*All archives*



リスト/死の舞踏(Totentanz)
《死の舞踏》(Danse macabre)といえばサン=サーンスの交響詩が有名らしい。
交響詩の類はほとんど聴かないので、リストの《死の舞踏》(Totentanz)しか思い浮かばない。
リストの《死の舞踏》は2作品あって、1つは、このサン=サーンスの交響詩のピアノ独奏用編曲版《S555》。
この編曲版のタイトルは”Danse macabre”で、"Totentanz"ではない。

もう1つは、リストのオリジナル作品であるピアノ独奏付き管弦楽曲の《死の舞踏》(Totentanz)(S.126)。
この曲には、2つのバージョンがあり、第1版はブゾーニが改訂して1919年に出版した作品番号S.126i。
普通演奏されるのは、作品番号S.126の最終版。
最終版には、ジロティが編曲したバージョンもある。大きな流れは変わらないが、細部で違うところがいろいろある。何ヶ所か小節を追加したり、ピアノの旋律を付け加えたり、ラストはピアノのオクターブでのユニゾンのスケールが下降するのではなく、上行する。

また、リスト自身の編曲により、ピアノ独奏版(S525)と2台のピアノ用編曲版(S652)がある。
”Totentanz”というタイトルなら、リスト作のこの曲をさす。サン=サーンスの編曲版とは、中身が全然違うので聴けばすぐに違う曲だとわかる。

このリスト作の《死の舞踏》はイタリア・ピサのCamposanto教会にある14世紀のフレスコ画「死の勝利」を見て着想したといわれる曲。ただし、その10年くらい後に作曲しているので、どれだけ直接的な動機かはわからないと言う人もいたりする。
《死の舞踏》《死の勝利》をテーマにした絵画が中世には多数描かれていたらしく、仏教徒の私としては、キリスト教の終末思想は発想も絵画も理解しがたいものがある。
こういう思想や絵画が文化的なバックボーンになっている環境で育つと、《死の舞踏》とか《怒りの日》をテーマにした音楽を聴いても、感覚的に自然と理解できるものがあるような気がする。

この曲を聴くと、いつも思い出すのはなぜかフランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』。
ワーグナーの《ワルキューレの騎行》の音楽で有名だけれど、この《死の舞踏》が鳴っていても個人的にはそう違和感がない。映画で空中からヴェトナムのジャングルめがけて飛来する爆撃機は《死の舞踏》で人間を連れ去りにやってくる骸骨みたいに思える。あの《死の舞踏》の絵よりも感覚的にわかりやすいし、映像で見ているのでリアリティがある。

リストの《死の舞踏》は5つの変奏で構成されていて、グレゴリアン聖歌にある「怒りの日(Dies irae)」の旋律が何度も出てくる。
おかげで、この「怒りの日」の旋律を聴くとリストがすぐ思い浮かぶようになってしまった。
グレゴリアンチャントの"Dies Irae"[音声のみ](Youtube)


ピアノ協奏曲のような管弦楽曲版は、オーケストラが入るのでピアノ独奏版よりも色彩感は豊かでドラマティック。
曲想が曲想だけに緊迫感と、クライマックスへと盛り上がっていく勢いがあり、1度聴いたらすっかりはまってしまった。
ピアノはこれ以上はないというくらいに華やかで激しく動き回っているが、緩急の曲想が突如として度々切り替わる。全力疾走しては立ち止まって、また走り出しているようなテンポの変化のせいで、スピード感があってドラマティック。
緩徐部分はリストらしい静謐さと清らかな雰囲気がとても美しく、物々しく厳しい雰囲気の変奏とのコントラストが鮮やか。

冒頭の主題提示部はAndante。ピアノが左手バスで威圧的な和音の連打。この後に、Prestoの和音移動でアップダウンするスケールが華やか。オケが徐々に盛り上がってその勢いでテンポが速くなるかと思ったが、ここはクールダウンしてピアノ・ソロが静かに締めくくる。

第1変奏:Allegro moderato
 これから起こるであろう不吉な出来事のプロローグのように、オケもピアノもやや密やか。
第2変奏:Molto Vivace
 マントを翻すようなピアノのグリッサンドの連続。”風雲急を告げる”という雰囲気がする。
第3変奏
 和音で変奏する主題が物々しく、オケの音が徐々に厚みを増していき、事態が急に動き始めたようにテンポも上がっていく。
第4変奏:Piano Solo (Canonique) /Lento
 ピアノ・ソロによるカノン風の変奏で始まる。Lentoで左手の主旋律は典雅で悲痛感のある旋律で、それを追うように右手も同じ旋律を弾いていく。中間部は右手のアルペジオによる清らかな旋律で、滅んでゆくものに対するレクイエムという雰囲気。嵐の前の静けさともいえそう。ここまでは静謐でとても美しい。
 最後は、全てが再び動き始めたように、急転直下の如くPrestoになり、両手のユニゾンや重音のスケール移動などが続く。最終変奏への橋渡しのように、このままの雰囲気で次の変奏に。

第5変奏:フガート/Vivace
最も緊迫感に満ちた変奏で、ピアニスティックで華やか。
最初こそ単音の旋律のシンプルなフーガだが、そのうち重音・和音による跳躍やスケール移動のオンパレードで、かなりの筋力と俊敏な運動神経が必要であろうと思われるパッセージがffffで(それもVivaceで)続く。
骸骨が逃げ惑う人間を追い掛け回しているんだろうか。それにしては、短調の中に長調の旋律がかなり挿入されているので、意外と明るい雰囲気。
こういうイメージのシーンは意外と長調の曲が似合うかも。戦闘シーンに使われていた《ワルキューレの騎行》も結構明るかったし。

Allegroのまま、展開部へ移行し、オケのファンファーレ的な演奏で始まる。
ピアノが叙情的な旋律を静かに弾いているのが、束の間の平安という感じ。ここもすぐに終って、再びピアノが疾走し出す。
徐々に、フィナーレへ向かう雰囲気になっていき、ピアノのカデンツァで、華々しいスケールやグリッサンド。
最後は、オケがあたかも幕引きのような旋律(これはかなりダンディというかカッコいい旋律)を弾き始めて、ピアノがその上をオクターブの重音をユニゾンのスケールで力強く下降していき、終幕。

全編にわたって緩急が度々急転するコントラストが見事で、これ以上はないというくらいにピアニスティックで、緊迫感と疾走感も充分。
ときおり垣間見せる哀感には聖的な美しさを感じさせるものがあり、タイトルがタイトルだけにかなりイメージ喚起的。
15分くらいの曲とはいえ、緊迫感と静けさが交錯し、リストのピアノ曲のエッセンスが凝縮しているかのように、ずっしりと聴きごたえがある。

                                   

ピアノ&管弦楽版の録音は、シフラ、ツィメルマン、ブレンデル、ベレゾフスキー、ポンティ、ハワード、ポリーニ(ライブ)など、結構名のしれたピアニストが録音しているが、シフラとツィメルマンが結構評判が良い。オケはツィメルマンの伴奏をしている小沢指揮ボストン響の評価が抜群に良い(実際聴いて見るとオケは評判どおりの素晴らしさ)。
シフラは聴いたことがないのでよくわからない。ツィメルマンはいつもの流麗な演奏よりは力感もあるが、音質がやや軽い気もするし、グリッサンドがか細く聴こえる。スケールやアルペジオはかなり煌びやか。コーエンを聴き慣れているので、全体的にちょっと線が細い気がするが、緩徐部分は音がとても綺麗で詩的で美しい。CDも入手しやすいので、たぶんこれが一番聴かれている演奏だと思う。

ツィメルマンはあまり好みのタイプの弾き方ではないので、いつも聴くのはアーナルト・コーエンの録音。伴奏はネシリング&サンパウロ交響楽団。
コーエンはリスト弾きとして知られ、《死の舞踏》の管弦楽版はBIS、ピアノ独奏版はNAXOSでそれぞれ録音している。
コーエンは、ペダルは控え目なので響きの華麗さは少ないが、力強く粒立ちの良いタッチで音が克明なので、骨格が明瞭。スピード感と急迫感も充分。左手の旋律が明瞭でリズム感も良くて、推進力もある。第5変奏はピアノが力強くて音量も大きく、たたみかける勢いがあり、豪快。ただし、全体的にテンポがほとんど落ちずに猛スピードで駆け抜けてゆくので、ところどころもう少しタメが欲しい気もする。緩徐部分は表現はわりとあっさりしているが、硬質の透明感が清々しくて綺麗。
Liszt: Totentanz; Piano Concertos Nos. 1 & 2 [Hybrid SACD]Liszt: Totentanz; Piano Concertos Nos. 1 & 2 [Hybrid SACD]
(2007/08/28)
Arnaldo Cohen(Piano). John Neschling(Conductor), Sao Paulo Symphony Orchestra

試聴する(米国amazon)


ミケランジェリのライブ録音では、(たぶん)ジロティ版で弾いているらしい。伴奏はガヴァッツェーニ指揮 ローマRAI交響楽団。
硬質の怜悧でシャープなタッチと、かっちりとしたゆらぎのなさはミケランジェリらしい(多少のミスタッチはあるけど)。グリッサンドは風を切るような軽やかと鋭さ。叙情的な第4変奏は柔らかく優しげな響きがとても美しい。テンポも速めで、特にフーガに入ってmarcatoの指示がある小節から始まるパッセージは本当に速くて、緊迫感と疾走感も抜群。
ライブのせいか、いつも感じるような冷やかに冴えて抑制的なところはなく(この曲はそんなに落ち着き払って弾ける曲でもないだろうし)、かなり気合のこもった感じがする。ライブなので音質がかなり悪いのが残念。
Arturo Benedetti Michelangeli Plays Beethoven, Chopin, RavelArturo Benedetti Michelangeli Plays Beethoven, Chopin, Ravel
(1995/01/01)
ミケランジェリ、 アルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリ(p),ローマRAI交響楽団,ジャナンドレア・ガヴァッツェーニ(指揮),マッシモ・フレッチャ(指揮)

試聴する



楽譜は、スコア以外に、ピアノ独奏曲版、2台のピアノ用編曲版がIMSLPに登録されている。
《死の舞踏》のピアノ独奏曲版(最終版)の楽譜(IMSLP)
《死の舞踏》の2台のピアノ用編曲版の楽譜(IMSLP)

耳で聴いていても、この楽譜の上段のピアノパートを見ても、かなりの技巧が要求されるのはわかるが、実際に弾いている映像を見ると、やっぱりその通り。

ライブ映像はいくつかあるが、ピアノ&管弦楽曲版なら、私の知っているピアニストはパーチェの演奏くらい。1989年のリスト・コンクールのライブ映像なので22歳の時の演奏。
ライブ(それもコンクール)なのでミスタッチとかいろいろキズはあるが、音がシャープで少し線の細めだけれど力感は結構あって、スピードも最後まで落ちることなく、指回りはかなり良い。粒立ちの良い綺麗な音で、技巧的なパッセージでもわりと表情があるので単調な感じがせず、緩徐部分はとても詩的で綺麗。こういうところは後年の演奏でも変わっていない。
このライブ映像はかなり凝っていて、時々2分割画面になって、上と横の2方向から指の動きが同時に見える。この曲をまともに弾こうとすると、かなりの運動神経の良さが必要だというのが視覚的に良くわかる。
パーチェが弾く《死の舞踏》のライブ映像[1989年リストコンクール](Youtube)

パーチェが最近の演奏会で弾いたライブ映像もある。(客席から録音しているらしく、音は若干悪いけど)
リストコンクールの時はやや線の細さを感じたけれど、このライブではテンポも速くて力強く、テクニックも昔よりずっと切れ味が良くなっている。随所にためもあってテンポの揺らし方もほど良く、ダイナミックなスケール感があるので、このライブ映像を見つけてから、この曲はほとんどこのライブで聴いている。
エンディングでは、オクターブのユニゾンによるスケールが上行しているので(リストの最終稿は下行スケール)、どうもジロティ版を弾いているらしい。
パーチェが弾く《死の舞踏》のライブ映像[1年前(?)ほどの演奏会にて](Youtube)


ピアノ独奏版もコーエンのNAXOS盤。録音条件のせいか、オケ版よりも響きがやや短めで、骨格がさらにしっかりした力強いタッチ。かなりテンポが速いのでスピード感があり、迫力充分。
独奏版は、2台のピアノ編曲版の第1ピアノ(独奏パート)をベースに、第2ピアノ(オケパート)を合体させたような構成。
サン=サーンスの《死の舞踏》のピアノ編曲版も収録されているので、聴き比べてみると面白い。やはりリストのオリジナル曲はサン=サーンスの編曲版と違って、旋律が印象的で迫力がある。

Franz Liszt: Complete Piano Music, Vol. 1Franz Liszt: Complete Piano Music, Vol. 1
(1997/06/10)
Arnaldo Cohen

試聴する(米国amazon)




[2013.8.27 加筆訂正]
楽譜のバージョンに関する違いについて、修正ずみ。

現在、《死の舞踏》に関して存在する楽譜は、以下の4種類だと考えられる。
1)リストの初稿(S126/1)
2)初稿に基づくブゾーニ改訂版(1919年出版)
3)リストの最終稿(S126/2)
4)最終稿に基づくジロティ編曲版

リストの初稿は、2)のブゾーニ改訂版として、1919年に初出版された。
なので、実質的には、初稿=ブゾーニ改訂版、という扱いだと思う。
内容は、録音を聴く限り、最終稿とはかなり違うので、すぐわかる。(エンディングは全く違う)


ブゾーニ改訂版(1919年)
Liszt :Totentanz Phantasie fur piano und Orchestra, I
'De Profundis' version score prepared from manuscript sources by Ferruccio Busoni.Leslie Howard.Budapest Symphony Orchestra.


普通演奏されているのは、3)のリスト最終稿。

[emoji:e-291リスト]最終稿(S.126)
[Leslie Howard] Liszt: Totentanz for Piano & Orchestra
Totentanz for Piano & Orchestra S.126、Dies Irae Theme & I-VI Variationen、Leslie Howard (piano)



4)のジロティ版を演奏しているピアニストも時々みかける。
4)は、3)の最終稿と大きく変わっているわけではないので、細部に注意しないと気がつかないかもしれない。
ただし、エンディングで、スケールが上行するところは、明らかに原曲とは違う。


この内容は、ミッチさんのブログ《フランツ・リストに花束を》-「レスリー・ハワード: リスト ピアノ作品全集 Disc.95」の記事・コメントを元に、調べた情報を追加して記載したもの。

<参考データ>
◆ジロティ版の楽譜に関する記載
1)”Siloti’s edition of Totentanz in the Eulenburg pocketscores”(A Pianist’s A–V July 11, 2013/Alfred Brendel)[The New York Review of Books]

2)米メリーランド大学が作成・公開中のジロティ全集:Liszt -- Totentanz (DanseMacabre) -- Neue Ausgabe von A. Siloti, 1930?

3)Marie Lipsius: Musikalische Studienköpfe - Romantiker - Kapitel 14[Projekt Gutenberg-DE]
-12. Symph.-Dicht., Totentanz (Siloti). Kl.Part. Ausg. Leipzig, Eulenburg.
-Totentanz. Paraphrase uber ?Dies irae?.Leipzig,Siegel. Neue Ausg.v.Siloti. Ebd.
ブレンデルが言及しているEulenburg版と同じ(?)。


<参考書籍>
「バルトークの意見」(Hirokazu Istvan Goto Official Site ”Piano Place”)という記事では、『バルトーク音楽論集』のなかでリストへ言及した部分が一部紹介されている。

バルトーク音楽論集バルトーク音楽論集
(1992/08)
ベーラ バルトーク、岩城 肇 他

商品詳細を見る

tag : ミケランジェリ パーチェ フランツ・リスト

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
Secret
(非公開コメント受付中)

「死の舞踏」にリシッツァは不可欠な存在感
ピアノ独奏では、2008年録音のバレンティーナ・リシッツァ(YouTube)を取り上げるべきだと思います。最近の音源はCDばかりではありませんので、探しにくい面はあると思います。
ご意見、ありがとうございます
アイスもなか様、こんにちは。
コメントありがとうございます。

リシッツァが人気があるのは知っておりますし、日本でのリサイタルも評判は良かったようですね。
私もこの記事を書くときに「死の舞踏」の演奏映像をYoutubeで聴きましたが、好みの演奏ではありませんでしたので、取り上げませんでした。

ちょうどナクソスからリシッツァのスタジオ録音の新譜がリリースされたところですね。
これを聴いてみて印象がとても良ければ、何か書く気になるかもしれません。
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
タグリスト
マウスホイールでスクロールします

月別アーカイブ

MONTHLY

記事 Title List

全ての記事を表示する

リンク (☆:相互リンク)
FC2カウンター
プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

お知らせ
ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿や記事内容と関連性の薄い長文のコメント、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で削除・拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。