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岡田暁生 『ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史』
岡田暁生さんの音楽史シリーズから、今回は『ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史』。
これはとっても真面目なピアノ教育にまつわる音楽史。でも、”狂想曲”ならぬ”狂騒曲”的風景はかなり笑える話。

「よい演奏」というものは、時代によって定義も変わる。
ピアノ演奏における「よい演奏」という演奏美学のコペルニクス的大転換は19世紀。
その後の音楽教育を一変させてしまったほどのターニングポイントだった。その前後の奏法、教育方法を比較し、社会的な文脈から、なぜこの大転換が起こったのかを読み解いていくお話。

19世紀以前における「良い演奏」では、「センテンスとしての音楽」を文節しながら読むという理知的なアプローチが重要視されていた。
それが、感覚的な快楽となる音響の物量作戦といった「サウンドとしての音楽」の享受に取って代わられる。
この「良い演奏」の定義には、テュルクのクラヴィーア教本から引用されていたり、「ピアノのマニュアルオタクともいうべき人物だった」チェルニーの教本が例示されている。
この本ではチェルニーの教本を取り上げているが、それが結構面白い。
例の練習曲集のみならず、ピアノ奏法に関するありとあらゆるテクニックの教本を残したが、ついでに表現力の練習曲まで書いている。

⇒チェルニーは例の《100番》《30番》《40番》《50番》の練習曲でしっかりお世話になった。この練習曲集が特に嫌だったわけでもなく(好きでもなかったけど)、そんなに悪いイメージは持ってない。
逆に、以前読んだ森雅裕の『モーツァルトは子守唄を歌わない』と『ベートーヴェンな憂鬱症』にチェルニーが登場していて、才気煥発でなかなかシャレのわかるませた少年という面白いキャラクターだった。どうもそのイメージが記憶に定着してしまった。


19世紀以前は、独奏ピアニストというのは珍しい存在なので、音楽学校にもピアノの専攻科というものはなかった。ピアノ教育は、歌曲の伴奏を目的にしたものが一般的だった。
しかし、19世紀に入ってピアノ科が大人気。フンメルとシュタインベルトの演奏会がこのきっかけだったらしい。この頃からヴィルトオーゾピアニストが大活躍。(チェルニーもその一人)

聴衆のマス化が進み、成金のブルジョワは玉石混交の聴衆。
ピアノ曲のプログラムも軽い曲が多くて、ベートーヴェンやバッハはあまり弾かれなくなった。
チェルニーは、聴衆にウケの良い”ブリリアントな演奏”とは何かを教本にも書き、派手で見栄えが良く聴衆をあっと言わせるような演奏を推奨している。
聴衆の裾野が広がると、大ホールの演奏が一般的になり、昔のような貴族の館でも小さなサロンで弾くのとは違う演奏法になる。
繊細な神経のショパンは、こういう風潮に耐えられずに、パリでは公開演奏をしなくなってしまったという。
⇒チェルニーの方は極めて現実的な合理主義者に違いない。やっぱり面白いキャラクターです。

ピアノ教育でもマニュアル化、合理化、数値化、大衆化が進行。
教本も、練習曲では物足らず、いわゆる指体操のドリル本が続出。ピシュナ、ハノンがその典型。
一番最初に登場したドリル本は、フンメルの教本だったらしいが、これはまだ実際の演奏で使用可能なパッセージの訓練だったので、ハノンとは目的が違う。
ハノンは指の力を均質化するのが目的。言ってみれば即物的。

チェルニーも膨大な練習曲を作ったが、彼は常に曲を書いていたのであって、音楽抜きの指体操はさせていない。ただし、次のパッセージを××回反復せよという数値目標を曲に書いておいた。《60番》には全曲反復回数が書いている。ただし、単純に反復するのではなく、弾き方や表現をいろいろ変えて、という意味で。
⇒そんなのあったかな?と考えたら、《60番》を弾いた記憶がほとんどない。《50番》でチェルニーは卒業していたはず。

1830年代、リスト、ショパン、タールベルクが登場し、楽器メカニズムも変わり奏法も激変。
ヴィルトオーゾ時代の教本の幕開けは、モシュレス/フェティス。
楽器の機能が上がると、軽い力で弾くことができたピアノ(ハイドン、モーツァルト、シューベルト、クレメンティの大半はこのタイプのピアノ向き)の鍵盤がすっかり重くなり、力の要素が必要になってしまった。
手の形も、依然は丸くてもフラットでもよく、力を抜いて軽やかに弾くことが目的。
しかし、鍵盤が重くなると、力を入れて指を完璧に独立させることが目的になる。よって、10本の指の均質化と強化が不可欠。
この発音の均等化というのは典型的にモダン楽器の発想で、バロックでは非常に異質なのだそう。

19世紀的なピアノ教育が生んだピアニストの代表は、クララ・シューマン。
この均質化への情熱は、指を鍛えるという指強化器具なるものを登場させる。
イラスト入りでいろんな強化器具が載っているが、これは笑える。
⇒言ってみれば、星飛雄馬の“大リーグボール養成ギプス”のピアノ版。

ピアノが重量化して大量生産される楽器になると、それを弾くピアニストも同じように集中的・効率的に訓練する機関が必要になる。
19世紀後半までは、音楽学校を出た一流ピアニストはいなかった。チェルニー、タウジヒ、ショパン、リスト、クララ・シューマン、モシュレス、フンメル、etc.は、プライベートな教育で育った世代。
音楽学校出身者は、パデレフスキ、ラフマニノフ、バックハウスなどの世代以降。
19世紀の音楽学校は「技術なき者は去れ!」の世界。ハードな技術訓練(軍隊の教練みたいな)と、学生が急増したため短時間レッスンが特徴だったらしい。

このピアノ教育における、分解・反復・強化という深層構造は、作曲技法上の主題加工というハイドン・ベートーヴェン以降の手法とつながり、これが19世紀の分業された労働のあり方と同時代性を持っている。

付録は「ピアノはどんな手で弾かれてきたか 19世紀から20世紀初頭まで」
「正しい姿勢」「正しい手の形」「正しいタッチ」とは、どう捉えられていたかについて。
ピアノを弾く姿勢を、教本に書いたのはチェルニー。これは当時の軽い鍵盤のフォルテピアノ用。
この時代の奏法は、腕を使わず指先だけで弾く、指を丸めて可能な限り、歯切れ良く指を上下させる。
これと反対に、リストは演奏技術上、指を丸めず自然に伸ばす、指は固定したポジションで、手首や腕を固定せずに自由に使う、鍵盤に指が張り付いているような姿勢だったという証言は多い。

音楽学校では、指を高く上げて手首を固定し、指の力だけで垂直に鍵盤を打鍵するいわゆるハイフィンガー奏法が主流。手首を固定する目的でコインを手首の上に乗せる練習法も誕生。
20世紀なるとこれが批判されて、ブライトハウプトの自然奏法やカレーニョの重量奏法が出てくる。ゴドフスキーは弛緩した腕の重さを利用する奏法。
軍隊式の直線的な上げ下げから、ダンスのような優美な運動へと、20世紀初頭に再びピアノ演奏理論のコペルニクス的転回が訪れる。

ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史ピアニストになりたい! 19世紀 もうひとつの音楽史
(2008/10/24)
岡田 暁生

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岡田暁生さんの本はいくつか出ているけれど、新書版の『西洋音楽史』と『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏」は評判が良い。
『西洋音楽史』は、新書版とは言えど、多くの情報がコンパクトに詰め込まれていて、文章もわかりやすく内容も面白くて、インフォマティブ。古楽の時代から現代まで、音楽の歴史の概略を手っ取り早く知りたい人にはおすすめ。
『音楽の聴き方』の方は1回読んでなるほど~と思ったけれど、今思い出そうとすると、終わりの方に書いてあった音楽の聴き方のポイントを箇条書きにしたものしか、はっきり記憶に残っていない。
 『音楽の聴き方』と『西洋音楽史「クラシック」の黄昏』の記事

                              

ここからはこの本には書いていない話。
日本では、かつてはハイフィンガー奏法が主流で(今は違うでしょうが)、国産ピアニスト第1号の久野久もこの奏法で日本では第一人者だったが、留学先の欧州では全く通用せず。
昭和40年代くらいまでは、有名なピアノ教育者である井口基成氏のハイフィンガー奏法で訓練を受けた人が、日本音楽コンクールの上位に名を連ねていたらしい。
井口基成・愛子氏の弟子である中村紘子さんが18歳でジュリアード音楽院に留学した時、師事したロジーナ・レヴィン女史から、奏法を最初からやり直すようにお達し。
ベルベットのようなレガート奏法が主流の欧米のピアノ界では、ハイフィンガー奏法はすでに過去の古い奏法でしかなかった。
指訓練用のドホナーニの退屈な(でも、ハノンよりは難しい)練習曲をひたすら弾いて奏法を矯正したが、子供の頃から身につけた奏法を直すというのは大変な苦労をしたらしい。

 指を鍛えるための教本リスト(ローマ在住ピアニストパッリーナによるピアノと料理のサイト)
ピアノの先生が書いているだけあって、コメントには結構心当たりのあることもちらほら。
ブラームスの練習曲集は下手すると指を傷めることで有名なので、要注意。(それにリストの練習曲集も)
ブラームスのパガニーニヴァリエーションを弾くなら、これくらいはスラスラ弾けないといけないらしい。
幸か不幸か、この練習曲集のリスト中、使ったことがあるのは、バイエル、ハノン、チェルニー。
随分昔に習っていたせいか、練習曲はこれが定番で、あとは実際の曲で練習するというスタイルだった。(3人目の先生は、小さな男の子に、メトード・ローズで教えていたけど)

tag : 伝記・評論

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Yoshimiさん、こんにちは。
私もこの本を読みましたよー。
“大リーグボール養成ギプス”のピアノ版、可笑しかったですね!
こんなに沢山の強化器具のイラストが見られるとは
予想してなかったので、とても面白かったです。
そして19世紀の人々の見事な振り回されっぷりも。
あと、練習曲こそ退屈だったものの
別にツェルニー自身が嫌いというわけじゃないので(笑)
森雅裕の本も読んでみたくなっちゃいました。

久野久のエピソードは私も中村紘子さんの本で読みましたが
なかなか切ないものがありましたー。
抱腹絶倒...とまではいきませんが、笑えますね~
アリアさま、こんにちは。

早速読了されましたか!
あのイラストを見てすぐに思い出したのが、”大リーグボール養成ギプス”でした。子供の頃にTVでアニメを見ていたので、三つ子の魂...のように記憶に刷り込まれているんです。
19世紀の欧州ピアノ界は、プロのピアニストを目指す人たちの狂想曲ならぬ”狂騒曲”の風情ですね。

森雅裕の本はミステリー仕立てですが、堅苦しくなくてスラスラ読めます。(ミステリーとしてはイマイチのような気はしますけど)
続編の方(『ベートーヴェンな憂鬱症』)は短編集で、私はこっちの方が面白かったです。
ベートーヴェンもなかなかユニークなキャクラターで、チェルニーと絶妙の師弟コンビでした。

久野久の話は悲劇的ですね。一度読んだら忘れられません。
彼女は日本ピアノ界草創期の人だったので、欧州のピアノ界に関する情報不足や教育方法の問題や、いろいろ不運が重なっていました。
ずっと後年に出てきた梶原完というピアニストの伝記を読んだところですが、1950-60年代に欧州でプロのピアニストとして自立できた人です。
こっちの話はずっと明るいので、もうすぐまとめてアップしようと思います。
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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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