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アラウ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第32番
この暑い最中になぜか聴きたくなってしまったベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ。
アラウのDVDのライブ映像を観てしまったのと、1年近く弾いていなかったのにまた練習し始めたので。

アラウのベートーヴェンのピアノ・ソナタの録音で多いのは、熱情、ワルトシュタインと第32番。
この第32番は、ピアノ・ソナタと名のつく曲のなかでも、第31番と並んで(たぶんそれ以上)好きな曲なので、興味を魅かれるピアニストがこの第32番を録音していれば、必ず聴いておく曲。

この第32番この曲を初めて聴いたのはアラウの新盤。
これにはかなり感動して、最後のソナタがかなり気に入ったので、それからいろんなピアニストの録音を聴いてきたけれど、この曲は最初から最後までぴったりとくる録音を見つけるのがなかなか難しい。

アラウの録音を別にすれば、結局一番好きなのは、(ほとんど誰も聴いたことがないと思う)カッチェンの68年録音。緩急・静動のコントラストを基調にして、特に第2楽章は弱音でゆったりと弾くところが印象的。この瞑想的な弱音と終盤の盛り上がりが素晴らしくて、これはアラウの録音と共にマイベスト。
それに、最近みつけたノルウェーの若手ピアニストのアスポースの最後のソナタも多彩な響きと叙情感がとても綺麗で、これはカッチェンの次に好みにぴったり。

このところ全然聴いていなかったアラウの新盤を旧盤と一緒にもう一度聴いてみると、昔聴いたはずの新盤の32番ソナタがとても不思議な世界に思える。
ゆったりとしたテンポで、起伏も穏やかで緩々とはしているけれど、透明感のある軽やかな響き、しっとりした叙情感、透き通ったような明るさと静けさで覆われていて、この晩年(82歳)のアラウでしか弾けない世界。

旧盤と新盤とでは、基本的な演奏解釈は大きくは変わっていないように思うけれど、年齢による打鍵時のタッチの違いが大きいので音の重み・力感、音色、響きがかなり違うし、強弱・緩急のコントラストや音楽の流れの違いもあって、演奏から受ける印象はかなり違う。

アラウは、1970年にも32番ソナタをフランス放送局レーベル(INA)向けに録音している。
これを聴くと、旧盤よりも全体的に緩急・静動のコントラストが強く、集中力と緊迫感に加えて、強い意志を感じさせる。
1970年というとまだアラウが67歳なので技巧的な衰えは見られないので、演奏自体は旧盤と同じく、というかそれ以上に力強さと自信を感じさせるほどに安定している。
INA盤は放送用録音なので、一種のライブ録音的なところがあるせいか、アラウの演奏には強い集中力とテンションの高さが感じられるし、タッチや表情もはっきりと映っているので演奏する姿を見てもそれがわかる。
第1楽章と第2楽章を通しで聴くなら、音質はスタジオ録音ほどに良くはないけれど緊迫感が強く臨場感もあるせいか、INA盤を聴くことが多くなってしまった。やっぱり演奏している姿を間近に見れるというのは嬉しい。

85年録音の新盤とではどう違うのかといわれると、82歳で録音した新盤は別世界のような音楽。
1970年までの録音はその当時のアラウの到達点だったとしても一つの通過点でもあったけれど、晩年の新盤の録音は最後の到達点。過去の録音を聴いたせいか、この世界の不思議さがわかってきたような気がする。


<旧盤とINA盤>
第1楽章 Maestoso - Allegro Con Brio Ed Appassionato
第1楽章の冒頭は、旧盤がやや緩い感じのリズムと打鍵なので、鋭さがもう一つ。70年INA盤ではずっと力強く重々しいタッチに変わっている。
全体的に、旧盤よりもINA盤の方が、強弱と緩急のコントラストが強く、場面が転換していく流れがスムース。特にクレッシェンド部分の急迫感が強い。確固とした強い意志が流れているような力強さが印象的。
やっぱり、ずっと若いカッチェンやアスポースの演奏とは違った緊張感と重厚さがあるのがアラウの貫禄。
第1楽章は、旧盤よりもINA盤の演奏の方がより曲想に合っていると思う。


第2楽章 Arietta(Adagio Molto Semlice E Cantabile)
線が太めの暖かみのある明るい音色で、全体的に陰影がやや薄い。
逆に、調和や安定、幸福感と穏やかな自信に満ちているとてもポジティブな雰囲気。聴いていてもとても幸せな気分になってくる。
演奏時間は19分半くらいで新盤とはあまり変わらないのに、旧盤の方が新盤よりは時間の流れが速い感じがするし、旋律が自然と歌いだすような穏やかな躍動感があって、明るい雰囲気。

旧盤とINA盤で大きな違いはないけれど、INA盤の方が起伏がやや大きくアクティブ。
特に終盤はsfがよく効いてクライマックス部分は明確にわかるように盛り上がっていくし、全体的にポジティブで揺らぎのない自信に満ちた感じ。

主題は、ゆったりとしたテンポでじっくりと静かに弾いているけれど、太めの響きと明るめ色調で、安らかな心情が伝わってくるように穏やかなトーン。

第1変奏はより明るくなり、旋律は伸びやかにゆったりと歌っている。
第2変奏はとても軽やかで、ここも歌うような旋律が明るく開放的な雰囲気。
第1・第2変奏の短調部分も、少し静かな弱音になるが、それほど陰影が濃くなくさらりとした表現。

第3変奏はとてもリズミカル。打鍵も一音一音明瞭で、線の太い音が力強く低音もよく響いて、左右の符点のリズム(なぜかこのリズムが緩めになっている演奏が時々聴くことがある)がどのテンポでもシャープでsfもよく効いている。
自信に満ちたように明るい輝きと躍動感があって、とても爽やか。

第4変奏以降もテンポ自体は上げずに、細かなパッセージまで丁寧に弾いているので、いろんな音がくっきりと浮かび上がり、まるでゆったりと歌っているように聴こえる。
高音部のオスティナートも強めの弱音でクリアな響きで明るめ。
98小節の中央右側の三連符は、左手をリタルダンドしsfのように強いアクセントをしているのはアラウ独特。これはどの録音でも同じ弾き方。

第5変奏は、テンポが細かく揺らして緩急の変化をつけ、波のうねりのようになだらかに感情の昂ぶりが寄せては退いていくようなイメージ。
旧盤は、sfの手前でリタルダンドしたり、変奏終盤はパッセージによってアッチェレランドしたり(かなり急加速気味)と、強弱の変化に合わせて、緩急の変化をかなり細かくつけている。流れがスムーズでない感じがするのと、小さなピークが連続してくるので、どこが最大のピークなのかがわかりにくい。
INA盤になると、あまり細かな起伏をつけずに大きな流れのなかで、sfとクレッシェンドを明瞭につけているので、盛り上がり方がスムーズでクライマックス部分も明確。

トリラーが続くフィナーレは、やや強めのしっかりした響きで音色も明るく、調和した幸福な世界にいるような安定感。
このトリルの強さはピアニストに違っていて、アラウ(とカッチェン)は右手と左手の旋律よりもトリルはやや弱め。
バックハウスやミケランジェリはトリルがかなり強めで、ちょっと私には耳に強く響き過ぎる。


<新盤>
第1楽章 Maestoso - Allegro Con Brio Ed Appassionato
全体的に力感が弱く、打鍵も浅めで軽やかなタッチ。音色は明るく、透明感のある響きが美しい。
テクニカルな問題から、高速で細かいパッセージ部分のフォルテが弱いし、強弱のコントラストもやや緩く、緩急の変化も強くないので、起伏が緩やかに感じる。
旧盤・INA盤のような、強い緊迫感はき拍で、軽くて透きとおった音質のせいか、どこかした突き抜けたような明るさを感じてしまう。

第2楽章 Arietta(Adagio Molto Semlice E Cantabile)
旧盤よりも線がやや細く透明感のある音が美しく、静けさとしっとりした叙情感がとても美しい第2楽章。
31番ソナタを聴いた時と同じように、やや軽いタッチの高音の透き通った響きと、ピュアな何かを感じさせる不思議な雰囲気が魅力的。
旧盤と同じくゆったりとしたテンポで起伏はさらにゆるやか。旧盤よりも表現はさっぱり。でもなぜか深い叙情感を感じてしまう。
透き通るように美しい響きの弱音は、達観したというか、余計な力が入っていない自然体のような感じ。
ポツポツとした軽めのタッチなので、旧盤よりも力感が弱いけれど、軽やかで澄んだ響きがとても美しい。

ゆったりとしたテンポの主題は、旧盤よりも静寂でやや内省的な雰囲気。
凪のような穏やかさで、静かに淡々と、心の中で呟くような雰囲気。
澄んだ明るさがあり、短調の旋律はさっぱりとした哀感がある。

あまりテンポを上げない第1変奏は、音色に暖かさがあって、静かで落ち着いた語り口だけれど、明るく爽やか。
第2変奏も、静かに口ずさむように歌っているけれど、どこか楽しそうに聴こえる。鐘がエコーするような音も聴こえてきて、柔らかい響きが心地よい感じ。

第3変奏は、テクニカルには厳しいものがあるけれど、旧盤よりもさらに軽やかなタッチで明るい。
澄み切った秋空に高く舞い上がってしまいそうなくらい。sfがとてもシャープ。
複数の声部がクリアに聴こえて一斉に歌っているような気もしてくる。
この突き抜けたような明るさと(異様なくらいの)軽やかさは一体何なのだろう。

第4変奏もテンポは変わらずゆったり。
響きには柔らかさがあるけれど、普通な篭もりがちな低音までわりとよく聴こえる。
特に高音の響きがとても美しく、左手のオスティナートの伴奏が入る部分は、静けさと明るさのある高音が澄み切って、幻想的なくらいに美しい。
終盤にでてくるアルペジオもクレッシェンドをつけて、ふんわりと柔らかい響きが大きな波のうねりのよう。

第5変奏はややテンポは上がるけれど、旧盤のような小刻みなテンポの伸縮はなく、多少ルパートをかけているところはあっても、テンポはかなり安定している。
変奏終盤のアッチェレランドも控えめな加速。この部分の弾き方は、悠々とした新盤の方が好きだしとても良い感じ。
フォルテの音量は大きくても力感が弱く聴こえるし、起伏もとても緩やかなせいか、旋律の流れがとても流麗で、じわじわと感情的な高まりが押し寄せてくるような感覚。
柔らかい響きには明るさと暖かさがあり、とてもポジティブな雰囲気。

フィナーレにも軽やかな明るさがあり、透明感のある高音の響きがとても綺麗。
全てが昇華されたような静けさと清らかさ、それに、安らぎに満ちたような暖かさのあるフィナーレ。

新盤は音自体に惹きつけるような力があり、静かに歌うような旋律と清々しい透明感が美しく、やや水気を含んだようなしっとりとした叙情感が流れていて、とても魅力的。
新盤の澄んだ響きと深みのある叙情に浸りながら聴いていると、とても心地良くて、心を落ち着かせるものがある。
これは晩年のアラウでしか生み出せなかった世界。聴けば聴くほどのこの世界に惹きこまれてしまう。

                                 

旧録音のピアノ・ソナタ全集とピアノ協奏曲全集(1964年ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管)、ディアベリ変奏曲(1985年)、変奏曲数曲などを収録したBOX全集(1998年リリース、廃盤)。
同じく廃盤になっているけれど、ピアノ・ソナタだけを収録したBOXセット(2002年リリースのイタリア盤)もある。
Complete Piano Sonatas & ConcertosComplete Piano Sonatas & Concertos
(1999/11/09)
Claudio Arrau

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ピアノ・ソナタ第32番は1970年の録音。フランス放送局用録音(INA)が音源。
カップリングのシューマンのピアノ協奏曲(1963年BBC放送用録音)も、どこか緩々して穏やかなスタジオ録音とは違って、テンションが高くロマンティシズムも濃厚。
《謝肉祭》も含めて、全編モノクロだけど、3曲約1時間半の充実した内容のDVD。それに、なぜかamazonで異常に安い価格で販売されていたので(今だけ?)、コストパフォーマンスがすこぶる良い。
アラウ &ソロモン (EMIクラシック・アーカイヴ) [DVD]アラウ&ソロモン (EMIクラシック・アーカイヴ) [DVD]
(2005/09/14)
クラウディオ・アラウ、ソロモン

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動画(Youtube)


新盤のBOX全集(廃盤)。再録できなかった月光ソナタとハンマークラヴィーアは旧録音の音源。アンダンテ・フィヴォリと自作主題による変奏曲も収録。ボーナスCDは1953年のディアベリ変奏曲。(ディアベリは1985年に再録している)
Beethoven: Piano SonatasBeethoven: Piano Sonatas
(2006/06/27)
Claudio Arrau

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tag : ベートーヴェン アラウ

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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