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2008-09-07 Sun 22:25
ベートーヴェンの歌曲というと、あまり聴いたことがないし、シューマンやシューベルトと違って、歌曲集としてまとまってレコーディングしている歌手が少ない。
青木やよひ氏の「不滅の恋人」研究書に、不滅の恋人との破局後、彼女を追憶して作った連作歌曲が『遥かなる恋人に寄す』だと書いていて、さっそくCD探し。 プライやシュライヤーのがあったが、いろいろな歌曲をカバーしているフィッシャー=ディースカウのCDを購入。 ピアノが、あのウィーン三羽烏の一人、イェルク=デムスなので、これに決めた気もするが、ジャケットもなかなか品の良いデザインだし。 輸入版なので歌詞の日本語訳はないが、ドイツ語の英訳があるので、歌詞の意味はわかる。
バリトンの声自体があまり好きではないので、それほど期待していた訳ではなかったが、聴いてみると思いのほか良い歌曲集。 バリトンといっても、高めの伸びやかで濁りのない美声。とても心地よい響きがする。調べてみると、ディースカウは、バリトンといっても、ハイ・バリトンだった。 ベートーヴェンが作曲した旋律は叙情的ではあるが、シューベルトやシューマンの情緒過多の歌曲と違って、情緒を形式で抑制してバランスをとった心地よさがある。 CDタイトルの歌曲『An die ferne Geliebte』は、 1.丘の上に腰をおろし 2.灰色の霧の中から 3.天空を行く軽い帆船よ 4.天空を行くあの雲も 5.五月は戻り,野に花咲き 6.愛する人よ,あなたのために の6曲からなる連作歌曲。 曲を切れ目無く次々に歌い続けていくという形式は、当時は目新しかったらしい。 歌詞を見ていると、まさにベートーヴェンの心情そのものだったのではないかと思うくらい。 「不滅の恋人」(アントーニエ・ブレンターノ夫人らしいが)との破局(1812年)後、極度の作曲スランプに陥った。が、ようやく傷も癒えてきたのか、かといって完全に忘れることもできず、「遥かなる恋人」と呼んで自分の心情を歌ったのだろうか。 これを作曲したのが1816年。1816年にはピアノ・ソナタ第28番Op.101、1818年に第29番「ハンマークラヴィーア」Op.106が作曲されている。 この歌曲を作った後、ようやく徐々にスランプから脱して、ついに後期様式へと向かうようになった。 そう考えると、この曲はベートーヴェンにとって、カタルシスの意味があったような気がする。 このアルバムには、有名な『アデライーデ』や、ゲーテの詩による歌曲もいくつか入っている。 『片思いの男のためいき及び返答の愛』(WoO.118)(なんというネーミング!)を聴いていたら、突然『合唱幻想曲』の合唱パートのメロディが出てきたのに気が付いた。(歌詞は違うものをつけている) ベートーヴェンは、自分の気に入った旋律をいろんな楽曲によく転用していたらしい。 リートで聴いても、このメロディは明るく、美しく、それでいて力強い。 『遥かなる恋人に寄す』の歌詞は、医学生のアロイス・ヤイテレス。 歌詞の日本語訳を載せているサイトがある。詩としての文体はともかく、どういう心情を歌ったのかはこれで十分わかる。 (そもそも外国語の詩の翻訳は、とっても難しいものなので) ちなみに、リストが『An die ferne Geliebte』をピアノ独奏用に編曲している。 楽譜をざっと見た目には、リストにしてはそう難しい編曲ではない。 少なくとも最後の6曲目は所見でもそこそこ弾けた。 『遥かなる恋人に寄す』と「不滅の恋人」に関連する曲のレクチャーコンサートの解説はこちら。 「不滅の恋人」に関する簡単な解説も載っているので、分厚い研究書を読まなくてもポイントがわかるとっても親切なサイト。 <収録曲> 歌曲集「遥かなる恋人に寄す」op.98 アデライーデ op.46 君を愛す(やさしき愛) WoO.123 焦慮の恋人 op.82-3 焦慮の恋人 op.82-4 アリエッタ(接吻) op.128 この暗い墓のうちに WoO.133 自然における神の栄光 op.48-4 五月の歌 op.52-4 モルモット op.52-7 片思いの男のためいき及び返答の愛 WoO.118 追想 WoO.136 うずらの啼き声 WoO.129 ゲーテの「ファウスト」〜メフィストの蚤の歌 op.75-3 3つの歌 op.83 1.悲しみの喜び、2.憧れ、3.いろどれるリボンもて 希望に寄せて op.94 遠い国からの歌 WoO.137 異国の若者 WoO.138 愛する男 WoO.139 星空の下の夕べの歌 WoO.150 |
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2008-09-06 Sat 17:18
最近は、パンはご飯よりも高い、高いといわれているが、市販のパンと家で炊くご飯のコストを比較すること自体がそもそも誤り。
市販(メーカーものやベーカリーショップの)パンには、加工の手間と諸々の諸経費に利益が上乗せされているので、高いのは当たり前。 ご飯だって、おむすびをコンビニで買えば100円以上、炊飯済みのご飯は1パック(茶碗1.5杯分くらい?)で100円以上するのは、加工品だから。 正確に比較するなら、家で作るパンとご飯を比較するべきだと思うが、パンを家で作る人は多くはないので、結局、パンはご飯よりも高いと言われることになる。 たしかに菓子パンは、家で作るとお店で買うよりははるかに安いが、ご飯よりは高くなる可能性大(材料に左右される)。 といっても、炊き込みご飯や雑穀ご飯は、普通のご飯より当然高くなる。 コストがどうしても気になる人は、シンプルに食パンや白ご飯を食べるのが良い。 それ以前に、ご飯でもパンでも、材料や銘柄にこだわれば、具材を入れなくても、かかるコストは大差がない。 後は、好み、栄養、満腹度、副食の問題。食パンを食べる程度なら、そんなにコストを気にせずとも良いと思うが...。 最近はやりの米粉パンを家で作るのは、現時点ではあまり良いとは思わない。 米粉ミックスの値段は小麦粉の2倍、主に限られたネットショップやパン材料専門店でしか入手できない、米粉コースのないホームベーカリーだと2時間でできる反面1次発酵をスキップする工夫がいる、など、いろいろと手間がかかる。 手っ取り早いのは、炊いたご飯を小麦粉と一緒に捏ねること。お米の甘みともちもち感が出て、美味しい。 ホームベーカリーでパンを焼けば、粉や具材を買えれば、食感、味、栄養価などいくらでも変えられる。 お店で買うパンと違って、添加物は最小限に抑えられる(せいぜいドライイーストの乳化剤くらい)。 天然酵母を使えば、バターも添加物もゼロ。 粉をいろいろ変えたレシピをいくつか。 具材は入れなくてもよいが、くるみは最近高騰しているので、比較的安いドライレーズンだけでも入れておくと、自然な甘みが出て美味しい。 レーズンくるみ食パン強力粉 250g ドライイースト 2.8g バター 10g 砂糖 15g 塩 3g スキムミルク 6g 水 180g レーズン 35g くるみ 25g シリアル食パン強力粉 200g 全粒粉 30g ミックスシリアル 30g ドライイースト 2.8g バター 10g 砂糖 15g 塩 3g スキムミルク 6g 水 180g レーズン 50g ※ミックスシリアルは、オランダからの輸入品。富澤商店のオンラインショップや店舗で購入できる。茶色のパンが焼けるし、粉自体に甘みと香ばしさがでて美味。 ライ麦食パン強力粉 200g ライ麦粉 50g ドライイースト 2.8g バター 10g 砂糖 15g 塩 3g スキムミルク 6g 水 180g レーズン 35g くるみ 25g ご飯入り食パン(米粉食パン)強力粉 215g 炊いたご飯 95g ドライイースト 2.8g バター 5g 砂糖 17g 塩 3g 水 140-160g ※ご飯は90〜110gくらいの範囲で可変。ご飯の量と硬さで水分を変える。硬めに炊いたご飯を110g投入した場合は、水分160ccでもちゃんと焼けた。 ※ご飯は、水(レシピの規定の水分)であらかじめふやかしてから使う。米粒が硬いと焼き上がりに粒のまま残ってしまう。 ご飯入り天然酵母食パン(米粉食パン)強力粉 215g 炊いたご飯 95g 生種(ホシノ天然酵母) 24g 砂糖 17g 塩 3g 水 110g フランスパン風食パン強力粉 200g 薄力粉 50g ドライイースト 2.5g バター 5g 砂糖 10g 塩 3g 水 180g 水分について外国産小麦の強力粉を使う場合の水分量なので、国産小麦の場合は使用銘柄によって水分を若干減らした方が良い場合もある。ただし、この水分量でもパンは焼ける。 要するに、パンを焼くのは、気温、水温、粉の温度や給水量の関数なので、水分だけにこだわっても、うまく焼けないこともある。まず水分を10cc減らして投入し、捏ね始めてからパン生地の固さを確認して、適度な固さになるように水分を追加するのが良い。 ドライイーストの代わりのパネトーネマザーを使う場合は、粉250gに対して10〜12g。水は、プラス10cc。 具材についてレーズンとくるみは、ミックスコール時に投入する。 レーズンは、オイルコーティングなしのドライレーズン使用。お湯や水で10分以上ふやかしてから使用。そうしないと、パン生地の水分が吸収されてしまう。 くるみは、5mmくらい程度に細かく砕く。大きすぎるとパンケースを傷めるおそれあり。 スキムミルクは入れなくても良い。入れると若干膨らみが良くなり、焼き色が濃くなる。 |
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2008-08-29 Fri 11:12
リヒテルがヤマハのグランドピアノを愛用していたのはよく知られている。
なぜロシアのピアニストが、定評のあるスタインウェイではなく、ヤマハを使うようになったのか。 ヤマハはそれほど優れたピアノメーカーにどうしてなり得たのか。 そこをドキュメンタリーでまとめたのが、あのNHKのプロジェクトXで放映された「リヒテルが愛した執念のピアノ」。 プロジェクトXは、技術者版スポコンもののようであまり好きではない。が、DVDではなく電子書籍でそのストーリーが販売されていたので、早速ダウンロードした。 テレビ番組のノベライゼーションなので、簡潔にまとまっているが、取材したものをかなり凝縮しているようなのでノンフィクションとしては細部の情報がやや不足気味。 それでも、ヤマハの調律師(村上さんという人)と、あの”氷の巨匠”ミケランジェリ、ミケランジェリの専属調律師タローネ、そしてリヒテルとの出会いは、技術者の意欲と執念が不思議な縁を手繰り寄せたかのようで、面白い話がたくさん詰まっていた。 リヒテルが浜松のヤマハ工場にわざわざ出向いて、自分が使うピアノを作っている人たちのために、2時間以上もコンサートをしたという話は、なかなか感動的。 あのリヒテルが自分たちのためだけにピアノを弾いてくれるなんて!ヤマハの工場の技術者や職人がどれほど感動したことか。 リヒテルは、とてもヤマハのピアノが気に入っていて、技術者や調律師を信頼していたんだろう。 彼が弾く弱音のように、リヒテルはとても繊細な心の持ち主だったのかもしれない。 ヤマハは、リヒテルが気に入るピアノを作れるまでになったのは、多くの人の意欲と努力があったのだろう。 しかし、スタインウェイやベーゼンドルファーなどの伝統的なピアノメーカーの牙城で”ヤマハ”が注目されるようになるには、何かのきっかけが必要である。 その点では、あの完璧主義者の気難しいミケランジェリが、タローネのところに修業しにきていたヤマハの調律師の村上氏をなぜか気に入って、タローネを差し置いてコンサートピアノの調律を任せるようになったのが、まさに最大の幸運だったように思う。 ”ミケランジェリの調律師”という肩書きがあれば、少なくとも注目されるのは確実。それに完璧主義者のミケランジェリの要求を満たすだけの技術があるのだろうと人は思うはずだ。 これがきっかけで、村上氏はマントン音楽祭の調律師に招聘され、そこでリヒテルに出会い、彼の弾くピアノ(ヤマハではないが)を調律するという大役をまかされ、欧州の新聞でその調律技術を賞賛される。 村上氏がヤマハ社員なので、ヤマハの知名度とブランドイメージがあがっていった出来事だった。 コンサート・グランドは職人芸と工業技術が結晶した芸術品。膨大な数の部品と製造工程で、部品によっては、0.01ミリ単位の精度が要求される。 しかし、如何に技術の粋を集めて作ったピアノといえど、その能力を最大限に引き出すのは調律師の仕事。調律といっても、家庭のアップライトピアノの調律とはレベルが違う。 ピアニストが要求するピアノの音色やタッチを実現させるためには、100分の1ミリの厚さの紙でピアノの鍵盤のタッチを調節する。職人技というしかない高度な技術が必要なのである。
数話まとめた本が発売されているが、この話だけを読みたいなら、楽天ダウンロードで1話105円テキストデータを購入すればよい。 |
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2008-08-26 Tue 19:06
初めて買ったリヒテルのCDは、晩年の1991年(76歳の時)にライブ録音したベートーヴェンの後期ソナタ集。
晩年のリヒテルは、技術的な衰えが目立ち、リヒテル信者の中でも賛否両論あるようだが、70歳近くになれば、如何に超絶技巧を誇ったピアニストと言えど、技術的な衰えは避けがたい。 強打で鳴らしたリヒテルやホロヴィッツは、晩年はミスタッチが多く、全盛期の迫力が消えている。 ポリーニはまだ66歳なので、全盛期と比較してもミスタッチはそれほど多くはないが(曲にもよる)、正確無比で曖昧さのない音のコントロールは1990年頃から徐々に消え去っている。 晩年でもそれほど技術が衰えなかったピアニストといえば、アラウやホルショフスキーが思い当たる。アラウは88歳で亡くなる直前までレコーディングをしていた。 全盛期に比べて、スピードがやや落ちたとはいえ、ミスタッチもほとんどなく、全盛期のように低音のフォルテは濁らず、中音から高音までは響きが豊かで、高音の澄んだ音も美しく、より深みのある解釈で晩年の録音も問題なく聴ける。 ゼルキンはミスタッチは多かったが、なぜかそれが気にならないほどの音楽性でカバーしていた。 リヒテルが技術的に思いとおりに弾けなくなってから、どう弾いたのかには興味があった。 全盛期、まるでピアノが悲鳴を上げるかのような強打をするかと思えば、緩徐楽章の弱音はとても美しく、強弱両方の極端なタッチが同居していて、デモーニッシュな雰囲気が怖くもあれば、天上の調べのような瞬間もあり、演奏も一言で好きとか嫌いとか言い切れない複雑さがある。 ベートーヴェンの後期ソナタは、晩年になるほどよく弾いていたらしい。 このCDはライブ録音のせいか、明らかなミスタッチがかなり多い。 緩急のコントラストは顕著だが、快速になると焦るかのような性急さがあって、全盛期の快速で追い詰めていくような緊迫感とは違ったものがある。 完璧な指のコンロトールを失った自分のピアノにもどかしさを感じていたのだろうか。 テンポが速くなると打鍵が安定していないが、テンポを落として弱音で弾いている時は安定していて、タッチも相変わらず美しい。 特に「嘆きの歌」とその後に続くフーガは、ややこもりがちの柔らかい音色で叙情的。 バッハの作品を数多く録音しているのでフーガの部分は得意だろうし、旋律を明瞭に浮かびあがらせながら歌わせている。 ジャケットのリヒテルの写真は、デモーニッシュな力強さはなく、自問自答しているかのような表情。 まるでこの曲の演奏の雰囲気を映し出しているようにさえ思える。
同じ後期ソナタをが録音しているルドルフ・ゼルキン。 実に84歳の時のライブ録音だが、リヒテルのようにミスタッチは少なくはないが、聴いていてあまり気にならない。 テンポが速く細かいパッセージが続いても、リヒテルよりは安定感がある。 リヒテルはまるで自分自身でもどかしさを感じながらも懸命に弾いているような感じを抱かせるが、ゼルキンは余裕を持って弾いている雰囲気がある。 31番ソナタの「嘆きの歌」は、ゼルキンの方がリヒテルよりもずっと叙情的で美しいが、その後に続くフーガはリヒテルの方が繊細さがある。 両者とも全盛期にはもっと違う弾き方だったろうが、技術的な完璧さを失った老境の時の演奏にしかない何か−味わいや深みみたいなもの−があるんだろう。
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2008-08-23 Sat 13:24
バッハの平均律といえば、ピアノ学習者には必須の供給。
中学か高校時代、先生に平均律を練習したらと進められたが、あまりピアノの練習に熱心でなかった頃だったので、結局平均律はやらず。 インベンションを弾いていて、バッハは苦手と思ったせいもある。 どういう心境の変化か、今頃になって平均律を弾きたくなった。 多分、ベートーヴェンの31番のピアノ・ソナタのフーガがあまりに素晴らしくて、弾いていてもフーガはなんて楽しいんだと思ったからか。 事前学習で平均律のCDを聴こうとして調べたら、人気があるのはグールドとリヒテル盤。 グールドのゴルドベルクバリエーションを聴いて、ノンレガートの弾き方は合わなかった。他に何枚がCDを買ったが、やはりグールドを繰り返して聴こうとは思わなかった。 リヒテルは、信者の思い込み過剰な賛辞はあてにならないが、それでも、ザルツブルクのクレスハイム宮殿で録音した「平均律クラヴィア曲集」は、好き嫌いは別として、聴かずにはいられない。 リヒテルのロマン派的なバッハは違和感があるし、乱暴な強打やブツブツと音を断ち切るタッチがあちこちで聴き取れる。 演奏自体にひっかかるところが多く、う〜んと思ってしまうが、それを補ってあまりあるほどこのクレスハイム宮殿の残響効果が素晴らしい。 宮殿の残響のおかげで欠点がカバーされた上に、まるで教会か大聖堂でバッハを聞いているかのような荘厳で大伽藍を思わせる構築性を感じてしまう。 もし、これが普通のスタジオで録音した演奏なら、リヒテルの平均律は違った風に聴こえていただろう。 リヒテル本人は残響の多さに不満をもっていたらしいが...。
日本ではあまり評判にならないアンドラーシュ・シフの「平均律クラヴィーア曲集」。 彼のタッチは繊細だが、ロマン派的な感情表現に走らず、それでいて曲のいろんな表情がくるくると浮かんでくる。音の流れも滑らかで、響きが長すぎず短すぎず、リヒテルやグールドのような強烈な個性はないが、曲に寄り添って弾いているかのようで、安心して聴ける。 リヒテルの平均律を聴いていると、バッハではなくリヒテルを聴いている気がして疲れてくるが(それでも最後まで聴かせてしまう迫力と素晴らしさはある)、シフの平均律は演奏者と作曲者のバランスがちょうどよい。 でも、もう一度聴きたくなるのは、リヒテルの平均律...。 彼の演奏には、やはり魔力のような魅力がある。
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レーズンくるみ食パン
水分について
具材について



