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ゴンサロ・ルバルカバの《イマジン》
キューバの天才的ジャズピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバが、1993年~94年にかけて国交断然中の米国でライブを行ったときに弾いた曲のひとつが、ジョン・レノンの《イマジン》。
ルバルカバは、高校時代に初めて聴いたジャズピアニストの一人。もう一人は小曽根真だった。
ジャズピアニストのなかではとりわけ技巧鮮やかな2人のCDは、レンタルショップで偶然見つけたもの。両方ともデビューアルバムだった。
聴いてみたらとっても気に入ったので、それからCDコレクターになって、新譜が出るとたいてい買っていた。

ルバルカバは”超絶技巧”と言いたくなる様な滅法速い指回りとスピード感が凄い。
鋼のように硬く張りつめた音が突き差すように鋭く、こういう力強く硬質で澄んだ音色はジャズピアニストには珍しい。(もっと線が細ければ、キース・ジャレットの音色に似ているかも)
このタッチでどんな高速フレーズでも間違いなく弾き切って行くので、それだけで圧倒されるくらい。
でも、彼のピアノは技巧優れているだけでなく、ベタベタとしたメロウなところがない、澄み切った叙情がとても美しい。

その頃はルバルカバをよく聴いていたけれど、ここ10年(かそれ以上)はほとんど聴いていない。(新譜は時々出ているようだけれど、私自身がジャズピアノを聴くことが随分減ったので)
先日、CDを整理していたら、ルバルカバのCDが何枚も出てきて、懐かしくて聴きなおしていた。
そのなかでもとりわけ美しかったのが、リンカーン・センターなどで行った米国でのライブで弾いたピアノソロの《イマジン》。
静かでも力強いピアノの音と、しっとりとした叙情感がピュアで美しくて、とても素敵。

ライナーノートを読むと、当時、キューバ人が国交断絶中の米国で演奏会を行うことは、(共和党政権下なのでなおさら)政治的に非常に難しく、ルバルカバのトリオのコンサートを実現させるために、ウィントン・マルサリスやリンカーン・センターのスタッフ、ブルーノートのブルース・ランドヴァル、それにルバルカバが師と敬愛する(亡き)ディジー・ガレスピーの未亡人など、多くの人が尽力したという。
ジョン・レノンの《イマジン》の歌詞を思い出すと、ルバルカバがこの曲を弾いた理由がわかる気がする。

Imagine - Solo Piano /Gonzalo Rubalcaba (1993)



イマジン~ゴンサロ・ルバルカバ・イン・USAイマジン~ゴンサロ・ルバルカバ・イン・USA
(1995/05/24)
ゴンサロ・ルバルカバ

試聴ファイル


高橋悠治 『Yuji Plays Bach』
Leaf Pieさんのブログ<花と星と音楽と>の記事「主よ、人の望みの喜びよ」で紹介されていた高橋悠治のバッハ編曲集。

高橋悠治は、自作の《光州》を最初に聴いて以来、武満作品、サティなど何枚か聴いてきたけれど、このバッハ編曲集はとりわけ強く魅かれる。

”超絶技巧”の持ち主らしいのだけれど、メカニックとしては精緻で緻密な構造感は薄く、(私には)どこかぎこちなさを感じてしまうタッチ。
少なくとも、私の好きなコロリオフやレーゼルの演奏のような細部まで精密で揺ぎ無く、滑らかなタッチとは違う。

そういうテクニカルなところは気にならないほど、彼の演奏は、今まで聴いたどのバッハ編曲集とも違った独自の解釈がとても個性的で新鮮。
厚みの少ない響きで声部をくっきりと浮かびあがらせて、リーンな骨格と硬質で涼しげな音色がすっきりと清々しい。
ウェットな感情移入を感じさせることはない淡々としたタッチなのに、クールな情熱と瑞々しい叙情感が心に染み渡る。
試聴ファイルを聴いただけで惹きこまれてしまったので、全曲聴かないわけにはいかない。

プレイズ・バッハプレイズ・バッハ
(2000/05/24)
高橋悠治

試聴ファイル(HMV)

<収録曲>
フーガ ト短調 BWV.578(高橋悠治編)
シチリアーノ BWV.1031(ケンプ編)
主よ、人の望みの喜びよ BWV.147(ヘス編)
目覚めよと呼ぶ声あり BWV.645(ブゾーニ編)
わが心からの望み BWV.727(ケンプ編)
主よ、あわれみ給え BWV.244(高橋悠治編)
シャコンヌ ニ短調 BWV.1004(ブゾーニ編)
トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565(ブゾーニ編)

収録曲は、ヘス、ケンプ、ブゾーニの有名なピアノ編曲版と、高橋悠治自身によるピアノ編曲版《フーガ ト短調 BWV578「小フーガ」》、マタイ受難曲の有名なアリア《主よ、あわれみ給え BWV244》。
彼が37歳とかなり若かった1975年の録音。

音源がYoutubeにあるのは、《フーガ ト短調 BWV.578》。
Yuji Takahashi - Fugue in G minor, BWV 578


音自体は硬質だと思うけれど、どこかしたしっとり瑞々しく、タッチが軽やかなので音に丸みと柔らかさもあり、耳に心地よく響く。
特に高音の弱音が美しい。(ピアニストが拘る)微妙なニュアンスのある繊細さに拘泥することなく、ちょっと無骨かもしれないけれど、飾り気のない素朴さと自然な情感がこもり、短調の哀感のある旋律になると、それが甘く優しく切なく響く。
《シシリアーノ》や《主よ、哀れみたまえ》ではその音色がよく映えて、淡々としてつぶやくような語り口のなかに、さりげない哀感がこもっている。

声部によって音色とソノリティが違うので、立体感があってそれぞれの旋律がくっきりと聴こえてくる。
滑らかで流麗というよりは、ごつごつ硬さのある訥々とした語り口で、強弱の起伏やアクセントのつけ方やフレージングが明瞭で、型にとらわれない、”整然”としていない自由さというか何というか、独特のものがある。
荘重・重厚さは薄いけれど、ひそやかに語りかけてくるような親近感や自然な感情のほとばしりを感じる。

どの曲も素晴らしい演奏(と編曲)で、特に好きなのは自作(編曲)自演の《フーガ ト短調》と《主よ、あわれみ給え》、《シチリアーノ》、《シャコンヌ》。
なかでも、自作自演の《主よ、あわれみ給え》は、ピアノ編曲版自体が珍しい。
<Bach With Piano>の「バッハの音楽の曲目データベース」によると、「神よ、あわれみたまえ」のピアノソロ編曲版は、高橋悠治とヤーダスゾーン(Salomon Jadassohn)の編曲版のみ。(IMSLPで編曲版楽譜を探してみると、他にLouis Kohler、Arthur Willnerの編曲版もあった)

カウンターテナーのマイケル・チャンスが歌う《主よ、あわれみ給え》が昔からとても好きで、数えきれないくらい繰り返し聴いたけれど、高橋悠治のピアノソロは、そのアリアと同じかそれ以上に好きかもしれない。
優しく語り掛けてくるような親密感とさりげなくも切ない哀感が心に染み入ってくる。

Bach/ Erbarme dich mein Gott




あまり好きとは言えないオルガン曲の《フーガ ト短調》は、パイプオルガンの荘重な響きとは全然違って、ピアノの響きが瑞々しく、清楚な叙情感が清々しい。
淡々とした語り口の《シチリアーノ》は、繊細な響きとしっとりとした深い叙情感のある編曲者ケンプ自身の演奏とは、方向性が違う。
速めのテンポで淡々として弾き進めていくなかに、すっきりとした響きの透明感とさらりとした哀感は、どこかしら明るく爽やかで優しげ。

《シャコンヌ》も、ロマン派的な荘重華麗な装飾はせずに、ウェットな感情を感じさせることない引き締まった表現なのに、クールな情熱がほとばしるような熱さがある。(ほとんど編集していないのか、ミスタッチが残っているところが、逆にライブ的な臨場感があったりする)
ペダルは短く浅めに入れて、スタッカート気味の粒の明瞭なタッチで、和声の響きが薄くてすっきり。
冒頭の和音からして力まず軽やかなタッチで、フォルテでもそれは同じ。さすがに終盤になるとかなり強めのタッチで弾いているけれど、シャープで切れよい打鍵には、飛翔するような軽やかさがある。
(チェンバロ奏法のように)1拍目を少し引き伸ばしたり、頻繁に揺れるテンポに、わりとスパスパ切っていくフレージングと、何度聴いても面白い。
一種の即興的な自由さというか、型にはめられるのを避けるかのように、あえて”崩した”というのか、端正・精緻さを追求するような弾き方はせず。(テンポの速い強奏部のタッチは結構粗いところがあるし)
CD帯に「音楽の持つ生命力を我々に感じさせてくれる演奏」と書いてあったけれど、これはまさしくその通り。
生身の人間の持つ感情が伝わってくるようなリアティと生気を感じる。
不思議なのは、彼の演奏を聴いていると、どうしてこういうバッハを弾くのだろう?という問いが浮かんできて、いろいろ考えさせられてしまうところ。
重厚・荘重な既成概念(と権威で?)で覆われたバッハや、ロマン派的に演奏者の過剰な感情移入で装飾されたバッハを否定するかのように思える。
まだ聴いていない《フーガの技法》と《パルティータ》や、ベートーヴェンやメシアンなど、もう少し聴きたくなってきた。


<関連情報>
高橋悠治ホームページ


(インタビュー)
高橋悠治「トロイメライ」インタビュー(録音)[2009年9月7日、金沢21世紀美術館]
高橋悠治の話しぶりは、想像とは違って意外と穏やか。

特集 ピアノの時間 その5 インタビュー 高橋悠治[新潮社『考える人』]

高橋悠治Q&A[平井洋の音楽旅]
ちょっとボケた質問に対する高橋悠治の答えが、ビシッと厳しくて面白い。


<ピアノ編曲版楽譜>
高橋悠治の編曲版楽譜は、全音ピアノピース92番。残念なことに、すでに廃版らしい。IMSLPにも登録されていない。
IMSLPにある編曲版楽譜は3種類(JadassohnKöhlerWillner)。
高橋悠治版の演奏を聴きながら、楽譜をみてわかるくらいの違っている部分はあるけれど、かなり似ている部分が多い。

tag : バッハ 高橋悠治

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レインボーペッパー
胡椒といえば、ブラックペーパーを使うことが一番多く、サラダにはたまにホワイトペッパーも使う。
ピンクペッパーとグリーンペッパーもあるけれど、両方とも価格は高いし置いているお店は限られていて、大きなスーパーや輸入食材店でGABANのピンクペッパーとかS&Bのグリーンペッパーをたまに見かけることがある。

この4種類の胡椒をブレンドした製品がいくつかあり、使ったことがある2種類。
1つは、カルディで販売している輸入品・スパイスアップ 「レインボーペッパー」
原産国が南アフリカ共和国の輸入品。
容器兼用のプラスチック製透明ミルは、見た目は綺麗。でも、ゴリゴリと力を入れて挽いていたら、胡椒の粒の大きさがバラバラ。なかには、とんでもなく大きい胡椒粒の皮みたいなのが混じってたりする。
どうも使い方にコツがいるようで、挽きたい粒の大きさが調節できないし、あまり使い勝手の良いミルではない。(安価なミルなので仕方がないけど)
いつも使っているプジョーの木製ミルは、さすがに結構な値段がするだけあって、粗挽き~パウダー状まで自由に大きさを調節できる。これで挽くか、もう一つミルを買った方が良さそう。
オンラインショップでプジョー製品の説明を見ると、「ピンクペッパー不可」と書いているので、挽けないかも。
その理由を調べてみると、ピンクペッパーには塩漬け・酢漬けしたものがあり、ペッパーミルは鉄製のため、塩を混入すると錆の原因になってしまうらしい。
それなら、グリーンペッパーも天日乾燥以外に、黒くならないように塩漬けしたものがあるので、やっぱり挽いてはいけないに違いない。
でも、スパイスアップ・S&B・GABANのピンク&グリーンペッパーは、どう見ても乾燥させた胡椒。塩漬け・酢漬けタイプではないので、問題なさそうだけど。

グリーンペッパー[S&Bスパイス&ハーブ検索]
ピンクペッパー[S&Bスパイス&ハーブ検索]
ピンクペッパーの種類

それよりも残念だったのは、9割近く胡椒がブラックペッパーだったこと。ホワイトは少し、ピンクはもっと少なく、グリーンはさらに少ない。
ほとんどブラックペッパーを挽いている気がしてきたので、ブラックとそれ以外を分別。
別に買ってきたホワイトペッパーを加えて、そこにブラックペッパーを少量戻すと、かなり柔らかい味になる。
通常の店頭価格は、48gで2989円。たまにセールで20円引になっていることもある。
やっぱり値段相応の品だった。ブラックペッパーは充分すぎるくらいあるので、リピートはしない。

オーバーシーズ スパイスアップ レインボーペッパーミル付オーバーシーズ スパイスアップ レインボーペッパーミル付
Kマート

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amazonで探してみると、「フィデス・ペイン」というブランドの製品がある。
写真を見ると、ブラックペッパーは、↑のスパイスアップ製品より、見た目ではかなり少ない。その分価格は高い。(49gで600円強)

フィデス・ペイン レインボーペッパー 49gフィデス・ペイン レインボーペッパー 49g

フィデス・ペイン

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レインボーペッパーで初めて買ったのが、S&B製品の袋入り「ペッパーミックス」
原産国表示がないけれど、たぶんインド?
見た目にも、ブラックペッパーは少なく、ホワイトが一番多い。グリーン&ピンクペッパーもそこそこカラフルに入っている。
商品表示では量の多い順に表示されるので、ホワイト>ブラック>グリーン>ピンクの順。
1袋あたり11gで120円(税抜)。時々使う程度なら手頃な価格と量なので、これからはこちらを買うことに。
このピンクペッパーはコショウボクの実を乾燥させたもので、塩漬けしていないし、グリーンペッパーも乾燥させたものなので、これならプジョーのミルが使えそう。
念のため、塩分についてメーカーに確認しておいた方が、ミルを傷めなくてすむ。


フィデス・ペイン レインボーペッパー 49gS&B 袋入り ペッパーミックス

S&B

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リスト/マゼッパ
Youtubeでツィンマーマンのヒンデミット《ヴァイオリン協奏曲》のライブ映像を聴いていたら、続いて聴こえてきたのがリストの《マゼッパ》のフレーズ。
ピアノ曲しか聴いたことがないので、オケが演奏しているのに耳がすぐに反応したらしい。
映像をよく見ていると、ティーレマン/ベルリンフィルが演奏する《マゼッパ》だった。

《マゼッパ》に管弦楽曲版があるとは全然知らなかったけれど、リストの交響詩の第6番が《マゼッパ》。
リストの交響詩では《前奏曲》以外の曲はあまり演奏されないらしい。

ピアノ演奏だと、左手の和音がペダルで響きが重なると混濁してあまり綺麗に聴こえないことが多い。
オーケストラ演奏だと、和声の響きがすっきり美しく、音響的なストレスを感じない。
ピアノ曲の編曲版というよりも、原曲の3倍の長さに拡大されたオリジナル曲といえるくらいに、ダイナミックなスケール感があって、聴いていてとても楽しい。
それに、ピアノ1台で演奏するよりも、オケで演奏する方が《マゼッパ》の持つ曲想の広がりやダイナミズムを表現しやすい気がする。
どちらかというと、『超絶技巧練習曲』よりも交響詩の《マゼッパ》の方が好きかも。


ティーレマンのライブ録音は3分ほどの抜粋版だったので、全曲演奏はMichel Plasson/Dresdner Philharmonieの音源。
Franz Liszt - Mazeppa - Symphonic Poem



ピアノで弾く《マゼッパ》なら、シフラ、ベルマン、ベレゾフスキー、横山幸雄など、名だたる超絶技巧のピアニストの録音がたくさん。
Youtubeの音源をいろいろ聴いてみると、シフラは左手のペダルを抜いた和音移動で、スタッカート的なタッチは他のピアニストとはちょっと違うところ。
ベルマンの1963年は凄い力技。横山幸雄の左手の和音移動の響きが(私には)あまり綺麗に聴こえない。

ベレゾフスキーの演奏が、テンポが結構速いのに、音の粒立ちが良く、響きの混濁感も少ない。力技のような強引さを感じさせない表現が美しくて、一番私の好きなタイプ。
かなり個性的な解釈と言われているようだけれど、こういう《マゼッパ》を弾く人なら、『超絶技巧練習曲』を全曲聴いてみたくなる。(スタジオ録音は、このライブ演奏とは少し違っているのかもしれない)

(HQ) Transcendental Etude No.4, Mazeppa (Berezovsky)




ユニークなのは、アラウの《マゼッパ》。
73歳頃の録音なので、↑のピアニストたちのような鮮やかな技巧で弾く《マゼッパ》とは違って、まるでスローモーションを見ているよう。
その代わり、左手の和音移動でもそれほど音が混濁せずに、それぞれの和音がわりと明瞭に聴こえてくる。
昔はこのスローテンポが気になってしようがなかったけれど、今はこのテンポで聴く《マゼッパ》は意外と美しくていいなあと思えてくる。(そう思わない人も多いだろうけど)

Claudio Arrau Liszt Transcendental Etudes No. 4 Mazeppa




《マゼッパ》には2台のピアノ版もある。
2台になると、速いテンポでぴしっと拍子もフレーズも合わせていくのは難いと思うけれど、この演奏はかなり合っている(ように聴こえる)。
ソロで弾くよりも、個々の音がよく分離して響きの混濁感がなく、音響的には綺麗なのだけれど、ソロで感じる超絶技巧の凄みや技巧的な難しさをあまり感じなくなるので、面白みが減ってしまった気がする。

Kanazawa Admony Piano Duo Plays Mazeppa by Liszt


tag : フランツ・リスト

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武満徹/ピアノ作品集
武満徹のピアノ作品の録音で名盤とされているのは、ピーター・ゼルキン。
他にも、高橋悠治、藤井一興、高橋アキ、ロジャー・ウッドワード、ポール・クロスリーの録音は昔からあるし、比較的新しい録音では、小川典子(BIS盤へのデビュー盤)と若手の福間洸太朗(NAXOS)もそれぞれ違った個性がある。
意外なことに舘野泉が録音していたのは、最近初めて知った。

武満作品は聴き比べると、かなり演奏が違っているのがよくわかって、面白い。
音符が極度に少なく、音価の長短の違いが極端にあり、休止している時間も長い。タッチや音色、ディナーミクやフレージングのアーティキュレーションによって、表情が随分変わってくる。
特に、音符と音符の間にある「間」が、一つの音符のように意味を持っているように思えるので、「間」をどうとるか、どういう響きにするかなど、表現の違いによって分印象も変わる。



高橋アキ plays 武満(EMI)
既存録音の中では、収録曲数が多い。収録されていないのは、《コロナ》と《夢見る》くらい(これは高橋悠治とウッドワードが録音している)
ポール・マッカトニーの《ゴールデン・スランバー》を編曲したものは、このCDにしか収録されていない。
それに、珍しくも《ロマンス》と《こどものためのピアノ小品》を収録。
「Breeze」「Clouds」は、武満作品とは思えないような親しみやすさ。武満作品のなかでも、わかりやすい合唱曲と通じるものがある。
演奏自体は、強弱のコントラストが明瞭で、音響的に残響が長く厚みがあり、これが音響的に響き過ぎる気がして、もっとすっきりした響きで聴きたい。

高橋アキ plays 武満高橋アキ plays 武満
(2006/06/14)
高橋アキ

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武満徹 《微風》 / Toru Takemitsu 《Breeze》


武満徹・編 _高橋アキ・演奏「ゴールデン・スランバー」




福間洸太朗『武満徹:ピアノ作品集』(NAXOS)
武満徹:ピアノ作品集武満徹:ピアノ作品集
(2007/08/01)
福間洸太朗

試聴ファイル


24歳の若手ピアニスト福間洸太朗の録音は、定番・名盤とは全く違って、重苦しくも内省的ても瞑想的でもなく、かといって、強い感情が表出してくるというものでもない。
曲の表層に近いところに留まって、深層に潜っていかないような、さっぱりとした叙情感と重力感の軽さが、新しい感覚なのかも。(レビューを読んでも、似たような印象を持っている人が多いようだし)
音色も尖ったところがなくて、丸みがあり軽やかで透明感がある。残響が多めで、曲によっては、音響的な重なりが豊か。
聴きやすい気はするけれど、例えて言えば、深海の海へ潜っていくというよりは、海面近くの波間を漂っているような軽やかさと透明感があって、ゼルキンとは方向性がかなり違う。
これはこれで重たくなくて聴きやすくはあるのだけれど、さらさらと流れていくような淡白な叙情感が物足りなく思える。

収録曲は、武満のピアノ作品集の録音としてはかなり多い。(《ゴールデン・スランバー》を除けば、高橋アキと同じ収録曲)
特に滅多に録音されない《ロマンス》、《こどものためのピアノ小品》も収録。

ピティナのホームページに載っているインタビューを読むと、フランスでの武満人気がよくわかる。(多分日本よりも人気があるのではないかと思うけど)
第5回 福間洸太朗さん「武満徹へのオマージュ」
海外での武満作品人気の理由の一つに、「間」を上げている。
「西洋音楽における休符には"息継ぎ"や"次への準備"的な要素があると思いますが、武満さんの作品では「間」の中に言いたいことが入っている」。

どちらかというと、彼の録音を聴くと、その「間」のニュアンスが淡白で、深く内面へと沈潜するような奥行と深さはあまり感じない。
逆に、ゼルキンは「間」のなかに内省や瞑想を感じさせ、明晰ではなく曖昧模糊とした雰囲気が重苦しく息苦しい。



ピーター・ゼルキン『武満徹:ピアノ作品集』(RCA)
武満徹:ピアノ作品集武満徹:ピアノ作品集
(1996/11/21)
ゼルキン(ピーター)

試聴ファイル

昔からの定番。柔らかいタッチで余韻漂う響き、強弱の弱いコントラスト、一音一音を噛み含めていくようなゆったりとしたテンポ感。
これが、たばこの煙をくゆらしているような曖昧模糊とした、まとわりつくような雰囲気を漂わせ、内省的で瞑想的なニュアンスが強い。モノトーン的な色調で、陰鬱さと重苦しさを感じる。

Tōru Takemitsu: For Away (1973) (Peter Serkin, piano)





小川典子『武満徹:ピアノ作品集』(BIS)

武満 徹:ピアノ作品集武満 徹:ピアノ作品集
(2000/01/01)
Bis

試聴ファイル(amazon.uk)

私が好きな小川典子の録音は、音色は、太くて硬質で、冷たく澄んだ冬の水のような温度感と透明感。
鋭く力感のあるタッチと、強弱のコントラストが明瞭で、強い感を感じさせる明晰さがある。
青白い炎のような冷たく燃えるような情感があり、クールな妖艶さも漂ったりする。

全体的に硬質で線の太い響きと、骨格がかっちりと描かれた曖昧さのない演奏は、理知的で見通しが良い。
芯のしっかりした重みのある線の太い音なので、それほど神経にキリキリと触るような圧迫感や重圧感は感じないので、意外に聴きやすい。
結局、異聴盤をあれこれ聴いてみたところ、今の私が最も聴きやすく、曲のイメージと演奏とがぴったり合ったのが、小川典子(それに高橋悠治)の録音だった。


Takemitsu - Rain Tree Sketch II: In Memory of Olivier Messiaen [w/ score]





高橋悠治『武満徹:フォー・アウェイ』(BIS)
武満徹:フォー・アウェイ武満徹:フォー・アウェイ
(2010/10/06)
高橋悠治

試聴する

収録作品は少ないけれど、異聴盤にはほとんど録音されていない《ピアニストのためのコロナ》が、他の曲とは作風が違う。
グラフィックデザイナーの杉浦康平との共作で、4つのパートに若ているので、4人で引くような曲。
以前には2人で弾いたそうだけれど、今回は多重録音で1人で弾いている。(ヘッドフォンで聴くと、左右から異なるパートの旋律が交錯して聴こえてくるので、奇妙な感覚がする)
奏者の言葉によれば、「演奏者から作曲者への贈り物」なのだと言う。

《フォー・アウェイ》と《遮られない休息I》は、硬質でシャープなタッチと響きは、明晰で曖昧さを感じさせないし、響きの厚みは薄く、静謐で、どこか求道的なストイックさがある。
でも、どこかしら音に柔らかさと丸みがあって、時々艶やかさも覚えるし、余韻が消えていく響きと間がとても自然な感じがする。
何度も聴いていると、これはかなり(一番かも)好きな音色だと思えてきた。

Takemitsu - Piano Distance [w/ score]



上記以外の録音では、藤井一興『武満徹 鍵盤作品集成』、ロジャー・ウッドワード『武満徹:ピアニストのためのコロナ』、舘野泉『ピアノ・ディスタンス〜武満徹作品集』。

藤井一興の武満録音は2種類あり、旧盤は《2つのレント》、新盤は《リタニ》を収録。《夢みる雨》は異聴盤には収録されていない。(試聴ファイルがないので、どういう演奏なのかわからない)

藤井一興:武満徹/鍵盤作品集成(フォンテック、新盤)

舘野泉/ピアノ・ディスタンス〜武満徹作品集

ロジャー・ウッドワード:武満徹/ピアニストのためのコロナ

tag : 武満徹 小川典子 高橋悠治 舘野泉

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『武満徹 自らを語る』
武満徹の著作は、自伝、音楽論、エッセイなど、多数出版されている。
対談が好きな人だったらしく、対談集も多い。そのなかで一番有名なのが、新潮文庫から出ている小澤征爾との対談集『音楽』。

随分昔に武満作品を聴いて、これは全然合わない...と思ったので、この本は未読だった。
それが、最近になってようやく、武満作品がなぜか普通に聴けるようになっていたので、作曲経緯や作品解説を知りたくて、これも読んでみた。

音楽  新潮文庫音楽 新潮文庫
(1984/05/29)
小澤 征爾、武満 徹 他

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30年前の出版で当時の社会情勢を反映した経験談が多い。(そういう部分はさほど興味はなくて、そんなこともあったんだ~と思うくらいだったけれど)
武満作品にまつわるエピソードは、彼の曲を聴く時のヒントになることがいろいろあって、そこはとても勉強になった。
なぜ日本よりも海外で武満作品の人気が高いのかよくわからないところがあったけれど、どうやら武満徹独特の響きに対する感じ方が違うのかも。

武満徹の自伝や作品論をもっと知りたくて読んだのが、『武満徹 自らを語る』
インタビュー形式なので、話し言葉で幼少~60歳くらいまでの半生について、語っている。
武満自身が校正することができなかったので、ほぼ会話体のまま記述されている。
ところどころ意味がとりにくいところはあっても、自伝として読むにはとても良い。

武満徹 自らを語る武満徹 自らを語る
(2009/12/18)
武満徹、安芸光男 他

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冒頭は、60歳の誕生日を記念した国内外の演奏会の話題。(以下は要旨のメモ)

幼少期~学生時代の音楽との関わり
幼少の音楽的な環境の話。父親が尺八、叔母が筝のお師匠さんで毎日筝を弾いていたので、よく筝を触っていたし、日常的に日本の伝統的音楽にはわりと慣れ親しんでいた。

「音楽をやりたい」と思うようになったきっかけ
勤労動員の時の上官だった見習い士官が、当時禁止されていたフランスのシャンソン「聞かせてよ、愛の言葉を」のレコードを聞かせてくれたこと。
戦後は音楽をやりたいと思ったけれど、楽器のことも全然知らずに、作曲家になりたいとか、具体的なものはなかった。でも、楽器も持っていないので、作曲家がいちばんいいんじゃないかと思っただけだという。

当時、早坂文雄のピアノコンチェルトを梶原完が弾いているのや、伊福部昭のヴァイオリン協奏曲を江藤俊哉が演奏するのを聴いた。
※梶原完は当時人気のあったピアニストで、後に欧州に渡って演奏活動を続け、現地の音楽院でも教えていた。日本に帰ることはほとんどなく、病気のためドイツで亡くなった。


出会った人々
友だちが良かった。音楽だけでなく、美術とかいろんなジャンルに友人がいた。

<清瀬保二>
作品を聴いて感動した武満が、清瀬の自宅を訪問して、音楽をやりたいのだと言い、作曲した楽譜を見せたら、「君はもしかしたら、こういう人の音楽が好きかもしれませんね」と、モンポウやセラヴィックの曲を弾いてくれた。
実際、そういう音楽が好きだった。清瀬は早坂文雄を紹介してくれたりして、清瀬や早坂のところによく立ち寄る。
清瀬から作曲を指導されたことはなく、人間的な面での影響は受けた。

<瀧口修造>
文学・詩、美術、新しい音楽(シュトックハウゼン、ブーレーズ、ヴァレーズ)の話をよく聞かせてもらった。

<一柳彗>
一柳彗とは偶然に友人となって、メシアンの楽譜をもらったり、音楽についてよく教わった。

<谷川俊太郎>
病院に入院していた時に、「20億光年の孤独」発表直後の谷川俊太郎が、友人に連れられてきた。


ピアノを贈られた話
ピアノを買えなかったので、ボール紙で作った紙ピアノ(折りたたみ式で白鍵と黒鍵を貼っていた)をいくつも作って、指を動かしていた。
岡本太郎を若い頃から知っていた縁で、すでに有名な作曲家として知られていた芥川也寸志の妻で絵かきの沙織夫人を知り、芥川也寸志のところへ出入りするようになる。
芥川が黛敏郎に、武満がピアノを持っていないという話をしたところ、会ったこともない黛から、突然ピアノが贈られてくる。
びっくりした武満が黛に会いに行くと、結婚したばかりの黛の奥さんのピアノだという。2台もピアノがあっても仕方がないので、使ってくださいと言われて、貸してもらうことにした。
そのお礼に、天台声明とインドのレコード、声明の楽譜を黛に贈った。(それで、黛は涅槃交響曲を書いたんだと思う、と武満は言っている)


「弦楽のためのレクイエム」にまつわる有名なエピソード
日本の初演時には、メロディーもリズムもハーモニーもないと不評だった。
来日時にNHKのアーカイブでこの曲の演奏を聴いたストラヴィンスキーが、印象に残った音楽として記者会見で言及。
米国に帰ってから武満と「弦楽のためのレクイエム」のことを紹介したらしく、それがきかっけで、ドナルド・リーチが記事で賞賛したり、クーセヴィッツキー財団から委嘱(地平線のドーリア)されたりする。
ハチャトリアンは「この世の音楽ではない、深海の底のような音楽」と評していた。(武満自身は、否定的な批評だと思っていた)
来日中のストラヴィンスキーから、突然東京の椿山荘で昼食に招待されて、ガチガチに上がっていた。
ロバート・クラフトとリーチも同席していて、リーチが片言の日本語で通訳してくれた。
ストラヴィンスキーと親しかったコープランドがその1~2年後に来日した時に、会いたいと言ってきた。
それが縁が、コープランドの指揮で「地平線のドーリア」が初演されることになった。


「二つのレント」について
若い頃に作ったピアノ曲はほとんど楽譜を捨ててしまった。
「二つのレント」も福島和夫のところでピアノをよく弾いていて、そこに捨ててきたけれど、それを彼が上野学園の図書館に保管しておいた。
それをピアニストの藤井一興が見つけて、フォンテックに録音して、事後承諾で「聞いてみてください」と言われた。
本当は嫌だといったけれど、良い演奏をしてくれてるし、まあいいかと思って承諾したという。でも、完成譜ではない。

※「二つのレント」を録音しているのは、高橋悠治と高橋アキ。「二つのレント」を改作したのが、「リタニ」。聴き比べてみても、よく似ている。


「ノーヴェンバーステップス」について
小澤征爾との出会いがきっかけで、「ノーヴェンバーステップス」を書く事になる。
当時、日本の伝統音楽は全然知らなかった小澤征爾が「尺八と琵琶のための「エクリプス」」を聴いてびっくりして、NYに録音テープを持って帰った。
バーンスタインが音楽監督?だったニューヨーク・フィルから、尺八と琵琶のためのオーケストラ曲の依頼があって、有頂天になって引き受けたが、なかなか書けなかった。

当時、映画音楽の時代劇の劇伴を書いていた関係で、琵琶を2年間練習していた。
その後、琵琶の鶴田さんと尺八の横山さんとに出会った。
鶴田さんとの出会いが非常に大事な決定的なものがあった。進取りの気風というか、新しいものに関心がある人。
「ノーヴェンバーステップス」を書くのに苦労したのは、技術的な問題ではない。
尺八や琵琶で作曲するのは難しいことはない。オーケストラを書く時の方が難しい。
その頃は、西洋音楽にはない日本の音楽の本質的に重要な面を出したい、西洋音楽とはこんなに違うのだということをはっきりさせたいと思っていたので、難しく考えていた。

琵琶も尺八も、西洋音楽と同じピッチを取ることは不可能。
鶴田さんは純粋に日本の音感で育ってきた人で、五線譜も読めない。
琵琶のパートは、琵琶の昔の記譜法で書いておいた。いろんな微妙な音程というものが大事なので、平均律にして使うつもりはなかった。
「五線譜の勉強をする」という鶴田さんには、絶対にそれだけはしないでくださいとお願いした。
「ノーヴェンバーステップス」では、尺八があるので、フルートは使わない。琵琶との仲介のためにハープを2台おき、特殊な奏法や、金属の打楽器だけ使って音程感を曖昧にしていた。
オーケストラパートには、いろんな四分音がたくさん使ったり、琵琶の方の音感にいくらか近づけているが、西洋と日本の楽器の音感は違うということをはっきりさせようとした。

同じ編成で書いた「秋」の方は、オーケストラと尺八・琵琶とどこか共通のところを見つけだして一緒にしようという課題があった。
作品としては好きだが、結果的には思うようにいかなかった。オーケストラの音、インターバル、音程が、日本の楽器とは違うような。

日本楽器は、自分の表現したいものには向いていない。
日本の楽器はひとつの音でも意味深く、多義的で、西洋音楽のように単純ではない。西洋音楽はどんどん単純化する、ピュアに、綺麗にしていく。
尺八の良さはそれと正反対。西洋の音楽が整合性をもった美しいものだとすれば、日本の楽器は整合性が整っていない、自然の雑音とかそういうものに近い。
西洋音楽は一音自体にそれほど性格がなく、細やかないろんなニュアンスというものがないから、新しい表情を作ったりするには都合が良い。

音楽を作る時に形というもの(ソナタとかロンドなどの形式。主題とか展開とか)には興味がない。
心理的に音を聴いて、それで必ずしも視覚とは言わないけれど、心象的なものを作りたい。

「鳥は星形の庭に降りる」は、楽譜には書いていないけれど、自分のスケッチには小見出しがついている。「飛ぶ」「雲から見える」「欲望の鳥たり」とか。
メシアンは響きを聞くと色が見えるそうだけれど、複合された響きを聴くと視覚的なイメージが出てくる。
表現したいものがあって、音楽を書いて、実際響きを聴いてみたり、作っていく過程で、だんだんある風景になっていく。具体的な風景ではなく、それは意識下的なものなのかもしれない。
(メモ終わり)


武満徹が書いた文章は、彼の書いた音楽のように、繊細で美しい言葉と文章だと感じる。
印象に残った文章はいろいろあるけれど、「音、沈黙と測りあえるほどに」に記されている 「私は-言葉に限らず自身の音楽について考えるのだが-concreateな音を手にすることこそ大事だと思う。それは<沈黙>と測り合えるほどに、強い少ない音であるべきなのである。」 という言葉を読んで、武満作品に音が少なく、音と音の隙間にある”間”と”沈黙”に深いニュアンスがあるのか、少しわかったような気がした。


武満徹自身の著作以外で、今読みたいのは、武満夫人の著書『作曲家・武満徹との日々を語る』。
友人・知人が伝える武満像とはまた違った面を知るのに、良さそう。

作曲家・武満徹との日々を語る作曲家・武満徹との日々を語る
(2006/02)
武満 浅香、武満徹全集編集長 他

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tag : 武満徹 伝記・評論

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武満徹/弦楽のためのレクイエム、精霊の庭
昔はさっぱり受け付けなかった武満作品も、今ではピアノ作品は普通に聴けるようになったし、普段はあまり聴かない管弦楽曲や室内楽曲も少しづつ聴いているところ。
そうすると、好きな曲は追悼曲として書かれた曲が多いのに気がついた。
ピアノ独奏曲では、《リタニ-》(マイケル・ヴァイナーの追憶に)、《閉じた眼》(瀧口修造の追憶に)、《雨の樹素描》(メシアンへの追憶に)、管弦楽曲では《弦楽のためのレクイエム》、《ノスタルジア》(アンドレイ・タルコフスキーの追憶に)。
追悼曲というタイトルはついていないけれど、ヴァイオリン&ピアノのデュオ《悲歌》やも曲想としては追悼曲に似ている。
追悼曲は、他作品と比べて感情的なものが込められているせいか、旋律が叙情的で比較的わかりやすく、聴きなれてしまうと普通に聴けるし、ロマン派の感情の横溢した曲よりも、陰鬱さが漂う抑制された叙情感の方が逆にシンクロしやすくも感じる。

追悼曲ではないけれど、いろいろ聴いてみると、管弦楽曲のなかでは《精霊の庭》も惹かれる曲。
どうやら演奏時間が長い曲を最後まで聴きとおすには、私の集中力が続かないので、10分前後くらいの曲が私には一番聴きやすいみたい。

「音楽を作る時に形というもの(ソナタとかロンドなどのの形式、主題とか展開とか)には興味がない。心理的に音を聴いて、それで必ずしも視覚とは言わないけれど、心象的なものを作りたい。」という趣旨のことを武満自身言っている。

そういう主題や展開がなくて形式的な自由度の高い音楽なので、ピアノ作品ならそれでも結構聴けるのだけれど、もともとあまり聴かない管弦楽曲になると、長時間聴くのは私にはかなり疲れるものがある。
形式・構造を追わずに、旋律が流れるままに、美しい音の色彩感と和声の響きに心をゆだねるように聴けがよいのかも。


弦楽のためのレクイエム
《弦楽のためのレクイエム》の有名なエピソード。
1959年に来日中のストラヴィンスキーが、日本の現代音楽のテープをNHKの放送局でいろいろ聴いていたという。
あとの記者会見で、特に印象に残った曲としてこの《弦楽のためのレクイエム》をあげた。ストラヴィンスキーがこのレクイエムを評した言葉は、”実に厳しい”。
ストラヴィンスキーから武満徹に、会いたいという申し出があり、ストラヴィンスキーが滞在しているホテルへ夫人と一緒に訪問した。同席していたドナルド・リーチが通訳してくれたそう。
武満徹は、回想でもストラヴィンスキーに大変感謝していると言っている。
日本の楽壇ではほとんど認められていなかったので、かの世界的に有名な作曲家が評価してくれたのだから、天にも昇るほど嬉しかったに違いない。
これがきっかけで、武満作品がアメリカで演奏されるようになり、海外での知名度と評価が上がっていった。

武満徹:弦楽のためのレクイエム
若杉弘指揮読売日本交響楽団


調性音楽のような甘美で悲壮なレクイエムの雰囲気とは違って、陰鬱なトーンの旋律と和声で覆われている。
私の好きな《ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に》に少し似た感じはするけれど、《ノスタルジア》の方が、緩やかな起伏で瞑想的・モノローグ的な静けさが漂っている。
《弦楽のためのレクイエム》は、全編にわたってぎりぎりと突き詰めていくような緊張感が張りつめ、強い悲愴感が貫かれているように感じる。
4:30くらいで、悲痛さが噴出したように激情的な旋律が急に出てくるし、幾層にも重なる旋律と和声お響きは濃密で重苦しい。
不思議なくらいに、旋律とか展開を意識して追わなくても、最後まで集中力が途切れることなく、引き込まれるように聴き続けてしまう。
これほど強い印象を受けた現代音楽のレクイエムといえば、吉松隆の《朱鷺によせる哀歌》を思い出した。


この曲の作品解説と構造分析は、武満徹の「弦楽のためのレクイエム」考[鎌倉スイス日記] がわかりやすい。
武満作品の演奏というと、小澤征爾が指揮した録音がよく聴かれているのかもしれないけれど、記事中で紹介されている録音は、若杉弘指揮東京都交響楽団の演奏(DENON盤)。
小澤盤・若杉盤ともCDを持っているので、一度しっかり聴き比べてみれば、その違いが実感できそう。

武満徹:管弦楽作品集-1「ノヴェンバー・ステップス」/「弦楽のためのレクイエム」、他武満徹:管弦楽作品集-1「ノヴェンバー・ステップス」/「弦楽のためのレクイエム」、他
(2009/01/21)
東京都交響楽団 若杉弘

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精霊の庭
精霊の庭》を聴いていると、タイトルから連想したせいか、京都の神社仏閣にある日本庭園を思い浮かべていたけれど、この曲のイメージの源泉は、古川町という町らしい。
この曲について、武満自身はこう書いていた。

「いま私は、岐阜の美しい町、古川町からの委嘱で、久しぶりに日本のオーケストラのために、この夏初演される曲を書いている。古川の自然や、あの町の人々の優雅な生活(暮らし)のたたずまいを思うと、小手先細工のようなものだけは作りたくない。古川町の春の祭りに鳴らされる太鼓の深い響きは、意義を正した古老のような人格を具えているように感じられる。あの響きの中から聞きとれるものを、少しでも聴き出せたらいいのだが、それにはまだ訓練が足りないようだ。曲の題(タイトル)は、Spirit Garden(精霊の庭)とした。」(「音、それは個体のない自然」より/『時間の園丁』収録)

Toru Takemitsu - Spirit Garden (1994)


タイトルどおり、超自然的な何かが蠢いているような神秘的な雰囲気が漂い、不可思議で不気味なオドロオドロしさもあって畏敬の念のようなものを感じてしまう。
オーケストラ作品なので、《弦楽のためのレクイエム》よりも、響きが多彩で色彩感がカラフル。
ホルン(?)が時折、突然鳴らすアルペジオのフレーズが威圧的で恐ろしげ。
ハープの響きが妖精みたいに幻想的。
なぜかフルートの音が尺八のように聴こえる。
似たような音型が何度も繰り返し形を変えて出てくるので、主要なモチーフはあるのだろうけれど、形式性がどの程度あるのかは私にはわからない。
そういうことを考えて聴くとわけがわからなくなるので、何も考えずに音の流れのままにひたすら聴くのが良さそう。

<追記>
CDのブックレットには、武満自身の解説が載っていた。
武満自身の解説を読むと、ようやく標題の意味と作曲意図がわかった。

「Spoirit Garden」(精霊の庭)という題を附したのは、この作品が委嘱された飛騨古川国際音楽祭の本拠である、岐阜、古川町の侵し難い品格を具えた、聖なる空間の暗喩としてである。が、それと同時に、作品の構造とも、密接な、関りを持つ。
 曲は、12の音からなる音列を基に、それから得た、それぞれ四音から成る3つの和音を素材としている。3つの和音は、音色的変化を作って(或る場合は拡大されたり、また縮小されたて)、音楽的庭園を構築する基礎として、常に、作品の底流に響いている。
 その庭園に配置される音響的デザイン(或る場合はそれは旋律であり、また音色構造としての断片である場合もある)は、すべて基本素材から派生したもので、それによってコスモロジカルな(音楽的)統一感を意図している。庭園を回遊する視点の変化によって、庭に配置された(音響)オブジェもその貌(すがた)を変える。
「Spoirit Garden」(精霊の庭)は標題音楽ではない。オーケストラ的色彩と、旋律に関する、現在の、私なりの試みであり、論究である。


武満自身は「標題音楽」ではない言っているけれど、「聖なる空間の暗喩」という意味では、超自然的なものを感じるのも間違いではないかも。

tag : 武満徹

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『Mingus Plays Piano』
”怒れるベーシスト”という枕詞がつくチャールズ・ミンガスのとても珍しいピアノソロアルバム『Mingus Plays Piano』。
弾力のあるピアノの音で弾かれる旋律と和声は、叙情的でとても美しい。なのに、建築物のような堅牢な骨格の構造感があるし、ミンガスのピアノの弾きぶりは、ごつごつとして硬く骨太で、ピアニストの強い意志を感じさせるような力強いタッチ。
特に、ミンガスのオリジナル曲をピアノソロバージョンで聴くと、旋律や和声が研ぎ澄まされたように純度が高くなり、くっきりと細部まで明瞭に聴こえてくる。

ミンガスの音楽を初めて聴いた『MONEY JUNGLE』も、口当たりの良さとか甘さのない荒々しさが渦巻いているようで、なぜか魅かれるものがあったし、私の好きな(若かりし頃の)大西順子が影響を受けたのがミンガスなので、もともと相性が良いらしい。

ただし、ミンガスのピアノを聴いてリラックスできるかというと、そうとはいえない厳しい何かがある。
ピアノソロというスタイルはモノローグ的で、ミンガスのピアノは強い意志が張り詰めているようで、聴く側にも集中力が必要。
それでも、気骨のある男気を感じさせる硬派なリリシズムが美しい。
最近のジャズピアニストはほとんど聴いていないけれど、こういうピアノを弾く人はあまりいないような気がする。

ミンガスのプロフィール[Wikipedia]
おんがく日めくり/04月 22日 アメリカのジャズ・ベーシスト、チャールズ・ミンガス誕生(1922〜1979)怒りん坊の“チャーリー”ミンガス[YAMAHA]
「チャールズ・ミンガスに志す」 ~ 最高の破壊力を持つ2枚[ジャズ定番入門/YOMIURI ONLINE]

プレイズ・ピアノプレイズ・ピアノ
(2015年06月03日)
チャールス・ミンガス




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<収録曲>
1. Myself When I Am Real
2. I Can't Get Started
3. Body And Soul
4. Roland Kirk's Message
5. Memories Of You
6. She's Just Miss Popular Hybrid
7. Orange Was The Color Of Her Dress, Then Silk Blues
8. Meditations For Moses
9. Old Portrait
10. I'm Getting Sentimental Over You
11. Compositional Theme Story: Medleys, Anthems And Folklore


Myself when I'm real - Charles Mingus
このアルバムのなかでは、一番エキゾチックでファンタスティックで、パッショネイト。
内面への求心力・凝集力がとても高く感じるせいか、一番惹かれる曲。
雨だれのようなオスティナートや旋律がスペイン風(?)。繰り返し現れる連打は、内面で何かが波立っているようでもあり。
"Meditations For Moses”でも、似たようなフレーズが使われている。
”Myself when I'm real”というタイトルが意味深げ。




Charles Mingus - Orange Was the Color of Her Dress, Then Silk Blues
ミンガスの有名なオリジナル曲《オレンジ色のドレス》のソロバージョン。



Charles Mingus - I Can't Get Started
これは普通にムーディで聴きやすい。


バターナッツかぼちゃ
年末にたまたま産地直送の野菜・果物を売り気きていた出店で見つけたのが、珍しい「バターナッツかぼちゃ」。
長さ30cmくらいのひょうたん形のかぼちゃで、かぼちゃだと知らない人は、本物のひょうたんだと思うかも。

かぼちゃ・バターナッツ[旬の野菜百科]

「バターナッツ」という名前のとおり、加熱するとバターのようなねっとりしたコクのある洋食系の味。
どちらかというと洋菓子系の甘みがあるので、和風の煮物に少し入れたら、美味しくなかった。
ポタージュにすると美味しいらしい。野菜をつぶしてスープで食べるのは好きではないので、シンプルに焼くか、ホワイトソースグラタンにしても良さそう。
この食感と味なら、プリンやケーキにぴったり。ホームベーカリーで、パン生地にまぜたり、カスタードクリーム風にしてクリームパンにしても美味しそう。

(追記)ものは試しで、牛乳を混ぜてスープにしてみたら、とっても美味しい!プリンにすると、ねっとり甘くて、やっぱり洋食・デザート系に向いている。

濃厚クリーミー☆バターナッツ南瓜のスープ[cookpad]

オーブン不使用の簡単スイーツ「バターナッツかぼちゃのヘルシープリン」[roomie]
生クリームがなけれは、牛乳で代用してもOK。
電子レンジで加熱して柔らかくしてから、皮をむいた方が楽。

バターナッツケーキ[フードソムリエ]

バターナッツのカスタードクリーム風パン[続・ねえさんの食い意地日記]

咳喘息
15年くらい前に、咳が1ヶ月以上も止まらず、喘息ではなかろうかと思ったことがある。
突破的に、数分間咳き込み続ける。まるで、のどに急にホコリが貼り付いて、いがいがというか、ささくれたような、ヒリヒリざらついたような感覚。
とにかく咳が止まらずに、咳き込んでいる間はかなり苦しい。
最初は風邪かと思って、近所の開業医で風邪薬を処方してもらったけれど、全然治らず。
次は、これも近所の個人経営の総合病院で、同じく風邪薬を出されたけれど、やっぱり同じ。
どう考えても、風邪ではないのは、自分でもわかる。

アレルギー性のものか、会社のビルがシックハウスビルなのかとも思ったけれど、原因不明。
ドクターショッピングをする主義ではないけれど、1ヶ月以上も咳き込みが続いているのに、風邪薬ばかり処方し続ける耳鼻咽喉科の開業医はあてにならないし、次に見てもらった内科(だったと思う。多分)の医者も、違う風邪薬(黒い咳止めシロップ)を処方した程度で、相変わらず咳が止まらない。
結局、3件目に診てもらったのは、某私鉄グループの駅前診療所で、ここは一般の患者も診療OK。
症状を話すと、気管支拡張薬(薬の名前は忘れた)を処方してくれた。これが効果覿面!
咳がすっかり収まり、そのうち薬を飲まなくても完治。
ようやく適切な治療をしてくれる医者に診てもらえて、ほっと一安心。医者選びが本当に大事。

この年末年始に、軽い逆流性食道炎に似た症状と風邪とが重なった後に、以前のような酷い咳き込みがまた始まった。
ネットで調べると、どうやら「咳喘息」という症状らしい。
症状(熱はなく、風邪にしては長期間続く。気管支喘息とは違う、など)と治療薬(風邪薬で治らず気管支拡張薬が効く)が、私の症状とそっくり。
喉が乾燥すると咳がひどくなるようなので(外出時、起床時とか)、外出時だけでなく家の中でも(就寝時も)マスク着用。
運悪く、近所の病院はすべて休診中。
もともと薬はできる限る飲まない主義なので、自家製大根あめに(大根をはちみつにつけたもの)、大根おろし、かりんのど飴とかで当面しのいでみると、即効性はなかったけれど、2週間くらい経って症状がかなり改善している。
この分だと、今回は病院に行って気管支拡張薬をもらわなくても、そのうち自然に治りそうな感じ。
昔は徹夜続きで睡眠不足だったり、炭水化物の多いよろしくない食生活だったけれど、今は徹夜することもないし、食べるものにはかなり気をつけるようになっているので、自然治癒力が高くなっているのかもしれない。


<咳喘息に関する参考情報>
安眠を妨げる辛い咳喘息 厄介だが過度に怖がるべきではない (旭医師の“横串”診療 気になる症状を多方面から診察する)[DIAMOND Online]

長引く咳にご注意!咳喘息(せきぜんそく)[マイクリニック/今月の医療情報]

ゼイゼイ言わない喘息症状? [AllAbout]]

咳喘息ってご存知ですか?[ぽっかぽかやすらこキッチン(Kitchen)]
病院でもらったという咳喘息の説明が引用されていて、これはとても参考になる情報。

食品に注意/喘息に良い食べ物・悪い食べ物[喘息白書]
※咳喘息に効くかどうかはわからない。

【新譜情報】ジャン=ロドルフ・カールス ~ ドビュッシー&メシアン作品集
長らく廃盤になっていたジャン=ロドルフ・カールス(Jean-Rodolphe Kars)の録音が、相次いで再発売されている。
『リスト作品集(Liszt: Piano Works)』はすでに、昨年9月にリリース済み。(半分は、ロジェの録音。カッチェンの弟子同士という縁らしい)
カールスのドビュッシー&メシアン、シューベルト録音も、今年2月に同時にリリースされる。

ドビュッシー:前奏曲集第1巻、第2巻、幻想曲、メシアン:『20の眼差し』より、『イソヒヨドリ』 カールス、ギブソン&ロンドン響(2CD)ドビュッシー:前奏曲集第1巻、第2巻、幻想曲、メシアン:『20の眼差し』より、『イソヒヨドリ』 カールス、ギブソン&ロンドン響(2CD)
(2014年02月10日)
カールス、ギブソン&ロンドン響

試聴ファイル(amazon.uk)
<収録曲>
ドヴュッシー:
 《前奏曲集第1巻(全曲)》(1971年録音)
 《前奏曲集第2巻(全曲)》(1971年録音)
 《ピアノと管弦楽のための幻想曲》(1969年録音)

メシアン:
 《幼子イエスにそそぐ20の眼差し》より「悦びの精霊の眼差し」「沈黙の眼差し」(1968年録音)
 《鳥のカタログ》第1巻より第3曲「イソヒヨドリ」(1968年録音)


ジュリアス・カッチェンの弟子は、パスカル・ロジェだけだと思われているけれど、実際にはもう一人弟子がいたという。
それが、ジャン=ロドルフ・カールス。
カールスはインドのカルカッタで生まれたオーストリア人。
リーズ国際コンクール(1966年)とメシアン国際コンクール(1968年)に入賞。
1977年にカトリックに改宗し、宗教の道に進むため、コンサートピアニストとして公式な演奏活動を1981年を最後に終了。
1986年には、司祭となったという異色のピアニスト。
カールスは、1958年~64年の間パリ音楽院に在学し、カッチェンの元でも学んでいた。

ロジェよりもカールスの演奏にとても惹かれるものを感じるのは、どこかしら思索性や瞑想性を帯びた陰翳が漂っているからだろうか。
《前奏曲集第1巻》第1番の「デルフィの舞姫/Danseuses de Delphes」からして、まるでスローモーションを見ているよう演奏。他のピアニストとは違う独特なものを感じる。
「水の精/Ondine」や「月の光が降り注ぐ テラス/La Terrasse des audiences du clair de lune」を聴いても、その線の細さにはガラス細工のように脆い繊細さを感じるし、ファンタスティックというよりも神秘的なオ-ラが漂っているかのようでもあり。
今まで聴いたドビュッシーの前奏曲集のなかでは、とりわけ印象に残っているし、もしかしたら一番好きかも。

このアルバムは選曲がユニークで、珍しいドビュッシーのピアノ協奏作品《ピアノと管弦楽のための幻想曲》とメシアン作品をカップリング。
後に宗教家となるカールスは、すでにこの頃から宗教色の濃いメシアンの音楽に合い通じるものを感じていたのかもしれない。


Jean-Rodolphe Kars plays Debussy Ondine


Jean-Rodolphe Kars plays Debussy La Terrasse des audiences du clair de lune




2010年10月のカールスのスピーチ。
Père Jean-Rodolphe Kars [FR]
[27 Octobre 2010][Paray-le-Monial, France]


フランス語なので私はさっぱりわからない。動画についている概要説明をgoogle翻訳で読むと、ピアニストから司祭となった自分の半生を語っているものらしい。

- 1947年 オーストリアのユダヤ人の両親のもとに生まれる
- 1948年 フランスに定住。7歳でピアノを始め、パリの国立高等音楽院で勉強。
- 1966年のリーズ(イングランド)の国際ピアノコンクール(第4位)、1968年のオリヴィエ·メシアンコンクール第1位で、国際的なピアニストとしてのキャリアが始まる。
- 1976年 私生活に影響を与えた様々な出来事があり、カールスは神との内面的な出会いという強烈な経験により人生が変わる。1977年にカトリック教会で洗礼を受ける。
- 1981年 神学の研究を始め、ピアニストとしてのキャリアに終止符を打つ。
- 1986年 エマニュエルのカトリックコミュニティの司祭を叙階。

tag : ドビュッシー メシアン

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Windows7パソコンに買い替え
WindowsXPのサポートサービスが4月上旬に終了するので、昨年のクリスマスイブに新しいパソコンを購入。
初期不良とか、設定・データ移行の作業を考えると、年度末の繁忙期に入る前に安定的に使えるようになるには、年末までにパソコンを配達してもらいたかったので。
今まで使っていたパソコンは、10年以上前に購入したDELL製品。
数年前に、メモリ故障のため数千円で新しいメモリに交換しただけで、調子よく動いていた。
地デジといい、XPのサポート終了といい、快適に使っていた製品を買い換えないといけないというのは、ちょっと迷惑な話ではある。

古いパソコンが故障!
即納モデルを購入したので、12月27日に早速到着。
お正月休みの間にセッティングとデータ移行をしていたら、なぜか古いパソコンの方が、電源を入れてもウンともスンとも言わなくなってしまった。
もう寿命だったんだろうか?という気がしないでもないけれど、それよりもパソコンの背面にたまっていたホコリを吸い取るのに、ケースの外側から掃除機でガーッと吸い込んだのが悪かったのではないかと...。
まあ10年以上も使っていたのであきらめはつくし、電源ユニットやマザーボードの交換とかに数万円かけるくらいなら、最新のノートパソコンかタブレットを買いたい。

問題は、バックアップを取っていないプライベート用のデータが一部あること。
DELLでは対応しないデータレスキューは、近所にあるパソコン修理チェーンにパソコンを持ち込めばOK。(こちらは基本料金プラス成功報酬で1万円かかる)
データが取り出せずにパソコンを廃棄するとしても、ハードディスクに記録されている情報は確実に消したい。
修理しないとすれば、データ消去ソフトは使えないし、それよりもハードディスクを物理的に壊せばいいとパソコン修理店の人に言われた。
結局、古いパソコンは修理せずそのまま廃棄することに。
ハードディスクは壊さないといけないので、パソコン3R推進協会のホームページにある「データ消去について」を読んでいたら、力づくで破壊するのは不器用な私にはかなりキケン。
ソフマップで「ハードディスク破壊サービス」をしているので、これを利用した方が良さそうな気がしてきた。
DELLにリサイクル依頼すれば、破壊して廃棄してくれるけど、その前に自分でも確実にデータを読み取れない状態にしておく必要があるので。


新しいパソコン&Windows7は快適
長らくパソコンを買わない間に、ずいぶん安くなっているのにびっくり。
DELLの個人向けデスクトップ「Inspiron 660s ベーシック(即納モデル) D7-1」を購入。クリスマスイブまでの在庫処分セールで通常よりも安かった。
インターネット検索、Youtube視聴、ブログ作成、メール、それにExcel&Wordを使う程度なので、このスペックで十分。
特に幅50cmもある横長のディスプレイ(タッチパネル式ではない)は、流行りのすっきりとしたデザインで見やすいし、いくつもブラウザやソフトを立ち上げて平行作業するのに便利。

機能的に同レベルで、これよりも安い法人ユーザー向けの省スペースシャージ型も比較検討したけれど、ハードディスクの前面にカバーがないので、足元に置くとホコリがたまりそうだったし、ディスプレイが普通の正方形に近いタイプだったので、パス。
実際、新しいパソコンを使ってみると、やはりこの選択は良かったと実感。


今まで使っていた外付けスピーカー(Logicool)をつないで音楽を聴くと、新しいサウンドカードが入っているせいか(?)、古いパソコンで聴いていた時よりも格段に音が綺麗。
これだけ綺麗な音なら、ちょっと聴くくらいなら、わざわざステレオの前に移動してステレオでCDを聴かなくても良いくらい。
ヘッドフォンアンプを使えば、さらに音が良くなるのかもしれないけれど、ヘッドフォンは気づかないうちに耳を傷める可能性があるので、極力使わないことにしている。

古いパソコン&OSと比べると、当然のことながら見違えるように使用感が良い。
Windowsの起動時間やソフトの立ち上がる速度がすっかり速くなったし、ブラウザやファイル操作のレスポンスも速くスイスイと快適。
今までやたらに煩かったファンやモーター音は、同じ省スペース型シャーシなのに、とても静か。
おかげで、耳鳴りもパソコンの音に共鳴・増幅することがすっかり無くなって、こちらも静か。
今は冬なので騒音も静かなのだろうけど、気温が上がる春から夏にかけて、どのくらい騒音が大きくなるのかが問題。そのうちわかるはず。

付属キーボードは、ノートパソコンみたいな薄いキーに変わっていた。
軽くキーを叩けばよいのでとっても使いやすい。
それにキーの周囲に隙間がほとんどないので、ホコリがたまりにくくなっているのも良いところ。


Office2000は使える?
Windows7は、マニュアルを読まずとも、大体どこに何があるのか操作やメニューの見当はつく。
XPで使っていたブラザーのプリンターHL2040とLogcoolの外付けスピーカー、いつも使っているメーラーとソフトウェアもWindows7対応なので、問題なし。
問題だったのは、Office2000。Windows7では動作せず、Professional以上のXP-Modeが必要と言われている。
事前にネットでFAQサイトを調べると、どうやらHome Premium上でも動く場合が結構ある。(すべてが正常なデータとして表示されるかどうかは怪しいらしい)
実際、Home Premiumでも、Office 2000 Personalのプログラムは正常にインストールできたし、動作も一見したところ安定している。でもまったく問題がないのかどうかは、もっと使ってみないとわからない。

※その後、発覚した問題は、XPでフォーマットした(と思う)DVDの空ディスクが読み込めなかった。やむなく買った新品のTDK製DVDディスクはちゃんと使える。


DELLのサポートサービス
パソコン雑誌などが実施しているユーザー満足度調査の結果を見ると、DELLは、個人ユーザーの満足度が低く、逆に法人ユーザーの満足度は高い。
※参考情報:日経パソコン《ここが満足・不満足!パソコン満足度ランキング2013》

個人ユーザーの無償サポートサービスは、中国・大連で中国人社員が担当しているらしい。(この点がユーザーの満足度が下がる原因の一つ)
私は今まで購入相談と故障問い合わせで、担当社員の名前や話し方から判断すると、その大連のサポートセンターに電話とチャットでつながったはず。
いずれの場合も、スムースにやりとりできたので、とりたてて不満はない。
それほど複雑な相談ではなくて、基本的なパソコン知識をある程度持っていれば、チャット相談は便利だと思う。
中国人社員の会話もチャットの文章も、ちゃんとした日本語だった。(少し変なところはあったけれど)
それに、幸い新しいパソコンが届いたばかりだったので、古いパソコンが故障で動かなくとも、事前にネットで情報収集できたのは運が良かった。(おかげで回答が予想できる部分もあったので)
やはり予備のパソコンを1台持っているというのは、安心で便利。

新しいパソコンの設定とWindows7の操作に慣れるまで、1月上旬はパソコン相手に忙しい。
こういう機会でもないと、パソコンが壊れない限り、買い替えることもなかったし、古いパソコンが突如動かなくなったのは、どのみち寿命だったのかもしれない。


《追記 2014.1.16》
新しいパソコンとOSで使いにくいと感じた点。
- DVDドライブのCD・DVD受けが華奢。それに、ぴたっとはめ込むタイプではなく、CD:DVDと受け皿との間に隙間をもたせているので、入れにくいし、ちゃんとはまっているか確認しないといけない。受け皿にきちんとCDがはまっていないと、蓋を閉じるときにCDが本体と受け皿との間にはさまれて、ドライブに格納できない。それに、CDにキズがつきかねない。
- CDを音楽管理ソフトに録音するときに、かなり大きなブート音がする。(以前のDELLパソコンでもそうだったけど、それ以上に煩いかも)

《追記 2014.5.22》
-室内温度26℃でも、冷却ファンがとても静か。前のパソコンに比べると、パソコン自体が発熱しにくくなっているらしく、ハードディスクケースを触っても、熱で温かくなっていない。

《追記 2014.7.7》
-室内温度が30℃を超えても、相変らず、冷却ファンがとても静か。ハードディスクケースを触っても、普通どおりの暖かさ。以前は排出される熱気でまるで暖房状態だったけれど、今のところそういう状況ではない。
レーゼル ~ バッハ=ブゾーニ編曲/前奏曲とフーガ BWV532
今年の聴き初めは、新年の始まりに相応しく、晴れやかで清々しく荘重華麗なバッハ=ブゾーニ編曲《前奏曲とフーガ ニ長調 BWV532》。

この曲を始めて聴いたのは、ペーター・レーゼルが旧東ドイツ時代に録音した1986年の演奏。
『レーゼルの芸術 ピアノ独奏曲編』に入っていた「バッハ編曲集」に収録されていた。
レーゼルのソロ録音の中では一番良く聴いているのが、このアルバムが「バッハ編曲集」。
レーゼルのピアノが本当に好きになったのは、ブラームス作品集ではなくて、このバッハ編曲集を聴いてから。
中でも一番好きな曲と演奏が、《前奏曲とフーガ ニ長調 BWV532》。
レーゼルの力感豊かで精密な技巧と堅牢な構造感には揺ぎ無い安定感があり、どんな重音が連続するパッセージでも、全ての音が粒立ちよく鳴り響き、混濁することのない透明感のあるソノリティがとてもよく映える。
やわらかく明るく温かみのある弱音は透き通るように美しく、フォルテの和音移動もばたつくことなく力強くも滑らか。
主旋律も対旋律もそれぞれくっきりと浮かびあがって、調性の移り変わりもよくわかる。
ほんとにレーゼルのピアニズムもにぴったりの曲。特に好きなフーガは、爽やかな喜びが溢れ出てくるようで、いつ聴いても心が晴れやかになってくる。
バッハの《前奏曲とフーガ》のなかでは、コロリオフが録音した《イ短調BWV543》と並んで好きな曲。
コロリオフの《イ短調BWV543》は年末に聴き納めした曲だったので、なぜか年末年始に聴きたくなったのがバッハ=ブゾーニの《前奏曲とフーガ》。

Bach / Busoni - Prelude & Fugue in D major BWV 532 - Rösel (1986年録音)


分売盤「Piano Arrangements of Works By Bach」。
Piano Arrangements of Works By BachPiano Arrangements of Works By Bach
(1994/09/06)
Bach、Ferruccio 他

試聴する


レーゼルのソロ録音集BOX。
Works for PianoWorks for Piano
(2008/07/08)
Peter Rosel

試聴ファイル(allmusic.com)


<過去記事>
『レーゼルの芸術 ピアノ独奏曲編』~バッハ=ブゾーニ編曲集(1)シャコンヌ、前奏曲とフーガ

tag : バッハ ブゾーニ レーゼル

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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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