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カッチェン《ベートーヴェン作品集》 ~ディアベリ変奏曲(1960年盤)
カッチェンはベートーヴェンのディアベリ変奏曲を1953年、1960年の2度録音している。1953年はモノラル録音なので、ステレオ録音の時代に入って、再録音したもの。
演奏内容も、1度目が27歳頃と若い頃に収録したものなので、それから7年の歳月を経ると変わっているのが良くわかる。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番、ディアベリの主題による変奏曲ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番、ディアベリの主題による変奏曲
(2004/10/27)
カッチェン(ジュリアス)

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ディアベリ変奏曲は、かなり集中して聴かないと迷路のようにわからなくなってくるところがある。
この曲をわかりやすく聴くのに一番良い方法は、楽譜を見ながら一度は聴いてみること。ただし、楽譜が読める人にしか向いていないのが難点ではある。
一度でも楽譜を見ながら聴いてみると、各変奏のつくりや、変奏同士で関連しているところや対照的なところに気がつく。専門家ではないので深読みはできないけれど、楽譜上のオタマジャクシの配置を見るのはとても面白い。
変奏自体は短いし構成もシンプルなので、何人かのピアニストの演奏を聴いた方が弾き方の違いがよくわかり、この曲がさらにわかりやすくなる。
この方法を試したおかげで、こんなに単純な主題をここまで長大な変奏曲に仕立てたディアベリ変奏曲が、とても面白い曲だと思えるようになったほど(私にはゴルトベルク変奏曲よりもずっと面白い)。

ディアベリ変奏曲の楽譜は、「国際楽譜図書館プロジェクト(IMSLP)」から無料でダウンロードできる。

参考までに、ピアニストの野平一郎さんが書かれた「《ディアベリ変奏曲》の演奏解釈」というファイルがあります。単に聴くだけよりも、いろいろわかって面白いと思います。

手元にある録音は、ポリーニ(1998年)、ゼルキン(1957年、1969年ライブ)、アラウ(1953年)、カッチェン(1953年と1960年)の4人の演奏。シチェルバコフの録音も聴いたけれど、これはもう一つ。バックハウスの1955年の録音も、ラックの奥に眠っているピアノ協奏曲全集にカップリングされているのに気がついて、これは後で聴いてみた。

カッチェンの1960年の録音は、テンポがかなり速い。普通は50分台で弾かれている曲なのに(あのポリーニでさえ50分ほど)、46分台で弾いている。なんといってもバックハウスの43分台が最速だとは思うが、その次あたりに速いかも。
速いテンポながら、フォルテの力強く鋭い打鍵と低音の重い響きでゆるぎない構造感と安定感がある。ピアノのメカニズムを最大限生かした堅牢な構成感は、かなりの迫力がある。
全体的に和音・重音の移動が高速・低速とも多い曲だが、粒のそろった歯切れの良いタッチで、とても軽快。
高速のフォルテが支配的な楽章は、細部の起伏をそれほどつけずに、インテンポで弾き、力強い打鍵でがっちりとした構築物のようなゆるぎなさ。
ただし、諧謔、軽妙さといったニュアンスのある変奏では、直截的な弾き方で生真面目な感じ。こういう雰囲気を出すのは苦手らしい。
それとは正反対に、叙情的な変奏(第3,4,8,18,29,30,31変奏など)は、ゆったりとしたテンポで、柔らかい響きの弱音と繊細な表現が美しい。特に第29・31変奏の演奏には、切々と訴えるような哀感が流れている。
カッチェンのブラームスのピアノ曲を聴いている時と同じように、音符の間からいろんな感情が零れ落ちてくるような詩情があるディアベリ変奏曲になっている。

カッチェンの演奏の特徴は、透明感のある響きの短いクリアな音で、緩急・強弱のコントラストを明確に対比させ、すっきりとした見通しの良さと明晰さを感じさせる。この厄介な変奏曲にしては、とても聴きやすい演奏。
重厚や荘重さはないが、速いテンポであっても力強く堅牢な構造感をもたせながら、繊細な叙情が歌われていて、個人的な好みでいえば、バランスは良く取れていると思う。

楽譜を見ながら、変奏ごとにゼルキンのライブ録音も聴いていたので、それぞれの演奏解釈の違いや、個性の違いが良く出ていて、こういう聴きかたもたまには悪くはない。
変奏の構成や性格がだいたいわかってきてから、全曲通して聴いてみると、また別の発見もあるというのも面白いところだと思う。

 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ





<メモ>

主題:速いテンポで軽快に弾いているが、打鍵は力強く明確で力感も十分。スタッカートは鋭く、歯切れ良く、リズム感があって爽快な感じ。

第1変奏:若々しさがあって明るく力強いけれど、とても真面目な雰囲気で弾いている。(本来はどこかしたユーモラスなところを感じる曲だという気がする)

第2変奏:柔らかくもやのかかったようなレガートが綺麗。全体的に蚕の繭にくるまれているような滑らかさがある。

第3変奏:夢見るような透明感と柔らかな響きがとても美しい。旋律も良く歌わせている。第22-26小節の突然現れる奇妙な旋律を弾くところは、もやに覆われたようなくぐもった響きで曖昧さをうまく出している。

第4変奏:歌うような滑らかさと、波のように変化する起伏で、表情豊か。

第5変奏:速いテンポで左手の連打が鋭く響き、リズム感があり、音の重なりが面白い。フォルテの和音の連打も力強く、歯切れよい。

第6変奏:速いテンポで弾くスフォルツァンドが力強く鋭く、アルペジオを高速で上下下降することでリズムが明瞭。弱音で弾く細かいパッセージとの対比が明瞭。

第7変奏:高速で軽快。左手の8度の移動するリズムを強く明瞭に響かせているので、リズム感が良い。右手の三連符もとても軽やか。

第8変奏:左手のアルペジオも、右手の和音もとてもやわらかい響きでレガート。左手のうねりに載せた右手の旋律が優しい表情。

第9変奏:おどけたようなリズムと旋律(やや悲愴感あり)だが、カッチェンはやや生真面目な感じがする弾き方。楽譜どおりには弾いているが、こういう曲想の味を出すのがあまり上手くないようだ。

第10変奏:速いテンポでとても軽快。和音の打鍵も軽やか。響きも短くしているので和音の濁りがなく明瞭。

第11変奏:やや速めのテンポ。この旋律にはやや曖昧な雰囲気を感じるが、カッチェンはやや直線的に弾く。もうすこしテンポを落として、三連符のところのニュアンスをつけても良い気がする。

第12変奏:重音移動も速いテンポだが柔らかなレガートで軽やか。フォルテとの対比は明瞭。

第13変奏:フォルテの打鍵が鋭く、力強い。弱音はとても柔くて軽快。

第14変奏:弱音で弾く和音はとても柔らかくて軽やかで、響きも消えそうに弱い。対照的にフォルテは鋭く力強い。

第15変奏:和音のスタッカートは柔らかく軽やかだが、もう少し鋭いリズム感があっても良い気がする。

第16、17変奏:速いテンポで、左右の符点のリズムが鋭く躍動感がある。トリルも高速。16分音符で分散して上昇下降する音も明瞭で歯切れ良い。

第18変奏:とても柔らかで弱い響きのレガート。問いかけるような旋律の雰囲気が良く出ている。高音部は特に綺麗な響き。

第19変奏:前半のスフォルツァンドの入ったリズムが鋭く明瞭。後半のピアノとの強弱の対比が鮮やか。

第20変奏:フーガの形式だが、どうもよくわけのわからないところがあるミステリアスな旋律。

第21変奏:冒頭のアレグロとその後のメノ・アレグロのコントラストをもう少し鮮やかにしても良いかも。

第22変奏:おどけた雰囲気のする変奏だが、クレッシェンドなどの起伏のつけ方が直線的なので、軽妙さにやや欠ける。(やっぱりこういうユーモラスな雰囲気を出すのが上手くない。)

第23変奏:速いテンポで切れ良いタッチ。特にフォルテの和音のアクセントがよく効いているのが良い。

第24変奏:フゲッタだが、完璧なフーガによる変奏。
かなり速いテンポだが、響きはとても柔らかく、ところどころテンポを揺らして弾いている。こもるような響きなので、テンポの速さも相まって、主旋律はまだしも明瞭だが(それでも響きの中に埋もれるところあり)、副旋律は柔らかな弱音のなかで背景のようにふわ~と流れている。
フーガは各声部をそれぞれ明瞭に浮き上がらせる弾き方が多いので、カッチェンの弾き方だとちょっと変わった響きがする。これはこれで包み込むような雰囲気があって良い。
演奏解釈が書かれている楽譜には、オルガンのように、とか、柔らかく、と指示されていたので、確かにとても柔らかい弱音で、オルガンのように全ての音が共鳴しているような響きがする。

第25変奏:速いテンポで、右手の和音が柔らかくリズムを刻んで、軽快。

第26変奏:速いテンポでとても軽やか。コロコロと玉が転がるようなアルペジオが綺麗。

第27変奏:さらに速いテンポで、左手のフォルテが鋭く効いている。

第28変奏:速いテンポで全体的にフォルテで弾いているが、それでもスフォルツァンドがよく効いていて、リズム感が良い。

第29変奏:響きを短めにし、抑揚をやや大きめにつけて、切々と訴える感情が良く出ている。とくに最後の2小節は急に感情が高ぶったかのように大きくクレッシェンドして、すぐに消え入るように終わるところが印象的。
(この変奏の冒頭の旋律は、映画「敬愛なるベートーヴェン」の中で流れていた。)

第30変奏:両手とも抑揚を良くつけて、穏やかさのなかにも感情が溢れてくるような弾き方。

第31変奏:抑揚を良くつけて、特に右手の旋律をよく歌わせ、切々とした悲痛な感じを良く出している。ここはとても情感豊かで透きとおった響きが美しく、沈潜と高揚とのコントラストが鮮やか。
音の間から涙が零れ落ちてくるような叙情がある。

第32変奏:速いテンポで歯切れ良い打鍵で、明るく軽快なフーガ。カッチェンの演奏はとても清々しい感じがする。各旋律とも明瞭だが、同音連打するところはリズムを明確に刻むので、リズム感が良く出ている。展開部のフーガはかなり速いテンポで軽快に弾いていて、疾走感がとても鮮やか。このカッチェンのフーガは、とても好きな弾き方。

第33変奏:透明感のあるクリアな弱音が美しく、軽やかで柔らかいタッチで弾き、この変奏の愛らしさを良く出している。ラストの盛り上がりもとても良い。

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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