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吉松隆著 『世紀末音楽ノオト』
吉松隆はクラシック界の作曲家にしては結構文才に恵まれている。著書・編著に論文、コラムと発表した著作は多い。
最初の著書は『魚座の音楽論』(音楽之友社、1987年7月)。
タイトルはエッセイぽいが、現代音楽に関する理論的な解説や見解、作曲家とCDの紹介などが主体で、その方面に興味がないと面白いとは言い難いところがある。

次の著書は、『世紀末音楽ノオト』(音楽之友社、1994年5月)
音楽に関するエッセイ集だが、これは内容的にも表現的にも面白くて読みやすい本。すでに絶版になっているのが惜しい。
構成は、世紀末音楽メモ、世紀末音楽ノオト(全6章)、作曲家の日常(10篇)、音楽試論(3篇)、音楽家たちの残像(シベリウス、ショスタコーヴィチ、モーツァルト、ドビュッシー、マーラー、バルトーク、グレン・グールド、山下和仁、舘野泉、ほか)。

世紀末音楽ノオト世紀末音楽ノオト
(1994/06)
吉松 隆

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<世紀末音楽メモ>は1篇1ページ程度のメモ書きのような軽いタッチの小編。
著者がピアニストで指揮者でもあるレオン・フライシャーと会った時に聞いた話が載っている。
フライシャーが6歳の時(すでにピアニスト・デビューをしていた)に、ラフマニノフのコンサート後に楽屋で会った時のこと。ラフマニノフがフライシャーに「君もピアニストかね?」。彼を見上げてウィウィとうなづく少年。ラフマニノフはフライシャー少年に「まったく、ひどい商売さ。」と言ったそうだ。

フライシャーは右手の致命的な故障のため、40年近く右手でピアノを弾くことができず、左手だけのピアノ曲やコンチェルトを弾いていた。(今は治療のおかげでようやく両手で弾けるようになっている。)
吉松隆は、舘野泉のために左手だけで弾くピアノ曲を作曲しているが、フライシャーと会ったときには、自分がそういう曲を作曲するとは思ってもいなかったに違いない。

<作曲家の日常>は、世間の人には不可解なところのある作曲家の生計のたて方、作曲という作業の手順など、普通は知ることがないであろう作曲家の世界が垣間見れる。
吉松隆は作曲コンクールに十数回は参加したが、独学の身で主流派とは違う作風だったために、ことごとく落選か、せいぜい奨励賞どまり。代表作「朱鷺に寄せる哀歌」も見事落選。この名曲を落選させるというのは全く不可解。審査員の好みに合わなかったんでしょう。

デビュー曲である「朱鷺に寄せる哀歌」は、吉松自身が音楽協会の音楽展で自腹で初演したそうだ。自作を初演してもらうには、演奏者への謝礼や会場費、チケット代、パート譜作成費とかの経費がかかる。委嘱作品でもない限りひたすら「赤字のトンネル」になるという。
「頼まれもしない曲を頼まれもしないのに書き、頼まれもしないのに鳴らす」という行為は、親の遺産があるとか、裏庭に金の鉱脈でもある家に生まれない限り、そもそも試みるものではないらしい。

<世紀末音楽ノート>は、吉松隆の現代音楽に対する見解と信条を書き連ねた章。なぜ彼の作風が反現代音楽的であるのかというバックボーンが良くわかる。

<音楽家たちの残像>では、シベリウスとショスタコーヴィチが良かった。興味がある作曲家なのでそう思ったところもあるが、この小論で紹介されている曲を聴きたくなってくる。
シベリウスは、ヴァイオリン協奏曲はとても好きな曲だが、フィンランディアとか初期の交響曲は全く相性が悪かった。
この本を読んで交響曲第4番、第6番、第7番と、「ラカスタヴァ」という弦楽曲は聴いてみる気になった。
なぜか吉松は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」と「交響曲第6番」を重ね合わせている。透明な死生観と魂の深奥に触れる幻想とを持った「銀河鉄道の夜」の音楽そのものを聴いたように感じたという。「銀河鉄道の夜」も好きな本なので、第6交響曲は必ず聴かないといけない。

ショスタコーヴィチ小論。ショスタコーヴィチの音楽の面白さの一つは謎解きだという。「死後に言葉の罠を仕掛けた有名な《証言》を始めとして、歌曲に見られる二重三重の暗喩、それを交響曲に投影させる暗号的構造、引用を駆使した知能犯的な表現、などなど実に巧妙で知的な仕掛けがあちこちにパズルのようにちりばめられている。」---- そこまで書かれてしまうと、ショスタコーヴィチの音楽を聴かずにすませられなくなってしまった。
ヴォルコフの有名な『ショスタコーヴィチの証言』は、「20世紀音楽史上に残る最大の音楽書の一つ」で「下手な推理小説の何十倍の謎と暗号に満ちている」と吉松隆は評しているので、そんなにスリリングな本なら読まずにはいられない。

ショスタコーヴィチの証言 (中公文庫)ショスタコーヴィチの証言 (中公文庫)
(2001/06)
ソロモン ヴォルコフ

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ショスタコーヴィチの交響曲は、最近ナクソスで聴き始めたところ。Schweizer_Musikさんの「鎌倉スイス日記」<キタエンコ指揮のショスタコーヴィチの交響曲全集より>で紹介されていたキタエンコ指揮ケルン・グルゼニッヒ管の演奏で、第5番と第4番を聴いた。
硬派のマーラーというか、耽美性を排除して鎧をかぶったマーラーのような音と旋律。ピアノ協奏曲や映画音楽はとても明るい作風だが、粛清政治のスターリン時代を生き延びてきたショスタコーヴィチの交響曲というのは、表と裏とが捻れたかのような複雑さと緊張感がある。
真面目な交響曲の中で突如として出てくる「悪漢と探偵のおっかけこみたいなアレグロとか、ジンタやサーカスのマーチや安っぽいワルツとかポルカ」。こういう分裂気質がマーラーに似ているという。
確かにピアノ協奏曲第1番を聴いていると分裂的気質に満ちている。17歳で作曲したピアノ三重奏曲第1番はとても叙情的な美しい曲だが、どことなく不安や錯綜した感のある不安定さがある。
ピアノ五重奏曲はそれよりもはるかに手の込んだつくりの曲だが、ピアノ協奏曲第1番に似たフレーズが聴こえてくる。ピアノ三重奏曲・五重奏曲ともロマン派の曲とは違って、一筋縄ではいかないような屈折した複雑さが面白く、聴き応えがある。

最後に載っていた「モーツァルト先生没後200周年記念 Mad Tea Party」はパロディ。
バッハから現代音楽のシェーンベルクあたりにいたるまでの大作曲家たちが登場してくるが、それぞれの作風を批判(賞賛)し合っているところが面白い。
よく伝記などに載っている言葉やエピソードがちりばめられていて、これが全部わかる人はかなりのクラシック音楽の雑学通だと言える。
ブラームスがブルックナーに向かって「あんな大蛇が地ベタを這っているような交響曲を書いておいて」というセリフ。これはブラームスがブルックナーの交響曲を評して言った「交響的大蛇」という言葉を指している。


この本は、音楽ものの評論の中ではかなり面白くてインフォマティブな本だと思うし、吉松隆が良いと思った曲なら聴いてみたいという気になる。彼のつくる音楽の美しさを知っているので、彼が良いと思った曲には、現代音楽界におけるこの稀代のロマンティストである作曲家の琴線に触れる何かがあるに違いない。

吉松隆のホームページ「交響曲工房」には、すでに発表ずみのコラムや、論文(ショスタコービチ、シベリウス、バルトークなど)がいくつか掲載されている。(左側フレームの「図書館」からリンクされている)
「クラシック音楽探偵事務所」は、2006年4月よりJapan Arts クラシック・マガジンに毎月連載中の音楽コラム。作曲家やその作品、楽器、音楽理論などに関する解説兼エッセイ。これも役立つ情報が多い。

tag : 吉松隆 伝記・評論

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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