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ムストネン ~ バッハ/平均律曲集第1巻 & ショスタコーヴィチ/24の前奏曲とフーガ
バッハの平均律曲集(第1巻だけ)で最近よく聴くのは、ティル・フェルナーの録音。いつも柔らかく響きで微温的なところが心地良いけれど、さすがにこればかり聴いていると、もっと刺激的な平均律を聴きたくなってくる。
そういう時は、独特の個性の強さでは、持っているCDのなかで群を抜いているムストネンの平均律に限る。
どこの誰の弾く平均律とも違うので、ブラインドで聴いても、誰が弾いているのかすぐにわかる。(平均律に限らず、どんな曲の録音でもそれは同じだけど)

そもそも選曲と配列からしてユニーク。
バッハの《平均律クラヴィーア曲集第1巻》と、その平均律曲集にならって書いたショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ Op. 87》と一緒に収録した珍しいCDを、これまたレーベルをまたがってリリースしている。

最初に録音したRCA盤では、それぞれの曲集から半分抜粋してリリース。
残り半分も録音するつもりだったのだろうけど、その後Ondineへ移籍してしまったのでこの企画はストップ。
ムストネンは、この企画が尻切れトンボになるのは嫌だったに違いなく、Ondineでは残りのプレリュードとフーガも録音して、これで全巻完結。

曲順もユニーク。ムストネンが独自に曲順を配列しなおし、さらに、バッハとショスコターヴィチを交互に並べると手が込んでいる。
この2種類のCDを持っていないと、バッハの《平均律曲集第1巻》、ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》とも完結しない。
レビューを見ていると、バッハ、ショスタコーヴィチの曲をそれぞれ分けて、本来の曲順でコピーしてCDに焼きなおして、聴いている人がちらほら。やっぱりそうしたくなるんですよね。
私も、WAVEファイルをコピーして編集しなおしたCDを作って、ムストネンの意図とは違って申し訳ないけれど、バッハとショスタコーヴィチを分けて聴くことが多い。

RCA盤とOndine盤では5年以上の年月が経っているせいか、弾き方が多少変わっているところがある。
音自体は、Ondine盤の方が響きが鮮明で深みもあって綺麗。ノンレガートというか針のように尖ったスタッカート的なタッチはよりシャープになって、飛び跳ねるような躍動感が強い。
アクセントを利かせた鋭角的な表現と柔らかいタッチで叙情的に弾くところのコントラストがより鮮やかで、Ondine盤の方が一層刺激的。

これは最初にリリースしたRCA盤。
①J.S.バッハ:平均率クラヴィア曲集第1巻~第1、5、6、7、11、12、13、17、18、19、23、24曲
②ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガOp.87~第2、3、4、8、9、10、14、15、16、20、21、22曲
バッハ&ショスタコーヴィチ / プレリュードとフーガ Vol.1バッハ&ショスタコーヴィチ / プレリュードとフーガ Vol.1
(1998/11/06)
オリ・ムストネン

試聴する(ドイツのamazon)(HMV)
 すでに廃盤。在庫に限り、プレミアム付きで入手可能らしい。

残りの曲を収録したOndine盤。2002年11月の録音。
①J.S.バッハ:平均率クラヴィア曲集第1巻~第2、3、4、8、9、10、14、15、16、20、21、22曲
②ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガOp.87~第1、5、6、7、11、12、13、17、18、19、23、24曲
Bach & Shostakovich: Preludes & Fugues, Vol. 2Bach & Shostakovich: Preludes & Fugues, Vol. 2
(2004/03/09)
Olli Mustonen

試聴する(米国amazon)


なにより演奏内容が極めて個性的で、ムストネンの才気が溢れている。
ショスタコーヴィチの演奏は、シチェルバコフとは違ったソノリティではあるけれど、響きの美しさという点では同じで、両方とも私のベスト盤。
飛び跳ねるような鋭角的なタッチで弾く曲は、現代風なシャープさと軽妙さが鮮やか。
緩徐系の曲では濁りのない柔らかな響きがとても美しい。それにショスタコーヴィチ独特の内省的でいろいろな感情が織り交ざったような曖昧さと不可思議な雰囲気も良く出ている。

ショスタコーヴィチは現代ものなので、ムストネン独特の奏法でも奇異な感じはしないが(少なくとも私には)、バッハとなると、過去の名演やら様式やら、いろいろと固定されたイメージや決まりごとがあるので、そういうわけにはいかない。
ムストネンのバッハは、タッチも響きもフレージングも独特なので、はっきり好みが分かれる。
別に奇を衒っているわけではなく、ムストネンはベートーヴェンだって、ショパンだって、何であろうとこういうタッチで弾く。(Ondineに移ってから、さらに磨きがかかっているような気もするけど)
子供の時からピアノとチェンバロの両方を学んでいたので、ピアノとチェンバロ(に加えてオルガン的な響き)を融合したようなところもあるような気がする。
ムストネンの奏法が面白くて斬新と思う人なら、このバッハだって、もしかしたら受け入れられるかも。

ムストネンの奏法は、技術的にはかなり高いレベルには間違いなく、恐ろしいほどに精緻で正確な打鍵は、寸分の狂いもない精巧な時計やガラス細工のよう。
どんなテンポでも針のように尖ったスタッカートは、軽やかで音の長さも粒が揃い、1音ごとに強弱をつけているかのように細かい起伏をつけた時には、うねるように線が流麗。色彩感のある響きでも濁りがなく、音と旋律の流れに対する感性はかなり鋭敏。
完璧な指のコントロールに、隅ずみまで精緻に設計された響きに加え、巧みなペダリングなどいろんな工夫が施してあるに違いないであろう奏法が、素晴らしく鮮やか。
タッチと音の響きがとても変わっていて、個人的に感じるのは、抽象化された音の世界と純化されたような叙情感。
極めて人工的な世界なのだろうけれど、無機的な感覚は全くしないのは、過剰なくらいに明快な表現に生気とダイナミズムがあるからだろうし、水気を含んだような質感と透明感のある響きは、濾過されて濁りのないピュアな感情が流れているような感覚。

解剖図を見ているように隅ずみまで分析され研ぎ澄まされたような明晰さと、神経質的なくらいの繊細さと透明な叙情感の美しさが強く印象に残る。
この独特のタッチと響きで弾かれた平均律は、それに慣れてしまえば、それぞれの持つ曲の骨格やエッセンスがくっきりと浮かび上がってくると思えるほどに、違和感なく納得できてしまう。

                            


バッハ/平均律クラヴィーア曲集第1集

ムストネンの場合は、奏法が特殊なせいか予測のつかないところがあるので、この曲はどういう風に弾くのかな?という興味が強く湧いてくる。

バッハもショスタコーヴィチも、曲によってテンポとタッチが正反対なくらいに変わる。
緩徐系では、柔らかいタッチと、微妙なペダルのコントロールで、澄んだ響きがとても美しい。
特にショスタコーヴィチの不協和的な響きでも、透明感があって混濁せずに長く響かせるところは見事。
急速系になると、針のように尖ったタッチで綺麗に粒が揃い、強弱の急速な変化をつけながら、声部ごとに響きが変わる。

テンポがかなり速くて、鋭いノンレガートを多用しているけれど、水気を含んだようなクリアな響きに加えて、やや粘り気のあるタッチでわずかにかかっているルバートと大胆なディナーミクのせいで、不思議とメカニカルには聴こえない。

声部ごとにタッチ・音色・響きがよくコントロールされ、音色はどちらかというと単色系に近い感じがするけれど、多彩でグラデエーションのある響きが素晴らしい。
しっとりとした湿気を帯び、研ぎ澄まされて濁りのない透明感のある響きは、まるで教会で鳴り響いているような感覚。
音質自体は線が細いけれど響きが重なっていくと重層的に聴こえるし、とにかく音の美しさだけでも魅力的。

独特のアーティキュレーションでも、声部の弾き分けが明確で、書かれている声部の数よりもさらに多くの旋律が次々に現れてくるような立体感がある。
リズムやアクセントの強調で、メリハリが強くきき、特定の音の余韻が強く残っていくので、旋律線が普通とは違ったように聴こえてくるし、なぜか何度聴いても新鮮に感じる。
ノンレガートも長さや鋭さを微妙に変化させ、レガートも交えて、曲や旋律によって使い分けていくので、単調・平板といったところがなく、水面の波紋のように次から次へと表情が移り変わっていくのが鮮やか。

第1番のプレリュードはかなり普通のタッチ。徐々にクレッシェンドし、力強く弾力のある響きに変わり、それが重なりあって、輝くように明るく、とてもドラマティック。
フーガはタッチを微妙に細かく変化させていくので、表情が揺らぐように次々と移り変わっていく。

第2番のプレリュード。なぜか普通の演奏とは違って聴こえる。アクセントのつけ方が変わっているせいか、拍子がずれているような感覚(実際はずれていない)。
スタッカート的なノンレガートで最初は静かに、徐々にクレッシェンドして弾力のある力強いタッチに変わっていく。タッチがシャープなので、重たさが全くなく軽やか。
フーガも鋭いスタッカート主体で、飛び跳ねるようなタッチ。リズムの鋭さが強調されている。

第3番のプレリュード。ちょっと明るい音色で、速いテンポで軽やかなタッチ。このテンポで見事に粒の揃った正確なスタッカート。
フーガもスタッカート主体で、リズムとアクセントが強調されている。アクセントのついた音が耳に残る。

第4番のプレリュード。ここは珍しくレガート主体。立ち上がりの速いクレッシェンドと力がすっと抜けるようなデクレッシェンドで、波が寄せては引いていくような細かなうねりと水気のある響きで、どこかしら静粛で敬虔な雰囲気。
フーガもレガート。複数の声部に異なる音色と響きと当てているので、重層的で立体的な演奏。憂いと湿気のあるしっとりした音が教会で鳴り響いているような雰囲気で、時に突き刺すような響きが切々と美しい。
このプレリュードとフーガは、凝縮された美しさ。

曲ごとの調性とテンポによって、ノンレガートとレガートのタッチのバランスを変えていくので、曲想に応じた響きと雰囲気を出ている。
シャープな響きのノンレガートの軽快な躍動感はすぐに耳につくけれど、レガートの柔らかい響きもとても美しく、ハープとオルガンとピアノを掛け合わせたような透明感のある響きの美しさは格別。
特に美しいのは第4番のような、レガートで弾くスローなテンポの短調の曲。
第8番、第12番、第22番なども同系統の曲で、響きが長く重なっていっても濁りがなく、透明感のある響きがとても美しく、厳粛で敬虔な面持ちと、張り詰めたような痛切な叙情感が漂っていて、ムストネンの響きのもつ美しさがもっとも良く映えている。

第7番のプレリュードは、ゆったりしたテンポで明るい開放感。ノンレガートの踊るようなタッチから、レガートの静かなタッチへと変わり、最後はノンレガートに戻る。このピアノの交錯する響きを聴いていると、なぜか教会でオルガンを聴いているような気がしてくる。
フーガも明るく楽しい雰囲気。ノンレガートの軽やかなタッチが柔しく可愛らしい。

第8番のプレリュードは、ノンレガートでもほとんどレガートなタッチで、静けさと叙情感でしっとりと聴かせる曲。左手のとても柔らかい和音と右手のシャープな響きの主旋律が対称的。時々、強くなるノンレガートが痛切な雰囲気を強めている。
フーガは、第4番のように声部が立体的に交差していき、密やかで厳粛な面持ち。

第10番のプレリュードは、やや速いテンポの短調で、冒頭は柔らかいノンレガートの響きが綺麗でとても密やかな雰囲気。終盤部はかなり大胆に力強くなり、左手は大きな鐘を打ち鳴らしているかのよう。
フーガの冒頭部分は、ムストネンの強いアクセントのあるタッチで聴くと、まるでくるくる回転しているような感覚がする。

ムストネン独特の響きとアーティキュレーションのせいか、フェルナーの平均律のように流れてくる音をぼ~っと聴いておけるという平均律ではなくて、長調・短調やテンポの緩急の違いにかかわりなく、つねに緊張感があるというか、神経が自然と演奏に集中してしまうので、この平均律を聴き通すと結構疲れるものがある。
元々のCDでムストネンの曲の配列どおり聴くと、ショスタコーヴィチが数曲ずつ交互に入っていて、現代的な平均律曲集がミックスされているようなもの。
バッハとショスタコーヴィチを全曲聴くには4枚のCDを聴かなければならず、かなりの集中力が必要になるので、なかなかヘビーなものがあって、そうそう頻繁に聴けないアルバム。
あまりに個性的なので、人には積極的には勧めませんが、この面白さは他のピアニストでは味わえないもの。平均律の録音のなかでどれか一つだけ手元に残したいものを選べといわれたら、フェルナー、コロリオフ、ムストネンのどれにするかでかなり悩ましい。
結局、ピアニストとしてとても好きなことと、特異ともいえる音の美しさの魅力には効し難く、やっぱりこのムストネンの録音を選びたくなる。

                                  

ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》は、NAXOS盤のシチェルバコフの演奏も素晴らしく、濁りのない透明感のある響きが美しい。
この曲をゆっくりしたテンポで叙情たっぷりに弾いたり、フォルテが暴力的にさえ響くようなディナーミクの極端な演奏がもあるけれど(ロシアのピアニストに多い)、シチェルバコフはそれと正反対で、繊細な響きと叙情感で、現代風にシャープでクール。
ムストネンのような独特のクセがないので、あっさりとはしているが聴きやすくはある。
ムストネンが動的だとすれば、シチェルバコフは静的。両方聴き比べると、それぞれの解釈の違いが良くわかって面白い。
特によく聴くのは、第3番と第7番のフーガ。第3番はとても現代的なリズム感と叙情感があって、すぐにブリテンの洒落たピアノ曲を連想させる。第7番はいろんな鐘の音が交錯するような響きと軽快なリズム感で、明るくてとても可愛らしいフーガ。
ポピュラーなピアノ協奏曲とは違って、録音も少なく(混濁しがちな響きの制御が難しいのと内容の奥深さのせいで)、あまり聴かれていない気はするけれど、《24の前奏曲とフーガ》は現代的な響きのなかにいろんな世界が広がっている小宇宙のよう。20世紀に書かれたピアノ作品のなかの代表作の一つになるのは間違いないのでは。

シチェルバコフ~ショスタコーヴィチ/24の前奏曲とフーガの記事

Shostakovich: 24 Preludes & Fugues, Op. 87Shostakovich: 24 Preludes & Fugues, Op. 87
(2001/02/20)
Konstantin Scherbakov

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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