2009.11/06(Fri)
クラム/マクロコスモス第3巻 <夏の夜の音楽>
クラムの《マクロコスモス第3巻》は<夏の夜の音楽 Music For A Summer Evening>。
これは、ピアノ2台とパーカッション2台という珍しい構成。
クラムはバルトークの音楽を念頭において《マクロコスモス》を作曲したというから、バルトークの《2台のピアノと打楽器のためのソナタ》の楽器編成を参考にしたのかもしれない。
第3巻はパーカッションも加わっているので、第1巻&第2巻よりも音の種類が多くなって、とてもカラフル。それに5曲しかないので、曲想がそれぞれ違っているので、構成がわかりやすい。
特に、第5曲の<星の夜の音楽>は、この曲集のなかで旋律と響きが最も美しいので、他の曲が苦手だったとしても、この曲だけはすんなりと聴ける(と思う)。
機Nocturnal Sounds (The Awakening)
バルトークのピアノ曲の《夜の音楽》にちょっと似ている曲。
真っ暗な(というイメージがする)森で、目には見えないけれど、いろんな生物たちが蠢いているようなピアノのフレーズ。虫の羽音みたいなシャラシャラという音はパーカッション。突如、驚いて鳥が飛び立ったようなランダムな音の配列のピアノの音。増幅されたピアノのアルペジオはかなり不気味に響く。
ピアノとパーカッションの音が他にもいろいろ変化していくので、人間の目にも見えず耳にも聞こえない森の中のなかで動きや音が聞こえてくるような感じがする。
供Wanderer-Fantasie
第2巻の「”冠座”からの声」に似たヒュ〜〜ンという口笛のような音で始まる。光がほとんど届かない深海にでもいるような気がする。
冒頭は浮遊感というものを音であらわしたようなクネクネとした旋律。口笛を吹きながら上下左右のポルタメントをかけたような感じ。
続いては、ポツポツとしたピアノのゆっくりと静かな旋律で、とても不可思議な雰囲気。まるで冷たいガラスに囲まれた世界を歩いているような。最後はまたあの口笛のような音。
掘The Advent
これはとても厳めしくて、威圧的な曲。シンバルのようなゴーンという音は、映画とかで閻魔大王とか皇帝が登場するときに鳴らされるような音。
低音の増幅されたピアノのやや金属的な響きが主体だが、この響きの種類がかなり多い。だんだんピアノかパーカッションかどちらの音が良くわからなくなる。
ピアノの低音が通奏低音のように同じ音型を鳴らしているが、これがヒタヒタと何かが迫り来るような緊迫感を出している。
途中で曲想が変わって静かになっていくが、これも何かがひそかに様子をうかがっているような不気味さ。旋律らしきもものがなく、さまざまな効果音がランダムに現れてくるような曲。陰謀をたくらむ宮廷の貴族たちのシーンとか、そういう類の映画音楽のBGMに向いているような感じがする。
検Myth
これは演奏者が、叫んだり、うめいたりするフレーズが入っている。ピアノとパーカッションは、音の隙間の多い断片的な旋律のパッチワーク。静寂さのなかで、突然フォルテで音が鳴るので、こういうところは不気味。ここも暗闇の森で何かが生まれ出てくるようなイメージ。
后Music of the Starry Night
これが聴きたかった目的の曲。”Starry Night”なので、ミルキーウェイのように星々が輝く夜空のイメージ。
冒頭は幻想的ないろんな効果音のような音が、ピアノとフォルテで断片的に流れてくる。
やがて、コラール風の静謐な旋律が流れてくるが、エコーがかかったピアノとパーカッションの響きがとても綺麗。
突如、その静寂さを切り裂くように、フォルテでピアノが、まるでガラスが音を立てて割れるようなイメージのする旋律をぶつける。
このパターンが何回か繰り返される(フレーズは多少変わっているが)。
曲の半ばをすぎると、クレッシェンドしながら、ピアノが弾くコラール風の旋律に、ゴーンという鐘のような響きや、口笛のような音、パーカッションが連打する木質的な音とかが重なり、シンバルがガーンと鳴ったりと、かなり賑やかでカラフル。漆黒の夜空にいろんな星がキラキラと瞬いているようなイメージ。
やがて、ディミヌエンドしながら音が少なくなっていき、ピアノが規則正しく同じ旋律を繰り返しながら(ペルトの音楽みたい)、ヒュ〜ンという口笛のような弱音も加わって、とても静寂な雰囲気。
最後は、ピアノが静かに弾く低音のボーンという響きで締めくくり。
『Crumb Edition (Complete)』シリーズのVol.4。第3巻《Music For A Summer Evening》を収録。
これは、ピアノ2台とパーカッション2台という珍しい構成。
クラムはバルトークの音楽を念頭において《マクロコスモス》を作曲したというから、バルトークの《2台のピアノと打楽器のためのソナタ》の楽器編成を参考にしたのかもしれない。
第3巻はパーカッションも加わっているので、第1巻&第2巻よりも音の種類が多くなって、とてもカラフル。それに5曲しかないので、曲想がそれぞれ違っているので、構成がわかりやすい。
特に、第5曲の<星の夜の音楽>は、この曲集のなかで旋律と響きが最も美しいので、他の曲が苦手だったとしても、この曲だけはすんなりと聴ける(と思う)。
機Nocturnal Sounds (The Awakening)
バルトークのピアノ曲の《夜の音楽》にちょっと似ている曲。
真っ暗な(というイメージがする)森で、目には見えないけれど、いろんな生物たちが蠢いているようなピアノのフレーズ。虫の羽音みたいなシャラシャラという音はパーカッション。突如、驚いて鳥が飛び立ったようなランダムな音の配列のピアノの音。増幅されたピアノのアルペジオはかなり不気味に響く。
ピアノとパーカッションの音が他にもいろいろ変化していくので、人間の目にも見えず耳にも聞こえない森の中のなかで動きや音が聞こえてくるような感じがする。
供Wanderer-Fantasie
第2巻の「”冠座”からの声」に似たヒュ〜〜ンという口笛のような音で始まる。光がほとんど届かない深海にでもいるような気がする。
冒頭は浮遊感というものを音であらわしたようなクネクネとした旋律。口笛を吹きながら上下左右のポルタメントをかけたような感じ。
続いては、ポツポツとしたピアノのゆっくりと静かな旋律で、とても不可思議な雰囲気。まるで冷たいガラスに囲まれた世界を歩いているような。最後はまたあの口笛のような音。
掘The Advent
これはとても厳めしくて、威圧的な曲。シンバルのようなゴーンという音は、映画とかで閻魔大王とか皇帝が登場するときに鳴らされるような音。
低音の増幅されたピアノのやや金属的な響きが主体だが、この響きの種類がかなり多い。だんだんピアノかパーカッションかどちらの音が良くわからなくなる。
ピアノの低音が通奏低音のように同じ音型を鳴らしているが、これがヒタヒタと何かが迫り来るような緊迫感を出している。
途中で曲想が変わって静かになっていくが、これも何かがひそかに様子をうかがっているような不気味さ。旋律らしきもものがなく、さまざまな効果音がランダムに現れてくるような曲。陰謀をたくらむ宮廷の貴族たちのシーンとか、そういう類の映画音楽のBGMに向いているような感じがする。
検Myth
これは演奏者が、叫んだり、うめいたりするフレーズが入っている。ピアノとパーカッションは、音の隙間の多い断片的な旋律のパッチワーク。静寂さのなかで、突然フォルテで音が鳴るので、こういうところは不気味。ここも暗闇の森で何かが生まれ出てくるようなイメージ。
后Music of the Starry Night
これが聴きたかった目的の曲。”Starry Night”なので、ミルキーウェイのように星々が輝く夜空のイメージ。
冒頭は幻想的ないろんな効果音のような音が、ピアノとフォルテで断片的に流れてくる。
やがて、コラール風の静謐な旋律が流れてくるが、エコーがかかったピアノとパーカッションの響きがとても綺麗。
突如、その静寂さを切り裂くように、フォルテでピアノが、まるでガラスが音を立てて割れるようなイメージのする旋律をぶつける。
このパターンが何回か繰り返される(フレーズは多少変わっているが)。
曲の半ばをすぎると、クレッシェンドしながら、ピアノが弾くコラール風の旋律に、ゴーンという鐘のような響きや、口笛のような音、パーカッションが連打する木質的な音とかが重なり、シンバルがガーンと鳴ったりと、かなり賑やかでカラフル。漆黒の夜空にいろんな星がキラキラと瞬いているようなイメージ。
やがて、ディミヌエンドしながら音が少なくなっていき、ピアノが規則正しく同じ旋律を繰り返しながら(ペルトの音楽みたい)、ヒュ〜ンという口笛のような弱音も加わって、とても静寂な雰囲気。
最後は、ピアノが静かに弾く低音のボーンという響きで締めくくり。
『Crumb Edition (Complete)』シリーズのVol.4。第3巻《Music For A Summer Evening》を収録。
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2009.11/04(Wed)
ムローヴァ&カニーノ 〜 バッハ/ヴァイオリン・ソナタ集
バッハのヴァイオリンソナタをピアノ伴奏で録音したCDは、昔も今も相変わらず珍しい。
F.P.ツィンマーマン&パーチェの録音が、今のところ最新録音のはず。それ以外の録音で新しい方なのは、1992年録音のムローヴァ&カニーノのアルバム。
カニーノは1993年には、《ゴルトベルク変奏曲》を録音している。(「Grate Pianist」(Document)のBOXセットに収録)
テクニカルに際立った鮮やかさはないけれど、明るく綺麗な音色と声部の引き分けが明瞭で、装飾音がとても表情豊か。明晰で瑞々しさのあるゴルトベルクで、人懐っこさを感じさせるところがとっても魅力的。
バッハのヴァイオリンソナタで、ムローヴァの伴奏をしているカニーノのピアノは、ツィンマーマンのピアノ伴奏をしているパーチェとは違った趣き。少し聴いただけでも、全く違うのが良くわかる。
ピアニストの個性は当然のことながら、ヴァイオリニストの演奏にそれぞれ合った(合わせた)弾き方なので、ピアノ伴奏者を入れ替えた演奏を頭のなかでイメージしてみると、ヴァイオリンの演奏のスタイルとピアノの伴奏とがずれてしまいそう。
このCDはすでに廃盤。ダウンロード販売もしていないようだった。
収録曲はバッハのヴァイオリンソナタの第1番(BWV1014)、第2番(BWV1015)、第6番(BWV1019)と、C.P.E.Bachのヴァイオリンソナタ(H.514,Wq.78)。C.P.E.Bachの曲は初めて聴くので、ちょっとだけ得したような気分。
このカニーノとムローヴァの写真、お互いソッポを向いているようなショットに見えてしまうのは気のせい? 昔のムローヴァは、かなり気難しい人だったらしいので、そのせいかも...。
いつもはツィンマーマンの芯が1本通ってきりっと引き締まった演奏ばかり聴いているので、ムローヴァのバッハを聴くと、線が少し細くて優美で繊細でしなしな。
テンポがやや遅めで急速楽章では躍動感が薄い(第2番第4楽章や第6番第5楽章とか)し、緩徐楽章と急速楽章とのコントラストが弱いと思うけれど、その分しとやかではある。
好みとは違うけれど、これはこれで悪いというわけではないし、そもそもヴァイオリンを聴くのが目的で手に入れたディスクではないので、カニーノのピアノがとても良いだけで充分満足。
ムローヴァのヴァイオリンの弾き方に合わしているようで、カニーノのタッチは軽めで音量を抑えぎみ。柔らかく軽やかなタッチで、そよそよと風にそよぐように優しげ。これがとても良く似合っている。
残響がとても少ないので音がとてもクリア。艶やかなきらめきのある音色で、特に高音の響きは甘い感じでとても可愛らしい。
左手の旋律はかなり明瞭に弾いているので、テンポは遅いわりにリズム感は結構良い。
両手の旋律ともフレージングが工夫され、装飾音もいろいろ凝っていて(リピートの時は一層凝っている)、聴きなれたパーチェの伴奏とは全然違って聴こえるところが結構あったりする。
全体的にテンポはやや遅めなのでタッチも響きもとても綺麗だが、テンポが速くなると(第1番第1楽章や第6番第3楽章など)、ちょっと無造作な感じのタッチに聴こえる。
ゴルトベルクを聴いている時もそういう感じがしたし、もとからこういう弾き方なんでしょう。
第6番第3楽章は珍しいピアノ(チェンバロ)独奏だけの楽章。
この曲はこのところ毎日弾いているので、カニーノの演奏の面白さが細かなところまで良くわかる。
伴奏しているときとは違ってこのソロではかなり速いテンポで、タッチが軽やかで歯切れ良く、とてもリズミカル。
ゴルトベルクと同じように、とても明るさのある明晰で躍動的な弾き方。ヴァイオリンの伴奏ではかなり抑え気味のピアノを弾いていた反動かと思ってしまった。
カニーノの弾き方は、伴奏の時以上に、チェンバロで弾く時のように装飾音があれこれつき、リピート時はさらに凝っている。
カニーノはバッハ弾きといわれる人ではないだろうけれど、チェンバロも弾く人。いろいろ工夫することができるせいか、この懲りようはかなりのもの。でも自然に湧き出るように音楽が流れるので、不思議と作為性は全然感じない。
第3楽章のチェンバロ独奏をいくつか聴くと、装飾音が多彩なのはダントーネ(カニーノはダントーネと同じくらい凝っている)。ピノックやルセはそれほど装飾音をつけずに弾いている。
前半、後半とそれぞれリピートすることになっているが、カニーノは初回とは弾き方をいろいろ変えている。
リピートしたときは装飾音が初回よりもずっとたくさんついているし、フレージングを変えたり、レガート的に弾いたりと、とにかくいろいろ仕掛けがあって、これがとても面白い。
フレーズによっては、特に低音部や内声部を浮き上がらせているところがあり、いままで埋もれていたような旋律やリズムが明瞭に聴こえるところが新鮮。
かなり速いテンポで弾いているせいか、タッチがさばさばしていてもう少し丁寧に弾いてほしい気もしないではないけれど、4分ほどの短い曲でもコロコロと変わっていく表情には、とても愛嬌があって飽きない。
カップリングのC.P.E.Bachのヴァイオリンソナタも、父バッハのソナタに劣らずとても美しい曲。
父バッハと違い、4楽章ではなく、3楽章構成。
特に第2楽章のピアノ伴奏がとても印象的。バロックにしてはかなり自由に動き回る旋律で、バロックというより、モーツァルトのヴァイオリンソナタのピアノ伴奏をシンプルした曲を聴いている感じがする。
F.P.ツィンマーマン&パーチェの録音が、今のところ最新録音のはず。それ以外の録音で新しい方なのは、1992年録音のムローヴァ&カニーノのアルバム。
カニーノは1993年には、《ゴルトベルク変奏曲》を録音している。(「Grate Pianist」(Document)のBOXセットに収録)
テクニカルに際立った鮮やかさはないけれど、明るく綺麗な音色と声部の引き分けが明瞭で、装飾音がとても表情豊か。明晰で瑞々しさのあるゴルトベルクで、人懐っこさを感じさせるところがとっても魅力的。
バッハのヴァイオリンソナタで、ムローヴァの伴奏をしているカニーノのピアノは、ツィンマーマンのピアノ伴奏をしているパーチェとは違った趣き。少し聴いただけでも、全く違うのが良くわかる。
ピアニストの個性は当然のことながら、ヴァイオリニストの演奏にそれぞれ合った(合わせた)弾き方なので、ピアノ伴奏者を入れ替えた演奏を頭のなかでイメージしてみると、ヴァイオリンの演奏のスタイルとピアノの伴奏とがずれてしまいそう。
![]() | Bach: Violin Sonatas (1993/08/10) Bruno Canino (Piano), Viktoria Mullova (Violin) 試聴する(米国amazon) |
このCDはすでに廃盤。ダウンロード販売もしていないようだった。
収録曲はバッハのヴァイオリンソナタの第1番(BWV1014)、第2番(BWV1015)、第6番(BWV1019)と、C.P.E.Bachのヴァイオリンソナタ(H.514,Wq.78)。C.P.E.Bachの曲は初めて聴くので、ちょっとだけ得したような気分。
このカニーノとムローヴァの写真、お互いソッポを向いているようなショットに見えてしまうのは気のせい? 昔のムローヴァは、かなり気難しい人だったらしいので、そのせいかも...。
いつもはツィンマーマンの芯が1本通ってきりっと引き締まった演奏ばかり聴いているので、ムローヴァのバッハを聴くと、線が少し細くて優美で繊細でしなしな。
テンポがやや遅めで急速楽章では躍動感が薄い(第2番第4楽章や第6番第5楽章とか)し、緩徐楽章と急速楽章とのコントラストが弱いと思うけれど、その分しとやかではある。
好みとは違うけれど、これはこれで悪いというわけではないし、そもそもヴァイオリンを聴くのが目的で手に入れたディスクではないので、カニーノのピアノがとても良いだけで充分満足。
ムローヴァのヴァイオリンの弾き方に合わしているようで、カニーノのタッチは軽めで音量を抑えぎみ。柔らかく軽やかなタッチで、そよそよと風にそよぐように優しげ。これがとても良く似合っている。
残響がとても少ないので音がとてもクリア。艶やかなきらめきのある音色で、特に高音の響きは甘い感じでとても可愛らしい。
左手の旋律はかなり明瞭に弾いているので、テンポは遅いわりにリズム感は結構良い。
両手の旋律ともフレージングが工夫され、装飾音もいろいろ凝っていて(リピートの時は一層凝っている)、聴きなれたパーチェの伴奏とは全然違って聴こえるところが結構あったりする。
全体的にテンポはやや遅めなのでタッチも響きもとても綺麗だが、テンポが速くなると(第1番第1楽章や第6番第3楽章など)、ちょっと無造作な感じのタッチに聴こえる。
ゴルトベルクを聴いている時もそういう感じがしたし、もとからこういう弾き方なんでしょう。
第6番第3楽章は珍しいピアノ(チェンバロ)独奏だけの楽章。
この曲はこのところ毎日弾いているので、カニーノの演奏の面白さが細かなところまで良くわかる。
伴奏しているときとは違ってこのソロではかなり速いテンポで、タッチが軽やかで歯切れ良く、とてもリズミカル。
ゴルトベルクと同じように、とても明るさのある明晰で躍動的な弾き方。ヴァイオリンの伴奏ではかなり抑え気味のピアノを弾いていた反動かと思ってしまった。
カニーノの弾き方は、伴奏の時以上に、チェンバロで弾く時のように装飾音があれこれつき、リピート時はさらに凝っている。
カニーノはバッハ弾きといわれる人ではないだろうけれど、チェンバロも弾く人。いろいろ工夫することができるせいか、この懲りようはかなりのもの。でも自然に湧き出るように音楽が流れるので、不思議と作為性は全然感じない。
第3楽章のチェンバロ独奏をいくつか聴くと、装飾音が多彩なのはダントーネ(カニーノはダントーネと同じくらい凝っている)。ピノックやルセはそれほど装飾音をつけずに弾いている。
前半、後半とそれぞれリピートすることになっているが、カニーノは初回とは弾き方をいろいろ変えている。
リピートしたときは装飾音が初回よりもずっとたくさんついているし、フレージングを変えたり、レガート的に弾いたりと、とにかくいろいろ仕掛けがあって、これがとても面白い。
フレーズによっては、特に低音部や内声部を浮き上がらせているところがあり、いままで埋もれていたような旋律やリズムが明瞭に聴こえるところが新鮮。
かなり速いテンポで弾いているせいか、タッチがさばさばしていてもう少し丁寧に弾いてほしい気もしないではないけれど、4分ほどの短い曲でもコロコロと変わっていく表情には、とても愛嬌があって飽きない。
カップリングのC.P.E.Bachのヴァイオリンソナタも、父バッハのソナタに劣らずとても美しい曲。
父バッハと違い、4楽章ではなく、3楽章構成。
特に第2楽章のピアノ伴奏がとても印象的。バロックにしてはかなり自由に動き回る旋律で、バロックというより、モーツァルトのヴァイオリンソナタのピアノ伴奏をシンプルした曲を聴いている感じがする。
2009.11/02(Mon)
スーク&カッチェン 〜 ブラームス/ヴァイオリンソナタ第3番
秋になると聴きたくなってくるのがブラームス。同じように感じる人が多いらしく、この季節になるとブラームスにまつわる記事をあちこちで見かけるようになる。
ブラームスやベートーヴェンの曲は、どんよりとした秋や冬のドイツに一番似合っているような気がするせいか、夏にはあまり聴く気が起こらず、秋から冬になると無性に聴きたくなる。逆にどんな季節でも聴けるのはバッハ。特に今年の夏はピアノで練習していた曲だったせいか、バッハの鍵盤楽器曲やヴァイオリンソナタを頻繁に聴いていた。
ブラームスのピアノコンチェルトとソロ曲は数えきれないくらい聴いているので、たまには室内楽を。
少し肌寒い秋の夜に聴くなら、ほの暗く秋めいた憂愁漂うヴァイオリンソナタの第3番。春や初夏だと、しっとりとした情感が優しげな第1番が良く似合っている。
ブラームスのヴァイオリンソナタ全集は、名盤といわれるシェリング&ルービンシュタインを昔は聴いていた。(たまたま名盤の廉価盤シリーズで見つけて、名盤なら間違いないだろうと思って買ったもの)
ルービンシュタインのピアノは元々好きでも嫌いでもなく全くこだわりがないので、スーク&カッチェンの録音を見つけてからはそれしか聴かなくなってしまった。
このアルバムは、カッチェンのブラームスのピアノ作品の全曲録音の一環として、室内楽曲を順に録音していった企画の最初の録音。
この後で、スーク&シュタルケルとピアノ三重奏曲全集とチェロソナタ第2番を録音していた。
さらに、ピアノ四重奏曲・五重奏曲、チェロソナタの再録などが予定されていたが、1969年にカッチェンが急逝したために、室内楽曲の全曲録音は未完のまま。
順調に行けば、チェロソナタやヴィオラソナタ、クラリネットソナタも録音して、ピアノ伴奏付きの室内楽曲全集が完成していたに違いない。
ヴァイオリニストにスークを選んだのは、DECCAのプロデューサーだったのか、カッチェン自身だったのかはわからないけれど、これ以上はないくらいに良い選択。
スークはこの5年ほど前に、パネンカのピアノ伴奏で第2番&第3番をチェコのSUPRAPHONに録音している。
スークはDECCAが専属契約しているヴァイオリニストではなく、(チェコが社会主義体制だったせいで)SUPRAPHONがメインだったが、EMI、ERATEなど外国のレーベルにも録音していた。
この録音は1967年、カッチェンが亡くなる2年くらい前の録音で、当時は41歳くらい。
スークとも年が近い。このブラームスは重厚な渋みがあるというよりは、ほの暗い情熱がなぜか清々しく、芯の通った若々しさを感じるものがある。白熱する激情的な演奏というわけではないので、そういうのが好きな人には物足りなく聴こえるかも。
カッチェンがブラームスのピアノ独奏曲を弾いているときの独特のコクあるピアノが、このヴァイオリンソナタの伴奏でもしっかり味わえる。
ピアノ作品全集を録音してから数年経っているので、さらに弱音に磨きがかかり表現の幅も広がり、このブラームスらしい音が詰まって入り組んだピアノ伴奏を聴いていると、まるでピアノソロを聴いているような気分。
ヴァイオリンソナタ第3番ニ短調Op.108 (1888年) [作品解説]
ブラームスは、ピアノ・ソナタもヴァイオリンソナタもなぜか3曲書いて終っている。両方とも3曲目は規模が前2曲よりも大きくなり、憂愁がより濃くなっている。
ピアノ・ソナタは5楽章、ヴァイオリンソナタは4楽章と、通常の形式よりも1楽章多い。
ピアノ・ソナタは20歳くらいの青年期、このヴァイオリンソナタは晩年の作品、感情的な表出度合いはピアノ・ソナタの方が疾風怒濤期特有のストレートさがある。
ヴァイオリンの方は全然詳しくないので、私が書いているのはもっぱらピアノ伴奏について。どちらかというと、ピアノ伴奏を聴くために、ヴァイオリンソナタを聴いているような気がする...。
第1楽章:Allegro
心の中がもやもやとして、思索を巡らしているような雰囲気がブラームスらしい楽章。
冒頭の主題は、少し速めのテンポで弾くヴァイオリンの芯のしっかりした響きと、ピアノの柔らかな響きが対照的。
カッチェンのピアノの音は、ピアノ・ソロを弾いているときと同じような、やや靄のかかったような丸みがあり、ほの暗さが漂っている。くすんだような柔らかな弱音(高音になると澄んだ響きが綺麗)と力感・量感のある切れの良いフォルテとのコントラストが良く効き、強弱の起伏も細かく、ブラームスらしい明暗の交錯するようなところは、いつもながら独特のコクがある。
ヴァイオリンに寄り添うようなやや控えめなピアノ伴奏だった第1番とはちょっと違って、ピアノがかなり前に出てきてはいるが、ちょうど拮抗したくらいのほど良いバランス。ヴァイオリンもピアノも芯が通ってきりっと引き締まり、ブラームスをベタベタと情緒的に弾かないというところは同じ。
第2主題になると叙情的な旋律が美しく、ピアノのアルペジオが良く映えている。
展開部は、ピアノの右手が伴奏の旋律を弾き、左手低音部で通奏低音のようにA音をずっとオスティナートし続けるのがとても印象的。
このオスティナートされる音の弾き方がピアニストによって微妙に違っていて、カッチェンはモコモコと靄のかかったような響きで引き続けている。心の中のわだかまりがなかなか晴れないような独特の雰囲気で、時どきフォルテで弾くところは、心の中の感情が急に溢れてしまったような。
第2楽章:Adagio
この楽章だけが長調で、ブラームスらしいとても和やかな雰囲気の緩徐楽章。他の楽章が全て短調で不安感や緊迫感のようなものがあるので、ここは束の間の安息のような趣き。
ここはごく普通のピアノ伴奏のパターン。ヴァイオリンがゆったり弾く穏やかな旋律を、重音・和音とアルペジオを弾くピアノの柔らかい響きで支えている。このメロディには、スークの深みのある品の良いヴァイオリンの音がよく映えている。
第3楽章:Un poco presto e con sentimento
3分足らずの一番短い第3楽章は、ピアノがスタッカートで弾く冒頭の主題が、どこかしらおっかなびっくりでためらいがちな気分。弱音で弾く軽やかなアルペジオも同じような雰囲気がする。
ピアノが主題を弾くところが結構多く、リズムや音型がいろいろ変わっていくので、伴奏のわりにはかなり目立っている。この楽章の主題の雰囲気は、ピアノで弾いた方がいろいろと表現しやすい感じがする。
ピアノが弾く重音はほとんどスタッカートがついているので、タッチは軽やか。アルペジオも多く、鍵盤上の上行下降を頻繁に繰り返している。この音の軽やかさと安定しない動きが、やや不安げで落ち着かない雰囲気を醸し出しているような感じ。
第4楽章:Presto agitato
Presto agitatなので、やたらガンガンとフォルテでうるさいタイプの演奏を時々見かける。特にピアノはフォルテの和音やアルペジオが多いので、つい力が入ってヴァイオリンをかき消しがち。
スーク&カッチェンの場合は、ほどよく抑制されたテンペラメントに品の良さがある。力感・量感のあるシャープなフォルテと、ややくぐもったような弱音の旋律の間を揺れ動き、緊迫感も充分。
ピアノの力強いフォルテも、ヴァイオリンに覆いかぶさるようなことはないほどよいバランス。
中間部は少し落ち着いた雰囲気の叙情的な旋律に変わっているが、ここも前半の雰囲気を引きずっているような暗さがあってそれほど長くは続かずに、すぐにもとの主題の再現部に移ってしまった。
第4楽章は、特にブラームスらしい厚みのある和声と感情の浮き沈みの激しい濃い陰翳があって、この楽章を聴くとやっぱりブラームスはいいなあといつも思ってしまう。
ブラームスやベートーヴェンの曲は、どんよりとした秋や冬のドイツに一番似合っているような気がするせいか、夏にはあまり聴く気が起こらず、秋から冬になると無性に聴きたくなる。逆にどんな季節でも聴けるのはバッハ。特に今年の夏はピアノで練習していた曲だったせいか、バッハの鍵盤楽器曲やヴァイオリンソナタを頻繁に聴いていた。
ブラームスのピアノコンチェルトとソロ曲は数えきれないくらい聴いているので、たまには室内楽を。
少し肌寒い秋の夜に聴くなら、ほの暗く秋めいた憂愁漂うヴァイオリンソナタの第3番。春や初夏だと、しっとりとした情感が優しげな第1番が良く似合っている。
ブラームスのヴァイオリンソナタ全集は、名盤といわれるシェリング&ルービンシュタインを昔は聴いていた。(たまたま名盤の廉価盤シリーズで見つけて、名盤なら間違いないだろうと思って買ったもの)
ルービンシュタインのピアノは元々好きでも嫌いでもなく全くこだわりがないので、スーク&カッチェンの録音を見つけてからはそれしか聴かなくなってしまった。
このアルバムは、カッチェンのブラームスのピアノ作品の全曲録音の一環として、室内楽曲を順に録音していった企画の最初の録音。
この後で、スーク&シュタルケルとピアノ三重奏曲全集とチェロソナタ第2番を録音していた。
さらに、ピアノ四重奏曲・五重奏曲、チェロソナタの再録などが予定されていたが、1969年にカッチェンが急逝したために、室内楽曲の全曲録音は未完のまま。
順調に行けば、チェロソナタやヴィオラソナタ、クラリネットソナタも録音して、ピアノ伴奏付きの室内楽曲全集が完成していたに違いない。
ヴァイオリニストにスークを選んだのは、DECCAのプロデューサーだったのか、カッチェン自身だったのかはわからないけれど、これ以上はないくらいに良い選択。
スークはこの5年ほど前に、パネンカのピアノ伴奏で第2番&第3番をチェコのSUPRAPHONに録音している。
スークはDECCAが専属契約しているヴァイオリニストではなく、(チェコが社会主義体制だったせいで)SUPRAPHONがメインだったが、EMI、ERATEなど外国のレーベルにも録音していた。
この録音は1967年、カッチェンが亡くなる2年くらい前の録音で、当時は41歳くらい。
スークとも年が近い。このブラームスは重厚な渋みがあるというよりは、ほの暗い情熱がなぜか清々しく、芯の通った若々しさを感じるものがある。白熱する激情的な演奏というわけではないので、そういうのが好きな人には物足りなく聴こえるかも。
カッチェンがブラームスのピアノ独奏曲を弾いているときの独特のコクあるピアノが、このヴァイオリンソナタの伴奏でもしっかり味わえる。
ピアノ作品全集を録音してから数年経っているので、さらに弱音に磨きがかかり表現の幅も広がり、このブラームスらしい音が詰まって入り組んだピアノ伴奏を聴いていると、まるでピアノソロを聴いているような気分。
![]() | Brahms: The Violin Sonatas (2001/02/06) Julius Katchen (Piano), Josef Suk (Violin) 試聴する(米国amazon) |
ヴァイオリンソナタ第3番ニ短調Op.108 (1888年) [作品解説]ブラームスは、ピアノ・ソナタもヴァイオリンソナタもなぜか3曲書いて終っている。両方とも3曲目は規模が前2曲よりも大きくなり、憂愁がより濃くなっている。
ピアノ・ソナタは5楽章、ヴァイオリンソナタは4楽章と、通常の形式よりも1楽章多い。
ピアノ・ソナタは20歳くらいの青年期、このヴァイオリンソナタは晩年の作品、感情的な表出度合いはピアノ・ソナタの方が疾風怒濤期特有のストレートさがある。
ヴァイオリンの方は全然詳しくないので、私が書いているのはもっぱらピアノ伴奏について。どちらかというと、ピアノ伴奏を聴くために、ヴァイオリンソナタを聴いているような気がする...。
第1楽章:Allegro
心の中がもやもやとして、思索を巡らしているような雰囲気がブラームスらしい楽章。
冒頭の主題は、少し速めのテンポで弾くヴァイオリンの芯のしっかりした響きと、ピアノの柔らかな響きが対照的。
カッチェンのピアノの音は、ピアノ・ソロを弾いているときと同じような、やや靄のかかったような丸みがあり、ほの暗さが漂っている。くすんだような柔らかな弱音(高音になると澄んだ響きが綺麗)と力感・量感のある切れの良いフォルテとのコントラストが良く効き、強弱の起伏も細かく、ブラームスらしい明暗の交錯するようなところは、いつもながら独特のコクがある。
ヴァイオリンに寄り添うようなやや控えめなピアノ伴奏だった第1番とはちょっと違って、ピアノがかなり前に出てきてはいるが、ちょうど拮抗したくらいのほど良いバランス。ヴァイオリンもピアノも芯が通ってきりっと引き締まり、ブラームスをベタベタと情緒的に弾かないというところは同じ。
第2主題になると叙情的な旋律が美しく、ピアノのアルペジオが良く映えている。
展開部は、ピアノの右手が伴奏の旋律を弾き、左手低音部で通奏低音のようにA音をずっとオスティナートし続けるのがとても印象的。
このオスティナートされる音の弾き方がピアニストによって微妙に違っていて、カッチェンはモコモコと靄のかかったような響きで引き続けている。心の中のわだかまりがなかなか晴れないような独特の雰囲気で、時どきフォルテで弾くところは、心の中の感情が急に溢れてしまったような。
第2楽章:Adagio
この楽章だけが長調で、ブラームスらしいとても和やかな雰囲気の緩徐楽章。他の楽章が全て短調で不安感や緊迫感のようなものがあるので、ここは束の間の安息のような趣き。
ここはごく普通のピアノ伴奏のパターン。ヴァイオリンがゆったり弾く穏やかな旋律を、重音・和音とアルペジオを弾くピアノの柔らかい響きで支えている。このメロディには、スークの深みのある品の良いヴァイオリンの音がよく映えている。
第3楽章:Un poco presto e con sentimento
3分足らずの一番短い第3楽章は、ピアノがスタッカートで弾く冒頭の主題が、どこかしらおっかなびっくりでためらいがちな気分。弱音で弾く軽やかなアルペジオも同じような雰囲気がする。
ピアノが主題を弾くところが結構多く、リズムや音型がいろいろ変わっていくので、伴奏のわりにはかなり目立っている。この楽章の主題の雰囲気は、ピアノで弾いた方がいろいろと表現しやすい感じがする。
ピアノが弾く重音はほとんどスタッカートがついているので、タッチは軽やか。アルペジオも多く、鍵盤上の上行下降を頻繁に繰り返している。この音の軽やかさと安定しない動きが、やや不安げで落ち着かない雰囲気を醸し出しているような感じ。
第4楽章:Presto agitato
Presto agitatなので、やたらガンガンとフォルテでうるさいタイプの演奏を時々見かける。特にピアノはフォルテの和音やアルペジオが多いので、つい力が入ってヴァイオリンをかき消しがち。
スーク&カッチェンの場合は、ほどよく抑制されたテンペラメントに品の良さがある。力感・量感のあるシャープなフォルテと、ややくぐもったような弱音の旋律の間を揺れ動き、緊迫感も充分。
ピアノの力強いフォルテも、ヴァイオリンに覆いかぶさるようなことはないほどよいバランス。
中間部は少し落ち着いた雰囲気の叙情的な旋律に変わっているが、ここも前半の雰囲気を引きずっているような暗さがあってそれほど長くは続かずに、すぐにもとの主題の再現部に移ってしまった。
第4楽章は、特にブラームスらしい厚みのある和声と感情の浮き沈みの激しい濃い陰翳があって、この楽章を聴くとやっぱりブラームスはいいなあといつも思ってしまう。
2009.10/31(Sat)
シサスク/スパイラル・シンフォニー(渦状銀河交響曲)
今年は世界天文年なので、最近は宇宙にちなんだ曲をよく聴いている。
宇宙にちなんだ曲といえば、ポピュラーなのがホルストの《惑星》。この曲はずっと前に書いたことがあるし、有名すぎてまた何か書こうという気が起こらないので、それよりもあまり知られていない曲でも結構面白いものがいろいろある。
グラナドスの《星々の歌》はピアノ独奏付き合唱曲で最近初録音されたし、このシサスクのピアノ作品やジョージ・クラムの《マクロコスモス》は、現代音楽らしい面白さがある。
シサスクとクラムの曲はピアノの音が綺麗で幻想的で、旋律やリズムはイメージ喚起力が強くて、聴いているといろんな星や星雲のイメージが浮かんでくる。音でできた写真を見ている(聴いている)ような気分。
1960年生まれのウルマス・シサスクは、エストニアの若手作曲家。
彼は子供の頃から天体観測に興味を持ち、今ではアマチュア天文学者としても知られている。
そのせいか、14歳の時に作曲したピアノ曲《星の組曲(カシオペア座)》を始め、《Starry Sky Cycle》(邦題は「銀河巡礼」)、《Starry Sky Cycle Southern Skies》、《Cycle of Piano Pieces“Spiral Symphony” for 4 Hands》など、宇宙をテーマにした曲が多いので有名。
録音はそれほど多くはなく、10年以上前に北欧音楽が一時流行ったときに、Finlandiaがリリースしたのが、ピアノ組曲の《銀河巡礼》(以前に書いた記事)。
それ以外で国内盤が出ているのは、《星の組曲》(『音楽と物語の世界〜ぞうのババール〜』に収録)くらいだろうか。
輸入盤だといくつかシサスク作品のCDが出ているが、《Spyral Symphony(渦巻銀河交響曲)》は、ピアノ独奏曲ではなく、4手のピアノのための作品。
同じく宇宙をテーマにしたクラムの《マクロコスモス第4巻〜天界の力学》も、ピアノ連弾曲集だった。
Cycle of Piano Pieces“Spiral Symphony”op.68 for 4 Hands (1999)
タイトルに、NGC番号やメシエナンバー(M)まで正確に入れているのが面白い。
固有名詞がついていないと、番号でしか銀河を特定できないからだろうけれど、”ケフェウス座の網状星雲”程度に省略しなかったところが、さすがにアマチュア天文学者らしい几帳面さ。
このM***という記号をみると、すぐに思い浮かぶのが”M78星雲”(ウルトラマンの故郷の星)。幼少期の記憶の定着度は凄い。
1. ケフェウス座 NGC 2276銀河(網状星雲)
中〜高音域の単音のオスティナートやアルペジオが高速で交錯し、星雲のなかでいろいろな物質が飛び交っているようなイメージ。とてもファンタスティックで和声の響きが美しい。
最後は全ての活動が収束して一転に凝縮したような和音のユニゾン。
2. 猟犬座 M51銀河(凝縮した二重渦状銀河“子持ち銀河”)
2つの異なるリズムの旋律が並行して演奏される。
二重渦状の銀河のイメージらしく、低音&中音、高音域の異なる2つの旋律が融合することなく、ミニマル的に繰り返される。
最後は2つの旋律が、別のパターンの旋律を順にカノン風に弾いていく。低音だけは相変わらずボーンボーンと鳴り続けている。
3. 髪の毛座 M64銀河(〜眠れる美〜不安定な渦状銀河“黒眼銀河”)
絶え間なく弾かれる右手のアルペジオとそこに重なる和音が躍動的で、響きもとても美しく幻想的。
最後はどこなく不安げなリズミカルな和音の旋律。ユニゾン〜重音〜単音へと響きが薄くなって、ディミヌエンドして終る。
4. 炉座 NGC1365銀河(棒渦状銀河の平和)
静かにスケールのユニゾンで高音域から下降してくる旋律と、その合間に弾かれる低音の4音で構成される旋律が、ずっと繰り返されるのみ。
たしかに何の変化もないので、平和といえば平和だが、色調は暗めで沈鬱な感じもする。
5. 獅子座 M66銀河(渦状銀河の混乱)
高音で柔らかい響きの細かいパッセージが絶え間なく弾かれるなかを、中音〜低音域で和音による旋律が弾かれ、この両方の響きが混ざり合って混濁していく。たしかにカオス的な雰囲気はする。
6. 大熊座 M81銀河(巨大渦状銀河)
低音がミニマル的な旋律をずっと引き続け、これが不吉なものが迫りくる足音のようでかなり厳しい雰囲気。
その上を中〜高音域で、複数の断片的な旋律を繰り返し弾いている。この曲はテンポも速めで、動きの多い旋律なので、躍動的。和声はとても綺麗な曲。
徐々にクレッシェンドされていき、重音が増えていくので、渦が徐々に大きくなっていくような感じはする。
7. 大熊座 M101銀河(分離した渦状銀河“回転花火銀河”)
レクイエムのような悲愴感のある旋律がミニマル的に繰り返される。低音は同一音のオスティナートのみ。一群の旋律の最後に小休止が置かれて、また初めから繰り返される。
8. はるかなる乙女座銀河団(渦状銀河のパレード)
おとめ座らしく、高音域の旋律は蝶々があちこちで舞っているようなイメージで、珍しく可愛らしい雰囲気。拍子をとるように低音〜中音域でゴーン、ゴーンと鳴っている。
全体的に響きが柔らかく、パレードにしては、とてもおしとやか。
9. 渦状銀河フィナーレ
アタッカで同じ旋律がしばらくそのまま弾かれているが、この曲に入ると声部が追加されて、トランペットが静かに鳴っている音が、同一リズムでオスティナートされる。
まるでラヴェルの《ボレロ》のように、曲が徐々にクレッシェンドされていきタッチも力強く明瞭になって、こっちは本当のパレード風に華やか。
最後はディミヌエンドされて、ゴーンという響きで静かに終る。
クラムのような電気的に増幅したアンプリファイド・ピアノは使っていないので、聴覚的な刺激性は少ないが、内部奏法(弦をはじく、弦を押さえて鍵盤を弾く、弦をグリッサンドする、弦を手のひらでたたく、etc.)は使われている。
内部奏法を使うと色彩感が増すので、ピアノの音の響きがカラフルで美しく、旋律もわりとメロディアス。ファンタジックではあっても、神秘主義的とも評されるクラムのようなアクの強さはなく、どこかしら青白く冷たい透明感が漂っている。
宇宙にちなんだ曲といえば、ポピュラーなのがホルストの《惑星》。この曲はずっと前に書いたことがあるし、有名すぎてまた何か書こうという気が起こらないので、それよりもあまり知られていない曲でも結構面白いものがいろいろある。
グラナドスの《星々の歌》はピアノ独奏付き合唱曲で最近初録音されたし、このシサスクのピアノ作品やジョージ・クラムの《マクロコスモス》は、現代音楽らしい面白さがある。
シサスクとクラムの曲はピアノの音が綺麗で幻想的で、旋律やリズムはイメージ喚起力が強くて、聴いているといろんな星や星雲のイメージが浮かんでくる。音でできた写真を見ている(聴いている)ような気分。
1960年生まれのウルマス・シサスクは、エストニアの若手作曲家。
彼は子供の頃から天体観測に興味を持ち、今ではアマチュア天文学者としても知られている。
そのせいか、14歳の時に作曲したピアノ曲《星の組曲(カシオペア座)》を始め、《Starry Sky Cycle》(邦題は「銀河巡礼」)、《Starry Sky Cycle Southern Skies》、《Cycle of Piano Pieces“Spiral Symphony” for 4 Hands》など、宇宙をテーマにした曲が多いので有名。
録音はそれほど多くはなく、10年以上前に北欧音楽が一時流行ったときに、Finlandiaがリリースしたのが、ピアノ組曲の《銀河巡礼》(以前に書いた記事)。
それ以外で国内盤が出ているのは、《星の組曲》(『音楽と物語の世界〜ぞうのババール〜』に収録)くらいだろうか。
輸入盤だといくつかシサスク作品のCDが出ているが、《Spyral Symphony(渦巻銀河交響曲)》は、ピアノ独奏曲ではなく、4手のピアノのための作品。
同じく宇宙をテーマにしたクラムの《マクロコスモス第4巻〜天界の力学》も、ピアノ連弾曲集だった。
![]() | Gavrilin/Sisask:Spirale Sym Etc. (2000/05/26) Fany Solter(piano),Eva-Maria Rieckert(piano) 試聴する(米国amazon) |
Cycle of Piano Pieces“Spiral Symphony”op.68 for 4 Hands (1999)タイトルに、NGC番号やメシエナンバー(M)まで正確に入れているのが面白い。
固有名詞がついていないと、番号でしか銀河を特定できないからだろうけれど、”ケフェウス座の網状星雲”程度に省略しなかったところが、さすがにアマチュア天文学者らしい几帳面さ。
このM***という記号をみると、すぐに思い浮かぶのが”M78星雲”(ウルトラマンの故郷の星)。幼少期の記憶の定着度は凄い。
1. ケフェウス座 NGC 2276銀河(網状星雲)
中〜高音域の単音のオスティナートやアルペジオが高速で交錯し、星雲のなかでいろいろな物質が飛び交っているようなイメージ。とてもファンタスティックで和声の響きが美しい。
最後は全ての活動が収束して一転に凝縮したような和音のユニゾン。
2. 猟犬座 M51銀河(凝縮した二重渦状銀河“子持ち銀河”)
2つの異なるリズムの旋律が並行して演奏される。
二重渦状の銀河のイメージらしく、低音&中音、高音域の異なる2つの旋律が融合することなく、ミニマル的に繰り返される。
最後は2つの旋律が、別のパターンの旋律を順にカノン風に弾いていく。低音だけは相変わらずボーンボーンと鳴り続けている。
3. 髪の毛座 M64銀河(〜眠れる美〜不安定な渦状銀河“黒眼銀河”)
絶え間なく弾かれる右手のアルペジオとそこに重なる和音が躍動的で、響きもとても美しく幻想的。
最後はどこなく不安げなリズミカルな和音の旋律。ユニゾン〜重音〜単音へと響きが薄くなって、ディミヌエンドして終る。
4. 炉座 NGC1365銀河(棒渦状銀河の平和)
静かにスケールのユニゾンで高音域から下降してくる旋律と、その合間に弾かれる低音の4音で構成される旋律が、ずっと繰り返されるのみ。
たしかに何の変化もないので、平和といえば平和だが、色調は暗めで沈鬱な感じもする。
5. 獅子座 M66銀河(渦状銀河の混乱)
高音で柔らかい響きの細かいパッセージが絶え間なく弾かれるなかを、中音〜低音域で和音による旋律が弾かれ、この両方の響きが混ざり合って混濁していく。たしかにカオス的な雰囲気はする。
6. 大熊座 M81銀河(巨大渦状銀河)
低音がミニマル的な旋律をずっと引き続け、これが不吉なものが迫りくる足音のようでかなり厳しい雰囲気。
その上を中〜高音域で、複数の断片的な旋律を繰り返し弾いている。この曲はテンポも速めで、動きの多い旋律なので、躍動的。和声はとても綺麗な曲。
徐々にクレッシェンドされていき、重音が増えていくので、渦が徐々に大きくなっていくような感じはする。
7. 大熊座 M101銀河(分離した渦状銀河“回転花火銀河”)
レクイエムのような悲愴感のある旋律がミニマル的に繰り返される。低音は同一音のオスティナートのみ。一群の旋律の最後に小休止が置かれて、また初めから繰り返される。
8. はるかなる乙女座銀河団(渦状銀河のパレード)
おとめ座らしく、高音域の旋律は蝶々があちこちで舞っているようなイメージで、珍しく可愛らしい雰囲気。拍子をとるように低音〜中音域でゴーン、ゴーンと鳴っている。
全体的に響きが柔らかく、パレードにしては、とてもおしとやか。
9. 渦状銀河フィナーレ
アタッカで同じ旋律がしばらくそのまま弾かれているが、この曲に入ると声部が追加されて、トランペットが静かに鳴っている音が、同一リズムでオスティナートされる。
まるでラヴェルの《ボレロ》のように、曲が徐々にクレッシェンドされていきタッチも力強く明瞭になって、こっちは本当のパレード風に華やか。
最後はディミヌエンドされて、ゴーンという響きで静かに終る。
クラムのような電気的に増幅したアンプリファイド・ピアノは使っていないので、聴覚的な刺激性は少ないが、内部奏法(弦をはじく、弦を押さえて鍵盤を弾く、弦をグリッサンドする、弦を手のひらでたたく、etc.)は使われている。
内部奏法を使うと色彩感が増すので、ピアノの音の響きがカラフルで美しく、旋律もわりとメロディアス。ファンタジックではあっても、神秘主義的とも評されるクラムのようなアクの強さはなく、どこかしら青白く冷たい透明感が漂っている。
2009.10/29(Thu)
ベートーヴェン=アルカン編曲/ピアノ協奏曲第3番[ピアノ独奏版]
ベートーヴェンの交響曲の編曲版は、リストによるピアノ独奏版がとても有名。
ワーグナーによる第9番のピアノ編曲版もあるが、これは(少人数だけど)合唱部分はそのまま残していて、もともと演奏機会の少ないリスト編曲版よりも、さらに実演・録音が少ない。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲の編曲版は、2台のピアノや四手連弾用に編曲されていることが多い。
これをピアノ独奏に編曲したものは珍しく、第3番のアルカン編曲版くらいだろうか。
アルカンは、アムランがその作品を演奏してからかなり知られるようになった作曲家。アムランが手がけるぐらいなので、その作品の難易度はリスト、ブゾーニ、ゴドフスキといい勝負。
このアルカン編曲版に関する詳しいコメントが載っているサイトが”超絶技巧的ピアノ編曲の世界”。
アルカンに限らずサイトタイトルの通り、難曲として名だたる編曲に関するとても詳しいデータベース。
原曲者・編曲者別のデータベースになっていて、これがなかなかに素晴らしい。
やたら難しい編曲で有名なゴドフスキとアルカンの違いを評して、「ゴドフスキーの難しさは,多数の声部を同時に処理する「知的な難しさ」,アルカンの難しさは,速度と耐久性という「体育会系の難しさ」。
これはよくわかります。全くその通り。ゴドフスキは和音が多いので響きが厚くて、主旋律が埋もれかねない。アルカンは響きはそれなりに厚いけれど、何より鍵盤上を駆け回るスピード感が凄い。とにかく超絶技巧が要求される上に、スピードが必要なので、優れた運動神経と筋力がものをいう(とかなり言えると思う)難曲が多い。
アルカン編曲のピアノ協奏曲第3番は、オケ伴奏の響きの厚みを出すために、ピアノの左手部分はかなり音を足しているし、アルペジオも多い。
楽譜をみるとそれほど音が詰まった感じはしないけれど、ペダリングとスピード感とでかなり量感が出て、ピアノ1台だけでも響きが貧弱に聴こえることはありません。
アルカン編曲版ピアノ協奏曲第3番の楽譜(IMSLP)(手書きみたいな楽譜で少し見ずらい)
ピアノ独奏曲版のカデンツァは、アルカンが自ら書いたもので、全体の演奏時間(19分あまり)の1/3を占めるほどの長いカデンツァ。
響きは厚いし(特に左手側)、主題がいろいろ変奏され、なぜか「運命」の第4楽章の主題がちらちらと挿入されたりして、とにかく面白くて輝くようなカデンツァ。
さすがにアルカン作品だけあってこの曲の録音は少なく、有名なのはアムランのライブ録音。
シチェルバコフのピアノで聴いたリスト編曲版ベートーヴェンの交響曲も良かったけれど、このアムランのアルカン編曲ピアノ協奏曲も同じくらいに冴えた出来ばえ。
元々スピード感抜群の颯爽とした演奏スタイルのアムランなので、この第3番もやっぱり速い。
これだけ音が詰まっているのに、アムランのタッチはさすが軽やかで切れ良く、テンポも速くて、スピード感と躍動感が素晴らしい。
元々ピアノが弾く主題の旋律は、もう少し潤いというか叙情的に弾いて欲しい部分も少しあるけれど、オケ伴奏の部分を入れ込んでいるので力技がいるだろうから、これくらいの勢いがないともたつきそう。
この曲が収録されているのは、アムランのウィグモア・ホールのライブ録音のアルバム。
ショパンのピアノ協奏曲第1番のアルカン編曲版や、アルカンの練習曲、ブゾーニのカルメン幻想曲など難曲の多い選曲でも、ライブとは思えないほどの演奏は完成度が高い。
こういうプログラムのリサイタルはめったに聴けないので、後学のために聴いておけば話のネタには充分なるでしょう。
ワーグナーによる第9番のピアノ編曲版もあるが、これは(少人数だけど)合唱部分はそのまま残していて、もともと演奏機会の少ないリスト編曲版よりも、さらに実演・録音が少ない。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲の編曲版は、2台のピアノや四手連弾用に編曲されていることが多い。
これをピアノ独奏に編曲したものは珍しく、第3番のアルカン編曲版くらいだろうか。
アルカンは、アムランがその作品を演奏してからかなり知られるようになった作曲家。アムランが手がけるぐらいなので、その作品の難易度はリスト、ブゾーニ、ゴドフスキといい勝負。
このアルカン編曲版に関する詳しいコメントが載っているサイトが”超絶技巧的ピアノ編曲の世界”。
アルカンに限らずサイトタイトルの通り、難曲として名だたる編曲に関するとても詳しいデータベース。
原曲者・編曲者別のデータベースになっていて、これがなかなかに素晴らしい。
やたら難しい編曲で有名なゴドフスキとアルカンの違いを評して、「ゴドフスキーの難しさは,多数の声部を同時に処理する「知的な難しさ」,アルカンの難しさは,速度と耐久性という「体育会系の難しさ」。
これはよくわかります。全くその通り。ゴドフスキは和音が多いので響きが厚くて、主旋律が埋もれかねない。アルカンは響きはそれなりに厚いけれど、何より鍵盤上を駆け回るスピード感が凄い。とにかく超絶技巧が要求される上に、スピードが必要なので、優れた運動神経と筋力がものをいう(とかなり言えると思う)難曲が多い。
アルカン編曲のピアノ協奏曲第3番は、オケ伴奏の響きの厚みを出すために、ピアノの左手部分はかなり音を足しているし、アルペジオも多い。
楽譜をみるとそれほど音が詰まった感じはしないけれど、ペダリングとスピード感とでかなり量感が出て、ピアノ1台だけでも響きが貧弱に聴こえることはありません。
アルカン編曲版ピアノ協奏曲第3番の楽譜(IMSLP)(手書きみたいな楽譜で少し見ずらい)ピアノ独奏曲版のカデンツァは、アルカンが自ら書いたもので、全体の演奏時間(19分あまり)の1/3を占めるほどの長いカデンツァ。
響きは厚いし(特に左手側)、主題がいろいろ変奏され、なぜか「運命」の第4楽章の主題がちらちらと挿入されたりして、とにかく面白くて輝くようなカデンツァ。
さすがにアルカン作品だけあってこの曲の録音は少なく、有名なのはアムランのライブ録音。
シチェルバコフのピアノで聴いたリスト編曲版ベートーヴェンの交響曲も良かったけれど、このアムランのアルカン編曲ピアノ協奏曲も同じくらいに冴えた出来ばえ。
元々スピード感抜群の颯爽とした演奏スタイルのアムランなので、この第3番もやっぱり速い。
これだけ音が詰まっているのに、アムランのタッチはさすが軽やかで切れ良く、テンポも速くて、スピード感と躍動感が素晴らしい。
元々ピアノが弾く主題の旋律は、もう少し潤いというか叙情的に弾いて欲しい部分も少しあるけれど、オケ伴奏の部分を入れ込んでいるので力技がいるだろうから、これくらいの勢いがないともたつきそう。
この曲が収録されているのは、アムランのウィグモア・ホールのライブ録音のアルバム。
ショパンのピアノ協奏曲第1番のアルカン編曲版や、アルカンの練習曲、ブゾーニのカルメン幻想曲など難曲の多い選曲でも、ライブとは思えないほどの演奏は完成度が高い。
こういうプログラムのリサイタルはめったに聴けないので、後学のために聴いておけば話のネタには充分なるでしょう。
![]() | Marc-André Hamelin Live at Wigmore Hall (1995/01/24) Marc-André Hamelin 試聴する(米国amazon:トラック1) |









