ショスタコーヴィチ自作自演 (1)ピアノ協奏曲第1番 (1955年盤) 

2009, 05. 13 (Wed) 17:49

ショスタコーヴィチは、モスクワ音楽院のピアノ科と作曲科で学び、第1回ショパン国際ピアノコンクールで2位になるほどのピアニストだった。
このコンクールのエピソードとして、ワルシャワに着いてからコンクール直前になって盲腸炎にかかったそうで、手術をする時間的余裕もなく薬で痛みを抑えてコンクールでピアノを弾いたという。
それで2位入賞だから、もし体調が万全だったら1位になっていたんじゃないかと思える。1位は同じソ連のオボーリン。
このコンクールを境に、ショスタコーヴィチは作曲家とピアニストという2足の草鞋を履くのは止めて、作曲に専念することにし、それ以後もピアニストとして演奏することはあったが、自作曲に限定していた。

ショスタコーヴィチはピアニストとして優れていたので、ピアノ協奏曲や独奏曲は自作自演の録音がかなり残されている。特に、ピアノ協奏曲第1番は自分自身が演奏するために作曲しているので、複数の録音がある。
ラフマニノフやプロコフィエフも自作自演のピアノ協奏曲の録音が残っていて、録音音質が悪いとはいえ、彼らの頭の中ではどういう曲になっていたのかというのがうかがえて、自作自演盤というのは聴いていて面白いものがある。
ただし、自分自身の技量を上回る曲を書いていた場合もあるから、技術的な問題で自作自演盤の演奏が必ずしもベストであるとは限らない。

ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲の自作自演の録音はいくつか残っていて、今入手できるのは、
 第1番 :サモスード/モスクワ・フィル(1955年)、クリュイタンス/フランス国立放送管(1958年)
 第2番 :ガウク/モスクワ放送響(1958年)、同上(1958年)
録音状態は、クリュイタンスと演奏したEMI盤がはるかに良いし、演奏も至極まっとうなもの。
しかし、ロシア人同士で演奏したサモスード盤の第1番は、ショスタコーヴィチのピアノとオケの破天荒さがあって、この面白さにはEMI盤もかなわない。

Dmitri Shostakovich: Piano Concerto 1Dmitri Shostakovich: Piano Concerto 1&2
(2008/01/10)
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私が持っているのは、『MEISTER KONZERTE』というBOXセットの中のCD。音源は同じもの。

ピアノ協奏曲第1番 Concerto No.1 For Piano,Trupet And String Orchestra In C Majar, Op35(1933年) [この曲の作品解説(工藤氏のホームページ)]

1955年のモノラル録音なので、音質は悪くピアノもオケも鈍い音がするが、聴くには聴ける。ピアノは音は悪いが、かなり前方からクリアに聴こえてくるので、ショスタコーヴィチのピアノの雰囲気がとてもよくわかる。

「作家別名曲解説ライブラリー」という本の楽曲解説を読むと、この曲は「マクベス夫人」~「第5交響曲」までの作曲スタイルが変化しつつあった過渡期に作曲。古典的要素、叙情性、現代的な舞曲調が入り混じって「過去の時代と今日の時代との対照」の上に成り立っている。ロマン派的なコンチェルトとは違って、和音の共鳴やペダル効果を拝して簡潔・軽妙、ピアニスティックな装飾の全くないというショスタコーヴィチのピアノ曲のスタイルが明確。ダイナミックで衝動的なところはあっても、意志的なものに統一されてロシアピアニズムの伝統に沿っている....という。
全体的に軽やかで澄んだ響きがすると思ったら、木管は使わず、トランペットと弦5部のみのシンプルな編成。

第1楽章冒頭からちょっと間の抜けたような調子のピアノとトランペット。続いて短調の憂いを帯びた(真剣な雰囲気の)旋律をピアノとオケが順番に弾いていくが、すぐにエンジンがかかったようにピアノが主題を弾いてから、疾走し始める。主題はどこかで聴いたことがあるような..と思ったら、ベートヴェンの「熱情」ソナタのパロディだそう。言われてみればそういう気がする。

このショスタコーヴィチのピアノの弾き方がなんとも面白い。かなり荒っぽいというか、もう破れかぶれといった風情。こういう弾き方をする、というよりも、弾き方ができるピアニストはそうそういない気がする。
ショスタコーヴィチのタッチは鋭く骨っぽい響きで、スピード感は抜群。勢いあまったように前のめりになっているが、本当にワイルド。
これを”模範演奏”と言う人はあまりいないとは思うけれども、普通のピアニストにはない不思議な魅力がある。これを聴いてしまうと、実はこのコンチェルトはこういう破天荒なイメージでショスタコーヴィチは書いていたんじゃないかと思えてくる。これに比べれば、巷のピアニストの弾き方は大人しくて上品だけど、面白みが欠けている。

この楽章はクラシックらしい真面目な旋律がベースにはなっているが、急に映画音楽のような俗っぽい旋律が登場するところが一風変わっている。
プロコフィエフのコンチェルトもいろいろ錯綜してはいるが、こういう全く次元の違う旋律は紛れ込んでいない。ショスタコーヴィチは、一体どこまで本気なのかよくわからないシニカル(それともユーモア?)なところがある。
とにかく面白さに満ちた楽章。プロコフィエフのピアノ協奏曲よりは、なぜかこの曲の方ばかり聴いてしまう。

第2楽章のLentoも憂愁の旋律で始まるが、途中で騒々しくもドラマティックに盛り上がってから、また静かな雰囲気にもどって行く。
ここのショスタコーヴィチのピアノは、さすがに緩徐楽章だけあって、わりとおとなしくて叙情的。ピアノ・ソロで弾く部分があって、響きは簡素でやわらかいタッチ。「24の前奏曲とフーガ」でも同じような感じで弾いている。
第1楽章があまりに波乱のピアノだったので、この緩徐楽章で見せる繊細さがとても引き立っている。
ピアニストとしてのショスタコーヴィチは、破天荒なダイナミズムと透明感のある繊細さを併せ持った個性的なピアニストだったのかもしれない。

第3楽章は、高音で弾く主題がやや不協和的な響きとはいえ、透明感があって美しい。1分半くらいの短い楽章なので、第4楽章への序奏のような位置づけなんだろうとは思うが、それにしてはかなり曲想が違う。

第4楽章は、Allegro con brio-Prest。これ以上速くは誰も弾けないくらいに速い。あまりにショスタコーヴィチのピアノが速いもので、オケがついていくのが大変そう。
旋律にはロシア的な歌謡性は全くなく、この楽章はリズム感と疾走感が支配していて、まるで競馬のように走り回っているような(ややふざけた感じがする)威勢の良さがある。
一応トランペットのための協奏曲でもあるので、急にテンポが落ちてトランペット独奏に代わって、まともな旋律に変わったようだが、これがまたなんとも間の抜けたところを感じさせる。
が、これも再び元のテンポと曲想に戻って、とんでもなく速いスピードで機関銃のような勢いで弾くピアノが入ってくる。この速さもさらに加速しているんじゃないだろうか。
ピアノがやたら元気なせいかトランペットの影がやや薄くはあるが、終盤はかなりトランペットが頑張っていて、何度もファンファーレのようなフレーズを吹いて、一気にラストに。

とにかくピアノのとんでもないスピードと勢いに”荒っぽさ”が加わって(でも、弾き飛ばすことなく、ちゃんと打鍵していると思う)、そもそもこの協奏曲自体が、そういう演奏を可能にする曲想とスタイルになっている。それでも、こんな面白い演奏はショスタコーヴィチしかできないんじゃないかと思う。

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4 Comments

matsumo  

作曲家はピアノが弾ける人がほとんどですね

yoshimiさん、こんにちわ

モーツアルト以降の有名作曲家でピアノが弾けなかった人って、ベルリオーズ位ではないでしょうか。ショスタコービッチの自作自演の録音は聴いたことがありませんが、ブラームス以降でしたら、結構、ピアノでの自作の録音が残っていますね。また、マーラー等は自動ピアノでの録音?がありますし。

でも、やはり、ラフマニノフに関しては、本人自身が名ピアニストと言うこともあり、ピアノ協奏曲第2番の録音は素晴らしい演奏だと思っています。

2009/05/16 (Sat) 19:34 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

ピアノなしで作曲するのは難しいようです。

matsumo様、こんばんは。

ピアノだと頭の中にあるイメージが音として確認しやすいのでしょうね。
ブラームスは交響曲を試演するときに、2台のピアノで演奏していたので、その楽譜が残っていますし、リストはベートーヴェンの交響曲をピアノ版に編曲していますから、単独の楽器としてのピアノの表現の多様性は、他の楽器とは桁違いなんでしょう。

コンポーザーピアニストとしては、ラフマニノフは別格ですね。アメリカでは、自作自演に限らず、コンサートピアニストとして活動していたように記憶しています。
彼の自作自演の第2協奏曲は、ロマンティックさを抑えた演奏ですが、ツィメルマンの研究によれば、楽譜自体にはより感情表現を込めるような記載があったらしいです。
ラフマニノフの自作自演の演奏ももちろん素晴らしいのですが、どこか素っ気無いところがあるので、私はスティーヴン・ハフかカッチェンのラフマニノフを聴くことが多いですね。

2009/05/16 (Sat) 19:53 | EDIT | REPLY |   

ken  

ほんとうに勢いが

私もこの協奏曲,ショスタコーヴィッチの演奏に強く引っ張られます.なんかオーケストラがいまひとつの感じがあり,それがピアノの勢いや響きを際立たせているように感じますね.
長くジャズばかり聴いてきた身には,面白い,破天荒な演奏で驚きました.あと,バーンスタイン指揮(一番はプレヴィンがピアノ,二番はバーンスタインがピアノ)も洒脱な感じで好きです.

2011/02/24 (Thu) 21:11 | REPLY |   

yoshimi  

自作自演の面白さ

ken様、こんにちは。

ショスタコーヴィチがどういうイメージで曲を書いたのか、よくわかりますね。
彼の自作自演盤はクリュイタンス指揮のものもありますが、そちらはかなり大人しいです。(もしかしたら、手の故障のせいかもしれません)
たしかアルゲリッチの演奏も、結構ネジが吹き飛んでいるようなものらしいです。
私はアルゲリッチの録音は全く聴かないので、実際そうかどうか定かではありませんが。
バーンスタインとプレヴィンの顔合わせなら、かなり洒落ていそうですね。バーンスタインは、ラヴェルやガーシュウィンとか、こういう曲想の曲を弾かせたら、雰囲気を出すのはとても上手いです。

2011/02/24 (Thu) 21:49 | EDIT | REPLY |   

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