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ブレンデル 『音楽のなかの言葉』より ~ ベートーヴェン/ディアベリ変奏曲
ブレンデルは、ピアノだけでなく、筆も立つ人らしく、何冊か本を出している。
『音楽のなかの言葉』は、ブレンデルによる作品解説といくつかのエッセイをまとめたもので、自伝的な読み物は全くない。
ピアニストが雑誌とかのインタビューで簡単に答えている記事はよくあるけれど、ブレンデルのように本としてまとまって読めるものはほとんどない。
元々は、レコード解説用、リサイタルのプログラム用、さらには講演録、雑誌掲載文で、それを適宜改稿している。

この本の大半は、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、シューベルト、リストというブレンデルの中心的レパートリーについての演奏解釈。
特にベートーヴェン、シューベルト、リストが重点的に書かれていて、ベートーヴェンは《ディアベリ変奏曲》(これがかなりのボリューム)と後期ピアノ・ソナタ(第28~32番)、シューベルトの後期ピアノ・ソナタ3曲、リストについてはリスト論と《巡礼の旅》とロ短調ソナタ。
興味があるのはベートーヴェンとリスト。これは好きな曲の話も多いので、やっぱり読んでいても面白かった。

音楽のなかの言葉音楽のなかの言葉
(1992/03)
アルフレート ブレンデル

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日本語版はどうも絶版らしい。表紙の画像はハードカバーのものを使用。


 ベートーヴェン《ディアベリ変奏曲》(「クラシック音楽がつねにシリアスであるべきか2」)

《ディアベリ変奏曲》に関する作品解説はいくつか読んでいるけれど、このブレンデルの文章は全部で23頁あり、ボリューム・内容とも充実している。
《ディアベリ変奏曲》のもつ性格的な特徴、主題動機の分析や変奏間の関連性、変奏内の構造などについて、解説されている。
この文章を読むだけでもディアベリがますます面白い曲に思えてきたし、ブレンデルの解釈を参考にしながらディアベリを聴けば今までとはちょっと違った聴き方ができそうなので、とっても勉強になりました。

                              

-《ディアベリ変奏曲》は深刻さ、叙情、神秘性と抑圧性、内向性と晴れやかな外向性と、さまざまな感情が幅広く顕れているにもかかわらず、最も広い意味でのユーモラスな作品

-主題は自分勝手な子供たちを支配しきれない。逆の変奏の方が主題からもらい受けるものを決めてしまう。認知され、飾られ、賛美される代わりに、主題は矯正され、パロディ化され、からかわれ、否認され、姿を変えられ、嘆き悲しまれ、踏みにじられ、最後には高みへと送られる。

                              

-先例のないほど自由な選択を行いながら、常に動機の素材となるものが充分に確保され、主題との関係が明らかになっている。ベートーヴェンのソナタと同じく、冒頭の主題に含まれる動機的な要素は主題そのものにも増して重要であり、それが作品全体を統合する鍵となっている。

-主題から導かれる「動機となる要素」
1.アウフタクトの装飾音、倚音、あるいはアポジャトゥーラ(全打音)
2.4度と5度の音程
3.同音あるいは和音、およびペダル音(普通は属音のト音)の反復
4.分散和音
5.舞踏のリズム、およびその変形
6.反復進行形
7.前半と後半のそれぞれ最後の4小節に現れる旋律曲線

-さらに2つの構成要素-前半と後半のいずれでも連続した収縮形をとる。「旋律の方向」は、前半では下降する音程あるいは運動をとり、後半の最初では上行形をとる。ベートーヴェンは動機となる要素を気の向くままにつかっているが、2つの構成的特長については、全体にわたって尊重している。

-「動機となる要素」のなかで構成上意味をもつのが、ト音(あるいはペダル音)の反復で、これは前半と後半のいずれも最初の8小節に溢れている。16~18小節の内声部も。これは和音を支える背骨のような役割。

-多くの変奏にみられるもう一つの要素は、舞踏の気分と呼びたいもの。明確にはワルツといえないにしても、主題そのものも舞曲である。

-主題を揶揄するだけでなく、この独自な大きさと広がりを持つ作品を通して、ハ長調の調性(たまにハ短調)ばかりを一時間にわたって聞かされる聴き手には、奇抜な手段で刺激を与える必要があるのだ。テクスチュアとテンペラメントが多様に変化するのに加えて、形式的な構成自体も変化を見せる。フレーズの長ささえ無視されることが多い。十におよぶ変奏のなかで、その構図は縮小・拡大され、比率も変えられている。

                              
 
特に面白いのが、ブレンデルが変奏ごとにつけた標題。
自分自身が楽しむためと、実用性を兼ねている。(変奏曲は曲の性格がコロコロと入替わるので、曲の性格を鋭く捉えてそれぞれ明確に区別されなければならないので)
ベートーヴェンの研究家・評論家のウーデ、レンツも同じように独自に名前をつけていたという。

主題:通称「ワルツ」
第1変奏:行進曲-力こぶをみせびらかす剣闘士
第2変奏:雪
第3変奏:信頼と執拗な疑い
第4変奏:博学なレントラー
第5変奏:手なづけられた小鬼
第6変奏:雄弁なるトリル(大波に立ち向かうデモステネス)
第7変奏:旋回と足踏み
第8変奏:間奏曲(ブラームス的な)
第9変奏:勤勉なくるみ割り
第10変奏:忍び笑いといななき
第11変奏:「イノチェンテ(潔白)」(ビューロー)
第12変奏:波形
第13変奏:刺すような警句
第14変奏:選ばれし者、来れり
第15変奏:陽気な幽霊
第16・17変奏:勝利
第18変奏:ややおぼろげな、大事な思い出
第19変奏:周章狼狽
第20変奏:内なる聖所
第21変奏:熱狂家と不満屋
第22変奏:「昼も夜も休まずに」(ディアベリ的な)
第23変奏:沸騰点のヴィルトゥオーゾ(クラマー的な)
第24変奏:無垢な心
第25変奏:「トイチャー」(ドイツ舞曲)
第26変奏:水の波紋
第27変奏:手品師
第28変奏:あやつり人形の怒り
第29変奏:「抑えたため息」(コンラート・ヴォルフ)
第30変奏:優しい嘆き
第31変奏:バッハ的な(ショパン的な)
第32変奏:ヘンデル的な
第33変奏:モーツァルト的な。ベートーヴェン的な

-全く相容れない要素を滑稽に、強烈に、奇妙に対置させることがグロテスクの特徴であるとするなら、ディアベリは極めてグロテスクな作品。
  第13変奏以降は鋭く対立をなすもの同士がほとんど切れ目なしに連続して現れる。
  最も崇高な第14、第20、第24変奏に続いて、すぐに軽い喜劇や茶番が現れる。
  一方、第28変奏の狂乱に続いて憂鬱な短調の領域が作品を唐突に支配する。

-変奏の「内部」に見出されるグロテスクな驚きの例を3つ。
  第13変奏では短い音が飛翔したあと、突然に静寂が訪れる。
  第15変奏は、20小節目で低音へと音が跳躍し、愛すべき論理や快い音を期待する者を狼狽させる。
  第21変奏は、前半と後半の統一が破られ、二つの異なる拍子、速度、性格に分裂させられる。

-境を踏み外したもう一つの例が、多くの議論を呼んだ第20変奏。
ベートーヴェン研究家たちが論理性を求めようとしたが、この神秘的なパッセージをなぜ永遠にそのまま神秘として捉えてはいけないのだ。交互に出てくる20組あまりのコントラストのなかでも、第20と第21変奏のコントラストは最も強烈である。瞑想的な内容と軽喜劇が組み合わされている。
演奏上ではこの2つの変奏を分けて弾きたい。第20変奏はディアベリの中央で、内奥の聖所をなす曲であると同時に、全体の長さの中間的をなす曲でもあるのだ。崇高さをかみしめるために一瞬の静寂であることがふさわしいと思われる。

-ベートーヴェンのピアノ作品のなかで、32と33という数字は特別な意味をもっている。32のソナタに続いて頂点をなす33曲の変奏曲集が書かれた。そのなかでも第33変奏は、ソナタ第32番のアダージョと直接に結びついている。

-「変奏曲には巨大な運動性があり、軸を中心とした回転や、軌道に従った運動を引き起こす。変奏の技法で最も困難なのは、この運動性を止めることである。」(トヴェイ)
ディアベリでは、ゆっくりした短調の変奏がブレーキとしての役割を果たしている。それに対して活気を呼び起こすフーガが、フィナーレとしてではなく、本質的な体験、浄化のための試練として「ワルツ」を変容させ「甦らせる」。

-変ホ調のフーガ(第32変奏)だけが唯一主調を離れる。これはヘンデルの宝石細工のような形式を思い出されるが、同時に最高に攻撃的な緊張も秘めている。

-ハ短調をとる3つの変奏曲(第29~31変奏)は、フーガの噴出に対して土壌を整える。この哀歌の第3曲目は、再び古いものと新しいものを融合させる。バッハ的なアリアがほとんどショパン的ともいえる装飾に溶け込んでいる。最後の変奏はモーツァルトへの献げものとして始める。風刺として始まったものが、ユーモアを持つ作品として閉じる。

-最終変奏の”ベートーヴェン的な”とは、締めくくりの変奏コーダで、ベートーヴェンは自分自身になりまわっている。彼はもう一つの至高の変奏最後のソナタ作品11を示唆している。
作品111のベートーヴェンのアリエッタは、ディアベリの「ワルツ」と調性が同じであるだけでなく、動機や構成の要素も共通している。しかし、2つの主題の性格は遠くかけ離れている。アリエッタを「ワルツ」の遠い子孫として聴き取るとき、「下手な職人のつぎ当て仕事」が触発したものの大きさに驚嘆させられる(とブレンデルは書いている)。

tag : ブレンデル ベートーヴェン 伝記・評論

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1995年日本公演アップ
1995年のブレンデルが演奏したベートーベンピアノソナタ30~32番をYuoTubeにアップロードしました。指先が痛々しい中で素晴らしい演奏を行ってくれました。
http://www.youtube.com/user/HDvideocollections
参考にさせていただきます!
ブレンデルが変奏ごとにつけた標題。
もしかしたら、彼のCDのライナーに書かれているのではないかと思い、
棚を探したのですが、ディスクが行方不明に…。
とりあえず、yoshimiさんの記事と併せて、他の演奏を聴いてみます。

ありがとうございました。
ブレンデルの標題
さすらい人様、こんにちは。

標題があると、変奏のイメージが湧きやすいですね。
ブレンデルはとても知的なイメージがあるのですが、なかなかユーモアのある人だと思います。
情報ありがとうございます。
Masa様、コメントありがとうございます。

ベートーヴェンの後期ソナタは特に好きなので、ブレンデルのライブ映像が見られるというのは、とても嬉しいですね。
第31番を少し聴いてみましたが、やっぱりブレンデルのベートーヴェンは良いですね~。今日、全部まとめて聴いてみようと思います。
教えて下さって、どうもありがとうございました。
標題付けって面白いですね
yoshimiさん、こんにちは。
ブレンデルのこの本、この記事を最初に拝見した時から気になっていたのですが、長らく絶版状態のようだし、市内の図書館にもないし、でも他の図書館から取り寄せてもらうのも面倒になって、古本を注文してしまいましたー。
最近なかなか本を読む時間が取れないでいるんですけど、ゆっくり読もうと思います。楽しみ♪

とりあえずブレンデルのつけた標題を見ながら、ディアベリの演奏を聴き直してみました。
ブレンデル自身の演奏ではなかったのがアレなんですが、すごく面白いですね~。
最初の「行進曲-力こぶをみせびらかす剣闘士」から納得!
一番ウケたのは第23変奏「沸騰点のヴィルトゥオーゾ(クラマー的な)」…まさに!
時々、私だったらもうちょっと違うのをつけるかなというのもあったのですが、それは聴いていたのがブレンデルの演奏じゃなかったからかも。

こんな風に標題をつける作業ってすごく楽しそうです。今度自分が変奏曲を弾く時にやってみようと思いました。あ、もちろん他人の音源を聴いてつけるのではなく、楽譜から…。それぞれの曲のイメージを明確にするためにも重要そうですね。
ディアベリはやっぱり面白い曲です
アリアさん、こんにちは。

『音楽のなかの言葉』は、ピアニスト(に限りませんが)が書いた作品解釈の本のなかでは内容が濃く、それにしては、とてもわかりやすいです。
ディアベリに限らず、他の章もいろいろ勉強になることも多いので、これはおすすめです。

標題をつけるのが面白いのは、ディアベリ独特なのかも。これほど変奏の性格が多彩な変奏曲はそう多くはないでしょう。
ゴルトベルクはバロック音楽ですから形式性が強いので、ディアベリよりもタイトルつけるのが難しそうな気がします。(まだトライしてませんが)

ピアニストによって弾き方が違うので、変奏によってはブレンデルとは違うイメージが湧いてきます。個性的なアンダやソコロフも聴いていると三者三様。
「沸騰点のヴィルトゥオーゾ(クラマー的な)」っていうのは、言い得て妙というか、う~んと唸ってしまうようなネーミングですよね。
私はもっとコミカルな(「失われた小銭への怒り」のような)標題をつけたくなってきますが、ブレンデルの標題にはひとひねりしたユーモアがありますね。
理知的でクールなイメージが強いブレンデルですが、対話録「さすらい人」を読むと実はかなり感情的な人のようですし(ライブ映像見るとそういう気がします)、実はユーモアのわかる面白い人なのかもしれません。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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