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ピーター・ヒル ~ シェーンベルク/ピアノ曲集
シェーンベルクやウェーベルンのピアノ小品は、お世辞にも聴きやすい曲ではないとは思うけれど、これがピアニストが変われば、難解で無機質的な音楽ではなく、現代的な乾いた叙情性のある音楽にすっかり変わってしまう。

ポリーニが1970年代に録音したDG盤のシェーンベルクを聴いて、これは無機的で殺伐とした音楽とした思えなかったが、これは一番最初にポリーニの演奏で聴いたのがそもそもの間違い。
もともと叙情表現がかなり淡白な方なので、一応表情というものはついてはいても、ゴツゴツとした岩のように無機的な音の連鎖のように聴こえてくる。こういう一切の情感をそげ落としたような演奏がその頃の潮流にマッチしていたようには思える。
前衛の時代が色褪せた今となっては、シェーンベルクの解釈も多様化し、ポリーニの演奏も一つの解釈にしか過ぎなくなったし、インパクトがかなり薄れたような気はする。

シェーンベルクの演奏で冴えていたと思えたのは、内田光子とピーター・ヒル。
内田光子のシェーンベルクは、情念と無機質性とが化学反応を起こしたようで、とても饒舌。油絵のようなベタっとした色彩感で、濃厚な情念が漂っている。
とても聴きやすいとは思うけれど、もとからこの人のピアノは全く好きではないので、もっと違ったタイプの演奏を探していたら、ぴったりとイメージに合ったのが、ピーター・ヒルの録音。
ヒルの演奏は水彩画のような澄んだ色彩感があり、しっとりとした叙情性がとても美しく、知的で洗練された感じのシェーンベルク。
初期~晩年のピアノ小品がまとめられているが、リズム、強弱、音色に響きのバリエーションを織り交ぜた叙情性漂う表情がとても美しい。こんなに何の抵抗もなく聴けるシェーンベルクというのはとても珍しい。

Schoenberg, Berg, Webern: Piano MusicSchoenberg, Berg, Webern: Piano Music
(1999/08/31)
Peter Hill (piano)

試聴する(米国amazon)
このCDのユーザーレビューは米国amazonがかなり詳しい。英語OKの人は読んでみると結構面白い。(日本ではHMVにもamazonにもほとんどコメントがないので)


カップリングされているベルクの《ピアノ・ソナタ Op.8》は、グールドが弾くシャープで冷たい叙情感のあるベルクのピアノ・ソナタと比べると、響きが柔らかくてベルク特有の息苦しいような濃密な情感がずっと濃い。
響きが綺麗でゆっくりと弾く弱音が特に美しい。ところどころ細かいパッセージを急き込むように速く弾いているところが、ちょっと慌しい感じがするのが少し気になるけど。
ウェーベルンは、アンデルジェフスキの録音と一緒にまとめて書こうと思っているので、今回はパス。


シェーンベルクのピアノ独奏曲のうち、Op.11とOp.19は十二音技法を確立する前の時代の作品。
十二音技法時代の曲はOp.23とOp.25。十二音技法を確立した後も、いつもそのシステムのなかで作曲していたわけではなく、新古典主義的な作品もあったりする。
作曲に詳しい人なら、技法的な特徴がいろいろ良くわかって面白いのだろうけれど、そういう専門的なことを知らなくても、時系列で順番に聴いていくと、作風の違いがかなり感じ取れる。

ヒルの弾くシェーンベルクは、響きが綺麗で叙情性の強い、とても美しいシェーンベルク。
ベルクとウェーベルクよりも、シェーンベルクの演奏が冴えている(と思う)。ベルクならグールド、ウェーベルンならアンデルジェフスキで聴いてみると違いが良くわかる。
ヒルの音質は色彩感のあるしっとりとした情感を帯びた音で、響きがとても綺麗なので、和声や旋律の美しさがよくわかる。
今までは無機的な音の配列に感じていたピアノ小品が、どの曲も全く抵抗なく聴けるが、短い曲ながら、かなり集中して聴かないと、曲の途中で迷子になりそう。

《3つのピアノ小品 Op.11》(1909,1924)
ベルクのピアノ・ソナタにやや雰囲気が似ているところがあって、音の配列にもまだ旋律的な流れが残り、和声も美しく、情感めいたものが漂っている。
第1曲Massig:とても密やかで内省的な雰囲気の旋律。圧縮されたピアノ・ソナタ的な様式で、冒頭の3音のモチーフが絶えず旋律や和声のなかで変形していく(らしい。楽譜をみないと、聴いただけではよくわからない)。
第2曲Massig:左手が単音2音をリピートして、音を変えながら通奏低音のように鳴っては、止まり、それを何度も繰り返しているのが耳につく。雰囲気的には第1曲と似ているが、こちらは心の揺れを感じさせるような能動性があって、不安感を感じさせる。
第3曲Bewegt:伝統的な語法や構造を突き抜けたようなダイナミックでいろんな感情が葛藤を起こしているような激しさ。解説によると、色彩・リズム・様式が絶えず変形していくところが、カンディンスキーの絵のようなイメージらしい。たしかに、カンディスキーの絵を音で表現しようとしたら、こういう感じになるかも。


《6つのピアノ小品 Op.19》(1911)[ピティナの楽曲解説]
《3つのピアノ小品》よりも音が少なくなり、いずれも短く無駄のないシンプルな旋律。各曲のモチーフは独立していて、それぞれの曲の特徴づけとなっているの音型とデュナーミク。
昔聴いたときは無機的な音がランダムに配列されているようにしか聴こえなかったが、ヒルのピアノで聴くと旋律にこもった情感やリズムの面白さがわかる。
第1曲Leicht, zartは叙情感が一番強くてメロディアスに聴こえる。
解説によれば、《Pierrot Lunaire》がカプリッチョのようにエコーし(ここは聴いても良くわからない)、小さな断片がちらついては溶解し、雄弁な旋律のなかに再現されて、最後は沈黙のなかでフリーズする。
2曲目以降は、第1曲のメカニカルな音の動きとは反対に、メロディアスな旋律や和声が美しい。特に、第2曲Langsamはリズムが面白く、バルトークの《夜の音楽》のように、暗い森に潜む動物たちの息遣いが聴こえてくるような感じ。
第6曲のSehr langsamは、風のない夜の海のようなとても静寂な曲。この曲は、マーラーの葬儀に参列した後に書かれたもので、囁くような弱音の和音が静けさのなかに消えていくというパターンを繰り返すのみ。


《5つのピアノ曲 Op.23》(1920-23)
十二音技法時代に書かれた曲。前作と違って、5曲の間のバランスと流れがよく、曲集としてまとまりがでているせいか、短いながらも中身がぎっしり詰まり、極度に凝縮された小さなソナタでも聴いている気分。
それぞれ短い曲だが、3分以上聴いていると結構長く感じるくらいに密度は濃い。
第1曲は三部構成のインベンション風。Sehr langsamなので、冒頭は静かにでしっとり叙情感のある旋律で始まるが、徐々にクレッシェンドして音が動き回るようになるところが、意外と可愛らしく響く。
第2曲のSehr raschになると、音があちこち飛び跳ねて、スタッカートとフォルテの響きが強くて、旋律自体もちょっといかめしく感じる。
第3曲は、langsamにしてはかなり動きの多い旋律で、いろんなパターンの水滴が飛び跳ねているような感じ。冒頭の5音からなるモチーフが、全体に埋め込まれている(らしい。これも聴いただけではわからない)。
第4曲はSchwungvoll(生き生きとした、エネルギッシュな)にしては、初めは少し大人しい感じがするが、徐々に動きが激しくエネルギッシュな旋律に変わっていく。最後は沈静して、湖面の水面が消えていくようにとても静か。曲集全体の構成からみると、第2曲とのシンメトリーになっている(らしい)。
面白いのは最後の第5曲<Walzer>。十二音技法で書いたワルツは、知らずに聴いたら、ワルツの拍子(なんだろう、たぶん)とはわからなかったはず。他の曲とはリズムも音の並びも全然違っているところはすぐにわかって、踊るように軽やかに飛び跳ねている。 ちょっとミステリアスな感じもする不思議なワルツ。


《ピアノ組曲 Op.25》(1921-23)
バロックの組曲風のタイトルがついているが、ストラヴィンスキーの新古典主義的な作風だと期待してはいけない。
第1曲Praludiumは、速いテンポで音同士がぶつかり合うようなちょっと激しさのある前奏曲。
第2曲と第4曲のGavotteは、(現代音楽的な)陽気さがあって、ちょっとおどけたような感じ。Gavotteを十二音技法で書くと、こういう感じになるのかと納得。
第3曲Musetteは、軽やかな細かいパッセージがとても可愛らしい曲。(伝統的なバグパイプの”drone”を完全5度から増4度へと歪めたところがあるらしい)。
第5曲Intermezzoは、曲集中もっとも長い。これもバルトークの《夜の音楽》をちょっと連想してしまうような静けさと不可思議さを感じさせる旋律。密やかな雰囲気のなかに、躍動的な動きが急に現れてくる。
第6曲のMenuettの方は、音が軽やかで可愛らしいのはGavotteと似ているが、ずっとしとやか。第8曲のMenuetteはちょっと暗い雰囲気。
第7曲のTrioは、カノン風。飛び跳ねるようなリズムの旋律が交錯するのがとても面白い曲。
第9曲はGigueらしく、テンポが速く目まぐるしく旋律が展開していく曲。前奏曲やガヴォットと音の動き方が似ているようなところがあるが、やや崩れたようなリズムと音の長さの伸縮がずっと強くて、締めくくりらしい躍動感がある。


《ピアノ曲 Op. 33A》(1928-29)
都会的な新古典主義的な作風といわれ、今までのピアノ小品とはかなり違った響きがする。どことなくジャズの影響があるかのような和声とリズム。
とても表情豊かな曲で、ヒルの弾き方のせいかも知れないと初めは思ったが、ピアニストの解釈でそういう風に聴こえるというよりも、元々そういう音の配列になっている曲だと感じるものがある。
これは米国時代ではないかと思って作曲年を調べると、1928年だった。


《ピアノ曲 Op. 33B》(1931)
これも33Aと同じく、それまでの作品とはちょっと違っていて、ピアノがおしゃべりしているような旋律。ちょっと諧謔、時々饒舌、といった感じ。この曲も旋律自体がもとからそういう表情を持っているような曲。
冒頭はリリカルな旋律と、それを霍乱するような生き生きとした対旋律。まるでPas de deux(パ・ド・ドゥ/2人の踊り)のような旋律の絡み合いが面白い。
ピアノ協奏曲(1942年作曲)を連想したが、コンチェルトもかなり饒舌なところがあるので、作風がそれに大分近づいて来ているんだろうか。


シェーンベルクの曲は、初期の後期ロマン派時代の曲以外は、あまりとっつきがよろしくない。
ポリーニのようなドライなタッチの演奏を好むのでなければ、聴きやすいと思うのは、ピアノ独奏曲はこのピーター・ヒルか内田光子、ヒルが録音していないピアノ協奏曲は内田光子(&ブーレーズ指揮クリーヴランド管)あたりだと思います。


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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
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