした躍動感がある。第3番は重音連打・移動が多く、私にはブラームス風のバラードみたいに聴こえる。
昔はバラードなら第1番ばかり聴いていたけど、カッチェンの録音でこの第3番を何度も聴いていると、第1番よりも好きになってきた。

Ballade, Op. 47(audite盤)


11)メンデルスゾーン:ロンド・カプリチョーソ ホ長調 Op.14、前奏曲とフーガ第1番 ホ短調 Op.35-1(録音日・場所はガーシュウィンと同じ)
1953年のDeccaスタジオ録音よりももさらに古い録音なのに、こちらの方が1960年代初めのモノラル録音みたいに音質がずっと良い。

このCDを買って良かったのは、音質が良い曲が半分以上あり、既出CDには未収録だったベートーヴェンのピアノ・ソナタ2曲に加え、アコースティックな響きのバッハ(パルティータ)とショパン(バラード)、古いわりに音がかなり良いガーシュウィンとメンデルスゾーンが聴けた上に、新しい伝記的情報とカッチェンの家族写真が多数載っている中身の濃いブックレットがついていたこと。


<ブックレット記載のエピソード(一部要約)>
カッチェンに初めてピアノを教えたのは、母方の祖母Rosalie Svet。カッチェンの5歳の誕生日プレゼントがピアノレッスンだった。
祖母は1905年に米国に移民するまではワルシャワ音楽院の教師であり、祖父のMandel Svetはヴァイオリンと作曲の教師でモスクワ音楽院の教授だった。
カッチェンは毎日午前中と午後の各2時間、遊び時間を挟んでピアノを練習し、学校の勉強は正規な教師の1人が2時間教えていた。

1937年春、オーマンディがフィラデルフィア・オーケストラとリハーサル中に公会堂ホールの扉を開けて入ってきたカッチェン少年。オーマンディはどこにいるのかと訊ねるので、オーマンディは「そこで何をしているんだい、何か用かな?」。カッチェンは「演奏を聴いてもらいに来ました(I've come to play for you.)」と言い、脇に抱えている総譜とパート譜を指して「僕の楽譜を持って来ました」。単刀直入な答えに興味が湧いたため衝動に抗しきれず、オーマンディは楽譜をオケに配らせ、アシスタントのCastonに指揮棒を渡してから、聴衆のいないホールに座ってカッチェンの演奏を聴くことにした。彼は5分ばかり聴こうかと思っていたが、結局最後まで聴いてしまった。カッチェンの弾いた曲は、数週間前のデビュー演奏会で弾いたモーツァルトの《ピアノ協奏曲KV466》。オーマンディは、カッチェンに「いつの日か私のソリストになるだろう(the one day he would be his solist.)」と約束してからすぐに欧州へ向かった。その約束が果たされたのが半年後の10月21日。

すでに著名なオーケストラとの演奏会やソロリサイタルを定常的に行っていた14歳の時、カッチェンと両親が進路をどうするか決断に迫られた。演奏会活動を続けて音楽以外のことはあまり知らずにいるか、普通の少年と同じように一般高校へ進学するか、どちらかを選ばなければならなかった。演奏会生活に熱中していたカッチェンは、普通の学校生活を送るという考えに激しく抵抗したが、父親は断固として”No.”。一般高校からハヴァフォード大学へ進み、哲学と英文学を専攻した。この選択のことを回想したカッチェンは「私の両親は賢明だったので、私が懇願したにも関わらず、14歳の時に演奏会の舞台から私を引き離しました。その時の私ほど激しく怒った人はいなかったでしょうが、今の私ほど感謝している人もいないでしょう。」

大学在学中の1944年12月3日、成人(20歳)後初めてのリサイタルをカーネギーホールで開催。聴衆は2000人以上。演奏曲目は、ブラームス「ピアノソナタ第3番」、シューマン「交響的練習曲」、ムソルグスキー「展覧会の絵」、ショパン「子守歌」。5回のカーテンコールの後で弾いたアンコール曲は、リスト編曲メンデルスゾーン「歌の翼に」、ファリャ「火祭りの踊り」、ショパン「エチュードOp.10-4」。

1946年の大学卒業時、哲学で「cum laude(優等賞)」を授与され、「Phi Theta Kappa」(ファイシータカッパ/全米大学優等生協会。湯成績優秀者だけが加入できるhonor society)に選ばれた。また、パリ大学に交換留学生として1年間留学する奨学金も獲得していた。

1947年12月、両親とクリスマスを祝うためにパリから帰国していたカッチェンがギオマール・ノヴァエスのピアノリサイタルを聴きに行った時のこと。開始予定時刻を30分過ぎてもノヴァエスが会場に到着しないため、カッチェンがしばらく代りを務めることに。街着姿でグランドピアノに歩み寄ったカッチェンが弾いたのは、フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」。聴衆の暖かい拍手にカッチェンは何度もお辞儀してから最前列の座席に座り、到着したノヴァエスの演奏を楽しんのだった。

1956年、カッチェンは当時19歳のArlette Patouと結婚。Arletteの母はドクター、父は中国とフランス領インドネシアでフランス鉄道会社のdirector genera(総裁)だった。1960年5月2日に一人息子のStefanが誕生。
カッチェンとArletteが初めて根付に出会ったのは、1953年の日本公演。それ以来、著名なコンサートホールで行われる演奏会の合間をぬって時間の許す限り、根付のディーラーとオークションを訪れた。根付を収集し始めた当時、文献情報が乏しかったにもかかわらず熱心に学び、彼らは根付の複雑さ・製作者・題材についてよく知るようになった。カッチェンの自宅を訪れた友人たちは音楽の話をしたかったが、カッチェンが話したいのは根付のこと。ローマで買い付けし、NYで売却する商業的利点について、「税関の問題は全くない。ポケットに根付を入れて、子供たちのおもちゃですと言うだけだよ」。

カッチェンが弾いた”ピアノ・マラソン”のなかでは、一晩でベートーヴェンの後期ソナタ5曲とアンコールに「熱情ソナタ」を演奏したリサイタルがある。

カッチェンはプラハを「素晴らしい音楽の街(that magnificently musical city)」と呼んでいて、とても好きだった。毎年行われる春の音楽祭への招待に応じたが、世界のどんな街でも経験したことのない拍手喝采を経験した。プロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」を弾き終ってから休憩時間に入っても拍手が鳴りやます、後半の演奏を始めるためにオケのメンバーが入場する時にようやく拍手が止まったのだった。
カッチェンにとって、プラハの音楽文化は「ソリストの夢」で、「オランダを別にすれば、西欧には存在しないようなリハーサル施設が使える」と言っていた。

11歳足らずでデビューしてから31年間のキャリアを通じて、カッチェンが演奏した国は6大陸42カ国、共演したオーケストラは122。
肺がんのためパリの自宅(3 avenue Franco-Russe)で42歳で亡くなったカッチェンの葬儀は、生まれ故郷のロングビーチにあるElberonのTemple Beth Miriamで行われた。約700人の参列者にはリプキンやプライシャーなどピアニストも多く、親友だったグラフマンはメンデルスゾーンの「無言歌」を弾き、さらにシュタルケルと共にバロック時代のチェロ・ソナタから緩徐楽章を演奏した。

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【新譜情報】『Julius Katchen: Piano Recitals 1946-1965』
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ジム&ジェイミー・ダッチャー『オオカミたちの隠された生活』

オオカミの関するノンフィクションを読みたくて探してみたところ、野生オオカミの群れの観察記録はそれほど多くはない。
ジム・ブランデンバーグの2冊『白いオオカミ-北極の伝説に生きる』『ブラザー・ウルフ』、ショーン・エリス『狼の群れと暮らした男』(野生以外に保護施設のオオカミたちとも暮らしている)、ギュンター・ブロッホ『30年にわたる観察で明らかにされたオオカミたちの本当の生活 パイプストーン一家の興亡』くらいしか見つからなかった。
ニック・ジャンズ『ロミオと呼ばれたオオカミ』は、野生のオオカミだけど、群れから離れたはぐれ?オオカミの話。北極圏のオオカミ一家のノンフィクションとして発表されたファーリー・モウェット『狼が語る ネバー・クライ・ウルフ』は実は創作したフィクション。

非(半)野生オオカミの観察記録としては、エリック・ツィーメン『オオカミ その行動・生態・神話』、ヴェルナー・フロイント『オオカミと生きる』(”超アルファ”として文字通りオオカミたちと一緒に暮らしている)、ジム&ジェイミー・ダッチャー『オオカミたちの隠された生活』では、オオカミを乳児期から人間が育てるか、保護施設や動物園からもらい受けて、野外の囲い地に放している。
このなかでは『オオカミたちの隠された生活』の観察方法が、一番人間の介入が少なく、オオカミの囲い地も10haと広大で、野生に近い環境でオオカミたちの生活を観察していると思う。乳児期の数週間は人間が育てているとはいえ、それ以降のオオカミたちの生活に人間が介入することはできる限り控え、オオカミたちが群れとして自由に暮らしている。ただし、柵に囲まれた囲い地なので狩猟対象(エルクやウシなど)の野生動物がほとんどおらず、近くのハイウェイで交通事故死したエルクなどの死体を人間が囲い地に置き、オオカミたちがそれを見つけて食べている。

オオカミたちの隠された生活オオカミたちの隠された生活
(2014/5/2)
ジム&ジェイミー・ダッチャー (著)



ソートゥース・パックは、著者で野生生物映画監督のジム・ダッチャーがオオカミたちの生態をより詳しく観察する目的で、州政府の許可を得て、アイダホ州ソートゥース国有森林内にオオカミたちを放つ野営地を設置し、周囲を柵で囲った囲い地で生活していたオオカミの群れ(オオカミの群れは「パック」、ライオンなら「プライド」)。
同種の囲い地のなかでは、面積が10haと広大で最大(ツィーメンのバイエルン森国立公園の囲い地は6ha、フロイントが作った囲い地は最大で2haくらい)で、広大な自然のなかで自由に暮らすオオカミたちの行動は野生のオオカミに近いと思う。
野生のオオカミとの最大の相違点は、1)著者たちがを哺乳瓶で育てたことで人間に(少なくとも著者夫妻には)慣れている、2)親オオカミから教育されていない(カモッツとラコタは実の親ではない雄のアカイと雌のマクイと一緒に短期間生活していた)、3)餌の調達方法が主に野生動物の狩りではなく、著者たちが敷地に置いた(交通事故で死んだ)エルクの屍肉をスカベンジする。(scavenge:死んだ動物やその残骸の肉をあさって食べること)。

写真がどれも鮮明で綺麗で、撮影場面や構図がバラエティに富んでいるので、オオカミたちの生活や「オオカミ関係」(特にアルファのカモッツ、オメガのラコタ、ベータのマッツィに関して)が写真と説明でよくわかる。

本書に出てくる子オオカミは全て著者たちが産まれてすぐに育てているので、オオカミたちは著者2人は”仲間”と見なしているらしい。著者たちの顔の真ん前で撮影した写真もあるくらい2人を警戒していないし、ジェイミーが木の根元でカメラで撮影しているところに寄ってきて、オオカミと顔をじっと見つめ合ったりしている(この写真が一番好き)。彼らの親しさは犬と人間の関係と同じに見えてきて、犬の先祖がオオカミだったのを思い出させる。

狩猟場面の写真がほとんどないのは、もともと狩猟する機会が少なかったせいに違いない。囲い地は完全に柵で覆われているので、外部からシカなどの獲物が入ってくることはないし(ピューマは侵入できた)、囲い地内で狩りができるとしてもウサギとかリスなどの小型動物だろう。囲い地外でオオカミを飼育することは行政から許可されておらず、囲い地外に出ることができたとしてもハンターに狙われたり、家畜を襲えば必ず射殺されるから、人間がオオカミたちの食糧を調達する必要があった。

3頭の子オオカミの出産前後の様子。母親のが巣穴を掘っているのを観て、他のオオカミも穴を掘ったり、出産直後にはかわるがわる穴をのぞき込んだり、興奮して騒いだり「お祭り騒ぎ」。

オオカミたちがお喋りする様子は、まるでチューバッカが話しているような口調。

(ソートゥースパックとは関係ないが)オオカミが家畜を殺した場合に支給される補償金の仕組みが逆効果。オオカミでなければ補償金が出ないので、酪農家にとってはオオカミが殺したことにした方が都合が良い。たとえ”犯人”がオオカミでなくても、調査官がオオカミだと認定しているケースも少なからずあり、オオカミが家畜を襲うという”事実”により、オオカミたちの狩猟が正当化されていくことになる。

プロジェクト終了後のソートゥースパックの終の棲家として、ネズ・パース族が居住地内に8頭のオオカミたちを引き取ってくれた。
8頭が去った後、ソートゥースの囲い地があった場所に野生のオオカミの群れが住みついたが、家畜を襲った疑いで管理官によって全て駆除されてしまった。


ソートゥースパックのドキュメンタリーは数種類製作されている。

<Jim & Jamie Dutcher: The Hidden Life of Wolves | Nat Geo Live>
本書の紹介映像。


<Living With Wolves>
ソートゥースパックのドキュメンタリー映像。
Living With Wolves Documentary

ソートゥースパックの誕生からネズ・パース族の居留地に移転してプロジェクトが終了し、その数年後にソートゥースを再訪したダッチャー夫妻が新しいオオカミたちの足跡と姿を目撃した頃まで。
Living With Wolves part 1:プロローグ
Living With Wolves part 2:プロローグ- チェムクの出産した子犬たちの姿、過去に撮影したビーバーとピューマのドキュメンタリー。
Living With Wolves part 3:ソートゥース囲い地の設営。雄のアカイとメスのマクイをキャンプへ移送。
Living With Wolves part 4:生後間もないのカモッツ、ラコタ、モトキをジム・ダッチャーが数週間育て、養親となるアカイとマクイと合流される。
Living With Wolves part 5:子オオカミを恐れて群れから孤立するマクイ。パックを支配するのは雄のアカイではなく、子オオカミのカモッツ。
Living With Wolves part 6:白内障手術を受けるマクイ。マクイは手術後も群れに馴染まず、人間に警戒心を持ち続けるアカイとマクイを保護施設へ移す。
Living With Wolves part 7:ピューマに殺されたモタキを発見。その後、新しい子オオカミ3頭(マツィ、黒い毛色のモトモ、アマニ)をパックに加える。
Living With Wolves part 8:ジャイミーが新しくプロジェクトに加わり、ワシントンDCからソートゥースの囲い地へやってくる。
Living With Wolves part 9:オオカミたちの生活、コミュニケーション
Living With Wolves part10:オオカミたちの生活、コミュニケーション
Living With Wolves part11:カモッツとチェムクがつがいになる。
Living With Wolves part 12:ネズ・パース族の女性が囲い地を訪れパックを見学。ネズ・パーズ族と合意し、居留地へパックが引っ越し
Living With Wolves part 13:パックが新しい環境に慣れた頃に、ダッチャー夫妻がネズ・パース族居留地を訪れパックと再会
Living With Wolves Part 14-Final:数年後にソートゥースの囲い地を訪れたダッチャー夫妻が新しいオオカミたちの足跡と姿を見つける

<Living With Wolves Part 1>



<Wolf: Return of a Legend>
同じくダッチャープロダクションが製作したソートゥースパックの初期のドキュメンタリー。
アカイとマクイ、最初に加わった子オオカミ4頭(カモッツ、ラコタ、モトキ、名まえ不明の1頭)、そのモトキがピューマに殺された後、新しい子オオカミ3頭(マツィ、黒い毛色のモトモ、アマニ)パックに加わり、まだジェイミーが加わっていない。



ジム・ダッチャーは、オオカミたちのドキュメンタリーを製作するために、異なるレスキューセンターから大人のオスとメスのオオカミを各1頭借りた。2頭がアルファペアになって、後で加える予定の子オオカミたちを育て、新しいパックをつくることを期待していた。
2頭とも施設で育ったので人間には慣れていた。アカイとマクイはすぐにお互いに慣れたが、その後に子オオカミたちがパックに加わると、マクイはなぜか子オオカミを恐れて、群れから離れていく。アカイはアルファオスとして、子オオカミたちを引き連れてテリトリーを案内する。

マクイはパックには近づいかずに孤立している。空腹であっても屍肉を食べている群れに加わらないないし、パックのオオカミたちもマクイが一緒に肉を食べるのを許さないだろうから、ダッチャーがひとりでいるマクイの元に肉を持っていく。
ある日、マクイがカメラを嫌がるので、ダッチャーは白内障で片目がよく見えない状態なのを発見した。目が見えれるようになれば孤立した状況が変わると考えたダッチャーは白内障手術を手配する。手術が成功して目が見えるようになっても、状況は変わらなかったので、結局マクイを元の保護施設に戻した。

両方のドキュメンタリー映像では、最初に加えられた子オオカミが4頭いる。一方で、写真集と、その後で出版された『オオカミの知恵と愛 ソートゥース・パックと暮らしたかけがえのない日々』には、子オオカミは3頭しか出てこない。名前もわからない4頭目はどうなったんだろう?