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ブレンデル ~ リスト/ロ短調ソナタ [1981年録音と作品解説]
ブレンデルとアラウは、師の流れをたどると、クラウゼの門下に連なっている。
リストの高弟マルティン・クラウゼの弟子でピアニストとして大成したのは、エドウィン・フィッシャーとアラウ。そのエドウィン・フィッシャーがブレンデルの師。

ブレンデルもアラウもリストは得意としていたけれど、その演奏の印象はかなり違っている。リストのロ短調ソナタを聴くとその違いがよくわかる。
アラウはドイツ的重厚さと濃いロマンティシズムを感じさせるけれど、ブレンデルは冷静にコントロールされ精緻に分析されたような構成感がある。
アラウのリストは、感情的にシンクロできるので音楽に浸れるけれど、ブレンデルのリストは理性的に音楽を理解して楽しむタイプだと感じる。水と油のようなアプローチの違いがあるように思えるけれど、なぜかどちらもしっくりと馴染めてしまう。

ブレンデルのロ短調ソナタの録音は、ライブ録音を含めて数種類。(ブレンデルはこの曲に限らず、再録しているものが多い)
なかでも一番聴かれていると思うのは、1981年のスタジオ録音(Philips盤)。

Liszt: Piano Sonata/LegendesLiszt: Piano Sonata/Legendes
(2005/07/11)
Alfred Brendel

試聴する(英amazon)
(原盤、この再リリース盤とも廃盤らしい)

ブレンデルのロ短調ソナタは、品の良い煌きと透明感のある響きが美しく、流れは流麗。
ツィメルマンの明るく輝くような華やかな音色とピアニスティックな演奏(私にはショパンを聴いている気が時々する)とは全然違って、技巧的な華やかさを抑制しているので派手さはないけれど、すっきりとしたフォルムと、清楚な輝きのある音の美しさがとても魅力的。
ブレンデルのロ短調ソナタは一度聴くとすっかり好きになってしまった。

ブレンデルの低音は、弾力と力感があって力強いしフォルテも鋭く響くけれど、全体的にタッチが軽やかなので、アラウのような重厚さは薄い。
叙情表現も繊細ではあるけれど、アラウのようにルバートも強くはかけていないし、起伏もやや緩やかなので、さっぱりとした叙情感。
クレッシェンドの急迫感が緩くて徐々に盛り上がるタッチが多く、勢いや疾走感は強くはないので、冷静にテンポがコントロールされたような印象。
全体的にテンポはそれほど速くはないので、ややスローモーション的に両手両方の旋律がはっきりと聴こえてくるところが面白い。構成感を強く感じるのは、そういう旋律の動きがくっきりと浮かび上がってくるせいかもしれない。
タッチとペダリングが工夫されているせいか、響きのヴァリエーションが多彩で、ちょっと変わった響きの重なりに聴こえる時もあったりする。

叙情的な第3主題・第5主題や、その他の弱音の緩徐部分は、透明感のある響きが甘美で、フレージングはとても流麗。
繊細で優美な叙情感が美しいけれど、どこかしらガラスのような冷えた感触があって、感情的にシンクロできないものを感じる(それが悪いというわけでは全然なくて)。

フーガ部分は、弱音主体でタッチをいろいろ変えていて、かなり丁寧に弾いている。(ここはわりとあっさり一気に弾いていく録音が多いので)。
アラウの密やかなフーガも好きだけれど、ブレンデルのフーガはちょっとシニカルというか、メフィストフェレスとファウストが駆け引きしているようなイメージを連想してしまうので、こういうフーガはかなり好き。

ブレンデルのロ短調ソナタは、ピアニスティックな華やかさがあるわけでもなく、感情的な面を強く歌うロマンティックなタイプでもないので、かなり冷静で抑制的に聴こえるところはある。
逆に、旋律の動きや微妙なニュアンスなど細部はくっきりと明瞭に聴こえてくるし、音は美しく多彩で優美な叙情感もあるので、知的で美的な演奏とでも言えば良いのだろうか。

                              

ブレンデル著『音楽のなかの言葉』より ~ リスト/ロ短調ソナタ

ブレンデルの著書『音楽のなかの言葉』ベートーヴェン、シューベルトと並んで、重点的に取り上げられているのが、リスト。
ブレンデルは通俗的なリストの人物像や音楽論に対しては否定的で、「高潔なリスト」「リストの悲しみ」の2章で、ブレンデルが思うところのリスト論を書いている。
さらに個々の作品論として、「リストの《巡礼の年》第1年・第2年」と「リストのロ短調ソナタ」の2章があてられている。

ブレンデルは、リストの”高潔なる本質”を抽出することがリスト奏者には必要であり、そのための作品として”独自性と完成度の高さ、豊かさと抑制、威厳と情熱を同時にそなえた作品”をいくつか選んでいる。
ピアノ・ソナタロ短調、《巡礼の年》、《泣き、嘆き、悲しみ、おののき》の変奏曲、《モショニーの葬送》のような後期の作品、練習曲集から何曲か。
特に、ロ短調ソナタと《巡礼の年》はリストの最高傑作と言っている。

音楽のなかの言葉音楽のなかの言葉
(1992/03)
アルフレート ブレンデル

商品詳細を見る
日本語版はどうも絶版らしい。表紙の画像はハードカバーのものを使用。

ロ短調ソナタは、1楽章形式だけあって主題の展開がいろいろ目まぐるしくて、構成がわかりにくい。
楽譜とブレンデルの解説を照らし合わせてきけば、聴くときのポイントがよくわかって、曲の途中で迷子にならなくてすむ。
《リスト/ピアノ・ソナタロ短調 S.178》の楽譜(IMSLP)


ブレンデルによれば、リストの作品のなかで異彩を放つことで知られているロ短調ソナタは、べートーヴェンとシューベルトのソナタに次いで、最も独創的で力強く知性に溢れたソナタであり、大規模な構成を完全に制御しきった規範というべき作品。リストの作品としては珍しく熟慮と白熱とが溶け合っている。さらに驚くべきは、半時間におよぶ1楽章形式のソナタという極めて難しい形式をとりながら、成功していること。

ブレンデルの区分では、主題は6つ。主題の一つ一つがどれをとっても失望を与えない。
最初の3つの主題が交互に提示される。

第1主題(レント、ソット・ヴォーチェ、ほぼト短調、1~7小節)
第1主題は、音と沈黙を結びつける。音楽的には、主題は言葉や歌ではなく思考を表している。
この冒頭の反復音は、作品全体にとって重要な動機を構成している。(どの主題も反復音から出発し、導かれる)。そのほかの重要な動機は7度と2度の音程、そして冒頭のリズム。

第2主題(アレグロ・エネルジコ、ロ短調、8-13小節)
一人の役者が舞台へと登場する。その態度には挑戦と絶望と軽蔑が入り混じっている。ファウストになぞらえることができるだろうか。10小節目で怒れるオクターブの三連音が現れて、やっと主調をロ短調を認識することになる。

第3主題(マルカート、14-18小節)
ファウストの問いかけと、主題独自の問いかけが対立する。堕落を先導する性格はメフィストフェレス的。ファウストとメフィストフェレスは15小節前後で重なりあう。交響的主要動機とも呼べるもの。

第4主題(グランディオーソ、ニ長調、105-113小節)
リズムと旋律の内容を第1主題から借りている。この主題に先行して、一時的転調を行うペダル音が作品の提示するものを何でもつかみとろうとするかのようだ。グランディオーソ(堂々と)という言葉は、全能の神の確信を伝える主題にはまさに相応しい。

第5主題(カンタンド・エスプレッシーヴォ、二長調、153-170小節)
第3主題の叙情的な変化形として始める。メフィストはグレートヒェンの幻に姿を変えている。9小節後にはファウストはグレートヒェンの虜になっている。主題の最初の8小節の低声部は、明らかに第1主題(7度の下行する音階)にもとづいている。

第6主題(アンダンテ・ソステヌート、嬰ヘ長調、331-346小節)
独立しているようにみえるが、先行主題との関りがある。最初の部分にはグランディオーソ主題のクライマックスのパラフレーズがあり、はるかにかすむ彼方へと光を投げかける。あとには第1主題が上行する長調の7度音程に美しく飾られて登場する。

緊張の広大な領域のなかで、動機素材に一貫性を与えることは少なからず重要。私(ブレンデル)は性格や雰囲気は変化させながら主題の一つ一つを明確化していくという、リストに典型的な主題の変容のことを示唆しているのではなく、この作品でリストはベートーヴェンのもっとも微妙な技法を応用している。動機の共通部分を通してあらゆる主題と楽章を相互に連関させる。

終結部でフォルティッシモを鳴り響かせることを避けたリストは、その代わりに書いた7小節で、このソナタにに計り知れない豊かさを与えた。
賢明なる演奏者は、この作品を風変わりな熱に浮かされた夢のように扱ってはならない。あらゆる部分が不可欠なものとしてつながりを持たねばならない。

ロ短調を概観すると、激しく転調する提示部は、必要に応じてロ短調とニ長調に基づいていることがわかる。嬰ヘ長調のアンダンテは展開部の領域を占めている。さらにカトリック的な趣味に対応してフガート、あるいは「交響的主要動機」の再現は再現部の始まりを示している。
進行するにつれ、それまで主調で現れる機会のなかったすべての主題が主調で現れる。

(a)提示部 第1展開部。 第1擬似再現部
このソナタには多くの展開がある。
第5主題の提示部に続いて転調部が現れる。明確な形はとらず、主要展開部と間違えられやすい。それが大袈裟に第1主題へと導かれるため、277小節から再現部が始まったかと錯覚してしまう。
第2主題は再現と主調を確認するためにロ短調で現れるものと期待するが、代わりにこの主題は弱音で「間違った」調性へのヘ短調で形作られる。
じつはここは再現部ではなく、

(b)レチタティーヴォなのだ。休止符によって途切ぎられ、アクセントがつけられるこの部分は、嬰ハ短調の和音で始まる。第4主題の冒頭部が冷たく堂々と響く。提示部の推進力は停止させられる。ファウストが逆行形の自由な3つの変化形をとって現れる。リストが両手に与えたフォルテの指示はあまりに無視されることが多い。ロ音のメフィストフェレス的な長いペダルの間に、ファウストの火のような反抗が燃え尽きる。

(c)「緩徐楽章」(アンダンテ)。第2展開を伴う中間部
嬰へ短調の意外性と新しい第6主題の登場はよりよき世界の幻のようにわれわれを打つ。空気は澄んでいる。提示部の間に嬰へ長調の調性は消え去る。第5主題全体を包括する長い陶酔のあとで、実際の展開部がレチタティーヴォの雄弁な語りを引き継ぐ。そのドラマはここでは交響的な連続性へと道を開いていく。そうして到達した素晴らしいクライマックスは、中間部(第6主題)の冒頭部と主題的には同じだが、力学的には逆の方向をとる。
「永遠に女性なるもの」が全てを包み込む包容力で圧倒する。この作品の最も感動的な部分であり、演奏者にとても難しい部分でもある。勝利が突如優しさに変わる。緊張が次第に穏やかさに道をゆずる。

(d)フガート。同時に第2擬似再現部。第3展開と「スケルツォ」
ファウストとメフィストフェレスが再び登場。ソナタの冒頭部の主題群がもう一度実体を持ち、全ては再現部を指し示す。再現部は主調のロ短調ではなく、半音低く変ロ短調。この様な転移は先行する長い間固定されたままの嬰へ音と、続く再現部の安定した調性を、和声的な火花を散らす天上的なフガートは、2つの部分を引き離し、主調の登場を先へ延ばしている。

(e)再現部とエピローグ
533小節、第2主題と第3主題が融合する部分で、ロ短調の調性が現れる。
もうここから遠く離れることはない。残りの部分では光(ロ長調)と闇(ロ短調)が互いに戦い、最後は光が勝利をおさめる。再現部は提示部よりも和声が簡潔。第4・第5主題だけでなく、2つの擬似再現部も主調へと戻される。
ロ長調の支配をオクターブの旋風とヴィヴラートのついた反復和音が強調する。この外向的なクライマックスは、ソナタの中央部にある真の内的なクライマックスに遠く及ばない。
熱狂は長い沈黙のあとで突然内省へと変化する。コーダはロ長調で静かな第6主題を連れ戻す。平和が訪れる。終わりから数小節手前で、ついに主調をとって第1主題が最後に姿を見せる。最後の左手の音ですべての緊張が解かれる。

tag : フランツ・リスト ブレンデル

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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