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アラウ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番”悲愴”
ベートーヴェンの悲愴ソナタは、ピアノのレッスンで弾くときの定番の一つ。
中学生の頃にレッスンでしっかり練習した曲なので、それからン十年の長いブランクがあっても、少し練習したらスラスラと弾ける。やっぱり子供の頃に覚えたことは忘れないものです。

悲愴ソナタは昔からアラウの録音で聴くことが多い。ベートーヴェンのソナタは、他の曲でもアラウの演奏で聴くのが好きなので、なぜかと考えてみたら、自分で弾くときにイメージするベートーヴェンのソナタの演奏にとても近いから、というのに気がついた。
フレージングやリズム、ディナーミクに歌いまわし、全体的な音楽の流れが、ほとんど違和感なくしっくりと入ってくる。
他のピアニストの演奏だと、聴くのは好きでもああいう風に弾きたいなあと思うことがないのに(思っても多分弾けないけど)、アラウのべートーヴェンはそういうことを考えずとも自然と記憶に残っていて、無意識に似たような弾き方をしているような...。

アラウの悲愴ソナタは新旧2つの録音が残っていて、これを両方聴くと65年の旧盤と87年の新盤では解釈がちょっと違う。
旧盤は、テンポの速さ、打鍵の正確さ、音の切れの良さ、音量のコントロール、etc.といったテクニカルな面は安定しているので、安心して聴ける。
低音は太めの芯のある音質なので重みと安定感があって、テンポも速いので、力強く推進力もある。
全体的にタッチは丁寧で、左手伴奏側の持続音の響かせ方も上手く、ほど良い音量で旋律としての流れがよくわかる。フレーズ内での強弱・音量変化を丁寧に処理しているので、わりと細かに表情が変化する。
ゼルキン、グルダ、ポリーニ、ギレリスの録音もついでに聴いていたので、アラウは思ったより重厚・大柄なスタイルではなくて、ややスローテンポでは低音は重みがあるけれど、タッチは丁寧で起伏のつけ方も細やか。特に弱音の使い方や響きの繊細さはとても印象的。

新盤は、音の美しさが素晴らしく、晩年のアラウ特有の透明感のある響きとしっとりした叙情感がとても魅力的。テンポがスローなので、旋律もよく歌わせている。
83歳で録音したのでテクニカルにはいろいろ気になることは当然多くなり、急速・緩徐部分とも打鍵のコントロールが緩くて安定性に欠けるし、タッチの切れの良さや力感が不足気味。
そういうところが気にならなければ、美音と深みのある叙情性がとても美しく深みもあってどこか魅かれるものがある。(逆に気になってしまうと、聴き通すのにかなり苦労する)


第1楽章 Grave-Allegro di molto e con brio
旧盤の序章は、テンポもかなり遅く和音の響きも厚みがあって、重厚。沈み込むような弱音が入っていて、内省的でやや鬱々とした感じがする。
主題部に入ると、正確なリズムでテンポも速く、太めの音質としっかりとした打鍵で低音部に重みがあり、安定感も充分。それでいて軽快で推進力もあり、骨太で引き締まった感じ。
第2主題に入って、和音やオクターブ移動の伴奏をする左手低音部の持続音がオスティナートでよく響き、1拍目の旋律がつながって聴こえる。これがとてもリズミカルで気持ちよい。時々内声部の旋律なども聴こえてきて、各旋律がくっきり明瞭。

この第2主題は、直前の部分とは雰囲気を変えて、少しテンポを落として叙情感を強めて弾くことできるけれど(バックハウスやケンプ、ギレリスはそうしていた)、アラウはテンポは変わらず。弱音に落として軽やかに弾いていて、あまりしっとりと叙情感のあるタッチにはしていない。
低音部で右手側が弾く細かなパッセージがいくつかあって、この響きはとっても渋いバスでかなり好き。
リピートは、冒頭序章に戻ることはせず、楽譜どおりMolto Allegroの第1主題へ。

新盤だと、打鍵が浅い感じでシャープさや力強さが薄い。全体的に演奏が緩い感じがして、推進力やリズム感が不足ぎみ。急速楽章はまず技巧的な安定感が欲しいので、第1楽章は旧盤の方が良いと思う。

第2楽章 Adagio cantabile
優美なカンタービレでロマンティックに歌う楽章というイメージがあるのに、アラウの旧盤はちょっと違った雰囲気。(バックハウスはそれほどロマンティックではないけれど、やっぱり明るめの色調で晴れやか。)
音量をかなり抑えた弱音を多用して、やや暗めの音色で穏やかで内省的な感じが漂っている。

カンタービレといっても、外へ向かって大らかに歌うというより、心のなかで静かに歌が流れているような感覚。フレーズ末尾でさらに弱音にしてテンポも落とすので、物思いに沈んでいるような雰囲気もする。
主題が再び現れる終盤では、やや優美さや明るさが強くなってきて、最後はとても安らかに。
初めて聴いた時はかなり暗い感じがしたけれど、繰り返し聴いていると、この穏やかさもわりと良いかなと思い直したところ。

(追記)なぜ第2楽章がこんなに内省的な雰囲気がするのか不思議だったけれど、アラウが悲愴ソナタの第2楽章は”祈りにも似た緩徐楽章”と言っているインタビュー記事を見つけて、やっと理解できた。このカンタービレ楽章は単なる甘美なロマンティシズムを歌っているわけではないと、アラウは解釈したのでしょう。本当にアラウの解釈どおり、弱音の響きは甘美というよりは、心のなかへ沈潜していくかのように聴こえる。


反対に、新盤は透明感のある明るめの美音によるカンタービレが美しくて叙情的。
明るさの中にも、そこはかとなく哀しげなものを感じさせる響きがする。これは晩年のアラウの特徴の一つ。
緩徐楽章なので、多少テクニックが心もとなくてもそれほど気にはならない。
優美な叙情感があるので、どちらかといえば、好きなのは新盤の演奏の方かな。


第3楽章 Rondo:Allegro
アラウは、この第3楽章は何を表しているのか迷っていたが、それは”不安”だとわかった時に弾き方が決まった、とインタビューで語っていた。

旧盤は、Allegoの速いテンポで、丁寧な打鍵ながら音の切れも良い。
フォルテとスフォルツァンドも、騒々しくなく、ほどよい鋭さと強さ。強拍部分にアクセントをつけた音が入ったりして、弱音・緩徐部分とのコントラストが強く出ている。
かなり細かい起伏をつけているので微妙な明暗がつき、新盤と比べると、”不安感”というのか、胸騒ぎのような落ち着かなさや、感情の揺れ動きが強く出ている。

この楽章も左手バスの1拍目がよく響いて、旋律の上行・下行していく動きがよくわかる。
音価についてはかなりこだわっているのか、主題旋律のなかにスラー終端部でスタッカートのついた音符があって、これが長めでちょっとテヌート気味に聴こえる。ほかにも似たようなタッチで弾いているところがいくつかあるので、これがちょっと粘り気のあるタッチに聴こえる。
打鍵が丁寧で表情の変化も細かいので、太めの音質とも相まって、ちょっとコクのある第3楽章。

新盤はテンポが遅めで、起伏が緩やか。透明感のある弱音が美しく響き、不安感ではなくて哀感が流れているような感覚。しっとりとした叙情感がとても綺麗。
スローテンポなので、旋律がとても良く歌っている。これも晩年のアラウの特徴。

演奏自体は、全楽章通しで聴くなら、技巧的に安定し、細部まで丁寧な表現で楽章ごとの曲想の違いが明確に出ている旧盤の方が好み。
特に第1楽章の力強く重みのあるタッチで推進力があるところと、低音の渋い響きが、少し若い時の(といっても62歳だけど)のアラウらしくて素敵。
でも、新盤の優美な第2楽章と透き通った哀感と叙情感が美しい第3楽章も不思議な魅力があって、テクニカルにはいろいろ気になるところは多いけれど、なぜか心魅かれてしまう。

                             

旧録音の全集から、<悲愴>、<熱情>、<月光>の3曲を収録した分売盤。これは最近リリースされたので、入手可能。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ<悲愴>、<熱情>、<月光>ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ<悲愴>、<熱情>、<月光>
(2010/02/24)
クラウディオ・アラウ

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新盤のBOX全集(廃盤)。再録できなかった月光ソナタとハンマークラヴィーアは旧録音の音源。アンダンテ・フィヴォリと自作主題による変奏曲も収録。ボーナスCDは1952年のディアベリ変奏曲。(ディアベリは1985年に再録している)
Beethoven: Piano SonatasBeethoven: Piano Sonatas
(2006/06/27)
Claudio Arrau

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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