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リヒテル&ブリテン指揮イギリス室内管 ~ ブリテン/ピアノ協奏曲
イギリス人が書いたピアノ協奏曲というと、20世紀以降の作品でも結構いろいろあるわりには有名な曲は少ない。
CHANDOSやNAXOSがイギリス人作曲家(スコット、ティペット、ハウエルズ、ローソーン、オルウィン、ブリス、トヴェイト、ヴォーン=ウィリアムズ、バックス、ナイマン、カーウィスン、グーセンスなど)のピアノ協奏曲をシリーズもののように録音している以外はあまり見かけない。
現代イギリスのピアノ協奏曲(とピアノ独奏曲)は、米国やドイツ・フランスにロシアの有名なピアノ協奏曲に比べて、和声的には調和的なものが多いので聴きやすいとは思うけれども、どうも地味な感じがするのと、メカニカルなちょっと厳つい雰囲気だったり、主題があまり印象的でないものが多いような気がして、繰り返し聴く曲はほんの少し。

そのなかで、いろいろ屈折した一筋縄ではいかないようなところはあるけれど、作曲家の煌くような才気が刻印されているのがブリテンのピアノ協奏曲。何度聴いても面白くて、英国に限らず現代もののピアノ協奏曲で特に好きな曲の1つ。
ブリテンはピアノが得意だったわりになぜかピアノ作品の数も録音もとても少なくて、ピアノ独奏曲はスティーブン・ハフが若い頃にVirginに録音した作品集くらい。これはあまり知られていないアルバムなので、聴いたことがある人は少ないはず。この録音を聴いてハフに興味を持ったことと、曲自体も現代的なスマートさがとても洒落ていて、現代もののピアノ小品集のなかでは一番よく聴いたアルバム。

ピアノ協奏曲の方は独奏曲よりもずっと有名なので録音も多く、ブリテンの指揮&リヒテルのピアノによるスタジオ録音という定番の他に、ゴトーニやオズボーンなど技巧確かなピアニストが録音している。ちょっと面白いのが、指揮もするしジャズも弾くので有名なイギリス人ピアニストのジョアンナ・マクレガーがNAXOSに録音していること。

ブリテンはピアノ協奏曲をもう一曲書いていて、”ディヴァージョンズ”という変奏曲形式の左手のためのピアノ協奏曲。
これは録音が少なく、知られているのは1954年のカッチェン(ブリテン指揮による改訂版の初録音。モノラルなのが残念)、それよりも新しいところでは、フライシャー(2種類)、ドノホー、それについ最近録音したオズボーンくらいだろうか。(ラップというピアニストの1951年の録音があって、聴いたことはないけれど、通常演奏される1954年の改訂版ではなく初版を弾いているはず。)
この曲は、ラヴェルの左手のコンチェルトほどにはピアニスティックではないけれど、それでも左手だけで弾いているとは思えないところも多くて、変奏もいろんなアイデアがあってとっても面白い。
それほど地味だとは思えないのに、どうしてこんなに演奏されないのかと思うけれど、左手だけで弾く現代音楽のコンチェルトというと敬遠される?
ブリテンに委嘱したピアニストのヴィトゲンシュタインは、人気のあるラヴェルの左手のコンチェルトは技巧的難易度が高すぎたこともあってか気に入らず、委嘱した数多くの作品のなかで、このブリテンの”ディヴァージョンズ”を最も高く評価していた。

ブリテンの作品は自ら指揮した録音がかなり残っていて、ピアノ協奏曲もイギリス室内管弦楽団を指揮して録音している。このときのソリストはリヒテル。
リヒテルのピアノだと、ブリテンの才気の煌きや独特の陰影・シニカルさといった複雑に絡み合ったいろんなニュアンスが鮮やかに聴こえてくる。含蓄に富むというのか、音の間からも詩情が立ち上ってくるような素晴らしい演奏。他の録音と聴き比べるとそれがよくわかる。

ブリテンはなぜかリヒテルと相性が良かったらしく、これ以外の協奏曲ではモーツァルトのピアノ協奏曲第22番と第27番(オールドバラ音楽祭のライブ録音。評判が良い演奏)、ブリテンとリヒテルがピアノを弾いているモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」、シューベルトの「アンダンティーノ変奏曲」とドビュッシーの「白と黒で」を録音している。

Britten:Simple Symphony, Klavierkonzert,The Young Persons Guide To The OrchestraBritten:Simple Symphony, Klavierkonzert,The Young Persons Guide To The Orchestra
(2006/09/27)
Sviatoslav Richter, English Chamber Orchestra, Benjamin Britten

試聴する(米国amazon)[Britten Conducts Britten Vol.4 -DISC1/Track1-4]

このCDの収録曲はいずれもブリテンの指揮で、リヒテルがピアノを弾いたピアノ協奏曲と《シンプルシンフォニー》、《青少年のための管弦楽入門》というカップリング。
《青少年のための管弦楽入門》は、《ピーターと狼》と一緒に、音楽の”レコード鑑賞”の時間に聴かされた曲。《ピーターと狼》ほどに印象に残っていないけれど。
《シンプルシンフォニー》は、典雅なところは《青少年のための管弦楽入門》と似ているけれど、ずっと現代風で、古い皮袋に新しいお酒を入れたような感じ。私にはこの曲の方がいろいろ工夫があって印象的だった。ブリテンが20歳の時に書いた初期の作品とはいえ、ブリテン独特の陰影が漂っているし、弦楽がピッチカートでずっと引き続ける第2楽章の旋律の響きがちょっと変わっていて面白い。

 ピアノ協奏曲 Op.13(1938年)

ブリテンが得意とする組曲形式のコンチェルト。トッカータ、ワルツ、即興曲、マーチという性格の違った4つの楽章で構成されている。
タイトルをそのまま受け取って聴いていると、ちょっと違和感があるように思えるのは、現代音楽だからというよりも、ブリテン独特の明暗が交錯するシニカルなところがあるから。
ブリテンの伝記映画のなかで、バーンスタインが言っていたのは、ブリテンの音楽は創意工夫が凝らされて明るくチャーミングだがそれは表層的なものであって、本当にその奥にあるものを聴きとれば、濃い翳りのようなもの、悲痛感や孤独がもたらす苦難のようなものに気づくはずだ、と言っていた。

ピアノ協奏曲の初演は1938年8月のロンドンで、ブリテン自身がピアノを弾いている。
ブリテンの作品解説によると、ピアノがもつ多様で重要な特徴(巨大なコンパス、打楽器的な性質、適切なフィギュレーション、など)を探求した曲で、ピアノ付きの交響曲ではなく、管弦楽伴奏付きのBravura(ブラブーラ:高度な技巧を必要とする華麗な) Concerto。
通常演奏されるのは1945年の改訂版で、初版の第3楽章Recitative and Ariaが、Impromptuに差し替えられている。

第1楽章 Toccata
伝統的なソナタ形式で2つの主題が全編変形されながら展開。
最初の主題は、木管が弾くパルスのような和音の上を、ピアノソロがマルテラートのようなオクターブで、飛び跳ねるように弾いている。
軽快でユーモアを感じさせる旋律がとても印象的。トッカータらしい速いテンポと音の詰まったパッセージが続き、縦横無尽に動き回るピアノが躍動的。
もう一つの主題は、ゆったりしたテンポで少し短調がかった叙情感のある主題で、弦楽から木管へと引き継がれていく。

この主題を分けるのが、管楽器が弾くファンファーレのようなモチーフ。主題2つとこのモチーフが絶えず変形されながらコロコロと入れ替わり、変形のパターンやピアノとオケの楽器の響きがカラフルで、旋律自体はとてもシンプルな音型なのに、最後まで飽きることなく面白く聴けてしまう。
カデンツァに入るまでは、軽快で明るい色調が基調になっていて、現代的なシャープさとスマートさを感じさせるブリテンらしいセンスの良さと才気溢れるところが素晴らしく鮮やか。

カデンツァは雰囲気が一変して、かなりファンタスティック。
弦楽とハープが弾いていた第2主題をモチーフに、ピアノが間にゆったりと打ち込むような和音を挟みながら、アルペジオとスケールでとても華麗な動き。次に管楽器が弾いていたファンファーレ的なモチーフを、弦楽の羽音のような響きを背景に、回顧するように静かにピアノ弾いて、何かが始まりそうな予兆を感じさせるやや不可思議な雰囲気。
ラストはピアノが急に飛び出して、上行するユニゾンのアルペジオで力強くリズミカルに終る。

第2楽章 Waltz
ホルンの静かな4/2拍子の音を引いた後で、ソロのヴィオラ(それからクラリネット)が優雅なワルツのテーマを提示。
これを受けて、ピアノが静かなファンファーレのようにふんわりと入ってきてから、優雅なワルツのテーマを弾き始める。
このワルツの旋律は、ちょっと方向感が定まらないような浮遊感があって、サーカスのような雰囲気。ピアノがこの旋律を弾き始めると、さらにシニカルな感じも加わったような。
トリオに入ると対照的な雰囲気で、まるで旋回するように鍵盤上をマルカートなタッチで素早く動き回るピアノと力強いスタッカートのトゥッティに変わって、再び冒頭のワルツの旋律に。ここはフォルテでかなり盛大な感じで、これはとってもサーカス風。
やがて元通り静かで優雅なワルツに。ピアノが弾くワルツがちょっと調子を外したような和声の響きがあって、レトロな雰囲気。オケも静かにワルツを回想して、最後はクラリネットとホルンがコーダでファンファーレを静かに鳴らしてエンディング。

第3楽章 Impromptu
主題は1945年に改訂。元々は”Recitative and Aria”で、たまたま1937年4月のラジオ劇”King Arthur”のために書かれたもの。

冒頭はピアノ・ソロで、とても密やかなでやや不安げな旋律。
続いて、ピアノソロのまま弾けるようにフォルテでカスケードのような旋律が上行下降して、やがてピアノの伴奏を背景にオケが同じように主題を弾いている。
前半はこの主題の変形。途中で、《ディヴァージョンズ》の第4変奏”Arabesque”と同じパターンの旋律が出てきて、これがピアノが柔らかいタッチでゆっくりと下降していくとても幻想的な響き。
中間部では第2楽章のワルツが変形されて挟まれて、軽快でちょっと不可思議なタッチ。夜中におもちゃの人形たちが密かに起き出して動き回っているような。
警告するような強いワルツにクレッシェンドしてから、再びテンポが元にもどって、また冒頭の静かでやや重苦しい主題に。
全体的に不安感や不可思議で不確定な雰囲気が強く漂う即興曲。

第4楽章 March
作曲年から、第2次大戦が忍び寄ってくる脅威に対するブリテンの信条が音楽的に表現されていると解釈されている楽章。
反戦主義的なブリテンを連想させるように、この楽章はMarchが象徴するものを風刺しているようなシニカルなマーチ。

冒頭は、コントラバス・ドラム・管楽などの低音とピアノが、抜き足差し足風なプロローグ。
やがてちゃんとした行進曲風な旋律をピアノが弾き始める。これはどこかで聴いたことのある旋律。オケが弾くマーチはどこか人食ったような調子はずれところがあるのが可笑しい。
これも最後まで元気な行進曲風で続かずに、弱音で内省的な旋律に変わって、中間部になると、戦場のマーチらしく、勇壮な雰囲気のラッパや、戦場を駆け回っているような音の詰まったパッセージのピアノが登場するけれど、短調主体で華やかというよりは、戦場の混沌とした様子を表すような暗い色調。
終盤は、再び最初の明るく元気な輝かしい行進曲が再現されるけれど、これも長続きせず、再び混乱した戦場に舞い戻ったようにオケとピアノが騒々しくなり、第1楽章の主題が再び現われる。
最後はちょっと嫌味っぽく明るさのなくなった和音が飛び跳ねて、突き放したようなエンディング。

”ハフ~ブリテン/ピアノ小曲集”に関する記事

”カッチェン~ブリテン/ディヴァージョンズ”に関する記事


 ブリテンの伝記映画DVD『A Time There Was』(紹介記事はこちら)
Benjamin Britten: A Time There Was (Dol) [DVD] [Import]Benjamin Britten: A Time There Was (Dol) [DVD] [Import]
(2006/11/21)
Tony Palmer

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輸入版のみ。日本語だけでなく英語の字幕もないので、ブリテンを知っている人達へのインタビューのところはスピードが速くて(それにかなりくだけた表現が多くて)、聴き取りにくい。
ブリテンにまつわる記録映像はあるにはあるがそれほど多くなくて、インタビュー映像とオペラに関するエピソードやダイジェスト映像が多い。ブリテンはオペラが有名なので仕方がないとしても、ラストでは、ピアーズが演じている『ヴェニスに死す』の映像が延々と(10分くらい?)流されるのには閉口。
ブリテンのオペラに興味がある人には良いだろうけど、私はオペラは全く観ない(聴かない)ので、このDVDはあまり面白くなかった。残念。

tag : ブリテン

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ゲザ・アンダ ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番
ゲザ・アンダといえば、モーツァルトやバルトークのピアノ協奏曲集が知られているのだろうけれど、ベートーヴェンもいくつか録音している。ピアノ協奏曲第1番、トリプル・コンチェルト、ピアノ・ソナタ第7番&第28番、ディアベリ変奏曲など。
アンダの録音は、フリッチャイと録音したバルトークくらいしか聴いたことがなく、もう少し聴いてみたいと思っていたピアニスト。まずはとても好きなベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番から。

このコンチェルトは1969年ケルンでケルン放送交響楽団を弾き振りしたライブ録音。放送用音源を使った初出の録音で、Auditeから出ているアンダ・エディションに収録されている。
Schweizer_Musikさんの”鎌倉スイス日記”でご紹介されていて、聴いてみたいと思っていたもの。期待どおりに素晴らしくて、これを聞き逃さずに済んだのは幸運。
ピアノの音が柔らかくて綺麗だし、フレージングの終わりとかの細部のタッチも丁寧。音楽の流れはさりげなく伸びやかなのが心地良く、優雅な品の良さもあって、これは何度でも聴けてしまう。

アンダのベートーヴェンを聴くと、なぜかバルトークも録音ももう一度聴き直したくなったし、ブラームスのピアノ協奏曲第2番(カラヤンではなくフリッチャイとの録音)も素晴らしいらしく、これも聴かないといけない。

Edition Géza Anda, Vol. 2: Beethoven, Brahms, LisztEdition Géza Anda, Vol. 2: Beethoven, Brahms, Liszt
(2008/08/12)
Géza Anda, WDR Sinfonieorchester Köln

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第1楽章 Allegro
冒頭のトゥッティは、快活で伸びやかでとても大らかな自由な雰囲気。
ピアノ・ソロは、丁寧で柔らかいタッチで音が滑らかで、装飾音の優しくトロ~ンとした感じで、とても品の良い響き。
高音の響きに煌きとまろやかさがあり、ちょっと夢見るような甘い響きもして、この第1楽章はついついうっとりしながら聴いてしまった。
中間部のアルペジオのクロスリズムで始まるピアノ・ソロが、柔らかくやや霞がかったような響きが囁くように密やか。
全体的にフォルテをあまり強く響かせず、語りかけるように優しい語り口。強めの細かいパッセージが続くところは、歯切れの良いフォルテになるけれど、余分な肩の力が入っていないような気負いのなさと、柔らかくて優しい響きがする。

最後のカデンツァは、一般的に弾かれるカデンツァとは違うバージョン。
普通弾かれるカデンツァは、作曲した頃のベートーヴェンの若々しさとヴィルトオーゾらしさを感じさせるような、かなりピアニスティックで勢いのある華やかなカデンツァ。
アンダが弾いているカデンツァは、ベートーヴェンのカデンツァとは全く違った雰囲気で、技巧的な華やかさを見せるようなタイプではなく、短くてあっさり。弱音部分が多く、旋律も優しい雰囲気のものが主体なので、第1楽章のアンダのピアノのタッチにとても似合っている。
アンダはモーツァルトのピアノ協奏曲のカデンツァを自作しているので、このベートーヴェンのカデンツァも自作なのかもしれない。

第2楽章 Largo
丁寧なタッチで柔らかく温もりのある響きでとても穏やかで、心持ち速めのテンポでややさっぱりした感じの叙情感。

第3楽章 Rondo
さすがにこの楽章は、タッチが強く歯切れ良くなって、第1楽章とはちょっと違った雰囲気。
でも、勢い良く元気に弾け回っているような演奏とは違って、相変わらず丁寧なフレージングと柔らかい響きの弱音が印象的。節度のある快活さというか、やっぱり品の良さを感じさせる。
フレーズのなかに微妙な強弱をつけた小さな起伏があるので、一本調子の単調さがなく、軽やかなリズム感とさりげなく入ってくる弱音の優しい表情がとても素敵。

tag : アンダ ベートーヴェン

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ミッコラ ~ ラウタヴァーラ/ピアノ協奏曲第1番
ラウタヴァーラの書いたピアノ協奏曲は今のところ3曲。
第1番はラウタヴァーラ自身が演奏するために、第2番はピアニストのラルフ・ゴトーニの委嘱、第3番はアシュケナージが自ら弾き振りするために委嘱。

いずれも、ピアノ協奏曲らしくピアノパートはとても技巧的で華やか。
ソリストは弾くのが大変だと思えるほどに緩徐楽章以外は、ほとんど休むことなく指が目まぐるしく鍵盤上を駆け回って、かなりの指回りの良さと筋力の持久力がないと、すっかり腕がだるくなってしまいそう。

この中で比較的有名なのは、アシュケナージが委嘱した第3番かもしれないけれど、そもそもラウタヴァーラのコンチェルト自体がそれほど知られていないので、あまり違いがない気もする。

第1番は3曲のなかでは一番前衛色が強い方ではあるけれど、それでもかなり聴きやすいコンチェルト。
最も構成がシンプルで明確、緩急が絶えず交錯してメリハリがきいているし、ピアニスティックな技巧が華やかで、厚みのある響きも幻想的。
北欧の雄大な自然の姿をイメージさせるような描写性と、清々しく透明感を感じさせる叙情性もあって、第3番と同じく好きな曲。

このコンチェルトの録音は、ゴトーニとミッコラの盤があり、ミッコラの演奏はタッチが柔らかくて響きがまろやかでファンタスティック。華やかさがあって、叙情感も強め。
ゴトーニは、タッチがシャープで力強くてとてもパワフル。響きはクリアで綺麗だけれど、ちょっとゴツゴツしているのでアルペジオの流麗さがもう一つ。第3楽章はリズムがとても鋭くて軽快。全体的にこの曲のもつ力強さや激しさがよく出ている。なぜか和声の響きがあまり綺麗に聴こえてこない気がするけれど。

ミッコラは、ラウタヴァーラのピアノ作品集も録音していて、これがかなり良かったので、このコンチェルトはミッコラの演奏で。

Rautavaara: Cantus Articus; Piano ConcertoRautavaara: Cantus Articus; Piano Concerto
(1999/03/09)
Hannu Lintu (Conductor), Royal Scottish National Orchestra, Laura Mikkola (Piano)

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ピアノ協奏曲第1番 Op.45 (1969年)

ラウタヴァーラ自身による解説によると、このコンチェルトは...
-とても個人的な作品。極めて個性的な(idiosyncratic)な技法で書かれており、自ら何度もオーケストラと演奏した曲。
-当時、ピアノ音楽の主流だったセリエル音楽の厳格なアカデミックな構造が、生気のない音楽だとしか思えず、失望していた頃に書いた作品。
-このコンチェルトでは、音の審美的な表現と、グランドスタイルな鍵盤技術へと立ち戻ってみた。
-ポスト・モダンが流行する前に作られたポストモダニストの作品とも言える。

第1楽章 Con grandezza
冒頭はpalm clustersが使われて、アルペジオを背景に不協和音が鳴り響くが、それなりにメロディアスな旋律になっているという、アンバランスなところが面白い。オケの伴奏も波のようにうねりと厚みのある響きがダイナミック。
中間部に入ると、ややテンポが落ちてピアノが弱音で弾く綺麗な響きの旋律が現われては消えていく。間に度々フォルテの旋律が差し挟まれ、波が大きく打ち寄せては、すっと引いて行くような緩急の交代が激しい。
再現部ではforearm clustersになり、アルペジオで支えられて、最後はフォルテでおおらかに歌うように締めくくる。
クラスターや不協和音がふんだんに使われているわりに、旋律自体に叙情感があり和声がそれほど歪んだ響きではないせいか、北欧の自然のダイナミックさや、清々しく瑞々しい透明感を感じられて、とてもファンタスティック。

第2楽章 Andante (ma rubato)
美しく舞うような幻想的なアルペジオと、力強い和音による旋律とが交代して現われて、静かで広大な湖の風景が思い浮かぶような曲。
冒頭は静かに始まるが、絶えず静と動の動きが交錯しつつ、クライマックスへ向かって徐々に拡大するように、音の厚みが増していく。
最後は不協和な和音がガンガンガンとなってから、弱音の和音とアルペジオが余韻のようにキラキラと瞬いて終る。

第3楽章 Molto vivace
冒頭は、再び不協和な音がガンガンガンと鳴るプロローグ。
続いてやや穏やかに低音域中心の旋律が始まるが、徐々に階段を一歩一方上っていくように高音域へ上行して、同時に音も増えて加速していき、躍動的で広がりのある。
ラウタヴァーラの作品でよく使う3+2+3拍子という変拍子がここでも使われている。
前の2つの楽章のような幻想的なアルペジオはあまり使われず、明確な輪郭をもった同一パターンの音型が変形されつつ全編に現われ、カデンツァになるとこのパターンが融解し、拘束から解放されたような舞曲になるところが華やか。
3分くらいの短い楽章で、構成自体もかなりシンプル(ちょっとミニマル的?)。クライマックスへ向かっていく盛り上げ方が上手いので、リズミカルで高揚感のある曲になっている。

tag : ラウタヴァーラ

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カッチェン《Decca Recodings 1949-1968》より ~ ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲,ピアノ協奏曲
ラヴェルが書いたピアノ協奏曲は、両手で弾くト長調協奏曲と左手だけで弾く二長調協奏曲の2曲が残っている。
両手版のト長調の方が有名で演奏機会が多くて、それに比べると左手で弾くニ長調の方は録音も実演もやや少ない。
この2つのピアノ協奏曲は並行して作曲されたせいか、作風に明暗の違いはあっても、ジャズ風や東洋風のエキゾチックな旋律がでてきたりするのが、ちょっと似ている。
右手の協奏曲は、元々は”バスク風ラプソディ”として着想された曲で、第1楽章と第3楽章はそれを元に書かれている。
左手のコンチェルトは、戦争で第一次世界大戦で右手を失ったピアニストのウィトゲンシュタインの委嘱により書かれたもので、”両手で弾いているような幻想を聴衆に与える”ことを意図しているとてもピアニスティックな曲。
この曲はその技巧的難易度の高さゆえにエピソードがついていて、委嘱者のヴィトゲンシュタインが、自分で弾くには難しすぎて適当に改編して弾いて、ラヴェルを怒らせたというのは有名。
コルトーにいたっては、左手だけで弾くこと自体は限定的な要素だとして、左手のソロパートを両手用に編曲した版を作って、ラヴェル家の人たちを激怒させたほど。

ラヴェルがこの2曲のピアノ協奏曲を作曲したのは、原因不明の病にかかった後の頃で、記憶障害や言語障害の症状が進行していったために、頭から音を絞りだすような苦労をして生み出した作品。
ラヴェルは右手の協奏曲を自分で初演したくて、リストの『超絶技巧練習曲』を一生懸命練習したけれど、結局病気のためにそれも断念せざるをえず、マルグリット・ロンが代役のソリストとして演奏した。
ラヴェルの病気とピアノ協奏曲に関するエピソードについて<音楽と映画の周辺>というブログの記事が参考になります。

どちらかというと、左手のコンチェルトのピアニスティックな華やかさと、光と影が交錯するような重々しくドラマティックな雰囲気が好きなので、聴くのもこちらの方が多い。
左手に要求される技巧レベルがかなり高いのでそう簡単に弾けるというわけではないせいか、両手の方の協奏曲だけ録音して、左手の方は録音していないピアニストは多い。

カッチェンはラヴェルの協奏曲は2曲とも録音していて、両手のト長調協奏曲が1965年、左手のニ長調協奏曲が1968年11月の録音で、いずれも伴奏はケルテス指揮ロンドン交響楽団。
ラヴェルの左手のコンチェルトは、カッチェンの最後に録音となった曲。この録音の5ヶ月後に肺がんで亡くなることになるとは思えないほど、演奏のどこにも病の影が感じられない。最後の公開演奏となった12月のコンサートでも、この左手のコンチェルトを弾いていた。

両手のピアノ協奏曲はミケランジェリの録音が定番(の一つ。アルゲリッチも有名?)で、よく聴くのはミケランジェリかロジェ。
左手のコンチェルトは、フランソワの演奏が有名だけれど、弾き崩すようなタイプのピアニストは好きではないので、聴くのはカッチェン、ロジェ、フライシャー。
カッチェンの録音をとりあげているブログは少ないけれど、”鎌倉スイス日記”のSchweizer_Musikさんが、左手のコンチェルトのフランソワとカッチェンの録音に関する記事を書かれていて、これは全くその通りですね~と同感。


Julius Katchen: Decca Recordings 1949-1968 [Germany]Julius Katchen: Decca Recordings 1949-1968 [Germany]
(2006/01/02)
London Symphony Orchestra,Suisse Romande Orchestra

試聴ファイル



 左手のためのピアノ協奏曲ニ長調(1930年)

Lentoの冒頭はとても重苦しい雰囲気で、ラヴェルの《ボレロ》に似た感じがする旋律。コントラファゴットが息の暗い音色の息の長い主題を弾き、コントラバスのゴーゴーと低く太い響きがとても厳か。
やがて霧が晴れたように管楽器が高らかと鳴り響いて、山の頂が急に目の前に現われたような壮大な雰囲気。
その雰囲気を受け継いだピアノソロは、8度離れた低音の和音移動でプロローグのように荘重に響き、すぐに華やかなアルペジオに変わり、ちょっと東洋風のエキゾチックな香りも漂う旋律。両手のピアノ協奏曲の第1楽章の始めの方にも、似たような雰囲気の旋律が出てくる。
カッチェンの低音は太く力強くて弾力があるクリアな響きで、この曲の荘重さにぴったり。音の詰まった和音移動でも切れ良くシャープで、柔らかなタッチで弾く高音域の旋律の間に、低音の和音がゴンゴンと鳴り響き、まるで両手で弾いているようなパッセージが続く。
最後はトゥッティに切り替わって、厚みのある弦楽と大きく鳴り響く管楽は相変わらず勇壮な雰囲気で、この楽章は歴史スペクタクルのプロローグ風。

次はピアノソロで始まる中間部。Piu Lentoなので、最初はとてもゆったりとした叙情的な旋律は、静かな湖に佇んでいるような瑞々しさと透明感。硬質でクリアなピアノの響きは音が濁ることなく明瞭で、でもどこか温もりのあるところは両手の協奏曲の第2楽章と似ている。
続いてピアノがAndanteの分散和音に変わり、助走するように徐々に動きが活発になり、ピアノが細かいパッセージを弾く一方、その上をオケが複数のモチーフを弾いていき、ついには突如行進曲風に。ちょっとジャジーな雰囲気もするかな。
ここはピアノとオケが三度重音の下降スケールを何度も弾いていて、ピアノの急降下するようなすこぶる歯切れの良いタッチとっても印象的。
ここから曲想がコロコロと変わっていき、森で動物達が遊んでいるような細かくリズミカルで楽しげな旋律が出てきたと思ったら、突然静かになって第1楽章の主題が再び現われて、黄昏たような響きで管楽器が旋律を弾き、いろんな打楽器が交代でリズムを刻み、ラヴェルの《ボレロ》を連想するようなオスティナートが現われたり、etc.
厚みのあるオケの伴奏を、ピアノは蝶のように軽やかに舞って、いろんなモチーフがオーバーラップしながら、目まぐるしく移り変わっていくのはコラージュ風。個々のモチーフは性格がはっきり違っていて印象的なので、流れはちょっとつかみ所がないところはあっても、とても面白い楽章。

終盤は再び冒頭の重苦しい旋律が変形されて現われ、すぐに細かなアルペジオのソロが華やかなピアノのカデンツァ。
静かに湖面を蝶が舞っているような水気と透明感のあるピアノの響きがとても幻想的で、クレッシェンドしながら、今までに現われたいくつかのモチーフがアルペジオの中に織り込まれていくところは回想シーンのよう。
カッチェンが弾くアルペジオはとても美しく、クリアな響きでモチーフを明瞭に浮き上がらせながら、カスケードのように滑らかなレガートで音が流れていくところが鮮やか。
最後はボレロのような主題の旋律が現われて、兵隊が行進する足音のようなダッダッというオケの伴奏と、警告するような響きのトランペットが重なり、ピアノの低音の力強い下降スケールがさらに加わってエンディング。

耳から聴いているだけでも、ピアノパートが左手だけで弾いているとはわからないくらいに、ピアノの音の密度が高く、低音~高音域まで幅広く動き回っている。
この音の動きを実際楽譜でみてみると、両手で弾いても苦労しそうな雰囲気。難曲と言われるのもなるほどと思えるくらいに、左手が右手並(それもすこぶる指回りがよく筋力がないといけない)に動かないとスラスラとは弾けない感じ。

楽譜を見ると、和音、アルペジオ、単音の旋律が、曲想の違いに応じて、わりとセクションごとにまとまって分かれて出てくる。
アルペジオはかなり凝っていて、それもふんだんに使われている。
3~4オクターブくらいに渡っているところもざらにあり、それも高速で音の数が多く、和音と単音が混在していたり、一部が持続音になって同時に別の音(和音や単音)をアルペジオや跳躍で弾くところもあるので、ペダリングが上手くないと、音が濁ったり、持続音が聞こえなかったりしそう。
一方、オケは比較的息の長い旋律が多く、重々しく堂々とした雰囲気で、ピアノはどちらかというと伴奏的に華やかに動き回っているところも多い。
途中、ピアノが休止する部分があったり、緩徐楽章の最初の方で単音だけでゆったり弾くところがあるので、そこでちょっと一息。
プロのピアニストでも、右手と左手の技巧レベルに多少差があるんじゃないか思うので、かなり腕に(左手に)自信がないとまず技術的に弾きこなすのに苦労しそう。

楽譜を見ながら聴くと、余計にこの曲の難しいところが視覚的にも実感できる。
実際にピアニストの手の動きを見てみたいなら、レオン・フライシャーのライブ映像(ニコニコ動画)で。



 ピアノ協奏曲ト長調(1931年)

第1楽章 Allegramente
冒頭はパレードのファンファーレのように明るくカラフル。ピアノはグリッサンドでハープのような響きがとても華やか。
序奏部分が終ると、テンポが落ちて、ガーシュインのような和音の響きやジャジーな雰囲気の旋律に変わってちょっと物憂げ。東洋(というかオリエンタル風)のエキゾチックな雰囲気の旋律も加わって、和洋折衷のような面白い雰囲気。
再び、テンポが上がって、冒頭に帰ったようにメカニカルなパッセージが続いて、一瞬”ゴジラ”の旋律が聴こえたり、ピアノが目まぐるしく動き回って、再びジャジーな雰囲気の主題が現われる。
カッチェンのピアノは、タッチがシャープで音は弾力があってやや太めの丸く温もりのある響き。ミケランジェリで聴くと冷たく研ぎ澄まされた精緻で隙のない完璧さを感じるけれど、それとは違って、明るめの色調で伸び伸びと快活な感じがする。

第2楽章 Adagio Assai
シンプルで叙情的な主題がとても美しくて有名な楽章。
やや強めの鋭いタッチで弾くところと、カッチェン独特の羽毛のように柔らかで消え入りそうな弱音で弾くところが混ざり合って、この強さと儚さが交錯するピアノが特に綺麗。
硬質で透明感のある音色と響きには、ほのかにまろやかさや温もりがあるので、ミケランジェリの研ぎ澄まされた怜悧な響きとは違って、ほのぼのとするものがある。
終盤近く管楽器の背後でピアノが伴奏してカスケードのように弾くところは、夢見るようなピアノの音がとても綺麗に響いていて、まるで天使が舞い降りてくるようにピュアな美しさ。

第3楽章 Presto
この楽章はジャジーな雰囲気と、あの「ゴジラ」のテーマが聴こえてくるので有名。
ラヴェルを尊敬していた「ゴジラ」の作曲者の伊福部昭が、このコンチェルトの旋律を転用したせいなので本家本元はラヴェル。でも、私にはどうしても”ゴジラ、ゴジラ”と聴こえてきてしまう。
カッチェンのピアノは持ち前の指回りの良さを生かして、弾力のある切れの良いタッチでテンポも速く、ピアノの細かいパッセージがとてもリズミカル。
ロジェのようなフランス風の軽妙で洒落た感じではないけれど、ピアノの勢いのあるメカニカルな動きがとても躍動的でどことなくユーモラス。

 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

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マルティヌー/フルート、ヴァイオリンとピアノのための室内楽曲
マルティヌーの室内楽曲は、楽器構成のバリエーションがかなり豊富。
ざっと見ただけでも、ソナタ(ヴィオラ、ヴァイオリン、チェロ、フルート&ピアノ)、二重奏(ヴァイオリン&チェロでかなり有名な曲)、三重奏、四重奏、五重奏、六重奏、九重奏。詳しく探せばこれ以外のフォーマットの曲もあるに違いない。
六重奏、九重奏も含めて、ほとんどの室内楽曲でピアノが入っていて、ヴァイオリン奏者だったわりには、ピアノ曲を書くのが得意だったらしい。
知られているピアノ独奏曲はあまり多くないけれど、ピアノ協奏曲の方は室内協奏曲的なものも含めれば、10曲以上はあり、ピアノ協奏曲第4番《呪文》は結構有名。
どちらかというと、(ピアノ作品は曲想の好みもあって)独奏曲はさほど印象に残る曲が多くはなかったし、ピアノ協奏曲や室内楽曲という協奏的な作品の方が良い曲が多いような感じはする。

マルティヌーの室内楽曲は、管楽器を多用したカラフルな色彩感と、軽やかな明るい色調で、フランス風の軽妙で洒落たタッチの曲が多い。不協和的な響きは多少入っているけれど、難解な前衛性とは無縁のとても聴きやすい曲ばかり。
プーランクとヒンデミットを足して2で割ったようなというか、愛嬌のあるヒンデミット風というか、そういう現代的なところに、チェコ音楽らしき民俗風の濃厚さがブレンドされたようなコクがある。

室内楽曲で有名な曲はいくつかあって、わりとよく演奏される曲の一つが、《フルート, チェロとピアノのための三重奏曲 H. 300》。
これはちょっと前に聴いたことがあり、”日曜日の朝には、プーランク”....ではなくて、”日曜日の朝には、マルティヌー”と言いたくなるような、軽やかで陽光のように明るく楽しげな曲。

《フルート、チェロとピアノのための三重奏曲 》の記事


マルティヌーは有名な多作家だったせいか、似たような曲想の曲も多く、友人のピアニスト、フィルクスニーは作品の質にばらつきがある(つまり玉石混交?)と言っていた。
どれが玉でどれが石かはともかく、フルートの入った曲は、フルートの軽やかな音色を生かした明るい色調の曲が多い。
お日様の陽射しが入る窓辺でとる紅茶とトーストのブランチには、とっても良く似合う。

マルティヌーの室内楽曲のアルバムはいろいろ出ているので、曲目も多少オーバーラップしているが、なにせ多作家なので全部聴くとなるとこれはかなり大変。
このアルバムは、なぜかあの超絶技巧のアムランがピアノパートを弾いているというのが、とっても珍しい。昨年のマルティヌーイヤーではなく、1995年に録音しているので、記念アルバムというわけでもなさそう。
アムランは、さすがに切れの良いタッチでどこでもスラスラ弾いているので、フルートやヴァイオリンをジャマすることなく軽快な動きにぴったり合っている。

ヴァイオリンはアンジェル・デュボー、フルートはアラン・アリオン。
Martinú: Sonatas, Promenades, Madrigal StanzasMartinú: Sonatas, Promenades, Madrigal Stanzas
(1995/12/12)
Alain Marion (Flute), Marc-André Hamelin (Piano), Angèle Dubeau (Violin)

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フルート、ヴァイオリンとピアノのためのソナタ, H.245
このアルバムのなかではかっちりとした構成で、楽章ごとの曲想も違いも明瞭で、聴いていて一番楽しい曲。

第1楽章 Allegro poco moderato
いろんな鳥達が賑やかにおしゃべりしているようなタッチ。楽器の音色の違いが声音の違いにように聴こえてきて、楽器の掛け合いがとっても面白い。

第2楽章 Adagio
短調と長調の中間のような調性感がやや曖昧な感じのアダージョで、やや憂いを帯びた明るさ。

第3楽章 Allegretto
再び軽快な曲想に戻るが、冒頭はちょっと運動会風でとてもせわしなく動きまわり、ピアノが特に快活。
中間部はほんのすこし落ち着いて、やや東洋風な感じのする旋律が挿入されてから、再現部へ。

第4楽章 Moderato poco allegro
不協和的な和声が多くなって、軽やかではあるるけれど、ちょっとおっかなびっくりといった押さえ気味のところがあって、やや風刺風な可笑しげな曲。ここも中間部は、お正月に花鳥風月を愛でるような日本風の旋律が入ったり、他の作品の旋律を転用したり。
第3楽章と第4楽章の中間部は主題部とは全く流れが変わって、どこか他所から拝借してきたような、独立したような部分に聴こえる。

フルート、ヴァイオリンとハープシコードのためのプロムナード,H.274
珍しくもアムランがハープシコードを弾いている。ハープシコードの音が高音域中心でヴァイオリンの音と重なる上に、音量も小さいので、バックでちょこまかと鳴っているといった印象のところが多い。
全体的に調性感が曖昧なところはあっても、明るい色調で軽やか。
第3楽章は冒頭のヴァイオリンのピッチカートの響きが、第4楽章はこれも追いかけっこをしているようなせわしなくせかせかしたところが面白い。

フルート・ソナタ H.308
三重奏のピアノパートとは違って、第1楽章や第3楽章の冒頭や中間で出てくるピアノソロがとても華やかでロマンティック。フルートとピアノが速いテンポで掛け合っていくところがとても気持ちよく響く。

5つのマドリガル・スタンツァ~ヴァイオリンとピアノのための, H.297
ヴァイオリン&ピアノのフォーマットの曲では、ヴァイオリンソナタよりもこの曲の方が知られているかもしれない。
アレグロやスケルツァンドでも、ややゆったりとしたテンポ。
フルートが入っていないせいか、三重奏曲やフルートソナタのような賑やかで飛び回っているようなタッチの曲は少なくて、ちょっと品良く優雅な雰囲気。

フルートとピアノのためのスケルツォ, H.174A
これは速いテンポで、フルートが上行下降を繰り返し、ピアノが合いの手を入れるように弾く和音のリズムが、目まぐるしく変わっていく。

フルート, ヴァイオリンとピアノのためのマドリガル・ソナタ H 291
”マドリガル”とは、16世紀以降のイタリアで作られた多声世俗歌曲のことらしい。他の三重奏曲と、楽章構成以外にどういうところが違うのかは良くわからないけれど、旋律の流れはずっと滑らか。
第1楽章はPoco allegroといっても慌しさはなく、ちょっと控えめな軽妙さ。
第2楽章の冒頭のフルートがとても穏やかに始まって、しばらくは3つの楽器が問いかけるような曖昧な雰囲気でしばらく対話していく。
中間部はテンポが上がって、音がつまった細かいスケールや、飛び跳ねる和音の掛け合いが続き、再び元のゆるゆるとした雰囲気に。最後は中間部のラストが再現されて弾けるように元気よいエンディング。

tag : マルティヌー アムラン

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スティーヴン・ハフ ~ リーバーマン/ピアノ協奏曲第1番&第2番
リーバ-マンのピアノ協奏曲は、現時点で3曲書かれている。
リーバーマンといっても、《ジャズ・バンドと管弦楽のための協奏曲》を書いたスイスの作曲家ロルフ・リーバーマンではなくて、アメリカ人のローウェル・リーバーマンの方。
ニューヨーク在住のリーバーマンの作品は、昔同じくNYで演奏活動をしていたスティーブン・ハフの現代音楽の重要なレパートリーの一つ。
ハフの録音はラフマニノフやリスト、ショパンなどが有名だけれど、現代音楽もの録音もかなり多く、数種類リリースされているピアノ小品集でも日本ではあまり知られていない作曲家の作品をいろいろ収録している。

リーバーマンのピアノ作品の録音はあまり多くはないので、ピアノ協奏曲第1番と第2番に加え、ピアノ独奏曲集が2作品収録されているハフのアルバムはかなり貴重。
特にピアノ協奏曲第2番はハフに献呈された曲なので、ピアノはハフ、伴奏はリットン指揮ダラス響というラフマニノフのピアノ協奏曲の演奏でお馴染みの顔合わせで初演された。
”サミュエル・バーバーのピアノ協奏曲以来の傑作”という評した評論家もあり、この曲はアメリカ人にはかなり評判が良いらしい。

リーバーマンのピアノ協奏曲はスポーティでシャープな切れ味が、現代的で都会的なスマートさを感じさせる曲。そのせいか、時々SF映画のサントラを聴いているような気がするけれど。
ピアニスティックな技巧がちりばめられ、行進曲風のリズミカルでやや厳しく勇壮な急速楽章と和声・旋律が美しくさらさらした叙情感の緩徐楽章のコントラストが鮮やか。
ピアノ協奏曲の急速楽章は、ピアノ独奏曲《ガーゴイル/Gargoyles, Op.29》に、音の配列や雰囲気がとてもよく似ているので、コンチェルトが気に入ったなら 《ガーゴイル》も好きになるのは間違いない。

このスタジオ録音は、リーバーマン自身が指揮するグラスゴーBBCスコットランド交響楽団が伴奏。
日本では、指揮はデュトワ、ピアノはハフで、2001年のN響の定期演奏会で演奏されている。現代音楽といっても、かなりわかりやすくノリの良い曲なので、聴衆にはウケが良かったらしい。

Liebermann: Concerto for piano No2; Album Op43Liebermann: Concerto for piano No2; Album Op43
(1997/06/10)
Stephen Hough (piano)(Performer) Lowell Liebermann (Conductor), Glasgow BBC Scottish Symphony Orchestra (Orchestra)

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カップリングされているのは、ピアノ独奏曲《子供のためのアルバム/Album for the Young, Op. 43》からの6曲。《子供のためのアルバム》は調和的な和声と旋律がとても美しい18曲の曲集。


 ピアノ協奏曲第1番 Op.12 (1983年)
第1楽章 Allegro
リーバーマンのトレードマークのような騒然とした雰囲気。聴けばすぐにリーバーマンの曲だとわかる。
ミリタリー調というか行進曲風というか、明確で克明に刻まれるリズムが軽快。
ハフのピアノは、いつもながらシャープな打鍵で、音が舞うように軽やかでクリア。

第2楽章 Larghissimo
暗い色調で静かに呟くようなピアノ・ソロが美しく、冷たい水がぽつんぽつんと滴りおちるような透明感と静けさ。
旋律には歌謡性はないけれど、無機的な感じはなく、クールな叙情感。

第3楽章 Allegro Con Fuoco, "Maccaber Dance"
"Maccaber Dance(死の舞踏)”というタイトルがついているが、まるでSF映画のバトルシーンのBGMのような曲。(スペクタクルな”スターウォーズ”よりも、地味な神経戦の戦闘シーンが多い”スタートレック”の方に向いている)
第1楽章と同じように、オケ伴奏は管楽器がかなり目立ち、とてもリズミカルで勇壮な雰囲気。
ピアノも速いテンポの厚みのある和音移動が多く、骨太の響きがオケとぴったりマッチ。
途中で、敵の出方をうかがうような弱音主体の部分が挟み込まれていて、ここはピアノの軽やかなアルペジオの高音の響きが素晴らしく綺麗。


 ピアノ協奏曲第2番 Op.36(1990年)

第1楽章 Allegro Moderato
冒頭の蝶のように軽やかに舞うピアノのアルペジオが幻想的。音が細かく込み入っていても、ハフの響きは1音1音がシャープでクリアなので、響きに濁りがなく細部までくっきりと明瞭。
続いて加わったオケは、プロローグのように何かを予感させるような旋律。
同じ主題をピアノが後から弾きなおし、序奏から徐々にエンジンがかかっていくように、ピアノとオケがスケールを交互にカスケードするように弾き、次にはエジプトのピラミッドがようやく目の前に現われたような堂々としたファンファーレ。
なぜかスタートレックの映画第1作(The Motion Picture)で、新生エンタープライズ号の姿が徐々に現われてくるシーンがあって、そこにぴったりな曲に思えてくるのは、雰囲気がちょっと似ているせい?

この後も同じ複数のモチーフがやや変形されながら、繰り返し登場する。
リーバーマンの曲はどれも錯綜感が強く感じないのは、単純なモチーフを執拗に展開して構造が堅牢に思えるせいに違いない。
第1番以上に展開が凝っているので演奏時間は長くなっているけれど、身体が自然に反応するようなリズム感が良く、管楽器を多用したカラフルな色彩感とやや調和的な和声の響きがとても馴染みやすくて、意外と単調さを感じさせない。

第2楽章 Presto
この楽章は、何かが得たいの知れないものが蠢き、事態が急展開したような急迫感。
冒頭に弱音でピアノが弾く主題が、この楽章でも変形されながら、ピアノパートと伴奏パートに繰り返し現われる。

第3楽章 Adagio
このアダージョは、第1楽章のような叙情感は全くなく、前2楽章の雰囲気に統一したように、不気味なものが潜んでいるような漠然とした不安感が流れている。
中間部では、オケの合図とともに急にテンポが上がり、何かから逃れるように、疾走感のあるピアノが和音で機関車の車輪のごとく賑やかに動き回る。
やがて安全なところにたどり着いたように、再びテンポがスローで静かになるが、それでも曖昧模糊とした不安感が漂っている。

第4楽章 Allegro
再びアレグロで相変わらず賑やかな曲想に戻る。
霧が徐々に晴れていくようにやや明るい色調で、ラストスパートをかけるように躍動的でダイナミックな楽章。

同じモチーフを変形しながら展開していくのが、職人芸のように凝っていて、聴いている時はとても面白い。
管楽器が賑やかでカラフルで、特に急速楽章はダイナミックで、ポップな雰囲気もあり、かなり聴きやすい。
ただし、第1・2・4楽章が音の動きや雰囲気に似通ったところがあり、主題自体もさほどメロディアスでも魅力的でもないので、もう少し聴き込めばまた違った印象になるかもしれない。


 リーバーマン/子供のためのアルバム、ガーゴイルの記事

tag : リーバーマン スティーヴン・ハフ

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ミッコラ ~ ラウタヴァーラ/ピアノ作品集
フィンランドの代表的な現代音楽の作曲家エイノユハニ・ラウタヴァーラの作品のなかで有名なのは、《カントゥス・アルクティクス 鳥と管弦楽のための協奏曲》(1972年作)やグラミー賞ノミネート曲《交響曲第7番「光の天使」》。
管弦楽曲に比べて、ピアノ作品はさほど聴かれていないような気はするけれど、彼のピアノ協奏曲やピアノ独奏曲は、ピアニスティックな技巧と豊かな色彩感のある響きのタペストリーが素晴らしく、現代音楽とはいえ北欧風の透明感や叙情性もあって、とても馴染みやすい曲が多い。

同じ北欧のシベリウスやグリーグの静かな叙情の世界はあまり好きではないので(いつも途中で眠くなる)、こういう音が積み重なって鍵盤上を舞っているような音楽の方が面白い。
この音の煌くようなタペストリーの美しさと、不協和的な音が重なってもなぜか透明感のようなものを感じるのは、やっぱり北欧風といっても良いのかも。

ピアノ作品集の解説に書かれたプロフィールによると、ラウタヴァーラは戦後の新古典主義の影響下で作曲活動を開始。
1950年代は、12音技法を使い出してかなりモダニスト的なイディオムを感じさせる作風。一方で個々の作品はかなり幅広いアプローチで書いている。(ピアノ作品集は主にこの時代のもの)
1970年後期になると、いろいろな様式の影響を統合した作品を書き始める。
1950年代からラウタヴァーラはフィンランドの代表的な作曲家とみなされていたが、国際的な評価を得たのは1990年代。1997年には交響曲第7番「光の天使」がグラミー賞にノミネートされた。

ピアノ協奏曲は、第1番1969年、第2番1989年、第3番1999年に作曲。
ピアノ独奏曲は1950~60年代くらいまでに書かれているので、前衛色が濃くはあるけれど、それにしては和声の響きや旋律は綺麗なのでさほど小難しいこともなく、現代もののピアノ作品集ではかなり好きなアルバム。
書き方がいろいろ違ったコンパクトな小品が多く、ピアノ・ソナタ(特に第2番)はピアノ協奏曲よりも構造がわかりやすく、それでいて協奏曲なみに響きが豊かでカラフル。
ラウタヴァーラを最初に聴くなら、ピアノ協奏曲の方ではなくて、独奏曲集の方が聴きやすいかも。

ピアニストのラウラ・ミッコラは30歳半ばのフィンランド人。ラウタヴァーラのピアノ協奏曲3曲もNaxosに録音している。
Einojuhani Rautavaara: Works for PianoEinojuhani Rautavaara: Works for Piano
(1999/07/20)
Laura Mikkola

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このNaxos盤に収録されている個々の作品解説は、ラウタヴァーラ自身が書いているもの。

Etudes, Op. 42(1969年)
ラウタヴァーラによると、この時代の現代音楽のトレンドは”sparse, aphoristic style”だったので、(それとは違って)鍵盤全体を縦横無尽に使って、この楽器の機能をフルに引き出すことで、豊かな音色・響きや幅広い様式になるように書いた練習曲。

第1曲Terssit (Thirds)はいかにもラウタヴァーラらしい歪みの少ない不協和音とアルペジオできらめくように幾層にも重なった音の洪水。
第2曲Septimit (Sevenths)も似たようなタッチで、やや厳しい雰囲気。
第3曲Tritonukset (Tritones)はスローテンポで不安感が漂う。
第4曲Kvartit (Fourths)は、華やかなアルペジオが、北欧の雄大で透みきった自然のようなイメージ。
第5曲Sekunnit (Seconds)は再びスローテンポで、弱拍に同一音のオスティナートが続き、不安が忍び寄るような静けさ。
第6曲Kvinitt (Fifths)は、ピアノ協奏曲を連想させるようなとてもダイナミックなアルペジオ。ラヴェルのピアノ協奏曲に出てくるような”ゴジラ”のモチーフにほんの少し似ているような旋律が一瞬聴こえてくるのが面白かった。

Icons, Op. 6(1955年)
このイコンというのは、聖使徒ルカがマリヤを描いたものを指している。ラウタヴァータの解説が、このピアノ作品集の中では最も長い。

第1曲The Death of the Mother of Godは、何かの啓示が降り注いでくるように、少し神秘的でとても厳粛な雰囲気。
第2曲Two Village Saintsは打って変わって、まるで運動会をしているような軽快で活気のある曲。
第3曲The Black Madonna of Blakernayaは和音だけで構成された音の厚みのある、スローテンポで厳粛な曲。
第4曲The Baptism of Christはの冒頭は目まぐるしく動くピアノのパッセージが少しジャズ風?。それが終るとプロローグのように荘重な和音が鳴り響いてから、何かが生れ落ちるような思索的な弱音のフレーズに変わる。和声の響きがメシアンに似ているような感じもする。
第5曲The Holy Women at the Sepulchreは、音のまばらで静寂で、少し神秘的な雰囲気。
第6曲Archangel Michael Defeats the Antichristは、冒頭から高速で動き回るピアノのパッセージが明るく軽快で、これも運動会風。

前奏曲 Op. 7 (1956年)
タングルウッドでコープランドの下で勉強しているときに書いた作品(でも、コープランドには見せなかった)。
作品解説によると、当時、ヘルシンキでもアメリカでもいわゆるネオ・クラシカルな技法に縛られてたので、それに対するある種の抗議や反発の意味をこめた作品。
そういわれると、新古典主義的なところを感じさせない、いかにも前衛風の尖った雰囲気があるのが面白い。

1. Elastically Hammering
十二音技法で躍動的な曲を書いたらこういう風になるんだろうか、と思える曲。
2. Slowly Enough
左右とも単音をぽつぽつと静かに弾いているところが多く、どちらかというと叙情感とかそういうものを(皮肉を込めてわざと)無視して、音を並べたような感じがする。
3. Nervously But in Rhythmは、”ナーヴァスで、リズミカル”というタイトルそのままの雰囲気。
4. Chorale and Variationは、内省的ではあるけれど、和声がさほど美しくもなく、ぽつぽつと呟くような音がまばらなコラール。
5. Fugatoは、ちょっとシニカルで諧謔なフーガ。
6. Shiveringは水面で静かに波紋が広がっていくような静けさ。
7. Alla finaleは、リズムがとても面白い曲。3音からなる細かな連続音があちこちでオスティナートされ、それ以外にもいろんなリズムが錯綜する曲。フィナーレにしてはかなり変わった曲。

パルティータ Op. 34 (1956年)
未完に終ったギター用の小品をピアノ作品として書き直したわずか3分の変奏曲。
第1曲は音の動きがドビュッシーの《グラドゥス・アド・パルナッスム博士》に似た感じ。
第2曲の伴奏和音はギター作品のような名残がある(とラウタヴァーラの解説)。《前奏曲》のスローテンポの曲を、音を増やして幾分叙情的にしたようなタッチ。
第3曲は少しジャズ風な感じがするリズミカルで躍動的な曲。

ピアノ・ソナタ第1番”キリストと漁師”/Piano Sonata No. 1, Op. 50, "Christus und die Fischer"(1969年)
バルト海の夏のヴィラで作曲していた部屋の壁にかかっていた版画がタイトルの由来。10分足らずの短いソナタで、神秘主義的で敬虔な雰囲気。

第1楽章は夜の海をイメージさせるような静寂で澄んだ雰囲気。
最初の方で出てくる左手のアルペジオがゆるゆると規則的。解説によると、その版画の敬虔な雰囲気と波の音が重いリズムにつながっている。
徐々に波が激しくなっていくように、音が増えてテンポも増してクレッシェンドして終る。

急速な第2楽章は、特に3/8 and 2/8のリズムのいろいろなコンビネーションと、響きの重厚な重なりで、とてもリズミカルで賑やか(漁師が漁に励んでいる?)。不協和音が締めくくりのように鳴ってからは、一転して静かで厳粛。

第3楽章はスローテンポでとても静謐な雰囲気。ささやくようなコラールのようなテーマが漂っているけれど、《前奏曲》のコラールとは違って、水のような透明感と叙情感を感じさせる。

ピアノ・ソナタ第2番”火の説法”/Piano Sonata No.2, Op. 64, "The Fire Sermon"(1970年)
ラウタヴァーラにとって、'The Fire Sermon'は心の中にマントラのように焼きついている言葉。(でも、同名のエリオットの詩や仏陀の有名な説法とは、意識的な繋がりはない)
情熱からアイロニーまで幅広く表現したもので、ペシミズムと絶え間なく繰り返される葛藤(frustrating struggle)が特徴。
このピアノ・ソナタは、ラウタヴァーラの作品のなかではリサイタルでも演奏機会が多く、独奏曲のなかの代表作だと思う。音の響きが面白くて、曲の構成もわかりやすく、とっても弾き映えがする曲。

第1楽章は、冒頭の虫の羽音のような高速の細かく弾力的なパッセージが印象的。まるでリムスキー=コルサコフ《熊蜂の飛行》風。音の響きからいえば、バルトークの《戸外にて》の方にずっと似ているかも。
この羽音をバックに主題が静かに提示されて、徐々に激しさと密度と力を増して展開して、時々音のクラスターの中に溶け込んでしまいながら、最後には厳粛で決然としたタッチで主題がエコーされる。

第2楽章は北欧の自然を描写したような曲。冒頭は透き通った静かな叙情感がとても美しい。中間部は、華やかなアルペジオを背景にやや不協和的な和音があちこちで鳴るラウタヴァーラらしいタッチで雄大。最後は再び静かになるが、これはかなり曖昧模糊とした憂鬱な雰囲気。

第3楽章は行進曲風の勇ましくもいかめしい雰囲気で、ローウェル・リーバーマンのピアノ曲によく似たタッチ。和音主体で音の響きが重厚で華やか。最後は運命が決定したように不協和音で終るところが面白い。

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スティーヴン・ハフ ~ ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲
ラフマニノフの《パガニーニの主題による狂詩曲》は、さすがに有名な曲だけあって、技巧確かなピアニストの録音が多い。
古くはラフマニノフの自作自演やルービンシュタイン、アシュケナージ、カペル、リル、ワイルド、レーゼル、シェリー、マルシェフ、etc.。

よく聴くのは、カッチェンとハフの録音。いずれも、速いテンポでシャープな切れ味の技巧が冴え、爽やかなロマンティシズムが素敵。
カッチェンとハフ以外で聴くならカペル。音質があまり良くないけれど、技巧の切れ味の鋭さはもちろん、黒光りする音色と力強く引き締まったタッチが素晴らしく、少し濃いめの情感と重量感を感じさせるところが、ロシアものらしい雰囲気。
ワイルドは、滅法速いテンポで技巧の切れが凄まじく(聴いていても面白いほどに)、適度にロマンティックさもあるけれど、ちょっと騒々しすぎて、落ち着かない気分になる。

ハフは、スタジオ録音のCDがすでにリリース済み。
yotubeにあるライブ映像なら、ハフの蝶のように舞う軽やかでシャープなタッチがしっかり見れる。
見るからに細身で小柄な体格なので、(重音の)フォルテを打鍵するときは渾身の力を込めて、飛び跳ねかねない(?)勢い。ブラームスのピアノ協奏曲のライブ映像を見た時も同じだったので、力技の必要なフォルテの時はいつもこういう弾き方。
ロマンティックな第18変奏は、ハフらしいタッチで、ベタベタとセンチメンタルなところはなく、さっぱりと清々しい叙情感。

スティーブン・ハフによるライブ映像(youtube)(スラトキン指揮BBC響/2001年BBC Proms)


ハフのラフマニノフの《ピアノ協奏曲全集&パガニーニの主題による狂詩曲》のCD。
このコンチェルトの録音は日本ではそれほど有名ではないけれど(そもそもハフ自体がさほど知られていないので)、海外ではとても評価の高い演奏。全集盤なら、これさえあれば私はOK。

Rachmaninov: The Piano Concertos; Paganini RhapsodyRachmaninov: The Piano Concertos; Paganini Rhapsody
(2004/10/12)
Andrew Litton (Conductor), Dallas Symphony Orchestra , Stephen Hough (Piano)

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tag : ラフマニノフ スティーヴン・ハフ

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フェルツマン ~ バッハ/パルティータ第2番
パルティータの第2番は、初めてアラウの演奏で聴いて、悲愴感が強すぎて繰り返して聴く気になれなかった上に、アンデルジェフスキのライブ録音の演奏がどうもしっくりこないので、この第2番は敬遠していた。

最近、CDラックで眠っていたソコロフの録音を聴いてみたら、これが素晴らしく、今では最も好きな(だった)第1番よりも気に入っている。
聴いても良いと思う曲は、だいたい弾いていても楽しい。第1番よりも第2番の方がちょっと込み入っていて飽きないし、RondeauとCapriccioはリズムや持続音の響きが面白くて、平均律よりもずっと集中して練習できる。

この2番のパルティータの録音は、他にフェルツマン、ペライア、ホルショフスキ、グールド、シフ、チェンバロならピノック、シュタイアーとかを聴いたけれど、好みに合うのはソコロフに加えて、フェルツマンとホルショフスキ。
クセの強くない自然な流れのホルショフスキと違って、フェルツマンは流麗ではあるけれど、色彩感と軽やかなノンレガートのタッチが独特。ブラインドで聴いてもフェルツマンの演奏だと間違いなくわかる。

Bach: Six PartitasBach: Six Partitas
(2007/06/11)
Vladimir Feltsman (Piano)

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フェルツマンの線の細い色彩感の豊かな響きと、ノンレガートなのに全くクリスピーさを感じさせない流麗な旋律の流れが、この短調のパルティータにはとても似合っている。
全体的に音の響きの美しさで構築されたような世界なので、あまり感情的なものを感じさせないせいか、あっさりとした叙情感がさらさらと流れていくようで、とても心地良い。
装飾音がかなり多く、それも凝っていて独特なものがあって、いつものことながら、フェルツマンのバッハは好みがかなり分かれるタイプ。

<I. Sinfonia>の冒頭は、かなり独特な装飾音(というか旋律自体が装飾されているような)。華麗で荘重、それに淡い悲愴感が融合したような弾き方。
序奏が終ると、ノンレガートの軽やかでリズミカルさで、とてもさらりとした哀感のある旋律。後半のフーガは、飛び跳ねるように歯切れ良いタッチに変わるが、フェルツマンのノンレガートには柔らかさがあるので、耳ざわりがとてもよい響き。

<II. Allemande>は、レガートとノンレガートが混在し、旋律の流れがとても流麗。対照的に、<III. Courante>は、軽やかなリズム感で、まるで舞うようなダンスを聴いているような感じ。

<IV. Sarabande>は、ソコロフで聴いた時はゆったりしたテンポの弱音が瞑想的で、内面に沈潜していくようなな曲だったし、他の録音でも同じような方向の弾き方が多いので、そのイメージが強かったけれど、フェルツマンはちょっと違った雰囲気。
さほどテンポを遅くせず、温もりを帯びた弱音が優しく響いて、短調の曲なのに、なぜか明るささえ感じてしまう。

<V. Rondeau>は、この曲の中では最も好きで、弾いていても楽しい曲。
フェルツマンはほとんどがノンレガート。きびきびとしたリズム感と、歌うように流れていく旋律のバランスが。

終曲の<VI. Capriccio>は、ソコロフのような力強く迫ってくるような荘重さはないけれど、数度はなれた音で組み合わされた2音のアクセント(全編に渡って、いろんな2音の組み合わせでこだまのようにエコーしている)が、強すぎず弱すぎずほどよく利き、声部が錯綜していても色彩感が強いせいか、横の線の動きが自然に分かれて聴こえてくる。

かなり独特の奏法で弾かれたパルティータではあるけれど、色彩感豊かな硬質の音の世界は魔力的の美しさ。
音の魔術師のようなミケランジェリの冷えた響きとは違って、フェルツマンの音には温もりと明るさがあり、くるくると変わっていく表情が実際に目の当たりに浮かんでくるようで、いつ聴いても煌くように魅力的。

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ヘンツェ/ピアノ作品集 ~《トリスタン》への前奏曲,ルーシー・エスコット・ヴァリエーション,ほか
ハンス・ヴェルナー・ヘンツェはオペラや管弦楽曲の作品が多く、ピアノ協奏曲や独奏曲は数も多くはないし、録音もかなり少ない。
これは、その珍しいヘンツェのピアノ独奏曲を、それも初期~最近の作品まで収録しているとても珍しいアルバム。世界初録音の曲が半分くらいある。
ピアニストは、初めて聴くヤン・フィリップ・シュルツェ。

Hans Werner Henze: Piano WorksHans Werner Henze: Piano Works
(2007/03/27)
Jan Philip Schulze

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ピアノ協奏曲ともども、ヘンツェのピアノ曲はあまり知られていないし、演奏機会も多いとはいえないものばかり。
典型的な現代音楽的な曲が多いが、意外と聴きやすいのは、和声の美しい響きと、旋律に叙情的なものを感じられるせい。
シェーンベルクのピアノ小品のような音の動きに、ベルクのような和声の響きと叙情性とが混在しているような感じがする。
シェーンベルクとベルクのピアノ曲を聴きなれた人なら、ヘンツェはとても聴きやすいと思う。

ルーシー・エスコット・ヴァリエーション(1963)
オペラ歌手のルーシー・エスコットを追憶した曲。彼女が得意だったベッリーニの《夢遊病の女》第1幕のアリア"Come per mc sereno,"に基づいていて、この頃ヘンツェが好んだ南欧の文化や生活への嗜好も反映されている。
フランス印象派のような浮遊感のある旋律が流れ、やがてその上にショパンのノクターン風のロマンティックな甘い旋律がかぶさるようにオーバーラップし、今度はベルク風のやや不協和的な冷たくシャープな旋律と和声が徐々に混ざって広がっていくという、さまざまな様式の美しい音楽が錯綜した幻想的な曲。
その響きの美しさと幻想性が素晴らしく、この曲集で最も印象に残る曲。

ピアノのための変奏曲(1948)
シェーンベルクのピアノ曲に叙情感を加えたような曲。
ルーシー・エスコット・ヴァリエーションよりもずっと音の密度は薄いし、旋律に歌謡性はほとんどないけれど、なぜか叙情感を感じさせる音の配列。
変奏曲といっても、聴いただけではどこがどう変形されているのかピンとこないけれど、物思いにふけるようにポツポツと音が断続的につながっていったり、途中でベルク風の緊迫感のある変奏や、音があちこち跳躍したり、おしゃべりしているような饒舌な音の動きのある変奏とか、強弱・緩急・リズムの変化で盛り上がったり沈んだり。
全体的に和声が美しく響くこともあって、十二音技法の曲を聴き慣れていると、この曲はとても聴きやすい。

ひとつの小さなフレーズ-映画《白鳥の愛》より(1984)
和声は綺麗だけれど、映画用の曲にしてはメロディアスでもなく、内省的でちょっと小難しそうな曲。
欧州のアート系の映画にでも使われていたのかも。

《トリスタン》への前奏曲(2003) ※世界初録音
ヘンツェの《トリスタン》といえば、テープ録音とピアノが入った管弦楽曲が有名。
この独奏曲の方は、コンチェルトのソロパートを抜き出してきたような曲で、和声や響きが綺麗。リズミカルなところもあって、かなりまともな曲。
叙情感を薄くしたベルクと饒舌なシェーンベルクをブレンドしたような感じ感じだろうか。
第1曲は冷たく静かな水面と、その上をいろんな波紋が広がっていくようなダイナミックな動きが共存するような曲。鋭く冷たい硬質な美しさ。
第2曲は一定のリズムで、あちこち飛び跳ねる音がいろいろ組み合わさっていくところが意外と綺麗。
第3曲はやや神秘的な雰囲気のLento。第4曲はかなり饒舌。くぐもった響きが重なりあうところが美しいが、途中で不協和的な和音のフォルテや激しいアルペジオのパッセージが現われたり、思い出したように言葉を発するかのような右手の旋律が結構賑やか。

ケルビーノ-ピアノのための3つの細密画(1980/1981)
他の収録曲と比べて、特に”No.1:Andante cantabile”がタイトル通り旋律がメロディアス。”No.2:Sostenuto”は音がまばらで静かで内省的、”No.3:Con allegrezza”は音の動きが激しくなり、緩急が交代し、最後は和音を多用したファンファーレのような旋律(なにかをもじっているのかも)が出てきて、ちょっと変わった雰囲気。

トッカータ・ミスティカ(1994) ※世界初録音
プロコフィエフとジャズの影響があると言われる曲。タイトル通り神秘的な雰囲気があり、少しベルク風なところも。
トッカータなので、音が激しく動き回り、低音部の強めの和音も多く、いかめしい雰囲気。

ソナチネ1947(1947) ※世界初録音
多少不協和的な響きが入っているけれど、調性的な安定感がわりとあって、少し調子はずれのドビュッシーといった感じ。この作品集のなかでは一番聴きやすい曲。
子供やおもちゃの人形が遊んでいるような軽妙で可笑しげな第1曲(Allegro con brio)、密やかな第2曲(Andantino)、過去の思い出を回想するようなレトロな感覚がする第3曲(Pastorale:Modere-Doux et triste)。

ピアノ・ソナタ(1959)
《ピアノのための変奏曲》によく似た作風で、もっと抽象性が強い感じ。

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カッチェン ~ ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲(1962年ステレオ録音)
吉田秀和氏の著書『世界のピアニスト』を読むと、1967~68年のベルリンに滞在していた頃、マゼール指揮ラジオ・シンフォニー・オーケストラの演奏会で、カッチェンがソリストをしていたラフマニノフの《パガニーニの主題による狂詩曲》を聴いたという話が載っている。
カッチェンが肺がんで亡くなったのが1969年4月だったので、その1年~2年前くらいにあたる。

この曲の録音は2種類残っていて、1954年のモノラル録音と1962年のステレオ録音で、両方ともエイドリアン・ボールト指揮のロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の伴奏。
ピアノ協奏曲第2番はショルティの指揮だったせいか、超高速テンポの筋肉質でとてもスポーティな演奏。
こちらのパガニーニ・ラプソディの方は、ボールトの指揮なので、テンポはかなり速めにとってはいるけれど、演奏自体はコンチェルトのような一風変わったタイプではなくて、とてもまとも。
テンポも、いつものようにクライマックスで止まるに止まれず加速することはなく、よくコントロールされていて、この頃の演奏にしては安定している。

8年前に録音したモノラル録音の演奏だと、変奏によってややテンポが遅く、フォルテや重音の打鍵が少し重たい感じで、フレーズ末尾やフレーズ内の表情付けが直線的で素っ気なく聴こえることが時々。
新録の方は、変奏よってはテンポがやや速くなり、打鍵がシャープでテクニックの切れも良く、表現もよりニュアンス豊かで、力強くもしなやか。
第18変奏は、旧録ではややルバートが強めで少しベタっとしたロマンティックな感じが強かったのが、新録はずっとさらっとした叙情感で、弱音の柔らかい響きと暖かい音色が綺麗でとても優しい雰囲気。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番)
(2013/5/15)
ジュリアス・カッチェン(ピアノ),サー・ゲオルグ・ショルティ指揮ロンドン交響楽団,エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

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パガニーニの主題による狂詩曲 Op.43(1934年)

パガニーニの『24の奇想曲』の第24番の主題を元に、24の変奏で構成した”狂詩曲”という名前のついた変奏曲。

24種類の変奏は、それぞれ曲想や音の配列に特徴があって、調性も一部の変奏で変えていて、この変奏の順番は起承転結のあるストーリーのように流れがわかりやすい。
繰り返し出てくる主題と「怒りの日」の旋律も短いながら印象的。
有名な第18変奏の甘い旋律はちょっと場違いなくらいに美しい。第19変奏以降のクライマックスへ向かう盛り上がりも抜群。
ピアニスティックな華やかさと、”手に汗握る”ようなスリリングな展開に加えて、ピアノ協奏曲にしてはオケとの絡み合いがかなり面白い。(オケのパートだけ聴いていても、交響曲並に面白いかも)
それにしても、時々モノクロ時代のハリウッド映画を見て(聴いて)いるような気分になってくる。

カッチェンは、いつもながら速いテンポで、指回りが良く跳躍する重音移動もシャープなタッチで軽快。
音量・力感も豊かで、リズミカルで勢いのあるピアノがとても爽快。技巧優先という感じはなく、表情も細かやでしなやかさもあり、爽やかな叙情感がとても気持ちよい。

冒頭は、序奏-第1変奏-主題という少し変わった構成。
<序奏>のピアノの低音の打鍵がきびきび。弾力もある響きが、とても気持ち良い。

次がオーケストラによる<第1変奏>。パラパラ飛び跳ねて、最後にストンという音の動きがちょっとユーモラス。

手に入れた2台のピアノ用の楽譜(海外版。87頁もある)には、英語で”V​a​r​i​a​t​i​o​n​ ​I​:​(​P​r​e​c​e​d​e​n​t​e​)​”とわざわざ書いている。
耳だけで聴くのとは違って、楽譜を見るとリズムや音の動きが視覚的にわかるし、特に変奏曲は曲の構成を理解しやすいように思えるので、1回か2回くらいは楽譜を見ながら聴く習慣がついてしまった。

そして、ピアノとヴァイオリンによる<主題>
冒頭には出てこなくても、これが主題の旋律なのは間違いなくわかる。(直前部分が全部序奏だと思いこんでいたので)
ここは、オケのヴァイオリンが主題の旋律を弾いている。断片的に主題を弾くピアノの音がアクセントのようによく響いている。

次の<第2変奏>では、交代してピアノが主題演奏。ちょこまかと軽快に、高音域のアルペジオがV字型(楽譜上では)に上行下降する。

<第3変奏>はオケとピアノの対照的な動きが面白い。
アリや蜂がせわしく動き回るようなオケの細かいパッセージをよそに、ピアノが悠然と少し物憂げな旋律を弾いている。

<第4変奏>は、ピアノも忙しそう。
1拍め、または、3拍めにアクセントを利かせたリズミカルな音型をオケとピアノが掛け合って進む。
最後は、そのまま第5変奏につなげるかのように、ピアノが和音移動で一気に駆け上がっていく。

<第5変奏>は、ここは第1変奏をさらに変形したような感じがする。
ピアノが重音主体で同じテンポで(でも速くなっているようには聴こえる)、飛び跳ねているなかを、オケが合いの手を入れるように、ドンドン!と威勢良い。
カッチェンのタッチの切れの良さと、シャープなアクセントで、飛び跳ねるピアノがとてもリズミカル。

<第6変奏>同じテンポながら、気だるい雰囲気で、音がややまばらになり、動きも緩やか。
弱音の軽やかなアルペジオが入ったりして、直前の動きが激しかった反動か、ちょっと一息いれているように気が抜けたような雰囲気の旋律。

<第7変奏>は、ゆったりとしたテンポで嵐の前の静けさのよう。
グレゴリオ聖歌の有名な「怒りの日」の有名な旋律が流れてくる。主題にまぎれこんでいるので、デジャブのような感じがしても、すぐにはわかりにくいかも。
この「怒りの日」の旋律を使った曲はいろいろあるけれど、私はリスト《死の舞踏》(サン=サーンスを編曲した版の方ではなく)をいつも思い出してしまう。

<第8変奏>
再びエンジンがかかったように、元の速いテンポで、ピアノが重音で高速移動。厚みのある和音でも、歯切れ良いタッチで力感も十分あり、リズミカル。何かが起こる前触れのような雰囲気。

<第9変奏>はとってもダンディ。
「怒りの日」の変奏らしく、言われてみればそういう気もする。(ちょっとわかりにくいけど)
アクセントとスタッカートを組み合わせたオケの三連符のリズムと、そこにクロスリズムで最後に楔を打ち込むように打鍵していくピアノが掛け合っていく。映画の追跡劇のようで、結構スリリング。
ピアノが弾くフレーズ末尾の低音は、力強いアクセントがよくきいて、重量感もしっかり。

ピアノは上行しては下降するパターンを繰り返し、終盤の三連符の重音で両手のユニゾンのように下降する。ちょっとジャズ風というか(映画音楽のように通俗的な気もする)、駄目押しするような旋律。

<第10変奏>はすぐにわかる 「怒りの日」の旋律による変奏。
前半を締めくくるようにちょっと長め。オケがかなり目立って、9小節目は突如勇壮な和音が鳴り響き、その後は急に脱力したように、ピアノが高音で弾く細かいパッセージを背景に、トライアングルがかわいらしく響いて、キラキラと雪の結晶が舞っているよう。最後は、次の変奏へ向かって減速するように、落ちをつけたようなトライアングルの音で、おしまい。

<第11変奏>は、打って変わって静寂な雰囲気に。
かすかに響く弦楽のトレモロを背景に、ピアノ・ソロが広域のアルペジオや半音階のユニゾンやら、その他諸々の幻想的な響きをイメージさせる旋律がメイン。ハープのグリッサンドも鮮やか。
ここは軽かやなタッチと響きの重なりが美しく、雪の女王の世界のように、静寂で冷たく雪が舞い散っているようなイメージ。

ニ短調に転調した<第12変奏>は、ゆったりとしたとてもロマンティックな変奏。
ピアノが符点のリズムで弾く和音の旋律がとても甘く哀しげ。あまりベタっとした感じではなく、弱い弱音でさりげなく優しいタッチ。

<第13変奏>はアレグロの勇壮な変奏。
弦楽が弾く主題を背景に、ピアノがそれを補強するように2拍目と4拍目にフォルテの和音。

初めてでてくる長調の<第14変奏>は、勇ましく駆け抜けるような旋律。まるで映画音楽を聴いている気分。
三連符が多用され、ピアノは三連符の和音のユニゾンで高速移動して、リズムを刻む。
最後は、ピアノの右手と左手が1音ずれた三連符のユニゾンで、右手か左手かどちらかに引きづられてしまいそうなリズム。(ここはオケの音量に掻き消されがちで、あまり明瞭に聴きとれなかったけれど)

<第15変奏>は、ラフマニノフのピアノ協奏曲に出てくるようなピアニスティックな変奏。
高速のパッセージで鍵盤上を軽やかに動き回る明るく楽しげなピアノがとっても素敵。ちょっとジャズ風な洒落た感じがする。

<第16変奏>は、なぜかバレエを見ているような気がしてくる変奏。
主題の断片がいろんな楽器で弱奏され、不可思議で何かが起こる前触れのような雰囲気。

<第17変奏>も視界が霧で覆われたようにもやもやと曖昧模糊としたムード。
アタッカで、ピアノが不安げなアルペジオをゆっくりと弾き始め、オケはその不安感を引きのばすように、2分音符主体の息の長い単音でつながっていく旋律を弾いている。
最後は、次の変奏に自然につながるように長調に転調して、そのままアタッカでつながる。

<第18変奏>は、なぜか突然変ニ長調に変わり、この曲中有名なロマンティックな旋律。
まるで今までもやもやと霧のように不安感が消え去ってしまったよう。
この旋律は、パガニーニの主題の反行形になっている。(聴いただけではよくわからないけれど)
ピアニストによって、ルバートたっぷりでベタっとロマンティックに弾いたり、さらっと弾いたり、感じが変わるところ。
カッチェンの場合は、ルバートはかけてはいるけれどセンチメンタルな感じはなく、ピアノの温もりのある柔らかい響きで優しく語りかけるようなタッチ。
ピアノで弾くのにぴったりの旋律なので、ここだけ摂り出して、よくピアノソロで弾かれるというのも納得。
オーケストラのトゥッティに交代すると、ピアノが伴奏している和音のアルペジオも相まって、クライマックスのように盛り上がって、とても清々しく雄大。最後は、ピアノ・ソロでメロディを再奏して静かに終る。

楽譜上では、ここでイ短調に戻って、テンポはVivaceに変わり、はっと夢から覚醒したような音を弾くオケ。楽譜を見ていなければ、ここは次の変奏の冒頭部分のように聴こえる。

イ短調に回帰した<第19変奏>は、ピアノが3連符のアルペジオを左右の手で交互受け継いでいく。この飛び跳ねるようなピアノが、リズミカルで躍動的。

ここから後の変奏はアタッカでつながっていき、フィナーレに向かっていく助走のように、疾走感のある雰囲気でまとめられ、ピアニスティックなパッセージが華やか。

<第20変奏>はアタッカで繋がって、同じような雰囲気。
ピアノの装飾音のように弾くリズムが、馬が疾走していくように、軽快でリズミカル。
オケの弦楽が弾く細かいパッセージが、まるでざわめきのように聴こえる。

<第21変奏>も三連符のなかに主題がまぎれながら、高速で上行下降を繰り返すピアノパートがメインで、とてもダンディなパッセージ。フレーズ最後には、アクセントのついた和音の三連符が続く。

<第22変奏>は、un poco piu vivo。冒頭は、ピアノの重音でつながる左右両手の下降スケールが、一定のリズムで徐々に音程を上げていき、からクレッシェンド。
これから何かが起こるプロローグのようなパッセージ。

最後にフォルティシモで和音のオスティナートに到達し、もやもやとした雰囲気が徐々に消滅。長調に変わり、ピアノのアルペジオを背景に、主題を変形した音型をオケが繰り返し、最後はピアノによる両手重音の技巧的なパッセージに主題を織り込み、華やかなカデンツァ。

<第23変奏>
ピアノソロとオケのトゥッティで主題が交互に変奏されて、最後はピアノのユニゾンのスケールでダイナミックなフィナーレ。
ここで終ると思ったら、まだ終らずに、すぐに弱音の経過的なパッセージに変わり、そのままアタッカで第24変奏に。

<第24変奏>
ピアノが弱音のまま、主題を織り込んだ両手で跳躍する三連符で上行下降を繰り返し、オケが主題を再奏。
最後は、締めくくるように金管が「怒りの日」をフォルテで短く一度だけ演奏し、ピアノとオケのトゥッティが和音の連続で華やかにエンディング。この最後のピアノのパッセージが、ピアノ協奏曲第2番のラストと良く似ている。
さらに、最後の2小節で、ピアノがまるで付け足すように、主題の断片を弱音で弾いている。まるで肩透かしをくったような感じが可笑しい。



 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

tag : ラフマニノフ パガニーニ カッチェン

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黒豆人気
いつも買っている富澤商店のオンラインショップで、北海道産黒豆が突如欠品に。
秋口ならともかく、よほどの不作でない限り、毎年この時期に欠品になることはないので、ちょっと不可解。

近くの業務用スーパーでも、棚から黒豆が消えている。
例の日照不足と長雨の影響で不作かもしれないけれど、それにしては突然品不足になったのも変なので、これは、また黒豆の健康食品とかがブームなのかもしれないと思って調べると、TVで黒豆ダイエットなるものが紹介されていたのが判明。
TVは全く見ないので、そういう流行には全く疎くて、全然知らなかった。

この黒豆ダイエット、1日で乾燥黒豆70g相当を食べるというものらしい。
この量だとカップ1杯弱くらいだけれど、煮豆とか水に戻してつかったりすると、3倍くらいに増えるので、実際食べるとなるとかなりの量。
豆好きの人なら、調理方法を変えて1日2回~3回に分けて食べれば、飽きることなく美味しく食べられる。
ただし、お正月に食べる黒豆のような甘煮は、大量の砂糖を使うので(自分で作るとどれだけ大量か良くわかる)、煮豆ばかり食べるのは糖分の摂りすぎで、ダイエットどころか不健康にしか思えない。

(追記)注意事項!黒豆ダイエットで必ず注意しないといけないこと
※乾燥黒豆で70g相当以上の黒豆を食べてはいけない(おなかを下すことがある)
※腎臓病にも悪影響を及ぼすので、主治医に相談すること。
 (わざわざ相談せずとも、こういうダイエットをしなければ良いのでは...)
大量摂取は肝臓にも良くないそうなので、1日70gも大量に食べるというこの種のダイエットは、健康上やめておいた方が無難。

たしか、昨年、バナナダイエットがTVで放映されたというので、毎日食べているバナナが突然品薄になり、値段も上がっていた。このときは、1ヶ月かそこらで元通りの相場に戻っていた。
朝食にバナナ2本だけ食べるというのは飽きると思うので、長続きしない人が多かったに違いない。
こういうダイエットや健康ブームは、愛用している食材が突然品切れになったり、値上がりするので、いつも辟易する。

黒豆はいつも乾物を使って、炒り黒豆ご飯や黒豆の甘煮を作っている。乾物は手間がかかるので、使う人はそう多くはないようで、いつでもすぐ手に入っていた。
黒豆は200~250gくらいの家庭用パッケージ(300円前後)で売られていることが多いので、1人で1袋や2袋買うと、すぐに品切れになる。
この黒豆ダイエットも、以前流行った納豆、寒天、バナナのように、そのうち流行らなくなるだろうが、国産の黒豆(北海道産が多い)は、輸入もののバナナと違って元々生産量が限られているうえに、メーカーが原料確保のために黒豆の大量調達に走るので、品薄状態がかなり続くかもしれない。


<黒豆レシピ>
黒豆ダイエットとは関係なく、普通に黒豆を使った料理を食べたいのなら、定番レシピは、黒豆ご飯と黒豆の煮豆。煮豆はお菓子やパンに使える。

失敗無し☆二日目の黒豆ちゃん♪
   いつも使っているレシピ。皺のよらない真っ黒な黒豆の煮豆ができます。

おせちに♪失敗なし!ふっくら黒豆の煮方
   短時間(6-7時間くらい)で作れるクックパッドの人気レシピ。

黒豆おこわ/煎り黒豆ごはん
   乾燥黒豆を炒ってからお米(うるち米やもち米)と一緒に炊飯すれば、
   薄紫色の黒豆ご飯の出来上がり。水に戻す手間もいらず、とっても簡単。
   ただし、米の種類によって、水分は調節すること。
   炒り大豆ならおしょうゆを加えて炊けば、炊き込みご飯風。
   おにぎりにしても美味しい。

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ヘンツェ/トリスタン~ピアノとテープおよびオーケストラのためのプレリュード
ヘンツェのピアノ協奏曲のなかでとても有名な《トリスタン-ピアノとテープおよびオーケストラのためのプレリュード》(1973)。
題名から推察できるとおり、ワーグナーのオペラ《トリスタンとイゾルデ》へのオマージュという形式をとっている。
1970年代前半の作品なので、これぞ現代音楽というくらいに多種多様な響きと曲想が混沌と渦巻き、独創的でアグレッシブでかなりのインパクト。

この曲はピアノ協奏曲に分類されてはいるけれど、むしろピアノ独奏付き交響曲に近い。
オケ伴奏抜きのピアノ・ソロと、オケの楽器の一部のように扱われているピアノとオーケストラの協奏が明確に分かれているし、協奏部分ではピアノが華やかに前面に出てくるというところは少ない。

ピアノがソロが弾くプレリュードは、どの楽章でも静寂で冷たく刺すような澄み切った響きが美しい。
曲中では、ブラームスの第1交響曲、ショパンの葬送行進曲(これは良くわからなかったけど)がダイレクトに引用されている。「トリスタン和音」も使われている(らしい)。
テープ録音では、Joseph Bédier's版の”the death of Isolde”から抜粋した言葉が子供によって朗読され、人間の心臓の鼓動音やオーケストラパートとオーバーラップしながら流れてくる。プリペアード・ピアノや古楽器も使われている。
前衛隆盛の頃に流行った現代音楽を聴き慣れていれば、ヘンツェはそれほど聴き難い音楽ではない方。色彩感豊かで和声が美しいので、旋律の歌謡性が希薄でも独特の叙情感が漂い、騒然とした厳しい雰囲気とカオスのような混沌さがあっても、その尖ったところが面白い。

《トリスタン》はロンドン交響楽団の委嘱作品で、1975年10月20日にコリン・デーヴィス指揮、ピアノ独奏はオメロ・フランセシュで、ロンドンで初演。
大編成で使用楽器の種類も多く、テープ録音も楽器だけでなく朗読や非音楽的な特殊音も必要になるため、そう簡単に演奏できるというわけではないせいか、録音はほとんどない。
今入手できるものは、ヘンツェ自身の指揮で、オメロ・フランセシュのピアノ&ケルン放送交響楽団の演奏による1975年録音のDG盤くらい。
カップリングされているのは、これも録音が珍しいピアノ協奏曲第2番(1973年)。この曲も前衛的で長大なので、両方を聴き通すにはかなりの集中力と忍耐力がいる。(コンチェルトは第2番より第1番の方が、まだしも聴きやすい気はする)

CDは在庫がないか廃盤らしいので高額。米国amazonならダウンロード販売で入手できるが、日本では購入不可。
国内盤は「DG 20世紀の遺産」シリーズに、《トリスタン》の同じ録音が収録されているが、これも入手不可能。

Henze: Piano Concerto No. 2; Tristan; Ballet Variations; TientosHenze: Piano Concerto No. 2; Tristan; Ballet Variations; Tientos
(1996/12/06)
Hans Werner Henze, Ferenc Fricsay(conductor), Christoph Eschenbach(piano), Siegfried Behrend(guitor), Homero Francesch(piano), London Philharmonic Orchestra

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トリスタン~ピアノとテープおよびオーケストラのためのプレリュード/Tristan - Preludes for piano, tapes and orchestra(1973)

ピアノは独奏部分が多く、とても研ぎ澄まされた冷たく美しい響きと旋律。ここが気に入っていたのか、ヘンツェは《トリスタンへの前奏曲》というピアノ独奏曲も書いている。
オケのトゥッティがヘンツェの交響曲特有の騒然・混沌な雰囲気。色彩感豊かだが妖艶で不気味な響きと旋律がたっぷり。
テープ録音による朗読に加えて、心臓の鼓動音まで入っていて、映画を観ている気分が少しする。
時々、ワーグナー風な旋律が混在している気はするが(ワーグナーはほとんど聴かないのでよくわからない)、ワーグナーの《トリスタン》を観(聴き)慣れている人なら、いろいろ発見することがあるのでは。

1. Prologue
硬質の冷たい響きと静寂な雰囲気のピアノ・ソロによるプロローグ。
十二音技法が使われているようで、音がポツンポツンと静かに響く部分に、あちこち音が飛び跳ねて躍動的で饒舌に聴こえる部分が挿入されている。
ガラスや水といったモノを連想させる無機的な感触の響きの冷たさがとても美しい。
オケはピアノの響きを補完するように、ほんの少し、ピアノの休止部分に挿入されている。

2. Lament
オケとピアノの協奏。<Lament>にしては、かなり騒々しくカラフルで、曲がぐるぐる旋回しているようなカオスを感じてしまう。
オケの混沌とした響きを背景に、途中でピアノがジャズ風(?)の軽快な曲を弾いている。このアンバランスさは面白い。

3. Preludes and Variations
再びピアノ・ソロがメインになり、冒頭と同じような静寂で冷たい雰囲気に。
続いてヴァリエーションに入ると、管楽器主体のオケがいろんな鳥が鳴いているような軽やさ。
やがて荒々しく騒々しくなり、それがパタッと止むと、今度はピアノがおしゃべりするようなガチャガチャしたソロ。
それが終ると、わりと軽快で、時々気の抜けたように下降する旋律を弾くオケに変わったと思ったら、突然ブラームスの交響曲第1番の冒頭部分が流れてくる。
あまりに唐突なので、一体何が起こったんだろう?と思ったけれど、ブラームスの直接的な引用は短いが、その主題の雰囲気をその後も引きずっていく。
低音のティンパニが重々しく、弦楽は重厚で美しいが陰鬱で、それまでとは違って、重々しく静かに鬱々とした演奏で終る。

このブラームスの引用は、革命家ワーグナーと対立する旧弊な権威を象徴する(らしい)。
武満徹は”深い傷みの感情を秘めた旋律”の上昇する半音階とワグナーの音楽とは、遠く離れていないと言っていた。


4. Tristan's Folly
”Folly”というタイトルどおり、ピアノもオケも細かくせわしなく激しく動き回り、胸騒ぎのするようなクリスピーで金属的な響きが多用されている。
再びブラームスの第1交響曲の冒頭のモチーフが出てきたり、非音楽的な昆虫の羽音のような響きがバックで鳴り続けたり、打楽器と管楽器が勇壮に鳴っていたり。
それも同時に演奏されるので、複数の違ったタイプの旋律と響きがオーバーラップして、混沌・騒然という形容詞がぴったり。

5. Adagio - Burla I (Valse) - Burla II (alla turca) - Ricercare I - Burla III (Marcia) - Ricercare II
ようやく静かなアダージョかと思ったら、全然静かでスローテンポでもなく、前よりはマシといった程度。
アダージョもそれほど長くなく、”burla”らしく軽快なテンポとリズミカルな曲が次々と現われてくる。
かなり明るい色調(相対的な意味で)で、サーカスのような浮き浮きしたところもあるけれど、やっぱりどこかしら尖った荒々しい肌触りがするヘンツェ風のブルレスカ。

6. Epilogue
ようやくたどり着いたエピローグ。前半はピアノ・ソロ。
ややくぐもったような静かな響きで、まばらな音がポロンポロンとつながっていく。
時々、急き込むようなフォルテで弾いたり、糸がもつれたように細かな音が塊になったパッセージが入ったりしている。

最後の5分間は、テープ録音が入っている有名な部分。<抜粋した音源(Youtube)>
心臓の鼓動音を背景に、イゾルデがトリスタンの死を嘆く場面を少女が朗読し、オーケストラは悲愴で重苦しく息の長い旋律を重ねていく。
朗読されている言葉は、次の通り。

She takes him in her arms, and then,lying out full length, she kisses his face and lips, and clasps him tightly to her.
Then, straining body to body, mouth to mouth, she at once gives up her spirit and of sorrow for her lover dies thus at her side.

朗読が終ると、(トリスタンの?)心臓の鼓動音も消えてしまった。
続くオケのトゥッティは、かなり動きを抑えて、嵐が去った後の凪のように、ヘンツェにしては静かで落ち着いた雰囲気。
トライアングルや鐘の硬く冷たい音が強く響き、次に管楽器が主体になり、弦楽の妖艶でねっとりした響きに、ピアノのくっきりと聴こえる美しい旋律も加わって、いろんな響きがうねるように重なりながら、静かにエンディング。


《ヘンツェ/ピアノ協奏曲第1番》の記事

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柏餅と粽(ちまき)の手作りレシピ
子供の日といえば、柏餅と粽(お菓子のちまき。中華ちまきではなくて)は定番のお菓子。
両方とも蒸し器や電子レンジ、ホームベーカリーとかを使えば、簡単に手作りできてしまう。
和菓子屋さんの手作りしたものよりは、食感とかがあまり良くないかもしれないけれど、メーカーの工場で作ってパックで売っている市販品の方は、いろんな添加物が入っているしあまり美味しくもない。
材料さえあれば、多少コネる作業に労力はかかるけれど、作るのは簡単なので、手作りもそう悪くはない。

凝る人は、柏の葉や笹の葉を調達すると、香りも雰囲気も味わえて良いかも。私は面倒なのでいつも省略。
庭に笹や柏が植わっていれば、葉っぱの方はすぐに手に入るかもしれないけれど(普通はムリなことが多い)、大きなスーパーやお菓子の食材専門店とかでは、ちょうどこの時期に葉っぱだけ(乾燥したものとか)売っている。

柏餅とちまきは、電子レンジで作る時間をかけずにレシピが人気。
余裕があれば蒸し器を使う方が味も食感も良いようには思うけれど、電子レンジでもそこそこ美味しく出来上がる。


 簡単♪柏餅 【全工程写真付き】

 旬の美味しさ★レンジdeちまき


中に入れる粒あんも手作りするなら、 大切な私のおはぎ  の「粒あん」のレシピで。
耳鳴りと栄養・サプリメント(1)ビタミンB12
耳鳴り治療に使われるお薬の一つがビタミンB12の錠剤。ビタミンB12が不足すると、自律神経や抹消神経系統に異常が出るという。
神経障害、うつ病、慢性疲労症候群、etc.といろんな病気に使われているらしい。

そういえば、ベジタリアンはビタミンB12の欠乏症にかかりやすいと本に書いてあったのを思い出して、本棚のこやしになっていた『ベジタリアンの健康学―ダイエットからエコロジーまで』(丸善ライブラリー)を読み返してみた。

ビタミンB12は、動物性食品と植物性食品の両方に含まれているが、大事なのは活性タイプで、これは動物性食品だけにしか含まれていない。
植物性食品のビタミンB12は、不活性タイプで含有量も微量。いくら食べても効果はほとんどなし。
ただし、海苔には活性型ビタミンB12が含まれているという研究結果もある。

ベジタリアンの多い欧米では、サプリメントで活性タイプのビタミンB12を補っている。
日本ではベジタリアンが少ないせいか、ビタミンB12だけのサプリメントもあまり見かけない。
よく売っているビタミンBコンプレックスは手頃だけれど、ビタミンB12の含有量がとても少なく、効率が悪い。
ビタミンB12製剤として有名なメチコバールを含有した市販薬は、1錠50円くらいかそれ以上はする。(病院で処方してもらった方がかなり安い)

ベジタリアンではなくても、肉・魚は食さず、乳製品と卵もほとんど食べない食生活の場合は、ビタミンB12が不足している可能性はかなりある。
穀物・野菜・豆類中心の生活は、一見健康そうにみえるけれど、ビタミンB12に限らず、特定の栄養素が不足する可能性が高いので、注意しておかないといけない。人気のあるマクロビオティックや精進料理は大丈夫なんだろうか?

「栄養素別食品一覧:ビタミンB12」というリストに、食品別のビタミンB12含有量が書いている。微量の場合はゼロ表示で、植物性食品は軒並みゼロ。
海苔が含有量が多いといっても100g当たりの含有量なので、実際に普通に食べる量で考えてみると、肉類以外なら、お魚や貝にビタミンB12が多い。

肉類を食べる気は全くしないが、お魚や貝類は鮮魚・干し物・缶詰といろんな形で手に入るので、まめに食べていれば、必要摂取量は微量のビタミンB12の対策は、それほど難しくもない。

海苔に含まれているビタミンB12が活性タイプなら、海苔(四万十のりや浅草海苔など)で一日に海苔全版1~3枚(味付け海苔など一口大のものでは8~24枚)、また、酵母(ビール酵母など)では一日大さじ2杯分で、一日の必要摂取量のビタミンB12が摂れるらしい。(出典サイトはここ)

ビタミンB12は大量に摂取しても害はないし(ビタミンCのように過剰分は体外に排出されるので)、ある程度の量は体内に蓄積されるそうなので、普通の食生活だと欠乏症になることは少ないらしい。

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yoshimi

Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
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