*All archives*



カッチェン《ベートーヴェン作品集》より ~ 6つのバガテル Op.126
ベートーヴェンは作曲途上で浮かんできたり、結局使わなかったりした曲想や旋律をバガテル(小品)としてまとめなおして、出版している。あの有名な「エリーゼのために」もバガテル。(この「エリーゼ」というのは原稿判読時に読み間違っていたもので、本当は「テレーゼ」だと言われている。)

バガテル集として、まとまって出版された曲集は全部で3つ。
「7つのバガテル Op.33」(1802年)、「11のバガテル Op.119」(1820-22年)、「6つのバガテルOp.126」(1823-24年)。他に「エリーゼのために」のように単独のバガテルもいくつかある。
バガテル集は元から演奏機会も録音も少ないが、それでもおそらく一番よく演奏されるのが最後のバガテル集「6つのバガテルOp.126」。
すでにピアノ・ソナタ全集は完結し、最後のピアノ独奏曲であるディアベリ変奏曲と第9交響曲もほぼ完成した頃にまとめた作品。小品とはいえ、ベートーヴェン自身が今までに書いた小品の中で最良の作品とまで言っているほどの高い完成度である。

ベートーヴェンは、このパガテル集は抜粋して演奏されるのではなく、本来全6曲をまとめて演奏するべきものと言っていた。
元から演奏会のプログラムには乗りにくい曲集だし、あまりリサイタルのアンコールピースで演奏されている様子はない。
ブラームスの小品集は極めて叙情的な曲が多いので抜粋してよく演奏されているし、他にも演奏効果が高い技巧的な曲はいくつもあるので、このベートーヴェンの地味なバガテルはあまりアンコールピース向きではない。

録音は結構あるが、3つのバガテル集全てを収録したものとしては、ブレンデルの録音が有名だと思う。コヴァセヴィチ、アファナシェフ、グールド、ジョン・リル、ヤンドーなどの録音もある。
グールドはOp.33とOp.126、コヴァセヴィチはOp.119、ルドルフ・ゼルキンはOp.119、カッチェンとエッシェンバッハ、アンデルシェフスキは最後のOp.126だけを録音。(この他にもまだたくさんあるとは思う。)

Op.126の録音では、ブレンデルはゆったりとしたテンポで響きの余韻が美しい優美さと明晰さを感じさせる演奏。
リルは明確なタッチと響きで明瞭なフォルム。あっさりとしてはいるが穏やかな情感がある。
エッシェンバッハの弾くバガテルには、フォルテの尖ったような鋭さと、線の細さを感じさせる弱音の繊細さがある。
カッチェンのバガテルは、弱音の柔らかく丸みのある響きが美しく、優しく包み込むような感じがとても心地よい。

カッチェンの録音で今入手できるのは、この国内盤のみ。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番、合唱幻想曲、6つのバガテル、ポロネーズベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番、合唱幻想曲、6つのバガテル、ポロネーズ
(2004/10/27)
カッチェン、ガンバ指揮ロンドン交響楽団・合唱団

試聴する


最後の小品集「6つのバガテル Op.126」は、譜面を見ればとてもシンプルで技巧的な難しさを感じさせるものはないが、シンプルな形式のなかに凝縮されたエッセンスが詰まっているような密度の濃さがある。バルトークに「ミクロコスモス」という小曲集があったが、このバガテルも小宇宙のような自己完結した美しさがある。

第1曲 ト長調 Andante con moto
第2曲 ト短調 Allegro
第3曲 変ホ長調 Andante
第4曲 ロ短調 Presto
第5曲 ト長調 Quasi allegretto
第6曲 変ホ長調 Presto - Andante amabile e con moto - Tempo I

第1曲~第6曲は、緩急の対比で順に並べられているが、第6曲だけは冒頭とエンディングのみPrestoで、間に挟まれた大半の部分はAndante amabile e con moto。
奇数番号の第1・3・5曲は長調。穏やかな雰囲気に包まれていて、優しげで美しい旋律が流れている。

第1番はとても心穏やかな主題で始まり、ところどころ小さな高揚があって眩く輝くようなところはあるが、全体的にさざなみが打ち寄せるような平静さがある。第5番と少し雰囲気が似ているけれど、第5番の方が躍動感がある。
第3番も第1番同様の穏やかな雰囲気が覆われていて、終盤のトリルの後に現れる右手高音部の旋律は、夢見るような美しさ。最後は天上から地上へ降りてくるかのように、低音部へと下降して行く。

第5番は優しさに溢れ、まるで歌を歌っているかのように、心が浮き立つような自由さがある。
カッチェンのテンポはいつものようにかなり速く、自然に音が弾んでいくような躍動感がある。
ブレンデルは逆に遅いテンポでたっぷりと歌い(カッチェンの約2倍の演奏時間。Andanteのよう)、エッシェンバッハはほど良い速さで繊細な歌い方がとても綺麗。
Quasi allegrettoなので、カッチェンぐらいの速さでも、それほど速いということはないとは思う。速いテンポだとさっぱりとした叙情と躍動感の両方があってなかなか良い。
主題は明るさのある旋律ではあるけれど、やや切なさを感じさせる。中間部は明るさに満ちていて、最後で高揚して和音が増えていくところはとても自然。湧き立ってくるような喜びと輝きがある。
このバガテル集の中で最も好きな曲で、楽譜を見ればとてもシンプルだけど、心の動きが凝縮されたような密度がある。

短調の曲は2番と4番。短調とはいえ悲愴感はなく、あちこちで長調の旋律が入り込んできて、短調の翳りをすぐに明るさで覆ってしまう。中間部で長調へと転調すると調和のとれた落ち着いた調べが流れてくる。
ト短調の第2番はAllegroで、問いと答えのように、まず右手と左手が交互に力強く分散和音を弾き、その直後に優しげな旋律が答えるように続いていく。
問いかけはフォルテで切迫感があるが、答えはとても穏やか。中間部では長調に転調して明るく晴れやか。しかし、あまりにこの問いかけのような旋律が何度も現れてくるので、とうとう答えの旋律までフォルテで甲高くなっていくが、結局は全てが解決したかのように、ピアノで穏やかに終わる。
短調で終っているところが、なんとも微妙な雰囲気ではある。聴くよりも自分で弾いた方が、面白さがよくわかったと思った曲。

ロ短調の第4番冒頭は、力強く弾く短調の主題だが暗さとか切迫感はあまり感じさせない。長調の旋律がところどころ混じってきて、中間部は転調して長調の弱音に変わり、静かな凪を感じさせる旋律。また冒頭主題に変わるが、最後は中間部の主題がcodaのように現れてきて、穏やかに消えるように終わる。

最後の第6番も長調で、終曲のためか最も長い(5分~6分)。大半はAndante。
冒頭とラストで現れる旋律はまるで、フィナーレの開幕と終幕を合図するかのような瞬間的なPresto。
一瞬稲妻のように現れて去っていった序奏の後は、ゆっくりと過去を回想するかのような、穏やかで懐かしさを感じさせる旋律を右手が弾いていく。
32番ソナタの第2楽章と同じような左手低音部の3連符が現れ、その響きは追憶のなかに埋もれていくように霞がかっている。やがてうねるように高揚していくところは眩く輝いてはいるが、それも過去の束の間の想い出であったかのように、元通りの穏やかさに戻っていく。
最後には、再び冒頭の旋律が稲妻のように一瞬にしてPrestoで駆け抜けていき、突如として終わる。まるで過去の回想をきっぱりと断ち切ったような潔さ。

カッチェンの演奏は、すっきりとした短い響きと明るさのある音色で透明感があり、テンポは速めでタッチは軽やか。長調の曲は柔らかでややこもるような弱音主体で、強弱のコントラストや抑揚をつけながらもさらっと弾いているので、さりげない叙情が漂っている。
短調のテンポの速い曲は力強く重みのあるタッチで弾いてはいるが、丸みのある響きがして、エッシェンバッハの尖ったような鋭さとは違って、どこかしら穏やかさを感じさせるところがある。
カッチェンの弾く最後のバガテル全曲に共通して感じるのは、明鏡止水とでもいうような穏やかに澄み切った心情が通奏低音のように流れている。同時期に録音したベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタも、透明感と穏やかさを感じさせる。

同じ晩年の小品集といっても、ブラームスの場合は長調であっても陰鬱さが忍び込み、漠然とした不安や重苦しさが曲を覆いかねないところがある。ベートーヴェンの最後の小品集は、ブラームスとは全く違う調和のとれた穏やかな心境と明るさが感じられて、聴いても弾いても幸せな気分になってくる。


 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

tag : カッチェン ベートーヴェン

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
Secret
(非公開コメント受付中)

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
タグリスト
マウスホイールでスクロールします

月別アーカイブ

MONTHLY

記事 Title List

全ての記事を表示する

リンク (☆:相互リンク)
FC2カウンター
プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

お知らせ
ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿や記事内容と関連性の薄い長文のコメント、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で削除・拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。