ショスタコーヴィチ/ピアノ五重奏曲 

2009, 04. 23 (Thu) 20:00

ショスタコーヴィチの室内楽曲は弦楽四重奏曲が有名だが、弦楽だけの曲はほとんど聴かないのでよくはわからない。
常に批評にさらされ、当局の毀誉褒貶が極端な交響曲とは違った顔。交響曲が公の顔だとすれば、室内楽は彼の私的な面が表されていると言われる。
ショスタコーヴィチは、自身がピアニストだったわりには、あまりピアノ曲を残していない。この点はブリテンと良く似ている。
数少ないピアノ曲のうち、ピアノ五重奏曲は現代音楽の中でも名曲とされている。かっちりとした古典的な形式が醸し出す気品と、その清々しく澄み切った透明感と叙情性がとても美しい。ショスタコーヴィチの隠された心のうちからいろいろな感情がこぼれ落ちてくるような曲。
「24の前奏曲とフーガ」も、平明な雰囲気とシンプルな旋律のなかに、ショスタコーヴィチ独特の和声やリズムがくっきりと浮かんでくるが、このピアノ五重奏曲もそれと相通ずるような透明感や清々しい叙情が聴きとれる。

ピアノ五重奏曲には、ショスタコーヴィチの自作自演、リヒテル/ボロディンSQやアルゲリッチがピアノを弾いている録音など、結構いろいろとある。リヒテルは特に好んで聴くことはないし、最も売れているらしいアルゲリッチは全く聴かないピアニストなので、ここはバシュメットとマイスキーが演奏しているライブ録音にした。2006年12月ウィーン・ムジークフェラインでの演奏でレーベルはOnyx。

二重奏や三重奏が主体になっているのでとてもシンプルな響きで、弦楽による重奏が薄いのが良い。ピアノが弾く主旋律がとても綺麗に聴こえてくる。

Shostakovich: Piano Quintet; Trio No. 1; 5 PiecesShostakovich: Piano Quintet; Trio No. 1; 5 Pieces
(2008/02/12)
Julian Rachlin(violin),Janine Jansen(violin),Yuri Bashmet(viola),Mischa Maisky(chello),Itamar Golan(piano)

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Ⅰ Prelude
冒頭のピアノ・ソロはドラマティックで悲愴感のある主題。その後に現れる第2主題がとても美しい。主題を提示するところは、ピアノが高音域で弾いているが、とても密やかな雰囲気と叙情感のあるシンプルな旋律。第1主題と第2主題が交互に現れて、華麗さと気品をおびた楽章。

Ⅱ Fugue
とても静かで内省的なアダージョのフーガ。単音の旋律を順番に楽器が弾いていって音を重ねていく。徐々に心の中の葛藤が現れたかのように悲愴感が強くなっていき、強奏されていく。ピークには第1楽章の第1主題も現れることもあるが、最後は元通りの静かなフーガに戻って終息する。

Ⅲ Scherzo
ショスタコーヴィチらしいスケルツォ。明るさと輝きがあって、前の楽章の抑制された感情や悲愴感を打ち消すような、堂々とした楽章。弦が律動するリズムがとても躍動感がある。

Ⅳ Intermezzo
再び沈潜した雰囲気に戻ったインテルメッツォ。この楽章は、弦楽器が主旋律を弾くことが多く、ピアノが底流でリズムの進行を刻んでいる。この楽章も密やかで、漠然とした不安と憂いに満ちた雰囲気の美しい旋律が流れている。

Ⅴ Finale
フィナーレにしては地味な感じの曲想と展開。
冒頭の第1主題は静かだけれど曲想は明るいロンド風。第2主題に入ると、古典的な舞曲のようにフォルテで華やかで明るい。ブロッホのコンチェルトグロッソ第1番の第3楽章(Pastorale and Rustic Dances)の雰囲気にちょっと似ている気がした。
と思ったら、また静かに密やかに悲愴感のある第1楽章の第1主題をピアノが弾き、再び弦とピアノが第1主題と第2主題へと順に(それほど元気さもなく)回帰していき、最後はとても静かにあっさりと終わる。え、これで終わり?と思ったくらいに、あっけない。
この楽章は、ふわふわ、もやもやした雰囲気があって、つかみどころのなさを感じるものがある。そういえば、「前奏曲とフーガ」でもそういうタイプの調があったし、こういうところもショスタコーヴィチの持ち味なんだろう。

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