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『レーゼルの芸術 室内楽曲編』 ~ シューマン/ピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲
買おうかどうか思案中だったペーター・レーゼルのBOXセット『レーゼルの芸術~室内楽曲編』。
NMLで収録曲は全曲聴くことができるけれど、シューマンの『ピアノ五重奏曲』が素晴らしく良かったし、8枚入りのBOXセットでいろいろ聴けるので、CDで持っておくことに。

CDで聴きなおしてみると、シューマンの《ピアノ五重奏曲》はやっぱりとても良くて、それ以外では、《ピアノ四重奏曲》、シューベルトの《鱒》、フランクの《ヴァイオリンソナタ》も気に入ったので、BOXセットを購入して正解。
特に、シューマンのピアノ五重奏曲と四重奏曲を聴くなら、この盤はとってもおすすめ。

レーゼルの芸術~室内楽曲編(8枚組) Peter Rösel : Chamber Musicレーゼルの芸術~室内楽曲編(8枚組) Peter Rösel : Chamber Music
(2007/01/01)
Peter Schreier

試聴ファイルなし
収録曲情報(HMVのCD情報)

シューマン/ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op.44[作品解説(Wikipedia)]
   (GEWANDHAUS-QUARTET/Violin:Susuke,Violin:Krohner,Viola:Hallmann,Cello:Timm)

Schweizer_Musikさんの<鎌倉スイス日記>のレビューを読んで聴いて以来、苦手のシューマンとはいえこの曲はとても気に入ったし、レーゼルの演奏もとても魅力的だった。
それがきっかけで、レーゼルの録音を聴き始め、協奏曲集と独奏曲集のBOXセットから、現在進行中のベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集(ライブ録音)まで収集することになってしまった。

ピアノ独奏曲を聴いていると、明暗が度々入れ代わっているような感情的な不安定感をよく感じるけれど、このピアノ五重奏曲は、そういうところは全然なく、第1楽章から明るく開放的で爽やかな曲想。緩徐楽章も内省的ではあるけれど情緒的な不安定感はない。
レーゼルのゆるぎなく精密な打鍵と濁りのない和声の響き、レガートな旋律の流れと爽やかな叙情感は、とてもバランス良くて、いつもながら安心して聴ける。


シューマン/ピアノ四重奏曲 変ホ長調 Op.47[作品解説(Wikipedia)]
   (GEWANDHAUS-QUARTET/Violin:Susuke,Viola:Hallmann,Cello:Timm)

ピアノ四重奏曲というジャンル自体、ピアノ五重奏曲やピアノ三重奏曲に比べて、あまり聴かないし、聴いてもほとんど記憶に残っていない。例外はブラームスくらい。
シューマンのピアノ五重奏曲が男性的な力強さと快活さがあるとすれば、ピアノ四重奏曲の方は、やや女性的な繊細さとしっとりした潤いがあるような曲。ピアノ五重奏曲に続いて作曲されたためか、健康的な雰囲気がするのは一緒。
第1楽章の冒頭は序章のように静かな始まり。ゆっくりと提示される主題旋律は、その後テンポや調性を変えながら、繰り返しエコーする。ピアノパートは高音部がよく響いて、陽光に反射する水面のようにキラキラ輝いている。初夏のような爽やかな叙情感が素敵。
第3楽章アンダンテ・カンタービレは、情緒過剰でないロマンティックなところは、とても穏やかで平和的。
第4楽章はフィナーレらしい明るく快活な楽章。第1楽章と同じく、主題旋律が何度もエコーして引き締まった緊密感があり、ピアノパートの高音の響きがきらきらと煌いている。
聴けば聴くほど、ピアノ五重奏曲と同じくらいに素敵な曲。シューマンはピアノ独奏曲は昔から何度聴いても、どうも合わないものを感じるけれど、この2曲と交響曲4曲、ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲は何の違和感もなく好きなのは(チェロ協奏曲も聴けば気に入るかも)、どうしてなんだろう。


これは第1楽章。レーゼルの録音がYoutubeには見当たらなかったので、ボザールトリオの演奏で。
Schumann - Piano Quartet Op. 47 Beaux Arts Trio (I)



<関連記事>
 レーゼル&ゲヴァントハウス四重奏団~シューマン/ピアノ五重奏曲

tag : シューマン レーゼル

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オリヴァー・サックス著『音楽嗜好症』 ~ 「音楽と記憶喪失」
オリヴァー・サックスの『妻と帽子をまちがえた男』の「ただよう船乗り」のジミーと同じく、記憶が短時間しか保持できない症例が『音楽嗜好症』の「音楽と記憶喪失」のグライヴ・ウェアリング。
グライヴの症例は、BBC News Magazineのウェブサイトの記事"How can musicians keep playing despite amnesia?"(21/11/2011)でも紹介されている。
また、妻デヴォラの著書も『七秒しか記憶がもたない男 脳損傷から奇跡の回復を遂げるまで』というタイトルで翻訳されている。

ジミーの記憶は30秒くらいは持続していたが、グライヴは妻デボラの著書のタイトルのように「7秒しか記憶がもたない」。
クライヴはヘルペス脳炎にかかり、脳の記憶にかかわる部位が感染症に侵されたため、記憶が数秒で消えていき、新しい出来事や経験がほぼ瞬時に消滅する。
さらに、深刻な逆行性健忘症にもかかっていたため、過去の記憶のかなりの部分が消し去られていった。

医学的解説という点では、ジミーに関しては、主にコルサコフ症候群などの記憶障害の原因やその症状に関するもの。
クライヴについては、エピソード記憶と手続き記憶の仕組みと違い、音楽と記憶との関係など、記憶のメカニズムに関するものが主体。
クライヴの場合、記憶障害によっても、音楽に関する記憶が失われていないのは驚異的であり、サックスでなくとも、その理由を知りたいと思えてくる。

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)- 脳神経科医と音楽に憑かれた人々音楽嗜好症(ミュージコフィリア)- 脳神経科医と音楽に憑かれた人々
(2010/07)
オリヴァー サックス

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『妻と帽子をまちがえた男』で紹介されたもう一つの記憶喪失の患者トンプソンの場合は、よどみない作り話を絶えず話し続けていたが、現実の出来事に対する理解は全くなかった。
それは、「一瞬一瞬で記憶が、そして経験が奪われてしまうときに、物語のような一種の連続性を維持するための戦略であり、必死の-無意識でほとんど反射的な-努力」だった。

クライブのようなほんの短い時間枠のなかでは、思考そのものが不可能だった。クライブは深いうつ状態に陥った。
「以前の人生は終わり、自分はどうしようもない障害を抱えて、残りの人生を施設で過ごすことになるのだと、ふと思い当たったからだ-突然、強烈に、一瞬だけ思って、すぐに忘れてしまうとしても。」とサックスは書いている。

回復の見込みがないまま、6年半を慢性精神病棟で過ごした後、脳損傷患者のための田舎の小さな居住施設に移った。
これは病院よりもはるかに居心地が良い施設だったので、徐々に「会話」できるようになっていった。
クライヴの「会話」は饒舌になっていたが、それは、会話を続けなくてはいけないという強迫観念に近いものだった。
もし会話が途切れると、「底知れない深い穴の上の小さな台」でバランスをとっているクライヴは、その深い穴にのみ込まれてしまうからだ。

クライブの一般的知識-意味記憶も、エピソード記憶ほど壊滅的ではないとしても、かなり損傷していた。
意味記憶はエピソード記憶が伴わないと実際には役に立たない。
しかし、自分が知っている話題にこだわり、次から次へ思考を移すことで、ある種の継続性を確保し、意識と注意の糸を切らさないようにしていた。
その思考を全体的につなげているのが表面的な連想なので、危うい状態ではあったが、この饒舌のおかげで、人との会話の世界に戻ることができた。

クライヴにとって非常に重要な現実が2つ存在していた。一つはデボラ、もう一つは音楽。
デボラとの過去の出会いから結婚後の生活の思い出全てが消滅してはいたが、他の誰も一貫して認識することはできないのに、デボラが自分の妻だと認識し、彼女がいると安心する。
記憶にはさまざまな種類があるが、感情的な記憶はとりわけ深遠で、記憶がなくても強い感情的な結びつきは育っていくという。
デボラの存在と彼への愛情があったからこそ、発病してから20数年間、少なくとも断続的には人生が耐えられるものになった。


もう一つの「奇跡」は、彼の音楽的能力がまったく損なわれていないことだった。
クライヴはイギリスの著名な音楽家で音楽学者で、記憶を失う前に現代音楽を演奏するロンドン・シンフォニエッタの合唱指揮者もしていた。
発病後1年くらいのとき、クライヴはなじみの合唱団を指揮したときのこと。記憶喪失によって苦悩に満ちていた表情は消え、曲を完璧に記憶し、その構成と展開を理解し、特別な指揮技術を使って、プロらしい、彼独自のスタイルを失っていなかったた。
また、サックスがクライヴの自宅を訪れたとき、サックスの求めに応じて、バッハの『平均律クラヴィーア曲集第2巻』の第9番を弾き始めた。この曲は覚えていないといっていたクライヴは、弾きながら「これは覚えている」といい、途中で即興を挟んだりすることもできた。

「クライヴは目の前で起こっている出来事や体験を記憶できない上に、脳炎より前の出来事や体験の記憶をほとんど失っている。それなのに、どうして、音楽についての驚異的な知識を失わず、初見での譜面を理解し、病気になる前と同じように見事にピアノやオルガンを弾いたり、歌ったり、合唱段を指揮したりする能力を持ち続けているのだろうか。」

神経学者ラリー・スクワイアの研究で、記憶には2つの全く別種の記憶-意識に上る事象の記憶(エピソード記憶)と意識されない手続きの記憶-が存在し、手続き記憶は記憶喪失では損なわれないことがわかった。
日常生活で行う様々な行為-髭をそる、シャワーを浴びる、ダンスをする、複数の言葉で流暢に読み書きができる、計算もする、コーヒーを淹れる道具を使える、家の周りの道もわかるといったことは、どうやってやるのか説明できなくとも、実際にできてしまう。

ここで、サックスが疑問に感じたのは、クライヴの見事な演奏と歌、巨匠の名にふさわしい指揮、即興演奏の能力には、知性と感情がしみこんでいて、音楽の構造だけでなく作曲家のスタイルや考え方に対する繊細な同調が感じられるのに、単なる「スキル」や「手続き」とみなしていいのだろうか、ということ。
エピソード記憶と顕在記憶は、子供時代の比較的遅い時期に発達し、海馬と側頭葉の組織が関わる複雑な脳システムに依存していて、クライヴのような深刻な記憶障害者ではそのシステムが損傷している。
一方、手続き記憶や潜在記憶は、脳のもっと広い未発達な部位-基底核や小脳のような大脳皮質下の組織、その組織同士の接続、大脳皮質との接続-が関わっており、このシステムの規模と耐用性が、手続き記憶の強さを保証している。海馬と内側側頭葉の構造が広範囲に損なわれていても、手続き記憶は概ね無傷で残る傾向がある。

エピソード記憶は、特定の出来事(たいていは珍しい出来事)の認知に依存しており、その記憶内容は人によって異なり、記憶を呼び起こすたびに修正・整理しなおされる傾向がある。
手続き記憶は、事実に忠実で、正確で、再現できることが重要であり、繰り返しと練習、タイミングと順序が絶対不可欠である。
練習によって意識的に獲得したものが、大脳皮質下のレベルで運動パターンにコード化され、無意識的になったとしても、演奏自体は機械的なものではなく、新鮮で生き生きとした創造的なものである。
クライヴが演奏を始めると「勢い」に乗って彼が進み、曲も進んでいく。この演奏する存在モード、演奏する自己は、記憶障害に冒されていない。

「クライヴが音楽を歌い、演奏し、指揮することができるのは、音楽の記憶がごく普通の意味の記憶ではないからだ。音楽を思い出す、聴く、奏でることは、完全に今現在にある。」
「メロディを聞くとは聞く、聴こえた、聞こうとしている、の全てが同時に起こることだ」(ヴィクトル・ツカーカンドル『音とシンボル』)


(2011/12/29 Reviesed)

tag : オリヴァー・サックス 伝記・評論

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新譜情報:『アラウ・プレイズ・リスト』(6CD/BOXセット)
とうとう発売されたアラウのリストボックス。
今年はリストイヤーなので、やっぱり出てくると思っていました。

このBOXセットはアラウのリスト作品のスタジオ録音集で、ピアノ協奏曲2曲も収録し、合計6CD。
HMVでは2011年08月31日リリース予定。amazonの日本・米国サイトではまだ取り扱いがなく、英国サイトではすでに販売中。
HMVのオンラインショップの価格ならかなりお買い得なので、アラウのリストを初めて聴く人にはとてもお勧め。
分売盤をバラバラに数枚持っている人でも、このBOXならスタジオ録音の大半が入手できるので、検討の余地はあるでしょう。
アラウの分売盤は廃盤が多かったので、かなり苦労して集めたのに、やっぱり廉価盤BOXが後から出てくるんですよね。
分売盤では持っていない《ヴェルディのオペラの主題による演奏会用パラフレーズ》と《超絶技巧練習曲》、《ショパンによる6つのポーランドの歌》は、あまり好きな曲集ではないので、このBOXを購入するかはちょっと悩ましいところ。

アラウ・プレイズ・リスト~ピアノ協奏曲第1番、第2番、ピアノ・ソナタ(1985)、超絶技巧練習曲、他アラウ・プレイズ・リスト~ピアノ協奏曲第1番、第2番、ピアノ・ソナタ(1985)、超絶技巧練習曲、他
(2011/08/31)
クラウディオ・アラウ、C.デイヴィス&ロンドン響

試聴ファイルなし
⇒下記の旧盤の試聴ファイル参照
《ロ短調ソナタ》の旧盤がカットされた代りに、《スペイン狂詩曲》の古い録音がボーナスCDに入っている。


これは、PHILIPSから以前リリースされたアラウのリストBOX『Arrau Heritage』。すでに廃盤。
収録曲は廉価盤BOXセットとほとんど同じ。でも、これには、ロ短調ソナタが新盤・旧盤の両方とも収録されている。CDの枚数は同じなのに、録音時間数の関係(?)か何かで、廉価盤では旧盤がカットされてしまった。
このBOXセットの試聴ファイルを聴いてしまうと、やっぱり廉価盤のBOXセットを買いたくなってくる。

Arrau Heritage:Liszt (6CD)Arrau Heritage:Liszt (6CD)
(2006/06/27)
Claudio Arrau、Liszt 他

試聴ファイル(旧盤にリンク)(Allmusic)※ロ短調ソナタは冒頭のトラックが旧盤、Disc5が新盤



個人的には、1970年前後までのリスト録音は技巧的に安定しているので安心して聴けると思うけれど、1970年代中盤あたりからは、曲によってかなり聴きずらさを感じることがある。
新しい廉価盤BOXセットで残念なことは、《ロ短調ソナタ》が1985年の再録音の方を収録していること。
再録音の演奏は技巧面がかなり厳しく、構成力も弱くなっていると感じるので、1970年のスタジオ録音の旧盤の方が良いという人は多いし、私も同感。個人的には、旧盤の方を収録した方が良かったのに...と思う。(そう思わない人もいるでしょうが)

このBOXセットのなかで、好きな録音といえば、《孤独のなかの神の祝福》と《バラード第2番》(CD6)、《巡礼の年》(CD5)。
特に、《孤独のなかの神の祝福》は、曲自体が美しく崇高さをたたえている上に、信仰心の厚いアラウの敬虔な心情が伝わってくるようで、とりわけ素晴らしい演奏。"感動的な名演奏"と言う人もいるくらい。
宗教心は全く強くないし、キリスト教信仰は理解しがたいものがあるけれど、そういうことを超えて、このアラウの演奏には心打たれる何かがあります。


Arrau plays Liszt - Bénédiction de Dieu dans la solitude, S. 173/3 (1847)
(『詩的で宗教的な調べ』 S.173より 第3曲《孤独のなかの神の祝福》)

リストは晩年になって聖職者となり、技巧的な大作ではなく、無調の傾向のある小品やより内省的・瞑想的な曲を書くことが多くなっていった。
宗教的作品の一つである『詩的で宗教的な調べ』は、リストが30歳代半ばから40歳頃にかけてのワイマール時代の作品。タイトルはラマルティーヌの同名の詩集による。
この作品の後に、カトリックの聖人を題材にした《2つの伝説》を書いている。
《孤独のなかの神の祝福》の冒頭には、信仰によって心の平和を得たという内容のラマルティーヌの詩が記されている。[ピティナの作品解説]



tag : アラウ フランツ・リスト

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和田慎二『あさぎ色の伝説』
新撰組漫画の傑作といえば、少女漫画の世界なら、木原敏江『天まであがれ』と和田慎二『あさぎ色の伝説』
10代の頃に両方とも読んだけれど、『あさぎ色の伝説』の方がストーリーにオリジナリティがあり、人物の絵柄も設定もしっかりしていて、私の新撰組イメージの原形。
大学時代に司馬遼太郎の『燃えよ剣』を読んだとき、なんだか漫画とは全然違う...と強い違和感を感じてしまったくらいに、すっかり記憶に刷り込まれている。

あさぎ色の伝説  【コミックセット】あさぎ色の伝説 【コミックセット】

和田 慎二

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『あさぎ色の伝説』は全4巻。LALAから大判コミックスが2巻出て、そのあと、花とゆめコミックスとして、既刊2巻分に加えて、さらに2巻分の話を加えた全4巻が出版されている。
第3巻と第4巻の間には、たしか10年近い空白期間があったはずなので、第4巻が出版されているのは長らく知らず。
最近、なぜか突然第4巻を読んでみたくなって、古本を探していたら、作者の和田慎二先生(漫画家は先生と呼ぶことになっている)が、先月7月5日に急逝されたというニュースを見つけてしまった。
まだ61歳で、『傀儡師リン』という漫画を連載中。40年近い漫画家人生で、今でも現役第一線で描いていた漫画家だった。

和田先生は、男性漫画家なのに、少女漫画の世界でアクション物を中心に連載していた異色の漫画家。男性にしては、シンプルだけど綺麗な絵柄で、何と言ってもストーリーが抜群に面白かった。
小学生の頃から、別冊マーガレット~花とゆめ時代にかけて連載された作品はずっと読んでいたし、同じようなファンは多いに違いない。
ブログを検索してみると、新撰組関係のブログで追悼記事があちこちにあるし、他にも昔からのファンの人たちが追悼記事を書いている。
代表作といえば、実写ドラマにもなった長編の『スケバン刑事』。ドラマは見てないけれど、連載は欠かさず見ていた。
最後は、主人公のサキも私立探偵の神恭一郎も亡くなってしまったので、すっかり気が抜けてしまい、それにそろそろ漫画を卒業する時期にもなっていたので、それ以降は(一部の長編連載を除いて)少女漫画はすっかり読まなくなってしまった。

『超少女明日香』シリーズ『ピグマリオ』、『怪盗アマリリス』などの長編シリーズが多いけれど、初期の頃の短編連作シリーズや前後編ものが好きだと言う昔からの読者は多い。
善悪の単純明快な構図、スピーディでスリリングな展開、独創性とアイデアなどが盛り込まれたストーリーの面白さは、当時の他の少女漫画家では描けない世界だった。

初期作品は、『愛と死の砂時計』、『大逃亡』、『銀色の髪の亜里沙』、『わが友フランケンシュタイン』シリーズ、『呪われた孤島』、『オレンジは血の匂い』、『左の眼の悪霊』、『バラの追跡』、『炎の剣』、『快盗アマリリス』、『校舎は燃えているか』、『白い学生服』、『クマさんの四季』、など。
和田作品では、神恭一郎、沼先生、西園寺美尾など、同じキャラクターがいろんな話に登場することが多い。
『スケバン刑事』の番外編には、同じく「花とゆめ」誌上に連載していた美内すずえ先生の『ガラスの仮面』とコラボした『ガラスの仮面編』という作品もあり、サキ、北島マヤ、月影先生に「劇団つきかげ」のメンバーが総出演。2種類の異なった絵柄が混在するのはちょっと不思議な感覚がした。

手元に単行本で持っているものもあるけれど、一部は引越しの時に処分してしまい、それでも、ストーリーも絵も今でも良く覚えている作品は多い。やっぱり子供の頃に熱中して読んだものはなかなか忘れない。『大逃亡』と『わが友フランケンシュタイン』は、もう一度買い直したい気がしてきた。
『超少女明日香』は最初に2巻が凄く面白かったのに、それ以降の巻の話はほとんど記憶にない。
長いキャリアのなかで、途中、画風が少し変化して、キャラクターが子供っぽい感じの丸っこい顔になってしまったのが、個人的にはちょっと残念だったところ。

『あさぎ色の伝説』は、第4巻が稀少本。オークションでもめったに出てこない。
和田先生と白泉社との間で何らかの問題が発生して、先生が白泉社から自作品の版権をひきあげてしまったそうなので、白泉社から再販されることは、現状ではありえない。
他の作品も絶版が続出しているので、どこからでも良いので、まとめて再販して欲しいものです。

 『ミステリーボニータ』2011年9月号<和田慎二追悼特集>
和田慎二追悼特集。50人近い漫画家が、追悼漫画や追悼文を寄せている。在庫切れで、すでにプレミアム付き。

 和田慎二追悼座談会[コミック RYU web]
漫画家の安彦良和先生、ささやななえこ先生、元「JUNE」編集長佐川俊彦氏の3人が和田先生の思い出を語っている。
プーランク=シュトイアーマン編曲/トッカータ(3台のピアノのための)
ジェイコブスのシェーンベルク録音に関するレビューを探していたら、たまたま見つけたのがエドゥアルト・シュトイアーマンのシェーンベルク作品集。
シュトイアーマンはシェーンベルクに師事した作曲家で、優れたピアニストでもあったので、シェーンベルクや自身のオリジナル曲の録音を残している。
シュトイアーマンが書いた作品で有名なのは、シェーンベルクの《清められた夜》のピアノ三重奏曲編曲版。
管弦楽曲版とはテクスチュアがかなり変わるので、これはこれで別の曲のように聴こえてくるのが面白い。

ピアノ作品の録音は少なく、今のところまとまった録音は、Tacet盤のシェーンベルク&シュトイアーマン作品集のみ。

Schoenberg: Complete Works for
Schoenberg: Complete Works for
(2010/02/15)
Eduard Steuermann

試聴する(CD1のシェーンベルク作品のみ)


このCDに収録されているのは、シェーンベルク作品のシュトイアーマン自身によるピアノ演奏と、シュトイアーマン作曲の《組曲》。
さらに、プーランク、シューベルト、シュトラウスの曲を2台/3台のピアノ用に編曲したもの。

プーランクのピアノ作品《Trois pieces》(3つの小品)の第3曲"Toccata"(トッカータ)は、ホロヴィッツが良く弾いていたおかげで、プーランクのピアノ曲のなかでは有名なものの一つ。
冒頭はどこかで聴いたことがあるなあと記憶をたどると、ストラヴィンスキーのバレエ音楽《ペトルーシュカ》の第1楽章の主題旋律によく似ている。

シュトイアーマンが3台のピアノ用に編曲した"Toccata"は、原曲を聴き慣れていると、ちょっと調子が狂ってしまう。
ピアノソロはかなり高速のテンポで勢いが良いのに、さすがに3台のピアノで弾くとなると、テンポがゆっくり。
ソロ並のスピードで弾いたら、アンサンブルが乱れがちになるに違いない。
テンポが遅いので、声部ごとの旋律がわりとしっかり聴こえるし、ピアノが3台も鳴っていれば、色彩感も豊かで、立体感と響きの厚みが増している。
その分、トッカータ特有のシャープさとスピード感がなくて、ときにもたっとして失速しそう。
原曲のようなスピーディな疾走感を楽しむ編曲ではなくて、室内合奏のようなポリフォニックな構成と響きを聴くべき曲なんでしょう。


Poulenc/Steuermann: Toccata (A polyphonising arrangement for three pianos)




ピアノ独奏の"Toccata"。ピアニストはユーリ・ブーコフ。
やっぱりトッカータは、これくらいスピーディでカミソリのように切れの良い演奏で聴くのが楽しい。

Poulenc Toccata - Yuri Boukoff piano


ブーコフは、1923年ブルガリアのソフィア生まれ。2006年没。
イーヴ・ナット、エドウィン・フィッシャー、マルグリット・ロンなどに師事。第1回エリザベート・コンクール(1952年)で8位入賞するなど、国際コンクールの優勝・入賞歴がいくつかある。日本では知名度が低いが、フランスを拠点にLP時代の録音が多数あり。



[追記 8/25]
ホロヴィッツが1932年録音したプーランクのトッカータ。

Horowitz plays Poulenc Toccata (1932 rec.)



tag : プーランク シュトイアーマン

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減少するピアノ生産台数 ~ 製造拠点の海外シフト、電子ピアノの増加
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減少の一途をたどるピアノ生産
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インターネットを検索していたら、たまたまピアノの生産台数の記事が目についた。
静岡県西部地域しんきん経済研究所のリサーチレポート(No.6/2010年03月17日)の「10万台を割り込んだピアノ生産台数」という記事。
そういえば、昔は街を歩いていると、どこかのお家からピアノを弾いている音がよく聞こえてきたのに、最近はめったに聞こえなくなくなった。
電子ピアノや消音機能付きのピアノが増えていることもあるのだろうけれど、少子化や、他のお稽古事(英会話とか)、塾通いに時間をとられて、アクティブなピアノ人口が絶対的に減っている気はする。
住環境の面でも、都市部は3階建住宅が増えて、ピアノが2階に置いてあるし、エアコンを入れていると窓も閉めたままだし、住環境も昔とは随分変わっているので、それも影響しているのかもしれない。

ピアノ生産は、浜松市に本社がある「ヤマハ」「河合楽器製作所」、磐田市の「東洋ピアノ製造」の3社で国内シェアの99%を占める。
静岡県楽器製造協会が毎年、生産台数統計をとっている。
それによると、平成21年の静岡県内のピアノ生産台数は平成20年に3割減(41,375台減)の93,390台となり、昭和37年以来、47年ぶりに10万台を割り込んだ。
高度経済成長期の昭和55年の年間39万台をピークに生産台数は減少の一途。
平成5年に20万台を割り込み、ピーク時の半分に。
近年は10万台を維持していたが、リーマン・ショック以降の景気低迷の影響で、昨年の生産台数が対前年比、3割の落ち込み。

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(出所:リサーチニュース「10万台を割り込んだピアノ生産台数」(2010年No.6)(静岡県西部地域しんきん経済研究所))


<ピアノ生産減少の要因>
-アップライトピアノ製造の海外シフト
-安価・省スペースで演奏を楽しめる電子楽器の普及
-自動車や家電のような買い替え需要が期待できない

<統計方法の見直し>
静岡県楽器製造協会は、製造拠点の海外シフトに対応して統計方法も2011年1月分より見直した。
従来は、国内製造した鍵盤やフレーム等の部品を海外工場で組み立てたノックダウン方式のピアノも「国内生産」としていた。
海外へ送るノックダウン部品も、以前はほぼピアノ1台分を出荷していたが、ここ数年はアクションや鍵盤の海外現地生産が進み、送るのはほとんどフレームのみにまで減少していた。
この見直しにより、完成品の出荷した場合のみ「国内生産」とカウントする。
この基準を適用すると、2010年の生産台数118,909台のうち、「国内生産」とカウントできるのは35%のみ。


リサーチニュース「10万台を割り込んだピアノ生産台数」(2010年No.6)(静岡県西部地域しんきん経済研究所)


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増加する電子ピアノ
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ピティナニュース「国内ピアノ販売台数統計」に、雑誌「ミュージックトレード」の国内ピアノ販売台数統計が引用されている。

機種別にみると、グランドピアノ、アップライトピアノとも減少基調、電子ピアノは減少・増加の波があるが、近年は増加傾向。
アップライトと電子ピアノでは、価格・機能面ではかなり違いはあるが、アップライトピアノが減少の一途を辿る一方、その需要の一部を取り込んだ形で電子ピアノが伸びているのだろう。

最近はクラシック・ピアノを練習している人でも、自宅では電子ピアノを使っている人が増えているようだ。
ピティナ専務の話だと、今やピアノ≒電子ピアノ。グランドピアノの普及を目指していたが、これだけ電子ピアノ使用者が圧倒的に多くなると、電子ピアノを前提としたピアノ指導も考えなくてはならない、という。

といっても、電子ピアノでしかできない練習というのもあるのだろうけれど(音楽ソフトを伴奏に使ったりとか)、本来練習すべきタッチや音色の変化、ペダリングなどは、アコースティックピアノを使わないと難しいことは多い。
オピッツ ~ 日本の現代ピアノ作品集
オピッツのHaenssler Classicからリリースされた最新アルバムは、珍しくも日本の現代音楽ピアノ作品集。
特に好きというわけでもないオピッツのアルバムなので、新譜情報で知ってはいても、すっかり忘れていた。
和泉範之さんの<合唱音楽 聴いたり 弾いたり 振ったり blog>で紹介されていて、かなり面白そうに思えたので、NMLで全曲聴いてみるとその期待通り。
現代音楽は当たりとハズレの差が特に大きいけれど、このオピッツの録音は、最近聴いた現代音楽のアルバムの中でも、聴いてよかったと思える一枚。

諸井三郎:ピアノ・ソナタ第2番、武満徹:雨の樹素描、池辺晋一郎:大地は蒼い一個のオレンジのような、藤家溪子:水辺の組曲 オピッツ [Import CD]諸井三郎:ピアノ・ソナタ第2番、武満徹:雨の樹素描、池辺晋一郎:大地は蒼い一個のオレンジのような、藤家溪子:水辺の組曲 オピッツ
(2011/08/31)
ゲルハルト・オピッツ

試聴する(米amazon)
CDは8月下旬発売予定。MP3ダウンロード(日本amazon)はすでに開始済み。

収録曲のなかで、武満徹の《雨の樹素描》以外は、一般にはあまり知られていない曲ばかり。
 藤家渓子/水辺の組曲 Op. 70
 武満徹/雨の樹素描
 池辺晋一郎/大地は蒼い一個のオレンジのような
 諸井三郎/ピアノ・ソナタ第2番

一般的に聴きやすいのは、 藤家渓子の《水辺の組曲》。
印象派風の美しい曲で、旋律もわかりやすい方だし、不協和音も和声的には美しく、全編に詩的なイメージ漂う曲集。
ドビュッシーが好きなら、この曲も気に入りそうな気はする。

このアルバムで最も注目すべき曲が、諸井三郎の《ピアノ・ソナタ第2番》(1940年)
前評判に違わず素晴らしい曲で、矢代秋雄の《ピアノ協奏曲》を聴いた時もそうだったけれど、日本人でもこれだけの現代曲を書いていたのかという、驚きというか感慨のようなものを感じてしまう。
無調の曲でもなく、不協和音の歪みもないので、聴きやすい曲ではあるけれど、今の時代にはあまり受けない曲想かもしれない。

諸井三郎/ピアノ・ソナタ第2番
1940年に作曲された《ピアノ・ソナタ第2番》は、細部までびっちり書き込まれた緻密で堅牢な構成。
第1楽章の冒頭から物々しい曲想で、オドロオドロしいリスト風(?)といった印象。和声的にもリスト作品に似たようなものを感じるので、個人的には馴染みのある世界。
時々出てくる幻想的な旋律と和声は、ピアノの冷たい響きと相まって、好きな作曲家シサスクの宇宙的な世界を連想する。

第2楽章のスケルツォは、緊迫感がさらに増して、シンプルな主題が次から次へと展開していき、息つく間も無く一気呵成に進んでいくのが、とてもスリリング。
転調しながら鍵盤上を駆け上がっていっては、急速に下行したりと、目まぐるしく動き回り、騒然とした雰囲気が全編に漂っている。
1900年代前半~前衛隆盛時代の現代音楽というと、こういう曲想や音の動きをする曲がかなり多かった(と思う)。
最近は、こういう曲はほとんど見かけなくなってしまった。

苦手な緩徐楽章の第3楽章は、テンポが落ちて、内省的で叙情的な曲想に変わる。
それでも、第1楽章、第2楽章を通じて漂っている物々しく暗鬱な雰囲気はここでも消えずに残っている。


池辺晋一郎の《大地は蒼い一個のオレンジのような...》(1989年)
1989年にとある音楽コンクールのために作曲。タイトルは詩人エリュアールの「愛すなわち詩」という詩集の一節からとられている。
こういう具象的な言葉をはめ込んだ詩的なタイトルは、ちょっとシュールな感じが好きなので、記憶に残りやすい。
この曲は<カメラータ・コンテンポラリー・クラシックス>の『池辺晋一郎 室内楽作品集』に収録されているし、時々演奏会でも演奏されることはあるらしい。

高音のクールな響きや、何かが密やかに蠢いているような幻想的な旋律が散りばめられているところが、個人的には、大地というよりは、宇宙的なイメージ。
たぶん、宇宙をテーマにした曲が多いシサスクやクラムの《マクロコスモス》を思い出させるようなところがあるから。
よく考えると、タイトルは、大地=蒼い一個のオレンジ="天体としての地球"という意味にも思えてきたので、そういう意味では宇宙の浮かぶ地球の姿が浮かんでくる。


シェーンベルク=シュトイアーマン編曲/浄められた夜(ピアノ三重奏曲版)
シェーンベルク作品で最もよく演奏される曲といえば、たぶん初期の頃に書いた後期ロマン主義的作風の《Verklärte Nacht》(浄められた夜、または、浄夜)。[《浄められた夜》の作品解説(Wikipedia)]

シェーンベルクは、ナチスが台頭したドイツを逃れて、米国へ亡命。
同じく亡命者であった指揮者のクレンペラーやワルターが、十二音技法による作品ではなく、《浄められた夜》や《ペレアスとメリザンド》など調性感のある初期の作品ばかり演奏することに対して、とても不満を抱いていたという。

クレンペラーやワルターにしてみれば、欧州と米国の聴衆の音楽的嗜好が違うので、米国の聴衆が聴きたがらないような無調の曲を積極的に演奏するわけにもいかなかったに違いない。
欧州で成功していた有名な作曲家や音楽家でも、米国では受け入れられなかった人は結構多く、作曲家ですぐに思い浮かぶのがバルトーク。逆に、ストラヴィンスキーは米国で大人気だった。
ピアニストならシュナーベル、ヴァイオリニストならブッシュ(ゼルキンの義父)。いずれも欧州では高く評価されていたが、米国では人気がなかった。
逆に、アラウとゼルキンは米国へ移住後、ピアニストとして人気が高くなり、ソリストとしてキャリアを積み上げていった。


もともとは弦楽六重奏曲である《浄められた夜》をピアノ三重奏曲版に編曲したのが、シェーンベルクの弟子でピアニストでもあるエドゥアルト・シュトイアマン。
弦楽オケや弦楽六重奏版で聴くと、濃密で妖艶な弦楽の響きに圧迫感を覚えることがあるけれど、ピアノ三重奏曲版になると、ピアノの音色がヴァイオリンやチェロとは全然違うので、響きの重層感が薄れてテクスチュアがすっきり。
声部の音色がそれぞれ違って、旋律が明瞭に聴こえるので、立体感も出て見通しもよく、聞き覚えのある旋律なのに、全然違った雰囲気がする。
ピアノパートは伴奏に加えて旋律部分も弾くこともあり、音が多くて響きに厚みがあり表現も多彩。全体を支えているような安定感があり、弦楽だけの演奏よりもシンフォニックに聴こえる。

特にピアノパートの美しさが目立っているのが、"Sehr breit und langsam (229-370小節)"のセクション。
このセクションだけで10分近くと、全体の1/3近い。
それまでの悲愴感漂う曲想とは違って、ヴァイオリンとチェロが弾く旋律はとてもロマンティック。
煌くように流麗なピアノ伴奏が入って、この調和した美しい叙情感はロマン派そのもの。
初めは多少違和感を感じたピアノトリオでも、何度も聴いているとそのすっきりとした涼しげな響きが聴きやすく思えてきて、このピアノ三重奏曲版が一番好きかも。

Trio Kandinsky - "Verklärte Nacht" - A. Schoenberg



原曲の弦楽六重奏曲版
Schoenberg Verklarte Nacht ( Transfigured Night ) Op. 4 Part 1





ピアノ三重奏曲版の録音は意外に多いけれど、ほとんどがマイナーレーベル。
こういう時はChandosかBISを選ぶことが多く、わりと好きなペンティネンがピアノを弾いているBISで。
ヴァイオリンはヴァーリンといういつものデュオに加えて、チェロがテデーンのピアノトリオ。
青みがかった白を背景にした冬の木立のジャケット写真がクールで清々しくて、シェーンベルクのピアノトリオ版の雰囲気によく似合っている。

シェーンベルク:浄夜 Op.4 ~シュトイアーマン編によるピアノトリオ版 他 [Import]シェーンベルク:浄夜 Op.4 ~シュトイアーマン編によるピアノトリオ版 他 [Import]
(2005/08/29)
Ulf Wallin, Torleif Thedeen, Roland Pontinen

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tag : シェーンベルク シュトイアーマン

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オリヴァー・サックス著『妻を帽子とまちがえた男』 ~ 「ただよう船乗り」
オリヴァー・サックスの著書に度々登場する症例が、"記憶喪失"と"サヴァン(天才児)"。
"記憶喪失"の場合は、脳卒中など脳障害によって引き起こされるため、サヴァンの事例よりも多い。

記憶喪失といっても、TVドラマでよくある自分の名前や素性など現在と過去の特定の記憶だけを失うという症状ではない。
数秒・数分前に起きた出来事をすぐに忘れて記憶が残らないという、現在進行形の記憶喪失の症例。
『妻を帽子とまちがえた男』で2例、『火星の人類学者』で1例、『音楽嗜好症』で1例。
そのうち、印象に残ったのは、記憶が残らないという統合されたアイデンティティが崩壊するような危機にありながらも、この世界に自分自身をつなぎとめ一つのまとまった人格を保ちつづけた2人の患者、ジミーとグレイヴのケース。

記憶喪失の症例を最初に読んだのは、『音楽嗜好症』の「瞬間を生きる-音楽と記憶喪失」に登場するグレイヴ。
そのとき、すぐに思い出したのは小川洋子の小説『博士の愛した数式』
2004年の第1回本屋大賞受賞作で話題になったし、映画化もされたので知っている人は多いに違いない。
『博士の愛した数式』に登場する元数学者の「博士」は、交通事故による脳損傷が原因で80分間だけしか記憶できない。

博士の愛した数式 (新潮文庫)博士の愛した数式 (新潮文庫)
(2005/11/26)
小川 洋子

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「博士」の記憶保持時間が80分間というだけでも悲劇的なのに、サックスの本では数秒、数十秒しか記憶が保持できない症例が次々とでてくる。
現在進行中の出来事だけでなく、過去の記憶もある時期までしか残っていない。刹那的な瞬間が永遠に連続しているとでも言えば良いのだろうか。
この記憶喪失の状態で、どうやってアイデンティティの連続性・統一性を保ち続けていけばよいのか、想像を超えている。

『妻を帽子とまちがえた男』の「ただよう船乗り」に登場するのは、サックスの勤めていたホームに送られてきた患者、ジミー・G。

妻を帽子とまちがえた男 (サックス・コレクション)妻を帽子とまちがえた男 (サックス・コレクション)
(1992/01/30)
オリバー サックス

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この章の冒頭に引用されているのが、ルイス・ブニュエルの回顧録の言葉。
「記憶をすこしでも失ってみたらわかるはずだ、記憶こそがわれわれの人生をつくりあげるものだということが。記憶というものがなかったら、人生は全く存在しない...。記憶があってはじめて、人格の統一が保てるのだし、われわれの理性、感情、行為もはじめて存在しうるものだ。記憶がなければ、われわれは無にひとしい...。(わたしが最後にたどり着くところ、それはいっさいの記憶の喪失だ。これによって、私の全生涯は消し去られる。私の母の生涯もそうであったのと同じように。)」

サックスは、このブニュエルの回顧録を引用することによって、もし記憶の大部分が失われ、本人の過去も時間のなかでの繋留も失われたら、どのような世界、どのような自己が、その人のなかに残るのだろうか?という「いくつかの根本的な-臨床的、実際的、実存的、哲学的な-問題」と、それを考えさせられる症例を提示する。

サックスが以前に診た患者ジミー・Gは、魅力的で、頭がよくて、記憶を失っている。
知能テストは高く、頭の回転はすばやく、観察力にすぐれ、論理的で、複雑で難しいも問題もわけなく解いてしまう。(ただし、時間をかけなければ。時間がかかると前にしていることを忘れてしまう。)
しかし、記憶力を調べてみると、異常なことに数秒前の記憶がない。すぐに忘れてしまう。長くても1分くらいしか記憶が持続しない。
かすかな記憶のようなものが残存することはあるが、時間間隔がないので、それがいつごろの記憶かもわからない。
不思議なことに、1945年以降の記憶が消滅していた。それ以降、1970年頃までは、断片的な記憶がある。
過去の経歴を調べると、1965年頃までは海軍に所属し、そのころは勤務も普通にこなしていたという。その後、アルコールによる脳症候群がかなり進行し、コルサコフ型の記憶障害が始まった。
ジミーの記憶はすぐに消えてしまうが、通い続けたホームのなかの構造(エレベータ、食堂、階段、自分の部屋の場所)などは、習慣によって覚えているし、スタッフも一部の人は覚えられるようになった。

哲学者ヒュームの有名な言葉に、「われわれは、無数の雑多な感覚の集積または集合体にほかならない。それらの感覚は、信じがたい速さで次から次へと引きつがれ、動いて、変わって、流れてゆくのである。」という大胆な見解があるが、ジミーはまさにその実証例-もはやばらばらで一貫性のない流動と変化にすぎぬものと化した姿だった。

サックスが、ジミーの症状に関する医学文献を調べると、1887年にロシアの精神科医セルゲイ・コルサコフが発表した独創的論文で、記憶喪失の症例を数多く扱っていた。ここから「コルサコフ症候群」という呼称が生まれた。
その後の研究のなかで最も内容が深いのは、ロシアの神経学者アレクサンドル・ルリアの『記憶の神経心理学』。ルリアの著作では、科学は詩に近づき、記憶喪失は、悲劇にも似た痛ましさをもって切々と読者の心にせまってくるという。
この記憶喪失の原因は、コルサコフ症候群ではアルコールのために乳頭体が侵され、一部の神経細胞だけが破壊されるという単純なものと、ルリアの研究のように脳腫瘍の影響によるもの。
ジミーの場合は脳障害は発見されず、いわゆるヒステリー健忘症ではなく逆行性健忘症である。

サックスが、ジミーの症状に関して意見を求めて、ルリアに手紙を書いた。
ルリアの返事には、処方箋はないと書いてあった。「彼の記憶がもどる見込みは、まずまったくないのです。でも、人間は記憶だけで生きているわけではありません。人間は感情、意志、感受性を持っており、論理的存在です。神経心理学は、それらについて語ることはできません。それだからこそ、心理学のおよばぬ領域において、あなたは彼の心に達し、彼を変えることができるかもしれないのです。(中略) 神経心理学の上からいえば、われわれにできることはほとんどない。いやまったくないといっていい。しかし人間としては、すくなからず何かができるかもしれないのです。」

ルリアの患者クールはジミーを同じような記憶喪失をわずらっていたが、稀に見るほどの自意識をもっていて、それに絶望とふしぎな平静さとが混在していた。
ジミーの場合は、人生に何も感じていない、生きているという感じがしていない。でも、なにかしたい、なにかでありたい、感じたいと求めており、意味とか目的といったものを望んでいた。
サックスには「失われた魂」という言葉が浮かんできた。
しかし、ジミーが礼拝堂で聖体拝領の儀式のなかで、精神を集中し、いっさいをあるがままに受け入れていた姿を見て、「ひたむきな精神集中の行為のなかに自己を見出し、連続性とリアリティ(実体)をとりもどしたのである。ここにおいて、彼は魂を得たのだった。」と悟る。

記憶や脳の働きや頭だけでは、ジミーを支えることはできなかった。だが、倫理的な行為や注意力集中は、彼を完全につなぎとめることができたのである。「倫理的」な行為に限らずとも、美的、劇的なもの、音楽や美術によっても起こりうるのではないか。そうサックスは考えた。
仕事やパズルやゲームや計算によって一時的に支えられても、それが終れば無の世界にもどってしまうが、情緒的精神的に注意力集中が行われている場合、つまり自然(ホームの庭の手入れをしているとき)や芸術に目を向けているときとか、音楽に耳を傾けたり、チャペルのミサに参加しているときには、一様で平静な注意力がしばらくの間持続し、ほかの時はめったに見ることができないほどの落ち着きと平和がジミーに訪れるのだった。

初めてジミーと会ったとき、サックスはこう思ったという。
哲学者ヒュームが言うように、彼は人生の表面でぷかぷかする無意味なはかない"泡"のような存在にすぎないのではないか、一貫性もなにもない支離滅裂な状態からはたして脱する道があるのだろうか、と。
経験哲学からいえば、道はないはずだった。だが、経験哲学は、魂を考慮に入れていない。
器質的障害やヒュームの言う"溶解"がどんなにひどくても、芸術や聖体拝領や魂のふれあいなどによって、人間らしさは回復されうる。
神経学上は望みのない状態に見えようとも、この可能性は存在するのである、とサックスは結んでいる。

tag : オリヴァー・サックス 伝記・評論 オリヴァー・サックス

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フォーレ/夢のあとに
ずっと昔、とある理由から声楽曲に凝っていたことがあり、合唱とリートのCDを数年間で数百枚買い集めはしたけれど、今はほとんど聴かなくなってしまった。
それでも、昔何度も聴いたCDは、今でも時々聴きたくなることがあって、それがジェシー・ノーマンの『ヨーロピアン・ライブ』、ドーン・アップショウのベストアルバム、それに、ナタリー・シュトゥッツマンの『フォーレ歌曲集』など。

フォーレの名曲中の名曲といえば、すぐに思い浮かぶのが《夢のあとに》。
今まで聴いてきたなかで、一番印象的だったのが、シュトゥッツマンのアルトで歌われた歌曲版。
シュトゥッツマンの太く力強く、艶やかな歌声は、彫が深くて陰翳も濃くて、とても好きな声質。
透き通った甘い歌声のアーメリンクのソプラノとは違った味わいで、心の底から湧き上がってくるような切々とした哀感がとても美しい。






インストゥルメンタルなら、チェロ。この渋みのある深い叙情感はチェロの低音の深みと包容力のある音色がよく似合う。

演奏しているチェリストはステパン・ハウザー。
ロストロポーヴィチの最後の弟子らしく、ルカ・シュリックとカーボンチェロ2本でマイケル・ジャクソンの『Smooth Criminal』を演奏して、ネット上で”イケメン外国人チェリスト二人組”とかいうので、有名らしい。
それに、彼が有名チェリストの演奏スタイルをものまねした動画が、Youtubeで話題になっているようだ。

それで、フォーレの《夢のあとに》の演奏の方はというと、なんかこうゆるゆるとした平板な感じがする旋律の弾き方だけど、もう少し一音一音がくっきりとして彫の深い歌いまわしの方が好きなんですが...。(単なる好みの問題です)

Stjepan Hauser - Apres un Reve (Faure)




ついでに見つけたのが、ショスタコーヴィチの前奏曲を彼らが2台のチェロ用に編曲した演奏。
この曲は聴いたことがある気がする。原曲はどれだろう?
2台のチェロというと、低音域が多くてもっと重たい感じになるかと思ったけれど、そんなことは全然なく、逆に、チェロの高音はヴァイオリンよりもしっとり落ち着いた響きでとっても耳に心地良い感じ。

2CELLOS (Sulic & Hauser) - Shostakovich: Prelude

Stjepan Hauser and Luka Sulic, cello
Yoko Misumi, piano


tag : フォーレ

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ポール・ジェイコブス ~ アメリカン・ピアノ・ミュージック・リサイタル
ポール・ジェイコブスは、ドビュッシー、ストラヴィンスキー、シェーンベルク、カーターなどの現代の音楽を得意のレパートリーとしていたので、ディスコグラフィには現代音楽の作品が多い。
米国人だったせいか、米国の現代音楽作曲家に知己が多く、レパートリーにも彼らの作品が並ぶ。
現代アメリカ音楽のピアノ作品を集めたアルバムが『Paul Jacobs Plays Blues, Ballads & Rags』。
コープランド、ボルコム、ジェフスキーの作品のスタジオ録音(Nonsuch盤のLP)。国内盤は廃盤らしい。
一番演奏時間が長く、内容も充実しているのが、ジェイコブスがジェフスキーに委嘱したピアノ独奏曲集《ノース・ アメリカン・バラード(North American Ballads)》。
ブルース、バラード&ラグ アメブルース、バラード&ラグ アメ
(1996/10/25)
ジョイコブス(ポール)

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現時点で入手可能なアメリカ現代音楽の録音は、『Stravinsky: Music for Four Hands』。
ジェイコブスとウルスラ・オッペンス(英語よみだとアーシュラ)の2人によるストラヴィンスキーの連弾/2台のピアノ曲の作品集(スタジオ録音)。
ウルスラ・オッペンスは、アメリカで現代音楽をレパートリーとする"草分け的存在"のピアニストらしい。ディスコグラフィにはエリオット・カーターなどの米国人作曲家の作品が多い。
オッペンスは、子供の頃から現代音楽が好きで、周囲からはあまりに現代音楽ばかり弾きすぎると言われた。しかし、ジェイコブスはそれは素晴らしいことだよ..と彼女を励ましたという。

このアルバムは、Nonesuch原盤のLPをArbiterが初CD化したもの。
タイトルはストラヴィンスキー作品集(だけ)のように思えるけれど、CD2には、珍しくもジェイコブスのリサイタル(1979年)のライブ録音が収録されている。
このリサイタルは、ジャズがクラシックに与えた影響に関するレクチャーコンサート風な構成。
ジェイコブスがストラヴィンスキー、コープランド、ボルコム、ジェフスキーの作品に関して解説しながら、実演する形式。ジェイコブスの解説がそのまま収録されている。
残響があまりないので、ややデッドな音質。その代わり、小さな部屋(ホール)で弾いているような身近さと聴衆のダイレクトな反応が録音されている。
稀少なのは、コープランド自身が舞台に登場して、ジェイコブスと語り合い、自作の《キューバ舞曲》をジェイコブスと一緒に2台のピアノで演奏しているところ。これがピアニストとして演奏したコープランドの最後の演奏だったという。

Music for Two & Four HandsMusic for Two & Four Hands
(2008/04/15)
Bolcom,Rzewksi Stravinsky

試聴ファイル(allmusic.com)


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ジェイコブスのリサイタル(1979年、ライブ録音)
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ストラヴィンスキー
1.Piano Rag Music
ストラヴィンスキーの3曲のなかでは、これが一番面白い。第1曲はリズム感が面白いのと、不協和音が調子っぱずれで、どこか間が抜けてユーモラス。
2.Tango
Tangoはたしかにタンゴのリズムなんだろうけど、猫がひそかに歩き回っているような軽妙さがなくて、カクカクゴツゴツ。よく聴くタンゴよりも硬くていかめしい。
3.Ragtime
Tango同様、明るくリズムミカルなジャズのラグタイムとは違って、現代音楽風というのか、とても理屈っぽいラグタイム。
 
ドビュッシー
 『前奏曲集第1巻』~第12曲「ミンストレル」(Minstrel)
 『前奏曲集第2巻』~第6曲「風変わりなラヴィーヌ将軍」(général Lavine eccentric)

「風変わりなラヴィーヌ将軍」については、青柳いづみこさんの連載「ドビュッシーとの散歩」解説が面白い。
てっきり軍人を揶揄した曲だと思っていたら、「ラヴィーヌ将軍」はフランスのマリニー劇場でデビューしたアメリカ生まれの喜劇手品師のことだった。
「ミンストレル」はアメリカの音楽演劇団「ミンストレルズ」のこと(「ドビュッシーとの散歩」)。
両曲とも米国の道化芝居がらみの曲なので、ドビュッシーの前奏曲集からこの2曲だけ抜粋してジェイコブスがリサイタルのプログラムに入れたようだ。


シェーンベルク/2つのピアノ曲 Op.33a&b
どうしてシェーンベルクがここに入っているのかというと、ジェコブス自身が書いた解説では、この2曲はジャズ的であるらしい。(「誰もそうは思っていないけれど」...と、ただし書きがついている)
シェーンベルクのピアノ作品は、最初はとっつきが極めて悪いけれど、ピアニストを変えて何度も聴くとそれぞれ違った弾き方なので、慣れれば意外に面白く聴ける。
ポリーニのシェーンベルクは殺伐とした雰囲気、グールドは微妙な音色の変化と落ち着いたトーンでクールな叙情感。グールドのシェーンベルクは美しくて、かなり好き。
ジェイコブスは、リズム感と強弱のメリハリをつけたフレージングで、まるで語ったり歌ったりしているような歌心があるし、声部ごとの音色と表情の違いが明瞭でポリフォニックな立体感。とても聴きやすくて面白い。
グールドの録音は、どちらかというと静的な感じがするけれど、ジェイコブスは正反対にダイナミック。
この2曲は、アルバン・ベルクのピアノ・ソナタと同じような旋律がよく出てくるし、音の間隔・密度やリズムも似ているところがあるので、ベルクの曲を聴き慣れた人ならすんなり入っていけるはず。


コープランド/4つのブルース Four Piano Blues
1.Freely Poetic
2.Soft And Languid
3.Muted And Sensuous
4.With Bounce

聴きやすい曲とはいえども、ジェフスキやボルコムのように流麗なソングフルな曲ではないところが、コープランドらしい。


コープランド/キューバ舞曲 Danzon Cubano(2台のピアノ)
コープランドとジェイコブスのデュオ。リズムがちょっと複雑なので、ピタっと合わせるのが難しいらしく、演奏はちょっと危なっかしい...。


ボルコム/Ghost Rags
1.The Graceful Ghost Rag
2.Poltergeist
3.Dream Shadows


38年シアトル生まれの作曲家ボルコムはピアニストでもあり、ラグ演奏者としても有名らしい。オムニバスのラグ曲集録音もあるし、自らも多数のラグを作曲している。
ボルコムが書いたラグのなかでは、《Ghost Rags》が一番有名で、比較的録音も多い。オムニバス版のラグ曲集のアルバムなどで、第1曲の”The Graceful Ghost Rag”が録音されているのをよく見かける。
"The Graceful Ghost Rag"は、タイトルどおり少し哀感を帯びた旋律がとても優雅。ジェフスキの《"不屈の民"変奏曲》の主題に雰囲気が似ていて、とっても聴きやすい。
CD2のなかで一番気に入った曲が、この曲とジェフスキの"Down By The Riverside"。
なぜか、《"不屈の民"変奏曲》と同様、"The Graceful Ghost Rag"を聴くと、ずっと昔に大原麗子が出ていたサントリーオールドのTVCMのBGMを思い出してしまう。

William Bolcom 'Graceful Ghost' Rag - Paul Jacobs, piano


"Poltergeist"も、ポルターガイストらしい、ちょっと落ち着きのないユーモラスなリズムで面白い。
最後の"Dream Shadows"はムード音楽風。あまり好きなタイプの曲ではないので、似たような旋律がずっと続くとちょっと冗長な感じがする。



ジェフスキー/《ノース・アメリカン・バラード》より 第3曲"Down By The Riverside"

ジェイコブスの依嘱により作曲されたのが、《ノース・アメリカン・バラード》。[Wikipediaの作品解説]
ジェフスキの作品のなかでは、《"不屈の民"変奏曲》と並んで有名な作品。
全部で4曲あるが、第3曲の"Down by the riverside"か第4曲の"Winnsboro cotton mill blues"だけ録音されていることも多い。
"Down by the riverside"はベトナム戦争時代に反戦運動歌で有名な曲をモチーフにしたもの。
"Winnsboro cotton mill blues"は、ミニマル的な奏法で、ピアノの音が紡績工場の紡織機のような音とリズムに聴こえてくるのがとても面白い曲。

この曲はアムランの録音もわりと知られている。全体的に流麗なレガートと豊かな残響がゴージャズな感じ。テーマの内容からして、やや華麗すぎる気がしないでもないけれど。
《不屈の民》変奏曲でも感じたのと同様、全体的にスタイリッシュでロマンティックな叙情感を感じるけれど、不協和音が醸しだす不安定感などはやや薄い。

ジェイコブスが弾く長調の冒頭主題は、まるで広々とした緑豊かな草原に吹く風のように、素朴な趣きがあってとても爽やか。
他の曲と同様、やがて不協和音が混じってきて、不安定感、不確実性など、現代音楽的な雰囲気が強まっていく。
アムランのような華麗さはなく、不協和音が入ってくると、平和な日常に亀裂が生じたように混沌としていく。
調和的な部分と不協和的な部分では、響きと雰囲気が一変して、コントラストは明瞭。不協和音は荒くざらついた音色でどこかしら焦燥感のようなものが漂う。
調性的に安定している主題を弾きつつ、不協和音の伴奏と対旋律を弾くところの扱い方が上手く、それぞれの旋律線がくっきりと弾き分けられ、クリアな響きと相まって、ジェイコブスらしい明晰さを感じさせる。


これは後年のスタジオ録音。ライブ録音がややデッドな音質なので、スタジオ録音の方がずっと良い。
Frederic Rzewski: Down By The Riverside (1979) (Piano:Paul Jacobs)




tag : ジェイコブス シェーンベルク ジェフスキ ドビュッシー

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ベートーヴェン/7つのバガテル Op.33より第2曲
ベートーヴェンのバガテルで有名なのは、《エリーゼのために》と最後のピアノ作品《6つのバガテル Op.126》。
《エリーゼのために》は多少俗っぽい感じはするけれど、《6つのバガテル》は、曲想が異なる6曲で構成された1つの小宇宙のように完結した世界。ベートーヴェン自身、最後のバガテル集にはとても自信を持っていたという。

最後のバガテル集に比べると、中期の《7つのバガテルOp.33》(1802年)や晩年の作品《11のバガテルOp.119》(1820-22年)は、ちょっと影が薄い。
ブレンデルがPhilipsに録音したバガテル集を聴き直してみても、やっぱり印象に残る曲が少ない。
その中で一番気に入ったのが、《7つのバガテルOp.33》の第2曲。
レーゼルがリサイタルのアンコールに弾いていただけあって、とってもチャーミングな曲。ブレンデルの録音で聴いても、やっぱり好きになれる曲。

冒頭主題は軽やかなリズムで可愛らしく、短調に転調した第2主題はいかにもベートーヴェンらしい何かが迫り来るような予感に満ちた雰囲気。この分散和音を聴くと、ピアノ・ソナタ第1番や第9番の最終楽章を連想する。
中間部は小さなフーガのよう。再現部は主題のリズムが少し変形されて、最後は軽やかに飛び跳ねる和音が、段々大人しくなってエンディング。3分弱の小曲の中に、異なる曲想の主題や音のパターンがいろいろ詰めこまれていて、かなり面白く聴ける。

グールドの弾くベートーヴェンはまず聴かないけれど、このベートーヴェンはデフォルメ感や変わったアーティキュレーションがないので、とてもまとも。
でも、リサイタルのアンコールで弾いたレーゼルの演奏の方が、ずっとリズミカルで軽快、とても快活でチャーミングだった。

BEETHOVEN - Bagatella Op 33 n°2 - Piano: Glenn Gould



tag : ベートーヴェン グールド

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なかしま しほ 『まいにち食べたい“ごはんのような”クッキーとビスケットの本』
自家製クッキーを作るとき、いつも卵とバターは使わない。
市販のクッキーは、バタークッキーに限らず、しっとりほろほろ、甘くて美味しいとは思うけれど、バター、砂糖、卵をたっぷり使わないと、あの味と食感はなかなか出せない。

自分で作るときは、小麦粉に1~2割の全粒粉(または片栗粉、米粉、コーンスターチ)、菜種油(またはオリーブオイル、グレープシードオイル)、砂糖、水(またはスキムミルクを溶かしたぬるま湯)だけで作るので、粉の味がしっかりする素朴な味。
砂糖抜きで塩を入れれば、クラッカー。ライ麦と胡麻を入れると味にコクが出て、クラッカーというより洋風おせんべい。これもなかなかオツな味で美味しい。

そういう素朴なハードタイプのクッキーのレシピ本で気に入っているのが、『まいにち食べたい“ごはんのような”クッキーとビスケットの本"』。
材料の配合や粉の混ぜ方が参考になるし、写真もちょっとダークな色合いがシックで、見た目もすっきり。

マクロビっぽい材料が時々使われているけれど、ごく普通の材料で代用している。
この本のレシピだと、粉の味がするザクザクした食感のクッキーが短時間で簡単に焼けるし、全粒粉を混ぜると素朴な風味とザクザク感が増して美味しい。
ただし、卵、バターを使わないので、レビューには"まとまりにくい"とか、"美味しくない"とか、不満な点をいろいろ書いている人も結構いる。
市販のクッキーのような味と食感が好きなら、この本のレシピは向いていないので、避けた方が無難。

レシピだと、低温でじっくりと中まで火を通すために、170℃のオーブンで30分焼成することになっている。
最近は節電レシピが多くて、クッキーを長時間焼成するのはエネルギーの無駄使いのような気がする。
そもそもクッキーは普通は12分~15分で焼けるものなので、せっかちな私はそんなに長く焼きあがるのを待っていられない。
クッキーの厚み(8mm)を半分以下にすれば、焼き時間は12~15分くらいで充分。すぐにオーブンから取り出して冷ませば、ざくざく・ほろほろした食感のクッキーの出来上がり。
こういうリーンな配合の粉っぽいクッキーは、水分と一緒に食べるとすぐにお腹いっぱいになるのが良いところ。
短時間で簡単に作れて、バターではなくオイルを使うので、ボウルもべトつかず洗い物もすっきり片付いて、タイトルどおり、毎日作って食べてもいいなと思えるレシピ。

まいにち食べたい“ごはんのような”クッキーとビスケットの本まいにち食べたい“ごはんのような”クッキーとビスケットの本
(2009/10)
なかしま しほ

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耳鳴り治療薬情報(1)ネラメキサン ①出願特許リスト
Merz Pharmaceuticals GmbH(メルツ・ファーマシューティカルズ社)は、耳鳴りやアルツハイマーなどの治療薬として、新薬ネラメキサンを開発しているドイツの製薬企業。
メルツ社の日本におけるネラメキサン関連特許出願状況について、特許庁関連団体が運営する特許電子図書館(IPDL)の特許検索データベースを使用し、出願特許リストを作成した。

検索方法と結果

使用DB:独立行政法人工業所有権情報・研修館サイトの特許電子図書館(IPDL)「公報テキスト検索」
検索日:2011年8月5日
対象期間:公開公報(平成5年以降)、公表・再公表公報および特許公報(平成8年以降)、公告公報(昭和61年以降)
検索キーワードとヒット件数
 -出願人名:メルツ・ファルマ  42件 (公開2件、公表35件、特許5件)
 -要約+請求の範囲:ネラメキサン 29件  (公開1件、公表27件、特許1件)
 -出願人:メルツ・ファルマ × 要約+請求の範囲:ネラメキサン 公表12件 
        ※公報全文検索より3件少ないのは、ピラゾロピリミジン関連特許がヒットしないため。
 -出願人:メルツ・ファルマ × 公報全文(書誌事項除く):ネラメキサン 公表15件 ⇒ リスト化


[注意事項]
現時点で公開・公表公報に記載されているデータを使用しているため、PCT出願後すでに国内出願段階へ移行しているにもかかわらず、未公表となっている特許が存在する可能性があります。
また、日本を指定国とする国際出願でも、国内出願段階に移行していないものはリストに含まれていません。

タイトルと要約から、明らかに耳鳴り治療を目的とした出願があります。
それ以外の出願についても請求項(クレーム)で耳鳴り治療用途としての権利範囲が記載されている可能性がありますが、該当技術と特許情報に詳しい専門家でなければ正確な分析・判断ができません。

メルツ社以外の出願人が、ネラメキサンに関する特許出願を行っていますが、リストには記載していません。


ネラメキサンに関する出願特許リスト(PDF)[ダウンロード]
・ 「出願人:メルツ・ファルマ * 公報全文:ネラメキサン」の検索結果15件
・リスト上の出願特許はPCT出願によるもので、すでに国内出願段階へ移行している。2件を除いて審査請求済み。
・耳鳴り治療薬に限定した出願、耳鳴り以外の治療を目的とする出願(アルツハイマー、神経変性障害など)、耳鳴り治療を含む複数用途を目的とする出願、耳鳴り治療用かどうかすぐには判断できない出願の4種類。
・現時点での経過情報を確認すると、審査中、拒絶査定、取下げ、に分かれる。一部の特許(ピラゾロピリミジン関連特許など)で、不特許事由の「公序良俗違反」に該当。

公報を入手したい場合
IPDLの「特許・実用新案文献番号索引照会」から、該当する特許出願の出願番号または公開(公表)番号を入力すれば、公開(公表)公報のPDFファイルが閲覧・ダウンロードできます。


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参考データ
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PCT国際出願制度の概要[特許庁]

(図)医薬品の開発プロセスと特許期間(一般的な例)[メディマグ.糖尿病サイト]

Merz Pharmaceuticals社のホームページ ”Neramexane&Clinical study program”
メルツ社の説明の概要は、"現在、ネラメキサンは耳鳴り治療薬としての治験を実施中。治験段階はPhaseⅢ。合計被験者数は約1200人で、3つの国際的臨床研究を実施。2011年遅くにこの治験計画の最初の研究成果が発表される見込み。次のステップは研究結果次第"。

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利用上の注意
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出願人および簡単なキーワードによる検索で収集したデータのため、必ずしも検索漏れがないとは言えません。
正確な出願状況を知りたい場合は、ご自分でIPDLや他の特許検索データベースを使って検索する、または、特許検索を専門とするサーチャーに依頼するなどの方法でご確認ください。



ジンマン&チューリッヒ・トーンハレ管 ~ ベートーヴェン/交響曲第7番
ジンマン&チューリッヒ・トーンハレ管のブラームス・交響曲全集がリリース予定という新譜情報をHMVのサイトでたまたま見かけて、そういえばジンマンのベートーヴェンのCDを持っていたような記憶が...。
ほとんど聴かないCDを保管しているラックを探すと、やっぱりありました。
でも、記憶では「運命」&「田園」のはずなのに、実際に買っていたのは、第7番&第8番。
それに買った記憶が全くなかった序曲全集のCDも発見。

ジンマン&トーンハレ管のCDは、廉価盤レーベルのArte Nova盤。かなり昔、発売当初に見かけて、随分安いのでつい買ってしまったもの。
当時はそんなに廉価盤が出回っていなくて、NAXOS盤くらいしかなかった。
あまり聴いた覚えがなく、そのままラックの奥深くで眠っていたので、予備知識もなく聴いてみると、これが今まで聴いたベートーヴェンの録音とは随分違った趣き。新鮮で刺激的。
紹介文やレビューを読んでいると、ベーレンライター版による初めてのモダン楽器による録音。(ただし、楽譜にはない装飾音がいろいろ入っているらしい)

何枚か持っているCDの演奏と聴き比べると、トーンハレ管は編成が小規模なせいか、響きがやや薄めで、軽やか。
古楽奏法を取り入れているらしく、モダンオケにしては音に透明感があり、速めの軽快なテンポとリズム感がよく、キビキビとしたフットワークのよさがとっても気持ちよい。
テンポはかなり速く、ゆったりスローペースのジュリーニやチェリビダッケの録音と比べると、なおさら速く感じる。機動的なセルよりもさらに速くてキビキビと切れ良く、快速テンポのクライバーと同じくらいか、楽章によってはそれ以上に速い。
これだけ速いわりに、各パートの旋律の動きや対話・受け渡しも明瞭に聴こえるし、弦楽が弾くフレーズ細部のトリル(というのか)なども音の粒がくっきり。
響きが薄めなので風通しもよく、聴こえてくる楽器の音がいつも多くて立体感もあり、ひたすら前へ前へと前進していく推進力や躍動感で颯爽としたベートーヴェン。
重厚長大というか、伝統的な"ベートーヴェンらしい"演奏を好む人には、ちょっと受け入れがたいらしい。音や演奏の重みで圧倒されることはなくても、この軽快な疾走感と響きのクリアさはとても爽快。一種の愉悦感があって楽しめる演奏でした。

ノリントン/シュトゥットガルト放送響の第7番のライブ録音があり、ジンマンと同じく古楽奏法を取り入れたモダンオケによるベートーヴェン交響曲全集のなかの一曲。
ライブ録音なのでかなりテンションの高さを感じる。管・打楽器が強奏してアクセントを強調するようなところがあって、これが結構煩い。
それに、トーンハレ管よりも厚みのある響きは、やや普通のモダンオケ寄りの重さやゴツゴツした厳つさを感じることがあるけれど、音も各楽器の旋律もクリアで聴きやすい。これはこれで面白いし、充分楽しく聴ける。
弦楽パートと管楽・打楽器パートのバランスは、ジンマン/トーンハレ管の方がずっと良い感じで、音楽の流れもしなやかで滑らか。
第4楽章はノリントンよりもジンマンの方が速いテンポで軽快。この推進力と疾走感が爽快。

Beethoven, 7th Symphony, 3rd Movement (David Zinman, Tonhalle-Orchestra, Zurich)



ベートーヴェンの交響曲全集。序曲(一部のみ)が収録された別盤もあり。
序曲全集(分売盤)は、ベートーヴェンが書いた序曲がほとんど収録されているという稀少な盤らしい。

Beethoven: The Nine SymphoniesBeethoven: The Nine Symphonies
(1999/03/26)
David Zinman ,Tonhalle-Orchester Zürich

試聴する(独amazon)



                     

この第7番について、ワーグナーは"舞踏の聖化"、リストは"リズムの神化"と言ったという。
私の記憶ではなぜか"舞踏の権化"という言葉が刷り込まれていて、それに、酒神バッカスを讃えているような祝祭的豊饒さのイメージもある。
特に好きな第4楽章といえば、真っ先に思い浮かぶのが、クライバー/コンセルトヘボウ管のライブ映像。今さら説明する必要がないほどに有名なライブ映像は、何度見ても凄い迫力。
ウィーン・フィルとスタジオ録音したCDと聴き比べると、このライブ映像の方がさらに疾走感と白熱感が増している。
指揮者は体力勝負と思ってしまったほどに、全身を使って(顔も含めて)表情豊かに指揮する姿に釘付けになってしまう。おかげで、音楽を聴いているよりは、指揮姿を見ている気がする。
このコンサートでは、クライバーのあまりの速いテンポにオケがついていけなかったり、ミスもあったりして、演奏直後の聴衆の大拍手の中で、楽団員に笑顔はなく呆然と立っている、という。(指揮者・金聖響氏の著書『ベートーヴェンの交響曲』に書いてました。)
ライブ映像では、演奏が終ったあとで、楽団員たちが白いハンカチや手で顔の汗を拭っている姿が映っていて、クライバーの指揮について行くのに必死だった様子が察せられるのでした。

Carlos Kleiber -Beethoven symphony No.7, Op.92 : mov.4 [Youtube]


tag : ベートーヴェン

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LOGICOOL/PCスピーカー X-140 【製品レビュー】
DELLのパソコンにつけていた外付けスピーカーが1週間くらい前にとうとう故障。
ガーガー、ピーピー大音量の雑音ばかりで、使い物にならないので、新しいスピーカーを買うことにしました。

調べてみると、このスピーカー(AS500PA TFTモニタ用スピーカー)はDELL製液晶ディスプレイ専用品だったようで、10年ほど前に5000円くらいで購入。
ボリュームつまみしかないけれど、PC用にしては音はそこそこ良く、一番の利点はディスプレイ下部に吊り下げた形でセットできるという省スペース性。
今は、DELLではこのスピーカーは取り扱っておらず、ONKYO,CREATIVE,LOGICOOL,LOGITECHなどのPCスピーカーをオプションでつけるようになっている。

スピーカーについては、度々購入するものではないので、さっぱりわからない。
いろいろ調べてみると、パソコンにつける場合はアンプ内蔵のPCスピーカー(アクティブスピーカーとも言うらしい)でないといけないとか、低音用のウーファというものがついている機種もあるとか、知らないことばかり。
amazonの売れ筋ランキングとレビュー、価格comのレビューとクチコミをチェックしていると、基本的な知識に加えて売れ筋製品もわかるので、とっても便利。
価格帯は千円くらいのものから1万円以上のものまで、いろいろ。売れ筋は3000円前後のもので、一番売れているのが、Creativeの"Inspire T10 IN-T10"。
ONKYOやBOSE製品も良さそうだったけれど、サウンドカードがないとそれほど高い音質にはならないらしい。BOSEは低音が良く響くらしく、ちょっと煩い気がする。
CDでしっかり聴くときはステレオで聴くので、パソコン用にはそこそこまともな音が出る程度のスピーカーにして、結局、LOGICOOLのPCスピーカー(X-140)を購入。

X-140の特徴は、すっきりしたデザイン、重さがあって安定している、電源内蔵、低音はtone調整できる、合計出力5W、ウーファーなし、という点が気に入り、3000円という価格のわりに音質も良いらしい。
パソコンに接続してすぐに聴いてみると、音が薄っぺらくて軽くて、それにモコモコした感じ。
今まで使っていたDELLのスピーカーの方がずっと音が良かったので、やはり価格相応かと思ったけれど、エイジングすると変わるかもしれないので、オケやピアノの音源を数時間聴き続けた。
このスピーカーは、ある程度の音量を出さないと音が篭もりがちになるらしく、ボリュームつまみを2/3くらいに設定するのが一番良い感じ。
toneつまみは真ん中で。それ以下にすると高音が小さくなって篭もるし、それ以上にすると低音がボンボンと響いて煩い。
ただし、ピアノソロを聴くと、低音がボンボン響きすぎるので、1/4くらいの位置に変えても良い感じ。

翌日もエイジングしながら聴いていると、こんな小さいスピーカーでも、エイジング効果で随分音が良くなっている。
昨日は薄っぺらい金属的な音だったのが、芯のあるしっかりした音で、音抜けもよくてクリア。
固定型のDELLのスピーカーと違って、音に立体感と広がりがあるし、3000円のスピーカーでこれくらいの音質で聴けるのなら充分。良いお買い物でした。

LOGICOOL スピーカーシステム 2.0ch PCスピーカー X-140LOGICOOL スピーカーシステム 2.0ch PCスピーカー X-140
(2006/10/06)
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チャイコフスキー/幻想序曲《ロミオとジュリエット》
たまたまレコ芸の付録サンプラーCDを聴いていたら、チャイコフスキーの《幻想序曲「ロミオとジュリエット」》が聴こえてきた。ドゥダメル指揮シモン・ボリヴァル響の演奏で、今年のザルツブルク音楽祭でもこの曲を演奏していたらしい。

チャイコフスキーとはどうも相性が悪くて、有名なピアノ協奏曲第1番も含めて、よほどのことがないとまず聴かない。
それでも例外的に好きな曲があって、それがこの《ロミオとジュリエット》とバレエ音楽。
《ロミオとジュリエット》は学生時代、NHKFMで流れていたのをたまたま聴いて、あまりに印象的だったのでカセットテープに録音して、繰り返し聴いたものだった。

「ロミオとジュリエット」というと、オリビア・ハッセーの映画の甘いセンチメンタルなテーマ曲の方をすぐに思い出すけれど、このチャイコフスキーの曲は、力強くてドラマティック。
緩徐部分はチャイコフスキーらしい憂いのあるロマンティシズムが美しく、"幻想序曲"という名のとおり、ファンタスティックな雰囲気もする。
プロコフィエフにも《ロミオとジュリエット》というバレエ音楽(それにピアノ独奏用組曲)があって、たぶんそちらの方が有名。
チャイコフスキーの序曲はバレエ音楽とは全く関係なく、シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』をモチーフにした演奏会用序曲。

この曲はどの演奏が名盤なのか(そもそもそういうものがあるのか)知らないけれど、このタイプのロシアものならゲルギエフあたりが良いのではないかと思って探すと、ちょうどプロムスのライブ映像がある。
そういえば、BBC Music Magazine Award 2011の”Disc of the year”は、ゲルギエフ/ロンドン響のプロコフィエフ《ロメオとジュリエット》だった。

チャイコフスキーの幻想序曲は、そんなに長い曲という記憶はなかったけれど、演奏時間をチェックすると単一楽章の序曲にしてはかなり長くてトータル20分近く。
冒頭はゆったりとしたテンポで、憂いを帯びた短調の旋律が流れて、ロシア風バレエ音楽のようにロマンティック。ハープのアルペジオがとっても綺麗。
徐々に加速してクレッシェンドして盛り上がったと思ったら、再び弱音の旋律に戻ったりして、なかなか一直線には進まない。
とうとうテンポが上がってフォルテの部分に入ると、疾走感と急迫感、それに嵐の到来を予感させるような雰囲気にゾクゾク。
それと対照的に、緩徐部分の平和的で少し甘いタッチの主題旋律は、まるで"台風の目"か"嵐の前の静けさ"のように穏やか。
記憶のなかではもっと怒涛のような曲のはずなのに、Youtubeで聴いていると前半は緩徐部分の方が多くてチャイコフスキーらしい憂愁感が漂っている。

Tchaikovsky Romeo & Juliet Overture, London Symphony Orchestra, Valery Gergiev Proms 2007 1/2



後半部分になると、クライマックスに向かって、嵐が渦巻くように力強く疾走していく。
私の記憶の大半はこのクライマックス部分だった。やはりこの曲はこうでなくては...。
終盤は再び陰翳の濃い憂愁漂う旋律に落ち着いてから長調に転調し、天上から明るい光が舞い降りてくるような美しいハープのアルペジオも入ってくる。最後はトランペットの明るい音色のファンファーレでエンディング。

Tchaikovsky Romeo & Juliet Overture, London Symphony Orchestra, Valery Gergiev Proms 2007 2/2




tag : チャイコフスキー

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プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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