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太宰治の生誕100周年 [2009年6月19日]
今年の6月19日は太宰治の生誕100周年。あちこちでイベントやら特集記事が組まれていた。
大学時代に一時凝ったことがあって、新潮文庫で全集を揃えたけれど、それ以来、ほとんど読んでいない。
一種の熱病みたいなもので、若かりし頃はあのナイーブさにはまった(らしい)が、その時期を過ぎて醒めた目でみると、太宰治の作品はなかなか屈折したものが多い。

「斜陽」、「魚服記」、「右大臣実朝」は、作品としても完成度が高くて、太宰特有のイジイジとした自虐性がないので、好きだった。
「右大臣実朝」は”滅亡の美学”のような美しさがあって、あまり有名ではないけれど、太宰作品の中では最も良く読んだ作品。
昔好きだった作品は、今読み返してみても面白いと思うに違いない。短編にも秀逸なものはいろいろあったと思うけれど、かなり玉石混交だったはず。

全くだめだったのは、「人間失格」、「グッドバイ」。読んでいてある種の嫌悪感を感じてきたので、「グッドバイ」の方は最後まで読み通していない。

ちょうどその頃に読んだ2つの評論が、最も太宰治の作品の本質を突いているのだと感じて、これは今でもよく覚えている。
一般的に太宰治論で有名な評論家とはちがった、いずれも辛口の評論。太宰の傾倒者にとっては面白くも何ともなく、不愉快な気分になるだけかもしれない。


一つは坂口安吾の「キリストと不良少年」。
角川文庫の『堕落論』に収録されている小論。
太宰と親交があった作家だけに、さすがに人間的な洞察力が鋭く、作品論から展開しているいろいろな評論よりも、納得できてしまう。
端的に言うなら、太宰は虚弱な人間であって、ついついファンサービスで世を斜に構えたような反道徳的・反小市民的な言動や作品を書いているが、実は太宰は自分が否定したその価値観自体にあこがれていて、小市民的であろうが何であろうか、そういう生活を送りたいと思っていたはずだという。
しかし、生来の虚弱さによって、自虐的な自分から立ち直ることができずに、ファンが期待する太宰治像に安易に迎合してしまったという趣旨のことを言っている。

安吾独得の単刀直入な文体で書かれていて、太宰の人間的な弱さが良くわかっているのだと思う。
実際に親交があったせいか、太宰治という作家の偶像と、生身の太宰治という人間とのギャップを明確に論じているところが、作家の安吾らしいところ。

随分昔に読んだときの記憶で書いているので、正確には原典を読んでください。
インターネット図書館「青空文庫」で全文を公開中。
 「不良少年とキリスト」(青空文庫)

『堕落論』には、小林秀雄論や文化論・社会論も収録されていて、いずれも面白い。
50年以上も前に書かれているので、当時の社会や歴史に関する知識が多少はないと、ピンとこないかもしれない。

堕落論 (角川文庫)堕落論 (角川文庫)
(2007/06)
坂口 安吾

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もう一つは岸田秀の「自己嫌悪の効用 ~太宰治の「人間失格」について」。
中公文庫の『ものぐさ精神分析』に収録されている小論。
この本は発売当初はかなり話題になってよく売れた本だと思う。
この小論を読んで、どうして『人間失格』を読んで気分が悪くなったのかが納得できた。
安吾の小論は辛口だけれど、太宰治をじかに知っていただけに、どことなく太宰への思い遣りが感じられる。
しかし、岸田秀は太宰治には何の思い入れもない(と思う)し、作品だけを取り上げて精神分析的視点から論理的に説明されている。

筆者は、まず自己嫌悪とはどういうものかということを解説し、自己嫌悪というのは一種の免罪符であり、自己嫌悪ほど卑劣なものはないという。
現在の自分と架空の理想の自分がいて、現在の自分に対する不満を理想の自分が別にある..と思い描くので、全く自己嫌悪を引き起こす原因の改善にはつながらず、他者への責任転嫁や侮蔑に変わりやすいという。
これは、著者自身が持っていた自己嫌悪の念を分析した結果であって、万人が感じる自己嫌悪について同じであるとはいえないが、この作品についてはあてはまる、ということを言っている。

『人間失格』の主人公・葉蔵の自己嫌悪の念というのは、理想の自分と実際の自分とのギャップを埋めるための自己正当化の手段であって、自分が人にどう見られるかについては、ささいなことでも気にして自己嫌悪を感じている。
反対に、他人を見る目はぞっとするほど冷酷で、人に対してどう損害を与えようが全然気にしていない。
そういう点を作品を解説しながら論じているが、終わりには、葉蔵を純粋な心の持ち主かのように持ち上げる評論家(奥野健男氏など)に対して、かなり手厳しいことを言っている。
「この作品は、ある性格を持って生れた人々の、弱き美しきかなしき純粋な魂を持った人々の永遠の代弁者であり、救いである」という評論に対して、岸田秀曰く、「『人間失格』は、この上なく卑劣な根性を『持って生れ』ながら、自分を『弱き美しきかなしき純粋な魂』の持主と思いたがる意地汚い人々にとってきわめて好都合な自己正当化の『救い』を提供する作品である。」


ものぐさ精神分析 (中公文庫)ものぐさ精神分析 (中公文庫)
(1996/01)
岸田 秀

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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