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伸井太一 『ニセドイツ2≒東ドイツ製生活用品』
<ニセドイツ>シリーズの第2弾は『ニセドイツ2≒東ドイツ製生活用品』。
『工業品』ならトラバント、カール・ツァイスなど名前だけでも知っていたものはいくつかあったけれど、『生活用品』の方は聞いたこともないグッズがほとんど。

 『共産趣味インターナショナル(Cominterest) ニセドイツ2≒東ドイツ製生活用品』(社会評論社ウェブサイトの書籍紹介)

ニセドイツ〈2〉≒東ドイツ製生活用品 (共産趣味インターナショナル VOL 3)ニセドイツ〈2〉≒東ドイツ製生活用品 (共産趣味インターナショナル VOL 3)
(2009/10)
伸井 太一

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■国営スーパー「ハーオー」:世紀末覇王伝説
東ドイツ時代の国営ショップは、普通のスーパー「ハーオー」(HO)、大型デパート「ツェントルム」(15の中心都市にしかない)、商店チェーン「コンズーム」。
東独経済が発展すると"富裕層"が出現したので、高級品店「エクス・クヴィジット」と高級食材店「エクス・デリカート」も登場。
1966年設立の「デリカート」には品質の良いものが並び、「ハーオー」には安いが品質の悪いものが供給されていた。

西側製品を販売する「インターショップ」。
東ドイツの親戚を訪れる西ドイツ人や外国の訪問者用のお店。東ドイツの親戚へのお土産には持ち込み制限があるので、「インターショップ」で買わないといけない。
西ドイツマルクやドルで支払うので、外貨獲得手段の一つ。
東ドイツ人も利用できるため、西ドイツの親戚から西ドイツマルクを密かに受け取って、食料品やジーンズなどを買っていた。行列せずに買えるというのは、「ハーオー」とは大違い。
ただし、西ドイツマルクが大っぴらに流通しては大変マズイので、「フォーラム・チェック」という小切手に交替する必要があった。

■パンとケーキ:パン共産主義運動
小麦粉製品の「カティ」は、1951年設立にハレ市で設立された家族企業のブランド。
1972年にハレ国営パン小麦工場に統合されたが「カティ」のマークはそのまま利用されていた。
東西ドイツ統一後も「カティ」を製造していた企業は生き残り、現在でも「カティ」製品がハレ市で売られている。
「バウムクーヘン」は東ドイツの地方都市の名産菓子。ザルツヴェーデルが本家と考えられているが、ドレスデンの人はドレスデンが本家本元だと思っている。

■チョコレート:共産主義は甘くない
カカオ不足が慢性化していた東ドイツでは、オートミール、麦芽、大豆を使った代用チョコが代表的チョコ。
ハレ市の名物は「ハローレン」というチョコレート。1804年の老舗チョコレート会社ハローレンの製品。東独時代に国営製菓コンビナートで製造され、統一後も生き残ったチョコレート。
チューリンゲン州の名物は「ロートシュテルン」(赤い星)。東独時代に創業したので共産主義的なネーミングのチョコ。2000年以降のオスタルギーブームに乗って、東独時代の板チョコやボール型チョコが復活し、「チェ・ゲバラ」チョコまで販売している。

ドイツの朝の食卓で、ジャム・バター以外の定番はチョコ風味のへーゼルナッツペースト「ヌテッラ」。
イタリア製で、ドイツでは年間1億ビンが売れる人気商品。
東ドイツでは入手困難な「ヌテッラ」の代りに、国営企業が製造したのが「ヌドッシィ」。
「ヌドッシィ」のへーゼルナッツ含有量は、「ヌテッラ」の3倍の36%。(チョコレートが不足していたせい?)
統一後、「ヌドッシィ」は製造中止となったが、1998年に製造再開。
今でも店頭に「ヌテッラ」と共に並び、「ヌテッラ」よりも「ヌドッシィ」が好きという人も根強く残っている。

■料理:ドイツ民主共和コックのクルト・ドルマー
東ドイツの人気番組の一つが、25年間も続いた長寿番組「テレビ料理人のお薦め」。
材料不足の東ドイツで、限られた食材からバラエティ豊かで(ただしブルジョワの贅沢料理はご法度)、「共産主義的」な料理を当局から期待されていたので、料理人クルト・ドルマーが紹介する料理は東欧や北欧の料理が多かった。
ドルマーが68年に出版した『テレビスタジオからの料理術』という本もロングセラー。改訂を重ねて900種類の料理レシピが載っている。

■ファーストフード:スーパー・差異ズ・ミー
■コーラ:共産党員料
1958年に発売された東ドイツ初のコーラは「ヴィタ・コーラ」。
”甘くなく、少し酸っぱく、炭酸強すぎ” という味のコーラは、西側社会のコカ・コーラとは全然違った味で、かなり不味かったらしいが、東独ではとてもよく売れた。
1967年には第2のコーラ「クルップ・コーラ」も発売。
今でもこの2つのコーラは販売されているが、東独時代に作られていたコーラとは全く別物の味になっている。

■ビール:あまりの不味さにビビール
美味しい麦やホップの原産地は西ドイツ地域に偏り、東ドイツではそれ以外の原料も不足がち。
そのため、「ビール純粋令」どおりのビールではない、”ニセ・ビール”が出回っていた。
ただし、一部の醸造所では昔ながらの純粋なビールが製造され続け、今でも人気のあるビールになっている。

■コーヒー:東ドイツ珈琲の可否
東ドイツを代表するコーヒー会社の一つが、1908年にマグデブルク市に設立されたレーストファイン社(Rostfine)。
当時から代用コーヒーを製造しており、現在では欧州中に輸出している。
代用コーヒーとは、コーヒー豆以外の原料から作られたコーヒー風の飲み物。オオムギ、玄米、コーン、チコリやタンポポの根などが使われている。
1953年に本物のコーヒー豆の販売を開始し、60年代始めに売り出した「ロンド」が大ヒット。
コーヒーは高価な商品ではあったが、東ドイツではよく売れたらしい。
1977年、ブラジルのコーヒー豆凶作により「コーヒー危機」が発生。
外貨不足の東ドイツではコーヒー豆が輸入できなくなり、焙煎コーヒーが禁止され、その代わりに代用コーヒーを飲まざるをえなくなった。
ノンカフェインの代用コーヒーは味も香りも格段に劣り、コーヒーの49%分を代用品に置き換えたコーヒーが出回っていた。
これには、コーヒー好きの東独国民の不満が高まり、政府はベトナムを新たなコーヒー産地として開拓。今では、ベトナムは世界第3位(最新データでは2位)のコーヒー輸出国となっている。

<参考データ>
世界の国別コーヒー生産量・消費量 [AGF/世界と日本のコーヒー豆事情]

麦芽の代用コーヒーというと、日本で売っている「ミロ」みたいなものなんだろうか。チョコレート味もする「ミロ」は美味しいけれど、コーヒーを飲んだ気には全然ならない。


■ワイン:赤ずきんに乾杯!
今でもドイツのホームパーティ(東独地域)でよく飲まれているのが、スパークリングワイン「ロート・ケプヒェン(赤ずきんちゃん)」。
ワイン産地の北限となるフライベルクで生産されていた、東ドイツでは人気ワイン。
統一後、旧東ドイツの会社として初めて、この醸造会社が旧西ドイツの酒造会社を買い取ったことで一躍有名になった。

■カクテル:社工場ではなく社交場へ
■洗剤・石鹸:共産主義の洗剤能力
■歯みがき粉:思想・農・労を防止
■トイレットペーパー:拷問道具

■ファッション:資本主義ファッショニズムに対抗

東ドイツでも数種類のファッション雑誌が販売されていた。
「ジビレ(Sibylle)」は共産主義ファッションの最先端をいく雑誌として、東欧諸国でも人気があったらしい。
ファッションモデルが映っている写真の背景には、無粋な共産主義的建築物や採掘施設が映っていたり(結構シュールな光景)、レニングラードやソ連科学館でロケ撮影していた。

■旅行:社会(主義)見学!
■スポーツ :官吏スポーツ
■音楽:調律された共和音
■宝くじ:「共産体制」でも一攫千金?!
■タバコ:労働の後はタバコで一服、休まっち


■東独ジョーク:心に届くジョーク?
シュタージ(秘密警察)の任務を描いた映画『善き人のためのソナタ』では、エリートコースのシュタージ養成大学の新入生が隣にいる教官に気づかず、ホーネッカー書記長にまつわるジョークを飛ばしたため、大学から姿を消し、収容所のような単純労働作業場に送られていた...というシーンが出てくる。

東独では、ホーネッカーネタのジョークも多かったらしい。
その中には日本人にも理解できるジョークがいくつかあり、これはその一つ。

ホーネッカーがベルリン・アレクサンダー広場にできている長蛇の列をみて、何のために列を作っているのかと訊ねた。
「実はわれわれは出国許可の申請書類のために並んでいるのです。けれども、あなたが1枚だけ許可証にサインすれば、われわれはこんなことをしなくても済むのですが...」


このジョークを最初読んだときは一瞬??だったけれど、すぐにオチがわかって笑えた。
ホーネッカーが自分自身の出国許可証に1枚だけサインして出国してしまえば、他の国民は東ドイツから出て行く必要はないのに...ということ。

<参考サイト>
共産圏関連ジョーク [世界史系ジョーク集のまとめサイト]


■共産主義エロス:『ザ・雑誌』
■子供同志のアカるい遊び
■おもちゃ:東独とーいえば、玩具
■ボードゲーム:東独が舞台の暴・・動ゲーム
■テレビゲームは国家の誇り?
■ザンドマン:砂男は眠らない
■メッキーマウスはハリネズミ
■児童文学:社会に供さんと志す若者を育成
■家具、食器:共産党員テリア


■信号機アンペルマン:アカ信号は止まらない!
東ドイツでとても親しまれていた歩行者用信号機アンペルマン。
心理学者のペグラウ氏が考案したデザインで、小さな男の子のシルエットが可愛い。
工業製品には機能・合理性優先で無粋なデザインの多い東ドイツ製品だが、このアンペルマンはなぜか”プチブル的”。
統一後、旧東ドイツ地域では老朽化した信号機が徐々に撤去され、アンペルマンも路上から消滅。
しかし、アンペルマン信号機の保存活動が始まり、旧東ドイツ地域のドレスデンではアンペルマン信号機がまだ残っている。旧西ドイツ地域にあるカッセル市にも設置されている。
アンペルマン信号機が再び注目されると、アンペルマン・グッズも次々に誕生し、アンペルマンショップもベルリンに数店舗ある。日本でもアンペルマン・グッズが購入可能。

AMPELMANN JAPAN 日本語公式ホームページ
アンペルマン・ショップ 日本語パンフレット(PDF)

■オスタルギー:オスト、たぎる!
東西ドイツ統一によって東ドイツではあらゆる環境が激変し、東ドイツ人の精神的空白から生まれた言葉であり現象がオスタルギー。
オスト(Ost:東)とノスタルジー(Nostargie:郷愁)を融合した言葉で、旧東ドイツで製造された製品や生活文化を懐かしがるとともに、茶化した言葉。
ドイツ統一といっても、実質的には西ドイツが東ドイツを吸収したようなもの。東ドイツの国営企業の解体により膨大な失業者が生まれ、今でも埋まらない旧東西ドイツ地域間の経済格差とそれに伴う精神的なギャップは深刻。
2008年の意識調査では、統一後の生活に満足している東ドイツ人は13%。東ドイツ時代に戻りたいという人も11%いる。
実際、東ドイツにも良いところはあった...と言う東ドイツ人は少なくないらしい。

ドイツ統一後に製作された東ドイツをテーマにした映画で有名なものは『グッバイ・レーニン』と『善き人のためのソナタ』。
『グッバイ・レーニン』はオスタルギーをかきたてるコミカルなストーリーで、当時の生活スタイルの描写や日常生活で普通に見かける東ドイツ製品が登場する。

それに対して、国民生活を監視する盗聴活動を行うシュタージ(秘密警察)が主人公の『善き人のためのソナタ』は、そういう郷愁が全く入りこむ余地がない。

<参考ブログ>
『日本で見られるオススメドイツ映画』その2 --- 戦後のドイツ~東西問題~東西ドイツ統一 [ほにゃく犬とほにゃくハリの字幕ほにゃく日記]

DDR(ドイツ民主共和国~東ドイツ)その2 ~ 恐るべし、シュタージ[それでもドイツ語が好きなんだワン♪]
統一後、シュタージに保管されていた監視調書の開示請求をして、自分の情報を確認する東ドイツ人は多かったという。
ある監視調書では、東独の友人宅へ訪問に行った若い日本人女性の個人情報が事細かに記載されており、当局へ事前に提出した情報以外にも、誰かが当局に通報したと思われる情報が載っていたという。東ドイツの相互監視社会の一面がよくわかる。

■博物館:東ドイツの歴史ここにあり
■魅惑の東ベルリン・ツアー(一泊二日コース)
■東独カフェ:マルクス経済におけるカフェー価値論?
■東ドイツ土産:共産主義の余剰価値


■ddr雑貨(大阪):「西」にある東ドイツ雑貨店 「ddr雑貨」ホームページ
東ドイツ(DDR)時代のアンティーク食器・雑貨店「ddr雑貨」というお店が大阪にあるという。
地図を見ると靭公園東方の阪神高速下にある。あの界隈には昼休みにたびたび外食しに行っていたけれど、全然気がつかなかった。
ビンテージものの食器やファブリックは共産主義政権時代のものとは思えないような可愛らしいデザイン。
でも、商品説明をいくつか見てみると、西ドイツで製造された製品もちらほら混じっている。

■マルクト(東京):サッカーから雑貨ぁへ

<関連記事>
伸井太一 『ニセドイツ1≒東ドイツ製工業品』

tag : 東ドイツ 伝記・評論

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シュライアー&レーゼル ~ ブラームス歌曲集
試聴した時のレーゼルのピアノ伴奏があまりに良かったので、レーゼルの演奏を聴きたいがために買ったシュライアーのブラームス歌曲集。
CDで聴いてみると、シュライアーのテノールの歌声が耳にとっても心地良い。ついでにベートーヴェンの歌曲集までNMLで全曲聴いてしまい、CDをそのうち買わないといけない。

この歌曲集は、1975年のドレスデン・ルカ教会での録音。柔らかで伸びやかに響く教会特有の残響がとても綺麗。
当時30歳とずいぶん若かったレーゼルは、ちょうどブラームスのピアノ作品全集を録音したばかり。
透明感のある響きと精密なタッチですっきりとした叙情表現は、明るい色調の歌が多いシュライアーの歌声によく似合っている。

ブラームス歌曲集ブラームス歌曲集
(2011/07/20)
ペーター・シュライアー(T)、ペーター・レーゼル(p) 他

試聴する(HMV)


ブラームスの歌曲一覧[詩と音楽~梅丘歌曲会館]
ブラームス歌曲のドイツ語歌詞と日本語訳詩、さらに簡単な解説が載っているというとても貴重なサイト。

ブラームスの歌曲は、旋律がシンプルでわかりやすくてメロディアス。
ピアノ伴奏もピアノソロ並に凝ったものもあり、歌手の邪魔することなく、バタバタせずにそつなく弾きこなさないと、ピアノ伴奏の方が目だってしまいそう。
ブックレットによると、ブラームスは「重々しいバスの声で歌うのにふさわし暗い厳粛な歌曲なある一方で、軽快なメロディーで恋を歌ったり、喜びを爆発さえるような歌を作っている」。
シュライアーが歌っているのは、後者のタイプの曲が多く、レーゼルの透明感のあるピアノの響きがよく映えている。
長調の曲は、似たような旋律と曲想の曲がわりと多いので、一度聴いただけでは、とても気に入った曲以外は、どれがどの曲の旋律かはっきりと区別つかないものがいくつか。

1. メロディーのようなものが僕の心に Op.105-1
ゆったりと息の長い旋律は夢見るようにロマンティック。

2. 春の歌 Op.85-5
とても軽快で長く暗い陰鬱な冬が去った喜びが溢れている。
ピアノ伴奏の高音部の連続する2音の響きが、繰り返しエコーするのが耳に残る。

3. すぐ来て下さい Op.97-5
歌曲にしては、説明口調のタイトルだけど、旋律は生真面目な雰囲気。

4. 僕たちは歩いて行った Op.96-2
冒頭のピアノソロの伴奏の透明感のある柔らかい響きがとても夢想的で綺麗。

5. 僕の恋は新緑だ Op.63-5
高らかに情熱を歌い上げるような開放感のある曲。
この旋律を初めて聴いてすぐに覚えてしまったくらいに気に入っている曲。
正式な曲名は「青春の歌1」。これでは素っ気なさ過ぎるので、歌詞冒頭の一節「Meine Liebe ist grün」が通称になっている。

シュライアーの音源がなく、Youtubeには女声歌手の音源がほとんど。
この曲を甲高い女声で歌われると、すっかり調子が狂ってしまう。
どうもブラームスは男声の歌で聴く方がしっくりとくるような気がする。
1943年と古い音源。シュライアーやフィシャー=ディースカウの歌い方に比べると、オペラがかった(?)歌い方に聴こえる。

Peter Anders "Meine Liebe ist grün" Brahms
Michael Raucheisen, piano



6. 何とすばらしい,僕の女王様 Op.32-9
これはとても有名な曲。ヴァイオリンやチェロの編曲版がよく演奏されている。
タイトルは「いかにおわす、我が女王」の方が私には馴染みがある。
これも冒頭からピアノソロの伴奏が素敵。特に高音の響きが夢の中にいるような美しさ。

Wie bist du, meine Königin by Brahms
Dietrich Fischer-Dieskau, Baritone /Gerald Moore, Piano


7. あなたの青い目 Op.59-8

8. 五月の夜 Op.43-3

9. おお,帰り道が分るなら Op.63-8
アルペジオで始まるピアノソロがゆったりと呟くようにしっとり。

10. 秋の想い Op.48-7
タイトルのごとく、陰鬱なドイツの秋の侘びしげな情景が浮かんでくるような、静かで淋しげな曲。

11. セレナード Op.106-1

12. 日曜日 Op.47-3
民謡腸のようなシンプルな旋律とワルツのリズムで実直な雰囲気。

13. 万歳! Op.6-4
学生歌のように明るい。

14. 湖上にて Op.59-2

15. 船の上で Op.97-2
船上で旗が風にはためいて、海の上をセーリングしている情景が浮かぶような曲。

16. 愛の歌 Op.71-5
《愛の歌》として有名なのは、作品52のワルツ集。もともとは4声独唱と連弾によるピアノ伴奏の作品。
合唱曲のレパートリーとしてもよく歌われている。
シュライアーが歌っているのは、「5つの歌」の第1曲。
ピアノ伴奏がとてもチャーミング。

17. 僕に出て行ってほしいのかい? Op.71-4
これは怒りに満ちたような短調の急迫感のある曲。タイトルを見ても不穏な雰囲気だし。

18. 憧れ Op.49-3
珍しくピアノ伴奏がかなり低い音域を使っているように聴こえる。

19. もしあなたが時折微笑んで下さりさえすれば Op.57-2

20. ナイチンゲールに寄せて Op.46-4
ピアノ伴奏は、高音部の和音の響きが印象的。

21. 子守歌 Op.49-4
これもブラームスの作品中、最もポピュラーなものの一つ。
この曲とピアノ独奏曲の《ワルツ集 Op.39》第16番(変イ長調)とが、雰囲気が似ているせいか、ときどき記憶の中でごっちゃになる。
ブラームス以外編曲者による編曲版もいろんな楽器編成で演奏されている。

この曲は男声よりも女声で聴きたい。
Elly Ameling: "Wiegenlied" by Johannes Brahms


tag : ブラームス シュライアー レーゼル

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耳鳴りとパーソナリティに関する論文
"Tinnitus-related distress: A review of recent findings."
Curr Psychiatry Rep. 2011 Feb;13(1):31-6.
Malouff JM, Schutte NS, Zucker LA./Department of Psychology, University of New England,Australia.

- 耳鳴りに伴う苦痛(tinnitus-related distress:TRD)に関する文献レビュー。
- 最近の研究結果では、
1)慢性耳鳴りは他の慢性的健康問題と同様のストレス誘引効果がある。
2)ある特定の性格的特徴(type D personality、anxiety sensitivity(不安感受性))をもつ人は、耳鳴りの影響による苦痛が増大する。
3)TRDにおける神経活動は、痛みやうつ状態の場合と似ている。
4)耳鳴りという状態を受け入れている人は、耳鳴りの苦痛は低くなる。
5)認知行動療法(リラクゼーション訓練、注意コントロール訓練、acceptance activities(受容行動)など)はTRDを軽減する傾向がある。
- メンタルヘルス専門家は、患者(特に高齢者)に対しては耳鳴りについて話を聞き、TRDに対して心理療法を提案することが良い治療法となるだろう。


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"The impact of Type D personality on health-related quality of life in tinnitus patients is mainly mediated by anxiety and depression."
Otol Neurotol. 2010 Jan;31(1):11-8.
Bartels H, Pedersen SS, van der Laan BF, Staal MJ, Albers FW, Middel B./Department of Otorhinolaryngology, University Medical Center, University of Groningen,The Netherlands.

目的:"Type D personality"の影響の評価
1)慢性耳鳴り患者における「健康関連した生活の質(quality of life (HRQoL)」と自己申告による(Self-reprted)耳鳴り苦痛度への影響を評価する。
2)この関連性が心理的苦痛(例えば、活力疲弊(vital exhaustion)、不安、抑うつ)の指標によってmediateされるかどうか。
被験者数:耳鳴り患者265人。
使用指標:Hospital Anxiety and Depression Scale, the Maastricht Questionnaire, the Type D Scale (DS14), the Short-Form Health Survey 36, and the Tinnitus Reaction Questionnaire.
試験結果:
- 耳鳴り患者のうち"Type D"は35.5%。
- 非"Type D"患者に比べて、"Type D"患者は不安感・苦痛・活力疲弊がより強く、HRQoLも一層低下し、耳鳴りによる苦痛が増大する。
- 構造方程式モデリングによれば、"Type D personality"は直接的に抑うつ状態や不安症状を増大させているが、活力疲弊に関しては異なる。
- 不安、抑鬱、活力疲弊は、HRQoLと主観的耳鳴り苦痛度に直接影響している。身体的HRQoL (R2 = 0.33)に比べて、精神的HRQoL (R2 = 0.74)の方に強く影響する。
- 活力疲弊はHRQoLと主観的耳鳴り苦痛度の予測変数となるが、不安と抑鬱のレベルが強まっているために、活力疲弊による影響は穏やか。
- Type D パーソナリティを持つ耳鳴り患者は不安感や抑うつ状態になりやすい。主に不安や抑うつ症状によって媒介される"Type D"の影響によりHRQoLが低くなり、主観的耳鳴り苦痛度を強めている。(Type Dはまたこれらの結果に対しても直接的な影響を与えているが)
- この結果が示しているのは、HRQoLと主観的耳鳴り苦痛度に対する耳鳴りの影響を低減するには、特にType Dパーソナリティを持つ患者においては、不安と抑うつ状態を緩和する方向の治療がなされるべきだということ。


<参考:Type D' Personalityについて>
Type D personality (英文Wilipedia)
'Type D' Personality: How Distress Affects Your Health - Research suggests this set of traits, characterized by negativity, comes with health risks(U.S.News & World Report LP,September 14, 2010)
- ”Type D personality”が最初に定義されたのは1990年代。
- ”D”は 「distressed(苦痛な、苦悩している)」を意味する。
- ネガティブ・抑鬱・不安・ストレス・怒り・孤独感というフィーリングが特徴的。
- 些細なことに不安になり、最悪なことを予期することもしばしば。
- 友達づくりが上手くいかない、自尊心が低いことも多い。
- 緊張して、慢性的に怒りっぽく、ストレス状況に過剰反応する。
- 拒絶されることを恐れて、自分の感情を他人には隠しがち。
- 健康なアメリカ人の20%がType D。心臓の問題で治療を受けている人の半数がType D。(Johan Denollet, a psychologist at Tilburg University in the Netherlands.)



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"Psychological Characteristics of Individuals High and Low in Their Ability to Cope with Tinnitus"
Psychosom Med. 1989 Mar-Apr;51(2):209-17.
Kirsch CA, Blanchard EB, Parnes SM./Center for Stress and Anxiety Disorders, State University of New York

- 77人の耳鳴り患者について、複数の標準化された心理テストや尺度を使って、主観的な耳鳴りの大きさ・煩わしさと耳鳴りへの対応能力を評価した。
- 耳鳴り対応能力と心理テストのスコアに強い相関があった。
- 対応能力の尺度で分類すると、"high copers" (対応能力が高い患者45人)または "low copers" (対応能力が低い患者32人)に分かれる。
- また、この2つの耳鳴患者グループを、慢性頭痛患者(34人) と頭痛・耳鳴症のない対照群(65人)ともあわせて比較した。
- 低対応能力の耳鳴患者は、高対応能力患者群よりも心理的にもかなり抑うつ的。
- 興味深い点は、低対応能力群は慢性頭痛患者と、高対応能力群は対照群と、その心理的プロファイルがそれぞれ非常に似ているという点。


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"Minnesota Multiphasic Personality Inventory (MMPI) を用いた耳鳴患者の心理的特性の検討"
AUDIOLOGY JAPAN Vol. 49 (2006) No. 4
日比野 愛, 高橋 真理子, 牧野 多恵子, 村上 信五, 松田 太志, 大脇 真奈, 渡邊 啓介, 関谷 芳正, 小國 有加, 本田 麻

被験者:TRTを受けている耳鳴患者23例(男性9例,女性14例)。全体の平均年齢は58.96歳。初回THI(Tinnitus
Handicap Inventory)の平均スコアは60.52。
分析方法:MPI(Minnesota Multiphasic Personality Inventory)使用。耳鳴患者23例とMMPI日本版標準化集団についてMMPIの尺度ごとに比較検討
結果:
- 耳鳴患者では男女ともに心気症,抑うつ尺度が高い値。
- さらに、男性では軽躁病と社会的内向性尺度、女性ではヒステリー、パラノイア、統合失調症尺度において有意差を認めた。
- 耳鳴患者の中でいずれかの尺度においてT得点が70(不適応水準)を超えた事例は23例中8例。うち7例は初回THⅠが58以上(Severe handicap)。
- 一方では、MMPIが正常範囲内の適応的なプロフィールを示す耳鳴患者も多い。


"MMPIを用いた耳鳴患者の心理的特性の検討 第2報"
AUDIOLOGY JAPAN Vol. 50 (2007) No. 5
加藤 有加, 関谷 芳正, 本田 麻, 高橋 真理子, 牧野 多恵子, 松田 太志, 大脇 真奈, 渡邉 啓介, 井口 愛, 村上 信五

被験者:TRTを施行した初診耳鳴患者のうち、導入カウンセリングを受けた97例(女性53例、男性44例。平均年齢54.5歳)。平均聴力は右26.3dB、左29.OdB。罹病期間の平均は5.1年。
各尺度問の相対的位置関係を考慮に入れた布置(Configural)解釈法に基づき、MMPIのプロフィールを最も高い臨床尺度2点による2数字高点コード出現率を標準化集団と耳鳴患者集団で比較。

<出現率の多いコード(高い順)>
(13コード)ヒステリー・心気症:ストレスと出会ったときに身体症状が増強。
(27コード)抑うつ・精神衰弱:神経質で心労が多く、抑うつ・不安・強迫神経症との診断多し。メンタルヘルス関係の外来患者で最も一般的なコード。
(23コード)抑うつ・ヒステリー:抑うつ神経症との診断多し。自己疑惑に苦しみ、感情を明確に表現することが困難で極度に統制過剰。
(12コード)心気症・抑うつ:身体上の不快感を訴えるも臨床的に器質的基礎が認められず、ストレスに対し身体症状で反応する。不安と緊張が強く、神経過敏。
(28コード)抑うつ・統合失調:動揺、思考の散乱等を訴え、独創性に欠けた思考で紋切り型。自分の能力について現実離れをした理解をする傾向があり、他人と情緒的に距離を置こうとする。
(26コード)抑うつ・パラノイア:怒りっぽく批判に過敏。根底に強い怒りをもっており、パラノイド傾向が明らか。憤慨、興奮、疲労、攻撃性が顕著。

このうち、伝統的心理療法に適しているとされるのは、27コード。
13,12,23のコードは、身体症状は防衛機制として働いているため心理療法への動機付けが難しい。
26,28コードは、対人関係の困難さから治療関係を結ぶことが困難。


<MMPIについて>
MMPIとはミネソタ大学の心理学者Hathaway, S.Rと精神医学者McKinley, J.C.によって開発されてきた多面的人格目録(性格テスト)。
MMPIではその人の元来もっているパーソナリティ特性がより反映されやすく、抑うつだけでなく心気症、ヒステリー、精神衰弱、社会的内向性など多面的な尺度によって構成されている。
550個の質問項目からなり、4つの妥当性尺度と10の臨床尺度にわけ、プロフィールを分析する。

ミネソタ多面人格目録(Wikipedia)
MMPI(Minnesota Multiphasic Personality Inventory)とは[日本臨床MMPI研究会]


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備考
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日本語訳文は厳密な精度を期したものではありません。また、日本語論文は適宜要約したものです。
論文の正確な内容は、原文(英語、日本語)をお読みください。

アラウ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第7番
今まで集めたきたベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集で、ぴたっと波長が合うのは、最近完結したレーゼル、偶然見つけたアルフレッド・パール、それに昔から聴いていたアラウ(新盤ではなくて旧盤)。
レーゼルは木質感のある柔らかい音色と流麗なレガートが美しく、充実した和声の響きと重みのある低音に安定感があり、パールは30歳前後の録音なので、切れ良くほどよい力感のあるタッチが若々しくてとても爽やかさ。どちらもアーティキュレーションやテンポに変なクセがなく、オーソドックスで自然な趣き。
アラウは、2人に比べれば、独特のフレージングとやや重たくゴツゴツとした構造感が深い感情移入と融合して味わい深いコクがある。
曲によっては、やっぱりアラウの演奏でないと...と思ってしまう。

アラウの録音が、私の抱く曲のイメージに近かったのが、第7番と第13番。テンペストの第3楽章、ワルトシュタインの第1楽章、ピアノ・ソナタ第31番も、アラウ独特の解釈と彫の深い表現は、他のピアニストでは聴けないものがある。

第7番は初期の作品のなかでは4楽章構成と規模も大きく、Prestoの第1楽章と緩徐楽章の第2楽章がとても印象的。
特に第2楽章の沈鬱な悲愴感は、ピアノ・ソナタ第31番のアリオーソのように痛切で、それがずっとストレートに書かれているような気がする。

Complete Piano Sonatas & ConcertosComplete Piano Sonatas & Concertos
(1999/11/09)
Claudio Arrau

試聴する(米国amazon)



ピアノ・ソナタ第7番ニ長調 Op.10-3 [ピティナ作品解説]

第1楽章 Presto
エリック・ブロームは冒頭の主題を評して、「ほとんどヴァーグナーの『ライトモチーフ』のような機能。それが旋律的な主題ではなく、それを積み上げていくことにより驚くべきほど堅固な構造を成立させる一種のシンフォニックなレンガであるという意味で」(パウル・バドゥーラ=スコダ著 『ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 演奏法と解釈』)

両手とも元気よく動き回っているので、躍動感と力強さに溢れた雄渾な雰囲気。
ユニゾンで一気に駆け上がる第1主題、颯爽とした第2主題の両方とも、開放的で颯爽としている。
鍵盤の上を縦横無尽のごとく、絶えず上行・下行を繰り返していく、
アラウの音色は線が太くて量感・力感があり、響きも厚くて、骨太なタッチ。
クレッシェンドして上行してゆくフレーズには、最後に跳ねるような勢いがあり、軽快さよりも力強いダイナミズムの方が強い。
途中で前打音がついた音型では、アラウ独特の装飾音の弾き方。前打音がかなり短く、直後の第1拍目が若干強めで符点のようなリズム。(悲愴ソナタの第3楽章でも似たような弾き方をしている。ギレリスとなると、さらに符点的なリズム)

第2楽章 Lento e mesto
バドゥーラ=スコダの解説によると、「ベートーヴェンが彼の稀有な苦痛の個人的体験をすでにその我侭な転調の動きを通じて表現しようとしたことは明らか」という緩徐楽章。
第1小節の減4度音程は、昔から苦悩の象徴(バッハではよく十字架の語と一緒に扱われている)であり、さらに、古典派の音楽で使われるあらゆる悲痛表現の手段(短調、減和音と変化和音、旋律中の音程の圧縮、半音階、とくに悲痛な身振りの旋律法)が使われているという。

たしかに第1楽章の躍動感と開放感がすっかり打ち消されて、深い悲痛感の沼に沈みこんでいくような雰囲気。
アラウはとてもゆったりとしたテンポ。それに陰鬱な音色と沈み込むような重たい響きで、一音一音にとても深い感情移入を感じさせる。
展開部の始まりは長調かと思ったけれど、すぐに短調に変わり、左手の和音が太く重みのある響きで、息苦しい重々しさ。
途中で再び長調に転調したところは明るいというより、涙が滴り落ちているように哀しげ。

再現部終盤の第62-63小節で、力を振り絞って叫ぶようなフォルティッシモの和音。
これでエネルギーも使い果たしたように、弱々しい6連符のアルペジオ。
やがてフォルテになり、押しつぶされそうな不安感と悲痛感で気持ちが激しく揺れている。
最後は、右手の旋律が上昇しようとしてもしきれず、あえなく左手低音部のあたりまで下降してしまう。
エピローグでは、冒頭の重苦しい和音が解体されるように密度が薄くなり、両手の旋律が単音主体に変わって、息も途切れそうにか細いピアニッシモで終わる。

第3楽章 Menuetto,Allegro
第2楽章の重苦しさから解放されて、ようやく息がつけるようになったようなメヌエット。
アラウのテンポはややゆったり。とても優しげなタッチで穏やか。
でも、屈託のない明るさはなく、力強さのなくなったような脱力感と透明感のある哀しさが漂っている。
展開部はトリオ。それほど快活ではなく、ちょっと重たい感じで弾いている。
トリオは、旋律の途中の中途半端なところで、突然打ち切られて終わる。

第4楽章 Rondo,Allegro
バドゥーラ=スコダが感じたのは、「終曲のロンドは見かけの陽気さにかかわらず、複雑で絶えず停滞する曲であり、解放的というよりも、諦観的な印象」。

問いかけるような冒頭の第一主題は、最初は3度の跳躍で始まっても、それが逆転して、3度の下降となってしまう。
9小節目から、細かいパッセージ変わってテンポが上がるけれど、最後は下降して、再び最初の主題に回帰する。
展開部の34小節目も、突如駆け出したかのような勢いの良い第2主題で始まるけれど、これも長続きせずに、最後は力を失ってピアニッシモで、再び最初の主題に回帰する。
どんなに勢いよく快活なフレーズが現われても、いつも最後には勢いを失って、この最初の第1主題へ戻ってしまう。
エンディングはピアニッシモで、もやもやとした雰囲気。
左手はひたすら下降し続け、右手は上行と下行を繰り返し、最後は、先に終わった左手最後のバスの音まで、ふらふらとアルペジオで下降して弱々しげに終わる。
第2楽章の重苦しい悲愴感の精神的ダメージが延々と尾を引き、立ち直ろうとしても立ち直れなかったような最終楽章。
アラウのどこかためらいがちで吹っ切れないような快活さと、答えのない問いかけを繰り返す主題のか弱さが、その雰囲気をよく表わしている。

tag : ベートーヴェン アラウ

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伸井太一 『ニセドイツ1≒東ドイツ製工業品』
1990年のドイツ統一と共に消滅した国「東ドイツ」に興味があって、いろいろ資料を探していて見つけた本が《ニセドイツ》シリーズ。
戦後~共産主義体制時代に旧東ドイツで作られた工業製品・構造物・生活用品などの「モノ」を通して、日本人にはあまり知られることのなかった旧東独の社会・経済体制の仕組みや市民生活をリアルなイメージでもって知ることができるユニークなスタイルの本。

この《ニセドイツ》シリーズは全3巻。
<共産趣味インターナショナル VOL.2> 『ニセドイツ1≒東ドイツ製工業品』
<共産趣味インターナショナル VOL.3> 『ニセドイツ2≒東ドイツ製生活用品』
<資本趣味インターナショナル> 『ニセドイツ3 ヴェスタルギー的西ドイツ』
最後の『ニセドイツ3』は、西ドイツの技術・製品・文化を対象にしたもの。


3冊全部を本棚に並べると、表紙の3色(黄(金)・赤・黒)が現在のドイツ国旗の色になる。
著者はドイツ現代史研究者(空襲、記憶文化、消費文化、サブカルチャーなど)。在独日本大使館専門調査員を経て、現在は東海大文学部特任講師。

『工業品』と『生活用品』を読み比べると、個人的な好みとしては『工業品』の方がずっと面白い。
どちらかというと、『工業品』の方が共産主義体制的発想に基づいた生産・社会システムの”奇想天外”な(でも、納得してしまう)面への言及が多い。
『生活用品』の方も面白いのは面白いけれど、個人的にあまり興味のないモノが多かったせいか(生活用品なのでモノ自体も小粒で文章にハード感がないし)、内容的に奇想天外度が若干低い気がする。

 『(共産趣味インターナショナル(Cominterest) ニセドイツ〈1〉≒東ドイツ製工業品』(社会評論社ウェブサイトの書籍紹介)

ニセドイツ〈1〉 ≒東ドイツ製工業品 (共産趣味インターナショナル VOL 2)ニセドイツ〈1〉 ≒東ドイツ製工業品 (共産趣味インターナショナル VOL 2)
(2009/10)
伸井 太一

商品詳細を見る


『ニセドイツ1≒東ドイツ製工業品 (共産趣味インターナショナル VOL 2)』は、まず本のタイトルからして捻りがきいている。
「ニセドイツ」とは"西ドイツ"の、「共産趣味インターナショナル」は"共産主義インターナショナル"のもじり。

目次を見ると、見出しは駄洒落が多い。このセンスについて好き嫌いはあるだろうけど、製品の本質的な部分をついているものもあり、東ドイツ製品の(西側資本主義社会から見た)ナンセンスさが漂っている。

■トラバント:共産主義車 の代表格
東ドイツの工業製品の中で最も有名なものといえば、「共産主義車」の代表格トラバント。
トラバントだけで本書の30ページ近くを費やし、トラバントの誕生、性能、評判、末路に関わるエピソードが満載。
トラバントの意味は「衛星」「同伴者」(ソ連の衛星国東ドイツらしい命名?)。愛称「トラビ」。
トラバント第1世代のP50は、最新合成樹脂製の頑強なプラスティックのボディ。性能も当時としては充分。
1962年まで製造され、その後に登場したのがP601。1990年まで製造された代表的モデル。しかし、内装のマイナーチェンジしかなく、性能は時代遅れに。時速120キロを超えるとボルトが欠落するという。(でも欠陥品とは言わない)

ニックネームは「労働者と農民のメルセデス」「屋根付き点火プラグ」「走るダンボール」...。
プラスチック製なのは、戦後に戦勝国ソ連が現物賠償として大量の鉄を東ドイツから持ち去ってしまったため。
熱硬化プラスチックを使っていたが、原料不足のために紙繊維を混ぜるようになったという。

トラバントをめぐるジョークも多数あり、その性能や納期の異常な長さ(注文後10年後!)をおちょくったものが多い。本書でも紹介されていたジョークはほんとに笑える。ジョーク集のウェブサイトもドイツにたくさんあるらしい。トラビに冠するジョークを一つ。

あるアメリカ人が友人に語った。
「東ドイツに製造期間がべらぼうにかかるハンドメイドの名車があるってんでさっそく注文してみたよ。」

注文を受けた東独の自動車工場は騒然とした。
「まさかアメリカ人がトラバントを注文してくれるとは!」
工場の威信をかけて製造に取り組んだ結果、程なくしてトラバントはアメリカ人のもとに届いた。

トラバントを受け取ったアメリカ人は興奮しながら友人に語った。
「東ドイツの工場ってのはすごい良心的なんだな。
 なにせ本物が届く前に紙製の模型を送ってきてくれたんだ。」

(出所:世界史系ジョーク集まとめサイト/共産圏関連ジョーク NO.286)


「自分のトラビは自分で直す」というポリシーのもと、修理マニュアルが多数存在していた。修理マニュアルは短いもので100頁以下。
マニュアルには「自動車工場の労働者同志たちは日々、自己のノルマを達成すべく尽力しているのです。できるかぎり自分で修理することがみんなのためです」と修理のススメが大々的に書かれているものもある。
たとえ自分では修理せずに、工場に修理を依頼したとしても、今度は修理の予約待ちでいつになったら修理できることやら。

トラビは歴史的出来事では象徴的な存在。ベルリンの壁を破るトラビのイラストは有名だし、ベルリンの壁崩壊後西側へ向かう東ドイツの人々が乗っていた自動車はトラビだった。
デコボコの粗悪な道を壊れそうになりながら、混合ガソリンの紫色や黄色い排気ガスを吹き上げて走るトラビは、統一前と統一後の東ドイツを訪れた西ドイツ人や観光客に強烈な印象を与えたという。

■ヴァルトブルク:東ドイツの高級車?
高級車ヴァイトブルクはトラビの2倍の価格。
輸出用や警察車両(トラビでは犯人逮捕の任務遂行には心許ないので)としてアイゼナハ市で製造されていた。

■バルカス:パイからスパイまで運ぶ東ドイツのワゴン
ミニバスのバルカスは「雷光」という意味で、カルタゴの名称ハンニバルの名字。
輸送用として、商品搬送者、救急車・消防車・バスなどに使われていた。
それに、秘密警察(シュタージ)の容疑者護送車でもあり、多くの市民がスパイ容疑でバルカスで連れ去られた。

東独で走る車の50%以上はトラバント。それ以外はヴァイトブルクやバルカスなど。
ソ連、ルーマニア、チェコなど共産主義諸国の車も走っていた。特に外車のなかで人気が高かったのは、ソ連(現ウクライナ)製ザポロジェッツ。その理由は、注文から納車までの待ち時間が短かったため。

■スポーツカー・メルクス:マルクス? 東のフェラーリ
■高級車:これが、ホーネッカーの本音っかぁ?
この部分は、ホーネッカー議長の"ノーメンクラトゥーラ"(共産貴族)ぶりが歴然。
多大なコストをかけて改造したトラバント(それも2台)から西ドイツの高級車メルセデスベンツまで、最高で合計14台の自動車を保有。プール付きの邸宅に住み、使用人は600人以上。
ホーネッカーが議長を解任されて権力を失うと共に情報統制も緩み、ホーネッカーの豪奢な生活実態が暴露されてしまった。

■東独のVIP車:Very Impossible Person
■燃ーえーる男の~♪赤いトラクタぁ~♪
トラクターのファーモ。戦中は輸送車として兵士を戦場へ運び、戦後は農業用トラクターとして農地を開拓するなど大活躍。

■マルチカー:ディーゼルの働きアリ
■バイク:足もとにからみつく、赤い波を蹴って
■自転車:I want to ride my bicycle!!

トラバントなどの自家用車は生産台数が少なくぜいたく品だったため、市民の足は自転車。
DIY好き(というか、そうせざるをえない)東ドイツ人らしく、自分で修理して、使用年数は40年ほど。
ディアマント社の自転車は、東ドイツの伝説的ロードレーサー、テーヴェ・シューアが世界のロードレースで優勝して一躍有名に。世界へ輸出され、外貨獲得のための重要製品だった、
ミーファ社も現在も操業中。ワゴンに積める折りたたみ式自転車で人気が出たが、国内需要が増えたために、国内用生産に限定するよう国から命令されてしまった。

■鉄道:東の定刻鉄道
東ドイツの鉄道網は、ソ連軍の戦後賠償のためのデモンタージュ(物資接収)により、鉄道網のうち18000kmが鉄資源としてソ連軍によって持ち去られてしまった。
その結果、複線の主要路線が全て単線化。鉄道公社ライヒスバーンは鉄道網を復興していくが、結局、1989年の時点でも戦前のレベルにまで回復することはなかった。

ベルリンでは、東ドイツと西ドイツ領域をまたがって地下鉄が走っているため、それぞれの地域を避けて運行することは著しく非効率となる。
そこで、西ドイツ車両は東ドイツ領域の駅に停車せず通過することになったが、この通過駅には東ドイツ市民は立入禁止。国境警察が常駐して幽霊駅となっていた。

■飛行機:煩ハンザ・ツー雑な二つのルフトハンザ
伝説のダイハード・パイロット、カルバッハ。最低2500mの滑走路が必要な長距離旅客機を、わずか500mの滑走路で農地に無事着陸させたことで有名。
カルバッハは東ドイツの空軍パイロットで、義母が西ドイツ在住のためスパイ容疑がかかって失職し、国営旅客会社インターフルークのパイロットになった。
同社が古いイリューシン機をゴレンベルクに寄付することが決まり、解体・輸送費用がばかにならないことから、ゴレンベルク村の森の間にある農地に着陸させることにした。
カルバッハは、東独ではアジア・アフリカ航路のパイロットで、滑走路がろくろくない場所への着地経験が豊富。このエピソードの後でも、機長として乗っていた飛行機がハイジャックにあったが、格闘の末に犯人を取り押さえたりと、民間機のパイロットには珍しく、武勇伝の多い人だった。

■船:そして船は行く
■ラジオとラジカセ:毒・ 電波?西と東の独電波

国営企業シュテルン製のラジオ・ラジカセ。
1970年以降、東独独自のラジカセが開発されて、違法・合法を問わず、西側の音楽(ポップ・ロックなど)が受信できた。録音機能も付いていたので、西側の音楽が流行するようになる。
東独のラジオ放送局は当局の監視下にあり、東側の曲を6割以上組み込む規則があった。
また、秘密警察シュタージの盗聴機をしかけるカムフラージュとしてもラジカセは活躍。

■テレビ:無知の地
東ドイツのほぼ全域で西側のテレビ放送が受信可能だったが、西側放送は"毒電波"として受信は禁止されており、見つかった場合は罰せられる。
1976~88年の間に、毎日西側のTV放送だけを見る若者が14%から56%へ激増。
西側から遠いザクセン州などの東部地域では、西側の放送が受信できなかったので、ドレスデン市では多数の団体の協力で、1987年にサテライト放送受信機が設置された。すでにこの時点で電波上の壁は崩壊しつつあった。

■レンズとカメラ:すべての研(磨)力をレンズへ!
カール・ツァイス社はソ連占領地域の東独イエナにあり、戦争終結前に米軍が技術者を西側のオーバーコッヘンに逃して、同地にもカール・ツァイス社を設立した。カール・ツァイス社は東西ドイツに存在するようになる。
東側のカール・ツァイス社は最高責任者ビーアマンにより、1970年に巨大コンビナート(複合企業体)を形成。
東独では小さな製造工場が合資会社として多数あり、競争が熾烈で、各社が新型モデルを次々に発表していった。
1970年代以降、他の製品と同じく、国家経済の停滞とともにカメラ製造会社も勢いを失う。
社会主義経済下での私企業として活動していた企業が次々と合併・国営化され、開発競争がなくなり、品質が低下していった。

■電話:鳴らない電話
■家庭用電化製品:家電の東
■タイプライター・エリカ:好みのタイプは?

持ち運びの可能な計量タイプライターとして人気があった「エリカ」。
タイプ盤の種類から簡単に型番が特定されるため、反政府運動用のビラや文書をエリカで作成した場合、捕まる可能性があった。そのため、わざわざ西側のタイプライターを極秘に入手する人もいたらしい。

■パソコン:国営合体!ゆけ、ロボトロン!
■東ドイツの集合住宅:コミュニ住む
■アイゼンヒュッテンシュタット:スターリンの街
■ベルリン:競争と狂騒の都市
■ハレ・ノイシュタット:ドイツのハノイ

統一後の東独地域では、人が住まなくなった住居や倒産した工場などの廃墟が散在する。
その廃墟の都市のひとつが、ハレ市の西側に建設されたノイシュタット(「新しい街」という意味)。東独時代に「化学工場労働者の都市」として、労働者用の巨大な集合住宅群が多数建設された。


■紋章:東独進歩リズム
■共産塔 :東独電波の届く範囲
■世界時計:地球は回る、同きみ志を乗せて
■壁画:未来予想図
■彫像・銅像:共産主義の協賛
■国家人民軍:世界平和のために!
■国際国家・東ドイツ:独裁下の国際化
■おわりに:東ドイツ製品のニセ性について



<関連情報>
 『ニセドイツ≒東ドイツと西ドイツの製品史』の補完ブログ
筆者(ドイツ現代史+サブカル研究者ノビー(noby)さん)のブログ。

 【著者に聞きたい】伸井太一さん 『ニセドイツ3』(産経ニュース,2012.4.15)
シリーズ最終作『ニセドイツ3 ヴェスタルギー的西ドイツ (資本趣味インターナショナル) 』発刊時のインタビュー記事。


<関連記事>
伸井太一 『ニセドイツ2≒東ドイツ製生活用品』


tag : 東ドイツ 伝記・評論

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アイスラーのドキュメンタリー映画音楽 (1) 夜と霧
ハンス・アイスラーのディスコグラフィを見ていると、映画音楽の作品がかなり多い。
ユダヤ人のアイスラーは、ナチス・ドイツによって音楽活動を禁止され、国外の都市を転々として活動を続けていたが、1938年に米国へ亡命。
その時代には、クラシックだけでなく、映画音楽などの映像用作品も数多く残している。

ハンス・アイスラーが作曲した映画音楽で最も有名なのは、おそらくアラン・レネ監督によるアウシュヴィッツのドキュメンタリー映画『夜と霧/Nuit et brouillard』。[作品解説(ぴあ映画生活)]
1955年の作品なので、アイスラーが米国を去って、東ベルリンに定住した時代に書いたもの。

"夜と霧"というと、みすず書房が出版しているヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』をすぐに思い出した。
原著の初版が1947年なので、これが映画の原作本かと思ったけれど、原題には"夜と霧"という言葉は使われていない。

"夜と霧"という言葉は、1941年12月7日に出されたヒトラーの総統命令"Nacht und Nebel"のこと。[Wikipediaの解説]
この言葉は、ヒトラーが心酔していたというリヒャルト・ワーグナーの『ラインの黄金』の第3場「ニーベルハイム」で登場する。
この総統命令がもとで、ナチス占領地域で収監されていた人たちが、密かに行方もわからずにどこかへ(おそらく収容所へ)連行されていったという。
ナチスの収容所にまつわる事実を象徴的に表現するのに、フランクルの著書の邦題にもドキュメンタリー映画のタイトルにも、"夜と霧"という言葉が使われているようだ。

Nuit et Brouillard


この映画では、モノクロの過去のリアル記録映像、カラーの現在の風景、それに淡々としたナレーションが流れる。
現代音楽と調性音楽が混在するような、ややゴツゴツとした肌触りの劇伴音楽が、不思議なくらいに映画にマッチしている。
映画の最初と最後では悲愴感のあるドラマティックな音楽が、映画の途中では、現代音楽風の不安感や切迫感を感じさせる音楽がかなり使われている。
それとは逆に、映像のイメージとかなりギャップのある音楽がついているシーンもある。
グロテスクな映像に、風景描写のような淡々とした音楽や、日常的な単なる作業風景のようなコミカルな音楽が流れているところは、逆にその映像と事実の異常さ、不気味さが際立っている。
ナチスの看守たちにとっては、収容所でのあらゆる行為は、単に毎日行うべきルーティンな作業でしかなかったのだということを象徴しているのだろうか。

収容所の看守に関するノンフィクションとしては、ヘルガ・シュナイダーの『黙って行かせて』(2004年、新潮社)という本がある。
アウシュヴィッツで看守になるために、当時4歳の娘を省みずに家を出たナチス親衛隊員の母親との50年後の再会と対話。
当時の収容所での"仕事"の様子や、いまだにヒトラーを敬愛しユダヤ人に対する憎しみの気持ちを持ち続けている女性の心理を描いたもの。


tag : アイスラー

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耳鳴り治療薬情報(7) AM-101
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AM-101の概要
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スイスのバイオテクノロジー企業Auris Medical社が急性の内耳性耳鳴り治療薬として開発中の薬剤がAM-101。
AM-101は、選択的にNMDA受容体(グルタミン酸受容体の一種)をブロックする小さな分子を含み、興奮性の神経伝達を抑制する方向へ働く。

現在公表されている医学的エビデンスでは、聴覚システムの主要神経伝達物質であるグルタミン酸が過剰にシナプスに放出されて、蝸牛の興奮毒性(excitetoxicity)により耳鳴りが発生し、そのプロセスにおいて蝸牛内のNMDA受容体が主に作用していると示唆されている。
蝸牛の興奮毒性の引き金になるのは、過剰騒音への暴露、内耳内の血流の乱れ(無酸素症/局所的血液不足)、気圧性外傷、耳毒性薬物の投与など。
蝸牛の興奮毒性を誘引するNMDA受容体を上向き調節(upregulation)することは、聴覚神経繊維の異常な自然"発火"の原因となり、それが耳鳴りとして知覚されると仮説されている。

AM-101自体の開発は、フランスのINSERM Institute for Neurosciences of Montpellierが行った研究に基づいている。
2007年にAuris Medical社が、急性の内耳性耳鳴りの治療薬として開発を開始した。


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臨床試験
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"Efficacy of AM 101 in Patients With Acute Inner Ear Tinnitus"
被験者数:248人
実施期間:2009年5月~2011年8月完了
試験段階:フェーズⅡ
試験方法:多施設,二重盲検,ランダム化,プラセボ対照,複数用量(高用量・低用量・偽薬),グループ間比較
投薬方法:AM-101または偽薬の中耳内(鼓室内)注入(intratympanic injection)、3日間に1日1回=合計3回注入
試験場所:ドイツ、ベルギー、ポーランド、オランダ(約30施設)

"Comparison of Single Versus Repeat Doses of AM-101 in the Treatment of Acute Inner Ear Tinnitus (TACTT1)" 
被験者数:72人
実施期間:2011年2月~2013年2月(予定)
試験段階:フェーズⅡ(被験者募集中)
試験方法:多施設,二重盲検,ランダム化,プラセボ対照
投薬方法:AM-101または偽薬の中耳内(鼓室内)注入(1回または3回)
試験場所:米国、ベルギー、ドイツ


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臨床試験結果
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"Auris Medical reporting positive results from phase IIb trial with AM-101 for the treatment of acute inner ear tinnitus"(Auris Medical Press Release, October 17, 2011)
"EFFICACY AND SAFETY OF AM-101 IN THE TREATMENT OF ACUTE INNER EAR TINNITUS – A DOUBLE BLIND, RANDOMISED, PLACEBO CONTROLLED PHASE II STUDY" (6th International TRI Tinnitus Conference, June 13-16,2012)
"Key results from Auris Medical’s phase IIb study of AM-101 in acute inner ear tinnitus presented at international conference"(Auris Medical Press Release, June 26, 2012)


フェーズIIbの臨床試験結果は、AM-101の中耳内(鼓室内)注入による新治療法が急性内耳性耳鳴りに対する許容可能で安全な治療法であることを証明しており、プラセボと比較して、様々な耳鳴り評価法で統計的に有意な緩和を示している。

<臨床試験方法>
- 研究発表者:Prof. Paul van de Heyning(head of the Department of Otorhinolaryngology at Antwerp University Hospital)
- 被験者は急性の内耳性耳鳴り患者248人。急性音響外傷、突発性難聴、急性中耳炎のいずれかを起因とし、発症から3ヶ月以上経過していないもの(=急性耳鳴りが対象)。
- 投薬方法:AM-101もしくは偽薬を3日連続して、中耳注入(0.27mg/ml or 0.81mg/ml)。
- AM-101の安全性、局所刺激性、有効性を検証。被験者は90日間にわたってモニターされ、フォローアップ評価は7日,30日,90日の時点で実施。


<試験結果>
- 聴覚機能に対して、AM-101に関連した影響は見られなかった。
- 中耳注入法に関連して予期された副作用は、少数の被験者で見られたが、一時的でマイルドなものであった。
- 有効性が最も顕著なのは、蝸牛に起因することが明確な耳鳴り(騒音外傷、急性中耳炎)患者に対して、AM-101を0.81 mg/ml投与したケース。耳鳴りの大きさ・煩わしさ・睡眠困難・活動への制約面で、統計的に有意に改善。
- ほとんどのケースで、投薬から数日以内に治療効果が現われた。フォローアップ期間に渡って効果が増大・継続した。
- 90日後のフォローアップ評価では、基準レベルからの平均改善度(主観的な耳鳴りの大きさ、煩わしさ、睡眠困難度)は50%超。TBF-12 scoreに対しても50%近い改善度。
- 片側性より、両側性耳鳴りの患者の方がいくぶん効果が低い。(予防的安全策として方耳しか治療しなかったため)
- 突発性感音難聴に関連する耳鳴りについては、AM-101の有効性は決定的ではない。(このタイプの被験者グループ全体で、自然に回復した被験者の比率が予期しないほど大きかったため)


- Prof. van de Heyning:「フェーズIIbの試験結果は、急性内耳性耳鳴り治療におけるAM-101の有効性に対して、明確な”Proof of Concept”(ヒト患者でその作用機序で薬効が出ることの証明)となった。」
- Auris Medical社はさらに開発を進める予定。現在、フェーズⅢの臨床試験設計に関して規制当局と協議中。
- この臨床試験に関する詳細な情報は、科学雑誌に発表予定。


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備 考
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日本語訳は厳密な精度を期したものではありません。
正確な内容は英文原文をお読みください。

耳鳴り治療薬情報(6) 最近の研究開発トピックス
現在、研究・開発中の耳鳴治療薬としては、耳鳴り抑制作用があるといわれるGABA受容体の機能を亢進する薬や、すでに臨床試験段階にあるAM-101、TINAXなど。

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University of California, Berkeley
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Helen Wills Neuroscience Institute(ヘレン・ウィルズ神経科学研究所),Molecular and Cell Biology department at the University of California, Berkeley(カリフォルニア大学バークレー校分子細胞生物学部)
 「Tinnitus discovery could lead to new ways to stop the ringing」(UC Berkeley NewsCenter)
 「Homeostatic plasticity drives tinnitus perception in an animal model」(Proc Natl Acad Sci U S A. 2011 Sep 6;108(36):14974-9. Epub 2011 Sep 6.)
助成機関:American Tinnitus Association(米国耳鳴協会),National Institutes of Health’s National Institute on Deafness and other Communicative Disorders(米国国立聴覚・伝達障害研究所)

-耳鳴りは抑制性神経伝達物質であるGABAのレベル低下と関連しており、興奮性神経伝達物質のレベル変化とは関連性がない。
-難聴状態のラットを使った実験では、GABAのレベル上昇をもたらす2つの薬剤により、ラットの耳鳴りが消滅した。この薬剤は深刻な副作用があるため人間には適用できない。
-現在、GABAの作用亢進をもたらす薬剤研究のために、複数の研究助成を申請中。研究目的は、GABA受容体の作用亢進、GABAの合成促進、神経細胞周囲のGABAの再取り込み抑制、または、酵素分解の抑制作用を持つ薬剤のスクリーニングである。(研究者のなかには、難聴ラットの耳鳴り行動を測定する新技術の開発者も参加)


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University of Pittsburgh Schools of the Health Sciences
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UPMC/University of Pittsburgh Schools of the Health Sciences(ピッツバーグ大学医療センター/ピッツバーグ大学健康科学大学院)
 「Tinnitus Caused by Too Little Inhibition of Brain Auditory Circuits, Pitt-led Study Says」(April 18, 2011)
助成機関:National Institutes of Health(米国国立衛生研究所), U.S. Department of Defense(米国国防総省), American Tinnitus Association(米国耳鳴協会), Albert and Ellen Grass Faculty Award

-特定の興奮性および抑制性受容体を阻害する様々な薬を投与し、脳中枢の反応を実験。
-抑制性神経伝達物質GABAを生成する抑制経路をブロックすると、耳鳴り切片標本よりも中枢部の脳切片標本でDCN周囲の領域の反応が亢進した。(DCN:dorsal cochlear nucleus,背側蝸牛神経核。耳鳴り引き起こしている重要な聴覚中枢)
-これは、耳鳴り切片標本では、すでにDCN回路がdisinhibited(非抑制状態)、または、ブロックされている状態であることを意味している。通常の脳切片標本で可能なように、誘発反応を拡大するために抑制を阻害することがそれ以上できなかった。
-神経伝達物質グリセリンを介したもう一つの抑制性回路をブロックした時、また複数の興奮性経路をブロックした時には、両群の間で反応の違いはなかった。
-GABAを介した抑制活動を増大させる薬が、耳鳴りに効果的な治療につながるかもしれない。
-研究チームは、現在そのような薬物が何か特定しようとしている。


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備 考
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日本語訳は厳密な精度を期したものではありません。
正確な内容は英文原文をお読みください。

ペーター・レーゼルの講演・インタビュー
レーゼルに関するインタビュー記事やマスタークラスの様子など、インターネットでいろいろ資料が公開されている。
このところレーゼルに関する記事をよく見かけるようになったし、紀尾井ホールとピティナ共催による公開レッスン(ベートーヴェンのピアノソナタでワルトシュタインと第13番)も昨年10月に行われている。

レーゼルが日本で知られるようになったのは、たぶんブラームスのピアノ作品集の録音(20歳後半の頃の演奏)。
数年前から、レーゼルのBelrin Classics盤BOXセット3種類(独奏曲編、協奏曲編、室内楽曲編/2005年リリース)があちこちの音楽ブログで紹介されている。セールス期間はかなり安くなっていたりするので、BOXセット(のどれか)を買ったという人もときどきみかける、(私も全部持ってます)
日本の音楽ジャーナリズムや一般のリスナーにも注目されるようになったのは、4年間に渡って紀尾井ホールで行ってきたベートーヴェンのツィクルスと録音プロジェクトが始まってからだと思う。


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公益財団法人日本ピアノ教育連盟 第28回全国研究大会
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2012年3月下旬、公益財団法人日本ピアノ教育連盟の招聘により第28回全国研究大会のために来日。
大会のテーマは「ドイツロマン派 ピアノ音楽の系譜 ~ブラームスへの道~」。3月29日と30日の2日間、東京台東区の上野学園大学石橋メモリアルホールで開催。
レーゼルは、2日間で講演、演奏会、マスタークラスを行っている。
この大会のことは、終了後に音楽ブログの記事を見ていて知ったし、大会前に知っていたとしても、年度末に東京まで講演や演奏会を聴きに行くのは難しい。
演奏会のプログラムの曲目は、今年秋予定されている紀尾井ホールのリサイタルの曲目よりも、好きな曲が多い。

第28回全国研究大会前インタビュー/ペーター・レーゼルにきく [機関誌会報 2012年冬号 No.108](PDF)
このインタビューは、平成23年10月5日の「協奏曲レコーディング終了後」に行ったもの。ということは、レーゼルはこの日にベートーヴェンのピアノ協奏曲を録音したのだろうか?
10月7日は紀尾井ホールでシュテファン・ザンデルリンク指揮紀尾井シンフォニエッタ東京と「皇帝」と第1番のピアノ協奏曲を演奏していた。その前々日の5日にセッション録音したのかもしれない。
他の3曲のコンチェルトも昨年にセッション録音していたなら、そのうちピアノ協奏曲全集がリリースされるかも。

「ブラームスのピアノ作品における様式と その変遷について〈前編〉」(講演:ペーター・レーゼル) [機関誌会報 2012年春号 No.109](PDF)
「ブラームスのピアノ作品における様式と その変遷について〈後編〉」(講演:ペーター・レーゼル) [機関誌会報 2012年夏号 No.110](PDF)
ペーター・レーゼル 公開レッスン(A・D部門) [機関誌会報 2012年春号 No.109](PDF)
ペーター・レーゼル 公開レッスン(B・C部門) [機関誌会報 2012年夏号 No.110](PDF)


<公開レッスン(30日)の曲目>
シューベルト:即興曲 変イ長調 D.899 Op.90-4 (A部門)
リスト:3つの演奏会用練習曲 より 3.ため息 (B部門)
ブラームス:4つの小品 Op.119 より 4.ラプソディ 変ホ長調 (C部門)
ブラームス:ソナタ 第3番 ヘ短調 Op.5 第1楽章 (D部門)

<演奏会(29日)のプログラム>
ブラームス:3つの間奏曲 Op.117 1.変ホ長調
シューベルト:ピアノソナタ 第21番 変ロ長調 D.960
シューベルト:楽興の時 Op.94 D.780 2.変イ長調
ブラームス:ピアノソナタ 第1番 ハ長調 Op.1

研究大会についてレポートしたブログ記事
- ペーター・レーゼルのリサイタル [岩手 北上市のピアノ教室「カンタービレ」]
- ペーター・レーゼル 講演 ブラームスピアノ作品における様式と変遷[同]
- ペーター・レーゼル 公開レッスン[同]


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インタビュー記事、公開レッスン(マスタークラス)レポートなど
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ピアニストは語る①ペーター・レーゼル(松本 學) [レコード芸術,2009年4月号]
興味を惹かれたのはモスクワ音楽院留学にまつわる話。当時、頭の中は芸術のことで一杯で、政治的なことはあまり関心がなかった。
モスクワ音楽院留学時代にはすでに「ロシア・ピアニズム」はなく、身につけたわけではない。当時、リヒテルも音楽院にいて、彼と音楽上のやりとりもしていた...など。

ベルリンの壁崩壊前後でどんな変化が起きたか?という質問に対して、旧東ドイツのドレスデンで生まれ育ち、今はドレスデン音楽大学で教えているレーゼルはこう答えている。
「簡単に短くお答えするのはとても難しい質問です。というのは、東西ドイツの「統一」とか、「パートナーシップ」のように言われますけれども、実際には様々な局面において、勝者と敗者といった性格をどうしても持っているからです。そしてそれは自ずと文化生活にも影響を与えています。東側にあった音楽家の地位やマーケットも、結局は西側に吸収されるような形になってしまいましたし。東側にいた人間は、可能性が一見とても広がったけれども、同時に自由競争社会になったことで困難も非常に多くなった、というのは事実ですね。音楽家にとっては、客演など東時代では完全に政府に牛耳られていたのが、どこにでも行ける可能性が広がったというのは大きいです。」


[インタヴュー]ペーター・レーゼル(青澤隆明) [レコード芸術,2012年3月号]
今回のツィクルスで新しい発見といえば、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番Op.109。一番印象が深く、自分が演奏のなかで最も気に入っているという。
「自分のなかでも非常に深い理解を得ることができたし、同時に演奏も今回の録音シリーズのなかでも特に満足する出来になりました。」
この曲が好きな理由は、長い緩徐楽章で変奏曲形式をとる最終楽章。
「シンプルなテーマのヴァリエーションのなかに、ほんとうに豊かな宇宙が凝縮されている。変奏ごとに多様な音楽内容が凝縮されているのが素晴らしく、それがこの曲に私が思い入れを持つ理由の一つです。」

録音をきいた印象では、叙情性の強い第31番よりも、この第30番の方が演奏は良いように思えるし、さらりとした叙情感とかっちりとした構築力のあるレーゼルのピアニズムに似合っている気がする。


〈Special Interview〉ペーター・レーゼル、ベートーヴェン「ソナタ」の魅力を語る(青澤隆明)[音楽の友,2008年11月号]
[Interview]ペーター・レーゼル (青澤隆明) [音楽の友,2009年12月号]
People&UNA VOCE/ペーター・レーゼル(真嶋雄大)[音楽の友,2010年10月号]

NONFICTION第7回 ペーター・レーゼル(ピアノ) 「音楽の本質が、そこにある」[MOSTLY CLASSIC,2008年12月号]

独のピアニスト、ペーター・レーゼル ベートーベンに迫る [asahi.com,2008年10月28日]

インタビュー/ペーター・レーゼル (ぷらあぼ 2012年8月号/デジタルマガジンeぷらあぼ)
今年秋の演奏会(ソロリサイタルとピアノ協奏曲)で演奏する曲を選んだ理由、プログラムのうちシューマン《ピアノ五重奏曲》、ブラームス《ピアノ・ソナタ第1番》と《ピアノ協奏曲第2番》に関するレーゼルの捉え方など。
ピアノ協奏曲第2番は、「聴き手に心情を吐露する、ブラームスの典型的作品。その音楽は劇的かつ抒情的です。そして、表現は意味深く、親密な瞬間は微妙で、かたちは交響曲のように大きく、ソリストに難題を突き付けます。私にとっては19世紀のピアノ協奏曲のなかで最も重要な作品です」。

ペーター・レーゼル/ベートーヴェン ピアノソナタ 公開マスタークラス(工藤啓子)(ムジカノーヴァ 2010年12月号)

名匠探訪/ペーター・レーゼル「ベートーヴェンの真影/ピアノ・ソナタ公開レッスンより」(前・後編) (レッスンの友,2011年11月~12月号)

interview/ペーター・レーゼル (月刊ショパン,2012年9月号)


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評伝
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「評伝ペーター・レーゼル/ドイツピアニズム 最後の継承者」 (著者:岡本和子、月刊ショパンに連載中)
第1回 「ドイツピアニズム 最後の継承者」[2012年4月号 No.339]
第2回 「モスクワ音楽院へ」 [2012年5月号 No.340](専用ビュワーによる記事の一部の「立ち読み」)
第3回 「モスクワ音楽院の日々」 [2012年6月号 No.341]
第4回 「キャリアのスタート」 [2012年7月号 No.342]
第5回 「知られざる東独時代の音楽事情」[2012年8月号 No.343]
第6回 「東西ドイツ統一の混乱にのみこまれ」[2012年9月号 No.344]
第7回 「最終回 Frohe, dankbare Gefühle nach dem Sturm」[2012年10月号 No.345]

”Frohe, dankbare Gefühle nach dem Sturm”
ベートーヴェン《交響曲第6番「田園」》第5楽章の標題”Hirtengesang. Frohe und dankbare Gefühle nach dem Sturm”(牧歌−嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち)。


【備考】
この記事の情報は2012年10月15日現在のものです。出典について誤りがある場合もありますので、記事原文を読みたい場合は、ご自分で出典を確認してください。

tag : レーゼル 伝記・評論

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アンリ・バルダ ~ 紀尾井ホール・リサイタルのライブ録音
音楽評論ブログ<アリスの音楽館>のコンサート評「アンリ・バルダ ショパン ピアノ・ソナタ第3番 ほか @浜離宮朝日ホール 7/12」で紹介されていたので興味を惹かれたピアニストがアンリ・バルダ。

録音がほとんど無いけれど、そのわりにいろいろ情報が見つかった。
アンリ・バルダのプロフィール[concert imagine]
アンリ・バルダ・インタビュー[TowerRecords/intoxicate]

ピアニストで文筆家の青柳いづみこさんが、2012年にバルダに関する本を出版する予定。
「青柳いづみこのメルド日記」(ブログ)でも、バルダに関する記事がいくつか掲載されている。
- 2002年11月6日/アンリ・バルダのリサイタル
- 2003年9月8日/アンリ・バルダの講習会
- 2004年4月16日/アンリ・バルダ追っかけ記

今入手できる音源は、「2008年東京ライヴ~ブラームス、ベートーヴェン、ショパン」のみ。
これは、2008年12月18日、東京・紀尾井ホールでのリサイタルのライブ録音。

<曲目>
ブラームス:8つの小品op.76より 第1番~第5番
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番イ長調 op.101
ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 op.60
ショパン:バラード第1番~第4番

アンリ・バルダ、2008年東京ライヴ~ブラームス、ベートーヴェン、ショパンアンリ・バルダ、2008年東京ライヴ~ブラームス、ベートーヴェン、ショパン
2012年03月27日
アンリ・バルダ

試聴する
amazon(米国、日本)ではCDの取り扱いがなく、MP3ダウンロードのみ。
日本のHMV,TOWER RECORDSのオンラインショップでCD販売中。
※試聴するなら、米国のNaxos Music Libraryが一番便利。無料試聴する場合でも、合計15分以内ならどのトラックのどの部分でも自由に聴ける。


試聴ファイルを聴いただけでも、バルダはとても個性的。
コンサート評に書かれているような"ロックなピアニスト"なのか私にはわからないけれど、自身の解釈について、迷いや曖昧さは全くなく、確信を持って弾いているのは間違いない。
音も綺麗で色彩感豊か。力感・量感もたっぷりあって、和声はとても厚い。紀尾井ホールの残響の多さも影響しているのか、ブラームスは内声部の動きがわかりにくく、残響が多くて和声が渾然一体となって聴こえてくる。
ブラームスはあまり聴き慣れない響きと弾き方だったので、どの曲を弾いているのかちょっと混乱してしまった。
私には、ブラームスというよりはショパン(か何か他のロマン派)の曲を聴いているような感覚がするんだけど...。
陰翳と渋みのあるブラームスというよりは、輝くような音がゴージャスで喜怒哀楽の表情豊か。
特にパッショネイトな曲想のところは、力強くて感情が噴出するような勢い。
ブラームスに限らず、どの曲でも強奏時のタッチがかなりきついので、時々耳が痛くなるのは気になる。
Op.76は後期ピアノ作品よりも早い時期の作品なので、かなり感情的な起伏が激しい曲も多いから、バルダのパッショネイトな演奏も曲想には合っているとは思う。

このアルバムで一番好きなのは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第28番。
ブラームスやショパンとは違って、それほど激しい感情がほとばしる曲でもないので、演奏の方も多少穏やかではある。
そのせいか、肩の力の抜けた即興的な自由さとフランス人ピアニストらしい洒落た雰囲気を感じるので、面白くて聴きやすい。
細部の表情の変化が多彩で、演奏はとてもニュアンス豊か。
第1楽章は、弱音で柔らかく歌うような旋律の弾き方がとても綺麗で、洒落ている。ノスタルジックな甘い雰囲気が素敵。
特に、第2楽章や第3楽章は速いテンポで生き生きとした躍動感があって、フーガ独特の形式的な硬さも感じず、とてもしなやか。
個人的な好みから言えば、この曲を聴くためにこのCDを買う値打ちはありそう。

ショパンのバラードは、嫌いな曲ではないけれど、あまり聴かないのでよくはわからない。
一番好きな第1番を聴くと、流麗でもしなやかでもなくて、激しい感情が渦巻くように力強くて情熱的。
こういうタッチのバラードもあるのかもしれないけれど、ちょっと聴き疲れてしまう。
私がいつも聴くのはアラウのスタジオ録音。アラウは骨太のタッチで過度な感情表現をしないので、バルダのバラードとは随分違う。

Youtubeにあるバルダの音源は多くはない。
これはスカルラッティのソナタL.33。他にショパンのマズルカのライブ映像もある。
ノンレガートは使っていないのでチェンバロ的な響きはせず、音が明瞭で粘り気のあるタッチのレガートが流麗で美しい。
しっとりとした深い情感をたたえつつ、芯の通った毅然さがあり、気品とロマンティシズムが漂っている。

Henri Barda plays Scarlatti Sonata L.33


tag : ブラームス ベートーヴェン ショパン スカルラッティ

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『The Journey: Best of Adiemus』
CDラックを整理していたら、昔よく聴いていたCDがたくさん眠ったままになっている。
カバーがとっても可愛らしいので眼にとまったのが、Adiemus(アディエマス)のベスト盤『The Journey: Best of Adiemus』。

ベスト・オブ・アディエマスベスト・オブ・アディエマス
(1999/12/08)
アディエマス

試聴する
この国内盤は、イルカが浮き彫りになっている真っ白の外装ケースが可愛い。


アディエマスの歌は、ニューエイジ&無国籍風でファンタジックな雰囲気。
久しぶりに聴くと、コラール的な静謐な曲や、ちょっと濁りのある和声が軽妙で面白い曲とか結構バラエティ豊か。
BGMで聴き続けてもとても気持ち良い音楽だし、《Beyond of century》と《Hymm》は特に好きな曲。
《Beyond of century(世紀を越えて)》は「NHKスペシャル 世紀を超えて」のテーマ曲だったので、聴いたことがある人も多いはず。


Beyond of century 世紀を越えて


Hymn


The 10 Greatest Pianists of All Time ~ 現役ピアニストが選んだ「10人の偉大なピアニスト」
「ウェブラジオでクラシック音楽ライブ」(今は更新停止してますが)の管理人okakaさんのTwitterで紹介されていた面白い記事が、"The 10 Greatest Pianists of All Time"(Limelight Magazine, Jul 5,2012)。

原文の英文記事のサブタイトルは、"The most influential legendary pianists, as voted by modern day masters of the instrument."(現役ピアニストの投票によって選ばれた、最も影響力のある伝説的なピアニストたち)

この投票は、Limelight magazineが実施。
若手からベテランまで、100人以上の現役コンサートピアニストに対して、最も"inspire"されたピアニストは誰かと質問したもの。
回答者には、ベテランでは、Grigory Sokolov, András Schiff, Alfred Brendel,Stephen Hough, Pascal Rogé, Leslie Howard など、著名なピアニストが名を連ねている。
中堅というか、かなりキャリアのあるピアニストでは、Olli Mustonen, Konstantin Scherbakov など。
若手はPaul Lewis, Piotr Anderszewski, David Fray をはじめ、なぜかAlice Sara Ottまで入っている。

現役ピアニストたちが名前をあげたピアニストのうち上位10人について、簡潔なプロフィールとピアニズムの特徴、現役ピアニストによる紹介文、代表的音源(Yooutube)がオンライン記事に掲載されている。

回答結果とそのピアニストを選んだ現役ピアニストは以下の通り。

1. Sergei Rachmaninov
Leslie Howard, Stephen Kovacevich, Denis Matsuev, Alexey Yemtsov...

2. Vladimir Horowitz
Ingold Wunder, Freddy Kempf, Gerard Willems, Konstantin Scherbakov...

3. Sviatoslav Richter
Barry Douglas, Howard Shelley, Anna Goldsworthy, Piotr Anderszewski...

4. Arthur Rubinstein
Roger Woodward, Simon Trpceski, Jayson Gillham, Margaret Fingerhut...

5. Emil Gilels
Cédric Tiberghien, Alice Sara Ott, Olli Mustonen, Lars Vogt...

6. Alfred Cortot
Stephen Hough, Alfred Brendel, Benjamin Grosvenor, Stanislav Ioudenitch...

7. Glenn Gould
Pascal Rogé, Vladimir Ashkenazy, Fazil Say, Jean-Efflam Bavouzet...

8. Alfred Brendel
Paul Lewis, Steven Osborne, Imogen Cooper, Till Fellner...

9. Wilhelm Kempff
Cyprien Katsaris, Michael Endres, David Fray, Eldar Nebolsin...

10. Artur Schnabel
Jonathan Biss, András Schiff, Ronald Brautigam, Garrick Ohlsson....


この現役ピアニストによる投票結果では、第1位がかなりの差("significant margin")でラフマニノフ。
投票結果の解説記事は、"Sergei Rachmaninov voted greatest pianist of all time"

よく評論家や読者が選んだピアニストベスト○○とかいうランキングが音楽雑誌に載っているけれど、たしかホロヴィッツが第1位になっていることが多かったはず。ラフマニノフの名前はあまり見かけなかった。人気投票みたいなものだし..。
この同業者であるプロのピアニストによるランキング結果とは、全然違うのが面白い。
ラフマニノフの録音は1920-40年代初めの古いものが多く、音質はあまり良くない。有名なのは自作自演のピアノ協奏曲全4曲など。
特に第2番のピアノ協奏曲は、ゆっくりしたテンポでロマンティシズムたっぷりに弾く昨今の演奏とは違うことで有名。
ラフマニノフ自身が弾くと、速いテンポで切れ味よく、情感過多にならずにさらりとした叙情感のある演奏になる。(このタイプの演奏をあげるとすれば、コチシュ、スティーブン・ハフあたり?)
ラフマニノフは、自作だけではなく、他の作曲家の演奏にも優れていたとよく言われているし、米国へ渡ってからはコンサートピアニストとして活動していた。

解説記事では、残っている録音が少ないラフマニノフが、最も"inspire"されたピアニストとして選ばれたことは(原文は"the number one piano hero")、彼の演奏のインパクトが極めて大きかったことを証明している、と書かれていた。
ラフマニノフのピアニズムの特徴は、13度も届く大きな手でどんな困難なパッセージでも明晰さを失わない人間離れした鮮やかな技巧と、ヴァイオリニストのクライスラーのように美しく歌うようなトーン。それに、技巧・感情面だけでなく、知性的にも優れた演奏だと評されている。
個人的な好みで言えば、ピアニストとしての演奏は、ホロヴィッツよりもラフマニノフの方がずっと好き。

投票結果の上位5人のピアニストのうち、4人はロシア人。
また、上位10人の中でカナダ人のグールド以外は、全てヨーロッパ(大陸)諸国のピアニスト。
投票結果に対する感想としては、リヒテル、ルービンシュタインはやっぱり納得。
現役ピアニストで選ばれたのは、最近演奏活動から引退したブレンデルのみ。(弟子のルイスやフェルナーも票を入れていたとはいえ、ポリーニやアルゲリッチが上位入らずに、ブレンデルが入っているのは、至極当然に思える)
ギレリスが上位に入っているのがどうにも不思議。(私が好きではないからそう思うだけだろうけど)
それとは逆に、ケンプの評価はそれほど高くはない。(技巧的な問題が影響しているから?)
グールドはやっぱりこの順位くらいだろうか。
コルトーとシュナーベルは、ほとんど聴いたことがないので、何とも言えず。
ベートーヴェン弾きのバックハウスやアラウ、ゼルキンも10位には入らず。(それはそうだろうという気がする)
ピアニストを1人だけ上げる単独回答か複数回答かがよくわからない(たぶん単独回答だと思う)。
4位以下は票が分散しているのかもしれないし、回答方法が違うと結果が多少(かなり?)違ってくるに違いない。
面白いのは、ロジェとアシュケナージが回答したのがグールドで、バッハ弾きのアンデルジェフスキの方はグールドではなくリヒテルだったりする。それに、ソコロフが回答したピアニストがわからないので、一体誰なのか知りたいなあ。


<参考データ>
レコード芸術/名演奏家ランキング:ピアノスト編(2012年6月号)
1.ホロヴィッツ 2.リヒテル 3.ポリーニ 4.アルゲリッチ・ルービンシュタイン(同点) 6.グールド・ミケランジェリ(同点) 8.グルダ 9.フランソワ 10.ゼルキン
11.バックハウス 12.アラウ・ギレリス(同点) 14.コルトー 15.リパッティ 16.エマール 17.ハスキル 18.ブレンデル 19.ギーゼキング・ケンプ・ラフマニノフ(同点)
評者:音楽評論家や音楽ジャーナリストなど30名

※10位台の後半以降は、数人とか1人の選者しか点数をつけていないので、順位はあまり当てにならない。
※ツィメルマン(26位)とブレンデルの順位が低いのは意外。
※ソコロフは64位(選んだのは2人のみ。点数も低い)、ハフは選外。海外でのピアニストの評価とは随分違っているような気がしないでもない。特にソコロフをほとんどの選者は選んでいないというのは不思議。正規録音が少なくいためか(それに若い頃のものが多い)、聴いたことがないのか、聴いても評価しない人が多いのか、理由は何だろう?

モーストリー・クラシック12月号「最新格付け! 世界の名ピアニスト」[産経ニュース,2011.10.24]
総合:1.ホロヴィッツ 2.ミケランジェリ 3.リヒテル 4.ルービンシュタイン 5.グールド
現役:1.アルゲリッチ 2.ポリーニ 3.ツィメルマン 4.シフ 5.内田光子

デュオ・ダコール ~ ベートーヴェン/大フーガ(ピアノ連弾版)
ベートーヴェンの《大フーガ》といえば、晩年の弦楽四重奏曲。
作曲経緯はかなり有名な話。元々、弦楽四重奏曲第13番の最終楽章として作曲されたが、後に独立した曲として発表された。
当時の音楽的水準からみれば、技巧的難易度が高く、難解なために、長い間不評だったという。
この《大フーガ》をベートーヴェン自ら4手ピアノ版(作品134)に編曲した自筆譜があり、これが100年以上もの間見つかっていなかった。ようやく2005年にペンシルベニア州にある神学校の図書館で発見されて、今はピアノ連弾のレパートリーの一つになっている。
ベートーヴェン「大フーガ」の自筆譜、115年ぶりに発見[HODGE’S PARROT]
あの「大フーガ」の楽譜の落札者がコレクションをジュリアードに寄贈[「おかか1968」ダイアリー~いっそブルレスケ~]

映画『敬愛なるベートーヴェン』で弦楽四重奏曲版の《大フーガ》が使われていた。初めて聴いたとき、なんて面白い曲なんだろうと思ったもの。
なぜか、現代の音楽というか、宇宙の音楽というか、私が聴いてきたベートーヴェンの曲とは違う雰囲気がした。弦楽四重奏曲というものを、ほとんど聴かないせいかも?

映画の冒頭、臨終の床にあるベートーヴェンの元へ馬車で急ぐ若い女性は、写譜師アンナ。
おぼろげな記憶では、馬車の窓から風景を眺めているシーンに《大フーガ》が流れていた。
映画の後半では、《大フーガ》の作曲や初演のシーンも登場する。
この映画はフィクションの部分がかなりあるけれど、晩年に作曲された音楽も多数使われているし、当時の街の様子やベートーヴェンの生活ぶり、写譜師という仕事のことなど、歴史的にもいろいろ面白かった映画。
過去記事:映画『敬愛なるベートーヴェン』 (日本語としては「敬愛する」または「親愛なる」が正しいのでは。でも、何度もこの「敬愛なる」という言葉を見ていると、だんだん違和感がなくなってくる)

Youtubeで探したピアノ連弾版の音源のなかで、一番良いと思ったのが、Lucia HuangとSebastian Eulerの"Duo d'Accord"(デュオ・ダコール)の演奏。
音色が多彩で、声部も明瞭に分離して、最もポリフォニック。4本の手が弾く旋律のタッチも切れ良く、強弱・音量のバランスも良い感じ。
他の演奏(ライブorスタジオ録音)は、音色の色彩感が薄く、声部が上手く弾き分けられていないために、複数の旋律が混沌として、どれがどの旋律なのかよくわからなかった。
モノフォニーな曲が多い4手連弾では、バッハのようなポリフォニックなフーガを、ソロピアノ並に声部を分離させて弾くのは難しいらしい。
《大フーガ》はやはり弦楽四重奏曲でないと聴けないのかなあ...と思いながらも、デュオ・ダコールの演奏を聴くと、ピアノ連弾曲としてとても聴きやすい。
原曲のイメージはともかく、聴き慣れているピアノの連弾版の方が、弦楽四重奏よりも音がクリアで音色の違いもはっきりしているので、絡み合っている旋律線が明瞭に聴き取れる。
旋律が絡み合う錯綜感や"宇宙的な"やや摩訶不思議な雰囲気は、やっぱり弦楽四重奏曲の方がずっと強く感じるけれど、音楽自体はピアノ連弾であってもやっぱり面白い。
ベートーヴェン自身の編曲なので、ピアノ曲やピアノ連弾曲が好きな人にはとてもお勧め。

デュオ・ダコールはすでに5枚のCDをリリース。その中では、メシアンの《アーメンの幻影》の演奏はかなり良い感じ。
そのメシアンのCDにカップリングされていたのが、《大フーガ》。
"Duo d'Accord"の公式ホームページ

メシアン:アーメンの幻影/ベートーヴェン:大フーガ Op. 134 (デュオ・ダコール)メシアン:アーメンの幻影/ベートーヴェン:大フーガ Op. 134 (デュオ・ダコール)
(2011/02/01)
デュオ・ダコール

試聴する
試聴ファイル(Music Line.de)(試聴時間:各トラックの冒頭1分)


ピアノ連弾版(Lucia Huang , Sebastian Euler)
L.V. Beethoven ~ Große Fugue [For Piano Four Hands] Op.134



原曲の弦楽四重奏曲版 (Alban Berg Quartett - 1989)
Beethoven Grosse Fuge pt-1


tag : ベートーヴェン

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ルドルフ・ゼルキン ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第26番「告別」
5年ほど前、村上春樹の『意味がなければスイングはない』に載っていた「ゼルキンとルービンシュタイン 2人のピアニスト」という評論を読んで、興味を持ったのがルドルフ・ゼルキン。
試しにブラームスのピアノ協奏曲とベートーヴェンのピアノ・ソナタ数曲を聴いてとても好きになったので、録音コレクターをしていた。
その頃に好きだったゼルキンの演奏は、ベートーヴェンの熱情ソナタ、ピアノ・ソナタ第31番、ディアベリ変奏曲、ブラームスのピアノ協奏曲第2番、メンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番、ルガーノライブ、カーネギーホールの75歳記念コンサート。

特に、カーネギーホールの75歳記念コンサートのライブ映像は、何度も繰り返し見た(聴いた)し、特に告別ソナタが好きだった。
ゼルキンの告別ソナタは、スタジオ録音が50年代の古いものしかなく、ステレオ録音の正規音源はこのライブ録音しかないと思っていた。
でも、8月にリリース予定のベートーヴェン録音全集BOXでは、告別ソナタは"セッション録音"と表記されている。スタジオ録音が残っていたのかな?

カーネギーのリサイタルはCDのライブ録音のみ。残念なことにDVDが出ていないので、ライブ映像はNHKが放映したらしい。
ゼルキンといえば、端正なイメージがあったけれど、ライブ映像を観ると、端正どころか気合いの入った演奏姿で、これを見ているだけでも楽しめてしまう。
"spectacular performance"というレビューの通り、曲が白熱した部分にさしかかると、全身を使って弾いている。
これは、メンデルスゾーンのコンチェルトでも同じ。派手なパフォーマンスをしているというよりも、ついつい力が入ってこういう演奏スタイルになるらしい。それにドタンバタンというペダル音もゼルキンの録音にはよく入っている。

完璧主義者のゼルキンは、スタジオ録音をしても結局リリースを許諾しなかったものが膨大に残っているという。
リサイタルになると、そういう完璧主義者の一面が消えて、その瞬間の演奏に没入する情熱的なピアニストに変身するらしい。
「ゼルキンのコンサートに足を運んだ人は、ゼルキンの演奏はレコードで聴くより、ライブの方がずっと感動的だと口を揃えて言う。」(村上春樹『意味がなければスイングはない』)

全盛期ほどに切れのあるテクニックではなく、指回りの悪さは感じるけれど(特に第1楽章)、75歳の高齢とは思えないほど安定した弾きぶり。
第3楽章冒頭のアルペジオは明瞭で混濁することもなく、主題のレガートな歌わせ方も品良く優美。
全体的にリズミカルで生き生きとした躍動感と、"再会"の喜びがとめどなく溢れ出てくるようなピアノがとても素敵。
昔も今も、告別ソナタの最終楽章というと、すぐにゼルキンの演奏が浮かんで来る。

75歳記念カーネギー・ホール・ライヴ75歳記念カーネギー・ホール・ライヴ
(2001/12/19)
ゼルキン(ルドルフ)

試聴する


ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調「告別」 "Lebewohl" Op.81a [ピティナ作品解説]

ベートーヴェンにしては、珍しく自らつけた標題"Lebewohl"。
各楽章にもそれぞれ「告別」「不在」「再会」を意味するドイツ語の副題がついている。
長年ベートーヴェンを庇護してきたパトロンで作曲の弟子でもあったルドルフ大公が、ナポレオン軍のウィーン包囲によって、地方へ疎開する際に献呈したという話は有名。
全編、ルドルフ大公へのベートーヴェンの強いシンパシーが感じられるような情感が溢れている。

旅立ちにちなんだ曲ですぐ思い出したのは、バッハのカプリッチョ 《最愛の兄の旅立ちに寄せて》BWV992。この曲もゼルキンが度々リサイタルで弾いていた。

第1楽章 "Das Lebewohl"(告別)  Adagio-Allegro
冒頭は3度順次下降する音型がとても印象的。
続く主題は別れに対する哀惜よりも、爽やかなで開放感のある心が浮き立つような旋律。
絶えず上行下行を繰り返し、頻繁に現われる下降音型や半音階には不安定感と暗い色調を感じる。
安全無事な旅路を願う気持ちと、切迫している情勢への不安感が交錯しているような雰囲気。

Rudolf Serkin Beethoven Les Adieux Sonata 1rd mvt



第2楽章 "Die Abwesenheit"(不在) Andante espressivo
副題どおり、大公の"不在"に対する沈鬱な気持ちがストレートに伝わってくるような曲想。

第3楽章 "Das Wiedersehen"(再会) Vivacissimamente
第2楽章からアタッカで繋がり、冒頭は10小節の長いアルペジオの序奏。
ペダルでアルペジオの重なりあう響きがとても華やか。
主題旋律は優しく喜びに溢れた分散和音がとても綺麗。コーダはPoco Andanteでテンポが落ちている。ワルトシュタインや熱情のコーダでテンポが上がるのと正反対。
再会によるほっとした安心感と心穏やかな気持ちに満たされたようなエンディング。


この第3楽章のゼルキンの気合いと情熱溢れる演奏は何度見ても楽しい。
Rudolf Serkin Beethoven Les Adieux Sonata 3rd mvt




tag : ベートーヴェン ゼルキン

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救世主兄弟
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『私の中のあなた』
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"Medical Response Dog"のことを調べていて、「てんかんアラート犬」を連れている辣腕弁護士が登場するので、偶然知った映画が『私の中のあなた』。
ストーリー自体は実話ではないけれど、かなりリアリティを感じさせるお話。
白血病の姉のために、臓器を提供するドナーとなるべく、遺伝子操作によって生まれてきた妹。
姉のために何度も手術を繰り返してきた妹は、片方の腎臓移植を求められた時、ついに両親を相手どって臓器移植拒否の訴訟を起こす...というストーリー。
遺伝子操作で臓器移植のドナーとして子供が生まれてくるなんて、近未来のSF的な話しなんだろうと思っていたら、実はかなり現実に近い話だった。
昔、このテーマが生命倫理の問題になっていたのは覚えている。すでにドナー目的で生まれた子供が200人以上もいるというのは、かなりの驚きだった。
ただし、現在行われている手法は、体外受精によって受精卵を複数作り、兄姉と遺伝子が適合するものだけを選び出して、ドナーとなる子供を作るので、遺伝子導入や遺伝子組換えを行う「遺伝子操作」ではないのだろうけど。

 映画『私の中のあなた』予告編

映画『私の中のあなた』公式サイト
最後に姉妹のどちらかが死んでしまう。奇妙なのは、原作小説と映画では死んでしまう子供が違うこと。
監督は原作の設定に同意できなかったのか、映画のストーリー展開や訴えたいメッセージを考えて、正反対の結末にしたのか、よくはわからない。
小説のエンディングは、著者の思い入れが反映されているのか、ご都合主義的に問題解決をしたような気もする。
映画の方も、訴訟によって提起された問題と判決が引き起す結末・影響について、明確な答えを出しているというわけではなさそう。
どちらかというと、映画の方がストーリー的にはまだしも自然な展開のようには思える。

原作小説「私の中のあなた」。
私の中のあなた 上 (ハヤカワ文庫NV)私の中のあなた 上 (ハヤカワ文庫NV)
(2009/09/05)
ジョディ・ピコー

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DVD「私の中のあなた」。
私の中のあなた [DVD]私の中のあなた [DVD]
(2010/02/19)
キャメロン・ディアス、アビゲイル・ブレスリン 他

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救世主兄弟
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「救世主兄弟」(Savior sibling)とは、子供の病気を治すために、臓器提供のドナーとして適合する遺伝子を選別して生まれてくる別の子供のこと。
数年前にNHKがドキュメンタリー番組を報道して、かなりの反響があったらしい。
今のところ、映画のように「救世主兄弟」が臓器提供を拒否して裁判沙汰になったという話はないらしい。
たとえ裁判をしたとしても、「救世主兄弟」側が勝訴するに違いない。ドナーとなるべく生まれてきたとは言え、本人の意思に反して臓器提供を義務・強制化する判決が下されるとはとても考えられない。
NHKスペシャル 「人体“製造” ~再生医療の衝撃~」
NHKスペシャル【幹細胞生殖医療救世主兄弟】詳細情報


米国では、医師と患者の個人的な良心に判断をゆだねているために明確な法的規制がなく、すでに多数(200人レベル)の「救世主兄弟」が生まれている。
イギリスやフランスでも、相次いで最初の「救世主兄弟」が誕生している。
イギリスでは、「救世主兄弟」は血液の病気に限定するという条件付きで法律が制定されたという。
First successful saviour sibling treatment for UK(BBC NEWS,2010.12.21)
France's first "saviour sibling" born (RFI、2011.2.8)

"救世主兄弟"[Ashley事件から生命倫理を考える]
「救世主兄弟」に関して詳しい情報が載っているブログ記事。


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『わたしを離さないで』
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クローン人間は、まだ現実世界では実現していない。法規制のない中東で研究している医師はいるらしい。
SFというか、近未来小説として、クローン人間をテーマにしたのが、『日の名残り』で有名な文学作家カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』。
この小説は村上春樹が原作を絶賛していたそうで、映画化作品も昨年劇場公開されている。
これは臓器提供だけの目的で遺伝子操作でつくられたクローン人間の子供の物語。
彼らは臓器提供のためだけに作られたので、彼ら自身が生存し続けることは前提でも目的でもない。いわば"生きたスペア臓器の集合体"みたいな存在。

最近は小説も映画もあまり見なくなっているので、この本と映画のことを知ったのは、Tea316さんのブログ<Wohin?>の記事"映画「わたしを離さないで」"


 映画『わたしを離さないで』予告編

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
(2008/08/22)
カズオ・イシグロ

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DVD『わたしを離さないで』
わたしを離さないで [DVD]わたしを離さないで [DVD]
(2012/06/02)
キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド 他

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アルフレッド・パール ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集
たまたま見つけたamaznoのレビューに興味を惹かれて、HMVでもとても評判が良かったのが、アルフレッド・パール(Alfredo Perl)の『ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集』。
廉価盤レーベルのさほど有名ではないピアニストの録音に高評価のレビューが多い場合は、ネームバリューは関係ないので、演奏内容そのものが良いのは間違いない。
もともとはBMG傘下のドイツの廉価盤レーベルArte Novaに1993年~96年にかけて録音した全集で、Oehms Classicsから2003年に再販されたもの。
Arte Novaというと、ジンマン&チューリヒ・トーンハレ管のベートーヴェン交響曲全集が有名。リリース当時、店頭でよく見かけたので、あまりに安さに分売盤を何枚か衝動買いしてしまった。

アルフレッド・パールというピアニストは、名前も演奏も全然知らなかった。
アラウと同じチリ出身(パールはサンティアゴ市)のピアニストで、1965年生まれ。
9歳で演奏会デビューし、ブゾーニ国際コンクールやウィーンのベートーヴェン国際ピアノコンクールで入賞。
ケルンやロンドンでピアノを学び、英国、ドイツ、オーストリアでは知られているらしい。
1996年と97年にロンドン、サンティアゴ、モスクワでベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会を行っている。
今はドイツのデトモルト音楽大学の教授。
ブゾーニコンクール入賞歴から言えば技巧面は確かだろうし、ベートーヴェン・コンペティションでも入賞したくらいだから、もともとベートーヴェンとは相性が良いに違いない。
録音は結構多く、レーベルはArte NovaとOehms。リスト作品を中心に、シューマン、グリーグ、シマノフスキ、それにベートーヴェンとブラームスの室内楽など。珍しい録音としてはブゾーニの《ヨハン・セバスティアン・バッハによる幻想曲》、シマノフスキの《交響曲第4番「協奏交響曲」》。
録音評によると、パールのスタイルに最も合っているのがベートーヴェン。それ以外で優れた録音はリストの《ダンテ・ソナタ》。
プロフィール:英文WilipediaNaxos(NML)


パールがこのピアノ・ソナタ全集を録音した時は、30歳前後という若さ。
その若さでさほど知名度も高くなかった(と思う)ピアニストが全集録音を出すことができたのは廉価盤レーベルゆえのことだろうけど、彼を選んだプロデューサーの耳は確か。
"深遠な"ベートーヴェンではないけれど、下手にあれこれこねくりまわさず、オーソドックスに丁寧に弾きこんだ"正統派"と言いたくなってしまう。30歳になるやならずで、これだけのベートーヴェンを弾いていたなんて...。 

Complete Piano Sonatas & DiabeComplete Piano Sonatas & Diabe
(2004/04/20)
Alfred perl

試聴する(allmusic.com/ArteNova原盤(抜粋))
ワルトシュタインの第3楽章の後に、《Andante favori》が収録されているのが珍しい。ディアベリ変奏曲も収録。


全集盤以外に、標題付きピアノ・ソナタ6曲を収録した廉価盤も出ている。
これが2CDで600円(amazon価格)と異常な安さ。有名なピアニストの名盤に拘らないのであれば、ベートーヴェンの有名曲をまとまって聴きたいという人には良さそう。個性的な解釈・演奏の斬新さや面白さとか、(グルダのような)スピード感と指回りの良さで技巧鮮やかなベートーヴェンを期待する人には不向き。もし好みに合わなかったとしても、この価格ならあきらめもつくかと。

Beethoven: The Great Piano SonatasBeethoven: The Great Piano Sonatas
(2011/02/01)
アルフレッド・パール

試聴する(amazon)
musicline.deの試聴サイト(1トラックの試聴時間が1分と長い)


試聴してみると、私の好きなベートーヴェン演奏のイメージにぴったり。
極端なアゴーギグや独自の解釈が目立つような個性的な演奏ではなく、オーソドックス(と思う)な解釈で丁寧に弾きこんでいるので、好感度はとても高い。
特に目立つことや変わったことはしていないのに、無理のないメリハリのある豊かな表情が魅力的。このクセのなさが物足りないと思う人もいるだろうけど。
そうあるべきときに力強くドラマティックになるので、ベートーヴェン特有のダイナミックなディナーミクに欠けるというわけではないと思う。
高音はやや線が細い気がしないでもないけれど、低音部やフォルティシモは力感・量感とも充分。ほどよい残響で柔らかさと膨らみがでて、音は素晴らしく綺麗。
粘りのないタッチで、テンポの極端な設定や不自然な伸縮がなく、強弱のコントラストとアーティキュレーションも明瞭で、曲の輪郭はくっきり。
特にワルトシュタインの第3楽章はソノリティがとても美しい。膨らみのある響きがふわ~と膨らんで包み込むような感覚がとても心地良く。
全体的にタッチが丁寧で、落ち着いた色彩感と濁りのない暖かみのある美しいソノリティに加えて、安定した技巧と過剰・過不足のない表現で、粘らず、淀まず、力まず。瑞々しい若さとパッションや自然に湧き出てくるような叙情性を感じさせるのがとても良いところ。

お試しで抜粋盤を買おうかと思っていたら、試聴すると波長がぴったり合ってしまったので、全集盤の方に変更。
そういえば、この前読んだオピッツのインタビューで、最近のベートーヴェン演奏について、「若いピアニストを残念な気持ちで見ることがありますね。楽譜に対する敬意が少し足りないように感じます。個性的な演奏をして人から注目を集めたい、という気持ちが大きいのではないでしょうか。7割が自分の解釈で、ベートーヴェンはたったの3割という演奏が多い。」と辛口のコメントをしていた。(レコード芸術2009年4月号)
パールの演奏にはその指摘は当てはまらないので、その点では安心して聴ける。思いがけずこんなに素敵なベートーヴェンを弾くピアニストに出会ったのがとても嬉しい。

tag : ベートーヴェン パール

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アラウ ~ リスト/巡礼の年 第2年「イタリア」より "ペトラルカのソネット第104番"
リストの《巡礼の年 第2年「イタリア」》で一番有名な曲は、ダンテ・ソナタという通称で知られる《ダンテを読んで-ソナタ風幻想曲》。
それ以外の曲は単独ではあまり演奏機会が多いようにも思えないけれど、なぜかとても好きなのが《ペトラルカのソネット》。
第47番、第104番、第123番の3曲あるけれど、よく聴くのが第104番。
第123番と第47番も素敵な曲だけれど、第104番のようにドラマティックな強い印象の残る旋律と曲想ではないので、もう一つ印象が薄くなる。

初めて聴いたアラウのリスト録音集の分売盤(国内盤)に収録されていて、この《ペトラルカのソネット第104番》と《ダンテ・ソナタ》がとっても印象的だった。
1969年とアラウの全盛期終盤の録音。philipsの録音音質が素晴らしく良い感じで、アラウの音色の美しさと豊かさを良く捉えているのでは。
名盤とされる《ロ短調ソナタ》や《孤独のなかの神の祝福》と近い時期に録音されたので、テクニカルな衰えもなく、アラウのリスト録音のなかでは、技巧と感情が最もよいバランスで融合している演奏の一つなのだと思う。

ピティナ作品解説によると、イタリア・ルネサンス期の代表的叙情詩人、フランチェスコ・ペトラルカの『カンツォニエーレ』の「ソネット」(イタリアで生まれた14行の定型詩。「小さな歌」)が題材。
この《ペトラルカのソネット 第104番》の詩は恋に落ちた喜びと苦しみの二面を歌ったドラマティックな曲。
単独での演奏機会も多いというのもよくわかる。

冒頭、短調で鍵盤上をせりあがっていく和音の旋律がややデモーニッシュ。その後には、対照的にロマンティックな旋律が現われる。これは、清楚さと優美さを兼ね備えたとても気品のある美しい旋律。
元々、ドラマティックな曲だけれど、アラウの線の線の太い伸びやかで膨らみのある豊饒な響きと、深い感情移入を感じさせる演奏がとてもよく似合っている。

Liszt by Arrau - Sonetto 104 del Petrarca from "Les Années de Pèlerinage"




1年前にリリースされたアラウのリスト録音BOX。
Philipsの「Arrau Heritage」シリーズのリストBOXが廃盤になっていたので、リストイヤーを機にDecca/eloquenceシリーズで再販されたもの。
独奏曲とピアノ協奏曲の両方のスタジオ録音がほとんど収録されている廉価盤なのでとてもお勧め。(廃盤を含めて分売盤をこつこつ集めてきたので、このBOXセットは買わなかったけど)
残念なのは、《ロ短調ソナタ》は新盤(1985年録音)を収録していること。
技巧が安定した1969年録音の旧盤の方がはるかに内容が良く評価も高い(と思う)。(新盤はSACDの分売盤が出ているので、そちらのセールスを優先したのかも?)

Die KlavierkonzerteDie Klavierkonzerte
(2011/05/26)
Liszt

試聴する(独amazon)



tag : アラウ フランツ・リスト

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新譜情報:ブッフビンダー ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集(1976-82年録音)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集、変奏曲全集、バガテル全集

ルドルフ・ブッフビンダーが若かりし頃に録音したベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集のリイシュー盤が、HMVで6月26日にリリースされていた。
1976-82年のスタジオ録音で、変奏曲全集とバガテル全集も収録されている。全部で15枚のBOXセット。

ピアノ・ソナタ全集、変奏曲全集、バガテル全集ピアノ・ソナタ全集、変奏曲全集、バガテル全集
(2012年06月26日)
Rudolf Buchbinder

試聴ファイルなし/収録曲リスト(HMV)
現時点では、HMVとTowerRecordsで販売中。なぜかamazonサイトでは国内外ともまだ取り扱っていない。
試聴ファイルは、原盤を分売した国内盤で試聴可能 (ピアノ・ソナタ全集のリスト(amazon))

原盤はTeldec。2000年に1枚1000円の国内盤(分売盤)が発売されていた。(今は廃盤)
国内盤の試聴ファイルの方で聴いてみると、昨年リリースしたライブ録音とはまた違った趣き。
全体的に速めのテンポと切れの良いテクニックで、淀みなくスラスラと弾いていく。過剰な力みもなく、アゴーギグも使わず、きりっと引き締まった中に優美さがあり、30歳代前半の録音ということもあって、とても若々しく爽やかなベートーヴェン。
ウィーンの伝統を受け継ぐベートーヴェンというものがあるとすれば、これがそうなのかも?

個人的な好みからいえば、試聴した限りでは、このスタジオ録音よりは、昨年リリースしたリサイタルのライブ録音の方が、演奏自体はいろいろ楽しめる。
一つ一つの演奏をとってみれば、スタジオ録音の方が完成度は高いとは思う。
スタジオ録音の紹介文を読むと、「セッションということもあって、細部の仕上げの精度が驚異的なレベルに達しており、なおかつ時代様式を鑑みた説得力のあるスタイルが常に維持されるなど、当時のブッフビンダーにしかできなかった完璧な演奏が多くのピアノ・ファンの心を掴み、世界的にも高い評価を獲得していたものです。」とあるので、リファレンス盤として持っておくためなら買った方が良いだろうけど、価格次第というところ。



Beethoven-the Sonata Legacy

最近リリースされた2度目のピアノ・ソナタ全集は、2010年9月~2011年3月にドレスデンで行われたサイタルのライブ録音。
リリース当初に試聴したときは、テンポ感やディナーミクがしっくりとこず、テヌート気味になってテンポが落ちたり、ルバートがかかっている感じでリズムに粘りがでるところがあるのが気になってしまった。
それに、ライブ録音のせいか、色彩感はあっても、ソノリティがそれほど美しく感じなかったので、購入するのはパス。

改めて聴き直してみると、演奏スタイルに耳が慣れたようで、気になるところが少なくなっている。
残響が少ないために、ピアノの音の輪郭が細部までくっきりと聴こえるのも、慣れればとても聴きやすい。
旧盤を聴いてからライブ録音の試聴ファイルを聴いたせいか、表現に膨らみやいろいろなニュアンスが感じられて、逆にとっても良さそうに思えてきた。
この前聴いたときは、レーゼルの録音を聴いた直後だったので、それと比較すると印象が良くなかったのかも。
同じウィーンで学んだブレンデルほどにタッチ・音色やアーティキュレーションに凝っているというわけではなく、かえってその方が独特のクセが強くなく、音楽の流れが自然に感じられる。

ブッフビンダーは、「これまで40回以上のベートーヴェンのソナタ全曲演奏をしてきました。毎回の自分の研究によって、演奏は進化しています。毎回違った弾き方になってしまうほど、アイデアが楽譜に刻まれています。...私はできる限りそれ以前に(リスト校訂版以前の自筆譜に)ロールバックし、歴史的楽器の仕組みを探求し(実際にシュタインなどの楽器を所有)、現代ピアノ演奏解釈に取り入れました。」と言っている。
たぶんベートーヴェンのピアノ・ソナタの演奏解釈に最も通じている現役ピアニスト(の一人)には間違いなく、手馴れて余裕のある弾きぶりなのだろうけれど、実演のせいか、ときどき急速部分でささっと慌しく通り過ぎていくように感じることがあり、精緻な演奏という感じはあまりしないけど。
ちょっと"粗さ"を感じるところがどうも気になるけれど、この全集はもしかしたら買うかも。

Buchbinder/Beethoven-the Sonata LegacyBuchbinder/Beethoven-the Sonata Legacy
(2011/06/21)
Rudolf Buchbinder

試聴する(独amazon)



ワルトシュタインの第1楽章。勢いはとても良くて疾走感もあるけれど、やっぱりどこか粗いな~という気がする...。




<2012.9.30 追記>
結局、ブッフビンダーの全集はスタジオ録音・ライブ録音とも買うのは見送り。偶然見つけたアルフレッド・パールの全集(Oehms盤)が素晴らしく、そちらが私にはぴったりだったので。


tag : ベートーヴェン ブッフビンダー

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プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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