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アラウ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第31番
ベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタ3曲を初めて聴いたのは、全てアラウの新盤。第31番と第32番はとても感動したので、真夏の暑いさなか、すぐにピアノで弾く練習をしたくらい。
アラウの録音には旧盤と新盤の2種類があり、初めて入手したのが新盤だったせいで、以前はそちらばかり聴いていた。
異聴盤を集め始めると、ゼルキンの60年録音、アンデルジェフスキのライブ録音とか、気に入った演奏もいくつか。この曲と第32番の2つのソナタの演奏が好みにあうかどうかで、私の中のピアニストへの好感度が全く変わってしまう。
アラウの旧盤の方が新盤よりもテクニックがしっかりして演奏内容も良いらしいという話を聴いたので、早速手に入れて聴いてみると、これは全くにその通り。

旧盤は1965年のステレオ録音。残響が短く新盤のような音響的な魅力には欠けるけれど、アコースティックな柔らかさを感じさせる素朴な感じがする。1960年代の録音は聴き慣れているせいもあって、こういう音はわりと好き。
62歳の録音なので、技巧的な安定度は問題なく安心して聴けるし、音楽のつくり方もほとんど私のイメージどおり。この曲の録音では久しぶりに感動したほどに、歌が流れているようなアラウのピアノがとても素敵。

第1楽章 Moderato cantabile molto espressivo
冒頭から柔らかくて優しげな弱音がとても綺麗に響く。
この楽章の弾き方はいろいろあって、柔らかく軽い弱音で夢想的だったり、強弱のコントラストを強めにつけて叙情的だったり、ピアニストによって印象がいろいろ。
アラウは、穏やかな起伏とコロコロとしたタッチの弱音で弾いていて、さりげなく優しい雰囲気。丸みをおびた明るい音色なので、幸せで安定した世界に包まれているようで和やかな~気持ちになってくる。
アラウは長調の曲が良く似合う人だと思っているので、この第1楽章はアラウのピアノにぴったり。

第2楽章 Allegro molto
この楽章は、強弱のコントラストを強くつけて、対立や葛藤を強調したような演奏が多い。
旧盤も強弱のコントラストはきちんとつけているけれど、アラウはもともとsfを激しく強打することはないし、ややゆったり目のテンポで、打鍵は深く、きっちりとリズムを刻んで、がっちりとした安定感がある。
展開部では、スフォルツァンドの強さが強すぎもせず弱すぎもせず、ほどよい音量。ここをなぜか強打するピアニストが時々いて、突然キンキンと耳に突き刺さるので、あまり好きな弾き方ではないので。
全体的に、陰影や漠然とした不安感がやや薄い感じはする。

第3楽章 Adagio ma non troppo - Fuga (Allegro ma non troppo)
レチタティーヴォ~"嘆きの歌"
"嘆きの歌"は弱音主体で抑揚をそれほど大きくつけずに感情を抑制した感じで弾くタイプと、抑揚をつけて感情を表出するタイプと、だいたいこの2つの弾き方があり(と経験的に思う)、アラウは後者。
主題はわりと大きめので初めて、クレッシェンドとディミヌエンドの落差を大きくとることで抑揚を大きくつけながら、ルバートもかけて、旋律をよく歌わせている。この歌わせ方がとっても上手い。
弱音で抑えるところは抑えているので、ベタベタと情緒的な感じはせず、自然に湧き出るような情感が美しい。とても”アリオーソ”らしい歌が流れている。

"フーガ"
アラウは、戦前にはバッハの連続演奏会を行ったり、1942年にゴルトベルク変奏曲を録音したりと、フーガを弾くのは得意のはず。
フーガは終盤を除いて、主に3声。アラウのフーガは、色彩感をつけて旋律を浮き上がらせる弾き方ではないけれど(今はこういう弾き方が多い気がする)、フレージングや強弱のコントロールがしっかりしているので、声部ごとの旋律の流れはよくわかる。
ffsfをかなり強く強調する弾き方を良く聴くけれど、アラウは強音でもやたらに強打することはしないので、音量のバランスがよくて揺らぎが少ない。和声の響きも厚みがあって、かっちりと堅固な印象。
哀感が感情が流れ出すようなアリオーソと違って、調和的な世界に戻ったような穏やかさと安定感のあるフーガ。

再び"嘆きの歌"
冒頭は最初のアリオーソと同じように旋律をよく歌わせているけれど、後半になると弱い弱音が多くなって、生気がなくなっていくように、弱々しくなっていく。
最後は鐘の音のような和音(フィッシャーは”蘇る心臓の鼓動”と言っていたらしい)、それもレンガの壁のような厚さを感じさせる重厚な和音で終る。アラウの和音は本当に厚みのある荘重な響きがする。

”フーガの転回”~”フィナーレ”
二度目のフーガは、かすかな響きの弱音からクレッシェンドしていき明るい色調に。テンポは速めで、”嘆きの歌”の悲嘆から急速に回復していくように、かなり早くから明るく生気を帯びていく。
フィナーレ直前のメノ・アレグロの16音符のフレーズは、滑り落ちるような速さでまるで装飾音のようで、とってもリズミカル。それまでの部分と急に変わる雰囲気がさらに強調されている。ここはアラウ独特の弾き方。これは新盤でも変わっていない。

終結部は、膨らみのある低音の響きに支えられて、歌うように伸びやか。
初めに出てくる低音の8度重音は重みがあって力強い。結構速いテンポでも前のめりになることなく、リズムも安定して勢いもある。
右手が和音の旋律に変わると、力強いフォルテで輝くような明るさ。自信や喜びとかとてもポジティブな感情が歌になって流れていくよう。
一本調子になりがち部分なので、高音部の和音の旋律と左手のアルペジオの両方に起伏をつけて、表情に変化をもたせている。(ごちゃごちゃ団子状に聴こえがちな)低音のアルペジオは明瞭なタッチで、厚みのある響きも濁ることなく安定感は充分。
エンディングのアルペジオも重厚で力強い。低音部からペダルをかけて響きを重ねながら力強く上行していき、明るく堂々としたフィナーレ。

特に第3楽章の演奏が素晴らしく、この楽章だけ繰り返し聴くことがとても多い。何度聴いても、62歳のアウのピアノの揺らぎのない安定感と構成力には惚れ惚れしてしまう。


旧盤に続けて、アラウが84歳の時に録音した新盤の演奏を久しぶりに聴いてみると、スピーカーから聴くのと、ヘッドフォンで聴くのとでは、かなり印象が変わる。
AKGのヘッドフォンは高音が繊細に出るので、この高音の美しさは格別。打鍵のコントロールが充分きいていなせいか、浅く軽やかなタッチの透明感のある響きは、残響の長さと相まって、純粋さと明るさとそこはかとない哀感をおびて、天上の調べのように美しい。でも、ガラス細工のような脆さも感じる。
これがスピーカーの音だと、やや力感の弱い軽やかで透明感を感じるくらいの印象しかない。旧盤の録音は高音の繊細さの違いは多少あるけれど、どちらで聴いても演奏自体の印象は変わらない。

ヘッドフォンで聴くと、ゆっくりしたテンポと透明感のある響きで静かに弾く”嘆きの歌”の美しいこと!旧盤の情感のこもったアリオーソよりも、やや静かにポツポツとしたタッチで歌っているので、より痛切に聴こえてくる。
フーガも軽やかなタッチで、力強い調和的な世界を感じさせる旧盤よりも力感が薄い分、まるでコラールのような透明感。
フィナーレはちょっと不思議な明るさ。力不足のために線が細くて力感が弱いけれど、この軽やかで澄み切った響きで弾くフィナーレは、清々しい明るさがあるのにどこかしら哀しい感じもする。

スピーカーで聴いていると旧盤の演奏の方が良く思えるのに、ヘッドフォンで聴くと不思議な雰囲気の漂う新盤の演奏が素晴らしく、新盤・旧盤のどちらが良いとも、好きとも言えなくなってくる。
聴く方法によってこれだけ印象が変わるというのも、ちょっと困ってしまうけれど、結局、演奏解釈が大きく変わっているわけではないので、両方ともこの曲で一番よく聴く録音になるのは間違いない。
新盤と旧盤の両方を聴いてみると、20年以上の歳月の中で技巧的には多くのものが失われてしまったのがよくわかる。それでも、残された技術を使ってこれだけの音楽を生み出せるのだから、以前にも増してアラウのピアノに魅かれてしまう。

                              

旧録音のピアノ・ソナタ全集とピアノ協奏曲全集(1964年ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管)、ディアベリ変奏曲(1985年)、変奏曲数曲(1960年代後半)などを収録したBOX全集(1998年リリース、廃盤)。
同じく廃盤になっているけれど、ピアノ・ソナタだけを収録したBOXセット(2002年リリースのイタリア盤)もある。米国amazonではダウンロード販売もしている(日本からは購入不可)。
Complete Piano Sonatas & ConcertosComplete Piano Sonatas & Concertos
(1999/11/09)
Claudio Arrau

試聴する(米国amazon)


新盤のBOX全集(廃盤)。再録できなかった月光ソナタとハンマークラヴィーアは旧録音の音源。アンダンテ・フィヴォリと自作主題による変奏曲も収録。ボーナスCDは1952年のディアベリ変奏曲。
Beethoven: Piano SonatasBeethoven: Piano Sonatas
(2006/06/27)
Claudio Arrau

商品詳細を見る


                              

アラウは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集(ペータース版)を校訂していて、この校訂版の第31番ソナタに関するアナリーゼの記事■ベートーヴェン・ピアノソナタの、「名校訂版」から学ぶこと■が、作曲家の中村洋子さんのブログ<音楽の大福帳>に掲載されている。

このペータース版、アラウが割り当てた運指が特殊らしく、ちょっと見てみたい気がする。
<音楽の大福帳>には、バッハの平均律曲集やシューマンの”予言の鳥”とか、いろいろな作品のちょっとしたアナリーゼ記事が載っていて、これはとっても面白い。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集に関する楽譜の比較記事は、<楽譜の風景>の”楽譜の比較 ~ Beethoven ベートーベン”。楽譜を選ぶときの参考になりそう。

tag : ベートーヴェン アラウ

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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