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アラウ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第17番”テンペスト”
ベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴くときの定番は、アラウが1960年代60歳頃に録音した旧盤の全集。
80歳代で録音した新盤の全集は、後期ソナタなどの数曲以外は聴くことはないし、聴き比べる時は技巧が安定している旧盤で聴くようにしている。
旧盤の全集のなかで特に好きな演奏は、最後のピアノ・ソナタ3曲と、第17番のテンペスト、第21番のワルトシュタイン。
アラウのワルトシュタインは有名だけれど、なぜかテンペストはそれほど評判になっていない。でも、響きの移り変わりがまるで絵画のように描写的で面白いのがテンペスト。
アラウにしては、他のソナタよりもかなりソノリティをかなり工夫したアプローチで、他のピアニストのテンペストと比べてもかなり個性的。

テンペストは、第1楽章と第2楽章は飛ばして(たまに聴くこともある)、一番好きな第3楽章だけ聴くことが多い。
第3楽章はいくつかの音型パターンをベースに展開していくので、音色・響きとペダリング、それに強弱をどうつけていくかで、かなり印象が変わる。
初めて聴いたのはポリーニの1988年の録音。音のメカニカルな動きと強弱の強いコントラストが印象的で、テンペストは交響曲第7番に似たような”舞踏的”な曲だというイメージが刷り込まれてしまった。
次に聴いたのが幻想的なリヒテル。嵐のような激しさのあるケンプなど。好きなピアニストの録音をいくつか聴いて、最後はアラウの絵画か物語のようなテンペスト。
それまで聴いていたいろんなテンペストの演奏とは違っていて、ソノリティが音楽の組み立てに強く結びついた演奏だったのが新しい発見。これは何度聴いても面白い。

Beethoven by Arrau - Sonata No 17 "Tempest" in D minor, Op. 31 No 2 (3rd mvt)



Complete Piano Sonatas & ConcertosComplete Piano Sonatas & Concertos
(1999/11/09)
Claudio Arrau

試聴する(別の国内盤にリンク)

テンペストは1965年5月にアムステルダムのコンセルトヘボウで録音。残響が新盤ほど多くはないので、ピアノの音がずっとすっきりと聴こえる。


アラウが書いたテンペストの演奏解釈が、新盤の分売盤のブックレットに載っている。
今は廃盤となっていて、この解説を目にする機会はほとんどないと思うので、全文引用すると...

「ベートーヴェンがシントラーに作品31の2の意味について、シェイクスピアの「テンペスト」を読むように示唆したのは、おそらく劇の物語や哲学よりも題名との関連においてであったと思われる。テンペスト(嵐)の始まりは強力で悲劇的なものに他ならない。最初の2小節のラルゴの動機、休止、そしてニ短調で応答する4小節のアレグロの主題の組み合わせは、嵐の中で苦悩する魂以外の何ものでもあるまい。そしてなんという展開だろう。芸術の世界で苦悩がこれほど生命を持った音となったことがあろうか。誰がこのように、問いと答えに肉声を持たせられるだろう。シェイクスピアとベートーヴェンの他にはあるまい。」

「変ロ長調のアダージョは第1楽章と同じく、分散和音で始まる。展開のないソナタ形式で、天上のもののような最初の旋律が孤立した憂愁の気分を作り上げる。しかしその上に息づいているのは、現世の神秘と究極の慰めである。」

「ニ短調のアレグレットには、永続的な16音符のリズム(「嵐」の要素だろうか?)を伴う、ソナタ形式のアレグロに似た熱気と活力がある。しかし、チェルニーとは反対に、疾駆する馬のひづめの響きと文字通りに捉えてはならない。これは、あらゆる芸術がそうであるように、内部的な感情に置き換えて考える必要がある-内なるざわめきと不安の感情である。」

                             


アラウのテンペストはゆったりテンポ。アレグロの第3楽章でもやっぱり遅い。
ポリーニが約6分(かなり速い。グルダはもっと速いけど)、ポミエが6分台前半秒、ケンプとリヒテルとブレンデルが約7分、アラウは7分43秒ともうすぐ8分に届こうかという、かなりのスローテンポ。
私はどのテンポでも聴き慣れているので、テンポの緩急自体は全然気にならなくて、逆にこれだけテンポが違うと音楽の作り方も随分変わるので、それが聴けるのが面白いところ。

この第3楽章は、アラウの旧録音のなかでも響きの多彩さと美しさ、それに描写的な語り口が特に印象的。
初めて聴いた時は、アラウはこういう風にも弾けるのだと、かなりびっくり。
初めは嵐のイメージを持って聴いていたので、雨音の強さの変化や馬のひづめの音とかが聴こえてくるようで、まるで長い絵巻ものを見ているように、次々とシーンが移り変わっていくように思える。
”嵐”から離れて聴き直してみると、アラウの言う通り「内なるざわめきと不安の感情」がいろいろな形で表現されているように聴こえてくる。
アラウは若い頃に精神分析医にかかったこともあるし(アラウ15歳の時、師クラウゼが亡くなり精神的に不安定になった時に出会ったこの精神分析医も、クラウゼのようにアラウの父親がわりのような存在だったという)、精神分析に関するエッセイも書いていたというから、それが演奏解釈にも現れているのかもしれない。

アラウのテンペストは、音がよくコントロールされて響きが多彩。
明瞭に打鍵するのでコツコツしたタッチではあるけれど、流れ自体はスムーズで、スローテンポのわりに結構リズム感もある。
弱音のレンジが広く表現が繊細で、心のなかの呟きや怖れ、ペダリングでアルペジオを重ねると増幅された不安感、スフォルツァンドは焦燥感...といろいろな想像が湧いてくる。
全体的に弱音が支配的で静寂さと透明感を感じさせるけれど、その分sf がよく効いて、起伏が細かくニュアンス豊か。
とてもゆったりしたテンポで、ディナーミクの細かな変化、タッチを変えながらペダリングも使って、フレーズごとの表現に合わせた響きに変えていく。
響きに透明感があり、多彩な響きは絵画のような描写力があって、フレーズ(場面)ごとに響きが変化していくところを注意して聴いていると本当に面白い。

アラウの音質は太めで伸びやかで、一音一音しっかり打鍵してクリアに聴こえるせいか、旋律を通して人が語っているかのように感じることも多い。
展開部の初めのほうで、左手と右手がそれぞれ交代して主旋律を弾く部分があって、ここは心の中で2つの相反する部分が綱引きをしているような掛け合いに聴こえてくる。

音の使い方が印象に残ったところはいろいろあるので、楽譜を見ながら聴くと
87~90小節では、響きをわざと重ねて少しネットリしてちょっと妖艶。
次の95小節からは、弱音のなかで左手の持続音がオスティナート的に響いて瞑想的。
173小節からは弱音が続き、時々入るスタッカートのsfは、それほど強くはないけれど、弱音のなかから、一瞬浮かび上がってくる。これは不安感?
全体的にアクセントのついた音と持続音の響きがとても印象に残る。

流麗というよりも、1音1音が聴きとれるくらいにゴツゴツとした感触があるけれど、スピード感のあるテンペストの演奏とは違った味わい。これは、同じくスローテンポのワルトシュタインでも感じたこと。
アラウが弾くこの2曲を聴くと、テンポ設定で、曲のイメージと表現がこれだけ変わるというのが実感できる。

これは旧盤の録音を聴いた時に書いたので、1987年録音の新盤になるとまた雰囲気が違っている。
デジタル録音の新盤はさすがに伸びやかな響きが綺麗。特にアルペジオや弱音の澄んだ響きが美しく、第3楽章展開部冒頭の弱音はとても哀しげな音色で、全体的にその哀しげなトーンが底流に流れているような感じもする。
音の粒が揃っていなかったり、音量のコントロールが不安定だったりするのが多少気になるのと、旧盤の方が人の内面の動きを表現しているように感じられるので、テンペストを聴くのは主に旧盤の方。

tag : ベートーヴェン アラウ

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しんみり聴きました♪
時間があるとショパンコンクールなどを聴いてしまっている私ですが、面白いと思う反面、ちょっと食傷気味にも・・・。
才能はあっても、ある意味未熟な演奏でもあるからでしょうか?何人か面白いピアニストの発見もありますが・・・。

いま、Yoshimiさんのブログを読みながらアラウの演奏を聴いていたら、涙が出そうになってしまいました。
少し朴訥とした演奏の底辺にある、深い感情・・・。

いつも素晴らしい演奏を教えてくださって、ありがとう❤
アラウのテンペストは奥が深いです
マダムコミキ様、こんにちは。

コンクールは玉石混交というところがありますし、ひたすら音楽を追求する場...というわけでもないですから、感動できる演奏に出会うのはなかなか難しいですね。
といっても、プロのピアニストの演奏でも好不調の波がありますから、できるだけ多くの演奏を聴くしかないように思います。

アラウのテンペスト、含蓄があるというのか奥深いものがあって、とっても良いですよね。
”内なるざわめきと不安の感情”という解釈が、しっかり演奏で表現されているところが凄いです。
アラウのベートーヴェンのソナタの録音では、後期ソナタ以外だと、このテンペストとワルトシュタインが一番良いのではないかと思います。
No title
>響きに透明感があり、多彩な響きは絵画のような描写力があって、フレーズ(場面)ごとに響きが変化してい
>くところを注意して聴いていると本当に面白い。

私がアラウの演奏を聴いて感じるところが、yoshimiさんのこの表現に凝縮されているように思います。
ショパン然り、ドビュッシーもまた然り!
素人が生意気なことを書いてすみません。

アラウの演奏の面白さとは
さすらい人様、こんにちは。

アラウの演奏は視覚喚起力があるというか、音の中や背後にあるものを想像させるところがありますね。
おっしゃるとおり、ベートーヴェンに限らず、ドビュッシーやショパンでもそう感じます。

アラウの伝記を読んでいると、ショパンでもドビュッシーでも、音の美しさなどの外形的なところではなく、その奥にある感情的なものを表現しようと考えていたようです。
それがきっちと演奏に現われてくるところが、アラウの凄いところですね。
80年前後に録音したドビュッシーの場合は、響きに透明感がなくてもやもやしたところはありますが、それがかえって音楽の中に有機的なものを感じさせるように思います。

私も専門家でもない普通のリスナーなので、書いていることが的確かどうかはわかりませんが、音楽を聴くときは世評よりも自分の感じたことが一番大事なように思います。
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Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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