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アラウ ~ リスト/ピアノ・ソナタロ短調
今から来年の話はちょっと早いような気がしないでもないけれど、来年はリスト生誕200年にあたるリストイヤー。
今年がメモリアルイヤーのショパンとシューマンはもともと好みの方向とは違う作曲家なので、それよりもリストの方がずっと相性が良い。
リストは自作に加えて編曲ものも膨大なうえに、改訂魔だったので数種類の版が残っている。全集録音となると、レスリー・ハワードが60巻くらい(?)までは録音している。
それを全部聴くほどに凝るつもりはないので、手持ちのCDを聴き直そうと探してみると思ったよりもたくさん見つかってしまった。
リストを目的にCDを集めることはしていなかったのに、好きなピアニストのCDを収集していたら自然に溜まっていたらしい。
リスト作品集としてではなく、カップリング曲として収録しているCDも結構あるので、全部聴くとなるとかなり時間がかかりそう。

リストでよく聴くのは、《死の舞踏》(サン=サーンスの編曲ではなくリストのオリジナルの方)、《スペイン狂詩曲》、ベートーヴェンの交響曲(ピアノ独奏版)。
《愛の夢第3番》はずっと昔レッスンで弾いていて、メロディアスでリストにしては弾きやすくて、これはかなり好き。今弾いてもやっぱり良い曲です。(アラウもこの曲を1989年に録音している)
《メフィストワルツ》、《小人の踊り》、《葬送行進曲》とかの小品も、CDをかけていたらいつの間にか聴こえてくることが多いので、思ったよりも記憶に定着している。
超有名な《超絶技巧練習曲》や《ハンガリー狂詩曲》は好きではないし、編曲ものは膨大なので、両方とも後回し。

リストの最高傑作と言われるロ短調ソナタと《巡礼の旅》は、時々思い出したようにしか聴いていなかったので、まずはロ短調ソナタから。

昔は評判の良いツィメルマンの録音を聴いていた。ツィメルマンは音色が明るく煌びやかで陰影がやや薄いけれど、技巧が素晴らしく冴え、ピアニスティックで流麗で華やか。
ツィメルマンのリストは、ピアノ協奏曲でも《死の舞踏》でも似たような印象。リストはもっと線のかっちりした陰翳のある弾き方が好みなので、どうも相性が良くない。

いろいろ聴いたなかでは、ロルティは繊細な響きがまるでショパンを聴いている気分、アンダは明晰な表現で陰翳もあり繊細だけれど甘すぎない、コーエンの新録音は骨太のタッチは良いけれど技巧が目立ちすぎて大味な感じ。
ブレンデル(81年録音)は音がとても美しく、ピアニスティックな面を抑制した冷静さと細部まで綿密に練られた表現が独特。
やっぱりロマンティシズムの濃いアラウのロ短調ソナタ(旧盤の方)が私には一番自然に入っていけるし、アラウ以外ならブレンデルがかなり良くて、アンダもわりと良い感じ。

単一楽章のロ短調ソナタは、構成からしていろいろな意見がある。
形式的には3楽章または4楽章に相当するとか、展開部や再現部はどこからどこまでかとか、切れ目なく演奏されるので、余計に区分するのがややこしい。
私はブレンデルのロ短調ソナタの作品解説(著書『音楽のなかの言葉』所収)をベースにして聴いている。
ブレンデルは、主題として6つのモチーフをとりあげ、その主題がソナタの提示部・展開部・再現部などでどう使われているかを解説している。
これを読んで、楽譜でその主題と構成区分をチェックしておくと、この複雑に思えるソナタの構造がすっきり整理されて、かなり聴きやすくなる。
ゆったりとして内省的な冒頭の第1主題、急速で激しく荒々しい第2主題、一転して叙情的な第3主題、神々しいような輝きのある堂々とした第4主題、第2主題の叙情的変形のような第5主題と、最後は再び叙情的な第6主題。
単一楽章とはいえ、”闇”と”光”といった相反する要素が交錯しているので、一見構造的につかみにくいところはあるけれど、楽譜で主題とその展開・結合がどうなっているのか把握しておくと、かなり聴きやすい。
ただし、あくまでブレンデルの解釈であって、ほかのピアニストはまた違った解釈で演奏していると思うので、あくまで自分の頭の整理のため。(記事中の主題・構成の区分は、ブレンデルの解説に基づいている)


ピアノ・ソナタロ短調の楽曲解説[ピティナ]

アラウの弾くリストは、一度聴いただけでアラウの弾くベートーヴェンと同じくらい、曲のなかに自然に入り込めてしまう。(そういえば、アラウの師はリストの高弟クラウゼだった)
ブレンデルの分析的・理知的な演奏と比べると、アラウの弾くリストはルバートもたっぷり、表現もかなり濃厚で深い情感のあるロマンティックな演奏。
ブレンデルのロ短調ソナタに慣れている人は、アラウの演奏を聴くとかなり違和感があるらしい。私はその逆で、ブレンデルのロ短調ソナタ(81年録音)の方が、ちょっと変わった表現に聴こえるところがある。
アラウよりも技巧が優れた録音なら他にもいろいろあるだろうけど、アラウは技巧が優先されて表現が霞むということがなく、フォルティシモでもピアニッシモでも、情感を込めて旋律を歌う(語る)ように弾いているのが一番好きなところ。

アラウのロ短調ソナタは、ツィメルマンのような技巧が冴えた華やかさや音色の煌びやかさはないけれど、逆に落ち着いた暗めの音色と、ちょっとゴツゴツしたところのあるタッチ。
フォルティッシモはそれほど強打してはいないけれど、線の太い低音の響きに重厚な安定感があるのが良いところ。弱音の表現はとても細やかでニュアンスも多彩。
アラウはテンポが遅いので有名だけれど、このロ短調ソナタはごく普通のテンポで演奏時間も30分くらい。ライブだと、少しテンポが速くなり、フォルテが強くなって急迫感も増している。

(a)提示部 第1展開部。第1擬似再現部
第1主題(Lento、ほぼト短調、1~7小節)は、さほど遅いテンポでもなく、わりと明瞭な響き。

第2主題(Allegro energico、ロ短調、8-13小節)
両手ともオクターブのユニゾン。リストはどの主題を繰り返して提示するので、主題のイメージが強く残る。

第3主題(Marcato、14-18小節)
マルカートな粘り気のあるタッチで弾く主題は、低音の響きが重くオドロオドロしく響く。
この主題に重なるように、右手の和音が柔らかいタッチで、幻惑するような響きを重ねるところが妖艶な感じ。
続いて疾走するようなアルペジオで、リストらしい技巧的なパッセージ。アラウの右手和音のクレッシェンドがよく効いていて、急迫感は十分。
右手と左手にアルペジオが交互に現れるなかを、左手バスに第3主題が何度も姿を見せるフレーズが続き、次に、第2主題のオクターブのユニゾンが華麗に装飾されて、疾風怒濤のような勢いが続く。
82小節あたりでようやく勢いが衰えて、ピアノで第1主題が左手に現れて、徐々に収束へ向かう。

第4主題(Grandioso、ニ長調、105-113小節)
両手和音の連打のなかを右手の上声部が主旋律を歌う。アラウは、この和音の旋律にもたっぷりルバートをかけて悠然と歌っている。
この前のセクションでロ短調の主題とその展開する部分が”闇”の力をあらわしているとすれば、この第4主題は堂々として輝かしく、”光”のフォースで満たされている。これは”闇”に勝利した”光”の凱歌にも聴こえる。
(ブレンデルは、ロ短調ソナタの作品解説で、全体的にファウストとメフィストフェレスを喩えに使っていた)

120小節あたりで、第2主題が単音の旋律に形を変えて密やかに登場し、さらに、第1主題が再び低音でエコーし始めるが、勢いがそがれたままで、途切れながら静かに消えていく。

第5主題(Cantando espressivo、二長調、153-170小節)
第5主題は、第3主題が叙情的に変形されたもの。主題の最初の8小節の低声部は、第1主題の下行音階。
。今までの光と闇の戦いみたいなパワフルで急迫感のある雰囲気は全て消滅して、レガートでとても甘美で優しげな旋律。柔らかい丸みのある響きがとても優しく響く。

主題とそれに続く展開は、単音のフレーズ主体で軽やか。息の短いアルペジオが右手に散りばめられて、宝石が煌いて舞っているような...。
ここの右手側の旋律はスラーがかかっていなくても、レガートなタッチで弾く人もあるけれど、アラウはスタッカート的なタッチ。
最後は数小節にわたる右手の高音部のトリル、装飾音的な華麗なアルペジオが続き、突如クレッシェンドしてフォルティシモへ切り替わる。
まるで一気に覚醒したように、206小節以降は、第5主題が和音に変形されて、力強く喜びと輝きに満ちた展開に。
第1主題が左手がわに度々登場すると、何かに追いたてられるような切迫感が出て、暗さが潜んでいるような雰囲気も。

280小節前後で第2主題、さらに第3主題が登場するので、再現部のように誤解するけれど、すぐにフォルティシモの和音のユニゾンによる連打、さらにレチタティーボに変わる。
甘いレチタティーボも長続きはせず、319小節以降は、左手バスに第3主題が連呼されながら、右手には息の長い和音で第1主題が現れ、両方ともゆっくりと静かに消えていく。

(c)「緩徐楽章」(アンダンテ)。第2展開を伴う中間部
第6主題(Andante sostenuto、嬰ヘ長調、331-346小節)
第6主題のセクションは緩徐楽章に相当するので、とてもロマンティックな旋律。
主題の最初の部分には第4主題(グランディオーソ主題)のクライマックスがパラフレーズされている。

アラウのリストで一番好きなのは、緩徐部分の演奏。
瞑想的な静けさがあったり、和やかで優しげな情感がこもっていたり、主題によって表現されているものは違うけれど、独特の”親密感”があるというか、心情的にシンクロしやすい雰囲気がある。
線の太めな丸みの響きは、甘美過ぎず、どこか懐かしげで包みこむような温もりのあるところが心地よい。ルバートや細やかな起伏がたっぷりついているので、とても情感豊か。

中間部のように、363小節では第4主題が現れて、やや悲愴感のある強いフォルテの和音の旋律へと移行するが、さらに弱音のレガートな第5主題に変わって、夢見るような綺麗で繊細なメロディに。

(d)フガート。同時に第2擬似再現部。第3展開と「スケルツォ」
最後は第1主題が厳かに低音部に現れ、第2主題と第3主題が散りばめられたフガートが始まる。
このフーガは、とても密やかな雰囲気。ここを、さらさらとあっさりと弾くか、明るく軽快に弾くか、いろいろ弾き方がある。
アラウのフーガは、弱音主体でちょっとした懐疑心や不可思議さとか、微妙なニュアンスを感じてしまうところが面白くてとても好きな弾き方。

(e)再現部とエピローグ
530小節あたりから再現部が始まり、左手第3主題と右手第2主題が絡み合って一気に終盤へなだれ込むような急迫感。やがて次第に勢いを失って、旋律も途切れがちになって、静かにフェードアウト。
結局、600小節手前のところで、ロ長調の第4主題が再び現れる。力強さはそれほどなく、”闇”との戦いに疲れてたように、やや鈍い”光”のイメージ。
さらに束の間の休息のように、叙情的な第5主題が登場して、それも力強いフォルテのパッセージに変形されて、再び速いテンポのフォルテ。まるで最後の戦いに挑むような勢い。

Prestoで第1主題が華やかなオクターブのパッセージで登場し、最後は第4主題が再び現れて、ようやく”光”に満ちたような賛歌の和音が鳴り響く。
ここで終るかと思ったら、嵐が去った凪のように、今度は第6主題が現れて、とても優しくまどろむように安らかな雰囲気。
再び第1主題が左手バスに現れ、弱音で力なくオスティナートし、やがて右手にも拡散し、最後は和音に姿を変えてゆっくりと弱音のなかに消えていき、左手低音部のロ音でエンディング。


ロ短調ソナタは、数少ない主題の性格が明確で、緩急・明暗を対比させながら、いろいろな形の中に織り込まれて、繰り返し登場していくので、一見複雑で錯綜しているように思える。
楽譜を見ずに初めて聴くと、構成が良くわからなくて、ちょっとつかみどころのない感じがする。
これを一度楽譜で主題がどう織り込まれているのか確認しながら聴くと、構成がよくわかるようになって、この30分あまりの単一楽章のソナタでも、集中力が途切れることなく聴けてしまう。
音で聴く以上に楽譜を見ると、数少ない主題を繰り返し使いながら展開させていくところは、まるでベートーヴェンのよう。

ロ短調ソナタは、曲自体がとても魅力的なうえに、重みと骨太さがあって情感豊かなアラウのピアノで聴くと、19世紀のロマン派の大曲らしいスケール感とロマンティシズムが溢れているのがよくわかる。
アラウのショパンやドビュッシーは、”~らしくない”ところを聴くのが面白いけれど、ベートーヴェンとリストは”~らしさ”を求めて聴くことになる。
そういう点では、変化球的ではなく構えずにストレートに聴けるベートーヴェンとリストの方が、充実感を味わえる。

                             

アラウのリスト録音は6枚組BOXセット(旧規格盤は最新録音が未収録の5枚組)にまとめられているけれど、これは廃盤。
今手に入るのは、ベスト盤として編集したのでは..と思うような曲を収録したCD1枚もののリスト作品集。
収録曲は《ピアノ・ソナタロ短調》、《詩的で宗教的な調べより~第3曲"孤独の中の神の祝福"》、《2つの演奏会用練習曲》、《オーベルマンの谷》。
特にロ短調ソナタと"孤独の中の神の祝福"が素晴らしく、他の2曲もそれほど多くの異聴盤を聴いたことはないけれど、アラウの録音だけでも十分良いかなあという気がするくらい。
このピアノ作品集の収録曲以外でアラウがよくリサイタルで弾いていた曲は、《ダンテを読んで》、《エステ荘の噴水》、《バラード第2番》。この3曲もスタジオ録音があるので、これも収録した2枚組のセットだったら、本当にベスト盤らしくなって良かったのに。

旧盤の国内盤(廃盤)。私が持っているのがこのCD。
リスト:ピアノソナタリスト:ピアノソナタ
(2004/06/30)
アラウ(クラウディオ)

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最近リリースされたSHM-CD仕様の国内盤(この価格なら最新録音のCD2枚くらいは買えてしまう)。
リスト:ピアノ作品集リスト:ピアノ作品集
(2010/06/30)
アラウ(クラウディオ)

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1985年の再録音盤。
82歳の時の録音なので、リストを弾くには技巧面がかなり厳しく、構成力も弱くなっている。1970年録音の旧盤の方が技巧&表現とも圧倒的に良いので、旧盤の方を推す人は多い。
カップリングは既出音源の《オーベルマンの谷》(1969年),《エステ荘の噴水》(1969年),《ダンテを読んで》(1981年)。
リスト/ピアノ・ソナタロ短調&「巡礼の年」リスト/ピアノ・ソナタロ短調&「巡礼の年」
(1996/06/05)
アラウ(クラウディオ)

試聴する(米国amazon)[別盤の作品集にリンク:track51-54]



ライブ録音は2種類。
1つはこのORFEO盤の1982年ザルツブルク音楽祭リサイタル。
カップリングは《ダンテを読んで》とベートーヴェンの熱情ソナタ。79歳でロ短調ソナタを弾くのは、テクニカルに厳しい気がするので、これは未聴。(そのうち聴くつもり)
アラウ:1982年ザルツブルク・リサイタル [Import]アラウ:1982年ザルツブルク・リサイタル [Import]
(2003/10/20)
クラウディオ・アラウ

試聴する(米国amazon)



ニューヨークとサンフランシスコで行ったリサイタルのライブ録音集。
クラウディオ・アラウ財団からのライセンスされた公式・正規盤。ただし、この年代にしてなぜかモノラル録音。
録音年月は《ロ短調ソナタ》1976年1月、《ダンテを読んで》(ダンテ・ソナタ)1981年2月、《バラード第2番》&《エステ荘の噴水》1979年2月、超絶技巧練習曲第10番が1970年2月。
ソナタ2曲はモノラルのライブ録音にしては音質はそれほど悪くはなく、アラウのテンションが高いのが演奏から伝わってくる。
ロ短調ソナタは73歳頃の録音。技巧&表現とも1970年の旧盤と大きな違いはないけれど、アラウらしくライブ特有の気合の入った勢いのある演奏。このライブ録音は安心して聴ける。
Arrau Plays LisztArrau Plays Liszt
(2007/09/18)
Claudio Arrau

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tag : アラウ フランツ・リスト

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ベートーヴェン/ロンド・カプリッチョ”失われた小銭への怒り”
ベートーヴェンの小品集に時々収録されている曲の一つが《ロンド・カプリッチョ ト長調”失われた小銭への怒り” Op.129》。
この曲は小学校の校内放送でよく流れていたので、いまだに良く覚えている。

元々ベートーヴェン自身は「幻想曲的なハンガリー風のロンド」とタイトルをつけていたのに、なぜかこの変てこな俗称の方が有名になってしまったという曲。
たしかに、この俗称の面白さと曲の内容があまりにぴったりと一致しているので、それも無理ないかと。
ベートーヴェンは左手部分をほとんど書かずに未完成のままにしておいたそうなので、それを補筆して演奏されている今の曲が、ベートーヴェンの意図に沿っているかどうかは不明。
それでも、右手部分は結構コミカルな雰囲気がするので、まあ当たらずと言えども遠からず...というところでしょうか。


この曲はテンポ設定でかなりイメージが変わる。
シフラはなぜかゆったりしたテンポで弾いていて、可愛らしいけれど、コミカルさがちょっと薄い。
お金を失くしてパニくっているような雰囲気がありありとするくらいに滅法速いテンポなのが、ソコロフとキーシン。この2人の演奏は何度聴いても面白い。本当に笑える曲です。


ソコロフの《ロンド・カプリッチョ》


ソコロフの方が、キーシンよりもずっとメカニカルなタッチ。打鍵が軽快でシャープなので、旋律が滑らか。響きも多彩。
低音がずしずし響いてかなりパワフルなのは、(熊さんのような)体格からくる腕力の強さがものをいっている?
スピード感が素晴らしく、いたるところで独楽鼠があたふた走り回っているようなユーモラスさと、お金をなくして気が動転しているようなイメージが浮かんでくる。
珍しくスタジオ録音らしい。ライブでも演奏はほとんど変わらないはず。


キーシンの《ロンド・カプリッチョ》


キーシンのライブ映像を見ていると、右手はほとんど単音の旋律とはいえ、フォルテの高速で弾くので結構な力技。
キーシンは表情豊かな表現をする人なので、この単純なパッセージが連続していても、アクセントを結構強く打鍵しているので、そこで一瞬流れが止まってカクッ、カクッとするところはある。
5分半ほどの曲とはいえ、これだけしっかりとした打鍵で延々と高速で鍵盤上を動き回るのだから、小品にしては筋力・体力の消耗度は高そう。


楽譜をみると、一見音の配列はシンプルなのでそう難しくなさそうに思えたけれど、左手分散和音は音の開きが結構大きいのと、これをすこぶる速いテンポで弾くとなると(フォルテで弾くところも多いし)、思ったほどに簡単ではなさそう。ソコロフやキーシンといった技巧の優れたピアニストが弾くくらいだから、それもそうかなあと。

ロンド・カプリッチョ”失われた小銭への怒り”楽譜ダウンロード(IMSLP)

tag : ベートーヴェン ソコロフ キーシン

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アラウ&バーンスタイン指揮バイエルン放送響 ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番
ベートーヴェンのピアノ協奏曲で最も好きな第4番を聴くなら、ファーストチョイスはアラウ、次はカッチェンと定番化している。
好きなピアニストの録音はたいてい集めた曲なので、探してみたら結構CDがたまっていた。バックハウス、アラウ、ケンプ、ゼルキン、ポリーニ、ツィメルマン、グルダ、ルプー、カッチェン、キーシン、ムストネンといろいろあっても、アラウとカッチェンが一番しっくりくる。

アラウの第4番の録音は、スタジオ録音、ライブ録音あわせて数種類。

スタジオ録音で有名なのは、Phillipsに録音した2種類。
ディヴィス指揮ドレスデンシュタツカペレ(1984年)盤。
これが一番有名で、アラウの第4コンチェルトと言うとこれを聴いた人がほとんど。大河のようにゆったり時間が流れていくよう。

ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管(1964年)
さすがに60歳の時の録音だけあって、技巧の切れも良く、カデンツァは力強くてとてもロマンティック。ただし、まだ若かったハイティンクの指揮が力不足..なんてよく言われている。

EMIに録音したガリエラ指揮フィルハーモニア管との全集録音(1955年)も良いらしいけれど、廃盤になっているのでこれは未聴のまま。

ライブ録音はいろいろ出回っている。有名なのは(たぶん)次の2つ。
バーンスタイン指揮バイエルン放送響(1976年10月、ュンヘン、ドイツ博物館、コングレスザール)
アムネスティ・インターナショナルのために催された特別演奏会のライヴ録音。
バーンスタインの他の録音とあわせて6枚組BOXセットが出ているのは知っていたけれど、このアムネスティ・コンサートだけを収録したTOWERRECORDの特別企画盤が2枚組みで最近リリースされていたのを発見。これは早速手に入れました。

クレンペラー指揮フィルハーモニ管(1957年、Royal Festival Hall)
面白そうな録音だけど、音があまり良くないので手を出しかねているところ。どうしましょう。

このほかには、ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送響(1980年 Ludwigsburgのライブ)、ムーティ指揮フィラデルフィア管(1983年、DVD)、Tevah指揮チリ国立大学管弦楽団(1984年、サンチャゴのライブ) など。ムーティと共演したライブは観て(聴いて)いるけれど、やっぱり全盛期の演奏をDVDで見たい。

                              

バーンスタインのアムネスティ・コンサートは、かなり有名なライブらしく、おヒゲを蓄えたお顔がちょっとワイルド。グランドピアノのアラウも紳士然としていてとても素敵。このジャケット写真は結構気に入りました。

アラウがバーンスタインと共演するのは、これが最初で最後らしい。
どうして、アムネスティがらみの(米国でもない)ミュンヘンのコンサートで、アラウがソリストに選ばれたのか不思議なので経緯を知りたかったけれど、ライナーノートには全く書かれていない。このCDはメインが<運命>なので、ピアノ協奏曲についてはほんのちょっと触れているだけ。
アラウは、故国チリの軍政に反対して晩年になるまでチリで演奏会を開くことはなかったから、チリ軍政下での人権抑圧を批判し続けていたアムネスティとは、そういうところで接点があったのかもしれない。

[追記]
いくつかいただいたコメントの情報等から、アラウとバーンスタインの関りがわかってきたので、以下に追記します。(コメントで情報を下さった方々、どうもありがとうございました)
 
バーンスタインと妻フェリシアが出会ったのは、フェリシアのピアノの先生であるアラウの1946年のコンサート。2人の結婚式では、アラウが仲介人を務めたらしい。

アラウとバーンスタインは、1958年10月にCarnegie HallのNYフィル演奏会で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を演奏している。(NYフィルの自主制作盤”Bernstein Live”の演奏記録に記載されているらしい)

バーンスタインの自作曲《Thirteen Anniversaries for piano》の第11曲”For Felicia on our 28th birthday (& her 52nd)”は、元々は”For Claudio Arrau”となっていた。


ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第4番, 交響曲第5番, 他ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第4番, 交響曲第5番, 他
(2010年06月04日)
レナード・バーンスタイン,バイエルン放送交響楽団,クラウディオ・アラウ(ピアノ)

試聴する(米国amazon)[別のBOX盤へリンク:DISC1]
このCDは、HMVでもamazonでも取り扱っていません。購入できるのは、日本のタワーレコードのオンラインショップか実店舗です。(会員制のオンラインショップで取り扱っているところがありますが、これは例外)

アムネスティのコンサートは、《レオノーレ序曲第3番》、《交響曲第5番”運命”》、《ピアノ協奏曲第4番》のオール・ベートーヴェン・プログラム。
目的はアラウのピアノ協奏曲だったとはいえ、バーンスタインの第5番の録音は持っていなかったので、このカップリングもちょうど良くて、これなら買うしかないでしょう。(このCDの売れ行きは良いらしく、6月のタワーレコード全店トータルのクラシック・チャートでトップになっていた。)

アラウの1964年(旧盤)と1984年(新盤)のスタジオ録音では、20年もの開きがあって音質面の違いも大きく印象がかなり違うので、この間を埋めてくれる録音で良いものがないかと思っていたら、この1976年のアムネスティ・コンサートは、アラウ73歳の時のライブ録音。ちょうど探していた録音に条件にぴったり。

テンポ設定は旧盤の演奏に近い。これでもテンポが遅いのは間違いないけれど、新盤のスローテンポを聴き慣れた耳には、旧盤とこのライブ録音のテンポがちょうど良く感じる。

 録音年     1Mvt.  2Mvt.  3Mvt.
1964年(旧盤)  19'22"  5'31" 10'08" 
1976年(ライブ) 20'00"  5'39" 10'07"
1984年(新盤)  20'50"  6'10" 10'34"

ピアノのかなり弱い弱音がやや聴きとりにくい気はするけれど、76年のライブ録音にしては良い音質(だと思う)。
特に、新盤は残響が多いのとピアノの音が遠くから聞こえて細部が聴きづらかったのと比べると、このライブ録音は、ピアノの音がずっと自然な響きで、細部の表現もずっと明瞭に聴きとれるのがとても良いところ。
ライブ録音は、新盤と旧盤で気になっていた部分が解消されたような演奏なので、私には一番聴きやすい。


第1楽章 Allegro Moderato
クリアなタッチで表情が明快な旧盤と比べると、アラウのしっかりしたフォルムで優美さもある品の良いピアノと、少し骨っぽくて弦楽の低音がよく響く伴奏とが相まって、第1楽章は悠然として広がりと風格がある。

冒頭のピアノソロはいつ聴いても、印象的な旋律。アラウの丸みのある柔らかい響きは、明るめの煌きがあって、この楽章の曲想に良く似合っている。高音の響きは甘いけれど、とても品の良い響き。
アラウのタッチは、ややマルカート的なコロコロとした音が転がっていくようなタッチで、打鍵が丁寧で音がとても明瞭。
綺麗に響きが重なって膨らみのあるアルペジオ、よく響いて旋律がつながっているように聴こえる持続音、一音一音明瞭で可愛らしく響くトリルなど、音の響かせ方が多彩で面白い。
やや遅めのテンポなので、メカニカルな音型が続く旋律でも、歌うように表情がついていたりする。
まったりとした雰囲気の中にも、ルバートがところどころかかったり、強弱と緩急のコントラストも結構ついているので、意外と細かな起伏が多い感じ。

全体的に静かで優しげな雰囲気のなかに、どこかしら翳りがあり、まるで哀しげな微笑みを浮かべる聖母(マドンナ)のようなイメージがする。

カデンツァは、かなり濃い表情のドラマティックな旧盤(まるでロマン派の曲を聴いているような)よりは、いくぶん穏やかかも。
それでも、ゆったりとしたテンポで、ルバートは結構かかっているし、緩急の変化は大胆で、歌うような旋律はとても表情豊か。
アラウのカデンツァは、やっぱりロマンティックで独特のコクがあって、とても好きな弾き方。

第2楽章 Andante Con Moto
旧盤よりも、弱音のニュアンスがずっと多彩で、強弱のコントラストも強くつけているので、陰翳が強い。
終盤でトリルが入ってくる部分は、トリルと旋律ともかなり強いタッチで弾いているので、ずっと強い感情的なものを感じさせる。
伴奏の弦楽も暗い色調で重々しく、悲痛感が良くでていて、ピアノの醸し出す雰囲気と良く合っている。

旧盤は、ピアノが弱音主体で起伏は乏しいけれど、内省的な雰囲気は漂っているのに、伴奏がちょっと元気すぎて陰翳が薄くなっている気がする。
テンポがずっと遅い新盤は、訥々としたタッチの弱音と相まって、より沈潜して瞑想的。

第3楽章 Rondo. Vivace
第3楽章は、旧盤・新盤よりもずっと軽快で快活。
冒頭から軽やかで明るいトーンで、トリルの響きがとても可愛らしい。弱音の響きは柔らかくて暖かみがあり、とても優しい雰囲気。
ややおっとりしたリズム感のアラウのピアノを引っ張っていくように、伴奏は快活でリズミカルで勢いがあるので、アラウのピアノも(伴奏に合わせてか)フォルテが力強く、強弱のコントラストが明快。
ピアノとオケの掛け合いも、ピアノが生き生きとして反応良く、旧盤よりも若々しい感じさえするくらい。

新盤・旧盤・ライブ録音の3つを聴くと、技巧と表現のバランスが一番良いと思ったのはライブ録音。
73歳の演奏とはいえ、テクニカルな不安定さを感じる晩年の新盤と違って、技巧的な問題は全くないので、そこは安心して聴ける。
指がよくコントロールされて、しっかりした打鍵で音に張りがあり、響きも多彩。技巧面では、61歳頃に録音した旧盤と遜色ないくらい。
旧盤は弱音域で弾くことがやや多いような気がするので、表現のメリハリが少し弱く感じるところがあって、ライブ録音では、フォルテはかなり力強く打鍵し、明暗・強弱のコントラストを強く・細かくつけているので、旧盤よりも起伏も多く表情がずっと豊か。
第2楽章は深みのある瞑想的な新盤が良い気はするけれど、第1楽章と第3楽章はライブ録音の方が技巧が安定し表現も細部までよくコントロールされ、音楽の流れがとても滑らか。
音響面も新盤のような残響の多さはなく、ずっと自然なピアノの音が聴こえるし、旧盤よりも響きに煌きがあるのが良い感じ。
旧盤の演奏はアラウのピアノが細部までよく聴きとれるのでとても好きだけれど、ライブ録音と比べると、表現の多彩さや伴奏とかの部分で、ちょっとだけ分が悪い。
それに、スタジオ録音はどこか穏やかなところがあって(ベートーヴェンに限らず)、ライブ録音の方が叙情感や躍動感が強いのがアラウの特徴。
晩年のアラウ独特の世界に浸るのも良いのだけれど、やはり技巧が冴えていた時期の演奏を聴く方が好きなので、日常的に聴くのはこのライブ録音になりそう。

tag : ベートーヴェン バーンスタイン アラウ

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アラウ&ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管 ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集.
アラウのベートーヴェンピアノ協奏曲の録音は、スタジオ録音、ライブ録音がいろいろ出回っているけれど、全集版はスタジオ録音が3種類。
 ガリエラ指揮フィルハーモニア管(1958年,EMI他)(これはめったに見かけない)
 ハイティング指揮コンセルトヘボウ管(1964年,Philips)
 ディヴィス指揮ドレスデン・シュタッツカペレ(1984年-87年,Philips)

一番有名で良く聴かれているのは、3度目のディヴィス&ドレスデン・シュタッツカペレとの最晩年の録音(新盤)。特に第4番は名盤とされているので、推奨CDカタログによく載っている。
この最後の全集録音は、ちょっと遠くの方からピアノの音が聴こえてきて、残響は長めで、やや暗い色調のしっとりした響き。
この音響のせいか、ピアノは細部がちょっとクリアでないところがあるけれど、逆にテクニカルな問題はこれでかなりカバーされているので、演奏そのものに聴きづらさは感じない。
この音響と超スローテンポのアラウのピアノが相まって、悠々とした大河のような深みのある落ち着きと時間の流れを感じさせるところが魅力的。
ピアノはやや力感が弱くて起伏も緩やかだけれど、オケの厚みのある響きとメリハリのある伴奏がそれを補っていて、(このスローテンポが許容できる人なら)平板さや演奏の緩みを感じさせない。

アラウのベートーヴェン録音は新盤・旧盤とも、ソロ・協奏曲が軒並み廃盤になっているけれど、まだ簡単に入手できるのは、ピアノ協奏曲第4番と第5番。これは新盤の方。
Piano Concertos 4 & 5: EmperorPiano Concertos 4 & 5: Emperor
(2001/03/13)
Claudio Arrau, Sir Colin Davis, Dresden Staatskapelle

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ガリエラと録音した1958年盤は聴いたことがないし、レビューもほとんど見かけない。レビュー評がいつも的確で信頼できる(と私は思っている)<鎌倉スイス日記>さんの評価が高いので、これは聴いてみなければと思って、ずっと探しているところ。

2度目(旧盤)のハイティンク指揮コンセルトヘボウ管との録音は、あちこちのレビューで”若いハイティンクの指揮が力不足”...なんて厳しくコメントされている。
伴奏はともかく、旧盤の60歳前後のアラウの演奏は、技巧的に安定して切れ味よく、明るい色調の伸びやかな響きで、調和のとれた安定感があって、全盛期の演奏はやっぱり安心して聴ける。
音質は残響が少なめで、ピアノパートの細部までくっきりと明瞭。やや木質感のあるピアノの音がまろやかで、アラウのタッチや多彩な音色と響きを伝えてくれるので、この音質も全然悪くない。

旧盤の廉価盤。第4番と第5番のピアノ協奏曲をカップリング。第1番&三重協奏曲の廉価盤もある。
ピアノ協奏曲全集はソナタ全集と一緒になったBOXセットがあったけれど、これも廃盤。
Piano Concertos 4 & 5 - EloquencePiano Concertos 4 & 5 - Eloquence
(2001/04/10)
Claudio Arrau,Bernard Haitink,Royal Concertgebouw Orchestra,

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旧盤のピアノ競争全集は、アラウの完全にコントロールされたタッチから出てくる音の美しさと響きの多彩。これはピアノ・ソナタ全集でもなかなか聴けないくらいに素晴らしくて、そこを聴くことができただけでも充分。
ペダルを使ったときのスケールやアルペジオの重層的で濁りのない響きは、ベートーヴェンというよりドビュッシーでも聴いているような気がするくらいに美しい。
弱音の繊細さとニュアンスの多さはソナタ全集でも感じたことで、やぱり協奏曲でも同じ。
ベートーヴェン弾きのイメージが強かったので、なぜ昔からドビュッシーを弾いていたのか不思議だったけれど、最近旧盤を聴き直していて、それがわかったような気がする。

旧盤でよく聴くのは、第1番、第3番、第4番。モーツァルト風の第2番はまず聴かないし、第5番もあまり好きではないので、思い出したようにたまに聴くくらい。


第1番は、急速系の両端楽章でも、アラウは慌てず騒がず落ち着いた穏やかなトーン。
マルカート気味の打鍵で線が太めの芯がある響きには、地にしっかり足がついたような安定感があり、弱音は柔らかくまろやかな響きで羽毛のようなふんわり暖かな感触。
この曲にしては、ちょっと大人しいすぎる気がするので、もうちょっと躍動感とか輝きが欲しいなあという感じはする。

面白いのは第1楽章のカデンツァで、普通弾かれているバージョンと違っている。
ベートーヴェンは3つカデンツァを残していて、1つは未完成(楽譜の最終小節には、この続きは紛失(missing)と書かれている)。
完成した2つのうち1つは、2頁程度の短いもの。残りの一つが、ほとんどのピアニストが弾く長いカデンツァ。
今まで聴いた録音のなかで、自作カデンツァを弾いているのは、バックハウスとケンプ、それにアンダ。

アラウが弾いているカデンツァは、楽譜を見ながら聴いてみると、まず未完成のカデンツァを全部弾き、その先の部分は自作らしい。
この自作カデンツァ部分は、完成版の長いカデンツァの一部をつなぎ合わせていって、さらにオリジナルらしき編曲を加えたもの。
未完成版と完成版はよく似ているので、未完成版からそのまま完成版へ繋いで弾いても、違和感なく聴こえる。途中からいつものカデンツァが聴こえてきたので、?と思ったけれど、最後まで聴くと、いつものカデンツァともちょっと違う。
アラウが弾いているカデンツァは、完成版カデンツァよりも、技巧的には控えめ。雰囲気的にも穏やか。


第3番は、とってもロマンティックな趣きがあって好きな曲。この曲を聴くときは、ほとんどカッチェンとケンプのスタジオ録音。

アラウの弾く第1楽章は、微温的というかとても穏やかなタッチ。音色が暖かくまろやかで、フォルテもやや押さえ気味。注意して聴いていると、音色が煌びやかでないので気づきにくいけれど、微妙なタッチのコントロールで響きはかなり多彩。
過去の思い出を回想しているかのように、ほろ苦さや幸福感のようなものがさらさらと流れていくるような雰囲気を感じる。
第1楽章で素晴らしいのは、カデンツァ。ペダルをかけたアルペジオやスケールの響きは豊饒で、弱音の響きは繊細。
今まで抑えていた感情があふれ出るように、ルバートや強弱のコントラストが強くて起伏が大きく、とても情感豊か。

第2楽章も落ち着いた音色と木質感のある暖かく深みのある響きが心地よく、とても懐かしく和やかな雰囲気でまったり。
特に綺麗なのは、霞がかかったような柔らかくまろやかな響きのピアノのアルペジオ。まるで緩やかな波のなかで漂っているような感覚がする。

第3楽章はさすがに軽快。といっても、ちょっと粘り気のあるタッチで、リズミカルというよりもさらさらと川の水が流れるように落ち着いていて、とてもさっぱり爽やかな叙情感。

アラウの第3番は、いつも聴いている演奏とはイメージがかなり違っていて、とても穏やか。
もっとロマンティックな叙情感がある方が好みだけれど、アラウのピアノの響きがとても心地よくて、たまにはこういうまったりした第3番を聴くのも良いかなあという感じ。
ただし、1947年と53年にオーマンディ指揮フィラデルフィア管と2度録音した第3番は、テンポも速めで力強さもあり、若々しいエネルギッシュな演奏。(どちらかというと、こういうタイプの第3番の方が好き)
年とともに演奏解釈を変えたのか、指揮者との相性の問題なのか、よくはわからないけれど、年代の違う録音を聴くのはいろいろ発見があって面白い。


一番良いと思ったのが第4番。この曲が一番好きなせいもあるだろうけど。
この第4番を初めて聴いたのがアラウの新盤。なんて美しくて包容力のある曲なんだろうととても感動して、以来、ベートーヴェンのピアノ協奏曲は第4番を一番良く聴くようになってしまった。

旧盤の第1楽章は、冒頭のピアノソロは、和音が柔らかく、弱音は優しい響き。特に最後のスケールの響きが柔らかくてさりげなくて素敵。この冒頭部分は単純な音型だけど、本当に難しいらしい。
第1楽章のアラウのピアノは、やや線の太い音が明瞭に響いて、力強いフォルテにはしなやかさもあり、優美だけれど堂々とした雰囲気。
第5番が《皇帝》なら、第4番は包容力と気品を備えた《女王》というイメージ。
新盤がゆったりとしたテンポで静けさと悠然さと感じさせるのに、テンポがそう変わらない旧盤は、テクニックとリズムの切れが良く、演奏に張りと煌きがあってとても生き生きしているのが印象的。

再現部では、冒頭和音の音が増えて登場。ここはとても力強くて、明るく輝くよう。
第3番と同じく、この第4番もカデンツァが素晴らしくて、朗々と歌うようなアラウのピアノがとってもロマンティック。
テンポの揺れが大きく、緩急・強弱のコントラストを強くつけ、深い呼吸で旋律を良く歌わせているので、ベートーヴェンというより、ロマン派のピアノソロを聴いているような気がする。

第2楽章は、弱音主体の瞑想的な雰囲気ではあるけれど、新盤ほどに深くは沈潜してはいない感じ。テンポや音響面の違いで印象が変わるだろうし、そもそも演奏の底に流れている時間の流れが違うように感じる。

第3楽章は、霧が晴れたように爽やか。やや硬めのコロコロとしたタッチは、小気味良くて軽快。
この楽章は、響きがとても多彩で綺麗。柔らかく丸みのある弱音の響きには暖かさがあり、高音は透明感があってちょっと甘くて可愛らしく響くし、アルペジオはとても優雅。
この楽章は、速いテンポで勢い良く躍動感を強く出して弾く演奏が多いけれど、アラウは落ち着いたテンポとリズムで、とても品良くまとめている。


旧盤はどの協奏曲でも、ピアノの存在感が強くて(伴奏がやや控え目な感じがするせいか)、全盛期のアラウの安定した技巧と緻密な表現がしっかりと聴ける。
基本的にアラウの演奏解釈が、新盤と旧盤で大きく変わっているわけではないけれど、旧盤を聴いてから新盤を聴くと、20年の間に失われた技巧と表現の違うところがわかる。逆に、残された技術だけでつくりあげたなかで新しく生まれたものもあるので、どちらが良いとも言えないものがある。
特に新盤の第4番は、達観したような透明感と深い叙情感が美しく、悠然とした大河のような音楽。ここには技巧万全の旧盤にはない深い味わいがあって、何度聴いてもアラウの第4番は素晴らしいと思い直してしまう。

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アラウ ~ ブラームス/ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ(シュヴェツィンゲン音楽祭リサイタル)
《ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ変ロ長調Op.24》をアラウはスタジオ録音しているけれど、これはブラームスBOXを持っていないので、未聴。
その代わり、ライブ録音が2種類持っていて、1963年のルガーノ、同年のシュヴェツィンゲン音楽祭のリサイタルを収録したもの。60歳の時の演奏なので技巧的には問題なく、そこは安心して聴ける。
ルガーノのライブ録音は、CDが廃盤なのでitune storeでダウンロードできる。シュヴェツィンゲンの方は最近Hanssler Swr MusicシリーズとしてCDでリリースされている。

音質はシュヴェツィンゲンの方がはるかに良く、放送用録音のようにクリアで残響も適度で、ライブ特有の雑音はほとんど聴こえない。
以前に書いたルガーノ・ライブの記事を読み返していると、印象的だった変奏部分はやっぱり弾き方が同じ。
ルガーノのライブ録音も聴きなおすと、演奏内容に大きな違いはないけれど、明らかにシュヴェツィンゲン・ライブの方がずっと力強く勢いがある。ミスタッチも少ないし音も良いので、ヘンデルヴァリエーションを聴くならシュヴェツィンゲンのライブ録音になる。

ピアノ・リサイタル 1963年 & 1973年 - ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番ニ長調Op.10-3 他 (Piano Recital 1963 & 1973 - Beethoven, Brahms / Arrau) (2CD)ピアノ・リサイタル 1963年 & 1973年 - ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番ニ長調Op.10-3 他 (Piano Recital 1963 & 1973 - Beethoven, Brahms / Arrau) (2CD)
(2009/06/12)
クラウディオ・アラウ

試聴する(米国amazon)
カップリングは、全てベートーヴェン。ロンドとピアノ・ソナタ第4,7,23番。

ヘンデル・ヴァリエーションは、今までは聴いていたのはほとんどカッチェンの1960年代前半の録音。
技巧の切れ味がすばらしく、急速系の重音移動はインテンポでスラスラと軽やか。低音部をそれほど強く響かせてないので軽快に聴こえる。硬質のタッチの透明感のある音で瑞々しい叙情感がある。
それと比べるとアラウは、タッチに粘り気があり、リズムがやや重たく、強めで安定感のある低音と相まって、力感・重量感は充分。でも、弱音の柔らかくニュアンスの豊富な音がとても綺麗。
全体敵にややゆったりしたテンポで、演奏時間がカッチェンより3分近く長い。ルバートを多用し、テンポの伸縮や強弱の振幅も大きく、フォルテの力強さと響きの厚みもあって、カッチェンよりも重厚なタッチ。

カッチェンが水彩画なら、アラウは油絵で、それも、カラフルな絵柄が描かれた絵巻物を見ている(聴いている)ような気分になる。
カッチェンの演奏の叙情感には、少し儚げで夢想的で、瑞々しく爽やかさがあるけれど、アラウは表情はとても細やかだけれど芯のしっかりした包容力と深い情感がある。

楽譜とつきあわせてしっかり聴いていると、アラウの演奏は、タッチや響きの変化が多彩で、ルバートやディナーミクの細かな処理や、変奏間・変奏内の流れを考えたテンポのとりかたとか、細部まで丁寧に設計されている。
ヘンデル・ヴァリエーションくらいの規模と内容の曲になると、アラウの構成力と表現力の高さがよくわかる。アラウのブラームスといえば、2曲のピアノ協奏曲が有名だけれど、ライブ録音でこれだけ良い内容なら、他の独奏曲も聴いてみたくなる。


<メモ>
主題:アリア
ゆったりとしたテンポで、ルバートをたっぷりきかせて、弱音もニュアンスも多彩なアリア。語りかけるような歌まわしがとても素敵。いろんな録音を聴いたけれど、一番好きなのはアラウの弾くアリア。
とりわけ印象的なのはトリル。その愛らしい響きは、まるで小鳥がさえずっているよう。

第1変奏
全体的にやや粘り気のあるタッチで弾いている変奏が多いせいか、この第1変奏でも音が太めで明瞭でやや思い感じ。
速いテンポなのでリズミカルではあるけれど、左手はスタッカートで弾いていない音が入っているので、やや重ためのリズム感。

第2変奏
まったりとした優美な変奏。ややテヌート気味のタッチでテンポもゆったりしているので、クロスリズムなのが良くわかる。

第3変奏
軽やかなタッチで、スタッカートも柔らかく優しく響いても、とても優美。右手のアルペジオが軽やかな響きで綺麗に聴こえる。

第4変奏
打鍵がしっかりしているので、やや重たい感じはするけれど、速いテンポでフォルテの和音移動は勢いよく、わりとなめらかで、ミスタッチは少ない。ルバートを多用しているので、よけいに厚みを感じさせる。
(ルガーノ・ライブでは、ミスタッチと音の濁りが気になった変奏)

第5変奏
柔らかいタッチでルバートをたっぷりかけて、とても優美な雰囲気。

第6変奏
両手のオクターブ移動がとても柔らかいで滑らか。やや不安げで曖昧な雰囲気のする変奏。

第7変奏
一転して、かなり速いテンポ。歯切れの良いスタッカートで、ルバートはかけずにインテンポ。

第8変奏
第7変奏よりもさらに加速して、かなり速く、ほぼインテンポ。
左手のスタッカートのオスティナートはそれほど際立たせず、右手側の旋律の方がはっきりと聴こえ、上声部と内声部に出てくる主旋律の動きを明瞭に出している。

第9変奏
ゆったりしたテンポなので、クロスリズムが良くわかる。テヌート気味のタッチでもともと重厚な曲想がものものしさを増している。

第10変奏
速いテンポで軽やかに重音が鍵盤上を上行下降する面白いパターン。アルペジオが力強くて勢いよく、装飾音と旋律が滑らかにつながっている。

第11変奏
ルバートをつかいながら、まどろむような優しい雰囲気。旋律も和声もとても綺麗な変奏。

第12変奏
やや速めのテンポで、柔らかいタッチ。この変奏も少し眠たげな雰囲気が可愛らしい曲。

第13変奏
ゆったりしたテンポと粘り気のあるタッチにルバートの多用で、情感たっぷり。
アルペジオが明瞭に響き、起伏やテンポの伸縮が大きく、悲愴感らしきものがとてもよく伝わってくる。

第14変奏
速いテンポでフォルテで勢いのよい重音移動。テンポが速いのでつぶれて聴こえがちなトリルも、わりと明瞭に聴こえる。

第15変奏
第14変奏の勢いをそのままうけついで、フォルテで堂々とした変奏。

第16変奏
かなり速いテンポで、一転して軽やかなタッチ。高音のスタッカートが若干弱い感じ。(もう少し明瞭に響いて欲しい気はする)

第17変奏
テンポを落として、ここも軽やかで柔らかいタッチ。右手よりも、左手の重音の動きが明瞭。細かなクレッシェンドとデクレッシェンドもよくついて、内声部の旋律の流れもよくわかる。

第18変奏
ややゆったりしたテンポで、柔らかいアルペジオが綺麗に響く。この変奏も左手・右手に交互に出てくる重音の動きと内声部の旋律が明瞭。

第19変奏
やや静かに軽やかで柔らかいタッチ。のどかなパストラル風。

第20変奏
ゆったりと曖昧な雰囲気のある変奏。弱音主体のなかで、頻繁にクレッシェンドとデクレッシェンドをつけ、テンポも伸縮するので、細やかで濃い表情のつけ方がとっても上手い。

第21変奏
ここはアラウ独特の弾き方。速いテンポでとても軽やかなタッチと響き。右手の装飾音付き分散和音は、全部が装飾音のようも聴こえるくらいに、軽く素早く弾かれている。
綺麗なレガートで弾くととても瑞々しく叙情的に聴こえるけれど、アラウの弾き方だと心の中で何かが弾けているような叙情的ではあるけれど落ち着かなさを感じさせる。

第22変奏
アクセントがついてオスティナートされる音がリズミカル。右手上声部の主旋律も動きも良く聴こえて、とても清々しく可愛らしい曲。

第23変奏
速いテンポで力強いタッチのスタッカート。クレッシェンドがよく利いて、勢いよくうねるような感覚。

第24変奏
クレッシェンドされるスケールが、第23変奏よりもさらに強い波のうねりのように聴こえて、響きにも厚みがあるので、とてもダイナミック。

第25変奏
変奏の締めくくりらしく、重音が跳躍して、力強くて開放感のある変奏。
かなりの力技なので、ちょっと打鍵が怪しいところもあるけれど、重厚な響きと勢いのよさで、堂々としたフィナーレ。

フーガ
メカニカルな音型が次々と展開していくので、単調になりがちなフーガ。
アラウは、フレーズによって、タッチや響き、強弱をいろいろ変えているので、音響的に変化していくところが面白い。
それに主旋律と副旋律(と伴奏)もくっきり分離されて聴こえてくるので、重音の響きのなかに埋もれがちな旋律の流れが良くわかって、立体感もある。
特に、和音を弱音のレガートで弾くところが柔らかくてとても綺麗な響き。このフーガだけでも、一つの物語を見て(聴いて)いるかのように表情は多彩。


 <アラウ/ルガーノライブ1963>の記事

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tag : ブラームス アラウ

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吉松隆/ピアノ協奏曲《メモ・フローラ》
吉松隆の唯一のピアノ協奏曲は《メモ・フローラ》
ピアニストの田部京子を想定して作曲したはずなので、彼女の硬質で透明感のある品の良い音色がとてもよく映えている。
田部京子が弾いている吉松の録音は《プレイアデス舞曲集》が2種類。
音も旋律も綺麗なので、リリースされた当時はよく聴いていたけれど、似たような曲想の曲が多いのでずっと聴き続けるとちょっと飽きてしまう。集中して聴くよりは、環境音楽のようにぼ~っとして音の流れを聴くのが良い気はする。

このピアノ協奏曲はとにかく音と和声がとても繊細で美しく、ぼ~っとしながら聴いていると、とても心地よい。
第1楽章と第2楽章の旋律に歌謡性はないので、これはほとんど思い出せない。そういう旋律の動きを追わずとも、音の響きの世界に浸るのに向いている。

第1楽章は”Flower”。音のタペストリーの織り成す響きがとても美しく、主題のモチーフが波のように揺れ動きながら、あてどなく流れていき、波間に消えたと思ったら、再び現われたりしているような浮遊感。

第2楽章”petals”。花びらという意味。
蕾がゆっくりと開花するところをマクロレンズで凝視して、まるで静止しているかのようにゆっくりと微細な動きから、徐々に加速して花びらが大きく開いていくようなイメージ。
始めは静かに緩いテンポで単音主体のピアノの旋律が、徐々にテンポを上げ和音主体でカスケードのように重なっていき、最後はまたゆっくりと静かに。

一番好きな第3楽章”Bloom”は、軽快なテンポで、センスの良い洒落た雰囲気。
前2楽章はわりと緩々としていたので、最後は開花した”Bloom”のように、ぱっと目が醒めるように鮮やか。
洗練されたモダン・ジャズのような現代性と、英国風(というのか)のやや醒めた知性とが融合したような気がする。
軽快で明るい色調なのに、なぜか黄昏に差し掛かったようなイメージを連想してしまうのは、この曲に乾いた感性を感じるものがあるから。
ピアノが弾くアルペジオは華やかに聴こえるけれど、それにしてはあまり目立たず、逆に、オーケストラの響きと融合したような、どちらかというと伴奏的でオケパートの一部のように聴こえる。

Yoshimatsu: Piano ConcertoYoshimatsu: Piano Concerto
(1998/10/20)
Sachio Fujioka (Conductor), Manchester Camerata, John Barrow (Flute), Kyoko Tabe (Piano)

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カップリングは4曲。どれも似たようなタッチで書かれている。

《鳥は静かに..》Op.72は、その和声と旋律が《朱鷺に寄せる哀歌》を彷彿させる曲。
違うところは、緊迫感と悲愴感がないところ。
《朱鷺に寄せる哀歌》は滅亡する朱鷺を歌ったものなので、滅びの美学のように研ぎ澄まされた美しさがある曲。
この《鳥は静かに..》は、人間にジャマされずに、平和的に暮らしている鳥のイメージ。

《天使はまどろみながら》Op.73
本当にまどろんでいるような雰囲気の曲。
ヴァイオリンの音が鳴ってはすぐに減衰していくところが、意識と無意識の間を彷徨っているような浮遊感。
ピアノが同じ旋律を弾いても、硬質の響きと残響が、弦楽器で弾く旋律とはかなり違った雰囲気。
ピアノと弦楽器という異質な響きが、徐々に重なりあっていくところの感覚が、ちょっと面白い感じ。

《夢色モビールII》Op.58aは、オーボエとハープのソロがとても綺麗な曲。
オーボエ独特のやや物哀しい音色とハープの波間に漂うような響きが溶け合って、とても夢想的な雰囲気。

《白い風景》Op.47a
雪景色を表現したとてもファンタスティックな曲。フルートは舞い落ちる雪の結晶、ハープは幻想的な雪景色、チェロは自然や大地のようなイメージがする。

tag : 吉松隆

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アラウのインタビュー ~ デュバル著『ピアニストとのひととき』より
アラウの伝記・対話集としてもっとも有名なのは、ホロヴィッツ著『アラウとの対話』(みすず書房)。
アラウはこの本以外にも、インタビュー集には良く登場していて、私が知っている翻訳書で2冊、未翻訳書で1冊。探せばまだあると思う。
コンパクトにまとまって読みやすいのは、ちょっと古いけれどデイヴィッド・デュバル著『ピアニストとのひととき』のインタビュー。
FM音楽放送局のディレクターでありピアニストでもあるデイヴィッド・デュバルによるインタビュー集で、アラウが、師クラウゼに学んだ日々、演奏家論、レパートリーにしている作曲家・作品等について語っている。

ピアニストとのひととき〈下〉ピアニストとのひととき〈下〉
(1992/09)
デイヴィッド デュバル

商品詳細を見る(表紙は原書のもの)


以下は、アラウの語った内容の一部抜粋。

師クラウゼについて
クラウゼはヒンズー教の導師のようでしたね。私が食べるもの、眠り方をよく観察していて、私の健康全般に注意してくれました。[クラウゼは、毎日一時間以上一緒にアラウと散歩したり、アラウに世界文学の読み方を教えたり、博物館・当時の偉大な舞踏家の舞台・ワーグナーの「パジルファル」の公演にアラウを連れて行ったりしたという]・・・(クラウゼはアラウに)一般教養を身につけることを望んでいました。私は今日まで本当に感謝しています。

クラウゼは、毎日2~3時間教えてくれました。彼は本当の謙虚な精神というものを私の中に育てていくことに、大変熱心だったと思います。クラウゼは、自分の仕事に対して絶対お金を受け取らなかっということをぜひつけ加えて起きます。彼が亡くなったとき、私は17歳でしたが、ほかのどこへも行く気になれませんでした。
[その後、アラウは新しい師につくこともなく、クラウゼの教えを元に独力でピアニストの道を歩むことになる]

クラウゼは演奏家の厳しさについていろいろ教えてくれました。「きみは朝の4時に起こされて、指揮者の前でコンチェルトを弾けと言われても、即座に、文句を言わずにそれができるようになるまでに、その曲を知り尽くしてなければだめだ」と言ったことを覚えてます。....「いいピアノだったらだれだってうまく弾ける、問題は悪いピアノをどうやってうまく弾きこなすかということだ」とよく言っていました。


演奏家として
ピアノが私の一生の仕事であって、ピアノ以外にはないということは、いつも頭にありまして、このことに疑問を持ったことは一度もなかったですね。

演奏家は自分自身を変身させ、自分とは異なった世界に入っていく道をさぐれる人間でなくてはいけません。すぐれた演奏家は、いろいろなスタイルの曲を演奏する能力を伸ばすことができなくてはだめです。

私は実際死ぬまで現実に引き続けることになると思います。もちろんこんなことは、いま言うべきことじゃないでしょうけど。....(なぜなら)運命に挑戦することになるからですよ。

私は物事にやたらには動じませんね。演奏の前に絶対に恐怖感に襲われないとは申せませんが、それを排除するようになりました。恐怖感、不安感を取り除くことは重要なことです。

私は聴衆とは無関係であるようにいつも心がけています。聴き手がわたしがやっていることを理解してくれればうれしいんですが、そういうことで影響されることはまったくありません。音楽に対して自分がやらなければいけないことを続けるだけです。演奏会で注意しなくてはいけないことは、たんなる虚飾を排除することです。例えば、聴衆に受けようとして、より速いテンポで弾くといったようなことは絶対さけるべきです。


レコーディングについて
レコーディングは作品に対する私の演奏法の記録です。...それが私の方法であって、若いアーティスト達に価値があるだろうと考えてのことです。それはまた、演奏家として生き続ける手段でもあります。

レコーディングは本当に楽しんでやっているんです。プレイバックを聴いていますと、アイデアが浮かんでも来ます。演奏のなかでうまくいくものが、レコードではよくなかったり、あるいはときどきその逆のことがあります。レコーディングには、それ自体の約束ごとがあります。私がライブ演奏のレコーディングに気が乗らないのはそのためです。


ベートーヴェンについて
ベートーヴェンの音楽は、闘争と勝利を表していまして、なにか非常に積極的なものです。ベートーヴェンにはいつも勝利がみえています。彼の音楽は精神の再生へと導いてくれます。誰にでも、われわれの時代に適切な話し方で語りかけてくるのが彼の音楽です。...そもそもの初めから、私は彼の音楽には完全にくつろぎを感じていましたから、ベートーヴェンが私の音楽の世界の中で、重要な力になるということが、すぐにわかりました。

べートーヴェンをオリジナル楽器で弾くことは必要ないと思います。ウィーンでベートーヴェン自身のピアノやそのほかたくさんのフォルテピアノを弾いたことがあるんですが、それらはベートーヴェンのサイズには不適当のように思えます。私は彼は近代ピアノを夢見ていたと思っています。モーツァルトでさえ、私の聞き方では、近代ピアノで最高の成果が得られます。
[ブレンデルも同様に、ベートーヴェンは現代ピアノで弾かれるべきものと言っていた]


バッハについて
(30年代に行ったバッハの鍵盤作品の全曲連続演奏会の後)バッハはハープシコードやクラヴィコードでもっとも良く響くことがわかったんです。そういうわけで私はバッハを弾くのをやめました。
[しかし、1942年に録音してそのままお蔵入りになっていた自身のゴルトベルク変奏曲の録音テープを晩年に聴いて、ピアノでもバッハは弾けるのだと考え直している。]


ショパンについて
ショパンの夜想曲は、大勢の人が考えているのとは反対に、大変重要な曲でして、ショパンの書いた最高の音楽に入ります。....彼は重厚で力強い作曲家でして、一般に言われているようなヴィクトリア朝風の夫人達のサロン作曲家ではまずないといっていいでしょう。もしピアニストがショパンを、あまりにも頻繁に弾かれているようなやり方でデュナーミクを抑えたりなどして弾くだけに終始しますと、ショパンは弱々しいものになって、彼の内的なドラマが大半失われることになります。


リストについて
私が再三、心を打たれるのは、リストがその音楽の中に示している神秘性です。たとえば愛の神秘主義がそうです。その中で彼は偉大な深さに到達しています。リストは取るに足らない作曲家と見られたり、誤解されることがあまりにも多すぎますね。私はブゾーニがリストのソナタを弾くのを聞いていますが、あのとき受けた啓示は絶対忘れることはないでしょう-あのような深い情熱と意味はだれにも想像できません。

クラウゼは、リストの曲は、楽々と弾いているように見せ、また響かせるためには、普通のピアニストに必要とされる以上のテクニックが要求されると言っていました。ただ指からだけじゃなくて、その演奏には完全な自由、からだ全体から出てくる音の響きがなくてはだめです。


アルベニスについて
子供のころラテン・アメリカでアルベニスはずいぶん聞いています。...「イベリア」組曲は驚くべき構成じゃないでしょうか?これはもっともむずかしいピアノ作品に入ると思います。ピアノによるオーケストラですね。


ドビュッシーについて
ドビュッシーの音楽は、ほかのどんな音楽とも違っています。それは芸術の新しい領域への跳躍でした。別の惑星の音楽のようです。....演奏家として、ドビュッシーの音楽のおとぎ話的な特性に興味があるのではありませんで、その音楽に潜在する精神的なものに興味を持っています。精神的な面のドビュッシーが非常にしばしば無視されています。彼はただその音の美しさだけのために演奏されることがあまりにも多すぎます。


奏法について
トリルはただきれいなだけでいいというものじゃありません。トリルはそれが入っているフレーズとその周辺の中にあるべきものです。

tag : アラウ 伝記・評論

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クルシェネク/ピアノ作品集
ころころと作風が変遷したことで有名なクルシェネク。ピアノ作品は現代音楽の作曲家にしては結構多い方だと思うけれど、まとまった録音があまりなく、有名な録音は(たぶん)グールドのピアノ・ソナタ第3番。
このピアノ・ソナタを聴いて、あまりとっつきの良い作曲家ではないと思ってしまったので、以来聴くことはないまま。

たまたま同じドイツの作曲家ハルトマンのピアノ作品集の紹介文に、”クルシェネクに似ている作風...”とか書かれていたので、ちょっと聴いてみたくなった。(でも、ハルトマンとクルシェネクと両方聴いてみたら、あまり似ている気はしなかったけれど)

どの曲も音の密度が比較的高く、元気に動きまわる躍動的な曲や、歌謡性が強くない旋律でも無機的なところは無く表情がわりとついているので、ドイツ系の現代音楽にしては難解さや堅苦しさは希薄。

クルシェネクのピアノ作品集はいくつか出ていて、作風の変遷がわかるように、初期~晩年の代表的な作品を時代別に選曲している。
たしかにいろんな時代の作品を聴くと、その時代に流行った作曲技法で書かれているような印象があって、作風が全く違うところが面白い。どの曲も聴きやすいけれど、構成がかっちりしていて、いろんな曲想が聴けるピアノ・ソナタと変奏曲はかなり面白く、好みにぴったり。

ケルバーのCapriccio盤。初期~晩年までかなり作風の違った曲を収録。
Ernst Krenek: KlavierwerkeErnst Krenek: Klavierwerke
(2004/01/01)
Till Alexander Korber (ピアノ)

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ピアノ・ ソナチネ/Piano Sonatina, Op.5,No.1
調性的に安定したとても可愛らしいソナチネ。第1楽章ではドビュッシーの《子供の領分》にちょっと似た感じの旋律も出てくるし、全楽章とも和声が綺麗でリズム感や旋律も軽妙なところは、ドビュッシーを聴いているような気分。

3楽章による12の変奏曲/12 Variations in 3 Movements, Op.79
これは十二音技法で書かれた曲。たぶん演奏が良いせいだろうと思うけれど、あちこち飛び回る音でつながる旋律に生き生きとした表情と叙情感があって、シェーンベルクのピアノ曲よりは聴きやすい。
Adagioの第6変奏やAllegro assaiの第9変奏とかは、少しベルクのピアノ・ソナタに似た感じがする。

オーストリアからのこだま/Echoes from Austria Op.166
調性が安定した開放感のある明るい曲。旋律もメロディアスで牧歌的な穏やかさが心地良く、《George Washington Variations》といい固有名詞のついた作品は、他の曲とはかなり肌合いが違う。

11のピアノ小品/Piano Pieces,Op.197
これも十二音技法の作品。《3楽章による12の変奏曲》と似た躍動的な曲が多い。音だけが並んでいるような無機的な感じが少し強く、叙情感がやや薄い気はする。

ピアノ・ソナタ第7番/Piano Sonata No.7,Op.240
第2~4番のソナタとはかなり作風が違って、幻想的な和声の響きが印象的。少しクラムの曲に似た響きがする。


コルツェフのPhoenix Edition盤。ピアノ・ソナタが2曲入っているのが良いところ。
Ernst Krenek: Piano Sonatas Nos. 2 & 4; George Washington Variations; Echoes from AustriaErnst Krenek: Piano Sonatas Nos. 2 & 4; George Washington Variations; Echoes from Austria
(2008/08/26)
Mikhail Korzhev (ピアノ)

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5 Piano Pieces, Op. 39
曲によっては多少ドビュッシーに似た雰囲気はするけれど、《ピアノ・ ソナチネ》よりもそれはかなり希薄。
不協和的な和声が多く、旋律の歌謡性も低くなり、より現代的なタッチ。それでも結構聴きやすいタイプの曲。

Piano Sonata No. 2, Op. 59
この曲はモダンでジャズ風な雰囲気がとても面白くて、聴いていて楽しいピアノ・ソナタ。
第3番と第4番のピアノ・ソナタとは全く違った作風で、グールドの第3番の録音のイメージが強かったので、初めはちょっと混乱してしまった。
第1楽章はベルクのピアノ・ソナタをジャズ風にしたような曲で、なぜかムード音楽的な雰囲気がする。
第2楽章は行進曲風でやや勇ましいタッチで、こっちはジャズ風プロコフィエフとでも言えば良いのか...。
第3楽章は、音があちこち飛び跳ねて、とても軽快で楽しげ。調和的でモダンな和声は、新古典主義時代のストラヴィンスキーのピアノ曲を連想させるところがある。(ストラヴィンスキーの曲に似たフレーズも出てくるし)

Piano Sonata No.4,Op.114
この時代になると十二音技法になって、ちゃんと現代音楽風。《3楽章による12の変奏曲》と同じように、表情豊かで聴きやすい曲。
音があちこち飛び跳ねて、旋律には歌謡性はないけれど、リズミカルな躍動感があり、和声もそれほど不協和的ではなくて綺麗なので、全体的に無機的なところは希薄。
緩徐楽章の第2楽章と第4楽章も相変わらずリズミカルで、乾いた叙情感が美しい。

George Washington Variations, Op. 120
主題の”Washington's Grand March”と第1変奏の”The same elaborated upon”は完全な調性音楽で軽快な行進曲風で明るく快活。
変奏が進むにつれ、段々調性が曖昧なところが多くなり、”Battle Music”はかなり調子の外れてちょっと可笑しな雰囲気。
”Elegy”はそれほど哀感が強くない乾いた叙情感、"The Chase(a canon)"も調子はずれの軽妙さが面白く、”Sarabande”はやや沈鬱。
”Grand Finale”は再び行進曲風。冒頭のような楽天的な明るさと調和的な雰囲気はなく、不協和的が混在したモダンなタッチ。さすがに最後は安定した調性に回帰して勢い良いエンディング。

Echoes from Austria, Op. 166 オーストリアからのこだま Op. 166

Kleine Suite, Op. 13a: VI. Foxtrott
これは普通に明るいフォックストロット。
アラウ ~ シュヴェツィンゲン音楽祭ピアノ・リサイタル
アラウはスタジオ録音が大好きだったので、ディスコグラフィーは膨大。
好きな作曲家と曲が収録されているCDはほとんど収集したので、長い間チェックしていなかったけれど、最近調べてみると、復刻盤、ライブ録音、それにお蔵入りしていた録音やらが多数リリースされていた。
これも集めないといけないので、アラウのCDは増える一方。でも、没後20年経った今になっても、初出録音が聴けるというのはとっても嬉しい。

最近増えているライブ録音というものについて、アラウは消極的だった。
レコーディングにはそれ自体の約束ごとがあって、演奏の中ではうまくいくことが、レコーディングではよくなかったり、あるいは時々その逆のことがあるから、というのがその理由。
でも、”ライブが本領”という人もいるくらいにアラウのライブ録音は結構気合が入っていて、スタジオ録音とはまた違った一面が聴けるというのが楽しい。
アラウの録音は晩年のスタジオ録音が多くて、1960年代前後の壮年期(というのか)の演奏の方が好きな私には、ライブ録音はとても貴重な音源。

アラウのライブ録音で面白かったのは、クレンペラー指揮のショパン・ピアノ協奏曲第1番(1954年)、クーベリック指揮のブラームス・ピアノ協奏曲第1番(1964年)。
ルガーノでの1963年のリサイタルもわりと良かったけれど、それよりも好きなのが、最近手に入れたシュヴェツィンゲン音楽祭のリサイタル(1963年と1973年)のライブ録音。
音質がかなり良いので(雑音の入っていない放送用録音程度に良い)、臨場感があって、アラウの気合や集中力が伝わってくるよう。
収録曲は、ベートーヴェンのロンド&ピアノ・ソナタ3曲とブラームスのヘンデル・ヴァリエーションという、とても充実したカップリングの2枚組。ライブ録音は結構価格設定が高めなものが多いけれど、これは内容・価格ともバランスの良いアルバム。

ピアノ・リサイタル 1963年 & 1973年 - ベートーヴェン&ブラームスピアノ・リサイタル 1963年 & 1973年 - ベートーヴェン&ブラームス
(2009/06/12)
クラウディオ・アラウ

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CD1枚目は、アラウ60歳の時の1963年のリサイタル。
ベートーヴェン/ロンド Op.51 No.2
これは旧盤のベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集にも収録されている曲。演奏は旧盤と同じく優美で優しげ。
アラウのタッチは、ちょっと粘り気のある柔らかいタッチで、弱音の表情が多彩。
全体的に濃い目の表情づけだと思うけれど、アラウのピアノで聴くと重たさは感じなくて、とても情感豊かに聴こえる。
ずっと昔は雰囲気で聴いていたので、そういうところには注意していなかったけれど、かなりの量の録音を聴いてきたので、聴くポイントもいろいろできて、演奏もずっと楽しめる。(逆に、晩年の録音を聴きなおしていたら、気がつかなかった方が良かった...なんてこともあったりする。)

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第28番 Op.101
ロンドに続いて、第1楽章はとても優美。第30番の第1楽章に少しだけ似た雰囲気。
次の第2楽章は、突如エンジンがかかったように、速いテンポとシャープなリズムで、冒頭和音が力強く鳴り響き、リズミカルな躍動感に溢れたとてもヴィヴィッドな演奏。

さすがに第3楽章冒頭は静かになって、物思いにふけっているか、まどろんでいるかのよう。
アタッカでつながる第4楽章は、再びダイナミックで勢いのあるタッチに。クレッシェンドは、本当に気持ちが高揚していくような盛り上がり。
この終楽章は、煌くような輝きがあって、開放感と喜びに溢れているような雰囲気がとっても爽快。聴いていても楽しくなってくる。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集のスタジオ録音を聴きなれていると、ライブ特有の即興性やテンションの高さが音や雰囲気で伝わってくる。両方を聴き比べるとそれがはっきりとわかる。"アラウの本領はライブにある”と言う人もいるし。
スタジオ録音のアラウは、穏やかで安定感やバランスのよさを感じさせるけれど、ライブ録音を聴くと気力漲るエネルギッシュな力強さと躍動感があって、この違いがはっきりわかるのが面白い。(これは、ブラームスのピアノ協奏曲第1番のスタジオ録音とライブ録音を聴いても同じ。)

面白かったのは、ブレンデルが”この第28番ソナタを情熱的に弾くのは問題外”と断言していたけれど、その”問題外”の情熱が湧き出るような演奏だったこと。
晩年のアラウの演奏しかほとんど知らないというCD解説文の筆者(日本ではアラウが晩年になって人気が出てきたので、こういう人は結構多い)は、このアルバムを聴いてアラウが”get excited”できる人なのだとわかった...とかなんとか書いている。

特に好きなピアニストの録音は、若いときから晩年まで、各時期の代表的なもの(1940年代以降のもの)をできるだけ聴くようにしているので、アラウのいろいろな年代の録音を聴いていると、芸風が随分変遷していった人なんだというのがよくわかる。
私が一番好きなのは、1960年代前後の演奏。安定した技巧をベースに、力強さと豊かな情感とがバランスよく表現されているので、演奏の切れ味も良く内容も充実している。
1940年代の若々しくスピーディで躍動感のある演奏を聴くのも楽しくて、いつものスローテンポなピアニストという印象は全くない。
アラウは、レコーディングは自分の演奏方法の記録だと考えていて、その録音が若い人に役立つこともあるだろうし、演奏家として生き残る方法でもあると言っていた。

ブラームス/ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ Op.24
続くヘンデルバリエーションも気合の入ったダイナミックな演奏。さっきのベートーヴェンも良かったけれど、私が一番好きなのはこのブラームス。
同時期のルガーノのリサイタルでも、ヘンデルヴァリエーションを弾いている。
ルガーノの方は残響が少なくいかにもモノラル的な音がして、演奏内容自体はあまり変わらなくても、ダイナミズムやテンションの高さがよく伝わってくるのは、このシュヴェツィンゲン音楽祭のライブ録音。

最初のアリアを聴いただけでうっとり。小鳥がさえずるような長めのトリルの可愛らしいこと!ちょっとソコロフのトリルに似ている感じがする。
と思ったら、第1変奏は線の太い音がボンボンと響いて、力感・量感のある力強い演奏。
急速系の変奏はこういうタッチが多い。第4変奏の和音移動は力強く勢いよく。第7変奏から第8変奏に入るとさらに加速するのがとても鮮やか。
もともと低音の響きが太い上に、ブラームスらしく高速の重音移動が多いので、かなりパワフルに聴こえる。ルバートも結構かかっているので、表情づけは甘いケーキのように濃いめ。

第2変奏は夢見るような煌きとまろやかさでロマンティック。
緩徐系の変奏は、柔らかい弱音で表情豊かに歌うような弾き方に変わるので、繊細で情感豊か。
全体的に、緩急・静動のコントラストがよく効いて、ピアニシモからフォルティシモまでダイナミックレンジも広く、とても色彩感豊か。

アラウのタッチはやや粘り気があり、リズムもやや重たく、安定感のある低音と相まって、力感・重量感が強め。でも、弱音になると澄んだ音でとても軽やか。
演奏時間も約30分と結構長い。ルバートを多用し、テンポの伸縮や強弱の振幅も大きく、力感・量感も充分あるので、ブラームスらしい重みがある。
変奏ごとのテンポ、タッチ、ソノリティも、変奏間の関係や全体の流れを考えて起伏に富むようにいろいろ工夫しているので、カラフルな絵柄が描かれた絵巻物を見ている(聴いている)ような気分になる。
こういう表現重視の演奏はとても好きなので、私がいつも聴くカッチェンの録音とはかなりタイプが違うけれど、こういう濃い味のブラームスも良いなあと思えて、同じくらいに気に入っている。

CD2枚目は、アラウ70歳の時の1973年のリサイタル。
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第7番 Op.10 No.3
第7番は、初期のソナタの中では悲愴ソナタや第9番と並んで好きな曲。
やたらに長い第2楽章(それも緩徐楽章)はともかく、急速楽章は軽快なリズム感と勢いの良さがあるので、聴いていて楽しい。
ライブの演奏は、旧盤のスタジオ録音よりもライブ録音の方が多少軽快なテンポで勢いが良い感じ。表現はスタジオ録音の方が多少細やか。でも、大きな違いはないのでどちらを聴いても大丈夫。


ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番 Op.57<熱情>
この曲はあまり得意ではなくて普段はまず聴かない。一度聴いただけではピンとこないので、繰り返し何回も聴いたし、ついでに異聴盤もいくつか聴いて、ようやくこの曲に慣れて、少し好きになってきたのが良かったところ。

1973年のリサイタルは、前回63年の時よりも即興性や開放感が薄くなっている。これは7番も同じ。
ライブ録音とスタジオ録音では、若干スタジオ録音の方が演奏時間が短いけれど、テンポも演奏内容も基本的には大きく変わらない。
旧盤のスタジオ録音の方が10歳若いときに録音しているので、演奏の切れ味は多少良い気はするけれど、ライブ録音の方は集中力と緊張感が強い感じはする。
アラウの熱情ソナタは、フォルテを強打したりテンポを上げたり、見るからにあからさまに情熱を感じさせる弾き方ではないので、一見地味なところはある。
第3楽章だけ、ゼルキン、ポリーニ、ケンプの録音も聴いてみると、ダイナミックレンジの広さ、鋭く力強いフォルテ、大きな起伏、推進力の強さはかなりのもの。
ずっと昔はゼルキンやポリーニをよく聴いていたので、アラウとは全然違うのが、聴きなおしてみて良くわかった。
よくアラウの熱情ソナタのレビューに、情熱不足とかそういう類のコメントを見かけるので、何でだろうとずっと思っていたけれど、そう感じる人がいるのもよくわかる。

アラウの熱情ソナタは、感情が噴出しているような”情熱的”な雰囲気は薄め。
テンポは大きく揺らさず、一音一音を丁寧に打鍵していき、美しい音でじっくりと旋律を歌いこんでいくので、音楽が流麗に流れて、徐々にじわじわと核心へと着実に進んでいくような凝縮力を感じる。
熱情ソナタというと、テンペラメントに駆られたように勢い良く、フォルテでバンバン弾く人が多くて、ちょっとげんなりしてしまう。アラウの弾き方が好きなのは、そういう大仰さがないところ。今の私の好みにぴったり合っているので、当分熱情ソナタはアラウで聴くことに。

tag : アラウ ベートーヴェン ブラームス

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お米でパンがつくれるライスブレッドクッカー「GOPAN(ゴパン)」
三洋電機が世界で初めて、お家でお米から簡単にパンがつくれるライスブレッドクッカー「GOPAN(ゴパン)」を開発。今年10月8日に発売開始すると、今日のニュースリリースで発表していた。
これはホームベーカリー愛用者にとっては、結構興味のあるニュース。

三洋電機のニュースリリース(動画あり)
※製造工程は<特長>欄にある約5分の動画に映像が載っている。

GOPAN 商品紹介 WEBサイト

いまは製パン用米粉を使うか、炊いたご飯を強力粉に混ぜるかすれば、お米入りパン(前者が米粉パン、後者はご飯パンなどとと言う)がホームベーカリーで作ることができる。

米粉を使う場合のネックは、製パン用米粉が強力粉に比べて数倍の価格で割高、米粉パンコースを搭載していない場合はちょっと一手間かけないといけない(でも、焼けることは焼ける)こと。
炊いたご飯を使う場合は、小麦粉に混ぜないと膨らまない=ご飯100%のパンは焼けない。(小麦グルテンを入れれば焼けるだろうけど、そこまでして100%ご飯パンを作る気は全然ない)

このライスブレッドクッカー、お米を入れておけば、あとは機械にお任せで、100%お米パンが作れるなんて、なかなか良いアイデア。
それに、米&小麦のミックスパン、普通の小麦パンに天然酵母パンも焼けるし、小麦ヌードルに米粉ヌードル、ジャム、米粉ケーキ、おもちコースまでついている。
お米は普段食べているものをそのまま使えば良いし、炊いたご飯をふやかす手間もかからない。
材料は、洗米したお米220g、水、塩、砂糖、ショートニング(バターorマーガリン)、グルテン(これがないと膨らまない)、ドライイースト。
小麦がNGならグルテンを上新粉で代用する小麦ゼロコースもあり。

この「ゴパン」というホームベーカリーの価格は、5万円程度と高額。
現行機種だと15000円~25000円くらいが実売価格だと思うので(たぶん)、お米パンを作る機能に、その2~3倍の値打ちがあるかどうか。
お米が入ったパンは膨らみがかなり悪いので、もっちりずっしり系のパンが好きな人はいいけれど、ふんわり柔らかなパンが好きな人にはあまり向かない。冬場は特に膨らみが悪そう。
そのうちホームベーカリーの価格が下がるだろうし、他社も類似機種を開発するかもしれないし(特許の問題がありそうだけれど)、今使っているホームベーカリーがおしゃかになったら、検討の余地は充分。
少なくとも最初に発売された機種は避けたい。改良の余地がいろいろあるだろうから、発売から数年待ってから最新機種を買った方が、使い勝手がずっとよくなっているはず。


(参考)ホームベーカリーの国内出荷台数
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tag : ホームベーカリー

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ソコロフ ~ バッハ/ゴルトベルク変奏曲
今日はグレゴリー・ソコロフのとても珍しいゴルトベルク変奏曲のライブ録音。
ソコロフは、基本的にスタジオ録音はしない。随分昔に録音したスタジオ録音がいくつか残っている程度。
もっぱらライブ録音だけ、それもソコロフがなかなかリリース許諾しないので数が限られている。

仏NAIVEレーベルは、それにも懲りずに毎年何十回ものコンサートを録音し続けている。
ソコロフも毎年同じようにリリースはNG。「私が亡くなったら、リリースするのは自由だよ」なんて言っているらしい。
そのせいで、時々海賊版(?)らしきCD-R盤が数種類出回ったりしている。まるで昔のチェリビダッケみたい。海賊盤とはいえ結構音は良いので、ニーズはかなりあるらしい。

《ゴルトベルク変奏曲》は1982年2月レニングラードでのリサイタルのライブ録音で、LPでMelodijaから出ていたが、なぜかCD化されていない。
ベートーヴェンの後期ソナタの録音テープもお蔵入りなので、ソコロフが存命中に気が変わってリリース許諾してくれないかなあと、かすかに期待しているんだけれど。

ソコロフのディスコグラフィ

Sokolov - Bach Goldberg Variations BWV.988.wmv
Leningrad, Feb 27th 1982, Grand Hall of the Leningrad Philarmonic Society (Melodiya)



ライブ録音なので音はそれほど良くはないけれど、芯のしっかりした比較的クリアな音なので、ソコロフのしっとりと潤いのある美しい音色と色彩感は結構聴き取れる。
この音質でこれだけ綺麗な音なら、まともな音質なら素晴らしく綺麗な音に違いない。

ソコロフの音はクリアな響きで深みと煌きがあり、カラフルな色彩感も加わってとても美しい音。
急速系と緩徐系ではタッチが全く変わって響きが全然違うので、それだけでもかなり違った色彩感が出る。緩徐系でも響きのバリエーションがかなり多い。
さらに声部ごとに響きが違い、それも旋律によって変化させていくので、色彩感の違いでとても立体的に聴こえる。

変奏ごとのテンポはかなり幅があり、緩急の落差も大きいので、メリハリはよく効いている。
急速系の変奏は、弾力とリズム感、スピード感が素晴らしく、揺らぎなく堅牢な構造。コロリオフのような縦と横の線が組み合わさったような構成感はあるが、ずっと動的でがっちりとした骨太さと弾力のある力強い推進力がある。

緩徐系の変奏は、柔らかい弱音の響きと微妙な強弱の揺らぎのある表情が繊細で、表情の奥行きが深い。
そういう弱音の繊細さに耽溺したり、感情移入したようなしつこさはなく、表現の幅の広さと繊細さはあっても感情が自然にわきでているような叙情感を感じる。

装飾音はそれほど多くはなく、使っている場合も凝ったものではなくあっさり。
ソコロフの場合は、元々音が綺麗で、微妙な響きの変化が多彩で表情が細やかなので、下手に装飾音を入れない方がすっきりしている。
トリルだけはかなり特徴があって、旋律から浮き出るように立ちあがって、鳥がさえずっているように表情が豊か。

色彩感の豊かさと表現の幅の広さ・深さは、今まで聴いた録音の中でもとりわけ素晴らしく、音自体の魅力と求心力・推進力の強さに引き込まれて、冒頭のAriaから最後のAiraまで一気に聴いてしまう。
演奏の密度が濃いうえに、演奏時間が90分近くかかっているので、長い旅路を歩いてきたかのような気がする。
(ピアノ版だと全部リピートを入れても長くて80分弱くらい。長い演奏ならテュレック95分(57年盤)、コロリオフ85分)。

ゴルトベルクは凄く好きとまではいかないけれど(ディアベリの方がずっと好き)、良い録音があるらしいと知るとつい聴いてみたくなる曲。おかげで異聴盤が増える一方。
ゴルトベルクをチェンバロで聴くには、私には響きが単調すぎて(それに長いし)途中で挫折するので、聴くのはピアノ版のみ。
20種類以上聴いたなかでは、一番良く聴くのがベッカーとコロリオフ。時々聴くのは、ペライア、ケンプ、それに、音質は悪いけれど、アラウのゴルトベルク変奏曲も気に入ってます。
これだけあればもう十分かと思っていたけれど、このソコロフのゴルトベルクはベッカー以上に気に入ってしまって、CD化されていないのが残念。

<メモ>
主題:アリア
わりと響きが明瞭で表情がしっかりしたアリア。(ここを眠たくなるように柔らかいタッチと響きで弾く人が結構多いような気はする)
色彩感のある音色と、弾力のある強い響きのトリル。
このアリアを聴いているといつも眠たくなるので、途中で飛ばしてしまうことが多いけれど、このソコロフのアリアは、音に煌きがあって表情もはっきりしてよく変化もするので、これはしっかり最後まで聴けた。

第1変奏
凄く速いテンポで、恐ろしく弾力と力強さのある第1変奏。
眠れないなら眼を覚ませとばかりに、全く息を抜くことなく一気に攻めこんでいくような迫力。
初めはなんと力強いタッチかとちょっとびっくりしたけれど、意外と騒々しくもバタついた感じもしなくて、慣れてしまうとこの切れ味の良さが爽快。
両手が同じくらい強いタッチなので、低音の左手のノンレガートが力強く、弾力のあるリズム感。
拍子を刻むようについているアクセントがよく効いているので、一本調子には聴こえず、スピード感と弾けるようなリズム感が冴えている。

第2変奏
ちょっとゆったりめのテンポで、とても優しく可愛らしい第2変奏。
特に、やや軽めのノンレガートなタッチが、そっと肌に触れるように優しくて、これはとても好きな弾き方。
あまりに前の変奏が勇壮果敢だったので、この極端な表情の変化がとても印象的。

第3変奏, Canone all'unisono
これも緩々としたテンポで、ささやくように語り掛ける変奏。
左手側は包む込むように柔らかくぼんやりした響きで、その上を右手側の主旋律と副旋律がクリアな響きで対話し、響きのコントラストによる色彩感が美しい。

第4変奏
再び急速系の変奏になって、これも第1変奏のように力強いタッチ。
テンポはすごく速いわけではないので、歯切れ良いリズムと和声の響きの厚みでとても安定感のある変奏。
急速系の変奏で音が詰まっていない場合、拍をきっちりとった縦の線が強く出ている感じがする。

第5変奏
急速系でも細かいパッセージが多いので、タッチはかなり軽やか。フレージングの末尾にアクセントを強く入れて、メリハリと躍動感の強い変奏。

第6変奏, Canone alla seconda
ゆったりとしたテンポで、ちょっとまったりしたテヌート気味のレガート。何かが起こりそうな期待や予兆といった感じ。

第7変奏
強めの明瞭なトリルは、おしゃべりするように表情豊か。ソコロフのトリルは、全体的に旋律の流れに添ってさりげなく入れ込むというよりは、旋律から浮き出るようにしっかりとした響きで、かなり目立って聴こえる。

第8変奏
第1変奏のように弾けるような力強く躍動的。こういうタッチに慣れてしまうと、これが自然に聴こえてしまう。

第9変奏, Canone alla Terza
緩徐系の曲は、声部ごとのタッチの違いが強くなってよくわかるので、色彩感と煌きのあり、音がとても綺麗。

第10変奏, Fughetta
この変奏は、いろんな速度と長さのトリルが入り混じっていて、トリルがあらわす表情の違いがとても面白い。

第11変奏
全ての声部がとても柔らかくて優しいタッチで弾かれて、ふわふわな真綿でくるまれているような心地よさ。対照的に、長く素早いトリルが鳥がさえずるような表情のあるトリル。この響きのコントラストがとても鮮やか。

第12変奏, Canone alla Quarta
やや速めのテンポで、弾力のある歯切れの良い変奏。横の線の動きがとてもよくわかる。

第13変奏
右手のキラキラとした高音の響きが美しく、左手はずっと柔らかいタッチ。
弱音の響きの微妙な変化でこまかなうねりのある歌うようなフレージング。

第14変奏
急速系の弾力のある変奏。縦の線が明瞭で、トリルや装飾音がここも良く響いて、とてもリズミカル。

第15変奏, Canone alla Quinta - Andante
やや速めのテンポで、あまり憂いを強く出さずに、さらりとした叙情感。ここも声部ごとに響きが違って、カノンが綺麗に3声に分かれて聴こえてくる。

第16変奏 - Ouverture
拍につけるアクセントが良く効いて縦の線がきっちりと刻まれて、とてもリズミカル。後半はやわらかいタッチで旋律の横の流れがなめらか。

第17変奏 
急速系だけれど、タッチは強さよりもノンレガートの歯切れ良さが目立って、とても元気で楽しい雰囲気。

第18変奏8 - Canone alla sesta
これは縦の線が強く出て、カチカチとしたリズム感がとても気持ちよい。

第19変奏
ノンレガートだけれどやわらかいタッチで、ささやくような語り口でまったりとした雰囲気の穏やかな変奏。

第20変奏
かなり速いテンポで、音が弾丸のように流れていくのが面白い。音の詰まったパッセージになると音が塊のごとくに聴こえるので、ちょっと速すぎようなきはするけど。

第21変奏 - Canone alla settima
一転して、ややコラール風に静かで内省的。しっとりと水気のある響き。

第22変奏 - Alla Breve
やや晴れやかな雰囲気で、軽やかなノンレガートのタッチがとても優しげで素直な感じ。時折入るトリルは、鳥が囀るように表情豊かで明瞭でこれがとても可愛らしく響く。

第23変奏
ジェットコースターから一気に滑り落ちるようなスピード感と弾力でとても勢いの良いスケール。ユニゾンはとても力強く。

第24変奏 - Canone all'ottava
ここはゆったりしたテンポで、柔らかくて軽やかなレガートがとても優しい雰囲気。

第25変奏
しっとりとした哀感のある静寂な変奏。
10分近くかかって弾くかなり遅いテンポ。内省的な雰囲気を強く出し、まるで旋律が自問自答しながらつぶやいているかのように聴こえてくる。
この旋律を聴くと、ベートーヴェンのディアベリの終盤に出てくる短調の叙情的な変奏をすぐに連想してしまう。

第26変奏
一転して、明るく開放的な変奏。同音型のフレーズの連続で、徐々に鍵盤上を駆け上っていく疾走感が素晴らしい。その細かいパッセージ上を主旋律がリズム感よく流れていく。

第27変奏 - Canone alla nona
弾力のあるタッチで力強いカノン。

第28変奏
速いテンポで、トリルの響きがとても印象的。冒頭は高音のトリルが良く響いている。低音のトリルは穏やかな響き。

第29変奏
弾力のあるユニゾンと、勢い良く上行下降していく同音型の旋律。

第30変奏 - Quodlibet
とても明るく晴れやか。マルカートなタッチで縦の線のアクセントが入って、歯切れ良く、快活。トリルも力強く。

Aria da capo
トリルの響きが綺麗なアリア。冒頭よりも柔らかいタッチで静かに弾いているので、少し疲れてまどろむような雰囲気。最後は音量が落ちてリタルダンドし、静かに眠りについたようにエンディング。

tag : バッハ ソコロフ

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アラウ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第21番”ワルトシュタイン”
アラウの旧盤のなかでも、後期ソナタ3曲を別とすれば、第17番”テンペスト”と同じくらいに素晴らしくて好きな演奏が、この第21番”ワルトシュタイン”。

ワルトシュタインは中学生の頃にレッスンで弾いていた曲。単純な音型で展開していくのでどうも面白くない曲だな~と思いながら、あまり気乗りせずに練習していたのは良く覚えている。
自分の下手なピアノでこの曲を聴いていただけだったので、面白くも思えなかったのも無理ないかと...。

その後、アラウのワルトシュタインの新盤がリリースされたときに聴いてみて、やっとこの曲の良さがわかりました。今になって、全楽章弾きなおしてみると、これは弾くのも聴くのも両方とも楽しくて、なんでこんなに昔とは違うんだろう...。
ポリーニやグルダの猛スピードバージョンや、ゼルキンの骨っぽい男性的なライブ録音とかいろいろ聴いてきた結果は、やっぱりアラウのワルトシュタインが一番好きな演奏。
一番最初に聴いたからというのではなく、組み立て方のユニークさと歌心のあるところに魅かれるので。

ワルトシュタインは、どういうテンポで弾くのかで、かなり曲のイメージが変わる。
第1楽章は、最速記録競争でもやっているのかと思えるほどに、速いテンポで弾く演奏が多い。
  -グルダ9'26"、ポリーニ9'58"、ゼルキン(ライブ)10'35"、ポミエ10'37"、ケンプ10'55"
   ギレリス11'07",ブレンデル11'20"、アラウ11'45"。やっぱりアラウは遅い。
巷の録音の中で一番速いのではないかと思えるのが、グルダ。あまりに速すぎて、私にはコミカルでベートーヴェンのパロディのように聴こえる。グルダ自身も、”ある一線を超えて”速すぎたテンポだったと録音しなおすことも考えたくらいに速い。(それなら録り直して欲しかったと思うけど)
ポリーニの1988年の録音が速さの限界のような...。凄く速いけれど、タッチも拍子も何も全く崩れることなく堅牢。若い頃のポリーニはやはり凄い。
ゼルキンのライブ録音は気合が入りすぎたせいか、ちょっと速い。でもさすがに叙情感もこもっていて、端正なゼルキンらしい。
ほど良いテンポ感があるのはケンプ・ギレリス・ブレンデルあたり。アラウもブレンデルと比べて演奏時間としてはそれほど長くはないけれど、出だしがスローで途中でテンポを速めたりしているので、冒頭はかなり遅く感じる。

第1楽章 Allegro con brio
アラウはそもそもテンポが遅いので有名。(でも、若い頃は速すぎると言われたこともあるくらいに、かなり速かった)
旧盤のピアノ・ソナタ全集は、晩年に録音した新盤よりは、全体的にテンポはほんの少しだけ速め。聴いている分には、ほとんど同じくらいの速さに感じる。
それでもやっぱりスローなテンポだと感じるのが、テンペストとこのワルトシュタイン。

普通は、冒頭から軽快なテンポと汽車が疾走するように規則的なリズム感で、多少の緩急の変化をつけながらも、一気に駆け抜けるような演奏が多い。
アラウの場合はちょっと雰囲気が違って、冒頭がかなりスローで、途中は緩急の変化が大きい。
それに、どうも音質がもう一つ良くなくて、高音域が遠くの方から聴こえてくるし、ちょっとぼやっと篭もりぎみ。これが幸いしてか(?)、弱音で弾く冒頭は霞がかかったようにぼや~とした雰囲気で、まるで夜明けの前の薄明のよう。
装飾音は普通の音符のような長さでトロ~ンと弾くのがアラウらしい弾き方。
柔らかいタッチと丸みのあるソフトな響きに、このちょっと甘~い感じの装飾音の響きも加わって、主題部はしなやかで女性的な優美さを感じる。

徐々にクレッシェンドしてフォルテになると、霧が消えて晴れ渡ったように輝くような音色と力強いタッチがドラマティック。
23小節以降、両手のアルペジオがから へと変わるところは、とても力強く勇壮な感じがして、靄のかかったような主題部とのコントラストがとっても鮮やか。

第2主題dolceに入ると、テンポと強弱の変化を細かくつけ、特に弱音の表現が繊細。とても優しげな情感がこもっていて、ここはとても好きな弾き方。(新盤は表現としてはもっとさらっとしている)

第2主題から抜け出て、アルペジオに入ってからは、明瞭なタッチに変わって引き締まった表情に。
主題、第2主題、展開部が何度か移り変わっていくけれど、それに合わせてそれぞれ弾き方を変えていくので、単調さも緩みもなくて、メリハリがよくついている。
ゆったりとしたテンポなので、細やかな強弱の変化に加え、緩急の変化も明瞭につけていけるので、旋律の表情がとても豊か。
メカニカルに単純な音型がオスティナートされるパターンが続いても、旋律を良く歌わせているし、場面によって表情がいろいろ変わっていく。まるでカラフルな絵巻物を見ているよう。
タッチと音の切れも良くリズミカルなので、遅いテンポでも生き生きとした躍動感があって、とても魅力的。
このアラウ独特の構成と弾き方に慣れてしまうと、スピード感のあるワルトシュタインが筋肉質的で単調な演奏に聴こえて困ってしまう。

第2楽章 Introduzione. Adagio molto - attacca - Rondo. Allegretto moderato
序奏はかなりゆっくり。といっても4分台で弾く人が多いので、ごく普通のスローテンポ。
やや暗めの弱音で一音一音丁寧に弾いていくので、静かで物思いにふけるような雰囲気。

ロンドは、第1楽章と同じく、冒頭の主題部分は微かな弱音で、ペダルのかかった左手のアルペジオはぼんやりとした柔らかい響き。
ここも夜明け前の薄明のような霞でベールがかかったような雰囲気で、とても好きな弾き方。
79小節のトリルが始まると徐々にタッチが明瞭になって、フォルテになると力強く輝くように明るく変わっていく。
これは主題が再現されるときも同じ弾き方で、常に主題と展開部とのコントラストは常に明確。
テンポがゆったりしているので、普通ならメカニカルに弾き飛ばされていく(ように聴こえる)16分音符や三連符のパッセージも明瞭に聴こえて、歌うような旋律の流れがとても表情豊か。

267小節以降、ヘミオラを交えて四分音符の和音や単音を左右交互に弾いていくところは、テンポが遅いせいか、着実に一歩一歩踏みしめて前進していく感じがして、ここも好きな部分。
続いて、279小節からは、やや変則的なアルペジオ。ここは柔らかいアラウのタッチがとても幻想的な響き。

最後に主題が再現される直前までは、20小節くらいペダルを踏み続けるので、ppの柔らかい響きはまるでふんわりした羽毛に包まれているよう。主題がfで登場すると、輝くような明るさが戻ってきて、このコントラストは爽快。

コーダは、さすがにアラウでもかなり速い。オクターブのスケールはグリッサンドで弾いている。
ここは弾き方がいくつかあったはず。両手に振り分けてユニゾンのパッセージとして弾く人もあったと思うけど(誰だったか覚えていない)。バックハウス(モノラル録音)はテンポを少し落として、オクターブのスケールとして弾いている。
アラウはグリッサンドでしか弾かない。
ずっと昔、リサイタルでワルトシュタインを弾く予定だったけれど、ホールに行ってピアノを確認してみると、グリッサンドには向かないピアノだったので(どんなピアノだったんだろう?)、ワルトシュタインをプログラムから外したという話も残っているくらい。

コーダは、主題が次々と変形していくところが面白い。
特に両手の反行形にはユーモアを、続いて現れる左手の符点的(とでもいうのだろうか)リズム感は飛び跳ねるような躍動感を感じるので、とても好きなパッセージ。
終盤はトリルが通奏低音のように流れるところ。右手でトリルしながら同時に別の音を弾くので、手がかなり大きくないと弾きにくい。(ベートーヴェンの曲には、このトリル&旋律を片手で同時に弾くフレーズがちょこちょこ出てくる)
アラウはそれほど手は大きくなかったそうなので、ライブ映像を見るとどういう風に弾いていたか良くわかる。

アラウのワルトシュタインは、パッセージによって響きの種類を変化させながら、緩急・強弱のコントラストを加えて組み立てている(と思う)ので、和声の響きが多彩でとても美しい曲に聴こえる。
メカニカルに疾走するタイプの演奏とは違って、スピード感のような感覚的な刺激はないけれど、旋律の表情や流れを追っていると、長~い絵巻ものを見ている(聴いている)ような美しさを感じる。
アラウのベートーヴェンには構成力があると言われるけれど、ワルトシュタイン(とテンペスト)を聴くとそれが実感できる。
なぜか古きよき時代的なゆったりとした時間の流れと、調和のとれたオーガニック(有機的)な世界にいるような気がして、ちょっとしたノスタルジックな気分になってしまう。


新盤と比べると、旧盤のワルトシュタインは、第1楽章の主題と第2楽章ロンドの主題が、霞がかった音と雰囲気があるのがよくわかる。ここはとても好きな弾き方。
それに、残響が短くピアノの音がコロコロして一音一音はっきり聴こえて、細かい表現まで聴き取りやすいのも良いところ。それなのに、高音の音質がもう一つで、特に弱めの弱音だと聴きづらいことがあるのがとても残念。
そこを除けば、旧盤はタッチと音の切れが良く、緩急・強弱のコントラストも鮮やかで、リズム感と推進力もあるので、弾き方自体は旧盤の方が好みにぴったり合っている。

新盤のワルトシュタインも演奏解釈は基本的には変わっていない。
パッセージによっては打鍵の微妙なコントロールがやや緩いようで、旧盤よりもダイナミックレンジが幾分狭くなり、起伏や力感が若干緩やか。
でも、1984年録音なので、新盤のなかでも技巧的に気になるところは少ない録音。やや長めの残響で煌くような輝きのある音が綺麗で聴きやすい。
旧盤に比べると、第1楽章冒頭からわりと明るい音色と明瞭な響きで、かなり夜が明けてしまった雰囲気。一方、第2楽章のロンドは、冒頭主題はかなり柔らかくぼわ~とした響きでこれはとっても良い感じ。
残響が長く響きの美しい音に加えて、緩やかで流麗な流れがとても優美で、しっとりした叙情感を感じさせるところが新盤の魅力的なところ。

新盤、旧盤とも、それぞれの持ち味が出ていてどちらも好きなので、こうなるとどちらを聴くべきかとても悩ましい。結局、片方を聞くと、もう一方も聴きたくなってしまって、いつも両方を連続して聴くことに。

CDの他に、80歳記念リサイタルで弾いたワルトシュタインのライブ映像がDVDで出ていた(すでに廃盤)。
新盤より1年くらい前のリサイタルなので、打鍵のコントロールがしっかりした音がするし、音響的にも自然な感じで、ついでにアラウも弾いている姿も見れるというので、これは良く聴いて(見て)いる。

アラウ80歳記念リサイタル/ワルトシュタイン


後半部分はこちら(Youtube)



旧録音のピアノ・ソナタ全集とピアノ協奏曲全集(1964年ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管)、ディアベリ変奏曲(1985年)、変奏曲数曲などを収録したBOX全集(1998年リリース、廃盤)。
同じく廃盤になっているけれど、ピアノ・ソナタだけを収録したBOXセット(2002年リリースのイタリア盤)もある。
Complete Piano Sonatas & ConcertosComplete Piano Sonatas & Concertos
(1999/11/09)
Claudio Arrau

試聴する(米国amazon)



新盤のBOX全集(廃盤)。再録できなかった月光ソナタとハンマークラヴィーアは旧録音の音源。アンダンテ・フィヴォリと自作主題による変奏曲も収録。ボーナスCDは1953年のディアベリ変奏曲。(ディアベリは1985年に再録している)
Beethoven: Piano SonatasBeethoven: Piano Sonatas
(2006/06/27)
Claudio Arrau

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tag : ベートーヴェン アラウ

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ゴドフスキー/ショパンのエチュードによる53の練習曲集
この間ショパンのエチュードを何種類か続けて聴いているので、そういえばゴドフスキーがショパンのエチュードを編曲していたのを思い出した。
ショパンのエチュードを元にゴドフスキーが和音やら旋律やらをごってり付け加えて練習曲仕立てにした曲集で、ここまでくると編曲の域をはるかに超えている。

この練習曲集、もしかして珍曲の類になるのかもしれないけれど、おなじみのショパンのエチュードのフレーズがいろいろお化粧されて出てくるので、これはこれでとっても面白い。
原曲が頭のなかに整理されて入っていないと、なにぶん音が多いし、付加された別の旋律もいろいろ聴こえてくるので、耳と頭が混乱しそう。
頭の中で曲の構造を整理して聴くための訓練に最適ではないかと思うほどに、音楽を聴いて楽しむというよりは(楽しめないことはないけれど、音楽自体を楽しむなら原曲の方を聴きたい)、どう編曲されているのか分析するのが楽しいと思える曲。

ゴドフスキーの編曲ものは音が膨大に多くなるので、これを正確に弾こうとすると原曲よりどうしてもテンポが落ちてしまう。
さらに、音響上ペダルを掛けないといけないところは、原曲以上にいろんな音が錯綜するので、複数の旋律が錯綜して、頭のなかが混乱していく。
比較的控えめな編曲の《別れの曲》はまだ聴きやすい方だと思うけれど、こういうのは例外で、原曲にさらに別の曲が重なったような曲があったり、2台のピアノで弾いているのではないかと錯覚するような曲があったり。
左手だけで演奏している曲も20曲ほど。どうやってこの曲が左手だけで弾けるんだろうと愕然とするものがある。
ぼ~と音が流れるのを聴いていても面白いとは思うけれど、そういう聴きかたで何度も聴くには、あまりに音が込み入りすぎて、聴き疲れてしまう。

ゴドフスキーの練習曲集の全曲録音で有名なのは、アムランと古くはグランテ。
抜粋録音ならベレゾフスキーなどの録音がいくつか。
シチェルバコフもゴドフスキーのショパン編曲ものをいくつか録音いるけれど、このエチュード編曲版は未録音。

アムランを聴いてしまうと、グランテは技巧的にもたつくところはかなりあって厳しいものがある。
グランテの演奏は、複雑に入り組んだ旋律線をなるべく明瞭に聴かせようとしているらしく、テンポを落としたり、ペダリングを浅く短くして残響を短く薄くしたりしている。
音楽の流れがスムーズでなく、ぎくしゃくしているところが多くて、もたもたとした感じはするけれど、一応どういう編曲なのか概観はわかるくらいにはまとまっている。
アムランは試聴したのみ。それだけでも、クリアな打鍵とリズム感、スピード感がよく、流れが淀みなく響きも上手く整理しているのがわかって、とても聴きやすい。世評どおりのベスト盤。


これはアムランの録音。2000年度グラモフォン賞を受賞したほどに評価は高い。さすがに冒頭部分を試聴しただけでも、有り余る音で混濁しがちな曲がすっきりと聴こえる。
Godowsky: The Complete Studies on Chopin's EtudesGodowsky: The Complete Studies on Chopin's Etudes
(2000/04/11)
Marc-Andre Hamelin (Piano)

試聴する(仏amazon)



技巧的な面を考えるとアムランの録音を聴くに限るとは思うけれど、曲の概観を聴くならグランテの演奏でも聴けないことはない(と思う)。NMLには全曲登録されている。
Godowsky's Studies on the Chopin EtudesGodowsky's Studies on the Chopin Etudes
(2001/11/20)
Carlo Grante

試聴する(NML:NAXOS)

tag : ショパン アムラン

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グレゴリー・ソコロフ 『ライブ・イン・パリ ~ シャンゼリゼ劇場リサイタル』
CDラックのなかに眠っていたソコロフのバッハを聴いて以来、ソコロフの録音を集めた始めたけれど、スタジオ・ライブ録音とも多くはないので、すぐに収集完了。
といっても、BOXセットを買えばほとんど揃ってしまう。以前に買った分売盤もあるので、重複したものが数枚。こういう重複CDが何十枚も溜まっているので、そのうち処分しないと...。

ソコロフのディスコグラフィで唯一のDVDは、パリ・シャンゼリゼ劇場で2002年11月4日に行われたリサイタルを収録した『Live in Paris』

Live in ParisLive in Paris
(2009/06/30)
Grigory Sokolov

商品詳細を見る


ライブ映像のDVDは何枚か持っているけれど、これは全く驚愕するくらいの素晴らしい内容。HMVの紹介文で”衝撃”と書いてあったけれど、これは誇張でもなんでもないと思えるくらい。
ソコロフはスタジオ録音・ライブ録音とも少なく、ほとんど欧州大陸でしかリサイタルをしない。(飛行機嫌いという説もあり)
若いときはロシアのオーケストラと来日したこともあるが、今となっては来日公演も期待できない。
さらに、録音に否定的なソコロフはライブ録音のリリースもほとんど許諾していないので、リサイタルがDVDで聴けるというのは本当に幸運。

Sokolov-Live in Paris(プロモーション用ライブ映像)

演奏している曲は、ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第16番第3楽章、コミタス/ピアノのための6つの舞曲、プロコフィエフ/ピアノ・ソナタ第7番第3楽章。

ピアニストのジャン=マルク・ルイサダが影響を受けたアーティストして、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーとこのソコロフを上げている。彼が言うには、ソコロフは”本当の天才”。
このDVDはルイサダもお薦め。”ベートーヴェンとプロコフィエフのソナタからアンコールのショパンにいたるまで絶品! まるで会場で聴いているような高揚感が味わえます。”
[<ジャン=マルク・ルイサダ へ“5”つの質問>(YAMAHAのホームページ)]

CDよりも音質がはるかに良く、CDを聴いた時でも凄かったソコロフの色彩感豊かな美音と演奏する姿がじっくり視聴できる。
このDVDの良いところは、リサイタル会場ではほとんど見えない指の動きや腕・上半身の使い方がしっかり撮影されていること。特に、指の動きが凄い。素早い上に、上から振り下ろすようなタッチを多用しているのにミスタッチがほとんどなく、ライブとは思えないくらいの演奏の完成度に、また驚き。
この2時間にわたるリサイタルが、(安く手に入れれば)2500円くらいで見ることができるのだから、コストパフォーマンスは抜群。

このライブ映像は、CDで聴いているライブ録音とは違い、会場で聴いているような臨場感があるし、プログラムはバラエティ豊か。ソコロフを最初に聴くなら、(私の好きな曲が多いということもありますが)このDVDはとてもおすすめ。


                               

プログラムは5曲。
 ベートーヴェン:ピアノソナタ第9番、第10番、第15番《田園》
 コミタス:ピアノのための6つの舞曲
 プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番≪戦争ソナタ≫

色彩感の豊かな、暖かみと透明感のある硬質の美音が宝石のように煌いて、音の魅力だけでも惹き込まれてしまう。
ソコロフのピアニズムの特徴は何だろう?と考えてみると、色彩感豊かな美音とピアノが揺れるようなフォルティシモから溶けて消えてしまいそうなピアニッシモまで幅広いダイナミックレンジ、一音一音細部まで設計されたような緻密な表現、自由自在に変わるタッチ、歌う(語る)ように表情豊かな旋律、繊細さとダイナミズムが理想的にバランスされた叙情感とスケール感、というところだろうか。こういうところは聴けばすぐにわかる。若い頃は「美しく清らかな演奏」が特徴だったけれど、思索性とスケール感を備えた後年の演奏でも、やはり変わっていないと思う。さらに磨きがかかったといった方が良いかも。
何より、ありあまる技巧が音楽を生み出すための手段でしかないような表現優位の演奏というのは、こういう演奏のことだろうと思えるほどに、音楽に生気が溢れている。

ベートーヴェンは、あまりリサイタルで演奏されないピアノ・ソナタ第9番・第10番・第15番<田園>
ソコロフは、人気のある有名な曲よりも、地味目な第4番、第16番、第28番などをリサイタルでよく弾いている。昔は後期ソナタ3曲も弾いていたが、これはCD化を許諾していない。

第9番と第10番はソナタ・アルバムに入っているので、ピアノのレッスンでよく弾かれている曲。
子供の頃にレッスンで弾いていたので良く知っているし、第9番は好きな曲なので今でもたまに弾いている。どの楽章も好きだけれど、特に第3楽章は躍動感があって弾くのも楽しい。
ソコロフが弾くと、この第9番と第10番が、まるで中期のピアノ・ソナタのようなスケール感でドラマティックな曲になっているし、第16番<田園>は、研ぎ澄まされた響きが美しく映え、田園に溢れる自然の息吹を感じさせるようなイメージ喚起力と雄大な広がりがあって、全く驚きのベートーヴェン。
ソコロフのベートーヴェンのピアノ・ソナタは4番&28番にロンド2曲とカプリッチョの録音をCDで聴いたけれど、いずれも素晴らしく思えて、ソコロフの弾くベートーヴェンとはいつも相性が良い。

コミタスの《ピアノのための6つの舞曲》は聴いたことがない。多分聴いたことがある人のほうが少ないでしょう。
現代音楽にしては静寂さの漂う叙情的な美しい旋律で、ガラス細工のように繊細な感性が感じられる音楽。音が研ぎ澄まされ、静けさのなかで張り詰めた緊張感が漂っていて、別世界にいるかのよう。

圧巻はプロコフィエフのピアノソナタ第7番≪戦争ソナタ≫
この曲はポリーニの1970年代の録音が特に有名。第3楽章はまるで機関銃から弾丸が連射されているようで殺伐とした雰囲気があって、あまり好きな曲ではなかった。グールドの演奏を聴くと響きも綺麗でヒンデミット風の乾いた叙情感があって、ちょっと印象が変わった曲。

この曲をソコロフが弾くと、こんな美しい叙情感のある曲だったのかと、また驚き。
緩徐部分はもともと和声が美しくて叙情性がある曲だけれど、力強い打楽器的な打鍵でパワフルな両端楽章を、ダイナミズムを失わずに、これだけ表情豊かに美しく聴かせるというのはなかなか難しい。
第3楽章はテンポはかなり落として、丁寧な打鍵でリズムを明確に刻んでいるので、やや粘り気と重みがある。このリズムが無機的ではなくて、生き物のように生き生きと、目まぐるしく変化していくのがとても面白い。
細部まできっちり表情をつけていくので、音色・響きの美しさや旋律の表情がよくわかる。力強い打鍵でも色彩感を失わずに音が煌き、表情豊かな旋律はまるで歌っているよう。
高速だと音の塊のなかに埋もれてしまいがちな音符や旋律がくっきりと浮かび上がってくる。
こんな生き生きとした表情で、響きの美しいプロコフィエフの第7番は初めて聴きました。ソコロフのプロコフィエフは、”美的”という言葉がよく似合う。

ピアノソナタ第7番第3楽章(全曲)


                                  

アンコールも5曲。
 ショパン:マズルカop.63-3、op.68-4
 クープラン:ティク-トク-ショク、修道女モニク
 バッハ/ジロティ編:前奏曲ロ短調

アンコール曲もいずれも素晴らしく、アンコールだけで合計20分くらいは弾いている。
結構無愛想な表情だけれど、サービス精神が旺盛なのか、ステージでピアノを弾くのが本当に好きなのか、いつも5曲くらいは弾いているらしい。

あまり好きではないショパンのマズルカをソコロフのピアノで聴くと、洗練された和声と濃密な叙情感がとても美しくて、意外と良い曲みたいと思い直してしまった。
でも、初期のスクリャービンがブレンドされたようなややネットリ濃厚な情感を感じるので、こういう弾き方がショパンらしいのかはどうかはよくわからない。

クープランは違ったタイプの2曲。
最初は、《ティク-トク-ショク》[ライブ映像]
ピアノならタローの演奏で知られている(かもしれない)曲。タローのようにしなやかで柔らかいタッチではなく、ソコロフはインテンポで一見シャープでメカニカルなタッチ。そこが逆にリズミカルでユーモアもあって、明るい色彩感のある音で旋律と伴奏も歌うように表情豊かで、とても可愛らしく聴こえる。
元々はハープシコード2台で弾く曲なので、これをピアノ1台で弾くとなると、ソコロフが弾いているように、両手のポジションが同じ鍵盤上に重なってくるので、かなり難しい弾き方になるらしい。(私は弾いたことがないのでどれくらい難しいかはわかりませんが)

《修道女モニク》は、バロック風というのか、ゆったりしたテンポでとても爽やかで愛らしい曲。
特に、小鳥がさえずるようなトリルが印象的。ソコロフのトリルは、いつもおしゃべりするように一音一音を明瞭に聴かせていく弾き方なので、この曲に似合っている。

最後は、バッハ/ジロティ編《前奏曲ロ短調》
ソコロフの澄んだ硬質の響きがよく映えて、エンディングに相応しい曲。流麗な旋律と哀感を含んだしっとりとした叙情感が素晴らしく美しくて、自分でも弾きたくなってしまう。(早速、楽譜を探しておかないと)

最初のベートーヴェンから最後のバッハまで、集中力と緊張感が漲り全く隙のない演奏なので、聴いている方も息を詰めるようにじ~と画面に見入っていた。バッハの演奏が終るとぐったり。全く驚きに満ちたリサイタルでした。

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アラウ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第31番
ベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタ3曲を初めて聴いたのは、全てアラウの新盤。第31番と第32番はとても感動したので、真夏の暑いさなか、すぐにピアノで弾く練習をしたくらい。
アラウの録音には旧盤と新盤の2種類があり、初めて入手したのが新盤だったせいで、以前はそちらばかり聴いていた。
異聴盤を集め始めると、ゼルキンの60年録音、アンデルジェフスキのライブ録音とか、気に入った演奏もいくつか。この曲と第32番の2つのソナタの演奏が好みにあうかどうかで、私の中のピアニストへの好感度が全く変わってしまう。
アラウの旧盤の方が新盤よりもテクニックがしっかりして演奏内容も良いらしいという話を聴いたので、早速手に入れて聴いてみると、これは全くにその通り。

旧盤は1965年のステレオ録音。残響が短く新盤のような音響的な魅力には欠けるけれど、アコースティックな柔らかさを感じさせる素朴な感じがする。1960年代の録音は聴き慣れているせいもあって、こういう音はわりと好き。
62歳の録音なので、技巧的な安定度は問題なく安心して聴けるし、音楽のつくり方もほとんど私のイメージどおり。この曲の録音では久しぶりに感動したほどに、歌が流れているようなアラウのピアノがとても素敵。

第1楽章 Moderato cantabile molto espressivo
冒頭から柔らかくて優しげな弱音がとても綺麗に響く。
この楽章の弾き方はいろいろあって、柔らかく軽い弱音で夢想的だったり、強弱のコントラストを強めにつけて叙情的だったり、ピアニストによって印象がいろいろ。
アラウは、穏やかな起伏とコロコロとしたタッチの弱音で弾いていて、さりげなく優しい雰囲気。丸みをおびた明るい音色なので、幸せで安定した世界に包まれているようで和やかな~気持ちになってくる。
アラウは長調の曲が良く似合う人だと思っているので、この第1楽章はアラウのピアノにぴったり。

第2楽章 Allegro molto
この楽章は、強弱のコントラストを強くつけて、対立や葛藤を強調したような演奏が多い。
旧盤も強弱のコントラストはきちんとつけているけれど、アラウはもともとsfを激しく強打することはないし、ややゆったり目のテンポで、打鍵は深く、きっちりとリズムを刻んで、がっちりとした安定感がある。
展開部では、スフォルツァンドの強さが強すぎもせず弱すぎもせず、ほどよい音量。ここをなぜか強打するピアニストが時々いて、突然キンキンと耳に突き刺さるので、あまり好きな弾き方ではないので。
全体的に、陰影や漠然とした不安感がやや薄い感じはする。

第3楽章 Adagio ma non troppo - Fuga (Allegro ma non troppo)
レチタティーヴォ~"嘆きの歌"
"嘆きの歌"は弱音主体で抑揚をそれほど大きくつけずに感情を抑制した感じで弾くタイプと、抑揚をつけて感情を表出するタイプと、だいたいこの2つの弾き方があり(と経験的に思う)、アラウは後者。
主題はわりと大きめので初めて、クレッシェンドとディミヌエンドの落差を大きくとることで抑揚を大きくつけながら、ルバートもかけて、旋律をよく歌わせている。この歌わせ方がとっても上手い。
弱音で抑えるところは抑えているので、ベタベタと情緒的な感じはせず、自然に湧き出るような情感が美しい。とても”アリオーソ”らしい歌が流れている。

"フーガ"
アラウは、戦前にはバッハの連続演奏会を行ったり、1942年にゴルトベルク変奏曲を録音したりと、フーガを弾くのは得意のはず。
フーガは終盤を除いて、主に3声。アラウのフーガは、色彩感をつけて旋律を浮き上がらせる弾き方ではないけれど(今はこういう弾き方が多い気がする)、フレージングや強弱のコントロールがしっかりしているので、声部ごとの旋律の流れはよくわかる。
ffsfをかなり強く強調する弾き方を良く聴くけれど、アラウは強音でもやたらに強打することはしないので、音量のバランスがよくて揺らぎが少ない。和声の響きも厚みがあって、かっちりと堅固な印象。
哀感が感情が流れ出すようなアリオーソと違って、調和的な世界に戻ったような穏やかさと安定感のあるフーガ。

再び"嘆きの歌"
冒頭は最初のアリオーソと同じように旋律をよく歌わせているけれど、後半になると弱い弱音が多くなって、生気がなくなっていくように、弱々しくなっていく。
最後は鐘の音のような和音(フィッシャーは”蘇る心臓の鼓動”と言っていたらしい)、それもレンガの壁のような厚さを感じさせる重厚な和音で終る。アラウの和音は本当に厚みのある荘重な響きがする。

”フーガの転回”~”フィナーレ”
二度目のフーガは、かすかな響きの弱音からクレッシェンドしていき明るい色調に。テンポは速めで、”嘆きの歌”の悲嘆から急速に回復していくように、かなり早くから明るく生気を帯びていく。
フィナーレ直前のメノ・アレグロの16音符のフレーズは、滑り落ちるような速さでまるで装飾音のようで、とってもリズミカル。それまでの部分と急に変わる雰囲気がさらに強調されている。ここはアラウ独特の弾き方。これは新盤でも変わっていない。

終結部は、膨らみのある低音の響きに支えられて、歌うように伸びやか。
初めに出てくる低音の8度重音は重みがあって力強い。結構速いテンポでも前のめりになることなく、リズムも安定して勢いもある。
右手が和音の旋律に変わると、力強いフォルテで輝くような明るさ。自信や喜びとかとてもポジティブな感情が歌になって流れていくよう。
一本調子になりがち部分なので、高音部の和音の旋律と左手のアルペジオの両方に起伏をつけて、表情に変化をもたせている。(ごちゃごちゃ団子状に聴こえがちな)低音のアルペジオは明瞭なタッチで、厚みのある響きも濁ることなく安定感は充分。
エンディングのアルペジオも重厚で力強い。低音部からペダルをかけて響きを重ねながら力強く上行していき、明るく堂々としたフィナーレ。

特に第3楽章の演奏が素晴らしく、この楽章だけ繰り返し聴くことがとても多い。何度聴いても、62歳のアウのピアノの揺らぎのない安定感と構成力には惚れ惚れしてしまう。


旧盤に続けて、アラウが84歳の時に録音した新盤の演奏を久しぶりに聴いてみると、スピーカーから聴くのと、ヘッドフォンで聴くのとでは、かなり印象が変わる。
AKGのヘッドフォンは高音が繊細に出るので、この高音の美しさは格別。打鍵のコントロールが充分きいていなせいか、浅く軽やかなタッチの透明感のある響きは、残響の長さと相まって、純粋さと明るさとそこはかとない哀感をおびて、天上の調べのように美しい。でも、ガラス細工のような脆さも感じる。
これがスピーカーの音だと、やや力感の弱い軽やかで透明感を感じるくらいの印象しかない。旧盤の録音は高音の繊細さの違いは多少あるけれど、どちらで聴いても演奏自体の印象は変わらない。

ヘッドフォンで聴くと、ゆっくりしたテンポと透明感のある響きで静かに弾く”嘆きの歌”の美しいこと!旧盤の情感のこもったアリオーソよりも、やや静かにポツポツとしたタッチで歌っているので、より痛切に聴こえてくる。
フーガも軽やかなタッチで、力強い調和的な世界を感じさせる旧盤よりも力感が薄い分、まるでコラールのような透明感。
フィナーレはちょっと不思議な明るさ。力不足のために線が細くて力感が弱いけれど、この軽やかで澄み切った響きで弾くフィナーレは、清々しい明るさがあるのにどこかしら哀しい感じもする。

スピーカーで聴いていると旧盤の演奏の方が良く思えるのに、ヘッドフォンで聴くと不思議な雰囲気の漂う新盤の演奏が素晴らしく、新盤・旧盤のどちらが良いとも、好きとも言えなくなってくる。
聴く方法によってこれだけ印象が変わるというのも、ちょっと困ってしまうけれど、結局、演奏解釈が大きく変わっているわけではないので、両方ともこの曲で一番よく聴く録音になるのは間違いない。
新盤と旧盤の両方を聴いてみると、20年以上の歳月の中で技巧的には多くのものが失われてしまったのがよくわかる。それでも、残された技術を使ってこれだけの音楽を生み出せるのだから、以前にも増してアラウのピアノに魅かれてしまう。

                              

旧録音のピアノ・ソナタ全集とピアノ協奏曲全集(1964年ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管)、ディアベリ変奏曲(1985年)、変奏曲数曲(1960年代後半)などを収録したBOX全集(1998年リリース、廃盤)。
同じく廃盤になっているけれど、ピアノ・ソナタだけを収録したBOXセット(2002年リリースのイタリア盤)もある。米国amazonではダウンロード販売もしている(日本からは購入不可)。
Complete Piano Sonatas & ConcertosComplete Piano Sonatas & Concertos
(1999/11/09)
Claudio Arrau

試聴する(米国amazon)


新盤のBOX全集(廃盤)。再録できなかった月光ソナタとハンマークラヴィーアは旧録音の音源。アンダンテ・フィヴォリと自作主題による変奏曲も収録。ボーナスCDは1952年のディアベリ変奏曲。
Beethoven: Piano SonatasBeethoven: Piano Sonatas
(2006/06/27)
Claudio Arrau

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アラウは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集(ペータース版)を校訂していて、この校訂版の第31番ソナタに関するアナリーゼの記事■ベートーヴェン・ピアノソナタの、「名校訂版」から学ぶこと■が、作曲家の中村洋子さんのブログ<音楽の大福帳>に掲載されている。

このペータース版、アラウが割り当てた運指が特殊らしく、ちょっと見てみたい気がする。
<音楽の大福帳>には、バッハの平均律曲集やシューマンの”予言の鳥”とか、いろいろな作品のちょっとしたアナリーゼ記事が載っていて、これはとっても面白い。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集に関する楽譜の比較記事は、<楽譜の風景>の”楽譜の比較 ~ Beethoven ベートーベン”。楽譜を選ぶときの参考になりそう。

tag : ベートーヴェン アラウ

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ブレンデル 『音楽のなかの言葉』より ~ ベートーヴェン/ディアベリ変奏曲
ブレンデルは、ピアノだけでなく、筆も立つ人らしく、何冊か本を出している。
『音楽のなかの言葉』は、ブレンデルによる作品解説といくつかのエッセイをまとめたもので、自伝的な読み物は全くない。
ピアニストが雑誌とかのインタビューで簡単に答えている記事はよくあるけれど、ブレンデルのように本としてまとまって読めるものはほとんどない。
元々は、レコード解説用、リサイタルのプログラム用、さらには講演録、雑誌掲載文で、それを適宜改稿している。

この本の大半は、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、シューベルト、リストというブレンデルの中心的レパートリーについての演奏解釈。
特にベートーヴェン、シューベルト、リストが重点的に書かれていて、ベートーヴェンは《ディアベリ変奏曲》(これがかなりのボリューム)と後期ピアノ・ソナタ(第28~32番)、シューベルトの後期ピアノ・ソナタ3曲、リストについてはリスト論と《巡礼の旅》とロ短調ソナタ。
興味があるのはベートーヴェンとリスト。これは好きな曲の話も多いので、やっぱり読んでいても面白かった。

音楽のなかの言葉音楽のなかの言葉
(1992/03)
アルフレート ブレンデル

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日本語版はどうも絶版らしい。表紙の画像はハードカバーのものを使用。


 ベートーヴェン《ディアベリ変奏曲》(「クラシック音楽がつねにシリアスであるべきか2」)

《ディアベリ変奏曲》に関する作品解説はいくつか読んでいるけれど、このブレンデルの文章は全部で23頁あり、ボリューム・内容とも充実している。
《ディアベリ変奏曲》のもつ性格的な特徴、主題動機の分析や変奏間の関連性、変奏内の構造などについて、解説されている。
この文章を読むだけでもディアベリがますます面白い曲に思えてきたし、ブレンデルの解釈を参考にしながらディアベリを聴けば今までとはちょっと違った聴き方ができそうなので、とっても勉強になりました。

                              

-《ディアベリ変奏曲》は深刻さ、叙情、神秘性と抑圧性、内向性と晴れやかな外向性と、さまざまな感情が幅広く顕れているにもかかわらず、最も広い意味でのユーモラスな作品

-主題は自分勝手な子供たちを支配しきれない。逆の変奏の方が主題からもらい受けるものを決めてしまう。認知され、飾られ、賛美される代わりに、主題は矯正され、パロディ化され、からかわれ、否認され、姿を変えられ、嘆き悲しまれ、踏みにじられ、最後には高みへと送られる。

                              

-先例のないほど自由な選択を行いながら、常に動機の素材となるものが充分に確保され、主題との関係が明らかになっている。ベートーヴェンのソナタと同じく、冒頭の主題に含まれる動機的な要素は主題そのものにも増して重要であり、それが作品全体を統合する鍵となっている。

-主題から導かれる「動機となる要素」
1.アウフタクトの装飾音、倚音、あるいはアポジャトゥーラ(全打音)
2.4度と5度の音程
3.同音あるいは和音、およびペダル音(普通は属音のト音)の反復
4.分散和音
5.舞踏のリズム、およびその変形
6.反復進行形
7.前半と後半のそれぞれ最後の4小節に現れる旋律曲線

-さらに2つの構成要素-前半と後半のいずれでも連続した収縮形をとる。「旋律の方向」は、前半では下降する音程あるいは運動をとり、後半の最初では上行形をとる。ベートーヴェンは動機となる要素を気の向くままにつかっているが、2つの構成的特長については、全体にわたって尊重している。

-「動機となる要素」のなかで構成上意味をもつのが、ト音(あるいはペダル音)の反復で、これは前半と後半のいずれも最初の8小節に溢れている。16~18小節の内声部も。これは和音を支える背骨のような役割。

-多くの変奏にみられるもう一つの要素は、舞踏の気分と呼びたいもの。明確にはワルツといえないにしても、主題そのものも舞曲である。

-主題を揶揄するだけでなく、この独自な大きさと広がりを持つ作品を通して、ハ長調の調性(たまにハ短調)ばかりを一時間にわたって聞かされる聴き手には、奇抜な手段で刺激を与える必要があるのだ。テクスチュアとテンペラメントが多様に変化するのに加えて、形式的な構成自体も変化を見せる。フレーズの長ささえ無視されることが多い。十におよぶ変奏のなかで、その構図は縮小・拡大され、比率も変えられている。

                              
 
特に面白いのが、ブレンデルが変奏ごとにつけた標題。
自分自身が楽しむためと、実用性を兼ねている。(変奏曲は曲の性格がコロコロと入替わるので、曲の性格を鋭く捉えてそれぞれ明確に区別されなければならないので)
ベートーヴェンの研究家・評論家のウーデ、レンツも同じように独自に名前をつけていたという。

主題:通称「ワルツ」
第1変奏:行進曲-力こぶをみせびらかす剣闘士
第2変奏:雪
第3変奏:信頼と執拗な疑い
第4変奏:博学なレントラー
第5変奏:手なづけられた小鬼
第6変奏:雄弁なるトリル(大波に立ち向かうデモステネス)
第7変奏:旋回と足踏み
第8変奏:間奏曲(ブラームス的な)
第9変奏:勤勉なくるみ割り
第10変奏:忍び笑いといななき
第11変奏:「イノチェンテ(潔白)」(ビューロー)
第12変奏:波形
第13変奏:刺すような警句
第14変奏:選ばれし者、来れり
第15変奏:陽気な幽霊
第16・17変奏:勝利
第18変奏:ややおぼろげな、大事な思い出
第19変奏:周章狼狽
第20変奏:内なる聖所
第21変奏:熱狂家と不満屋
第22変奏:「昼も夜も休まずに」(ディアベリ的な)
第23変奏:沸騰点のヴィルトゥオーゾ(クラマー的な)
第24変奏:無垢な心
第25変奏:「トイチャー」(ドイツ舞曲)
第26変奏:水の波紋
第27変奏:手品師
第28変奏:あやつり人形の怒り
第29変奏:「抑えたため息」(コンラート・ヴォルフ)
第30変奏:優しい嘆き
第31変奏:バッハ的な(ショパン的な)
第32変奏:ヘンデル的な
第33変奏:モーツァルト的な。ベートーヴェン的な

-全く相容れない要素を滑稽に、強烈に、奇妙に対置させることがグロテスクの特徴であるとするなら、ディアベリは極めてグロテスクな作品。
  第13変奏以降は鋭く対立をなすもの同士がほとんど切れ目なしに連続して現れる。
  最も崇高な第14、第20、第24変奏に続いて、すぐに軽い喜劇や茶番が現れる。
  一方、第28変奏の狂乱に続いて憂鬱な短調の領域が作品を唐突に支配する。

-変奏の「内部」に見出されるグロテスクな驚きの例を3つ。
  第13変奏では短い音が飛翔したあと、突然に静寂が訪れる。
  第15変奏は、20小節目で低音へと音が跳躍し、愛すべき論理や快い音を期待する者を狼狽させる。
  第21変奏は、前半と後半の統一が破られ、二つの異なる拍子、速度、性格に分裂させられる。

-境を踏み外したもう一つの例が、多くの議論を呼んだ第20変奏。
ベートーヴェン研究家たちが論理性を求めようとしたが、この神秘的なパッセージをなぜ永遠にそのまま神秘として捉えてはいけないのだ。交互に出てくる20組あまりのコントラストのなかでも、第20と第21変奏のコントラストは最も強烈である。瞑想的な内容と軽喜劇が組み合わされている。
演奏上ではこの2つの変奏を分けて弾きたい。第20変奏はディアベリの中央で、内奥の聖所をなす曲であると同時に、全体の長さの中間的をなす曲でもあるのだ。崇高さをかみしめるために一瞬の静寂であることがふさわしいと思われる。

-ベートーヴェンのピアノ作品のなかで、32と33という数字は特別な意味をもっている。32のソナタに続いて頂点をなす33曲の変奏曲集が書かれた。そのなかでも第33変奏は、ソナタ第32番のアダージョと直接に結びついている。

-「変奏曲には巨大な運動性があり、軸を中心とした回転や、軌道に従った運動を引き起こす。変奏の技法で最も困難なのは、この運動性を止めることである。」(トヴェイ)
ディアベリでは、ゆっくりした短調の変奏がブレーキとしての役割を果たしている。それに対して活気を呼び起こすフーガが、フィナーレとしてではなく、本質的な体験、浄化のための試練として「ワルツ」を変容させ「甦らせる」。

-変ホ調のフーガ(第32変奏)だけが唯一主調を離れる。これはヘンデルの宝石細工のような形式を思い出されるが、同時に最高に攻撃的な緊張も秘めている。

-ハ短調をとる3つの変奏曲(第29~31変奏)は、フーガの噴出に対して土壌を整える。この哀歌の第3曲目は、再び古いものと新しいものを融合させる。バッハ的なアリアがほとんどショパン的ともいえる装飾に溶け込んでいる。最後の変奏はモーツァルトへの献げものとして始める。風刺として始まったものが、ユーモアを持つ作品として閉じる。

-最終変奏の”ベートーヴェン的な”とは、締めくくりの変奏コーダで、ベートーヴェンは自分自身になりまわっている。彼はもう一つの至高の変奏最後のソナタ作品11を示唆している。
作品111のベートーヴェンのアリエッタは、ディアベリの「ワルツ」と調性が同じであるだけでなく、動機や構成の要素も共通している。しかし、2つの主題の性格は遠くかけ離れている。アリエッタを「ワルツ」の遠い子孫として聴き取るとき、「下手な職人のつぎ当て仕事」が触発したものの大きさに驚嘆させられる(とブレンデルは書いている)。

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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