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ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番
毎年同じことを書いている気がするけれど、年末になると聴きたくなるベートーヴェンの《ピアノ協奏曲第4番》。
今年も、もう何十回となく聴いているアラウとカッチェンのピアノで。

とっても珍しいアラウとバーンスタインという顔合わせのアムネスティコンサート。
後年(1984年)のコリン・デイヴィスとのスタジオ録音では本当にテンポが遅いけれど、こちらはまだ73歳頃の演奏のせいか、それよりテンポが速く、指回りもしっかり安定している。
アラウが弾くと、穏やかながらも威厳と気品のある”女王様”のコンチェルトのよう。

Arrau Bernstein Beethoven Piano Concerto No. 4
"The Amnesty International Concert"(Orchestra: Bavarian Broadcast Symphony Orchestra),Munich, 17/10/1976




カッチェンが亡くなる1年前くらいの”プラハの春”音楽祭の演奏会。
伴奏は若い頃の細身のノイマン指揮プラハ響。
カッチェンにしては珍しく(?)、ライブなのに、速いテンポながらも(スタジオ録音のように)テンポが前のめりになることなく(多少加速しているところはあるけど)、かなりコントロールされている。
第1楽章の映像しかYoutubeにないのが残念。調べてみると(海賊盤の)DVDが出ているらしい。放送局の音質の良い音源があれば、DVDかCDにしてくれれば嬉しいんだけど。

Katchen-Beethoven I


Katchen-Beethoven II

Julius Katchen playing Beethoven's 4th concerto, first movement. Prague 1968



<過去記事>
アラウ&バーンスタイン指揮バイエルン放送響 ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番
カッチェン  ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番



年末は大掃除(というか中掃除くらい)とおせち作りで忙しく、これが今年最後の記事になります。
ブログをご覧下さった方、コメント下さった方、どうもありがとうございました。
どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。


tag : ベートーヴェン カッチェン アラウ

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スティーヴン・ハフ ~ ショパン/後期ピアノ作品集、ワルツ集
いつもは滅多に聴かないし、CDも買わないショパンなのに、珍しくも2枚一緒に買ってしまったのは、スティーヴン・ハフの『後期ピアノ作品集(Late Masterpieces)』と『ワルツ集』。
ハフの演奏なら、(ショパンを敬遠したくなる)ベタベタと感情がまとわりつくところがなくて、軽やかなタッチとあっさりした叙情感で、もたれることなく自然に聴ける。

Late MasterpiecesLate Masterpieces
(2010/04/13)
Stephen Hough

試聴ファイル(hyperion)


<収録曲>
舟歌嬰ヘ長調Op.60
マズルカ ヘ短調Op.63-2
マズルカ ト短調Op.67-2
マズルカ 嬰ハ短調Op.63-3
マズルカ ヘ短調Op.68-4
幻想ポロネーズ変イ長調Op.61
夜想曲ロ長調Op.62-1
夜想曲ホ長調Op.62-2
ピアノ・ソナタ第3番ロ短調Op.58
子守歌変ニ長調Op.57
(録音時期:2009年5月)

”Late Masterpieces”というアルバム名なので、後期作品中の名曲集。
ショパンの場合は、同じ系統の曲ばかり聴くよりも、スタイルの違った曲を集めたオムニバスの方が飽きずに聴けるのが良いところ。
《舟歌》の入ったCDはいくつか持っているけれど、特に好きなわけでもなかったのに、ハフのこの録音を聴いて、こんなに素敵な曲だったのかと、遅ればせながらようやくわかったところ。
爽やかで透明感の突き抜けたような明るさを感じるところは、私の持つショパンの演奏のイメージとは正反対。
好きではない舞曲風のマズルカは、軽やかなリズムと囁くような旋律の歌い回しが密やかで全体的に抑制されたトーンなので、舞曲というよりも夜想曲みたいに聴こえる。
夜想曲の2曲の方は、センチメンタルな甘ったるさは薄め。(でも、やっぱりあまり好きな曲ではないけれど)
ピアノ・ソナタ第3番は、昔はポリーニのCDを良く聴いていて、壮大な第4楽章が好きだったし、久しぶりに聴き直してもそれは同じ。(ポリーニの方が、力強くてスケール感も大きいような気はするけど)

ハフの演奏で後期作品をまとめて聴くと、今まで聴いたことのあるショパンとは随分印象が違う。
透徹した明晰な眼差しでロマン派を越えて現代の世界を垣間見ている音楽のような気がしてくる。

Frédéric Chopin— Late Masterpieces—Stephen Hough (piano)




CDジャケットと同じ黒いスーツと帽子に身を包んだハフが、月明かりのなかで演奏するワルツ。(私には、なぜか”StarTrek:TNG”のピカード艦長に見えてしまう...)
左手のリズムが軽やかで柔らかくて、三拍子のワルツっぽくなくて、舞曲苦手な私にはこういうリズムの方がずっと聴きやすい。
それに、第28小節で右手が半音階のスケールで駆け上がるときに、フレーズ末尾を軽やかに跳ねあがるようにして最後はふっと力を抜いて弾いているのが、ちょっと洒落ている。

私が最も苦手なワルツ《華麗なる大円舞曲》は、聴くのも練習するのもイヤだった...。
でも、ハフの軽やかなスタッカートとアクセントで強調された鋭いリズムで聴くと、(この曲に限らないけれど)とっても面白い。
悲哀漂う短調のワルツでも、感傷的なところは全然なくて、透明感のあるさりげない哀感がさらさらと流れていく。
ショパンのワルツもやはり好きとは言えないまでも、ハフ(とアンダ)のワルツなら時たま聴いてもいいかなあという気にさせてくれる。

Stephen Hough plays Chopin's waltz in A flat major


Frédéric Chopin—The Complete Waltzes—Stephen Hough (piano)


Chopin: Complete WaltzesChopin: Complete Waltzes
(2011/8/9)
Stephen Hough

試聴ファイル(hyperion)

tag : ショパン スティーヴン・ハフ

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映画『ヒトラー 最期の12日間』/原作:ユンゲ『私はヒトラーの秘書だった』、フェスト『ヒトラー 最期の12日間』
戦後60周年の2005年に公開されて話題になっていたけれど、その時は興味がなくて見なかった映画『ヒトラー 最期の12日間』。
映画の原題は、『Der Untergang』。(ドイツ語で、「失脚」「没落」「滅亡」など意味する)
原作は、ヒトラーの秘書トラウデル・ユンゲの手記『私はヒトラーの秘書だった』と、歴史研究者で評論家・作家のヨアヒム・フェストのノンフィクション『ヒトラー 最期の12日間』。
最初に読んだのはユンゲの『私はヒトラーの秘書だった』。次に映画『ヒトラー 最期の12日間』を観て、最後にフェストの『ヒトラー 最期の12日間』を読んだ。

『私はヒトラーの秘書だった』では、ユンゲがヒトラーの秘書に採用されてから、ヒトラーの自殺後までの数年間の秘書生活と、ベルリン陥落後に総統地下壕から脱出したがソ連軍の捕虜になって釈放されるまでの体験が詳しく書かれている。
ヒトラーの秘書としての経験から、ユンゲが見聞きしたヒトラーの公私両面の生活の様子がいろいろ載っている。
一般的な歴史書や研究本ではほとんど知ることができない事実なので、それ自体はとても興味深いものがある一方で、軍人や側近たちに対するヒトラーの政治・軍事に関する言動がどういうものだったかについては、かなり手薄。

私はヒトラーの秘書だった私はヒトラーの秘書だった
(2004/1/25)
トラウデル・ユンゲ (著), 足立 ラーべ 加代 (翻訳), 高島 市子 (翻訳)


<書評>私はヒトラーの秘書だった トラウデル・ユンゲ著(評者:小高賢)[ブック・アサヒ・コム]


映画『ヒトラー 最期の12日間』を観ると、ユンゲが書いていなかったヒトラーの言動とベルリンの市街戦の状況がわかる。
登場するのは、歴史の本やドキュメンタリー番組などで見知った人物が多いので、ノンフィクションの実録ドラマ風でリアリティ満点。
総統ヒトラーと自殺直前に結婚して妻となった陽気な(というか能天気というか..)エヴァ(エファ)・ブラウン。
煌びやかな白い軍服姿で太っちょのゲーリング(ちょっとだけ登場)。
ヒトラーに怒鳴られてばかりの軍人カイテル元帥、ヨードル大将、クレープス陸軍参謀総長。
密かに英国と和平交渉を行っていた”忠臣”ヒムラー。
ヒトラーに殉じて、子供6人を道連れにして自殺するゲッベルス夫妻。
ネロ指令(ドイツ国内のインフラ・生産施設破壊命令)のサボタージュを告白してもなお、忠誠は揺らいでいないとヒトラーに告げてベルリンを去るシュペーア。
夫妻の遺体をガソリンで焼いて敵の手に渡るのを防いだ身辺警護役の親衛隊員ギュンシェ。
ゲッベルスやヒムラーに比べて存在感が茫洋としている側近ボルマン。
ヒムラーの副官でエヴァの妹の夫フェーゲライン。
それに秘書のトラウデル・ユンゲとゲルダ・クリスティアン、料理人のコンスタンツェ・マンツィアリー。

ヒトラー ~最期の12日間~ ロング・バージョン(2枚組) [DVD]ヒトラー ~最期の12日間~ ロング・バージョン(2枚組) [DVD]
(2015/10/02)
出演: ブルーノ・ガンツ, アレクサンドラ・マリア・ララ, トーマス・クレッチマン, ユリアーネ・ケーラー, コリンナ・ハルフォーフ、監督: オリヴァー・ヒルシュビーゲル

※劇場公開版に約20分の未公開シーンを追加したロング・バージョン

軍人のなかで目立っていたのは、ソ連軍とのベルリン市街戦を指揮していたモーリケSS少将とベルリン防衛軍司令官ヴァイトリング大将。
ヒトラーが勲章を授与した少年兵たちも実話。(中学生になるやならずの少年兵たちも動員されているので、敗戦濃厚な末期状態なのがわかる)
ヒトラーは、カイテルやヨードルなどの将軍たちの戦況報告を無視して、軍の兵力や戦闘能力があたかも実在するかのように主張しつづけ、現実を見ずに机上の空論のごとく、自らの願望を作戦として命令し、その命令を実行することが不可能だと説明しようとする将軍たちに激怒して、無能だの、スターリンのように粛清すべきだっただのと、わめき散らしている。
パーキンソン病にかかっていたと言われるヒトラーは、左手が震えているので、公的な場では左手を背に回していることが多い。右手で左手を押さえていることもある。
ケーキ好きというのは有名だったので、地下壕でもやっぱりケーキを食べている。誕生日ケーキはチョコレートケーキだったし、フェストの本によれば、地下壕に篭っている間に、ケーキをたくさん盛ったお皿を3皿も食べるようになったという。
圧倒的に劣勢なドイツ軍がソ連軍に包囲され、反撃することもベルリンを解放することも出来ない状況を認めざるをえなくなってくると、意気消沈したヒトラーの足取りも重く、顔色も青白くて生気がなく、背中をかがめてとぼとぼと老人のように歩くようになる。

ゲッベルスは、容貌からして青白くて不気味さがあり、言動も神がかり的な危なさがある。
将軍たちを集めた作戦会議で、ヒトラーの言葉を補強するかのように演説する姿は、まさにプロパガンダを拡声器の如く繰り返し唱える宣伝相の姿そのもの。
さらに夫以上の存在感を放つゲッベルス夫人が、自ら6人の子供たちに地下壕の湿気対策の薬と騙して睡眠薬を飲ませてから、青酸カリで毒殺していくシーンは凄まじい。

軍人たちは、さすがに市民が戦闘に巻き込まれることを避けようとするが、ヒトラーとゲッベルスはそんなことは一顧だにせず、国民が彼らを選んだのだから、自業自得といい放つ。
ヒトラーは、良い国民はすでに戦争の最中に死に”残ったのはクズばかり”とシュペーアに言ったり、ベルリン市街戦で若い兵士が2万人死んでいるというヴァイトリング大将の報告を聞いても、何のためらいもなく”若者の使命だろう”と平然と言ってのける。
ヒトラーが遺書を秘書に口述するシーンで、「国民への愛」と言っているのが空しく響く。

ベルリンからの撤退命令を拒否してとどまる医師シェンク教授は、映画では良心的な人物として描かれていた。
”SS指揮下にあるが、国防軍の医師”と映画のなかで言っていたので調べてみると、ちょっと違うような..。
SSに入隊してダッハウ収容所で人体実験を行ったことで、戦後裁判で有罪とされて、ドイツ国内では医師としての活動を断たれたという。

ベルリンでは激しい市街戦で、多くの市民や兵士が死傷し、建物が高射砲で破壊されている一方、総統地下壕では総統の誕生パーティを開いたり、夜中にダンスパーティをドンチャンしたり(流れているのは敵性音楽のはずのスウィングだし)、酒に入り浸る兵士がいたりと、地上とは隔絶した世界。
他にも対比的なシーンがいくつか。破壊され続ける街の映像を背景に、遺書を書くエヴァが宝石の支払いがどうとか事細かに書き連ねていく。
共産主義への協力者というカードを首につらされた死体があちこちで木にぶら下がっている道路を、ヒトラーの死後、ソ連軍との和平交渉のために駆け抜けるドイツ陸軍参謀総長クレープス(駐モスクワドイツ大使館で武官補佐官だったので、ロシア語で交渉できた)たち。

映画と原作本とでは違っているシーンがいろいろあるので、間違い探しみたいにチェックしたくなる。
ヒムラーの副官フェーゲライン(「骨の髄まで腐った性格」と悪評高し)が銃殺されるシーンでは、原作(と事実)は首相官邸へ連行後、尋問されて軍法会議にかけられて(泥酔していたため審理中止)、銃殺される。
映画では酔いつぶれていたダンスホール?の部屋から連行されて、玄関を出たところで問答無用で銃殺される。

ソ連軍との和平交渉は、結局、誰が交渉を無事とりまとめて停戦合意したのか、映画ではよくわからなかった。
ヴァイトリング大将が”ソ連軍最高司令部との合意により”とアナウンスしていたので、(権限がなかったはずの)彼がとりまとめたのだろうか?と推測はできる。
史実としては、ヒトラーに首相として指名されたゲッべルスが、ソ連軍が要求した無条件降伏を拒否したので、クレープス陸軍参謀総長自体はそれ以上交渉ができず。
宣伝省の高官ハンス・フリッチェとヴァイトリング大将が、独自の判断でそれぞれソ連軍に停戦交渉を行った。

勲章を授与された少年兵が、エンディング近くで秘書のユンゲの手を握って一緒にソ連軍の包囲網から徒歩で脱出するというのはフィクション。


Der Untergang (2004) Official HD Trailer [1080p]


ヒトラー ~最期の12日間~(字幕版)(プレビュー)



ベルリン陥落直前の総統地下壕と市街戦の状況について、もっと詳しく知りたいと思ったので、原作のヨアヒム・フェスト『ヒトラー 最期の12日間』も読んでみた。
原題は、『滅亡 ヒトラーと第三帝国の最後』。映画の公開に合わせて急遽突貫工事で翻訳したという本なので、訳書名も映画と同じタイトル。
ユンゲの日記風の記述スタイルや視点とは違って、多数の歴史的資料を元にかかれた本なので、総統地下壕内外の将軍・側近たちの言動がよくわかる。
映画では、肩書きと名前が字幕に出てこないので、会話だけでは誰なのかわからない登場人物が何人かいた。
本を読むと、それが誰でどういうポジションでどういう行動をとっていたのか、ようやくはっきりわかった。
文体はノンフィクション小説風で読みやすい。さらに、フェストの考察も入っているので、研究書のようでもある。
フェストの考察で印象的だったのは、ヒトラーの言動を「破壊衝動」や「破滅への意思」という観点から分析している点。(そのうち読書メモにして記事にまとめておきたい)


ヒトラー 最期の12日間ヒトラー 最期の12日間
(2005/6/21)
ヨアヒム・フェスト (著), 鈴木 直 (翻訳)


<書評>ヨアヒム・フェスト『ヒトラー 最期の12日間』[紙屋研究所]


<参考情報>
エルンスト=ギュンター・シェンク[第二次世界大戦資料館]
『ナチスのキッチン』(南直人) - ドイツ現代史研究会
エルンスト=ギュンター・シェンク(親衛隊栄養食糧研究所初代栄養監査主任)による「できるだけ低コストで囚人の栄養状況を保ち死亡率を下げるための研究」。1943年1月から44年6月までマハトハウゼンやラーヴェンスブリュック強制収容所で実施された。
クリスマスに聴きたいジャズ
クリスマスには全然関係ないけど、クリスマスになると聴きたくなってしまうジャズのピアノソロとピアノトリオがいくつか。
クラシックなら明るい曲の方が好きだけど、ジャズになるとなぜか哀感漂う曲を聴きたくなる。


クールで清々しくて、とてもロマンティックな”Sunday Song”
バイラークの硬質で澄んだピアノの音が美しくて素敵。

Sunday Song Richie Bairach




お酒が良く似合うムーディで渋いバラード”You Don't Know What Love Is”

John Coltrane - You Don't Know What Love Is




クリスマスの夜にひとり静かに過去の追憶するなら”We Will Meet Again”

Bill Evans We Will Meet Again (Piano Trio)

タイトルは、”We Will Meet Again”なのだけど、この曲は録音した年に亡くなり二度と会うことはないエヴァンスの兄ハリーに捧げられている。
ピアノソロバージョンもあるけれど物悲しすぎて、このピアノトリオの方が。哀しいけれどほんの少しだけ明るい。



最後は新しい年に向けた期待のようにポジティブで明るい”Hope”

Lars Jansson Trio - Hope

tag : エヴァンス ヤンソン バイラーク コルトレーン

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今年のクリスマスに聴きたい曲 ~ ブゾーニとレーガー、バッハのピアノ編曲
来年メモリアルイヤーを迎える作曲家のクリスマス曲を探してみると、すぐに見つかったのは、ブゾーニとレーガーの2曲。

ブゾーニ/Nuit De Noel(ノエルの夜)
深々と雪が静かに降るクリスマスに、雪の精が舞っているかのように幻想的。

Busoni Nuit De Noel



レーガー/Weihnachtstraum(クリスマスの夢)(”Aus der Jugendzeit, 20 Pieces Op.17 (1898)”の第9番)
”きよしこの夜”をピアノソロに編曲したもの。巨漢レーガーがこんなに可愛らしい曲を書いていたというのが、彼の写真から連想するイメージとずれていて、ちょっと面白い。

クリスマスの夢(ピアノ独奏:渡辺泉)



クリスマス向けのピアノ曲があまり見当たらなかったので、例年どおりバッハのピアノ編曲版のうち、クリスマスにぴったりの曲を3曲。

ジロティ編曲「G線上のアリア」
Johann Sebastian Bach "Air on the G String", BWV 1068 | Alessio Bax

Youtube上では、ランランの演奏のアクセス数が最多。(私には情緒過剰すぎて、もたれる)

ヘイミッシュ・ミルンの《バッハ編曲集》(hyperion盤)の演奏の方が私にはぴったりくる。

Bach Piano Transcriptions, Vol.5: Russian Transcriptions - Goedicke, Kabalevsky, Catoire & SilotiBach Piano Transcriptions, Vol.5: Russian Transcriptions - Goedicke, Kabalevsky, Catoire & Siloti
(2005/06/14)
Hamish Milne

試聴する(hyperionサイト)




アンダンテ(ジロティ編曲)

無伴奏ヴァイオリンソナタBWV1003の”Andante”は、フランク・ペーター・ツィンマーマンのアンコール曲の定番。
ジロティのピアノ編曲はほのぼの~と暖かい。

Bach-Siloti - Andante from the Violin Sonata BWV 1003 (Alessio Bax, piano.)



高橋悠治編曲「Erbarme dich mein Gott/憐れみ給え、わが神よ」(《マタイ受難曲》より)
合唱で聴くときは、カウンターテナー、マイケルチャンスの独唱。
ピアノ編曲版があるのを最近まで知らず、教えていただいて聴いてみたら、独唱と同じくらいに素敵。
今では独唱よりもピアノソロで聴くことのほうが多いかも。

Bach/ Erbarme dich mein Gott


プレイズ・バッハプレイズ・バッハ
(2000/05/24)
高橋悠治

試聴ファイル(HMV)




<過去記事>
ヘイミッシュ・ミルン ~ ロシアのバッハ・ピアノ編曲集
高橋悠治 『Yuji Plays Bach』

tag : ブゾーニ レーガーバッハ ジロティ ミルン 高橋悠治

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ティムール・ヴェルメシュ 『帰ってきたヒトラー』
最近、ニュルンベルク裁判の本をいくつか読んでいるので、裁判の被告たちの話ばかりではなく、総統のヒトラーに関する本も読書対象に入ってきた。
中学生時代、角川文庫から出ていた『わが闘争』を読んだ記憶はあるけれど、内容は全然覚えていない。
再読しようにも、ずっと昔に引越しで本も処分してしまったので、今は手元にない。
そういえば、長らく(現在の著作権保有者である)ドイツ・バイエルン州が再販を禁じていたこの本も、原著者ヒトラーの著作権存続期間(70年間)が終了するのを機に、とうとうドイツで来年1月に再出版されるという。

ヒトラーに関する本は多数出ているけれど、歴史書・ノンフィクションものが大半。
そのなかでは珍しい小説が『帰ってきたヒトラー』。
原題は、”Sie sind wieder da” (「彼が再びそこにいる、存在している」という意)
ニュルンベルク生まれのドイツ人作者ティムール・ヴェルメシュの著作で、発売当初話題になっていたのは知っている。
その時は関心がなかったので、本を手に取ることもなく終わっていた。
昔読んだ小説以外は、ほとんどフィクションは読まないのだけど、これは歴史ネタということもあり、それに設定も展開も斬新で面白くて、一気に上下巻続けて読んでしまった。

帰ってきたヒトラー 上帰ってきたヒトラー 上
(2014/1/21)
ティムール ヴェルメシュ

<目次>
序章 ドイツで目覚める/1章 2011年8月30日————ヒトラー復活/2章 おたくはアドルフ・ヒトラーに見えるよ/3章 ガソリン臭い制服/4章 ただひとり、私だけの力で/5章 ねえ、サインもらえない?/6章 そのメイキャップはご自分で?/7章 あきれたテレビ/8章 プロダクション会社に採用/9章 ほんとうの名前/10章 骨の髄まで芸人/11章 ドイツ式敬礼、知ってます/12章 アドレス設定狂想曲/13章 愚劣な政治家ども/14章 ふたたび表舞台へ/15章 総統に乾杯!/16章 ユーチューブに出ているんですよ!/17章 アクセス数が70万回を超えました!


帰ってきたヒトラー 下帰ってきたヒトラー 下
(2014/1/21)
ティムール ヴェルメシュ

<目次>
18章 お嬢さん、泣かないでくれ/19章 新聞の一面に載る/20章 謎の女/21章 〈ウサギ耳の犬〉という名のキツネ/22章 あなたはナチスなの?/23章 極右政党本部への突撃取材/24章 孤独なクリスマス/25章 検察に突き出されるぞ!/26章 〈ビルト〉紙への反撃/27章 〈ビルト〉紙の降伏/28章 グリメ賞の受賞/29章 真実/30章 彼が帰ってきた/31章 狂乱のオクトーバーフェスト/32章 陰謀の真相/33章 ネオナチの襲撃/34章 入院の顛末/35章 英雄/36章 また歩き出す



上巻は、現代にタイムスリップして生き返ったヒトラーが、過去とのギャップに遭遇して、珍妙な反応をするところが面白くて、笑える。
下巻になると、(歴史書やノンフィクション、ドキュメンタリー映画などで知っている)ヒトラーの主張が全面に出てくるので、居心地の悪さをかなり感じる。
ヒトラーの知識と思考は(ベルリンの総統地下壕で自殺した)1945年4月以前の状態のままなので、当然のことながら自分の知識・経験・論理の枠組みの中でしか、相手の言っていることを解釈しない。
一方、ヒトラーに接する現代社会の人々の方は、生き返ったヒトラーの言動を、ヒトラーのモノマネ芸人として、自分たちが理解できる文脈で解釈するので、彼らの会話が全然噛み合っていない(と読者だけはわかっている)ままに、話が破綻することなく進んで行く。

人種に関わる言説には辟易するけれど、小説としては、キャラクター設定と独善的なモノローグに、社会や他人に対する観察眼と批評がときに辛辣、ときにユーモラス。
ヒトラーの言葉や登場する人物を通して、いろんな複線や諷刺が込められているくらいはわかるけれど、ドイツの社会的・政治的状況に詳しければ、それが具体的にどういうことなのかわかるのだろうけど。

まず、冒頭のヒトラーの言葉からして皮肉が利いている。
連合国軍によるドイツ全土の都市空爆について、「ほんとうなら私の命令で行うはずだった、インフラの大量破壊という仕事を、アメリカ人とイギリス人が空飛ぶ要塞を使って全面的に代行していた」のは、「命令のすりかわり」だった。
(ヒトラーは戦争末期、敵の連合国軍に利用されないように、ドイツ軍に対してドイツ全土のインフラ・生産施設の破壊命令を出していた)

脇の登場人物たちのキャラクターも面白い。
プロダクション会社の社員では、社長よりも有能で度胸の据わったベリーニ女史、変な名前でちょっと気弱な中間管理職のゼンゼンブリンク、アイデアに富みヒトラーの崇拝者になりそうな若手社員ザヴァツキ、黒尽くめの服装で青白い化粧の秘書クレマイヤー嬢。
その他には、過去から目覚めて宿無し・文無しのヒトラーの面倒を見た親切なキオスクの店主。
特に、彼らと会話のなかでの珍妙な喩えや、ヒトラーが自分の論理を主張する会話部分はかなり笑える。軍服をクリーニングに出した時のゼンゼンブリングとの会話は本当に漫才みたい。

秘書の暗くて不健康そうな色の服装と化粧に対する批評は大真面目。
恋人にふられて泣き出す秘書に向かって、「私はつねづね、君の化粧はどう考えても青白すぎると思っていたのだ....。(略) 1916年に西部戦線でたくさんの死体をこの目で見てきた。だが、その彼らの顔ですら、君よりはまだ生気があった!」 (それに続いて、綺麗な色のブラウスとか、ひらひらしたスカートでも穿いてみたらどうかとアドバイスするのだけど)
ヒトラーの秘書だったトラウデル・ユンゲの回想録『私はヒトラーの秘書だった』を読んだ限りでは、実在のヒトラーは数人いた女性秘書たちに対しては、威圧的な態度ではなく言葉遣いも丁寧で紳士的な上司のような態度で接していた。

多機能携帯電話に対する皮肉もブラックユーモアが効いている。
携帯の画面を見ながら歩く若者が多いため、たくさんの事故が起きるに違いないが、多機能携帯電話を全面的に禁止するよりも、「劣等民族にはそれ(多機能携帯電話)を規則として義務化するほうが、むしろ好都合かもしれない。そうすれば、数日のうちにベルリンの大通りには、車に轢かれたハリネズミのように、やつらの遺体がごろごろと転がっているはずだ。」

ドイツ社会民主党党首との電話での会話も笑える。
ヒトラーがネオナチに襲われたときの負傷からほとんど回復した頃に電話をかけてきた党首に向かって、(ヒトラーがすっかり元気になっているのは)「この電話が来るのがあまりにも遅かったからだ。ドイツ社会民主党が何かを発案するまでの時間があれば、重い結核を二度も完治することができる。」
※SPDはそんなに意思決定が遅い政党なんだろうか?

しかし、さすがに強制収容所の話になると、パロディにも笑い話しにもならない。
秘書の祖母のユダヤ人家族が、ナチス政権下で法律で定められた”ユダヤの星”を付けずに暮らしていたが、それが発覚したために合法的に強制収容所のガス室送りになったことについて、秘書から問い詰められる。
ユダヤ人がひそかにドイツ人として暮らしていたことを知って、ヒトラーの頭にとっさに浮かんだことは、「ヒムラーにさらに仕事に精を出すよう折をみて釘をささなければなるまい」
秘書の感情に左右されることはなくとも、さすがにそれを秘書に言うことは不味いことも、秘書を納得させるような(正当化できる)説明はできないこともわかっていたので、”責任は総統にあるのか、それとも、総統を選んだ人々や罷免しなかった人々にこそ責任があるのか”というテーマにすり替えて、煙に巻いてしまった。
「君はいろいろ誤解している。君の責任ではないが、誤解は誤解だ。現代の人間はこう言い張っている。その昔、少数の強硬な国家社会主義者が人心を掌握し、国民全体をペテンにかけたのだと。じつは、これはまるっきり嘘ではない。1924年のミュンヘンでは、たしかにそうした試みがあった。だがそれは結局、流血の失敗に終わった。その結果、運動は別の道をたどることになった。1933年には国民はだれひとり、巨大なプロパガンダ的な行為で説得させられてはいない。そして総統は今日的な意味で、<民主的>と呼ぶほかない方法で、選ばれたのだ。自らのヴィジョンを非の打ちどころのないほど明確に打ち出したからこそ、彼を、人々は総統に選んだ。ドイツ人が彼を総統に選び、ユダヤ人も彼を総統に選んだ。」
(クレマイヤー嬢の「ナチスのブタ」という非難に対して)「真実は、次の二つのうちひとつだ。ひとつは、国民全体がブタだったということ。もうひとつは、国民はブタなどではなく、すべては民族の意思だったということ。」
「非凡な人物を総統に選び、彼を信じて祖国の運命を任せるという選択をしたのは、どこにでもいる市井の人々だったのだ。」


クレマイヤー嬢との会話も、最後の方(ドイツが世界を「いいほう」に変えること)は全然話しが噛み合っていない。
クレマイヤー嬢は「二度と非道なことはしてはいけない」という意味で言っているのに、ヒトラーはクレマイヤー嬢が「ドイツが行ったことが前向きに評価されるためには、ドイツは勝者にならねばならない」という「最後は、私と同じ、正しい地点にきちんとたどり着いた」と思っている。

その一方で、(祖母に反して)黙って秘書を続けるという嘘を祖母にはつけないと言うクレマイヤー嬢に対して、ヒトラーの頭には「私しだいで、彼女をこのまま即、特別措置(ゲシュタポの隠語で「殺害」)にすることも可能なのだ」という考えがほんのわずかに浮かんでくる。
結局、ヒトラーが祖母を説得しよう申し出て、(説得は上手くいったらしく)クレマイヤー嬢はそのまま秘書として仕事を続ける。

最初はTVでお笑いキャラクターとして登場して、硬派な姿勢と主張がなぜか大受けして、一躍人気ものになったヒトラーが、ネオナチに襲撃されたことから、入院中のヒトラーの携帯に政党から入党のお誘いの電話が続々。
ラストは、ヒトラー自らが司会を務めるTV番組の開始、(『わが闘争』に代わる)新しい本の出版計画、そして、ヒトラーの主張するプロパガンダと運動への準備。その新しい運動のスローガンとは、「悪いことばかりじゃなかった」。
※このスローガンは、旧東ドイツ人が消滅した国を懐古する時によく言われる「東ドイツにもいいところはあった」に似ている気がした。


本文中、過去の戦争、ナチス、側近たちに言及しているところは、多少知識があるので、ヒトラーの言説の意味は理解できるけれど、今のドイツの社会や政治の情勢についてはほとんど知識がないので、ドイツ社会の現状を痛烈に批判した演説部分はほとんどピンと来ない。(なので、この演説が一般大衆に受けるという部分にはあまり納得感がない)
この小説のなかのヒトラーは、狂信的な人種差別主義者であることは変わらないが、戦争末期のような神経症的で猜疑心に満ちているわけではなく、自分の置かれている冷静に分析して最適と思われる行動をとるだけの判断力と行動力を持ち、対人的には紳士的な振る舞いも気遣いもできる。
ヒトラーの一人称で書かれているので、彼の思考を辿るように読むことになるわけで、だんだんその論理を真面目に考えていたら、寒けを覚えるような冷酷さに気が付く。
狂信的な主張と自分の意志に背く者に対する冷酷さと、律儀で礼儀をわきまえた物腰とが共存するヒトラーに対して、フィクションとはいえ、面白さを感じることに、なぜか後ろめたさを覚えてしまうのだった。


<書評>
現代に甦った独裁者に、徐々に魅了される人々を描いた出色の風刺小説/『帰ってきたヒトラー(上・下)』[文芸春秋WEB]
ドイツで賛否両論。ヒトラーが現代に甦り、YouTubeの人気者に『帰ってきたヒトラー』(Excite/エキレビ!)


本書を映画化した『ER IST WIEDER DA』は、ドイツで10月に公開された。
日本ではまだ上映予定はないらしい。映画は滅多に観ないけれど、これは観てみたい。

ER IST WIEDER DA Teaser Trailer 1-5 English Subtitles (Constantin Film)


現代に蘇ったヒトラーが芸人に!ベストセラー実写化のドイツ映画が話題[CINEMATODAY]

手作りおせちのレシピ
今年も年末はおせちづくり。この時期になると「手作りおせちレシピ」のキーワード検索で訪問される人が多いので、毎年新しいおせちレシピを加えて、記事を更新している。
今年は、”精進おせち”用(というほどでもないけれど)に3種類-車麩、信田巻き、エリンギのレシピを追加。

おせちに使うレシピはCOOKPADの投稿レシピが多い。
ちょうどこの時期に重宝なのが、お正月の料理のレシピ集。「おせち」「お雑煮」「お餅」別に分類されている。
以前は、アクセスランキングが掲載されていたので、アクセス数トップ10のレシピを見れば、人気レシピがだいたいわかるようになっていた。
数年前から、課金収入を増やすためにアクセスランキングが消えて、有料の人気順レシピを見ないと、人気レシピがすぐにわからないようになってしまった。

<Farmer's KEIKO 農家の台所>のおせち料理レシピにある「菊花かぶの甘酢漬け」、「チーズとハムのミルフィーユ」、「かぶとスモークサーモンの奉書巻き」は簡単で彩りが綺麗。「縁起のいい野菜」の”くわいの含め煮”は、甘みと苦味のある独特の味とホコホコした食感がとても美味しい。
【おせち料理①】炒り鶏、栗きんとん、くわいの含め煮など11品
【おせち料理②】ゆず大根、千枚漬け、紅白なますなど11品
【おせち料理➂】八幡巻き、棒たらの煮物、甘酒など11品

代表的な「おせち」用食材の意味するところは、「おせちの歴史: 食材の云われ」(カネハツ食品)に載っている。

黒豆
圧力鍋は不要。炊飯器で作る人もいるけれど、厚手の鍋さえあれば十分。
黒豆を煮汁につけて1晩置くレシピと、数時間だけ置くレシピがあって、このレシピは後者。
煮豆を作るときはル・クルーゼのウィンザーポットを使用。長時間グツグツ煮ずとも、少し煮てからホットクックで保温。最後に少し煮るとちょうど良い柔らかさに。

「かちぐり」
今年は、初めて「かちぐり(勝栗)」を使ってみた。
<樹の散歩道>の「栗物語5 かち栗とは? 生活の中の保存食」に、作り方が載っている。
私は市販されているイタリア産の「かちぐり」を購入。1袋に20個くらい干した栗がまるごと入っている。水分が抜けてシワが寄り、渋皮もあまり残っていない。
1日水につけてから黒豆と一緒に煮たら、真っ黒(または黒に近い濃い紫色)になって、ほろほろと柔らかい。(煮過ぎたかも)。たくさんあるので、栗きんとんの飾り用にも使用。


伊達巻(はちみつ入り)
伊達巻(砂糖入り)
市販の伊達巻はやたらに甘いし、小さな巻物でも結構なお値段。
レシピは両方とも、はんぺんと卵を使って、ミキサーとオーブンで作る伊達巻。
フープロなしで、手でまぜたり、フライパンで焼くレシピもあるけれど、このレシピの通り、手間を惜しまず調理器具をつかった方が、結果的に手早く出来て、仕上がりも綺麗。

オーブンがなければ、フライパンや卵焼き器でも焼ける。
故障したオーブンレンジを廃棄してから、ここ数年は卵焼き器で焼いている。
綺麗な長方形に焼けるし、小さいから裏面をひっくり返して焼くのも、巻きすでくるくる巻くのも簡単。卵4個&はんぺん100gで、ミニサイズの伊達巻が2個作れる。
お節フライパンで簡単伊達巻(卵焼き機もOK)


かまぼこの飾り切
かまぼこの飾り切り(松、あやめ、孔雀、鶴、うさぎ、etc)は、ちょっとした工夫をするだけで、とても華やかに変身。

くるみ入り田作り
ホームベーカリー用に大量購入したくるみを使って、クルミいり田作り。くるみの代りにピーナッツでもOK。
「食べる小魚」を使うと安くて食べやすい。くるみだけの甘露煮風にしておやつにも。

錦玉子
卵の黄色と白の彩りが綺麗。極小サイズの小鉢とサランラップを使うと、茶巾絞りのようなボール型に成型できる。

数の子の粕漬け
しょうゆで下味をつけた数の子を、酒・みりんで伸ばした酒粕に漬ける。わさびやみそを加えてもOK。

なます
ゆずの皮を器に使ったお洒落ななます。ゆずの皮もくり抜いた実もお節以外に使える。
普通にシンプルに作るときは、りんご酢とゆず果汁だけで和えると、とっても爽やかでフルーティ。

菊花かぶの甘酢漬け
かぶは千枚漬けにすることが多いけれど、切り込みを入れて、菊花のようにするととっても綺麗。

たたきごぼう

酢れんこん
レンコンを別茹せずに、お鍋ひとつで作るレシピ。

栗きんとん
和菓子風の形と飾りつけがお洒落な栗きんとん。
栗の甘露煮をむき甘栗で代用する場合は、単に甘栗を混ぜるだけでも良いけれど、甘栗を煮てから混ぜるレシピもある。
甘栗きんとん[キユーピー3分クッキング]


栗きんとん(栗の甘露煮ペースト入り)
さつまいもに栗の甘露煮のペーストを混ぜ込んむとさらに美味しい。

きんかんの甘露煮
熟した金柑の実を使うと色も味も良いらしい。

ハムとチーズのミルフィーユ
ハムとチーズを交互に重ねるだけで、簡単オードブル。

大根とサーモンの奉書巻き
甘酢漬けの大根でスモークサーモンを奉書巻き。
大根の代りにカブ、スモークサーモンの代りにハムでも。

おせち☆カニカマで梅の花酢の物
手ごろな材料で簡単に作れる華やかな酢の物。赤白黄の梅模様が華やかでおせちにぴったり。

サーモンとお豆腐のテリーヌ
生クリームの代わりにお豆腐を使って簡単にできるサーモンのテリーヌ。
サーモン以外にも、はんぺん、ハム、野菜などを加えるとカラフルに。
つなぎには、卵白、全卵、粉寒天のどれかを使う。(さらに、小麦粉を加える場合もあり)
野菜の和風テリーヌ(卵白)
野菜・ハム・はんぺんの豆腐テリーヌ(卵白)
豆腐と野菜のテリーヌ*3色ひしもち風(グラスバージョン)(粉寒天)

ぶりの照り焼き
ぶりの照り焼きの他に、イカの松傘焼き(意外にわかりやすいレシピが少ない)、ホタテの照り焼きも。

にしんの甘露煮
ソフト身欠きニシンを使えば、圧力鍋でなくても、普通のお鍋でOK。身がかなり柔いので煮崩れ注意。

煮しめ
普段どおり、高野豆腐、結びこんにゃく、しいたけ、里芋、ごぼう、人参、れんこん、たけのこ、ふきなどを煮ればよいだけ。
このレシピは鶏肉を加えた筑前煮。
銀杏やきぬさやを散らすと彩りも綺麗。銀杏は食べ過ぎると中毒を起すらしく、ほどほどに。
お正月用には三色こんにゃくを使うと綺麗。市販品を買わずに、自家製色付きこんにゃくを作るには、白こんにゃくをアク抜きをしていない野菜(ごぼう、里芋、たまねぎ)と一緒に煮込めば、不思議なことに、赤・黄・緑色のこんにゃくに変身。(難点は、”白い”板こんにゃくが手に入りにくいこと)
色付きこんにゃくの作り方(こんにゃくの不思議)


くわいの含め煮
くわいの皮を薄く剥くのが少し手間だけど、ほろ苦くほこほことした味と食感が美味しい。
小くわいの素揚げ
煮物にするには小さすぎるくわいは、お雑煮の具にしたり、皮ごと素揚げにする。

まるで豚バラ肉★車麩の角煮風 レシピ・作り方
煮含めると煮汁をたっぷり吸ってボリュームあり。車麩のから揚げも美味しい。

いんげんとにんじんの信田巻き
三色にするなら、白菜、大根、ごぼうとかを入れる。

生麩の福め煮
色鮮やかで小鞠や紅葉形の生麩を使うとお重のなかが華やか。
生麩の原材料は小麦グルテン。強力粉からグルテンを抽出すれば、自家製生麩が作れる。ただし、水の中で30分以上モミ洗いして小麦タンパクを洗い流さないといけないので、かなり根気がいる。年末の忙しい時には時間がかかりすぎる。
薄力粉の方が強力粉よりももちもちするらしく、暇なお正月に薄力粉100gで実験したら、かなり柔らかい生麩が25gできた。
苦労したわりに思ったほど美味しくもなかったのは、市販の生麩のように、米粉(白玉粉とか)を混ぜなかったせいかも。
手作りできる♡京都で教わった生麩の作り方

市販の小麦グルテンを使えば、白玉粉を混ぜて、簡単に生麩ができる。小麦グルテンならパン作りにも使える。でも、忙しい年末に作ろうとは思わない。
手作り生麸(file399)


白味噌のお雑煮
お雑煮は関西風(京都風?)の白味噌仕立て。
お餅は普通は丸餅を茹でてから入れる。ここ数年は、香ばしいので焼いたお餅を入れている。
お雑煮の具は、人参、大根、ほうれん草、ゆり根。里芋は入れたことがない。
関東では鶏肉を入れるらしい。こちらでは鶏肉は入れない。
関西の風習としては、2日目以降はしょうゆ仕立てのお雑煮を食べる(らしい)。子供の頃はそうだった。
自分で作るようになってからは、甘い味が好きなので白味噌のお雑煮ばかり。
白みそとお雑煮(2016.12.28)

お赤飯
もち米にうるち米を少量(1/4くらい)加えると、あまりベタベタしないお赤飯に。
小豆は多めに茹でて冷凍しておくと、ぜんざいや粒餡・こし餡づくりにも使えて便利。
大豆や黒豆と違って、あずきは事前に浸水させなくても、短時間で茹であがる。

小豆+白米+餅+炊飯器で簡単赤飯
もち米がなくても、うるち米にお餅を入れて炊けば、赤飯の出来上がり。
親戚から自家製お餅をたくさんもらったので、今年はホームベーカリーでお餅は作らない。
もち米も余るので買わないけれど、お餅はたくさんあるので、お正月でも赤飯(もどき?)が食べられる。

お屠蘇
お正月にはお屠蘇。屠蘇散には多くて10種類(市販のものは5・6種類くらい)ほどの生薬が調合されている。
年末になると、薬局だけでなくスーパーでも屠蘇散を売っている。某メーカーの「本みりん」(1リットルサイズ)には、おまけとして屠蘇散が一包みついている。
お酒は飲まないので、本みりん(みりん風調味料は不可)に屠蘇散をひと晩浸せばお屠蘇の出来上がり。
普通のお酒とは違って、漢方薬入りのみりんは甘みがあって、おつな香りと味が美味しい。
でも、みりん15gの糖質量は6~9g。ちょこちょこ飲んでいると糖質摂取量がバカにならないのに気がついて、来年(2015年)kらは、みりんのお屠蘇はやめ、日本酒も好きではないので、スパイスがたっぷり入ったホットワイン(ラプンツェル・グリューワイン)に変えることにした。


ちらし寿司
おせち料理に食べ飽きたら、おせちの材料を使って簡単ちらし寿司。しめさばを載せると酢味でさっぱり。
余っているおせち料理の煮しめや酢れんこんとかを小さめに刻んで具にすれば、もっと簡単。



                          

甘酒
酒粕で作るのでとっても簡単。麹で作るとさらに美味しい(かなり手間)。

ポリポリとした感触が堪らない!チーズ風味の酒粕クラッカー
ちょっとしたおつまみにぴったりなのは、チーズ風味の酒粕クラッカー。このレシピは酒粕がかなり多い。粉量2割くらいでもチーズ風味になる。

おしるこ(ぜんざい)
赤飯を炊くときに、余分に小豆を煮ておけば、お餅や栗の甘露煮などを入れてすぐにぜんざいの出来上がり。

和菓子(ういろう)
小麦粉とレンジで作る簡単ういろう。上新粉を混ぜるなら1/3くらい。
おせちの黒豆を混ぜたり、甘く煮た小豆や粒餡を上に載せて水無月にしても、美味しい。

おもち
お餅つき機かホームベーカリーを持っている人なら、手作りおもちはとっても簡単にできる。
私はパナソニックのホームベーカリーSD-BM101使用。蒸す(この機種の場合は炊く)のと搗くのを全部機械がしてくれる。
自分でするのは、単にもち米を洗ってざるにあげる、搗く前にフタをあける、搗きあがったあとに成形する、この3つの作業だけ。
鏡餅の作り方(どんぶり鉢を使って成型)

1回で作れるのは2合または3合。黒豆を入れる場合は、ホームベーカリーに投入せずに、おもちを搗き終わった後に手作業で混ぜ込む。
昔はセイロで餅米を蒸して、持ちつき専用機に投入して、補助的にしゃもじを使って、コネコネしていたことを考えれば、ホームベーカリーはほんとに優れもの。


ピザ(強力粉)
おせちに飽きたら、ピザ。ふっくら生地クリスピー生地のお好みのものを。
強力粉でふっくら生地のピザが短時間でできる。薄く延ばしてもOK。
薄いクリスピーピザなら、イーストもベーキングパウダーもなしでOK。

手作り燻製
使いこんだ中華鍋があるなら簡単に自家製燻製ができる。
ごく普通の食材でも、燻製するとちょっと洒落たおつまみに変身する。お重の隙間を埋めるにも重宝。
簡単なのは、ちくわ、チーズ(カマンベール、6Pチーズなどのプロセスチーズ、個包装のクリームチーズ)、バターピーナッツ、ウインナー、ソーセージ。生でそのまま食べれるものは、下処理不要。
醤油づけしたゆで卵は、固茹で、半熟とも燻製OK。たまたま茹で時間が短いまま燻製してしまった半熟卵を食べてみると、意外なことも、固茹で卵よりもずっと美味しかった。

クリームチーズの燻製はレシピも少なくて、ちょっと珍しいかも。
たまたまフィラデルフィアの個包装型クリームチーズが余っていたので、試しに燻製してみたら、外側はキャラメルみたいに甘くて、中身はコクのある濃厚な味。そのまま食べるよりも燻製した方がずっと美味しい。
燻製したものは熟成させた方がコクが深くなるので、翌日以降に食べている。


スモークポットで自家製スモーク(過去記事)
燻製記 -燻製の作り方と燻製レシピ200種以上-
お待たせしました♪ 中華鍋で自家製スモークを作りましょう![<Farmer's KEIKO 農家の台所>]



                          

<付録>
銀杏の殻のむき方
お正月のお煮しめに彩りを添えるのに使うのが、銀杏。
殻付きの銀杏を使う場合は、殻をむかないといけない。(湯でた銀杏の真空パック・缶詰めを使う場合は、こういう手間のかかる作業は不要)

銀杏(ぎんなん)の実の食べ方・下処理[おぐにふる里銀杏便り]
封筒に入れて電子レンジで加熱する、または、フライパンで炒る。

銀杏の殻のむき方・方法(レシピ)(動画付き)[ダイエットでもおいしく食べた~い!]
おすすめは、ペンチ、キッチンバサミ、銀杏坊主。電子レンジでもOK。

電子レンジでは、加熱しすぎると殻ごと破裂して中身が粉々になったり、実の一部が崩れたり。
フライパンで炒ると、薄皮が簡単にはがれるのは良かったけれど、これも炒りすぎて実に焦げ目がついてしまった。
そのまま食べるのなら、焼き色がついてもかまわないけれど、煮物に入れるなら、綺麗な形の薄緑色の銀杏を使いたい。
結局、電子レンジ加熱は歩留まり率が悪く、フライパンは炒り加減がよくわからないので、今年は地道に1つずつペンチで殻を割ることにした。

<実験してみると>
ペンチの根元に、刃先と並行して銀杏の殻の割れ目があたるように挟み、針金を切る要領で勢い良く力を入れたら、大失敗。銀杏の皮と実が粉々に。
”力を逃すように”というコツがよくわからず、最初の3個は失敗。
4個目からは、ペンチの柄を軽く握るようにニギニギと力を入れたり抜いたりすると、やがて殻だけがパリっと割れた。または、銀杏の殻をペンチで押すような感じで徐々に力を入れていっても殻だけが割れる。
どちらの方法でも成功率は100%。コツがわかればとっても簡単!これからはこの方法に限る。キッチンバサミよりもペンチの方が、力の加減がしやすかった。
実に付いている薄皮は、<銀杏の殻のむき方・方法(レシピ)>の【薄皮のむき方】(動画)どおりにすると、きれいに剥がれた。湯でた銀杏の実は、冷凍保存しておけば、大晦日に煮しめを作るときに使える。


銀杏中毒について[農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所]
銀杏を食べ過ぎると「銀杏中毒」になることがあるらしく、特に幼児の場合は、数粒でも中毒を起こすことがあるので要注意。

tag : おせち

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
ジョセフ・E・パーシコ 『ニュルンベルク軍事裁判』
夏から集中的に読んでいるのは、日本とドイツの第二次大戦前後の歴史。
今までほとんど読むことがなかったテーマに興味を引かれたきっかけは、今年から読み始めた吉村昭作品のなかの一冊『プリズンの満月』を読んでから、戦犯裁判関係の本を読み始めたこと。
さらに、戦後70周年にちなんだ市立図書館のブックフェアで、参考図書になっていた東京裁判や昭和史関係の本をパラパラと読んでいたら、いたく興味をそそられてしまった。

高校時代の授業は世界史を選択していたけれど、現代史はほとんど授業では取り上げなかった。
それに、歴史小説は鎌倉~幕末・戊辰戦争くらいまでしか読まないので、明治期以降の歴史的知識は極めて怪しい。
ドイツ音楽とドイツ文学(とドイツ語)は好きなのに、ドイツ史も世界史の教科書レベルの知識しかない。
「もう一つのニュルンベルク」と言われる東京裁判の本を読んだので、ニュルンベルク裁判のことも知りたくなってきた。
あまり膨大な資料は読みたくなかったので、最初に読んだのは、コンパクトにまとまった新書版の『ニュルンベルク裁判』。
ニュルンベルク裁判といっても、主要戦犯(東京裁判では”A級戦犯”に相当する)の裁判である国際軍事法廷(IMT)に関する内容がかなり手薄。
主に、戦犯処理の方法を決める過程や、ニュルンベルク裁判憲章に定められた裁判の枠組みに関する記述が主体。
被告に関する情報(人物像、戦時中の言動・役割、起訴内容と反論・弁明などの裁判の過程)がほとんど書かれていないので、入門書としては物の足りなさが残る。
IMTと同じくらいの頁数が割かれているのが、米国占領下のニュルンベルクで米国単独で実施した「継続裁判」。
今までそんな裁判が行われていたことさえ知らなかった12件の裁判の概要がわかる。

ニュルンベルク裁判 (中公新書) ニュルンベルク裁判 (中公新書)
(2015/4/24)
アンネッテ・ヴァインケ


<目次>
第1章 米英ソ、連合国内での議論ー主要戦争犯罪人の“処置”(チャーチルの「アウトロー」計画/スターリンの豹変 ほか)第2章 国際軍事法廷(IMT)-24人の主要戦争犯罪人への処断(国際軍事法廷設置の合意/連合四ヵ国代表団のメンバー ほか)
第3章 12の継続裁判ー「第三帝国」エリートたちへの裁き(アメリカ単独の管轄/テイラー首席検察官の意図 ほか)
第4章 戦後ドイツへの影響ー東西の相違と政治文化の転換(集団的罪責をめぐる批判/キリスト教会からの批判 ほか)
終章 「ニュルンベルク」から「ハーグ」へ?(「ニュルンベルク原則」の確立/ジェノサイド条約 ほか)

国際軍事法廷(IMT)の内容を詳しく知りたかったので、次に読んだのはジョセフ・E・パーシコ『ニュルンベルク軍事裁判』。
研究書・歴史書と言う体裁ではなく小説仕立て。上・下巻で合計600頁あっても、面白くて一気に読んでしまった。
この小説では、継続裁判の方は扱っていないので、死刑判決後に刑が執行され、IMTが閉廷されたところで終わる。

IMTに登場する人物は、主要戦犯(24人のうち、2名は除外)と家族、戦犯の弁護人、英米仏露の各国検索団と判事、捕虜収容所所長と看守に収容所付き精神/心理分析官など。
それぞれの人物描写や言動、法廷でのやり取りを通して、ニュルンベルク裁判の位置づけ、国際法との整合性や矛盾から裁判の進行状況が、ドキュメンタリー小説風に描かれている。
すでに、総統アドルフ・ヒトラー、宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルス、親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーは自殺しているため、起訴されず。ヒトラーの側近でナチ党官房長マルティン・ボルマンは行方不明のため欠席裁判。
そのため、被告中で最大の大物は国家元帥だったヘルマン・ゲーリング。

まるで映像が浮かんでくるようなリアリティがあり、個々人の心理描写など脚色している部分はあるだろうけど、情報量は多く、IMTの全容がわかるし、IMTにまつわる様々なエピソードも多数織り込まれている。
それに、本書の登場人物が何かを考えたり、話したり、行ったりする場合、公開されている歴史的資料を根拠にしているので、「本書の記述は、物語風ではあるが、歴史的事実の裏付けのあるものである」と著者が明言しているので、想像力を膨らませたフィクションとは違い、実在の人物だけが登場する歴史的事実の重みとリアリティがある。

ニュルンベルク軍事裁判〈上〉(新装版)ニュルンベルク軍事裁判〈上〉(新装版)
(2003/06)
ジョゼフ・E. パーシコ (著), Joseph E. Persico (原著), 白幡 憲之 (翻訳)



ニュルンベルク軍事裁判〈下〉(新装版)ニュルンベルク軍事裁判〈下〉(新装版)
(2003/06)
ジョゼフ・E. パーシコ (著), Joseph E. Persico (原著), 白幡 憲之 (翻訳)



強烈な個性で頭の回転が良く能弁なゲーリングが登場する場面が多く、エピソードも多数。
被告たちのなかでは、その人物像を詳しく知りたいと思わせられた一人。
ゲーリングの母が「この子は将来偉大な人物か大犯罪者になるだろう。」と予言したという。(その通り両方とも当たっていた)
ゲーリングが、死刑執行直前に独房で自殺した時に使った青酸カリの入手方法に関する推理も書かれている。
それによると、どうやらゲーリングと親しくなった収容所看守の米兵が自ら気が付くことなく、手助けしてしまった可能性がある。

被告人の弁護人の力量にもかなり落差があり、デーニッツの弁護人を務めたドイツ海軍法務官ドオットー・クランツビューラーの弁護手法は鮮やか。
デーニッツに対する起訴事項の一つであるUボート艦隊に与えた「ラコニア号の命令」は、撃沈された船の船員について、救助や食料・水を与えることを禁じたため、”公海上に与えた人間と財産に関する罪”とされていた。
クランツビューラーは、救出活動のために潜水艦が危険にさらされる場合は、米国海軍も生存者を救出しなかったことを証明したので、この起訴事項に関しては、デーニッツは無罪となった。

逆に、他の被告の弁護人のなかには、法廷戦術に不慣れなために、検察官がするように被告に罪状を認めさせてしまうような尋問をしてしまったケースもいくつかある。

公判中、アウシュビッツ強制収容所などでユダヤ人を大量に殺害した現場映像が証拠として放映された。
その映像を見た被告たちは、そのような事実は知らなかったと言う。しかし、クランツビューラーは、「それらの事実をまったく知らなかったといえば、自分は愚か者だということになる。だがそれらに関わっていたということになれば、自分は犯罪者ではないか。知ってはいたが、なにもやらなかったとなれば、臆病者ということになる。愚か者か、犯罪者か、臆病者か-いずれかを選ばざるを得ないと思うと、クランツビューラーは憂鬱になった。」

ニュルンベルク裁判の被告の中で、自己の戦争犯罪を認めたシュペーアの人物像については、パーシコはかなり辛口。
彼の公判中の言動をかなり作為的なもの(公判戦術)と描いている。
実際、シュペーアに対する見方は分かれているらしい。

検察官では、米国検察団のジャクソン首席検察官を中心に描いている。
検察官として、被告を尋問する技術はかなりマズかったけれど、「法の尊厳を表現する言葉を見つけだす点において、ジャクソンはまさに名人芸を披露した」というくらい、冒頭・最終陳述は素晴らしいものだったという。

公判中、被告たちの精神面をケアするために、ニュルンベルクで被告たちとインタビューを行ったのは、アメリカ軍の精神分析官ダグラス・ケリー少佐、(ドイツ語通訳もつとめた)心理分析官グスタフ・ギルバート大尉、ケリーが公判途中で帰国したため代わって着任した精神分析医レオン・ゴールデンソーンの3人。
ケリーとギルバートは、インタビューを元にした本の出版をめぐって関係が悪化した。(軍の任務として行ったインタビューの内容を個人的な著書にして出版することは、当時の職業倫理上、特に問題ないのだろうか?と思ったけど)
なぜか本書には登場しないゴールデンソーンによるインタビューは、彼の死後に『ニュルンベルク・インタビュー』という本にまとめられて出版された。
ゴールデンソーンの個人的なバイアスや解釈を交えず、被告たちの言葉をほぼそのまま記録したような内容で、法廷では語られなかった被告たちの言い分が詳しく載っている。(ただし、被告によってかなり分量の差がある)

ドイツ軍によって最も大きな人的損害を受けたのはソ連で、1700万人の軍人・市民がドイツ軍との戦争で亡くなっている。
強固な反共主義者のデーニッツは、ドイツ軍がソ連軍に与えた損害は甚大で報復感情が強いとわかっていたため、ドイツ降伏後にはソ連ではなく米英軍に投稿するように兵士に勧告しているし、ソ連軍から逃れるための和平交渉の時間稼ぎもしている。
デーニッツがゴールデンソーンに対して、ソ連軍ではなく米英軍にドイツ軍の兵器や兵士を引き渡したことで、米国の将軍たちから感謝されたと自信を持って話していた。

本国の指令で動いているソ連の検察団は、ソ連軍が引き起こした「カチンの森」事件をドイツ軍に責任転嫁するためにドイツ軍を告発した。
しかし、ソ連軍の行為だと知っていた被告たちには無視されるし、他国の検察・判事もソ連軍が犯人だという可能性が高い証拠を持っているので、結局、その事件では被告を起訴しなかった。(起訴していたら、裁判の信頼性が著しく損なわれたに違いない)
裁判が終わってソ連代表団が去った宿舎では、家具、照明具、浴槽、便器、スプーン、皿、茶わん、受皿など、動かせるものは全てトラックでソ連占領地域へと運び去られていたという。

証拠書類の扱いについては、日本は敗戦間際に、役所も軍も機密文書や記録類を大量に焼却したために、裁判では弁護側が被告の無罪を立証しようとしても、信頼性のある証拠書類を提出できなかった。
ドイツの場合は、焼却せずに、別の場所に大量の書類を隠していて、連合国が探索して見つけ出していた。
しかし、ソ連が本国から輸送していた証拠書類は、運搬途中に遭遇した米兵たちが焼却してしまった。
ジャクソン検事は、まさかそんなことがあるはずがない、嘘だろうと思って米軍に調査させた結果、それは事実だった。
厳しい寒さのために暖を取ろうとした米兵たちが燃料がわりに証拠書類を燃やしたという、信じられないような話だった。


小説仕立てとはいえ、やはり歴史的事実の重みとリアリティはフィクションを超えた迫力がある。
『ニュルンベルク軍事裁判』を読了後、ヴァインケの『ニュルンベルク裁判』を読み直してみると、今度は内容がスイスイと頭の中に入ってくる。
予備知識があるとないとでは、理解力が格段に変わるのが実感としてよくわかった。


<レビュー>
ブログ<独破戦線>には、第三帝国を中心に第二次世界大戦に関する書籍・映画のレビューが多数あり、ブック・ガイドに最適。
内容の一部が紹介されていて興味がそそられるし、関連する写真も多数付けられているので、ビジュアル的にも読みやすい。
ニュルンベルク軍事裁判〈上〉 
ニュルンベルク軍事裁判〈下〉
ニュルンベルク裁判  ナチ・ドイツはどのように裁かれたのか 

ツィンマーマンとストラディヴァリウス“Lady Inchiquin“
ヴァイオリニストのフランク・ペーター・ツィンマーマンの新譜が出ていないか情報を探していたら、最近愛器のストラディヴァリウスを巡るトラブルに悩まされているという。
ツィンマーマンが2001年から弾いているストラディヴァリウス“Lady Inchiquin(レディ・インチクイン)“ は、ドイツの州立銀行「ウェストLB」から貸与されている。
その銀行が、リーマンショック後に経営破綻したため、その事業を受け継いだファンド(Portigon Financial Services AG)と、“Lady Inchiquin”を巡って、買取やら賃貸やらいろいろ交渉していたけれど、金額的に折り合いが付かず。
結局、愛器“Lady Inchiquin“をファンドに返したという。
当分の間は、支援者の好意で貸与された”Guarneri del Gesú(グァルネリ・デル・ジェス)”で演奏を続けるらしい。

<Violinear.comの記事>
【ツィンマーマン】ストラディヴァリ貸与終了 買取提案は拒否
【ツィンマーマン】 愛用のストラディヴァリ、競売は回避か?
【ツィンマーマン】 1711年製ストラディヴァリとお別れ?
楽器が変わったことを感じさせず ツィンマーマンNY公演(2015年3月3日)
この演奏会では、グァルネリ・デル・ジェスを使っている。

Heartbroken Frank Peter Zimmermann Surrenders ‘Lady Inchiquin’ Strad to Financial Controllers
ツィンマーマンは、親しい友人にNY公演の前に、‘heartbroken’だと語ったという。


ヴァイオリンの買取交渉について、金額など経緯が載っている記事がいくつか。
記事によって金額が多少違うけれど、元々の貸与契約に記載されている買取価格は、”preferred-buyer option”として、680万ユーロ。
1711年製ストラディヴァリウス“レディ・インチクイン” の現在の相場価格は、450万~500万ユーロ(1ユーロ=135円換算で、約6億750万円~6億7500万円)。
今回ツィンマーマン側が提示した金額は、相場相当の490万ユーロ。
ファンド側が提示した買取価格は、それよりも200万ユーロ近く高く、ツィンマーマンは相場価格よりもかなり高額な買取価格を拒否。
ファンド側も金額を引き下げる気は全くなく、代わりに賃貸契約を提案。
しかし、ツィンマーマンにとっては、受け入れられない高額の賃貸料(クラシックのヴァイオリニストにしては法外な賃貸料と言っている)だったため、“レディ・インチクイン”を返却することになった。

【ツィンマーマン】 6億円で愛器ストラドの買取を打診か?
Performer at New York Philharmonic to Play Without Prized Stradivarius
Prized Stradivarius Prompts Tug of War/German Violinist Frank Peter Zimmermann plays instrument made in 1711

クラシックのヴァイオリニストでは、ストラディヴァリなどの名器をコレクターや公共団体・財団などから貸与されていることがよくあるし、随分昔に辻久子が自宅を売却してストラディヴァリを購入したというので、ちょっと話題になっていた。
調べてみると、高嶋ちさ子がルーシーを2億円で購入、千住真理子がデュランティを2~3億(価格は非公開なので推定)で購入したとされている。
さすがに、ツィンマーマンのように6億円以上でヴァイオリンを購入しようとするヴァイオリニストは、そう多くはないような気がする。(以前の円高時の為替レートで円換算したら、数割は安くなるけど)
その後のヴァイオリンを巡る動向については、2月~3月以降の記事(英文・独文でも)がほとんどないので、わからない。


Youtubeにある最新の演奏会ライブ映像は、”Wiener Philharmoniker Riccardo Muti Salzburger Festspielen 2015”でのブラームス/ヴァイオリン協奏曲の演奏。たぶん今年8月頃の演奏会。
この演奏会で弾いているのは、グァルネリなのだろうか?

Johannes Brahms Violinkonzert D-Dur op. 77
Frank Peter Zimmermann - violine、Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks、Mariss Jansons - dirigiert



“Lady Inchiquin”は2001年から貸与されていたので、それ以降の演奏は全て“Lady Inchiquin”を使っている。

2008年の演奏会でのアンコール。
Solo an der Geige: Zimmermann spielt Bach


2009年に録音したバッハのヴァイオリンソナタ全集。
Frank Peter Zimmermann: Bach Sonatas




【追記 2016.2.2】
ツィンマーマンが2016年3月にリリースする新譜『モーツァルト協奏曲集』では、Lady Inchiquinを弾いているらしい。
録音が2015年6月28日なので、↑の一連の記事が出た後に、所有者側のファンドと和解して、Lady Inchiquinを買い取ったか、リースしたのだろうか?


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好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

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