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スティーヴン・ハフ/イン・リサイタル
スティーヴン・ハフの最新アルバム『イン・リサイタル 』。2008年7月、ロンドン、ヘンリー・ウッド・ホールでのスタジオ録音。
ハフは、異なる作曲家の小品を多数録音したスタイルのアルバムが好きらしく、これでVirginとHyperionからあわせて6~7枚目くらいになる。
小品集はあまり集めていないけれど、今回は大物のベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ第32番が入っているので、これは早速オーダー。

今回のアルバムは、ハフがリサイタル・プログラムで弾いている曲をスタジオ録音しているので、滅多に聴くことのできないハフのコンサートを疑似体験できる。
前半は変奏曲、後半はワルツと2部構成。ワルツ自体は特に好きというわけではないが、リストとあといくつか知らない曲が入っていて、選曲は悪くはない。
聴いてみると、小品が多いわりに、かなり密度の濃さを感じるアルバム。
ベートーヴェンの最後にソナタと、メンデルスゾーンの変奏曲、リストのメフィストワルツと、結構ヘビーな曲があって、この3曲の演奏はいずれも素晴らしい。ワルツは小品といえど、作曲家が違っているので、いろんなタイプの曲が入っていて、これもなかなか面白く聴けたので、このアルバムにはとても満足。

Stephen Hough in recitalStephen Hough in recital
(2009/03/10)
Ludwig van Beethoven、

試聴する(hyperionサイト)

ハフが書いた収録曲の解説が、簡単だけれどブックレットの最初の頁に載っている。彼は物を書くのが好きなピアニストで、本もいろいろ出している。

ハフはいつもながら、シャープで安定したテクニックが素晴らしい。音の粒立ちと切れ味の良さで、どんな速いパッセージでも1音1音が鮮やかに聴き取れる。
フォルテからピアノまで音が綺麗で、この音色と響きだけでもうっとりする。
ハフの弾く音は表情がとても豊か。ツィメルマンのように音色や響きにこだわるというよりも、フォルテ~ピアノまで音の量感の違いで、自然と表情が変わるような感じがする。フォルテも力強いがむやみに強打することはなく、弱音はとても弱いけれど、音はしっかりしているので、曖昧さを感じさせない明晰な演奏。でも、ドライさやメカニカルな感じは全くなくて、ウェットではないけれど、さっぱりとした情感が心地よい。

メンデルスゾーン:厳格な変奏曲 ニ短調Op.54
メンデルスゾーンの小品ならロンド・カプリチオーソとかは有名だけれど、この変奏曲はあまり演奏されることがない。
主題と17の変奏とコーダで構成され、冒頭は短調の哀しげな主題。この暗さは、ブラームスの「シューマンの主題による変奏曲」を思い出させるものがある。
優美な曲が多いメンデルスゾーンにしては、タイトルどおり形式的な堅固さを感じさせるが、旋律はとても美しい。変奏が進むにつれ、音が増えて技巧的になりテンポも上がって、高速で弾くパッセージはとても華やか。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調Op.111
いわゆる精神性とか重厚さとかを強調した演奏ではない(と感じる)。穏やかで調和した雰囲気とさりげなく織り込んだ情感が、自然な音楽の流れを感じさせる演奏という感じ。

第1楽章の序奏は早いテンポでそれほど重厚さや深刻さを感じさせない弾き方。
トリラーから主題に入ると、テンポはそれほど速くない。両手に出てくる8度の和音での移動はスタッカートを効かせてわりと軽やか。フォルテもさほどガンガン強くは弾いていないが、低音はかなり重みのある響き。
この楽章は緩急・強弱が交代で現れて、息を吸ったりとめたりするような曲。ハフは、叙情的な旋律になるとかなりテンポを落とし、静止したかのような間合いをとっている。こういうところはしっとりした情感を込めて弾いていてハフらしい。

第2楽章はやや速めのテンポ。弱音は弱いけれど響きはしっかりしていて綺麗に聴こえてくる。
やや明るめの色調で、歌うようななめらかなレガートで、音の響きも柔らかい。ウェットな感情移入はないが、細部での叙情表情が細やか。
第3変奏は、それほどテンポを上げずにレガートぎみに弾いていて、優美で柔らかい雰囲気。心が弾むような高揚感は少ないが、明るく伸びやかでとても爽やか。
ここは符点のリズムが鈍いような気がする。符点というよりは、レガート気味に弾いているせいか3連符のリズムのようなゆるやかさがあって、どうも心地が悪い。ハフほどのピアニストのリズム感がおかしいわけはないはずなので、何度も聴いていると、こっちのリズム感の方が変なのかもしれない気になってくる。

第4変奏の冒頭はとてもぼんやりと霧に覆われたような雰囲気。そこから抜け出たように律動のリズムに入っていくところはコントラストがよく効いて鮮やか。
この変奏でのハフの高音の弱音の響きはとても美しい。響きは長めでエコーしているかのようなのに、なぜか透明感があってクリアに聴こえる。
中間部のトリラーが終わって第5変奏に入ると、左手の低音部の音が良く響いている。終盤に向かって徐々に高揚していくところは、カッチェンほどには心が湧き立つような輝きではないけれど、なかなかドラマティック。

ハフによると、この楽章の構造はまるで化学実験室で作られたようで、同じリズム単位にまで分解され、クライマックス(第4変奏)の後には、煌くトリラーの中に溶け込みながら、昇華していく(Spiral Upward)という。
このトリルがちょっと響きが強い気がしないでもないけれど、高音で弾くトリルと旋律の弱音の響きがクリスタルのように澄んでいてとても美しい。そのまま静かな雰囲気のなかでテンポをさほど落とさずに終息していく。ここは余韻を引き伸ばさずにさらっと終えている。

この曲に、重厚さとか感情的なシンクロを求める人とかには、かなりあっさりした感じがするかもしれない。深刻そうなヘビーな演奏は苦手なので、ハフの演奏には大仰ではない自然な表現と情感が感じられるのが、とても良い。この32番ソナタは、カッチェン、エッシェンバッハ、ハフの演奏が、いずれも重厚さや渋みといったものは希薄だけれど、弱音の響きやテンポの揺れ、旋律の歌わせ方に、それぞれの個性がよく出ていて、大上段に構えるようなところがなくてとても自然な演奏に聴こえる。

ウェーバー:舞踏への勧誘 Op.65
曲名だけは良く知っているわりに、どういう曲なのかよくわからなかった「舞踏への勧誘」。
このCDを聴いて、何度も聴いたことがある曲だったとわかり、曲名と中身がやっと一致した。
とても華やかな曲だけれど、ハフが弾くと、どこかしら品が良く、慎ましやかな感じがする。

ショパン:ワルツ第7番Op.64-2、第2番Op.34-1
あまり好きではないショパンのワルツ。ハフのピアノだと、華麗で感傷的なワルツのようではなくて、結構さっぱりとしたノクターンみたいに聴こえる。タッチと響きがとても柔らかい。花に喩えるなら、スミレの花のように可憐で清楚なワルツ。こういうショパンのワルツなら、他のワルツも聴けそう。

サン=サーンス:のんきなワルツ Op.10
サン=サーンスのピアノ曲はあまり演奏されないけれど、ピアノ・コンチェルトは名曲。
このワルツも、フランス風の明るく洒落た雰囲気が楽しく、とても美しい曲。

シャブリエ:アルバムの綴り
シャブリエはほとんど聴いたことがない作曲家。サン=サーンスよりもずっと洗練された和声と旋律で、冷たい響きがするのはドビュッシーに似ている。

ドビュッシー:レントよりおそく
ドビュッシーの有名な曲だが、ドビュッシーはまず聴かないのでよくはわからない曲。

リスト:忘れられたワルツ第1番、メフィスト・ワルツ第1番『村の居酒屋での踊り』
「忘れられたワルツ第1番」は、リストのデモーニッシュな雰囲気が全く感じられない可愛いワルツ。
リストの独奏曲は何度も録音しているハフにとっては、「メフィスト・ワルツ第1番」は得意にしているに違いない。ハフが弾くと、冒頭の主題が顔を出すところでは、リスト独特の威圧するような雰囲気と華麗さがあるけれど、それ以外のところは繊細で妖艶さも漂っている。
ハフの解説では、”最初の小節で悪魔自身が姿を現し、音楽の衣をまとって誘惑と狂乱へと変身して、この曲のいたるところを浮遊している”という。

伝承曲/ハフ編:ワルツィング・マティルダ
ハフの解説が面白く、このオーストリアの伝承曲は、"Waltzing Matilda" というのに、普通理解されているワルツとは違う4分の4拍子。ハフはこれが不思議だったので、Matildaに本来の運命を生きていもらうために、彼自身がちゃんとしたワルツの形に編曲したのだと書いている。ハフは作曲もするので、他のピアニストがハフの作った曲を弾いていたりする。

tag : ベートーヴェン メンデルスゾーン スティーヴン・ハフ

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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