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バッハ=ブラームス編曲/左手のための《シャコンヌ》
バッハの《シャコンヌ》のピアノ編曲版で有名なのはブゾーニの《シャコンヌ》。バッハの世界を離れたロマン派の曲のように聴こえてくる荘重華麗な編曲。
もう1つ編曲されたものがあって、これは一般的にはあまり有名とはいえないけれど、知る人ぞ知るブラームス編曲版。
ただし、ブゾーニ編曲と根本的に違うのは、ブラームスは書いたのは左手のための《シャコンヌ》。

この曲は、クララ・シューマンが右手を脱臼(かなにか)で痛めたクララ・シューマンのために書いたので、左手だけで演奏できるようになっている。
ブラームスは、クララの身に心配ごとが起こると、自分の作曲した曲を献呈して慰めることが何度かあって、他にもクララのために書いた曲がいくつか残っている。
アルトのパパさんの<ブラームスの辞書>の記事”曲を贈る”を読むと、クララへ献呈した曲は、《弦楽六重奏曲第1番》の第2楽章のピアノ編曲版《主題と変奏》(原曲は映画『恋人たち』に使われていたのでかなり有名)、《クラヴィーア組曲イ短調》、《雨の歌Op.59-3》、《ヴァイオリン・ソナタ第1番》の第2楽章と結構多い。クララのお誕生日のプレゼントとして書いた曲もある。

バッハの原曲(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番)とブラームスの編曲版の楽譜を比較した人がいて、その違いをホームページで解説してくれている。(ホームページはこちら)
基本的には、原曲よりも1オクターブ下げてはいるが、ほとんどバッハの書いた音そのままで左手だけで弾けるようにした、原曲にほぼ忠実な編曲。
ヴァイオリン独特の音の配列のところで、ピアノでは弾きにくそうなところは和声の響きを生かして編曲している。

<ブラームスの辞書>の記事”尊重すべき欠落”で、この左手のための《シャコンヌ》が取り上げられている。
なるほどと思ったのは、「両手が前提のピアノ演奏から意図的に右手の参加を奪うということを通じて無伴奏という形態を選んだバッハと精神的に連帯したのだ。」という下り。
両手で弾くことによって余計な音を付け加えるのではなく、片手だけでほぼ原曲の音をそのまま弾くというのは一見制約があるようで、実は逆に原曲の世界に近くことになるのかもしれない。
たしかに、荘重華麗な和音が響きわたるブゾーニ編曲版よりも、このブラームスの編曲版の方が、バッハの世界にずっと近い気がする。

このブラームス編曲版が収録されているのは楽譜は《ピアノのための5つの練習曲 Anh.Ia-1》。
他に4曲の編曲があり、このうち2曲はバッハのヴァイオリン・ソナタBWV1001。
 第1曲 フレデリック・ショパンによる練習曲 ヘ短調 (ショパンのop.25 No.2を編曲)
 第2曲 C. M. von ウェーバーによるロンド ハ長調 (ウェーバーのop.24のフィナーレを編曲)
 第3曲 J. S. バッハによるプレスト ト短調 第1稿 (BWV1001のフィナーレを編曲)
 第4曲 J. S. バッハによるプレスト ト短調 第2稿 (BWV1001のフィナーレを編曲)
 第5曲 J.S.バッハのシャコンヌ ニ短調 (無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004を編曲)

 編曲版《左手のためのシャコンヌ》の楽譜(IMSLP)


左手だけで演奏しなければいけないので(右手を多少使う人もいるらしいが)、録音はそう多くはないが、それでもいろいろ選べるだけの数はある。
多くの作曲家に左手だけで曲を委嘱したことで有名なピアニスト、ヴィトゲンシュタインの録音もあるが、これは音が悪い。日本人ピアニストでは舘野泉さんも録音している。
練習曲というカテゴリーだったせいか、カッチェン、オピッツ、レーゼル、クリーンなどの有名なブラームスのピアノ曲全集には録音されていない。
全集に収録しているのは、ビレットとジョーンズ。(探せば他にもあるかもしれない)
ブラームスの《シャコンヌ》は、テンポやタッチがピアニストによってかなり違っているので、曲の雰囲気も変わってくる。演奏時間は13分~19分くらいと結構幅がある。概してテンポが遅い方が表現重視。
この曲はライブ映像に限らず、いくつか聴いたスタジオ録音でも打鍵ミスがちらほら残っているので、左手だけで弾くのはかなり厄介な曲らしい。

ヴァイオリンで弾いた《シャコンヌ》を聴けば聴くほど、その世界の深みはピアノではとても表現できないと思うので、ブゾーニでもブラームスでも、ヴァイオリンのことは忘れて、あくまでも独立したピアノ曲だと思って聴くことにしている。

 イディル・ビレット(NAXOS盤)(試聴ファイル)[17:38]
かなり力強くシャープなタッチで、楽譜に書かれている音をきっちりと弾き込んだ堅実な演奏。
あまり残響を長くしていないので、音の配列によっては響きに厚みがでないところがあるが、遅めのテンポで表現も丁寧で明快、力強さもあって堅固な構築感がある。

 マーティン・ジョーンズ(Nimbus盤)(試聴ファイル)[15:24]
スタジオ録音のわりには結構音を外したりしているが、どちらかというと雰囲気で聴かせるタイプのピアニストなので、ビレットよりはタッチも柔らかく残響も長めで、演奏の流れが滑らか。

 アナトール・ウゴルスキ(DG盤)
左のための《シャコンヌ》の演奏でとりわけ異彩を放っているのが、アナトール・ウゴルスキ。
一度このシャコンヌを聴くと、他の演奏は聴いても違う曲に聴こえるほどに独特の雰囲気がある。

Brahms;Piano SonatasBrahms;Piano Sonatas
(1997/03/10)
Johann Sebastian Bach、

試聴する(米国amazon/ブラームス全集へリンク)[Disc 20の9曲目/17:28]
ブラームスの《シャコンヌ》が収録されているブラームスのピアノ作品集(廃盤)。国内盤はピアノ・ソナタ第1番・第2番とのカップリングでこれも廃盤。他にはDG盤のブラームス全集に収録されている。


ウゴルスキは、かなり昔の来日公演でも、この《シャコンヌ》を弾いていたらしく、放送用のライブ映像が残っている。滅多に演奏も録音もされないこの曲をリサイタルで聴けた人はかなり幸運。
 アナトール・ウゴルスキの来日公演リサイタル映像(Youtubeのライブ映像:2つの動画で合計約19分)



スタジオ録音の方が、フォルテはややシャープで力強いタッチで、残響が短めなので、リサイタルの演奏よりは多少すっきりとした明晰さがある。
このリサイタルでは、テンポが若干遅く(スタジオ録音より1分くらい長い)、タッチがソフトで残響が長めなので、響きがとても柔らかくて美しい。スタジオ録音よりも内省的な雰囲気が強い。

ウゴルスキの弾く《シャコンヌ》は、細部まで表現を尽くしたとても個性的な演奏。
といっても、ピアニストが感情移入したような感傷性や情緒性はなく、この曲のもつ内面的に訴えるものをゆっくりと深く掘り下げたようなとでもいえば良いのか...、こういう演奏は言葉ではなく、聴けばすぐにどういうものなのかがわかる。
バッハでもブラームスの世界でもなく、ウゴルスキの”シャコンヌ”なので、好みははっきり分かれる。
ウゴルスキ独特のゆったりとしたテンポと柔らかいタッチで、残響が長いわりには響きに濁りがなく、深みのある響きがとても美しい。言葉にならないニュアンスのようなものを感じるので、音が語りかけてくるような感覚がある。
この曲の奥深くに沈潜していくような内省的な演奏で、ピアノで弾く《シャコンヌ》も悪くないと思わせられたくらいに魅かれるものがある。
ブラームスの《シャコンヌ》曲は”練習曲”として書かれていたとはいえ、練習曲という域を超えている。
これはバッハの原曲のもつ力の凄さによるものには違いないけれど、ウゴルスキの演奏がその力を最もよく引きだしているのだと思う。

tag : ウゴルスキ バッハ ブラームス

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(非公開コメント受付中)

はじめまして
「左手のためのシャコンヌ」について知りたくたどりつきました。
拙ブログのエントリ↓にて、
http://sky62543.exblog.jp/12125464/
この記事をリンクさせていただきました。もし不都合がありましたらどうぞお知らせ下さい。
ウゴルスキの演奏も観ることができ、感謝です。
ウゴルスキのブラームス
skyblue様、はじめまして。

ご丁寧にご連絡いただきまして、ありがとうございます。
リンクはご自由にしていただいて結構です。

ウゴルスキのシャコンヌ、かなり独特なものがありますが、魅力的ですね。彼のヘンデルヴァリエーションも好きな演奏です。
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Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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