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ムストネン ~ ヒンデミット/ルードゥス・トナリス-対位法, 調性およびピアノ奏法の練習
ヒンデミットのピアノ曲の代表作は、《ルードゥス・トナリス~対位法, 調性およびピアノ奏法の練習》(1942年)。
"練習"ではなく"研究"と訳している場合もある。どちらにしても、この副題だと堅苦しそう。
一般にはピアノ・ソナタの方がポピュラーで、《ルードゥス・トナリス》の方は録音も少ない。この曲を聴いたことのある人は、同じく”練習曲”として作曲されたバルトークの《ミクロコスモス》以上に少ない気がする。

《ルードゥス・トナリス》は”音の遊び”という意味。
ヒンデミットがナチスから逃れて米国へ渡った1940年代の作品で、この時代のヒンデミット作品の中では最も有名。バッハの平均律曲集に則ったように、調性の枠組みのなかでフーガを展開し、ヒンデミットの調性理論などを実践的に表現した曲集と言われる。
ムストネンの言葉では、「《ルードゥス・トナリス》は、20世紀のピアノ語法(Piano Literature)における50分のランドマークです。この作品はあまりに大きすぎて、狭いカテゴリーに押し込めることはできません。この独創的な傑作には、規律、自由、ユーモア、軽やかさと巨大なパワーといった全てが、例のないほどに統合されて、存在しているのです。」

この曲はテクニカルな練習にもなるが、それ以上に音楽的表現を磨くための”練習”曲で、ヒンデミット独特のリズム、和声、対位法が詰まった組曲のような趣きがあり、全部弾くのに1時間近くかかる。
いろいろなテンポと曲想で展開されているので、ヒンデミットのピアノ作品のエッセンスが凝縮されたようで、聴いていても楽しい曲集。
ヒンデミットのピアノ・ソナタが好きな人なら、この曲集の面白さが良くわかると思う。

有名なピアニストの録音では、ベレゾフスキー、ムストネン、ヴェルデニコフあたりが録音している。
ヒンデミットのピアノ曲全集を録音したペーターマンデル、マウザーも当然弾いている。
私はムストネンとペーターマンデルの録音だけ聴いている。
ムストネンのピアノは、独特のエッジの利いたタッチがこの曲にぴったりとマッチし、シャープな切れ味と、表情の多彩さが際立っている。曲ごとにテンポ、リズム、響きを変えていくので、曲ごとに異なる性格がくっきりと浮かび上がって、これは何度聴いても面白い。
ムストネンらしい才気溢れる解釈で、この曲が本当にタイトルどおり”音の遊び”なのだと納得。
ムストネンは、バッハの平均律曲集と、ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》を録音しているので(いずれもかなり個性的な演奏)、ヒンデミットの作品もムストネンには向いている曲だと思う。


《ルードゥス・トナリス》とプロコフィエフの《束の間の幻影》をカップリングしたムストネンのDECCA時代の録音。これはすでに廃盤でUSED品はかなりの高値。なぜかituneやamazon.comでもダウンロード販売はしていない。

Prokofiev: Visions fugitives; Hindemith: Ludus tonalisProkofiev: Visions fugitives; Hindemith: Ludus tonalis
(1996/10/15)
Olli Mustonen



ムストネンほどの個性の強い演奏ではないが、オーソドックスというか、強いクセがなくて聴きやすいのはペーターマンデルの録音。
ヒンデミットらしい対位法の動きや和声の響きがよくわかり、テンポ、リズム感もほど良く、やや硬質な響きでそこそこシャープなタッチ。これは米国amazonで今のところ入手可能。

Hindemith: Piano Works, Vol. 4 Ludus Tonalis/Kleine Klaviermusik Op.45Hindemith: Piano Works, Vol. 4 Ludus Tonalis/Kleine Klaviermusik Op.45
(1992/12/17)
Hans Petermandl

試聴する(米国amazon)

                                 

《ルードゥス・トナリス~対位法, 調性およびピアノ奏法の練習》

フーガは半音階の12音を使った3声のフーガで構成されている。
フーガの間にはInterludesが挿入されている。フーガがポリフォニックな技法で書かれているのとは違って、Interludesはキャラクター‐ピースで、パルトラル風、マーチ、ワルツなど形式はいろいろ。
一連のフーガとInterludesは、冒頭のPraeludium(前奏曲) と 最後のPostludium(後奏曲)で挟まれている。最後のPostludiumは、Praeludiumを逆さまにして、終わりから弾いているような形式。
”音の遊び”というタイトルだけでなく、構成からして凝っていて、ヒンデミットは結構”遊び心”のある人だったのかも。

どの曲もヒンデミット独特の和声の響きが美しく、現代的なシャープなリズム感や色彩感は、ロマン派的な情念とは全くちがった、乾いたロマンティシズムを感じさせる。
ヒンデミットのピアノ曲の代表作だけあって、まるで”ミクロコスモス”のようにヒンデミットのピアノ語法がエッセンスとして凝縮されている。
この曲を聴いていると、ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》とブリテンのピアノ作品を思い出す。ゆったりとしたテンポでシンプルな旋律が交錯するところは、調性感が曖昧で茫漠としたショスタコーヴィチに似ていて、軽快なリズムと和声の響きはブリテンに似ている。
何度聴いてもとても面白くて、新鮮さを感じる曲集です。

ムストネンは、トレードマークのような飛び跳ねるようなタッチが冴え、声部ごとに音色・響きが違うので、弾き分けも見事。とてもカラフルで立体感があって、音の動きが視覚的に見えてくるような気がする。
この演奏では、バッハやショスタコーヴィチを弾いたときよりも鋭く突き刺すようなシャープさがやや薄いので、そういう点ではムストネンにしてはちょっとマイルドな感じで聴きやすいかもしれない。


I. Praludium
アルペジオが多用されていて、ややファンタスティックでとても和声の響きの美しい曲。特に前半部の鋭く急迫感のあるアルペジオが印象的。

II. Fuga 1 in C major: Slow
スローテンポでとても密やかな雰囲気の三重フーガ。やや沈鬱な感じの内省的な曲で、囁くように弾かれる声部の響きがそれぞれ違っているので、とても立体的に聴こえる。

III. Interludium: Moderato, with energy
この曲はヒンデミットのピアノ・ソナタ第3番をすぐに連想した。主題旋律が全編(右手、左手)に繰り返し登場していくというのが第2楽章に似ている。
ムストネンの跳ねるようなタッチとリズム感もこの曲にぴったり合っている。

IV. Fuga 2 in G major: Gay
この曲もテンポのやや速い、リズム感の面白いフーガ。これはいかにもヒンデミットの曲らしいリズム。ブリテンのピアノ曲にも似たリズムと和声でこの曲も面白い。
ムストネンがこの曲を弾くと、いろんな鳥たちが入れ替わり立ち替わり、さえずっているように聴こえてくる。

V. Interludium: Pastorale, moderato
Pastorale風の静かで美しい響きも聴こえるが、調性感がとても曖昧で、どことなく不可思議さのある曲。

VI. Fuga 3 in F major: Andante
このフーガもゆっくりとしたテンポ。解説ではmirror fugueのように、次々と冒頭の主旋律が連続して現れてくると書いてあるが、これは楽譜を見ないとすぐにはわからない。長めの響きが重なりあってやや幻想的な雰囲気。

VII. Interludium: Scherzando
軽妙な舞曲風。右手と左手とも違うリズムで、このリズム感がとても面白い。
ムストネンの部分的にアクセントを利かせたリズムと時々跳ねて引っ掛けるような軽やかなタッチだと、道化たような感じがしてきて、余計に面白く感じる。

VIII. Fuga 4 in A major: With energy - Slow, grazioso - Tempo prim
この二重フーガの冒頭は、直前のInterludiumのような軽快なテンポとリズムで力強い旋律。左手の声部がかなり強め。
中間部は途中でテンポが落ちて、弱音でひそひそ内緒話をしているような旋律のフーガ。

IX. Interludium: Fast
両手に現れる細かく詰まったパッセージが速いテンポで弾かれるので、メカニカルでセカセカした感じがとても面白く感じる。
ムストネンが弾くと、メカニカルな感じが消えて、とても小さな動物とか昆虫が一生懸命動き回っているようなイメージが浮かんでくる。

X. Fuga 5 in E major: Fast
符点のリズムが特徴的なフーガ。ムストネンはところどころアクセントを強くつけるので、一層飛び跳ねているような躍動的なリズムになる。

XI. Interludium: Moderato
やや幻想的で、夜想曲風の静かな曲...のはずだが、ムストネンの場合は強弱を細かく付けていくので、静けさのある饒舌な曲に聴こえる。

XII. Fuga 6 in E flat major: Quiet
とても静かで幻想的な曲。冒頭のゆったりした主題旋律の中間に現れる細かいパッセージのリズム(トゥッルトゥッル~みたいな感じ)が特徴的で、これが全編エコーしていくので、このリズムがとても印象に残る。

XIII. Interludium: March
タイトルどおり、明るめの色調でリズムも軽快で、とても洗練されたマーチ。
他の曲よりも調性的にも安定した感じがする。ムストネンのマーチは、アクセントを時々利かせたリズムでアップダウンがたくさんあるので、おもちゃの兵隊さんのマーチみたいな感じで、どこか可笑しい。

XIV. Fuga 7 in A flat major: Moderato
長めの響きの余韻で茫漠とした感じがあり、やや不安げなムードを感じさせる旋律のフーガ。

XV. Interludium: Very broad
ゆったりとしたテンポで、左手低音部の重苦しい響きと右手の悲壮感のある旋律が相まって、とても沈鬱な感じのする曲。和音が多用され、ペダリングでその響きが重なっていくので、荘重な雰囲気もある。

XVI. Fuga 8 in D major: With strength
これはとても軽快なリズムの歯切れ良いフーガ。弾力のあるタッチで、音がピョンピョン跳躍するような感じ。

XVII. Interludium: Very fast
左手側のリズムと、右手側の細かいパッセージの動きが面白く、躍動感がある曲。旋律もとても軽妙な感じでこれも小さな動物たちがちょこまかと動き回っているイメージ。
ピーターマンデルはちょっとテンポが遅め。ムストネンは指示通り”VeryFast”。

XVIII. Fuga 9 in B flat major: Moderato, scherzando
フーガが考えられる限りのいろいろなパターンで展開されたスケルツァンド形式(と解説には書いている)。この曲も装飾音的なリズムがオスティナートされているのが、軽妙さをかもし出していて面白い。
ヒンデミットの《四気質》の主題楽章のピアノパートにも良く似たフレーズが入っている。

XIX. Interludium: Very quiet
とても密やかな雰囲気で、高音のシンプルな響きの透明感がとても美しい曲。
まるで”夜の海”を連想するような静けさと澄んだ空気を感じさせる。

XX. Fuga 10 in D flat major: Moderately fast, grazioso
これも断片的な装飾音的な旋律があちこちで挿入された、とても不可思議な雰囲気のするフーガ。
何かがごそごそと目に見えないところで隠れて動いているようなイメージ。

XXI. Interludium: Allegro pesante
軽めのスタッカートの和音を多用し、拍子が几帳面にカクカクと正確に刻んでいるせいか、やや無骨な感じのするリズムと旋律の曲。ペザント風というのがこういう雰囲気なんだろうか。

XXII. Fuga 11 in B major (Canon)
とても静かな2声のフーガで、これも茫漠とした雰囲気。通奏低音のように左手のバスが柔らかく響いている。

XXIII. Interludium: Valse
少し調子はずれで不可思議な雰囲気のする密やかで軽やかなワルツ。これも右手の旋律はトリルや連符が多用され、これが飛び跳ねるように素早く軽やか。

XXIV. Fuga 12 in F sharp major: Very quiet
冒頭はとてもゆっくりとしたテンポで柔らかい響きに包まれた静かな旋律。
徐々にテンポが上がり、タッチも強くなり、音の厚みが増してクレッシェンドしてゆき、緊張感が増していく。
やがてテンポが落ちディミヌエンドして、この曲の締めくくりのように、やわらかい響きの安定した和音で終る。

XXV. Postludium
ラストを聴くとPraludiumを逆さまにしたような感じはする。でも、楽譜で確認するとはっきりとわかるはず。
冒頭は、Praludiumとは違ってシンプルで静かな曲想。途中でPraludiumで現れたような下降調のシャープなフレーズやアルペジオが挿入されて、華やかな響きの曲想に変わり、最後は冒頭のPraludiumのように安定した強いタッチの和音で終る。

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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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