ケンプ ~ ベートーヴェン/ピアノ小品集 

2009, 08. 07 (Fri) 18:30

ケンプが1964~65年に録音したベートーヴェンのピアノ小品集。
ちょうどピアノ・ソナタ全集の録音を完成させた頃の録音で、ほっと一息ついたような穏やかさと優しげな雰囲気に満ちていて、ちょっと疲れたときに聴きたくなってくる。

国内盤ではエロイカ変奏曲などとカップリングされて2枚組みでかなり以前に出ていた。すでに廃盤になっているが、そのうち小品集だけが再リリースされたものらしい。
ややエキゾチックなムードの美しい女性がベールごしに見つめる眼差しが、思わずジャケット買いしてしまいそうになるほど、とても印象的。

Für EliseFür Elise
(2008/09/30)
Ludwig van Beethoven

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ケンプの演奏は、やや長めの残響が美しく、1964年という録音の古さにしては、とても鮮明で伸びやかな音で音質がとてもよい。
69歳くらいの演奏なので、技術的な問題をさほど感じることもなく(ところどころ指回りが悪いところはあるが)、フォルテも力強くて歯切れ良い。
最晩年の頃のよりも、強弱のコントラストが明瞭で、引き締まった演奏になっている。

 6つのバガテル Op.126
ピアノ・ソナタ第32番(Op.111)よりも後に作曲されていて、ディアベリ変奏曲(Op.120)と同時期くらいの作品で、ベートーヴェンの最後のピアノ作品になる。
ベートーヴェンが数多く作ったバガテルのなかでも、最も自信を持っていた曲集だといわれるとおり、シンプルな旋律と曲想で、完結した小宇宙のように凝縮されて均整がとれた感じがする。

長調の第1、3、5、6番は、柔らかで伸びやかな響きが美しい。第2・4番は対象的にフォルテ中心で力強く、重めのタッチ。
ゆったりとしてテンポのなかで、細かなルバートをかなりかけているが感傷的なところはなく、意外とあっさりとした雰囲気。レガートも滑らか、トリルも軽やかで浮き上がることなく、音楽が淀みなく流れている。
淡い光のなかで昔を回想しているかのような、ケンプならではの独特の雰囲気がある。そのせいか、時折見せる高揚感がとても力強い。

 エコセーズ変ホ長調 WoO86

 ロンド・ア・カプリッチョ ト長調 Op.129「失われた小銭への怒り」
俗称の”「失われた小銭への怒り」”という標題が良く知られている。
ベートーヴェンの死後に発表された未完の曲で(校訂者が左手空白部分を補筆)、ベートーヴェン自身は「幻想曲的なハンガリー風のロンド」と副題をつけていたという。
でも、なぜか俗称の方がこの曲にはぴったりくるように感じてしまう。俗称がついただけあって、結構人気があるらしい。
自分で弾いたこともないし、持っているベートーヴェンのCDには全然入っていない曲なのに、良く聴いた覚えがあるのは、小学校の校内放送でお昼の休憩時間にたびたび流れていたから。
ケンプの演奏は、フォルテの高速のところはちょっとテクニックが怪しいところはあるけれど、軽妙さと慌てふためいたようなおどけた感じがあって(品の良さはあるけれど)、とても面白い曲。

 エリーゼのためにイ短調 WoO59
「エリーゼのために」は、短調とはいえそんなに暗い雰囲気があるとは思えないのに、なぜかしっとり憂鬱な感じで暗~く弾くピアニストが多い気がする。
ケンプはさらっとした弾き方で、そこはかとない哀感がとても美しい。長調に転調する中間部や、主題が変わる展開部でも、それほど強弱を大きく変化させて表情を変えることはなく、わりに淡々としていて、この曲はこういう弾き方の方が好み。

 アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO57
もともとワルトシュタインソナタの第2楽章として作曲されたが、冗長だとして削除されて、その部分だけが独立して演奏されるようになった曲。たしかに、これが第2楽章になっていたら、そうでなくとも長いワルトシュタインが間延びしたに違いない。

 ロンド ハ長調 Op.51-1、ロンド ト長調 Op.51-2
可愛らしいロンドが2曲。
ベートーヴェンの小品は、いずれも細やかな情感がこぼれ落ちるように愛らしくて美しい曲が多い。
いつも立派なピアノ・ソナタや協奏曲ばかり聴いていると、とても新鮮で、ほっと一息つけるような落ち着きがある。たまに聴くといつも良い曲だな~と思い直してしまう。

ケンプが弾く曲は、短調よりも長調の方が、音色や響きにレガートなフレージングが美しく聴こえる(気がする)。ロンドではフォルテの部分を力強く弾いていて、起伏のつけ方も大きめなので、とてもロマンティックな感じ。

 「ネル・コル・ピウ」の主題による6つの変奏曲ト長調 WoO70
ベートーヴェンが多数作曲した変奏曲の中でもあまり有名ではなく、短めで軽やかなタッチの曲。

 ピアノ・ソナタ第19番 Op.49-1
2楽章構成の規模の小さなソナタ。
ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンのピアノ・ソナタを収録した「ソナタアルバム」という楽譜に入っていて、技術的にはわりとやさしい方なので、ソナタ・アルバムで練習したことがある人なら、一度は弾いているであろうと思う曲。
さほど好きな曲ではなくて、まともに練習したことはなかったけれど、ケンプのピアノで久しぶりに聴いてみると、実はとても綺麗な曲だったのだと発見。
子供のころはCD(当時はレコード)で模範演奏を聴くという習慣がなかったせいか、自分のヘタなピアノで曲のイメージができてしまったので、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集のCDを最初から聴き直さないといけない。

この曲集には収録されていないけれど、”さらばピアノよ”という小品がある。
この曲は、正式には「アンダンテ・マエストーソ ハ長調 WoO.62」というらしい。
ピティナの解説によると、ディアベリの共同経営者シュピーナが、ベートーヴェンの遺品競売で落札した作品の断片(弦楽五重奏曲の断章)をピアノ用に編曲して出版したもの。たしかに最晩年のベートーヴェンの曲とは、書き方も雰囲気もかなり違う。

”○○ピアノ名曲選集”とかいう楽譜に収録されていて、作曲者がベートーヴェンになっていたので、編曲ものとは露知らず、ベートーヴェンの曲だと思って子供の頃に良く弾いていた。とても短くて易しい曲で、旋律もメロディアスなので、今でもしっかり覚えている。
”さらばピアノよ”という標題にぴったりな曲想で、哀しげな雰囲気は希薄で、惜別の気持ちのような強い感情が力強く伝わってくる。

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2 Comments

西村和子  

失われた小銭への怒り

 ベートーベンは甥にはとても悩まされたようで、お金の貸し借りでは大変苦労なさったようです。それでなくとも生活は極度に困窮していて、たとえ小銭でもなくしたら困ったことでしょう。身につまされる題名ですね。私もエコセーズは大好きです。また、Ner Col Piu Non Mi Sentoは非常に美しい曲で、ケンプの演奏は素晴らしいの一言に尽きますね。

2013/11/13 (Wed) 20:23 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

甥想いのベートーヴェン

西村和子様、こんばんは。

ベートーヴェンはとても甥想いの人だったので、日々の生活はそれほど楽ではなかったのに、甥のカールのために遺産をかなり残していたそうです。
ベートーヴェンはお金のことには結構マメな人だったようで、日記帳に金銭の出入りを細かく記録したり、パトロンにも年金の催促の手紙を書いたりしていますね。
”楽聖”のイメージとはちょっと違うかもしれませんが、私にはこういうベートーヴェンの方が真実味があります。

ベートーヴェンの小品もケンプの演奏で聴くと、また違った味わいがあって良いですね。

2013/11/13 (Wed) 20:43 | EDIT | REPLY |   

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