ソコロフ ~ ショパン/ピアノ協奏曲第1番
2010.06.17 18:00| ♪ グレゴリー・ソコロフ|
ショパンのエチュードの次は、ピアノ協奏曲第1番。めったにショパンを聴かないのに立て続けにショパンを聴いているのは、ショパンイヤーだからではなくて、最近収集しているソコロフの録音を聴くことが多くなってしまったので。
ライブ録音中心のソコロフの数少ないスタジオ録音の一つが、ショパンのピアノ協奏曲第1番。ソコロフ27歳の時の録音で、ロヴィツキ指揮ミュンヘン・フィルの伴奏。
ソコロフのピアノ・ソナタ第2番とエチュード集(Op.25)がとても良かったし、HMVのリスナーレビューを読むととても興味を惹かれたので、この録音も聴きたくなってしまった。
ずっと廃盤だった録音、それもソコロフ若かりし頃のものなので、たぶん聴いた人はかなり少ないに違いない。
この曲は、スタンダードな演奏としてはツィメルマン&ジュリーニ、ルービンシュタイン&スクロヴァチェフスキーくらいしか聴いていない。他はツィメルマンの弾き振り盤と、アラウが2種類(インバルとクレンペラー。クランペラーとのライブが面白い)、ムストネン、ラツィック(ライブ)と、ちょっと変わったタイプがいくつか。好きなピアニストの録音が少ないので、ハフあたりが録音してくれたら良いんだけれど。
この曲を華麗で感傷的に弾かれるのは暑苦しい感じがしてあまり好きではないので、ショパンらしさの薄い録音の方が聴きやすい。好みにぴったりのベストな録音には遭遇していないので、ソコロフのショパンならどうでしょう。
ピアノの音がやや後方から聴こえ、特に高音の弱音が小さすぎて、スタジオ録音にしてはちょっと篭もった感じがする音質なのが残念。高音が繊細なAKGのヘッドフォンだと、さすがに高音がかなりクリアで随分綺麗な音に聴こえる。
ソコロフに関する評論を読むと、若い頃は「まれに見るほど清らかで美しい演奏」で定評があったらしく、この録音を聴くと本当にその通り。
後年の演奏ほどのスケール感やダイナミズムは強くない。今のソコロフの演奏とはちょっとイメージが違うので、それを期待して聴くと物足りなく感じる人もいるかもしれない。
といっても、27歳の時に録音したこのショパンのコンチェルトでも、ソコロフらしいタッチ~明晰ながらよく歌うピアノ、緩徐部分の叙情感の深さ、クリアで粒立ちのよいシャープな打鍵、色彩感豊かな音と高音の美しい響き、弱音の繊細なニュアンス、旋律が浮き上がるようなフレージング、一音一音の粒が明瞭に響くトリル、etc.といった今の演奏スタイルの原型と個性的な解釈はちゃんと聴き取れる。
試聴ファイルだと、ピアノパートが聴けるのが第3楽章の初めの方だけだったので、なんて可憐なショパンでしょう、なんて思っていたら、第1楽章と第2楽章は全然違った雰囲気。演奏時間は第1楽章21分半、第2楽章が約12分で、感覚的にかなり遅めのテンポに感じる。
第1楽章 Allegro Maestoso
冒頭のトゥッティは、少し遅めのテンポで、華やかさをやや抑えたようなトーン。
ピアノが和音で入ってきてから、細かいパッセージで徐々に下行しながら、フレーズの最後をややテヌート気味長めの弱音で終るところは、ソコロフ独特の響き。
弱音で弾く短調と長調の2つの主題は、時々消えてしまいそうなくらいに響き、表現の繊細さとニュアンスの多彩さがとても印象的。
弱音から抜け出ると、切れの良い打鍵とシャープでクリアな響きで、力強く引き締まったタッチで、若々しく颯爽とした感じに変わる。メカニカルな感じはせず、旋律もよく歌って爽やか。
ペダルを入れても響きを厚く重ねる弾き方はしていないので、透明感のあるすっきりした響き。時々弱音のフレーズにペダルを掛けたときは、柔らかくエコーする響きがハープのように綺麗。
音の詰まった細かいパッセージは、高音はキラキラと輝くような音色で、粒立ちも良くて滑らか。
弱音とそれ以外の部分とのコントラストがとても強く、弱音で呟くように歌わせるフレージングは、内省的・瞑想的にも聴こえる。
全体的にテンポの伸縮が大きく、特に弱音部分はテンポが落ちて細部まで緻密に表現していく。フェルマータはたっぷり長く、リタルダンドはかなりスロー。
それが一番強く出ているのが、主題の再現部。短調の主題から長調の主題へと移行する直前に、フェルマータとリタルダンドが続いて指示されている部分は、特にテンポが遅くなる。というか、なかなか次の音が聴こえず、かすかな弱音の響きと相まって、静止しているかのような間合い。
終盤の左手トリルが延々と続く部分では、トリルが明瞭でまるで呟くように響く。これはソコロフらしい弾き方で、このトリルはどの曲で聴いてもとても好きな響き。
第2楽章 Romanza Larghetto
緩徐楽章は、終始穏やかで、ゆっくりと時間が流れていくようにかなりスロー。柔らかい弱音で弾く旋律はとても安らかな雰囲気。
この楽章はとりわけ音が美しく、弱音には煌きと暖かさがあり、第1楽章とは違ってとても明るい色調。
ゆったりとしたテンポの弱音が、静かに語りかけるようなフレージングで鳴り続けて、甘美で幸福な夢や回想に浸って別世界にいるよう。うっとりするくらいに美しい。
第3楽章 Rondo Vivace
終楽章はさすがに普通の速めのテンポで、弱音部分もそれほど多くはないので、第1楽章と第2楽章の内省的・瞑想的・夢想的な雰囲気はすっかり消えている。
澄み切ったピアノの美音で弾く舞曲風の旋律は、ちょっと清楚で可憐な感じ。透明感もあって瑞々しい。
この楽章は明瞭で明るい音色で、弱音が沈みこむようなことも少ないけれど、舞曲風のリズミカルさはそれほど強くないので、飛び跳ねるような躍動感は薄め。
クリアな響きでテンポの揺れも少なく、かっちり刻んでいくようなリズム感と一音一音粒立ちのよいパッセージが歯切れ良く流れて、心のなかの霧が消えたように明晰。清々しく爽やかな叙情感がとても心地よい。
全体的に、熱気とかパッショネイトな躍動感といったものはあまり感じないけれど、静動・緩急・強弱のコントラストが大きく、メリハリのある引き締まった演奏で、旋律もよく歌わせている(というか語らせるというか)ので、こういう演奏解釈が好みに合えば、聴きごたえは充分。
第2楽章の美しさも魅力的だけれど、第1楽章が特に素晴らしく、繊細なニュアンスで内省的な雰囲気の独特の弱音の美しさや、やや水気のある透明感とクールな叙情感が爽やか。
ドラマティックな迫力のあるエチュードの録音もとても面白かったけれど、このコンチェルトの演奏はそれとは方向性が違っていて、これも個性的なショパン。とても気に入ってしまったので、この曲で一番よく聴く録音になるのは確実。
ソコロフの若い頃の録音は珍しいし、後年との共通点や違いを聴くというのも楽しいものなので、ソコロフのピアノが好きな人にはとてもおすすめです。
※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
ライブ録音中心のソコロフの数少ないスタジオ録音の一つが、ショパンのピアノ協奏曲第1番。ソコロフ27歳の時の録音で、ロヴィツキ指揮ミュンヘン・フィルの伴奏。
ソコロフのピアノ・ソナタ第2番とエチュード集(Op.25)がとても良かったし、HMVのリスナーレビューを読むととても興味を惹かれたので、この録音も聴きたくなってしまった。
ずっと廃盤だった録音、それもソコロフ若かりし頃のものなので、たぶん聴いた人はかなり少ないに違いない。
この曲は、スタンダードな演奏としてはツィメルマン&ジュリーニ、ルービンシュタイン&スクロヴァチェフスキーくらいしか聴いていない。他はツィメルマンの弾き振り盤と、アラウが2種類(インバルとクレンペラー。クランペラーとのライブが面白い)、ムストネン、ラツィック(ライブ)と、ちょっと変わったタイプがいくつか。好きなピアニストの録音が少ないので、ハフあたりが録音してくれたら良いんだけれど。
この曲を華麗で感傷的に弾かれるのは暑苦しい感じがしてあまり好きではないので、ショパンらしさの薄い録音の方が聴きやすい。好みにぴったりのベストな録音には遭遇していないので、ソコロフのショパンならどうでしょう。
![]() | ショパン:ピアノ協奏曲第1番 (2006/12/20) ソコロフ(ピアノ), チェルカスキー(ピアノ), ロヴィツキ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団, ワルベルク指揮バンベルク交響楽団 試聴する(amazon) |
ピアノの音がやや後方から聴こえ、特に高音の弱音が小さすぎて、スタジオ録音にしてはちょっと篭もった感じがする音質なのが残念。高音が繊細なAKGのヘッドフォンだと、さすがに高音がかなりクリアで随分綺麗な音に聴こえる。
ソコロフに関する評論を読むと、若い頃は「まれに見るほど清らかで美しい演奏」で定評があったらしく、この録音を聴くと本当にその通り。
後年の演奏ほどのスケール感やダイナミズムは強くない。今のソコロフの演奏とはちょっとイメージが違うので、それを期待して聴くと物足りなく感じる人もいるかもしれない。
といっても、27歳の時に録音したこのショパンのコンチェルトでも、ソコロフらしいタッチ~明晰ながらよく歌うピアノ、緩徐部分の叙情感の深さ、クリアで粒立ちのよいシャープな打鍵、色彩感豊かな音と高音の美しい響き、弱音の繊細なニュアンス、旋律が浮き上がるようなフレージング、一音一音の粒が明瞭に響くトリル、etc.といった今の演奏スタイルの原型と個性的な解釈はちゃんと聴き取れる。
試聴ファイルだと、ピアノパートが聴けるのが第3楽章の初めの方だけだったので、なんて可憐なショパンでしょう、なんて思っていたら、第1楽章と第2楽章は全然違った雰囲気。演奏時間は第1楽章21分半、第2楽章が約12分で、感覚的にかなり遅めのテンポに感じる。
第1楽章 Allegro Maestoso
冒頭のトゥッティは、少し遅めのテンポで、華やかさをやや抑えたようなトーン。
ピアノが和音で入ってきてから、細かいパッセージで徐々に下行しながら、フレーズの最後をややテヌート気味長めの弱音で終るところは、ソコロフ独特の響き。
弱音で弾く短調と長調の2つの主題は、時々消えてしまいそうなくらいに響き、表現の繊細さとニュアンスの多彩さがとても印象的。
弱音から抜け出ると、切れの良い打鍵とシャープでクリアな響きで、力強く引き締まったタッチで、若々しく颯爽とした感じに変わる。メカニカルな感じはせず、旋律もよく歌って爽やか。
ペダルを入れても響きを厚く重ねる弾き方はしていないので、透明感のあるすっきりした響き。時々弱音のフレーズにペダルを掛けたときは、柔らかくエコーする響きがハープのように綺麗。
音の詰まった細かいパッセージは、高音はキラキラと輝くような音色で、粒立ちも良くて滑らか。
弱音とそれ以外の部分とのコントラストがとても強く、弱音で呟くように歌わせるフレージングは、内省的・瞑想的にも聴こえる。
全体的にテンポの伸縮が大きく、特に弱音部分はテンポが落ちて細部まで緻密に表現していく。フェルマータはたっぷり長く、リタルダンドはかなりスロー。
それが一番強く出ているのが、主題の再現部。短調の主題から長調の主題へと移行する直前に、フェルマータとリタルダンドが続いて指示されている部分は、特にテンポが遅くなる。というか、なかなか次の音が聴こえず、かすかな弱音の響きと相まって、静止しているかのような間合い。
終盤の左手トリルが延々と続く部分では、トリルが明瞭でまるで呟くように響く。これはソコロフらしい弾き方で、このトリルはどの曲で聴いてもとても好きな響き。
第2楽章 Romanza Larghetto
緩徐楽章は、終始穏やかで、ゆっくりと時間が流れていくようにかなりスロー。柔らかい弱音で弾く旋律はとても安らかな雰囲気。
この楽章はとりわけ音が美しく、弱音には煌きと暖かさがあり、第1楽章とは違ってとても明るい色調。
ゆったりとしたテンポの弱音が、静かに語りかけるようなフレージングで鳴り続けて、甘美で幸福な夢や回想に浸って別世界にいるよう。うっとりするくらいに美しい。
第3楽章 Rondo Vivace
終楽章はさすがに普通の速めのテンポで、弱音部分もそれほど多くはないので、第1楽章と第2楽章の内省的・瞑想的・夢想的な雰囲気はすっかり消えている。
澄み切ったピアノの美音で弾く舞曲風の旋律は、ちょっと清楚で可憐な感じ。透明感もあって瑞々しい。
この楽章は明瞭で明るい音色で、弱音が沈みこむようなことも少ないけれど、舞曲風のリズミカルさはそれほど強くないので、飛び跳ねるような躍動感は薄め。
クリアな響きでテンポの揺れも少なく、かっちり刻んでいくようなリズム感と一音一音粒立ちのよいパッセージが歯切れ良く流れて、心のなかの霧が消えたように明晰。清々しく爽やかな叙情感がとても心地よい。
全体的に、熱気とかパッショネイトな躍動感といったものはあまり感じないけれど、静動・緩急・強弱のコントラストが大きく、メリハリのある引き締まった演奏で、旋律もよく歌わせている(というか語らせるというか)ので、こういう演奏解釈が好みに合えば、聴きごたえは充分。
第2楽章の美しさも魅力的だけれど、第1楽章が特に素晴らしく、繊細なニュアンスで内省的な雰囲気の独特の弱音の美しさや、やや水気のある透明感とクールな叙情感が爽やか。
ドラマティックな迫力のあるエチュードの録音もとても面白かったけれど、このコンチェルトの演奏はそれとは方向性が違っていて、これも個性的なショパン。とても気に入ってしまったので、この曲で一番よく聴く録音になるのは確実。
ソコロフの若い頃の録音は珍しいし、後年との共通点や違いを聴くというのも楽しいものなので、ソコロフのピアノが好きな人にはとてもおすすめです。
※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。