*All archives*



グレツキ/クライネス・レクイエム、チェンバロ協奏曲
グレツキは10年数年くらい前に流行った”悲歌のシンフォニー”(交響曲第3番)で、あっという間に有名になった作曲家。でも、それ以降は特に話題になることもなかったように思う。どうも体調を崩して作曲活動も以前のようにできてはいないらしい。

すっかり忘れていたグレツキだったけれど、シュニトケのコンチェルト・グロッソ第1番を聴いた時、アルバムにグレツキのチェンバロ(ハープシコード)協奏曲がカップリングされていたので、そういえば、グレツキのCDを持っていたはずだと思い出した。ラックを探すと、やっぱり出てきました。

グレツキ:クライネス・レクイエムグレツキ:クライネス・レクイエム
(1995/07/25)
アップショウ(soprano),ホイナツカ(cembaro), ジンマン(conductor), ステンズ(conductor),ロンドン・シンフォニエッタ

試聴ファイルなし


収録曲は3曲。昔は何度か聴いたはずなのに、すっかり忘れてしまっていた。
 1. クライネス・レクイエム~あるポルカのために Op.66
 2. チェンバロと弦楽のための協奏曲 Op.40
 3. グッド・ナイト「マイケル・ヴァイナーの追悼のために」 Op.63

クライネス・レクイエム~あるポルカのために Op.66(1993年)
題名の”あるポルカのために”というのはどういうことなんだろうかと、ブックレットの解説を読むと筆者もよくわからないと書いている。(作曲者に確認するなりしておいてほしいとは思う。)

第1楽章 Tranquillo
冒頭のとても静かなピアノソロと背景で鳴る鐘の音がとても綺麗。ミニマル的に同じパターンの音型を繰り返し弾いている。
やがてヴァイオリン・ソロが入ってきて、これもミニマル的に美しい旋律を繰り返して、ピアノ、ヴァイオリンが重奏する。ここはとても美しい。
と思っていたら、突如鐘が大音響で鳴り響いて、今度はフォルテで延々と同じパターンの旋律をオケが合奏していく。
現代音楽の曲は、緩徐楽章でも、こういう突発的大音響のフレーズが挿入されることが良くある。最初は新鮮だったけれど、同じような展開を何度も耳にすると、定型化してきているような気もしてくる。
そして、また突如静寂さのなかへと戻る。解説によれば”アーチ型”の構造をもつ曲。
最後は鐘の音が鳴り響くなかを、オケが厳粛な雰囲気の旋律をゆっくりと弾いて終る。

第2楽章 Allegro Impetuoso, Marcatissimo
打って変わって、冒頭からフォルテで緊迫感のあるアレグロ。
ピアノが打楽器的に同じ和音を連打し(この楽章中ずっと)、弦楽がそれに呼応するように主題を弾いていく。このミニマル的な旋律には、なぜか伊福部昭のゴジラのテーマを連想してしまった。
解説によると、2拍子と3拍子をもとに伸縮する変拍子だという。それで、変拍子の多い伊福部昭の音楽を連想したのが理由がわかった。でも、彼の音楽ほどにダイナミックで原初的な力強さはなくて、グレツキの方は洗練されたというかモダンで都会的な感じがする。
中間部はテンポが落ちて、静かな曲想に変わる。ここも不安げな旋律をホルンが吹いていて、弦楽合奏にそれに加わり消え入るように終る。

第3楽章 Allegro Impetuoso, Marcatissimo
ここも冒頭から、ピアノの軽快な伴奏にのせて、オケが少し調子のずれたふざけたような、間の抜けたところのある旋律をアレグロで弾いている。ショスタコーヴィチ風の諧謔さに似ているところはあるけれど、とにかく躁状態が延々と続くような楽章。
どうして厳粛なはずのレクイエムにこういう曲想が登場するのかと考えてみたら、カート・ヴォネガットの「涙がなにも解決しないのと同様、笑いもなにひとつ解決してくれません。笑うのも泣くのも、ほかにどうしようもないとき人間がやることです」という言葉を思い出した。
これはヴォネガットの代表作の一つである『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』の解説に載っていた<自己変革は可能か>という雑誌インタビュ記事からの引用文。ヴォネガットのあの生真面目なバカバカしさが好きで、高校生くらいの時に彼の作品はほとんど読んでしまった。なぜか、このフレーズが書いてあったのを今でも良く覚えている。

第4楽章 Adagio Cantabile
やや不協和的な感じのする鐘の音を背景に、安らかさを感じさせる旋律を弦楽器が弾いている。ホルンがこれに加わり、より穏やかさで心地よい響きになっていく。
でも、相変わらず鐘の音が不安げに響き続けている。さらにピアノが加わり、やや不協和的な和音を静かに連打し、最後には弦楽の息の長い旋律を背景に、再び鐘が不安げに鳴りながら、ピアノが調和的な和音を弾いて静かに終る。


現代音楽にしては和声の響きが美しいし、構成も緩急のコントラストが明確で、曲想もわかりやすい。ミニマル的な音楽が好きな人なら、すんなりと入っていける。
聴き直してみると、このアルバムに収録されている3曲の中、最も気に入ったし、そういえば昔はこの曲を良く聴いていた。ピアノが多用されていたこともあって、随分聴きやすかったのかもしれない。
躁状態の第3楽章は別として、アルヴォ・ペルトの音楽に良く似た雰囲気も持っている曲なので、ペルトの好きな人なら気に入るのじゃないかと思う。


チェンバロ協奏曲(ハープシコード協奏曲) Op.40(1980年)

第1楽章 Allegro Molto
冒頭から、チェンバロとオケが緊迫感のある力強い旋律を弾き始める。ここも、伊福部昭をまた連想してしまった。チェンバロは伴奏的にいくつかのパターンの音型を繰り返し弾いている。
オケが旋律を弾いていくが、これが和声的にとても美しくて厳粛な雰囲気がする。チェンバロの細かいパッセージのミニマル的な伴奏と、オケの息の長い旋律とが、不思議と調和している。

第2楽章  Vivace
今度は、蒸気機関車が疾走しているようなイメージの旋律と響きに変わる。弦が小刻みに音を刻んでいくので、そういうイメージがするのだろう。
チェンバロの音が第1楽章とは変わって、コミカルな感じに聴こえるのは、旋律の雰囲気のせいか、それともチェンバロの音色を変えているのかもしれない。
この楽章には厳粛さは全くなくて、何かに追い立てられているというか、焦燥感みたいな感じはする。これはとてもミニマル的な音楽。あっという間に終ってしまった。

チェンバロ協奏曲は、テンポも速く、リズム感があるので、現代音楽といってもとても気楽に楽しく聴ける。
チェンバロのパートがメカニカルな動きに徹しているので、チェンバロの音が苦手な私でも全然違和感がなく、まるでポップなテクノ音楽。
以前からチェンバロの音を聴くと電子音楽的に聴こえてくるので、どうしてだろうと思っていたら、この曲を聴いたときのイメージがずっと記憶に残っていたのかもしれない。

tag : グレツキ チェンバロ協奏曲

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
Secret
(非公開コメント受付中)

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
タグリスト
マウスホイールでスクロールします

月別アーカイブ

MONTHLY

記事 Title List

全ての記事を表示する

リンク (☆:相互リンク)
FC2カウンター
プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

お知らせ
ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿や記事内容と関連性の薄い長文のコメント、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で削除・拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。