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菊池寛作品集
菊池寛の文章は簡潔明瞭、端的に言葉を書き連ねて描写していくので、美麗で凝った文章を書く芥川龍之介とは正反対。
句点が非常に多いため文節が短く、無駄ないというか直截的にどんどん描写していくので、いくぶんジャーナリスティックな感じもするし、文章を味わうというところはない。
まさに書かれている内容そのものを読むというタイプ。
でも、文章は歯切れ良いテンポでリズム感と勢いがあり、語り口にもリアリティがあり、何より話自体が面白いので、どんどん読み進んでしまう。

菊池寛の作品集で今簡単に入手できるのは、新潮文庫、岩波文庫、ちくま文庫版。
岩波文庫版の『無名作家の日記 他九篇』以外は、代表的な短編集を収録し、現代物は少なく、歴史物が多い。
収録作品がそれぞれ重なっているものが多いので、収録数が最も多い『菊池寛 (ちくま日本文学 27)』(ちくま文庫版)と『半自叙伝・無名作家の日記 他四篇』(岩波文庫版)を最初に購入。
これがとても気に入ったので、他の文庫版も買ってしまった。

オンライン図書館「青空文庫」でも、多くの菊池作品が登録されている。
文庫に未収録の作品や内容を早く知りたい場合は、「青空文庫」で読めるものもある。
作家別作品リスト:菊池 寛[青空文庫]


ちくま日本文学 27 菊池寛(ちくま文庫)
菊池寛 (ちくま日本文学 27)菊池寛 (ちくま日本文学 27)
(2008/11/10)
菊池 寛

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<収録作品>
勝負事、三浦右衛門の最後、忠直卿行状記、藤十郎の恋、入れ札、島原心中、恩讐の彼方に、仇討禁止令、弁財天の使、好色成道、大力物語、女強盗、屋上の狂人、父帰る、話の屑篭、私の日常道徳。解説は井上ひさし。

新潮・岩波文庫版では未収録の「勝負事」「父帰る」「島原心中」が入っているのは良いところ。
逆に、「蘭学事始」と「大島が出来る話」も入っていたらなお良かったけど。

主人公は、ある一つのことに捉われて、良くも悪くも、それに人生を左右されるパターンが多い。
「勝負事」は賭け事、「恩を返す話」は命を助けられた恩を返すこと、「ゼフール中尉」は議論でドイツ軍のベルギー侵攻の予想が当たったこと、「忠直卿行状記」は忠直の剣術の腕前を家臣が陰で揶揄していたこと、「恩讐の彼方に」は贖罪のためのトンネル掘り。

テーマ自体は、生活の苦しさや悲惨な身の上話などが多く、あまり明るいものではない。
それにしては、ラストは一抹の光明が差したような明るさがあり、ポジティブな人間観・人生観を感じさせるせいか、読後は爽やかで心晴れるような気持ちになる話が多い。

巻末の井上ひさしによる解説「接続詞「ところが」による菊池寛小伝」も面白い。
菊池寛自身の「半自叙伝」を読んでいれば、井上ひさしの一風変わった解説のタイトルの意味がよくわかる。
幼少期から経済的に苦労した人ではあるけれど、窮地に陥ったときに、なぜか助け舟が現れるという事が度々あり、ある意味では幸運に恵まれていた。「人間万事塞翁が馬」を地で行くところがあるような...。

好きな話は、「勝負事」(オチが面白くてほのぼの~)、「島原心中」、「恩讐の彼方に」、「仇討禁止令」(これは幕末維新期の話で、とても好きな短編)、「好色成道」(これもオチが”瓢箪からコマ”みたい)など。


藤十郎の恋・恩讐の彼方に (新潮文庫)
藤十郎の恋・恩讐の彼方に (新潮文庫)藤十郎の恋・恩讐の彼方に (新潮文庫)
(1970/03/27)
菊池 寛

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<収録作品>
恩を返す話、忠直卿行状記、恩讐の彼方に、藤十郎の恋、ある恋の話、極楽、形、蘭学事始、入れ札、俊寛

ちくま文庫版の方が収録作品数は多いけれど、価格が新潮文庫版の倍くらい。
「俊寛」「蘭学事始」が収録されているので、購入。
新潮文庫版には、「父帰る」は収録されていないけれど、代表的な短編はほぼ収録されている。
初めて買うなら、新潮文庫版が一番手頃。
最後に掲載されている吉川英治名義の解説は、実は菊池寛自身が書いている。
発刊当時、GHQにより公職追放処分を受けていたため、自著の解説を自分で書くわけにもいかず、他人名義の解説で自分の考えはっきりと伝えたかったのだろう。

恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇 (岩波文庫)
恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇 (岩波文庫)恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇 (岩波文庫)
(1970/12)
菊池 寛

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<収録作品>
恩讐の彼方に、忠直卿行状記、三浦右衛門の最後、藤十郎の恋、形、名君、蘭学事始、入れ札、俊寛、頚縊り上人

新潮文庫と収録作品がかなり重複するので、これは買っていない。
岩波文庫版は、カバーがしっかりした紙質で、装丁もシンプルなので、長期保管するのに新潮文庫より良いのだけれど、文字が小さめで字体も少し古めかしい。
それに価格が高めなので、収録作品を比較しながらどちらにしようかちょっと迷うことが多い。


無名作家の日記 他九篇 (岩波文庫)
無名作家の日記 他九篇 (岩波文庫)無名作家の日記 他九篇 (岩波文庫)
(1988/04)
菊池 寛

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収録作品:身投げ救助業、ゼラール中尉、恩を返す話、無名作家の日記、死者を嗤う、ある抗議書、島原心中、勝負事、慎ましき配偶、愛児不死。

収録作品に特徴があり、他の文庫版では収録されていないような、あまり知られていない短編が多い。
難点といえば、リクエスト復刻版なので、旧字体を使っているため、読みづらく感じるところ。
重複して持っている短編が結構あっても本書を買ったのは、菊池自身の経験を振り返って書かれた「大島が出来る話」が収録されているから。
これは学資や生活の面倒を見てくれた恩人夫婦に関する回想。いわゆる私小説的な作品。
余計な修飾や、私小説作家のようなくどくどした心情吐露のない簡明な文章なのに、夫人に対する感謝と哀惜の念がしみじみと伝わってくる。


真珠夫人(文春文庫)
数年前に、菊池寛の通俗小説といわれる”真珠夫人”がTVドラマ化されていたという。
テレビは見ないので、TVドラマのことは全然知らなかったし、そもそも「真珠夫人」をいう本も読んだことがない。(最近、BOOKOFFの本棚にこの「真珠夫人」が並んでいるのをよく見かける)
もともと大正時代の新聞連載小説で、当時は絶大な人気を誇っていたらしく、演劇として頻繁に上演されていた。(私のイメージでは、シドニー・シェルダン的な小説という感じ)
文学界の狭い世界では有名な芥川と比べて、菊池寛の名は世間一般の人に広く知られるほど大きくなり、大人気作家になっていった。
そういう意味で、菊池の人生において、最大の転機となった作品。

真珠夫人 (文春文庫)真珠夫人 (文春文庫)
(2002/08)
菊池 寛

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<書評>
菊池寛『真珠夫人』[松岡正剛の千夜千冊/1287夜]


tag : 菊池寛

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バックハウスにまつわるエピソードとSP録音
バックハウスはあまり逸話の多い人ではなく、CDのブックレットでも、同時代の人にとってはもっぱら演奏会を通して知られていただけであって、その生活は謎のままだった...と書かれている。
今では、インターネットで見つけたプロフィールやレビューをいろいろ読むことができるおかげで、昔はあまり気にとめていなかったことや知らなかったことを発見できる。

バックハウスが生まれたのは1884年3月26日
 3月26日は、奇しくもベートーヴェンが亡くなった日。運命的というのか、不思議なめぐり合わせ。


1931年にスイス・ルガーノに移住、1946年にスイス国籍取得
ルガーノでのアポロ劇場ライブ録音(1953年、60年)が残っている(『Great Pianists』(10CD・BOX))
そういえば、ベートーヴェン・ピアノソナタ全集の録音場所は、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールだった。

当時スイスに住んでいたリパッティ、ハスキル、バックハウスが一緒に移っている写真もある。(クララ・ハスキル写真館


愛用していたピアノは、ベーゼンドルファー
DECCAのスタジオ録音は、ほとんどがベーゼンドルファー。
ベーゼンドルファー社から、20世紀最大のピアニストに贈られる指環(ダイヤモンドが散りばめられている)を贈呈されている。

1930年頃までは、ベヒシュタインを(も?)愛用していたらしい。(ベヒシュタイン社ホームページの情報
1969年のライブ録音(audite盤)では、ベヒシュタインを弾いている。


レコーディングに熱心
1909年にグリーグのピアノ協奏曲を約6分間録音した。
これはこの曲最初の録音というだけでなく、ピアノ協奏曲で最初の録音だった。
1928年には、世界で最初にショパンのエチュード全曲を録音した。


”ショパン弾き”で有名だった
ショパンのエチュード録音は、コルトー盤と共に決定盤とみなされ、ショパン弾きとして知られていたという。
そのエチュード録音を聴くと、今時のヴィルトオーゾピアニスト並みに、テンポは結構早く、メカニックの切れは良い。
タッチが軽やかで、技巧の切れ味もよく、すっきりとしたフォルムで、後味がとても爽やか。
肩に力が入ったような力みがあまり感じられないのは、技巧的な余裕があるのだろう。(このぼやけた音質のせいもあるかも)
意外だったのは、《別れの曲》など、テンポの遅い叙情性の強い曲は、バックハウスにしては、とってもロマンティック。

Chopin - Wilhelm Backhaus (1927) complete Etudes op 10&25



バックハウスのショパン録音はライブも含めて、結構いろいろ残っている。
これは1952年のバラード第1番。タッチがシャープで硬く、ルパートも緩めで、速いテンポのところはやや直線的に聴こえる。
若い頃よりも、ロマンティシズムが薄れているような気はするけれど、ルバートたっぷりのウェットな甘さはないので、後味はすっきり。


Wilhelm Backhaus plays Chopin Ballade N. 1 Op. 23 in G minor



”鍵盤の獅子王”
若い頃のバックハウスは”鍵盤の獅子王”と呼ばれていた。
1950年代以降のモノラル・ステレオ・ライブ録音を聴いても、そういうイメージは全然沸かなかった。
でも、1920~30年代のSP録音を聴いて、ようやく納得。まさに”鍵盤の獅子王”の如く、疾風怒涛のベートーヴェンを弾いていた。
Youtubeに音源があるのは、1927年の「悲愴」、1934年の「月光」、1937年の「第32番」。
SP時代には、1934年の「告別」や、「田園」「狩」も録音していたらしい。

この古いSP時代の演奏を聴いていると、音質は当然のことながら非常に悪いけれど、壮年期(40歳~50歳前半)のバックハウスが、どういうベートーヴェンを弾いていたのかがよくわかる。
滅法速いテンポ、タッチの鋭さと精密さ、力感・量感豊かで骨太な力強い打鍵、気力が漲り怒涛のような急速楽章の迫力が凄い。
メカニックがこれだけ優れているのに機械的な無機質さは感じさせないし、特にテンポ設定はバックハウス独特のものがある。
急速楽章の途中で緩徐部分が出てくると、たいてい大きくテンポを落としている。
繊細な情緒表現をする人ではないので(第32番ソナタの第2楽章の極端に速いテンポは有名)、このテンポの大きな変化のおかげで、速くて力強いだけの単調な演奏には聴こえない。
急速部分のテンポは、後年よりもさらに速く、その精密なタッチと指回りの良さは、今の時代のヴィルトオーゾと言われるピアニストと遜色ないように思える。

「悲愴ソナタ」は、第1楽章の急迫感は凄い。テンポの速さと打鍵の鋭さが際立ち、切迫感に満ちている。後年と同じく、途中の緩徐部分で大きくテンポを落として、柔らかい表情がつき、前後の部分とコントラストがくっきり明瞭。
第2楽章で面白いのは、急速楽章とは反対に、中間部で急にテンポが随分速くなり、左手の和音連打はまるで駆け足のように忙しい。最後に主題が再現されると、何事もなかったように元のテンポに戻っている。
第3楽章も速めのテンポで、時々表情が和らぐことはあっても、悲愴感が消えることなく緊張感が張り詰めている。

Wilhelm Backhaus plays Beethoven "Pathétique Sonata" (1927)




「月光ソナタ」の圧巻は第3楽章。すこぶる速いテンポでも、力強くシャープでなおかつ精密な打鍵のメカニックの切れが凄い。一気呵成に弾き込んで行く怒涛のような演奏の迫力は、まさに”鍵盤の獅子王”を彷彿させる。

Wilhelm Backhaus plays Beethoven Sonata Op. 27 No. 2 "Moonlight" (1934)



ピアノ・ソナタのSP録音の復刻盤は、”EMIクラシックス・グレイト・アーカイヴ"シリーズでCD化されている。
ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番
(2005/02/02)
バックハウス(ウィルヘルム)

試聴する



グリーグのピアノ協奏曲を移調して演奏
リハーサルのときに、本来のイ短調よりもピアノが半音低く調律されていたので、そのときは変ロ長調に移調してそのまま演奏。
演奏会では、正しく調律し直されたピアノで、本来のイ短調で弾いたという。


「暇な時にはピアノを弾いています」
多忙な演奏活動の余暇をどう過ごしているのか、記者に聞かれたとき、バックハウスはしばらく考えて、「余暇にですか?暇なときはピアノを弾いています」と答えたという。
国内盤の全集のブックレットに載っていたし、他のCDの解説でも何度か読んだくらいに有名な話。
毎日、練習や演奏会でピアノを弾き、その合間の暇なときにも、ピアノを弾き...と、ピアノ一筋の生活だったのが、いかにもバックハウスらしい。



<参考情報>
ヴィルヘルム・バックハウス[Wikipedia]
Wilhelm Backhaus[英文Wikipedia]
バックハウス,ヴィルヘルム[総合資料室/一世(issei)による歴史的ピアニスト紹介]
バックハウスとスイス[スイス音楽紀行]
公権力から常に寵愛を受け成功したピアニストのヴィルヘルム・バックハウス[くすのきJrのブログ]
バックハウスの面白いエピソードがいくつか。ナチス・ヒトラーとのバックハウスとの関係についても書かれている。
いずれも、英文のWikipediaに詳しく記載されている。それによると、ヒトラーはバックハウスのファンだった。ナチスによる政権把握後、1933年にバックハウスはミュンヘンのフライトでヒトラーに同行して、個人的に会っている。同年、”Nazi organization Kameradschaft der deutschen Künstler (Fellowship of German Artists)”の専属アドバイザーになるなど、当時の彼らとの関係を示す文献が残っている。
いずれも1930年代半ばまでの話なので、ルガーノに移住してからは、彼らとの関わりも徐々に薄れていったのかもしれない。

吉田秀和『世界のピアニスト』(新潮文庫は絶版。現在は、ちくま文庫版が入手可能。収録内容が若干異なる)

世界のピアニスト―吉田秀和コレクション (ちくま文庫)世界のピアニスト―吉田秀和コレクション (ちくま文庫)
(2008/05/08)
吉田 秀和

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吉田秀和『世界のピアニスト』(ちくま文庫の紹介文)
興味を惹かれたピアニストについて調べるときに、いつも最初に読むのがこの本。
バックハウスは長らく聴いていなかったので、これに載っている評論はほとんど読んでいなかったし、昔読んだとしても内容は全然覚えていなかった。
読み直して見ると、バックハウスについては、グールド、グルダに次いで頁数が多く(36頁ほど)、モーツァルトとベートーヴェン(ステレオ録音ではなくて、モノラル録音に関して)、ブラームス(特にピアノ協奏曲第2番)の3節に分かれている。
特にベートーヴェン演奏の評論が私には納得できることが多く、その他にも、モーツァルト演奏の特徴、フォルテの響きの多彩さと美しさ、ブラームスの第2楽章に関する演奏解説とかを読むと、なるほどと思えてくる。
この本のなかで取り上げているピアニストのなかでは、一番説得力と納得感を感じたし、好きではないモーツァルトの曲でも、聴き直してみても良いかな..という気にさせられる。

昔どこかで読んだけれど、それが何の本か思い出せなかった文章が、これに載っていた。

「とりあげた曲がすぐれていればいるほど、演奏の質も高くなる」
「ヴィルトオーゾであるといっても、音楽的価値の低いものを常人の想像をはるかに超えた名技で飾るということのできない人でもあった。」

この文章が記憶に残っていたせいか、バックハウスを聴くなら、初期の作品ではなく、傑作といわれる作品~《ハンマークラヴィーア》や《熱情》、《ワルトシュタイン》、後期ソナタなどが良いのだろうとずっと思っていた。
でも、ピアノ・ソナタ全曲について、「多かれ少なかれ、他の人からはきけない何かがきこえてくる」とも書かれている。
いずれにしても、せっかく手に入れたモノラル録音の全集なので、全曲をきちんと聴きたい。

tag : ベートーヴェン ショパン バックハウス

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”プラン・ジャパン”のスポンサーシップを終える
9年前に始めた国際NGO「プラン・ジャパン」のスポンサーシップがとうとう終わった。
「スポンサーシッププログラム」では、支援対象のチャイルドが(今年の11月で)18歳になれば、チャイルド登録が終了し、私とチャイルドとの関係も終了する予定だった。
ところが、プラン・ベトナムの現地プロジェクトが、当初の目標達成により完了したと突然連絡が来た。
プロジェクトの完了とともに現地への支援も終了するので、チャイルドのスポンサーとしての役割も終わる。


プラン・ジャパンのスポンサーシップとは
プラン・スポンサーシップというのは、英国に本拠のある国際NGO”Plan International”の日本の拠点である公益財団法人プラン・ジャパン(昔は(財)日本フォスター・プラン協会という名称だった)の支援制度の一つ。
スポンサーシップは、特定の子供に奨学金や生活費の援助を行う、いわゆる”里親制度”ではない。
世界のスポンサーから寄せられる寄付金は、各活動国でチャイルドのコミュニティに対する様々な開発支援プロジェクトを実施するための資金として使われる。

プラン・ジャパンの2012年年次報告書のデータでは、
 スポンサー:41,979人
 チャイルド:44,933人
 年間に発送されたスポンサーからチャイルドへの手紙やギフト:38,841通
 年間に受け取ったチャイルドからスポンサーへの手紙:85,028通
 日本のスポンサーをもつチャイルドのうち、手紙やギフトを年間で1回以上受け取った率:40.2%
 登録終了したチャイルド(卒業年齢、地域からのプランの撤退などの理由による):8,036人
※チャイルドの手紙よりも、スポンサーの手紙・ギフトの数が随分少ない。返事を書かないスポンサーが多いのだろうか? 6割近くのチャイルドが、1年に一度もスポンサーからの手紙もギフトも受け取っていない。

「チャイルドとのお別れ?! “登録終了事情”」という記事によると、チャイルド登録が終了するのは、2007年のデータでは、1年間で6,980人と、チャイルド全体(55,000人)の約13%。
※この数字を見ると、チャイルドの数が2007年から2012年にかけて、かなり減少している。近年の不景気の影響に加えて、日本国内に拠点のあるNGO間のファンドレイジングを廻る競合が激しいのかもしれない。

チャイルド登録終了の理由は、「活動地域外への引越し」が最多(登録終了チャイルドの37%)、「基準年齢を迎えての卒業」と「地域全体での活動終了」とがほぼ同数。


チャイルドとの文通
プランのスポンサーシップの特徴は、特定のチャイルドと手紙のやりとりがあるところ。
最初は、年1回くらい、お誕生日にでも手紙を書けば良いのだろうと思っていた。
ところが、開始から半年くらい経って、プランのベトナム現地事務所から、チャイルドへお手紙を書いてくれるように、かなり長文の”お願い”(督促の)手紙が送られてきた。
チャイルドにしてみれば、他の子がスポンサーから手紙を受け取っているのに、私からの手紙が全然届かなかったので悲しかったのだろうし、それを知った現地の担当者が書いたに違いない。
その手紙を読んで、チャイルドへ書く手紙は、年1回では済みそうにないことにようやく気がついた。
年賀状も書かない筆不精の私としては、義務として書かなければならないと思い始めると、この手紙のやりとりは、結構気が重いものではあった。
日本語で書けば、プランでボランティアの翻訳者が英語に直してくれるけれど、なぜか英語で書くことにこだわりがあったので(それに翻訳する時間がかからないので、手紙が1ヶ月早く到着する)、結局今までずっと英語で書き続けた。
B5の便箋1枚程度の手紙だし、子供に書く手紙なので、ややこしい話題ではなく、近況報告とか季節の行事の話とかが中心。
英語自体は難しくない。それでも、文法的に間違いのない英文を書こうとすると、直訳ではなく、言い回しとか単語が適切かどうか、全て確認しないといけないので、結構骨が折れる。
ベトナムの現地事務所で、ボランディアがその英文手紙をベトナム語に翻訳して、英語とベトナム語の2通の手紙をチャイルドが受け取っている。

ベトナムは政情も経済も比較的安定しているので、地域の活動やチャイルドの家族環境も良好で、手紙が毎年4~5回届く。
プランの担当者の話によれば、ベトナムの子供たちは、勤勉で真面目なので、手紙を書くのもマメだし、上手いという。


チャイルドへのプレゼント
この9年間、年4~5回手紙を書き、プレゼントも時々同封して送り続けたのは、筆不精の私としては、驚異的なマメさ。
それに、プレゼントを選ぶのは結構楽しい。
チャイルドが女の子なので、文房具はキティのキャラクターもの(ベトナムでも人気がある)、ポーチ、髪飾りとか、私が中高生だった頃に使っていたものを思い浮かべながら、買っていた。
このプレゼントというのは、かなり気をつけないといけない代物。
昔調べた時、イギリスのプランでは、現地で不公平感が問題にならないように、年2回に制限していた。
日本のプランでは、回数制限はないけれど、プレゼントの重量は50g以下、価格は500円以下と制限がある。
価格はクリアできても、重量制限をクリアするのが悩ましく、送るものがかなり限定される。
ノート類は重くて、買ったは良いけれど、重量オーバーで送れないことが何度かあったので、小さく薄いメモ帳とか、軽いものを選ぶようにした。
他によく送ったのは、ハンカチ、綺麗なシール(季節の風物詩、草花、デザートなどの絵柄)、鉛筆類、絵葉書(東山魁夷やヒロ・ヤマガタの絵や、洒落た可愛いイラストとか)、ヘアーゴム、髪飾り、小さなポーチ、ポケットティッシュなど。それぞれ軽いので、数点まとめて送っても、大丈夫。
それに、お誕生日には、立体型のバースディカード(飛び出す絵本みたいなものが私は好きなので)。
新年には、立体型のサンリオ製のカレンダーや、最近は、チャイルドが高校生になったので、綺麗なイラストが書かれている小さなカレンダー手帳。夏には、日本の夏の風物詩柄の絵葉書。
女の子が喜びそうなカラフルな可愛いデザインやイラストのものを選ぶようにしていた。
残念だったのは、小さな筒型のとてもお洒落な万華鏡を買ったのに、10gほど重量オーバーして、送れなかったこと。
これは綺麗な和紙が筒に貼り付けてあって、万華鏡を覗いていても図柄がいろいろ変化して面白い。結局、自分で使っている。


現地訪問
最も想い出に残るのは、数年前に一人でベトナムのチャイルドが暮らしている村を訪問したこと。
ドライバーと通訳は、プラン・ベトナムが手配してくれた。(日当は当然私が払ったけれど)
通訳のベトナム人女性は、日本の大学に留学した経験もあって、発音も会話もとても流暢。漢字も読み書きできる。
普通の観光旅行では、こういう村に訪れることはまずないし、住民と同じ食事(お客様用なので、豚肉を市場で買ってきたという)を彼らの家で食べていると、近所の人たちも集まってきて、一緒にお食事。
日本人が村を訪問するのは、とても珍しいらしい。多分私が最初に違いない。
チャイルドが後で送ってきた手紙には、チャイルドの住んでいる村には、世界中のプランが募ったスポンサーのチャイルドが数十人いるけれど、現地を訪問したのは私だけだったという。
現地訪問は、宿泊厳禁で1日だけと決められている。
その後数日間は、旅行社のガイドさんと一緒にハノイの街をあちこち歩き回っていた。これはとても楽しい散策だった。
この時のベトナム滞在の顛末は、「ベトナム訪問記」として、随分前にブログにシリーズ記事にまとめている。


結局、9年の間、途中で止めることもなく、なんとかスポンサーを続けることができたことは、私としては上出来。
文通はかなり精神的に負担になるので、これからは個別のプロジェクトや単発の寄付中心にすることにして、スポンサーシップはこれで終了。

アルミニウム入りベーキングパウダーが使用規制へ
ブログのアクセスログを見ていると、6月に入ってから、「ベーキングパウダー アルミ(またはアルミニウム)」のキーワード検索でのアクセス件数が多くなっている。
この1週間くらい、特に21日~22日に急増している。

どこかで、アルミニウム入りベーキングパウダーが問題になっていたのだろうと思って調べてみると、朝日新聞のデジタル版の記事に載っていた。

アルミ添加物、使用基準を設け規制へ 菓子やパンに使用[2013年6月22日、朝日新聞デジタル]

NHKでも、同様の内容を報道している。
食品のアルミニウム添加物 基準作成へ[6月21日,NHKニュース]

過去には、こんな記事もある。これはちょっと気になる話。
膨張剤のアルミ、幼児ご用心 ホットケーキ1枚で基準超[2010年10月26日、同上]

膨張剤(ベーキングパウダー)は、アルミニウム入りが標準品。
アルミニウムの過剰摂取がアルツハイマーの要因とか、脳や身体に与える影響がいろいろ指摘されてから、アルツハイマー不使用のベーキングパウダーがいくつか発売されている。
アルミニウムフリー(不使用)の方が多少価格は高いが、それほど大差があるわけでもないので、もう何年も前からアルミニウムフリーのベーキングパウダーを使っている。

ふだん、ベーキングパウダーを使うのは、ケーキ・蒸しパン(入れないときもある)・ドーナツ・スコーンを作るときくらい。
クッキー、お好み焼きとかにも入れるレシピがあるけれど、私は使わない。
パン・お菓子に限らず、市販の加工食品を買うことはほとんどなく、基本的に手作りするので、アルミニウムフリーのベーキングパウダーを使っている限り、個人的には何の問題もない。

市販の加工食品には、おそらく安いアルミニウム入りのベーキングパウダーが使われていることが多いのではないかと思う。
森永や昭和産業のホットケーキミックスは、アルミフリーのベーキングパウダーに切り替えているという話も見かけたけれど、パッケージの成分表示で直接確認したり、メーカーに問い合わせたわけではないので、事実関係は未確認。

ベーキングパウダーは、パン・お菓子だけでなく、天ぷら粉とか、漬物(「みょうばん」を使っている場合)にも使われているので、加工食品を常食していると、積もり積もればトータルの摂取量は結構多いかも。

朝日新聞の記事によると、「世界保健機関(WHO)などによる専門家会議は、アルミを一生とり続けても、健康に影響がない1週間の許容量を体重1キロあたり2ミリグラムに定めている。」ということなので、体重の多い大人なら許容量を上回ることはない(らしい)。
計算してみると、体重50kgの人なら、許容量は100mg=0.1g。
小麦粉100gのケーキなら、ベーキングパウダーは「小さじ1」(5cc=約4g)、蒸しパンならその倍量を使うことが多い。
アルミニウムの含有量は、ベーキングパウダー使用量のうちわずかだろうから、たぶん大丈夫なのだろう。
でも、毎日ベーキングパウダーを使ったパンやお菓子とかを大量に食べていたら、許容量近くかそれ以上のアルミニウムを摂取している可能性はあると思う。

幼児の場合は体重が少ないので、食生活によっては、許容量を超える可能性があるという。
市販品を頻繁に買っている場合は、「膨張剤」入りかどうか原材料表示を確認する、または、膨張剤が入っているような市販品は買わずに、アルミニウムフリー製品を使って自分で作る、とか、気をつけるに越したことはない。

そもそも、市販品の原材料表示に、ベーキングパウダーがアルミニウム入りか不使用か、表示されていないのは、製品を選ぶ上で困る。
許容量を超えれば健康被害があるなら、表示を義務づけて欲しいものだと思う。


<過去記事>
アルミフリー・ベーキングパウダー

<参考情報>
アルミニウムフリー・ベーキングパウダー 使用感覚書
アルミフリー・ベーキングパウダーの製品リストと比較情報が豊富。
バックハウスのアンコール曲 ~ シューベルトの即興曲、ショパンのノクターン
山ほどあるCDの整理をしていると、長らく聴いていなかったバックハウスのCDが次々と出てくる。
学生時代にクラシックのCDを集め始めた頃、巷の評判からすると、ベートーヴェンならバックハウスを聴くべきなんだろう..と思ったので、ピアノ・ソナタやピアノ協奏曲のスタジオ録音やライブ録音をいろいろ買ってきたし、ベートーヴェン以外の録音も結構集めていた。
(高校時代に習っていたピアノの先生が貸してくれたLPは、バックハウスではなく、ケンプのベートーヴェンだったけど)

今時バックハウスを聴く人は随分少なくなっているだろうし、今になってバックハウスを聴き直すとは思ってもみなかった。
本当に久しぶりに聴いてみると、昔とは違って、魅かれるものがとても多くなっている。やっぱり年のせいかも...。
数年前からバックハウスのライブ録音が次々とリリースされたり、再発売されたりしていたので、いくつかは買っておいた。
それに収録されているアンコール曲は、ベートーヴェン以外の曲ばかり。
シューベルトの即興曲、シューマンのピアノ小品、モーツァルトのトルコ行進曲、ショパンのエチュードやノクターンなど、ベートーヴェン弾きのバックハウスのイメージとちょっと違っているところが面白い。

バックハウスのスタジオ録音集には、バッハ、ハイドン、モーツァルト、シューベルト、メンデルズゾーン、ショパン、ブラームスと、古典派とロマン派の有名曲がいろいろ録音されている。
わりと気に入っているのは、初期のベートーヴェンみたいなモーツァルト、甘ったるさのない(でも意外に叙情的な)ショパン。
ブラームスは、ルバートも弱くかなりあっさりした叙情感なので、曲によりけり。どちらかというと、2つのラプソディのような速いテンポのパッショネイトな曲の方がバックハウスらしい力強さと切れの良さがある。
シューベルトは、逆にさっぱりした叙情感が、神経質的でも過剰に繊細でもなくて、私の好みに合うらしい。

特に、アンコール曲で好きな録音と言えば、ショパンのノクターンとシューベルトの即興曲。
シューベルトの即興曲で残っているライブ録音は、D935のNo.2とNo.3。
No.2は1954年カーネギーリサイタルや、1969年の最後のリサイタルでも弾いていたので、この曲の方が好きだったのかもしれない。
こういう小品を弾くバックハウスには、飾り気のない淡々とした中に、ほろほろとこぼれ落ちるような暖かみや淡い叙情感があって、何ともいえないこの味わいにほっこりとしてしまう。

NAXOSサイトにあるバックハウスのプロフィールを読むと、初期のレパートリーは、ショパン、リスト、シューマン、ブラームス、ベートーヴェンが中心。
第2次大戦後、ドイツ古典派を好むようになり、リサイタルのプログラムからショパンとリストが消え始めた。
バックハウスは晩年になっても技巧的に高いレベルを維持していたので、ショパンのエチュードは1950年代までリサイタルで弾いていたという。
ショパンのスタジオ録音は、1928年にHMVに初めてエチュード全曲を録音。DECCA時代にはショパンのピアノソナタ第2番を残している。


バックハウスは、アンコール曲を弾く時に、1曲ごとに、(指鳴らしがわりに?)まず和音を短いアルペジオでポロンポロンと弾くという、珍しい習慣がある。
ライブ録音にはそれも収録されていることが多い。初めて聴いた時は、この音は何なのだろう?と不思議だったけれど、いつもそうしていたらしい。

バックハウスとショパンのノクターンというのは、全然イメージが合わなかったけれど、実際聴いてみると、澄んだ透明感のある音と、さっぱりとしつつも抒情的な語り口が、妙にこの曲に似合っているような気がしてくる。
それに、思いのほか、夢の中でまどろんでいるようなファンタジーがあったりする。

Wilhelm Backhaus plays Chopin Nocturne in D flat major Op.27 No.2




シューベルトの即興曲のYoutube音源には、1956年のライブと注記がある。
1956年のカーネギーリサイタルのことかと思ったけれど、そのときは第3番の即興曲を弾いていたので、こちらは1954年の方のカーネギーリサイタルの時のアンコールかも。
バックハウスの最後の演奏会となった1969年のリサイタルでも、一番最後に弾いたのはこの曲だった。

Wilhelm Backhaus plays Schubert Impromptu, D.935 No.2 - Live


tag : バックハウス シューベルト ショパン

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ソニーの定額制音楽配信サービス”Music Unlimited”
たまたま見かけたimpress.co.jpの広告記事で、ソニーの定額制音楽配信サービス”Music Unlimited”が紹介されていた。
このサービスは2012年7月に始まり、かなり話題になっているサービスらしい。
当初30日間は無料体験期間なので、試しにアカウントを作ってみた。
月額料金はサービス開始当時は1480円だったけれど、今年から980円に値下げしている。やはり1000円未満だと、負担感がかなり少ない感じがする。

関連情報:「Music Unlimited」使いこなし術を音楽好きのライター2人が伝授! クラウド機能を活用してもっともっと自由な音楽生活を!![電撃オンライン、2013年4月26日]


SONYの音楽配信サービスといえば、”Mora”で何回かダウンロードしたことはある。
でも、クラシックの音源がほとんど無いので、本当に使えないサービスだった。
この”Music Unlimited”も、クラシックはあまり揃っていないだろうと思ったので、期待せずに登録されているアルバムをチェックしてみると、SONYはもちろん、DECCA、DG、Philipsといったメジャーレーベルのクラシックアルバムが多数登録されている。
私がそのうち買おうかなあとチェックしていたCDも、軒並み登録されている。全曲、順番に聴いていくと、余計にCDで聴きたくなってくる。

以前は、NAXOSのNML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)に3~4年ほど加入していた。
毎日NAXOSを聴いているわけではないし、クラシックはCDで聴くことが多く、年間2万円近く払うならCDを買ったほうが良い気がしてきたので、今は退会。
NAXOSに比べると、”Music Unlimited”は、検索機能、画面操作、楽曲の一覧リスト表示など、機能的に使い勝手はすこぶる悪い。(アカウント作成するのも、なぜか文字認証が上手く通らなくて、10回以上はトライした)
時間帯によっては、アクセスが集中しているせいか、サーバーの反応がかなり遅い。
NAXOSと決定的に違う最大の利点は、メジャーレーベルのアルバムが多数登録されていること。
メジャーレーベル以外なら、NAXOSと同様、BBClegend、BIS、Henssler、virgin(NAXOSには不参加)など、結構名の知れたレーベルのアルバムも登録されている。
私が聴いたピアニストの録音に限っていえば、レーベルが現在販売中(または生産中止、廃盤)のアルバムのうち、登録されているのは輸入盤の一部。国内盤は登録されていない。
わりとよく買っているChandos(NAXOSに参加)、Harmonia mundi、Hyperionの音源は見当たらず。
NAXOSの方がマイナーレーベルの参加数はかなり多く、そのうち一部のレーベルは、”Music Unlimited”にも音源を提供している。

月額料金がかなり安いのは高いポイント。”Music Unlimited”は980円、NAXOSは1890円。
(NAXOSの場合は、個人契約ではなく、団体契約の割引料金で加入していると月額料金が安くなることもある)
”Music Unlimited”は、ポップスやロックの愛好者がメインユーザーだろうから、この価格設定でも採算が合うのかもしれない。
NAXOSはメインがクラシック(ジャズの音源もあるけれど)なので、ユーザー数がはるかに少ないだろうから、あまり低い料金では採算をとるのが難しそう。

使い方によって、どちらのサービスを選べば良いのか変わってくる。
特定の演奏家を中心にアルバムを聴く場合は、名の知れた演奏家を抱えるメジャーレーベルのアルバムが多い”Music Unlimited”の方が、使う頻度が多くなる。
作曲家や曲を中心に音楽を聴きたいなら、あまり知られていない作曲家や現代音楽などの多種多様な音源が充実しているNAXOSの方。特に、現代音楽を聴くなら、選ぶのはNAXOS。
日常的に音楽をストリーミングで聴くのではなく、スポット的に試聴ファイルとして使う方が多いので、買いたいCDが多い音源の方が、私にとってはメリットが多い。(こういう使い方なら、わざわざ加入する必要がない気もするけれど)
私のような使い方だと、参加レーベル・音源の数・種類・内容と月額料金の両方を考えあわせると、”Music Unlimited”はかなりのお得感がある。聴くことの多いメジャーレーベルのアルバムが多い上に、マイナーレーベルのアルバムもそこそこ聴けるので。
頭の痛い点といえば、CDコレクターの私としては、オンラインで聴きたいCDを聴いてしまうと、気に入ればCDを買うことになるので、CDがまた増えてしまうことだろうか。

アラウのベートーヴェン・ピアノソナタ全集盤
最近、アラウのベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集が次々と再発売されている。
アラウの全集は2種類。いずれもPhilipsから出ており、1960年代に録音した旧盤(ステレオ録音)と1984年~90年に録音した新盤(デジタル録音)。
最近再販されているのは、1960年代に録音した旧盤の方。この旧盤は、私が知っているもので3種類発売されているけれど、カップリング曲が違う。

(1)ピアノ・ソナタ全集、変奏曲集、ディアベリ変奏曲(1952年録音の旧盤):DECCA盤(2012年5月発売、12枚組)
1960年代に録音した変奏曲集も収録。ただし、ディアベリ変奏曲のみ1952年のモノラル録音(EMI音源だったはず)。
MP3ダウンロードでも購入可能。

Complete Piano SonatasComplete Piano Sonatas
(2012/05/08)
Claudio Arrau

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(2)ピアノ・ソナタ全集:PhiliPs Italy盤(2002年発売、2012年に再販。9枚組)
ピアノ・ソナタ全集のみ収録。変奏曲は入っていない。
2002年に一度発売された全集で、昨年再販されたもの。2002年版では、ブックレットはイタリア語のみ。
以前この2002年盤を買ったのは良いけれど、後で(3)の変奏曲・ピアノ協奏曲全集まで入った1999年版を見つけてそれも買ったので、ピアノ・ソナタ全集に関してはダブってしまった。
(同じ録音を持っていても仕方がないので、amazonのマーケットプレイスに出すとすぐに買い手が見つかった。アラウの全集を聴きたいと思っている人がいるというのが実感できて、なぜか嬉しかったりする。)

Son. Pf. N. 1-32 ArrauSon. Pf. N. 1-32 Arrau
(2012/09/25)
Claudio Arrau

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(3)ピアノ・ソナタ全集、変奏曲集、ディアベリ変奏曲(1985年録音の新盤)、ピアノ協奏曲全集(1960年代録音の旧盤)、三重協奏曲、ロンド(Op.51, No.2):Philips盤(1999年11月発売、14枚組)
ピアノ協奏曲全集は、ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管との録音。ロンド(Op.51-2)と三重協奏曲も収録。
1960年代にPhilipsに録音したアラウのベートーヴェン作品が(たぶん)全て収録されている。
ディアベリ変奏曲のみ1985年の新盤を収録。(デジタル録音の新盤全集の方は、1952年録音のディアベリを収録)
すでに廃盤らしく、かなり高額のプレミアがついている。
米国居住者なら、MP3ダウンロードでも購入可能。(日本国内からは購入できないはず)

Complete Piano Sonatas & ConcertosComplete Piano Sonatas & Concertos
(1999/11/09)

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旧盤の録音のうち、標題付きの有名な7曲だけを収録した「7大ピアノ・ソナタ集」(国内盤)もある。
これもすでに廃盤で、USED品はプレミアムが上乗せされて高いので、再販されている全集盤を買った方がお得。
ベートーヴェン:7大ピアノソナタ集ベートーヴェン:7大ピアノソナタ集
(2006/05/24)
アラウ(クラウディオ)

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旧盤を聴き直していると、今までは感じなかったアラウの深い呼吸や間合いとぴったり合うものがあり、じんわり浸透してくるような感覚がする。
昔は、テンポが遅めで、リズム感も少し鈍いし、かなり感情移入が深くて重たいなあ..と思っていたのに、これも年をとったせいかも..。


(4)ピアノ・ソナタ全集(デジタル録音の新盤、1984~90年の録音)
この新盤の方はなかなか再発売されない。演奏に対する(海外の音楽界の)評価を物語っているのだろうか?
分売盤の方も輸入盤・国内盤ともほとんどが廃盤。
日本では、旧盤よりもこの新盤の方が昔から人気がある。アラウが日本で知られるようになったのは、晩年になってからで(私もそうだった)、晩年に録音した新譜が次々発売されていたし、評論家のセンセイ方も新盤を絶賛する人が多かった。
この新盤全集は、曲によって音質にかなりばらつきがある。(たしかNYで録音した演奏は音質があまり良くなかった)
スイスのラ・ショー・ド・フォン(La chaux-de-Fonds)のスタジオ録音が、澄み切ったピアノの音が異常なくらいに美しい。
ただし、すでに80歳代になっているので、録音年が後年になるにつれて、加齢による技術的な衰えが進んでいく。それがかなり私の耳についてしまうので、(数曲を除いて)ほとんど旧盤の方を聴いている。
でも、新盤のベートーヴェンを聴いていると、旧盤では決して聴きとることができないものがあるのは確か。
両方を聴いていると、アラウの長いピアニスト人生のなかで、年を経るにつれて失われたものと得られたものをいろいろと発見したり、感じとれるものがある。

Beethoven: Claudio ArrauBeethoven: Claudio Arrau
(2006/06/27)
Claudio Arrau

試聴ファイルなし



全集の分売盤以外に、抜粋盤としてピアノ・ソナタを数曲録音したEMI盤もある。
その他にもライブ録音・放送用録音の映像が数種類出ている。

(5)EMI録音集
アラウがPhilipsと契約する前の時代に、EMIに残した録音の集成盤。
ベートーヴェンについては、ガリエラと録音したピアノ協奏曲全集と、ピアノ・ソナタ10曲(NO.7,21,22,23,24,26,28,30,31,32)を収録。
ピアノ協奏曲は、Philips時代の録音よりもテンポが速めで躍動感があるので、第1番と第3番を聴くときはもっぱらこの録音。
ピアノ・ソナタはこもった音質で古ぼけた感じがするのが難点。EMI時代はまだ若かったので、速めのテンポとシャープなタッチで、若々しさに加えて、いくぶんクールな感じがする。
このBOXセットには、ベートーヴェン以外の録音もたくさん収録されている。
Philipsには録音していなかった曲や、Philips盤よりも好きな演奏(グリーグやシューマンのピアノ協奏曲など)がいろいろあって、これは結構楽しめる。
日本でもMP3ダウンロード購入可能。

Icon: Claudio Arrau-Virtuoso Philosopher of the PiIcon: Claudio Arrau-Virtuoso Philosopher of the Pi
(2011/02/28)
Claudio Arrau

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ライブ映像でよく見る(聴く)のは次の2つ。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタに限って言えば、安定した技巧と表現とのバランスが良いと個人的に思えるのは、スタジオ録音・実演とも1970年頃までのものが多い。

(6)ピアノ・ソナタ第32番(放送用録音)
アラウの32番ソナタの録音はスタジオ・ライブ録音とも多く、そのなかで一番良いと思ったのがこの演奏。
1970年の録音なので、Philipsの新盤よりも技術的に安定し、旧盤よりはディナーミクの変化がより滑らかで音楽の流れが良く、表現が深化して自然になっているような気がする。

アラウ & ソロモン (EMIクラシック・アーカイヴ) [DVD] アラウ & ソロモン (EMIクラシック・アーカイヴ) [DVD]
(2005/09/14)
ソロモン アラウ(クラウディオ)

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Arrau Beethoven Piano Sonata No. 32 - Paris, 1970




(7)ピアノ・ソナタのリサイタル映像
ベートーヴェンのピアノ・ソナタを集めたライブ映像なら、ドイツのボンで毎年9月に開催されるベートーヴェン・フェスティバルの1970年&1977年のリサイタルがDVDでリリースされている。
Disc1が1977年のライブ映像(カラー)。第3番、ワルトシュタイン、第32番。(74歳頃のリサイタルのせいか、ミスタッチが多いのが気になる)
Disc2が1970年のライブ映像(モノクロ)。第13番、月光ソナタ、告別ソナタ、熱情ソナタ、第30番のソナタ。カラーのライブ演奏に比べて、技術的な安定感があって、安心して聴ける。

Claudio Arrau: Beethoven Piano Sonatas [DVD] [Import]Claudio Arrau: Beethoven Piano Sonatas [DVD] [Import]
(2011/06/27)
Claudio Arrau

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Claudio Arrau Beethoven "Appassionata" (Full)



tag : ベートーヴェン アラウ

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菊池寛『半自叙伝・無名作家の日記 他四篇』(岩波文庫)
菊池寛といえば、代表作『父帰る』や『恩讐の彼方に』は、題名くらいは知っていたけれど、読んだことはない。それに、『文藝春秋』を創刊、「文藝春秋社」を設立、さらには直木賞と芥川章を創設した人だとは知らなかった。
小島政二郎の自伝的作品『眼中の人』に登場する菊池寛の人物像に興味を魅かれたことと、芥川の葬儀で菊池が読んだ弔辞がとても印象的だったので、彼の作品や評伝をいろいろ読んでみた。

菊池寛は、芥川龍之介の葬儀で友人代表として弔辞を読んだが、その弔辞は痛切で哀惜の念に満ちている。
彼は読み上げる前から泣き出してしまったという。
「君が自ら選び自ら決した死について我等何をかいわんや、ただ我等は君が死面に平和なる微光の漂えるを見て甚だ安心したり、友よ、安らかに眠れ! 君の夫人賢なればよく遺児をやしなうに堪えべく、我等また微力を致して君が眠りのいやが上に安らかならんことに努むべし、ただ悲しきは君去りて我等が身辺とみに蕭条たるを如何せん。」

こういう心に響く弔辞を書く人は、どういう小説を書いていたのかな..と興味を持たずにはいられない。
岩波文庫版で菊池の自伝と小説を収録した『半自叙伝・無名作家の日記』を読むと、これがとっても面白い。

半自叙伝・無名作家の日記 他四篇 (岩波文庫)半自叙伝・無名作家の日記 他四篇 (岩波文庫)
(2008/01/16)
菊池 寛

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収録作品:「半自叙伝」、小説「無名作家の日記」と「葬式に行かぬ訳」、回想「上田敏先生の事」「晩年の上田敏博士」、「芥川の事ども」。

『半自叙伝』は菊池寛自らの筆による自伝。
裕福とはとても言えない家庭に育ったので、幼少期から苦労話や挫折経験が多く、紆余曲折した青年期を送っているけれど、それにも屈せず、「生活力」の強い人だと思う。小島政二郎が菊池の「生活力」に圧倒されたのがよくわかる。
それに、窮地に陥っても不思議と助けが現れるという幸運に恵まれていたので、「強運」の持ち主だったに違いない。

子供の頃に苦学したエピソードは、『父帰る』にも盛り込まれている。
「新二郎、お前は小学校の時に墨や紙を買えないで泣いていたのを忘れたのか。教科書さえ満足に買えないで、写本を持って行って友達にからかわれて泣いたのを忘れたのか。」
その上、修学旅行に行くためのお金が出せなくて、行けなかったという。

成績は良かったので、推薦で東京高等師範学校に入学したは良いけれど、ロクロク勉強せずに授業中に観劇に行ったりして、すぐに除籍処分に。
その後、学費を出してくれる養父が現れたのは良いけれど、法律家になってくれるという養父の期待を裏切って、明治大学法科を3ヶ月でやめて、早稲田大学文学部に入り、第一高等学校受験をめざしたので、結局養子縁組は解消される。
続いて、一高に入学できたのは良いけれど、有名な「マント事件」(友人によるマント窃盗事件)で友人の罪をかぶって、卒業目前で退学。これが菊池寛の人生最大の危機。
学費を得る見込みもなく、その後の身の振り方を考えあぐねていたときに、友人である成瀬正一(後にフランス文学者になる)が大銀行の十五銀行支配人である父に菊池の窮状を話したところ、菊池を自宅に寄食させて生活と学費の面倒を見てくれるという、類稀な幸運に恵まれる。(成瀬氏は菊池と同郷の出身で、常日頃郷里の優秀な若者を書生として自宅に何人か寄食させていたという)

その後、一高の卒業検定試験にも合格して、京都帝国大学英文学科に入学。
京大を無事卒業したは良いけれど、作家として一人立ちできる見込みも就職口もなく、再び成瀬氏の世話になる。東京の自宅に寄食して、就職口も紹介してもらい、時事新報社の記者となる。
実家へ仕送りしていたため、相変わらず成瀬氏の自宅に住まわせてもらっていたが、いつまでも頼るわけにも行かないと思って考え付いたのが、「バーナード・ショオが金のある未亡人と結婚したように財力のある婦人と結婚することだった」。
郷里の親に結婚相手を探してくれるように頼むと、秀才だった評判が幸いしてか、思い通りの良縁に恵まれる。
この妻の家庭は裕福で持参金付き。妻は性格的に「高貴なものを持っていた」ので、この結婚は菊池にとって「私の生涯に於て成功したものの一つ」だった。

井上ひさしが書いた『接続詞「ところが」による菊池寛小伝』(『ちくま日本文学全集21 菊池寛』所収)は、一風変わった題名だけれど、それがまさに菊池寛の幸運に恵まれた前半生を表わしている。
たびたび窮地に陥っても、「ところが」運良く危地を脱していくという、この「ところが」の連続だった。
「菊池寛の前半生は、「そのうちなんとかなるだろう」の連続だった。危機に陥るとかならずどこからか助け舟があらわれるのである。」
「このような幸運な体験をした人間が、自作の結末を暗いままで終わらせるなぞは、到底できない相談というものである。この作家の作品の根底にある「そのうちなんとかなるだろう」という明るさは、これらいくつもの「ところが」で養われた」。


『無名作家の日記』は、菊池の実体験が反映されている部分はあるけれど、これはあくまで小説。
芥川をモデルにした山野や上田敏教授をモデルにした博士に対する憤懣は、無名作家の複雑な心理を描くための設定。
あまりにリアルなので、『無名作家の日記』を「中央公論」に掲載する際、「中央公論」編集長の滝田氏が「芥川さんに悪くありませんか、大丈夫ですか」と言って、芥川に問い合わせたり、菊池自身に念を押したという。
大学時代の恩師上田敏博士に関する回想と、芥川に関する回想『芥川の事ども』も収録されている。
これは、実際の菊池寛の心情が綴られているので、『無名作家の日記』を読み合わせてみると、上田敏・芥川の人物像が小説とは違っているのがわかる。


小島政二郎が言うとおり、菊池の文章は凝ったところはなく、文体は簡潔、明瞭。一気に読ませていく勢いと主人公の心情の描写に実にリアリティがあり、核心をつくように切り込んでくる。
心理小説の類はあまり好きではないけれど、彼の文章には、内心を吐露したジクジク・イジイジしたウェットでナルシスティックなところが全く無く、ドライな切れ味があって私には読みやすい。

菊池の短編小説は他にも多数あり、私小説風、歴史物、現代ものなど、テーマが多彩で話自体も面白い。
有名な『忠直卿行状記』『恩讐の彼方に』『藤十郎の恋』も面白いけれど、特に好きな作品は大恩ある成瀬夫人の思い出を綴った私小説風の『大島が出来る話』(これは結構感動するお話)、『仇討禁止令』『俊寛』『勝負事』、『好色成道』。
こう並べてみると、私は歴史物に好きな作品が多いのに気がついた。


<菊池寛に関するサイト>
菊池寛 作品リスト(青空文庫)
「菊池寛アーカイブ」[honya.co.jp]
「半自叙伝」(全文)[菊池寛アーカイブ]
井上ひさしさん「創作は人生経験必要」[読売新聞社/21世紀活字文化プロジェクト-読書教養講座]
菊池寛記念館(高松市)
文藝春秋の足跡を歩く[東京紅團]

tag : 菊池寛 伝記・評論

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クレーメルの映画音楽集 『LE CINEMA』
すっかり手放す気になっていたクレーメルの映画音楽集『LE CINEMA』。
映画音楽自体は好きな曲は多いけれど、ポピュラーヴァイオリンはあまり好きではない。
でも、後でしまった!と思うことがないように、念のため聴き直していると、武満徹がタルコフスキーを追悼するために作曲した《ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に》という曲だけが、他の曲とは全く違う異質な音楽。
不気味な不安感のようなものが漂う冒頭を聴いただけでかなり惹かれるものが...。
結局、この1曲のためにこのCDは残しておこうと気が変わってしまった。

他の曲も聴き直していると、ピアソラ好きなクレーメルの好みが選曲にかなり出ている。
どうも好きにはなれないタンゴやラグの類が多くて、映画音楽集にしてはかなり偏っているし、このアルバムをほとんど聴かなかったのは選曲が好みと合わなかったからかも。

昔は全然最後まで聴けなかった武満徹の曲も、今では普通の聴けるようになっていたことも発見。(でも、やっぱり”好き”な音楽というのとは違うけど)
それに、ノスタルジックなピアソラの「タンティ・アンニ・プリマ(何年も前に)」と、悲愴感漂うデシャトニコフの「アブシャロムの死とタンゴ」の冒頭部分はわりと好きなタイプの曲だった。


ル・シネマ~フィルム・ミュージックル・シネマ~フィルム・ミュージック
(2004/01/21)
クレーメル(ギドン)

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1. 「モダン・タイムス」~スマイル(チャップリン/オジャーマン編)
2. 即興詩(センチメンタルな悪魔)(ニーノ・ロータ)
3. 映画「サーカス」によるファンタジー(ドゥナエフスキー)
4. 「エンリコ4世」~タンティ・アンニ・プリマ「何年も前に」(ピアソラ)
5. ノスタルジア-アンドレイ・タルコフスキーの追憶に-(武満徹)
6. 「日没」~アブシャロムの死とタンゴ(デシャトニコフ)
7. 「馬あぶ」~ロマンスop.97a-8(ショスタコーヴィチ/フォルトゥナトフ編)
8. 屋根の上の牡牛(シネマ・ファンタジー)(ミヨー)
9. ラグ-ギドン-タイム(カンチェリ)
10. 「愛のない愛人たち」~即興詩ニ短調(ニーノ・ロータ)


武満徹/ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に楽曲解説(N響)
吉松隆の『朱鷺によせる哀歌』ほどに好きとは言えないけれど、この《ノスタルジア》は色彩感の美しさと、息の長い音符の間を流れる静謐さと、いぶかしげな不安感とが一体となって、幻惑されるような独特の雰囲気が漂っている。
ゆったりとしたテンポで、漠然とした不安感漂う旋律は耽美的。
濃密な思念がタペストリーのようにびっちりと織り込まれて、息詰まるものが肌にまとわりつく感覚は、なんとも言い難いものがあるけれど、これがなぜか波長が合っているらしい。

武満自身の言葉によれば、「時に細分化された弦楽オーケストラが、タルコフスキーの(映画の)特徴的なイメージである、水や霧の感覚を表すが、全体は、緩やかで哀歌的な気分につつまれている」。

タルコフスキーが製作した映画『ノスタルジア』を見れば、イメージがもっと膨らむのかも。

Toru Takemitsu - Nostalghia - In Memory of Andrei Tarkovskij (1987)
Melbourne Symphony Orchestra,Hiroyuki Iwaki, conductor





ピアソラ/Tanti Anni Prima
タンゴとかラテン系の踊りの音楽は好きな方ではないので、CDショップで流れている曲をたまたま聴いた時以外は、クレーメルのピアソラは全く聴いたことがない。
でも、このピアソラの《タンティ・アンニ・プリマ(何年も前に)》は、ノスタルジックで綺麗な曲だった。

Piazzolla Ave Maria Tanti Anni Prima Ballade




デシャトニコフ/Absalom's Death And Tango

デシャトニコフは、ピアソラの《ブエノスアイレスの四季》の編曲者として有名らしい。
《Absalom's Death And Tango》はデシャトニコフ自身が映画『日没』のために書いたもの。
この《Absalom's Death And Tango》は冒頭の部分だけは結構好き。

Леонид Десятников: Эскизы к Закату (Sketches of Sunset)
(Sextet for violin, flute, clarinet, contrabass and piano)


tag : クレーメル 武満徹

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加古隆/パリは燃えているか
私には珍しくもサントラを買っていたのが、NHKスペシャル『映像の世紀』。
この番組は、昔はまだTVをたまに見ることがあったときに、結構面白くて何回か見たことがある。
内容はすっかり忘れてしまったけれど、このテーマ曲《パリは燃えているか》だけは、タイトルも音楽もしっかり記憶に残っている。

音楽を担当したのは加古隆。彼は、東京芸大とパリ国立音楽院の作曲科で学び、メシアンに師事。
バリバリのクラシック作曲家のような経歴にしては、現代音楽だけでなくジャズ・ピアノや即興演奏もする人で、いわゆる”コンポーザーピアニスト”の系譜につらなる人らしい。
ちょうど、「パリデビュー40周年記念」として各地でコンサートを行っているところ。
8月には「THE PIANIST コンポーザーピアニスト フェスティバル★2013」というコンサートには出演する。(近所の文化ホールにリーフレットが置いてあったので知ったもの)


『映像の世紀』のサントラは2枚あり、CDラックを整理しているときに出てきたCDを見て、両方とも買ったことを思い出したくらいに、ほとんど聴いていなかった。
最初に出たサントラは、番組中で使われた曲を収録。
続いて発売された2枚目は、テーマ曲『パリは燃えているか』の楽器編成が異なるバージョンが6曲と、番組で使われなかった12曲が入っている。
テーマ曲のバリエーションは、ピアノ・トリオ、オルガン、オーケストラ(ショート版)、ブラス、ジャズ・コンボ、ピアノ・ソロの6種類のバージョン。
オケ版は原曲・ショート版ともいい音楽だし、オルガン、ジャズ、ピアノソロはそれぞれ趣きがかなり違っていて、これはどれを聴いても面白い。
このサントラを聴いていると、ポピュラーとかクラシックとかのジャンルの垣根があまり気にならず。
形式的にきっちり整った硬質さと、色彩感・表現のバリエーションの多彩さが融合して、洗練された品の良さがある。

サントラを2枚も持っておく必要もなさそうなので、2枚目の方だけ手元に残そうかと思って、念のため最初のサントラを聴いていると、やっぱりどの曲も良く思えて両方とも持っておくことに、
両方のサントラにまたがって、同じタイトル(テーマ)の曲が数バージョンあり、これが2枚のCDに分散しているのは、聴くのにちょっと不便。
音楽管理ソフト上で、同じテーマの曲ごとに並べなおして、自動的に連続再生して聴けるようにすると、同じタイトル(テーマ)でも、楽器編成を変えたり、変奏曲風に展開していたり、バージョン間の違いが良くわかる。

NHKスペシャル「映像の世紀」オリジナル・サウンドトラックNHKスペシャル「映像の世紀」オリジナル・サウンドトラック
(1995/10/21)
TVサントラ

試聴ファイルなし



パリは燃えているか ― NHKスペシャル「映像の世紀」オリジナル・サウンドトラック完全版パリは燃えているか ― NHKスペシャル「映像の世紀」オリジナル・サウンドトラック完全版
(2000/10/12)
加古隆

試聴する



パリは燃えているか(TVテーマ曲)




パリは燃えているかオルガンバージョン 第二次世界大戦




【映像の世紀】パリは燃えているか Jazz version Is Paris burning【ジャズ】




加古隆 Takashi Kako , パリは燃えているか Is Paris burning (piano solo version)



シナモンの効用と過剰摂取による肝障害
シナモンはとっても重宝なスパイス。
チャイ(紅茶)に入れる、パン生地に混ぜればシナモンベーグル、シナモンシュガ-にしてパンに塗る、クッキー・ケーキとかのお菓子、米粉の和菓子生地に混ぜれば生八橋になったりと、いろいろ使えてとっても便利。

シナモンの主要産地は、スリランカ、インドネシア、中国、マダガスカル。
セイロンシナモンは上品な香りで高級なのだそう。
最近良く見かけるのはベトナム産。かなり価格が安い。香りは強いけれど、野生的というか、ストレートな香り。食感もざらざらして、溶けにくい。

今使っているのは、GABAN(ギャバン)の300g缶のマレーシア産シナモン。
風味はそれほど濃くはないけれど、マイルドな味と風味で、粒子も細かく溶けやすい。
用量がかなり多いので、グラム当たりの単価は、ベトナム産とほぼ同じになる。

シナモンの効用で、最近見かけたのが糖尿病に対する効果。
<スプーン1杯のシナモンが効く!>[糖尿病の食事・糖尿病食/All About]によれば、リチャード・A・アンダーソン(Beltsville Human Nutrition Research. メリーランド)の論文によると、1日1g(小スプーン1/4)のシナモンを40日間摂取すると、糖尿病者の血糖、血中脂質が改善した。
糖尿病専門医の牧田善二医師の著書「糖尿病専門医にまかせなさい」でも、シナモンの効用について、患者自ら実験して効果があったという話が載っている。(この患者は1日3gのシナモンを摂取していた)

独立行政法人国立健康・栄養研究所ホームページの素材情報データベースに登録されている<ケイヒ (桂皮) 、シナモン>情報にも、II型糖尿病に対するシナモンの有効性に関する論文が列挙されている。
これを見ると、臨床試験結果はポジティブ・ネガティブの両方が報告されているので、今のところシナモン摂取がII型糖尿病に対して安定的な効果があるとは言えない。


それに、天然のスバイスだから、シナモンをいくら摂っても大丈夫...というわけではない。
「過ぎたるは及ばざるが如し」の通り、過剰にシナモンを摂っていると、シナモンの香りの成分の1つクマリンの過剰摂取により肝障害が誘発されるという。
普通の食生活で食べるようなシナモン入りの食品(パン、お菓子、飲み物など)には、過剰摂取を心配しなければならないほど大量にシナモンは使われていないので、大丈夫。
問題は、サプリメント。通常の食品よりも成分を濃縮しているので、シナモンを含有するサプリメントの摂取量には要注意。

<関連情報>
ドイツのBfRがシナモン中のクマリンについて警告(061020)[独立行政法人国立健康・栄養研究所ホームページ]
シナモンを含むサプリメントの過剰摂取にご注意~含有する成分クマリンによる肝障害の可能性~[東京都の食品安全情報サイト-たべもの安全情報館]
平成20年度 安全情報 シナモン含有食品中のクマリンについて[同上]
平成19年度に実施した調査結果報告。市販されているシナモンスパイス・シナモンを含む健康食品・菓子について、クマリンの含有量を測定した結果と人体への影響度への考察が載っている。
スリキズをサランラップで治す ~ 湿潤療法を試してみる
自転車でうっかりスリップして転倒したときに、膝小僧のところを500円硬貨2枚分ほど擦りむいてしまった。
家には消毒液がなかったはず...。それなら、あの”温潤療法”を試す良い機会だと思いついた。
買い物をしてから自宅に戻って、湿潤療法を自分でするにはどうすれば良いのか、調べてみた。

最近、よく見ている夏井睦医師のホームページ<新しい創傷治療>は、専門の温潤療法に加えて、糖質制限や医学関係の話がいろいろ。さらに、ピアノに関する記事もあって、話題にバラエティがあって面白い。
たとえば、ティファール製の電気ケトルによる子供の火傷の患者が多いという。
昔からお湯はガスコンロで沸かしているので、湯沸保温ポットも電気ケトルもほとんど使ったことがない。
ティファール製品は、倒れたときにお湯がこぼれだす構造なので、(使い方によっては)かなり危険な商品。
昔ながらのヤカンと同じく、床に置くのはやめておいた方が良い。
関連報道記事:後絶たないやけど事故 ティファール電気ケトル[中日新聞,2013年6月6日]


スリキズの湿潤療法の話に戻ると、この療法の理論と具体的な処置法は、以下のサイトに載っている。

新しい創傷治療「消毒とガーゼの撲滅を目指して」(トップページ)

「家庭でできるすりむき傷,裂傷,熱傷の治療-皮膚外傷の湿潤療法-」

「薬局・ネットで買える創傷被覆材」
絆創膏のように便利な創傷被覆材も市販されている。ラップ&ワセリンが面倒なら、こちらを使うのもありかも。


この情報を参考にして、スリキズの手当てをしてみた。
「必要なもの」のうち、自宅にないのは、白色ワセリンかプラスチベース。
水道水、食品用ラップ(ポリエチレン製)、絆創膏、包帯、ガーゼは全て揃っていた。

「絶対に必要ないもの,絶対に使ってはいけないもの」は、消毒薬(マキロン,イソジン,オキシドール,赤チン,ヨーチンなど)、傷を乾かす粉末剤(キズドライ,キズアワワなど)、消毒薬の入っている軟膏,クリーム基剤の軟膏(オロナインH軟膏など)。
全て私の救急箱には入っていないものばかり。使いたくても使えない。
包丁で間違って自分の指とか手を切りつけてしまうことを除けば(これは1年に数回ある)、怪我は滅多にしないので、絆創膏・ガーゼ・包帯は常備しているけれど、消毒薬の類はここ10年以上は買いも使いもしたことがない。
消毒液は細胞を破壊して、自然治癒力を奪ってしまうので、傷口は絶対に消毒してはいけないという。
それに、「表皮再生の鍵」の真皮は非常に丈夫な組織だけれど、乾燥には弱い。なので、傷口を乾燥させてはいけない。

スリキズの方は、出血もない軽傷。水で洗ってから、乾燥しないように食品用のポリエチレン製ラップを貼り付けるのみ。
乾燥するとひりひりと痛みが強くなっていた傷口も、痛くなくなってきた。

白色ワセリンもプラスチベースも当然自宅の救急箱には入っていない。
「ラップ単独でもいいのだが,ワセリンを塗ったほうが痛みが早く治まり,治療効果もよいようだ」とある。
様子を見てワセリンを買わないといけないかも...と思ったけれど、もともと痛みはすぐに消えたし、軽傷なので3日もすれば傷口の上皮化が進んでいたので、ラップだけにしておいた。

毎日1~2回ほど、傷口を水であらって、ラップを取り替え。
自然治癒のための浸出液が細胞から分泌されているので、傷口よりも下側にティッシュをあてて、垂れ落ちないようにして、そのあたりまでラップと包帯で覆っておく。
シャワーのときに、石鹸・シャンプー液がかからないように注意しておけば、傷口に水がかかっても良いし、ほとんど傷みはない(お湯だと、ちょっと痛いけど)。

そうすると、3日目には、傷口が普通の皮膚のようになめらかに復元してくる。
傷口の部分は、段差、陥没、かさぶたが全くできずに、新しい皮膚が周辺の肌と地続きになって、傷口を覆っている。
まだ皮膚の赤みがかなりあるけれど、それも徐々に薄くなっているし、傷が治ると、表面が乾燥する。(乾燥させると治る..のではなく)

傷口全体が乾燥してきたのでラップを外して数日すると、乾燥した皮膚はちょっとごわごわしているし、色は赤みが消えて痣のようにグレーになり、それも薄くなって、徐々に肌色に近づいている。(これで良いんだろうか?)
直射日光に当てると、新しい皮膚は色素沈着を起しやすいそうなので、日光が当たらないようにしないといけない。
とにかく、今までかさぶたができて治っていった傷とは随分違う。
水道水とサランラップだけで、痛みも化膿することもなく、こんなに簡単にスリキズが治っていくというのは、眼からウロコ的に面白い。
こういう新しい療法は、自分で実地で試してみると、その効果が納得できる。
今回は軽傷だったので医者にも行かずに済んだけれど、もっとひどい外傷や火傷の場合は、たまたま近くにある大きな病院や開業医ではなくて、湿潤療法で治療している医師を探した方が良い気がしてきた。


夏井医師の湿潤療法に関する書籍は数冊出ている。
最近のもので価格が手頃でレビューが多いのは、光文社新書の『傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学』。
今読んでいる途中。そのうち要点だけメモしておく予定。

傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)
(2009/06/17)
夏井睦

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ベートーヴェン「葬送行進曲」 ~ 劇音楽『レオノーレ・プロハスカ』 と ピアノ・ソナタ第12番《葬送ソナタ》
私が持っていた数少ないアバドの録音のなかで、ちょっと珍しいのがベートーヴェンの『Incidental Music』(劇伴音楽)というCD。
すでに廃盤らしく、amazonのマーケットプレイスに出しておいたらすぐに買い手が見つかって、もう私の手元にはないけれど。

Beethoven;Incidental MusicBeethoven;Incidental Music
(1996/09/17)
Beethoven、Mcnair 他

試聴ファイルなし


このCD、全く買った覚えも聴いた覚えもなかったので、amazonに出す前にどんな曲なのかと思って聴いてみたら、《トルコ行進曲》や《葬送ソナタ》の聴きなれた旋律が流れてきた。
《トルコ行進曲》は、《「献堂式」のための音楽》の一曲。どうやら作曲する時間があまりなかったベートーヴェンが、《アテネの廃墟》を焼き直したものらしい。
《葬送ソナタ》の方は、《「レオノーレ・プロハスカ」のための音楽 WoO96》の一曲の「Funeral March」。
原曲は《ピアノ・ソナタ第12番(葬送ソナタ)》の第3楽章の「葬送行進曲」(副題”ある英雄の死を悼む葬送行進曲”)で、これを管弦楽曲版に編曲したもの。

ベートーヴェンの「葬送行進曲」というと、交響曲第3番《エロイカ》の第3楽章が有名だと思うけれど、私がすぐに思い浮かべるのは《葬送ソナタ》の方。
でも、どことなくエロイカの葬送行進曲と似ているところがあるので、時々どっちの旋律だったかこんがらがることも。


これは《レオノーレ・プロハスカ》の管弦楽曲版「葬送行進曲」
オケ演奏だと色彩感がカラフルでシンフォニックだし、葬送行進曲らしい荘厳さや哀感も強い。
ピアノ独奏で聴くのとは随分イメージが変わり、この管弦楽曲版は結構好き。(どちらかというと式典向きかも)

Ludwig van Beethoven - Funeral March from Leonore Prohaska WoO 96
Phyllis Bryn-Julsson, Soprano. Bach Society of Minnesota, David Laberge. Minnesota Orchestra, Stanislav Skrowaczewski.





こちらは原曲のピアノ・ソナタ第12番第3楽章「葬送行進曲」
演奏はアラウ(1960年代のスタジオ録音)。
このソナタは大好きだけれど、葬送行進曲だけは聴くのも弾くのも好きではないので、たいてい飛ばしている。
管弦楽曲版の後で改めて聴いてみると、ピアノのシンプルな音に、モノローグ的な淋しさと侘びしさが漂い、独りで心静かに英雄を偲んでいるような雰囲気がしてくる。
しんみりと心に染みてくるようなアラウのピアノを聴いて、ようやくこの曲の良さがわかってきた。
これがブレンデルの「葬送行進曲」となると、行進曲風に結構速いテンポでさらさらと弾いていくので、アラウのような情感深さはあまり感じない。(ブレンデルらしい弾き方ではあるとは思うけど)

Arrau - Beethoven sonata no.12 (III) - Marcia funebre sulla morte d`un Eroe




Brendel plays Beethoven Piano Sonata No.12, Op.26 (2/2)

tag : ベートーヴェン

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小島政二郎 『眼中の人』
ここ10年くらいはノンフィクションや評論を読むことが多く、小説の類は昔読んだもの以外はほとんど読まなくなってしまった。
それが、なぜか最近になって、芥川龍之介、菊池寛、太宰治の作品と評伝を集中的に読んでいる。

太宰は学生時代に随分読んだ作家。
今読み返してみると、初めて読む作家のように、昔とは違ったものが感じられて、とても新鮮。
今回は評伝をいくつも読んだので、昔よりも太宰のメンタリティや行動をポジティブに考えられるようになってきた。

芥川は、一部の作品は学生時代に読んだけれど、今回は全集版で他の作品・紀行文もいろいろ読んでみた。
特に晩年の作品は、王朝物・民話物・寓話を読んだときの芥川作品の印象と随分違ったものがある。
芥川に関する批評・評伝はいろいろ出ているけれど、同時代の作家が書いたものが特に面白い。
芥川と交流があった作家に、小島政二郎(こじままさじろう)という人がいる。
彼の著作で有名なのは『食いしん坊』。今入手できるのは、朝日文庫や河出文庫版。
池波正太郎のような料理屋めぐりものというよりは、食を介した交友録といった趣き。文章も読みやすく、当時文壇をにぎわしていた作家たちを巡るエピソードが満載。
その政二郎の”青春小説”のような自伝作品が『眼中の人』。

眼中の人 (岩波文庫)眼中の人 (岩波文庫)
(1995/04/17)
小島 政二郎

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小島政二郎の文学上の”師”と言うと、芥川龍之介と菊池寛。
初めは文章の美しさ、描写力が文学の身上だと信じていた政二郎にとって、目指すべき理想は芥川龍之介だった。
『眼中の人』は、芥川との出会いの場面から始まる。
芥川の才人ぶり-和漢から西洋まで古今東西わたって、文学のみならず詩歌・美術・絵画から社会思想に至るまでの広範な知識と理解力、卓抜した英語力と膨大な読書量など-に対する驚愕と尊敬、憧れの念が綴られている。

この『眼中の人』は、元々は『菊池寛』という題名だったのを、さらに加筆して発表されたもの。
最初は、芥川の細部まで精緻に磨き上げられた文章を範としていたが、その芥川の友人であった菊池寛との出会いをきっかけに、政二郎の文学的信条が揺らいでいく。

菊池寛は、芥川のような美文を書く人ではなく、文体に拘泥することない客観的・直截的・描写的で簡潔明瞭な文体。
芥川の小説が「仮構」なら、菊池の方は「現実」。
芥川の言によれば、菊池寛は「道徳的意識」に根ざした「リアリズム」の人。
ぶっきら棒な文章であっても、なぜか人の心をうつ。
政二郎は徐々に菊池の作品と人となりに惹かれていき、やがて菊池のように、人間心理を描写する小説を書くようになっていく。

『眼中の人』で描かれている芥川と菊池との交友の様子は、まるで映画でも見ているかのようなリアリティがある。
芥川や菊池の言葉や書簡がふんだんに散りばめられ、評伝や作家論でもよく比較されている二人の対照的なメンタリティや作風がよくわかる。
政二郎の自己分析による性格描写も面白い。
その場を取り持つために、つい人に合わせて「嘘」をついてしまう、沈黙が耐えられずに社交家のように話術巧みに話を盛り上げようとするので、墓穴を掘ってしまうこともたびたび。

菊池寛とその作品に出会ってから、実家の商家で生活の心配なく暮らしている自分には、語るべき「生活」がないことを自覚せざるをえなくなる。
ちょうどその頃、童話・童謡の児童雑誌『赤い鳥』を発行していた政二郎の師・鈴木三重吉が、酒乱で妻へDVを加えていたため、妻が政二郎の元へ逃げてきた。
政二郎は、妻の妹と一緒に彼女を匿い、弁護士を介して三重吉との離縁交渉をする。
結局、その妻の妹と結婚して、生家を出て独立した所帯を持つことになり、政二郎自身の「生活」を築き上げていく。

面白いエピソードの一つは、芥川・菊池との旅先での出来事。
菊池が芥川からもらった睡眠薬を飲みすぎたため、宿屋で人事不省に陥り、慌てて芥川と政二郎が看病する。
面白いのは、睡眠薬で完全に昏睡状態になっている最中に、菊池が無意識に起き上がってはぶつぶつと言う言葉が、「源平盛衰記」の一節だったり、シェイクスピアの「オセロ」に出てくる英文のセリフだったりする。
これを聞いた政二郎は、菊池の精神がどれだけ深く文学に根ざしているのかがわかったのだった。

政二郎が文学(芸術)の理想とするものを見出して、『眼中の人』は終わる。
大正時代の作家の卵が、文壇の作家たちとの交流を通じて、芸術的信条と生活者としての自己を確立していくストーリーは、ドイツのビルドゥングスロマン(教養小説)のような爽やかな後味がする。


<参考情報>
 小島政二郎赤面す[書迷博客]
 『追想 芥川龍之介』芥川文/中野妙子[とみきち読書日記]

tag : 小島政二郎 芥川龍之介 菊池寛 伝記・評論

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プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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