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岩崎 淑 『アンサンブルのよろこび』
最近は室内楽(ピアノが入っているものに限って)をよく聴くようになったせいか、ピアノ伴奏法に興味が出てきて、さっそく本を探してみることに。
クラシックピアノの伴奏法に関する本は、ほとんど出版されていないようで、ポピュラーピアノに関する伴奏法が少し。コードを使って伴奏をつけるものなので、これはパス。

ネットで検索すると、室内楽の伴奏ピアニストで知られている岩崎淑さんが書いた「伴奏は音楽のパートナーシップ」(月刊情報紙『レッスン・プラス・ワン 第8号』(1999年11月、松沢書店)という記事が見つかり、短い文章ながらこれが結構面白い。
外国の音楽大学には「伴奏科」という学科があって、オーケストラスコアを弾いたり、外国語の歌詞や指揮の勉強もしたりと、単にピアノを弾くだけではないプログラム。
本業のピアノでは、色彩感のある音色を出すことは重要(というか必須)らしく、これは伴奏者でなくてもソリストでも重要なので、テクニカルに必要なものはソリストと伴奏者でもさして変わらない。結局、ソリストと通用するくらいの技術がないと、ピアノ伴奏者としても務まらない、ということになる。

ソリストに関する本というのは、演奏法から伝記の類まで世の中にたくさん出ているけれど、伴奏ピアニストに関する本はそうそう見かけたことがない。
クラシック関係で見つけたのは、古いところでは、ジェラルド・ムーア著『伴奏者の発言』、新しいのはシュタルケルのピアノ伴奏者で有名な練木繁夫さんの『Aをください-ピアニストと室内楽の幸福な関係』くらいだろうか。『Aをください』も面白そうなので、次に読むことに。

                           

「伴奏は音楽のパートナーシップ」が面白かったので、岩崎さんの著書『アンサンブルのよろこび』も早速読んでみた。
岩崎さんが伴奏ピアニストの世界に入るまでの自伝と演奏時のエピソード、ピアノ伴奏者の心構えから、ソロを弾くときとは異なる伴奏法のポイント、教育論まで幅広い。
文章が読みやすいし、普段は知ることのできない伴奏者の世界が垣間見れて、なるほどと思うことも多い。この本を読むとピアノ伴奏を聴くのが以前にも増して楽しくなる。

アンサンブルのよろこびアンサンブルのよろこび
(1998/12/10)
岩崎 淑

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最初の2つの章(<アンサンブルその楽しみと工夫>、<アンサンブル・ピアニストになるまで>)は、日本と米国の音大での修行時代からプロの伴奏者になった後の経験に基づいた話で、これはピアノを弾かない人でも、多分面白く読める。
来日した外国人演奏家のピアノ伴奏をした際のエピソードもたくさん載っていて、これは伴奏をつとめた人でないとわからない経験なのでとても面白い。

なるほどと思ったのは、ピアノ伴奏の場合は、ホールの状態やソリストの楽器の音量とのバランスを考えて、ピアノの蓋の開き加減を変えることで音量を調整するということ。
グランドピアノはいつも蓋を全開にして弾くものばかり思っていたけれど、違っていた。グランドピアノは子供の頃の発表会の時や、先生の自宅でのレッスンでしか弾いたことがないので、初めて知りました。

1970年代は、日本がまだ経済的に今ほど豊かではなかったので、ピアノ伴奏者まで一緒に招聘することができなかったため、ヴィオリニストやチェリストが単独で来日し、日本人の伴奏者とリサイタルや録音をしていた時代。今はピアノ伴奏者も同伴して来日してくることが多いので、そういう機会は滅多にないのでは。
岩崎さんが伴奏をつとめたソリストは、聴いたことはなくても、私でも名前くらいは知っているほどの顔ぶれ(シュタルケル、ボベスコ、フェラス、ハインリッヒ・シフ、パールマン、ギトリス、カルミレッリ、トルトゥリエ、ウーギ、ナヴァラなど)。共演時のエピソードもいろいろあって、ソリストのパーソナリティの違いがよくわかる。

                           

岩崎さんによれば、日本人のピアニストに最も不足しているのは、”色彩感”。
それに、アプローチが穏やかで静かすぎるので、表現が平板で起伏がないこと。
そういう日本人的なものはすぐに演奏に現われてくるので、コンクールでも日本人が弾いている演奏というのはすぐわかるという。この表現や音質の問題は、昔からのトレーニングに起因するもので、それが演奏上の表現とタッチに出てきてしまうのだそう。
この本は1998年に出版されているので、今はその頃とはトレーニング方法も少し事情が変わっているのだろうか?

ハートフォード大学音楽学部時代、岩崎さんの最初の先生に「色彩感がない」と指摘され、カーティス音楽院出身のラタイナ先生のレッスンは、入学後10ヶ月間をほとんどスケール、アルペッジョ、手首を使ったレガート奏法の基礎訓練だけのレッスンばかり(桐朋を首席で卒業しているというのに)。
この期間に、色彩感のある音をだすためのタッチをひたすら研究をしたという。

この話を読むと、日本人ピアニストの久野久の話をすぐに思い出した。
久野久は、中村紘子著『ピアニストという蛮族がいる』に出てくる国産ピアニストの第1号。ドイツ留学時代の悲劇的な最期はなかなか忘れられない話だった。
ハイフィンガー奏法と鍵盤を引っ叩く強打で当時の日本では第一人者とみなされたピアニストだったが、留学先のドイツ(と欧州)ではレガートなタッチが基本なので全く相手にされず、ザウアーに酷評されて基礎から徹底的にやり直せばなんとかなるとか言われて、結局絶望のあげくに投身自殺してしまった人。

岩崎さんの師事していたラタイナ先生は、リサイタルの当日、プログラムの曲は練習せずに、スケールばかり朝から弾いていて、そのままステージの会場でベートーヴェンを弾いたという。
これが岩崎さんの記憶に強烈に残ったそうで、ピアノに向かうときは、毎日、上行・下行・反進行の三種類のスケールとアルペジオを弾く。スケールは全ての指が平等に動き強くなるメソッドなので、生徒にも曲を弾く時間がなければスケールだけでも弾くようにと指導しているのだそう。

                              

スケールの練習といえば、村上春樹『意味がなければスイングはない』のルドルフ・ゼルキンのエピソードは有名。マールボロ音楽祭で、毎日早朝からカタツムリのようにゆっくりとテンポを上げて行きながらスケールの練習をするピアノの音で起こされてしまうヴァイオリニスト。”まさか出演するピアニストがこんな練習をするはずはない、これは中級者が練習しているに違いない”と思っていたが、その「中級者」がゼルキンだったとわかった時はびっくり仰天。

そういえば、”ピアノの基本はスケールとアルペジオ”...と言ったピアニストは誰だっただろう?バックハウスだったような...。
この言葉がすっかり頭に刷り込まれてしまっているし、そもそも子供の時のレッスンは一番最初はハノンのスケールとアルペジオ。これを普通のレガート、スタッカート、符点のリズム(2種)(時たま三連符も)で弾く練習をしていたので、これは今でも続いている。”三つ子の魂...”という諺は全くその通り。
時間がないときに、この練習をしばらく飛ばしていたら、なぜか指回りが悪くなって腕も疲れやすくなるので、ブランクの期間が長いだけに、この運指練習は結構即効性があるらしい。でも、反進行はほとんどしなかったので、これも練習に入れることに。

                              

この本には、いろんな演奏家に関する話が少しずつ出てくるけれど、マレイ・ペライアもその一人。
岩崎さんがカナイザル室内楽音楽祭へ奨学金をもらって参加したとき、アルトゥール・バルサム先生のクラスに16歳の若いペライアも参加していた。彼の演奏を聴いたとき、”あんなにうまい人がいるんだ”とショックだったという。
ペライアはもともと室内楽伴奏者として知られていて、その後リーズ国際ピアノ・コンクールでソリストとして優勝。持っているペライアのCDはほとんどがソロで、室内楽はブラームスのピアノカルテットくらい。室内楽がそんなに上手い人なのだとは知りませんでした。


ピアノを多少なりとも弾く身には、興味のある話題が詰め込まれていて、なるほど~と思うこともたくさん。
ピアノ伴奏といえど、ソロを弾くのと同じくらいに存在感のあるピアノパートになっている曲もいろいろあるし、ヴァイオリンソナタやピアノトリオを聴いて、なんて素敵なピアノを弾くのだろうと思ったピアニストも何人か見つけたので、ソロを聴くのと同じくらいに室内楽のピアノ伴奏の世界も面白い。

tag : 伝記・評論

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こんにちは。

『アンサンブルのよろこび』はおもしろそうですね。

今日の記事はすごく面白いです。
僕の関心あるところ、ストライクゾーンのど真ん中に入る剛速球という感じでした。

あまり知られていない本ですが、ヒットでした。
よんちゃん様、こんにちは。

>僕の関心あるところ、ストライクゾーンのど真ん中に入る剛速球という感じでした。
それは良かったですね!ソリストには興味のある人が多くても、ピアノ伴奏の世界や伴奏者はあまり注目されていないので(私も最近興味を持ちましたから)、本も少ないのですが、良い本に出会いました。

この本は、自伝や演奏中の経験談もたくさん入っているので、読みやすくてとても面白かったです。
シュタルケルやパールマンといったソリストとの話も、短いですがいろいろ出てくるので、結構貴重な体験談ですね。
教育論なども入っているので、いろんな話題が詰め込まれていて、伴奏ピアニストの世界が概観できます。

練木繁夫さんの『Aをください』も読み終わったところです。これは演奏上のテクニカルな話が多いので、両方読むと知りたいところがかなりカバーできました。
面白そうな本ですね
Yoshimiさん、こんにちわ

岩崎淑氏って、確か、チェリストの弟・岩崎洸の伴奏者として記憶していましたが、現在は大活躍されているのですね。ご紹介の本、面白そうなので、その内、読みたいと思います。

さて、伴奏ピアニストとして思い出すのは、小林道夫氏で、確か、ゲルハルト・ヒュッシュ(Br)や他の歌手の歌の伴奏の録音がいくつもあったと思います。ルドルフ・ゼルキンは日本では独奏者として知られていますが、第2次世界大戦前はアドルフ・ブッシュの伴奏者として活躍していましたね。

ピアノの色彩感ですか、ドビュッシー等の曲では色彩感は感じますが、ベートーベンとか、モーツアルトとかでは、あまり感じたことはありませんでした。色彩感のあったピアニストと言えば、私にとっては、ミケランジェリですね。ただし、氏のピアノの調律は、普通のピアノのかなり異なっていたような気がしますが。
この本、おすすめです。
matsumo様、こんにちは。
コメントありがとうございます。

岩崎さんはお父様が音楽家なので、いわゆる音楽一家の家系ですね。
この本は読みやすいですし、類書がほとんどないので、知らないことがたくさん載っていました。
特にヴァイオリニストの話がいくつかあって(たしかボベスコも出ていたような)、いろいろ面白いエピソードが書かれています。

小林道夫さんは名前は良く知っていますが、歌曲は聴く歌手が決まっているので、小林さんのピアノは聴いたことがないのです。
ゼルキンは、スタジオ録音のブッシュSQ、ロストロポーヴィチとの録音を持っています。ブッシュとの録音は復刻盤もいくつか出ているのですが、古くて音が良くないので、ちょっと手が出せていません。

色彩感のあるピアノというのは、私の場合はバッハ演奏を聴くとよくわかることが多いですね。
最近の若手・中堅の新しい録音を聴くと、声部ごとに音質を割り当てていき、立体感を出している奏法をよく見かけます。昔のピアニストの録音と比べると、色彩感が豊かですね。すぐに思いつくピアニストをあげるなら、フェルツマンやコロリオフの演奏は音がカラフルですね。
色彩感にも程度の差があるので、ミケランジェリは色彩感の極みのような奏法なので、それを基準にされると厳しいですね。

色彩感を出すには、打鍵の際のタッチを変えることによって、音質を変化させます。
タッチや音質の調整という点では、調律も重要ですが、ミケランジェリほどピアノと調律にこだわる人はかなり珍しいのではないかと思います。(現役ピアニストなら、ツィメルマンのこだわりも有名ですが)
ハードだけいくらいじっても、打鍵するときのタッチ(スピード、強弱、指との接点、鍵盤を上げるスピード、etc.)を変えないことには、色彩感は出せません。ペダリングも大事です。

読みました
Yoshimiさん、こんにちわ

『アンサンブルのよろこび』、読み終わりました。面白かったです。ボベスコの話、ほのぼのするような話でした。また、来日公演の回数が多くなると、次第に聴衆が少なくなると言う話も、なるほどと思いましたし。

それにしても、岩崎氏、病気で大変だったのですね。米国で手術をされたようですが、当時は現在と違って医療費も安かったのでしょうね。現在では、例えば、ニューヨークで虫垂炎の手術を受けると、1日入院するだけだそうですが、200万円もかかると言う話ですし。

なお、最初の方に「百万ドルトリオ:カザルストリオ」と書いてありましたが、これ、「ハイフェッツ、フォイアマン、ルービンシュタイン」のトリオのことだと思います。
海外で音楽を勉強するのは大変です
matsumo様、こんにちは。

早速、お読みになられたましたか!
ソリストとの演奏にまつわる経験談がいろいろ面白いですよね。
岩崎さんは面倒見の良い人らしいので、ボベスコとは相性が上手く合っていたようです。
ソリストよりも室内楽奏者の方の道へ向かわれたのは、健康上の不安も理由のように書かれていましたね。
留学当時、医療費が安かったとしても、日本と米国では所得水準が違いますし、プラザ合意前だと為替レートが数倍安かったですから、医療費はバカになりませんね。プラザ合意の直後なら、今よりも円高が進んでいたときもあったので、かなりマシだったとは思いますが。
長期留学の場合は、民間の医療保険に加入するはずですが、奨学生の場合は奨学金でそれもカバーできたのではないかと思います。
医療費も大変ですが、海外で病気になると、家族がいないのでとても心細いですね。
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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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