バルトーク/ピアノ組曲 「戸外にて」 

2009, 07. 26 (Sun) 12:00

バルトークのピアノ協奏曲第3番について楽曲解説をいろいろ調べていると、第2楽章が”夜の音楽”だという説明をいくつか見かけた。
初めはマーラーの”夜の歌”に喩えているのかと思ったけれど、どうもそうではなさそうなので、調べてみると、ピアノ独奏曲に”The Night's Music”という曲がある。
多分この曲に関係しているようなので、”The Night's Music”が入っているピアノ組曲「戸外にて」を聴いてみるのが良さそうだった。

バルトークで有名なピアニストといえば、私にはコチシュが一番先に浮かんでくるが、持っているコチシュのCDには収録されていなかったので、ここはNAXOSのヤンドーの録音で。
ヤンドーの録音レパートリーは膨大だけど、ヤンドーと同郷の作曲家であるバルトーク作品の演奏には定評があって、とても安心して聴ける。どちらかというと質実剛健というか、ヘタに飾ることはしない剛直な弾き方をするピアニストだと思っているので、それがバルトークの音楽には良く似合っている。

バルトーク:ピアノ作品全集 3 「戸外にて」/「10のやさしいピアノ小品」/「アレグロ・バルバロ」/他バルトーク:ピアノ作品全集 3 「戸外にて」/「10のやさしいピアノ小品」/「アレグロ・バルバロ」/他
(2004/04/01)
ヤンドー

試聴する(NAXOSサイト)



「Out of Doors 戸外にて」 (BB 89/Sz. 81、1926年)

「戸外にて」 は5曲構成の組曲。タイトルの雰囲気だと屋外での活動とか風景を歌った曲のように思えるが、実際はそう簡単にイメージが沸いてくるような曲集ではない。
この曲集を聴いていると、数学的というか、幾何学的な世界のイメージが浮かんでくる。それなのに、メロディやリズムには、ハンガリーやルーマニアの民謡を素材にしたものが混じりこんでいて、わかりやすそうな雰囲気を漂わせるわかりにくい音楽ではある。
それでも、この曲集を聴くと、バルトークのピアノ独奏曲をもっと聴いてみたくなる。特に、「戸外にて」と同時期に作曲された「ピアノ・ソナタ」、「9つの小品」、それに「ミクロコスモス」は、調べてみるとかなり重要な作品。これは必ず聴かないと。
バルトークの音楽は、一筋縄ではいかなさそうだけれど、論理的思考が張り巡らされているようで、インスピレーションにも満ちている感じがして、かなり好みのタイプ。


第1曲”With Drums and Pipes"
ピアノの最低音域で、左手が打楽器的に間隔を変えながら打鍵するのが特徴的な曲。
低音が刻む不均一なリズムの上を、中音域付近で弾かれるメロディが断片的に重なっていく。
むき出しの荒々しさと物々しさがあるが、このリズム感と厳めしい雰囲気がとても魅力的。

第2曲”Barcarolla”
このリズムも均一ではなくて、同音型の曲線的な伴奏的旋律の上をおそらく2つの声部が、それぞれ違ったパターンの旋律を弾いていくという、非対称的な音の配置で構成されている。
ここは打楽器的奏法が影を潜めて、やわらかなスタカートとレガート主体なので、この不規則性が浮遊感のような安定感と茫漠とした雰囲気を出している。

第3曲”Musettes”
タイトルはフランスの古いバグパイプ、またはバグパイプ風音楽のことらしい。
バグパイプには、ドローン管とチャンター管があり、ドローン管は一定の低い音で”ブ~ン”という音をずっと鳴らしつづけ、チャンター管は旋律を鳴らす管だという。
バグパイプ特有の音の構成をピアノで表現しようとしているのか、低音部は同音型の短いパターン化されたフレーズが数種類入れ代わって演奏され、その上を旋律の断片が流れたり、その断片があるまとまったフレーズに変わったり。バグパイプの音楽を模した(と思われる)曲になっている。
響きと旋律はやや民謡風な感じを帯びている気はするけれど、全体的にはつかみどころのないところのある曲。

第4曲”The Night Music”
この曲集で、もっとも奇妙な不可思議さがあるけれど、”夜”の眼差しを感じさせるようなインスピレーションに満ちていて、これはとても素晴らしい曲だと思う。
ほとんどが弱音の柔らかい響きだが、ヤンドーの演奏だと、硬質な響きの中にもいろんなニュアンスがあって、イメージを膨らませることができる。
バルトークが他の曲で試していたトーンクラスターを、夜のイメージを喚起するような音として使っていると解説には書いている。
”トロロ~ン、トロロ~ン”と弱音の柔らかい響きでミニマル的に繰り返されるトーンクラスターの響きの上を、まるで夜のしじまの中から突如浮かび上がってくるかのように、異なる響きの効果音のような音や短いフレーズが入れ代わり立ち代り聴こえてくる。
まるで、鳥の鳴き声のようでもあり、動物たちの息遣いのようでもあり、静けさに満ちた自然のつぶやきのようでもあり、やがて、ようやくまとまった旋律らしきものが紛れ込んでくる。
聴き取れた旋律は、バルトークが作曲した”シク(チーク)地方の3つのハンガリー民謡”のとても叙情的で美しい旋律。それでここで使われていたというのは意外な気がした。この曲はアンデルジェフスキのカーネギー・ホール・リサイタルのアンコール曲なのでたまたま知っていた。もし、そのアルバムを聴いていなかったらわからなかったに違いない。
もしかすると、これ以外にも別の曲で使っている旋律が、散りばめられているのかもしれない。

第5曲”The Chase”
エネルギッシュでリズミックな音の反復によって、ひたすら前進していく音楽。
急迫感と疾走感が満ちていて、時折、最低音域で左手が打鍵する音が、アクセントのようにガンガンと響いてくる。
右手が断片的ではあるが旋律的なフレーズをスタッカートで弾いているのに対して、左手は伴奏的に一貫した5音からなるグループの音をまるでクラスターのようなまとまりで弾いている。


バルトークの音楽は、”The Chase”のような生命力と駆動力に溢れた部分と、”The Night Music”のような静かで内省的な思索的な部分という対称的な要素を持っていると言えるらしく、この”夜の音楽”的なものは、他のバルトーク作品でも現れてくるので、とても重要なキーワード。

管弦楽曲・協奏曲では、「管弦楽のための協奏曲」の第3楽章<悲歌>、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」の第3楽章、ピアノ協奏曲第2番と第3番の第2楽章などが、”夜の音楽”だと言われている。
でも、ピアノ協奏曲第2番と第2番では、”夜の音楽”といっても、趣きがかなり違う。第2楽章は、第2番が重苦しく不気味で時として騒然とした物々しさがあるのに対して、第3番は静謐さと青白く冷たく燃えるような叙情感がとても美しい。


吉松隆が書いたバルトークの作曲手法に関する小論「バルトークに関するバトルトーク」は、バルトークの音楽の多面性をわかりやすく説明していて面白い。


”夜の音楽”的なるものに焦点をあてた著作なら、音楽評論家の川鍋博著「バルトークを考える~音楽、絵画、思想からのアプローチ」という論文がある。(雑学辞典ドットコムのサイトに掲載)
バルトークのピアノ作品《戸外にて》に登場する《チェイス:The Chase》の生命力と《夜の音楽》の静けさという正反対な性格の分析をもとに、バルトークの作品を論じたのは「第二章 ミクロコスモス」。
全三章からなる論文(PDFファイル)のダウンロードもできる。

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