芥川也寸志の管弦楽作品 (2)エローラ交響曲 

2009, 05. 18 (Mon) 15:01

芥川作品をまとめて5曲聴いたところなので、順番に書き留めているが、いずれの曲も日本人作曲家の作品としてはとても相性が良いものばかり。
概して民族色が希薄で、東洋風の旋律や雰囲気のするところはあっても、ベタベタした情念とか土俗性は全くない。洗練されたというかスマートな作風。

この「エローラ交響曲」はちょうど現代音楽が「前衛の時代」の真っ只中にあった頃の作品。彼は12音技法とか無調音楽をつくることはなかったにしてもやはり前衛色は感じられるが、それにしてはかなり聴きやすい方だと思う。
ただし、結構イマジネーションを働かさないと表現しようとしているものがつかみにくいところはあって、解説を読みながら謎解きをしている気分になる。

芥川也寸志:オーケストラのためのラプソディ、エローラ交響曲、交響三章芥川也寸志:オーケストラのためのラプソディ、エローラ交響曲、交響三章
(2004/08/01)
ニュージーランド交響楽団

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この盤に関しては、「トロンボーン吹きのクラシックの嗜好」というブログのCDレビューがかなり詳しい。NAXOSのホームページでは、ブックレットがオンラインで読める(ただし英文のみ)。

エローラ交響曲(1958年)
1957年のヨーロッパ旅行から帰る途中、立ち寄ったインドで訪れたエローラ石窟院のカイラーサナータ寺院に感動したことがきっかけで作曲したもの。
芥川の師である伊福部昭も、中国の仏教寺院を訪れて壁に埋め込まれた仏像に感動したことから、「ピアノと管弦楽のためのリトミカ・オスティナータ」(1960年)を作曲している。

1950~60年代といえば、無調や不協和音で構成された前衛的な音楽が世界的なトレンドだった頃なので、その影響は受けているらしい。
解説によると、早坂文雄や武満徹の音楽の美学、ストラヴィンスキーと伊福部昭に特徴的なオスティナートがこの「エローラ交響曲」に見てとれるという。
たしかに旋律には歌謡性はなく、躍動するリズム感とスピード感にのせて、断片的なモチーフがオスティナートされていくメカニカルな感じはするが、東洋的なエキゾティシズムがあちこちで感じられて、聴きにくさは全くない曲。少なくとも、初期のストラヴィンスキーを聴ける人なら、面白いと思うかどうかは別にして、ごく普通に聴ける。
各曲は1分前後の短い曲なので、次々に曲想が変わっていく。かなりいかついイメージの曲が印象に残りがちだが、これは金管群が大音量でガガ~ンッ!!と響いて威圧するような曲が多いため。
スピード感とリズム感のある軽快な曲、神秘的な雰囲気が漂う静かな曲なども入って、これは一体何をイメージしているのかと考えながら聴くと面白い。

NAXOSのホームページでは、片山杜秀氏の詳しい解説(英訳)が載っているので、これを読めばこの曲が何を表現しているのか良くわかる。
芥川がエローラ石窟院でインパクトを感じたのは、一つは空間の無限性。中心をもたず、計画性や統合性を拒否したようなカオスの空間。もう一つは、男女が抱き合う様があからさまに表現されているセクシュアルな彫刻群。

この解説を元に書いたと思えるHMVのサイトの紹介文によると、「全体は16の部分に分かれ、各部は「男」と「女」の性格を有し、「女女女女男女女男男女女男男男男女」の順番で演奏され、マリンバなど打楽器はけたたましく打ち鳴らされ、金管楽器は咆哮し、男女が激しく睦み合う様を生々しく描写した、東洋版の「法悦の詩」とも言える挑発的な作品」ということらしい。

各楽章には生物学の雌雄記号が記されている。「男」を体現する章は攻撃的なアレグロ、「女」の方は受身的な穏やかなレントかアダージョで表現されていて、曲の配列にはいろいろバージョンがある。この盤は、テンポの遅い「女」の楽章は主に前半、「男」の方は主に後半に配置され、一種のイントロとアレグロのような形式。

そうはいっても、当時トレンドだった前衛性に影響を受けた様式と響きであることもあるせいか、感覚的な官能性をこの曲から感じるというのは、かなり難しい。15番目のアレグロの章などはまるで戦闘しているかのような曲。とにかく聴く時には、しっかりとイマジネーションを働かしましょう。

こういうときは、作曲のインスピレーションの元であるエローラ石窟院やカイラーサナータ寺院がどんなものが知っておくのも良いだろうと思って、調べてみると...

 エローラ石窟院について
Wikipediaによると「エローラ石窟群」は世界遺産にも指定されている超有名なインドにある遺跡群。
34の石窟がシャラナドリ台地の垂直な崖に掘られており、5世紀から10世紀の間に造られた仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の石窟寺院や修道院・僧院・僧坊などから構成されている。
仏教寺院は南端に位置する第1窟から第12窟。ヒンドゥー教窟は第13窟から第 29窟までの17窟、北端に位置する第30窟から第34窟までの5窟がジャイナ教の寺院(ジャイナ教窟)。第16窟はヒンドゥー教寺院のカイラーサナータ寺院でエローラで最も重要な石窟寺院。

訪れた日本人も多数いるので、撮影した写真がweb上にかなり載っている。カイラーサナータ寺院の写真が多数載っているサイトがあって、これを見ると現地に行ってみたくなる。
カイラーサナータ寺院は、壮大な時間と空間を感じさせる構造と、日本の仏教寺院とは異なる大らかで豊饒な彫刻群。これを直に見た芥川が強くインスパイアされてアジアを志向した曲を書こうと思い至って、生まれたのが「エローラ交響曲」。
この巨大な建築物と彫像たちが体現している生き生きとした世界(神話的世界なのかも)を音で表現したようで、神秘的で圧倒されるような巨大さ、生命が湧き起こるかのような躍動感を強く感じる。「エローラ交響曲」をエローラ石窟群のなかで演奏したら、遺跡群の空間も共鳴して壮大なページェントのように聴こえてくるんじゃないだろうか。

                                  

芥川也寸志に関する資料も最もよくまとまっている(と思う)のが、『芥川也寸志 その芸術と行動』(出版刊行委員会編、東京新聞出版局、1990年)。
彼が亡くなった後に出版されたもので、伊福部、黛、武満といった日本の現代音楽界の代表的な作曲家などが寄稿した追悼文集。彼と親交のあった演奏家などがその思い出を語ったり、彼の音楽・行動に関する評論などが多数載っている。内容はとても充実しているので、芥川の作品だけでなく音楽家としての社会的な活動など、全体的な人物像に興味のある人にはとても有益な本です。
面白いのは、未公開対談「芥川也寸志、芥川也寸志を語る」で、生い立ち、学生時代、有名なロシア渡航、作曲手法や作品の成り立ちなど、対談という形ではあるけれど、ご本人の話が読める。これは結構面白い。

この「エローラ交響曲」についても、”エローラ体験”がどういうものであったかが書かれているが、これを読むと片山氏の解説で言っていることに納得。
伊福部昭の追悼文でも”エローラ体験”について触れていて、「岩山を彫り抜いて造られたエローラの寺院を見て、大きな啓示を受けたと云い、音を加え重ねるのではなく、或る音響の塊りから不必要なものを削る方法、彼に言わせれば『マイナス空間の音楽』と云うものが存立し得る筈で、これを追求して見たいと熱っぽく語った」と書かれている。

芥川也寸志―その芸術と行動芥川也寸志―その芸術と行動
(1990/06)
出版刊行委員会

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※本書のカバー写真が見つからないので、芥川也寸志の演奏を収録したCD『ソビエト・中国,交響作品展』のジャケット写真を入れています。

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