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岡田暁生 『CD&DVD51で語る西洋音楽史』
『CD&DVD51で語る西洋音楽史』というタイトルどおり、各時代・作曲家を代表するようなCDとDVDを取り上げて、時代背景やクラシック音楽の歴史的な変遷、作曲家の本質的な特徴などを、わかりやすく解説。
著者の岡田暁生氏は音楽史の学者さんなので、極めて主観的で思い込みの激しい一部の音楽評論家とは違い、歴史的・社会的コンテキストを背景に作曲家や作品を解説してくれるので、歴史と社会学を勉強した私にはとても面白い。

彼は『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』、『ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史』、『音楽の聴き方』など、音楽史ものの著書があり、いずれも良書。
文章がわかりやすいし、内容的にも面白い。『ピアニストになりたい!』は結構笑える。
 『音楽の聴き方』、『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』の記事
 『ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史』

本書で取り上げられている51のCD&DVDには、持っているものや聴いたことがあるものが1/3くらい。古楽系が結構多いのが個人的にはあまり有難くないところ。
あくまでも個人的な趣味で、曲や演奏が面白かったもの、または、面白そうで聴いてみたいなあと思うメモしておくと...

グールド『Glenn Gould in Leningrad』
   第19話 バッハを脱構築する愉しみ?

グールドの《ゴルトベルク変奏曲》には2種類のスタジオ録音があるが、これはライブ録音の方。
抜粋版の上に、曲順まで変えているという珍しい演奏。入手しにくい録音らしいので、グールド好きの人向き。これは未聴(たぶん聴かない)。

アレクサンドル・タロー『ラモー《新クラヴサン曲集》』
   第20話 クラヴサンではなくフォルテピアノを――ロココのメランコリー

タローは、ラモーだけでなく、クープランも録音している。色彩感豊かな演奏は、まるでラヴェルやドビュッシーのように煌きがあって、音のタペストリーを聴いているような...。
あまりバロックは好きではないせいか、CDを聴き終わると曲をすっかり忘れている。曲を聴くというよりも、タローの演奏を聴いている気がする。とにかく、タローのピアノがとても素敵なので、バロックをピアノで弾くこと(聴くこと)に抵抗のない人なら、とってもお薦め。

マンゼー指揮/イングリッシュ・コンソート『C.P.E.Bach: Symphonies No1-4』
   第21話 バッハの息子はフリージャズ・ミュージシャン?

《Symphonies》と書いてあるけれど、これは《Sinfonias,Wq183》のNo.1~4のこと。
古典派とバロックの音楽語法上の変化は主に次の3点。「対位法の廃止」「通奏低音の廃止」「情感の複数化」。対位法はすでにバロック期に廃れつつあった手法で、バッハは例外的。
C.P.E.Bachのヴァイオリンソナタがわりと好みに合った曲だったので、交響曲の方はどうかと思って読んでみると、第1番は色とりどりの曲想が錯綜して、父バッハの構築性とは逆の、脱構築性の世界らしい。
これは面白そうと思って聴いてみると、いつも眠くなるバロックの管弦楽曲とは違って、ファンファーレやら弦がキーキーとけたたましく、調性もモチーフもコロコロと持続性なく変転し、飽きる前にブツブツと短いフレーズで完結していくので、無理なく聴けてしまう。これは結構面白かった。

ケンプ『Schubert : The Piano Sonatas』
   第26話 「ベートーヴェン・コンプレックス世代」としてのドイツ・ロマン派

著者によれば、ベートーヴェンの凄いところは「全てを言い切り、完成させる力」、その後継者たちは逆にそれができない。それが「ベートーヴェン・コンプレックス世代」。
完成させようとすると、こじんまりとまとまってしまったメンデルスゾーン、図式的になるブラームス、言い切ろうとして終われなくなるシューベルトとヴァーグナー。
ここではシューベルト。「言い切ろうとして終われなくなる」(このフレーズは笑える)というのは言いえて妙というべきか。
最後は《未完成》だったし、冗長なくらいに長大なソナタ、小品にしてはやたらに長い曲...。もとから相性が良くない作曲家と作品なので、好きなピアニストなら違うかもと思って、ケンプ、ルプー、アラウ、ゼルキン、etc.と少しずつ聴いてきたけれど、やっぱりシューベルトとは縁がないのが良くわかってしまった。結局、しつこく買い続けてきたシューベルトのCD(何十枚かはある)は、ラックの奥深くに埋もれている。

クライバー指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団『ブラームス《交響曲第四番》』
   第31話 音楽におけるドイツ・アカデミズム

ブラームスの交響曲で好きな順番は、4番→3番→1番→2番。4番ならチェリビダッケがマイベスト。クライバーはその対極のような演奏で、スポーティというか、あまり好きなタイプではない。
章末の追記を読むと、クライバーの晩年は幸福なものではなかったらしい。彼が死ぬ直前に乗っていた車のステレオからは、この第4番のクライバー自身の録音が見つかったという。
ブラームス最晩年の寂寥感に満ちた曲を最後に聴いていたというのが印象的。これを知ると、ちょっと聴き直してみたい気がしてきた。

グールド『シェーンベルク歌曲集』
   第37話 越境(1)――シェーンベルクと無調

シェーンベルクの和声がわけのわからない不協和的に聴こえるのは、演奏者の責任。グールドのようにシェーンベルクを理解している演奏者にかかると、とても美しい曲に聴こえるという。
この録音は持っているけど、聴いた記憶があまりないので、これも聴き直さないと。
シェーンベルクの演奏でわかりやすいのは、ピアノソロなら叙情美しいピーター・ヒル、ピアノ協奏曲ならカラフルな色彩感で饒舌な内田光子&ブーレーズ/クリーブランド管の演奏。確かに、演奏者が変われば、旋律も和声もメロディアスで美しく聴こえてくるから不思議。

ピーター・ヒル~シェーンベルク/ピアノ曲集
内田光子~シェーンベルク/ピアノ協奏曲



シャイー指揮/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団『ヒンデミット《室内音楽集 第一~第七番》』
   第39話 越境(3)――騒音の解放

ヒンデミットは、ロマン派のような感情移入や共感といったものをあえて拒否したような曲を書くという。
ヒンデミットは、現代音楽のなかではとても好きな作曲家の一人。感情移入するような音楽では全くない即物的と評される作風が現代社会の映し鏡のようで、感情の横溢するようなロマン派音楽を聴いた後に聴くと、なぜか爽やかに感じたりする。
ヒンデミット独特の職人芸的な対位法を駆使した堅牢な構築性の上に、やや不協和的な響きの美しい和声と現代的な乾いた叙情性が共存するという、不可思議な雰囲気が漂うところが独特。
室内音楽集の第2番はピアノ協奏曲。確かにこれも騒音のような喧騒に満ちた音楽。でも面白い。
ヒンデミットのピアノ作品なら、《ピアノ・ソナタ第3番》、《ルードゥス・トナリス(対位法・調性およびピアノ奏法の練習)》、《主題と変奏<四気質>》あたりが、わりと聴きやすい。

ヒンデミット/ピアノ・ソナタ第3番
ムストネン~ヒンデミット/主題と変奏「四気質」
ムストネン~ヒンデミット/ルードゥス・トナリス-対位法, 調性およびピアノ奏法の練習



サランツェヴァ・ピアノ/ヤブロンスキー指揮/ロシア・フィルハーモニー管弦楽団
  『大澤壽人《ピアノ協奏曲第三番》「神風協奏曲」』
   第44話 世界音楽化する西洋音楽

私は全然知らなかった作曲家と作品。2004年にこの世界初録音がNAXOSからリリースされたときは、ちょっとしたブームだったらしい。
日本人離れした作品と評していたので、どんなピアノ協奏曲かと思って聴いたら、フランス風の華麗な和声、プロコフィエフ的な躍動するリズム感に加え、ジャジーな雰囲気も詰め込まれたピアノ協奏曲。(いくばくかは東洋的な響きも混ざっている気はするが)
こんな曲が戦前に書かれていたというのは驚き。このコンチェルトのことを知っただけで、この本を読んだ甲斐もあったというもの。

大澤壽人《ピアノ協奏曲第三番》「神風協奏曲」


ポリーニ『ショパン《練習曲集》』
  プレトニョフ指揮/ロシア・ナショナル管弦楽団『ベートーヴェン交響曲全集』

   第45話 メモリー・オーバーフロー――演奏における歴史の過剰について
いわずと知れたポリーニのエチュード集。これを評して「超未来の鉄筋高層建築」とか「速さ・強さ・耐久力ちといった項目ごとの客観的測定が可能な、「競技」」...と書いているのには笑えるけれど、なんとなく納得。
プレトニョフのベートーヴェンは、過去の大指揮者の名演のエッセンスをたっぷり盛り込んだような演奏らしい。過去の巨匠たちの演奏を聴きなれている人でないと、そういう面白さがわからない気はする。


印象に残ったこと
「偉大なのは作曲家であり、演奏家が自分の技をみせびらかせてはならない」という思想は、バロック的な浪費の美学とは対極。これは19世紀に登場した近代のイデオロギー。(「第17話 カストラートの乱痴気騒ぎ」より」)

バロック時代の音楽の共通点は通奏低音。バロック時代の音楽は、旋律そのものの魅力はあまりないが、通奏低音が加わると大きな呼吸と陰影が生まれる。古典派以降の高音(楽器)中心の旋律がリードする音楽は、近代個人主義社会の精神を反映した産物。バロック時代は個人を超越したものから自由になるという思想がなく、通奏低音に全体が支えられて初めて旋律が生きるような原理の音楽。
通奏低音の精神の偉大さというものを感じたいなら、カザルス指揮のバッハ/管弦楽組曲第1番の冒頭を聴くと良い。(「第15話 通奏低音の精神の偉大さ」)

CD&DVD51で語る西洋音楽史CD&DVD51で語る西洋音楽史
(2008/08)
岡田 暁生

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目次(出版社サイトに掲載)

tag : 伝記・評論

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カヴァコス&パーチェ ~ ブラームス/ヴァイオリンソナタ第3番
レオニダス・カヴァコスとエンリコ・パーチェによるブラームスのヴァイオリンソナタ第3番。



これは第1楽章のみ。

スペインの国営放送局(TVE)の放送用演奏映像(Youtube)へのリンク ※楽章ごとに動画が登録されています。

カヴァコスはスタジオ・ライブとも、これ以外にブラームスのヴァイオリンソナタは録音していない。

カヴァコスの水気を含んだやや線の細いヴァイオリンの音色が美しく、パーチェの陰影が濃く力強いピアノ伴奏と相まって、叙情深く、情熱的なブラームス。
特に第1楽章と第4楽章はヴァイオリンのテンションが高くて、とてもパッショネイト。
2人ともヴィルトオーゾで叙情豊かな演奏をするので、このブラームスの第3番はぴったりの曲。
同様にTVEでベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第6番も録音していたので、優雅で明るい色調のベートーヴェンと、ほの暗い陰影のある情熱的なブラームスという、正反対な曲想の2曲を弾いている。

パーチェの奏法はフラットに近い手の形で、指を鍵盤からほとんど離さないので上部雑音が少なく、音が濁らず響きが綺麗。
いつも思うのは、指の動きに無駄が無くて、フラットな形なのに指の移動がとても素早くてスムース。音の粒立ちも良く、音が滑らかに繋がっている。
ブラームスらしい跳躍が多くあちこち動き回る重音移動でも、音が明瞭で切れも良くて、バタつかずにレガートでつながっていて、ペダルも上手いので音も濁らない。
特に、そんなに力を入れて弾いている風でもないのに、力強く響きのしっかりしたフォルテが綺麗。
弱音のタッチは気にする人が多いのに、フォルテになるとバンバンとやたらに騒々しい音を立てられると閉口してしまうので、こういう綺麗なフォルテを弾く人の演奏は安心して聴ける。

tag : カヴァコス パーチェ ブラームス

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ホルショフスキー ~ バッハ/イギリス組曲第5番(カザルス・ホール・リサイタルより)
アンデルジェフスキがライブ放送で弾いていたバッハのイギリス組曲第5番が素晴らしく良かったので、他の録音も聴いてみたくなり、そういえばずっと昔にホルショフスキーがバッハを弾いていたはず...。
ラックにあったカザルス・ホールのライブ録音のCDをチェックすると、やっぱり第5番が入っていた。

ホルショフスキが来日したのは、今から20年以上前の1987年。
カザルス・ホールでソロリサイタルを開いたときは、チケットがすぐに完売するほど隠れた人気があったらしい。
ホルショフスキは幼少期から神童と言われていたわりに、カザルスの伴奏者とか室内楽奏者というイメージが強くて、ソリストとしてはあまり目立たなかったような気がする。
解説でも1960年頃から演奏が良くなっていった..と書いていたし、モノラル期に録音したベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴いていても、晩年の演奏の方がずっと伸びやかで輝きと瑞々しい。

1983年にペライアがオールドバラ音楽際にホルショフスキーを招いてリサイタルを行ったが、このときすでに91歳。
あの高齢であれだけ弾けるのかという驚きもあってか(もちろん演奏自体も良かったのだろうし)、急に注目されだした。
その後、ライブ録音やらスタジオ録音が次々にリリースされて、何枚かは買っておいた。何回か聴いた気はするが、今まですっかり忘れていた。

あらためてCDを聴いてみると、来日時は95歳を過ぎていたが、この年でこれだけ弾けるというのは全く驚異的。
長命だったアラウが88歳で録音した演奏を聴くと、技術的な衰えがかなり目立っていた。それに比べるとはるかに指のコントロールがしっかりしているし、タッチも力強い。
視野の中心部が見えないという視力障害もあったそうなので、ミスタッチも結構あるけれど音を大きく外すことはなく、90年間もピアノを弾き続けていると、身体の一部のようになっているような気がしてくる。
同じ視力障害をわずらったルービンシュタインは公開演奏をしなくなったが、ホルショフスキは”鍵盤などよく見えなくてもピアノは弾けるよ”と言ったという。

ホルショフスキのレパートリーは、一時期バッハに専念していたこともあってか、それほど幅広くはなく、バッハの他には、他にベートーヴェン、モーツァルト、ショパン、ドビュッシー、シューマンなど。スタジオ録音とライブ録音に残されているものも、バッハが多い。
バッハでは、平均律クラヴィーア曲集、イギリス組曲、パルティータなどの録音が残っているが、全曲録音したのは平均律曲集の第1巻のみ。

イギリス組曲の録音はライブのみで、第2番と第5番。イギリス組曲はフランス組曲と違って堅苦しいし、バッハなら長調の曲の方が好きなこともあって、昔からちょっと敬遠気味。
アンデルジェフスキとホルショフスキの録音を聴いてからは、それがコロッと変わって(年をとると好みも変わるし)、イギリス組曲はパルティータと同じくらいに好きな曲集に。パルティータよりも、建築物のような堅牢さと荘重さがあって、聴けば聴くほどイギリス組曲は面白い。

ミエチスラフ・ホルショフスキー・カザルス・ホール・ライヴ1987ミエチスラフ・ホルショフスキー・カザルス・ホール・ライヴ1987
(2005/07/20)
ミエチスラフ・ホルショフスキー

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 DISC2はアンコール集(これは新盤で追加されたもの。昔はDISC1の1枚組だった。)

ホルショフスキがカザルス・ホールのリサイタルで弾いたのは、バッハのイギリス組曲第5番、モーツァルトのピアノ・ソナタ第12番、ヴィラ=ロボスの「満ち潮」「誰も通るこの橋」という小品2曲、最後はショパンの即興曲第1番、ポロネーズ第1番、スケルツォ第1番、マズルカ第25番。

《イギリス組曲第5番 ホ短調 BWV810》は、まるで後光が差しているかのように神々しく、求心力と確信に満ちたバッハ。
さすがに指回りがもたつくところはあるけれど、それで音楽が損ねられるようなことはなく、カザルスホールに深々と鳴り響くピアノの音には張りと潤いがあって、煌くような輝き。
力強く厳かななかにも瑞々しい叙情感が流れていて、音が生き生きと動き回って静と動や光と影が交錯する彫りの深い表情と、自然と歌が聴こえてくるような語り口に魅きこまれてしまう。

 イギリス組曲第5番の楽譜ダウンロード(IMSLP)

速いテンポのノンレガートなタッチで弾かれることも多いPreludeは、ややゆったりとしたテンポ。一音一音が明確で力強く、テンポが遅くても、動と静のコントラストで緊張と弛緩のバランスが良く、全編に緊迫感が漂っている。
朗々とホールに響き渡るピアノの音は厳かで輝かしく、(チェンバロではなく)ピアノで弾いたこのプレリュードをこんなに神々しく思えるのは珍しい。
力強く輝きのあるフォルテと違って、曖昧さのあるくぐもったような響きの弱音が弾くフレーズはとても密やか。
第14~15小節で調性を変化させて徐々に上行していくところと、続いて両手が交互にアルペジオで繋がっていくところは、何度も変形して現われてきて、ここは何度聴いても美しい。
主題に限らず、美しく響く経過句があちこちにあり、このプレリュードは何度聴いても飽きることがない。

このプレリュードはイギリス組曲のなかで一番好きなので、そういう曲は必ずピアノで練習することになる。
耳で聴いている時はわからなかったけれど、左右が(ほぼ)対称形の反進行になっているパッセージが何ヶ所か入っている。こういう幾何学パターンのフレーズは見た目も、実際に弾いても面白い。

2.Allemande4.Sarabandeは、水気を含んだようなしっとりとした響きが曲想に良く似合っていて、静かで深みのあるピアノがとても美しい。
心の中の感情がホロホロと流れ出てくるように、まるで何かを語りかけているような雰囲気。

3.Couranteは、力強いフォルテと弱音のコントラストがよくきき、それほど速いテンポではないわりにリズミカル。

5.Passepied I(Rondeau) -IIは、速いテンポで、踊るように軽やかな滑らかなタッチ。
Passepiedは弱音の柔らかい響きがとても印象的。音の粒も綺麗に揃い強弱の細かな変化も鮮やか。主題が繰り返し出てくるところでタッチと響きを変えていて、同じ旋律でも表情はいろいろ。
中間部は力強いフォルテに変わり、まるで鐘が鳴り響くように華やかに。
再現部Passepied IIの冒頭で弾く主題は、今までで一番弱い弱音で弾かれ、その柔らかく密やかな響きは本当に綺麗。

6.Gigueは、半音階的な動きと持続音が組み込まれた主題が、上行・下降を繰り返していくパターンが続き、緊迫感と同時に不安定な浮遊感を感じる。
それに、同型パターンのメカニカルなフーガを聴くと、幾何学模様が音になっているような感覚。
すぐに連想したのはヴァイオリンソナタ第5番の第4楽章。旋律の動きがよく似ていて、追い立てられるような緊迫感と浮遊感を感じるので。
後半の中間あたりで、急にこのパターンが止まり、安定感のある(いくぶん叙情性を感じる)旋律が入ってくる。それまでとは雰囲気が一転するせいか、ここはひときわ美しく聴こえる。

                             

2曲目はモーツァルトの《ピアノ・ソナタ第12番》
子供の頃、ピアノのレッスンで弾いていたソナタ・アルバムに入っていた曲なので、モーツァルトの曲のなかでは、良く覚えている方。
ホルショフスキのモーツァルトは、ロココ調で優雅というわけでもなく、軽快で快活というわけでもないところがどことなく変わっているかも。
バッハとは全く違うふわ~と羽毛のような柔らかいタッチで、まろやかな響きが綺麗に響き、とこどどころ力強いタッチで毅然とした表情になり、柔らかい弱音のぼわ~とした曖昧な雰囲気と、フォルテの明快さとが交錯するバランスが面白い。
柔と剛が共存しているちょっと不思議な感覚。モーツァルトのようなそうでないような...。形容しにくいものがあるけれど、モーツァルトの曲は好きではないのに、ホルショフスキが弾くと、なぜか新鮮でとっても魅力的に思えてくる。
他のピアニストの演奏も聴こうという気には全くならないので、曲の魅力ではなく、演奏の魅力で最後まで聴けてしまった。

ヴィラ=ロボスの2曲は「満ち潮」と「誰でも通るこの橋」
シャンゼリゼ・ライブにも収録されていたので、ショパンと同じく得意なレパートリーらしい。
ヴィラ=ロボスはブラジル風バッハが有名だけれど、ピアノ小品も多数作曲している。この小品は初めて聴いた曲。異国情緒が漂い、憂いを帯びた旋律と和声が美しく、華やかさとドラマティックさもあり、ヴィラ=ロボスらしい雰囲気がたっぷり。
ホルショフスキは、リサイタルでも、スタジオ録音でも、ショパンはいつもといっていいくらいによく弾いている。技巧的なポロネーズやスケルツォは、テンポが遅く、ミスタッチも多いので、やっぱり聴きづらい。即興曲やマズルカとかなら、それほど気にはならないけれど、もともと好きな作曲家でもないので、何とも言えないところ。

                              

ホルショフスキがリサイタルを開いたカザルス・ホールは、所有者の日本大学がキャンパスを改修するため、今年3月31日で外部の使用を停止する予定。対外的には閉館で、学内では当分継続利用。最終的にどうするかは決まっていないらしい。
カザルスホールのある<お茶の水スクエアA館>は、ヴォーリズ設計の旧主婦の友社ビルの外観を復元した建物。ヴォリーズの建築物は、機会があれば撮影していたので(大阪・兵庫・滋賀にはかなり残っている)、この建物も数年前に東京へ行った時に写真に撮っておいた覚えがある。

tag : ホルショフスキ バッハ モーツァルト ヴィラ=ロボス ショパン

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クリーン ~ ブラームス/ピアノ作品集
ブラームスのピアノ作品全集はそれほど録音が多くない。昔はカッチェンの録音くらいしかなかったらしいが、今はオピッツとレーゼル、NAXOSの全集と選択はできる。ブラームスで定評のあるルプーは全集は録音せず。ルプーの全集なら絶対買うのに...。

VOXから出ているクリーンの作品集は最近まで知らず、HMVでたまたま見つけた。すっかり忘れていたところ、クリーンのモーツァルトのコンチェルトを聴いていて、ブラームスの録音があったのを思い出した。
このブラームス作品集は、録音状態が悪くてレビューは散々。そのせいかCD5枚の廉価盤。
そんなに音質が悪いのかと思って聴いてみたら、録音レベルが曲によってばらばらで、音色や響きの繊細さが十分に伝わらないところも結構ある。
Disc1はそれでも聴ける方。Disc2~4は結構つらいかも。Disc5もう~ん...という感じ。
あまり高音質の再生装置で聴くと余計に音質の悪さが目立つ気はする。音質を多少なりとも気にする人は避けた方が無難。

クリーンの録音は全集ではなく作品集なので、未収録の曲が多い。
ピアノ・ソナタの第1番&第2番、パガニーニヴァリエーションや自作主題による変奏曲は入っていない。
パガニーニは難曲なので無理に録音する曲でもないだろうし、クリーンのピアニズムには合わない曲のように思える。
中期~後期のピアノ小品はほぼカバー。なぜかワルツが独奏版と連弾版の2種類の録音があり、ハンガリー舞曲はブレンデルと連弾している。

Walter Klien plays BrahmsWalter Klien plays Brahms
(2004/10/26)
Walter Klien

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最初の《ヘンデルの主題による変奏曲》はちょっと金属的な音がするし(でも響きが繊細に変化しているくらいはわかる)、フォルテでは音が割れる。下手にエコーがかかっていないので、デッドな感じはするけれど、わりと聴ける音。
演奏の方は優雅で軽やか。和音の連続移動でも、打鍵が歯切れ良い。ブラームス特有の厚みのある和声の重みはあまり感じないけれど、速いテンポでリズム感も良い。
第3変奏はモーツァルトのようにメルヘンのような可愛らしさ。短調でもそれほど哀感が強くなくて、どこかしら明るさがある。
どことなくモーツァルト風のブラームスを聴いているような気がしないでもないけれど、とても生き生きとした表情と夢見るような詩情がとても魅力的。

とっても暗いので苦手な《シューマンの主題による変奏曲》は、哀しげではあるけれど陰鬱さはなくて、優しく明るさを感じてしまう。涙がこぼれ落ちてくるようなカッチェンの演奏とは全然違って面白い。この曲だけは、なぜか音質がわりと良い。

ワルツのソロは、和音移動のフォルテが力が入ってしまうせいか、強すぎるて音割れがひどいし、響きにエコーがかかったような感じがする。実際のピアノの音はずっと綺麗に違いないとは思うけど。
これも演奏自体は、フォルテがやたら強いのを除けば、弱音で弾くところはとても柔らかくて子守歌のように優しい。有名な第15番のワルツや最後の第16番は、ゆったりと穏やかでまるでまどろむような感じ。
この曲だけに限らず、クリーンのフォルテは、弱音の表現の繊細さに比べて、かなり強打で荒っぽい感じはする。どちらかというと、PPPの表現の美しさを味わうべきという気がする。

ワルツとこの後に収録されている録音(Disc2-4)は、音ががらんどうの中で響いているようにエコーし、音割れもかなりあって、やっぱり音質はかなり悪い。
そのなかでは、《6つの小品 Op.118》は多少マシで、《4つのバラード》はかなりマシ。

Disc5の《ハンガリー舞曲》になると、今度はフェルト1枚をはさんだように音が篭もりがちで、音も金属的。最後のワルツの連弾はまた音が空間のなかでエコーしている。
まとめて録音してはいなかっただろうが、あまりに音が悪さとばらつきがひどいので、一体どういう環境と設定で録音(とリマスタリング)したんだろうかと不思議な気がする。

ゆっくりとしたテンポの弱音主体でさほど和声の響きの厚くない曲を聴くのが、音質の点でフラストレーションをまだしも強く感じずにすむ。有名な小品では、《3つの間奏曲 Op.117》の第1曲と第2曲のIntermezzo、《6つの小品 Op.118》の第2曲インテルメッツォと第5曲ロマンス、《4つの小品 Op.119》の第1曲と第2曲のIntermezzo(これは音はちょっと悪いけど)と《4つのバラード》あたり。
クリーンのブラームスは、柔らかく明るめの弱音の響きと細やかな表現で、夢見るような優しい情感や心のひだが伝わってくるようで、音質がもっとよければと思えるところがとても残念。

tag : ブラームス

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練木繁夫 『Aをください ― ピアニストと室内楽の幸福な関係』
岩崎淑さんの『伴奏は音楽のパートナーシップ』がとても面白くて、他にピアノ伴奏をテーマにした本を探してみた。
クラシック関係では、かなり昔に出版されたジェラルド・ムーアの『伴奏者の発言』(原題:The Unashamed Accompanist)、新しいものだと、ピアニストでシュタルケルのピアノ伴奏者としても知られる練木繁夫さんの『Aをください―ピアニストと室内楽の幸福な関係』くらいしか見当たらない。

ムーアの方は歌曲伴奏のことが中心で古い本なので、それよりは最近の出版で日本の室内楽伴奏の事情もわかりそうな『Aをください』の方を先に読むことに。

タイトルから、岩崎さんのような自伝+経験談+伴奏者の役割について...等をわかりやすく書いた本かなあと勝手に想像していたら、実際に読んでみると全然違った。
伴奏者としての演奏技術に関する文章のウェートが大きく、奏法や室内楽曲の歴史の話では、譜面も多く載っている。
文章も専門書のように漢語の多い理路整然とした説明調が多く、エッセイのようにスラスラと読めるものではなくて(そういうタッチの文章も混在しているところがアンバランスで面白いけど)、かなりきっちり構えて読む本だった。

Aをください―ピアニストと室内楽の幸福な関係Aをください―ピアニストと室内楽の幸福な関係
(2003/10/01)
練木 繁夫

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伴奏ピアニストの役割、資質からテクニックまで、わりと幅広くカバーされていて、いろいろ勉強になることも多い。(その通り実践できるかは別として)
テクニックに関しては、アンサンブルとはいえ、基本的にはソリストと同様の技巧が必要なので、ソロを弾く場合でも活用できる話がたくさん。

「第1章 室内楽ピアニストの領分」
”室内楽ピアニスト、伴奏ピアニスト”に必要な資質について。
昔からある室内楽ピアニストのイメージは、”音を小さく弾いて他の演奏者のジャマにならないように...”。
では、素晴らしい室内楽奏者とはどういうものかというと、独奏者の技量と、他人の演奏を聴きながら音楽を作っていける器用さ、指揮者のような広い見識に基づいたトータルな音楽の理解力があること。
室内楽を独奏的にならず、また、共演者の影にならずに演奏するのは、容易ではない。

「第2章 アンサンブルのテクニック」
※音質のつくり方のテクニックについては、かなり詳しく書かれている。半分くらいはペダリング技術について。倍音の説明と倍音の確かめ方(電子ピアノでは実験できない)も載っている。

ピアニストが注意すべきことは、他の楽器とのバランス。大きすぎない、目立ち過ぎないのは当然として、逆に静かに演奏していれば良いというものではなく、聴かせるに値する声部を理解して演奏すること。

フーガ演奏とピアノの音質との関係について。
フーガを演奏するときに、主旋律と福旋律の音量差のコントロールだけでは、不十分。
音の強弱以外に旋律を独立させる要素は音質。二声のインベンションなら強弱だけでも有効かもしれないが、声部の多いフーガ演奏では、主題やモティーフが各声部に適した音質で、しかも音域に合った音質で引分けれられてこそ、ポリフォニックな音楽となる。

音質を変える上で大事なのは、タッチ、遠近感、ペダル。
「音立ちの良い高音、音に輪郭のない中間音、音立ちの遅い低音」の3種類の特徴のあるレガート技術(ドライ・レガート、普通のレガート、モルト・レガート)があれば、バランスがよくなる。

ピアノの音質に大きく影響を与えるのがペダリング。音を汚くするのも、綺麗にするのも、ペダルの使い方による。ペダルに関して詳しく教えてくれる先生は少ない。
「ペダルは耳を使って行う」。演奏が上手なピアニストは、ペダリングも上手である。ペダリングは多すぎても。少なすぎてもいけない。

ペダリングのポイントは「深さ」「タイミング」(音を出す前、出した後、音が減衰していく途中)、「スピード」。さらに、音を伸ばすだけではなく、音を切るためのペダリング。

ペダリングに熟練することも必要だが、それ以上にペダルを使わずに音が繋げる鍵盤上での指の技術を極めることが必要。
ペダルは選びぬいた箇所で使う。ペダルを使う最適な場所を知るには、まずペダルなしで音を繋いで研究してみる。そうすれば、ペダルを使わなくてはならない箇所とその長さが自然に姿を現してくる。
演奏者は、楽譜のなかにある音の長さをその通りに引かなくてはならない義務がある。打鍵した音を短くして、ペダルの方で音を伸ばすのはいけない。

「第3章 弦楽器奏法に学ぶ」
※弦楽器を弾かないので、ピンとこなかった話が多い。唯一、興味を引かれたのは「美しいフォルテをつくる」というところ。

フォルテには、腕の速さを使って出すフォルテと重さを利用して出すフォルテがある。
”発音の良いフォルテ”は、腕のスピードを利用して迅速に打鍵する。これはヒステリックな音になる危険性がある。
”質の良いフォルテ”は、打鍵のスピードではなく、逆に鍵盤を話すスピードを迅速にして跳ね上げるタイミングで音を出す。
フォルテでレガートを引くときに、フォルテを出すことが先で、レガートを忘れてしまう傾向がある。
旋律的に音を繋げるフォルテ。腕の重さを使って出すので、ゆっくりした動作。
ブラームスの作品など、フォルテのエスプレシーヴォが要求される場合には良い。

フォルテに限らず、ピアニストには音の美しさに対する意識が大切。

「第4章 練習室から演奏会場へ」
※この章は実際のアンサンブルをした経験があれば面白いとは思う。

大事なのは、各奏者の位置決め。ピアノの湾、右側のくぼんだ部分に入ってしまうと、ピアノの音が巻き起こす音の乱気流に巻き込まれてしまって、音が聞こえない。(”バミューダ・トライアングル”のような部分)

※岩崎さんの本では、奏者の立ち位置のことも多少書いてはいたが、ヴァイオリニストとの二重奏の話が多かったので、ピアノの蓋の開け具合の方について注意していた印象。
練木さんは、どちらかというと、チェロとの二重奏や三重奏以上の話が多いので、立ち位置の話中心。



「第5章 ピアノに向かう身体のこと」
※ピアノを引く手の形の問題、チェンバロやフォルテ・ピアノの引くときの手の形とタッチ、響きの特徴について、いろいろ書かれている。

首や肩が硬い人は演奏中に呼吸ができていない人に多い。背骨がまっすぐに伸びている状態が最適で、しっかりと背骨にさせられていると首や肩が楽になる。
親指は鬼門。親指からの重心移動を円滑に行うためには、ひじと手首の緊張を解き、親指を緊張させないようにする。親指をなるべくすばやく上げることで、ほかの4つの指も活発になる。

音の歯切れのよさは、指を下ろす速さではなく、鍵盤を上げる速さ(あるいはダンパーを下げる速さ)。

「発音のたった音は鍵盤との接点が少ない場所で弾き、柔らかな音は肉の厚いパートで弾く」(ロシアのピアニスト/ジョセフ・レヴィン)


「第6章 弾きながら音を創る」
「美しいフォルテ」について。
フォルテとは、音量の記号ではなく、音質の記号であるべき。
大きな音で出す外的なフォルテの他に、内的なフォルテ、静かなフォルテ。
スラーを忘れてフォルテを引かないこと。先にスラーを考えて、その中でどういうフォルテを弾くかを考える。

「第7章 楽譜を読み込む」
自筆譜と一般に出回っている出版楽譜と違う部分もある。(ベートーヴェンの31番ソナタの譜例あり)

”読譜は探偵の目で”
目立つアクセントやフォルテ記号、弱音記号だけに注意するのではなく、小さなこと(ニ分音符か付点四分音符か、など)にも感心を向ける。
ちょっとした違いで、音の長さもタッチも変わるし、雰囲気も違ってくる。
「演奏する側から見れば小さな違いでも、ゼロの地点から素晴らしい音楽を生んでいる作曲家にとっては非常に大きなことなのである」。

楽譜に記されていることを使って「何を言うか」。
エスプレッシーヴォと記されている場合、表現すべき音の内実がないと意味がない音楽になる。
エスプレッシーヴォの対象となるものは何かによって、表現方法は変わっていく。

「第8章 いろいろなスタイルを読む」
時代区分別の演奏スタイルの違い、変奏曲、対位法、和声と旋律の関係などについて。ピアノ曲を例にして。

「第9章 ピアノ室内楽の歴史」
室内楽にあまり詳しくない人には良さそうな入門編。
ただし、室内楽の歴史を全体的に系統だって取り上げているわけではなく(一応、流れとしては書かれているが)、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、それにラヴェルを重点に取り上げている。
譜例は、有名な曲が中心で、ピアノトリオやカルテット、チェロソナタが多い。

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岡田暁生 『ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史』
岡田暁生さんの音楽史シリーズから、今回は『ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史』。
これはとっても真面目なピアノ教育にまつわる音楽史。でも、”狂想曲”ならぬ”狂騒曲”的風景はかなり笑える話。

「よい演奏」というものは、時代によって定義も変わる。
ピアノ演奏における「よい演奏」という演奏美学のコペルニクス的大転換は19世紀。
その後の音楽教育を一変させてしまったほどのターニングポイントだった。その前後の奏法、教育方法を比較し、社会的な文脈から、なぜこの大転換が起こったのかを読み解いていくお話。

19世紀以前における「良い演奏」では、「センテンスとしての音楽」を文節しながら読むという理知的なアプローチが重要視されていた。
それが、感覚的な快楽となる音響の物量作戦といった「サウンドとしての音楽」の享受に取って代わられる。
この「良い演奏」の定義には、テュルクのクラヴィーア教本から引用されていたり、「ピアノのマニュアルオタクともいうべき人物だった」チェルニーの教本が例示されている。
この本ではチェルニーの教本を取り上げているが、それが結構面白い。
例の練習曲集のみならず、ピアノ奏法に関するありとあらゆるテクニックの教本を残したが、ついでに表現力の練習曲まで書いている。

⇒チェルニーは例の《100番》《30番》《40番》《50番》の練習曲でしっかりお世話になった。この練習曲集が特に嫌だったわけでもなく(好きでもなかったけど)、そんなに悪いイメージは持ってない。
逆に、以前読んだ森雅裕の『モーツァルトは子守唄を歌わない』と『ベートーヴェンな憂鬱症』にチェルニーが登場していて、才気煥発でなかなかシャレのわかるませた少年という面白いキャラクターだった。どうもそのイメージが記憶に定着してしまった。


19世紀以前は、独奏ピアニストというのは珍しい存在なので、音楽学校にもピアノの専攻科というものはなかった。ピアノ教育は、歌曲の伴奏を目的にしたものが一般的だった。
しかし、19世紀に入ってピアノ科が大人気。フンメルとシュタインベルトの演奏会がこのきっかけだったらしい。この頃からヴィルトオーゾピアニストが大活躍。(チェルニーもその一人)

聴衆のマス化が進み、成金のブルジョワは玉石混交の聴衆。
ピアノ曲のプログラムも軽い曲が多くて、ベートーヴェンやバッハはあまり弾かれなくなった。
チェルニーは、聴衆にウケの良い”ブリリアントな演奏”とは何かを教本にも書き、派手で見栄えが良く聴衆をあっと言わせるような演奏を推奨している。
聴衆の裾野が広がると、大ホールの演奏が一般的になり、昔のような貴族の館でも小さなサロンで弾くのとは違う演奏法になる。
繊細な神経のショパンは、こういう風潮に耐えられずに、パリでは公開演奏をしなくなってしまったという。
⇒チェルニーの方は極めて現実的な合理主義者に違いない。やっぱり面白いキャラクターです。

ピアノ教育でもマニュアル化、合理化、数値化、大衆化が進行。
教本も、練習曲では物足らず、いわゆる指体操のドリル本が続出。ピシュナ、ハノンがその典型。
一番最初に登場したドリル本は、フンメルの教本だったらしいが、これはまだ実際の演奏で使用可能なパッセージの訓練だったので、ハノンとは目的が違う。
ハノンは指の力を均質化するのが目的。言ってみれば即物的。

チェルニーも膨大な練習曲を作ったが、彼は常に曲を書いていたのであって、音楽抜きの指体操はさせていない。ただし、次のパッセージを××回反復せよという数値目標を曲に書いておいた。《60番》には全曲反復回数が書いている。ただし、単純に反復するのではなく、弾き方や表現をいろいろ変えて、という意味で。
⇒そんなのあったかな?と考えたら、《60番》を弾いた記憶がほとんどない。《50番》でチェルニーは卒業していたはず。

1830年代、リスト、ショパン、タールベルクが登場し、楽器メカニズムも変わり奏法も激変。
ヴィルトオーゾ時代の教本の幕開けは、モシュレス/フェティス。
楽器の機能が上がると、軽い力で弾くことができたピアノ(ハイドン、モーツァルト、シューベルト、クレメンティの大半はこのタイプのピアノ向き)の鍵盤がすっかり重くなり、力の要素が必要になってしまった。
手の形も、依然は丸くてもフラットでもよく、力を抜いて軽やかに弾くことが目的。
しかし、鍵盤が重くなると、力を入れて指を完璧に独立させることが目的になる。よって、10本の指の均質化と強化が不可欠。
この発音の均等化というのは典型的にモダン楽器の発想で、バロックでは非常に異質なのだそう。

19世紀的なピアノ教育が生んだピアニストの代表は、クララ・シューマン。
この均質化への情熱は、指を鍛えるという指強化器具なるものを登場させる。
イラスト入りでいろんな強化器具が載っているが、これは笑える。
⇒言ってみれば、星飛雄馬の“大リーグボール養成ギプス”のピアノ版。

ピアノが重量化して大量生産される楽器になると、それを弾くピアニストも同じように集中的・効率的に訓練する機関が必要になる。
19世紀後半までは、音楽学校を出た一流ピアニストはいなかった。チェルニー、タウジヒ、ショパン、リスト、クララ・シューマン、モシュレス、フンメル、etc.は、プライベートな教育で育った世代。
音楽学校出身者は、パデレフスキ、ラフマニノフ、バックハウスなどの世代以降。
19世紀の音楽学校は「技術なき者は去れ!」の世界。ハードな技術訓練(軍隊の教練みたいな)と、学生が急増したため短時間レッスンが特徴だったらしい。

このピアノ教育における、分解・反復・強化という深層構造は、作曲技法上の主題加工というハイドン・ベートーヴェン以降の手法とつながり、これが19世紀の分業された労働のあり方と同時代性を持っている。

付録は「ピアノはどんな手で弾かれてきたか 19世紀から20世紀初頭まで」
「正しい姿勢」「正しい手の形」「正しいタッチ」とは、どう捉えられていたかについて。
ピアノを弾く姿勢を、教本に書いたのはチェルニー。これは当時の軽い鍵盤のフォルテピアノ用。
この時代の奏法は、腕を使わず指先だけで弾く、指を丸めて可能な限り、歯切れ良く指を上下させる。
これと反対に、リストは演奏技術上、指を丸めず自然に伸ばす、指は固定したポジションで、手首や腕を固定せずに自由に使う、鍵盤に指が張り付いているような姿勢だったという証言は多い。

音楽学校では、指を高く上げて手首を固定し、指の力だけで垂直に鍵盤を打鍵するいわゆるハイフィンガー奏法が主流。手首を固定する目的でコインを手首の上に乗せる練習法も誕生。
20世紀なるとこれが批判されて、ブライトハウプトの自然奏法やカレーニョの重量奏法が出てくる。ゴドフスキーは弛緩した腕の重さを利用する奏法。
軍隊式の直線的な上げ下げから、ダンスのような優美な運動へと、20世紀初頭に再びピアノ演奏理論のコペルニクス的転回が訪れる。

ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史
(2008/10/24)
岡田 暁生

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岡田暁生さんの本はいくつか出ているけれど、新書版の『西洋音楽史』と『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏」は評判が良い。
『西洋音楽史』は、新書版とは言えど、多くの情報がコンパクトに詰め込まれていて、文章もわかりやすく内容も面白くて、インフォマティブ。古楽の時代から現代まで、音楽の歴史の概略を手っ取り早く知りたい人にはおすすめ。
『音楽の聴き方』の方は1回読んでなるほど~と思ったけれど、今思い出そうとすると、終わりの方に書いてあった音楽の聴き方のポイントを箇条書きにしたものしか、はっきり記憶に残っていない。
 『音楽の聴き方』と『西洋音楽史「クラシック」の黄昏』の記事

                              

ここからはこの本には書いていない話。
日本では、かつてはハイフィンガー奏法が主流で(今は違うでしょうが)、国産ピアニスト第1号の久野久もこの奏法で日本では第一人者だったが、留学先の欧州では全く通用せず。
昭和40年代くらいまでは、有名なピアノ教育者である井口基成氏のハイフィンガー奏法で訓練を受けた人が、日本音楽コンクールの上位に名を連ねていたらしい。
井口基成・愛子氏の弟子である中村紘子さんが18歳でジュリアード音楽院に留学した時、師事したロジーナ・レヴィン女史から、奏法を最初からやり直すようにお達し。
ベルベットのようなレガート奏法が主流の欧米のピアノ界では、ハイフィンガー奏法はすでに過去の古い奏法でしかなかった。
指訓練用のドホナーニの退屈な(でも、ハノンよりは難しい)練習曲をひたすら弾いて奏法を矯正したが、子供の頃から身につけた奏法を直すというのは大変な苦労をしたらしい。

 指を鍛えるための教本リスト(ローマ在住ピアニストパッリーナによるピアノと料理のサイト)
ピアノの先生が書いているだけあって、コメントには結構心当たりのあることもちらほら。
ブラームスの練習曲集は下手すると指を傷めることで有名なので、要注意。(それにリストの練習曲集も)
ブラームスのパガニーニヴァリエーションを弾くなら、これくらいはスラスラ弾けないといけないらしい。
幸か不幸か、この練習曲集のリスト中、使ったことがあるのは、バイエル、ハノン、チェルニー。
随分昔に習っていたせいか、練習曲はこれが定番で、あとは実際の曲で練習するというスタイルだった。(3人目の先生は、小さな男の子に、メトード・ローズで教えていたけど)

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大澤壽人/ピアノ協奏曲第3番「神風協奏曲」
大澤壽人の《ピアノ協奏曲第3番 変イ長調「神風協奏曲」》は、岡田暁生さんの『CD&DVD51で語る西洋音楽史』で紹介されていて、これは必ず聴かなければと思った曲。

曲名の「神風」とは、あの古来から言い伝えられている「神風」のことだろうか?と初めは思ったけれど、俵好太郎氏のレビューを見ると「朝日新聞が発注し三菱航空機がつくった純国産の2人乗り機」のこと。
NAXOSの解説文にもわざわざ、”カミカゼ特攻隊とは関係ない”と明記している。「Kamikaze」という言葉から日本人以外の人がすぐに連想するのは、戦時中の”カミカゼ”らしい。

『CD&DVD51で語る西洋音楽史』によると、作曲者の大澤壽人は、その突出した才能のせいで当時の日本の音楽界に理解されず、完全に忘却されていたが、それを発掘したのは片山杜秀氏。
片山氏による大澤壽人の紹介文が詳しい。(Wikipediaのプロフィールはこちら
大澤壽人は、海外で受けた教育や演奏活動が、当時の日本人にしてはかなり目覚しい。帰国するよりもそのまま海外で活動した方が良かったような気もするが、戦争へ突入する雲行きになっていた時代だし、いろいろ難しいこともあったんだろう。日本に帰国後、次々と自作を披露してもさほど評価されなかったため、作風をより受け入れやすい方向に変えたり、ポピュラー音楽の世界や教育活動にも関ったりと、精力的に活動していたが、脳溢血で1953年に46歳で急逝。その後、音楽界から忘れられていったという。

このピアノ協奏曲第3番は1938年の作。当時にしては日本人離れしたコスモポリタンで斬新な作風とは思うけれど、今なら何の抵抗感もなく受け入れられる。
そもそも当時の日本のオーケストラのレベルでは、演奏するには難しすぎたらしい。関西が活動拠点だったので文化的な土壌の問題もあっただろうし、この曲(と他の作品)が理解されなかったというのも、妙に納得。

大澤壽人:ピアノ協奏曲第3番大澤壽人:ピアノ協奏曲第3番 変イ長調「神風協奏曲」、交響曲第3番
(2004/06/01)
ドミトリ・ヤブロンスキー (指揮), エカテリーナ・サランツェヴァ (ピアノ), ロシア・フィルハーモニー管弦楽団

試聴する(米国amaozn)
NAXOSの日本人作曲家シリーズをいつも録音している顔ぶれ。伊福部昭の《リトミカ・オスティナータ》の演奏はもう一つだったので、この曲は大丈夫だろうか...と思って聴いていたら、変拍子が続出するリトミカとは違うせいか、わりと良かったのではないかと。


 ピアノ協奏曲第3番 変イ長調「神風協奏曲」(1938年)

作曲されたのが1938年2月~5月。初演は6月24日大阪にて、大澤本人の指揮により宝塚交響楽団が演奏。ピアニストは、当時大阪に住んでいたMedtnerの弟子のMaxim Shapiro。

冒頭からしばらく聴いているだけで、日本固有の伝統的な素材を織り込んだ作品が多い日本人作曲家の曲とは全く違うのがわかる。
アメリカやヨーロッパの最新の作曲技法を取り入れたコスモポリタン的な洒脱なところと、ダイナミックな雰囲気が漂うところは、いわゆる”日本人離れした”とでもいうのでしょう。
同じように、日本的なものを感じさせないのは、矢代秋雄のピアノ協奏曲。
矢代秋雄のコンチェルトの方は、和声的には美しいが、作風はかなり前衛的。そういう点ではまさにオーソドックスな現代音楽風。岡田博美の色彩感のある演奏も良くて、洗練された美しさと、高尚さのようなものを感じる。
大澤壽人のピアノ協奏曲には、こういう高尚で洗練された感じはないけれど、生命力があるというか、生き生きとした表現力と、肩の凝らないわかりやすさがあって(”品がない”とレビューで書いていた人もいるけれど)、とてもユニークで個性的。
作風は全く違えど、どちらも日本のピアノ協奏曲の名曲だと思う。


第1楽章 Larghetto maestoso - Allegro assai
冒頭は「エンジンのモットー」。3音(A flat-E flat-F)の動機は、このコンチェルトの推進力。
冷たい肌触りで鈍く光る鋼鉄の飛行機のいかめしさと力強さが伝わってくるようなモットー。いたるところでこのモットーが姿形を変えて出てくる。
モチーフの提示のあとは、ピアノが弾く華やかなフォルテの和音とそれに続く艶やかなアルペジオ。ここはラフマニノフを連想してしまった。これはなんか凄い曲になりそうという予感。

第1楽章には、エンジンがブルンブルンと鳴って離陸へ向けて着々と準備が進んでいく様子や、未知なる旅立ちへの期待と不安が伝わってくるような曲。
エンジンのモットーと行進曲風のモチーフが混在した主部は、飛行機の離陸する様子を表現しているそうで、とても力強い旋律。
ピアノが弾くトリル、トレモロ、グリッサンド、プロコフィエフ風のフレーズなどは、飛行機がテイクオフして、垂れ込めてくる雲や霧を突っ切って上昇していくように、技巧的でリズミカル。
最後は飛行機が視界から消えて飛び去っていくようにアルペジオで、す~と消えていく。

時折、遊覧飛行かサーカスのシーンに出てくるような、華やかでメルヘンチックな旋律が顔を出して、フランス風(プーランクやサティ?)の洒落た響きがとても面白い。
どことなく日本というか東洋風な雰囲気をちらりを感じるところもあるけれど、和声はフランスの近現代音楽のような美しさ、力強いオケの伴奏はロシア風(とでも言えばよいのか)のダイナミックさ。

第2楽章 Andante cantabile
”夜間飛行”をイメージした楽章で、ノクターン風のジャズ。エンジンのモットーが目立たない形で織り込まれている。
冒頭は、サクソフォーン(か何か)のちょっと物憂げなジャズ風の旋律で始まる。第1楽章とは全く違った雰囲気で、このギャップが面白い。
続いて、ピアノによるブルース風の流麗でノスタルジックな旋律。ここはとっても綺麗なメロディ。
中間部はシンコペーションとスタッカートによる陽気でジャジーなダンス風。最後はアルペジオで装飾された主題が登場する。

第1楽章とは打って変わって、ジャズとラヴェルを融合させたようなタッチがとてもお洒落。
ラヴェルのピアノ協奏曲の第2楽章のような夢想的な美しさがあると思ったら、戦前の日本のダンスホールをイメージさせる映画音楽風のやや俗っぽい顔が急に現われたり。どうもサックスの旋律を聴くとレトロな日本を感じてしまう。
ガーシュウィンのピアノ協奏曲の第2楽章を思い出させるジャジーな叙情感も美しい。大澤壽人は初めはアメリカで勉強し、音楽活動をしていたこともあって、アメリカ的なものも入っているような感じ。
真っ暗な夜空を見ながら、これから向かう異国の様子を想像しているかのように、生き生きとしたメロディアスな旋律が、次々と鮮やかに移り変わっていく
フランス、アメリカ、日本的なものが混在したような、とにかく面白い曲です。

第3楽章 llegro moderato - Allegro vivace
「神風」が目的地へ近づいていくところをイメージした楽章。序奏、ロンド、コーダの3部構成。
ラヴェルに加えて、プロコフィエフを混ぜ合わせたような曲。

ラストスパートをかけるように、最初は速いテンポでピアノによる幾分ジャズ風のトッカータ。
オケがかなり騒然とした雰囲気で、ピアノは高音域を主体にあちこち動き回って、プロコフィエフのような軽妙さ。キラキラと煌くように軽やか。
行進曲風モチーフも入ってきて徐々に熱を帯びてくる。エンジンのモットーが頻繁に登場。
一本調子の単調さを避けるように、主に木管が演奏するロンドでは、スケルツァンドのわりにそれほど躍動的でもなく、どこか間の抜けたのんびりした旋律。

終盤は、欧州のミュージックホールを連想するような陽気なサウンド。ロンドンも間近い感じ。
目的地へ向かって、飛行機が一気に降下して行くように、ピアノもオケも加速していくが、ラストは突然やってきた。
えっ、これで終わりなの?と思ってしまうほどにあっけなく、風のように通りぬけて、ロンドン到着。


現代音楽(というか20世紀の音楽)のピアノ協奏曲はかなり好きなせいか50曲以上は聴いているので、いろんな作風の曲に出会ったけれど、このコンチェルトはその中でもかなり個性豊かで、繰り返し聴いても面白いと思えるほどに、好みのタイプ。
調性が安定し、歌謡性の強くない旋律や和声も美しく、リズム感も良いし、現代的なシャープさとロマンティックな叙情性が適度に融合して、難解な前衛性は薄い。
ラヴェル的なものをベースにジャズの要素をブレンドし、プロコフィエフのような運動性と軽妙さを加えて、いろいろな技法を使っているのではないかと。(こういうのは作曲の専門家の領域なのでよくわかりません)
現代音楽のピアノ協奏曲で時々感じるような折衷的な中途半端さは全くなく、現代的な作曲技法を吸収・消化してオリジナルを創作したように個性的。
ピアノパートがオケに埋もれることなく華やかに動き回り、本当にピアノ協奏曲らしいコンチェルトでした。

楽章ごとの性格付けが明確なので、どの楽章も印象的だけど、面白さではラヴェルとジャズをブレンドして、ちょっと俗っぽい感じもする第2楽章が一番。
鋼鉄の飛行機が異国へ旅立とうとするイメージがよくでている第1楽章のダイナミックさも素晴らしい。
徐々に目的地へと近づいていく慌しさと期待感で浮き立つような第3楽章は、プロコフィエフのような躍動感と軽妙さが楽しい。

邦人作曲家の曲でこれほど印象的だったのは、吉松隆の《朱鷺寄せる哀歌》、矢代秋雄の《ピアノ協奏曲》、伊福部昭の《リトミカ・オスティナータ》を聴いて以来。この曲が戦前に書かれたことと相まって、全く驚きに満ちたコンチェルト。

吉松隆/朱鷺によせる哀歌

矢代秋雄/ピアノ協奏曲

伊福部昭/ピアノと管弦楽のためのリトミカ・オスティナータ
シェリング ~ バッハ・リサイタル(1976年東京ライブ)
試聴ファイルがないので、珍しく試聴せずに買ったシェリングの東京リサイタルのライブ録音。
レビュもすこぶる良かったこともあるけれど、なぜか直観的に絶対良いに違いないという予感がした。こういう予感はわりと当たる。

リサイタルの曲順は
  1.ヴァイオリンソナタ第3番(ホ長調)(正確には《ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ》)
  2.無伴奏パルティータ第2番(ニ短調)
  3.無伴奏パルティータ第1番(ト短調)
  4.ヴァイオリンソナタ第6番(ト長調)

最初と最後に長調のヴァイオリンソナタを持ってきているので、間に挟んだ2曲の無伴奏は凝縮された緊張感がある。
その緊張を解くかのように、最後の曲は明るい色調で開放感のあるヴァイオリンソナタでフィナーレ。
ヴァイオリンソナタの第3番と第6番というのは、明るく開放的な長調の奇数楽章と叙情的な短調の偶数楽章が交互に入っている曲で、明暗のコントラストがはっきりしている。
2曲とも最終楽章は協奏曲的な華やかさがあるので、選曲がとっても良い。(好きな曲なのでそう思うのかもしれないけど)

無伴奏パルティータの第2番と第1番は、ライブのせいか、スタジオ録音よりも力強さがあり振幅もやや大きく、強い集中力と凝縮力を感じるものがあって、引き締まった響きに引き込まれるような...。
感情移入が激しいという意味ではなくて、格調高くはあるけれどシェリンクの演奏(のイメージ)にしては、かなりパッショネイトな感じがあり、力が篭もっている。
無伴奏パルティータとソナタを聴くときは、たいてい好きな楽章だけ聴いたりしているので、まともに1曲を通しで聴いた記憶があまりない。この2曲の演奏は、吸引力がすごく強いので、頭から終わりまでしっかり聴けてしまった。

シェリングの弾く無伴奏についてはあちこちで書かれているし、ヴァイオリンは弾けないので何か書くにしても実際わからないことが多い。
ここではヴァイオリンソナタの方(のピアノのこと)を中心に。ソナタの方について書く人はあまりいないと思うので。

シェリングのディスコグラフィを調べると、ヴァイオリンソナタは、ヴァルヒャのチェンバロ伴奏、オルガニストのAndré Luyの伴奏(楽器不明。情報が不確か。間違っているかも)で録音したものがあり、今は廃盤らしいので聴いたことがない。
誰かがレビューしていたけれど、ヴァルヒャの時はシェリングはかなり求道的というか厳粛な雰囲気の演奏だったらしい。
でも、このライブ盤はそういう重苦しさは希薄だと思う。ゆったりとしたテンポのせいか悠々とした落ち着きがあり、格調が高いけれど清々しさもあり、変に構えることなく聴ける。
このヴァイオリンソナタは、ピアノ伴奏の録音自体がもともと少ない。聴き比べるとしても、比較的新しい録音なら、ツィンマーマン&パーチェ(SONY盤。いつも聴くのはこれ)、ムローヴァ&カニーノ(PHILIPS盤。すでに廃盤)くらい。チェンバロ盤はいろいろあるけれど、チェンバロとピアノでは別物の曲に私には聴こえる。

 シェリングのディスコグラフィ(日本語版)
 シェリングのディスコグラフィ(英語版)
※作成者が異なるので、日本語版とは違いあり。

シェリングのピアノ伴奏は、マイケル・イサドーアというピアニスト。
プロフィールがブックレットに載っていない(伴奏ピアニストの場合は良くあること)。ベートーヴェンやブラームスのソナタなど、他の演奏でもピアノ伴奏をつとめていたらしい。(たぶん1970年代の頃)
シェリングのディスコグラフィを見ると、長期間にわたりパートナーだったピアノ伴奏者はどうもいなかったらしく、ピアノ伴奏者の異なる録音がかなりある。
イサドーアは、カニーノやパーチェとはかなり違った弾き方。おかげで、三者三様のピアノ伴奏が聴ける。
イサドーアの録音はほとんど見つからず、Rodney Friendのピアノ伴奏をしたヴァイオリン小品集だけは試聴できた。やや太目の柔らかく丸みのあるタッチで、落ち着いてあまり強くは前面に出ないピアノを弾いている。このライブ録音でもそういうタッチなので、少なくともヴァイオリンとの二重奏ではいつもこういうピアノを弾く人なんだと思う。

ヴァイオリンソナタでは、テンポは全体的にそれほど速くなく、一音一音を丁寧に弾き進んでいくように、ゆったりと大きく構えて、落ち着いた演奏。
ムローヴァ&カニーノはしなやかで優美、ツィンマーマン&パーチェはシャープな躍動感と繊細な叙情感がある。もともとの芸風と解釈の違いに加えて、年齢の違いも相まって、若い頃に録音したムローヴァやツィンマーマンの演奏とはかなり違う。

ヴァイオリンの方は表現の起伏はかなりあると感じるけれど、ピアノの方はヴァイオリンに合わせた動きをしているとはいえ、緩やか。
テンポが遅いことに加え、ノンレガートでも柔らかいタッチでシャープな尖りはなくて、左手低音部もさほど強くないし、全体的に響きがまろやかでとても心地よい。
シャープなタッチとか躍動感とかは希薄で、ちょっと地味な感じがしないでもないピアノだけれど、品良く包み込むように穏やかな雰囲気があって、何とも言えず良い感じ。

ヴァイオリンソナタ第3番ホ長調 BWV1016
ヴァイオリンソナタは2曲ともアレグロ楽章のテンポが遅め。
第3番の第2楽章は、ノンレガートとはいえ、かなりレガートに近くて優しい雰囲気。ここをパーチェは、コツコツとした硬質のノンレガートでリズミカルに弾いていたので、ちょっとしたタッチの違いで雰囲気が変わるところが面白い。
第3楽章はとても叙情的な楽章。ピアノのアルペジオが綺麗な曲で、それほど響きを長くも厚くもしていないので、さらさらとした叙情感。
第4楽章は、なんでこんなに遅いの?と思うくらい遅い。(最後の方になると、ちょっと速くなっているけど)
ピアノパートはかなり細かいパッセージなので、このテンポで弾くとリズム感と躍動感が出ず、もたっとした感じはする。
昔はこういうテンポが普通だったのかも。といっても、全般的にテンポが遅いスーク&ルイジチコーヴァの録音でも、この楽章はかなりテンポが速いんだけど。
それでも聴き慣れてしまえば、この遅いテンポだと優雅な感じには聴こえる。


ヴァイオリンソナタ第6番ト長調 BWV1019
第1楽章はかなり軽やか。ピアノパートはオケパートを弾いているようなパッセージだけれど、それにしては柔らかくてしなやか。パーチェの弾き方だと、ノンレガート主体で音がコロコロと弾けて転がっていくような感じで、躍動感が強い。

第3楽章はとても珍しいピアノ独奏。ヴァイオリンソナタでピアノ独奏楽章を持っているのは、この曲の他にはバッハ以外でも、ほとんどないのではないかと。初めて聴いた時は、こんなところに独奏曲が入っていたのかと驚き、暗譜して毎日数回弾いているくらいにとても好きな曲。
このピアノソロは、カニーノの演奏がとっても面白くて、元気のある歯切れの良いタッチと凝った装飾音で、輝くような煌き。(カニーノがゴルトベルクを弾いている時も、同じように装飾音に凝っていた)
イサドーアは全く逆方向で、装飾音はほとんどつけていないので即興的な面白さはないけれど、柔らかいなタッチの弱音域を中心に、滑らかなフレージングにささやくように優しい語り口。とても品良く、奥ゆかしくて綺麗なピアノ。これは冒頭を少し聴いただけでうっとりしてしまう。
ライブのせいか、前半はリピートして、後半はリピートなし。後半の主題の再現部は、冒頭とは違ってフォルテに近いやや力強いタッチに変わって、エンディング。

最後の第5楽章もやや遅め。ここはフィナーレらしく、躍動的で開放感のある曲なので、さすがにピアノも力強いタッチに変わり(といってもやっぱり柔らかいけど)、リズム感もそこそこあって、一歩一歩フィナーレに向かって進んでいるんだよ、という感じ。

アンコールは、ヴァイオリンソナタ第1番の第3楽章アンダンテ。
シェリングが自らアンコール曲を告げている声が入っている。
この第3楽章はとても穏やかで優しい雰囲気の曲。バッハのヴァイオリンソナタは、どの曲も旋律が覚えやすく、綺麗なメロディが多い。
無伴奏パルティータとソナタの影に隠れてしまったようで、それほど録音が多くないのが残念。


このライブ録音は、無伴奏パルティータはもちろん、ヴァイオリンソナタも素晴らしく、まるでライブをリアルに聴いているようなくらいに臨場感もあり、演奏のすみずみまでしっかりと味わえる。予感どおり、初めから終わりまですっかり満足できたのでした。

J.S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番  ほか  (2CD)J.S. バッハ:無伴奏パルティータ第2番・第1番、ヴァイオリン・ソナタ第3番・第6番
(2002/09/06)
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)、マイケル・イサドーア(ピアノ)

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このCDは以前リリースされていた盤をリイシューした廉価盤。約80分のリサイタルがわずか1000円ほどで聴けるというお買い得盤。
1976年のライブ録音ってこんなに音が良いのだろうか、と思うくらいに音質が良い。ヴァイオリンソナタよりも、無伴奏パルティータの方が音の質感・量感が凄く良い。
ヴァイオリンソナタは、ちょっとヴァイオリンが遠めで、ピアノの音がやや大きく感じるときもあるけれど、音自体は良くて、ピアノの音が綺麗に聴こえる。小さなホールで実際聴いているような質感。
ライナーノートは執筆者が2人。シェリングの芸風とその変化がよくわかる解説なので、廉価盤にしては充実している。

付録というのか、最後にシェリングの肉声による作品解説やバッハ解釈などが収録されている。わかりやすい発音と内容の英語なので、吹き替え無しでもだいたいわかる。
録音スペースが足りなかったらしく、最初の解説の方は吹き替えが後から流れるが、2番目のバッハ論については吹き替えの声が同時通訳のようにかぶっている。

シェリングのライブ録音は他にもいくつかあり、スタジオ録音よりもライブの方が良いと書いている人もいるし、クーベリックとのブラームスのヴァイオリン協奏曲の評判も良いので、次に聴くならたぶんこれ。ベートーヴェンのコンチェルトのスタジオ録音も良さそう。

tag : シェリング バッハ

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ヘンリク・シェリング・イン・リサイタル (ヴァイオリン小品集)
ピアニストが弾いたピアノ名曲集の類はまず買わないのに、ヴァイオリン名曲集のなぜか手が出てしまう。
今回はシェリングのヴァイオリン小品集。
今まではシェリングはどちらかというと避けていたけれど、ヘブラーがピアノ伴奏しているベートーヴェンのヴァイオリンソナタの演奏がとても良くて、これは他の録音も聴いてみないと...と思い立ったので。
たまたま見かけたこのアルバムとクライスラーの名曲集のどちらにするかちょっと考えて、ヴィターリの《シャコンヌ》とグルックの《メロディ》が入っている方に。

記憶をたどると、たしかシェリングの録音は、ブラームスのヴァイオリンソナタに、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲と三重協奏曲のCDを持っていたのを思い出した。
ピアノが入っているので一応買ってはおいたCDだったせいか、ブラームス以外はしっかり聴いたこともないので、ラックの奥深くに埋もれていた。とにかく探し出してそのうち聴くことに。

シェリングは、ヴィターリのシャコンヌがとても好きで度々弾いていたらしい。
この録音は1959年1月のもので、モノラルではなくてステレオ録音。そのせいか、ヴァイオリンの音が痩せた感じもせず普通に聴ける。
ヴァイオリンの曲は超有名な曲しか知らないし、選曲にはヴァイオリン名曲集の類では見かけたことがない曲がいろいろ入っている。(よく見たら、アルバムの日本語タイトルは”名曲集”ではなく”小品集”だった。)
シャコンヌとメロディ以外で知っているといえば、ピアノ原曲の《予言の鳥》くらい。シューマンはほとんど聴かないので曲のなかみはすっかり忘れていた。
《悪魔のトリル》はどこかの名曲集には入っていたはず。これも良く覚えていないかった。


ヴィターリの《シャコンヌ》はピアノ伴奏。
ピアノ伴奏版の他の録音を聴いていると、オルガン伴奏の方がより厳粛な感じがしたけれど、シェリングのヴァイオリンで聴くと、伴奏がピアノかオルガンかに関らず、ヴァイオリンだけでも十分厳かな雰囲気がする。
線がやや細くて無駄のない引き締まった音でこの短調のシャコンヌを聴くと、叙情感というより悲愴感と厳粛さを強く感じるせいか、こっちもいつのまにか緊張して聴いていた。終るとほっと一息。

グルックの《メロディ》はわりとロマンティックな感じのする曲だと思うけれど、ハイフェッツの録音を聴いた時よりも、さらに抑えた物悲しさが格調高く聴こえてくる。
この2曲を聴くだけでも結構精神的に疲れるところがあり、CDに入っている長調の曲になると張り詰めた緊張感が緩むので気分を楽にして聴ける。

シャコンヌとメロディ以外で良かったのは、初めて聴いた《コレルリの主題による変奏曲》。品の良い華やかさと清々しさがあって、クリスマスのオープニングか新年のお祝いにぴったりの雰囲気。
《スケルツォ=タランテラ》は、細かく動き回って疾走感のある旋律と途中が挟み込まれるゆったりと優雅な旋律のコントラストが面白くて、これもかなり好きな曲。

ヴァイオリンの音自体はちょっと線が細くて好きなタイプの響きではないけれど、気品があって厳かな気分にさせられる演奏というのは、聴いてみると意外に抵抗なく聴ける。スークのような美音とは違うけれど、聴き慣れてくると、この余計なものが混ざっていないような引き締まった音色がだんだん心地よく思えてきた。

悪魔のトリル~ヴァイオリン小品集悪魔のトリル~ヴァイオリン小品集
(2007/11/07)
シェリング(ヘンリク)

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《曲目》
1.シャコンヌ ト短調(ヴィターリ)
2.悪魔のトリル(タルティーニ)
3.コレルリの主題による変奏曲(タルティーニ/フランチェスカッティ編)
4.メロディ[歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」より](グルック/クライスラー編)
5.ボッケリーニの様式によるアレグレット(クライスラー)
6.予言の鳥(「森の情景」Op.82、第7曲)(シューマン/ハイフェッツ編)
7.ジプシーの踊り(ハルフテル)
8.スケルツォ=タランテラOp.16(ヴィエニャフスキ)

tag : シェリング ヴィターリ グルック

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クックパッドの”パンとお菓子のレシピ”
レシピを探すときは、いつもクックパッドで検索して、人気のあるレシピや面白いそうな材料・作り方が載っているレシピを中心にブラウザの<お気に入りに>に登録している。
まめに登録していると、数百件もレシピがたまって、ジャンルごとにフォルダにまとめておいても、どれがどのレシピなのかすぐにわかる状態ではなくなってしまった。

特に良く作るレシピはプリントアウトして、キッチンのラックにマグネットクリップでまとめて留めているので、これはすぐに作れる。
それ以外のものが、急に思いついて作りたくなるので、パソコンで検索しないといけない。料理本も50冊くらい持っているけれど、あれはもっぱら見て楽しむ用。ホームベーカリーの本だけは良く使う。

クックパッドで人気のあるレシピを中心に、良く使うものや、これから使いそうなものをまとめておけば、探す手間も省けるというもの。
パンとお菓子の好みのレシピは、材料が少ない、簡単に作れる、お豆腐やおから使用、電子レンジで作れる、油は不使用または少量使用、生クリームとゼラチンは不使用というものが多い。


ホームベーカリーで作る食パンレシピ
マジ超もっちもち☆HB☆ご飯deパン!! 
    割高な米粉パンよりも手軽。水分量を1割程度減らして、国産小麦&ホシノ天然酵母で作れば、
    ドライイーストよりもずっと美味しい。
HBで♡ふんわりもちもち湯種食パン
    一手間かけるだけで、小麦の甘みのもっちり感が出る。ご飯パンに少し似た味と食感。
  HB ホエーで作るふわふわもちもち食パン
    水切りヨーグルトを作ったときに便利なレシピ
  HBで♡米粉と豆腐の食パン お豆腐と米粉でもっちり。米粉なしでも良いかも。
  基本のレンジパン(ハイジの白パン) これだけ手捏ねレシピ。
※このレシピ以外にも、ライ麦、全粒粉、コーンフラワーを混ぜたり、レーズン・くるみ・さつまいもなどを具材に入れたり、ヴァリエーションは豊富。


ベーグルのレシピ
  1時間で出来るベーグル
お豆腐べーグル 豆腐>強力粉 !!!  発酵なしで手軽。お豆腐の甘みともっちり感が美味しい。
  もちもちベーグル


ピザ、ナン、フォカッチャ、イングリッシュマフィンのレシピ
  と~っても簡単なピザ生地の作り方♪
  簡単♪基本ピザ☆発酵も放置も不必要♪
”焼きたてのナン” 柔らかくて甘みのあるナン。焼いてから冷凍保存もOK。
  ”基本のナン” 固めの生地。ベンチタイムをちゃんととらないと、伸ばしにくい。
  HBとフライパンdeとろ~りチーズナン♪ ホットサンドのようなチーズインのナン。大人気レシピ。
  HBで♡もちもちポテトフォカッチャ  蒸しジャガイモを混ぜるともちもち。
  ❤イングリッシュマフィン❤セルクル不要〰
 フライパンで作る!簡単イングリッシュマフィン セルクル・上置き天板なしで、平らに焼くのも簡単。(creacoレシピ)
  ❁ビックリ♪超簡単なイタリアンブレッド❁ :超人気レシピ。本当に超簡単。


バナナケーキ、チョコレートケーキ、野菜のケーキ
秘密のバナナケーキ
    とっても美味しいバナナケーキ。アーモンドプードルの代わりにきなこを入れると
    和風テイストで素朴な味。これもとても美味。
  ノンオイル!もちもちバナナブレッド♪
  簡単!ホットケーキミックスでバナナケーキ
バター不要!濃厚ねっとり豆腐ブラウニー♪ ヘルシーでねっとり感がクセになるブラウニー。
お豆腐ケーキ 手軽でバリエーション豊富なヘルシーケーキ。
  2代目★おから★ショコラ
  ノンオイル☆バナナ豆腐☆ケーキ 不思議な食感とお味。冷やして食べると美味しい。
  簡単♫♬かぼちゃのケーキ
  にんじんケーキ
  簡単♡20分で完成!私のロールケーキ生地 生クリーム不使用。
  簡単!米粉(上新粉)のロールケーキ生地 材料は、上新粉、卵、お砂糖だけ。卵の味が濃い目で、ふわふわしっとり。
自家製ホットケーキミックス ベーキングパウダーがあれば、ミックス粉は自家製で。
英国のフルーツケーキ ☆バラ・ブリス☆
    バター・オイル・乳製品・卵不使用。紅茶に浸したレーズンと紅茶液を混ぜるだけ。
    紅茶は、アールグレイを使うと香りがとても良い。
    表面が硬く焼きあがり普通のケーキとは違う。低カロリーでヘルシー◎。
  *。ふわふわ強力粉パンケーキ。*



チーズケーキのレシピ
あっとゆーまに!ベイクドチーズケーキ♪ ヨーグルト入りはさっぱりした味わい。
材料たったの三つで簡単☆濃厚チーズケーキ 一番簡単なレシピ。味も濃厚。
  ノンオイル☆ベイクド☆ヨーグルトケーキ
  ヨーグルトとHMで超簡単濃厚チーズケーキ ヨーグルトと卵でノンオイルもOK
  簡単♪KEROママのチーズケーキ プロセスチーズで作る手軽な人気レシピ。(私はクリームチーズ派)
  え?カロリー1/2♫♥幸せチーズスフレ♪
  しっとりふわふわ*スフレチーズケーキ


マフィン、スコーン、クレープ、シュークリーム
  ノンバター・サラダ油で簡単*マフィン*
  簡単!ケンタッキーのビスケット風
  ノンオイル・ノンエッグのお豆腐スコーン 皮が硬いので、電子レンジで温めるとふっくら。
  ○o。..お豆腐スコーン..。o○ 上新粉を混ぜたレシピ。これも皮が硬い。
  スタバ似スコーン
  生地がおいしいクレープ シンプルな材料で、すぐに作れるデザート。
    クレープとクリームorジャムを交互に重ねていけばミルクレープに。
  フライパンで簡単バームクーヘン
  秘密だったシュークリーム生地
  レンジで簡単・全卵のカスタード♪ シュークリーム用。シンプルな材料と電子レンジで。


クッキー、クラッカーのレシピ
  今すぐ作れる!型抜きクッキー  薄力粉、砂糖、サラダ油、牛乳で簡単
  復刻版★今すぐ作れる!チョコ★クッキー 牛乳・卵不使用
  バター30★簡単クッキー! バター30g、薄力粉と溶き卵のお手軽クッキー
サラダ油でさくほろスノーボール*:.。.  アーモンドプードルが美味しく、ホロホロ。
  サラダ油できなこのスノーボール*:.。☆ アーモンドプードルの代わりにきなこ使用。
  クグリさんのハマるおからクッキー
簡単♪クネッケ♪ライ麦クラッカー ライ麦入りで、ノンオイル、パリポリした食感。


冷たいデザートのレシピ
とろっとろ❤豆乳ぷりん 牛乳よりもねっとりプルプルした食感
  *我が家の定番カスタードプリン* 卵・牛乳・砂糖だけの簡単手作りプリン
  **大好き✿なめらかプリン**
  生クリーム不要●濃厚かぼちゃプリン
生クリーム不要!豆腐チョコババロア 私はゼラチンは使わないので、パールアガーで代用。
  お家にあるもので・・・ブラマンジェ風?!
  牛乳アイス♫
豆腐アイス 材料は豆腐、ココア、砂糖の3つだけ。ミキサーで混ぜて冷凍庫へ。きなこやバナナを混ぜても美味しい。

和風のお菓子のレシピ
大切な私のおはぎ
    おはぎのレシピならこれが一番。粒餡、きなこの他にも、黒ゴマ、よもぎなど
    好みのおはぎが簡単にできる。
黒糖風味の牛乳もち♪
    手軽に作れて、素朴な味が美味。分量を減らしまめにかき混ぜれば、電子レンジでもOK。
とろーり☆豆乳もち
 電子レンジ&白玉粉deいちご大福★
  豆腐+粉だけ!やゎやゎみたらし団子
お豆腐でふるふるすいとん♪ きなこ砂糖や黒蜜をかけて菓子に。フワフワ柔らかくて美味しい。
お金をかけずに簡単ういろう!
    小麦粉だけでも作れるけど、やっぱり上新粉の方が美味しい。全部上新粉にしなくても
    3割くらい混ぜると良い。(入れすぎると上新粉だけ沈んで硬くなる)
  片栗粉で✿和菓子屋さんの本格わらび餅風❤ お茶を使うので、片栗粉っぽい味が消えます。
  ハニー・カステラ 卵2個で作るカステラ。シリコンカップで焼くとベビーカステラ風
  和菓子屋さんのどら焼き
  おからdeもちもち☆つきたて!?お餅 電子レンジでおから+水+片栗粉がお餅に変身
  30分レシピ★レンジで簡単♬柏餅♬ ひたすら捏ねれば柔らかいお餅の出来上がり。
  蒸気パン~新潟名物☆ぽっぽ焼き~
    小麦粉・黒砂糖・重曹・水だけで作れる素朴なお菓子。
    もちもちした食感で、ベビーカステラの黒糖版のような味。

ドーナツ、スナック菓子、その他
冷めてももちもち☆豆腐ドーナツ♪
    このレシピを使って、油を表面に塗ってからオーブンで焼けば、”揚げない”ドーナツの出来上がり。
    でも、やっぱり揚げた方がドーナツらしくて美味しい。
  ダイエット☆豆腐&おから焼きドーナツ
 ホットケーキミックスと牛乳だけでドーナツ  卵なしのドーナツ
  沖縄ドーナツ♪サーターアンダーギー♪
もちもちっ!失敗ナシの基本蒸しパン☆ 少ない材料で簡単、もちもち。
  3分で完成!ふわんふわん♥な蒸しパン 電子レンジ用レシピ。水分は粉の8割くらいで、ふわふわ。
簡単!濃厚マーラーカオ
  節分の余り豆で「炒り大豆の砂糖がけ」 乾燥大豆の炒り大豆でも作れる。
  大豆☆きな粉
  手が止まらない♪おからとごまのかりんとう
  レンジで簡単☆こうや豆腐☆スナック 粉不要。高野豆腐でポリポリとおからクッキー風
魔法の簡単大学芋  揚げなくても大学いも風の味。
  きな粉が美味し~!!衝撃的㊙おやつ♪ 大根にきな粉をまぶすだけ。ちょっと不思議な味と食感。
ノンオイル☆ノンフライ☆ポテトチップス
    電子レンジで簡単、低カロリー。市販品を買わなくてもいろんな味が楽しめる。
  レンジでノンフライ!マカロニスナック☆ 茹でたパスタ類に味付けして、電子レンジでカリカリに。
マクロビレシピ!チーズが恋しくなったら。
    このアイデアは凄い!お豆腐と納豆を混ぜるだけで、簡単チーズもどき。
    そのままなら納豆味、お醤油、お味噌、胡椒とバジルなど、味付けの自由


 番外編
冷凍チーズ蒸しケーキ
市販の「チーズ蒸しケーキ」(北海道の地形が白抜きされている製品)を冷凍すると、生地が凝縮してまるでベイクドチーズケーキに。

アイスクッキー、アイスケーキ
オレオなどのクリームをはさんだクッキー、ロールケーキ(生地が大半でクリームが少ないもの)、チョコパイ、ドーナツなどを冷凍すると、歯応えも味もしっかりした冷たいお菓子に変身。

焼きカステラ
「濱田美里の 感激!ここまでできる魚焼きグリル」に載っていたレシピ。普通のカステラをグリルで焼き直すだけ。
溶け出した糖分が甘くてシャリシャリ。ふわふわしたカステラとは食感も味もちょっと違う焼き菓子。

冷凍バナナ
バナナを食べやすいサイズにカットして冷凍する。そのまま食べても美味しいし、大根おろしのようにすりおろせばバナナシャーベットに。

[2012.12.09 更新]

バッハ/インヴェンションとシンフォニア ~ フェルツマン、ウェーバージンケ、コロリオフ
フェルツマンの『6つのパルティータ』を久しぶりに聴いていたら、最後に流れてきたのがインヴェンション。
インヴェンションだけ後で聴こうと思って、そのままになっていたらしい(すっかり忘れていた)。
余白を埋めるのに収録したのだろうか、シンフォニアの方が入っていないのが残念。

『インヴェンションとシンフォニア』の録音なら、グールド、シフ、ピーター・ゼルキンとか、いろいろあるけれど、好きなのはコロリオフとフェルツマン。

フェルツマンの『インヴェンション』は、ノンレガートで色彩感のある美しくも人工的な音の世界。
パルティータと同じく、ノンレガート主体で時にレガートなタッチもとりまぜたとても軽やかなタッチで、声部ごとに色彩感の違った色で弾くわけていくので、キラキラと煌めくような音の世界がとても綺麗。
装飾音も凝っていて、これを聴いていると、リボンやフリルのドレスでおめかしした女の子が、踊ったり、おしゃべりしたり、時にはちょっと沈んだりしているような、可愛らしい姿をイメージしてしまう。クルクルと変わる表情には愛嬌があって、とっても魅惑的。
どうも子供の頃に練習していたインヴェンションとは全く違う曲にしか思えない。こういう風に弾きたいと思うことはないけれど(思ったとしても弾けないし)、この繊細でカラフルな音の世界の美しさには引き寄せられてしまう。

Bach: Six Partitas; Two-Part InventionsBach: Six Partitas; Two-Part Inventions
(2005/12/27)
Vladimir Feltsman

試聴する(米国amazon)



ずっと昔、子供の頃のレッスンで弾いていた『インヴェンションとシンフォニア』のイメージといえば、ウェーバージンケの録音。
その頃教えてもらっていた弾き方のお手本のような演奏で(録音の方がずっとテンポが速いけど)、レビューを見ると今でも評判は良い。やっぱり今でもこういう弾き方がレッスンの主流なんだろうか。
お手本として聴くのは良いけれど、聴くということに限れば、だんだん肩が凝ってくる。タッチが硬質で響きが硬く、起伏は緩やかで旋律の流れが直線的なのに加えて、音色がモノトーンな感じに聴こえる。
オーソドックスな奏法なのだろうけれど、いろんなバッハの演奏を聴きなれてしまった耳には、聴いて楽しむにはちょっと厳しい。(好みの問題でしょうけど)

バッハ:インヴェンションとシンフォニアバッハ:インヴェンションとシンフォニア
(2000/04/26)
ウェーバージンケ(アマデウス)

試聴する(別の国内盤にリンク)



コロリオフといえば、まったく無名だったコロリオフの「フーガの技法」を聴いた作曲家のリゲティはこう言っていたという。
「もし無人島に何かひとつだけ携えていくことが許されるなら、私はコロリオフのバッハを選ぶ。飢えや渇きによる死を忘れ去るために、私はそれを最後の瞬間まで聴いているだろう。」
コロリオフを初めて聴いた時はその良さがわからなかったけれど、異聴盤を数多く聴いて耳も良くなってくると、リゲティがそう言ったというのも納得。

コロリオフの《インヴェンションとシンフォニア》は、ウェーバージンケのように声部ごとに横の線を明確に出している。
コロリオフは《ゴルトベルク変奏曲》も録音しているけれど、声部の弾き分けの鮮やかさがずっと良くわかる。声部が多いゴルトベルクでも、粒立ちの良い太めの音で、声部ごとの横の線はどれも明瞭、声部ごとに音質を変えている。タッチがシャープで音立ちも良いので、縦の線もピシッと揃っている。
まるで建築物をスケルトンにして鉄骨の枠組みが見えてくるように、縦と横の線がきっちり組み合わされて立体的に聴こえてくる。
《インベンションとシンフォニア》でも音立ちが良く、声部ごとの横の流れがくっきり。シンフォニアになると3声に分かれるので、声部の弾き分ける上手さがインヴェンションよりも良くわかる。
ウェーバージンケよりも柔らかなレガートで、色彩感のある音に暖かみがあり、響きがとても綺麗。細やかな起伏をつけた旋律の流れが自然で、生き生きとした躍動感に叙情感が心地よい。
おかげで《インヴェンションとシンフォニア》が、実はこんなに面白い曲集だったのね~と再発見しました。

Bach: Inventions & Sinfonias, BWV 772-801Bach: Inventions & Sinfonias, BWV 772-801
(2000/07/25)
Evgeni Koroliov

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tag : コロリオフ フェルツマン バッハ

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桜の塩漬けを使ったレシピ
春になると出回るのが、桜の塩漬け。
そのままお湯につければ桜茶、野菜と一緒に漬ければお漬物、炊いたご飯に混ぜれば桜ご飯と、いろいろ使える旬の素材。お菓子づくりにも使えます。
ほんのり染まる桃色がとても綺麗。桜の花を使った料理を食べたり飲んだりするともう春らしい気分。


桜の花漬け大根☆簡単お漬物 (ゆる~くベジ☆まじにベジ☆クッキング)
  真っ白い大根と小さな桃色の桜の花のコントラストが綺麗。ほんのり桜の花の薫りも。

ここからは、クックパッドのレシピ。
桜ご飯
   水に桜の花を浸しておいて、その塩水を炊飯に使う。桜の花の方は、炊いたご飯に混ぜる。
   ご飯に桜の花がのっかっていると、とても可愛いお弁当の出来上がり。

ピンクの桜ご飯
   桜ではなく、しば漬けを利用したレシピ。桜の花にこだわらないなら、良いアイデアかも。

桜の花入り抹茶フィナンシェ
   抹茶入りのグリーンの生地と桜の花の色合いがとっても綺麗なフィナンシェ。



わざわざ桜の塩漬けを買わずとも、自分で作るわ!という向きには、手作りレシピ。(庭に咲いている桜の花とかを使う)

美しさよ永遠に!桜の塩漬け(梅酢漬け)
   梅酢やワインビネガー、りんご酢などで漬ける。

八重桜の塩漬け
   お茶にはシンプルな塩漬け。野菜の漬物にも活用可。
バッハ=ラインベルガー&レーガー編/ゴルトベルク変奏曲(2台のピアノ版)
あのゴルトベルク変奏曲を2台のピアノ版に編曲した録音が、ちょうどHMVの[本日の特価CD]になっていた。国内盤なので定価2,520円が、その半額に。(これは日曜日の話なので、今は定価どおり。)
HMVの紹介文によると、「ドイツのオルガン奏者・作曲家ヨーゼフ・ラインベルガーが1883年に2台ピアノのために編曲したものを、同じくドイツの作曲家マックス・レーガーが1915年にさらに自身の解釈を書きとどめたヴァージョン」なのだそう。
ちょっと面白そうだったので、まず試聴。
ピアノは、世界的なピアノ・デュオ(らしい)タール&グロートホイゼンという2人。

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(2台ピアノ版 ラインベルガー/レーガー編)バッハ:ゴールドベルク変奏曲(2台ピアノ版 ラインベルガー/レーガー編)
(2009/11/25)
グロートホイゼン(アンドレアス) タール(ヤアラ)

試聴する(HMV/別の国内盤にリンク)


冒頭のアリアは最初の方だけだったので、特に変わったこともなく。
問題は、次の第1変奏から。
ピアノ・ソロで弾く旋律が正面からいつもどおりに聴こえてくるのは良いとして、バックで2声(かそれ以上)の旋律が、BGMのように鳴っている。
最初は、別の音楽プレーヤーをつけっぱなしにしていたのかと思って、パソコンの画面を探したけれど、どうも鳴っているプレーヤーはこれ1つしかない。
編曲時に付け加えられた声部のおかげで、まるで妨害電波でマスキングしているかのように、本来の旋律が聴き取りにくくなり、さらに別の旋律がいくつか流れてくるので、旋律が錯綜して糸がこんがらがったような感じになっていく。
私の耳が悪いのか、パソコンで試聴しているせいかとも思ったけれど、ステレオでもこういう風に聴こえるんじゃないだろうか...と思ったので、購入は思いとどまりました。

さわりの部分だけだとしても、全変奏を試聴してみると、面白いことは面白い。アリスのワンダーランドのように不思議な音の世界に迷いこんだような...。
第1変奏は、リピート時に、ケンプが装飾音を省略して弾いていたゴルトベルクの主題の旋律が明確に聴こえてくる。そういえば、以前調べたことがある編曲版の楽譜は、装飾音をかなり省略していたはず、と思って確かめてみるとその通り。
何度か聴いていると、耳がこの錯綜した音の世界に慣れたせいか、旋律もかなり聴き取りやすくなってくる。

 ゴルトベルク変奏曲(2台のピアノ版)の楽譜ダウンロード(IMSLP)

変奏によっては、違ったリズムの旋律が紛れこんでいたり、曲としての統一感というかまとまりが薄く(少なくとも私には感じとりにくい変奏があるので)、さらに対位法的な処理も明確に聴きとれず、特に速いテンポの楽章は雑然とした感じがする。(第5、8、14、20変奏など)

第6、14、17、23、27変奏とかは速いテンポながら、追加した旋律が合いの手を入れていくように面白くて、和声もそれほど混濁せず、バランスはそんなに悪くなくて軽妙。
第26変奏も付加した声部が和音主体の構成になっているので、和声の厚みが強調されているだけなので、原曲に近いイメージ。
第30変奏も和音を加えてかなり華やか。原曲とは和声の響きがちょっとずれているような、ぴったりこない感じはするけど。(これは他の変奏でもよく感じる)

テンポが遅い楽章は追加された音が少なくなるせいか、声部が聴きとりやすくなる。第2、7、9、10、12、13、15、21、25変奏とかは、各声部が調和して曲としてのまとまりが出ているようで、和声も綺麗に聴こえる。
第30変奏(クオドリベット)も、オルガンが鳴っているような響きが清々しくも明るい雰囲気で、わりと綺麗な編曲。

変奏によってはすんなり聴けるものと、ちょっと錯綜感を感じるものがあり、ゴルトベルクを聴いているというよりは、時たまパロディ音楽か何かを聴いている気がしてくる。
といっても、最初のところだけを試聴してみても、結構面白かった。時間を無駄にしたという気がしなかったのは良かったところ。
何度も聴いていると耳が慣れたせいか、最初に感じた違和感も薄れてきて、この録音、結構面白くて良いかも..と思い始めたくらい。
このCD、今まで何人の人が買っているだろうと思って、ブログ記事を検索すると、わりと評価の良い記事がちらほら。
個人的にはそこまで良いとはあまり思わないけど、最後まで全曲通しで聴けば、また違った印象になるのかも。今のところはCDを買って聴こうという気まではしないし、やっぱり原曲版の演奏の方で良いものを聴きたい。

tag : バッハ レーガー

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青柳いづみこ著 『ピアニストが見たピアニスト』(文庫版)
ピアニスト兼文筆家の青柳いづみこさんの著書『ピアニストが見たピアニスト』が、いつの間にか文庫版で出てました。近くのショッピングセンターにある本屋さんで、文庫棚のところに平積みされてました。
単行本は白水社でしたが、文庫版は中公文庫から。(文庫版といっても、最近の新刊は価格が大分高くなりましたね。)

6人のピアニスト~リヒテル、ミケランジェリ、アルゲリッチ、フランソワ、バルビエ、ハイドシェックに関する評伝で、既存の伝記に載っている話もいろいろ盛り込まれている。
特に面白いところは、彼らの録音を聴いた著者の解釈。同業者のピアニストの視点というものは、評論家や素人があれこれ書いているものとは違うので、ミケランジェリの演奏スタイルの変遷に関する解釈については、なるほど~と納得。
リヒテルとミケランジェリはかなりの録音を聴いているので、特に好きなピアニストではないけれど興味は持っているせいか、読んでいても面白い。
アルゲリッチとフランソワは、避けているピアニストなので、ささっと目を通しただけ。
バルビゼとハイドシェックは全然録音を聴いたことがないので、知識が増えたのが良かったかなというところ。
バルビゼの章では、室内楽の共演者であり、カラヤンのソリストでもあったフェラスも出てきて、フェラスの話が印象的だった。

この本はすでに単行本で読んでいるので、その記事はこちら

ピアニストが見たピアニスト―名演奏家の秘密とは (中公文庫)ピアニストが見たピアニスト―名演奏家の秘密とは (中公文庫)
(2010/01/25)
青柳 いづみこ

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tag : ミケランジェリ リヒテル バルビゼ 伝記・評論

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カッチェン《ブラームス:ピアノ作品全集》より (18)ハンガリーの歌による変奏曲
カッチェンのブラームス/ピアノ作品全集で、何も書いていない曲が一曲だけ残っていたのを思い出した。
ブラームスが書いたピアノソロの変奏曲のうち、最も知られていないし、全集以外で演奏・録音されることはほとんどないに違いない《ハンガリーの歌による変奏曲 Op.21-2》(1853年)

 ピティナの楽曲解説

 楽譜ダウンロード(IMSLP:国際無料楽譜図書館プロジェクト)


この曲は13の変奏とコーダから構成されたハンガリー舞曲風の変奏曲。わずか6~7分あまりの短い曲。

”ハンガリーの歌”からとった主題はファンファーレ風の明るい旋律。私にはクリスマスのオープニングの曲みたいに聴こえる。
3/4拍子と4/4拍子が1小節ごとに交代するという独特なリズム。第8変奏までこの変拍子がずっと続く。

変奏に入ると、短調だけれど力強い変奏が続く。第1変奏は短調に変わるが、より動きの速いフォルテの和音移動。第2変奏と第4変奏は何かが始まりそうな予感に満ちた旋律。

第5変奏と第6変奏はクロスリズムのハンガリー舞曲風。独特の憂愁感が漂っている。

第7~11変奏は長調に変わり、パストラル風というか子守歌風というか、穏やかで柔らかい旋律と響きがとても優雅。

第12~13変奏は、急に目が醒めたように、速いテンポのクロスリズムで弾く跳躍の激しいパッセージ。フィナーレの序章のようでとても華やか。
Allegroのコーダに入ると、ベートーヴェン風(とでも言えばよいのでしょうか)のロンドで明るくリズミカル。その後に、緩急のコントラストがきいた旋律が何度か交代し、エンディングは主題が再現され、堂々と力強いフィナーレ。

《ハンガリーの歌》を主題にしているにしては、主題自体がハンガリー民謡風な感じはそれほどしないし、変奏もハンガリー舞曲のような民謡調はあまり多くはない。
音の構成はブラームスらしく、重音・和音移動と幅広い跳躍が多用されているので、速いテンポで弾くにはかなりの力技と運動神経の良さが必須のような曲。カッチェンは水泳、野球、卓球が得意なスポーツマンだったので運動神経が良いせいか、そういうところはスイスイ弾けている。

ヴィルトオーゾらしい華やかさとハンガリー風のほの暗い情熱的な雰囲気を堪能したければ、《ハンガリー舞曲》、それもよくある連弾版ではなくて、ピアノ独奏版(第1~10番のみ)の方を。
ピアノソロで良いと思った録音は、カッチェンのほかにキーシンの録音(これは抜粋版)があり、いずれも素晴らしく鮮やか。

全集に収録されている曲の記事はこの曲で全て完成。今まで知らなかった曲やしっかり聴いていなかった曲を何度も聴いたのは、この全集のおかげ。
全集以外では録音されることも少ない《自作主題による変奏曲》や《ピアノ・ソナタ第1番》はとても気に入ったし、ヘンデルバリエーションや後期ピアノ曲集の演奏は素晴らしく、そもそも好きではない曲の方がすぐには浮かんでこない。
少し残念なのは、もともと録音が少ない《主題と変奏》が入っていないこと。でも、同じように録音が珍しいピアノソロの《ハンガリー舞曲集》の方はちゃんと入っていて、そちらが聴けるだけでも十分。

Brahms: Works for Solo PianoBrahms: Works for Solo Piano
(1997/11/11)
Julius Katchen

試聴ファイル


 《ハンガリー舞曲集(ピアノ独奏版)》の記事

 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

tag : ブラームス カッチェン

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岩崎 淑 『アンサンブルのよろこび』
最近は室内楽(ピアノが入っているものに限って)をよく聴くようになったせいか、ピアノ伴奏法に興味が出てきて、さっそく本を探してみることに。
クラシックピアノの伴奏法に関する本は、ほとんど出版されていないようで、ポピュラーピアノに関する伴奏法が少し。コードを使って伴奏をつけるものなので、これはパス。

ネットで検索すると、室内楽の伴奏ピアニストで知られている岩崎淑さんが書いた「伴奏は音楽のパートナーシップ」(月刊情報紙『レッスン・プラス・ワン 第8号』(1999年11月、松沢書店)という記事が見つかり、短い文章ながらこれが結構面白い。
外国の音楽大学には「伴奏科」という学科があって、オーケストラスコアを弾いたり、外国語の歌詞や指揮の勉強もしたりと、単にピアノを弾くだけではないプログラム。
本業のピアノでは、色彩感のある音色を出すことは重要(というか必須)らしく、これは伴奏者でなくてもソリストでも重要なので、テクニカルに必要なものはソリストと伴奏者でもさして変わらない。結局、ソリストと通用するくらいの技術がないと、ピアノ伴奏者としても務まらない、ということになる。

ソリストに関する本というのは、演奏法から伝記の類まで世の中にたくさん出ているけれど、伴奏ピアニストに関する本はそうそう見かけたことがない。
クラシック関係で見つけたのは、古いところでは、ジェラルド・ムーア著『伴奏者の発言』、新しいのはシュタルケルのピアノ伴奏者で有名な練木繁夫さんの『Aをください-ピアニストと室内楽の幸福な関係』くらいだろうか。『Aをください』も面白そうなので、次に読むことに。

                           

「伴奏は音楽のパートナーシップ」が面白かったので、岩崎さんの著書『アンサンブルのよろこび』も早速読んでみた。
岩崎さんが伴奏ピアニストの世界に入るまでの自伝と演奏時のエピソード、ピアノ伴奏者の心構えから、ソロを弾くときとは異なる伴奏法のポイント、教育論まで幅広い。
文章が読みやすいし、普段は知ることのできない伴奏者の世界が垣間見れて、なるほどと思うことも多い。この本を読むとピアノ伴奏を聴くのが以前にも増して楽しくなる。

アンサンブルのよろこびアンサンブルのよろこび
(1998/12/10)
岩崎 淑

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最初の2つの章(<アンサンブルその楽しみと工夫>、<アンサンブル・ピアニストになるまで>)は、日本と米国の音大での修行時代からプロの伴奏者になった後の経験に基づいた話で、これはピアノを弾かない人でも、多分面白く読める。
来日した外国人演奏家のピアノ伴奏をした際のエピソードもたくさん載っていて、これは伴奏をつとめた人でないとわからない経験なのでとても面白い。

なるほどと思ったのは、ピアノ伴奏の場合は、ホールの状態やソリストの楽器の音量とのバランスを考えて、ピアノの蓋の開き加減を変えることで音量を調整するということ。
グランドピアノはいつも蓋を全開にして弾くものばかり思っていたけれど、違っていた。グランドピアノは子供の頃の発表会の時や、先生の自宅でのレッスンでしか弾いたことがないので、初めて知りました。

1970年代は、日本がまだ経済的に今ほど豊かではなかったので、ピアノ伴奏者まで一緒に招聘することができなかったため、ヴィオリニストやチェリストが単独で来日し、日本人の伴奏者とリサイタルや録音をしていた時代。今はピアノ伴奏者も同伴して来日してくることが多いので、そういう機会は滅多にないのでは。
岩崎さんが伴奏をつとめたソリストは、聴いたことはなくても、私でも名前くらいは知っているほどの顔ぶれ(シュタルケル、ボベスコ、フェラス、ハインリッヒ・シフ、パールマン、ギトリス、カルミレッリ、トルトゥリエ、ウーギ、ナヴァラなど)。共演時のエピソードもいろいろあって、ソリストのパーソナリティの違いがよくわかる。

                           

岩崎さんによれば、日本人のピアニストに最も不足しているのは、”色彩感”。
それに、アプローチが穏やかで静かすぎるので、表現が平板で起伏がないこと。
そういう日本人的なものはすぐに演奏に現われてくるので、コンクールでも日本人が弾いている演奏というのはすぐわかるという。この表現や音質の問題は、昔からのトレーニングに起因するもので、それが演奏上の表現とタッチに出てきてしまうのだそう。
この本は1998年に出版されているので、今はその頃とはトレーニング方法も少し事情が変わっているのだろうか?

ハートフォード大学音楽学部時代、岩崎さんの最初の先生に「色彩感がない」と指摘され、カーティス音楽院出身のラタイナ先生のレッスンは、入学後10ヶ月間をほとんどスケール、アルペッジョ、手首を使ったレガート奏法の基礎訓練だけのレッスンばかり(桐朋を首席で卒業しているというのに)。
この期間に、色彩感のある音をだすためのタッチをひたすら研究をしたという。

この話を読むと、日本人ピアニストの久野久の話をすぐに思い出した。
久野久は、中村紘子著『ピアニストという蛮族がいる』に出てくる国産ピアニストの第1号。ドイツ留学時代の悲劇的な最期はなかなか忘れられない話だった。
ハイフィンガー奏法と鍵盤を引っ叩く強打で当時の日本では第一人者とみなされたピアニストだったが、留学先のドイツ(と欧州)ではレガートなタッチが基本なので全く相手にされず、ザウアーに酷評されて基礎から徹底的にやり直せばなんとかなるとか言われて、結局絶望のあげくに投身自殺してしまった人。

岩崎さんの師事していたラタイナ先生は、リサイタルの当日、プログラムの曲は練習せずに、スケールばかり朝から弾いていて、そのままステージの会場でベートーヴェンを弾いたという。
これが岩崎さんの記憶に強烈に残ったそうで、ピアノに向かうときは、毎日、上行・下行・反進行の三種類のスケールとアルペジオを弾く。スケールは全ての指が平等に動き強くなるメソッドなので、生徒にも曲を弾く時間がなければスケールだけでも弾くようにと指導しているのだそう。

                              

スケールの練習といえば、村上春樹『意味がなければスイングはない』のルドルフ・ゼルキンのエピソードは有名。マールボロ音楽祭で、毎日早朝からカタツムリのようにゆっくりとテンポを上げて行きながらスケールの練習をするピアノの音で起こされてしまうヴァイオリニスト。”まさか出演するピアニストがこんな練習をするはずはない、これは中級者が練習しているに違いない”と思っていたが、その「中級者」がゼルキンだったとわかった時はびっくり仰天。

そういえば、”ピアノの基本はスケールとアルペジオ”...と言ったピアニストは誰だっただろう?バックハウスだったような...。
この言葉がすっかり頭に刷り込まれてしまっているし、そもそも子供の時のレッスンは一番最初はハノンのスケールとアルペジオ。これを普通のレガート、スタッカート、符点のリズム(2種)(時たま三連符も)で弾く練習をしていたので、これは今でも続いている。”三つ子の魂...”という諺は全くその通り。
時間がないときに、この練習をしばらく飛ばしていたら、なぜか指回りが悪くなって腕も疲れやすくなるので、ブランクの期間が長いだけに、この運指練習は結構即効性があるらしい。でも、反進行はほとんどしなかったので、これも練習に入れることに。

                              

この本には、いろんな演奏家に関する話が少しずつ出てくるけれど、マレイ・ペライアもその一人。
岩崎さんがカナイザル室内楽音楽祭へ奨学金をもらって参加したとき、アルトゥール・バルサム先生のクラスに16歳の若いペライアも参加していた。彼の演奏を聴いたとき、”あんなにうまい人がいるんだ”とショックだったという。
ペライアはもともと室内楽伴奏者として知られていて、その後リーズ国際ピアノ・コンクールでソリストとして優勝。持っているペライアのCDはほとんどがソロで、室内楽はブラームスのピアノカルテットくらい。室内楽がそんなに上手い人なのだとは知りませんでした。


ピアノを多少なりとも弾く身には、興味のある話題が詰め込まれていて、なるほど~と思うこともたくさん。
ピアノ伴奏といえど、ソロを弾くのと同じくらいに存在感のあるピアノパートになっている曲もいろいろあるし、ヴァイオリンソナタやピアノトリオを聴いて、なんて素敵なピアノを弾くのだろうと思ったピアニストも何人か見つけたので、ソロを聴くのと同じくらいに室内楽のピアノ伴奏の世界も面白い。

tag : 伝記・評論

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新譜情報:スティーヴン・ハフ ~ ショパン/後期ピアノ作品集
スティーヴン・ハフの最新アルバムは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲全集に続いて、ショパンイヤーにちなんで、ショパンの後期ピアノ作品集。
ショパンの新譜情報はタイトルだけ見て中身は読まずにいつもスルー。たまたまハフの名前がちらっと目に入ったので、一応どんな選曲なのかと珍しくチェックした。

ハフがすでに録音したショパンの作品は、スケルツォ&バラード全集のみ。
スケルツォ&バラード全集も試聴した限りでは、クリアでシャープなタッチがハフらしくて良い感じ。でも、ショパンとなると購買意欲がわかないので、これは未聴のまま。

Chopin: Four Ballades & Four ScherzosChopin: Four Ballades & Four Scherzos
(2004/03/09)
Stephen Hough

試聴する(米国amazon)



3月にリリースされるアルバムは、ショパンが晩年に作曲した曲集。ピアノ・ソナタ第3番以外は小曲中心。
ピアノ・ソナタは、ショパンの作品のなかでは珍しくも好きな曲。これだけ聴ければ良いので、ダウンロード販売してくれれば良いのに、ハイペリオンはCDでしか出さないのでどうしましょう。
それに同じ買うなら、めったに聴かないであろうマズルカや夜想曲が入ったこのアルバムよりは、曲の好みから言えばスケルツォ&バラード集の方が良さそうな気もするし。

Chopin: Late MasterpiecesChopin: Late Masterpieces
2010年03月20日 発売予定
Stephen Hough

商品詳細を見る


                      

ショパンのCDは大量に出ているので、どれを聴こうか迷うときは、ユーザーレビューだけでなく、CDの聴き比べ評をチェックするのも一案。
ショパンの録音を買うことはまずないけれど、CDの比較評を見ていると、どういうピアニストが録音して、どういうタイプの演奏なのかが、おぼろげながらわかるので、同じピアニストの他の録音を選ぶときに参考になったりする。

ブログやホームページにショパンのCD評は膨大にあるけれど、聴き比べという点で量と内容が充実している(と私が思った)サイトがいくつか。(他にもあるかもしれませんが)
いずれも、良くないと思った点をはっきりと書いてあるので、自分で聴くときのチェックポイントになる。
ただし、書かれているコメントや評価が的確かどうかは、よくわかりません。実際聴くとそうは思えないこともよくあるので、他のレビューと比較するなり、試聴するなりして、ご判断を。


 音楽図鑑CLASSIC
私が今まで見たことのあるサイトのなかでは、比較しているCDの数が一番多い。
ピアノをご自分でも弾く方らしく、技術的な部分のコメントも入っているので、聴くときのチェックポイントになる。
何よりも、コメント自体に結構笑えるところもあるので、読み物としても面白い。
ペライアの練習曲集の評価が高いのがちょっと気になるところ。随分昔に衝動買いして一度も聴かず、ラックの奥に眠っている。他のレビューでもわりと評判が良いので、これは聴いてみようかなという気に。

 ショピニストへの道~ショパンを極めよう~ > CD聴き比べ
この方もご自分でピアノを弾くので(それもかなりの腕前と推察しますが)、技術的なところのコメントがわかりやすい。
面白かったのは、スケルツォ第1番を初めて聴いたのがアラウの録音で、ショパンは面白くもない曲を書いたんだなと思ったそう。後に、ホロヴィッツの録音で聴いて、ようやくどういう曲なのかが理解できた由。
アラウのショパンは、ドイツロマン派の曲かと思えるような重たく渋いところがあったりするので、初めて聴く曲をアラウの演奏で聴くというのは、どちらかというと避けた方が無難。まず人には勧めませんが、普通のショパンらしくないところが私には聴きやすくて、わりと好きなんですが。


 Kyushima's Home Page - CD聴き比べ
ショパンのCD評は少ないけれど、それ以外の曲の比較評も数が多くはないが、いろいろ載っている。
ピアノ関係が特に充実していて、名盤の類から、玄人好みのピアニストや若手の録音まで、カバーしている範囲がわりと広く、有名なピアニストだけに偏っていない。新しい録音はブログの方にコメントあり。
高い評価をつけているもので、好みに合いそうな録音をいくつか実際に聴いてみたところ、巷で一般的に世評の高い録音以外にも良いものがいろいろあるのがわかってしまった。おかげでCDの購入枚数が随分増えたような...。
管理人の方の”好きなピアニストのタイプ”という記事に嗜好が明確に書かれているので、好みが似ていればヒット率は高い。好みの方向が違っていれば、当然外れる可能性は大。
このサイトの評価で興味を持ったCDは、”当たる”確率がとても高かったけれど、曲によっては好みや評価が全然違ったりするので、必ず試聴して演奏が合いそうかどうか確認してから、決めている。


この3つのサイトでも、同じ録音に対する技術的なコメントや評価が違うものが結構あって、”CD聴き比べ”の読み比べというのも、面白いものです。

tag : ショパン スティーヴン・ハフ

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プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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