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吉松隆/自叙伝 『作曲は鳥のごとく』 と 《朱鷺によせる哀歌》
大河ドラマの音楽で、とうとう一般にも広く知られる作曲家になった吉松隆の自叙伝『作曲は鳥のごとく』が面白い。
音大で作曲を学ぶ-というごく普通のコースを経ず、無調全盛期の現代音楽主流派とは正反対の調性音楽を志向していたので、独学&反主流の苦労がひしひしと感じられる。
今では、現代音楽もかつての前衛的な無調や実験的音楽から、新古典主義や調性感のある音楽へと回帰してきているので、彼の音楽は時代を先取りしていたのかも。

作曲は鳥のごとく作曲は鳥のごとく
(2013/03/19)
吉松 隆

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<目次>
第1章 少年時代(1950~60年代)(鳥のごとく;少年時代の原風景 ほか)
第2章 浪放時代(1970年代)(音楽のスイッチON;高校進学と慶應 ほか)
第3章 鳥の時代(1980年代)(朱鷺によせる哀歌;鳥のシリーズ始動 ほか)
第4章 飛翔の時代(1990年代)(『地球にて』―初めての作品集CD;サクソフォンと『ファジーバード』 ほか)
第5章 作曲する人生(2000年代)(作曲とは…;作曲の仕方 ほか)
(出所:紀伊國屋書店ウェブストア)


現代音楽を聴くきっかけになったのが、吉松隆の《朱鷺によせる哀歌》とメシアンの《異国の鳥たち》。
随分昔、たまたまNHK-FMを聴いていた時に流れてきた《朱鷺によせる哀歌》は、本物の絶滅しつつある朱鷺の鳴き声が聴こえるような、緊張感に満ちた研ぎ澄まされた音楽の美しさに、”滅亡の美学”を感じたものだった。
《異国の鳥たち》はそれとは正反対で、いかにも南国の極彩色の鳥のように色彩感豊かで賑やかで面白かった。

吉松隆の作品は昔からCDを買い集めていたので、(最近の録音は除いて)カメラータの国内盤やCHANDOSの輸入盤でほとんど聴いてきた。
そのなかで私が好きなのは初期の頃の作品。なかでも《朱鷺によせる哀歌》が一番。
本書によれば、完成までに9年間かかった《朱鷺によせる哀歌》の書法は、クラシックにロック、ジャズ、さらには雅楽..と西洋と日本・クラシックとポピュラーといったいろいろな音楽の影響が反映されている。
- 基本は現代音楽的な「トーンクラスター」や「群作法」に近い手法で書きながら、響きとしては無調ではなく明確な調性感を出すことが、最大のポイント。
- 無調のクラスター代わりにDドーリアのコード(協和音)が背景になり続ける、これは、雅楽やシベリウスからの影響と共に、ピンク・フロイドの『エコーズ』から得たアイデア。
- 朱鷺が飛翔しているようなサウンド-「自由なパッセージの交錯」というべき書法は、シュトックハウゼン、ブーレーズ、武満徹の影響。無調のランダムな響きを旋法でハーモナイズするという発想。
- 曲の途中から鳴り始めるピアノは、ビル・エヴァンスとキース・ジャレットがルーツ。途中からアドリブ的な演奏になるのは、前衛音楽あるいはフリージャズのピアノの影響。
- 最後に朱鷺の歌声が彼方からエコーするのは、雅楽の「追い吹き」や尺八の「呼び交わし」のイメージ。

吉松 隆「朱鷺によせる哀歌」

山田一雄指揮日本フィルハーモニーの演奏なので、初演時のライブ録音かもしれない。


鳥たちの時代鳥たちの時代
(2009/08/25)
吉松隆

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《朱鷺によせる哀歌》の後日談。
3回行われた演奏会の著作権使用料の入金額は、合計でわずか7500円。
10年近く心血を注いで作曲し、初演には楽譜の制作からチケット代まで数十万円を負担し、ようやく初演が認められて再演されるまでになったのに、演奏1回の対価が2600円。
電話で著作権協会からこの金額を聴いた時は、大変なショック。「電話口で顔面蒼白になったまま、暫く動くことができなかった」という。



クラシックでは珍しいサクソフォン協奏曲《サイバーバード》
第1楽章の終わりで雅楽的な響きが入ったり、吉松独特の音使いはすぐわかる。
第2楽章「悲の烏」(Bird in Grief)は、「悲しみの烏の独自と、その横で夢を紡ぐように歌う烏たちのアンダンテ」。
冒頭は鬱々と息が詰まりそうな重苦しさで、これがモノローグ。やがて叙情的な旋律に変わり、とても美しい鳥たちの歌。
この曲は、彼の妹さんがガンの闘病生活を送っていた時に病院に泊り込みで看病しつつ、作曲したというのは、よく知られている。本書にもそのときの様子や彼の思いが書かれている。
全楽章完成後、亡くなった妹への追悼曲として《鳥と虹によせる雅歌 Op.60》も作曲した。

Takashi Yoshimatsu - Cyberbird Concerto
第2楽章は8:50~。CHANDOS録音なら、サックスはたぶん須川展也。


Symphony 3 / Saxophone ConcertoSymphony 3 / Saxophone Concerto
(1999/07/20)
BBC Philharmonic Orchestra

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『平清盛』の音楽もかなり人気があるようだけれど、昔から吉松作品で最もポピュラーな曲と言えば『プレイアデス舞曲集』
本書によると、『プレイアデス舞曲集』は、四分音符と八分音符の組み合わせだけで、一小節ごとに拍子が目まぐるしく変わる。楽譜面の印象は「きわめて数学的」で「ストラヴィンスキー」みたいな音楽。
でも、ピアニストの田部京子が弾いた録音のデモテープからは、「気が遠くなるような美しさでゆったりとした光の粒のような音がきらきらと流れてくる」。
これを聴いた吉松隆は、イメージとは全然違うけれど「これがいい!」。

吉松隆「プレイアデス舞曲集第3集」田部京子(p)


吉松隆:プレイアデス舞曲集(第I集~第V集)吉松隆:プレイアデス舞曲集(第I集~第V集)
(2010/08/18)
田部京子

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他にも、普通の作曲家コースとは逸脱した音楽修行遍歴を始めとして、作品が生まれていった経緯やエピソードが満載。
CHANDOSの社長が決めた吉松とのレジデント・コンポーザーの契約は、”なんでそんな日本の聞いたこともない作曲家の曲を録音するのか”と、同社内ではかなりもめたらしい。
独学とはいえ、作曲家の松村禎三氏のもとに出入りしていて、一応は師匠と弟子。作曲家デビュー当初は「松村禎三氏に師事」と書いていたが、そのうち「独学」と経歴に書くようになる。
師匠から「師匠が弟子を破門することはあっても、弟子が師匠を破門するなんて聞いたことないよね」と、ずっと後になって言われたという。

彼の音楽と同じく、文章も読みやすくて語り口も上手い。吉松作品に興味のある人には、異色(異端?)の作曲家の辿ってきた道や、頭と心の中が垣間見れて面白いだろうし、作品の解説やエピソードを読むと久しぶりに聴きたくなってきた曲もある。
それにしても、現在に至るまでの数々の苦労が実を結んできたのは、彼にとっては作曲することが天職だったからに違いない。

 吉松隆 交響曲工房(ホームページ)
 八分音符の憂鬱~作曲家:吉松隆の21世紀クラシック音楽界放浪記 


<過去記事>
吉松隆/朱鷺によせる哀歌

tag : 吉松隆

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「オリーブオイル ~ 食品業界の光と影」(日経ビジネスオンライン)
オリーブオイルは、パンやサラダに付けて食べるのはエキストラバージン、炒め物にはピュアオイルを使っている。
最近は円高でオリーブオイルがかなり安くなっているけれど、スーパーや量販店の店頭には、スペイン産のものが増えている気がする。
オリーブオイルは、イタリア産が品質が一番良くて価格が高く、スペイン・ギリシャ産はイタリア産よりも品質が落ちるので安い...という記事をどこかで読んだことがある。

数ヶ月前、日経BPのオンライン記事で、”オリーブオイルの虚偽表示が横行している”という記事が載っていた。日本に限らず、虚偽表示はどこでも流行っているらしい。
問題になっているのは、「エキストラバージン」というラベルのオリーブオイルであっても、実は精製オイルやオリーブ以外の原料からつくった安いオイルが混ぜ込まれているケースが相次いで発覚したこと。

私の使っているオリーブオイルって大丈夫なんだろうか?とちょっと気になったので、連載記事をずっと読んでいると、オリーブオイル業界の内幕から、オリーブオイル選びのポイントまでカバーしているので、これはいろいろ参考になる。
これを読むと、どうやら普段使いにしているエキストラバージンオイル(カルディの”ラニエリ”と日本製粉の”ダンテ”)は、高価なものではないけれど、虚偽表示とは無関係だと思える。
少なくとも日本の大手メーカーが輸入販売している製品や、輸入商社が現地の伝統的なメーカーから直輸入している製品なので大丈夫そう。


第1回 ニセ物が横行するオリーブオイルビジネスの実態(その1)(2012年12月4日)

第2回 日本での品評会、エキストラバージンオイルの3割がニセ物 オリーブオイルビジネスの実態(その2)

第3回 オリーブオイル偽装の巧妙な手口 オリーブオイルビジネスの実態(その3)(2012年12月18日)

第4回 偽装が多いオリーブオイル。どうやって見極めればいいのか?(2013年1月16日)
-店頭に並んでいる商品は。「海外の大手ブランド商品」「日本の大手製油メーカーのブランド商品」「専門の輸入商社や代理店が輸入した商品」の3つ。
-日本の大手製油メーカーのブランド商品は、品質管理が海外の大手メーカーに比べると厳格で信頼できる。
-専門商社・代理店の輸入品は、個性的な素晴らしいオリーブオイルであることもあるが、バイヤーの鑑識眼に左右されるため、事業者によって商品の品質のばらつきが大きい。

第5回 ペットボトル、透明容器のオイルは早めに使いきる オリーブオイルの上手な選び方(その2) (2013年1月30日)
-容器は、色のついたガラス瓶やステンレスなどの光を通さないものが理想的。ペットボトルは長期保存には不向き。なるべく短期間で使い切ること。
-開封後は、賞味期限にかかわらず、短期間(できれば3カ月以内)で使い切る。
-普段使いの食用油としては、国内の大手製油メーカーがきちんと品質を見極めて販売している商品が安心。揚げもの用の油なら、そうしたメーカーの「ピュアオリーブオイル」でもOK。
-有名なオリーブオイルコンテストでの受賞歴は、品質を見極める一つの基準。(ただし、受賞オイルと同等の品質だとは限らない)
-結局、品質を確認するなら事前にテイスティング(試食)できる店で購入するか、とりあえず小容量のボトルを試しに買ってみるしかない。

第6回 結局、オリーブオイルは体に良いのか?(その1)すっかり「悪者」にされた油の摂取[2013年2月19日]
-「地中海式食事法」:アンセル・キーズ博士たちの研究によって、大量のオリーブオイルを摂るギリシャ・クレタ島民は、肉やバターなどの動物性油脂摂取中心の米国・北欧よりも格段に心筋梗塞や動脈硬化になる率が低い。これは摂取する油脂の種類の違いによるものと結論。オリーブオイルを使ったイタリアのパスタ料理。ギリシャ国民1人当たりのオリーブオイル消費量は年間平均20~30kg。
-オリーブオイルは植物性油脂のなかではオレイン酸の含有量が非常に高い。オレイン酸の効果により、動脈硬化を防ぐ、血中コレステロールのバランスを保ち「善玉コレステロール」を活性化・増加させる。
-マーガリンにはトランス脂肪酸の問題があり、「オメガ3」(DHAやIPA(EPA))の必須脂肪酸)は、過剰摂取は有害な過酸化脂質の元。

第7回 結局、オリーブオイルは体に良いのか?(その2)良質のエキストラバージンだけにある恩恵
-エキストラバージン・オリーブオイルの最大の特徴:精製していないため、「油」以外の成分を微量に含有。
-油以外の成分(不鹸化物)の含有量:大体0.5~1%。ビタミンE(αトコフェロール)、βシトステロール、スクアレン、ポリフェノール類など。
-ポリフェノール類が豊富に含まれているのは、質の良い「エキストラバージン」のみ。オリーブオイルの持つ緑色(主成分となっている葉緑素)は、の働きを助けるが、光を受けるとポリフェノール類の酸化を促進させるため、PETボトルや透明のガラス瓶は避けないといけない。
質の高い優れた「オリーブオイル」の辛み、苦味は、ポリフェノール類をたっぷり含んでいる証拠。

第8回 偽物増えるオリーブオイルに対策。品質保持に動き出した人たち
- DOPやIGPといったEU独特の原産地保護呼称ですら品質の保証にはならない。
-「品質同盟」の結成(米豪の「EXTRA VIRGIN ALLIANCE(略称EVA)」、スペインの高品質生産者同盟「QVExtra」)
- EVA:米国油化学会との共同研究により、偽装オイルを見破ることができる科学的指標を導入。賞味期限内であれば「エキストラバージン」としての一定の品質を保証。


同じ時期に、日経BPから『エキストラバージンの嘘と真実 ~スキャンダルにまみれたオリーブオイルの世界』が出版されている。(こちらは未読)

エキストラバージンの嘘と真実  ~スキャンダルにまみれたオリーブオイルの世界エキストラバージンの嘘と真実 ~スキャンダルにまみれたオリーブオイルの世界
(2012/11/22)
トム・ミューラー

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アルフレード・カゼッラのピアノ作品
ジャン・フランチェスコ・マリピエロと同時代のイタリア現代音楽の作曲家に、アルフレード・カゼッラ(Alfredo Casella,1883年-1947年)という人がいる。
Wilipediaのプロフィールによると、レスピーギ、マリピエロ、ピツェッティなどとともに「80年世代(generazione dell'ottanta)」と言われる。
作品リストを見ると、レスピーギ、マリピエロと比べると、ピアニストだったこともあってか、かなり多くのピアノ作品を残している。
ピアノ作品に関する録音は少なく、カニーノが録音した『ピアノ作品全集』(廃盤らしい)とNaxos盤の『ピアノ作品集』、『ピアノと管弦楽のための作品集』(Brilliant盤)くらい。
作風の変遷が激しかった人らしく(現代作曲家には多い)、年代によって作品の技法・形式・曲想がかなり違っている。どの時期の作品でも比較的聴きやすい曲が多い。


初期の作品《Pavane》はドビュシーの《ベルガマスク組曲》の”パスピエ”や”メヌエット”風。
《Variations sur une chaconne》は古典的で哀愁漂う変奏曲。
《A notte alta》になると、いかにも現代音楽的。クラムの宇宙創世の音楽みたい。これはピアノソロ。
この曲の編曲版のピアノ協奏曲《A notte alta per pianoforte e orchestra op.30b》という曲もある。


Sonatina per pianoforte op.28 (1916)
《Sonatina》は、まるでシマノフスキーやりゲティを聴いている気分。
シマノフスキーよりもねっとりとした情念が薄い。

Alfredo Casella: Sonatina per pianoforte op.28 (1916) (1/2)


Alfredo Casella: Sonatina per pianoforte op.28 (1916) (2/2)



Nove pezzi Op.24
カゼッラは、《pezzi》というタイトルのピアノ小品集をいくつか書いている。
曲名が「...風」という曲が多い。こういう形式を好んだらしい。
なかでも《Nove pezzi/9つの小品 Op.24》は有名な曲集らしく、標題音楽のようにタイトルで曲想がわかる(Funebre,Barbaro,Elegiaco,Burlesco,Esotico,Di Nenia,Di Minuetto,Di Tango,Rustico)。
”Nenia”と”Minuetto”はシマノフスキのピアノ・ソナタ第1番や組曲を聴いている気分になる。
”Modo burlesco”はブリテンにちょっと似ているかも。
練習曲《6 Studies, Op.70》は、リゲティの《エチュード集》並に聴きやすい。

Alfredo Casella: Nove pezzi, per pianoforte op.24 (1914) (1/3)


Alfredo Casella: Nove pezzi, per pianoforte op.24 (1914) (2/3)


Alfredo Casella: Nove pezzi, per pianoforte op.24 (1914) (3/3)



Casella: Cpte Piano Works Vol1Casella: Cpte Piano Works Vol1
()
Bruno Canino

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Piano MusicPiano Music
(1998/08/25)
Luca Ballerini

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ピアノ協奏作品は3曲。
ピアノと管弦楽のための音詩 Op.30b
ピアノ独奏曲の《A notte alta(音詩)》と同じく、どんよりと重苦しい現代音楽的ピアノ協奏曲。

Alfredo Casella: A notte alta per pianoforte e orchestra op.30b (1917 e 1921)



ピアノと管弦楽のためのパルティータ Op.42
《A notte alta》とは180度異なる音楽。とても同じ人が作曲したとは思えないピアノ協奏曲。
行進曲風のオスティナートなフレーズや、諧謔で躍動的な明るい雰囲気とかは、ストラヴィンスキーやラヴェルを連想する。
とても聴きやすい曲ではあっても、旋律自体はメロディアスでもなく、全然印象に残らない。

Alfredo Casella: Partita per pianoforte e piccola orchestra, Op.42 (1924/1925)



Scarlattiana op.44
《Scarlattiana》というタイトルの如く、スカルラッティの音楽をもじったような新古典主義風のピアノ協奏曲。
この音源は、1972年のライブ録音で、ピアニストはセルジオ・フィオレンティーノ。

Alfredo Casella: Scarlattiana op.44 (1926)



カゼッラ:ピアノと管弦楽のための作品集 (Music for Piano & Orchestra)カゼッラ:ピアノと管弦楽のための作品集 (Music for Piano & Orchestra)
(2008/11/17)
カゼッラ、 他

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tag : カニーノ フィオレンティーノ

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ヘイミッシュ・ミルン ~ ロシアのバッハ・ピアノ編曲集
Hyperionの『バッハ編曲集シリーズ』(Bach Piano Transcriptions)のVol.5は、ロシア人作曲家による編曲集。
このシリーズは、編曲者別にバッハのピアノ編曲版を収録したもの。編曲者は以下の通り。

Vol.1&2– Ferruccio Busoni
Vol.3 – Friedman, Grainger & Murdoch
Vol.4 – Samuel Feinberg
Vol.5 – Goedicke, Kabalevsky, Catoire & Siloti
Vol.6 – Walter Rummel
Vol.7 – Max Reger
Vol.8 – Eugen d'Albert
Vol.9 – A Bach Book for Harriet Cohen
Vol.10 – Saint-Saëns & Philipp

このシリーズで持っていたのは、好きなピアニストのマルクス・ベッカーが弾いているマックス・レーガー編のみ。
Vol.5で収録しているロシア人編曲者は、ゲディケ(Goedicke)、ジロティ(Siloti)、カバレフスキー(Kabalevsky)、カトワール(Catoire)。
ジロティはバッハ編曲者として有名なので何曲か聴いたことはあるけれど、他の3人の編曲版は聴いたことがない。
いろんな編曲者の作品が入っていると、曲のバラエティが広がって面白いし、試聴した時から選曲・演奏ともかなり良かった。
実際、CDで聴いてみてもとても満足できたので、このCDを買ったのは正解。

ピアニストは、ヘイミッシュ・ミルン(Hamish Milne)。
イギリスのベテランピアニストで、メトネルの研究により”世界的権威”と言われる人らしい。
メトネルはメジューエワやキーシンの録音を少し聴いた程度なので、ミルンのことも全く知らなかった。

Bach Piano Transcriptions, Vol.5: Russian Transcriptions - Goedicke, Kabalevsky, Catoire & SilotiBach Piano Transcriptions, Vol.5: Russian Transcriptions - Goedicke, Kabalevsky, Catoire & Siloti
(2005/06/14)
Hamish Milne

試聴する(hyperionサイト)


HMVのCD情報によると
- 当時の東欧で一流ピアニストとして評価を受け指揮者としても活躍していたジローティ
- 作曲家、オルガニストとして活躍しモスクワ音楽院で教鞭をとっていたゲディケ
- 言わずと知れたロシアの大作曲家カバレフスキー
- カバレフスキーの師であり、あのアムランも作品を取り上げたカトワール
- ピアニストのヘイミッシュ・ミルンはロシアの作曲家メトネルの世界的なスペシャリストとして有名。現在は英国王立音楽院で教鞭を執りながら演奏や録音活動を行っている。

<収録曲>
- 前奏曲とフーガ ト長調 BWV541(ゲディケ編曲)
- 前奏曲 ロ短調 BWV855a(ジローティ編曲)
- カンタータ第35番より《前奏曲》(ジローティ編曲)
- 前奏曲とフーガ ニ短調 BWV539(ゲディケ編曲)
- 管弦楽組曲第3番ニ長調より《アリア》(ジローティ編曲)
- ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ短調 BWV1018より《アダージョ》(ジローティ編曲)
- フーガハ短調 BWV575(ゲディケ編曲)
- 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調 BWV1003より《アンダンテ》(ジローティ編曲)
- パッサカリア ハ短調BWV582(カトワール編曲)
- フルート・ソナタ変ホ長調BWV1031より《シシリアーノ》(ジローティ編曲)
- トッカータとフーガ ニ短調BWV538(カバレフスキー編曲)


バッハのピアノ編曲版のCDとしては、オルガン曲、無伴奏ヴァイオリンにヴァイオリンソナタ、管弦楽曲と、原曲がバラエティ豊か。旋律がとても有名な小品も数曲入っているので、編曲物に慣れていなくてもわりと聴きやすい。
オルガン曲をピアノ編曲した《前奏曲とフーガ》(ブゾーニのBWV532やリストのBWV548など)や《トッカータとフーガニ短調》は好きなので、このアルバムに収録されている曲(どれも初めて聴いた)も、好みにぴったり。
小品では、有名な《G線上のアリア》や《シシリアーノ》だけでなく、原曲自体がとても好きな《アンダンテ》や《アダージョ》が入っているのが、よくある編曲集とは少し違うところ。
このCDを買うきっかけになった《パッサカリア》も編曲・演奏とも素敵。

前奏曲とフーガ ト長調 BWV541(ゲディケ編曲)
ゲディケがオルガン曲がピアノソロ用に編曲したものは、ブゾーニ風の作曲技法が散りばめられ、オクターブを多用した厚みのある和音や、オルガンの多数の声部と教会の自然な響きを意識してピアノで表現したもの。
《前奏曲とフーガ》BWV541は、祝典曲のように明朗快活な曲。
BWV532もクリスマスの朝のように晴れ晴れとした曲だし、こういう曲想の曲は聴いていても、とても楽して気分も明るくなってきそう。


前奏曲とフーガ ニ短調 BWV539(ゲディケ編曲)
フーガはどこかで聴いたことがあると思ったら、《無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番BWV1001》の第2楽章の編曲版だった。
《無伴奏ヴァイオリンソナタ》がオルガン版に編曲され(オルガン曲の方が原曲だという人もいる)、さらにそれをピアノ編曲したもの。原曲よりもかなり凝ったつくりになっている。


トッカータとフーガ BWV538”Dorian”(カバレフスキー編曲)
”Dorian”は、カバレフスキーの編曲。
カバレフスキーといえば、子供用のピアノ小品を書いているので、幼少のみぎりに練習した覚えはある。(曲名は忘れてしまったけど)
《トッカータとフーガ》はニ短調BWV565が有名。この”Dorian”はニ短調のように荘厳で重苦しい雰囲気ではなく、特にトッカータは同じ音型の旋律が楽章を通じて両手に頻繁に現れ、フーガのように疾走感と躍動感がある。


ジロティの編曲版のなかでは、カンタータ第35番「心も魂も乱れ惑わん」の《シンフォニア》は速いテンポで躍動感があり、クリアな響きと軽快なタッチで(管弦楽演奏よりも)引き締まった曲に聴こえる。
小品の《G線上のアリア》《アンダンテ》《シシリアーノ》は、原曲の美しい旋律で有名なだけあって、ピアノソロで弾いてもやっぱり美しい。
《G線上のアリア》は以前に記事に書いたことがあり(「ピアノ編曲版 バッハ/G線上のアリア」)、この曲はどの楽器で弾いても名曲中の名曲なのだけど、とりわけ素晴らしいと思うのは、ケーゲルが最後の来日公演で演奏したアンコール。

アンダンテ(ジロティ編曲)
このCDで、ピアノ編曲版として一番好きな曲が《アンダンテ》。原曲は《無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番》。
フランク・ペーター・ツィンマーマンのアンコール曲の定番なので、バッハの無伴奏のなかでも《シャコンヌ》の次によく聴いている。
ピアノ独奏で《アンダンテ》を聴くと、旋律と和声の美しさが引き立っている。
煌きのある澄んだ高音とペダルで重なる和声の響きがとても美しく、優しく寄り添うような温もりと安らぎに満ちた音楽。
無伴奏ヴァイオリンの演奏よりもずっと甘く優しく聴こえるせいか、別の曲を聴いているような気がしてくる。

Bach-Siloti - Andante from the Violin Sonata BWV 1003 (Alessio Bax, piano.)



無伴奏ヴァイオリンソナタの《アンダンテ》
J. S. Bach - Sonata for Solo Violin No. 2, BWV 1003 (Proms 2012)
Frank Peter Zimmermann, violin



アダージョ(ジロティ編曲)
原曲の《ヴァイオリンソナタ第5番》は無伴奏と比べると聴いたことがある人はずっと少ないだろうけれど、ピアノソロでも原曲のイメージを壊さず流麗で美しい。
ジロティの編曲は、重音が連続する旋律であっても、流麗なレガートとペダルを使った和声の響きがとても美しい。それに、ミルンもやや柔らかいタッチで音が尖ることなくまろやか。


シシリアーノ(ジロティ編曲)
フルートソナタ第2番が原曲。この《シシリアーノ》だけを抜粋して、いろいろなバージョンで編曲されている。
ピアノ独奏版で有名なのはケンプの編曲版。
それと比べると、ジロティの編曲版は右手主旋律以外の音が多くて和声に厚みがあり、1つの和音の音域が広いせいか、分散和音で弾いていたりする。和音が縦の線で綺麗に揃わないこともあってか、ごちゃごちゃと装飾が多くて、やや煩く聴こえる。

Alessio Bax | Bach - Siciliano from the Flute Sonata in Eb major



ケンプ版は右手主題を伴奏する旋律がとてもシンプルで、和声も濁りなくすっきり。
高音部の主題旋律も、内声部の旋律もくっきりと浮き上がり、落ち着いた雰囲気のなかに、もの哀しさが漂っている。
ケンプ自身の演奏で聴くと、やはり他のピアニストにはない味わいがある。

Bach-Kempff - Siciliano from Flute Sonata No 2 BWV 1031




パッサカリアとフーガハ短調 BWV582(カトワール編曲)
CDのブックレットの解説によると、ピアノ編曲はダルベール版の方がカトワール版よりも有名らしい。
ダルベール版は冒頭からフォルテで威厳を強く出している一方、カトワール版は冒頭はやや抑え気味。
ピアノで力強さを唸らすよりも、変奏の特徴を表現するために、美しく豊かな色彩感とソノリティを重視したような編曲。
数日前に両方の編曲版を聴いたけれど、ダルベール版はフォルテが強くて騒々しく、ミルンの弾いていたカトワール版の方が肩に力が入りすぎず、音も綺麗で流れも滑らかでずっと印象が良い。
ミルンの弾き方とカトワールの編曲とが上手くかみ合っていたみたい。

tag : バッハ ジロティ ミルン

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『遊藝黒白』 ~ スティブン・ハフのインタビュー
音楽ライターの森岡葉さんのブログ<May Each Day>で、「『遊藝黒白』~スティーヴン・ハフ~」という記事で、ハフのインタビューが紹介されていた。
『遊藝黒白』は台湾の音楽評論家・焦元溥氏の著作で、森岡さんのブログで翻訳文を随時掲載中。
クラシック・ピアニストを対象としたインタビュー本というのは、米国の音楽評論家によるものが何種類が出版されているし、中には日本語の翻訳書が出ているものもある。
『遊藝黒白』の方はまだ翻訳書が出ていないので、この記事はとても貴重。

『遊藝黒白』に載っているのは、ポゴレリチ、ツィメルマン、ダン・タイ・ソン、オピッツなど、世界的に著名なピアニスト。(私はエリソ・ヴィルサラーゼは知らなかったけど)
ハフは日本ではあまり知られていないけれど、海外では世界的にトップクラスのピアニストとみなされている。(英ガーディアン紙は「現在、世界で最も偉大な6人のピアニストの中の1人」と評していた)
ハフのインタビュー記事は、英文ではいろいろあるけれど、日本語に翻訳されたものは少ない。
それに(ハフに限らず)『遊藝黒白』のインタビュー記事は、内容・ボリュームともとても充実しているので、それが日本語でまとめて読めるというのはとても嬉しい。

インタビュー翻訳で紹介されているピアニスト
- イーヴォ・ポゴレリチ
- ダン・タイ・ソン
- クリスティアン・ツィメルマン
- エリソ・ヴィルサラーゼ
- ジェルジュ・シャンドール
- タマーシュ・ヴァーシャーリ
- ゲルハルト・オピッツ
- スティーヴン・ハフ
- ピーター・ドノホー


スティーヴン・ハフに関する過去記事リスト[カテゴリー:スティーヴン・ハフ]

tag : 森岡葉 ツィメルマン スティーヴン・ハフ

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ジャン・フランチェスコ・マリピエロのピアノ作品
ブログ<Le plaisir de la musique 音楽の歓び>の記事”マリピエロへの興味が再燃”で、紹介されていたジャン・フランチェスコ・マリピエ(Gian Francesco Malipiero,1882-1973)。
イタリアの現代音楽というと、レスピーギやノーノくらいしか聴いた記憶がなく、マリピエロは名前も知らず。

マリピエロのプロフィール・作品リスト・CD評[知られざる近代の名匠たち]

管弦楽曲が多く、ピアノ作品はそれほど多くはないけれど、ピアノ協奏曲は第1番~第6番、ピアノ独奏曲も10曲くらいはありそう。
ジーノ・ゴリーニのピアノ独奏曲のCD評では、「モンポウ風」で「少ない音数と無窮動的なリズムと,北欧的な冷たい和声,素朴で飾らないメロディ」。あまり好きな作風ではないかも。

Youtubeにピアノ曲の音源がいくつか登録されている。
ピアノソロはたしかにモンポウに似ている。
《Preludio autunnale No.1 》は温度感の冷たいクールで硬質な質感、静寂で内省的な雰囲気の曲は現代音楽にしてはとても聴きやすい。東洋風のエキゾチズムもそこはかとなく漂っている気がする。
作風が変遷しているらしいので、モンポウ風ではない曲もある。
《Risonanze》の終盤は、現代音楽的な厳めしさと幾分前衛的で無調的な荒々しさ。どちらかというと、こういう作風の方が面白い。
1968年の作品《5 Studi per domani》になると、モンポウ風のところは消えて、アルバン・ベルクの濃密な情念を稀薄にして、とても快活にした曲といった感じ。
モチーフが変幻自在に移り変わって練習曲とは思えないようなところが面白い。

独奏曲とピアノ協奏曲をいくつか聴いてみた限りでは、モンポウ、ラヴェル、レスピーギ、ブロッホを連想させるような音楽と、いかにも現代音楽的な無調的な音楽とが混在しているところがあり、特に後年になると無調的な部分が強くなっている。
作風・作曲年代に関わらず、どの曲も自然にすっと耳に入ってくるので、マリピエロとは相性が良いらしい。


Preludio autunnale No.1 (1914年)

Gian Francesco Malipiero: Preludio autunnale No.1 (1914) (Victoria Terekiev, pianoforte)



Risonanze(1918)

Gian Francesco Malipiero: Risonanze/相貌, per pianoforte (1918年) (Daniele Lombardi, pianoforte)



5 Studi per domani

G. F. MALIPIERO - 5 Studi per domani/明日への5つの練習曲(1959年)Gino Gorini, piano.




ピアノ協奏曲第3番(1948年)
第1楽章Allegro:古典主義風。ブロッホの《コンチェルトグロッソ》に似ているし、レスピーギの《ミクソリディア旋法のピアノ協奏曲》も少し連想する。
第2楽章Lento:180度作風が変わり無調的で、暗く不安げな雰囲気が融合したような曲。中盤になると、《ミクソリディア旋法のピアノ協奏曲》風な典雅な雰囲気に。
第3楽章Allegro agitato:前半の方は古典主義的なブロッホ風。ピアノの旋律は色彩感がカラフルで響きは綺麗。印象に残るような歌謡性はなく、終盤はコラージュのように次から次へと旋律が舞うように切り替わっていく。ここはラヴェルのピアノ協奏曲に似た感じ。

G. F. MALIPIERO - Piano Concerto n. 3. Aldo Ciccolini, piano.




ピアノ協奏曲第6番(1964年)
第3番よりもずっと現代音楽的。第に第2楽章は無調的で重苦しいけれど、和声自体は美しいせいか、意外に聴きやすい。
この曲の第3楽章もラヴェルのピアノ協奏曲にちょっと似ている(特にエンディングの部分)。

Gian Francesco Malipiero: Concerto per pianoforte e orchestra n.6 (1964) (1/2)


Gian Francesco Malipiero: Concerto per pianoforte e orchestra n.6 (1964) (2/2)





『マリピエロ:ピアノ作品集』(Decca (UMO)/ASV)
Piano MusicPiano Music
(1995/07/18)
Sandro Ivo Bartoli

試聴ファイル

※甥の作曲家リッカルド・マリピエロのピアノ作品全集もリリースされている。(フルネームで確認しないと紛らわしい)


『マリピエロ:ピアノ協奏曲全集(第1番~第6番)』(Cpo Records)
マリピエロ:ピアノ協奏曲全集マリピエロ:ピアノ協奏曲全集
(2007/11/14)
Gian Francesco Malipiero,Sandro Ivo Bartoli,Saarbrücken Radio Symphony Orchestra

試聴ファイルなし


バッハ/パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582
コロリオフの『バッハ作品集・編曲集』(Korolio Series Vol.12/Bach Original Works & Ttanscriptions)に収録されていた《パッサカリアとフーガ ハ短調/Passacaglia und Fuga c-moll BWV582》。

原曲はオルガン曲。編曲版はいろいろあり、有名らしきものは、ピアノ独奏版がダルベールとカトワール、4手ピアノ連弾版はレーガー、管弦楽曲版ならストコフスキーあたりだろうか。
コロリオフのCDには、彼自身の編曲による自作自演の録音を収録。
「BWV 582:パッサカリア ハ短調」編曲情報[バッハの音楽の曲目データベース]
※上記のリストにはコロリオフの編曲版は未記載。


<2台のピアノによる演奏>
ピアノ版は、ソロ・2台のピアノ版ともオルガンほど厳めしくもなく、ピアノの澄んだ美しい音色で、流麗・清楚で気品漂う曲に聴こえる。
高音域からカスケードのように音が下行していく部分とかは、ピアノの音が特に綺麗。
2台のピアノ版は、ピアノ独奏よりも音色や和声の響きが多彩で、声部の絡みがより立体的に聴こえる。ピアノ2台で音域を分担できるので、演奏にも余裕があるせいか、フォルテ部分でも打鍵が力みすぎることなく、音に自然な重みとまろやかさがあって綺麗に響いている。逆に力みのあるピアノ独奏の方が緊張感を強く感じるかも。


BWV582 Passacaglia in c Evgeni Koroliov (Piano duo) 2010
Ljupka Hadzigeorgieva,Evgeni Koroliov (Piano duo),



Vol. 12-Koroliovol. Series-Bach-Original Works & TVol. 12-Koroliovol. Series-Bach-Original Works & T
(2010/11/15)
Duo Koroliov

試聴ファイルなし
収録曲リスト(HMV)



<ピアノ独奏>
ダルベール編曲版(演奏:Ernst Breidenbach)
フォルテの部分では、重音・和音のタッチに力が入りすぎて音が尖っているので、ちょっと耳に痛い。

Bach Passacaglia and Fugue in C minor (Arr. for Piano by E.D'Albert)



カトワール編曲版(演奏:ミルン)
ダルベール版よりもカトワール版の方が、重音や低音の響きに厚みがあるような気がする。(楽譜を見ていないので気のせいかも)
演奏自体は、このミルンの方がフォルテでもタッチに尖りがなくて聴きやすい。

Bach - Passacaglia in C Minor, BWV582




<オルガン演奏>
冒頭から、陰翳が濃い荘重厳粛な雰囲気が漂い、パイプオルガンの音が圧倒的で、空間的に広がって行き、一つの小宇宙のような感覚。ピアノ演奏よりも息詰まるような強い緊迫感がある。
人間の世界を超越したような感覚を体感するには、パイプオルガンで、それも録音ではなく、教会でパイプオルガンの演奏を聴くのが一番相応しいような気がする。

J.S. Bach - BWV 582 - Passacaglia c-moll / C minor
performed by Andrea Marcon, organ




<オーケストラ演奏>
ストコフスキー編曲
オーケストラで演奏すると、弦の響きが哀愁を帯び、楽器の音色もカラフルで美しく流麗。
オルガン・ピアノ演奏よりもロマンティシズムが濃く、最もドラマティック。

Bach/Stokowski: Passacaglia (and Fugue) in C minor, BWV. 582 : Passacaglia


tag : バッハ コロリオフ ミルン

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ブリテン/春の交響曲
クラシック音楽で春にちなんだ曲というのは、山ほどあるだろうけど、すぐに思い浮かぶのは、

ビバルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」第1番「春」
ストラヴィンスキー:春の祭典
シューマン:交響曲第1番「春」
リヒャルト・シュトラウス:四つの最後の歌 第1曲「春」
ブリテン:春の交響曲
ドビュッシー:管弦楽のための映像~「春」
メンデルスゾーン:春の歌
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番「春」
チャイコフスキー:四季-12の性格的描写 ~3月「ひばりの歌」、4月「松雪草」


調べて見ると、聴いたことがない曲では、
ゴトコフスキー:春の交響曲
ピアソラ:ブエノスアイレスの春
ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」より バレエ「四季」~春
(ピアノやヴァイオリンの独奏曲や歌曲を探せば、まだたくさんあるはず)

知っている曲のなかで、一番春らしくない(?)ところが多いのがブリテンの《春の交響曲》
この曲はソプラノ、アルト、テノール独唱に混声合唱と少年合唱、それに、管弦楽のために書かれたシンフォニー。
12曲それぞれにイギリス詩人の詩が使われている。
各曲の標題は春らしい明るい雰囲気。でも、歌詞は別として、音楽自体は標題のイメージとは違った曲も多い。
ブリテンの作品(ピアノ協奏曲や歌曲など)を思い出させる独特の旋律と和声があちこちで出てくるし、”春”の交響曲なのに、なぜか鬱々とした翳りが差しているところもブリテンらしい。
他の作曲家が書いた”春”にちなんだ曲のような明るく陽気な曲を期待すると、かなり趣きが違うけれど、逆にそのギャップが面白く思えるのかも。

Britten Spring Symphony

ブリテン指揮、ロンドン交響合唱団、ジェニファー・ヴィヴィアン(S)、ノーマ・プロクター(A)、ピーター・ピアーズ(T)、ワンズワース・エマニュエル・スクール合唱団、コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団(1961/1963年録)

ブリテン:春の交響曲ブリテン:春の交響曲
(2006/10/25)
ブリテン(ベンジャミン)、ヴィヴィアン(ジェニファー) 他

試聴ファイル(別盤)


第1曲 序奏:輝き出でよ/Shine out(合唱) (詩:作者不詳)
冒頭の序章から、現代音楽らしい、やや無調がかった不協和的な和声が続き、かなり陰鬱な雰囲気。暗く重苦しいどんよりとした灰色の冬のなかから、何かが起こりそうな-春が徐々に胎動し始める兆しのような序章。最後のフォルテで合唱するところはなぜかコワイ。

第2曲「陽気なカッコウ/The merry cuckoo」(テノール)(詩:エドマンド・スペンサー)
調性的にはやや暗いけれど、カッコウの鳴き声を模したトランペットが賑やか。

第3曲「春よ、やさしい春よ/Spring」(ソプラノ、アルト、テノール、合唱)(詩:トマス・ナッシュ)
ようやくかなり春らしい曲。調性が明るくなり暖かさも感じる。
ソリストたちが、鳥の鳴き声を真似したように歌うのが面白い。

第4曲「馬車に乗る少年/The driving boy」(児童合唱)(詩:ジョージ・ピール、ジョン・クレア)
児童合唱がとっても楽しそう。ソプラノと児童合唱のコーラスも良い感じ。
ソプラノ独奏の背後で、児童合唱が口笛(?)を吹いているような旋律が面白い。

第5曲「朝の星/The morning Star」(合唱)(詩:ジョン・ミルトン)
鐘の音が朝を告げるようで、合唱は夜明けの清々しい雰囲気。

第6曲「来たれ、誉れの娘たち/Welcome maids of Honours」(アルト)(詩:ロバート・ヘリック)
ハープの音色が神秘的。アルトの背後で鳴るヴァイオリンの旋律は、ちょっと不気味。

第7曲「天の水よ/Waters above」(テノール)(詩:ヘンリー・ヴォーン)
ヴァイオリンの旋律には、じりじりとした焦燥感と切迫感がある。(《ジョン・ダンの聖なるソネット》の"Batter My Heart"を連想させるような)

第8曲「芝生に寝ていると/Out on the lawn I lie in Bed」(アルト、合唱)(詩:W・H・オーデン)
のんびり芝生で寝転がっているにしては、のどかというよりも、何か良くないことが到来しそうなオドロオドロしさ。中盤では管楽器や打楽器が、不吉な何かを警告するように騒々しい。

第9曲「わが五月はいつ来るのか/When will my May come」(テノール)(詩:リチャード・バーンフィールド)
タイトルどおり、5月がやって来るのを、じりじりと焦り気味に待ち焦がれているような旋律。

第10曲「美しい、美しい/Fair and fair」(ソプラノ、テノール)(詩:ジョージ・ピール)
第9曲と似たような速いテンポと曲想。5月がやって来たうれしさ(?)から、せわしく走り回っているような慌しさ。

第11曲「笛を吹け/Sound the Flute!」(合唱、児童合唱)(詩:ウィリアム・ブレイク)
春が完全に訪れた喜びが表れた曲。児童合唱が軽快で楽しげで、オケ伴奏も明るい雰囲気。

第12曲 フィナーレ「ロンドンよ、五月の楽しい月を」(テノール、アルト、ソプラノ、合唱、児童合唱)(詩:フランシス・ボーモント)
終曲らしく、たえず動き回っているようにダイナミックでシンフォニック。(あまり明るい調性ではないけれど)
エンディングはまるでサーカスの空中ブランコでスイングするような音楽で、賑やかで壮快。


tag : ブリテン

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志賀 勝栄『ホームベーカリーでつくるシニフィアン シニフィエの高加水パン&ドイツパン』
ホームベーカリーのレシピブックは、少なくとも20冊以上は見てきたけれど、最もパンづくりのプロらしいレシピが載っているのは、「シニフィアン シニフィエ」の志賀勝栄氏による”高加水パン&ドイツパン”のレシピブック。

ホームベーカリーでつくるシニフィアン シニフィエの高加水パン&ドイツパンホームベーカリーでつくるシニフィアン シニフィエの高加水パン&ドイツパン
(2010/11/23)
志賀 勝栄

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毎日コミュニケーションズのニュースリリース

”シニフィアンとシニフィエ”(意味するもの・意味されるもの)という言葉で連想するのは、大学時代にかじったフランスの現代思想。言語学者ソシュールが使った言語学の用語で、当時流行っていた現代フランスの哲学書などでよく見かけた。
パンの世界で”シニフィアン シニフィエ”というと、東京の世田谷区三軒茶屋にあるとても有名なブーランジェリーのこと。

「シニフィアン シニフィエ」:公式ホームページブログパン・メニュー

シニフィアン・シニフィエに関するブログ「パンラボ」の記事
シニフィアン・シニフィエ(2010.12.29)
職人インタビュー003. シニフィアン・シニフィエの志賀勝栄さん(2011.02.07)
シニフィアン・シニフィエ(三軒茶屋)(2011.02.24)


『ホームベーカリーでつくるシニフィアン シニフィエの高加水パン&ドイツパン』のレシピは、書店の本棚に並んでいる(大半の)ホームベーカリーレシピ集とは全く違う。

小麦粉の種類が多く、全てのレシピで使われている小麦粉の銘柄は20種類。
1つのパンに複数の銘柄の小麦粉を使う。だいたい3種類以上、それも最強力粉、強力粉、準強力粉、ライ麦粉、全粒粉のどれかをブレンドしている。国産小麦粉が指定されていることも多い。
チャバタは「キタノカオリ」のみ使用。


”エピ”という中力粉が指定されているレシピがあり、これは輸入小麦だと思い込んでいたら国産小麦だった。
中力粉というと、うどんを捏ねるときに「たけ」(日本製粉)というのを使ったことがある。
パンに中力粉を使うレシピは珍しいので、これは一度使ってみたい。

水分には、普通の冷水(や牛乳)に加えて、硬水(コントレックス)を混ぜているレシピがほとんど。
欧州でパン作りに使われている水は硬水。日本の水は軟水。水質が変わるとパンの出来栄えが随分変わるらしい。

モルト(エキス、または、パウダー)は、フランスパン用のレシピで時々見かける。
このレシピ集では、フランスパン以外のパン(ハード系、ハード系以外の両方)にも、モルトエキスを使用。(モルトを使わないレシピも数件ある)

ドイツパンの場合は、本格的にサワー種使用。

本に載っているどのレシピも計量が細かく、粉は1グラム単位、水分やモルトエキスは0.1g単位。
コンマ以下の重さを計量できるデジタルキッチンスケールは、普通の料理を作るのには必要ないし、特殊仕様で高い。持っている人は少ないはず。

レシピで作るときの環境条件は、室温28℃、湿度60%。
一般家庭で温度・湿度をコントロールすることは難しい。それに、粉、ドライイーストの状態によっても、出来上がりは左右される。

ホームベーカリーを使えば、出来上がりはともかくとして、簡単に作れるとはいえ、材料を揃える時点で敷居が高いレシピ。
それほど細かい性格ではない私としては、この精密なレシピをそのまま使ってパンを作る気はしないけれど、配合を見るだけでも面白い。
材料さえ揃えれば、配合どおりには作れるので、シンプルな「パンドミ」とかなら、いつか作れそう。


成形レシピで面白いのは、”シニフィアン シニフィエ”でも販売されている「チャバタ」
”シニフィアン・シニフィエ”のショップでは、北海道産強力粉「キタノカオリ」を100%使用したパンが販売されている。このレシピ集でも同様。
「キタノカオリ」はちょうど買ったばかり。加水率100%と限界に近いくらい高いので、この種のパン作りに慣れていないと扱うのが難しそう。
他にも、イタリアパンの「ロゼッタ」とか、焼いてみたいパンがいろいろ。

いつもホームベーカリーにおまかせで作っている”ロデブ”用のフランスパン用準強力粉(リスドオルまたはオーベルジュ)を使い果たしてしまったので、ためしにキタノカオリを使ってみた。
キタノカオリで100%加水の”チャパタ”が作れるなら、”ロデブ”だって大丈夫そう。
ロデブを焼くときの加水率はいつもは80%。キタノカオリは吸水が良くて生地が硬めだったので、90%の加水に変更。
バター等油脂類はいつもどおりゼロ、蜂蜜を少し。ドライイーストも少量にしているので、天然酵母モードで長時間発酵させてから、焼成。
焼き上がりはちょっと白っぽい。加水率が高いので、油脂ゼロなのにふっくら膨らむ。クラムはふわふわしすぎ。しっとり感はある。
準強力粉の場合は、大きな気泡が入ってモチモチ。キタノカオリは気泡があまりなく、もちもち感も強くない。粉の味も薄い感じがする。
水分が多すぎたようなので、加水率を80%に減らして焼いてみると、好みのしっかりした食感になって、正解。
高さはあまり出ない。高加水ならではのしっとり感があって、常温保存でもパサつきにくい。
気泡はやっぱり少ない。もっちり感がフランスパン専用粉よりも少なく、キタノカオリ独特の黄色がかったパンになる。
ロデブはフランスパン専用粉で焼くものと思っていたけれど、キタノカオリでも加水率80%だと充分美味しい。


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モルトエキスと蜂蜜
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ベーカリーショップや市販のフランスパンの成分表示を見るとモルト(それにビタミンC)が添加されている。
ホームベーカリー用のレシピ本だと、砂糖を使っているレシピが多い。
たまに、はちみつを使っているレシピもある。
手捏ね用の本格的なレシピなら、モルトを使っている。

粉末モルトは数十グラムで150円くらいと安い。近所にあるカルディで簡単に手に入る。
問題は0.1g単位で計量しなければならないこと。
モルトエキスの方が計量には多少便利だけれど、ハード系のパンは月に数回焼くだけなので、100gもある市販品は使い切れない。

ハード系のパンにモルトエキスを使う理由を調べてみると、なるほど~と納得。

「モルトエキスmalt extract・粉末モルトmalt flour」(大好き!e-パン工房)
- モルトエキスはマルトース(麦芽糖)と酵素を含有。
- マルトースは発酵の後期(約3時間後)に酵母の重要な栄養素となり発酵を促進させると共に焼き色を付ける重要な働きがある。
- モルトエキスを砂糖1~2%で代用すると、肝心なホイロ段階では生地中には糖がない。(約1時間で1%の糖を酵母が消費するため)

砂糖と麦芽と蜂蜜(さまざまな酵母のパン,2005.3.15/ねこねこ通り)
穀物の甘みとでんぷん分解酵素(さまざまな酵母のパン,2005.7.14/ねこねこ通り)
「非加熱タイプの蜂蜜を使うのは、蜂の唾液中の酵素が小麦中のでんぷんに作用することで一部が麦芽糖に変化し、甘味と風味のあるパンができるから。また発酵力も補える。」ということらしい。
そういえば、ホームベーカリーでロデブを焼くときに、砂糖のかわりに、レシピどおり蜂蜜を入れると、膨らみがよくなっていた。(でも、気のせいかも)
蜂蜜は単なる砂糖の代用品だと思っていたけれど、蜂蜜を使うのはちゃんとした理由があってのことらしい。
蜂蜜がモルトの代用になるんなら、今度はフランスパンに蜂蜜を使ってみよう。

tag : ホームベーカリー

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バッハ/フーガの技法 ~ パイプオルガン、チェンバロ、弦楽合奏による演奏
バッハの《フーガの技法》は、楽器編成、楽曲配列、<未完のフーガ>と、謎の多いことで有名。
鍵盤楽器(クラヴィーア:チェンバロ、クラヴィコード)で演奏される曲として書かれたというのは確実らしいが、楽器を指定しなかったことで、鍵盤楽器(現代ピアノ、チェンバロ)以外の演奏としても、パイプオルガン、オーケストラ、弦楽重奏(ヴィオラ・ダ・ガンバ、現代ヴァイオリン)など、バリエーションは多い。

録音をいろいろ聴いていると、演奏する曲順は奏者によってかなり違う。
第1~13曲までは曲順どおり並んでいるけれど、初版印刷譜に残っている第10曲初期稿・2台の鍵盤楽器による第13曲の編曲・コラール編曲の扱い、カノンと<未完のフーガ>を加えた全体の配列は、研究者によって異なる。
実際の演奏では、番号どおり順番に並んだ「Contrapunctus」の間に、カノンを1曲づつ挟みこんで弾く場合が多い。
<未完のフーガ>も、楽譜どおり演奏が途中で中断されて終わっていることが多い。
ヴァルヒャなど未完部分を補筆して演奏することもある。
エマーソンSQは、<未完のフーガ>に続けて、コラールを最後に弾いている。


<関連情報>
小林義武『バッハ―伝承の謎を追う』(春秋社,1995年/2004年(軽装版)
バッハ―伝承の謎を追うバッハ―伝承の謎を追う
(2004/06/01)
小林 義武

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フーガの技法[palette d'azm]
『バッハ - 伝承の謎を追う』に書かれている小林氏の論考をベースに、《フーガの技法》にまつわる謎がコンパクトにまとまっている。

フーガの技法 研究所
おそらく《フーガの技法》の謎の分析に関しては最も詳しいサイト。

J・S・バッハ「フーガの技法」[Kenichi Yamagishi's Web Site]
楽器編成(チェンバロ、オルガン、管弦楽)による主な録音と収録曲順などの情報あり。

                           

ピアノによる録音をいくつか聴いてようやく耳も慣れたせいか、《フーガの技法》は本当に摩訶不思議で面白い。
それに、他の楽器で演奏すると、ピアノ版と別の曲みたいに聴こえてくる。
いろいろ試聴してみると、とりわけ弦楽合奏がとても聴きやすい。ピアノ版の方が抽象性と凝縮力が高く、聴く時にも集中力がいるけれど、弦楽合奏だとそれほど重たい感じがしないので、かなりリラックスして聴ける。
それに、たまたま聴いてみた2台のチェンバロ版が意外に好みに合っていた。
特に気にいってしまったエマーソンSQの弦楽四重奏版はすぐにCDをオーダー。それにフレットワークのCDも聴きたい。


<パイプオルガン>
本職のオルガニストの演奏なら、ヴァルヒャのステレオ録音が定番らしい。
パイプオルガンの響きと抑制された厳粛なタッチの演奏が、荘厳で宇宙的な空間を感じさせる。

Bach The Art of Fugue BWV 1080 Complete (1956) H. Walcha



タヘツィ(Herbert Tachezi)のオルガン演奏は、ヴァルヒャよりも軽快で音色も色彩感がより豊かで明るいせいか、重苦しさや圧迫感が多少薄い気はする。
Bach - The Art of Fugue, BWV 1080 [complete on Organ] Herbert Tachezi, organ



パイプオルガンの演奏を初めて聴いたのは、グールドの録音。
一般的なパイプオルガン演奏の音響とは随分違っていて、スカスカとした響きとタッチで、オルガンをピアノのノンレガートのように弾いていく。
ヴァルヒャとタヘツィの演奏と聴き比べると、音響とアーティキュレーションが随分違うのがわかる。
これはこれで変わっていて(新鮮で)面白いのだろうけど、これにはどうも馴染めない。

Bach. Glenn Gould - From The Art of the Fugue, BWV 1080 - Contrapunct 1-9




<チェンバロ>
チェンバロ版なら、《フーガの技法》の演奏解釈に関する論文も書いているレオンハルトの録音が定番。
しっとりとした潤いの合う色彩感豊かな音色は、オルガンで聴く《フーガの技法》とは違った流麗さが美しい。

レオンハルトの解釈では、《フーガの技法》はクラヴィールであり、完成した曲であるため「未完のフーガ」は含まれない。
この解釈どおり、1969年録音では「未完のフーガ」は未収録。(ただし、別年の録音では、<未完のフーガ>を収録したものもある)
珍しいのは、アスペレンと2台のチェンバロで弾いている曲があること。

Johann Sebastian Bach - L'art de la Fugue (Gustav Leonhardt)




コープマンは、4声のフーガは全て2台のチェンバロ演奏。デュオは(奥さんの)ティニ・マトー。
1台のチェンバロよりも、色彩感が増し、声部の分離もより明瞭になり、立体感と構築感が強くなる。
奏者2人がそれぞれの声部で装飾音を多用し、荘重で落ち着いた雰囲気のなかにも、瀟洒で華麗な趣き。(時々声部同士がごちゃごちゃともつれたようになって、主旋律がどれがわからなくなることもあるけれど)
それに、それほどアゴーギグを強調していないのでテンポの揺れが少なく、インテンポの演奏が好きな私には聴きやすい。
どちらかというと、チェンバロ独奏よりも、この2台のチェンバロ演奏の方が好みに合っている。
難点といえば、ピアノに比べてチェンバロ演奏は音色と強弱の点で変化が乏しいので、ずっと聴いていると私はだんだん単調さを感じてしまうところ。

J. S. Bach - The Art of Fugue, BWV 1080 - T. Koopman and T. Mathot






<弦楽合奏>
ピアノ版と同じくらい(もしかしてそれ以上かも)好きなのが、現代楽器による弦楽四重奏版。
ピアノ(やパイプオルガン)で聴くと、《フーガの技法》には、建築物のような幾何学的な抽象性や彼岸の世界に通じるような摩訶不思議な趣きがあるけれど、弦楽器の演奏には現世的で愉悦感のようなものさえ感じる。

現代楽器による弦楽カルテットの演奏では、シャープで切れ味と多彩で豊かなソノリティが美しく颯爽としたエマーソンSQが素晴らしく、最初の数秒を聴いただけで、私の波長がぴったり。
4つの弦楽器の音色の持つ音域と色彩感の違いが明瞭で、声部がそれぞれくっきりと浮き上がり、対位法の絡みがよくわかる。
音の減衰が速くす~と消えていく音質の軽い古楽器と違って、隅々まで明瞭な響きで音響的な曖昧さがない。
なぜかピアノ演奏を聴いているような感覚がするほど、演奏楽器の違いが気にならない。

Bach, J.S.: The Art of Fugue - Emerson String Quartet
Art of FugueArt of Fugue
(2003/08/12)
Emerson Qt

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Emerson Quartet-Art of the Fugue 9




同じ弦楽合奏でも、古楽器による演奏なら、リリース時にとても話題になったフレットワークによるヴィオール合奏。6台のヴィオラ・ダ・ガンバで演奏しているらしい。
ゴルトベルク変奏曲のヴィオール合奏版の録音もあるけれど、私にはそれよりもこの《フーガの技法》の方がずっと新鮮な驚きがある。
現代楽器とは違った古楽器独特の音質なので、力感が弱く、音が宙空にふわっと浮き上がって拡散するような独特の浮遊感がある。
現代楽器よりもずっと頼りなげな響きなので、声部がお互いに溶け込んで音響的な曖昧さがあり、対位法の絡みが明瞭には聴こえない。
こういうところはもどかしさを感じないでもないけれど、バッハの時代に弦楽器で演奏したなら、これが自然なのだろう。
古楽器演奏はほとんど聴かないので、その独特の響きに最初はしっくりこないものがあったけれど、だんだんとこのソノリティと醸しだす雰囲気がとても魅力的に思えてくる。
遠い昔の緑の緑が生い茂った草原に風が爽やかに通り過ぎていくような情景が浮かんでくるくらいに、ほのぼのとしたノスタルジックな味わいが素敵。

J.S.バッハ:フーガの技法 BWV 1080 (6つのヴィオラ・ダ・ガンバ版) BACH : The Art of Fugue / FRETWORK) [catalogue CD] [limited edition]J.S.バッハ:フーガの技法 BWV 1080 (6つのヴィオラ・ダ・ガンバ版) BACH : The Art of Fugue / FRETWORK) [catalogue CD] [limited edition]
(2010/06/17)
フレットワーク

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J.S. Bach - Art of the Fugue - Contrapunctus 1 by Fretwork


tag : バッハ レオンハルト グールド

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バッハ/フーガの技法 ~ コロリオフ、ソコロフ、グールド
《フーガの技法》は、バッハの鍵盤楽器曲の中でも、フーガの変奏で構成されているせいか、最も抽象性が高いと思うけれど、同時に、「彼岸」の世界を垣間見ているような独特なものも感じる。
変奏曲としては、一番人気のある《ゴルトベルク変奏曲》よりも、この《フーガの技法》の方が、聴けば聴くほど不思議な魅力が漂い、曲の内部へ引き込まれてしまいそうになる。

ピアノ版で聴いたのは、コロリオフとソコロフ、グールド、エマール。
それぞれ特徴のある四者四様の演奏。一番好きなのは、全ての声部が明瞭に浮き上がり、幾何学的で明瞭建築物のような構築性とを感じさせるコロリオフ。次が、コロリオフとは違って研ぎ澄まされた叙情感のあるソコロフ。


エマールのライブ録音は、緩徐的なフーガはタッチが柔らかく音がまろやかで(DG盤のスタジオ録音は、音がもう少しクリアに聴こえる)、時に行灯のようなうすぼんやりとした生温かさを感じることと、小刻みに切っていくフレージングと時々強めのアクセントがついているのが、耳についてしまう。(こういう弾き方はあまり好きではないので)


PIERRE-LAURENT AIMARD Bach The Art of Fugue Pt.1/3 Contrapunctus 4 & 12 (The rectus version)



グールドのスタジオ録音は珍しくも、パイプオルガンとピアノで弾いている。
Contrapunctusの1~9はパイプオルガン(1962年録音)。オルガンにしては、残響が少なくスカスカした軽い音で、重みに欠けるような気はする。あえてそういう音響で録音したのだろうけれど、オルガン演奏は本職のオルガニストの演奏で聴きたい。
おぼろげな記憶では、たしかグールドは子供の頃にオルガンは弾いていたけれど、この録音では普段引き慣れないオルガンなので腕が痛くなって、途中で録音を止めたらしい。
ピアノ版は、「Contrapunctus」の9・11・13が1967年モノラル録音。「Contrapunctus」1,2,4と未完のフーガは1981年録音で、こちらはDVDにも収録されている。
両方聴いてみても、やはりオルガンよりもピアノで弾いた方が、はるかに良く思える。

グールドは《フーガの技法》について、「鮮やかな色彩を避け、代わりに薄い灰色が無限に続く。」と言っていたという。
ピアノで弾いた「Contrapunctus1」が素晴らしく、鉛のような空と地平がどこまでも広がって、静けさに満ち、どこかしら寂寥感が漂っているような情景が浮かんで来る。
鋭く力強いタッチは厳粛・荘重で、音の間から激しい情感が噴出するようでもあり、他の誰よりも強い求心力を感じる。

グールド/ピアノ版
Glenn Gould-J.S. Bach-The Art of Fugue (HD) (Contrapunctus 1、4)


Glenn Gould - Contrapunctus XV Die Kunst der Fuge(未完のフーガ)


グールド/オルガン版(スタジオ録音)(Youtube)


Bach: the Art of FugueBach: the Art of Fugue
(2008/07/01)
Glenn Gould

試聴ファイル




色彩感と温度感という点でグールドと正反対なのは、ソコロフ。
灰色というよりは、濃い藍色を帯びたようなしっとりとした潤いと研ぎ澄まされた冷たさがあり、やや線の細いシャープなタッチで、求心力と凝縮力を感じさせる緊張感が漂っている。
「彼岸」ではなく「此岸」の世界の音楽のようで、全体的に躍動感と凝縮された緊張感があり、流麗な叙情感が美しい。

ソコロフ(スタジオ録音)
Sokolov Bach The Art of Fugue BWV 1080 (Leningrad 1978 - 1981)


Bach: DIE KUNST DER FUGE BWV 1080Bach: DIE KUNST DER FUGE BWV 1080
(2002/06/11)
Grigory Sokolov

試聴ファイル




コロリオフのバッハ録音が有名になったのは、《フーガの技法》に対する作曲家のジェルジ・リゲティの言葉。
”if I am allowed only one musical work on my desert island, then I should choose Koroliov's Bach, because forsaken, starving and dying of thirst, I would listen to it right up to my last breath.”
「もし無人島に何かひとつだけ携えていくことが許されるなら、私はコロリオフのバッハを選ぶ。飢えや渇きによる死を忘れ去るために、私はそれを最後の瞬間まで聴いているだろう。」


コロリオフの《フーガの技法》は、幾何学的・線的でフーガの構造がくっきりと浮き出ている。
グールド同様、「Contrapunc1」などの緩徐系のフーガは、とてもゆったりとしたテンポで、静謐。
でも、人気のない静かな湖のような潤いがあり、グールドのような荒涼とし灰色の世界とは違う。
やや丸みを帯びた硬質の音は、ノンレガートといってもクリスピーではなく、タッチも強すぎず、柔らか過ぎず、(私には)ほど良い音の感触で音色も美しい。
「Contrapunc2」などの急速系のフーガでも、声部が明瞭で横の線も滑らかなので、対位法的な絡みと和声の響きが一番聴き取りやすい。特に速いテンポのフーガでは、骨格がくっきりと浮き上がる明瞭な演奏がとても鮮やか。
ソコロフのような強い叙情感ではなく、叙情が堅牢な構造の中に溶け込んだようで、このバランスが私には一番合っているのかも。

BWV1080 Die Kunst der Fuge 1/6 Contrapunctus 1-4 Evgeni Koroliov 1990


CDに”Appendix”として収録されている「Fuga inversa a 2 Clavicembali」は2台のピアノによる演奏。
コープマンのチェンバロ2台による演奏の方が、ピアノよりも声部ごとの音色の違いが明瞭なので、ピアノ演奏よりは聴きやすい。
2台のピアノだと、チェンバロほど多彩な色彩感がなく声部ごとの音色が似ているため、ゴチャゴチャして声部の弾き分けが不明瞭に聴こえる。


Art of the FugueArt of the Fugue
(1990/01/01)
Evgeni Koroliov

試聴ファイルなし



                              


《フーガの技法》作品解説(ピティナ)による区分と解説があったので、それを読んでから聴くと、ずっと聴きやすくなる。
- 基本の主題に基づく単純フーガ(主題とバリエーション):Contrapunctus1-5
- 反行ストレッタフーガ:Contrapunctus 6-7
- 転回対位法による二重フーガ:Contrapunctus 9-10
- 三重フーガ:Contrapunctus 8, 11
- 鏡像フーガContrapunctus 12-13(初版には第18曲として2台チェンバロのための編曲あり。3声に声部をひとつ追加)
- カノン
- カノン未完の4声フーガ

Contrapunctus1-5:フーガ主題が明瞭に聴き取れる変奏なので、一番シンプルでわかりやすい。
Contrapunctus6:符点のリズムや主題の短縮・倒立形が多用されて、荘重・流麗で先鋭さもあるフーガ。
Contrapunctus8,11:頻出する下行形の不安定感と眩暈がするような回転感が独特。
Contrapunctus9;目まぐるしくい動きが軽快。
Contrapunctus 13:他の曲とは趣きがかなり違って、軽快ばリズムで躍動感がある舞曲のようなフーガがとても面白い。
「8度(オクターブ)のカノン」と「5度の転回対位法による12度のカノン」は、速いテンポでフーガのような目まぐるしい疾走感がある。
「未完のフーガ」の第1主題は、冒頭のフーガ主題のような静寂さと寂寥感が漂う。第2主題、第3主題と繋がって行くが、途中で中断されたまま終わる。


1.コントラプンクトゥス 1 / Contrapunctus 1(原形主題による単純フーガ(4声))
2.コントラプンクトゥス 2 / Contrapunctus 2(変形主題による単純フーガ(4声))
3.コントラプンクトゥス 3 / Contrapunctus 3(転回主題による単純フーガ(4声))
4.コントラプンクトゥス 4 / Contrapunctus 4(転回主題による単純フーガ(4声))
5.コントラプンクトゥス 5 / Contrapunctus 5(変形主題とその転回に基づく1種類の時価による反行フーガ(4声))
6.コントラプンクトゥス 6: フランス様式による4声 / Contrapunctus 6 a 4 in Stylo Francese
7.コントラプンクトゥス 7: 拡大と縮小による4声 / Contrapunctus 7 a 4 per Augmentationem et Diminutionem
8.コントラプンクトゥス 8: 3声 / Contrapunctus 8 a 3
9.コントラプンクトゥス 9: 12度の転回対位法による4声 / Contrapunctus 9 a 4 alla Duodecima
10.コントラプンクトゥス 10: 10度の転回対位法による4声 / Contrapunctus 10 a 4 alla Decima
11.コントラプンクトゥス 11 / Contrapunctus 11 a 4
12-1.コントラプンクトゥス 12: 正立4声 / Contrapunctus 12 a 4. a) Forma inversa
12-2.コントラプンクトゥス 12: 倒立4声 / Contrapunctus 12 a 4. b) Forma recta
13-1.鏡像コントラプンクトゥス: 正立3声 / Contrapunctus inversus a 3. a) Forma recta
13-2.鏡像コントラプンクトゥス: 倒立3声 / Contrapunctus inversus a 3. b) Forma inversa
10a.コントラプンクトゥス: 4声 / Contrapunctus a 4
14.反行形による拡大カノン / Canon per Augmentationenm in Contrario Motu
15.8度のカノン / Canon alla Ottava
16.3度の転回対位法による10度のカノン / Canon alla Decima in Contrapunto all Terza
17.5度の転回対位法による12度のカノン / Canon all Duodecima in Contrapunto alla Quinta
18-1.2台チェンバロのための鏡像フーガ: 正立 / Fuga inversa a 2 Clavicembali: a) Forma inversa
18-2.2台チェンバロのための鏡像フーガ: 倒立 / Alio modo. Fuga inversa a 2 Clavicembali: b) Forma recta
19.3つの主題によるフーガ / Fuga a 3 Soggetti(未完)
コラール《われら苦しみの極みにあるとき》の旋律による4声フーガ / Choral: Wenn wir in Höchsten Nöten sein. Canto fermo in Canto BVW668a

曲の録音順は、コロリオフ、ソコロフ(とエマール)では違いがある。
最後のコラールによるフーガは3人とも録音していない。
エマールはこの順番どおり。ソコロフは、「Contrapunctus」1~13を演奏した後に、「未完のフーガ」(未完のまま演奏中止)、14-17の4つのCanon..という順。
コロリオフは、「Contrapunctus」1~13の間に、カノンを1曲づつ挿入。その後に「未完のフーガ」を置き、最後は「Contrapunctus inversus」を編曲した「2 Clavicembali」2曲を、”Koroliov Duo”を組んでいる奥さんのLjupka Hadigeorgievaと2台のピアノで演奏。これは珍しい。
コロリオフのように、「Contrapunctus」の間にカノンを挟み込む曲順の方が、曲の作りと曲想に変化があって、ずっと聴きやすい。

tag : バッハ コロリオフ ソコロフ グールド エマール

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yoshimi

Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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