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フライシャー ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集
ずいぶん以前に買っておいたジョージ・セル/クリーブランド管弦楽団&レオン・フライシャーのベートーヴェン交響曲・ピアノ協奏曲全集。
ちょうど、フライシャーが両手のピアニストとしてカムバックした録音を続けて聴いた頃に買ったもの。
1950~60年代は、フライシャーが右手を故障する前に、セル&クリーブランド管とブラームス、シューマン、グリーグ、それにこのベートーヴェンと、名だたるピアノ協奏曲を相次いでスタジオ録音をしていた。

フライシャーと同世代のアメリカ人ピアニストで有名なのは、ウィリアム・カペルとジュリアス・カッチェン、それに、ゲイリー・グラフマン。
1953年にカペルが飛行機事故で若くして早世し、60年代には、フライシャーは右手の故障で事実上演奏活動から引退して指揮者の道に入り、数年後、カッチェンは肺がんでパリで亡くなる。当時のアメリカ音楽界にとっては度重なる痛手だったという。
カッチェンの友人だったグラフマンも、1979年に右手薬指を故障。左手のピアノ曲をレパートリーにして演奏活動を続け、カーティス音楽院で教育活動も行い、今では米国ピアノ界の大物らしい。
あのユジャ・ワンがグラフマンに師事していたのは最近知って、なぜかユジャ・ワンに親近感が湧いてきたりして...。

Symphonies 1-9 / Piano Concertos 1-5Symphonies 1-9 / Piano Concertos 1-5
(2007/06/12)
Leon Fleischer, George Szell,Cleveland Orchestra他

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このBOXセットは、チェリビダッケ以外に交響曲全集をもう1セット持っておきたかったことと、ピアノ協奏曲が全曲入っているので分売盤をバラバラ買うよりは保管に便利だと思ったので、購入。でも、普通の1枚ものCDケースに入っていたので、スペース削減にはならず。


ベートーヴェンのコンチェルトは、第2番と第5番はほとんど聴かないので、判断がつくのは残り3曲。
第1番と第3番は、かなりテンポが早く、指回りも軽やかですこぶる良くて、若者らしい溌剌とした演奏。
第1番はそうでもなかったけれど、第3番はどちらかというと、指揮者とオケがテンポを主導している感じがして、ピアノがそのテンポについていくために、指をくるくる回しているような印象。
とてもせわしない感じがする。リスナーレビューはわりと良かったけれど、この曲は一番ロマンティシズムが強いコンチェルトだと思っているので、ちょっと勢いが良すぎて。

この3曲のなかで一番良く思えたのが第4番。
テンポはやっぱり速いけれど、第3番のような慌しさはなくて、テンポが速いバックハウスやカッチェンよりは少し落ち着いている。
歯切れの良いタッチと緩急・強弱のコントラストが明確なところは、同じくらいの年齢で録音したカッチェンのスタジオ録音に良く似ている印象。
違うところは、時々急き込むように速くなることはあるけれど、テンポは速いなりにもわりと安定していること。それに、やや音質が軽くて線が細いので、繊細さがあって、ちょっと優美な雰囲気。
硬質でしっかりしたタッチが好きな私としては、左手があまり強くないし、弱音部分のタメもきつくなく、全体的にちょっと軽やかかなという感じ。
私の好みとは少し違っているので、定番として聴くことはないだろうけれど、30歳前後のフライシャーの切れの良い、若々しくも繊細さを感じさせるピアニズムは、とても瑞々しくて新鮮。

                            

右手の故障に見舞われて数十年後、ようやく治療法が発見されて右手でピアノを弾くことができるようになったフライシャーは、カムバック後にベートーヴェンの『皇帝』をコンサートで弾いたという。
若かりし頃のような指裁きではなかったらしいけれど、最後まで弾ききったフライシャーに聴衆は拍手喝采したそうです。
これはバッハのカンタータ『楽しき狩こそわが悦び』BWV208,第9曲『羊は安らかに草を食み』。同曲を録音したCD『トゥー・ハンズ』もリリースされている。


tag : ベートーヴェン フライシャー セル

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ブレンデル ~ バッハ=ブゾーニ編曲/来たれ、異教徒の救い主よ
とても珍しいブレンデルのバッハ録音集。

バッハ:イタリア協奏曲~バッハ名演集
(2009/10/21)
アルフレッド・ブレンデル

試聴ファイル



ブレンデルはもともとバッハ録音が少ない。
”バッハをピアノで弾くべきか”という昔からある命題について、ブレンデルもアラウと同じく、やはり長年バッハはピアノ演奏には向かないと考えていたという。
しかし、「古楽器でのバッハの演奏をたくさん聴きましてから、私はこれだけがバッハの音楽をよみがえられる唯一の方法じゃない」という結論に達して、ピアノによるバッハ演奏・録音を始めた。
「スカルラッティはハープシコードの音に結びついているのに対して、バッハについては、音色は二次的なものだと考えてきたというわけです」。(デュバル著『ピアニストとのひととき(上)』より)
(少し昔の古楽ブームが過ぎ去った今となっては、バッハだけでなく、スカルラッティをピアノで弾くことも普通になっているようだし)


ブゾーニ編曲版バッハ”Bach Nun komm der Heiden Heiland BWV 659”(来たれ、異教徒の救い主よ)には、ケンプ編曲版もある。
リパッティやホロヴィッツ、レーゼルなどはブゾーニ版で弾いているので、どちらかというと、ブゾーニ版を聴くことが多い。

ブレンデルは、ゆったりしたテンポで、細かな起伏やテンポの揺れが多いので、切々と訴えるかけるよう。ロマン派よりというか、かなり叙情感が強い。

BRENDEL, J.S.Bach Nun Komm'der Heiden Heiland, BWV659


リパッティは速めのテンポで、淡々としてはいるが厳か。古典的な端正さを感じさせるところは、パルティータ第1番と似ている感じがする。

Dinu Lipatti - Bach Chorale Prelude BWV 659 (Audio)

tag : バッハ ブゾーニ ブレンデル リパッティ

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キース・ジャレット 『ケルン・コンサート』
今、NHKの深夜放送では、1時、2時...と正時に10数分放送される震災関連ニュースの間に、天気予報や募金情報などが、音声案内なしで画面に次々に表示されている。
その時にBGMで流れていたのが、ジャズのピアノ・ソロ。
ああ、どこかで聴いたことがあると思ったら、硬質で弾力のある音とオスティナートが続く曲は、明らかにキース・ジャレット。それに、いつものようにキースの唸り声や叫び声とかが聴こえてくる。
演奏が終った後の拍手まで放送されているので、これはインプロヴィゼーションのソロコンサート。
※毎日ジャズなのかはわからない。22日午前(深夜)に聴いてみたら、イージーリスニング系だった。23日は再びキース。最初はパリ・コンサートの<Wind>、続いて<October 17,1988>。

この曲はケルン・コンサートらしいけれど、ケルンはずっと昔に聴いたきりで、ここ数年は全然聴いていないので、違うかも...。
少なくとも、私が好きなパリ、ブレゲンツ、スカラでないのは確か。
サンベアとか他のソロコンサートの可能性もあるけれど、BGMで使うなら一番有名なケルンの可能性が高い。
でも、ケルンだとしたら、昔聴いたときの印象とは大分違う。
昔は聴き疲れしがちでかなり苦手意識があったけれど、このBGMにはそういうところがなくて、緊張感と集中力を持って聴かずとも、自然に入り込んでくるようなとても心地よい響き。

ということで、ケルンのCDを久しぶりにひっぱり出して聴いてみたら、やっぱりケルンだった。
<PartIIA>の冒頭のリズムは特徴があるので、間違いようがない。
キースの伝記を読んでいたら、このコンサートの直前はほとんど眠っていなくて、頭がぼ~っとした状態だったので、なかば意識朦朧として弾いていたという。

多用されるオスティナートと筋書きの見えない展開のせいか、夜の海の波間に漂っているような浮遊感というか、思考とか意識とかから解放されていくような感覚。
窓の外が明るい日中ではなく、真っ暗な夜中に聴くと、ミニマル的な音の流れのメカニカルな単調さがとても心地よい。
曲想が変わると、ケルンコンサートってこんなにポジティブな雰囲気だったかしらん..と思うような爽やかな躍動感と開放感。


<PartⅠ>は内省的で少しまどろんでいるかのよう。21分くらいから曲想が変わって、夢の中から覚醒したように、ミニマル的な和音の連打で、リズミカルで明るい。
昔聴いた時からずっと記憶に残っていたのが前半部分だったので、この終盤部分を聴いたら、ケルンてこんなに明るい雰囲気だったかなあと思い直した。
<PartⅡA>は、PartⅠの終盤の続きのような軽快なタッチで始まって、中盤までは同じような曲想が続く(これが結構長い)。
中盤過ぎるとテンポが落ちてゆったり。少し不協和的な響きの和音が入って、モノローグ的に。
<PartⅠ>の前半に少し似ていて、しっとりとした湿り気が漂うような音色の音は水滴がしたたり落ちてくるような。
<PartⅡB>はそのままアタッカのように繋がって、徐々にエンジンがかかっていくような序奏的な始まり。
キースのソロリサイタルを聴いていると、よく浮かんで来る情景が人の全くいない静かな湖。蝶が飛び交っていたり、植物が静かに呼吸してゆっくりと姿形を変えていくような自然観察フィルムを見ている(聴いている)ような感覚を覚える。
一番短い6分弱の<PartⅡC>は、フィナーレらしく、4曲中で最もジャズ風なノリのよさがあって、右手の主旋律のメロディも、左手の伴奏との和声もとても綺麗。爽やかな開放感もあって、この曲が一番聴きやすい。

久しぶりにケルンを全曲通して聴くと、昔から感じていた苦手意識はすっかり消滅。
ケルンと比べると、後年のパリやスカラのソロではクラシック的・古典的な叙情感のなかに一種の堅苦しさや理屈っぽさがあるような気がしてくるほどに、すんなり自然に馴染めてしまったのでした。


Keith Jarrett - The Koln Concert Part 4 (PartⅡC)


Koln ConcertKoln Concert
(1994/02/15)
Keith Jarrett

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tag : キース・ジャレット

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マルティヌー/リディツェへの追悼
多作家のマルティヌーは、軽妙で洒落た室内楽曲やピアノ協奏曲、祝祭的な高揚感のある交響曲など、明るい曲想の作品も多いので、現代音楽にしては前衛的難解さがなくかなり聴きやすい作曲家。

そのマルティヌーも、第2次大戦期にナチスから逃れてアメリカへ渡った頃に書いた作品には、時代を反映したような暗い色調で重苦しさが漂っている。
特に印象的だったのは、ナチス・ドイツの侵攻によって故国が消滅の危機にあった頃に書いた《2つの弦楽合奏とピアノ、ティンパニのための二重協奏曲》や、ナチスによって村人が殺され、村も平地に変えられて消滅してしまったチェコのリディツェへのレクイエム《リディツェへの追悼》。[作品解説]
交響曲ならナチス優勢の戦局が暗く影を落とした第3番が有名。

おととしのマルティヌーイヤーで演奏会のプログラムによく載っていたのが、この《リディツェへの追悼》。
わずか8分くらいの短い曲ではあるけれど、不協和音の重厚な響きが重くのしかかり、最後にはベートーヴェンの運命の動機(これはナチスに対する抵抗や勝利の象徴らしい)が鳴り響くという結構ヘビーな曲。
この曲を聴くたびに、村人がいなくなり見渡す限り一面の土と化して消滅した村の情景が浮かんできてしまう。

追悼曲で最も好きなブルッフの叙情的な《イン・メモリアル》と違って、《リディツェへの追悼》は弦楽の弾く旋律の抑制された叙情感と不協和音の響きが重苦しくはあるけれど、感傷性を抑えた重たい静けさが現代音楽の追悼曲らしいところなのでしょう。

Bohuslav Martinu : Memorial to Lidice (1943) (Dir : Karel Ancerl)

tag : マルティヌー

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オピッツ ~ バッハ=ブゾーニ編曲《シャコンヌ》
ブゾーニが編曲した《シャコンヌ》は、ピアニストによって演奏解釈がかなり違っているので、聴き比べるのが面白い。

最近聴いたなかで、かなり強烈な印象だったのがオピッツの《シャコンヌ》。
オピッツのベートーヴェンとブラームスはあまり好きではないので、普通ならこの《シャコンヌ》は聴かずに通り過ぎるところだけれど、<Kyushima's Home Page>のCD比較評の評価がとても良くて興味を引かれたので、これはNMLでチェック。

ブゾーニ編曲版は、ロマン派的なややロマンティックな香りがするけれど、オピッツの《シャコンヌ》はまるでベートーヴェンかブラームスを聴いているような力強さと重厚さ。
全編に気力が漲り、白熱感と高揚感の凄さはかなりのもの。
特に緩急の変化が激しく、テンポが頻繁に伸縮する。
弱音ではわりと平静なタッチなのに、重音移動で曲が盛り上がるところでは、急にテンポが上がって、勢いもすこぶるよく、ピアニストの熱気が伝わってくるかのよう。
猪突猛進(というかオピッツのイメージは熊なんだけど)というのか、こちらに突進してくるような勢いと迫力。
フォルテのタッチがちょっと荒っぽい気がしないではないけれど(これは他の曲の録音を聴いていていつも思う)、この《シャコンヌ》を前にすると、そういう細かなことは吹き飛んでしまう。
好みのタイプとは全然違っているとはいえ、べたべたした情緒的なシャコンヌ》を聴くよりははるかにマシ。
それどころか、意外にもとっても気に入ってしまったくらいの大熱演でした。

Transcriptions & VariationsTranscriptions & Variations
(2004/08/01)
Gerhard Oppitz

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tag : バッハ ブゾーニ

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スメタナ/弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」、ピアノ三重奏曲
スメタナといえば、真っ先に浮かんで来るのが交響詩《わが祖国》のなかの「モルダウ」。
初めて「モルダウを聴いたのが、子供の頃に聴いた(たぶん)クーベリックの来日公演のCM。
TVの深夜番組の間に度々流れていて、たしかシンフォニーホールのコンサートだったはず。

他に聴いた曲といえば、スークの録音でヴァイオリンとピアノのための《わが故郷より》
《わが祖国》の第4曲「ボヘミアの森と草原から」の室内楽バージョンのような、郷愁に溢れた叙情豊かな曲。
この曲は、スークとパネンカのスタジオ録音をCDで持っているけれど、Youtubeで偶然見つけたのが、とても珍しい(!)ライブ映像。
パネンカのお髪が真っ白なのでかなり晩年のコンサート。ピアノ三重奏曲も同じコンサートで弾いているらしい。

Smetana " Z domoviny" part 1 Josef Suk & Jan Panenka



スメタナのプロフィールを調べると、耳鳴りと難聴で晩年には失聴してしまうという作曲家にとっては悲劇的な運命。
失聴後の作品で、耳鳴りの音が表現されているのが、弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」の終楽章。
弦楽だけの曲は全くといっていいほど聴かないけれど、この曲は耳鳴りと関連があるというので、一度は聴いてみようと思っていた。
作品解説によると、第4楽章は「民族的な要素を音楽で扱う道を見いだし、せっかく仕事が軌道に乗り出して喜んでいたところへ、失聴というカタストロフィーが襲いかかり挫折するところまでを描く」とスメタナが記していたという。
冒頭は陽気で楽しげな曲想。そのうち急に暗雲が垂れ込めるように、突如テンポが落ちて、曲想が一変。
失聴という運命に見舞われたような不気味で悲愴感漂うトレモロが静かに鳴り響き、第1ヴァイオリンが高音でキーキーという保持音を奏でる(これが耳鳴りの音らしい)。
一瞬、長調の旋律が流れるけれど(これはほのかな希望を表しているらしい)、最後は再び不吉なトレモロが鳴りながら、フェードアウト。
聴力を失っても耳鳴りが続くことがあるので、もしかしたらヴァイオリンが弾いているようなキーキーという音にずっと苦しめられていたのかもしれない。

Smetana String Quartet No. 1 in E Minor (IV)



この曲のエンディングはあまりに暗いので、次はピアノ三重奏曲の方を。
これはこれで、冒頭から悲愴感漂う旋律が流れている。
ピアノ三重奏曲は1855年の作品なので、まだ30歳くらいの若い時に書いたもの。
そのせいか、重苦しさはあるけれど、弦楽四重奏曲第1番に垂れ込める陰鬱さはさほど強くなく、若者らしい激しい感情が渦巻く疾風怒濤のような雰囲気。

Smetana Piano Trio G minor 1st movement Part 1 Suk, Panenka, Fukačová


急速楽章の両端楽章には、感情が奔流するような激しさがあるし、緩徐楽章に当たるはずの第2楽章も短調の主題部分は速いテンポで細かな起伏がつき、強い哀感と少し不安感が交じり合ったような旋律。
第1楽章の中間部では、長調の穏やかな旋律や舞曲風の明るめの躍動感のある旋律が出てくるように、第2楽章の中間部も長調の旋律がのどかな雰囲気で、清涼剤のようにほっと一息。
主題が再現された後、終盤部ではどこかしら牧歌的な旋律(ブロッホのコンチェルトグロッソにちょっと似ている感じ)が現れたりと、明暗が激しく交錯する。
ところどころ、ドヴォルザークのピアノ五重奏曲(たぶん)を連想するような旋律が流れてくるし、やっぱりチェコの民俗音楽的な薫りはする。

第3楽章は、小刻みな音で繋がる旋律が続いて、まるで小走りしているかのよう。追いたてられるような疾走感があって、とても軽快。
中間部は、テンポも曲想も一変して、静かに瞑想するようでちょっとノクターン風。
ここの旋律がとても美しくて、高音域のピアノが弾く旋律は夢見るような輝きがあり、ヴァイオリンとチェロが弾く旋律は、頬に優しく触れられているように柔らか。
終盤で低音から高音域へと駆け上がってから、エンディングへ向かって主題が現れるところは、とても雄大で爽やかな雰囲気。


ピアノ三重奏曲は、全編にわたって緩急・明暗のコントラストが強く、緊張と弛緩を絶えず繰り返しているように曲想が急変し、情念が濃厚で結構重たい曲。
叙情感がかなり濃いと思っていたドヴォルザークのピアノ五重奏曲や三重奏曲でさえ、スメタナに比べればずいぶん穏やかに聴こえる。
ブラームスも結構重たいけれど、さらに強い明暗のコントラストと濃い陰翳をつけて、激情的なタッチにしたような印象。
ブラームスはとても好きなので、スメタナも聴き慣れれば、ドヴォルザークよりも陰翳が濃く、舞曲のような民族色がやや薄い(気がする)せいか、かえって聴きやすくはある。
スメタナの室内楽曲やピアノ曲は感情的な重たさを感じるので、聴いていて疲れるものがあるにはあるけれど、ピアノ三重奏曲も弦楽四重奏曲も全然嫌いなというわけではなく、逆にかなり魅かれるものがある。
特に緩徐部分や長調の旋律は、《モルダウ》や《わが故郷より》と同じように、とても美しくメロディアス。
スメタナとは思ったよりもずっと相性が良さそうだし、少なくとも、ドヴォルザークよりははるかに好みに合っていた。

tag : スメタナ スーク パネンカ

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アラウ ~ ピアノ小品集『Libestraum』
アラウのCDを整理していると、今度はピアノ小品集を発見。こういうピアノ小品集のオムニバス版は買わないことにしているはずなのに、なぜかCDラックの中に入っていた。
買った記憶も聴いた記憶も定かではないけれど、せっかく見つけたので、夜中に聴くことに。

このCD、選曲には全然脈絡がないので、アラウがPhilipsに録音した音源の中から、作曲家別に聴きやすい曲をピックアップしたサンプラー盤みたいなもの。
《愛の夢》以外は、ほとんどが1960~1970年代の録音なので、技巧的な衰えをそれほど感じることもなく聴けるのが良いところ。

Claudio Arrau: LiebestraumClaudio Arrau: Liebestraum
(2010/06/30)
Claudio Arrau

商品詳細を見る
今は、英国のamazonでしか取り扱っていない。


曲目(CDの順番どおり)
リスト/愛の夢第3番
1989年の最晩年の頃の録音。86歳くらいのはずなのに、タッチはしっかり。同時期に録音されたベートーヴェンのピアノ・ソナタよりも、ずっと安定していると思えるくらい。
この曲はテンポがゆったりしているし、多少音の粒が揃っていなくても、ルバートがかかっているように聴こえるので、技巧的に気になることはほとんどなく、晩年のアラウ特有の透明感と親密感のある響きがとても綺麗。
”愛の夢”にしては、テンポがスローな上に、タッチに粘り気がって一音一音しっかり弾いているので、かなり重厚な感じ。丸みのある呟くような響きで旋律を歌わせるところがアラウらしい。
この曲は、中学か高校時代にレッスンで練習したので良く覚えている。リストのなかでは弾きやすい曲で、メロディもとても綺麗。

ショパン/ノクターン第17番&第18番(Op.62)
第17番は、アラウのノクターン集の中で最も好きな曲。
もともとショパンのノクターンは、子守歌としか思えないくらいに、途中で眠たくなってしまうので、まともに最初から終わりまで続けて聴いたためしがない。
アラウのノクターン全集を聴いていても、やっぱり途中でぐっすり。

ブラームス/スケルツォ(Op.4)
ブラームスの小品なら普通は後期ピアノ曲集のどれかを入れるけれど、アラウはそれを録音していなかったので、唯一録音していた小品がブラームス若かりし頃の作品《スケルツォ》。
この曲は、”微に入り細を穿ち”といいたくなるような工夫を凝らした演奏をこのところよく聴くので(面白いけれど、聴いていて疲れる)、それとは違って重厚でオーソドックスなアプローチでとっても聴きやすい。(逆に言えば、面白みはないかもしれないけれど)
アラウのブラームスなら、一番のおすすめは、クーベリック指揮バイエルン放送響とのピアノ協奏曲第1番とヘンデルヴァリエーションのライブ録音。スタジオ録音と違って、ライブが本領のアラウならではの熱気溢れる演奏が聴けます。

ベートーヴェン/ロンド(Op.51 No.2)
アラウがリサイタルでも弾いていた曲。なぜかNo.1の方は録音が見当たらない。
ヴァイオリン曲の”ロマンス”と並んで、とても穏やかで和んでしまうピアノ小品。

シューベルト/即興曲(D.899)
シューベルトはたまに1曲だけ聴くと、多少長くても飽きることなく聴けることが多い。
この即興曲はとても有名なので、シューベルトはほとんど聴かない私でも良く知っている。
ルプーの即興曲集を学生の頃よく聴いていたので、それが記憶の中に残っているらしい。
アラウのシューベルトなら長調の曲が良く似合うと思っているので、第20番のピアノ・ソナタの演奏はわりと好きな方。

シューマン/予言の鳥(森の情景より)、ロマンス(Op.28No.2)、アラベスク(Op.18)
アラウは昔からシューマンは得意のレパートリー。1941年のカーネギー・ホールのコンサートで《謝肉祭》を弾いて絶賛されてから、アメリカでのコンサートピアニストとしてのキャリアが一気に開けたくらいに、シューマンとは縁が深い。

ドビュッシー/グラナダの夕べ(版画より)、金色の魚(映像第2集より)
綺麗な音だけが並べられて鳴っているような透明感のあるドビュッシーではなく、音の背後に生命力や感情のような何かが存在しているような雰囲気がするところがアラウのドビュッシーの特徴(だと思う)。
それに、線の太めの音と厚みのある響きも独特で、透明感はなくて、霞がかった曖昧模糊とした生温かさが不思議な感覚。
ミケランジェリ、ツィメルマンのドビュッシーとは相性が悪く、退屈せずに面白く聴けるのがアラウ、ベロフ(新盤)、それにブラレイのドビュッシー。

リスト/夕べの調べ(超絶技巧練習曲集より)
<夕べの調べ>は幻想的な響きが綺麗な曲。超絶技巧練習曲は全然好きではないのでめったに聴かないけれど、こういう緩徐系で曲想の美しい曲なら抵抗なく聴ける。
アラウは、2種類ある《演奏会用練習曲》は、両方とも録音済み。特に、《3つの演奏会用練習曲》”ため息”が、深い情感があって印象的。
アラウのリスト録音のなかで、すこぶる評価が高いのは《孤独のなかの神の祝福》
幻想的な響きが美しい《エステ荘の噴水》も好きな曲。1970年代以降、アラウはリサイタルでもよくこの曲を弾いていた。

tag : アラウ ショパン ブラームス ベートーヴェン シューベルト シューマン ドビュッシー フランツ・リスト

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ホルスト/惑星(2台のピアノ版)
ホルストといえば《惑星》。
原曲の管弦楽版以外に、作曲者自身による2台のピアノ版もある。
最近、たまたまエンリコ・パーチェ&イゴール・ローマのライブ演奏の一部を聴いて、このピアノ版があるのを知ったところ。

探してみるとパーチェ&ローマの録音はなかったけれど、すぐ見つかったのは2つのスタジオ録音。(両方ともNMLで全曲聴ける)
演奏時間が1時間近くかかるので、あまり録音がないらしい。
NAXOS盤は、レン・ヴォースター&ロバート・チェンバーレイン。
Delos盤は、リチャード・ロドニー・ベネット&スーザン・ブラッドショウ。
両方の盤とも全然聴いたことがないピアニストが弾いている。(デュオの世界では有名なのかもしれない)

ホルスト:2台のピアノのための作品集 組曲「惑星」Op.32 他ホルスト:2台のピアノのための作品集 組曲「惑星」Op.32 他
(1998/09/01)
Robert Chamberlain, Len Vorster

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Planets (Original 2 Piano Version)Planets (Original 2 Piano Version)
(1992/12/14)
Richard Rodney Bennett,Susan Bradshaw

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こういうオーケストラで聴き慣れた曲をソロや室内楽に編曲すると、原曲よりも迫力不足で聴き劣りするので好まない人も多いらしい。
編曲物には全然抵抗がないので、面白そう~と思って聴いてみると、最初聴いたときはやっぱり原曲のオーケストラの厚く色彩感のある響きが記憶に刷り込まれているので、かなり違和感が...。
ピアノ2台だと、オケと比べて色彩感がかなり不足するし、スケール感も弱い。
オケで聴くと、それぞれの惑星のイメージが絵のように浮かんでくるけれど、ピアノ版だとイメージ喚起力が原曲ほどには強くないような気もする。(最初に聴いたのがピアノ版なら、また印象も違っていたと思うけど)

それでも、長い間《惑星》を聴いていなかったこともあって、やがてピアノの音に耳が慣れてきて、原曲とは別の曲と思って聴けば、これはこれで面白い。
特に、緩徐系の幻想的な雰囲気の曲は、ピアノの響きがとてもよく映えて、これはピアノ版の方が気に入ったりする。
といっても、この編曲版は管弦楽曲よりもピアノ曲がずっと好きな人にだけおすすめ。管弦楽曲を聴き慣れていると、ピアノ版では曲によってはかなり物足りなさを感じると思うので。


Gustav Holst, The Planets (version for 2 pianos) (1/4)



I. Mars, the Bringer of War
火星。軍神マルスらしく行進曲風。《惑星》の中では、この火星と木星は迫力満点。
この曲はボリュームを上げて聴くと、ピアノ2台だけでも、和音連打は結構勇壮ではあるけれど、威圧感というか凄みがもっと欲しいかな。(やっぱりオケ版の迫力にはかなわない)
子供の頃によく読んだSF小説だと、火星はかつて古代文明が栄えていたが、今はすでに年老いて枯れた星...という設定が多かった。
この曲は厳つく、オドロオドロしい曲想で、そういう朽ちた星という雰囲気は全くない。

II. Venus, the Bringer of Peace
金星。こういう緩徐系の曲は、ピアノの透明感のある響きが静謐で美しく聴こえるので、原曲よりも好き。

III. Mercury, the Winged Messenger
水星。伝令の神ヘルメスの星なので「翼のある使者」。
細かいパッセージが続き、ピアノのタッチがとても軽やか。風のように舞ったり、駆け抜けていくような雰囲気がよく出ていて、躍動感のある軽やかさがとても良い感じ。

IV. Jupiter, the Bringer of Jollity
木星。ローマ神話の主神ユピテルのごとく、堂々として壮麗な曲。
ピアノ2台だけだと、オケ版よりは重厚さと色彩感が薄くはあるけれど、それでもかなり華やか。
中盤に出てくるサビの有名な旋律は、堂々とした響き。火星と同じく、こういうところは、やっぱりオケ版の方が良い。

V. Saturn, the Bringer of Old Age
土星。時の神が司る”老い”をもたらす星。
冒頭は怪しげで不気味だし、全体的に沈滞というか淀んでいるような重たさ。
ピアノだと、低音の不気味さや威圧感がもう一つ。

VI. Uranus, the Magician
天王星。ピアノ版だと響きがとても軽やかで、軽妙さと不可思議さがブレンドしたような、ちょっと調子が外れたところがあって、面白い曲。
オケ版だと響きがかなり重く、低音のホルンもいかめしくて、随分雰囲気が変わる。

VII. Neptune, the Mystic
海王星。原曲は、ハープ、弦、チェレスタがとても夢想的で、女声合唱も幻想的な美しさ。
透明感のあるピアノの響きも、煌くように瞬いて、時にハープのようにも聴こえる。クリスタルブルーの海中のイメージが浮かんでくるように美しく、ファンタスティック。


火星と木星のように勇壮、華麗、堂々とした雰囲気や、土星の不気味さや重苦しさは、やっぱり原曲の管弦楽版で聴いた方がよくわかる。
天王星は、オケ版とピアノ版では、印象がかなり変わるので、どちらで聴いてもそれぞれ面白い。(どちらかというとピアノ版の方が好きだけど)
神秘的でファンタスティックな雰囲気の金星、水星、海王星は、ピアノの音の方がクリアな透明感があって好きなので、これはピアノ版で。


ホルスト/惑星(管弦楽曲版)の記事

tag : ホルスト

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プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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