ピノック ~ バッハ/パルティータ第1番

最近はピアノで弾くパルティータの録音ばかり聴いていたので、そもそもチェンバロではどう弾くのだろうかとふと興味が湧いてきて、後学のためもあって、私でも知っているチェンバリストの録音を探していくつか聴いてみた。

昔からチェンバロ演奏は聴かないので、知っている演奏家は多くはない。
ナクソスにあったのは、ピノックと鈴木雅明の全集。シュタイアーの全集はたまたま図書館で見つけた。レオンハルトとロスの録音は米国amazonで試聴。
チェンバロは表情もつけずにメカニカルに弾くものというイメージがあったのに、実際は正反対で、ゆったりとしたテンポで、音色の変化と工夫したフレージングに加え、様々な装飾音を多用して演奏するらしく、ピアノで弾くパルティータとは随分違った世界。

チェンバロで弾いたパルティータを初めて聴くと、ゆったりとしたテンポのアラウのパルティータをチェンバロで聴いているような気がしてきた。
ピアノで弾くシフのパルティータも他のピアニストと同様テンポはかなり速いが、表現の凝りようはかなりのもの。
しかし、チェンバロの演奏の方が、ピアノで弾くよりもよっぽど情緒的というか、ウェットに聴こえる。
チェンバロの音色と響きはかなりウェットに感じるので、音色や音量が単調であっても、テンポルバートをあちこちでかけて凝ったフレージングで弾かれると、ネットリ感を強く感じる。
慣れていないせいもあるだろうけれど、そもそもピアノでもテンポルバートを多様した演奏は好きではないので、好みの問題ともいえる。
チェンバロは、楽器によって音色もかなり違うし、奏者の個性と解釈が強くでるらしく、相性の良い悪いはよくわかる。

有名なチェンバリストの弾くパルティータの録音をいくつか試聴してみると、直観的に合うか合わないかは、すぐわかる。
軒並み合わないタイプだったけれど、ぴったり合うと感じたのが、ピノックの1998~99年の新録音。
旧録の方が若い頃のピノックらしさが溢れているらしく、好まれているような印象を受けたけれど、音が悪い(残響が多くて濁ったような感じがする)いし、タッチがやや荒っぽく落ち着きのない感じがした。そういうわけで、すぐにピノックの新録音(Haenssler盤)を購入した。

Bach: Partitas, BWV 825-830Bach: Partitas, BWV 825-830
(2000/06/27)
Trevor Pinnock

試聴する(米国amazon)


チェンバロは、David Way1982年製Hemschモデル。このチェンバロは、金属的なキンキンした響きがしなくて、やや太めのとても柔らかく落ち着いた音がする。チェンバロの音にしては、私にはかなり聴きやすいタイプの音。こういう音なら、全然抵抗無く聴ける。
ピノックの新録音は、残響が短くて響きがクリアで綺麗に聴こえるし、弾き方が旧録よりも丁寧な印象。そのわりにはテンポも速く、タッチも明瞭で、技術的にはしっかりした演奏で、とても切れ味の良さがある。

他のチェンバリストたちの録音と比較すると、表現的には一番あっさりとしてシンプル。テンポルバートはほとんどかけず、インテンポで弾いているので、骨格がかっちりとして、すっきりとした感じがする。
拍子を微妙にずらしているような弾き方がところどころあるけれど、極端ではないのでさほど気になることもない。
粘り気のある表現が少ないせいか、第1番のプレリュードから聴き始めると、音色が明るくて、ゆったりと空気が流れるような風通しの良い開放感があって、とても爽やか。
表現があっさりしているといっても、メカニカルで単調ではなく、シャープで弾むようなリズム感や自然ににじんでくるような情感もあって、聴いていてとても気持ちが良い。

チェンバロで弾くパルティータは、ピノックに限らず、全体的にテンポは遅めになるらしい。
特に第2曲のアルマンドはピアノ演奏を聴きなれている耳には、ちょっとスロー。それでも、チェンバロ奏者の中では速い方ではないかという気がする。
ここをチェンバロで速く弾くと騒々しく聴こえそうだし、旋律の推移もわかりにくくなりそうで、逆に、ピアノでスローテンポで弾くと、間延びした感じがしてしまう。
メヌエットの後半は、急に音質が変わっていて、弦をつまはじいたような木質系の音がする。ここはとっても面白い。ピアノは演奏中はタッチとペダルで音色や響きを調節するが、これほど違った性質の音では弾けない。

終曲のジーグはとても鮮やか。この曲は、どの録音でもかなり速いテンポで演奏していたけれど、ピノックは中でもテンポが速い方じゃないかと思う。(ロスはさらに速かったが、才気に溢れてはいるが、荒っぽい雰囲気がする。)
シャープなタッチで粒の揃った正確な打鍵には安定感があり、左手で弾く4分音符のフレージングやアクセントの効かせ方が小気味良く、ぴちぴちと弾けるようなリズム感とスピード感が素晴らしい。
この感覚はピアノではなかなか表現できない。アンデルジェフスキがかなり近い弾き方をしているけれど、ピノックのチェンバロの弾力のある躍動感とはやっぱり少し違う。グールドは滅茶苦茶に速いけれど、全てノンレガートのドライなタッチで、殺伐とした雰囲気がする。
チェンバロで弾かれたジーグを聴くと、やっぱりチェンバロのために書かれた曲なんだと実感する。
でも、他のチェンバリストの演奏だと、テンポが遅かったり、粒が不ぞろい、リズム感が不安定だったりと、演奏の切れがそれほど良くなかったりする。もしかしたらピノックの弾き方だったから、そう実感したのかもしれない。

ピノックの演奏は、テンポがわりと速めで表現のクセも少なくて、チェンバロの音が綺麗で残響も長すぎもせず、ピアノのパルティータを聴きなれている耳にも、かなり聴きやすい。
今までイメージしていたチェンバロで弾くパルティータの演奏に一番近いせいか、全く違和感なく聴ける。
曲や楽器に限らず、どの時代のどの曲にせよ、あまり表現に凝った濃密さのある演奏は好まない。
ピノックのパルティータは、チェンバロの奏法としてはどうなのかよくわからないけれど、表現の過剰さがなく、とても自然な感じがする。
ピアノで弾くシフの表現過剰気味(と思える)のパルティータよりは、ピノックの演奏の方がずっと聴きやすくて、表現自体は全然凝った感じはしないのに、繰り返し聴いても飽きないところがある。

                                

ピノックの新録音のパルティータに関するCDレビュのホームページ。
ピノックに関する知識が全くなかったので、一応レビューもチェック。
昔のピノックがどういうタイプの演奏をしていたのかがわかって参考になったし、やはり詳しくない楽器の演奏は直観がかなり当たるものだと納得。
ピノックの全盛期は、イングリッシュコンサートを率いてドイツグラモフォン&アルヒーフに録音していた1980年代。それ以後は新しい古楽の演奏グループが次々と現れてきて、それまでは斬新だと評価されていたピノックの演奏スタイルがもはや古めかしく感じられていったため、古楽界ではピノックは影が薄くなってしまったらしい。
このパルティータを録音する頃には、すでにグラモフォンは、ピノックとイングリッシュコンサートの演奏の録音中止を決定していたという。2003年には自身が設立したイングリッシュ・コンサートからも退いている。

そういう事情で、鍵盤楽器を中心にした演奏活動にシフトしていた時に録音したのがこのパルティータ全集。
ピノック自身が旧録音に満足していなかったので再録したのだろうけれど、そういう古楽界での事情を知っていまうと、彼がもっている技術や奏法を駆使して、かなり力を注ぎ込んだ演奏になっているんじゃないかと思える。今までの活動の締めくくりであり、新しい出発点でもあったのかもしれない。
初めはそういうことを知らずに聴いたけれど、そういうことは関係なく、すぐに気に入ってしまった。

パルティータに関する複数のCDレビューなら<朝歌 6つのパルティータ >というホームページがあります。
たぶん一般的に名盤と言われているものを上げているので、普通はこの中から選べば間違いないんでしょう。いくつか試聴してどうも合わないものが多いので、この筆者の好みとは(たぶん一般的な好みとも)、ずいぶん違うのだと自覚しました。

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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