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ブラームス/ピアノ三重奏曲第1番 (1854年初版)
ブラームスのピアノ三重奏曲第1番は、普通演奏されているのは1889年改訂版。
初版の1854年版が演奏されることは滅多にない。
楽譜はIMSLPから、初版と改訂版がダウンロードできるので、つき合わせてみれば違いがわかるが、演奏自体を聴き比べてみると、第2楽章以外はほとんど全面的に改訂されているのが一目(聴)瞭然。

たまたま見つけたこの録音には、第1番の初版と改訂版の両方が録音されている。
ブラームスのピアノ三重奏曲全集は、CD2枚だと録音時間がかなり余ってしまうので、ホルンやクラリネットの入った室内楽曲をカップリングしている場合が多い。
フィルアップのために改訂版を録音したわけでもないんでしょうが、改訂版の録音が少ないのでこのディスクはとても珍しい。(ただし、演奏自体はかなり強めのタッチで、やたら元気で騒々しい。)
改訂といっても、第2楽章以外は第2主題を完全に入れ替え、展開の仕方も全く変わっているので、”再作曲”のようなもの。楽章によっては全く違う曲を聴いている気分がする。


Johannes Brahms: The Complete Piano TriosJohannes Brahms: The Complete Piano Trios
(2003/11/04)
Altenberg Trio Wien

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第1番の初版はDISC1:track1~4、改訂版はDISC2の最後の4つのトラック。
”赤いはりねずみ”のイラストがとても可愛いジャケットデザイン。
ブラームス好きの人なら、なぜ”赤いはりねずみ”なのかはすぐにわかりますね~。ウィーンのWildpretmarkt にあるブラームスのお気に入りのレストランの名前が”赤いはりねずみ”でした。
参考までに、ブラームスの伝記類に登場するカフェとレストランのリストが<ブラームスの辞書>の”ブラミシュラン”に載ってます。


第1楽章では、冒頭の第1主題は変わらないが、改訂版ではヴァイオリンの旋律の一部がカットされ、ハーモニーが整理されてすっきりしている。
丸々入れ替えられた第2主題や主題が展開していくところを聴けば、改訂版の方がやはりずっと良い。
それに、この録音の演奏時間で比べると、初版は第1楽章が18分台、改訂版は13分台。初版はかなり冗長で構成もわかりにくい。

第2楽章は、ラストの部分が全く違う。
初版では、緩徐楽章の第3楽章にまるでアタッカでつながっていくように、それまでの勢いが急に失われてピアニッシモになって静かに終る。
改訂版では勢いのあるまま歯切れ良い終わり方で、流れとしてはこちらが自然。

第3楽章の初版の展開部は、主題よりもずっと明るく躍動的なAllego。
改訂版では、主題の雰囲気を壊さないようにかなり穏やかなモチーフに変えている。

第4楽章も第2主題が入れ替えられている。
初版の第2主題は優しく穏やかな雰囲気の旋律で、第1楽章とのコントラストは明確だが、旋律自体があまり印象的ではない。
改訂版の第2主題は、力強く開放感のある旋律が印象的で、フィナーレらしい広がりと高揚感がある。
第1主題の変奏部分も含めて全体的に手が加えられて、かなり違った曲に変身している。

第1番の改訂版を聴きなれているかどうかに関らず、初版と改訂版の両方を聴けば、やはり改訂版の方がはるかに良い曲だとわかる。
初版の第1楽章と第4楽章は、第2主題がもやもやともう一つ印象が薄いせいか、いろいろ展開していくと構成がだんだんわかりづらくなって、冗長な感じがする。
改訂版で入れ替えられた第2主題の方は、メロディがシンプルで明瞭で、とてもロマンティック。主題が展開していくところも構成がわかりやすくて、初版から30年以上経っているのに、ブラームスがあえて改訂したというのも納得。


ブラームス/ピアノ三重奏曲第1番(改訂版)の記事

tag : ブラームス

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スーク&シュタルケル&カッチェン ~ ブラームス/ピアノ三重奏曲第1番
スークと録音したブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集に次いで、シュタルケルを加えてピアノ三重奏曲全集を録音したのは、カッチェンが亡くなる8ヶ月くらい前の1968年7月。
ヴァイオリンソナタ全集もこのピアノ三重奏曲全集も、カッチェンのブラームス室内楽曲全集録音の一環だった。

シュタルケルは『ヤーノシュ・シュタルケル 自伝』(原題:The World of Music According to Starker)で、カッチェンとの出会いと録音のことを回想している。
カッチェンとシュタルケルが初めて出会ったのは1948年のパリ。シュタルケルがパリを離れる準備をしているときに、(哲学を専攻し大学を飛び級で卒業後、フランス政府の奨学金を得た)カッチェンがパリへ移ってきたのだった。
1966年にシュタルケルがマーキュリーとの独占契約を解消し、アディロンダック音楽祭の創設に関わっていた頃、カッチェンがシュタルケルを訪ねてきて、一緒にブラームスのピアノ室内楽を録音しないかと提案。シュタルケルが呼吸が合うかどうか試してみようと答えたので、数ヵ月後、シュタルケルが演奏会をしていたロッテルダムにカッチェンがパリからやってきて、チェロソナタを一緒に弾いてみた。それから彼らのブラームスの室内楽録音計画がスタート。
1968年、ブリテンがオールドバラに建てたコンサートホールで、スークと共にブラームスの三重奏曲全集を録音した。
カッチェン、スーク、シュタルケルのトリオが行ったピアノ三重奏曲の録音を機に、各地の音楽祭や南アフリカ共和国(シュタルケルは1959年にアフリカ大陸の数カ国でコンサートツアーをしたことがある)などから、山のように演奏依頼がやってきたという。

このアルバムには、チェロ・ソナタ第2番も録音されている。
カッチェンとシュタルケルは、チェロ・ソナタ第1番と第2番を録音していた。このうち、第1番の演奏には2人とも満足していなかったので、再録音する予定だった。
カッチェンが急逝したため再録音は不可能になり、リリースされたのは第2番のみ。
他にも、ピアノ四重奏曲全集、ピアノ五重奏曲と、ピアノの入ったブラームスの室内楽曲の全集を録音する計画だったが、未完。ピアノ三重奏曲全集と67年に録音を終えていたヴァイオリンソナタ全集、それにチェロ・ソナタ第2番だけがCD化されて残っている。
シュタルケルは、カッチェンの病気のことを知らなかったらしく、1969年の春くらいからカッチェンとスークと残りの室内楽曲の録音を進める予定だった。4月にカッチェンが亡くなったことを突然知らされて、とてもショックを受けたと自伝に書いている。
すでに契約済みだった演奏会は、他のピアニストを加えて、スークと一緒にカッチェン追悼のための演奏会として行った。クラウディオ・アラウとも、一度トリオで演奏したことがあったという。どうもアラウは室内楽向きのピアニストではなかったらしい。
結局、当時21歳の若手ピアニスト、ルドルフ・ブッフビンダーが加わって、定期的にトリオで演奏することになった。

Piano Trio 3ブラームス:ピアノ三重奏曲全集 
(1997年3月25日)
Julius Katchen, Josef Suk, János Starker


試聴ファイル


ピアノが中央、ヴァイオリンが左側、チェロが右側に分かれて、それぞれ音が明瞭に聴こえてくる。ピアノは和声の厚みはあるが残響が少なめなので、弦との音のバランスも丁度良い感じ。


ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 Op.8
この曲は、初版と改訂版があり、一般に演奏されているのは改訂版の方。
初版を作曲したのは1854年、20歳の頃(シューマンが河に身投げをするという出来事の数週間前のこと)で、出版期限が迫っていたため、変更したいと思った部分(これがかなりある)も、そのまま出版したという。
その後、出版者のジムロックがブラームス作品を再出版する際に、第1番を改訂したのが1889年。

ブラームス自身は、”翼をつけることはせず、ちょっと髪の形を整えただけ”と言っていたが、改訂ヶ所が積もり積もって、実は再度作曲に近いほど。
長さの方は初版の2/3以下に短縮されているので、初版と改訂版を聴き比べると良くわかるが、初版にあった冗長さがすっかり消えて、密度の濃い詰まった作品になっている。

初版と改訂版の楽譜(IMSLP)

CDのブックレットでは、主要な改訂部分について簡単に書かれている。
これとは違った観点で、改訂内容の全体的な傾向をコンパクトにまとめてくれているのが、<ブラームスの辞書>の”作品8初版調査報告”という記事。ブラームスの室内楽曲24曲のうち、このピアノ三重奏曲第1番だけが改訂されているという。
ブラームスの作品について何か知りたいことがあるときは、いつも<ブラームスの辞書>の記事をチェックしている。めったに見かけないような情報がたくさんあるので、とても参考になるサイトです。


通常演奏されている改訂版の第1番は、青年期らしい情熱的な主題が力強く、明るく伸びやかなタッチ。
若かりし頃の作品を元にしたとはいえ、後年に作曲した第2番や第3番よりも、楽章同士の均整が取れていて、隙がなく中身がずっしり詰まった感じがするのは、再作曲に近いこの大規模改訂のおかげ。

第1楽章 Allegro con brio
冒頭はややゆったりとしたテンポで、チェロを誘いかけるようなとても柔らかなピアノ。
ヴィオリンソナタ第1番の第1楽章と同じような優しい雰囲気で、まどろみながら夢でも見ているような感じ。
特にピアノの低音部の霞のかかったような響きが印象的。初めからわりとしっかりしたタッチで弾くピアニストが多いので(指示がAllegro con brioなので)、この冒頭のピアノを聴くとすぐにカッチェンが弾いているとわかる。
フォルテになると、コロコロとした硬質タッチで太めのやや丸みを帯びたしっかりした音になる。ピアノパートはソロのように厚みがあるので、トリオの時でもピアノ・ソロを聴いている気分になれる。

チェロもピアノと同じくらいに柔和な表情。シュタルケルのチェロの渋い響きがカッチェンのピアノとよく似合っている。それと比べると、スークのヴァイオリンの鮮やかな美しい音が叙情性が強いように聴こえる。

第1主題は初版と同じで、改訂版で新たに導入されたのがやや憂いを帯びた第2主題。
この旋律もとても美しく、最後にフォルテの悲愴感のある旋律に一瞬変わってから、すぐに冒頭第1主題へリピート。
この曲のフォルテ部分はガンガンとパワフルな(やや騒々しい)演奏も結構あるが、ここではやや抑制した力強さで、ほど良い重みと落ち着きがあって渋めの味わい。
展開部になると、リピートする前の短調の旋律と、第1主題の変形した旋律が交錯して、感情が浮き沈むのような緊張感のある曲想になる。
最後は第1主題を元にした穏やかで静かに消えていくコーダ。

第1楽章の演奏時間は約15分。この曲の録音には、大まかにいって約10分、約15分程度の2パターンがあり(多少テンポの違いで±1~2分くらいの幅がある)、短い方はリピートを省略している。
ルービンシュタインがハイフェッツと録音したときは8分台とさらに短く、これはテンポがかなり速い(そのせいかやたら騒々しい気がする)。
主題は2つともシンプルで、それが展開していく構成もすっきりしているので、リピートして主題部分を繰り返して演奏していても、この曲なら全然飽きずに聴ける。

Brahms Piano Trio No.1 in B major op.8, Allegro con brio 1a/4
Josef Suk, violin Janos Starker, cello Julius Katchen, piano VII.1968



第2楽章 Scherzo: Allegro molto
短調で胸騒ぎのするようなスケルツォ。この楽章は改訂版でもほとんど修正されていないので、ブラームスも若かりし頃の曲とはいえ、満足していたらしい。
中間部は一転してとても楽しげで穏やかな曲想に。ラストだけは、初版のようなピアニシモではなく、力強くフォルテで終るように改訂版で旋律も少し変更している。
ピアノパートは、スタッカートの和音やアルペジオが多く、ついバタバタと騒々しくもなりがち。カッチェンのタッチと音は、いつもながら指回りもよくタッチもシャープで軽やか。

第3楽章 Adagio
静けさと安息に満ちたようなコラール風の第一主題。ここは初版のままだったが、雰囲気がかなり違うAllegroセクションを改訂版で入れ替え、短調だがずっと穏やかなモチーフに変更している。
この楽章はカッチェンのピアノの弱音の響きが儚げで美しく、楽章全体の雰囲気を支配しているような感じ。
ヴァイオリンとチェロの旋律は叙情的で美しいけれど、ピアノが深く沈潜していくような静けさがとても印象的。

第4楽章 Allegro
この楽章は短調の力強い第1主題で始まるが、第2主題はフィナーレらしく、開放感と自信に満ちた清々しい旋律。
第1楽章同様、第1主題は初版のままで、第2主題が改訂版で新しく加えられたもの。
最後は第1主題がピアニッシモで再び現れるが、クレッシェンドして、最後までフォルテで主題が展開されて、ほの暗い情熱的なエンディング。

改訂された第1番は、青年時代の情感豊かな情熱的なモチーフを元に、光と影が交錯する重厚で渋みのある後年の作風が融合したようなところが魅力的。ピアノ三重奏曲は3曲とも好きだけれど、やはり第1番が一番で、特に第3楽章の静謐な美しさが素晴らしい。
スーク&シュタルケル&カッチェンは、いわゆる常設トリオではなかったけれど呼吸がぴったりあった緊密感が心地よく、柔らかな表現のなかにもいろいろな感情が自然に流れでてくるようなブラームス。


 ブラームス/ピアノ三重奏曲第2番&第3番の記事

 ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第1番の記事

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 ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第1番の記事

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 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

tag : スーク カッチェン ブラームス

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フランスのピアノ協奏曲集より ~ ルーセルとフランセのピアノ協奏曲
あまり知られていないフランスの作曲家のピアノ協奏曲ばかりを集めた珍しいアルバム『French Piano Concertos』。
ボワエルデュ、マスネ、ピエルネ、ラロ、シャミナード、フランセが並ぶが、ラロは《スペイン交響曲》で知られている程度。
《タイスの瞑想曲》で有名なマスネ以外はマイナーだと思う。といっても《タイスの瞑想曲》もすぐに旋律が浮かぶ人は意外と少ないかも。

このアルバムは、いろんな作風の曲がまとめて聴けるし、ピアニスト、指揮者、オーケストラが曲ごとに違う組み合わせなので、演奏のあたりはずれはあるかもしれない。
これは、比較して聴かないとすぐに良いかどうかはわからないので、とにかく曲想がつかめるだけでもとっかかりになるので、これはこれで優れもの。

ルーセル以外は、調性の安定したロマンティックなピアノ協奏曲。
年代から言えば、フランセが最も現代の作曲家ではあるけれど、彼の作風は新古典主義的な調性音楽で、現代風の軽妙で洒落た曲である。
ルーセルのピアノ協奏曲はロマン派風のところは全くないが、現代音楽的な難解さは少ない方で聴きやすくはある。フランス系の作曲家にしては強いリズム感、打楽器的なピアノ奏法、不協和的な和声があちこちで聴こえる。第3楽章はプロコフィエフ風のコラージュのような曲。

French Piano ConcertosFrench Piano Concertos
(1994/08/22)
Francois-Adrien Boieldieu、

試聴する(米国amazon)


アルバート・ルーセル/ピアノ協奏曲 ト長調 Op. 36
第1楽章からピアノが打楽器的に低音を打ち鳴らして、それをバックにオケが主題めいた旋律を深刻そうに弾いている。
ピアノ協奏曲といっても、どちらかというとピアノも楽器のうちの一つのような役割で、主題も全然メロディアスではない。和声自体はそれほど不協和的ではないので聴きやすくはある。

第2楽章はゆったりとしたテンポでやや悲愴感がある。
ピアノがポロポロ~ンと弱音の同音連打を繰り返すなか、管楽器が順番にやや不気味な雰囲気のする主題を吹いている。そのうちピアノが前面に出てくるが、歌謡性の乏しい旋律。

第3楽章は、ややおとなしめのプロコフィエフといった風情。
コラージュのようにいろいろな曲想(軽妙、不安、諧謔、etc.)の主題らしき旋律が、次から次へと登場して統一性のない曲。
初めて聴いた時は面白いと思ったが、再度聴いてみるとさほど強い印象が残らない。
ロマンティックではないが、かといって強烈な個性や様式があまり感じられないので、聴きやすいけれどインパクトがないせいだろうか。

ジャン・フランセ/ピアノ協奏曲
第1楽章、第3楽章、第4楽章は、速めのテンポで、フランスの音楽らしい明るく洒落た雰囲気。どことなくユーモアもある楽しい曲。
ちょこまかと軽やかなタッチのピアノが良い感じ。オケも響きが薄めでとても軽やか。
第2楽章はテンポを落として、アンダンテ。さっきは動き回ったので、休憩しているような雰囲気があって、とてものどかな曲。
完全な調性音楽で、フランス音楽らしい雰囲気がたっぷりとあって、品のよいプーランクみたいな曲。
BGMのように聴いてしまうほどに似たような曲想が続くし、主題がそれほどメロディアスではない。
聴いていて楽しい曲ではあるけれど、ルーセルと同様、この曲もさほど強い印象が残らない。
同じ現代フランスのピアノ協奏曲であっても、ラヴェルやプーランクの作品には作曲家の刻印のような独特の薫りがする。
ブロッホ ~ ピアノと管弦楽のための交響的協奏曲、スケルツォ・ファンタスク
エルネスト・ブロッホといえば《シェロモ》が有名。この曲がユダヤの民俗音楽的雰囲気が濃厚なので、ブロッホ=ユダヤ音楽というイメージが強い。
ブロッホの作品にはエキゾチックな雰囲気がする曲が結構多いが、古典的な典雅な構成の《コンチェルト・グロッソ》(第1番と第2番がある)があったり、ヴァイオリン・ソナタ第2番のようなミステリアスな雰囲気の印象主義風な曲もあるので、時代と作品によってトーンがかなり違っている。

ブロッホの《コンチェルト・グロッソ第1番》(以前に書いた記事あり)は、その名の通り合奏協奏曲でピアノも使われている。
ピアノ協奏曲ほどではないが、わりとピアノも目だって、和声も旋律も美しくてとても聴きやすい。この曲を初めて聴いてから、ブロッホをいろいろ聴き始めたので、ブロッホのピアノ作品の中では最も好きな曲。

《ピアノと管弦楽のための交響的協奏曲 / Concerto symphonique pour piano et orchestre》も、普通のピアノ協奏曲ほどピアノがメインの旋律を担当しているわけではないが、交響曲の主要楽器としてピアノが使われているような曲で、《コンチェルト・グロッソ》よりも、ずっとピアノの役割が大きい。
”交響曲的な”協奏曲というタイトルどおり、第1楽章はピアノによる結構長いカデンツァが入っていて形式的には協奏曲風。
ただし、ピアノが弾いている旋律は歌謡性はあまりなく、交響曲のフレーズの一部を受け持っているようで、ピアノ協奏曲ではなく交響曲を聴いている感じがする。
それでも、ピアノがオケの響きに埋もれることなく、オケとは独立した動きをしているので、存在感がしっかりあって、ピアノ部分だけを聴いていても結構面白い。

ブロッホ独特のややエキゾチックな雰囲気がする和声と旋律が出てくるが、響き自体はとても綺麗。コンチェルト・グロッソを聴きなれていれば、ほとんど違和感なく聴ける。
アメリカの現代音楽のピアノ協奏曲とは違って、悠然とした構えの交響曲的雰囲気が濃厚。調性も安定し、突発的に不協和音が暴発することもないので、ゆっくり腰を落ち着けて聴くのに向いている。
なによりスペクタクル映画のサントラでも聴いているような気がするせいか、最後まで飽きずに聴けてしまう。

この曲はそれほど録音は多くない(そもそもブロッホのピアノ作品の録音自体が多くない)。
このCHANDOS盤は、ピアノはヒルダ・ディノワ、アレクサンドル・チェルヌシェンコ指揮サンクト・ペテルブルク国立アカデミー・カペラの伴奏。
ピアノがややおとなしめでマッシブさはそれほど強くないけれど、そのかわりブロッホ独特の和声の響きと叙情感が良く出ていて、ピアノがとても美しく聴こえる。

Ernest Bloch: Concerto Symphonique; Scherzo Fantasque; Hiver-PrintempsErnest Bloch: Concerto Symphonique; Scherzo Fantasque; Hiver-Printemps
(2003/07/22)
Halida Dinova (Piano) ,Alexander Tchernushenko (指揮), St. Petersburg State Academic Capella Symphony Orchestra

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ピアノと管弦楽のための交響的協奏曲 / Concerto symphonique pour piano et orchestre(1948年)

第1楽章 Pesante
冒頭は、ちょっとエキゾチックな感じがする威厳があって勇壮なオケのトゥッティ。
”ベン・ハー”とか”アラビアのロレンス”とかの歴史を舞台にしたサントラにも使えそうなくらいスペクタクルな雰囲気が充分。
それでも、ブロッホらしい独特の響きのする和声的と、ユダヤ音楽的なモチーフが織り込まれているし、緩徐部や弱音部分の曲想は、ちょっと神秘的な雰囲気で叙情感もあって美しい。
あまり歌謡性のある旋律でもなく、構成ももう一つよくわからないし、その上、演奏時間が15分と長い。そのわりに、全然飽きもせず聴けるのは、まるで映画のサントラを聴いている気分がするせい?

第2楽章 Allegro vivace
第1楽章がゆったりとした曲想だったので、第2楽章は一転して躍動的。砂漠で騎馬態の戦闘シーンでも見ているような曲。
オケはわりと勇壮な構えで重々しいが、ピアノがかなり軽快に飛び回っているところは、リズム感とスピード感が結構出ている。
中間部はテンポが落ちて、ユダヤ音楽的な旋律が登場して、清々しく晴れやかな雰囲気に変わる。第1楽章同様、緩徐部では和声もピアノの響きも綺麗。

第3楽章 Allegro deciso
冒頭の金管のファンファーレが華やか。行進曲風にリズム感のある力強い主題が展開されていく。
この楽章も、王様ご一行の行列か、勝利の行進みたいな感じもする威厳と勇壮な曲想で、とってもスペクタクルな雰囲気。
ピアノがオスティナート的に、低音部でリズムを刻んでいくことが多い。中間部は流れるようなピアノのパッセージが流麗。


スケルツォ・ファンタスク(1948年)
ピアノとオケのコンチェルティーノ風。タイトル通り、ファンタスティックな響きとスケルツォ的な快活さが共存したような曲。
《交響的協奏曲》と同じ年に作曲しているせいか、曲想や旋律・和声が良く似ている。《交響的協奏曲》の後に続けて聴くと、第4楽章でも聴いている気分になる。

tag : ブロッホ

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バッハ=ラフマニノフ編曲/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番
バッハの作品は作曲家の編曲意欲を刺激するらしく、《無伴奏ヴァイオリンのソナタとパルティータ》も、一部の曲(楽章)をブゾーニ、ゴドフスキー、ラフマニノフなどがピアノ独奏用に編曲している。
ロマン派の曲のようにしか私には思えないようなブゾーニ、ゴドフスキーと違って、ラフマニノフの編曲版は、和声の厚みをかなり抑えて、対位法による旋律の動きが明瞭にわかるようにした、とてもシンプルな編曲。
ゴドフスキの編曲版は、あまりにも音が多くて数楽章を続けて聴いていると、かなり疲れてくるものがあるが、ラフマニノフの編曲版は、ケンプのバッハ編曲ものを聴いている時と同じで、とても心地よい感じがする。
バッハに限らず、本来は原曲を聴くのが一番良いのだろうけれど、バッハのピアノ編曲ものは結構好きなので、原曲よりもピアノ編曲版の方を聴いている曲の方が多い気がする。

このラフマニノフ編曲に関する解説が載っているサイトがあって、編曲のポイントや楽譜のサンプルが掲載されている。
《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番》の編曲版はいろいろあって、サン=サーンスも編曲しているし、ピアニストだとムストネンとカツァリスの編曲版もある。
ムストネンの編曲版はMIDIがホームページの下の方に掲載されている。聴いてみると、調性がころころ変わって、やや調子ハズレになっていく感じが結構面白い。

ラフマニノフの場合は、第3番のうち、「前奏曲」、「ガヴォット」、「ジーグ」の3曲だけ編曲している。
このラフマニノフ編曲版の演奏はいくつか出ているが、Marco Polo盤のセケイラ・コスタは、柔らかい旋律の歌いまわしと軽やかで丸みのある響きで、流れが滑らか。

Rachmaninov: The Complete TranscriptionsRachmaninov: The Complete Transcriptions
(1994/07/14)
Sequeira Costa

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Haenssler盤のアレクサンダー・パレイは、低音や和音の響かせ方とかいろいろ凝ったところがある。
パレイはライプツィヒ・バッハ国際ピアノ・コンクールで優勝したピアニスト。ピアノは珍しくBlüthner concert grandを使っている。
コスタよりも音色・響きが多彩で声部の分離が明瞭なので、それぞれの旋律の動きが良くわかるし、音の切れが良くて、結構面白い演奏。
スタッカートのはねるようなタッチが、ちょっとだけムストネンに似ているところはあるが、あれほど極端ではないので、抵抗なく普通に聴ける。


Alexander Paley Plays BlüthnerAlexander Paley Plays Blüthner

Alexander Paley

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パレイはゴルトベルク変奏曲も録音しているが、ラフマニノフの編曲版よりもずっと表現意欲に満ちたとても個性の強い演奏。
テンポ設定やフレージングが独特。1つの変奏のなかでもよくテンポが揺れるし、装飾の域を超えてフレーズ自体が編曲されている変奏も多い。
変奏曲をさらに変奏しているようなそのユニークさは、今まで聴いたゴルトベルクのなかでは飛びぬけている。(でも、ちょっとやりすぎの気はするけれど)
全曲通しで聴いていると、バッハのゴルトベルク変奏曲ではなくて、ゴルトベルクの編曲版を聴いているような気分がしてくるのが難点。それでも、無難だけれどつまらないゴルトベルクの演奏を聴くよりはずっと面白い。ただし、度々聴きたいかというと、とても濃厚な味つけなので、う~ん...という感じ。

Bach: Goldberg VariationsBach: Goldberg Variations
(2007/05/08)
Alexander Paley

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tag : バッハ ラフマニノフ

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シサスク/ヘール・ボップ彗星
たまたま見つけたシサスクの《The Hale-Bopp Comet(ヘール・ボップ彗星)》。
この曲は珍しいフルートとギターによるデュオ。
彗星をテーマにしていなければ、両方の楽器とも音色があまり好きではないので、たぶん見逃していたに違いないアルバム。
実際に聴いてみると曲自体が良かったし、フルートとギターという音の組み合わせは、曲想にとても良く似合っていた。
このヘール・ボップ彗星は、1997年に太陽の近くを通過したので、肉眼で見れるほど明るかったらしい。なぜかこの彗星に関する記憶が全くない。見逃したのは残念。

これはエストニアの作曲家によるフルート&ギターの作品集。知らない作曲家の小品がほとんど。
Portraits of Estonia: Works for Flute and GuitarPortraits of Estonia: Works for Flute and Guitar
(2001/09/25)
Duo Concertante

試聴する(米国amazon)[トラック10]



《The Hale-Bopp Comet》の冒頭は、ギターが静かに、雨音のようなリズムをオスティナートで刻んでいき、その上をフルートがミニマル的な旋律を吹いていく。
彗星はまだ太陽系から遠く離れたところにいるので姿は見えないが、ゆっくりと着実に太陽系に近づいてきているイメージ。(彗星というと、つい「白色彗星」をイメージしてしまう)

ギターのリズムが徐々に変形されて躍動的になっていき、フルートの旋律も同じように装飾されていくが、徐々にクレッシェンドしながら、両方の旋律が変奏曲のように大きく変形していき、華やかな雰囲気になっていく。
和声自体は美しい曲で、どことなくエキゾチックで不可思議さを感じさせるものがある。
これは、太陽系にかなり接近し、真っ白い綺麗な箒のような姿が、徐々に大きく見えてきているようなイメージ。

曲のなかば辺りにさしかかると、曲想が一転してテンポが速くなり、ミニマル的な旋律から抜け出して、メロディアスなフルートの旋律とギターの伴奏に変わる。
彗星が大接近して、白い渦が高速でぐるぐると渦巻き、スピーディで活動的な流線型の彗星がクローズアップされたイメージ。
この部分は完全な調性音楽になっているので、短調で哀感を感じさせるところがあって、ロマンティックで聴きやすい。

最後はディミヌエンドされて同じフレーズを繰り返しながらフェードアウトする。これは去り行く彗星のイメージ。

フルートとギターとも元々どこかしら憂いをおびた響きなので、この2つの楽器でデュオすると、やっぱりさらさらとした哀感がずっと流れている。

tag : シサスク

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バーバー/ピアノ協奏曲
バーバーといえば《弦楽のためのアダージョ》。他にもいろいろ作品は残しているが、一番有名なのでこの曲を真っ先に思い浮かべる人が多いに違いない。
このアダージョ、よくセレモニーでかかっているし(特にお葬式)、鎮魂歌ならブルッフの《イン・メモリアム》の方が好きなので、わざわざCDを買って聴く気にはならない。

リーバーマンのピアノ協奏曲のレビューを米国amazonで見ていると、”バーバーのピアノ協奏曲以来の傑作”というコメントが度々出てくる。
バーバーのピアノ協奏曲は、アメリカ人作曲家が書いたピアノ協奏曲の中でも傑作と言われて、初演では絶賛されたという。録音自体は多くはないが、見かけるのはアメリカ人ピアニストによるものが多い。
日本のamazon、HMVでは、バーバー作品に対するレビューがあまりついていないが、米国amazonだとさすがに自国の作曲家だけあって、バーバーの作品は人気があってレビューも多い。

このピアノ協奏曲は、ピアニストのジョン・ブラウニングをソリストに想定して作曲されている。ブラウニングはバーバー作品の演奏で有名。
初めの2つの楽章は1960年末、途中いろいろ出来事があって中断し、第3楽章は1962年9月に完成。初演は同月、ブラウニングのピアノとラインスドルフ指揮ボストン響で行われた。
1963年のピュリツァー賞、1964年のMusic Critics’ Circle Award(音楽評論家サークル賞) を受賞し、ピアノ協奏曲はバーバー作品の中で一般的に最も高い評価を受けている曲の一つ。

初演者のブラウニングによる録音がいくつかあるが、なかでも1964年のセル指揮クリーヴランド管弦楽団の評価が良いらしい。
このNAXOS盤のスティーヴン・プルッツマンのピアノ(マリン・オールソップ指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団)による演奏は、シャープなタッチでエネルギッシュ。ピアノの音も綺麗。
Barber: Piano ConcertoBarber: Piano Concerto
(2002/10/22)
Marin Alsop (Conductor), Royal Scottish National Orchestra (Orchestra), Stephen Prutsman (Performer)

試聴する(米国amazon)


バーバーの時代のアメリカ人作曲家(コープランド、ローレム、ガーシュウィンなど)のピアノ協奏曲だと、ジャズとかフランス音楽の影響を感じさせるところがよくあるが、バーバーはそういうところはない。
ロシア風のロマンティックでピアニスティックなところとバルトーク(というよりプロコフィエフ?)のピアノ協奏曲のような荒々しいところを融合させて、現代的に洗練したような感じがする。

Ⅰ Allegro appassionato
全楽章とも短調が支配的で、第1楽章冒頭はピアノ独奏で和音による力強いフォルテの主題。
旋律はシンプルだがリズムと和声が独特で、予期しない不吉なものがやってくるような劇的で、不安に満ちた響き。
この主題がピアノとオケにより次々と変形されて演奏されて、しつこいくらいに繰り返し現れる。
旋律に歌謡性はあまりないが、テンポが速く、鋭いリズムと細かなパッセージが多いので、強く訴えかけるような急迫感がある。
かなりピアニスティックな曲で、音の詰まった高速のパッセージに加えアルペジオと和音を多用した流麗で華やかなピアノの響きが、とても綺麗。
緩徐部がときどき挿入されて、頻繁に緩急・静動が入れ代わっていく。前後がやたらに急迫感があるので、一転して静寂で呟くようなピアノの響きは、ちょっと幻想的。
ヒンデミットのような即物的なメカニカルさや乾いた叙情感とは違い、また、リーバーマンのような厳つく物騒な響きとも違う。やや水気を含んだ冷たく研ぎ澄まされた叙情感がとても美しい楽章。

Ⅱ Canzone: Moderato
Canzoneなので、やや不協和的な響きの混ざってはいるが、やや暗めのトーンの叙情的な旋律。
中間を過ぎると、ピアノの左手アルペジオと右手で弾く旋律がややロマンティック。パタパタと羽音を立てながら蝶が待っているようなトリルがよく使われている。ヒンデミットが多用するトリルに似ている感じ。
全体的にピアノ独奏が多くて目立っているが、時々、弦楽や管楽によるソロが入ったりする。

Ⅲ Allegro molto
短調のかなり勇壮な曲想で、冒頭はブラスによるファンファーレが耳に突き刺さるよう。
すぐにピアノが速いテンポでシャープな打鍵で、鍵盤上を目いっぱい使って動き回っている。
第1楽章にも増してピアニスティックで、打楽器的奏法が多用されている。ドラムがオスティナート的に低音を連打しているのが、とてもリズミカルで、疾走感も充分。
曲想が曲想だけに、ドラムと管楽がとても目立っている。時々休憩するように挿入される静かな緩徐部は別として、ピアノがメインの旋律を弾くというよりも、同じ主題をピアノとオケで受け渡していき、ピアノがオケの背後でリズムセクションのように伴奏しているので、ピアノはオケパートの一つのように聴こえる。
第1楽章と第3楽章は緊迫感と勢いがあるので、これをライブで聴くとかなり高揚感を感じるに違いない。批評家も絶賛したというのも、なぜか納得してしまった。

リーバーマンのピアノ協奏曲第2番は、このバーバーのピアノ協奏曲とちょっと曲想や構成が似ているので、並べて評されたのも良くわかる。
《弦楽のためのアダージョ》を書いた同じ作曲家とは思えないような作風なのは、ピアノ協奏曲がかなり後年の作品なので作風も変遷していったため。
《弦楽のためのアダージョ》と同じ頃に書かれた最初の協奏曲であるヴァイオリン協奏曲は、とってもロマンティックで聴きやすい。現代のヴァイオリン協奏曲の中では、よく演奏されている曲らしい。
スリリングでインパクトの強いピアノ協奏曲も同じくらい(かそれ以上)に面白いと思うのに、あまり演奏も録音も見かけない。やはりとっつきにくいところのある曲想と、技巧的に難度が高いせいだろうか。

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ブリテン/セレナード~テノール、ホルンと弦楽のための
ブリテンが錚々たるイギリスの詩人たちのテキストをもとに作曲した歌曲集『セレナード~テノール、ホルンと弦楽のための Op.31』。
『イリュミナシオン』が毒気のあるランボーの詩を使っていたのに比べれば、この『セレナード』を聴くと至極まともなロマン派的な歌曲に聴こえる。

ブックレットに載っているボストリッジの解説を読むと、ブリテンは、100年以上早く生まれていたら、ロマンティックな音楽を書いていただろうと言っていた。
ブリテン自身はこの『セレナード』について”重要な作品ではないが、とても楽しいもの”と素っ気ないが、元々ロマン派音楽に対する親近感はあったらしい。

この歌曲集は卓抜した技巧をもつホルン奏者のデニス・ブレインのために書かれた曲で、各曲のホルンパートは雰囲気や性格が異なっていて、バラエティ豊か。このホルンという楽器は、ロマン派の作曲家にとってイメージを喚起する楽器らしい。
詩がそれぞれ異なるテーマと雰囲気を持っていて、ブリテンがつけた曲もそれに合わせて走馬燈のようにイメージが次々と変わり、死の重荷とともに、ホルンによって森のごとき深さと形容しがたい憧憬を想起させる。

ボストリッジの解説はとてもわかりやすく、やはりCDを買ったのは正解。
ituneでダウンロードしたコンテンツにはブックレットもついていないし、オンラインでも読めない。(米国サイトだとデジタルブックレットが付いているアルバムもある。)

ブリテン:歌曲集ブリテン:歌曲集
(2005/11/09)
ボストリッジ ラトル&BPOボストリッジ(イアン)

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伴奏は小沢征爾指揮のベルリン・フィル。カップリングは、メインの『イリュミナシオン』と『夜想曲~テノール、7つのオブリガート楽器と弦楽のための』。
『セレナード』の日本語訳詩を探してみると、<梅丘歌曲会館「詩と音楽」>のブリテンのページのところに載っている。
 
Ⅰ プロローグ(Prologu)
ホルンのソロのみ。ゆったりと演奏されるホルンの低くて深い響きが綺麗。

Ⅱ パストラ-ル(牧歌) Pastoral 詩:チャールズ・コットン
詩はイギリスの田園風景の夕暮れを歌った美しくのどかな詩。
弦楽の伴奏にのって、ホルンのソロとテナーの歌声がとてもよく映える曲。
ホルンのゆったりとした深い響きが詩のイメージによく似合うし、ボストリッジの明るい色調で伸びやかな歌声にはとても開放感があって爽やか。
ところどころ翳りを感じさせる不協和的な音が入ってくる。最後は黄昏のように、消え入るように静かに終えている。

Ⅲ 夜想曲 Nocturne 詩:アルフレッド・テニスン
「牧歌」とは違って、テニスンの詩は同じ言葉を何度も繰り返し、自然に対する人間の感情が強く表現しているように思える。
3節に分かれていて、各節の前半は静かな曲想だが、後半の”Blow,bugle,blow,set the wild echoes flying””Bugle,blow ; answer,echoes”というようなフレーズにくると、ホルンが高らかになり、”dying,dying,dying”でホルンが静かに消えていく。

Ⅳ 悲歌 Elegy 詩:ウィリアム・ブレイク
ブレイクの詩は象徴的なところがあって、わかりにくい。ブレイクといえば、大江健三郎がよく引用していた記憶がある。 弦楽の悲痛な響きを背景に、ホルンが重苦しく物憂げ。

Ⅴ 挽歌 Dirge 詩:作者不明(15世紀)
「Dirge」は日本仏教でいうところのお通夜。
静かな曲を予想したけれど、歌詞はキリスト教の天国(地獄?)への道のりを描写したようなオドロオドロしさがある。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の暗い世界を連想してしまった。
曲も、詩に合わせて、静かどころかとても劇的でいかつい。

Ⅵ 賛歌 Hymn 詩:ベン・ジョンソン
一転して、明るく躍動感と開放感のある曲。シンシアは月の女神。夜空を支配し輝かせる月を賛美した美しい詩。ホルンが速いテンポなのにとても軽やか。

Ⅶ ソネット Sonnet 詩:ジョン・キーツ
夜を照らす月への賛歌の次は、昼間の疲れと苦悩を癒す眠りへの賛歌。ボストリッジは、この詩の言葉は、”Innocence”から”Sin”へ遡っていきながら、この歌曲を一つのミクロコスモスのように総括しているという。
静かな夜想曲風の叙情的な曲で、ホルンは入っていない。

Ⅷ エピローグ
ホルンのソロのみ。歌曲集を封印するプロローグとエピローグでは、プロローグはホルンが近くから聴こえてくるが、エピローグはかなり遠くからかすかに聴こえてくる。
ボストリッジは、単純さと自然の秩序が失われた世界を思い出させるような自然なハーモニクスで演奏されると書いている。

元から詩というジャンル自体にさほど興味がない上に、キリスト教世界の死生観が背景に埋め込まれているような詩が多いので、どうもピンとこないところがあって、詩に対する共感はあまり感じない。
ホルンのソロとボストリッジの歌声を聴くだけでも、十分満足。曲にはブリテン独特の翳りと不安定さを感じさせる和声が流れていて、ブリテンの場合は、歌曲はピアノ伴奏より管弦楽伴奏の方が聴く楽しみが多い。

tag : ブリテン

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ヒンデミット/室内音楽第2番(ピアノ協奏曲)
ヒンデミットは、歴史的に有名な「ヒンデミット事件」で良く知られているわりには、聴いている人がまわりにはほとんどいない。
そういえば、有名曲を除いて、コンサートではあまり演奏されていないように思えるし、録音は結構多いとはいえ、有名な《画家マティス》や《白鳥を焼く男》などの管弦楽作品、ヴィオラや管楽器を使った室内楽が中心かなという気がする。

ピアノ関係では、やはりグールドが録音した《ピアノ・ソナタ》(第1~3番)で知られたのではないかと思えるほど、ピアノ・ソナタは有名。私もヒンデミットの初体験はグールドの演奏だったので、良く覚えている。
ヒンデミットはヴァイオリニストだけれど、音楽院時代には、ピアノやクラリネットなども学び、とても器用な人だったらしい。
そのおかげで、彼の作品で主役になっている楽器は、ヴィオラ、ヴァイオリン、木管・金管、ピアノで、作品数も多くて、室内楽ではレパートリーの拡大に役立っているに違いない。

ヒンデミットの作風はかなり好きなので、いろいろ解説を調べてみると、なぜ波長が合うのか良くわかる。
ヒンデミットは現代音楽の範疇には分類されているけれど、無調へ向かうことはなく、和声の美しさと職人的な緻密な構成を感じさせるし、初期はブラームスの影響が残り、後年はネオ・バロックや新古典主義指向なので、かなり聴きやすい音楽ではある。
後年は、新古典主義時代のストラヴィンスキーを硬派にして堅牢な構造で覆ったような雰囲気がある。曲によっては、和声の響きがアルバン・ベルクの濃厚な情念をすっかり消し去ったような感じがする。
旋律に歌謡性はあまりないので、そういうものを求める人にはつかみどころがない音楽に聴こえるはずだけれど、ヒンデミット独特の和声に慣れるとこれがとても美しい。構成的にも緊密で、ピアノ曲を聴いていると対位法が使われているのがよくわかって、地味ながらも聴けば聴くほど味のある曲が多い。
時代が無調音楽へ向かっていっても、ヒンデミットはそれに与せず、音楽に再び秩序と客観性を求めた作風で、調性的な安定感はあるが、ロマン主義的な感情移入を受けつけないようなところがある。

グールドのCDを聴き直していると、ヒンデミットのピアノ・ソナタも出てきたので、ピアノを使った他の曲もついでにいろいろ聴いてみると、これはかなり面白い。

ピアノ協奏曲なら、《ピアノ協奏曲》(1945年)、《室内音楽第2番(ピアノ協奏曲) Op. 36 No. 1》(1924年)、《主題と変奏~四気質》(1940年)、ピアノ、金管と2台のハープのための協奏音楽op.49 (1930年)
ピアノ独奏曲は結構いろいろ書いているが、特に有名なのが、《ルードゥス・トナリス(対位法、調性およびピアノ奏法の練習)》(1942年)、《組曲「1922年」》Op.26(1922年)、《ピアノ・ソナタ第1~第3番》(1936年)
室内楽は、ピアノ伴奏が入った曲をたくさん書いているので(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、クラリネット、etc.)、当分聴く曲に困ることはないに違いない。

ピアノ協奏曲3曲の中で、もっとも明るく躍動的なのが《室内音楽第2番(ピアノ協奏曲) Op. 36 No. 1》(1924年)。
ヒンデミットは《室内音楽》全7曲を1921年から1927年にかけて7曲書いている。
第1番は12の独奏楽器のための室内楽曲(ピアノも入った合奏協奏曲風)、それ以外は協奏曲形式で、ピアノ(第2番)、チェロ(第3番)、ヴァイオリン(第4番)、ヴィオラ(第5番)、ヴィオラ・ダモーレ(第6番)、オルガン(第7番)。

こういう連作形式の曲集なら、ラーシュ=エリク・ラーション(1908-1986)も書いていて、こちらは《12のコンチェルティーノ Op.45 ~ フルート・オーボエ・クラリネット・ファゴット・ホルン・トランペット・トロンボーン・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・コントラバス・ピアノのための)。各曲とも規模が小さく楽章も分れていないバロック・古典風のコンチェルティーノ(小協奏曲)。

室内音楽第2番とピアノ協奏曲という珍しいカップリングのアルバム。ヒンデミットのピアノ協奏曲の録音は少ないので、こうやってまとまって聴けるのは嬉しい。
これに《主題と変奏<四気質>》も加わっていれば申し分なしというところだろうか。でも、《主題と変奏》はムストネンのとても冴えたピアノによる録音があるのでそちらで充分かも。

Hindemith: Kammermusik No. 2, Op. 36/1; Viola Concerto, Op. 48; Piano ConcertoHindemith: Kammermusik No. 2, Op. 36/1; Viola Concerto, Op. 48; Piano Concerto
(2004/01/13)
Lee Luvisi (piano), Jorge Mester(conductor), Louisville Orchestra

i試聴する(米国amazon)


《室内音楽第2番(ピアノ協奏曲) Op. 36 No. 1》(1924年)

7曲からなる《室内音楽》は、ヒンデミットのネオバロック・古典主義を指向する時代の代表作。
第2番のピアノパートの動きを聴いていると、『主題と変奏<四気質>』に似ているところがいろいろある。

第1楽章 Sehr lebhafte Achtel - Molto vivace
プロコフィエフか新古典主義時代のストラヴィンスキーのような諧謔なカノン風の細かいパッセージをピアノが延々と引き続け、この音型がいろいろ変形されて、ピアノの後をオケが追っかけたり、掛け合っていく。ピアノパートはかなり速いテンポで細かいパッセージを弾き続けるというとてもピアニスティックな書き方。
可笑しげな雰囲気はするが、感情的なものが感じ取れず、音の動きをメカニカルに表現した即物的といえば即物的な旋律。
この落ち着きのない騒々しい雰囲気は、戦前のトーキー映画で、クラシックカー(当時は普通の自動車)や馬車と人間がストリートをセカセカと行き交っているような感じがする。

第2楽章 Sehr langsame Achtel - Molto moderato
ここはシリアスなトーンの緩徐楽章。弦楽のネットリとした旋律と、ビヨヨ~という不安げな管楽器の音色が鬱々と暗い。そこに、ピアノが少し艶っぽさのある響きでトリルの混じった旋律を弾き始めて、憂鬱そうに思索にをふけっているような感じ。
ヒンデミットは不可思議な雰囲気を出すときに良くピアノのトリルを使うが、ここもトリルが効果的。
旋律自体や和声の響きはとても美しく、叙情感というものはあっても、感情的なものとは切り離されている。ピアノの響きは硬質でとてもクール。
終盤近くになると、突然オケが下降調の脱力してしまうフレーズを弾いて、トリルを弾くピアノが入ってくる。その後はかなり気分が晴れたように、明るめでリズム感のよい旋律に変わるが、それも長続きせず、またピアノが元のシリアスな憂鬱そうな雰囲気の旋律に戻って行く。この展開はちょっと躁鬱的な感じがする。

第3楽章 Kleines Potpourri - Sehr lebhafte Viertel
第1楽章のようにテンポが速く、軽妙な雰囲気で、ピアノが忙しげに細かいパッセージを弾いている。まるで小さなネズミたちがそこら中を走りまわっているようで、ちょっと可愛らしい雰囲気。
管楽の吹いている旋律も、どこか間の抜けたようなところがあってユーモラス。

第4楽章 Finale - Schnelle Vierte
この楽章はネオバロック風のフーガ。明るいスケルツォのように、トランペットがファンファーレ的な旋律を吹いて始まり、すぐにピアノの華やかなアルペジオが続く。
ピアノは4/4拍子、同じ音型の旋律を繰り返すオケは3/8拍子(と解説に書かれている)。
ピアノパートは、ヒンデミットらしいトリルや同じ音型のオスティナートがふんだんに使われたフーガ。

tag : ヒンデミット

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シュニトケ/ピアノ・ソナタ第1番
シュニトケが書いたピアノ独奏曲は、ピアノ・ソナタ第1番~第3番、即興曲とフーガ、5つのアフォリズム、ピアノ小品集など限られてはいるが、現代音楽の作曲家としては、それでも多いかもしれない。
わりと聴きやすいピアノ協奏曲に比べて、独奏曲の方は冷え冷えとした音楽に聴こえてどうにも馴染めないと思っていたら、無機的だと思っていたシェーンベルクのピアノ小品をピーター・ヒルが弾くと、叙情流れる美しい曲に聴こえる。
シュニトケの場合も、ピアニストの問題ではなかろうかと思い直して、いろいろ録音を探してみた。

シュニトケのピアノ作品の録音は多くはないが、ピアニストによって弾き方がかなり違うのと、曲自体がそもそもとっつきにくいところがあるので、どれが良いのか聴き分けるのに苦労する。
HMVやamazonでは、現代音楽のCDレビューが極めて少ないので、結局、米国とカナダのamazonのレビューをチェックして、予備知識をインプット。海外のamazonのレビュは字数制限が緩いらしく、かなりマニアな人たちが詳細なコメントを書いていて、これが結構参考になる。

ピアノ・ソナタから順番に聴いていくことにして、まずはピアノ・ソナタ第1番(1987-1988)。
シュニトケの室内楽曲に比べると、このピアノ・ソナタは旋律の叙情性がかなり強く、不協和的な和声の響きも歪みが少ない。
全体的に低音部が重苦しく響いている部分が多い。これ以前に書かれた室内楽曲や管弦楽曲には諧謔さやシニカルなトーンが織り交ざっていたが、このピアノ・ソナタにはそういう雰囲気は希薄で、全体的に暗い翳がさしている感じがする。
脳血管発作を繰り返していたシュニトケの健康状態の不安定さが影響しているんだろうかと思えてくる。

第1楽章 Andate
教会ソナタのような”緩-急-緩-急”の4楽章構成。
静かに単音の旋律で始まるが、すぐに高音部で同音連打を音を変えながら繰り返していく。何かが始まろうとする合図の鐘の音のようなプロローグ。
この同音連打が終ってから、低音部のボーンと同音のオスティナートをバックに、高音部が旋律を弾いている。これが終ると、両手で和音による旋律を弾き始めるが、柔らかく静かな響きが厳粛で美しい。最後は右手の高音部による単音の旋律に変わって、消えるように終っていく。

第2楽章 Allegro
冒頭主題が短いモチーフが印象的。初めは静かで内省的なトーン。
クレッシェンドしながら、その主題が次々と展開されて、旋律が訴えかけるように響きを帯びて、感情的に高揚していくような感じ。
右手の叙情的な旋律と左手低音部の厳しいゴーンとなる和音がぶつかり合い、不協和的なつぶれたような音が大分混じってきているが、それでも、全体的に和声は美しく力強い叙情感がある。
この楽章だけ聴くだけでも良いくらいに、印象的な曲。

第3楽章 Largo
ここは心の奥底に沈潜していくような密やかな雰囲気。前半は両手とも単音主体の旋律で、響きが重なりあって、とても神秘的な感じがする。
中間部でクレッシェンドして和声の厚みが増して(特に低音部)、後半は低音の重苦しい響きの和音がゆっくりと鳴っている。最後は高音部から中間部の和音の静かな旋律変わり、これがクレッシェンドして激しくフォルテで連打して終る。

第4楽章 Allegretto scherzando - Allegro - Largo - Allegretto
最初はシェーンベルクのピアノ曲のように、音があちこち飛び回っている。次は和音がかなり多くなり、Allegroでは時々第2楽章のモチーフが現れる。
和声的には美しいが、第2楽章ほどには旋律がメロディアスではなく、もやもやとした沈鬱な何かが渦巻いているような、つかみどころがない感じはする。
Largo~allegrettoは第3楽章の回想風。低音のぼんやりしたゴーンという響きを背景に、高音部は息が擦れかけたような旋律が弱々しい。



                                 

ボリス・ベルマン(CHANDOS)
シュニトケのピアノ作品の古典的な録音は、おそらくボリス・ベルマン(ラザールの方ではなく)。
極めて知的でクール。ポリーニのシェーンベルクほどドライではなく、冷たい硬質な響きが美しいとはいえ、ベルマンのアルバムを聴き通すのにはかなりの忍耐力がいる。
ベルマンの演奏で聴くと、叙情性が希薄な理知的でドライなシュニトケになってしまう。こういうタッチの演奏が好みなら、ファースト・チョイス。

CHANDOS盤のアルバムには、第2番・第3番のピアノ・ソナタと小品集がいくつか収録されていて、選曲はユニーク。
小品集もピアノ・ソナタと同様、冷たく冴えたシャープな演奏で、長く聴いていると疲れるものがあるが、《6つの小品》だけは曲想が可愛らしくてまだしも聴きやすい。

Schnittke: Piano MusicSchnittke: Piano Music
(1998/11/17)
Boris Berman

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ピアノ・ソナタ第1番が収録されているアルバム。
Schnittke: Piano Sonata; Stravinsky: Piano Sonata; Serenade in A; Piano-Rag-MusicSchnittke: Piano Sonata; Stravinsky: Piano Sonata; Serenade in A; Piano-Rag-Music
(1992/10/28)
Boris Berman

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ラグナ・シルマー(Berlin Classics)
ベルマンと違って、ラグナ・シルマーは丸みある音と柔らかいタッチで(やや訥々とした感じがする)、叙情感を強くだしたシュニトケ。バッハのゴルトベルク変奏曲の録音もあるが、これも似たようなタッチ。
わりとテヌート気味のタッチで抑揚をつけて旋律弾くので、情感が強くでて聴きやすくはあるが、ところどころもたっとしたところがある。
CD評を探してみたら、米国amazonにとても詳しいリスナーのレビューがあった。
シュニトケのピアノ作品の録音についていくつかレビューを書いている人で、これがなかなか的確。
それによると、テンポ・リズムが一貫せず、楽章の中でテンポが恣意的に揺れ、シュニトケの楽譜上の指示とは違うテンポ設定になっている。リズムもアバウトで、音もところどころ間違っている(らしい。私には識別不能)。
テンポについては、いろいろ聴き比べていると、テンポがかなり違うところがあって、Allegroなのに途中からスローダウンしてトロ~ンと弾くので、弛緩したような感じになる。
テクニカルな切れが凄いわけではなく、色彩感と強弱のコントラストがやや弱いので、平板に聴こえる部分もあり、造形力も強くはないので曲の構造がわかりにくい感じはする。
録音自体は暖かみのあるクリアな音がとても美しくて、とても好みのタイプの音。響きも適度な残響で濁りもなく綺麗で、いろいろ問題はあるとはいえ、初めて聴くのであれば、雰囲気的には聴きやすいし、美しい叙情が流れるシュニトケが聴けるのはとても貴重。

Alfred Schnittke: Piano Sonatas Nos. 1-3Alfred Schnittke: Piano Sonatas Nos. 1-3
(2006/02/28)
Ragna Schirmer

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イーゴリ・チェトゥーエフ(CARO MITIS)
イーゴリ・チェトゥーエフはウクライナ出身の若手ピアニスト。
ピアニスティックな鮮やかさ・音響面の美しさが際立っているので、聴覚的にはとても聴きやすい方。
シルナーやポノマレワのような情感は乏しいが、響きの美しさがそれをカバーして、ベルマンほどのドライな感じはしない。
音色・響きが多彩でとてもカラフル。テクニカルな切れは良いので、音もクリアで鋭く、ペダリングが巧く、残響が多いわりには濁りは少ない。明瞭なフレージングと極端と思えるほどに強い強弱のコントラストで、構造的にわかりやすく明晰。
特にフォルテの強さとシャープさが目立っている。ところによっては、ガンガンとうるさくて強すぎる気がするし、和音が重なると旋律がかき消されそうになる。
こういう方向性の演奏は、初めて聴くと音自体は新鮮だけれど、繰り返して聴くとあまり面白くなく思えてきた。

レーベルはCARO MITIS。ロシア初のハイブリッドSACDレーベルで、全てマルチチャンネルのハイブリッドSACDで出しているらしい。
ピアノ・ソナタ全3曲に加えて、”即興曲とフーガ”も入っている。CD1枚でこれだけ聴ければ充分。
ピアノはベルマンも弾いていたファツィオーリを使っている。

Alfred Schnittke: Complete Piano Sonatas [Hybrid SACD]Alfred Schnittke: Complete Piano Sonatas [Hybrid SACD]
(2005/01/01)
Igor Tchetuev (Piano)

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ポノマレワ(MV Productions)
ロシア出身で今はカナダに住んでいるスヴェトラーナ・ポノマレワ(Svetlana Ponomarëva)の録音は、たまたまシルマーのCDレビュのなかで誉められていたもの。
ポノマレワのCDはカナダのamazonでしか取り扱っていないので、日本や米国では見かけなかった。
ポノマレワのホームページで、ピアノ・ソナタ第1番の第2楽章、第3番の第2楽章が全曲試聴できる。

ポノマレワのシュニトケは、叙情性は強いが、シルマーよりもずっと自然な感じに聴こえるところが良い。
残響は短めなわりに色彩感があって綺麗な響きで、和音が重なるところでも音が濁らずに音はクリアに聴こえる。
テンポもほどよく、強弱のコントラストも明確で、タッチやフレージングも明瞭。わりと骨格がしっかりと浮き出るので、曲のつくりがわかりやすい。
ベルマンやチェトゥーエフには、シュニトケの尖ったところが強く出ていたが、ポノマレワはそういう尖りが少なく、親密感が強い。英文のレビューでは”Organic”(有機的、自然な)という言葉が使われていたが、その通り。
今はこの2つの楽章だけを聴いたのみ。チェトゥーエフのようなピアニスティックな煌びやかさはないが、表現やタッチが丁寧で音楽の流れに自然な滑らかさがあるので、何度も聴いても飽きないところがある。
第1番の第2楽章を聴いた感じでは、ポノマレワの演奏がテクニカルに安定し、叙情表現も無理なく自然でバランスがとれていて、一番好みに合っていた。

収録曲は、ピアノ・ソナタ第1番、《Little Piano Pieces》(全曲の世界初録音。抜粋したものはベルマンが録音済み)、ピアノと弦楽のための協奏曲(1979)。
コンチェルトは、録音状態がすこぶる悪いモノラルのライブ録音らしい。このコンサートのライブ映像は、Youtubeに登録されている(3映像に分割)。

Svetlana Ponomareva plays Schnittke Svetlana Ponomarëva plays Schnittke
(Jan 1 2006)
Svetlana Ponomareva

試聴する(Ponomarëvaのホームページ)

tag : シュニトケ ベルマン シルマー

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ピーター・ヒル ~ シェーンベルク/ピアノ曲集
シェーンベルクやウェーベルンのピアノ小品は、お世辞にも聴きやすい曲ではないとは思うけれど、これがピアニストが変われば、難解で無機質的な音楽ではなく、現代的な乾いた叙情性のある音楽にすっかり変わってしまう。

ポリーニが1970年代に録音したDG盤のシェーンベルクを聴いて、これは無機的で殺伐とした音楽とした思えなかったが、これは一番最初にポリーニの演奏で聴いたのがそもそもの間違い。
もともと叙情表現がかなり淡白な方なので、一応表情というものはついてはいても、ゴツゴツとした岩のように無機的な音の連鎖のように聴こえてくる。こういう一切の情感をそげ落としたような演奏がその頃の潮流にマッチしていたようには思える。
前衛の時代が色褪せた今となっては、シェーンベルクの解釈も多様化し、ポリーニの演奏も一つの解釈にしか過ぎなくなったし、インパクトがかなり薄れたような気はする。

シェーンベルクの演奏で冴えていたと思えたのは、内田光子とピーター・ヒル。
内田光子のシェーンベルクは、情念と無機質性とが化学反応を起こしたようで、とても饒舌。油絵のようなベタっとした色彩感で、濃厚な情念が漂っている。
とても聴きやすいとは思うけれど、もとからこの人のピアノは全く好きではないので、もっと違ったタイプの演奏を探していたら、ぴったりとイメージに合ったのが、ピーター・ヒルの録音。
ヒルの演奏は水彩画のような澄んだ色彩感があり、しっとりとした叙情性がとても美しく、知的で洗練された感じのシェーンベルク。
初期~晩年のピアノ小品がまとめられているが、リズム、強弱、音色に響きのバリエーションを織り交ぜた叙情性漂う表情がとても美しい。こんなに何の抵抗もなく聴けるシェーンベルクというのはとても珍しい。

Schoenberg, Berg, Webern: Piano MusicSchoenberg, Berg, Webern: Piano Music
(1999/08/31)
Peter Hill (piano)

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このCDのユーザーレビューは米国amazonがかなり詳しい。英語OKの人は読んでみると結構面白い。(日本ではHMVにもamazonにもほとんどコメントがないので)


カップリングされているベルクの《ピアノ・ソナタ Op.8》は、グールドが弾くシャープで冷たい叙情感のあるベルクのピアノ・ソナタと比べると、響きが柔らかくてベルク特有の息苦しいような濃密な情感がずっと濃い。
響きが綺麗でゆっくりと弾く弱音が特に美しい。ところどころ細かいパッセージを急き込むように速く弾いているところが、ちょっと慌しい感じがするのが少し気になるけど。
ウェーベルンは、アンデルジェフスキの録音と一緒にまとめて書こうと思っているので、今回はパス。


シェーンベルクのピアノ独奏曲のうち、Op.11とOp.19は十二音技法を確立する前の時代の作品。
十二音技法時代の曲はOp.23とOp.25。十二音技法を確立した後も、いつもそのシステムのなかで作曲していたわけではなく、新古典主義的な作品もあったりする。
作曲に詳しい人なら、技法的な特徴がいろいろ良くわかって面白いのだろうけれど、そういう専門的なことを知らなくても、時系列で順番に聴いていくと、作風の違いがかなり感じ取れる。

ヒルの弾くシェーンベルクは、響きが綺麗で叙情性の強い、とても美しいシェーンベルク。
ベルクとウェーベルクよりも、シェーンベルクの演奏が冴えている(と思う)。ベルクならグールド、ウェーベルンならアンデルジェフスキで聴いてみると違いが良くわかる。
ヒルの音質は色彩感のあるしっとりとした情感を帯びた音で、響きがとても綺麗なので、和声や旋律の美しさがよくわかる。
今までは無機的な音の配列に感じていたピアノ小品が、どの曲も全く抵抗なく聴けるが、短い曲ながら、かなり集中して聴かないと、曲の途中で迷子になりそう。

《3つのピアノ小品 Op.11》(1909,1924)
ベルクのピアノ・ソナタにやや雰囲気が似ているところがあって、音の配列にもまだ旋律的な流れが残り、和声も美しく、情感めいたものが漂っている。
第1曲Massig:とても密やかで内省的な雰囲気の旋律。圧縮されたピアノ・ソナタ的な様式で、冒頭の3音のモチーフが絶えず旋律や和声のなかで変形していく(らしい。楽譜をみないと、聴いただけではよくわからない)。
第2曲Massig:左手が単音2音をリピートして、音を変えながら通奏低音のように鳴っては、止まり、それを何度も繰り返しているのが耳につく。雰囲気的には第1曲と似ているが、こちらは心の揺れを感じさせるような能動性があって、不安感を感じさせる。
第3曲Bewegt:伝統的な語法や構造を突き抜けたようなダイナミックでいろんな感情が葛藤を起こしているような激しさ。解説によると、色彩・リズム・様式が絶えず変形していくところが、カンディンスキーの絵のようなイメージらしい。たしかに、カンディスキーの絵を音で表現しようとしたら、こういう感じになるかも。


《6つのピアノ小品 Op.19》(1911)[ピティナの楽曲解説]
《3つのピアノ小品》よりも音が少なくなり、いずれも短く無駄のないシンプルな旋律。各曲のモチーフは独立していて、それぞれの曲の特徴づけとなっているの音型とデュナーミク。
昔聴いたときは無機的な音がランダムに配列されているようにしか聴こえなかったが、ヒルのピアノで聴くと旋律にこもった情感やリズムの面白さがわかる。
第1曲Leicht, zartは叙情感が一番強くてメロディアスに聴こえる。
解説によれば、《Pierrot Lunaire》がカプリッチョのようにエコーし(ここは聴いても良くわからない)、小さな断片がちらついては溶解し、雄弁な旋律のなかに再現されて、最後は沈黙のなかでフリーズする。
2曲目以降は、第1曲のメカニカルな音の動きとは反対に、メロディアスな旋律や和声が美しい。特に、第2曲Langsamはリズムが面白く、バルトークの《夜の音楽》のように、暗い森に潜む動物たちの息遣いが聴こえてくるような感じ。
第6曲のSehr langsamは、風のない夜の海のようなとても静寂な曲。この曲は、マーラーの葬儀に参列した後に書かれたもので、囁くような弱音の和音が静けさのなかに消えていくというパターンを繰り返すのみ。


《5つのピアノ曲 Op.23》(1920-23)
十二音技法時代に書かれた曲。前作と違って、5曲の間のバランスと流れがよく、曲集としてまとまりがでているせいか、短いながらも中身がぎっしり詰まり、極度に凝縮された小さなソナタでも聴いている気分。
それぞれ短い曲だが、3分以上聴いていると結構長く感じるくらいに密度は濃い。
第1曲は三部構成のインベンション風。Sehr langsamなので、冒頭は静かにでしっとり叙情感のある旋律で始まるが、徐々にクレッシェンドして音が動き回るようになるところが、意外と可愛らしく響く。
第2曲のSehr raschになると、音があちこち飛び跳ねて、スタッカートとフォルテの響きが強くて、旋律自体もちょっといかめしく感じる。
第3曲は、langsamにしてはかなり動きの多い旋律で、いろんなパターンの水滴が飛び跳ねているような感じ。冒頭の5音からなるモチーフが、全体に埋め込まれている(らしい。これも聴いただけではわからない)。
第4曲はSchwungvoll(生き生きとした、エネルギッシュな)にしては、初めは少し大人しい感じがするが、徐々に動きが激しくエネルギッシュな旋律に変わっていく。最後は沈静して、湖面の水面が消えていくようにとても静か。曲集全体の構成からみると、第2曲とのシンメトリーになっている(らしい)。
面白いのは最後の第5曲<Walzer>。十二音技法で書いたワルツは、知らずに聴いたら、ワルツの拍子(なんだろう、たぶん)とはわからなかったはず。他の曲とはリズムも音の並びも全然違っているところはすぐにわかって、踊るように軽やかに飛び跳ねている。 ちょっとミステリアスな感じもする不思議なワルツ。


《ピアノ組曲 Op.25》(1921-23)
バロックの組曲風のタイトルがついているが、ストラヴィンスキーの新古典主義的な作風だと期待してはいけない。
第1曲Praludiumは、速いテンポで音同士がぶつかり合うようなちょっと激しさのある前奏曲。
第2曲と第4曲のGavotteは、(現代音楽的な)陽気さがあって、ちょっとおどけたような感じ。Gavotteを十二音技法で書くと、こういう感じになるのかと納得。
第3曲Musetteは、軽やかな細かいパッセージがとても可愛らしい曲。(伝統的なバグパイプの”drone”を完全5度から増4度へと歪めたところがあるらしい)。
第5曲Intermezzoは、曲集中もっとも長い。これもバルトークの《夜の音楽》をちょっと連想してしまうような静けさと不可思議さを感じさせる旋律。密やかな雰囲気のなかに、躍動的な動きが急に現れてくる。
第6曲のMenuettの方は、音が軽やかで可愛らしいのはGavotteと似ているが、ずっとしとやか。第8曲のMenuetteはちょっと暗い雰囲気。
第7曲のTrioは、カノン風。飛び跳ねるようなリズムの旋律が交錯するのがとても面白い曲。
第9曲はGigueらしく、テンポが速く目まぐるしく旋律が展開していく曲。前奏曲やガヴォットと音の動き方が似ているようなところがあるが、やや崩れたようなリズムと音の長さの伸縮がずっと強くて、締めくくりらしい躍動感がある。


《ピアノ曲 Op. 33A》(1928-29)
都会的な新古典主義的な作風といわれ、今までのピアノ小品とはかなり違った響きがする。どことなくジャズの影響があるかのような和声とリズム。
とても表情豊かな曲で、ヒルの弾き方のせいかも知れないと初めは思ったが、ピアニストの解釈でそういう風に聴こえるというよりも、元々そういう音の配列になっている曲だと感じるものがある。
これは米国時代ではないかと思って作曲年を調べると、1928年だった。


《ピアノ曲 Op. 33B》(1931)
これも33Aと同じく、それまでの作品とはちょっと違っていて、ピアノがおしゃべりしているような旋律。ちょっと諧謔、時々饒舌、といった感じ。この曲も旋律自体がもとからそういう表情を持っているような曲。
冒頭はリリカルな旋律と、それを霍乱するような生き生きとした対旋律。まるでPas de deux(パ・ド・ドゥ/2人の踊り)のような旋律の絡み合いが面白い。
ピアノ協奏曲(1942年作曲)を連想したが、コンチェルトもかなり饒舌なところがあるので、作風がそれに大分近づいて来ているんだろうか。


シェーンベルクの曲は、初期の後期ロマン派時代の曲以外は、あまりとっつきがよろしくない。
ポリーニのようなドライなタッチの演奏を好むのでなければ、聴きやすいと思うのは、ピアノ独奏曲はこのピーター・ヒルか内田光子、ヒルが録音していないピアノ協奏曲は内田光子(&ブーレーズ指揮クリーヴランド管)あたりだと思います。


tag : シェーンベルク

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バルトーク/9つのピアノ小品
バルトークのピアノ小品集《9つのピアノ小品》は1926年の作品。
ピアノ協奏曲第1番、ピアノ・ソナタ、《戸外にて》という、バルトークの作曲技法のターニングポイントとなった一連の作品と同じ時期に作曲された曲集。
民俗音楽的な素材をもとにしてはいるが、バルトーク後期につながる技法(短2度の多用、対位法など)が使われている。

バルトーク作品集を録音しているヤンドーはなぜかこの曲を録音していないし、Hungarotonの全集は曲数は多いのは良いが、録音が古いせいかデッドな音質なので、今回は澄んだ響きがとても綺麗なトーザーのバルトーク作品集。やっぱり新しい録音で聴くと適度な残響で和声がとても美しく聴こえる。

Bartók: Piano MusicBartók: Piano Music
(1999/11/30)
Geoffrey Tozer (Piano)

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ピアノ・ソナタや《戸外にて》と比べて、書法は簡潔で平明な作風。
この曲集を聴くとすぐにショスタコーヴィチがバッハの平均律にならって作曲した『24の前奏曲とフーガ』を思い出した。
シンプルで透明感のある響きがする旋律に、不協和がかった和声でどこかしら曖昧模糊とした不可思議さを感じさせるところがあるのが似ているからに違いない。

冒頭は4曲構成の"4 Parbeszed(4つの対話)"。対位法を使っているので、声部同士が対話するように旋律が動き、声部は2声主体で時により3声に増える。
第1曲:柔らかな雰囲気のとても穏やかな対話。終盤は和音が入って声部が増えていく。
第2曲:ちょっとすれ違い気味のようなずれを感じる。
第3曲:不安感を帯びたゆったりとした静かな対話。
第4曲:この曲だけがallegro Vovaceと速いテンポで、ノンレガートで各声部が雄弁に主張しあうような対話。

第5曲「Menuetto メヌエット」
柔らかくな響きで調性をくずしたメヌエット風。徐々に和音が厚みを増していく。

第6曲「Dal 歌」
冒頭と終わりはテンポの速い軽快な歌、中間部はゆっくりと叙情的な歌。

第7曲「Marcia delle bestie 動物たちの行進」
変則的なリズムで、スフォルツァンドやスタッカートが多用されている。力強さはあるけれど、ちょっとユーモラスな雰囲気の旋律。

第8曲「Csorgo tanc チェルゲーの踊り」
タンバリンの奏法を模倣しているという。「動物たちの行進」に幾分雰囲気が似ている気がするのは、速いテンポの不規則的なリズム感と打楽器的に弾くピアノのせい。

第9曲の「Preludio-all'ungherese ハンガリー風前奏曲」
今まで使った技法がコンパクトに詰め込まれているかのように、この曲集の中で最も長く凝ったもの。最後はテンポを上げて、舞曲のように華やかに終る。

tag : バルトーク

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クラム/マクロコスモス第3巻 <夏の夜の音楽>
クラムの《マクロコスモス第3巻》は<夏の夜の音楽 Music For A Summer Evening>。
これは、ピアノ2台とパーカッション2台という珍しい構成。
クラムはバルトークの音楽を念頭において《マクロコスモス》を作曲したというから、バルトークの《2台のピアノと打楽器のためのソナタ》の楽器編成を参考にしたのかもしれない。

第3巻はパーカッションも加わっているので、第1巻&第2巻よりも音の種類が多くなって、とてもカラフル。それに5曲しかないので、曲想がそれぞれ違っているので、構成がわかりやすい。
特に、第5曲の<星の夜の音楽>は、この曲集のなかで旋律と響きが最も美しいので、他の曲が苦手だったとしても、この曲だけはすんなりと聴ける(と思う)。

Ⅰ Nocturnal Sounds (The Awakening)
バルトークのピアノ曲の《夜の音楽》にちょっと似ている曲。
真っ暗な(というイメージがする)森で、目には見えないけれど、いろんな生物たちが蠢いているようなピアノのフレーズ。虫の羽音みたいなシャラシャラという音はパーカッション。突如、驚いて鳥が飛び立ったようなランダムな音の配列のピアノの音。増幅されたピアノのアルペジオはかなり不気味に響く。
ピアノとパーカッションの音が他にもいろいろ変化していくので、人間の目にも見えず耳にも聞こえない森の中のなかで動きや音が聞こえてくるような感じがする。

Ⅱ Wanderer-Fantasie
第2巻の「”冠座”からの声」に似たヒュ~~ンという口笛のような音で始まる。光がほとんど届かない深海にでもいるような気がする。
冒頭は浮遊感というものを音であらわしたようなクネクネとした旋律。口笛を吹きながら上下左右のポルタメントをかけたような感じ。
続いては、ポツポツとしたピアノのゆっくりと静かな旋律で、とても不可思議な雰囲気。まるで冷たいガラスに囲まれた世界を歩いているような。最後はまたあの口笛のような音。

Ⅲ The Advent
これはとても厳めしくて、威圧的な曲。シンバルのようなゴーンという音は、映画とかで閻魔大王とか皇帝が登場するときに鳴らされるような音。
低音の増幅されたピアノのやや金属的な響きが主体だが、この響きの種類がかなり多い。だんだんピアノかパーカッションかどちらの音が良くわからなくなる。
ピアノの低音が通奏低音のように同じ音型を鳴らしているが、これがヒタヒタと何かが迫り来るような緊迫感を出している。
途中で曲想が変わって静かになっていくが、これも何かがひそかに様子をうかがっているような不気味さ。旋律らしきもものがなく、さまざまな効果音がランダムに現れてくるような曲。陰謀をたくらむ宮廷の貴族たちのシーンとか、そういう類の映画音楽のBGMに向いているような感じがする。

Ⅳ Myth
これは演奏者が、叫んだり、うめいたりするフレーズが入っている。ピアノとパーカッションは、音の隙間の多い断片的な旋律のパッチワーク。静寂さのなかで、突然フォルテで音が鳴るので、こういうところは不気味。ここも暗闇の森で何かが生まれ出てくるようなイメージ。

Ⅴ Music of the Starry Night
これが聴きたかった目的の曲。”Starry Night”なので、ミルキーウェイのように星々が輝く夜空のイメージ。
冒頭は幻想的ないろんな効果音のような音が、ピアノとフォルテで断片的に流れてくる。
やがて、コラール風の静謐な旋律が流れてくるが、エコーがかかったピアノとパーカッションの響きがとても綺麗。
突如、その静寂さを切り裂くように、フォルテでピアノが、まるでガラスが音を立てて割れるようなイメージのする旋律をぶつける。
このパターンが何回か繰り返される(フレーズは多少変わっているが)。

曲の半ばをすぎると、クレッシェンドしながら、ピアノが弾くコラール風の旋律に、ゴーンという鐘のような響きや、口笛のような音、パーカッションが連打する木質的な音とかが重なり、シンバルがガーンと鳴ったりと、かなり賑やかでカラフル。漆黒の夜空にいろんな星がキラキラと瞬いているようなイメージ。
やがて、ディミヌエンドしながら音が少なくなっていき、ピアノが規則正しく同じ旋律を繰り返しながら(ペルトの音楽みたい)、ヒュ~ンという口笛のような弱音も加わって、とても静寂な雰囲気。
最後は、ピアノが静かに弾く低音のボーンという響きで締めくくり。


『Crumb Edition (Complete)』シリーズのVol.4。第3巻《Music For A Summer Evening》を収録。
George Crumb: Zeitgeist / Makrokosmos IIIGeorge Crumb: Zeitgeist / Makrokosmos III
(2001/04/24)
Susan Grace (piano),Alice Rybak (piano),John Kinzie (percussion),David Colson (percussion)

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tag : クラム

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ムローヴァ&カニーノ ~ バッハ/ヴァイオリンソナタ集
バッハのヴァイオリンソナタをピアノ伴奏で録音したCDは、昔も今も相変わらず珍しい。
F.P.ツィンマーマン&パーチェの録音が、今のところ最新録音のはず。それ以外の録音で新しい方なのは、1992年録音のムローヴァ&カニーノのアルバム。

カニーノは1993年には、《ゴルトベルク変奏曲》を録音している。「Grate Pianist」(Document)のBOXセットに収録)
テクニカルに際立った鮮やかさはないけれど、明るく綺麗な音色と声部の引き分けが明瞭で、装飾音がとても表情豊か。明晰で瑞々しさのあるゴルトベルクで、人懐っこさを感じさせるところがとっても魅力的。

バッハのヴァイオリンソナタで、ムローヴァの伴奏をしているカニーノのピアノは、ツィンマーマンのピアノ伴奏をしているパーチェとは違った趣き。少し聴いただけでも、全く違うのが良くわかる。
ピアニストの個性は当然のことながら、ヴァイオリニストの演奏にそれぞれ合った(合わせた)弾き方なので、ピアノ伴奏者を入れ替えた演奏を頭のなかでイメージしてみると、ヴァイオリンの演奏のスタイルとピアノの伴奏とがずれてしまいそう。

Bach: Violin SonatasBach: Violin Sonatas
(1993/08/10)
Bruno Canino (Piano), Viktoria Mullova (Violin)

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このCDはすでに廃盤。ダウンロード販売もしていないようだった。
収録曲はバッハのヴァイオリンソナタの第1番(BWV1014)、第2番(BWV1015)、第6番(BWV1019)と、C.P.E.Bachのヴァイオリンソナタ(H.514,Wq.78)。C.P.E.Bachの曲は初めて聴くので、ちょっとだけ得したような気分。
このカニーノとムローヴァの写真、お互いソッポを向いているようなショットに見えてしまうのは気のせい? 昔のムローヴァは、かなり気難しい人だったらしいので、そのせいかも...。

いつもはツィンマーマンの芯が1本通ってきりっと引き締まった演奏ばかり聴いているので、ムローヴァのバッハを聴くと、線が少し細くて優美で繊細でしなしな。
テンポがやや遅めで急速楽章では躍動感が薄い(第2番第4楽章や第6番第5楽章とか)し、緩徐楽章と急速楽章とのコントラストが弱いと思うけれど、その分しとやかではある。
好みとは違うけれど、これはこれで悪いというわけではないし、そもそもヴァイオリンを聴くのが目的で手に入れたディスクではないので、カニーノのピアノがとても良いだけで充分満足。

ムローヴァのヴァイオリンの弾き方に合わしているようで、カニーノのタッチは軽めで音量を抑えぎみ。柔らかく軽やかなタッチで、そよそよと風にそよぐように優しげ。これがとても良く似合っている。
残響がとても少ないので音がとてもクリア。艶やかなきらめきのある音色で、特に高音の響きは甘い感じでとても可愛らしい。
左手の旋律はかなり明瞭に弾いているので、テンポは遅いわりにリズム感は結構良い。
両手の旋律ともフレージングが工夫され、装飾音もいろいろ凝っていて(リピートの時は一層凝っている)、聴きなれたパーチェの伴奏とは全然違って聴こえるところが結構あったりする。
全体的にテンポはやや遅めなのでタッチも響きもとても綺麗だが、テンポが速くなると(第1番第1楽章や第6番第3楽章など)、ちょっと無造作な感じのタッチに聴こえる。
ゴルトベルクを聴いている時もそういう感じがしたし、もとからこういう弾き方なんでしょう。


第6番第3楽章は珍しいピアノ(チェンバロ)独奏だけの楽章。
この曲はこのところ毎日弾いているので、カニーノの演奏の面白さが細かなところまで良くわかる。
伴奏しているときとは違ってこのソロではかなり速いテンポで、タッチが軽やかで歯切れ良く、とてもリズミカル。
ゴルトベルクと同じように、とても明るさのある明晰で躍動的な弾き方。ヴァイオリンの伴奏ではかなり抑え気味のピアノを弾いていた反動かと思ってしまった。

カニーノの弾き方は、伴奏の時以上に、チェンバロで弾く時のように装飾音があれこれつき、リピート時はさらに凝っている。
カニーノはバッハ弾きといわれる人ではないだろうけれど、チェンバロも弾く人。いろいろ工夫することができるせいか、この懲りようはかなりのもの。でも自然に湧き出るように音楽が流れるので、不思議と作為性は全然感じない。
第3楽章のチェンバロ独奏をいくつか聴くと、装飾音が多彩なのはダントーネ(カニーノはダントーネと同じくらい凝っている)。ピノックやルセはそれほど装飾音をつけずに弾いている。

前半、後半とそれぞれリピートすることになっているが、カニーノは初回とは弾き方をいろいろ変えている。
リピートしたときは装飾音が初回よりもずっとたくさんついているし、フレージングを変えたり、レガート的に弾いたりと、とにかくいろいろ仕掛けがあって、これがとても面白い。
フレーズによっては、特に低音部や内声部を浮き上がらせているところがあり、いままで埋もれていたような旋律やリズムが明瞭に聴こえるところが新鮮。
かなり速いテンポで弾いているせいか、タッチがさばさばしていてもう少し丁寧に弾いてほしい気もしないではないけれど、4分ほどの短い曲でもコロコロと変わっていく表情には、とても愛嬌があって飽きない。

カップリングのC.P.E.Bachのヴァイオリンソナタも、父バッハのソナタに劣らずとても美しい曲。
父バッハと違い、4楽章ではなく、3楽章構成。
特に第2楽章のピアノ伴奏がとても印象的。バロックにしてはかなり自由に動き回る旋律で、バロックというより、モーツァルトのヴァイオリンソナタのピアノ伴奏をシンプルした曲を聴いている感じがする。

tag : カニーノ バッハ

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スーク&カッチェン ~ ブラームス/ヴァイオリンソナタ第3番
秋になると聴きたくなってくるのがブラームス。同じように感じる人が多いらしく、この季節になるとブラームスにまつわる記事をあちこちで見かけるようになる。
ブラームスやベートーヴェンの曲は、どんよりとした秋や冬のドイツに一番似合っているような気がするせいか、夏にはあまり聴く気が起こらず、秋から冬になると無性に聴きたくなる。逆にどんな季節でも聴けるのはバッハ。特に今年の夏はピアノで練習していた曲だったせいか、バッハの鍵盤楽器曲やヴァイオリンソナタを頻繁に聴いていた。

ブラームスのピアノコンチェルトとソロ曲は数えきれないくらい聴いているので、たまには室内楽を。
少し肌寒い秋の夜に聴くなら、ほの暗く秋めいた憂愁漂うヴァイオリンソナタの第3番。春や初夏だと、しっとりとした情感が優しげな第1番が良く似合っている。

ブラームスのヴァイオリンソナタ全集は、名盤といわれるシェリング&ルービンシュタインを昔は聴いていた。(たまたま名盤の廉価盤シリーズで見つけて、名盤なら間違いないだろうと思って買ったもの)
ルービンシュタインのピアノは元々好きでも嫌いでもなく全くこだわりがないので、スーク&カッチェンの録音を見つけてからはそれしか聴かなくなってしまった。

このアルバムは、カッチェンのブラームスのピアノ作品の全曲録音の一環として、室内楽曲を順に録音していった企画の最初の録音。
この後で、スーク&シュタルケルとピアノ三重奏曲全集とチェロソナタ第2番を録音していた。
さらに、ピアノ四重奏曲・五重奏曲、チェロソナタの再録などが予定されていたが、1969年にカッチェンが急逝したために、室内楽曲の全曲録音は未完のまま。
順調に行けば、チェロソナタやヴィオラソナタ、クラリネットソナタも録音して、ピアノ伴奏付きの室内楽曲全集が完成していたに違いない。
ヴァイオリニストにスークを選んだのは、DECCAのプロデューサーだったのか、カッチェン自身だったのかはわからないけれど、これ以上はないくらいに良い選択。
スークはこの5年ほど前に、パネンカのピアノ伴奏で第2番&第3番をチェコのSUPRAPHONに録音している。
スークはDECCAが専属契約しているヴァイオリニストではなく、(チェコが社会主義体制だったせいで)SUPRAPHONがメインだったが、EMI、ERATEなど外国のレーベルにも録音していた。

この録音は1967年、カッチェンが亡くなる2年くらい前の録音で、当時は41歳くらい。
スークとも年が近い。このブラームスは重厚な渋みがあるというよりは、ほの暗い情熱がなぜか清々しく、芯の通った若々しさを感じるものがある。白熱する激情的な演奏というわけではないので、そういうのが好きな人には物足りなく聴こえるかも。
カッチェンがブラームスのピアノ独奏曲を弾いているときの独特のコクあるピアノが、このヴァイオリンソナタの伴奏でもしっかり味わえる。
ピアノ作品全集を録音してから数年経っているので、さらに弱音に磨きがかかり表現の幅も広がり、このブラームスらしい音が詰まって入り組んだピアノ伴奏を聴いていると、まるでピアノソロを聴いているような気分。

Violin Sonatas: Decca LegendsViolin Sonatas: Decca Legends
(2001/02/06)
Josef Suk, Julius Katchen

試聴ファイル



ヴァイオリンソナタ第3番ニ短調Op.108 (1888年) [作品解説]

ブラームスは、ピアノ・ソナタもヴァイオリンソナタもなぜか3曲書いて終っている。両方とも3曲目は規模が前2曲よりも大きくなり、憂愁がより濃くなっている。
ピアノ・ソナタは5楽章、ヴァイオリンソナタは4楽章と、通常の形式よりも1楽章多い。
ピアノ・ソナタは20歳くらいの青年期、このヴァイオリンソナタは晩年の作品、感情的な表出度合いはピアノ・ソナタの方が疾風怒濤期特有のストレートさがある。
ヴァイオリンの方は全然詳しくないので、私が書いているのはもっぱらピアノ伴奏について。どちらかというと、ピアノ伴奏を聴くために、ヴァイオリンソナタを聴いているような気がする...。

第1楽章:Allegro
心の中がもやもやとして、思索を巡らしているような雰囲気がブラームスらしい楽章。
冒頭の主題は、少し速めのテンポで弾くヴァイオリンの芯のしっかりした響きと、ピアノの柔らかな響きが対照的。
カッチェンのピアノの音は、ピアノ・ソロを弾いているときと同じような、やや靄のかかったような丸みがあり、ほの暗さが漂っている。くすんだような柔らかな弱音(高音になると澄んだ響きが綺麗)と力感・量感のある切れの良いフォルテとのコントラストが良く効き、強弱の起伏も細かく、ブラームスらしい明暗の交錯するようなところは、いつもながら独特のコクがある。
ヴァイオリンに寄り添うようなやや控えめなピアノ伴奏だった第1番とはちょっと違って、ピアノがかなり前に出てきてはいるが、ちょうど拮抗したくらいのほど良いバランス。ヴァイオリンもピアノも芯が通ってきりっと引き締まり、ブラームスをベタベタと情緒的に弾かないというところは同じ。
第2主題になると叙情的な旋律が美しく、ピアノのアルペジオが良く映えている。

展開部は、ピアノの右手が伴奏の旋律を弾き、左手低音部で通奏低音のようにA音をずっとオスティナートし続けるのがとても印象的。
このオスティナートされる音の弾き方がピアニストによって微妙に違っていて、カッチェンはモコモコと靄のかかったような響きで引き続けている。心の中のわだかまりがなかなか晴れないような独特の雰囲気で、時どきフォルテで弾くところは、心の中の感情が急に溢れてしまったような。

第2楽章:Adagio
この楽章だけが長調で、ブラームスらしいとても和やかな雰囲気の緩徐楽章。他の楽章が全て短調で不安感や緊迫感のようなものがあるので、ここは束の間の安息のような趣き。
ここはごく普通のピアノ伴奏のパターン。ヴァイオリンがゆったり弾く穏やかな旋律を、重音・和音とアルペジオを弾くピアノの柔らかい響きで支えている。このメロディには、スークの深みのある品の良いヴァイオリンの音がよく映えている。

第3楽章:Un poco presto e con sentimento
3分足らずの一番短い第3楽章は、ピアノがスタッカートで弾く冒頭の主題が、どこかしらおっかなびっくりでためらいがちな気分。弱音で弾く軽やかなアルペジオも同じような雰囲気がする。
ピアノが主題を弾くところが結構多く、リズムや音型がいろいろ変わっていくので、伴奏のわりにはかなり目立っている。この楽章の主題の雰囲気は、ピアノで弾いた方がいろいろと表現しやすい感じがする。
ピアノが弾く重音はほとんどスタッカートがついているので、タッチは軽やか。アルペジオも多く、鍵盤上の上行下降を頻繁に繰り返している。この音の軽やかさと安定しない動きが、やや不安げで落ち着かない雰囲気を醸し出しているような感じ。

第4楽章:Presto agitato
Presto agitatなので、やたらガンガンとフォルテでうるさいタイプの演奏を時々見かける。特にピアノはフォルテの和音やアルペジオが多いので、つい力が入ってヴァイオリンをかき消しがち。
スーク&カッチェンの場合は、ほどよく抑制されたテンペラメントに品の良さがある。力感・量感のあるシャープなフォルテと、ややくぐもったような弱音の旋律の間を揺れ動き、緊迫感も充分。
ピアノの力強いフォルテも、ヴァイオリンに覆いかぶさるようなことはないほどよいバランス。
中間部は少し落ち着いた雰囲気の叙情的な旋律に変わっているが、ここも前半の雰囲気を引きずっているような暗さがあってそれほど長くは続かずに、すぐにもとの主題の再現部に移ってしまった。
第4楽章は、特にブラームスらしい厚みのある和声と感情の浮き沈みの激しい濃い陰翳があって、この楽章を聴くとやっぱりブラームスはいいなあといつも思ってしまう。

 ヴァイオリンソナタ第1番の記事

 ヴァイオリンソナタ第2番の記事

 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

tag : スーク カッチェン ブラームス

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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