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アンダ ~ ショパン/ワルツ集
今年最後はベートーヴェンかブラームスで...と思っていたけれど、なぜかアンダの弾くショパンのワルツを。
ショパンのワルツは、ノクターンと同じく、聴くのも弾くのも好きではないので、よほどのことがない限り聴かない曲の一つ。
ただし、アンダのワルツだけは、全然ワルツらしくないところが好きで、これだけは一人静かに聴きたくなる。

ラスト・レコーディング ショパン:14のワルツ集ラスト・レコーディング ショパン:14のワルツ集
(2007/10/24)
ゲーザ・アンダ

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このワルツ集はアンダの最後のレコーディング。病気で1976年、55歳の時に早世しているので、その半年前の1975年に録音している。

HMVとamazonのレビューを見たときは、どうも普通のワルツとは違った弾き方をしているそうなので、ワルツらしくないワルツなら、かえって聴いて見たくなったという録音。
実際に聴いてみたら、深くゆったりした呼吸にあわせているように、本当にテンポはゆったり、フォルテも軽く、起伏もゆるやか。
テンポが遅いせいもあるのだろうけど、タッチが重たい感じがする。
リズムも水を吸ったスポンジのように鈍くて、ワルツというより物憂げなノクターンのようにも聴こえるし、どこかしらモノローグ風。
細部も丁寧なタッチで弾きこんでいるので、一音一音がくっきりと聴こえ、明瞭というよりは克明な音。
華やかさや煌びやかは薄いけれど、アンダらしい詩的で繊細な美しさがとても品良く、物静か。

アンダの弾くワルツは、丁寧だけれどどこかもどかしげ。衰えた身体の残っている力を絞りだして弾いているように思えてくる。
表面的にはとても穏やかなワルツに聴こえるけれど、じわじわと体の中に浸透してくるような圧力を感じるし、気だるげでまったりとした空気が流れているのに、どこかしら張り詰めたものがある不思議な雰囲気がする。

子犬のワルツは、透明感のある音と落ち着いたタッチでとても清々しい雰囲気。指がクルクルよく回る子犬のワルツではないけれど、この品の良さと優しさはとてもアンダらしい。
続くOp.64-2も、抑えた抑揚で大仰な悲愴感はなく、静かで澄み切った美しさのあるワルツ。
Op.64-3も、一音一音丁寧なタッチで、さりげなく歌わせる旋律が穏やか。でもどこか悟ったような不思議な明るさと透明感が、逆にもの哀しくも感じる。


Chopin - Waltzes op.64 (Anda).



第9番(op.69-1)のワルツは、他のワルツよりも、ねっとりとしたものが漂っていて、最も感情が深くこもっているような気がする。
このワルツが”別れのワルツ”だからなのか、単なる気のせいなのか...。
最後の”遺作”になると、これが最後とでもいうように、この録音のなかでは一番タッチの切れが鮮やかでフォルテも力強く、感情の揺れ動く表現が強くなっている。

Chopin - Waltzes op.69 (Anda).(Géza Anda, piano.)


よく考えると、誰がどう弾いてもこの曲集は相変わらず好きではないので、ショパンのワルツらしくない演奏だから好き...というより、アンダの弾くピアノの音を聴いたり雰囲気を感じとることが好き、というべきなのでしょう。

tag : ショパン アンダ

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毎年恒例のおせちづくり
毎年、おせちはもっぱら手作り。よく食べる品だけ作っておくだけで、3日は充分もつ。
お煮しめが残れば、お寿司の具材に、きんとんや黒豆の甘煮はお菓子にも使えて、おせちはいろいろ活用できて便利な料理。
手の込んだ昆布巻きだけは市販のものを買うことに。これは自分で作りよりずっと美味しいと思うので。

使うレシピはもっぱらCOOKPADのもの。ちょうどこの時期におせち特集のレシピコーナーがあるので、つくれぽの多いレシピは使いやすい。気に入ったCOOKPADのレシピをプリントアウトしてまとめておけば、毎年使えて便利。

黒豆
圧力鍋は不要。炊飯器で作る人もいるけれど、厚手の鍋さえあれば十分。
黒豆を煮汁につけて1晩置くレシピと、数時間だけ置くレシピがあって、このレシピは後者。
煮豆を作るときはル・クルーゼのウィンザーポットを使用。このお鍋は炊飯、お汁物、煮物を作るには、形状が上部をカットした逆円錐形の幅広口で使い勝手が悪い。
煮豆は長時間グツグツ煮るだけで良いので、今は煮豆専用鍋に。

伊達巻
市販の伊達巻はやたらに甘いし、小さな巻物でも結構なお値段。
このレシピは、はんぺんと卵を使って、ミキサーとオーブンで作る伊達巻。
フープロなしで、手でまぜたり、フライパンで焼くレシピもあるけれど、このレシピの通り、手間を調理器具をつかった方が、結果的に手早く出来て、仕上がりが綺麗。

煮しめ
これは普段どおり、高野豆腐、結びこんにゃく、しいたけ、里芋、ごぼう、人参、れんこん、ふき、などを煮ればよいだけ。好きな人はくわいも。

ぶりの照り焼き
ぶりの照り焼きの他に、イカの松傘焼き(意外にわかりやすいレシピが少ない)、ホタテの照り焼きも。お肉は食べないので、お魚料理が多くなる。

紅白なます
ふだん大根の甘酢漬けを常備しているので、特にレシピは使わないけど、にんじんを入れるのはお正月だけ。

栗きんとん
和菓子風の形と飾りつけがお洒落な栗きんとんのレシピ。

白味噌のお雑煮
お雑煮は関西風(京都風?)の白味噌仕立て。
お餅は普通は丸餅を茹でてから入れる。ここ数年は、焼いてから入れる方が香ばしくて好み。
お雑煮の具は、金時人参、ミニだいこん(お雑煮用)、ほうれん草。里芋は入れたことがない。
関東では鶏肉を入れるらしい。こちらでは鶏肉は入れないし、どのみち肉類は食べないので。
ちょうど冬に出回っている”ゆりね”を入れると、甘くてほこほこして、とっても美味しい。
関西の風習としては、2日目以降はしょうゆ仕立てのお雑煮を食べる(らしい)。子供の頃はそうだった。
白味噌味好きで、おすまし風のお吸い物は普段も食べないので、新しく買った白味噌を使い切るまで、お正月から白味噌のお雑煮やお味噌汁をひたすら食べ続けることになる。

デザート
今年は親戚から貰った巨大なあたご梨(岡山県の特産品。普通の梨の数倍の大きさ)がまだ4つも残っている。
コンポートにしたり、寒天やアガーを使って梨ゼリーでも作っておけば、デザート代わりに。
梨やりんごは、そのままだと水気が多くて体が冷えるので、冬は電子レンジで加熱して、トロトロにして食べると美味しい。

おもち
お餅つき機かホームベーカリーを持っている人なら、手作りおもちはとっても簡単にできる。
私はパナソニックのホームベーカリーSD-BM101使用。蒸す(この機種の場合は炊く)のと搗くのを全部機械がしてくれる。
自分でするのは、単にもち米を洗ってざるにあげる、搗く前にフタをあける、搗きあがったあとに成形する、この3つの作業だけ。
1回で2~3合しか作れなくても、一人分ならそれで十分。
子供の頃は家族が多かったので、おもちは100個以上(150個くらい?)は作っていた。
鏡餅が4~5セット。丸餅は、粒餡をくるんだり、黒豆やよもぎを混ぜたり、いろんなお餅が食べられるのがとっても楽しかった。
昔はセイロで餅米を蒸して、持ちつき専用機に投入して、補助的にしゃもじを使って、コネコネしていたことを考えれば、ホームベーカリーはなんて賢いのだろうとつくづく思う。

tag : おせち

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トランス脂肪酸ゼロとトランスファットフリーは違う
昨日のasahi.comで読んだ「トランス脂肪酸含む商品、店に置かず セブン&アイ方針」というニュース記事。
この方針は、当面PB商品が対象で、そのうちメーカー製品に拡げていくという。
新聞記事によって、「できる限り販売しない」、「全廃を目指す」とか、表現がまちまち。
一体、トランス脂肪酸ゼロの商品に限る方針なのか、トランスファットフリー(少量のトランス脂肪酸は許容される)商品なら良いのかが、正確にはわからない。
トランス脂肪酸がゼロの商品をそれなりの価格で揃えるのは、かなり難しい気がするけれど、トランスファットフリーならできないことはないと思う。

日本の消費者庁でも、この間トランス脂肪酸の含有量の表示を義務化する方向という報道があったし、マーガリンについては、トランス脂肪酸が多い製品が多いので、自主的な表示を要求しているらしい。


<トランス脂肪酸に関する表示基準>
厳密にはトランス脂肪酸がゼロではなく、一定量以下の含有量の製品のことを指す。
昔から有名なデンマークの基準は「脂肪分の脂質中、トランス脂肪酸の含有率2%以下」(現時点でも基準が同じかどうかは未確認)。この基準は国によって違っている。

バターもトランス脂肪酸を少量含有しているけれど、これは天然のトランス脂肪酸なので、マーガリンのように水素添加して生成する油脂ではないから、バターは問題にはなっていない。

問題があるのは、水素添加して作るマーガリン、サラダ油などで、トランスファットフリーをPRした製品以外は、バターよりもトランス脂肪酸を多量に含んでいることが多い。
ただし、メーカーによっては、表示はしていないけれど、トランスファットフリーに近い商品もある。

圧搾方式で搾りとる油(オリーブオイル、ごま油)は、トランスファットが含まれないが、サラダ油や他の油に比べて高価。
最近では、遺伝子組み換えにより、トランス脂肪酸を生じ難くさせたキャノーラ、大豆油、ひまわり油、紅花油などが米国でよく使われるようになっているらしい。

油脂を多量に使う加工食品(マーガリン、フライ、クッキー・ケーキ・ビスケット、ポテトチップス、フライドポテト、etc.)に含まれている問題のあるトランスファットフリーにするためには、トランス脂肪酸含有量がゼロか基準値以下の油を使うか、バターを使うか、方法は限られている。
バターを使うとかなりのコストアップ。そうなると、常温で固形化しやすく水素添加が必要ない安価なパーム油を含んだ油脂が使われることが多くなる。

パーム油使用でも、完全にトランス脂肪酸がゼロになるかというと、「トランス脂肪酸を含まない」と表示されているパーム油100%のトランスファットフリーのショートニングでさえ、厳密には全くトランス脂肪酸を含んでいない(完全にゼロ)とは限らない。
日本では現時点でトランス脂肪酸についての表示義務がないため、基準も明示されていないが、海外で表示を義務化している国では、トランス脂肪酸の含有量が一定基準量以下であれば、「トランス脂肪酸を含まない」「トランス脂肪酸がゼロ」と表示しても良いことになっているため。
出典:「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針について(案)」(平成22年10月8日,消費者庁)/<別表1:海外において0と表示できる場合のルール例>


トランス脂肪酸含有量を”完全にゼロ”にするのは、個々の製品レベルでもかなり難しいのではないかと思えるし、完全ゼロではないにしても「トランス脂肪酸を含まない」と表示された製品の価格はかなり割高になりそう。
それに、風味や出来上がりが油脂の種類によって変わるので、本当に実現可能なのかよくわからない。
結局、原則的にはトランス脂肪酸を出来る限り減らしたトランスファットフリー商品を置くけれど、それだけでは陳列棚がガラガラになるので、例外製品がかなり並んでしまいそうな気がする。


<参考資料>
「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針について(案)」(平成22年10月8日,消費者庁)


この日本の消費者庁の指針案では、

1)”0g表示”が可能なのは、「食品100g当たり(清涼飲料水等にあっては100ml当たり)のトランス脂肪酸の含有量が0.3g未満である場合」

2)”トランス脂肪酸に係る強調表示(「含まない」旨の表示=「無」「ゼロ」「ノン」「フリー」など)”が可能なのは、次のいずれにも該当しない場合のみ。
・食品100g当たり(清涼飲料水等にあっては100ml当たり)のトランス脂肪酸の含有量が0.3g以上である場合
・食品100g当たりの飽和脂肪酸の量が1.5g(清涼飲料水等にあっては、食品100ml当たりの飽和脂肪酸の量が0.75g)以上であり、かつ、当該食品の熱量のうち飽和脂肪酸又はトランス脂肪酸に由来するものが当該食品の熱量の10%以上である場合



<トランス脂肪酸について過去に調べた情報>
トランス脂肪酸(1)
トランス脂肪酸(2)国外の規制
トランスファットフリー・マーガリン

tag : トランス脂肪酸

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レーゼル&ゲヴァントハウス四重奏団 ~ シューマン/ピアノ五重奏曲
いつもはあまり聴かないシューマン。それでも、ピアノ協奏曲とピアノ五重奏曲、それにクライスレリアーナ、交響的練習曲は好きなので、時々聴いている。
それに、昔はよく聴いていた交響曲は4曲ともとても好きな曲。

ピアノ協奏曲や独奏曲、交響曲に比べて、シューマンの室内楽はあまり知られていないかもしれない。
このシューマンの五重奏曲は、ロマン派では一番有名(だと思う)ブラームスのピアノ五重奏曲に並ぶくらいの名曲だと思う。

シューマンというと、理性と感情のバランスが崩れそうになるというか、情緒不安定気味に浮き沈みするような不安定感のあるところがあるけれど、このピアノ五重奏曲にはそういうところは少なく、理性(形式)と感情が調和した安定感があって、聴いていて心穏やか。
シューマンを聴いているという感じがあまりしないので、わりと好きな曲なのかも。

シューマンのピアノ五重奏曲の昔からの定番と言えば、私がすぐに思い浮かぶのは、パネンカ&スメタナSQのスタジオ録音。(というか、今まではそれしか聴いたことがないので)
パネンカの線のやや細い繊細なピアノは美しくはあるけれど、スークとのベートーヴェンのヴァイオリンソナタと同じように室内楽的というか、ダイナミックレンジがそれほど広くなく、やや控えめな感じはする。

レーゼル&ゲヴァントハウスSQのシューマンは、透明感のある伸びやかな音で、開放的で外へ広がっていくスケール感があって、とっても爽やかなロマンティシズムを感じる。メンデルスゾーンの室内楽曲を聴いているような気もちょっとしてくる。

音質の違いもあるせいか、パネンカ&スメタナSQは音が痩せているというか、厚みが薄くてスカスカした感じがする。
レーゼル&ゲヴァントハウスSQだと、空間のなかにしっかり音が詰まっている感じで、音の響きに厚みと潤いがあって、とても心地よい響き。

シューマン:ピアノ五重奏曲/ピアノ四重奏曲シューマン:ピアノ五重奏曲/ピアノ四重奏曲
(2010/10/06)
レーゼル/ゲヴァントハウス四重奏団

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原盤はBerlin Classics。キングレコードがこの廉価盤の国内盤を最近リリースして、これはとってもお買い得。
この録音のレビューは、Schweizer_Musikさんのブログ<鎌倉スイス日記>では”超名演”という評価。

シューマン:ピアノ五重奏曲 [ピティナの楽曲解説]

第1楽章 Allegro brillante
冒頭に出てくるピアノと弦楽がユニゾンで弾く旋律は、とても大らかで開放感を感じさえる明るいオープニング。この主題がとても印象的で、これを聴くとすぐにこの曲だとわかる。
続いてピアニッシモで弾く副主題も、柔らかくしなやかなタッチの綺麗な旋律。
中間部は短調に転調。シューマンにしては、情念が薄めな感じがするし、わりとあっさりと元の長調に戻っていく。全体的にとても爽やかで、躍動感のある楽章。

第2楽章 In modo d'una marcia. Un poco largamente
”行進曲風に”というのは、葬送行進曲のイメージらしい。
ハ短調の緩徐楽章にしては、強い悲愴感や暗い情念のようなものはやや薄め。
ただし、演奏によってかなり違ってきそうなところで、レーゼル&ゲヴァントハウスSQはさっぱりとした叙情感で、内省的で静かな行進曲風。
(ここは、パネンカ&スメタナSQだと、さらに密やかな雰囲気で、瞑想的に聴こえる)

第3楽章 Scherzo: Molto vivace - Trio I - Trio II - L'istesso tempo
波が寄せては退いていくように、パッセージがうねる様に繰り返されるスケルツォで、とても爽やか。
冒頭主題が一通り演奏されると、曲想が急に変わって、交響曲第2番の終楽章の終盤にかけて出てくる旋律にとても良く似たメロディが聴こえてくる。(この旋律はかなり好きなので、すぐに思い出せた)
交響曲で聴くと雄大で堂々とした雰囲気の旋律だけど、ここでは穏やかで清々しい感じ。
主題がまだ出てきたと思ったら、次はやや忙しげでちょっと不安定感のある短調の旋律に変わったり、さらに主題がまた出てきたり。
この楽章は、かなり気分的な浮き沈みがあって、錯綜している感じがする。

第4楽章 Allegro, ma non troppo
シンコペーション的なリズムで、優雅に舞っている感じがするのは、舞曲風(?)。
曲が進むにつれて、かなり楽しげな感じが強くなり、曲のトーンも徐々に明るくなっていく。
初めは短調で始まっていた主題が、終盤では長調に転調していき、フィナーレに近づいていくような雰囲気に。

tag : シューマン レーゼル

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野々村馨 『食う寝る坐る 永平寺修行記』
子供の頃、大晦日に必ず見ていたTV番組は、NHKの「行く年くる年」。
除夜の鐘の鳴るお寺(たぶん永平寺)が映っていた記憶がある。
この番組はもう長い間みていないし、そもそもTVというものを見なくなって随分経つので、今でも永平寺が登場しているのかは全然わからない。

家が代々曹洞宗の檀家なので、永平寺にはなぜか親近感が湧く。
別に信心深くはないにしても、昔からお墓を持っているので墓参りは毎年数回、年忌法要は数年に1回はしている。お盆やお彼岸に限らず、休日には時々近所にある菩提寺にお参りしているので、お寺がらみの行事は日常生活にごく普通に入ってくる。

永平寺といえば、すぐに1冊の本を思い出す。『食う寝る坐る永平寺修行記』という新米雲水の修業記。
文庫版発売時に本屋さんでたまたま目にして、少し読んでみて面白そうだったのですぐ買った本。
この『永平寺』というところが重要で、他の寺院(延暦寺とか)の話だったら、絶対に本を手に取ることはなかったに違いない。

実際、読んでみると、あまりに予想外の事実が詰め込まれていて、一度読んだら忘れられない驚愕のノンフィクション。
今読み返してみても、やっぱり凄い内容で、いわゆる一般社会の常識が通用しない異世界に迷いこんだ感覚を覚える。

食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫)食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫)
(2001/07)
野々村 馨

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「行く年来る年」で画面に映る永平寺の映像は、静寂で清浄な地といった雰囲気がする。
しかし日常生活では、静寂どころではない。(沈黙していないければならない場所がいくつもあって、そこは完全に静かだけど)

人間の体から発する声や体がぶつかりあう音といった喧騒と、自我が徹底的にたたきのめされる極限状態にいる修行僧の緊張感が、文字を通してリアルに伝わってくる。

肉類は食べてないので精進料理のレシピブックを数冊持っているせいか、永平寺で日常的に食べている食事のシーンは興味深々。
修行僧の食事は、現代の栄養学を無視したようなアンバランスな食事。
成人男子には量的に少なすぎるので、おかわりが許されているご飯をたっぷり食べれば、お腹も膨らむという。
でも、ご飯の食べすぎは、脚気になるので禁物。脚気は副食を十分取らずに、白米を多量に食べるとかかるらしい。
でも、空腹を充たすためにはご飯をたくさん食べるしかない。
というわけで、脚気で病院に短期間入院する修行僧が続出。
すぐ治って退院するので大事には至らないけど、今でも脚気という病気にかかることがあるのかとちょっとびっくり。

あらゆる修行の過程で、近代の個性重視のヒューマニズム的教育を否定するように、外形重視(作法や型といった確立された手順の厳守。間違っていると、すぐに手や足が飛んでくるし、完全にできるまでたたきこまれる)、先輩雲水には絶対服従といった修行上のルールや罰。この過程で自我が徐々に否定されていく。
自我が消えて悟りへと向かうかというと、そう簡単にいくものではなく、利己性や本能的なものがむき出しになってくることも。
あまりに食事の量が少ないので、炊事当番にあたった雲水は、残飯を手づかみで炊事場で食べたり、物覚えの悪い雲水に教えるのを嫌がったり。精神的な余裕のない状況で現われてくる人間性の中味は、悟りの世界とは程遠い。

筆者の立場が修行中の新米雲水から、新参者を教育・指導しなければならない先輩の雲水に変わったときに、その立場ゆえの責任とか、したくなくてもしなければならないことがあるというのがわかってきたという。
自分が同じ立場だったらどうしただろうとか(この本を読んだので決して入門しようとは思わないと思うけど)、人間性についていろいろ考えさせられてしまう。

面白いのはレビューの内容。この本を読むなら、レビューも合わせて読むとさらに面白い。
軍隊でも、こんな「暴力的」な訓練はしていないであろうと思うほどに、殴ったり、蹴ったりということが、修行段階では普通に行われているので、嫌悪感を持つ人は少なくない。
「決死の覚悟がなければ、今すぐ帰りなさい」と入門時に先輩の雲水が念を押していたのも、大袈裟ではなく、本当にそれくらいの覚悟がなければ続かない。
とにかく、この現代日本でこういう生活があるのかと思うしきたりとか決まりといったことが、日常そのものなので、まるで異世界か中世の仏教寺院の修業記を読んでいる気分になってくる。

これは実際体験したものでないと、この修行内容自体についてどうこう言えるものではないし、1年くらいのわずかな修行期間の体験を記したものなので、語られていないことも多いとは思う。
それでも、普通は知られることがない永平寺の雲水の修行とはどんなもので、その修行を経験した人間の内面がどう変化していったのかという記録として、事実を追っていくだけでも、読む価値は充分。
今まで読んだノンフィクションのなかでも、とりわけ驚き満ちた本の一つでした。
カッチェン ~ ガーシュウィン/ラプソディ・イン・ブルー
ガーシュウィンと言えば、すぐに思い浮かぶのは《サマータイム》と《ラプソディ・イン・ブルー》。
《サマータイム》は、ポピュラーピアノ名曲集の類の楽譜によく載っているし、《ラプソディ・イン・ブルー》は、FMとかコンサートのプログラムに入っていることが多いので、条件反射的に曲名が浮かんでくる。
両方とも曲はよく知っていても、ガーシュウィンは好きではないので、CDで聴くことはまずない。
ジャズのCDに入っているガーシュウィンの曲もほとんど聴かないし、ブラレイがガーシュウィンの曲を録音していてもアルバムは買わなかったし。
唯一の例外として好きな曲は《ピアノ協奏曲ヘ長調》。これはとても好きなので、クラシックのピアニストの演奏ならもう何十回となく聴いている。なぜかジャズピアニストで聴いたことがないけど。

このピアノ協奏曲を初めて聴いたのが、カッチェン&マントヴァーニ/マントヴァーニ楽団のモノラル録音。1955年とかなり古いけれど、聴きづらさは全くなくて、この録音が大好き..なんて人もブログで時々見かける。
やたら勢いのあるスピード感とマントヴァーニ楽団独特のジャズらしい(ムード音楽風な感じもする)雰囲気が漂っていて、これが記憶のなかでスタンダード化してしまうと、クラシックのオケは重たすぎて聴けなくなってくる。

このCDに一緒に収録されているのが、《ラプソディ・イン・ブルー》。この曲は全然好きではないので、カッチェンが弾いているのに、珍しくも全く聴いていなかった。(聴いていたとしてもすっかり忘れている)
カッチェンは、ガンで亡くなる前年の1968年11月に、この《ラプソディ・イン・ブルー》をケルテス指揮のロンドン響と再録音している。
クラシックのオケとジャズ・ポップスの楽団の両方でこの曲を録音したピアニストはかなり少ないに違いない。プレヴィンやバーンスタインなら録音しているかも。

後年のスタジオ録音を聴いてから、比較するためにようやく聴いてみたマントヴァーニと録音した《ラプソディ・イン・ブルー》。
楽団がカスケード・ストリングスを入れたりしているらしく、かなり派手な演奏。
ムード音楽みたいな弦楽の音色といい、威勢よく茶目気のある管楽器といい、クラシックのオケではこういう演奏はまず聴けません。
それに合わせてか、はたまた煽られてか、カッチェンのピアノも力強くて躍動感のあるタッチで、楽団と協奏する部分はちょっとガチャガチャした雰囲気。
それにピアノがとっても控えめというか、録音の取り方がまずかったのか、音量が小さすぎ。楽団が賑やかなのと相まって、ピアノがとても聴き取りにくいし、どう考えても楽団の演奏が目立ちすぎのような...。
さすがにカデンツァでピアノソロを弾くときは、しなやかなタッチで音色も多彩になって、ロマンティック(でもやっぱりジャズピアニストとは全然違うけど)。

Rhapsody in Blue / Cto in F Major (Dig)Rhapsody in Blue / Cto in F Major (Dig)
(2004/07/01)
katchen, Mantvani and the Mantovani Orchestra

試聴する(国内盤にリンク)
カッチェン&マントヴァーニ/マントヴァーニ楽団の《ピアノ協奏曲イ長調》と《ラプソディ・イン・ブルー》を収録。1955年のモノラル録音。

                             

1968年に再録音した《ラプソディ・イン・ブルー》は、カッチェンの録音集『Decca Recordings 1949-1698』のBOXセットに収録されている。
たまたまプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番を聴こうとして、そのCDの一番初めに入っていたのが《ラプソディ・イン・ブルー》。
ピアノ協奏曲の方と勘違いして、そのままぼ~っと聴いていたら、《ラプソディ・イン・ブルー》にしては、クラシカルな香りがするピアノとオケがとっても良い感じ。
曲自体は旋律もムードも好きではないタイプの曲なので、ジャズ風の雰囲気が薄めでクラシック側に寄っていた方が聴きやすい。
特にピアノパートがピアニスティックでかなり派手。これだけ聴いていても面白いし、ピアノがカデンツァで弾くところがかなり多い。

ライナーノートを読むと、カッチェンはケルテスと録音した《ラプソディ・イン・ブルー》の解釈が、自分でもとっても気に入っていた。
米国で生まれの米国育ちで、20歳くらいにパリへ留学(音楽ではなく哲学・文学の学業のため)して、間もなくクラシックピアニストとして活動し初めて、そのまま42歳で亡くなるまで定住していた”パリのアメリカ人”。
米国で暮らしていた頃は、ガーシュウィンに限らずジャズは日常的に耳に入ってきたはずだろうけれど、クラシックが専門なので、当然ながら《ラプソディ・イン・ブルー》を弾いた時のカデンツァは即興ではないし、スウィング感もない。
逆に、クラシックピアニストらしく、速いテンポでもテクニカルな切れは抜群。タッチも多彩なので音色・響きのヴァリエーションも豊富。
この曲がヴィルトオーソ向けのピアニスティックな曲に思えるほどに、ピアノが華やか。並みのジャズピアニストではこういう風には弾けない。

クラシックのオーケストラ伴奏で聴くと、伴奏に厚みとボリューム感のある音で、枠がかっちり固まって堂々とした雰囲気。
洒落っ気や羽目をはずしたような面白みがあるとは言えない気はするけれど、この曲はこういうタッチの方が好みに合うので。
旧盤と比べて、こちらのカッチェンのピアノはかなり落ち着いていて、鮮やかな技巧に加えてしっとりとした叙情感。
タッチも旧録より丁寧で、緩急の変化もより細かく、弱音部分のちょっとケだるい雰囲気も良くでている。
ステレオ録音なので音質がすっかり良くなっていることもあって、音が綺麗で色彩感も増し、細部の表現もずっと多彩。
終盤のカデンツァは、針のように細くシャープな音がキラキラと煌いているよう。
マントヴァーニの時は、ピアノに勢いと迫力はあったけれど(ちょっと荒っぽいし)、協奏部分では楽団のペースに巻き込まれている感じがする。
この新盤では、ピアノの音量も全体的にむらがなく、協奏部分でもピアノの存在感がしっかり。
余分な力がすっかり抜けて、思いどおりに弾くことを楽しんでいるように、自由に伸びやかに弾いている感じが伝わってくる。

ピアノ協奏曲の方は、なぜか再録音していなかったけれど、どうしてなんでしょう?
計画はしていたけれど、病気が進行していったために残された時間が無かったのか、それとも、マントヴァーニと録音した時の演奏があまりに圧倒的な迫力があったので、それを超える演奏はできないと思ったのか、今となってはわからないまま。

Decca Recordings 1949 - 1698Decca Recordings 1949 - 1698
(2006/01/02)
London Symphony Orchestra、Suisse Romande Orchestra 他

試聴する(国内盤にリンク)
カッチェン&ケルテス/ロンドン響の《ラプソディ・イン・ブルー》を収録。1968年のステレオ録音。


<関連記事>
 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ



                               

この曲をジャズピアニストで聴きたいなら、おすすめはYoutubeで見つけた小曽根真のライブ録音。伴奏はクラシックオケで大植英次指揮の大阪フィル。
Youtubeにはバーンスタインやプレヴィンのライブ映像もあるけれど、バーンスタインはテクニカルに危なっかしい感じがするし、プレヴィンよりは小曽根の方が音が綺麗でカデンツァが素晴らしく思えるので。
小曽根はデビュー当時から聴いていて、若い頃に出したCDはどれも好きだった。(結婚してからオリジナルの作風がかなり変わって甘口になったと感じるので、今は全然聴かないけど)
彼はジャズピアニストの中でも技巧的にはかなり優れた人なので、この《ラプソディ・イン・ブルー》もテクニカルな切れも良く、わりと安心して聴ける。でも、やっぱりスウィング感のあるジャズピアニストらしいタッチと即興カデンツァを楽しむ演奏なんだと思う。


tag : ガーシュウィン カッチェン 小曽根真

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フー・ツォンが弾くスカルラッティとハイドンのピアノ・ソナタ
フー・ツォンの弾くベートーヴェンのピアノ協奏曲があまりに良かったので、他の録音も聴いてみたくなって、ディスコグラフィ(アリアCDのウェブサイト)をチェック。

レパートリーはバロック~ロマン派。第5回ショパンコンクールで3位入賞し、同時にマズルカ賞も受賞したので、彼の弾くショパンは有名(らしい)。
ほかには、スカルラッティ、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ドビュッシー、シューマン、シューベルトなど。
音源をYoutubeや試聴ファイルで聴いてみたら、確実に判断がついたのはベートーヴェン。
あまり聴きこんではいないスカルラッティも、かなり個性的な演奏らしいけれど、バロックを聴いている時に感じる平板さや単調さが全くなくて、これはとても気に入った録音。
モーツァルトのコンチェルトも良さそう。ドビュッシーは面白そうな気はするけれど、全曲聴いてみないとはっきりとはよくわからない。
シューマンのクライスレリアーナとか、ショパンのノクターンやマズルカは、かなり感情移入の激しい叙情的なタッチのように感じるので、もともと作曲家自体が好きではないし、演奏も好みとは違う。
バッハはもう一つよくわからない。ハイドン、ヘンデルあたりはわりと合いそうな感じ。


ショパン/マズルカ集
フー・ツォンのショパンでは、最近NIFC(Narodwy Instytut Fryderyka Chopina 国立ショパン協会)からリリースされた古楽器で録音したマズルカ集の評判が結構良いらしい。
試聴してみると、躍動感のある舞曲を聴いているよりも、ノクターンとかバラードとか、他の曲を聴いているような気になるほどに、美しく繊細で叙情的。
その代わり舞曲らしいリズミカルさは稀薄のような感じ。民族的舞曲の香り強い曲は好きではないので、舞曲らしくないマズルカは結構聴きやすい。
それでも、ショパンはマズルカに限らず、聴きたいと思うことがあまりないので、このCDは買わない。それに、フー・ツォンのショパンは情念が濃すぎて私には重過ぎる。

Mazurkas (Dig)Mazurkas (Dig)
(2009/11/10)
Fou Ts'ong

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スカルラッティ/ソナタ集
ショパンと違って、繰り返して聴きたくなったスカルラッティとハイドンのCDは買うことに。
スカルラッティのソナタ集は、ホロヴィッツとかの演奏と違って、かなり異質なスカルラッティらしい。
あまり聴かないバロックのなかで、ミケランジェリのライブ録音などで聴いたことのあるスカルラッティのソナタはわりと好き(特にK380)。
試聴してみると、バロックにしては色彩感も表情もかなり豊かで、とっても良い感じ。水気の含んだキラキラ輝く音色が綺麗で、音と表現がぴったり合っている。かっちりとした様式感よりも叙情性の強さの方が印象的。
試聴ファイルだけでも、もう10回以上は聴いているくらいに気に入ったので、このCDはオーダー済みで、もうすぐ入手予定。

Scarlatti Sonata K 380 - L 23(piano: Fou Ts'ong)



Scarlatti: 32 SonatasScarlatti: 32 Sonatas
(2003/02/03)
Fou Ts'ong

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ハイドン/ピアノ・ソナタ集
ハイドンのソナタ集(CD2枚組)も来年1月11日にリリース予定。
ハイドンのコンチェルトがかなり良かったので、全然聴かなかったハイドンのピアノ・ソナタも聴いてみたくて(CDもバックハウスの古い録音くらいしか持ってないし)、このCDはたぶん買うでしょう。

ツォンが弾くハイドンのピアノ・ソナタのプロモーション映像(MeridianRecords)




Piano SonatasPiano Sonatas
(2011/01/11)
Fou Ts'ong

試聴ファイルなし

tag : ショパン ハイドン スカルラッティ

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フー・ツォン ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番
偶然知った中国人ピアニストのフー・ツォン。
第2次大戦後、共産主義政権下の中国で思想統制が強まるなか、1959年、ツォン25歳の時に留学先のポーランドから英国へ亡命。その際、ジュリアス・カッチェンが亡命時の旅費や、ロンドンでの生活を援助したという。
このエピソードは、カッチェンのプロフィールを調べているときには見つからなかった。
フー・ツォンの伝記『望郷のマズルカ ― 激動の中国現代史を生きたピアニスト フー・ツォン』を読んでみると、カッチェンが援助したことについて、数行だけだけど、ちゃんと載っていた。
当時、フー・ツォンはショパンコンクールで第3位に入賞した後、東欧を中心に演奏活動をしていた。
パリを拠点に同じく欧米で演奏活動をしていた33歳のカッチェンは、8歳年下のツォンの音楽性を高く評価していたらしい。

フー・ツォンのピアニストとしての経歴はかなり華やか。
1934年生まれで、1953年にワルシャワ音楽院に留学してジェヴィエツキに師事。
1955年の第5回ショパンコンクールで、それまで全く無名のツォンがアジア人初の第3位に入賞。(2位はアシュケナージ、田中希代子が日本人初の入賞)
コンクールで弾いたマズルカが審査員に絶賛されるほどに素晴らしかったため、マズルカ賞も受賞。
その4年後、中国では1940年代の整風運動を経て共産党政権による思想統制が進み、ワルシャワ音楽院を卒業後は農村での労働による思想改造を行うようにと中国政府から召還命令が下る。このことは、ほぼピアニスト人生が終ることを意味したために、1959年に英国へ亡命。

ロンドンでのフー・ツォンのデビューは成功。当初は生活が苦しかったが、カッチェン、ルービンシュタイン、カボスなどのピアニストたちが援助し、やがて演奏活動も増えて生活が軌道に乗るようになる。
メニューインの娘と結婚して(後に離婚するが)、メニューインファミリーの一員となり、子供もできて、社会的にも個人的にも生活が安定していく。
しかし、祖国中国で文化大革命が始まった1966年、知識人階級であったツォンの両親が迫害され、自殺を遂げる。彼が両親の死を知ったのは2ヵ月後だった。亡命事件とこの両親の死は、彼の人生に深い傷を残した。

フー・ツォンは、若い頃にバレンボイムと親交があり(一時、パレスチナ問題に対する意見の相違で仲違いしたが)、アルゲリッチとは長年の友人で、別府のアルゲリッチ音楽祭にも参加している。
演奏活動以外では、リーズ、エリザベートなどの国際ピアノコンクールの審査員をつとめており、今年はショパンコンクールの審査員をしていた。マスタークラスなどの教育活動も行っている。

                               

カッチェンがその音楽性を高くかって、亡命やロンドンでの生活も援助したというピアニストなので、一体どういうピアノを弾くのだろう?これは絶対聴いてみないことには...と思って、いろいろ調べてみると、ディスコグラフィ(アリアCDのウェブサイト)を見つけた。これは、アリアCD店主の松本大輔氏が書いているCD評。
松本氏の著書『クラシックは死なない』シリーズのCD評は結構面白い。(思い込みが激しいとは思うけど)
カッチェンとブラレイを知ったのがこのシリーズで、その紹介文にとても興味を魅かれて聴き始めたという思い出の本。プロの評論家のレビューよりもはるかに役に立ちました。

フー・ツォンは感情移入の深いタイプのピアニストらしく、こういう時はロマン派(特にショパン)を聴くのは避けたい。
バロックや古典派だと、形式や構造性が強くて、情念がほどよく中和されるせいか、すんなり聴けてとっても魅力的。
とりわけ、Youtubeで聴いてみてこれは凄いと思ったのが、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。
amazonやHMVのレビューもとても良いし、内容も的確。音楽評論家の評価の方はまちまち。評論家の言うことは当てにしていないので、どうでもよい気はするけど、許氏はとっても好意的。でもこの人の”耽美的、極度にロマンティックな夢幻美”というレビューには、ちょっと?。確かに美しくはあるけれど、リスナーのレビューの方が(私には)共感できる。
宇野氏はどうもテンポの遅さと個性的な表現がお気に召さなかったようで、NG。(でも、彼のレビューを読んで感心したことがないので、かえってNGで良かったけど)

ベートーヴェンの録音は、ポーランドのMeridianというレーベル。
いくつかのディスクは入手しにくいらしい。幸いすぐに新品を入手。伴奏はスヴォボダ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア。
Fou Ts'Ong Plays Beethoven & HaydnFou Ts'Ong Plays
(2005/10/11)
Fou Ts'ong

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カップリングはフー・ツォンの弾き振りによるハイドンのピアノ協奏曲第11番。このハイドンも初期のベートーヴェン的な自由闊達さとモーツァルト的な優美さのある演奏がとっても魅力的。
ハイドンについては、Daisyさんの<ハイドン音盤倉庫 - Haydn Recordings Archive>の記事”フー・ツォンのピアノ協奏曲、快演”でレビューされてます。

フー・ツォンのピアノ協奏曲第4番は、スローテンポで有名。
第1楽章は演奏時間が22分あまりと、アラウの新盤の第4番よりもさらに1分ほど長い。
と言っても、アラウのスローテンポに慣れていたら、テンポの遅さ自体には驚かないし、特に違和感もなし。
それに、アラウの演奏と比べて、ピアノの音が近くて明瞭、起伏も細かくいろいろついていて、フォルテになるとかなり強いタッチ。アラウほどに起伏が緩々してはいないので、ずっと聴きやすくはある。
(オケはやっぱりディヴィス/DSKが素晴らしく、ツォンの伴奏をしているスヴォボダ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィアというポーランドのオケは、もう一つ評判がよろしくない。私はピアノを聴くのに集中しているので、あまり気にならないけど。)

アラウがスローテンポなのは、もともと昔からテンポが遅めの傾向があったことに加えて、高齢からくる(と思う)時間間隔と技巧の衰えとが相まっているので納得できる。
フー・ツォンは55歳頃の録音。アファナシエフみたいにどんな曲でもやたらに遅く弾くピアニストではないし、テンポがこれほど遅いのはどうしてだろう?
それに同じスローテンポでも、アラウとツォンのベートーヴェンは全然違っている。
アラウが慈愛に満ちたような静けさと包み込むような明るさや温かさがあったけれど、フー・ツォンの静けかで穏やか演奏には強い感情が込められていて、底にずっと流れているのは、哀感のような何か~すでに失われたものへの愛情や惜別の念のようなもの。
フォルテのタッチが一瞬かなり激しくなるのは、抑えがたい感情が噴出しているかのように聴こえる。
この曲の解釈としては、かなり特異な感じがしないでもないけれど、モーツァルトの長調の曲のように、透明感のある哀感と翳りのある明るさをこの曲で感じさせる演奏はそうそう聴けない。
どちらかという、ベートーヴェンを聴くというよりは、ベートーヴェンを通じてツォンの想念を音で聴いているような気がしてくる。
曲の隅ずみまでピアニストの想いが浸透しているようで、これだけ丁寧に感情を込めて音を辿っていくには、必然的にこの遅いテンポになるのだろう。
この感情移入の深さとそれが演奏を通じて表出してくるところは、今まで聴いたどの第4番の演奏とも違っている。
このベートーヴェンを聴いていると、この表現にはどういう意味が込められているだろうかと考えてさせられてしまって、これは一度聴いたら忘れられない。

第1楽章の冒頭は、とても柔らかく囁くような弱音でゆったりしたテンポのピアノ・ソロ。まるで鍵盤の上にそ~っと指をおくようなタッチ。
続くトゥッティもピアノにぴったり合わせたように、同じくらいに柔らかい消え入るような弱音。トゥッティの部分はさすがに遅い感じはする。
やがてピアノが入ってくると、音が通り過ぎるのを惜しむような丁寧なタッチ。
音自体は明瞭でくっきり鮮やかでキレは良い。スローテンポながらもきりっと引き締まっていて、遅さは(私は)さほど気にならず。
強弱の起伏もとても細やかなので、緩々とした平板さもなく、旋律をたっぷり歌いこんでいて、表情はとても豊か。
特にピアノのテヌート気味で微妙なニュアンスを含んだ弱音には、感情的な思い入れを感じさせる。
フォルテになるとシャープなタッチになり、感情が噴出するような激しさを垣間見せるし、ピアニッシモからフォルテへと移行するときは力強さが増して、メリハリはよく利いている。
カデンツァになってもテンポはそれほど上げず、ピアニスティックに弾くことはせず、弱音のなかに力強いフォルテを織り込みながら旋律を歌いこんでいて、ゆったりとしたテンポと表面的な穏やかさとはうらはらに、意外にドラマティックな感じがする。

特に物思いに沈んでふっと消えていくような弱音のニュアンスに強い感情を感じるものがあるけれど、情緒過剰なべたつきや重たさはなく、透明感のある美しさ。
全編、長調の明るさのなかに、失われたものを懐かしみ惜しんでいるような強い哀感が流れているような...。

第2楽章は、両端楽章がかなりスローなせいか、意外とテンポは遅くない。
柔らかい弱音の響きが美しく、抑制したトーンでやや淡々とした感じがするせいか、悲愴感というよりは哀しさの方を強く感じる。

第3楽章はロンドなので、さすがにテンポはかなり上がっているけれど、それでも遅め。演奏時間が11分半近くと、これもアラウより1分以上は長い。
タッチもこの曲想にしては、一音一音をしっかり打鍵していくので、重たい感じ。
やっぱりこの楽章も第1楽章と第2楽章の雰囲気を引きずっているようで、軽快で快活...というわけではない。
特に澄んだ明るさと哀しさが織り交ざったような柔らかい弱音が印象的。
曲想やリズムは明るく開放的なはずなのに、モーツァルトの長調のようにどこか哀しさを感じさせるところは、第1楽章と変わらない。

ゆったりしたテンポと細かな起伏で歌いこんでいるので、全曲を聴き終えると、まるで長かった人生への追憶が込められているような気持ちになってくる。久しぶりにすこぶる充実感のある第4番のコンチェルトを聴きました。

                               

『望郷のマズルカ ― 激動の中国現代史を生きたピアニスト フー・ツォン』
フー・ツォンの(たぶん)唯一の伝記。幼少期~近況までをカバーしていて、特に文化大革命の最中、ツォンの両親が迫害され自殺を遂げる1966年頃まではかなり詳しい。特に、幼少期の教育や音楽院時代が詳しい。
父母からツォンへの手紙も多数引用されている。書簡集は『君よ弦外の音を聴け―ピアニストの息子に宛てた父の手紙』 (傅雷・著/榎本泰子・訳、樹花舎、2004年)が出版済。
『望郷のマズルカ』は、全てがツォンに関する伝記というわけではなく、フー・ツォンの弟フー・ミンについて1章、文化大革命下でのピアニスト数人の短い評伝に1章が当てられている。

望郷のマズルカ―激動の中国現代史を生きたピアニストフー・ツォン望郷のマズルカ―激動の中国現代史を生きたピアニストフー・ツォン
(2007/12/25)
森岡 葉

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『望郷のマズルカ』の著者でフリーライターの森岡葉さんのブログ<May Each Day>の「フー・ツォン関連」のカテゴリに、最近のフー・ツォンの動向やインタビュなど、貴重な情報がたくさん載っています。

tag : ベートーヴェン

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ホームベーカリーで手作りうどん
Panasonicのホームベーカリーでまだ一度も使っていなかった機能が、「うどん・パスタコース」。
パスタはセモリナ粉をわざわざ買わないといけないので、今回はホームベーカリーでおうどんを手作り(正確には、半分はHBにおまかせ)

材料の小麦粉は中力粉。中力粉をおいているお店はそう多いクないし、結構高いので、強力粉50%&薄力粉50%で代用。付属レシピもそうなっている。

本来レシピでは300gの粉を入れるべきところを、強力粉が足りなかったので240gにして、捏ね開始。
これがいけなかったのか、小さな団子状態の生地がいくつかできたまま、なかなか生地がまとまらない。
15分間のコネが終ってもでこぼこした団子の塊みたいなので、さらに再度10分くらい捏ねて、ようやくまとまった。
ホームベーカリーから取り出して、少し手でコネコネして丸めてから、サランラップにくるんで室温で2時間ねかす。

結局、3時間ねかしてしまったけれど、特に問題なく、3分割。1つは2日後に食べるので、そのまま冷蔵庫へ。
残り2つの生地を、なるべく長方形になるように、麺棒で成型。
こういうことは下手なので、楕円形になってしまった。
延ばすときにコツがあるようで、端まで目一杯麺棒で伸ばさずに、中心から外側へ生地を伸ばしていって、最後に端だけを伸ばすらしい。

厚さ3mmくらいに生地を伸ばして、3つ折にしてから、太さ3mmの細長いうどん状に包丁で裁断していく。
3つ折りするときに、内側へ折りたたんでしまったけれど、屏風折り折にした方が切りやすい。
一つは冷凍庫へ。残りは晩ご飯に。

出来上がったうどんを茹でてみると、水分を吸ってかなり太くなっている。こういう太いのは好みじゃないんだけど。
茹で上がった麺は自家製ゴマだれでつけ麺にして試食。
麺がなよなよしていないのは良いけれど、太かったせいか、コシがあるというよりも、硬いという感じ。もう少し茹でないといけなかったのかも。
なにぶん最初の手作りうどんなので、これは練習。

作り方を調べてみると、生地が捏ねあがったら、さらに足踏みすると、コシがでるらしい。
ホームベーカリーで規定の1.5倍の時間、捏ねていたので、今でも充分しっかりした歯応え。
ホームベーカリーで倍の時間捏ねれば良い気はするけれど、うどんの生地はパン生地よりも随分硬いので、モーターに負担がかかりやすい。
足踏みはしたくないので、手で捏ねるのを追加しておいた方が、モーターの故障の原因にならなくてよいかも。

2日後、冷蔵しておいた生地を使って、今度は煮込みうどん。
前回気がついた点を改善して、生地は長方形に延ばして、屏風折りで、厚さ・太さも2mmにカットして、かなり細めの麺に裁断。でも、茹でてみると、これがちょうど良い太さ。
煮込みうどんにしても、全然伸びずに、ほどよい柔らかさでコシもしっかり。
今度はとっても美味しいおうどんが出来ました。
これなら、高級品は別として、そこらに売っているうどん玉や乾麺よりも食感がよいし、コストも安くて、その上、完全無添加。
当分うどんもパン同様、ホームベーカリーで手作りにすることに決めました。(ただし、飽きるまで)
実際作ってみると、これはかなり楽しいのを発見。自分で裁断した麺が、茹でると、ちゃんとおうどんらしくなって、これには結構感動してしまう。

tag : ホームベーカリー

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初めて使った岩手県産強力粉「テリヤ特号」
冬の大好きなところはいろいろあるけれど、お料理・お菓子づくりで良い点は、食材の保管温度を気にしなくてよいところ。
夏は、お米は冷蔵庫保存。小麦粉を入れる余裕は全くないので、家庭用サイズのイーグル1kgパッケージを1袋づつまめに近所のスーパーで買っている。

やっと冬になったので、強力粉に乾燥豆、ハーブ類など、大量に富澤商店のオンラインショップで買いだめ。
難波のタカシマヤにも最近お店がオープンしたけれど、10kg以上ある小麦粉やお豆を持って帰りたくはないので。今は、店舗オープン記念で送料も安いし。

国産小麦は、いつも買う「キタノカオリ」と、今回は南部小麦の「テリア特号」。それに、ライ麦粉や全粒粉、「スーパーノヴァ」も。(パン用米粉だけはイオンで購入済み)
「キタノカオリ」は、黄色めの色合いと扱いやすさが気に入っているので、いつも買っている銘柄。
「春よ恋」や「はるゆたかブレンド」も使ったけれど、「はるゆたかブレンド」が小麦の味がしっかりしていて、美味しかったような...。

どちらかというと、どっしり目が詰まって重いパンが好きなので、今回は膨らみにくいといわれる南部小麦の「テリア特号」。
国産小麦は銘柄によってかなり特性が違うので、いろいろ使ってみると出来具合や味の違いがわかって、実験みたいで楽しい。

「テリア特号」は、評判どおり水分量をかなり減らさないと、緩々した生地になる。
いつも280gの粉に対して、イーグルなら200cc、国産小麦でも190ccのところを、180ccまで減らしてちょっと柔らかいかな..という感じ。
イーストは、小さじ1より少し多目(1gくらい)にして、天然酵母コースで焼いたら、イーグル&米粉10%(砂糖と油脂はいつもどおり)の時と同じくらいの膨らみなので、それほど膨らまないという粉ではなさそう。
色白な焼き上がりで、天然酵母コースで長時間発酵させて焼いたパンはいつもこんな色合いになる。
レビューをチェックしていると、天然酵母と相性が良くて、長時間発酵させるとそこそこ膨らむらしい。
今度は、ホシノ天然酵母を使って、バターなしで焼いていれば、クセがもっとよくわかるはず。

翌日カットしようとすると、1斤分にしては少し軽めな感じ。
8枚にカットしてみると、目が詰まってきめも細かい。皮はパリパリ。クラムはとってもしっとり。
でも歯ざわりはポロポロした感じもするという妙な食感。もうすこし歯応えが欲しい。
甘みがあるのはあるけれど、あとに引かずにすっと消えていくので、味自体はちょっと淡白かなという感じ。美味しいことは美味しい。
クセがない味なので、いろんな具材と合わせやすそう。
もっと味がしっかりしているのが好きなので、たぶん次は違う国産小麦(岩手産の「ゆきちから」とか)を試してみるかも。

tag : ホームベーカリー

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パーチェ ~ リスト/《伝説》より 第2曲”波を渡るパオラの聖フランチェスコ”
最近Youtubeで見つけたエンリコ・パーチェの<波を渡るパオラの聖フランチェスコ>。
パーチェのライブ映像は全部チェックしていたはずなのに、リストは以前はそれほどしっかりと聴いていなかったので、見落としていたらしい。
レスリー・ハワードの録音でこの曲を聴いたときは、パワフルでピアニスティックなのは良いけれどちょっと一本調子で賑やかすぎてあまり面白みは感じなかったのに、パーチェのこのライブを聴いたら、全然違っていた。

この曲に関するとっても詳しい解説は、『リストの《伝説》と2人の聖フランチェスコ』[PDF]。
この曲の楽譜出版時に、リストは序文で、パオラの聖フランチェスコ(アッシジの聖フランチェスコとは別人)がメッシナ海峡を渡った有名な伝説を紹介している。

調べていたら、日本語曲名が、”水の上を歩く”、”波の上を歩く”、”波を渡る”と、いろいろ。
伝説の内容を考えれば、海峡を横断するのだから、”水の上を歩く”ではなく、”波の上を歩く”か”波を渡る”の方が的確だし、特に”波を渡る”には方向性が感じられるので、曲想に一番合っている感じ。

第1曲の<小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ>の静かで親密な雰囲気とは打って変わって、<波を渡るパオラの聖フランチェスコ>は、激しく打ち寄せる荒波の海峡を横断するようなイメージ。
聖フランチェスコが歩くと、荒波が堰き止められて滝になり、行く手には道がまっすぐ開けているような情景が浮かんでくる。(”十戒”か何かの歴史スペクタル映画で出てきたシーンを思い出した。)
最後は、激流が途切れて悠然とした大河になったかのように、穏やかで落ち着いたエンディング。

パーチェはリストコンクールの優勝者だけあって、リストは最も得意なレパートリー。
波のようにうねるパッセージはとっても躍動感があるし、クライマックスに向かうほど、ダイナミズムが増して、神々しい輝きと高揚感が押し寄せてくるような勢い。
わりと感情移入が激しい弾き方だと思うけど、この曲にはそういう弾き方の方が、単に技巧的に凄いだけで終らなくてとっても良い感じ。
他に、シフラやホロヴィッツの録音も聴いてみたけれど、パーチェは音色が明るく輝いて、かなり情熱的なタッチ。
この曲って実はこんなにダイナミックで賛歌のような曲だったのだと、すっかり思い直しました。
<小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ>と同じくらい(もしかして、それ以上に)、<波を渡るパオラの聖フランチェスコ>が気に入ったので、ちょうど来年はリストイヤーだし、リストはもっと探索してみると、超絶技巧だけではない魅力的な曲がいろいろ発見できそう。

Enrico Pace plays Liszt - Legend No.2 St. Francis of Paola walking on the waves[Youtube]
※今日チェックしてみたら、動画が非公開になってました。(2012.5.22)

映像はかなりぶれているけど、録音方法から考えれば、音はかなり良い。バッハのヴァイオリンソナタでツィンマーマンの横でピアノ伴奏を弾いている時と比べたら、ソロでリストを弾いていると、気合の入り方も表現も随分違っているのが見ていて面白くて。
パーチェは、室内楽以外は録音は一切しない主義らしく、レパートリーはかなり持っているのに、ソロの録音は数少ないライブ録音くらいしか聴けないのが残念。


スティーヴン・ハフ~リスト/小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコの記事

tag : パーチェ フランツ・リスト

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ジェフスキ/『不屈の民』変奏曲
アメリカの現代音楽作曲家フレドリック・ジェフスキの代表作といえば《「不屈の民」変奏曲》(The People Unites Will Never Be Defeated)。
演奏時間は1時間以上というピアノ独奏曲の大作で、NAXOSの解説文によると「米国のピアノ音楽のランドマーク的作品で、最も重要な変奏曲の一つ」。アムランが録音しているのでも有名。
この曲のNAXOS盤(ピアニストはラルフ・ファン・ラート)が、日本のamaoznサイトで全曲まるごと100円でダウンロードできるそうです。
ただし、1トラックしかないので変奏番号がわかりにくいけど(これはかなり不便)、NAXOSサイトにある英文解説にはちゃんと変奏ごとの開始時間と終了時間が記載されているので、聴いている時にどの変奏が演奏されているのかはわかる。
変奏が36もあって1変奏は1~3分くらい。変奏パターンが多種多様なので、そんなに冗長な感じはしない。
現代音楽にしては、歪みのある不協和音とか、音が散らばって旋律としての流れがわからない旋律とかが、比較的少ないので、かなり聴きやすい。
現代音楽のピアノ独奏の変奏曲や数十分かかる曲をなんとか聴ける人なら、この曲もそれほど苦労せずに聴き通せる可能性は高い。

このダウンロード情報は、よくチェックしている<合唱音楽 聴いたり 弾いたり 振ったり blog>の記事”アマゾンMP3ダウンロードでジェフスキー”で紹介されてました。

NAXOS盤のラルフ・ファン・ラートのピアノは、タッチも音も柔らかめで響きが美しくて華やかだし、叙情性も強くて聴きやすい演奏。カデンツァも録音していて、これはとってもドラマティック。
People United Will Never Be Defeated WinnsboroPeople United Will Never Be Defeated Winnsboro
(2008/03/25)
Ralph Van Raat

試聴する(ダウンロードサイト)


フレドリック・ジェフスキのプロフィール(Wikipedia)がなかなか面白い。
ジェフスキのように、政治的思想と音楽が強く結びついた作曲家ですぐに思い浮かぶのは、イタリアのノーノ。若い頃のポリーニやアバドとともに共産党員だったので(今はどうなのか知らないけど)、チリの革命家ルシアノ・クルツの追悼曲でノーノの代表作《力と光の波のように》を一緒に録音したりしていた。

このジェフスキの『不屈の民』変奏曲は、政治闘争歌 "El pueblo unido jamas sera vencido!(団結した人民は決して敗れない!)"を元にした変奏曲。
この歌の由来は、1973年9月11日、軍のクーデターで非業の死を遂げたチリ大統領サルバドル・アジェンデの死を悼んで、人々が”l Pueblo Unido Jamás Será Vencido!”と叫んでいるのを、チリの作曲家セルヒオ・オルテガが聴き、曲をつけて歌にしたもの。
作曲後すぐにこのメロディをポップグループのQuilapayunが歌ってから、政治的独裁に対する抗議のシンボルとなったという。
その後、ジェフスキは作曲者のオルテガとイタリアで会っていて、思想的にも共鳴することもあってか、ピアニストのオッペンスから”現代のディアベリ変奏曲”となるような曲を委嘱された時に、この「不屈の民」変奏曲を書いたらしい。

この経緯を知っていても知っていなくても、歌詞がついていないので、特に政治的なメッセージが盛り込まれているのかどうかなんていうのは、ピアノの音からは連想しにくい。
ジェフスキは楽譜で多くの変奏について、"struggling","with foreboding","with determination","like a cry"と表記しているそうだし、冒頭のテーマこそ哀感のある綺麗な旋律でちょっとメロウな感じはするけれど、変奏に入るとかなりハードな雰囲気と緊張感が漂っている。
テクニカルにもかなりの難曲で、ピアニスティックな華麗さにメロディの美しさ、さらに闘争的な力強さとが相まって、かなりドラマティックな変奏曲。

最初と最後に出てくる主題を挟んで、変奏が36。現代音楽に出てくる技法がいろいろ織り込まれて、変奏パターンは多様。これはかなり面白い。
12音技法のような無調の変奏も入ったりしているけれど、第13変奏がジャズ風だったり、昔懐かしいフォークソング調もあったり。
ほとんどの変奏で主題旋律が織り込まれているのがだいたいわかるので、形式的にはかっちりと整った感じがして、錯綜感は少ない。
この曲を聴くと、現代音楽のピアノ独奏曲のなかでも傑作(の一つ)だと言われるのも納得。


これは、作曲者ジェフスキの自作自演ライブ映像。2007年3月、Miami international Piano Festivalにて。
冒頭の主題と最初の変奏部分のみ。全曲映像はVAIからDVDがリリースされている。
主題だけ聴いた限りだと、他のピアニストに比べて、ジェフスキはかなりテクニカル的に危なっかしいけれど曲に込められている感情が強く伝わってくる感じ。


Rzewski Plays Rzewski: People United Will Never Be [DVD] [Import]Rzewski Plays Rzewski: People United Will Never Be [DVD] [Import]
(2008/02/12)
Frederic Rzewski

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DVDのジェフスキ自作自演盤以外の録音はいくつかあって、昔は高橋悠治の録音が有名だったらしい。(私は聴いたことがない)

※Youtubeの音源を追加(2014.3.31追記)
Rzewski- TPUWNBD (Takahashi)


ジェフスキー:不屈の民「変奏曲」ジェフスキー:不屈の民「変奏曲」
(1991/01/01)
高橋悠治

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今一番有名なのは、たぶんHyperionのアムラン。軽やかで滑らかなタッチでピアニスティックに美しく、力強さや厳しさは強くなく、わりとあっさりした叙情感。喩えていうなら、スタイリッシュな都会的な洒落た雰囲気がする。
People United Will Never Be UnitedPeople United Will Never Be United
(1999/05/11)
Marc-Andre Hamelin

試聴する(独amazon)


New Albionのドゥルーリーも技巧的には問題なく、個人的には一番印象が強くて好きな演奏。
ゴツゴツした力強い打鍵で音が硬くて骨太なタッチ。スタッカートやリズムが鋭く、甘さが薄めの厳しいトーンで、”不屈”という強い意志が現われているような感じがする。
叙情的な曲想の変奏は透明感のあるさらりとした叙情感があって、硬軟のバランスが良い感じ。
残念なのは、カデンツァを弾いていないこと。
The People United will never be DefeatedThe People United will never be Defeated
(1994/03/01)
Stephen Drury

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「不屈の民」変奏曲 The United People Never Be Defeated

NAXOSの解説文によると、36ある変奏は6つの変奏が1セットで構成された6つの変奏グループに分けられ、各グループの6番目の変奏は、直前5つの変奏(5本の指をあらわしているらしい)を要約するという、構造的にかっちりとした枠組みで作曲されている。
6つの変奏グループ自体も、同じマクロフレームに基づき、最後の6番目の変奏グループは、それまで出てきた5つの変奏グループを要約している。
変奏曲は”闘争”の各局面を象徴している。使われている語法もバリエーション豊か。
怒りでかなりエネルギーを増したモダニズムから、メランコリックなタッチのブルースまで。
密度の濃いポリフォニー、ノスタルジックなフォークソングにフリージャズ的パッセージなど。
現代音楽特有の奏法も使って、第11変奏では銃声のようなピアノ絃の音。第24変奏では警鐘のように20秒間オスティナートされる高音のキー。

元歌のメロディに加えて、Hanns Eislerの”Solidaritätslied”という別の革命歌が曲の前半に使われたり、
イタリアの革命歌”Bandiera Rossa”も何度か引用されている。
最後に再び主題へ回帰する直前には、ピアニストが自由に即興演奏(インプロヴィゼーション)することもできる。
冒頭のテーマと対称的に、エンディングのテーマは低音から高音域まで使って、主題を生気を吹き込んで”勝利”を表しているようなバージョン。



<メモ>(もう少し聴き直してみて修正するかも)

Thema: quarter note = 106, With determination
冒頭は力強い和音で弾かれる主題旋律。続いて、柔らかいタッチのピアノで同じ旋律を、美しく哀感の漂う力強い旋律。
この旋律を聴いていると、子供の時に見ていたサントリーのウイスキーのCM(大原麗子が出ていたバージョン。たぶんサントリーオールドのCM)に流れていた曲にちょっと雰囲気が似ているような...。

Variation 1: Weaving: delicate but firm
両手とも単音で、(12音技法的に?)飛び跳ねるようにポツポツとちらばる音で旋律を繋げている。
つぶやくような静けさがとても綺麗な変奏。Variation 2はこれに音が増えて、音量も大きく、躍動感が強くなる。

Variation 3: Slightly slower, with expressive nuances (quarter note = ca. 88)
Variation 4: Marcato - With determination
この2つの変奏は、やや不協和的なアルペジオや和声で、波が揺れ動くようにかなりピアニスティック。

Variation 5: Dreamlike, frozen
強弱の強いコントラストの和音が交錯する。

Variation 6: Same tempo as beginning
変奏1~6のパターンが詰め込まれた変奏。


Variation 7: Tempo (Lightly, impatiently)
不安げな和声で、これも第1変奏と同じく、両手が飛び跳ねるような単音で旋律を繋げている。

Variation 8: With agility; not too much pedal; crisp 
第7変奏に音が増えて、和音やアルペジオでレガート。音が多く、落ち着きなく音が錯綜して、さらに不安感が増しているような。

Variation 9: half note = 48, Evenly
左手の同音和音のオスティナートは、キース・ジェレットのピアノ・ソロのインプロヴィゼーションに出てくる旋律にちょっと似ている。

Variation 10: Comodo, recklessly (quarter note = 96)
これは12音技法的に音が乱舞。でも、無機的な感じはせずに、かなり饒舌で音の跳躍がとても面白い感じ。

Variation 11: Tempo I (quarter note = 106)
ポツンポツンと音がまばらになってとても静かなトーン。
途中でピアノ線を叩いて(?)銃声のような音を出す内部奏法を使ったり、ピアニストが叫んだりと、現代もので時々使われる奏法が入っている。

Variation 12
第7~11変奏の音のパターンが詰め込まれた変奏。音が賑やかに飛び跳ねてから、静かになって、アタッカのように第13変奏へ。


Variation 13: quarter note = 72 or slightly faster
なぜか、主題旋律がごく普通に叙情的に演奏されて、ほっと一息。最後は消え入るようにフェードアウト。

Variation 14: A bit faster, optimistically
フォークソング調の変奏。響きはやや不協和的な感じで、どこか懐かしいような、それでいて目新しいような、一風変わった美しさ。

Variation 15: Flexible, like an improvisation
柔らかく少し崩したようなタッチと、やや不安定感のある和声と旋律が、ジャズっぽい即興風。

Variation 16
調性感が曖昧になったアルペジオやスケールが重なり合って、やや幻想的な雰囲気。

Variation 17: L.H. strictly half note = 36, R.H. freely, roughly as in space
左手は拍子を刻むように打ち込まれる和音、右手はかなり自由に動き回って、動きが対照的。

Variation 18: quarter note = 72
13~17変奏を回顧するように、各変奏の音のパターンが順番に登場する。
この変奏群は叙情性と即興的な雰囲気がかなり強い。


Variation 19: dotted quarter note = 144, With energy
スタッカートの変奏。

Variation 20: Crisp, precise, quarter note = 144
19変奏より高速のスタッカートで、音もさらに増えて鍵盤上を走り回っている感じ。さらに音が増えてピアニスティックになったのがVariation 21: quarter note = 108, Relentless, uncompromising。

Variation 22: quarter note = 132
スタッカートは同じ。かなり変わったリズム感。

Variation 23: As fast as possible, with some rubato

Variation 24: quarter note = 72
前半は19~23変奏の回顧するように、スタッカートで半ばまでは賑やかに走りまわっていたら、急にピアニッシモに変わって音もまばらに。


Variation 25: quarter note = ca. 84, with fluctuations
和音主体の変奏。静かなタッチでやや内省的な雰囲気。終盤からクレッシェンドして、アタッカで26変奏へ。

Variation 26: quarter note = 168, In a militant manner
和音に加えて、スケール、アルペジオが多用されて、ピアニスティックで動的。

Variation 27: (quarter note = 72) Tenderly, and with a hopeful expression
再び静かな変奏。これも第25変奏と同じく、内省的な雰囲気。
半ばからミニマル的なタッチに変わり、左手がオスティナート的にトレモロ・分散和音を弾いて疾走するような雰囲気。
途中で再び音がまばらで静かになったり、また分散和音や和音が入って力強く駆け出したりと、緩急の変化が激しい。

Variation 28: quarter note = 160
単音のアルペジオと旋律がとても綺麗に響いている。

Variation 29: quarter note = 144-152
吉松隆の「プレイアデス舞曲」を連想するような軽快でちょっと可愛らしい感じ。

Variation 30: (quarter note = 84)


これ以降の変奏は、いままで出てきた変奏パターンがパッチワークのように次から次へと登場して、落ち着きがなくて、とりとめない感じ。
音の飛び跳ねたような12音技法風、ジャズ風、フォークソング風から、スタッカート、スケール、アルペジオ、和音、オスティナートとかの音のパターンまで、総集編といったところ。ピアニストも叫んでたり、あ~~と歌ってたりする。最後は静かにフェードアウト。

Variation 31: (quarter note = 106)
Variation 32
Variation 33
Variation 34
Variation 35
Variation 36


Cadenza(Optional Improvisasion)
弾くかどうかは選択可能な”即興”カデンツァ。録音していない人もいるけれど、ピアニストによって全然違うので、聴き比べてみると面白い。
アムランのカデンツァは、現代的な無機性が強くて、旋律の歌謡性がかなり稀薄でつかみどころがなくてわかりにくい感じ。
NAXOS盤のファン・ラートのカデンツァが旋律・リズムも明瞭、幻想的な響きと力強くドラマティックな盛り上がりでわかりやすくて印象的。

Thema: Tempo I
最後に主題が登場してフィナーレ。本当に懐かしい感じがして、フィナーレに相応しいメロディ。
終盤は、両手が高音域で弾く旋律と伴奏がとても美しく、続けて左手が低音域まで広がって、力強く華やかにドラマティックなエンディング。
このテーマを再び聴くと、《ディアベリ変奏曲》のように、本当に長い道のりを歩いてきたような気分になる。

tag : ジェフスキ アムラン 高橋悠治

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クリスマスが近づくと聴きたくなるのは....
シュトーレンとパネトーネが店先に並びだすと、もうすぐクリスマスなんだなあと実感。
クリスマスにいつも焼くケーキは、濃厚なチョコレートが美味しくてヘルシーなお豆腐ブラウニー。今年はそれに加えて、パネトーネをホームベーカリーで焼こうかなと。

クリスマスに近づくと、昔は歌付きのポピュラーなクリスマスソング集を聴いていたけれど、それもお決まりの曲が多くて飽きてきたので、最近はピアノが入っている曲がほとんど。
それもクリスマスをモチーフにしたかなりマイナーな曲とベートーヴェン。

ピアノ・ソロなら、ノルウェーの現代音楽作曲家ヴォルフガング・プラッゲが自作自演した《クリスマス変奏曲~クリスマス・キャロルによる即興変奏曲》が今のところ一番のお気に入り。
色彩感のある音色と響きがとても綺麗で、どの曲もとてもシンプルでほのぼのとした味わい。
素朴な旋律に柔らかい和音の響きが付け加わって、ふわ~とした響きがとても心地よい。
同じ部屋のなかでピアノを弾いているようなリアルで親密感のある柔らかい響きには、暖かみがあり、雪の結晶がきらきらと煌めくような明るさもあって、クリスマスらしい雰囲気がいっぱい。

Julevariasjoner [Hybrid SACD]Julevariasjoner [Hybrid SACD]
January 1, 2005
Wolfgang Plagge (Piano)

試聴する



もう一つ気に入っているクリスマスアルバムは、ローランド・ペンティネンの『EVENING BELLS』。
リスト、ブゾーニ、メシアン、レーガーのクリスマスにちなんだ(連想させる)曲を集めたもの。
それほど知られていないピアノ独奏曲が多いし、現代的な曲もあって、ちょっと風変わりだけれど面白いクリスマス曲集。

Evening BellsEvening Bells
(2000/11/21)
Roland Pöntinen (Piano)

試聴する(米国amazon)


<現代のクリスマス音楽 ~ プラッゲ、バルトーク、ニールセン、シェーンベルク>の記事

<ペンティネンのクリスマスアルバム 『EVENING BELLS』>の記事

               
                         


ベートーヴェンの方は、この時期なら普通は第9なんだろうけれど、この曲は昔から好きというわけではなくて、聴くとしてもほとんど第3楽章まで。最終楽章はあまり聴かない。
合唱が嫌いというわけではないけれど、そもそも合唱曲自体を聴くことがほとんどないので。(それにしては、合唱曲のCDが50枚以上ラックに眠っている...)

唯一の例外は、ベートーヴェンの《合唱幻想曲》。
メロディアスな旋律や明るく爽やかな曲想がとても好きなので、いろんな演奏者の組み合わせで何十回と聴いてきた。
タイトルがいかにも合唱曲みたいだけれど、この曲は最初から3/4くらいまでは、ピアノ協奏曲というか、管弦楽伴奏付きピアノ独奏曲というか、ピアノが華やかな曲。
このピアノソロの部分も良いけれど、それ以上に歌とオケとピアノが一体化した最後の合唱部分が特に気に入っているので、合唱部分だけ繰り返し聴いたり。
20分たらずと短いながらもピアノ・オーケストラ・合唱が同時に楽しめるという構成は珍しく、こういう構成の曲は、ブゾーニの長大な《ピアノ協奏曲》(第5楽章が男声合唱)かグラドナスの《星々の歌》(構成は合唱幻想曲に似ている。ショパン風のロマンティックな曲)くらいしか、すぐには思いつかない。

原曲はベートーヴェンの歌曲『片思いの男のためいき及び返答の愛』(WoO.118)(なんというネーミング!)。
たまたまフィッシャー=ディースカウのベートーヴェン歌曲集を聴いていて、突然『合唱幻想曲』の合唱パートのメロディが出てきて、ちょっとびっくり。(歌詞は違うものをつけている)
リートで聴いても、このメロディは明るく、美しく、それでいて力強くて、素敵。

《合唱幻想曲》だけだとちょっと短いので、一緒に聴くのはベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。
この2曲は私の頭の中ではセットものになっていて、先にコンチェルトを聴いて、最後に《合唱幻想曲》を聴く...というのが、特別な日に聴くお決まりのパターン。

第4番は誰のピアノで聴くかがとっても悩ましい曲。といっても、いろいろあるCDのなかで、いつも聴くのはアラウの新・旧・ライブの3つの録音かカッチェンのスタジオ録音と大体決まっている。
結局、クリスマスとかの特別なときは一番好きなカッチェンのピアノで。ガンバ/ロンドン響が伴奏した1963年のスタジオ録音。もう何十回とは言わずに聴いていても、全然飽きることがないほどぴったりくるので。
この第4番の次に、CDに続けて収録されている《合唱幻想曲》を聴いて、まだ聴き足りないときは、ライブ録音で高揚感抜群のゼルキン(&クーベリック/バイエルン放送響)の《合唱幻想曲》を聴く...というコースでおしまい。

Beethoven "Choral Fantasy" Serkin/Kubelik



 カッチェン 《ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集》~合唱幻想曲

ゼルキン/クーベリック&バイエルン放送響~ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集

tag : プラッゲ ペンティネン ベートーヴェン ポリーニ

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アンデルシェフスキ ~ バッハ/パルティータ第2番
アンデルシェフスキのパルティータは、第1・3・6番がスタジオ録音、第2番がカーネギーホールのライブ録音。
アンデルシェフスキのパルティータは特に好きなので、もう数え切れないくらい聴いたけれど、なぜかこの第2番だけは、すんなり入っていけなかった。

その後、ソコロフ、ホルショフスキ、フェルツマン、シフ、アンダ、カッチェン、etc.といろいろな第2番を聴いたし、この曲は自分でもよく弾くようになったので、以前よりは許容範囲が広くなっている。
久しぶりにアンデルシェフスキの第2番を聴いてみると、これがなんて面白いパルティータ!と、印象が全然違う。
そのとき書いた記事を読み返していると、以前は全然聴けてなかったのがよくわかる。
異聴盤は数多く聴いた方が良いと実感したのは、スタンダード的な弾き方がどういうものか自分なりに基準ができて、それと違った個性的な解釈を楽しめるようになること。

このアンデルシェフスキのパルティータ第2番は、スタジオ録音で弾いたパルティータのような自然な成り行きを感じさせるのではなく、かなり練り上げられた印象は以前と変わず。それに違和感を覚えたものだけど、今はそこがとっても魅力的。

アンデルシェフスキは、この曲ではややスタッカート気味のタッチでフレーズを小刻みに切っていくようなところが多い。(もしかして古楽奏法の影響?)
フォルテになると左手をかなり強く弾いてたり、符点のリズムがシャープだったりと、メカニカルな感じがしないでもないけれど、逆に各声部が明瞭に聴こえてきて、対位法の面白さがよくわかるし、いつも聴いている曲が、アンデルジェフスキが弾くと全然違った風に聴こえてくるので、とっても新鮮。

短調の第2番は、6曲中特に構造がかっちりしているのに、叙情性が強いように感じる。
アンデルシェフスキが弾くと、現代的というのか、この曲の短調のもつ叙情性を強く出さずに、かなり淡白でさらさらとした叙情感。
ただし、”sarabande”はそれを補うかのように、極めて内省的で凝った表現。この”sarabande”だけが、他の曲と随分違った弾き方と雰囲気になっているところには、ちょっと違和感を感じるけれど。

Ⅰ.Sinfonia
冒頭は強い悲愴感がある和音の旋律。ピアノだと、それほどノンレガートなタッチで弾かず、ゆったりしたテンポとマルカート気味のタッチで悲愴感が強めの演奏は結構多い。
アンデルシェフスキはそれとは正反対。スタッカート気味に鋭く突き刺すように弾いていく。
感傷性が薄いので、逆に厳しさと重みはあるとは言えるだろうけれど、スパスパと小刻みに切っていくフレージングは、符号のリズムがちょっとせせこましい感じがする。
ここの弾き方は、リュプサムととても似ている。リュプサムはチェンバロ奏法をそのままピアノに移したような、頻繁なルバートと装飾に凝ったアーティキュレーションでパルティータを弾く。(ピアノで弾くとかなり独特な奏法に聴こえる)

導入部が終わると、軽やかなタッチの弱音は、アンデルシェフスキらしい柔らかな響きが美しく、さらりとした叙情感。ロマンティックというよりは、物思いに沈んで内省的な雰囲気。
後半は速いテンポで、弾けるようにバネの強いタッチがリズミカルで、急迫感も充分。声部の音色をそれぞれ変えているので、やっぱり綺麗に弾き分けている。

Ⅱ.Allemande
ノンレガートでも、少し柔らかくてふわっとした軽めのタッチの弱音が心地よく、軽やかでさっぱりした叙情感。
装飾音はさりげないけれど、かなりあちこちに入れている。他のピアニストの演奏とは曲がちょっと違ったように聴こえて(かなり洒落て聴こえる)、この装飾音の入れ方はかなり好き。

Ⅲ.Courante
少しだけシャープなタッチに変わり、Allemandeよりはやや動的で、叙情感も強め。
持続音が入って声部がやや込み入っている曲だけど、さすがにそれぞれの声部がくっきり綺麗に聴こえてくる。16分音符のフレーズが軽やかで、滑らかで、とってもリズミカル。

Ⅳ.Sarabande
アンデルシェフスキにしては、かなり粘り気のある表現。バッハでこういう弾き方を今までしてはいなかった(はず)なので、バッハの世界から、急に別の世界へトリップしたように錯覚してしまいそう。
テンポはかなり落として、かすかな響きの弱音は、密やかでとても儚げ。
珍しくルバートを多用し、特定の旋律を強く強調して弾いたり、装飾音も凝ってたりと、かなり表現が濃くて、なかなかすんなりとは進まない。
まるでチェンバロの奏法をピアノに移し変えたような感じ。こういう弾き方は、ベタベタした叙情感になりがちなので、誰が弾いても好きにはなれない。
同じスローテンポで弱音が支配的な内省的な演奏なら、さらに遅いテンポでインテンポのソコロフの方が、こねくり回さずストレートな表現と叙情性があって、私には聴きやすい。

Ⅴ.Rondeau
かなりゆっくりしたテンポで、ちょっと変わったリズム感。
内面に沈潜していった”Sarabande”から覚醒して、再び立ち戻った世界をゆっくりと見回しているような感じがする。
トリルと特に左手が弾く旋律のリズムが独特。左手の旋律は、マルカート気味の粘り気のあるタッチと飛び跳ねるようなスタッカートが混在して、不思議なリズムが面白い。グールドならこういう風に弾いたかも...と一瞬思ったほどに、かなりユニークな”Rondeau”。

Ⅵ.Capriccio
ややゆったり目のテンポで、声部ごとの旋律線とリズムの弾き分けがとても鮮やか。
両手に繰り返し出てくるシンコペーション的なリズムは、かなりアクセントが強く効いて、飛び跳ねるようなタッチ。
弾力のあるスタッカート的なタッチを多用しているせいか、全体的にメカニカルに聴こえるけれど、その分タッチの違いと明確なフレージングで声部の線がそれぞれくっきりと浮き上がってきて、これだけ綺麗に弾き分けられるのは凄い。

とにかく最初から最後まで、凝ったアーティキュレーションの面白さが素晴らしくて、とってもユニークなパルティータ。曲を一度バラバラに解体して、新たに構築しなおしたように感じるくらい個性的。
声部ごとに違う鮮やかな色彩感に加えて、フレージングもタッチがよく工夫されていて、特定のリズムやフレーズが強調されると、いままで音符のなかに埋もれていた音型や旋律に光があたって、曲のもつ別の面がくっきり浮かびあがってくるようで、とても新鮮。
アンデルシェフスキのパルティータは凝っていて本当に面白く聴けるし、とても好きだけど、どうも頭で聴いている感じがする。
この曲を聴いていて、心情的にストレートにシンクロできるのは、やっぱりソコロフの方。(最初の3曲だけなら、最近聴いたカッチェンのライブ録音がソコロフと同じくらいに好きだけど)


Piotr Anderszewski at Carnegie HallPiotr Anderszewski at Carnegie Hall
(2009/03/30)
Piotr Anderszewski

試聴する(米国amazon)
このライブ録音は、パルティータの他に、かなり濃厚な表現のヤナーチェクと、バッハ同様凝ったアーティキュレーションでドラマティックなベートーヴェンのピアノ・ソナタも個性的で素晴らしく、それにアンコールで弾いたバルトークの小品が哀感漂うとびきり美しい曲。全く充実したライブをCDで聴くことができたのだから、本当に満足。


アンデルシェフスキのカーネギーホール・ライブ録音に関する記事

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第31番

バルトーク/シク地方の3つのハンガリー民謡

tag : バッハ アンデルシェフスキ

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ホームベーカリーで100%米粉パン ~ お米パンと米粉パンの違い
GOPANで作るお米パン  

今ちょっとブーム(?)のお米入りのパンをホームベーカリーで焼く方法は、主に3パターン。

a)強力粉に炊いたご飯を混ぜ込む
   強力粉250g&ご飯100gくらい。ご飯が多すぎると膨らみがとても悪くて重たいパンになる。
b)強力粉に上新粉・もち粉などを混ぜる
   強力粉の10~20%くらい。これも混ぜすぎに注意。
c)製パン用米粉を全量(100%)使うか、強力粉に一部混ぜる
   小麦グルテン入りの米粉なら100%で焼ける。ただし、発酵時間を短くしないといけない。
   強力粉に混ぜる場合は、10~30%くらい?
   あまりに米粉が多くなると、最適な発酵時間が変わるはず。
   ※小麦グルテンなしで完全に小麦0%で焼く方法もあり。
    上新粉を混ぜたりするらしい。(小麦アレルギーではないので、よく知らない)

それに加えて、100%お米でできたパンが焼けるSANYOのホームベーカリー「GOPAN」を使えば、お米から直接パンが作れる。作ったパンは米粉パンではなくて、「米パン」というらしい。
自宅でお米をミルサーか何かで粉砕して、小麦グルテンも買って、あとは普通に焼いている人もいるけれど、かなりパンを焼きなれていないと上手く出来ない気がする。
そこまでして、自家製お米100%パンを食べたい人は少ないだろうし。

GOPANは超人気商品で品薄なうえ、新製品なので価格も高いし、一時的に受注中止になった今ではプレミアムまでのっている状態。
お米だけで作れるといっても、小麦パンだとわざわざ用意する必要がない小麦グルテンは必要。(小麦0コースとかがあって、グルテンなしでも作れるらしいけど、膨らみが悪かったり、食感が違うらしい)
SANYOが販売している小麦グルテンは20回分(1回あたり50g)で1250円くらい。その辺のお店では売っていないけれど、通販で大量購入しておけば良いので問題なし。
それ以外に、油脂分としてショートニングが必要(トランスファットフリーの方が良い)。バターでもOK。油脂を入れなくても作れるだろうけど、出来上がりが違ってくる。ドライイーストは必須なので、お米だけでは作れません。
思ったよりも材料費がかかりそうで、メーカー説明だと1斤150円くらい。
使うお米の価格にもよるけれど、製パン用米粉や国産小麦100%パンを焼くのとコストはあまり変わらない。
どちらかというと、自分の食べているお米を使ってパンが焼けるというところがポイントだし、そもそも「GOPAN」の購入コストを考えたら、ランニングコストだけ計算してもあまり意味がないような...。
他のメーカーがGOPANの類似製品を出す可能性もあるし、GOPANの方は当分様子見。

と思っていたら、ぴっくあっぷ。さんのブログでGOPANの使用レポートを見つけました。画像入りの詳しいレポートで、焼き上がりも問題ないらしい。
これを読んだらGOPANって楽しそう~。使ってみたい気がムズムズ。
ただし、大きな問題がお米を粉砕する時のミル音。
メーカー説明だと”65dbで電話の音並み”。実際にユーザーがアップしている音声画像を聴いたら、それどころではないくらいのかなりの騒音。
フープロ、ハンドミキサー、掃除機レベルの音で、これが断続的に1時間くらい続くらしい。まるで工場にいるみたい。
防音がしっかりしていないマンションとか住宅事情によっては使えないし、タイマーで夜中や早朝に動かすと、よほど広いお家でないと飛び起きてしまう。
それにスペックを調べてみたら、重さ11kg(今使っているHBの倍)、サイズも幅35×高さ38×奥行27cmとかなり大きい。HBを持ち運ぶ私としてはかなりのネック。
そのうち、騒音の方を改良した機種が出てくるはずなので、製品がもっとこなれてきた頃に検討した方が良さそう。どのみち今は受注停止なので、いくら欲しくても手に入りません。



Panasonicのホームベーカリーで作る米粉100%パン  

たまたまイオンで製パン用グルテン入り「米の粉」を見つけて、これが1袋500g入りで198円。
国産強力粉並みの価格(だいたい1kg400円前後)で、これは市販されているパン用米粉の6~7割くらいなので、ものは試しで一袋購入。
小麦グルテンも一緒に入っているので、強力粉と混ぜずに100%の米粉パンが焼けるし、強力粉の10~20%を米粉に代えてもOK。
ただし、どのメーカーの米粉を使うかで、水分量、味や食感とかが多少違ってくる。

この米粉のメーカーは「波里」。品名は「お米の粉シリーズ 強力米粉(500g)」
競合品よりも価格が安いのは、イオンが大量調達しているせいか、それとも原料の米の品質なのか、よくわからないけれど、グルテンのない上新粉やもち粉を使うよりは膨らむはず。

いろいろ調べると、米粉パンは発酵時間が短いので、これを小麦パン並の発酵時間にすると、生地がへこんでしまう。
短時間できちんと発酵させるには、高い水温の水を使って初めから生地の温度を高めにしておいた方が良いとか、小麦パンと違っている米粉パンの作り方には注意が必要。

新しいホームベーカリーの機種だと「米粉パンコース」があって、これなら簡単に出来る(はず)。
でも、私のホームベーカリーは4年前くらいに買ったので「米粉パンコース」はなし。
それでも、米粉パンコースのないホームベーカリーで、100%米粉パンはちゃんと焼ける。
「早焼きコース」を使って、小麦パンなら2回発酵させるところを、1回だけに減らせば良いだけ。
米粉のパッケージに書いていたレシピには、単に”早焼きコースを使うこと”とだけ書いてあったので、何もせずとも機械におまかせで焼けるようだけど。
米粉コースだとかなりしっかり捏ねるらしく、普通の小麦パン用「早焼きコース」では捏ねが足ずに膨らみが悪くて、焼き上がりが重たくなるという人もいる。大潟村・黒瀬農舎「店長日記」より

発酵回数を減らす方法は、1)初めの捏ね工程が終ったら、羽根を取り出す(生地は綺麗にまるめてパンケースに戻しておく)、2)最初の発酵の時にパン生地を取り出して、2回目の捏ね工程で戻しいれる(羽は取らない)、のどちらか。
私は誤解して両方してしまったけれど(パンを取り出してから戻し入れて、その時に羽根まで取り出してしまった)、ちゃんとぷっくら膨らんで、高さはバターなしの天然酵母パン並みとまずまずの出来。

[2011/1/12 追記]
発酵を1回に抑えるためにあれこれ手間をかけることなく、早焼きモードで上手に焼けることを発見。
波里のホームベーカリー用強力米粉を使った場合、米粉230gに強力粉50gの合計280gの粉で、早焼きコースでホームベーカリーにおまかせ。1)、2)のどちらの方法もせずともOK。
いつもの食パン並にぷっくら綺麗に膨らんで、全く手間いらず。
配合は多少変更して、水分220cc(捏ねてると生地がかなり硬かったので)、バターと砂糖各15g、スキムミルク3g、ドライイースト3.3gぐらい(小スプーンで小山盛り)。
ただし、今回は、強力粉を混ぜたために、早焼きコースにおまかせ~で焼けたのかもしれない。
波里のホームベーカリー用米粉(ミックス粉の方ではなくて)は、パッケージ記載のレシピにも”早焼きコースで焼く”だけしか書いていないので、米粉100%でもちゃんと焼ける可能性はあり。

[2014/2/11 追記]
波里の米粉100%で早焼きコースを使っても、ちゃんと食パンが焼ける。
スタートボタンを押して、ホームベーカリーに全自動でおまかせしても、OK。
取り出しやすくするために(それにパンの底に羽根の穴を空けないために)、最初の捏ねが終わったときに、羽根を外して、生地はきっちり丸めてパンケースに戻しても、大丈夫。



ホームベーカリーで米粉パンをつくる方法とレシピは”調理家電のレシピィ”さんの<米粉パンHBで!>
<米粉パン(早焼き2時間コース)> にも詳しい工程説明が載ってます。

米粉パン専用のレシピ本は持っていなくて、唯一手持ちの本で米粉パンレシピが載っていたのは、上田まり子さんの『卵・乳製品ゼロのホームベーカリーレシピ―あじわい食パン・ふんわりおやつパン・もちもち米粉パン』
卵・乳製品ゼロのホームベーカリーレシピ―あじわい食パン・ふんわりおやつパン・もちもち米粉パン卵・乳製品ゼロのホームベーカリーレシピ―あじわい食パン・ふんわりおやつパン・もちもち米粉パン
(2007/04)
上田 まり子

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お米パンと米粉100%パンは違う?  

強力米粉を使ってきれいに焼きあがった100%米粉パンは、翌日の朝食の時に8枚切りにカット。
250gしか粉を入れていないのに、薄めにスライスしたパンは小麦パンよりも重みがあってずっしり。Panasonicは、昔使っていたリーガルとは違って捏ねる力が若干弱い気がするので、固めの米粉生地だとちょっと捏ねが足らなかったのかも。

クラムはキメも細かくて、真っ白。大きな気泡とかは全然なし。
食感は小麦パンとかなり違う。歯ざわりはふわっとしているけれど、よく噛んで食べているとちょっと粘り気があって、もちもち。小麦パンよりも腹持ちはよさそう。
味はパンというより、柏餅とかのお餅を食べているような甘みと香り。これはかなりクセがあって、好みが分かれるかも。
上新粉を強力粉に混ぜたパンも似たような味と食感だったので、お米が粉になるとこういう味と食感になるらしい。
「GOPAN」で焼いたお米から作ったパンも、こういう味なんだろうか?
試食した人は、”フワフワな食感”といっていたから、この米粉パンとは全然違うはず。
炊いたご飯を混ぜた小麦パンも、上新粉入り小麦パンと違って、ふんわりしているし。
東京のデモショップだと、「GOPAN」で焼いたお米パンを使ったメニューで食事ができたらしい。

米粉パンとGOPANのお米パンを比較していた<かさい米の粉倶楽部>『GOPAN』 に思うこと、あれこれを読むと、やっぱりお米と米粉では、出来あがりの食感が随分違うらしい。
お米パンの方が、粒子でない分油分をはじくらしく、ふっくら。米粉になると、細かい粒子状になっているので油分を吸収してベタっ。確かに米粉パンは目が詰まって、ムチムチモチモチしている。

このお餅に似た風味で重ための米粉100%パンを毎日食べたいかというと、食べられないことはないけれど、やっぱり小麦パンの方が、サクサク食べやすい。
小麦パンに慣れていることもあるし(朝ごはんにお餅を食べる習慣もないので)、一番美味しかったのは炊いたご飯を混ぜ込んだパン。お米と小麦の味の両方が味わえるし、普通のホームベーカリーでも作るのは簡単。

それでも米粉100%パンのもちもち感は結構好きなので、3日に1回くらいは食べられそうだし、面白いというか、オツな味はする。フワフワなソフトなタイプの食パンは嫌いなので、この米粉100%のパンの方が好きだし。
カリカリにトーストしてバターときな粉をつけると、これがなかなか美味して、あべかわ餅風のパンを食べているような感じ。
キンピラごぼうとかの和風の食材をサンドしたら、よく合いそう。
100%米粉にせずに、強力粉の10%~20%を米粉にすると、毎日でも食べられそうなので、この強力米粉をもう一袋買いました。

tag : ホームベーカリー

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ブラレイ 『インプレッションズ』 ~ ドビュッシー・ラヴェル作品集
カピュソンと録音したベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全集のピアノ伴奏が素晴らしく良かったので、ブラレイの一番新しいソロアルバムのドビュッシー&ラベル作品集も聴きたくなって、早速購入。

インプレッションズ~ドビュッシー、ラヴェル作品集インプレッションズ~ドビュッシー、ラヴェル作品集
(2008/11/05)
フランク・ブラレイ

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2008年8月、スイスのラ・ショー・ド・フォンでの録音。(ここはアラウが晩年によく録音していたホール)
録音音質がとても良い感じ。ピアノの音がホール中に伸びやかに響いて、残響は豊かでも混濁することなく、クリアで華やかな雰囲気。

ドビュッシーとラヴェルは昔はあまり興味がなくて、最近になってにわかに聴き始めた作曲家。
ベートーヴェンやブラームス、バッハと違って、それほどたくさんは聴いていないにしても、好みのタイプはやっぱりあって、有名なミケランジェリとツィメルマンのドビュシーとは全然合わなかった。
ドビュッシーなら、ベロフ、アラウ、チッコリーニあたりと相性が良く、ラヴェルは曲によって好きなピアニストがかなり違う。

ブラレイのアルバムは、ドビュッシーの選曲がちょっとユニークで、定番のポピュラーな名曲(「月の光」とか「亜麻色の髪の乙女」)を入れつつ、動的でいろいろ表現が工夫できる余地が大きい(と思う)曲が中心。
ラヴェルは、有名な《ソナチネ》、ダイナミックな《道化師の朝の歌》、《亡き王女のためのパヴァーヌ》。
なぜか、王女・乙女に妖精パック、将軍や道化師、ミンストレル(アメリカの音楽演劇団)と、”人”がからんだ曲が多い。

ブラレイのドビュッシーとラヴェルを聴いた印象は、音のタペストリーのなかから、構造がくっきりと浮かび上がるような造形力があり、ソノリティが多彩で表現意欲に満ちていて、とっても個性的。
両手に出てくるいろいろな旋律のフレージングやリズムが明瞭で、それぞれ独自の表情を持って主張しているようで、立体的で構造的な明晰さを感じさせる。
全体的にリズムや強弱の変化を強調していて、大小細かい起伏が多く、曲によってはかなりテンポが伸縮して、緩急の変化も細かく、これ以上はないというくらいに表情が多彩で豊か。
直線的にさらさらとは進まないけれど、恣意的なデフォルメ感は感じさせず、よく練られたアーティキュレーションの面白さは抜群。
ドビュッシーやラヴェルにしては、動的でドラマティックで、かなり賑やかな気はするけれど。

ブラレイの音も綺麗でとっても魅力的。この音を聴いているだけでうっとり。
クリアで軽やかな響きはまろやかで、どの旋律も曲線的な膨らみや柔らかさがあって、硬質で宝石が煌くような輝きのベロフとはまた違ったタッチ。
音色に暖かみがあるので、多彩でダイナミックな表情と相まって、どの曲も有機的な生気が溢れているよう。明晰という点では似ていると思うベロフは、やや直線的にクリアな表現でここはかなり違う。
”有機的”という点では、アラウとちょっと似ているけれど、アラウのベールをかぶったような厚みのある音とは違って、タッチがシャープで表現も明快。そのせいか、感情や生命力らしきような何かがずっとストレートに伝わってくる。
表現がかなり濃厚なので、印象派の絵画風に透明感と色彩感のある音が綺麗に並んでいるような演奏が好きな人には不向きかも。

ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全集で弾いていたピアノが水彩画とすれば、こちらは油絵のように表現が濃くて、それだけ違ったタイプの演奏ができるというのが面白くて。
繊細でリリカルだと思えば、アクの強いと思えるほどに大胆にもなれるというところは、表現力が多彩というか、かなりカメレオン的(?)。

ドビュッシーは、『映像第1集』、『前奏曲集』から8曲、『喜びの島』、『月の光』。
《水に映る影》
この曲は単調な感じがして、たいてい途中で眠くなるせいか、最後までちゃんと聴いた記憶がない。
ブラレイで聴くと、個々の旋律がかなりクリアに聴こえ、さらに特定の旋律が強調されてくっきりと浮かび上がってくる。
ディナーミクの変化が激しく、水面が激しく波立っているよう。意志をもった何かが動き回っているような生気が漂っている。
視界がすっきりしたような見通しの良さと立体感があるし、クリアでまろやかで暖かみのある音質が生き生きとした生気を感じさせるようで、これはかなり面白く聴けました。

《ラモーを讃えて》

《運動》
ドビュッシーの録音を試聴するときは必ずチェックする曲。これでピタっと波長にあう場合は、他の曲でも外れることが少ないので。
あまりメカニカルにちまちまと弾かれるのは好きではなくて、とても面白かったのは生命が蠢いているようなアラウの《運動》。
ブラレイの《運動》は、明るい輝きと熱気を帯びた音で、極めてダイナミック。
かなり速いテンポでダイナミックレンジも広くて、躍動感たっぷりに激しく揺れ動くので、軌道を外れて危うくどこかへ飛び出してしまいそう。

《亜麻色の髪の乙女》
この曲も眠くなるので、似たような雰囲気のラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》の方がまだしも好き...と思っていたけれど、ブラレイの暖かみのある音色と柔らかい響きが好みに合うせいか、なぜかとっても素敵な曲に聴こえる。
中盤のクレッシェンドが急速でタッチも強く、穏やかな優しさのなかにも激しさが一瞬垣間見えてくるよう。

《さえぎられたセレナード》
”セレナード”というにしては、かなりダイナミックな演奏。
突破的なフォルテや崩れたリズムなどが混じって、いろんな旋律が錯綜する。
強く太いスタッカート、崩れがちなリズムとか、ブツブツと旋律が分断されていくところを強調しているので、異質なものが邪魔している感じが強くするのがとっても面白い。

《沈める寺》
音色が明るいせいか、日本の仏教寺院のようなモノトーン的な寺院ではなくて、カラフルで華やかな東南アジアで見かけるパゴダのイメージ。
中盤のフォルテで盛り上がるところは、明るく輝いて、栄華に満ちて壮麗で堂々とした雰囲気。

《パックの踊り》
強弱のコントラストやリズムを強調したとっても躍動的なパック。
複数の旋律がそれぞれ明確に主張しあっているように、複数の旋律やフレーズがくっきりと分かれて、かなり立体的に聴こえてくる。

《ミンストレル》
大胆に強弱やリズムを強調したフレージングが、とても面白くてユーモラス。
タッチが多彩で、レガート、スタッカート、マルカートやテヌートなど細かく変化させて、リズムも間延びしたり収縮したりと、かなりのデフォルメ感。
こんなに派手なミンストレルはめったになさそう。

《ビーノ(酒)の門》
テヌート気味の冒頭の旋律からして、強いタッチでリズムに凄みがあって、全体的にちょっとうさんくさげな異世界的な雰囲気。

《奇人ラヴィーヌ将軍》
《ミンストレル》と同じく、アクセントを強く利かせたり、リズムの面白さを強調したりと、これもやっぱりユーモラス。

《交代する三度》
ブラレイは3分ほど弾いていて、アラウ並みに遅いテンポ。おなじメカニカルな曲でも、ダイナミックな《運動》の演奏の方がずっと面白い。
さすがに技巧派のベロフは2分10秒台で弾いていて、この猛スピードの演奏だとそのメカニカルな面白さが引き立っている。
ベロフのテンポに慣れていたので、ブラレイがいろいろ表情をつけていても、遅いテンポの演奏はどうも切れが悪く聴こえてしまう。(また、しばらくして聴きなおしたら、印象が変わるかも)

《喜びの島》
華やかな色彩感と躍動するリズムで、明るく派手なことこの上ない曲。
フレージングが明瞭で、それぞれ強弱、響き、タッチを明確に変えていくので、タペストリーのように隙間無く織り込まれているフレーズやリズムの違いが、くっきり浮き上がってくる。
ブラレイは"繊細"なイメージがあるけれど、実はこういうカラフルで複数の旋律が錯綜するダイナミックな曲が得意なのかも。

《月の光》
ブラレイの《月の光》は、春の暖かな夜のような雰囲気。明るく甘い響きがとても優しい感じで、柔らかな感情で包み込まれるような感覚。
でも、困ったことに、アラウのスローテンポの《月の光》を聴いてしまって以来、アラウ以上に個性的な演奏はありえないように思えてしまう。

ラヴェルからは、《亡き王女のためのパヴァーヌ》、《道化師の朝の歌》、《ソナチネ》。
ラヴェルのピアノ作品は、ピアノ協奏曲と比べて録音がずっと少ないし、ソロ作品はどちらかというとやや抑制的な静的な演奏が多い(気がする)ので、ブラレイのような動的なラヴェルはとっても素敵。

ロジェのラヴェルは透明感はあるのは良いけれど、蒸留水のように淡白で平板な感じがするのでちょっと眠たくなるし、あまり強い印象が残っていない。
ブラレイのラヴェルは、ドビュッシーと同じく、起伏が大きくダイナミックで、リズムがくっきり、響きも多彩で細部の表情も豊か。

ラヴェルといえば、《夜のガスパール》が難曲で有名だけど、一般的にポピュラーなのは《亡き王女のためのパヴァーヌ》の方(たぶん)。
ブラレイはかなり響きが重層的で、響きのなかに包み込まれるような広がりとスケール感があって、こういう静かな曲でも、強い追憶の感情を感じさせるようにドラマティック。(ちょっとラヴェルらしくないかも)

《道化師の朝の歌》
ややゆったりめのテンポで、ブラレイらしくリズムを強調して、”道化師”風のユーモラスな感じが良くでている。
中間の緩徐部分が終った後~終盤がとても華やか。

ラヴェルのピアノソロのなかでも、好きな曲の一つ《ソナチネ》。本当に主題の旋律が綺麗。
第1楽章は、冒頭から宝石のようにキラキラと硬質の輝きが煌いてで、瑞々しい感じ。Modereのせいか、ブラレイにしてはわりと穏やか。
第2楽章のMenuetは幸福感のある旋律が綺麗な曲。
第3楽章は、Animeらしく、ドビュッシーを弾いている時のように、とっても躍動的。響きのヴァリエーションが多彩で色彩感が鮮やか。
起伏も細やかで表現も凝っているし、どの旋律も流麗で華やかな雰囲気。曲も好きだし、ブラレイのピアノが素晴らしく素敵。
こんなにラヴェルが魅力的なら、ピアノ協奏曲はどういう風に弾くのでしょう? とっても聴いてみたくなる。

このブラレイのアルバムは、多彩な音と凝ったドラマティックな表現が詰め込まれているので、さらさらと聴きやすいはずのドビュッシーとラヴェルでも、全曲を通して聴くと、感覚がオーバーフローしそう。
ドビュッシーの作品全集をブラレイのピアノで聴いたら、一体どうなることやら...と想像してしまう。


<ブラレイの紹介記事>
 「フランク・ブラレイ、ピアノで読響と共演」(asahi.com)
 キング・レコードサイトのプロフィール

tag : ブラレイ ドビュッシー ラヴェル

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カピュソン&ブラレイ ~ ベートーヴェン/ヴァイオリンソナタ全集
フランス人ピアニストのフランク・ブラレイは、数年前に読んだ『クラシックは死なない!』というCDガイドブックで紹介されていて知ったピアニスト。
あまり有名ではないけれど、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」で演奏していたので、コンサートを聴いたことがある人もいるはず。
録音はソロアルバムが数枚(ベートーヴェン・シューベルト・ガーシュウィン・シュトラウス・ドビュッシー・ラヴェルなど)、エリック・ル=サージュとのピアノデュオやカピュソン兄弟との室内楽のCDも出ている。

かなり古い年代物のスタインウェイで録音したベートーヴェンのピアノ・ソナタ集や、ル=サージュとの2台のピアノのモーツァルトの録音が結構良くて、ずっと気にはなっていたけれど、なかなかソロで聴きたくなる曲の新譜が出てこない。
たまたま見つけた<hkawaharaさんのブログ<クラシックCD感想メモ>で、ブラレイ&カピュソンのベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全集が秋にリリースされていたのを発見。
ベートーヴェンのヴァイオリンソナタならピアノパートがソロ並に充実していて、とても好きな曲集。
試聴してみると、ブラレイのピアノの美しいこと!音の繊細さといい品の良さといい、若いフランス人デュオらしさのある、ドイツ風のちょっと重たいベートーヴェンとは違って、優美で爽やか。
直観的にピタっとくるものがあったので、これは迷わずすぐにオーダー。

ヴァイオリンソナタとかの室内楽は、ヴァイオリンの音がよほど好みに合わない限り、だいたいピアニストで選んでいるし、もっぱらピアノ伴奏の方に耳が集中する。
ヴァイオリンは初めて聴くカピュソン。ブラレイと初めて出会って以来、14年間に渡ってベートーヴェンのを一緒に演奏してきたので、気心が通じたもの同士らしい。
HMVの紹介文には、2009年~2010年のシーズン中、ヴァイオリンソナタの全曲演奏(約3時間半)のコンサートを欧州で50回も開催。このアルバムの録音はそのシーズンの最中の2009年9月~10月。
カピュソンのヴァイオリンは、まろやかで色彩感のあるニュアンスの多彩な音。ふんわりとした少し軽めの音とタッチなので、ツィンマーマンやスークのようなもっと線のしっかりした引き締まった音の方が好きだけれど、ブラレイのピアノの音質も軽やかなのでよく似合っているし、音楽の方向性がぴったり。

ベートーヴェンのヴァイオリンソナタは全集と抜粋盤を数種類持っていて、全集を聴くときはスーク&パネンカ。
抜粋盤ならだいたいパールマン&アシュケナージ。6番だけはカヴァコス&パーチェのライブ録音。
ピアノ伴奏は美音のパネンカも良いけれどちょっと控え目なところがあって、曲によっては物足りない感じがする。
他の曲ではあまり魅かれることがないアシュケナージのピアノが、珍しくも申し分なく素晴らしく思えて、ピアノ伴奏だけ聴きたいなら、今まではこれが一番。
ブラレイのピアノは、音の美しさと表現の繊細さはパネンカやアシュケナージを上回るくらい。あまりに良かったので、ドビュッシーとラヴェルのアルバムも聴きたくなって、これもすぐに買いました。

Complete SonatasComplete Sonatas
(2010/09/06)
Renaud Capucon (Violin), Franck Braley (Piano)

試聴する(米amazon)
このアルバムは、なぜかリスナーレビューやブログ記事がほとんどない。
リリースされた間もないからか、あまり演奏者がそれほど一般的にメジャーではないからか、それとも演奏スタイルが受けないのか、よくわからない。
海外のamazonのレビューも少なく、クレーメル&アルゲリッチが好みのリスナーが低い評価をつけていた。あの2人の演奏に比べれば、正反対に優美で弱音の柔らかさが美しいややマイルドなタッチなので、ああいうハイテンションなのが好きな人には受けないらしい。

                                

試聴するときは、好きな第4番の第1楽章と第6番の第3楽章でいつもチェックする。この2曲の演奏でピタっとくれば、他の曲でも、あまり波長が外れることがないので。
実際CDで全曲聞いてみても、全体的に速めのテンポで軽快なタッチがとても爽やか。旋律の流れがしなやかで、細かい起伏をつけてコロコロと移り変わる表情が多彩。
特に、ピアノの弱音のタッチが柔らかくてふんわりと羽毛のような質感、高音の弱音はとっても甘い響きで、口のなかでとろける砂糖菓子のよう。
打鍵して減衰していく音のなかに微妙なニュアンスがあるようで、ブラレイはベートーヴェンやシューベルトを年代物のスタインウェイで弾いていただけあって、ソノリティに対して強いこだわりを感じる。
フォルテも強打することなくとも、中味のつまったしっかりした響きでとても品が良く。
音質が軽めで響きが柔らかく、全体的に弱音域側によっている感じで、その弱音もかなり小さいので、フォルテは相対的に大きく聴こえて、ダイナミックレンジが(実際よりも)わりと広い感じがする。
この曲はもっと音が強くて線のしっかりピアノが好きなはずだったけれど、ブラレイのピアノの音の美しさとニュアンス豊かな繊細さが素晴らしくて、それだけで聴く価値は充分。

第4番の第1楽章は、ちょっと甘美で優しげな曲想。ブラレイのピアノは高音がとても甘くて愛らしくて、この曲にぴったり。儚げに響に響く弱音は羽毛のように軽やかなので、フォルテの強さが引き立って、強弱のコントラストが鋭く明瞭。
第6番の第3楽章の変奏の弾き分け方は、ピアニストによって結構違いが出てくるので、聴き比べると好みに合うかどうかはっきりわかる曲。ブラレイのタッチはかなり軽やかだけれど、アーティキュレーションは好みにぴったり。
滅多に聴かない初期の3曲(第1番から第3番)は、ニュアンスの満ちた美音と繊細な感情が軽やかに交錯するような表情豊かな演奏なので、珍しくも耳が引き寄せられてしまい、おかげで第1番と第3番の面白さを発見。
好きではないスプリング・ソナタも、冒頭のピアノの音があまりに美しいので、珍しくもそのまま最後まで聴いてしまった(相変わらず曲は好きではないけれど)。

第9番の第1楽章は、高速で弾くピアノパートが厄介なので、指回りが悪いとヴァイオリンに遅れがちになるところがあって、時々ひやひやさせられる曲。最初からテンポを落として弾いている人もいるけれど、これだとスピード感と迫力に欠けてしまう。
ブラレイはかなり速めのテンポでももたつくことなく、ヴァイオリンにピタッと合わせて、タッチと音質が軽めなので力感は緩いけれど、軽快なスピード感。
途中で時々挿入される緩徐部分の弱音の静けさと繊細なニュアンスのせいで、前後の急速部分とのコントラストが鮮やかに聴こえる。
ただし、息詰まるような急迫感..といったものは稀薄。ハイテンションで暑苦しい演奏はたぶんこの2人には似合わないだろうし。
このピアノの音は、スタインウェイにしては、落ち着いた輝きがあって、圧迫感のない軽やかな音に聴こえる。これはスタインウェイなんだろうか?ブックレットにピアノのモデルの記載がないので確かめられないけれど。

最初試聴した時はベートーヴェンにしては、ちょっと柔らかくて優しい感じに思えたけれど、CDで全曲聴いていると、強奏部分はむやみにバンバン、ギーギー弾くことなく、軽やかで切れの良さがあってほどよい力強さ。
明るくまろやかな音色で聴き疲れすることがなく、素直で若々しさのある開放感としなやかで優美な品の良さがあって、とても爽やか。
ブラレイのピアノが素晴らしく魅力的なので、今までほとんど聴いていなかった初期の曲や第10番までじっくり聴くことができたのが、とっても良かったところ。
ヴァイオリンはやっぱりスークの方が好きだけど、録音を選ぶときはピアニスト優先なので、全集盤ならスーク&パネンカと並ぶ(かそれ以上)の定番になりそう。

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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