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エッシェンバッハ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第32番
クリストフ・エッシェンバッハは今ではピアニストとしてではなく、指揮者としての活動が中心になっているせいか、最近は彼のピアニストとしての新しい録音はりリースされていない。
指揮者として録音した曲はいくつか聴いているが、ピアノ曲はこのベートーヴェンの後期ソナタ集くらい。
CD2(第31番、第32番、バガテルOp.126)から聴き始めたが、思いもかけないくらいの素晴らしさ。
とりわけ、第32番のピアノ・ソナタは、独特の解釈と音楽性で特異かもしれないが、一度聴くと忘れられないくらいに深みのあるソナタである。第1楽章、第2楽章ともエッシェンバッハの個性が強く出ているが、特に、1つ1つの音を丁寧に弾き進んでいくスローペースの第2楽章は、好みがはっきりと分かれるタイプの演奏。
カップリングされている第31番とバガテルは、均整の取れた端正さと繊細さがとても美しい。

Beethoven: Piano Sonatas No. 29 Beethoven: Piano Sonatas No. 29 "Hammerklavier", 30-32; Bagatelles, Op. 126
(2003/10/02)
Christoph Eschenbach

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エッシェンバッハの音は、感傷や情緒性の入り込む余地のない冴えた冷たさがある。硬質で透明感があり、不純物の混じっていないような美しさ。
彼は響きをいろいろと使い分けているようで、やわらかい弱音には透き通った美しさがあるが、時に夢幻的とでもいうような霞がかった響きを聴かせることもある。
彼の演奏自体も、叙情的な繊細な表現力があるが、そこには感傷やウェットな情念といったものはない。彼のピアノは極めて知的でよく考え抜かれ、コントロールされている。
しかし作為性や乾いた理性を感じさせることはなく、むしろ自然に湧き出る深い叙情を感じさせるという不思議なところがある。

ベートーヴェンの最後のソナタにふさわしく、まるで曲と向き合って対話しているかのように、この第32番のソナタをエッシェンバッハは弾いている。
第1楽章は、鋼のように黒光りする太く暗い音色で、激しく叩きつけるようなフォルテの和音で始まる。まるで怒りをぶつけるかのように力強く激しい。この第1楽章は全編に荒々しさが流れている。
フォルテでも、ピアノでも、うねりのように音が繋がっていき、どんな速いパッセージでも一音一音が明瞭で、しっかりとした存在感がある。彼は何かを音に語らせようとしているかのように聴こえてくる。。

第2楽章は、冒頭から終わりまで極めて遅いテンポで通している。
演奏時間は22分16秒。普通は17~19分台が多く、ウゴルスキの26分台は別格として、あの(超スローで有名な)アファナシエフでさえ21分台で弾いている。
カッチェンの演奏も冒頭はエッシェンバッハと同じくらいスローテンポなので、初めは似ている雰囲気がしたが、カッチェンは第3変奏からテンポを上げていくので18分少々。
エッシェンバッハの演奏を最後まで聴けば、このスローテンポで弾くことが、彼にとって極めて自然なのだと理解できる。

アリオーソの主題は、わりとしっかりとしたタッチで明確に弾いているが、テンポは極めて遅い。内面の奥深くに沈潜して、声に出さずに語る沈黙のなかのモノローグ。
第1変奏は、沈黙から抜けて出て、柔らかい音色で1音1音を丁寧に、まるでつぶやくように弾いている。第2変奏になると、何かを語りかけるように、旋律がさざなみように揺らぎ始めてくる。
大きく高揚する第3変奏は、少しだけテンポをあげてはいるが、しっかりとした打鍵で安定感があり、音色はきらきらと輝いている。旋律が良く歌っていて、心の中の喜びが歌となってゆっくりと溢れ出ているような自然な高揚感がある。

第4変奏は、スローテンポに戻り、柔らかな音色でゆっくりと弾いていくが、左手の伴奏も音もよく聞きとれる。律動するリズムの上を流れる右手の高音の旋律の響きは美しく、何かを静かに語りかけるような穏やかさがある。
トリルの展開部から第5変奏に入ると、右手と左手の旋律同士が表情豊かに訴えかけてくるので、対話をしているかのように聴こえてくる。
やがてクレッシェンドしていくが、ドラマティックな高揚感ではなく、ゆっくりとしたテンポのなかで徐々に盛り上がっていく。音色は輝くような明るさに変わっていくが、じわじわとこみ上げる感情が滲み出してくるような穏やかな高揚感が、とても自然に思えてくる。
終盤のトリラーの中で弾かれる旋律は、全てが満たされたように静かで、澄みきった美しさが漂っている。

エッシェンバッハは、ゆったりとしたテンポの中で、1音1音にいろいろな響きや表情をつけながら、とても丁寧に弾いている。
ピアノが弾く旋律は、つぶやいたり、語ったり、歌ったり、対話したりしているかのようで、彼がこの曲と向き合って交わしている言葉を音に語らせてようとしているように思えてくる。
エッシェンバッハがこの曲を録音したのは38歳の時。その若さでこれだけのベートーヴェン最後のピアノ・ソナタを弾いていたというのは、本当に凄いと思う。

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

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