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アラウ ~ バッハ/ゴルトベルク変奏曲
夏になると睡眠障害を起こすので、寝つきを良くするか、早朝に目覚めないようにするかで、悩ましい。
結局、早朝覚醒はどうにも治らないので、寝つきを良くするしかなさそうだと諦め、クーラーを短時間入れて、ついでにゴルトベルクを聴いていると、いつの間にかぐっすり。

ゴルトベルクは、そもそも不眠症の伯爵のために作曲されているので、これを聴けば不眠症が解消される効果が期待できるかも...と思っても、演奏によっては、逆にすっかり覚醒してしまう。
どちらかというと、覚醒タイプが多いのではないかというくらいに、急速楽章がやたら速くて賑やかだったり、鋭いノンレガートがツンツン耳についたりして、どのピアニストのゴルトベルクを聴くかが効果のほどが違いそう。

ぐっすり眠りたい時に聴くのは、マルクス・ベッカーかアラウのゴルトベルク。頭をすっきりさせたい時に聴くのは、コロリオフ。
(聴いたことがある人は少ないはずの)ベッカーの録音(CPO盤)は、しっとりした音質で流れがまろやかで自然な趣き。
旋律の縦の線をそれほど強調する弾き方ではないので、旋律に流麗さがあって、ノンレガートなタッチも柔らかめなので、神経を過度に刺激することなく、まったり気分で聴ける。


Goldberg Variations Bwv 988Goldberg Variations Bwv 988
(2002/01/15)
Markus Becker

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アラウのバッハといえば、最晩年のパルティータの録音が有名。
88歳の時の録音なので、往年の技巧がほとんど失われて指のコントロールがきいていないのが明らかにわかるところが、なんとも言えない。(もし、アラウが弾いていないければ、試聴しただけで終っている)
それでも心情をピアノの音にのせて歌っているようなアラウ独特の語り口に魅き込まれてしまうところは、いままで聴いたどのパルティータでも感じたことのない不思議な感覚。
アラウの深い感情移入を感じさせるパルティータを聴くと、感情的にシンクロせずにはいられなくなるので、ちょっと重すぎて、そうたびたびは聴けない。
これはバッハのパルティータを聴くのではなくて、パルティータを通してアラウの歌を聴くためにあると思っているので、こういう演奏はひっそりと一人静かに聴くにかぎる。

パルティータ以外に残っているバッハ作品の録音は、40歳前後にRCAに録音した数曲で、私のCDラックの中に眠っていたのはゴルトベルク。
アラウのバッハといっても、晩年の録音でないことと、音質の悪さもあって、パルティータほどにこの録音を好きという人は多くない。
1942年に録音されたものなので、ピアノで録音された最初のゴルトベルクの演奏らしい。
アラウは、米国に移住する前のベルリン時代に、バッハの鍵盤楽器曲の全曲演奏会をしたくらいなので、にわかにゴルトベルクを録音したというわけではなくて、バッハは得意のレパートリー。

この録音はいろいろ事情があって、お蔵入りしたままになっていたのが、1988年に復刻された。
ゴルトベルクを録音して以来、やはりバッハはチェンバロで弾くものだと考えたアラウは、その後バッハをレパートリーから外していた。
80歳になって、このお蔵入りした録音テープを聴いたアラウは、ピアノでもバッハは弾けるじゃないかと思い直したという。(結局、最晩年の88歳に、ピアノでパルティータを録音することになる)

バッハ:ゴールドベルク変奏曲バッハ:ゴールドベルク変奏曲
(2001/12/19)
クラウディオ・アラウ

試聴する


アラウが30歳代終わりに録音したゴルトベルクは、パルティータとは違って当然技巧も安定しているので、本当に良いバッハのゴルトベルクを聴いた気分になれる。
現代的なスマートさとほどよい情感が上手くミックスして、実に70年前の演奏とはいえ、古めかしさが全然なくて、今聴いても新鮮な感じ。
SP時代の録音なので、これで音質が良ければ...と思うところはあるけれど、演奏自体が好きなことと聴き慣れたせいもあって、心情的にかき乱されてしまうパルティータよりも、心穏やかに聴けるゴルトベルクを聴いている時間の方が多い。

『アラウとの対話』を読むと、アラウの少年時代、ベルリンで師事したクラウゼは、バッハ全般が指導の基礎の一つ。
学生たちに、平均律曲集を調をいろいろ変えて弾かせてみたり、声部を一つ一つ記憶させようとしたりと、かなり厳しく教え込んだらしい。
古楽が復権するはるか前の時代だったので、ピアノでバッハを弾くことはごく当たり前のこと。
クラウゼの指導した奏法は、ペダルはほとんど使わない。前奏曲とフーガを非常に明瞭に、そして、遅いテンポで弾く。
フーガはメトロノームのように規則正しいテンポで、しかし、フレージングは大胆に、特定の声部を際立たせる、というもの。

これがアラウのバッハ奏法の基礎になっているようで、ゴルトベルクの録音でもほとんどペダルなし。
テンポは極端な速さ・遅さはなく(チェンバロよりは速いけれど)、変奏ごとのテンポの落差もそれほど大きくはない。全てリピートしているので、演奏時間は78分とちょっと長め。
柔らかくて丸みのあるタッチのノンレガートと、やや硬い響きのレガートを使っているので、全体的に一音一音が明瞭でコツコツした響きがするけれど(録音の音質の関係もあるだろうし)、ほぼノーペダルなので響きに濁りはなく、肩に余分な力が入っていないような軽やかさと軽快なリズム感が耳に心地よい。

急速系でピアニスティックな変奏も一気に勢いで弾くようなところはなく、ほどよいテンポで旋律の流れや和声の推移がしっかり聴こえるところが、節度があって良いところ。
声部の分離がクリアで、響きが混濁することなく、この鈍い音質でも、対位法による複数の旋律の動きがそれぞれくっきりとわかる。

当時、アラウ自身もこの演奏には自信を持っていたらしく、対位法的に込み入った第11変奏では、表現を置き去りにすることなく、明快に旋律の絡みを処理していたと、ライナーノートに書かれている。
原盤についている解説の表現が面白く、「ミシンのカタカタいう騒音のような演奏とは程遠く、その解釈にも全く放縦さが見られない」とアラウの演奏を評している。この、ミシンカタカタ...っていうのは、どういう演奏なんでしょう?
また、『アラウとの対話』の<レコードで聴くアラウ>という章では、このゴルトベルクを含むRCAへのバッハ録音について、「さまざまな声部を「辿る」能力、全体の均衡は破らずに、目立たない入りや補助的な声部に光をあてる能力など、彼のポリフォニックな演奏の才能が、もっとも純粋な形で披瀝されている」と書かれている。

アラウは古楽奏法のように、ルバートや装飾音で飾りたてることはせず、ほぼインテンポで装飾音もそれほど凝らず、とてもシンプル。
ピアニストの表現の過剰さを感じさせないところが自然で、こういうところはベッカーのゴルトベルクと良く似ている。
といっても、音だけ追ったような単調さはなく、ロマンティックさはあるけれど、さらりとした叙情表現は、音の間から細やかな情感がこぼれ落ちてくるようで、聴いていても思わずにこりと微笑んでしまいそう。
このボケ気味の音質も、かえってどこか懐かしいようなレトロ感..。

アラウのゴルトベルクは、清々しい若さとさりげない繊細さのある端正さがあって、こういうゴルトベルクはとっても好き。
音質の違いはあるけれど、ベッカーとアラウのゴルトベルクを聴けば、ぐっすりと眠れる。
演奏さえ選べば、やっぱりバッハのゴルトベルクは、不眠対策には効果があるのかもしれない。

tag : バッハ アラウ ベッカー

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またお邪魔します♪
いつもYoshimiさんのクラシックの造詣の深さには驚いているのですが、このゴールドベルクの解説も、勉強になりました。聴くのが全然追いつかないのですが、新たにベッカーを初めて知りました。ペライアのゴールドが好きなら気に入るとのことなので、聴いてみたくなりました。
アラウのゴールドの演奏は、今までの解説をずーと読んできましたので是非聴いてみたいです。でも記事からはパルティータの方に惹かれました。晩年の思い入れのある演奏・・・これこそ是非聴いてみなくては・・・。
過去記事から、ティル・フェルナーが注目ですね。
家にあるゴールドは、と思ってみたら、グールドさん、シフ、ペライア以外にバレンボエム発見。忘れてました。どんな演奏だったかしら?今から聴いてみます。
そうそう、シフはコンチェルトの演奏は好きなのですが、ゴールドはおっしゃる通りですわね。
私も、これから少しずつ、Yoshimiさんのように丁寧に聴いてみることにします。
つい異聴盤に手がでてしまいます
マダムコミキ様、こんにちは。

私の文章で、多少なりとも参考になることがあったのでしたら、嬉しいです。
自分の記録用に書いていますので、客観的事実部分は問題ないと思いますが、演奏の印象についてはかなりバイアスがかかってますね。
好きなピアニストについては甘めで、逆の場合は厳しめかな?

ベッカーは強いクセがなくて、なかなかロマンティックで自然な趣きのあるところが良いと思いますが、刺激を求める人向きではないですね。
ペライアも良いのですが、ちょっと明るすぎる気がして、ベッカーのしっとりした叙情感のあるところが気に入っています。

ソコロフもかなり好きなのですが、CDがリリースされていなくて、Youtubeで海賊版が聴けるだけなので、音が悪くて日常的には聴きづらいのです。

アラウのパルティータは、対位法の処理は相変わらず明瞭だと思いますが、打鍵や指回りなどのテクニカル面での衰えが著しく、一般にお薦めすべき録音かというと、う~ん...と思うところはあります。
それでも、気に入っている方は結構いますけど。私は技術面は無視して聴いているようなものです。
アラウのCDを入手される場合は、必ずこういうタッチでも聴けると確認された方が良いですね。

探してみたら、Youtubeにアラウのパルティータの録音がありました。
さすがに音は綺麗で演奏にも透明感があって、ネガティブなことをいろいろ書きましたが、久しぶりに聴くと、やっぱり良いです~。
この訥々としたタッチが、なぜかピュアな雰囲気をかもし出しているような...。
http://www.youtube.com/watch?v=axM_Irqcd1U
この1番はわりと明るいですが、2番はとっても哀しげなので重いです。
スローテンポのGigueはかなり独特です。(結構好きですけど)

こっちは、アラウのゴルトベルクの方です。
http://www.youtube.com/watch?v=219PNAuPtMU

フェルナーは、ゴルトベルクの録音はありませんので、平均律曲集がお薦めです。
シフのゴルトベルクについては、なんて書いていたかすっかり忘れています。
たしか、シフのDECCAの旧録ではなく(これはあまり好きではなかったと思います)、再録のライブ録音については、私はかなり好意的に書いた記憶があるのですが...。
シフのライブ録音は、凝ったところがかなり作為的に聴こえる時期はあったのですが、他に極端な演奏をいくつも聴いてしまったので、今ではシフの演奏もすんなり聴けてしまいます。
私にとってはベスト盤ではないのですが、再録の演奏自体は素晴らしいので、どんな方にでもファーストチョイスに勧めます。

ゴルトベルクは、部分的には弾いたことはありますが、全曲弾いてはいませんので、私の聴き方はディアベリよりはかなり大雑把です。
私にとっては、ベートーヴェンを聴く方が、ずっとすんなり自然に聴けるんですね。
ゴルトベルクは弾くのも聴くのもなかなかの難曲です。それでも、ゴルトベルクは、ディアベリと同様、聴き比べしたくなってしまう曲なのです。
アラウのゴルトベルク!
yoshimiさん、こんばんは。
ゴルトベルクは色々試してるつもりだったのですが
アラウのゴルトベルクはなんとノーチェックでした…(なぜ)
早速聴いてきましたよー。
とても朴訥な感じの演奏で、ケンプが瀟洒な洋館ならアラウは
なんてお話が出たのを思い出しました。
(あれはベートーヴェンの話の時でしたっけ?)
アラウの演奏は、田園風景に溶け込む少し大きめのがっしりとした農家かな。
音質があまりよくないのが残念ですが、これもなかなかいいですね。

Youtubeのアラウのパルティータも聴いてきましたよ。
こちらの方がゴルトベルクよりも洗練されている印象です。
音に透明感があってとても綺麗。いいですねえ~。
技術的なものって、自分で弾いたことのある曲だと気になったりしますが
パルティータは全然なので、その辺りは全然分かりませんー。
やっぱり弾いたことがあるかないかで、聴き方も変わってきますね。
アラウのパルティータは人気があります
アリア様、こんにちは。

アラウのゴルトベルクは、42年のSP時代の録音で長らくお蔵入りしていたので、知っている人は少ないはずです。(アラウのバッハ作品集BOXには入ってます。)

ケンプの綺麗なレガートのゴルトベルクと比べると、RCAのリマスタリングがあまり良くはないので、このボケた音質でかなり朴訥に聴こえますね。実際、シンプルで飾り気のないタッチの演奏だと思います。
田園風景の話は、たしかベートーヴェンの録音の話ですね。
このゴルトベルクはまだ40歳以前の録音なので、60歳頃のベートーヴェン録音よりも若々しくストレートなタッチで、(小さな村の教会くらいの)端正さもあるような感じがします。(ちょっと贔屓目かな?)

私は、アラウの演奏が初パルティータ体験だったので、テクニカルな問題はあまり気にはならなかったのですが(そういえば、かなり変わったタッチだとは思いました)、他の録音を聴いたり自分で弾いたりしてから改めて聴いたら、指の衰えははっきりわかりました。
技術的には、ゴルトベルクの方が安定していますし、タッチや音にも切れがあります。
以前はそういうところがかなり気になりましたが、このごろはすっかり慣れました。

このパルティータの録音の良いところは、いくぶん木質感のあるアコースティックな音質で、アラウの透き通るような音が綺麗に録れているところです。
この透明感のある音質とカンタービレのような歌いまわしとかで、洗練されている感じがするのかもしれませんね。
音の美しさとアラウの訥々としたタッチが相まって、演奏には不思議な透明感と叙情感があって、こういうパルティータは晩年のアラウしか弾けないので、やっぱり好きですね~。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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