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ブレンデル『音楽のなかの言葉』 ~ ベートーヴェンの後期様式の特徴
ブレンデルの著書『音楽のなかの言葉』で、”ベートーヴェンの後期様式の特徴”という章が載っている。
ピアノ・ソナタ第28番~第32番に関する解説のようなもので、ハンマークラヴィーアを除いては好きな後期ソナタなので、簡単なメモを記録がわりに作成。(作品106については省略)

音楽のなかの言葉音楽のなかの言葉
(1992/03)
アルフレート ブレンデル

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日本語版はどうも絶版らしい。表紙の画像はハードカバーのものを使用。

●表現方法の総合と拡張
正反対のものが共存を強いられる。新たな複雑さが単純さと組み合わされる。明らかな誇張と明らかな無作為、唐突さと珍しくくつろいだ叙情性が並置される。
単純さ、原始性、通俗性、俗悪さといた要素が音楽の構造を損なうことなく散りばめられる。

●後期様式の複雑さ
細部に新たな繊細さと密度が加わった。ポリフォニックな声部の書法に新たな厳密さと洗練が加わった。
ワルトシュタイン、熱情、皇帝、大公での広がり。
作品101の終楽章にいたる緩徐な導入部。作品106のスケルツォ楽章は、細密画的な方向への傾斜。

新しいポリフォニーが最もホモフォニックな部分においてすら、声部の書法のなかに顔を出す。これはバロックの影響が強くなった第一の現われ。
低声部を旋律にかえ、フーガ形式の助けを借りながクライマックスに導く(ディアベリ)。
バロックの痕跡は、レチタティーヴォ、アリア、シャコンヌなど。
後期のポリフォニーは、音楽を一掃磨き上げ、過激で妥協を許さないものにした。
妥協を許さない特徴の一つは、二度音程の衝突に対する好み(基音と掛留音が同時になるような場合)。告別ソナタでは遠くなっていく角笛の響きが場所の遠ざかる様子を描写。
対斜の関係にある音を使う。
高音から低音まで離れた音域を使う:奥行きではなく、地下の深み、天空の高み、作品111の第4変奏。

シンコペーション、大胆な音程の飛躍、半音階的な和声進行。
完全終始は可能な限り避けるかベールにつつまれ、教会旋法が調性を神秘的に広げていく。
最後の3つのソナタの開放終止。

●作品101(第28番)
ソナタに根本的な変化。各楽章間に完璧なバランスが保たれていた、いまやあらゆるものが終楽章のクライマックに向かって導かれる。
先行楽章でばらばらな方向に引っ張られていた力を全て、終楽章が集約する、あるいは、作品111のように第一楽章と対立し、優位に置かれた第2楽章が第1楽章をしのぐようになる。
ロンド形式はこの強化作用に不向きなので使われなくなった。スケルツォは感情楽章の前で副次的に置かれる。ソナタ形式も風変わり。終楽章には厳密な対位法や緩やかな変奏を用紙。
作品101は激しい曲ではない、このなかで情熱をほとばしらせることは問題外。あらゆる喜び、あらゆる力と確信がきわめて冷静に告げられる。(...とブレンデルは書いているけれど、アラウの1963年シュヴェツィンゲン音楽祭のライブ録音を聴くと、第2楽章はその”問題外”と書かれているようなもの凄い勢いで情熱的に弾いているのを思い出して、とっても可笑しかった。)
短いアダージョは、ウナ・コルダで控えめに囁くように、しかし鋭い自問自答を行う。全体に極端なテンポは避けられている。

●作品109-111(第30番~第32番)
最後の3つのソナタは、終り方が新しい点で共通。作品109は内的な世界へ導き、作品110は自己犠牲の陶酔で終わり、作品111は沈黙のなかへと身をまかせる。

●作品109(第30番)
変奏の前に2つのソナタ形式の楽章。基本的に性格が異なる。
第1楽章:即興的で夢のよう、重力を持たない。低声部は地上とはかかわりをもたず、旋律の背後でシンコペーションの形をとって舞い上がる。単一のリズム・パターンが第2主題に中断される。色は明るく、呼吸は長く、輪郭は波を打っている。

第2楽章:怒りと恐れの間を往復する激しい爆発。低声部は明らかな存在、しかし、ほぼ属調から離れないために安定感はなし、暗く、点滅しギクシャク、呼吸は短い、リズムが多様に変化、etc.
終楽章は、第1楽章の本質と第2楽章の志向するものとが結び合わされている。漂うと同時に漂流する。


●作品110(第31番)
動機が6度音程のなかで上行、下降を行う、これが全体に重要な意味。
第1楽章:愛撫するようなカンタービレでは、高揚の感覚を伝えるのは贅肉のない展開部でなく、副主題。対立的な運動が上行線と下降線とを結び合わせる。
動きのない展開部が冒頭の主題が危機に瀕しているのを伝える、6度まで上がることもできる、最初の二小節は短調の領域を彷徨う。
再現部で主題が復帰すると、再び自由に息づく印象。応答する左手のフレーズが六度音型の枠外まで手を伸ばそうとする。

第2楽章:後期バガテルの様式、相反する運動が全体を支配する。楽章の気まぐれな性格や四分の二拍子の正当性はアクセントの目まぐるしい変化、トリオとコーダの前の音型が半ば道化芝居風半ば神秘的な旋法風と入り乱れていることに根ざしている。

第3楽章:受難曲。アリオーソとフーガが織り合わさった複雑なバロック形式。
アリオーソとフーガの関係。フーガの最初の部分は、「嘆きの歌」に対応するもの。救いの手はすぐには現れない。そのことを第2のアリオーソが伝える、唐突な半音階の下降によってだけでなく、途切れがちの旋律線からもれてくる連続的なため息と苦しい呼吸によって、受難者たちの力が弱まるのが表現される。
「甦る心臓の鼓動」のように、シンコペーションを伴うト長調の10個の和音が膨らみながら、終結部の小節から浮かびあがる。
次に、蜃気楼のように現実ばなれしたフーガの転回主題が現れる。それに続く展開部は、しぶしぶながら現実へと戻っていく。
ストレッタ、主題の縮小化、テンポの変化は、すべて連続的な縮節の法則にしたがっている。これらは力の甦りを音楽的に象徴し、同時にフーガの束縛から解き放たれる段階を示す。
ポリフォニーは振り払われるべき重荷となる。増大されシンコペーションのつけられた第一主題はポリフォニーの崩壊にむなしい抵抗を試みる。
増大された主題は、やがて変イ長調が復帰すると同時に、低声部に現れるもとの輪郭のなかへと身を退いていく。
ついにポリフォニックなフーガによる支配が崩れたいま、再生の望みは達せられた。楽章に残されたのは叙情的な賛歌である。
最後の陶酔のなかで、終結部はホモフォニックな解放の感覚を超えて、音楽の鎖そのものを解き放つかのように感じられる。


●作品111(第32番)
2つの楽章は互いにテーゼとアンチテーゼとして対立。
「輪廻の涅槃」(ビューロー)、「地上的なものと天上的なもの」(フィッシャー)、「抵抗と服従」(レンツ)、べートーヴェンが好んで使った男性的な原理と女性的な原理。
音楽形式からいえば、この対比は動と静。最も圧倒的な動きを持つ形式はソナタとフーガ。アレグロは、フーガの要素をふんだんに備えたソナタ形式。
変化のなかでおだやかな恒久性をあらわしているのは一連の変奏。アダージョは、変奏楽章であり、連続するリズムの収縮形を作品109の終楽章よりもさらに一貫して繰り返す。

第1楽章の最初の部分で、すぐに基本的な性格、怒れる反逆の様相が表される。同時にこのソナタ全体の主題の種子が用意されている。変ホ音、ハ音、ナチュラルのロ音という下降の動き。テンポ指定でベートーヴェンの意図。
第2楽章のセンプリーチェ・エ・カンタービレが意味するのは、素直さや単純な愛らしさではなく、複雑さを通過した簡潔さ-純化された体験。

tag : ブレンデル ベートーヴェン 伝記・評論

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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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