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『レーゼルの芸術 ピアノ協奏曲編』 ~ プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第2番
20世紀に書かれたピアノ協奏曲で好きなものを3曲選べといわれたら、今ならまずプロコフィエフの第2番。
次は、伊福部昭の《ピアノと管絃楽のためのリトミカ・オスティナータ》、ブリテンの《ディヴァージョンズ~左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏》、シュニトケの《ピアノと弦楽オーケストラのための協奏曲》のなかから2曲。そのときの気分でどれにするかは変わりそう。

プロコフィエフのコンチェルトは、明るい曲想の第3番が一番有名で録音も多い。
この曲は明るくて聴きやすいのに、何度聴いても記憶にほとんど残っていない。第1楽章がやたら速かったという以外は、メロディもすっかり忘れているくらいに、なぜか印象が薄い。
第2番はそれとは正反対で、どんより暗い色調と凝った構成で、明暗が激しく交錯していくところはまるでドラマを見て(聴いている)よう。
各楽章の曲想や構成がかなり違うし、散りばめられている旋律にも強い存在感がある。
陰鬱で妖艶でやや不気味な叙情感が漂い、時に甘い追憶のようなロマンティックな旋律が流れ、第1楽章の巨大なカデンツァは圧巻。
どちらかというと短調の曲が好きなこともあって、聴けば聴くほど第3番とは違って、複雑に屈折(?)したところが魅力的。

初めて第2番を聴いたときは(ピアニストは誰か忘れたけど)、どこかつかみどころがなくてよくわからない曲だった。
トラーゼの録音を聴いてから、そのわかりにくさもすっかり消えて、今では数ある現代のピアノ協奏曲の中で一番よく聴く曲。
録音は第3番ほどに多くはないけれど、それでも演奏のタイプはバラエティがあるので、異聴盤集めが面白い。
一番好きなのは、独自の演奏解釈で暗鬱で濃厚な情感が漂うトラーゼ&ゲルギエフ/キーロフ歌劇場管、冷徹・峻厳でクールな叙情感のレーゼル/ボンガル指揮ライプツィヒ放送響。
この2つ以外なら、色彩感鮮やかで叙情美しいグティエレス/ヤルヴィ指揮ロイアル・コンセルトヘボウ管。重苦しさが薄くしなやかで華麗なタッチで、音に圧迫感もなく、これはとても聴きやすて、かなり好き。
他に聴いたのは、ベロフ/マズア指揮ライプツィヒゲヴァントハウス菅。これはベロフの重たく圧力の強いタッチで全体的に騒々しくて聴き疲れする。キーシン/アシュケナージ指揮フィルハーモニア管は聴きやすくはあったけれど、特に際立った特徴がなかったような覚えがあって、印象が薄い。(トラーゼとレーゼルが解釈上、両極にある演奏なので、その印象が強すぎたのかも)

トラーゼは、プロコフィエフと若くして自殺した無二の親友との個人的関係を元にした独自の解釈で弾いている。
そういう物語性を抜きにした演奏だと、レーゼルの録音がこの暗い曲想にぴったり。
冒頭のピアノのタッチを聴いただけで、これは凄いかも...と思ったとおり、レーゼルの優れた技巧が冴えて、ピアノは曖昧さのない精密な打鍵で、突き刺すように鋭いタッチ。
いつもは明るく清流のような透明感を感じさせるレーゼル独特の音色が、ここではクリアながらも暗く陰鬱な色合いを帯びて、今まで聴いていたレーゼルの演奏とはかなり違った印象。
音質もピアノがかなりくっきりクリアに聴こえて、この曲の陰鬱で峻厳な面がストレートに伝わってくる。
聴いていて緊張を強いられるほどに、全編張り詰めた雰囲気が漂っている。
トラーゼのような深い感情を感じさせるような叙情感やグティエレスのような華やかさないけれど、これほど厳しく音だけを突き詰めていくような演奏は、この若かりし頃のレーゼルのピアノでしか聴けないかもしれない。

この第2番の録音は1969年とかなり古く、レーゼルが24歳の時のもの。
レーゼルは1966年のチャイコフスキーコンクールで6位入賞、1968年のモントリオールコンクールで2位入賞しているので、プロのピアニストとして本格的デビュー後しばらくの頃だろうか。
レーゼルの協奏曲BOXの収録曲は1978年以降の録音ばかりなのに、それ以前の録音では唯一この曲だけが収録されている。
それだけのことはあるくらいに、このプロコフィエフはなかなか凄いものがある。余分な装飾や叙情性の味付けをせずに弾くと、甘さを排除した音の持つ攻撃性や冷徹さが自然に立ち上がってきたよう。
弾くにはかなりの体力と気力が必要だろうけれど、聴く方にも結構エネルギーがいる。
もともと気楽に聴けるタイプの曲想でもないし、テンションがそれなりに高い時にしか聴きたい気にはならない。

Piano ConcertosPiano Concertos
(2006/10/24)
Peter Rosel 他

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第1楽章 Andantino
冒頭は少しエキゾチックな和声で始まり、オケがかなり妖しくネットリした雰囲気を出している。
ピアノ弾くゆったりとロマンティックな主題旋律は、レーゼルのピアノが透明感のある響きでとても密やか。あまりしなやかになり過ぎず、きりっと引き締まったクールなタッチで、まるで嵐の前の静けさ。
徐々に動きが激しくなり、何かが起りそうな不穏な雰囲気。
急に、サーカス的なおどけた旋律とリズムの曲想に変わって、ピアノも跳ね返るようなタッチの中間部。

また突然に静寂な移行部が登場して、そのまま全体の半分近くを占める巨大なカデンツァへ。
不協和音が鳴り響き、音が混沌として錯綜し、fffのアルペジオが延々と続き、鋼のような黒い重苦しい音色とムードで覆い尽くされている。
レーゼルのピアノは鋭く力感のあるタッチで、一音一音が明瞭で切っ先の尖ったナイフのようなエッジの聴いた響き。速いテンポでも、一つ一つの音が針のように尖ったフォルテで、とてもパワフル。
このカデンツァをルバートをかけて情感たっぷりに弾く人も結構多いけれど、レーゼルはほぼインテンポで、曖昧さも隙もない精巧で揺るぎないタッチで、甘さを全く感じさせない。
これ以上はないというくらいに峻厳な雰囲気と圧倒的な迫力があって、聴いていて息が詰まりそう。
このカデンツァをここまで厳しく弾いているピアニストはほとんどいないし、今のレーゼルならどう弾くだろうか思ってしまう。

PETER RÖSEL plays Prokofieff's Piano Concerto no. 2 (1/3)


第2楽章 Scherzo: Vivace
無窮動的な曲想で、オケが鳴らす警告音的なファンファーレや、半音階的に下行しては上行するのを繰り返すピアノやらと、目まぐるしく動き回って、何かから脱兎のごとく遁走しているような雰囲気。
ピアノは全く休むことなく高速の細かいパッセージで動き回って、何かに追い立てられているような焦燥感も感じられて、ここも聴いていて息をつく間が全然ないくらい。
(この楽章はなぜかピアノの音が第1楽章ほどクリアではなくて、ちょっとこもった感じがする)

第3楽章 Intermezzo: Allegro moderato
テンポが落ちて、重音主体の行進曲風で、暗く重苦しくグロテスクな雰囲気の曲想に変わる。
フォルテの重音で弾く旋律や重たい足取りのマーチ風のリズムには、どこかシニカルな軽妙さも。
ピアノパートは、今までのようにソロが目立つピアニスティックな動きは少なく、オケとの合奏部分が多くてシンフォニックな感じ。

第4楽章 Intermezzo: Allegro moderato
冒頭から、目が醒めるような急下降する旋律を弾くピアノとオケ。
前半は、ピアノが縦横無尽に動き回り、打楽器的に鋭く力強いタッチで跳躍したり、和音移動したりと、風雲急を告げるといった趣き。
オケのオスティナート的な伴奏は汽車が疾走するような旋律で、その上を弾くピアノは力感のある華麗なタッチ。
この疾走感と急迫感は、第1楽章のカデンツァと同じくらいに凄く好きなところ。

中間部へ入るところで急にスローダウンし、オケは車輪がゆるゆると止まりつつあるような雰囲気の旋律。
ピアノは水滴が滴り落ちるようなポロ~ンという音で、叙情的なララバイの旋律に。
ここをトラーゼやグティエレスは叙情たっぷりに弾いているけれど、レーゼルは速めのテンポでわりとあっさり。それでも、ララバイの終盤部はかなり激しいタッチ。
続いて再現部に入ってから、急にあっさりと終わった...と思ったら、今度は第1楽章の主題の断片的回想になって、ピアノソロで峻厳な雰囲気。
やがて、ララバイの旋律が再び登場して、展開されながら徐々にフェードアウトしていく。
今度こそ終りだと思ったら、突如フォルテに。
第4楽章の主題部分が再び現れて、ララバイの叙情感を一気に打ち壊すような急転回。
速いテンポでピアノとオケが掛け合いながら、目まぐるしく騒然とした雰囲気のなかで怒涛のようなエンディング。
この楽章は、コロコロと曲想が変わって、展開に意外性があり、聴き慣れていないときは錯綜感を覚えたところ。構成がわかればとても面白くて、第1楽章と同じくらい第4楽章が気に入っている。


第2番はレーゼルのピアノの精巧なテクニックと鋭く力強いタッチが冴え、全編に渡って暗い色調が支配し、重苦しく陰鬱で峻厳な雰囲気に加えて、不可思議なグロテスクさが印象的。
シニカルな軽妙さやララバイなどの緩徐部分の叙情感は、この暗鬱な雰囲気のなかでは影が薄くなってしまう。
特に第1楽章のカデンツァを弾くピアノが素晴らしく、テクニックの精緻さに加えて、鋭利な刃物か鋭く尖った氷柱が突き刺さるような峻厳さにゾクゾクっとする。
このプロコフィエフを聴くと、若かりしレーゼルはこういう風にも弾いていたのかという意外性があって、ちょっとした驚き。生真面目でやや穏やかな印象のレーゼルの演奏のイメージが随分変わりました。



<関連記事>
 トラーゼ~プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第2番



tag : プロコフィエフ レーゼル

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ストウブで自家製燻製
【2014.10.6 追記】
以前はストウブで燻製していましたが、チップからでる煙のススやヤニらしきものが、鍋肌に黒くこびりついてしまって、重曹などで洗ってもきれいに落ちません。
ストウブは煙の漏れも少なく、燻製鍋としてはとても優秀。でも、高価で大切なストウブを燻製で汚してしまうのはイヤなので、汚れても全然気にならない専用スモーカーを買いました。
ストウブでいろんな料理を作るのであれば、燻製に使うのは止めた方が良いでしょう。
<CLUB SMOKE>の【ストウブでの燻製はおススメ出来ません】にも同じ趣旨のことが書かれてます。
それに、この記事のとおり、煙は漏れにくいですが、逆に水分も抜けにくいので、エグみのある燻製になりがちということもあります。

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愛用するル・クルーゼとストウブの唯一の大きな違いといえば、ストウブは燻製用スモーカーにも使えるところ。
ル・クルーゼを使ってスモークする人もいるらしい。基本的に空焚きNGなので、スモーカーに使うと鍋が傷みそうで、私は絶対にしないけど。
ストウブなら、公式サイトのレシピ集にもちゃんとスモークレシピが載っているので、安心してスモークできる。

たらこのスモーク
塩さばのマスタードスモーク


燻製したのは2回。試した食材は、ゆで卵、お豆腐、ちくわ。

《食材の下味づけ》
下味のつけ方で、スモークした後の味が変わる。

卵は、醤油・みりん・砂糖の漬け液に1日以上漬けた。2回目は醤油を減らして砂糖を少し多め(これは甘すぎたので、醤油味の濃い方が良かった)。

お豆腐は、茹でてから重石を載せて水切り後、2日間味噌漬けにした豆腐を使用。使用前に2時間自然乾燥。
味噌漬け豆腐は、いつもはクッキングペーパーで包んでからお味噌を塗っていく。
スモーク豆腐の場合は、直接お豆腐にお味噌をつけている人が多いし、2度目はそうしてみると色も味も多少濃くなった気がする。

ちくわはそのまま。

《スモークチップ》
使ったのは、さくら。香りが強くて人気があるらしい。
スモークチップは、富澤商店や東急ハンズでスモークチップを売っていて、種類が豊富。
心斎橋と難波のお店で買ってもいいけれど、近所で一番手っ取り早く買えるのは、100円ショップ。
ダイソーでさくらやブレンドのチップを売っていた。1袋で3分燃焼×4回分。お試しにはちょうど良い分量。
ストウブは蓋が重くて密閉性が高いのでスモーク中は密閉されて煙が外へ漏れない。1回分で20-30分くらい燻製できる。

《道具》
アルミホイル:鍋に敷いて、その上にチップを載せる。焦げ付き防止用。使わなくてもかまわない。
クッキングシート、または、金網:鍋より小さめの調理用金網。金網がない場合は、クッキングシートを敷いて、食材を載せる。

道具類と食材さえ揃えれば、後はストウブに、ほとんどおまかせでスモーク。燻製って意外に簡単。
ただし、色づきや味は、食材によって違いがあるので、スモーク時間やチップの種類、下味のつけ方など、いろいろ試してみて、自分の好みの出来上がりになるように調整しないといけない。

《スモークの問題点》
お豆腐はいくら水切り・乾燥させても、水気が残って重量もあるので、クッキングシートが湿って、その下に敷いたチップの煙が消えていた。
再度スモークし直すと、底面はやや焦げかけていて、上面は色づきが悪く、スモーク時間が40分くらい。調べるとお豆腐の場合は1時間以上燻製するらしい。
ストウブは直径16cmと小さいので、チップの温度が上がりやすく、チップと接している食材の面が焦げやすい。
次は、お豆腐の量を減らすか、クッキングシートではなく焼き網にするかのどちらか。網を使えば焦げることもなく、水気でチップの煙が消えることもなさそうなので、今度は焼き網で。

[追記]
ストウブにすぽっと入る焼き網が売っていないので(ストウブが直径16cmたらずで小さすぎるため)、お豆腐を縦置きにしてクッキングペーパーを敷いてスモーク。やっぱり途中で煙が消えていた。
どうも火力が弱すぎるらしく、弱火より少し強めにする。40分もすれば、チップが炭化して煙が出なくなるので、チップを追加投入。これでお豆腐全体が茶色くなって、トータル50分ほどでスモーク完了。
お豆腐を入れるときは、火力をやや強めにして、チップを追加する方法が小さいストウブには良いらしい。


《熟成》
スモーク後、お豆腐半分、卵1個はそのまま晩ご飯に。
焦げかけたところは、しっかりスモークされているので、逆に美味しかった。
不思議なのは、卵がカステラみたいな甘い味がする。
以前、通販で買っていた燻製卵はこういう味はしなかったので、漬け液の味がしみこんでいたせいかも。
カステラを作るときは、卵、みりん、砂糖(と蜂蜜)を入れるので。

翌日、冷蔵庫で保存しておいた残りの燻製豆腐・卵・ちくわを食べると、これがスモーク直後よりもずっと美味しい。
白身が硬く引き締まって、味も濃くなっていた。卵はカステラ味もさらに強くなって、この燻製卵は半分お菓子みたいな味。
ちくわも、スモークすると硬くなって歯応えがあって、スモーキーなコクのある味で美味しい。
どの食材も、冷蔵庫で1~2日ほど熟成させた方が硬くなって歯応えもしっかりするし、味もコクがでて美味しくなる。

燻製できるものは、肉・魚類が多い。チーズ、ほたて、ウインナー、干物類も向いている。ストウブは小さいサイズの両手鍋なので、ほっけなどの大きな干物の燻製は無理。
あと3~4回分できるくらいのスモークチップが残っているので、当分自家製燻製づくりが楽しめそう。

                             

ストウブ鍋でスモークしている人は結構いるらしく、ブログにもいろいろ燻製レポートが載っている。
まんぼう日記 (タイトルリストにある”燻製””スモーク”という記事)
ストウブつながりの<魚丸記>の魚丸さんに、このサイトのことや、スモーク方法など、いろいろ教えていただきました。おかげさまで無事スモーク完了。どうもありがとうございました~。

ストウブを持っている人は少ないので、自家製スモークに使うポピュラーな道具は中華鍋。
中華鍋でスモークする方法は、<Farmer's KEIKO 農家の台所>ブログに載ってます。

スキレットでもスモーク可能。この本にスモーク方法やレシピが少し載ってます。
小さなスキレットを活用したレシピがいろいろ載っていて、デザインも可愛らしくて、結構便利なレシピブック。
スモークチップのかわりに、ほうじ茶を使った珍しい燻製レシピもあり。
ジュワッと!100スキCOOKING―100円ショップの小さな鉄のフライパン (別冊すてきな奥さん)ジュワッと!100スキCOOKING―100円ショップの小さな鉄のフライパン (別冊すてきな奥さん)
(2006/12)
不明

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燻製全般に関する体験記ブログ<燻製記>(簡単燻製の作り方 燻製レシピ の探究記 中華鍋燻製器やコンパクトスモーカーを使った簡単燻製の作り方を中心に綴る燻製記録)は、燻製全般に関する情報がいっぱい。
手作り干し芋&いも甘納豆
今年の冬、初めて手作りにトライしたのが、ゆずジャム、燻製(卵、お豆腐、etc.)、それに、干し芋とお芋の甘納豆。

どれも、実際に作ってみると、意外に簡単で、そう大きな失敗はせずに、美味しく出来上がり。
事前に作り方の情報をインターネットで調べたり、経験者にアドバイスをもらったりしたので、やはり準備は入念りにするに限る。

自家製干し芋の作り方
さつまいもは特に好きなお野菜なので、毎日食べても全然飽きない。
冬はさつまいもが安く出回るのに、干し芋という形に変わってしまうと、急に高くなる。
こういう時は自家製で。干し芋の作り方をいろいろ調べると、そう手間はかからない。時間はかかるけど。
干し芋専用のお芋があるらしく、これはなかなか手に入らない。スーパーとかで売っている普通のさつまいもでも、できないことはないので、紅あずまを使用。
一番大事なポイントは、干す前に、時間をかけて蒸すこと。
電子レンジで加熱すると、干しても全然甘くならないそうなので、ここだけは多少手間はかけた方が良いという。
それに、あらかじめ天気予報を確認して、最低3日間くらいは雨が降らない期間に干すこと。

実際作ってみた手順は次。細かいところは、いろいろ違った方法があるので、やりやすい方法で。

1.さつまいもの皮をむいで、縦方向に5cmくらいの厚さにスライス。
※丸ごと蒸してから、皮をむぎ、スライスする方法もある。2回目にこの方法で蒸してみると、かなり時間がかかるし、お芋が柔らかくなってしまっているので、皮をとる作業が結構手間。

2.あく抜きのため、水に30分~数時間(いろいろな説あり)さらす。
※するのを忘れた。アクが残っているとちょっと黒ずむけど、食べるにはそれほど問題なし。

3.蒸し器(または、スチーマー代わりになるお鍋、フライパン)で、20分ほど蒸す。

4.干し網などで、日中、風通しの良いところに干す。日に数度(1度しかしなかった)、表裏をひっくり返す。
※日が当たるに越したことはないらしい。今の時期ベランダに日が当たる時間が少ないので、干しかごを吊るしてほとんど陰干し。一応干し芋にはなっていた。

5.夜は室内に取り込む。
※夜露の心配がなさそうだったので、室内ではなく、ベランダの軒の下奥深くに吊り下げておいた。

6.好みの干し具合になるまで乾燥させる。
※干した期間は3日間。市販の干し芋より少し柔らかい硬さに干しあがり。でもネットリ感と甘みがやっぱり足らない。

7.冷蔵庫に保存する場合は、片栗粉で打ち粉をする。
  冷凍庫保存の場合は、サランラップで1食分ずつ包みフリージングパックに入れて冷凍。

8.食べるときは、そのまま食べるか、コンロ・トースターなどで、こんがりと焼く。


すぐには見つからなかったのが、干し網。
元々魚を干すための網らしく、ホームセンターとか釣具やさんで売っている。ブルーの3段式のカゴで、見た目はあまり美しくない。
ホームセンターで売っていたのは、あまりに大きすぎたので、代りに50cm四方の折りたたみ式メッシュ製カゴ(針金が枠に通っているもの)を利用。ランドリー入れとかに使う軽いもの。
上部カバーは、細かいメッシュの洗濯ネットで代用。干す量が少なかったので、これで充分。
底部には竹製のざるを置いて、その上にスライスした蒸し芋を重ならないように並べる。
平たい場所で干すなら、ざる、整理カゴなどを使っている人もいる。虫除け、ほこり防止に、何かかぶせた方がよいらしい。

毎日干しているお芋の乾燥具合をチェックすると、だんだん色が濃くなって、干し芋らしくなっていくのがわかって、これが結構楽しい。
4日ほど干してみると、そこそこ甘みがあって、確かにお店で買った干し芋のような食感と味がする。もうすこしネットリさせたら、干し芋そのもの。

ほかに、いろんなお野菜を干せるし(大根、にんじん、しいたけ、トマト、ピーマン、etc.)、空気が乾燥して湿度の低い冬が、干し物には一番向いているらしい。

干し芋づくりに関するサイト
自家製干し芋・干し野菜・果物・きのこ…(Cookpadのレシピ)

干し芋を簡単に作る(あった!kcy家庭菜園)

スローに楽しむスローなおやつ自家製干し芋 (温風ヒーターで作る即席干し芋の作り方も載ってます。)

どこかにブログで、オーブンで長時間加熱して(100℃で1時間とか、140℃で3時間など)、干し芋を作っていた人がいた。あまり美味しくなかったらしい。

自家製さつまいもの甘納豆の作り方
【農家のレシピ】サツマイモの甘納豆
お豆の甘納豆のさつまいもバージョン。こちらは、干し芋よりも干し芋っぽくなる。
さつまいもを輪切りにして、水であく抜き後、お水と砂糖で煮詰めて、1日煮汁に漬けたまま置いておく。翌日、風通しのいい場所で1日~2日干して、グラニュー糖をまぶして、さらに1日干して出来上がり。
さつまいもの甘納豆は、干し芋以上に高い価格で売られているので(こっちの方が簡単に作れるはずなのに)、これも自家製で。
3日ほど干して、グラニュー糖をまぶすのは省略。
食べてみると、こっちがまさに干し芋の食感と味。砂糖で煮たので糖分が多いせい?
この方法で干し芋を作ることはできるとしても、お芋の重量の半分という大量の砂糖を使うので、やめておいた方が良さそう。
小豆や黒豆の甘納豆も同じ方法で作れるらしい。
お豆の重量と同量の砂糖を使うので(自分で作るとその多さが良くわかる)、もっとあっさりしたしぼり豆の方が良い気がしてきた。
『レーゼルの芸術 ピアノ協奏曲編』 ~ シューマン/ピアノ協奏曲
シューマンのピアノ協奏曲は、シューマンのピアノ作品の中では、一番よく聴いてきた曲。
ブラームスのコンチェルトほどに凄く好きというわけではないけれど、持っているCDは結構多い。もともと相性が悪い作曲家なので、このコンチェルトはいろいろ録音を聴いても、理想のイメージというものがもう一つよくわからないところがある。

持っているCDは、アラウ(スタジオ2、ライブ1)、カッチェン(スタジオ、ライブ)、ルプー、フライシャー、ポリーニ、ペライア、リヒテル、ツィメルマン、キーシン、グリモー、アンダ、レーゼル。まだ他にもあったかも。
その時々で好きだったピアニストのCDを集めていると、意識しなくても、この曲の録音は自然と集まってしまった。でも、ほとんどは1回か2回聴いただけで終っている。
少しずつ聴き直してみると、十人十色というのか、同じ曲でも随分違って聴こえてくるのが面白い。

これ以外に聴いたのは、CDでは持っていなくてYoutubeで見つけたリパッティの1950年のライブ録音。ハルくんさんのブログ<ハルくんの音楽日記>で紹介されていました。
重い病身のリパッティが最悪の体調で弾いていたらしく、それにしてはミスタッチも少なく、気迫に満ちたシューマン。
指揮者のアンセルメもオケの楽団員も、リパッティがこの曲を最後まで弾ききれるかどうか心配しながら演奏していたという。
リパッティの硬質なタッチで均整がとれた叙情の美しさと力強さが素晴らしく、全編に緊張感のような張り詰めた雰囲気が漂っている。
ピアニスティックで華やかな第3楽章終盤は、さすがに消耗してきたのか、打鍵ミスが増えてくるけれど、それでも力を振り絞って、渾身の力を込めて弾いているのが伝わってくる。
少しもテンポが落ちることなく、ひたすら前へ前へと進んでいく生気とダイナミズムは、ブザンソンの最後のリサイタルで弾いたバッハのパルティータのように、一度聴くとなかなか忘れられない。

Dinu Lipatti plays Schumann Concerto live in 1950 - 1st mvt part A


                               

いつもよく聴いているのはカッチェンのライブ録音。
ルプーのようにロマンティックに情感たっぷりに弾かれるのはあまり好きではないせいか、引き締まった叙情感とダイナミックな力強さの両方が味わえるので好みにぴったり。第3楽章は速いテンポで疾風怒涛のような勢い。
カッチェンのスタジオ録音も、同じようにロマンティックで力強いけれど、それよりもさらに勢いよくて、とても男性的なシューマン。
ベートーヴェンの第4コンチェルト同様、ライブになるとやっぱり気合が入りすぎるらしい。

レーゼルのシューマンも、カッチェンと方向性は違うけれど、とても好きなもの。
この曲に限らずレーゼルの録音を聴くとぴたっとくる曲が多くて、本当に相性が良い。
他のピアニストの演奏とはこれも一味違って、とてもレーゼルらしい演奏。
安定したテンポと隅ずみまで明瞭な打鍵、透明感のある音と粘りのない表現は、明晰で構造堅牢な安定感があって、シューマンを聴くときに感じる感情が浮き沈みするような不安定感を感じさせない。
弱音で弾くメロディアスな旋律は美しいけれど、情緒的な要素が音楽の中に昇華されたような、ウェットさのない爽やかな叙情感。第3楽章はピアノがよく鳴っていて、とてもシンフォニック。
精神世界が安定した人が書いた理性と感情のバランスが調和した堂々とした曲に聴こえる。

伴奏はマズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団。
1980年ライプツィヒのパウル・ゲルハルト教会にて録音。カップリングは、《序奏とアレグロ・アパッショナートOp.92》、《序奏と協奏的アレグロ Op.134》
両方ともほとんど聴いたことがない曲で、感情の浮き沈みの激しさを強く感じる独奏曲よりも、協奏曲の方が聴きやすい。
《序奏とアレグロ・アパッショナート》はとても素敵な曲。序奏は優雅だけれど、アレグロに入るとドラマティックで技巧華やか。こういう構成はメンデルスゾーンの曲でよく見かけるし、旋律の動きとか雰囲気に似たところもある。ときどきシューマンの交響曲を聴いている気もするし、アレグロ部分で出てくる旋律は、プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番第4楽章のララバイにほんの少し似ていたりと、いろいろ連想してしまう。
《序奏と協奏的アレグロ》は陰翳が濃くて、ちょっと重たい感じがする曲想。なぜか「赤とんぼ」の"夕焼け小焼けの~"のメロディが聴こえてくるのは気のせい?(調べてみると、これは有名な話だった)

Piano ConcertosPiano Concertos
(2006/10/24)
Peter Rosel,Kurt Masur,Leipzig Gewandhaus Orchestra

試聴リンク(allmusic.com)


第1楽章 Allegro Affetuoso
冒頭の哀感をおびた主題旋律を弾くピアノは、わりとロマンティックな雰囲気。
弱音の高音には透き通るような透明感があり、それ以外のところは、線のしっかりしたタッチで安定感があって、フォルテもそれほど強打することはないわりに、硬質のタッチで充実した響き。
ルバートやタメを強くはかけないさらっとしたタッチで弾いているので、感傷的なところはなくて、持ち前の透明感のある音色と相まって、淡い情感がさらさらと流れていくよう。感情が激しく移り変わるような不安定感は全く感じない。
曲の1/3くらいにさしかかって長調の緩徐部分に入ったところは、まるでのどかな田園風景を連想させるように穏やかな雰囲気。
直後に続く強奏部分は力強く、緩急・静動のコントラストのバランスもほど良い感じで、第1楽章に流れる叙情感がとても清々しくて。

第2楽章 Intermezzo. Andantino Grazioso
さほど遅くはないテンポで、静けさや瞑想性は薄く、わりとリズミカル。ピアノの音色が明るく温かで、雄大な自然の風景をイメージするような大らかさと開放感。

第3楽章 Allegro Vivace
第3楽章は、終盤へ向かってひたすら進んでいく流れが湧き出ている感じがするので、とても好きな雰囲気。まるで列車が目的地へ向かって疾走しているような感覚。
ピアノは力強く歯切れのよいタッチと安定したテンポ。弱音もそれほど音量を落とさずに、どの音もきらきらと明るく輝いていて、芯のある響きがとてもよく鳴っている。
張りのある伸びやかな音なので、アルペジオには重層感があるし、和音も厚みと膨らみがあって、全体的にかなりシンフォニックに聴こえる。
インテンポで全ての音をきっちり打鍵していくけれど、音のキレが良いので、どのパッセージもリズミカルに淀みなく流れて、テンポは安定しつつ推進力のあるピアノがとても爽快。
ポジティブな雰囲気に満ちた広がりのある堂々とした演奏で、3楽章の中ではこの楽章の演奏が一番良いのでは。
もともと第3楽章が一番好きだったけれど、シンフォニックな響きと、ロマン派というよりは古典派のコンチェルトのような安定した構成感があるので、こんなに立派な曲だったのかとすっかり見直しました。


<レーゼルのCDレビュー>
<シューマン:ピアノ協奏曲イ短調 CDレビュー II>[リブラリア・ムジカ]
"シンフォニックでスケールの大きな演奏を求める方にお薦め"というのは、全くその通り。

tag : シューマン レーゼル

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ハイドン/アンダンテと変奏曲 へ短調 (ブレンデル,コロリオフ)
ハイドンのピアノ・ソナタと言えば、ピアノのレッスンではとてもポピュラー。
少なくともソナチネアルバムを練習した人なら、弾いたことがあるだろうし、ソナタアルバムでもモーツァルト、ベートーヴェンと並んで定番。
それにしてはあまり人気がなさそう。そういえば、私も心当たりが...。子供の頃のレッスンではハイドンのソナタの方を弾くのが好きだったのに、レッスンをやめてからはほとんど聴いたことがない。

以前、偶然にハイドンのピアノ/チェンバロ協奏曲を聴いたことと、最近ブログでハイドンの記事をいくつか読んだこととがきっかけで、なぜか今年はハイドンのピアノ曲をちょっと探検してみたくなって。
子供の頃からハイドンのほうがモーツァルトのピアノ・ソナタよりも好きで、なぜか何十年経っても、それは全然変わっていないところが不思議。

ハイドンの交響曲が多いのは、聴きはしなくても知っていたけれど、ピアノ・ソナタも60曲以上。
スカルラッティのソナタの555曲に比べれば少ないとはいえ、構成も長さも全然違うし、古典期以降では多分最多記録。
ソナチネ&ソナタアルバムは、そのうちの数曲だけ、それも学習者向けに選曲されているので、ハイドンのピアノ作品の幅の広さと面白さがあまりわからない。
ピアニストがハイドン作品集を選曲するときは、30番台以降のピアノ・ソナタが多く、特に必ずといって良いほど録音されているのが《アンダンテと変奏曲へ短調Hob.XⅦ:6》。
この曲は、ピアノ・ソナタやディベルティメントという別名のタイトルで収録されていることもあって、うっかり見落としかけたことも。
主題の美しさが、それまでイメージしていたハイドンとはちょっと違っていたのと、終盤の盛り上がりがベートーヴェンのピアノ・ソナタを連想させるものがあって、とても親近感を覚えたという曲。

《アンダンテと変奏曲》は、変奏曲にしては、変奏の展開が聴いただけではもう一つよくわからなかったので、曲目解説と楽譜を探してみた。変奏曲は楽譜で構成を知っておくとずっと聴きやすくなる。
ピティナの作品解説(Andante con variazioni f-Moll Hob.XVII:6)
楽譜ダウンロード[IMSLP]


主題が2つある二重変奏曲で、形式はA-B-A'-B'-A"-B"-A-コーダ。
最初聴いた時に、変奏曲にしては変奏の数とバリエーション(パターン)が少なく思えたのはこの構成によるもの。
楽譜を見れば、主題が2つあるので主題部分が長く、変奏部が2つだけ、フィナーレで主題が再現されて盛り上がってから、静かなコーダに入るというシンプルな構成。
第一変奏は、相変わらず弱音主体で静けさは漂うけれど、スタッカート、シンコペーション、トリルと、リズムの変化をもたせて、やや軽やかで動きが多くなる。
第ニ変奏は、音量的に大きくなり、息の長いレガートの細かなパッセージ主体で、ずっとピアニスティックになって流麗。
ここまでは、リピートがとても多い。初め聴いたときは、変奏曲なのに似たようなフレーズが続くなあと思ったもの。ピアニストによっては、リピートを省略して弾いていて、通常17~18分くらいの演奏時間が9~10分くらいに短縮される。
フィナーレは主題が再現されて、終盤に向けて半音階的に徐々に上行しつつ、最後にフォルティシモのオクターブ、重音、スケール、アルペジオなどが続き、ドラマティックに盛り上がる。
エンディングは、フォルテが残像のように現れながらも、徐々に弱音へと収束していき、消えるように静かに終る。

フィナーレのクライマックスのところを聴くと、ベートーヴェンの初期のソナタを連想させるような音の動きと力強さ。ここだけ聴くとべートーヴェンと間違えそうになる。
主題や変奏部分でも、ベートーヴェンの初期~中期最初の頃の標題のないピアノ・ソナタと似ている気がしてデジャブ的な感覚。
作曲技法的には違うのだろうけど、雰囲気的に似たものを感じるので、どっちがどっちの曲だったか段々こんがらがってきそう。そのせいか、ハイドンを聴いているとベートーヴェンも聴きたくなってくる。

Brendel plays Haydn - Andante & variations in F minor, Hob. 17/6 (Live Recoding)


                            

この曲の録音は多いので、CD、NML、Youtubeで10種類くらい聴いてみると、音の色彩感、テンポ、アーティキュレーションなどで、いろいろ違いがあって面白い。
結局、その演奏が好きかどうかの分かれ目になるとわかったのが、フィナーレの前半部分。
主題が再現されてから、コーダに至るまで、徐々に盛り上がっていくところの弾き方で決まってしまう。
聴き比べてみて、好みにぴったりだったのがブレンデルとコロリオフ。
若手で評価が高い(と思う)スドビンもブレンデルのような音の美しさと叙情的な表現でかなり良い感じ。

ブレンデルのスタジオ録音は1985年の録音。
線が細くクリアで色彩感豊かな音と、考え抜かれたアーティキュレーションで、精緻で明晰ながら、優美で繊細な叙情感が溢れていて、ブレンデルらしい演奏。
これは何度聴いても飽きないくらいに面白いし、この曲でこれだけ素晴らしければ、他の曲も凄いに違いないと思ってしまう。
ブレンデル評のなかで、一般の人にではなくピアノ演奏の専門家の評価が高く、楽譜とつき合わせて聴いて凄いと唸るピアニスト...というのがあって、なるほどと思ったもの。たしかに面白さが倍増すると思う。
ディナーミクの細やかな変化で、大小さまざまな起伏に富んで、細部までびっしりと情感で敷き詰められているよう。
少し息が詰まるようなくらいの濃密な叙情感があるけれど、その分、フィナーレのクライマックスでは、アッチェレランドしつつ音も輝きを増し、今までふつふつと溜め込んでいた感情が一気に堰を切ってあふれ出るように力強く激しい。
単に盛り上がっているだけではなく、リアリティのある強い哀惜のような感情を感じさせるところがとても印象的。
不思議なことに、全編にわたって強い叙情感を感じるのにベタベタとウェットな感じが全くしないのは、ブレンデルの演奏に知的で分析的なクールさを感じるせいだろうか。
理性と感情がうまくバランスされているせいか、ブレンデルのハイドンは精緻で細部まで考えつくされた演奏なのに、とても自然な流れと情感が感じられて、とっても魅了的。

Piano SonatasPiano Sonatas
(2009/01/05)
Alfred Brendel

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当初PHILIPS盤、今はDECCAから4枚組で入手できる。


ブレンデルとは方向性が全然違うけれど、とても印象的だったのがコロリオフのハイドン。
昔聴いた時はあまり印象に残らなくてすっかり忘れていたけれど、この曲はかなりいろいろ聴いたせいで、この地味ながらも独特の味わいがとても気に入っている。
バッハの得意なコロリオフは、緩徐楽章ではかなり瞑想的というか哲学的というか、独特のものがあるけれど、この《アンダンテと変奏曲》でも、寂寥感を感じさせるところが、他のピアニストとは違うところ。
ディナーミクの幅とコントラストがそれほど強くないし、線が太めでやや丸みのある音なので、比較的穏やかなトーンで進んでいく。
ブレンデルの演奏のイメージが、まだ強い感情的なつながりをもったかなり近い過去の回想だとすれば、コロリオフは過ぎ去った遠い過去を回想しているようで、強い感情や感傷ではなく追憶のようなさっぱりとした感覚。
フィナーレもアッチェレランドすることなく、インテンポで一歩一歩踏みしめていくようで、力強くはあるけれど、どこか悟ったような諦観を感じる。
このフィナーレはフォルテの指示があるせいか、やたら速いテンポでバンバンと勢い良く弾く人も結構いる。わかりやすくはあれど元気すぎて情緒に欠けるものがあって、なぜかコロリオフの抑制のきいた弾き方の方が好ましく思えてしまう。
かなり地味な演奏ではあるけれど、いろんな演奏を聴いた後に聴けば、その良さがじんわりとわかってくるようなタイプかもしれない。

SonatasSonatas
(2005/09/20)
Evgeni Koroliov

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コロリオフとブレンデルのハイドンのソナタ集については、Daisyさんのブログ<ハイドン音盤倉庫>”コロリオフのピアノソナタ集””絶品、ブレンデルのピアノソナタ”にレビューが載っています。
その記事がブレンデルとコロリオフのハイドンを聴く/聴き直すきっかけになりました。どうもありがとうござました。

tag : ハイドン ブレンデル コロリオフ

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アラウ ~ ドビュッシー/ピアノ作品集
ドビュッシーは、ショパン、シューベルト、シューマンと並んで、かなり疎遠な作曲家だったけれど、夏にアラウのドビュッシーBOXを聴いて、すっかり認識を改めてしまったのは、ちょっとコペルニクス的な転回(?)。

モネのような印象派の絵画が音になったようなイメージがするドビュッシーは、あまり好きなタイプの作曲家ではなく、同じフランス人の作曲家だとプーランクやラヴェル(のコンチェルト)の方が好みに合うのでそちらを聴く方が多かった。
そもそもモネやルノワールといった印象派の画家が好きではなくて、それよりは色彩鮮やかでちょっとシュールなアンリ・ルソーやシャガールが好きなので、絵も音楽も印象派・印象主義とは相性があまり良くないらしい。

ドビュッシーの作品集の定番というと、ギーゼキング、フランソワ、ミケランジェリ、ツィメルマン、ベロフ、チッコリーニ、ロジェ、ハースなどになるらしい。
独特のテンポとアーティキュレーションでシャンソンを聴いているような洒脱な(というか崩したというか)フランソワは全く合わない。
世評高いミケランジェリのドビュッシーは、CD2枚を5回は聴いたけれど、これも合わないタイプ。
音だけで構成されている人工的で無機的な感じがするのは、ブラームスでもベートーヴェンでも感じる時があって、そもそもDG盤のミケランジェリと相性が悪い。
Youtubeで聴いたツィメルマンは、世評どおり素晴らしいのだろうけれど、やっぱりこちらも強く魅かれるものがなくて。昔はツィメルマンのCDはどれもよく聴いていたので、好みの方向がすっかり変わってしまったらしい。

ロジェは昔から好きなピアニストだし、再録音したONXY盤は音がとても綺麗で詩情豊か。
強いクセがなくて繊細なパステル調のドビュッシーという感じ。
耳障りはとても良いけれど、強く魅きつけるものを感じられなかったので、BGM的に聴いてしまうのが難点。
ピアニストへの好感度がしっかりバイアスしているので、それでもロジェのドビュッシーは好きだけど。

結局、聴いた録音のなかでは、最もぴったりと好みに合ったのが、アラウのPhilips盤とベロフのDENON盤。
最近見つけたフランク・ブラレイのドビュッシーも極めて色彩感と表現豊かで面白くて好きなタイプ。

以前からアラウのドビュッシーBOXが出ているのは知っていても、興味がわかなかったのに、クラウディオ・アラウさんの<SJesterのバックステージ>の記事を読んで、聴いてみても良いかも...と思いはじめて、とうとうBOXセットを購入。(他にアラウのリスト・ベートーヴェンの記事もあって、今まで読んだアラウに関する記事のなかでは、視点がユニークでなるほどと納得できるし、共感できる内容だった)
ドビュッシーらしい弾き方なのかどうかはよくわからないけれど、ようやくドビュッシーの曲の面白さが実感できたし、ドビュッシーに対するイメージが一変。
やっぱり誰の演奏で聴くのかはとても大事なので、異聴盤はいろいろ聴くに限る。

アラウのドビュッシーは、音色が暖かくて線が太いので、長めの残響とあいまって、とても柔らかくて厚みのある響きは、絨毯のような質感のある音のタペストリー。
響きに透明感は少ないし、ガラス細工のような繊細さやパステルカラーのような淡い詩情のあるドビュッシーという感じではないので、ここが私の好みとぴったり。
強弱の濃淡やフレージングは明瞭で、旋律や伴奏も比較的くっきりと浮き上がり、どちらかというと油絵的な濃い目の色彩感と質感がある。
何よりも、繊細な音の移ろいを表現した響きだけで構築された世界ではなくて、音のなかや音の向こう側に生温かくて生き物のような有機的な生命力が宿っているように(私には)感じられるところがアラウのドビュッシー。
他のピアニストの演奏ではこういう感覚は感じることはないので、これが”アラウの”ドビュッシーの魅力的なところなのかもしれない。

アラウは「ドビュッシーの音楽は、ほかのどんな音楽とも違っています。それは芸術の新しい領域への跳躍でした。別の惑星の音楽のようです。....演奏家として、ドビュッシーの音楽のおとぎ話的な特性に興味があるのではありませんで、その音楽に潜在する精神的なものに興味を持っています。精神的な面のドビュッシーが非常にしばしば無視されています。彼はただその音の美しさだけのために演奏されることがあまりにも多すぎます。」と言っていた。
アラウのドビュッシーを聴いていると、”別の惑星の音楽”を聴いている気分になることもあるし、音の背後にあるいろいろなものを感じとれるので、アラウのドビュッシー像が音として明確に伝わってくる。
ただし、ドビュッシーを聴くときは、感じ方の個人差がとりわけ大きいように思うので、他の人はまた違った印象を受けるような気はする。

Debussy: Works for PianoDebussy: Works for Piano
(2003/09/01)
Claudio Arrau

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アラウのドビュッシー作品集に収録されているのは、1970年代後半に録音した《版画》《映像》《前奏曲》の全曲、最晩年の1991年に録音した《ベルガマスク組曲》、《ピアノのために》より<サラバンド>、《レントより遅く》、《ロマンティックなワルツ》。
アラウは戦前ベルリン時代からドビュッシーを弾いていて、録音も1940年代以降、スタジオ録音やライブ録音など数種類残っている。そういうわけで、にわかドビュッシー弾きとは違うので、解釈にも年季が入っている。
ただし、1991年に録音したドビュッシーは、88歳という高齢ゆえのテクニカルな問題や独特のタッチとスローなテンポで、かなり特異な演奏。
1970年代の録音とは技巧面・テンポ・表現とも全く違っていて、この最晩年の録音が、最も”別の惑星の音楽”のように聴こえてくるところには、何とも言えないものがある。

                               

ドビュッシーの曲はいずれも標題が面白くて、曲はすっかり忘れても標題だけは記憶に残ってしまう。
頭の整理のために、標題の性格別に曲を分類してみると、かなり曲と標題が一致したし、自分の好みが良くわかる。

好きなタイプは、<異国の風景><寺院><エチュード風>。<静物>も結構好き。
はっきりと輪郭の定まった具体的なイメージが湧いてくる曲がやっぱりわかりやすい。

”霧””月の光がふりそそぐテラス””花火”とかは、かなり面白い。<自然・風景描写>系は、「好き」というよりも「面白い」と感じる曲が多い。

あまり興味を惹かれないのは<人物>系。
調性的に安定した”亜麻色の髪の乙女”のような曲や、コミカルな雰囲気の”風変わりなラヴィーヌ将軍”とか。(昔からこういうタイプの曲は好きではなかったし)

曲集ごとに考えると、一番聴きやすいのは、比較的旋律が明確でリズム感もよく、具体的イメージが強く湧いてくる《版画》。
一番刺激的なのは、最後に書かれた《前奏曲》の第2集。
第1集はまだ印象派絵画的世界だったけれど、第2集は調性感も希薄な曲が多くなり、そういう曲は現代音楽を聴いた時に感じる不可思議さに満ちている。
映像の第1集の”動き”や第2集もそれと似た感覚がある。

ドビュッシーは、数回聴いただけではまだまだわからない部分が多くて、そのせいで何度でも聴いてしまうし、ピアニストによって音もアーティキュレーションも雰囲気もかなり違いがるので、聴き比べに凝ったりすると、何回も聴く羽目になる。
こういうところは、ドビュッシーの音楽を聴く独特の面白さに思えるけれど、聴けども聴けども、やっぱり不可知な部分がかなり残ってしまう。
ドビュッシーを聴くのに大分慣れたせいか、音で聴くだけではなくて、(作曲理論に詳しければ)楽譜を分析しながらどう演奏に現れているのかを聴いた方が、その面白さが本当によくわかる気がする。


自然・風景描写
版画        雨の庭
映像(第1集)   水の反映
映像(第2集)   葉末をわたる鐘の音
前奏曲(第1集) 帆、野を渡る風、音と香りは夕暮れの大気に漂う、西風の見たもの、雪の上の足跡
前奏曲(第2集) 霧、枯葉、ヒースの茂る荒れ地、月の光がふりそそぐテラス、花火
とらえどころがなくて、好きとは言いがたい曲は多いけれど、他のどのカテゴリーの曲よりも、摩訶不思議で奇妙な面白さがあるのが、このカテゴリ。

特に印象に残ったのは、”雨の庭”、”帆”、”霧”、”枯葉”、”月の光がふりそそぐテラス”、”花火”
”雨の庭”は《版画》の曲なので、《映像》《前奏曲》よりも、旋律・色彩感が明瞭で、具象的なイメージが強い。
”雨の庭”はアラウが度々コンサートで弾いていたし録音していた曲なので、かなり気に入っていたらしい。じとじと湿っぽい”雨の庭”ではなくて、雨足がコロコロと変化して、庭もいろんな表情を見せてとっても躍動的。
モノトーンで幽玄な侘び寂びの世界の箱庭的日本庭園ではなくて、カラフルな装飾が華やかな広々とした空間が広がるフランス庭園のイメージ。
旋律のわかりやすさとリズミカルな曲想が弾けるように小気味良くて、この曲はかなり好き。

”雨の庭”とは全く違って、アラウが弾く”霧”は、曖昧模糊とした雰囲気。
まるで霧(か霧のなかに隠れている何か)が生き物のような意思を持っているように(私には)感じられるところが、とても不思議。
アラウの《前奏曲》の第2集を聴くと、全く現代音楽を聴いているような感覚がする曲が多い。
不可思議さ、神秘性、神話性とか、いろいろな概念が連想されて、背後には得たいの知れない有機的な生命体が潜んでいるような...。
ロジェの第2集を聴いていると、そういう部分が消え去って、印象派の絵画のように具象的な世界を聴いているかのように思えるので、この違いが面白く思える。
”枯葉””月の光がふりそそぐテラス””花火”とかも、曲想や調性感にはかなり違うところはあるけれど、いずれも意志を持った生き物がうごめいているような感覚がするのは同じ。

異国の風景
版画        塔、グラナダの夕べ
前奏曲(第1集) アナカプリの丘、とだえたセレナード、ミンストレル
前奏曲(第2集) ヴィーノの門
”塔”はアジアのバコダ(仏塔)のこと。アジア的エキゾティシズムに満ちているので、かなり気に入っている曲。
アラウの”塔”は、強弱のコントラストと色彩感が強く、旋律・和声とも明瞭に響いているので、アジア的・宗教的な雰囲気がたっぷり。まるで目の前にカラフルなパコダが浮かんでくるよう。

他の曲は、なぜかスペインの音楽の素材を使ったものが多くて、なかでも”アナカプリの丘”はカラフルな色彩感で躍動的で情熱的なイメージ。
風変わりなのは”ミンストレル”。青柳さんの解説だと、これはアメリカの音楽演劇団「ミンストレルズ」のことらしく、ちょっと間の抜けたというかおどけた雰囲気。

寺院
版画        塔
映像(第2集)   かくて月は廃寺に落つ
前奏曲(第1集) 沈める寺
なぜかお寺のモチーフが多いけれど、明るい色調でアジア(特に南方)のエキゾティシズム漂う”塔”と違って、”かくて月は廃寺に落つ””沈める寺”は、モノクロトーン的色彩の寺院を描いたような気がして、暗い色調で重々しく、厳粛な雰囲気。
”沈める寺”は、水没していく寺の様子がとてもダイナミックな曲想で描かれていて、スペクタクル映画みたいな雰囲気でとっても面白い。
”沈める寺”については、<鎌倉スイス日記>さんが”「沈める寺」の主観的分析”という記事を書かれています。

人物
映像(第1集)   ラモーを讃えて
前奏曲(第1集) デルフィの舞姫たち、亜麻色の髪の乙女、パックの踊り
前奏曲(第2集) 妖精は良い踊り子、風変わりなラヴィーヌ将軍、オンディーヌ、ピックウィック卿を讃えて
”ピックウィック卿を讃えて”は冒頭で、イギリス国歌が出てくるので、これはパロディ?と思った曲。
あまり好きなタイプの曲がないカテゴリ。アラウの”デルフィの舞姫たち”は、どんよりととっても気だるい雰囲気。(太極拳のような)スローなテンポの舞を見ているような...。
超有名な”亜麻色の髪の乙女”は、曲想は全然違うのに、いつもラヴェルのちょっとセンチメンタルな”亡き王女のためのパヴァーヌ”(こっちの方が好き)といつも曲名を混同してしまう。
この中では”オンディーヌ”が、妖精の幻想的な雰囲気があって好きな曲。
アラウの柔らかくて厚みのある響きの”オンディーヌ”には、中性的ではなくて、どこかしら女性的な表情や仕草を感じられるところが好き。
でも、ドビュッシーはどうしてこんなに女性的なものをモチーフにするのが好きだったんでしょう。

静物
映像(第2集)  金色の魚
前奏曲(第2集) カノープ
”カノープ”は、不気味な形態の壺。壺のなかから神話的なものが湧き出てくるようで神秘的。

エチュード風
映像(第1集)   動き
前奏曲(第2集) 交代する3度
こういうエチュード系の曲は、メカニカルな動きだけの曲に聴こえるか、別のイメージを連想させるかは、ピアニストによって違う。
アラウの”動き”を聴いていると、バルトークの《戸外にて》を連想させるようなタッチで、リズミカルな同一音型のオスティナートは、暗い森に潜んでいる昆虫の羽音のような響きに聴こえる。
バルトークはドビュッシーにかなり影響を受けているので、和声的に似たところを感じるのかも。
それに、アラウの弾き方がちょっと変わっている(と思う)。ペダルを多用して響きを重ねていくので、エチュード的なメカニカルな音の動きが不明瞭になり、音の動きが別の何かを象徴しているような印象。
無機的な音の世界ではなくて、有機的な生命力のある世界を感じさせるものがある。一体これは何をイメージしているのかと、いろいろ想像してしまう。

tag : ドビュッシー アラウ

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オッター&メルドー 『Love Songs』
オッターのnaiveレーベル移籍後の初アルバムは、ジャズ・ピアニストのブラッド・メルドーが作曲・ピアノ伴奏をしているという、ユニークな企画。
買うかどうか迷っていたけれど、NMLで早々と全曲聴くことができて、結局CDは買わず。この選曲なら、メルドーのピアノ・ソロバージョンでないとCDで持っていたいという起こらなかったので。

Love SongsLove Songs
(2010/10/26)
Anne Sofie Von Otter

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1枚目のディスクは、Cummings、Larkin、Teasdaleの書いた詩をもとにメルドーが作曲した曲集『Love Songs』。
全部で7曲、収録時間は30分あまりと短い。メルドーのピアノでソロ・バージョンを入れておいてくれたら良いのに。

旋律と和声は、ポップス的なわかりやすいものではなく、安定した調性から少しずれたような現代歌曲風(というのだろうか)。
乾いた叙情感が美しく、オッターの伸びやかで品の良い声が素敵。
そもそも歌曲はあまり聴かないので、たとえる作曲家があまり思い浮かばない。でも、アメリカの現代歌曲で有名なネッド・ローレムの歌曲に雰囲気が似ているような...。

歌詞ではなくもっぱらメロディだけ聴く方なので、オッターの歌う旋律が似たような雰囲気のものが多い気はする。
メルドーのピアノ伴奏の方は、どの曲も違ったタッチで、その存在感は”伴奏”とはいえないくらい。
主旋律と平行して、またはソロで、主旋律とは違った動きの旋律や和声を弾いていることが多くて、ちょっとポリフォニックな感じ。
ピアノ・ソロで弾く部分も歌曲にしてはかなり多くて、メルドーのピアノ・ソロとオッターの歌の二重唱や三重唱的にも聴こえる。
メルドーのソロ・アルバム『エネゲイアサイクル』ほどには凝ったピアノ伴奏ではないけれど(主役は歌手なので)、ソロを弾くメルドーを彷彿させるような旋律やリズムがあちこちで聴こえてきて、歌曲にしては凝ったピアノ伴奏。
目的はオッターの歌ではなく、メルドーのオリジナル曲とピアノを聴くことだったので、その点ではそこそこ満足。

No.1:it may not always be so:とても綺麗な旋律が流れるトラッド風の落ち着いた曲。
No.2:We Met at the End of the Party:ミニマル的ピアノ伴奏が面白い。現代歌曲的な和声が乾いた叙情感。
No.3:Child, Child:不協和的な和音で始まる冒頭のピアノ伴奏。
No.4:Twilight:やや内省的で不可思議な雰囲気の和声のピアノ。オッターの歌よりも、ピアノがソロで弾いている時間の方が長い気がする。
No.5:Because:バラード風の美しい旋律。これは普通のピアノ伴奏で、旋律に合わせた和声で和音やアルペジオで展開されている。
No.6:Dreams:トレモロ主体のピアノの上を、オッターのゆったりした歌声が流れて、ややファンタスティック。
No.7:Did You Never Know?


2枚目のディスクは、既存のポピュラーなヒットナンバー(だと思う)。
ポップス系の曲は昔からほとんど聴かない習慣なので、聴いたことがない曲が大半。シャンソン風の哀感のある曲が多い。
音質がガラッと変わって、オッターの歌がやたら間近かに聴こえるし、オッターの歌を味わうなら、こっちのディスクの方がメロディが綺麗で聴きやすい。
メルドーの伴奏は、自作曲のようなユニークで凝ったものではなくて(とっても残念)、歌の美しさを引き立てるような素直に美しいピアノ。
音も旋律・和声もロマンティックに美しく、オッターの歌声や曲の雰囲気に良く似合っている。
メルドーのピアニズムを味わいたいなら1枚目、オッターの美声と表情豊かな歌を聴くなら2枚目、というところだろうか。


Leo Ferre「時の流れに」とBarbara「ピエール」、ミシェル・ルグラン「ロシュフォールの恋人たち - マクサンスの歌」、Barbara 「いつ帰ってくるの?」は、シャンソン風の美しい曲。

Joni Mitchell「マーシー」は洒落た都会風の哀感のあるリズミカルに流れる旋律が美しい曲。
オッターはシャンソンやこういう短調系の曲の方が、さらりとした叙情感が味わいがあって声質にも合っているような気がする。そのせいか、このディスク2はそういう系統の曲が多い選曲。

リチャード・ロジャース「サウンド・オブ・ミュージック - サムシング・グッド」
ジェラール・ジュアネスト/ ジャック・ブレル「懐かしい恋人の歌」

フレッド・アーラート(作詞者:ロイ・トゥルク)「ストックホルムの街をそぞろ歩きして」は、珍しくジャズ風のタッチでとても明るい雰囲気。メロウな曲続きだったので、軽やかなメルドーのピアノが素敵。

ラーシュ・フェーンレーヴ(Tage Danielsson)「桟橋に近づく」
ミシェル・ルグラン(Alan Bergman)「ハッピー・エンディング - これからの人生」

Bob Telson「バグダッド・カフェ - コーリング・ユー」
この曲、いつも行く美容院でCDが良くかかっていて、曲名がわからなかった。”コーリング・ユー”と歌う旋律がしっかり記憶に残っていたのでようやく曲名が判明。

ジョン・レノン /ポール・マッカートニ「ブラックバード」
レナード・バーンスタイン(作詞者:アドルフ・グリーン)「オン・ザ・タウン - いつかほかの時に」
ハイドン/ピアノ協奏曲 (ミケランジェリ、ピノック、フー・ツォン、レーゼル)
珍しくも初めて書くハイドンのピアノ作品はピアノ/チェンバロ協奏曲。
ピアノ・ソナタは子供の頃のピアノのレッスンでよく弾いていたので、馴染みのある曲が多いわりに、それ以来聴くこともなく、CDもほとんど持っていない。
自分の下手なピアノで曲のイメージを作ってしまったのが、そもそもの間違いのもとだったと最近良くわかったけど。
ハイドンの鍵盤楽器曲で今まで一番よく聴いた曲は、なぜか昔は全然知らなかったチェンバロ協奏曲。

この曲を聴いたきっかけは、たまたま見かけたミケランジェリのEMI盤。
その頃はミケランジェリの演奏ならなんでも素晴らしいはず...という思い込みをしていたし、この曲の録音が少ないこともあって、期待してミケランジェリを聴いてみると、なぜか全然面白くない。
こういう曲なんだろう..と思って、それ以来この曲は長い間聴かずじまい。
記憶をたどると、ブラームスとベートーヴェンの曲でも、同じような経験をしたので(他のピアニストで聴くと全然イメージが変わる)、初めて聴く曲はミケランジェリで聴かない方が私には良いらしい。

次に聴いたのは、ピノックのチェンバロ盤。
ちょうどピノックのパルティータの新盤を聴いて、これがとても気に入って、バッハのチェンバロ協奏曲集とかも集めていた頃。
ハイドンが入っていたアルバムには、パッヘルベルのカノンが入っていて、これが好きな曲だった。
ついでにハイドンのチェンバロ協奏曲も聴くと、これがミケランジェリのピアノ盤とは全く別の曲に思えるほど、元気な男の子が走り回っているようにはじけていて、明るく楽しい曲。
チェンバロの軽い鍵盤でクルクルと指が良く回って、さらに甲高い高音域の軽めの音が多いせいか、ちょっとコミカルなくらいに陽気。
ピアノではこんな雰囲気はなかなか出せないんじゃないかと思ったくらい。

Canon / Queen ShebaCanon / Queen Sheba
(1990/10/25)
Trevor Pinnock,The English Concert

試聴する(米amazon)



ミケランジェリのスタジオ録音は、DGへ移籍する前後の録音だと思うので、契約上いろいろゴタゴタがあって、シューマンの謝肉祭と同様、あまり気が進まない録音だったのかもしれない。
いつものような精妙なタッチではないし(ちょっと無造作というか)、色彩感もそれほど鮮やかではなくて、無愛想な仏頂面で弾いているような気がする。
これを名演と言う人もいるので、何度も聴きなおしてみたけれど、どうしてもこのハイドンは好きになれない。

数日前、ミケランジェリとクーベリック(らしいけど)のライブ録音をたまたまYoutubeで発見。(この年代のライブ録音にしては音が良いので、放送用のスタジオ録音かもしれない)
これがEMIのスタジオ録音とは全然違っていて、結構な驚き。
録音年がかなり離れているとはいえ、とても同じピアニストが弾いているとは思えない。
録音状態はそれほど良くはないけれど、タッチが多彩で、色彩感のある綺麗な音だし、音が歯切れ良くてリズミカル。
ちょっとテヌート気味に弾いたり、装飾的に弾くところなんか、とっても甘~い感じ。表情も元気で快活だったり、可愛らしかったり、クルクルと変わるところはいつものミケランジェリ(かそれ以上?)。
カデンツァもとっても素敵。アルペジオの響きが優雅で、スケールも洒落たタッチで(なぜかガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》に出てくるカデンツァに似ている気がする)、かなり楽しんで弾いているみたい。
これを一番最初に聴けば、この曲のイメージが全然違っていたはず。

Haydn piano concerto no.11 Michelangeli /Kubelik

[注記]Youtubeのコメント欄を読んでいると、この音源は”This was recorded on 18 December 1959 in Turin.Orchestra Sinfonica di Torino,Mario Rossi.Nuova Fonit Cetra spa CDAR2006.”と指摘している人がいる。
CDの音質・演奏内容を試聴するとよく似ているので、クーベリックの指揮ではない可能性(それもかなり高い)があります。


ピノックの次に聴いたのが、フー・ツォンの録音。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番が目的で手に入れたCDだったけれど、カップリングされていたハイドンはとても表情豊か。
感情移入の激しさを感じさせるベートーヴェンとは違ったタッチで、快活で躍動感があって、歯切れの良いタッチで弾くところは軽快、柔らかい弱音で弾くと優しくしとやか。何よりピアノの音が綺麗で流麗。

Beethoven / Haydn: Piano ConcertosBeethoven / Haydn: Piano Concertos
(2005/10/11)
Fou Ts'Ong

試聴する

このフー・ツォンの録音のレビューは、Daisyさんのブログ《ハイドン音盤倉庫 - Haydn Recordings Archive》の記事”フー・ツォンのピアノ協奏曲、快演”に載ってます。ピアノ協奏曲以外にもハイドン関係の記事がたくさん。名盤や異聴盤を探すのにとても参考になります。


このハイドンのコンチェルトを意外にもレーゼルが録音していた。
これは思いもかけない贈り物のように素敵なハイドン。
とても真面目なレーゼルらしく、羽目を外したような明るさとか機知に溢れた演奏...というわけではないのは予想どおり。
全ての音を安定したテンポとリズムで確実に抑えていくので、隅ずみまで曖昧さがなくてとてもきっちりとした演奏。
少し丸みを帯びた濁りのない音がとても清楚に聴こえるし、柔らかい弱音はとっても奥ゆかしく優しげ。
喩えていえば、スミレのように可憐で優しく微笑みかけてくるよう。
こんな清楚な雰囲気の演奏は、ソコロフが若い頃に録音したショパンの《ピアノ協奏曲第1番》を聴いて以来。
ピノックのチェンバロ版の演奏が記憶に刷り込まれているせいか、どちらかというと、この曲は弾けるように明るい表情で快活に弾かれるべき曲なのかなというメージがする。
それと比べると、レーゼルの演奏はは大人しくて地味な気はするけれど、こういうハイドンはとっても好き。
あまり陽気な演奏ばかり聴いていると、ちょっと疲れるものがあるので、たまには落ち着きのある演奏を聴きたくなるかららしい。

Piano ConcertosPiano Concertos
(2006/10/24)
Peter Rosel, 他

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tag : ハイドン レーゼル

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ストウブで作ったお粥
ご飯を炊くのに愛用しているのは、ル・クルーゼ。
ストウブの方は、もっぱら蒸し野菜専用器になっている。
ストウブは、同じ16cmサイズでも、ル・クルーゼよりも若干小さくて、ご飯2合近く炊けそうにないので。

今年はお米からお粥を作ってみたけれど、お粥を1食分(0.5合)炊くには、逆にストウブがちょうど良いサイズ。
洗ったお米を5~7倍量の水と一緒にストウブに投入。
沸騰したら、火をとめてほっとクック(調理用保温グッズ)に入れて、30~40分放置。
普通は、数十分間弱火で炊き続けるところだけれど、これはエネルギーが無駄としか思えないので、ほっとクック使用。
おかずをいろいろ作っているうちに、すっかりお米がお粥状になっている。
もう一度ストウブを沸騰させて、七草や茹でた小豆を入れて、好みの柔らかさになるまで数分煮ればOK。
大根とか白菜をお米と一緒に入れて最初に加熱しておくと、野菜のおだしが出るし、ほっとクックのなかですっかり柔らかくなってトロトロ美味しい。
おかげで、今年はストウブで七草粥と小豆粥が美味しく食べられました。
小豆は乾燥豆を大量にゆでておけば、あんこを作ったり、冷凍しておけばいつでも使えて便利。
焼いたお餅を入れる場合もあるらしく、これはカロリーがかなり増えそうなのでやめておいた。

7日の七草粥は有名だし、実際食べている人も多い。
15日に小豆粥を食べている人は、ブログを見ていると少ないみたい。
小豆の赤には邪気を払い、万病を防ぐためのまじない意味があるらしく、小正月(1月15日)に小豆粥を食べるのは、古くに中国から伝わった風習。
小豆とか豆類は好きなので、普段でも大豆、黒豆、緑豆のご飯をよく炊くし、小豆ご飯やおはぎも時々作っている。キッチンにはいろんなお豆を常備しているし、使いなれれば乾燥豆はとっても便利。

レシピ:「1月15日(小正月)に食べる小豆粥」(All About)

お米は、うるち米よりももち米を使うと、甘みとトロみが強くなるのがわかって、これからはもち米お粥が増えそう。なかなか使い切れないもち米消費にも便利だし。
昔はてっとり早くご飯からお粥を作っていたけれど、ストウブ&ほっとクックなら、お米からお粥を炊いても手間はかからない(時間はかかるけど)。それにこっちの方がずっと美味しいお粥が出来上がる。
ゆずの活用法
冬になると使いたくなるのが、ゆず。
皮、袋、実、果汁、種まで、まるごと使い切れるというとても重宝な食材。

 ゆずの皮と果汁 ⇒ ポン酢やお漬物。お味噌に混ぜれば柚子味噌
 ゆず(まるごと) ⇒ ジャム、ゆず茶
 種 ⇒ 化粧水づくり

ゆずの使い方や、野菜や果物、米粉、etc.のレシピが載っていて、とても役に立つ料理ブログが、<Farmer's KEIKO 農家の台所>
数ヶ月前に見つけてから毎日見ているけれど、記事がとっても面白い。

ゆずを使ったレシピは、今のところ5つ。これだけでもいろいろ出来ます。

 ゆずジャム 
 柚子茶  ゆずの種を使った化粧水の作り方も載ってます。
 柚子味噌
 柚子胡椒

 くるみ柚餅子(ゆべし)

ゆずの皮は、薄く削いで冷凍しておけば、いつでもお吸い物とかお漬物に使えるし、日持ちがしないジャムも小分けして冷凍保存しておけば、カビる心配をしなくてすむ。
さっそくゆずジャム作り。初めて作ったジャムにしては、意外に簡単で美味しく出来上がって、冷蔵庫と冷凍庫で保存。

ゆずの種で作った化粧水も、手に保湿クリーム代わりに塗ったら、これがとっても優れもの。
ペクチンで初めはヌルヌルしているけれど、すぐに乾いてお肌がスベスベ。
肌が乾燥しにくくて、乾燥してもガサガサと荒れないので、いつも使っているオリーブスクワランや薬用クリームよりも肌になじんでよく効く。
ただし、皮膚の油分が不足してひび割れた状態で使っても、効果なし。ユースキンA(とかのクリーム)を塗らないと悪化する。
難点は、水で作ったので保存性が悪いこと。アルコール(焼酎とか?)で作るか、種を乾燥させて数粒ずつ使っていけば解決しそう。
ゆずの種から作った化粧水というのは、昔からあるらしく、検索したらネットでも売っていた。

最近の人気料理ブログは、メーカーなどとタイアップして宣伝色が強いものが増えてきた。
以前は料理好きの素人の趣味のブログだったものが、最近は自分の書いた本の紹介とか(これは特に気にならないけど)、提携メーカーの製品を使ったレシピやPRめいた文章とかが増えて、かなり商売っ気を感じる。
このブログはそういうところが一切なくて、日々の農作業のドキュメントと収穫した農産物を使ったレシピががほとんど。
ブログ主は、私の住んでいるところのお隣にある京都で農業を営んでいる女性。
農作物の育っていく様子や収穫時の出来事を綴っていて、野菜の見分け方、保存方法も書いてあるし、通説の間違いも書いてたりするので、レシピと合わせて、とっても役に立つ記事が多い。
それに読んでいると、なぜかほのぼの~としてくるものがあって、それが人気ブログの理由の一つなのかも。
《新譜情報》 クラウディオ・アラウ 『EMI録音集1938-62年』
やっぱりと言うか、待ちかねていたアラウの記念BOXがもうすぐ発売されます。
2011年は、1991年に亡くなったアラウの没後20年。
何か記念盤が出るに違いないと思っていたら、EMIから没後20年記念BOXセットとして、1938年~1962年の録音集(CD12枚組)が2月下旬にリリース予定。
ステレオ初期とモノラル期の録音で、ピアノ協奏曲はステレオ録音が多く、ソロはモノラル録音が大半。

すでに持っているCDと音源が重なっているのが、ショパン、ブラームス、ウェーバー。
12枚中4枚分くらいのCDが重複しているけれど、何より良かったのは、ずっと探していたガリエラ指揮フィルハーモニア管とスタジオ録音したベートーヴェンのピアノ協奏曲全集が入っている。このBOXセットの目玉となる録音に違いない。
この全集は、ハイティンクが指揮したピアノ協奏曲全集(フィリップスの旧盤)よりも良いと評判の録音。
手に入れようとしたら、廃盤でUSED品でも見つからなかったので、これさえ入っていれば、他の音源が重複していようが気にならないくらい。
それに、そのうち買おうと思っていたガリエラと録音したシューマン、グリーグ(それにチャイコフスキーも)のピアノ協奏曲も入っている。
この3曲はPhilipsでも録音していて(ディヴィスorドホナーニの指揮)、晩年になるほどテンポも遅く起伏も平板になって緩々していくので、ほとんど聴いていない。
ガリエラ盤は試聴しただけでも、テンポも速くてタッチも切れ良く、全盛期のアラウらしい弾きぶり。モノラルとはいえ、こちらはかなり期待できそう。

ステレオ初期&モノラル音源なので音質がとても気になる人はともかく、1980年代の80歳を超えた晩年のアラウではなく、まだまだ若い50歳代のスピード感と力感のあるアラウのピアノを聴きたい人には、とても貴重でお買い得なBOXセット。

クラウディオ・アラウ EMI録音集1938-62年(12CD限定盤)クラウディオ・アラウ EMI録音集1938-62年(12CD限定盤)
(2011年02月28日)
Claudio Arrau、他

試聴する(英amazon)
HMV、amazonで予約受付中。
amazonの予約サイトはこちら。

tag : アラウ ベートーヴェン

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『レーゼルの芸術 ~ ピアノ協奏曲編』
旧東ドイツ出身のピアニスト、ピーター・レーゼルは、日本ではそれほど人気があるピアニストだったとは思えないけれど、最近は以前よりもずっと知名度も上がっているらしい。
現在、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を順次録音中。分売盤(国内盤)が次々にリリースされているので、小さなCDショップの店頭でも時々並んでいる。

レーゼルの過去の録音を集めたBOXセットは、Berlin Classicsから《ピアノ協奏曲編》《ピアノ独奏曲編》《室内楽曲編》の3種類がリリース済み。
数年前にHMVでかなり安価で販売されていて、このBOXセットのどれか(または全部)を買ったという人をあちこちのブログで見かけた。

この3つのBOXセットの中で、選曲と演奏の内容が良くて、さらにコストパフォーマンスも良いのは、《ピアノ協奏曲編》だと思う。(今ならHMVのオンラインショップで、CD10枚組が2600円くらい)

《ピアノ独奏曲編》は、ブラームスのピアノ作品集が一番定評のある録音だと思うけれど、ブラームスの方は別にBOXセットで発売されていて、これだけ持っている人も結構いそう。
もし、それを持っていないなら、この独奏曲編は収録枚数が多いし、作曲家もバラエティがあって、レーゼルのソロをいろいろ聴きたい人には良いとは思う。
個人的には、ブラームス以外だとベートーヴェンが良いと思うけれど、それ以外はあまり興味を惹かれない選曲だし、そういう曲はNMLでも聴けるので、《ピアノ独奏曲編》は買わないまま。

Piano ConcertosPiano Concertos
(2006/10/24)
Peter Rosel,Kurt Masur,Leipzig Gewandhaus Orchestra

試聴リンク(allmusic.com)



ピアノ協奏曲BOXの収録曲は、ピアノ協奏曲全集がベートーヴェンとラフマニノフ。
他にハイドン、シューマン、プロコフィエフ、ストラヴィンスキー、ウェーバーのピアノ協奏曲&協奏的作品を収録。
1969年~1991年までの録音を集めたもので、曲によって指揮者とオケが異なる。

 -ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集
 -ハイドン:ピアノ協奏曲(Hob.18/11、18/4)
 -プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番
 -ストラヴィンスキー:ピアノと管弦楽の為のカプリッチョ
 -ラフマニノフ:ピアノ協奏曲全集&パガニーニの主題による狂詩曲
 -チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
 -シューマン:ピアノ協奏曲イ短調、序奏とアレグロ・アパッショナート、序奏と協奏的アレグロ
 -ウェーバー:コンツェルト・シュトゥック、ピアノ協奏曲第1番&第2番


ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は、至極まっとうな演奏で文句なく良い内容。
初めてベートーヴェンのコンチェルトを聴くなら、ファーストチョイスの選択肢の一つにあげたいくらい。

ラフマニノフのピアノ協奏曲については、第2番とパガニーニ狂詩曲くらいしか聴かないので、よくはわからない。
コンチェルトはテンポが遅めで、隅ずみまできっちりと弾きこんでいて、好みとは違ったタイプの演奏なので、ラフマニノフの方はあまり聴かないかもしれない。

プロコフィエフの第2番がとても素晴らしくて、個人的にはトラーゼの録音と双璧となる定番。
レーゼルにしては、暗くて厳つい音色とタッチがやや陰鬱な曲想にマッチしていて、物語性の強いトラーゼとは違った方向性の演奏としては、とても好きな弾き方。
<Kyushima's Home Page>に載っていたレビューで評価が高いので、かなり期待していた曲。このプロコフィエフとベートーヴェンに魅かれて、このBOXセットを買ったようなもの。

シューマンのコンチェルトは、ベタベタした叙情感や(女性的な)しなやかさとは無縁。
かっちりした打鍵と力強いタッチで、若者らしい爽やかさが清々しくて、こういうシューマンはかなり好き。カッチェン&ベームのライブ録音と並ぶ個人的な定番になるかも。

ハイドンは、明るく賑やかで陽気な演奏が多いなかで、レーゼル特有の明るく透明感のある音色とさらりとした叙情感があるせいか、清楚で愛らしいところがとても素敵。

チャイコフスキーのコンチェルトは、曲も演奏もどちらも好きではないので、聴くのはハフとカッチェンの録音ぐらい。
レーゼルの演奏は力感・スピード感とも充分で、低音の響きは力強く量感があるし、どの和音もよく鳴っている。克明で堅固なタッチと粘りのないロマンティシズムが融合して、とても爽やか。
ロシア的濃厚な叙情感ややたらに白熱する暑苦しさがないのは、ハフとカッチェン似ている。ロシア物を聴くときは、このタイプの演奏がほとんど。
録音音質のせいか、レーゼルの澄んだ音色のせいか、なぜか冷んやりした叙情感があるので、暑苦しい夏に聴いても涼しく感じそう。

ウェーバーは、曲自体があまり好きではないので、なんとも言えず。ピアノ協奏曲2曲はかなり珍しいと思うけれど、どうしてウェーバーのコンチェルトばかり録音したんだろう?

この協奏曲BOXは好きな曲がたくさん入っているし、演奏自体も曖昧さのない精密で安定した技巧と、変なクセがない表現で、過剰な装飾と味付けが入っていないという点で曲そのものを聴くにはとても良い。
ただし、強烈な個性のピアニストが好きだったり、極めて表現豊かな演奏が好きな人には、さっぱりし過ぎて物足りなさを感じる可能性は高い。
個人的には、演奏内容は好みと違ったものはあっても質的には高いと思うし、レーゼルのピアニズムをいろんな角度から楽しめて、とても満足できたBOXセットの一つ。


このBOXセットのレビューで、わりとまとまった内容のものは次の2つ。
-HMVの紹介記事:「レーゼルのセット、裏の楽しみ方」
-ブログ<ピアノを想う365日>の記事:ペーター・レーゼルを聴く その3ペーター・レーゼルを聴く その4


レーゼルのインタビュー記事(asahi.com)
レーゼルらしく、とても真面目な人柄を感じさせるインタビューの言葉は、彼が弾くピアノと同じみたい。
レーゼルはメジャーレーベルの録音がほとんどないこともあるせいか、日本ではあまり知名度は高くなかった。(最近はそうでもないかもしれないけれど)
レーゼルの録音の大半をリリースし続けてきたBerlin Classicsは、廉価盤のCDがわりと多くて老舗のレーベル。イメージ的に地味なレーベルだと思うけれど、旧東独の著明な演奏家(マズア、ザンデルリンク、ブロムシュテット、ヘルビッヒなど)の録音も多い。

インタビュー記事を読むと、レーゼルの場合は、ある種の純粋培養的な音楽環境だったのか、旧東独時代ではいわゆる商業主義とは無縁で、同じ社会主義国のソ連とは異なって、演奏活動に政治的な介入や圧力を受けることもなく、幸運なことに彼自身のピアニズムを追及できたらしい。
レーゼルの演奏を聴くと、過剰な装飾や思い込みの激しい解釈は感じさせない。超絶技巧を持ちながらも、外面的な派手さをアピールすることなく、堅実で高度なテクニックと揺るぎない構成感に透明感のある叙情性とが揃っている。
曲によっては、好みとは違うところがあっても、演奏の質は常に高いので、安心して聴けるピアニストの一人。

tag : レーゼル

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グールド ~ プロコフィエフ/ピアノ・ソナタ第7番
昨年の夏頃からよく聴いたのがプロコフィエフ。今年はプロコフィエフイヤーだし、まだ未聴のCDが残っているので、ピアノ・ソナタやピアノ協奏曲は今年も時々聴くことになりそう。

プロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番は、ソコロフのライブ録音を聴いて、これ以上のものは聴けないと思うので、今のところ録音収集は打ち止め。
第7番はトラーゼのライブ録音も良かったし、名盤中の名盤のポリーニも聴き疲れはするけれど、たまに聴くとやっぱり凄い。
もう一つ、ふだんは聴かないのに、時々思い出したように聴くのがグールド。ソコロフやトラーゼを聴いてから聴き直してみると、やはり同じくらいに素晴らしい。
なぜか、グールド大好きな人でも、この録音を聴いたという人をあまり見かけない。
プロコフィエフに限らず、有名なベルクやヒンデミットの録音も、現代ものということもあって、あまり聴かれていないような...。
グールドは結構レパートリーが広いので、シェーンベルクやスクリャービンの録音もあるけれど、シェーンベルクならヒルやアスポースといった叙情性の強い演奏の方を聴いているし、スクリャービンはアムランやソコロフとかで聴きたい。

プロコフィエフとスクリャービンのピアノ・ソナタをカップリングした分売盤。
Scriabin: Sonata No. 3 in F-Sharp Minor, Op. 23 & Prokofiev: Sonata No. 7 in B-Flat Major, Op. 83Scriabin: Sonata No. 3 in F-Sharp Minor, Op. 23 & Prokofiev: Sonata No. 7 in B-Flat Major, Op. 83
(2008/01/08)
Glenn Gould

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グールドが1967年にスタジオ録音した第7番は、軽快でシャープな打鍵の切れの良さと、色彩感と響きのバリエーションが豊かな音が美しく、とても洗練されたタッチのプロコフィエフ。

第1楽章 Precipitato
色彩感豊かな音色と軽やかな打鍵で、重苦しさのない密やかさと乾いた妖艶さが美しい。
それほどバンバン強打せずとも、フォルテやアクセントはしっかり音の詰まっているし、キビキビと軽快でシャープなリズム感。
中間部の緩徐楽章に入って、曲半ばあたりになると重音の響きが重なってかなり厳しい雰囲気に。
時折使うスタッカート気味のノンレガートはさすがにとても軽やか。
音が重なっても濁りがあまりなく、旋律線の音色や響きの違いで立体的に聴こえるし、全体的にすっきりと引き締まった印象。
シャープでリズミカルな歯切れの良いタッチと音色・響きが多彩な変化で、変形された主題が繰り返し登場してやや単調な感じがする第1楽章が、とても面白く聴ける。

第2楽章 Andante caloroso
やや調子の外れた和声がどことなくレトロな感じのする曲。ここはわりと弱音で密やかに弾く人が多いかもしれない。
グールドはかなり大きめな音で音の厚みがあって重層的。この楽章も曲想の移り変わりに合わせて音も響きもカラフルに変化。

第3楽章Precipitato
機関銃の弾丸のような打鍵のポリーニは殺伐としていたけれど、グールドのタッチは鋭く軽やかで、都会的に洗練されたようなスマートさを感じさせる。
スピード感がかなりある上に、バンバンと強打せずとも力感は十分あって、乱暴な音で聴き疲れするようなこともなく。
バッハを弾くときのように、テンポが速くても、絡みあう複数の旋律線を分離させて、それぞれの流れがリズム・音型がくっきり浮かび上がってくる。
和声がつぶれて濁ることもないし、旋律がごちゃごちゃした錯綜感もなく、流れが滑らかですっきりしたフォルム。左手が時にかなり強く出てくるのも、グールドらしい弾き方。
なぜか終盤の跳躍するところ2ヶ所で、明らかに間が空いているのがちょっと不自然な感じはするけど。(技巧的な問題?)
特に印象的なのは、この速いテンポでも、美しい色彩感のある音で、響きも多彩に変化していくところ。こういう風に弾けるというのはかなり珍しい(と思う)し、意外でちょっと驚き。
ソコロフ(やトラーゼ)も、宝石のように煌きのある色彩感豊かな美音でダンスしているような旋律の歌い方だけれど、テンポをかなり落として弾いている。グールドほどの速いテンポをとると、こうは弾けないかも。
グールドの弾く第3楽章は、ここだけ続けて何回聴いても飽きないくらいに素晴らしく良くて、ポリーニよりもよく聴いているし、ソコロフと同じくらいに好きな演奏。

Prokofiev Sonata No. 7 in B flat major: Precipitato - Gould



グールドはスタジオ録音(1967年)以外に、1961年に放送用録音も残していたようで、Youtubeにそのライブ映像が残っている。
スタジオ録音とは全楽章ともかなり違った解釈。両方聴けばその違いがよくわかるし、この6年の歳月の開きで、これだけ解釈が変わるというのが面白いところ。
特に違いがよくわかる第3楽章は、61年のライブ映像では、全体的にテンポはかなり遅いので、スピード感とシャープさがなくて、まったりと気だるい感じ。
打楽器的な奏法をあえてとらずに、柔らかいタッチ、スタッカートもかなり鈍く弾いている。そのせいか、曲想の変化、リズム感、強弱・緩急のコントラストが弱め。
一風変わった弾き方なので、面白いことは面白いけれど、”グールドの”バッハと同様、”グールドの”プロコフィエフを聴いている気分。スタジオ録音の方は穏当というか、至極まっとうな演奏(だと思う)。
ライブの演奏の方がグールドファンには受けそうな気はするけど、私はファンでもないし、作品自体を聴くならやっぱりスタジオ録音で聴きたい。

Glenn Gould-1961-[Prokofiev]-Piano Sonata No.7, op.83-Mov 3



<グールドの録音に関する過去の記事>
グールド~アルバン・ベルク/ピアノ・ソナタ
ヒンデミット/ピアノ・ソナタ第3番
グールド&メニューイン~バッハ・ベートーヴェン・シェーンベルクのヴァイオリンとピアノのための作品集

tag : プロコフィエフ グールド

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キース・ジャレット 『ラ・スカラ』
キース・ジャレットのソロ・コンサートの録音のなかで、《パリ・コンサート》の次に(というか同じくらいに)好きなのが、1995年イタリアのミラノ・スカラ座でのライブ録音《La Scala》

La ScalaLa Scala
(2000/01/25)
Keith Jarrett

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《パリ・コンサート》のアルバムと同じく、ECMらしいスタイリッシュなジャケットデザインがとても綺麗。
《PartⅠ》は旋律と和声が美しく、特に終盤8分間は、フィナーレに相応しい開放感と高揚感がありその美しさは格別。
《パリ・コンサート》のようなバロック風のタッチではないけれど、全体的に静寂で瞑想的な雰囲気が支配的。
冒頭は、聴きやすいポピュラー音楽風の叙情的な旋律で始まり、やがてアラビア風(のように感じる)のエキゾチックな音階の旋律が続き、やがて左手低音部にオスティナートの同音連打が現れて、何かが迫り来るような雰囲気。ここからすぐに次に展開するかと思ったけれど、これがなかなか終らない。
ようやく、激しいトレモロが現れてきて、まるで蝶が激しく舞っているかのよう。
ここから曲想が変わって、36分頃から、新しい旋律が単音、それから和音で提示されて、そこに低音部の伴奏的なアルペジオが絡んでいく。
この部分は旋律の美しさと低音から立ち上がってくるアルペジオの力強さが、フィナーレの始まりらしい雰囲気。
ここを聴いていると、人気の全くない静かな森のなかの大きな泉で、蝶や昆虫たちが飛び交って、綺麗な花も咲き乱れているような情景が浮かんでくる。
終盤は全てが浄化されていくような美しさと開放感が清々しくて、とてもドラマティックなエンディング。

Keith Jarrett - La Scala [PartⅠ:エンディング]


《PartII》は《PartI》とは全く違うトーン。フリー・ジャズというものらしい。
(フリーは聴いたことがないので、実際にどういう音楽なのかよくわからない)
冒頭から調性感が安定せず、断片的な旋律や音の塊が、あちこち方向性なく飛び跳ねたり、循環したりしている。
これが、音型のパターン・音域など、いろいろと変化していき、この部分が結構長く続く。和声的には歪んだ荒々しい響きがなくて、調性が安定せずともなぜか綺麗な響きに聴こえる。
右手の中~高音域だけで、短いスケールが連続するパッセージが続き、やがて左手低音部が絡んできて、そろそろ新しい動きが出てくる予兆。

始めから12分くらいのところで、ハープでアルペジオを弾いているような響きのパッセージが現れて、《PartI》の終盤の冒頭へと再び回帰したような、美しい旋律と乱舞するような左手のアルペジオに変わる。
ここでほっと一息。静けかな湖面の細波のようなトレモロやアルペジオの響きが美しい。
これでクレッシェンドしてフィナーレへ...と思ったら、徐々に旋律と和声がシンプルになり、ディミヌエンドしてフェードアウト。
再び前半のように、方向性なく舞うパッセージが再び現れて、唐突に終る。

《La Scala》がフリー・ジャズのようだと良く言われるのは、たぶんこの《PartII》の印象が強いから。
現代音楽を聴きなれていると、音がランダムに現れてくる構成感・形式のない変わった音楽だと思えても、さほど強い違和感は感じない。
不協和的な音であっても、なぜかキースの和声はひどい歪みがなく、やはり美しい。つかみどころがない気はすれど、耳ざわりな感じはない。
でも、これを30分近く集中して聴き続けるのは、よほどこういう音楽が好きでないとかなり難しい。


アンコールの《Over The Rainbow》は、とても素敵なピアノソロ。
なかなかこの曲で良いピアノ・ソロが聴けなかったので、キースの《Over The Rainbow》は(個人的な)ベストと思えるほどに好きな演奏。
《PartII》が結構聴きづらい音楽だったので、《Over The Rainbow》を聴くと懐かしい故郷に戻ったような気分になる。
この日のコンサートの中では、《PartI》は結構飽きずに聴けたし、特に終盤の美しさが一番好きだけれど、《Over The Rainbow》が一番良かった...なんていう人もいるのもわかる気はする。聴衆の拍手もこの曲が終った時が一番熱が入っていたし。

Kieth Jarrett - Over The Rainbow

tag : キース・ジャレット

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キース・ジャレット 『ブレゲンツ・コンサート』
キース・ジャレットの1981年5月ブレゲンツでのソロ・コンサートをライブ録音した《ブレゲンツ・コンサート》は、《ケルン・コンサート》のような張り詰めた雰囲気は薄くて、明るい色調の曲が多い。

ちょうどクラシック・ピアニストとして活動し始めた頃で、ステージでは現代音楽曲を弾いたり、いろんなレパートリーを練習していた頃。
キースのクラシックのレパートリーは、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキー、バルトーク、バーバーなど、意外と幅広い。

《Part I》は調性の定まった明るく伸びやかな曲。
続く《Part II》がユニーク。冒頭部分は調性感が曖昧で現代音楽風。即興なので形式的なまとまりは緩い気はするけれど、不安定な調性感があって、それでも和声的にそれほど歪みがないので、さほど耳障りな感じはない。
音も十二音技法風にあちこち飛び跳ねているところが、現代音楽風に聴こえる。
ショスタコーヴィチがエコーしているようでもあり、ブリテン的なやや乾いたシャープな叙情感とかも連想できて、面白いのは面白い。途中から調性が安定しだして、普通に終っているけれど。
不協和的な音がそれなりに美しく響いていて、こういう響きが音の配列に慣れていれば、そんなに聴きづらいことなく。
それにしても、即興でこういう和声を使ってまともに聴かせる曲を弾くというのは、かなり難しそう。

ラストの《Heartland》はこのアルバムのなかでも(たぶん)最も人気がある曲。
キース自身も抜粋盤を出す時に選曲したほどなので、とても良い内容の演奏だったに違いない。
これはインプロヴィゼーションではなく、キースが作曲しておいた曲を弾いているというところが珍しい。
聴けばわかるほどに、確信に満ちたようにポジティブで暖かさが伝わってくる曲なので、《Part II》がかなり変わった曲想だったせいもあってか、このコンサートで《Heartland》が一番良かった...という人が多いのも納得。

Keith JARRETT/Bregenz Concert - 《Heartland》



ブレゲンツ・コンサートブレゲンツ・コンサート
(2008/10/08)
キース・ジャレット

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アンダ ~ ベートーヴェン/ディアベリ変奏曲
アンダの録音のなかで、最も好きなベートーヴェンとブラームス。
残された録音は少ないけれど、演奏はいずれも素晴らしいものばかり。

ベートーヴェンのスタジオ録音は、このディアベリ変奏曲だけが残っている。
Auditeから出たライブ録音集には、ピアノ協奏曲第1番、ピアノ・ソナタ第7番&第28番が収録されていて、今入手できる録音はそれくらい。
この《ピアノ協奏曲第1番》が素晴らしく良くて、カッチェン、ケンプに並ぶ(というかそれ以上かも)私のベスト盤。
このベートーヴェンを聴いてから、アンダの録音をいろいろ集め始めたので、この曲にはとても思い出がある。
アンダの主要レパートリーはモーツァルトとバルトーク、それにショパンとシューマン。
こんな素敵なベートーヴェンを弾くのなら、スタジオ録音をもっと残してほしかったけれど、病気のために55歳で早世してしまったので、その時間がなかったのかもしれない。


DGのBOXセット。シューマンやブラームスのピアノ協奏曲、ショパン・シューマン・シューベルト・ベートーヴェンの独奏曲など、主要録音を収録。今は廃盤で入手は難しい。米国amazonではダウンロード販売中。
Troubadour of the Piano (Spkg)Troubadour of the Piano (Spkg)
(2005/09/13)
Geza Anda

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DGのBOXセットから、ピアノ独奏曲のみを抜粋収録したBrilliantのライセンス盤で現在入手可能。ディアベリ変奏曲も収録。
Art of Geza Anda: Solo Piano RecordingsArt of Geza Anda: Solo Piano Recordings
(2010/07/13)
Geza Anda

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ベートーヴェンの収録曲は、試聴しただけでもとっても魅かれるものがあった《ディアベリ変奏曲》。
アンデルジェフスキとソコロフの《ディアベリ変奏曲》を聴いてからは、もうこれ以上魅力的なディアベリは聴けないかなと思っていたら、アンダのディアベリもまた違った魅力があって、アンダらしい個性が煌めいている。
ディアベリはとても好きな曲なので、今まで聴いたのは好きなピアニストを中心に、アンデルジェフスキとソコロフ以外に、ゼルキン(2種)、カッチェン、アラウ(2種)、バックハウス、ムストネンなど。
そのなかで、音の色彩感が豊かで和声の響きも美しく、さらに力感と繊細な叙情感のバランスが良く、とても自然な趣きを感じさせるのがアンダのディアベリ。

アンダのディアベリは、緩急のコントラストが大きくて明快。
ソノリティも色彩感があって響きも多彩。時に愛らしく優美かと思ったら、ユーモラスだったり、厳しいかったり、アンダらしく表情がクルクルとよく変わる。
緩急のコントラストも明瞭、変奏ごとの性格を明確に弾き分けて、細部の表現の繊細さと相まって、詩的な雰囲気もあって、聴きやすい。

ブックレットの解説では”自然さ”は稀薄と評していた。
たしかに、ゼルキンやブレンデルのディアベリに比べるとそういうかもしれないけれど、アンデルジェフスキやソコロフのディアベリと比べれば、はるかに自然な趣き。
1964年の録音なので、当時定評のあったディアベリというとゼルキンあたりだろうか。確かにゼルキンのディアベリと比べれると、かなり個性的なのは確か。

アンダのディアベリでまず魅かれるのは音の美しさ。
アンダらしい煌きと色彩感のある品の良い音で、高音はどのテンポであっても、音がとても綺麗。
柔らかいタッチで弾く変奏の響きの美しさにはうっとり。
音質が軽やかなので弱音で弾くときはとても優美な雰囲気で、ペダリング時も濁りなく伸びやかで繊細な響き。
フォルテは打鍵はしっかりしているけれど、それほど強打せず丸みを帯びた響きで、ゴツゴツした厳つさがなくて、音色もとても明るい。
ペダリングで響きを重ねていくときの和声も美しくて、絹のベールが何枚も重なったように柔らかく光沢があり、鐘がエコーするようだったり、夢幻的な茫漠とした響きだったりと、多彩。
ペダルがかかった高音は宝石がキラキラと輝くようで、ときにはハンドベルがリンと鳴っているようにも聴こえる。

音の美しさや魅力という点では、ソロコフと良い勝負。
音質は全く違っていて、ソコロフの圧力の強い音には耳が否応なく吸い寄せられる引力があるけれど、アンダの音は軽やかで柔らかく伸びていくのでいつのまにかうっとりとして聴き入ってしまう。
音の美しさに加えて、変奏ごとの性格を明確に弾き分けて、細部の表現の繊細さと相まって、詩的な雰囲気も漂っている。
アンダのディアベリは、自然に耳に入ってくるようで、とても聴きやすい。

冒頭の<Theme>は、柔らかいタッチとリズムが優しく響いて、ちょっと他の演奏とは違った雰囲気。
まるで白いフリルのドレスを着た女の子が庭で遊んでいるようなイメージが浮かんでくる

第2変奏も柔らかいタッチで重なる響きが繭のようなふんわりした感じ。同じように和声の響きの綺麗な変奏は結構多く、第3変奏の子守歌風、第8変奏は柔らかい音が綺麗。
第19変奏や第26変奏のアルペジオが伸びやかに重なっていき、左手伴奏の細波のような同音連打と右手高音の持続音が煌くような響きが対照的。
第18変奏では、かなりゆったりとしたテンポ。問いかけるような右手と答えるような左手はもう眠りに落ちそうな感じ。これも音がとても綺麗。

リズミカルな変奏も、リズムの表現のバリエーション多彩で明確に表現されていて、第9変奏の調子が少し外れたようなリズム感。
第21&22変奏は粘り気のあるタッチでリズムを強調しどことなくユーモラス。
第23変奏はコマネズミのような軽快だったり、視覚的なイメージが湧いてくるようなところがある。

最後の第29~31変奏のところ。第29変奏と第31変奏はゆったりして叙情感深いが、中間の第30変奏は速いテンポで不安感が漂うようで、このテンポ設定は独特。

全体的に柔らかい響きで表現は一見穏やかだけれど、フレージングの輪郭が明瞭で緩急・強弱のコントラストで起伏も多く、構成感があるところが明晰。
繊細な表現は叙情的ではあるけれど、それに浸りこまない後味のさっぱりしたところがクール。
音もとても綺麗なのでフォルテも結構多いわりに聴き疲れすることなく、クルクルと表情が豊かに変わっていくところがとても面白く聴けるディアベリ。

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アンダ ~ ブラームス/ピアノ協奏曲第2番
今年最初の曲は、とりわけ好きなベートーヴェンかブラームスで。明るく伸びやかで堂々とした曲がいいなあ...となると、ピアノ協奏曲になるでしょう。
ベートーヴェンなら《皇帝》、ブラームスなら第2番のコンチェルト。
普通なら《皇帝》の方になるんでしょうが、この曲はあまり好きではないので、ブラームスのピアノ協奏曲の方を。

ブラームスのピアノ協奏曲は第1番、第2番とも名盤がひしめく、ロマン派のピアノ協奏曲の傑作中の傑作。
特に難曲の第2番は、音楽性以前に、まず腕力・筋力・体力のないピアニストでは歯が立たないに違いない。誰かが”ピアニストに血と汗を要求する曲”と言っていたはず。
ヴィルトオーゾと言われるピアニストならほとんど録音しているのではないかと思うけれど、名盤のピアニストをみれば、80歳を超えて録音したバックハウスを筆頭に、ゼルキン、ギレリス、アラウ、ルービンシュタインというベテランから、若い頃に録音したツィメルマン、ゲルバー、カッチェン、etc.。

私の定番は、カッチェンとアンダ。時々、アラウ(ライブ録音)、たまにゼルキン。
アラウのブラームスのコンチェルトは、テンポが遅くて有名だけど、ライブ録音になると全く別人。第2楽章のスケルツォなんか、終盤になると怒涛の勢い。
ゼルキンは、セルとオーマンディと録音した2種類があって、全然雰囲気が違っているのが面白い。セル盤は張り詰めた緊張感で取り澄まされたブラームス。オーマンディ盤は明るいタッチでイタリアの陽光が差し込んでいるよう。
ゼルキンとアラウのスタジオ録音以外はあまり聴かれていないはず。マイナーというか、今ではあまり聴かれていない録音の方がなぜか気に入ってしまうので。

第2番はカッチェンとゼルキンの録音については以前書いたはずなので、今回は、年末のショパンのワルツに続けて、再びアンダのピアノで。
昨年はかなり集中的にアンダのCDを集めました。アンダは聴けば聴くほど好きになっていくピアニスト。
バルトークのピアノ協奏曲全集は昔から持っていて、これとモーツァルトのピアノ協奏曲全集が、アンダの録音の中で有名で評価の高いもの。
それはそれで好きだけれど、アンダの録音で一番好きなのはベートーヴェンとブラームス。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番は個人的なベストかベストに近いし、ディアベリも素敵。
ブラームスならこの第2番のピアノ協奏曲が素晴らしくて、50分近くかかる長大な曲の隅ずみまで、アンダのピアノの美しさが味わえてしまう。

アンダのブラームスの第2番の録音は3種類。フリッチャイ/ベルリンフィル(1960年)、クーベリック/バイエルン放送響(1962年のライブ録音)、カラヤン/ベルリンフィル(1967年)と、指揮者とオケがそれぞれ違って、有名なのはカラヤンとの共演盤。
こういう時は指揮者で選ぶので、聴いているのはフリッチャイ盤。次に聴きたいのはクーベリックとのライブ録音。クーベリックはアラウのブラームスのピアノ協奏曲第1番でも、ライブ録音で指揮していてこれがとてもよかったので。

アンダのブラームスは、アンダらしく明快なフレージングとディナーミクで、造形力のある明晰なブラームス。
といっても、フォルテは力強いタッチでブラームスらしい重みがあるけれど、ピアニッシモと緩徐部分は美しい弱音のニュアンスが繊細で、優美でしなやか。
硬派な感じはするのに、優しさが垣間見れるし、理性と感情が拮抗してどちらにも偏らないバランスのとれたところがアンダらしい。
アンダのモーツァルトやベートーヴェンのコンチェルトと同じように、音が綺麗で音自体に表情があるかのようにニュアンス豊か。
こんなに煌きのある音でこの難曲のコンチェルトを聴けるなんて、そう多くはないはず。

第1楽章 Allegro non troppo
アンダのピアノは、フォルテではちょっと骨っぽい硬さがあって、重たくないクリアな音。
弱音になると、甘くはないけれど、柔らかく優しげな表情。この弱音の響きと表情がとても魅力的。
ブラームス特有の厚みのある音を弾いていても、粘り気がない切れの良い音なので、音がごちゃごちゃと混濁することなく、明瞭なフレージングで複数の旋律線がくっきり。
パワーが結構いる曲だけど、そういうことを感じさせずに涼しげですっきりしたタッチが気持ちよい。(やたら重苦しく弾かれるのは好きではないので)
アンダはモーツァルトでもベートーヴェンでも、品の良い色彩感のある綺麗な音で、硬質の澄んだ煌きがあるので、この音を聴くだけでもうっとりする。

第2楽章 Allegro appassionato
いろんな録音を聴いても、どうしても力が入って弾いてしまうスケルツォ楽章。Allegro appassionatoなので、当然といえば当然なんだろうけど。
緩々したタッチのアラウでさえ、ライブではかなり速くてシャープなタッチで、終盤は加速してハイテンションの演奏だった。
でも、アンダはとてもしなやか。このスケルツォをさらりとした哀愁を漂わせて、こんなに美しく、力まずに弾けるピアニストはそうそういないだろうと思えるくらい。
68小節で左手のファ、ラ、レ...と軽いスタッカートで上行するところのタッチと響きとか、アンダのピアノを聴いていると、こういう細かなところで耳が引きつけられてしまうことが多い。
この曲の中では、このスケルツォが曲も好きだし、アンダの演奏が素晴らしく素敵なので、この楽章だけはいつもリピートして聴きたくなる。

第3楽章 Andante
色彩感のあるアンダのピアノの音がキラキラと煌いて、まるで蝶が舞うような軽やかさと美しさ。
硬質で水気を帯びた音色にしっとりとした潤いがあるせいか、とても瑞々しい感じがする。

第4楽章 Allegretto grazioso
イタリアの陽光が差し込んでいるような明るい色調の楽章。
アンダのピアノはリズミカルさはやや抑えた感じがするので、弾けるような明るさはないけれど、透明感のある水気のある音が綺麗で、瑞々しく爽やかな雰囲気。
少しボヘミアン的な自由さと哀愁も感じるけれど、この楽章もアンダらしい引き締まった優美さが美しい。

                              

このアンダのブラームスの録音は、DGから分売盤で今でも入手可能。
他にアンダのブラームスの録音がなかったらしく、カップリングはギレリスの『4つのバラード』。
Brahms: Concerto pour piano no. 2; BalladesBrahms: Concerto pour piano no. 2; Ballades
(2006/08/08)
Emil Gilels;Geza Anda

試聴する(米amazon)


私が聴いているディスクは、アンダのDG録音の大半を収録したBOXセット『Troubadour of the Piano』。
すでに廃盤で、米amazonだとMP3ダウンロードが可能。
有名なバルトークのピアノ協奏曲全集は入っていないけれど、バルトークは昔からの定番なので全集で持っている人が多いはず。
このBOXセットには、ピアノ協奏曲はシューマンやブラームスが入っているけれど、大半は独奏曲。ショパン・シューマンの独奏曲の有名な録音に加えて、ベートーヴェンのディアベリ、シューベルトの最後のソナタと、とても個性的な録音が入っているのが嬉しい。
クーベリックと録音したグリーグのピアノ協奏曲が入っていないのがちょっと残念だけれど、とても珍しいバルトークの《ピアノとオーケストラのための狂詩曲》が入っている。
タイトルの"Troubadour of the Piano"という言葉は、フルトヴェングラーがアンダを「吟遊詩人」と喩えたことに因んだもの。

Troubadour of the Piano (Spkg)Troubadour of the Piano (Spkg)
(2005/09/13)
Geza Anda、 他

試聴する(米amazon)


ブラームスのピアノ協奏曲第2番のCDを探すときに参考になるブログは、<ハルくんの音楽日記>
”ブラームス ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調op.83 名盤”
”ブラームス ピアノ協奏曲第2番 続・名盤”

一般的に有名なメジャーな録音ばかりではなく、マイナーな録音もかなり多く取り上げているので、あまり知られていないけれど優れた異聴盤をいろいろ聴きたい人には参考になります。

tag : ブラームス アンダ

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2011年がメモリアルイヤーにあたる作曲家
今年、2011年がメモリアルイヤーにあたる作曲家といえば、ピアノ好きならすぐに思い浮かぶのが生誕200周年のフランツ・リスト。

他にいないかと探していたら、「2011年にメモリアルを迎える作曲家特集!」という記事があって、そこにたくさん載っている。
これだけたくさんあると、なかなか壮観です。

ピアノ作品がらみで興味があるのは、

■セルゲイ・プロコフィエフ(生誕120周年)
■ベラ・バルトーク(生誕130周年)
■アントニン・ドヴォルザーク(生誕170周年)
■サミュエル・バーバー(没後30周年)
■イーゴリ・ストラヴィンスキー(没後40周年)
■アルノルト・シェーンベルク(没後60周年)
■カール・ニールセン(没後80周年)
■カミーユ・サン=サーンス(没後90周年)
他に、ムソルグスキー(没後130周年)、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(没後220周年)というのもあるそうです。

メモリアルイヤーで盛り上がるのは、100周年、200周年などの、数字が台代わりする年。その間の50周年、150周年なども、切りの良い数字なので、わりと注目されるみたい。
となると、2011年はやっぱりリストイヤーにちなんだ音楽イベントや新譜リリースがメインイベント。
プロコフィエフとバルトークはちょっと中途半端な周年になるので、それほど注目されていないようなムードだし。

ピックアップした作曲家の有名なピアノ作品は、ほとんど聴いている(はず)。
プロコフィエフとバルトークは、未聴のCDが結構溜まっているので、これを聴かないといけないし、今まで聴いた録音も聴き直したいものも多い。
それ以外にまた聴いてみたいと思うのは、バーバーとニールセン。無調ではないけれど現代的なタッチの曲もあって、面白かったので。
それにサン=サーンスも。ピアノ協奏曲は面白いけどすぐ曲を忘れるせいか、時々思い出したように聴きたくなる。

2010年は、ショパンイヤーとシューマンイヤーといっても特別なことは何もせず。
それよりリストのメモリアルイヤーを先取りして、手持ちのリストのCDを聴きなおしたり、追加していろいろCDを買ったりしたので、リストの未聴のCDがまだ結構残っている。
それに、もう少し聴き込みたい曲もいろいろあるので、2011年はあまり手を広げずに、手元の録音をしっかり聴くことにしましょう。

<2010年に聴いた録音(メモ)>

独奏曲(オリジナル)
ピアノ・ソナタロ短調
巡礼の年(全3集)(ベルマンのみ)
巡礼の年(抜粋)(いろんなピアニストの録音で)
 -オーベルマンの谷
 -ペトラルカのソネット
 -ペトラルカのソネット
 -ダンテ・ソナタ
 -エステ荘の噴水
 -エステ荘の糸杉に寄せて第1番&第2番
スペイン狂詩曲
3つの演奏会用練習曲:1. 悲しみ,2. 軽やかさ,3. ため息
2つの演奏会用練習曲:1. 森のささやき, 2. 小人の踊り
伝説~第1曲"小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ",第2曲"波を渡るパオラの聖フランチェスコ"
詩的で宗教的な調べ~第3曲"孤独の中の神の祝福",第7曲”葬送”
メフィスト・ワルツ第1番
忘れられたワルツ
愛の夢
クリスマス・ツリー
死の舞踏(リストのオリジナル曲のピアノ独奏版)

超絶技巧練習曲はいくつか聴いたような気がするけれど、好きな曲集ではないので、すっかり記憶から消えている。当分聴くことはないはず。
ブレンデルが特に評価していたリスト晩年の作品はあまり聴いていないので、これは今年探索するつもり。

ピアノ協奏曲&管弦楽曲(オリジナル)
ピアノ協奏曲第1番
ピアノ協奏曲第2番
死の舞踏

編曲
ベートーヴェン=リスト編曲/交響曲全集(シチェルバコフの録音で)

リストのオリジナル曲は、主にアラウとハフのスタジオ&ライブ録音、パーチェのライブ映像で聴いているので、今のところはそれで充分。たまに聴いたのが、キーシン、ミケランジェリ、ブレンデルなど。
今年新たに聴くとすれば、手薄なブレンデルの録音やレビューで評判の良い録音、新譜で興味があるものとかになりそう。
リストの編曲物は多いけれど、バッハやベートーヴェン以外はあまり食指が動かない。
バッハのオルガン曲の編曲物などは、以前聴いて綺麗な曲だと思ったことがあるので、その周辺を少し聴いてみても良いかもしれない。
《死の舞踏》はサン=サーンスの交響詩を編曲した作品があったはず。リストのオリジナル曲とは違う曲なので、これは一度聴いておきたい曲。

                                

プロコフィエフは、2010年にピアノ協奏曲も独奏曲も一通り聴いたので、2011年は未聴CDのフォローと、興味の魅かれる録音が出たら、聴いてみようかなあというくらい。

<2010年に聴いた録音(メモ)>

ピアノ協奏曲
ピアノ協奏曲全集(ベロフ)
ピアノ協奏曲全集(トラーゼ)
ピアノ協奏曲第3番(カッチェン)
ピアノ協奏曲第4番(フライシャー)
ピアノ協奏曲第4番(ゼルキン)
ピアノ協奏曲第2番&第3番(キーシン)

ピアノ・ソナタ
ピアノ・ソナタ全集(マルシェフ):これは未聴の曲が結構残っている。
ピアノ・ソナタ第3番&第7番&第8番(ガヴリーロフ)
ピアノ・ソナタ第1~3番、第6番&第7番(ベロフ)
ピアノ・ソナタ第7番&第8番(ソコロフ)
ピアノ・ソナタ第7番(ポリーニ)
ピアノ・ソナタ第7番(トラーゼ)
ピアノ・ソナタ第6番&第7番(ガヴリリュク)
ピアノ・ソナタ第6番(キーシン)

独奏曲
ピアノ作品集(ベロフのピアノ・ソナタ集とのカップリング。ピアニストはベロフではないけれど)
ピアノ作品集(ムストネン)
束の間の幻影(ムストネン)
束の間の幻影(ベロフ)

ピアニストなら、ルドルフ・ゼルキンとクラウディオ・アラウがともに没後20年。
アラウはリストの録音も多いので、過去にリリースした録音のリイシューとか、新しいライブ録音とかが、いろいろ出てくるかも。

                                

バルトークは一昨年よく聴いたせいか、2010年はあまり聴いていない。
バルトークは作品数も少ないし、バルトーク作品を多数録音しているピアニストは限られているので、ピアノ協奏曲や独奏曲(ピアノ・ソナタ、組曲、戸外にて、シク地方の3つのハンガリー民謡、ルーマニア民俗舞曲、ミクロコスモスなど)、2台のピアノ用の作品など、一通り聴いてしまった。

バルトークを聴くときのピアニストは、まずアンダ。アンダ以外ならヤンドーくらいだろうか。
バルトークの新譜はあまり多くはないだろうし、アンダのバルトークの録音をいくつか新しく手に入れたので、それを聴くくらいになりそう。

tag : プロコフィエフ バルトーク フランツ・リスト

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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