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練木繁夫 『Aをください ― ピアニストと室内楽の幸福な関係』
岩崎淑さんの『伴奏は音楽のパートナーシップ』がとても面白くて、他にピアノ伴奏をテーマにした本を探してみた。
クラシック関係では、かなり昔に出版されたジェラルド・ムーアの『伴奏者の発言』(原題:The Unashamed Accompanist)、新しいものだと、ピアニストでシュタルケルのピアノ伴奏者としても知られる練木繁夫さんの『Aをください―ピアニストと室内楽の幸福な関係』くらいしか見当たらない。

ムーアの方は歌曲伴奏のことが中心で古い本なので、それよりは最近の出版で日本の室内楽伴奏の事情もわかりそうな『Aをください』の方を先に読むことに。

タイトルから、岩崎さんのような自伝+経験談+伴奏者の役割について...等をわかりやすく書いた本かなあと勝手に想像していたら、実際に読んでみると全然違った。
伴奏者としての演奏技術に関する文章のウェートが大きく、奏法や室内楽曲の歴史の話では、譜面も多く載っている。
文章も専門書のように漢語の多い理路整然とした説明調が多く、エッセイのようにスラスラと読めるものではなくて(そういうタッチの文章も混在しているところがアンバランスで面白いけど)、かなりきっちり構えて読む本だった。

Aをください―ピアニストと室内楽の幸福な関係Aをください―ピアニストと室内楽の幸福な関係
(2003/10/01)
練木 繁夫

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伴奏ピアニストの役割、資質からテクニックまで、わりと幅広くカバーされていて、いろいろ勉強になることも多い。(その通り実践できるかは別として)
テクニックに関しては、アンサンブルとはいえ、基本的にはソリストと同様の技巧が必要なので、ソロを弾く場合でも活用できる話がたくさん。

「第1章 室内楽ピアニストの領分」
”室内楽ピアニスト、伴奏ピアニスト”に必要な資質について。
昔からある室内楽ピアニストのイメージは、”音を小さく弾いて他の演奏者のジャマにならないように...”。
では、素晴らしい室内楽奏者とはどういうものかというと、独奏者の技量と、他人の演奏を聴きながら音楽を作っていける器用さ、指揮者のような広い見識に基づいたトータルな音楽の理解力があること。
室内楽を独奏的にならず、また、共演者の影にならずに演奏するのは、容易ではない。

「第2章 アンサンブルのテクニック」
※音質のつくり方のテクニックについては、かなり詳しく書かれている。半分くらいはペダリング技術について。倍音の説明と倍音の確かめ方(電子ピアノでは実験できない)も載っている。

ピアニストが注意すべきことは、他の楽器とのバランス。大きすぎない、目立ち過ぎないのは当然として、逆に静かに演奏していれば良いというものではなく、聴かせるに値する声部を理解して演奏すること。

フーガ演奏とピアノの音質との関係について。
フーガを演奏するときに、主旋律と福旋律の音量差のコントロールだけでは、不十分。
音の強弱以外に旋律を独立させる要素は音質。二声のインベンションなら強弱だけでも有効かもしれないが、声部の多いフーガ演奏では、主題やモティーフが各声部に適した音質で、しかも音域に合った音質で引分けれられてこそ、ポリフォニックな音楽となる。

音質を変える上で大事なのは、タッチ、遠近感、ペダル。
「音立ちの良い高音、音に輪郭のない中間音、音立ちの遅い低音」の3種類の特徴のあるレガート技術(ドライ・レガート、普通のレガート、モルト・レガート)があれば、バランスがよくなる。

ピアノの音質に大きく影響を与えるのがペダリング。音を汚くするのも、綺麗にするのも、ペダルの使い方による。ペダルに関して詳しく教えてくれる先生は少ない。
「ペダルは耳を使って行う」。演奏が上手なピアニストは、ペダリングも上手である。ペダリングは多すぎても。少なすぎてもいけない。

ペダリングのポイントは「深さ」「タイミング」(音を出す前、出した後、音が減衰していく途中)、「スピード」。さらに、音を伸ばすだけではなく、音を切るためのペダリング。

ペダリングに熟練することも必要だが、それ以上にペダルを使わずに音が繋げる鍵盤上での指の技術を極めることが必要。
ペダルは選びぬいた箇所で使う。ペダルを使う最適な場所を知るには、まずペダルなしで音を繋いで研究してみる。そうすれば、ペダルを使わなくてはならない箇所とその長さが自然に姿を現してくる。
演奏者は、楽譜のなかにある音の長さをその通りに引かなくてはならない義務がある。打鍵した音を短くして、ペダルの方で音を伸ばすのはいけない。

「第3章 弦楽器奏法に学ぶ」
※弦楽器を弾かないので、ピンとこなかった話が多い。唯一、興味を引かれたのは「美しいフォルテをつくる」というところ。

フォルテには、腕の速さを使って出すフォルテと重さを利用して出すフォルテがある。
”発音の良いフォルテ”は、腕のスピードを利用して迅速に打鍵する。これはヒステリックな音になる危険性がある。
”質の良いフォルテ”は、打鍵のスピードではなく、逆に鍵盤を話すスピードを迅速にして跳ね上げるタイミングで音を出す。
フォルテでレガートを引くときに、フォルテを出すことが先で、レガートを忘れてしまう傾向がある。
旋律的に音を繋げるフォルテ。腕の重さを使って出すので、ゆっくりした動作。
ブラームスの作品など、フォルテのエスプレシーヴォが要求される場合には良い。

フォルテに限らず、ピアニストには音の美しさに対する意識が大切。

「第4章 練習室から演奏会場へ」
※この章は実際のアンサンブルをした経験があれば面白いとは思う。

大事なのは、各奏者の位置決め。ピアノの湾、右側のくぼんだ部分に入ってしまうと、ピアノの音が巻き起こす音の乱気流に巻き込まれてしまって、音が聞こえない。(”バミューダ・トライアングル”のような部分)

※岩崎さんの本では、奏者の立ち位置のことも多少書いてはいたが、ヴァイオリニストとの二重奏の話が多かったので、ピアノの蓋の開け具合の方について注意していた印象。
練木さんは、どちらかというと、チェロとの二重奏や三重奏以上の話が多いので、立ち位置の話中心。



「第5章 ピアノに向かう身体のこと」
※ピアノを引く手の形の問題、チェンバロやフォルテ・ピアノの引くときの手の形とタッチ、響きの特徴について、いろいろ書かれている。

首や肩が硬い人は演奏中に呼吸ができていない人に多い。背骨がまっすぐに伸びている状態が最適で、しっかりと背骨にさせられていると首や肩が楽になる。
親指は鬼門。親指からの重心移動を円滑に行うためには、ひじと手首の緊張を解き、親指を緊張させないようにする。親指をなるべくすばやく上げることで、ほかの4つの指も活発になる。

音の歯切れのよさは、指を下ろす速さではなく、鍵盤を上げる速さ(あるいはダンパーを下げる速さ)。

「発音のたった音は鍵盤との接点が少ない場所で弾き、柔らかな音は肉の厚いパートで弾く」(ロシアのピアニスト/ジョセフ・レヴィン)


「第6章 弾きながら音を創る」
「美しいフォルテ」について。
フォルテとは、音量の記号ではなく、音質の記号であるべき。
大きな音で出す外的なフォルテの他に、内的なフォルテ、静かなフォルテ。
スラーを忘れてフォルテを引かないこと。先にスラーを考えて、その中でどういうフォルテを弾くかを考える。

「第7章 楽譜を読み込む」
自筆譜と一般に出回っている出版楽譜と違う部分もある。(ベートーヴェンの31番ソナタの譜例あり)

”読譜は探偵の目で”
目立つアクセントやフォルテ記号、弱音記号だけに注意するのではなく、小さなこと(ニ分音符か付点四分音符か、など)にも感心を向ける。
ちょっとした違いで、音の長さもタッチも変わるし、雰囲気も違ってくる。
「演奏する側から見れば小さな違いでも、ゼロの地点から素晴らしい音楽を生んでいる作曲家にとっては非常に大きなことなのである」。

楽譜に記されていることを使って「何を言うか」。
エスプレッシーヴォと記されている場合、表現すべき音の内実がないと意味がない音楽になる。
エスプレッシーヴォの対象となるものは何かによって、表現方法は変わっていく。

「第8章 いろいろなスタイルを読む」
時代区分別の演奏スタイルの違い、変奏曲、対位法、和声と旋律の関係などについて。ピアノ曲を例にして。

「第9章 ピアノ室内楽の歴史」
室内楽にあまり詳しくない人には良さそうな入門編。
ただし、室内楽の歴史を全体的に系統だって取り上げているわけではなく(一応、流れとしては書かれているが)、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、それにラヴェルを重点に取り上げている。
譜例は、有名な曲が中心で、ピアノトリオやカルテット、チェロソナタが多い。

tag : 練木繁夫 伝記・評論

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yoshimi

Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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