*All archives*



デイヴィッド・デュバル 『ピアニストとのひととき』
興味のあるピアニストがいたら、本に載っていないかといつもチェックするのが、デイヴィッド・デュバル著『ピアニストとのひととき』と吉田秀和著『世界のピアニスト』。

『ピアニストとのひととき』の方は、著名なピアニストへのインタビュ集で、その多くがラジオ番組「音楽への愛のために」のタイトルで放送されたものを、活字化してまとめたもの。
ピアニストによってインタビュー項目がかなり違っているので、比較対照はしにくいけれど、ピアニストの個性に合わせて質問を変えているので、それはそれで面白い。
1984年に書かれた本なので、作曲家や作品に対するピアニストの考え方もそれ以降に変わっていることもかなりあるに違いない。それでも、これだけまとまったインタビュー集はあまり見当たらないので、資料としては貴重。よく聴くピアニストの考えていることがいろいろわかって、とても面白い。

※著名なピアニスト12人のインタビューをまとめた『Pianists on Playing: Interviews With Twelve Concert Pianists』という本が出ている。翻訳書がないので、英語版のみ。(日本ではさほど有名でないピアニストが結構多い)


上巻でチェック済みのピアニストは、ブレンデル、フィルクスニー、シャーンドル、P.ゼルキン、シフ。
下巻は、アラウの章が一番面白く(内容はアラウの記事のどこかに書いておいた)、他に読んだのは、グラフマン(カッチェンのことが書いていると思ったので。やっぱり載っていた。)、ペライア。フライシャーは読んでいるはずだけれど、なぜか記憶がない。
ラジオ放送番組をベースにしているので、掲載されているのは在米のピアニストが多い。

<掲載されているピアニスト>
上巻:アシュケナージ、アックス、バー=イラン、コワセヴィチ、ボレット、ブレンデル、ブラウニング、ダヴィドヴィチ、フィルクスニー、グールド、ホロヴィッツ、ジャニス、ヨハーンセン、ラレード、シャーンドル、ピーター・ゼルキン、シフ
下巻:アラウ、バドゥラ・スコダ、ラローチャ、ディヒター、アントルモン、フライシャー、グラフマン、イストミン、ヨハネセン、オールソン、ペライア、ポゴレリチ、ローゼン、テューレック、ヴァシャーリ、ワッツ、ワイセンベルク、ワイルド

ピアニストとのひととき〈上〉ピアニストとのひととき〈上〉
(1992/09)
デイヴィッド デュバル著、横山 一雄訳

商品詳細を見る
※写真は英語版のもの。


 アルフレート・ブレンデル
本文280頁のなかで、46頁が割かれている。掲載している17人のピアニスト中、最もページ数が多いし、中身も濃い。
音楽に関する分析的な話が多いので、インタビュにしては密度が濃い。ピアニスト1人あたりで大体10~15頁くらいだが、ホロヴィッツは例外的に28頁。

音楽の中のユーモアについて。
ユーモアといっても定義はいろいろあって、1つは、「音楽のコミカルな面、つまり人を笑わせるもの、ウィット、アイロニーについて語った方が簡単」。これはハイドンの音楽に見られるという。なぜなら「ハイドンは喜劇の典型」。
モーツァルトのユーモアは、これとは別。「ドイツ文学の伝統の中に深く根ざしている......理解し、愛し、許す悲劇に基づいたユーモア」。
ショパンの音楽には「アイロニーと、おそらくウィットがいくらかあるでしょうが、ユーモアもコメディもありません。ショパンは陰気すぎてそういったものには向いてなかったんです。」
もちろんベートーヴェンはこうした要素を全部持っていて、「「ディアベリ変奏曲」だけが、音楽の中のユーモア、ウィット、アイロニーの要素を伝えている」という。

ブレンデルの暗譜力。
-かなり聴覚的で運動感覚的な暗譜力を持っていますが、視覚的なものではまったくありませんので、弾くときにはスコアを見ません。

ブレンデルのバッハ。
ブレンデルは長年バッハはピアノ演奏には向かないと考えていたが、「古楽器でのバッハの演奏をたくさん聴きましてから、私はこれだけがバッハの音楽をよみがえられる唯一の方法じゃないというという結論に達して」、ピアノによるバッハ演奏・録音を始めたという。
この逆のケースはアラウ。昔はバッハをピアノで良く弾いていたが、バッハを弾くならハープシコードでと思うようになって1950年頃からパタっと公開演奏では弾かなくなった。しかし、結局は、最晩年になって、ピアノでバッハを弾くことも可能であろうと思い直し、ピアノでバッハを弾くことを再開してはいる。
スカルラッティは「ハープシコードの音に結びついている」のに対して、バッハについては、「音色は二次的なものだと考えてきた」ので、ブレンデルはハープシコードで弾くことにはこだわっていない。
随分昔のインタビュなので、今はどう考えているのかはわからないけれど。

ブレンデルのバッハ作品集を探すと、やっぱりリリースされていた。
バッハ:イタリア協奏曲バッハ:イタリア協奏曲
(2007/02/14)
ブレンデル(アルフレッド)

試聴する(amazon)


バッハの他にはリストとシューベルトに対するブレンデルの考え方がかなり詳しい。
最後には、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲に対するブレンデルの考えが簡潔に(半頁~1頁くらいのボリューム)で、話されているのが、なかなか壮観。一番好きな31番と32番のソナタについて、以下要約。

31番の「戻ったり結合したりするアリオーソとフーガの最後の2つの楽章は.....「受難」の音楽で、バッハの「受難曲」を思い出します。」第2楽章は後期の「バガテル」のひとつのようにみえる。

最後のソナタ。
-ベートーヴェンのソナタで驚くべきことは、それぞれが非常に違っているということです。想像力の範囲があまりに驚異的でして、事実、神秘的と呼びたいくらいです。それは人間をただ眺めることだけでは説明できないといったようなものです。人間としてのベートーヴェンには限界、弱点がありましたが、しかし作曲家としての彼は、人間的なもののほとんどすべてを包み込んで、それを自分のものにしています。最後のソナタは、この人間性の真髄でして、ソナタ・シリーズの本当の結論となっています。....2つのきわめて対立した楽章を隣合わせに置くということは、彼が自分の体験を、いわばごく簡潔に語りたいと思っていたことを暗示しているようにみえます。

-この2つの楽章の特色を示す名前にはこと欠きません。つまりサンサーラ(輪廻)とニルヴァーナ(涅槃)、現実の世界と神秘の世界、男性と女性の原意、陰と陽、いやむしろ陽と陰(運動の秩序の中に残るためです)といった名前で表せるということです。

 ルドルフ・フィルスクニー
やはりヤナーチェクに師事した頃の話が最も詳しく、5歳の時に初めてヤナーチェクの前でピアノを弾いたという。曲は、ヤナーチェクのオペラ「イェヌーファ」の小さなコーラスをフィルクスニーが編曲したものと、ドヴォルザークの「スラブ舞曲第8番」。

ヤナーチェクはこの幼いピアニストがとても気に入ったようで、ピアノの先生を探して、ヤナーチェクは基礎理論と作曲を教えた。
ヤナーチェクは彼を教える条件として、一般教育を受けること、神童として利用しないこと。
ヤナーチェクは息子を赤ん坊の頃になくし、娘もなくしていたことから、小さなフィルスクニーを子供のように思っていたのかもしれない。
フィルクスニーの方はすでに父親を亡くしていたので、ヤナーチェクが第2の父親、精神的な父親みたいなものだったらしい。
ヤナーチェクは、フィルクスニーの家庭が経済的に裕福ではなかったので、奨学金を受け取れるように推薦状をいくつも書いていた。

ヤナーチェクの後に師事したのがクルツ。あのドヴォルザークのピアノ協奏曲の編曲版を作曲した人。結局、自分の流儀を教え込むような教授法がフィルクスニーには合わずに決別。
その後シュナーベルに師事したが、シュナーベルはクルツとは全く逆で、音楽討論のようなレッスン。シュナーベルは、新しい、違ったやり方で自分自身で考えることを奨励していた。
シュナーベルがナチスが政権を掌握した後は、ドイツを出国してイタリアで教えていたが、フィルクスニーはそこで指揮者のジョージ・セルと初めて会う。
シュナーベルからフィルクスニーの話をきいたセルは、一度も彼の演奏を聴くことなく、ドヴォルザークのピアノ協奏曲のソリストを電話で依頼してきた。
フィルクスニーとセルはとても相性が良かったらしく、フィルクスニーとセルは友人でもあり、助言やアイデアが必要なときにはセルによく相談した。セルに気に入られると、彼から(音楽上の)恩恵を受けることは確かで、セルとの共演はとても励みになったと言っている。
セルとフィルクスニーは、1954年にクリーブランド管とドヴォルザークのピアノ協奏曲を録音している。


 アンドラーシュ・シフ
シフは子供の頃からバッハを弾いていたが、14歳の時にジョージ・マルコムに師事するためにロンドンへ行って、そのとき本当にバッハを理解できるようになったという。
マルコムが使っていたハープシコードは、いろんな種類の効果をだせるようにした、ペダルが10個ぐらいついた改造型のもの。実際実演でも弾いていたらしい。
従来のハープシコードを好んでいなかったところが、シフと似ている。
シフの方は、ハープシコードがミシンのような気がするというくらいだから(冗談だろうけれど)、他にもいろいろある発言を読むと、シフはハープシコードという楽器が全く好きではないのがよくわかる。

結局、マルコムの元へ行ってもハープシコードを弾いたことはなく、フォルテピアノにも気が進まず、マルコムから教えられたのは、「学問的感覚を身につけることや、バロックの手順を本当に理解すること」。
シフは、「バッハは実際には何も指示していないので、ある意味では、バッハは演奏家自身が作曲家になるよう強制しています。演奏家は、テンポや強弱法から、フレージングやアーティキュレーションまで、非常にたくさんのことを勉強しなくてはいけない。....受難曲やカンタータを含めたバッハの作品全部を知っている必要があります。」といっている。

グールドは、シフが子供の頃のアイドル。
シフのグールド評は「グールドのようにポリフォニーを弾けた人はだれもいませんでした。彼は、ほかのたいていの人が二声をコントロールできる以上に、もっと知的に五声をコントロールできたピアニストです。」

20世紀の作曲家のなかで好きなのはバルトーク。
ハンガリーで先生だったパウル・カドシャは、バルトークの友人で作品も一緒に研究していたので、「バルトークは叩きつけるように弾くもんじゃない」とシフに教えた。
シフはその教えを守っているらしく、「バルトークはいつも荒々しく、ばんばん弾かれます。ですから彼の音楽の音色の美しさが失われてしまうのです。」

シフは家でよりもステージでの方が良い演奏をするという。ステージでは自分を解消できるからで、スタジオだと全く分析的で、大変批判的になるという。ゴルトベルクの新録はライブ録音で、その出来が素晴らしいのがなぜか良くわかった。

暗譜について、全然不安がないという。「忘れるんじゃないかと思うと、それは2秒以内に起こります」といって、暗譜のことは考えてもみないようにしている。

シフは自分の弾き方について、音楽の含むものを暗示してみせるので、音の響きをとおしてドラマ性を表現しているという。

ホロヴィッツやホフマンのようなヴィルトオーソとは性が合わない。偉大な演奏家であって、偉大な音楽家ではなく、それは作曲家が二の次にされているから。
なぜか尊敬しているのはアラウ。「彼の芸術には最高の敬意を表しています。彼は作曲家の意図するものを絶対に失っていない」から。

シフの章を読んでいると、自分の主張を明確にするタイプで、やわらかな音楽のタッチとは全く違った性格の人だという感じがする。なかなか面白いキャラクタだと思う。

tag : 伝記・評論 ブレンデル フィルクスニー シフ

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
Secret
(非公開コメント受付中)

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
タグリスト
マウスホイールでスクロールします

月別アーカイブ

MONTHLY

記事 Title List

全ての記事を表示する

リンク (☆:相互リンク)
FC2カウンター
プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

お知らせ
ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿や記事内容と関連性の薄い長文のコメント、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で削除・拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。