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宇神幸男 『神宿る手』
恩田陸『蜜蜂と遠雷』のカスタマーレビューを読んでいたら、「同じピアノなら「神宿る手」の方が格段に「音楽」を感じさせます。」という人がいた。
興味を引かれてさっそく読んでみたら、確かにその通り。特に演奏の描写面では、『蜜蜂と遠雷』がビジュアル的に喩える表現が多くて、マンガやアニメを見ているような感覚。
それに対して、『神宿る手』は文字数は少なくてもは音楽批評的な表現で、実演さながらにその情景が浮かんでくるし、特に後半はノンフィクションみたいな現実味がある。

『神宿る手』は1990年に出版された作品。紹介文によると、「伝説のピアニスト、バローは生きていたのか?40余年ぶりの新録音がCD化され、話題を呼んだ。奇跡の楽壇復帰を仕掛けたのは、スイス在住の島村夕子であった。しかし、ベストセラーを続けるCDに疑惑の影が。美に憑かれた女のゆくところ、謎また謎。最終章に衝撃的ラストが待ちかまえる音楽ミステリー。」
”最終章に衝撃的ラスト”というのは、正確には違うと思うけど、確かに、”ええ~っ、ここまできてそれはないでしょう!?”と思ってしまった場面はある。

神宿る手 (講談社文庫)神宿る手 (講談社文庫)
(1990/04)
宇神 幸男



クラシック音楽の世界を舞台にして、いろいろ謎めいた仕掛けはあるとはいえ、ミステリーみたいな謎解きを楽しむ話ではなく、ほとんど普通の小説。
登場人物や組織とかは、実在する(した)人や会社・大学などがモデルになっているものも多く、(元ネタが何かすぐわかるくらいに)名前・名称をちょっと変えて架空の話で肉付けしている。
全ての謎と伏線は200頁までに解き明かされてしまう。それ以降は、ノンフィクション風のリアルさと臨場感で、まるでバローが実在するピアニストのように思えてくる。
面白いのは、この小説が書かれてからずっと後に起こったジョイス・ハット事件を連想させるところがあること。

著者はかなりクラシック音楽に詳しいという印象を受けたのも当然で、文庫版のカスタマーレビューによると、「愛媛県宇和島文化センターの職員で、アルフレッド・コルトー最晩年の弟子であるエリック・ハイドシェック氏の長き沈黙ののちの再デヴューコンサートを宇和島で企画し実現させた」という。(私は単行本を読んだので、その経歴は知らなかった)

ハイドシェックの宇和島コンサートのことは知っていた。いくつか聴いたハイドシェックの演奏は私の好みとは全く違っていたので、このライブ録音は聴いたことがない。小説の着想になっているのは、ハイドシェックの宇和島コンサートを実現した経験なのかもしれない。
もう一度宇和島ライブの試聴音源を聴いてみても、速めで揺れるテンポとぴしっと揃わない(と感じる)拍子に加えて乱気流みたいに変化する強弱で、音が浮き沈んだり滑っていくような不安定感を感じるので、やはり合わない。(特にベートーヴェン)

夕子が語るバローの演奏とは、「パハマンの音色、フィッシャーとケンプの滋味、ポリーニのテクニック、リパッティの純潔、コルトーの奔放、エリー・ナイの神がかり、グールドの機知、リリー・クラウスとハイドシェックのテンペラメント・・・」。(最後にハイドシェックが出てくるのは唐突だけど)

40年もの間、スイスの小さなお城に隠遁しているバローを想像すると、なぜかケンプの顔が思い浮かんでくる。
両親がフランス人とドイツ人だったバローは、ナチスに協力した疑いで戦後しばらく活動を制限され、カムバックしたベルリンコンサートは1曲弾いただけで止めざるを得ず、米国公演では(ラノヴィッツの妨害によって)現地で演奏することができなかった。
同じように戦時中にドイツ国内にとどまったケンプも、ナチスへ協力した疑いで戦後数年間は演奏活動ができなかった。
(シリーズ第4作『美神の黄昏』では、ケンプが実名で登場。バローがその類稀なる才能を見抜いた少年フリッツにピアノを教える。)

バローが登場するシーンは、伝聞・手記・回想などの形が多い。バロー自身が直接言葉にして語る場面は、来日後の記者会見と最後にリサイタルで「定刻に出よう」と夕子に英語で言うシーンくらいなのに、しっかりとした存在感がある。
喩えて言えば、バローが古城の城主なら、弟子の夕子は強い意志と行動力をもつお姫さま、伊原財団の事務局長・村井周平は会長の忠実な執事で夕子の傳役、蓮見さやかはいささか頼りない騎士(ナイト)みたいな役回りで、配役が面白い。
私は好きなキャラクタは村井周平。結構味のある役柄で、夕子と会長の間をとりもちつつ、温厚で堅実な外見と仕事ぶりながら、財団傘下の音大と楽団を実質的に管理する影の実力者。

ここからは、小説の結末や仕掛けについて書いています。

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yoshimi

Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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