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ブラームス=ラツィック編曲/ピアノ協奏曲第3番(ヴァイオリン協奏曲のピアノ協奏曲編曲版)
ブラームスのピアノ協奏曲といえば、当然第1番と第2番の2曲しかない。
この第3番というのは、ピアニストで作曲もするデヤン・ラツィックがブラームスのヴァイオリン協奏曲を編曲して、新たにピアノ協奏曲を作曲したもの。

ヴァイオリン協奏曲の編曲版として有名なのは、ベートーヴェンの《ピアノ協奏曲ニ長調》。ピアノ編曲版はいろいろ変化のある音の排列で聴きやすいし、ムストネンにブラウティハムと個性の違うピアニストが録音しているので、聴き比べもできるところが楽しい。
ベートーヴェンと同じく、ブラームスのヴァイオリン協奏曲をピアノ協奏曲に編曲するという、大胆というかなんというか、とてもチャレンジングな作品。ブラームスのピアノ曲はとても好きなので興味深々。

この編曲版のピアノ協奏曲第3番の録音は、編曲者のラツィック自身がピアノを弾いた2009年10月のライブ録音。これが世界初演で初録音という記念すべき盤。伴奏は、ロバート・スパーノ指揮アトランタ交響楽団。
ラツィックはピアノソロの他にも、チェリストのウィスペルウェイのピアノ伴奏もしていて、日本ではベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集の録音が有名。
ほんの少し聴いただけでわかるほどに、このチェロ・ソナタ全集の演奏はとても軽快で躍動感があり、ラツィックのピアノもチェロに合わせて細やかな表情づけをして、呼吸もぴったり。
ケンプがピアノ伴奏をしているフルニエの録音だけ聴いていたけれど、ウィスペルウェイとラツィックの録音はそれとは違った魅力があって、こちらの方がずっと好きかも。

ラツィックはクロアチア出身で子供の頃は神童と言われ、ソロの録音(Channel Classics)も33歳にしてはかなり多い。
ショパンのピアノ・ソナタ第2番の録音は、速いテンポとシャープなタッチでテクニカルな冴えが素晴らしく、演奏解釈もかなり個性的。
このブラームスのピアノ協奏曲の演奏の方は、オケとのバランスもあるせいか、それほど変わった演奏ではないけれど、ライブでもヴィルトオーソらしい安定したテクニックと細部まで緻密でリリカルな表現でとても華麗。

Brahms (Lazic): Piano Concerto No.3 Op.77, Rhapsodies Op.79, Scherzo Op.4 / Dejan Lazic, Robert Spano, Atlanta SO [SACD Hybrid] Brahms (Lazic): Piano Concerto No.3 Op.77, Rhapsodies Op.79, Scherzo Op.4 / Dejan Lazic, Robert Spano, Atlanta SO [SACD Hybrid]
2010/01/14
Dejan Lazic (Piano), Robert Spano (Conductor), Atlanta Symphony Orchestra

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※2/5現在で、日本のTowerRecord、英国amazonではこのCDが購入可能(私は英国amazonでオーダーしました)。
日本のHMVとamazon、米国amazonではまだ取り扱っていない。
TowerRecordでは、来日記念盤として2月21日リリース予定の国内盤も予約可能。なぜか輸入盤より安いので、日本語の解説を読みたければこちらの方が良さそう。(来日時の演奏曲目は、この編曲版ではなくてラフマニノフのピアノ協奏曲第2番)

 ピアノ協奏曲第3番とその初演にまつわるグラモフォンの記事[英文] 
この記事はいろんなエピソードが書かれていて結構面白い。3回連続して行った初演/初録音のコンサートは、初回は喚声と拍手で終わり(第1楽章が終った時も盛大な拍手あり)、2回目はピアノがずっと叙情的になり、オケに乱れが出たりして(指揮者も眼鏡をレストランに置き忘れたとか..)、演奏が不調だったせいか観客の反応はもう一つ。
続けてシアトルや欧州(伴奏はBBC響)でも初演。この曲を演奏したいというオケのオファーが両手いっぱいに舞い込んだそうで、そのうち日本でも初演されるのでは。

 ラツィックのインタビュー記事
このコンチェルトとは関係ないけれど、昨年5月の王子ホール・リサイタルの時のインタビュー記事があって、作曲に関する考え方とかが少し載っている。


CDについているブックレットには、ラツィック自身が作曲経緯と演奏解釈について書いていて、動機や作業過程が垣間見えるのが面白い。
ブラームスならどうするだろうかと想像しながら、編曲というか再作曲(Recompose)にとりかかったが、編曲作業のキーポイントは、オーケストラのスコアは変更せずに、ブラームス特有の和声を一貫して用いながら、ヴァイオリンパートを新たに構築し直し、さらにオリジナルのカデンツァを加えること。(カデンツァは2種類用意し、3回の初演時コンサートではどちらかを弾いて、良かった方を録音に残している)
これは委嘱作品ではなく、ラツィック自身がソリストとして弾くことを目的に作曲したので、2003年から足かけ5年と時間を十分にかけ(コンサートが多いので作曲に専念できなかったこともあるだろうし)、2008年に編曲版が完成。

編曲版を聴いていたらヴァイオイン協奏曲のことはすっかり忘れて、ブラームスの”新しい”ピアノ協奏曲を初めて聴いている気分。
そもそも名演が幾多もある原曲と比較すると、編曲版の方が分が悪いのは仕方がないし、ヴァイオリン協奏曲と比較するよりも、ブラームスのピアノ協奏曲(第1番と第2番)がしっかり記憶に定着しているので、そちらの方のイメージと比べたくなる。
右手側はヴァイオリンが弾く旋律に音を加えて厚みをだし、左手側はラツィックが新たに作曲している。
ブラームスの自作協奏曲のピアノパートが低音部の響きや和声の厚みでがっちりとした重みと安定感があるのと比べると、この第3番は、ヴァイオリンの旋律をピアノに置き換えて演奏しているせいか、高音域に寄っているところがわりと多く、少し線が細くて優美な感じ。(そういえば、ベートーヴェンのピアノ編曲版も同じように高音域で弾くところが多かった。)
低音域の和音が入ってくると、重みと安定感があり、高速の和音移動も多くて、とてもブラームス風に聴こえる。

ヴァイオリン協奏曲では張り詰めた緊張感を感じるところがあるけれど、この編曲版はかなり優美で流麗でロマンティック。
ラツィックの演奏は、カップリングの独奏曲でも、陰影が薄めで弱音の響きも柔らかく華やさがあるので、この編曲版を別のピアニストが弾けば、また違った印象になるかもしれない。


第1楽章 Allegro non troppo
冒頭のオケのトゥッティが終って、ピアノソロで入ってくるところは、結構ワクワクしてしまう。
低音域からアルペジオのユニゾンで駆け上がっていくところは力強くて、このピアノソロはとても素敵。和声もブラームス風。最初が肝心というけれど、ここは曲も演奏もとっても気合がはいっている感じ。
ラツィックのピアノの音色は、弱音が柔らかくて艶っぽさもある上に、表情づけがとっても細やかでロマンティック。時々弾くスタッカートは、弦が強く跳ね返ってくるクセのあるタッチがちょっと面白い。
旋律は両手のユニゾン(単音or和音)で弾いたり、右手が旋律で左手に伴奏(というか別の旋律)をつけたりと、単調にならずブラームスらしい和声の厚みがでるように、いろいろ工夫しているようで、楽譜をみたくなってくる。

ヴァイオリン協奏曲で演奏されるカデンツァは何種類かあるけれど、当たり前のことながらピアノ向きではないので、編曲版のカデンツァはオリジナル。
ブラームスのピアノ協奏曲第1番と第2番のカデンツァをピアニストが自作した演奏は聴いたことがないし(普通はブラームスが書いたのを弾くので)、ベートーヴェンの協奏曲でさえ、オリジナルはバックハウスとケンプくらいしか録音では聴いたことがない。(実演だとオリジナルを弾いているピアニストがいるかも)

ラツィック自作のカデンツァは、今まで出てきた主要な旋律を次々に織り込んで展開していき、低音部の和音も多用されて、両手の旋律の絡み合いとブラームス風の和声がしっかり響いて、とっても立派なカデンツァ。
ラツィックはテクニカルには全く問題のない達者な人なので、ピアノパートはカデンツァに限らず編曲版全体で和音移動が結構多くて、かなり込み入った感じ。たぶんピアノ協奏曲第1番のピアノパートよりもずっと難しくて、第2番と良い勝負かも。

第2楽章 Adagio
この楽章のピアノパートは、第1楽章にも増してロマンティック。
旋律自体が叙情的な上に、独奏曲を弾く時と同じように、クリアで線の細い弱音のニュアンスが豊かで、もともとリリカルなピアノを弾く人らしく、表現も溜め息をつきたくなるように繊細なタッチ。(好みとしては、ブラームスの曲なら、もう少しさらっと弾いて欲しい気はしますが...)
反対にフォルテのところは和音の厚みが増し、力強く感情的な盛り上がりガ大きくなり、ヴァイオリン協奏曲で聴いた時よりもドラマティックな印象。

第3楽章 Allegro giocoso, ma non troppo vivace
この楽章のピアノパートは低音~中音域で弾くところが増え、さらに速いテンポのフォルテが多く、音が細かく詰まった和音移動で和声に厚みと重みが増し、ピアノが力強くて勢いもよい。そのぶん、かなり指回りの良さと力技が要求されそうなパッセージが続く。
ブラームスらしい舞曲風の曲なので、ピアノパートのリズムや左手の伴奏も、この速いテンポでも踊るようにタッチが軽快。和音の連続でもスタッカートのシャープなタッチが崩れることなく、テクニックの冴えは鮮やか。
華やかさときびきびとした躍動感のあるフィナーレで、3つの楽章の中では曲も演奏も一番好きな楽章。


このピアノ協奏曲はとても新鮮でロマンティシズムが煌くように美しいし、知っている曲なのに初めて聴いた曲のような感覚も面白くて、ヴァイオリン協奏曲の編曲版として聴くというよりも、新しい”ブラームスのピアノ協奏曲”を聴いている気分。
私は編曲ものには全く抵抗がないので、編曲ものを好まない人は別として、ブラームスのピアノ曲が好きな人には、編曲・演奏の両方とも良いので、かなりお薦めです。

                         

ピアノ協奏曲だけだと録音時間に余裕があったせいか、ラツィックのピアノ独奏で《2つのラプソディ》《スケルツォ》もスタジオ録音されている。
ピアニストのタイプはピアノソロを聴いた方がずっと良くわかるので、《2つのラプソディ》の第1曲から。
冒頭の主題は、フォルテをそんなに強打せず流れはかなり滑らか。ピアノ協奏曲の演奏と同じく、ところどころ入るスタッカートのタッチにちょっとクセがある。音質はやや軽い方かもしれないけれど、タッチがシャープなので力感もわりとある感じ。
響きはクリアで弱音でもしっかり鳴っている。細かにルパートをかけ、音の強弱の濃淡も微妙につき、特に弱音で弾く部分は、繊細さと綺麗で多彩な響きで、複数の声部がくっきりと聴こえる。
音楽の流れがよどみないせいか、感情移入が強い情緒性は全く感じず、アーティキュレーションが細部までしっかりと考えられた感じがする。
平板な感じがしてあまり好きではない第2曲の方も、いろんな情景がクルクルと移り変わっていくようで、全然退屈しない。
一番面白くて個性的だったのが《スケルツォ》。
もともとわりと一本調子なところがある曲だけれど、ラツィックのタッチ、リズム、フレージングは個性的で、響きの変化も多彩。こんなに面白い《スケルツォ》は初めて聴きました。
特に印象に残ったのは弱音の表現。《2つのラプソディ》でも弱音の響きと表現は独特のものがあったけれど、《スケルツォ》ではそれがより明瞭になって、まるで音自体がおしゃべりしているような不思議な響きと歌いまわし。
10分ほどの演奏でも、隅々までしっかり作られたプロットに沿って展開していく一つの物語を聴いている気分。
弱音の表現の繊細さと物語性のあるドラマティックな音楽の作り方は、アンデルジェフスキに似ているかな?ドラマティックな解釈のアンデルジェフスキの演奏が好きな人なら、ラツィックの演奏も気に入るかもしれません。
ただし、アンデルジェフスキの演奏よりは、ガラス細工のように少し脆く神経質な感じがするところはある。こういう弱音の表現は、どちらかというとシューベルトやシューマンの曲の方にずっと向いているような気はする。

このピアノ独奏曲も、細部まで緻密に設計した上で、淀みなく流れるロマンティックなブラームスで、彼が弾くとピアノ協奏曲と同じように、なぜか陰影が薄めで、優美な華やかさが漂っている。
ピアノソロの演奏もピアノ協奏曲と同じくらいに素晴らしく思えたので、このアルバムには初めから終わりまですっかり満足できました。

気になるところといえば、ブラームスにしては、微に入り細を穿つとでもいうような細部まで神経が行き届いた濃い表現のソロを続けて聴いていると、砂糖と生クリームのたっぷり入ったチョコレートケーキをたくさん食べたように、精神的に結構もたれてくるところ。もっとさっぱりした詩情と澄んだ叙情感が美しいカッチェンやルプーのブラームスも聴きたくなる。

tag : ブラームス ラツィック

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Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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