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ミラン・クンデラ 『裏切られた遺言』より ~ ストラヴィンスキーについて(メモ)
ミラン・クンデラの著作で有名なのは、同名映画の原作となって『存在の耐えられない軽さ』だろうか。
映画の方は全編にヤナーチェクの音楽が散りばめられて、この映画がきっかけでヤナーチェクの音楽を聴くようになったという思い出の映画。
ヤナーチェクの曲が映画で使われたのは、「プラハの春」の時代を舞台にしたストーリーだったことや映画の雰囲気に似つかわしい音楽だったせいもあるだろうが、何よりもクンデラがヤナーチェクと深いつながりのある作家だったからに違いない。

<ミラン・クンデラ略年譜>を見ると、父親ルドヴィーク・クンデラは著名なピアニストでヤナーチェク音楽院の院長を務める音楽家であり、クンデラも幼少の時から父にピアノを習っていた。それに加えて、パヴェル・ハース、彼がなくなるとヴァーツラフ・カプラールに作曲を学んだ。
14歳で詩作をはじめるが、9歳上の従兄ルドヴィーク・クンデラはシュルレアリスト・グループの詩人だった。
クンデラはブルノのギムナジウムを卒業後、プラハの芸術アカデミー映画学部(FAMU)に入学。卒業後は、労働者あるいはジャズ・ミュージシャンとして働き、その後、FAMU で世界文学を講義するようになる。

クンデラの経歴を見ると、彼の音楽的素養は単なる音楽好きな作家レベルではなく、専門的な音楽教育を受けている。なので、彼の音楽評論も専門的なところがあって、哲学者のアドルノといい勝負である(アドルノはやたら難解ではあるが)。視点がユニークで、いろいろ論証していくところは説得力があると思う。評論といっても、作家らしい文章の上手さと軽妙な語り口で、読み物としても面白く読みやすい。

クンデラがここで論じている作曲家は、ヤナーチェクとストラヴィンスキー。
クンデラがヤナーチェクを論じるのはバックボーンから理解できるとして、ストラヴィンスキーの方は一見して全くタイプが異なりそうなる作曲家だと思えて、不思議な気がした。
解説を読むと、クンデラは反抒情、反ホモ・センチメンタリス、反ロマン主義の立場。「音楽の存在理由は感情を表現する能力のうちにはない」というストラヴィンスキーとは、芸術家として相通じるものあったようだ。

裏切られた遺言裏切られた遺言
(1994/09)
ミラン クンデラ

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クンデラは、バッハとストラヴィンスキーの作品を音楽の歴史的諸傾向の岐路として位置づけている。
シェーンベルクがバッハから多くを学んだということは有名な話で、バッハにおいては、バッハ以前のすべて音楽のものでもあった諸原則-第一に「自分で自分の伴奏ができるような音のグループを考え出す技法」、第二に「唯一の核から出発して全体を創り出す技法」-を発見した、という。
クンデラがこれを元に十二音音楽全体の革命を定義すると、「次々に継起する異なった音楽的主題の交代に基づいて作曲される古典派の音楽やロマン派の音楽とは反対に、バッハのフーガは十二音音楽の作品と同様、最初から最後まで、同時に旋律であり伴奏でもある唯一の核から出発して展開される」。

千年にわたる過去の音楽は長い間忘却されていた。それが19世紀を通じて徐々に明らかになっていくが、それが全貌を現すのが、歴史的研究とラジオ・レコードなどの媒体が普及した20世紀中頃。
クンデラは「その大決算の時期はストラヴィンスキーの音楽のうちに、その記念碑を見出したように思われる」と書いている。これはストラヴィンスキーの後期の折衷主義の作品群のことを指しているんだと思う。

『ストラヴィンスキーに捧げる即興』では、かの有名な言説-音楽は「感情、態度、心理状態など、なんであれ、なにかを表現するには無力である」(『わが生涯の年代記』)という信条への強い批判に対して、ストラヴィンスキーを擁護する形でこの信条に基づいた彼の音楽とはどういうものなのかを解きほぐしている。
この章では、ストラヴィンスキー批判者のテオドール・アドルノ(ショルティの自伝でも登場していた)やアンセルメに対する反論や、バッハの音楽に対する考察がかなり入ったり、ジャヌカンやバルトーク、12世紀のノートルダム楽派などまで遡及して(それに途中でカフカやジャズへ寄り道したりして)、音楽評論家の書くような枠にはまったストラヴィンスキー論ではないところに、とても知的な面白さがある。

ストラヴィンスキーは初期の「春の祭典」などの作品があまりに衝撃だったため、後年の折衷主義的な作風に対しては、「想像力の欠如、創意の喪失」などと批判されている。
これに対してクンデラは、「音楽の歴史をめぐり彼の放浪、したがって巨大で類例のない、意識的、意図的な彼の「折衷主義」こそがまさしく、彼の全面的で比類のない独創性なのだと言いたいのである。」

ストラヴィンスキーのピアノ曲では「ペトルーシュカによる三楽章」が有名(ポリーニのDG盤が衝撃的だったせいもある)で、その他の曲はまるで無視されているような気がする。
新古典主義時代の彼の「イ調のセレナード」「ピアノ・ソナタ」は確かに感情移入できる曲ではないが、ロマン派のピアノ曲とは違った典雅さとモダンさが同居現代的な旋律と響きとリズムがとても美しいもの。
ピアノ協奏曲の「カプリッチョ」も才気に溢れていて、ペトルーシュカとは違った面白さがある。

バッハについて。
「バッハのフーガは存在の主観外的な美を表現させることによって、私たちに自分の気分、情熱と悲哀、自分自身を忘れさせたがるのに反して、ロマン派の旋律は私たちを自分自身のなかに沈み込ませ、恐るべき態度で私たちの自我を感じさせ、外部にあるいっさいのものを忘れさせたがるかのようである。」

アンセルメについて。
彼はストラヴィンスキーの友人であり、その音楽のよき理解者であったと言われている。しかし、アンセルメにとって「音楽の源泉であったのは、・・・・人間の心に潜在する感情生活」という思想だった。
ストラヴィンスキーはそれと真っ向から対立する信条を表明したことで、まるで愛情が憎悪に取って代わったように、仮借なき批判者に変わって行った。
アンセルメが反ストラヴィンスキーとなった伏線のように書かれている出来事があり、それは、『かるた遊び』の一部を削除して演奏する許可をストラヴィンスキーに求めて、拒否されたこと。この出来事を境に2人の関係は冷却していったようだ。

バーンスタインによる「春の祭典」の演奏について。
「春のロンド」の有名な叙情的パッセージで、バーンスタインの演奏が楽譜通りではなく、機械的に正確なリズムを守らず、ルバートをかけてフレーズ最後の音を引き伸ばしている。これによって、緊張感が消え凡庸なパッセージになっている、という。
この部分は譜例が載っていて、ストラヴィンスキーが残した楽譜と、バーンスタインの演奏どおりに修正した楽譜を対比させている。

ストラヴィンスキーの自作自演について。
晩年になって、全作品をみずからの演奏(指揮やピアノ)で保存しようとしたという。「普通に行われている歪曲から自作を保護するだけではなく、だんだんテクストやスコアを尊重しようという気持ちがなくなってゆく未来からも、自作を保護したいと望んだかのようだ。」とクンデラは書いているが、あまりに自作が楽譜に記された作曲意図とは違うように演奏されていたに違いない。
そういう意味では、作曲家というものは、ほとんど常に指揮者や演奏者によって”裏切られ”続ける運命にあるような気がする。

そういえば、ストラヴィンスキーの指揮姿は結構笑い話のネタにされている。
陽気な性格のハンス・シュミット=イッセルシュテットは、よくストラヴィンスキーの指揮の物真似をして、周囲を笑わせていたそうだ。これはイッセルシュテットのプロフィールを探していて見つけた話。
アンセルメは自著で、ストラヴィンスキーがオーケストラを指揮するときは、「恐慌をきたすあまり、落ちはしないかと恐れて指揮台に譜面台を押しつけ、空で覚えているにもかかわらずスコアから眼を離すことができずに、拍子を数えるほどだった」と”愚弄”していると、クンデラは書いている。
クンデラは、アンセルメに関する部分ではわりと抑えたトーンでは書いてはいるが、かなり怒りを感じていたに違いない。

ストラヴィンスキーの祖国とは。
彼が暮らした国は、ロシアが27年、フランスおよびフランス語圏のスイスが29年、アメリカが32年。彼はロシア人でもスイス人でもアメリカ人でもなく、「コスモポリタン」だと言う人もいる。
クンデラは、度重なる移住によって受ける傷を心に抱え、それが音楽の歴史への旅へとつながっていったのだと考えている。「彼はいかなる国も祖国に取って代わることができないと理解した彼は、唯一の祖国を音楽に見出した。......彼の唯一の祖国、唯一のわが家、それは音楽、あらゆる音楽家たちの音楽の全て、音楽の歴史だった。」


このストラヴィンスキーに関する評論は、ヤナーチェク論よりもはるかに面白い。
何かと物議をかもしてきたストラヴィンスキーの音楽と言動が放つ強い個性にもよるけれど、それをいろいろな論拠をあげて擁護しているヤナーチェクの熱意が伝わってくるせいだと思う。
これを読んでからストラヴィンスキーの後期のピアノ曲やコンチェルトを聴いていると、以前よりもずっと親近感を感じるような気がする。

tag : ストラヴィンスキー 伝記・評論

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
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