アラウ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第21番”ワルトシュタイン”
2010-07-09(Fri)
アラウの旧盤のなかでも、後期ソナタ3曲を別とすれば、第17番”テンペスト”と同じくらいに素晴らしくて好きな演奏が、この第21番”ワルトシュタイン”。
ワルトシュタインは中学生の頃にレッスンで弾いていた曲。単純な音型で展開していくのでどうも面白くない曲だな~と思いながら、あまり気乗りせずに練習していたのは良く覚えている。
自分の下手なピアノでこの曲を聴いていただけだったので、面白くも思えなかったのも無理ないかと...。
その後、アラウのワルトシュタインの新盤がリリースされたときに聴いてみて、やっとこの曲の良さがわかりました。今になって、全楽章弾きなおしてみると、これは弾くのも聴くのも両方とも楽しくて、なんでこんなに昔とは違うんだろう...。
ポリーニやグルダの猛スピードバージョンや、ゼルキンの骨っぽい男性的なライブ録音とかいろいろ聴いてきた結果は、やっぱりアラウのワルトシュタインが一番好きな演奏。
一番最初に聴いたからというのではなく、組み立て方のユニークさと歌心のあるところに魅かれるので。
ワルトシュタインは、どういうテンポで弾くのかで、かなり曲のイメージが変わる。
第1楽章は、最速記録競争でもやっているのかと思えるほどに、速いテンポで弾く演奏が多い。
-グルダ9'26"、ポリーニ9'58"、ゼルキン(ライブ)10'35"、ポミエ10'37"、ケンプ10'55"
ギレリス11'07",ブレンデル11'20"、アラウ11'45"。やっぱりアラウは遅い。
巷の録音の中で一番速いのではないかと思えるのが、グルダ。あまりに速すぎて、私にはコミカルでベートーヴェンのパロディのように聴こえる。グルダ自身も、”ある一線を超えて”速すぎたテンポだったと録音しなおすことも考えたくらいに速い。(それなら録り直して欲しかったと思うけど)
ポリーニの1988年の録音が速さの限界のような...。凄く速いけれど、タッチも拍子も何も全く崩れることなく堅牢。若い頃のポリーニはやはり凄い。
ゼルキンのライブ録音は気合が入りすぎたせいか、ちょっと速い。でもさすがに叙情感もこもっていて、端正なゼルキンらしい。
ほど良いテンポ感があるのはケンプ・ギレリス・ブレンデルあたり。アラウもブレンデルと比べて演奏時間としてはそれほど長くはないけれど、出だしがスローで途中でテンポを速めたりしているので、冒頭はかなり遅く感じる。
第1楽章 Allegro con brio
アラウはそもそもテンポが遅いので有名。(でも、若い頃は速すぎると言われたこともあるくらいに、かなり速かった)
旧盤のピアノ・ソナタ全集は、晩年に録音した新盤よりは、全体的にテンポはほんの少しだけ速め。聴いている分には、ほとんど同じくらいの速さに感じる。
それでもやっぱりスローなテンポだと感じるのが、テンペストとこのワルトシュタイン。
普通は、冒頭から軽快なテンポと汽車が疾走するように規則的なリズム感で、多少の緩急の変化をつけながらも、一気に駆け抜けるような演奏が多い。
アラウの場合はちょっと雰囲気が違って、冒頭がかなりスローで、途中は緩急の変化が大きい。
それに、どうも音質がもう一つ良くなくて、高音域が遠くの方から聴こえてくるし、ちょっとぼやっと篭もりぎみ。これが幸いしてか(?)、弱音で弾く冒頭は霞がかかったようにぼや~とした雰囲気で、まるで夜明けの前の薄明のよう。
装飾音は普通の音符のような長さでトロ~ンと弾くのがアラウらしい弾き方。
柔らかいタッチと丸みのあるソフトな響きに、このちょっと甘~い感じの装飾音の響きも加わって、主題部はしなやかで女性的な優美さを感じる。
徐々にクレッシェンドしてフォルテになると、霧が消えて晴れ渡ったように輝くような音色と力強いタッチがドラマティック。
23小節以降、両手のアルペジオがpからf へと変わるところは、とても力強く勇壮な感じがして、靄のかかったような主題部とのコントラストがとっても鮮やか。
第2主題dolceに入ると、テンポと強弱の変化を細かくつけ、特に弱音の表現が繊細。とても優しげな情感がこもっていて、ここはとても好きな弾き方。(新盤は表現としてはもっとさらっとしている)
第2主題から抜け出て、アルペジオに入ってからは、明瞭なタッチに変わって引き締まった表情に。
主題、第2主題、展開部が何度か移り変わっていくけれど、それに合わせてそれぞれ弾き方を変えていくので、単調さも緩みもなくて、メリハリがよくついている。
ゆったりとしたテンポなので、細やかな強弱の変化に加え、緩急の変化も明瞭につけていけるので、旋律の表情がとても豊か。
メカニカルに単純な音型がオスティナートされるパターンが続いても、旋律を良く歌わせているし、場面によって表情がいろいろ変わっていく。まるでカラフルな絵巻物を見ているよう。
タッチと音の切れも良くリズミカルなので、遅いテンポでも生き生きとした躍動感があって、とても魅力的。
このアラウ独特の構成と弾き方に慣れてしまうと、スピード感のあるワルトシュタインが筋肉質的で単調な演奏に聴こえて困ってしまう。
第2楽章 Introduzione. Adagio molto - attacca - Rondo. Allegretto moderato
序奏はかなりゆっくり。といっても4分台で弾く人が多いので、ごく普通のスローテンポ。
やや暗めの弱音で一音一音丁寧に弾いていくので、静かで物思いにふけるような雰囲気。
ロンドは、第1楽章と同じく、冒頭の主題部分は微かな弱音で、ペダルのかかった左手のアルペジオはぼんやりとした柔らかい響き。
ここも夜明け前の薄明のような霞でベールがかかったような雰囲気で、とても好きな弾き方。
79小節のトリルが始まると徐々にタッチが明瞭になって、フォルテになると力強く輝くように明るく変わっていく。
これは主題が再現されるときも同じ弾き方で、常に主題と展開部とのコントラストは常に明確。
テンポがゆったりしているので、普通ならメカニカルに弾き飛ばされていく(ように聴こえる)16分音符や三連符のパッセージも明瞭に聴こえて、歌うような旋律の流れがとても表情豊か。
267小節以降、ヘミオラを交えて四分音符の和音や単音を左右交互に弾いていくところは、テンポが遅いせいか、着実に一歩一歩踏みしめて前進していく感じがして、ここも好きな部分。
続いて、279小節からは、やや変則的なアルペジオ。ここは柔らかいアラウのタッチがとても幻想的な響き。
最後に主題が再現される直前までは、20小節くらいペダルを踏み続けるので、ppの柔らかい響きはまるでふんわりした羽毛に包まれているよう。主題がfで登場すると、輝くような明るさが戻ってきて、このコントラストは爽快。
コーダは、さすがにアラウでもかなり速い。オクターブのスケールはグリッサンドで弾いている。
ここは弾き方がいくつかあったはず。両手に振り分けてユニゾンのパッセージとして弾く人もあったと思うけど(誰だったか覚えていない)。バックハウス(モノラル録音)はテンポを少し落として、オクターブのスケールとして弾いている。
アラウはグリッサンドでしか弾かない。
ずっと昔、リサイタルでワルトシュタインを弾く予定だったけれど、ホールに行ってピアノを確認してみると、グリッサンドには向かないピアノだったので(どんなピアノだったんだろう?)、ワルトシュタインをプログラムから外したという話も残っているくらい。
コーダは、主題が次々と変形していくところが面白い。
特に両手の反行形にはユーモアを、続いて現れる左手の符点的(とでもいうのだろうか)リズム感は飛び跳ねるような躍動感を感じるので、とても好きなパッセージ。
終盤はトリルが通奏低音のように流れるところ。右手でトリルしながら同時に別の音を弾くので、手がかなり大きくないと弾きにくい。(ベートーヴェンの曲には、このトリル&旋律を片手で同時に弾くフレーズがちょこちょこ出てくる)
アラウはそれほど手は大きくなかったそうなので、ライブ映像を見るとどういう風に弾いていたか良くわかる。
アラウのワルトシュタインは、パッセージによって響きの種類を変化させながら、緩急・強弱のコントラストを加えて組み立てている(と思う)ので、和声の響きが多彩でとても美しい曲に聴こえる。
メカニカルに疾走するタイプの演奏とは違って、スピード感のような感覚的な刺激はないけれど、旋律の表情や流れを追っていると、長~い絵巻ものを見ている(聴いている)ような美しさを感じる。
アラウのベートーヴェンには構成力があると言われるけれど、ワルトシュタイン(とテンペスト)を聴くとそれが実感できる。
なぜか古きよき時代的なゆったりとした時間の流れと、調和のとれたオーガニック(有機的)な世界にいるような気がして、ちょっとしたノスタルジックな気分になってしまう。
新盤と比べると、旧盤のワルトシュタインは、第1楽章の主題と第2楽章ロンドの主題が、霞がかった音と雰囲気があるのがよくわかる。ここはとても好きな弾き方。
それに、残響が短くピアノの音がコロコロして一音一音はっきり聴こえて、細かい表現まで聴き取りやすいのも良いところ。それなのに、高音の音質がもう一つで、特に弱めの弱音だと聴きづらいことがあるのがとても残念。
そこを除けば、旧盤はタッチと音の切れが良く、緩急・強弱のコントラストも鮮やかで、リズム感と推進力もあるので、弾き方自体は旧盤の方が好みにぴったり合っている。
新盤のワルトシュタインも演奏解釈は基本的には変わっていない。
パッセージによっては打鍵の微妙なコントロールがやや緩いようで、旧盤よりもダイナミックレンジが幾分狭くなり、起伏や力感が若干緩やか。
でも、1984年録音なので、新盤のなかでも技巧的に気になるところは少ない録音。やや長めの残響で煌くような輝きのある音が綺麗で聴きやすい。
旧盤に比べると、第1楽章冒頭からわりと明るい音色と明瞭な響きで、かなり夜が明けてしまった雰囲気。一方、第2楽章のロンドは、冒頭主題はかなり柔らかくぼわ~とした響きでこれはとっても良い感じ。
残響が長く響きの美しい音に加えて、緩やかで流麗な流れがとても優美で、しっとりした叙情感を感じさせるところが新盤の魅力的なところ。
新盤、旧盤とも、それぞれの持ち味が出ていてどちらも好きなので、こうなるとどちらを聴くべきかとても悩ましい。結局、片方を聞くと、もう一方も聴きたくなってしまって、いつも両方を連続して聴くことに。
CDの他に、80歳記念リサイタルで弾いたワルトシュタインのライブ映像がDVDで出ていた(すでに廃盤)。
新盤より1年くらい前のリサイタルなので、打鍵のコントロールがしっかりした音がするし、音響的にも自然な感じで、ついでにアラウも弾いている姿も見れるというので、これは良く聴いて(見て)いる。
アラウ80歳記念リサイタル/ワルトシュタイン
後半部分はこちら(Youtube)
旧録音のピアノ・ソナタ全集とピアノ協奏曲全集(1964年ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管)、ディアベリ変奏曲(1985年)、変奏曲数曲などを収録したBOX全集(1998年リリース、廃盤)。
同じく廃盤になっているけれど、ピアノ・ソナタだけを収録したBOXセット(2002年リリースのイタリア盤)もある。
新盤のBOX全集(廃盤)。再録できなかった月光ソナタとハンマークラヴィーアは旧録音の音源。アンダンテ・フィヴォリと自作主題による変奏曲も収録。ボーナスCDは1953年のディアベリ変奏曲。(ディアベリは1985年に再録している)
※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
ワルトシュタインは中学生の頃にレッスンで弾いていた曲。単純な音型で展開していくのでどうも面白くない曲だな~と思いながら、あまり気乗りせずに練習していたのは良く覚えている。
自分の下手なピアノでこの曲を聴いていただけだったので、面白くも思えなかったのも無理ないかと...。
その後、アラウのワルトシュタインの新盤がリリースされたときに聴いてみて、やっとこの曲の良さがわかりました。今になって、全楽章弾きなおしてみると、これは弾くのも聴くのも両方とも楽しくて、なんでこんなに昔とは違うんだろう...。
ポリーニやグルダの猛スピードバージョンや、ゼルキンの骨っぽい男性的なライブ録音とかいろいろ聴いてきた結果は、やっぱりアラウのワルトシュタインが一番好きな演奏。
一番最初に聴いたからというのではなく、組み立て方のユニークさと歌心のあるところに魅かれるので。
ワルトシュタインは、どういうテンポで弾くのかで、かなり曲のイメージが変わる。
第1楽章は、最速記録競争でもやっているのかと思えるほどに、速いテンポで弾く演奏が多い。
-グルダ9'26"、ポリーニ9'58"、ゼルキン(ライブ)10'35"、ポミエ10'37"、ケンプ10'55"
ギレリス11'07",ブレンデル11'20"、アラウ11'45"。やっぱりアラウは遅い。
巷の録音の中で一番速いのではないかと思えるのが、グルダ。あまりに速すぎて、私にはコミカルでベートーヴェンのパロディのように聴こえる。グルダ自身も、”ある一線を超えて”速すぎたテンポだったと録音しなおすことも考えたくらいに速い。(それなら録り直して欲しかったと思うけど)
ポリーニの1988年の録音が速さの限界のような...。凄く速いけれど、タッチも拍子も何も全く崩れることなく堅牢。若い頃のポリーニはやはり凄い。
ゼルキンのライブ録音は気合が入りすぎたせいか、ちょっと速い。でもさすがに叙情感もこもっていて、端正なゼルキンらしい。
ほど良いテンポ感があるのはケンプ・ギレリス・ブレンデルあたり。アラウもブレンデルと比べて演奏時間としてはそれほど長くはないけれど、出だしがスローで途中でテンポを速めたりしているので、冒頭はかなり遅く感じる。
第1楽章 Allegro con brio
アラウはそもそもテンポが遅いので有名。(でも、若い頃は速すぎると言われたこともあるくらいに、かなり速かった)
旧盤のピアノ・ソナタ全集は、晩年に録音した新盤よりは、全体的にテンポはほんの少しだけ速め。聴いている分には、ほとんど同じくらいの速さに感じる。
それでもやっぱりスローなテンポだと感じるのが、テンペストとこのワルトシュタイン。
普通は、冒頭から軽快なテンポと汽車が疾走するように規則的なリズム感で、多少の緩急の変化をつけながらも、一気に駆け抜けるような演奏が多い。
アラウの場合はちょっと雰囲気が違って、冒頭がかなりスローで、途中は緩急の変化が大きい。
それに、どうも音質がもう一つ良くなくて、高音域が遠くの方から聴こえてくるし、ちょっとぼやっと篭もりぎみ。これが幸いしてか(?)、弱音で弾く冒頭は霞がかかったようにぼや~とした雰囲気で、まるで夜明けの前の薄明のよう。
装飾音は普通の音符のような長さでトロ~ンと弾くのがアラウらしい弾き方。
柔らかいタッチと丸みのあるソフトな響きに、このちょっと甘~い感じの装飾音の響きも加わって、主題部はしなやかで女性的な優美さを感じる。
徐々にクレッシェンドしてフォルテになると、霧が消えて晴れ渡ったように輝くような音色と力強いタッチがドラマティック。
23小節以降、両手のアルペジオがpからf へと変わるところは、とても力強く勇壮な感じがして、靄のかかったような主題部とのコントラストがとっても鮮やか。
第2主題dolceに入ると、テンポと強弱の変化を細かくつけ、特に弱音の表現が繊細。とても優しげな情感がこもっていて、ここはとても好きな弾き方。(新盤は表現としてはもっとさらっとしている)
第2主題から抜け出て、アルペジオに入ってからは、明瞭なタッチに変わって引き締まった表情に。
主題、第2主題、展開部が何度か移り変わっていくけれど、それに合わせてそれぞれ弾き方を変えていくので、単調さも緩みもなくて、メリハリがよくついている。
ゆったりとしたテンポなので、細やかな強弱の変化に加え、緩急の変化も明瞭につけていけるので、旋律の表情がとても豊か。
メカニカルに単純な音型がオスティナートされるパターンが続いても、旋律を良く歌わせているし、場面によって表情がいろいろ変わっていく。まるでカラフルな絵巻物を見ているよう。
タッチと音の切れも良くリズミカルなので、遅いテンポでも生き生きとした躍動感があって、とても魅力的。
このアラウ独特の構成と弾き方に慣れてしまうと、スピード感のあるワルトシュタインが筋肉質的で単調な演奏に聴こえて困ってしまう。
第2楽章 Introduzione. Adagio molto - attacca - Rondo. Allegretto moderato
序奏はかなりゆっくり。といっても4分台で弾く人が多いので、ごく普通のスローテンポ。
やや暗めの弱音で一音一音丁寧に弾いていくので、静かで物思いにふけるような雰囲気。
ロンドは、第1楽章と同じく、冒頭の主題部分は微かな弱音で、ペダルのかかった左手のアルペジオはぼんやりとした柔らかい響き。
ここも夜明け前の薄明のような霞でベールがかかったような雰囲気で、とても好きな弾き方。
79小節のトリルが始まると徐々にタッチが明瞭になって、フォルテになると力強く輝くように明るく変わっていく。
これは主題が再現されるときも同じ弾き方で、常に主題と展開部とのコントラストは常に明確。
テンポがゆったりしているので、普通ならメカニカルに弾き飛ばされていく(ように聴こえる)16分音符や三連符のパッセージも明瞭に聴こえて、歌うような旋律の流れがとても表情豊か。
267小節以降、ヘミオラを交えて四分音符の和音や単音を左右交互に弾いていくところは、テンポが遅いせいか、着実に一歩一歩踏みしめて前進していく感じがして、ここも好きな部分。
続いて、279小節からは、やや変則的なアルペジオ。ここは柔らかいアラウのタッチがとても幻想的な響き。
最後に主題が再現される直前までは、20小節くらいペダルを踏み続けるので、ppの柔らかい響きはまるでふんわりした羽毛に包まれているよう。主題がfで登場すると、輝くような明るさが戻ってきて、このコントラストは爽快。
コーダは、さすがにアラウでもかなり速い。オクターブのスケールはグリッサンドで弾いている。
ここは弾き方がいくつかあったはず。両手に振り分けてユニゾンのパッセージとして弾く人もあったと思うけど(誰だったか覚えていない)。バックハウス(モノラル録音)はテンポを少し落として、オクターブのスケールとして弾いている。
アラウはグリッサンドでしか弾かない。
ずっと昔、リサイタルでワルトシュタインを弾く予定だったけれど、ホールに行ってピアノを確認してみると、グリッサンドには向かないピアノだったので(どんなピアノだったんだろう?)、ワルトシュタインをプログラムから外したという話も残っているくらい。
コーダは、主題が次々と変形していくところが面白い。
特に両手の反行形にはユーモアを、続いて現れる左手の符点的(とでもいうのだろうか)リズム感は飛び跳ねるような躍動感を感じるので、とても好きなパッセージ。
終盤はトリルが通奏低音のように流れるところ。右手でトリルしながら同時に別の音を弾くので、手がかなり大きくないと弾きにくい。(ベートーヴェンの曲には、このトリル&旋律を片手で同時に弾くフレーズがちょこちょこ出てくる)
アラウはそれほど手は大きくなかったそうなので、ライブ映像を見るとどういう風に弾いていたか良くわかる。
アラウのワルトシュタインは、パッセージによって響きの種類を変化させながら、緩急・強弱のコントラストを加えて組み立てている(と思う)ので、和声の響きが多彩でとても美しい曲に聴こえる。
メカニカルに疾走するタイプの演奏とは違って、スピード感のような感覚的な刺激はないけれど、旋律の表情や流れを追っていると、長~い絵巻ものを見ている(聴いている)ような美しさを感じる。
アラウのベートーヴェンには構成力があると言われるけれど、ワルトシュタイン(とテンペスト)を聴くとそれが実感できる。
なぜか古きよき時代的なゆったりとした時間の流れと、調和のとれたオーガニック(有機的)な世界にいるような気がして、ちょっとしたノスタルジックな気分になってしまう。
新盤と比べると、旧盤のワルトシュタインは、第1楽章の主題と第2楽章ロンドの主題が、霞がかった音と雰囲気があるのがよくわかる。ここはとても好きな弾き方。
それに、残響が短くピアノの音がコロコロして一音一音はっきり聴こえて、細かい表現まで聴き取りやすいのも良いところ。それなのに、高音の音質がもう一つで、特に弱めの弱音だと聴きづらいことがあるのがとても残念。
そこを除けば、旧盤はタッチと音の切れが良く、緩急・強弱のコントラストも鮮やかで、リズム感と推進力もあるので、弾き方自体は旧盤の方が好みにぴったり合っている。
新盤のワルトシュタインも演奏解釈は基本的には変わっていない。
パッセージによっては打鍵の微妙なコントロールがやや緩いようで、旧盤よりもダイナミックレンジが幾分狭くなり、起伏や力感が若干緩やか。
でも、1984年録音なので、新盤のなかでも技巧的に気になるところは少ない録音。やや長めの残響で煌くような輝きのある音が綺麗で聴きやすい。
旧盤に比べると、第1楽章冒頭からわりと明るい音色と明瞭な響きで、かなり夜が明けてしまった雰囲気。一方、第2楽章のロンドは、冒頭主題はかなり柔らかくぼわ~とした響きでこれはとっても良い感じ。
残響が長く響きの美しい音に加えて、緩やかで流麗な流れがとても優美で、しっとりした叙情感を感じさせるところが新盤の魅力的なところ。
新盤、旧盤とも、それぞれの持ち味が出ていてどちらも好きなので、こうなるとどちらを聴くべきかとても悩ましい。結局、片方を聞くと、もう一方も聴きたくなってしまって、いつも両方を連続して聴くことに。
CDの他に、80歳記念リサイタルで弾いたワルトシュタインのライブ映像がDVDで出ていた(すでに廃盤)。
新盤より1年くらい前のリサイタルなので、打鍵のコントロールがしっかりした音がするし、音響的にも自然な感じで、ついでにアラウも弾いている姿も見れるというので、これは良く聴いて(見て)いる。
アラウ80歳記念リサイタル/ワルトシュタイン

旧録音のピアノ・ソナタ全集とピアノ協奏曲全集(1964年ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管)、ディアベリ変奏曲(1985年)、変奏曲数曲などを収録したBOX全集(1998年リリース、廃盤)。
同じく廃盤になっているけれど、ピアノ・ソナタだけを収録したBOXセット(2002年リリースのイタリア盤)もある。
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新盤のBOX全集(廃盤)。再録できなかった月光ソナタとハンマークラヴィーアは旧録音の音源。アンダンテ・フィヴォリと自作主題による変奏曲も収録。ボーナスCDは1953年のディアベリ変奏曲。(ディアベリは1985年に再録している)
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