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スーク&シュタルケル&カッチェン ~ ブラームス/ピアノ三重奏曲第1番
スークと録音したブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集に次いで、シュタルケルを加えてピアノ三重奏曲全集を録音したのは、カッチェンが亡くなる8ヶ月くらい前の1968年7月。
ヴァイオリンソナタ全集もこのピアノ三重奏曲全集も、カッチェンのブラームス室内楽曲全集録音の一環だった。

シュタルケルは『ヤーノシュ・シュタルケル 自伝』(原題:The World of Music According to Starker)で、カッチェンとの出会いと録音のことを回想している。
カッチェンとシュタルケルが初めて出会ったのは1948年のパリ。シュタルケルがパリを離れる準備をしているときに、(哲学を専攻し大学を飛び級で卒業後、フランス政府の奨学金を得た)カッチェンがパリへ移ってきたのだった。
1966年にシュタルケルがマーキュリーとの独占契約を解消し、アディロンダック音楽祭の創設に関わっていた頃、カッチェンがシュタルケルを訪ねてきて、一緒にブラームスのピアノ室内楽を録音しないかと提案。シュタルケルが呼吸が合うかどうか試してみようと答えたので、数ヵ月後、シュタルケルが演奏会をしていたロッテルダムにカッチェンがパリからやってきて、チェロソナタを一緒に弾いてみた。それから彼らのブラームスの室内楽録音計画がスタート。
1968年、ブリテンがオールドバラに建てたコンサートホールで、スークと共にブラームスの三重奏曲全集を録音した。
カッチェン、スーク、シュタルケルのトリオが行ったピアノ三重奏曲の録音を機に、各地の音楽祭や南アフリカ共和国(シュタルケルは1959年にアフリカ大陸の数カ国でコンサートツアーをしたことがある)などから、山のように演奏依頼がやってきたという。

このアルバムには、チェロ・ソナタ第2番も録音されている。
カッチェンとシュタルケルは、チェロ・ソナタ第1番と第2番を録音していた。このうち、第1番の演奏には2人とも満足していなかったので、再録音する予定だった。
カッチェンが急逝したため再録音は不可能になり、リリースされたのは第2番のみ。
他にも、ピアノ四重奏曲全集、ピアノ五重奏曲と、ピアノの入ったブラームスの室内楽曲の全集を録音する計画だったが、未完。ピアノ三重奏曲全集と67年に録音を終えていたヴァイオリンソナタ全集、それにチェロ・ソナタ第2番だけがCD化されて残っている。
シュタルケルは、カッチェンの病気のことを知らなかったらしく、1969年の春くらいからカッチェンとスークと残りの室内楽曲の録音を進める予定だった。4月にカッチェンが亡くなったことを突然知らされて、とてもショックを受けたと自伝に書いている。
すでに契約済みだった演奏会は、他のピアニストを加えて、スークと一緒にカッチェン追悼のための演奏会として行った。クラウディオ・アラウとも、一度トリオで演奏したことがあったという。どうもアラウは室内楽向きのピアニストではなかったらしい。
結局、当時21歳の若手ピアニスト、ルドルフ・ブッフビンダーが加わって、定期的にトリオで演奏することになった。

Piano Trio 3ブラームス:ピアノ三重奏曲全集 
(1997年3月25日)
Julius Katchen, Josef Suk, János Starker


試聴ファイル


ピアノが中央、ヴァイオリンが左側、チェロが右側に分かれて、それぞれ音が明瞭に聴こえてくる。ピアノは和声の厚みはあるが残響が少なめなので、弦との音のバランスも丁度良い感じ。


ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 Op.8
この曲は、初版と改訂版があり、一般に演奏されているのは改訂版の方。
初版を作曲したのは1854年、20歳の頃(シューマンが河に身投げをするという出来事の数週間前のこと)で、出版期限が迫っていたため、変更したいと思った部分(これがかなりある)も、そのまま出版したという。
その後、出版者のジムロックがブラームス作品を再出版する際に、第1番を改訂したのが1889年。

ブラームス自身は、”翼をつけることはせず、ちょっと髪の形を整えただけ”と言っていたが、改訂ヶ所が積もり積もって、実は再度作曲に近いほど。
長さの方は初版の2/3以下に短縮されているので、初版と改訂版を聴き比べると良くわかるが、初版にあった冗長さがすっかり消えて、密度の濃い詰まった作品になっている。

初版と改訂版の楽譜(IMSLP)

CDのブックレットでは、主要な改訂部分について簡単に書かれている。
これとは違った観点で、改訂内容の全体的な傾向をコンパクトにまとめてくれているのが、<ブラームスの辞書>の”作品8初版調査報告”という記事。ブラームスの室内楽曲24曲のうち、このピアノ三重奏曲第1番だけが改訂されているという。
ブラームスの作品について何か知りたいことがあるときは、いつも<ブラームスの辞書>の記事をチェックしている。めったに見かけないような情報がたくさんあるので、とても参考になるサイトです。


通常演奏されている改訂版の第1番は、青年期らしい情熱的な主題が力強く、明るく伸びやかなタッチ。
若かりし頃の作品を元にしたとはいえ、後年に作曲した第2番や第3番よりも、楽章同士の均整が取れていて、隙がなく中身がずっしり詰まった感じがするのは、再作曲に近いこの大規模改訂のおかげ。

第1楽章 Allegro con brio
冒頭はややゆったりとしたテンポで、チェロを誘いかけるようなとても柔らかなピアノ。
ヴィオリンソナタ第1番の第1楽章と同じような優しい雰囲気で、まどろみながら夢でも見ているような感じ。
特にピアノの低音部の霞のかかったような響きが印象的。初めからわりとしっかりしたタッチで弾くピアニストが多いので(指示がAllegro con brioなので)、この冒頭のピアノを聴くとすぐにカッチェンが弾いているとわかる。
フォルテになると、コロコロとした硬質タッチで太めのやや丸みを帯びたしっかりした音になる。ピアノパートはソロのように厚みがあるので、トリオの時でもピアノ・ソロを聴いている気分になれる。

チェロもピアノと同じくらいに柔和な表情。シュタルケルのチェロの渋い響きがカッチェンのピアノとよく似合っている。それと比べると、スークのヴァイオリンの鮮やかな美しい音が叙情性が強いように聴こえる。

第1主題は初版と同じで、改訂版で新たに導入されたのがやや憂いを帯びた第2主題。
この旋律もとても美しく、最後にフォルテの悲愴感のある旋律に一瞬変わってから、すぐに冒頭第1主題へリピート。
この曲のフォルテ部分はガンガンとパワフルな(やや騒々しい)演奏も結構あるが、ここではやや抑制した力強さで、ほど良い重みと落ち着きがあって渋めの味わい。
展開部になると、リピートする前の短調の旋律と、第1主題の変形した旋律が交錯して、感情が浮き沈むのような緊張感のある曲想になる。
最後は第1主題を元にした穏やかで静かに消えていくコーダ。

第1楽章の演奏時間は約15分。この曲の録音には、大まかにいって約10分、約15分程度の2パターンがあり(多少テンポの違いで±1~2分くらいの幅がある)、短い方はリピートを省略している。
ルービンシュタインがハイフェッツと録音したときは8分台とさらに短く、これはテンポがかなり速い(そのせいかやたら騒々しい気がする)。
主題は2つともシンプルで、それが展開していく構成もすっきりしているので、リピートして主題部分を繰り返して演奏していても、この曲なら全然飽きずに聴ける。

Brahms Piano Trio No.1 in B major op.8, Allegro con brio 1a/4
Josef Suk, violin Janos Starker, cello Julius Katchen, piano VII.1968



第2楽章 Scherzo: Allegro molto
短調で胸騒ぎのするようなスケルツォ。この楽章は改訂版でもほとんど修正されていないので、ブラームスも若かりし頃の曲とはいえ、満足していたらしい。
中間部は一転してとても楽しげで穏やかな曲想に。ラストだけは、初版のようなピアニシモではなく、力強くフォルテで終るように改訂版で旋律も少し変更している。
ピアノパートは、スタッカートの和音やアルペジオが多く、ついバタバタと騒々しくもなりがち。カッチェンのタッチと音は、いつもながら指回りもよくタッチもシャープで軽やか。

第3楽章 Adagio
静けさと安息に満ちたようなコラール風の第一主題。ここは初版のままだったが、雰囲気がかなり違うAllegroセクションを改訂版で入れ替え、短調だがずっと穏やかなモチーフに変更している。
この楽章はカッチェンのピアノの弱音の響きが儚げで美しく、楽章全体の雰囲気を支配しているような感じ。
ヴァイオリンとチェロの旋律は叙情的で美しいけれど、ピアノが深く沈潜していくような静けさがとても印象的。

第4楽章 Allegro
この楽章は短調の力強い第1主題で始まるが、第2主題はフィナーレらしく、開放感と自信に満ちた清々しい旋律。
第1楽章同様、第1主題は初版のままで、第2主題が改訂版で新しく加えられたもの。
最後は第1主題がピアニッシモで再び現れるが、クレッシェンドして、最後までフォルテで主題が展開されて、ほの暗い情熱的なエンディング。

改訂された第1番は、青年時代の情感豊かな情熱的なモチーフを元に、光と影が交錯する重厚で渋みのある後年の作風が融合したようなところが魅力的。ピアノ三重奏曲は3曲とも好きだけれど、やはり第1番が一番で、特に第3楽章の静謐な美しさが素晴らしい。
スーク&シュタルケル&カッチェンは、いわゆる常設トリオではなかったけれど呼吸がぴったりあった緊密感が心地よく、柔らかな表現のなかにもいろいろな感情が自然に流れでてくるようなブラームス。


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Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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